第十一話
目覚めたのは、朝の十時をすでに回った時刻だった。のろのろとベッドから這い出し、ママに尋ねると真由はもう学校に行った後だと言う。全身がけだるく、腰が重い。昨日の放課後のセックスショーで、調子に乗りまくって、五人全員と交わりまくったのが原因だろう。僕は身支度を整えると、遅めの朝食を軽くとって、大名出勤のごとく登校した。
正門をくぐり、学校の敷地に入る。腕時計を見ると、もうすぐ昼休みだろうか。登校時間を外れて学校に来ると、その静けさに随分とギャップを感じるものだ。とはいえ、妙に静かすぎる気もする。下駄箱を開けて上履きを取り出すと、僕は校舎に踏み入れる。男子学生が二名、階段の前に立っていた。まだ授業中のはずなのに、何をやっているのだろう。まるで、衛兵か何かのように、直立したままあたりの様子をうかがっている。その二人が下駄箱の影から出てきた僕の姿を認めると、つかつかと僕のほうへ歩み寄ってくる。
「……小野村賢哉か?」
片方の男が、ぶっきらぼうな声で尋ねてくる。
「そ、そうだけど」
僕が返事をすると、二人組は反応する間も与えない素早さで、両脇から僕の腕を絡め取る。
「……無駄な抵抗はするな」
「な、何をするんだ!!」
僕が叫んでも、二人は意に介する様子も見せない。表情は全く変わらず、機械のように冷酷だ。腕を抑える力が強く、痛い。もっとも、苦痛を訴えても力を弱めてくれそうにない。じたばたともがいたが、無駄なことだった。僕はそのまま、ずるずると引きずられていく。足がぶつかっているにもかかわらず、強引に階段を登らされる。
校舎二階の教室前には、学生たちがずらりと直立していた。全員、表情を微塵も変えずに廊下の両脇に控えている。男子と女子、両方いるが、女子は僕が催眠をかける以前の本来の制服を着用していた。
「……小野村賢哉を確保、連行いたしましたッ!!」
D組教室まで僕を連れてきた男子学生が、時代錯誤な兵隊のように大声で報告する。腕を抑える力が、ようやく弱められる。しばし待つと、教室の引き戸にはめられた磨りガラスに大柄な人影が映り、扉が開かれる。
「……ッ!!」
出てきた人物を見て、僕は息を呑む。目の前に立つ屈強な男子学生は、門倉生徒会長その人だった。
「小野村……貴様、よくもこの俺をコケにしてくれたな……」
声音は低いが、生徒会長の声には明らかな怒気が含まれている。僕は、思わずたじろぐ。
「生徒会長、なんで……催眠動画を、見ていたはずなのに……」
僕が恐る恐る尋ねると、生徒会長は吐き捨てるような笑いを浮かべる。
「あぁ、見たさ。だが俺は、他のヤツとは違うみたいでな……貴様の言うところの催眠動画を見ても、別に何ともならなかった……ホテルの一室で開いた秘密パーティの時から、そうだ……もっとも、バレると何されるかわからなかったから、催眠がかかったフリをしてやっていたがな……」
生徒会長の言葉を聞いて、僕はそもそもの発端……理香子先生の催眠療法を思い出す。ということは、僕と生徒会長は……同じ催眠が効かない体質だったってことなのか?
「小野村、随分と好き勝手にやってくれたじゃねえか……貴様が今まで、盗撮なんぞやりながら、のうのうと暮らしてこれたのは一体だれのおかげだと思っていやがるッ!! 飼い犬が、飼い主にかみつくような真似しやがってッ!!」
「生徒会長だって、共犯じゃないか」という言葉が喉まで出てくるが、生徒会長の勢いに押され口にすることはできない。
「おまけに、ウチの生徒会の……清美まで手篭めにしやがってよおッ!!」
「まさか生徒会長、清美ちゃんのことを……」
「黙れッ!!」
僕の言葉は、生徒会長の一括にさえぎられる。生徒会長は、勝ち誇ったようにニヤリと笑う。
「もう、そういうのは関係ないんだよ……」
生徒会長が合図をすると、彼の巨大なガタイの後ろから、誰かが連れてこられる。それは、僕が良く知る人間だ。
「真由、麗ちゃん、菜々子ちゃん、リンダちゃん……それに、清美ちゃんもッ!?」
昨日まで一緒に蜜時を貪り合った五人の美少女が、学校の女子制服を着てやってくる。他の学生同様、全くの無表情で、瞳にも意志の光は感じられない。
「今朝、おまえの動画を参考に俺が作りなおした催眠動画を全校生徒と教師連中に見せてある……全員、俺の操り人形だ。この五人だって、例外じゃない。いいか、小野村……この学校の支配者に相応しいのはッ! この俺なんだよッ!!」
生徒会長が、雄叫びのごとく叫ぶ。
「生徒会長……もう、五人のことを……」
「安心しろよ。まだ、手を出しちゃいねえ……これから貴様の前で一度、正気に戻して……身も心も、ボロクズのようになるまで犯してやるつもりだがなッ!!」
生徒会長は狂気をはらんだ視線で、僕をにらむ。僕は、反射的に左右にいる二人の手を振り払う。生徒会長の前ということで、力を緩めていたのか、どうにか拘束から脱出できた。僕は全力で走り出す。
「無駄だ! 捕まえろ、俺の下僕どもッ!!」
門倉生徒会長の意志なき兵隊となった学生たちが、僕に向かって殺到する。前も後ろもあっという間に逃げ場をふさがれ、僕は二階廊下の窓際まで追いつめられる。ゾンビのように群がる学生から少しでも逃れようと、窓枠によじ登る。
「小野村あぁぁ! 貴様は、俺に逆らった時点で終わっているんだよおおッ!!」
生徒会長の叫びに応じ、僕を引きずり降ろそうと一斉に手が伸びる。瞬間、僕は逃れるために窓の外へ飛び降りる。というよりも、滑り落ちた。
「うわああぁぁぁ!!?」
二階の高さから、全身を地面に打ち付ける光景が脳裏に広がり、眼を閉じる。落下の衝撃の代わりに、強い反動が身体を持ちあげられる。何事かと目を開くと、僕の身体が校舎わきの植木に引っ掛かっていた。
「……下に回り込め! 絶対に逃がすな!!」
生徒会長がわめき散らす声を頭上に聞いて、僕は我に返る。慌てて制服に引っ掛かった枝を外し、ずり落ちるように樹から下る。全身に擦り傷ができたが、足を痛めなかったのは幸いだった。校舎の裏口から、二階の学生よりも先に、教師陣が出てくる。正門への道をふさがれる形になった。僕は先生たちに背を向け、急いで走り出す。
体育館の脇を抜け、旧校舎の前を横切る。目の前には、裏山と学校の敷地を隔てるフェンスが広がっている。僕は一瞬だけ躊躇したが、意を決してフェンスをよじ登る。さびた金網が手のひらに引っ掛かり、こすれて、出血する。僕の手は血まみれになるが、構ってなんていられない。痛みを気にする余裕もなく、僕はフェンスの向こう側に転がり込む。
裏山は、薄暗い森のようになっている。僕は、木の根と岩でごつごつした裏山の斜面を必死に駆け登る。一時間以上も走り続けたような気がするが、実際には十分と経っていなかったかもしれない。息切れする位になって、僕は森の中に朽ちかけた小屋のようなものを見つけた。森の木々を手入れする道具をしまうために使われていたのだろうか。もっとも、今現在使われている気配はない。いまにも外れそうな扉を開くと、埃と腐りかけた木の臭いがする。僕は、小屋の隅の暗がりに身体を引きずり、身を隠した。
歩みを止めると、全身に汗と疲労感がわき出てくる。両手がずきずきと痛みだした。何よりも、圧迫するような恐怖感が心身を蝕む。走り続けた時間も長く感じたが、隠れ潜む時間はそれこそ永遠のようだ。時折聞こえる鳥の鳴き声すら、追手ではないかと錯覚する。
僕は薄暗い小屋の中で、膝を抱えた。多分、これは罰なのだ。調子に乗って、学校中を巻き込んでしまったことに対する罰。そうは思っても、生徒会長の元に歩み出る勇気もない。僕は、膝の上に頭をのせて丸くなる。
神経が擦り切れてしまいそうな時間をすごし続け、僕の耳が森の下草を踏む足音を察知した。動物のものではなさそうだ。近寄るにつれて、二人分の足音であることが分かる。身を縮め、耳を澄ます。二人は、声の前で立ち止まって何やら話している。
「……先生。この小屋は私が調べます。先生は、他のほうを……」
そう言っている声を、僕は聞き間違えることはない。理香子先生の声だ。一緒にいるもう一人は、男性教諭らしい。片方の足音が、小屋から離れていく。少しの間を置いて、錆ついたドアノブがひねられる。ドアが耳障りな音を立てて開かれ、薄暗い小屋に光が差し込む。小屋に踏み込んできた理香子先生と目が合う。もうダメだ。僕は悲鳴を上げそうになる……と、先生が唇の前に指を一本立てるジェスチャーをした。僕は、思わず喉まで出かかっていた声を呑み込む。僕が小屋の隅から這い出すと、先生も歩み寄ってくる。
「小野村くん、手」
先生がそう言ったので何のことかと思ったら、手首を掴まれて手のひらを引っ張り出される。にじんだ血で真っ赤に染まっていた。
「気が付いたのは私だけだったみたいだけど、ドアに少し血が付いていたわ。それで小野村くんがいるって、わかったの」
先生は手にしていたハンドバックから包帯を取り出すと、僕の両手に巻いていく。僕は先生の顔を見上げる。先生の頭には、ウサギの耳が付いたカチューシャが乗っかっていた。
「先生は……門倉生徒会長のイイナリじゃないんですか?」
恐る恐る僕が尋ねると、理香子先生が僕の顔を覗きこんでくる。
「そう。私が小野村くんに聞きたいのは、まさにそこよ。門倉くんに朝、ヘンな映像を見せられた人たちはみんな、彼の操り人形みたくなってしまったのだけど……」
先生の言葉を聞いて僕は考える。理香子先生も、僕や生徒会長と同じ『催眠が効かない体質』なのだろうか。
「先生、僕からも質問していいですか?」
僕が尋ねると、先生は頷き返す。
「異常があったのは、今朝からですか。それとも、昨日から?」
「何を言っているの小野村くん……今朝からに決まっているじゃない。昨日は、別に異常はなかったわ。あなたも学校にいたでしょう」
「じゃあ、先生が頭につけているウサ耳は?」
「だって、学内ではバニーガールの格好しなければいけないんでしょう。昨日から、そういう決まりじゃない……今朝は、みんな違う格好していたから、目立たないようにバニーコスチュームの上からスーツ着ているけど」
先生は、何を当たり前のことを聞いているのだと言う顔で僕を見下ろす。僕が昨日かけた催眠は効いているのだろうか。先生は味方なのだろうか。わからないことが、多い。同時に、どうであれ、僕は一つの義務感のようなものを心に抱いていた。僕がしたことを、今日起こった異常の原因を、打ち明けなければならない。
「理香子先生……僕、言わなければいけないことがあります」
理香子先生が、僕の目を見てうなずいてくれるのを待って、僕は全てを話し始める。理香子先生の催眠術を盗んで学校の女の子に手を出したこと、チア部や女子テニス部の部員の裸を撮影したこと、学校全体に催眠をかけたこと、それが原因となって今日の門倉生徒会長の暴走を引き起こしたこと……全てを打ち明ける。先生は、最後まで黙って聞いてくれた。
「すいません……全部、僕のせいですよね」
僕は首を垂れる。先生の返事はない。しばし、沈黙が小屋を満たす。
「小野村くん……私も、あなたに言っておかなければいけないことがあります」
静寂を打ち破ったのは、理香子先生のほうだった。
「なんですか? 先生」
僕が聞き返しても、返事はない。その代わり、僕の顔が先生の両手で掴まえられる。
「……んちゅ」
先生の唇が、僕の唇に重ねられる。突然の接吻。先生の薄い口紅と、張りのある口元の感触を残して、唇は離される。
「ずっと、この気持ちがどこから来たのか考えていたの……小野村くんの話を聞いて、ようやくわかったわ……」
先生の真剣な眼差しが、まっすぐに僕を捉える。
「私、小野村くんのことが好きなの……」
理香子先生の突然の告白に、心臓が飛び出そうになる。喉が詰まったように声が出ない。
「……でも、なんで」
ようやく口から言葉がこぼれる。先生は微笑みながら、ゆっくりと首を振る。
「私も、なんで小野村くんのことを好きになったのか、わからなかった……でも、今、納得したわ。催眠術のせいよ」
催眠術……その言葉を聞いて、僕は記憶をたどりハッとする。生徒指導室で、先生が振り子を揺らしていた。その時、僕は呟いたのだ。
『理香子先生が、僕のことを好きになってくれたら……』
先生が、包帯でぐるぐる巻きになった手を握った。
「小野村くん……私に、あなたのことを好きになって欲しいって言ったあの言葉……本心かしら?」
先生の顔を見ながら、僕は自分自身に先生の言葉を問いかける。頭が答えを出すよりも先に、首は縦にうなずいていた。
「そう……良かった……」
先生は安心したように、ため息をつく。
「でも、先生……催眠術なんですよ! それでも、いいんですか!?」
「催眠とか、そんなことはどうでもいいの……今の私の気持ちは、他ならぬ私自信の気持ちなのよ」
先生は立ち上がると、スーツを脱ぎ始める。薄汚れた床板にもかまわず、ブラウスとスカートを脱ぎ捨てていく。内側から、バニーガールのコスチュームに包まれた均整のとれたしなやかな肢体が現れる。僕は、見とれるように顔を上げた。
「先生のバニー姿が見たくて、あんなルールを作ったのかしら?」
僕は思わずうなずいた。理香子先生がポーズを決めるように身をそらしながら、クスクスと笑う。
「でもね。この衣装、一人では脱ぎにくいわ……小野村くん、手伝ってくれる?」
先生が背中のチャックの指差しながら言う。僕は立ちあがって、先生の背中に指を伸ばす。先生がくすぐったそうに身をよじる中、僕はチャックを下ろす。胴体を覆っていたハイレグ衣装が、網タイツごと脱ぎ下ろされる。
先生は下着を着けておらず、頭にウサギの耳をつけた他は全裸の姿となる。すらりとした長い手足、ウェストはきゅっと引き締まり、腰回りにかけて緩やかな曲線を描く。どちらかと言えばスレンダーという体型で、胸のサイズは清美ちゃんと同じくらい、美乳という言葉が良く似合う。
理香子先生が女神のような微笑みを浮かべたかと思うと、僕はその場に押し倒される。扉の隙間から差し込む光に照らされ輝く理香子先生の裸体が、僕の身体の上にのしかかる。先生の右手が僕の股間に伸び、服の上からぎこちない動きで性感帯を刺激する。縮みあがった陰部の反応は鈍い。
「あれ……ひょっとして、私の、あまりキモチ良くない?」
「そ……そんなこと、ないですよ!」
先生の吐息が耳元をくすぐる。優しく柔らかい女性の匂いが、痛んだ床板のほこり臭さと混じって漂う。心身に幾重にも巻きついていた緊張の糸が、理香子先生の体温を感じてようやく解けていく。ペニスが、ズボンの中でむくむくと膨れていく。
「ふふ……大きくなってきた……」
先生の指先が数度ズボンの上から肉茎を撫でたかと思うと、チャックが焦らすような動きで降ろされる。手のひらが内側に入り込み、ブリーフをまさぐられ、男根が解き放たれる。僕の亀頭部が、先生の下腹部を突っついた。
「先生……濡らしてからのほうが良いですよ?」
「あ……えぇ、そうね。でも、私、こういうことあまり経験がないから……こんな感じで良いかしら……」
挿入はせずに、先生が僕の肉棒を太股の付け根で挟み込む。女性器と男性器が、交わらずとも触れ合っている。先生が腰を上下させると、僕の淫茎が、先生の秘唇に口づけされ、舐めまわされているようになる。
「どう……小野村くん、気持ちいいかしら?」
「……とてもイイです。先生は……」
「えぇ……私も、気持ちいい……はぁぅ……」
しっとりとした理香子先生の肌の感触に徐々にぬめり気が混じり、先生がこぼす呼吸音には艶がこもる。僕のペニスに血が集まり、硬さと大きさを増していく。
「先生……僕、入れたくなってきました」
「ぁ……わかったわ、少し待ってね……」
先生はわずかに腰を浮かせて、僕の男根を女陰の入り口にあてがう。
「行くわね?」
そう尋ねた先生はゆっくりと腰を下ろしていく。しなやかで柔らかい肢体とは裏腹に、きつく初々しい。少しして、理香子先生は腰の動きを止める。わずかに苦悶を伺わせる表情が顔に浮かぶ。
「……先生?」
「んっ……大丈夫だから」
先生はそう言うと、再び腰を沈め始める。男根の先端に抵抗を覚えたが、先生が構う様子はない。
「んんッ……はあぁぁッ!!」
男根が何かを突き破ると同時に、先生が痛みに耐えるような鋭い声を上げた。
「先生、もしかして……?」
確かめようとする僕に、先生は太股を隠すように身体を密着させる。
「んんッ……ごめんなさい……私、初めてなの。この歳なのに……ヘン、よね?」
先生は頬を赤くして、恥じるように顔を背ける。僕はそんな先生を抱きしめる。制服越しに感じる、理香子先生全身の柔肌と体温に酔いしれる。
「そんなこと、ないです。先生のヴァージンをもらえて……僕、すごく嬉しいです……」
「あはっ……ありがと、んちゅ……」
僕と先生は、再びキスを交わす。唇を触れ合うまでの、控えめな接吻なのに、脳天まで甘いしびれが駆け巡る。柔らかい唇が離れると、先生はもぞもぞと腰を動かす。
「ねえ、小野村くん。私のこと、気持ちよくしてほしい……」
遠慮気味にねだる先生の仕草は、今まで情交してきた誰よりも子供っぽい。
「先生、大丈夫ですか? 痛くないですか?」
「ええ……小野村くんの体温を感じていたら……だんだん、濡れてきたみたい……でも、初めてだから、優しくして。ね?」
僕は潤んだ先生の瞳を見つめながら、うなずく。緩やかに腰を突き上げると、じゅぷり、と先ほどまでよりも露骨な淫音が結合部から聞こえてくる。
「んッ……先生、どうですか? 気持ちいいですか?」
「は、あぁっ……ええ、すごくイイ……好きな人とつながるのが……こんなにも気持ちいいなんてッ!」
肉欲の充足に焦る気持ちを抑えても、突き上げる腰の律動は少しずつ早まっていく。加えて、理香子先生までもが、腰を動かし始めると、悦楽のリズムがさらに加速する。いつしか、僕と先生の腰の動きが交わり、絡み合い、一つになっていく。先生の膣内は、優しく、温かく、それでいて初々しい。
「先生……僕、我慢できそうにありません。最後まで……このまま、理香子先生と最後までやってしまっても良いですか?」
「はふっ……ええ、良いわ。私からもお願い……小野村くんが、私のこと、最後までエスコートしてッ!」
僕が、一層の力を込めて股間に隆起する肉の楔を、先生の肉の狭間に打ち込む。先生が、無垢な乙女のようなため息ををこぼす。僕は、先生を強く抱きしめる。深い一体感に満たされながら、欲望の奔流を解き放つ。
「先生……理香子先生……ッ!!」
「あ、あぁッ! 小野村くんの……熱いわッ!!」
まるで生まれて初めての絶頂みたいに、僕たちは絶叫する。射精が収まり、快楽の波が引き始めても、僕は理香子先生を感じるようと、目を閉じたままその肉体を抱きしめ続けた。
僕と先生は、どちらからともなく顔を上げ、名残惜しさを覚えながら身を引き離した。先生は立ち上がって衣服を身につけ始め、僕は上半身を起こし、背中についた木くずを払う。先生がアンダーウェアの代わりのバニーコスチュームに脚を通し、上からブラウスを着て、スカートのホックをかけると、僕を見下ろす。
「小野村くん。これから、どうするの? 二人で逃げることもできるけど……」
理香子先生の問いかけに、僕は首を横に振る。
「いいえ、逃げません。僕を、門倉生徒会長のところに連れていってください」
僕の言葉を聞いて、先生は真剣な眼差しでうなずいてくれる。
理香子先生は携帯電話で、僕の探索を続ける別の先生たちに連絡した。先生によると、門倉生徒会長は僕を校舎の屋上まで連れてくるように言っているらしい。理香子先生は電話先の相手に「小野村くんを捕まえた」と伝え、僕たちは二人で校舎の屋上に向かう。
階段を上り、屋上の扉を開けると異様な光景が目に飛び込んできた。中央に生徒会長が立ち、彼の背後には人質に取られた五人の少女、真由、清美ちゃん、リンダちゃん、菜々子ちゃん、麗ちゃんがたたずんでいる。その左右を挟むように全校生徒がぎっしりと詰めて、微動だにせず直立している。
「小野村賢哉くんを、捕まえました……」
理香子先生が、努めて無感情を保ちながら言う。生徒会長が鷹揚にうなずく。彼の顔に勝ち誇った、同時に冷酷な笑みが浮かぶ。門倉生徒会長の顔は、絶対的な権力を手に入れた独裁者のそれだった。生徒会長が合図をすると、生徒たちの壁が屋上の入り口をふさぐ。
「最後の最後まで、面倒くさいことしやがって……」
生徒会長がつぶやきながら、僕の目前に立つ。山のような体格から見下ろされ、僕は思わず身構える。次の瞬間、生徒会長の剛腕がうなった。
「……ッ!!?」
腹部を衝撃が貫く。背筋がねじ曲がるような感触が伝わり、続いて鈍い痛みが広がる。最後に、胃から酸っぱいものが逆流してくる。膝が折れた。生徒会長の足下にひざまずき、コンクリートの上に反吐をぶちまける。
「……汚ねぇんだよ!」
門倉生徒会長が吐き捨てるように言うと、つま先を浮かべる。会長の足先が、風を切って僕の顔面にぶつけられる。僕は吹っ飛ばされて、仰向けに倒れ込んだ。あふれ出した鼻血が喉に逆流して気持ち悪い。すえた胃酸と血の鉄くささが口の中をどろどろにする。
「……!」
大の字に倒れ込んだ僕の視線の先に、理香子先生がいた。視線が合う。先生の、肩が震えている。拳も強く握り締められている。でも、ダメだ。僕は、理香子先生が手を出さないようにアイコンタクトを送る。先生が額に冷や汗を浮かべながら、小さく頷き返す。先生が支配下にないことを門倉生徒会長に気付かれてはいけない。なにより……これは、僕に対する罰なのだ。
「なに、寝っ転がってんだッ!!」
生徒会長が僕のわき腹を蹴り、僕の身体が転がる。自分でぶちまけた吐きだめに、制服が汚れる。さらに生徒会長が一切の容赦ない力で、僕の背を何度も何度も踏みつける。僕は、身体を丸めて必死に耐える。
「てめぇがッ! てめぇが悪いんだろうがッ!!」
生徒会長の怒りが幾度も叩きつけられ、身体がしびれ、感覚がなくなっていく。意識もぼやけてきた。目の前に、鼻血がいくつもの汚れた雫を垂らす。生徒会長が僕の髪を掴んで無理やりに引きずり立たさられる。そのまま、突き飛ばされて僕は尻もちをつく。
「……小野村、そこで見ていろ。おまえが、弄んだ女たちを正気に戻してやるよ」
生徒会長の口元にぞっとするような笑みが浮かぶ。彼は、懐から振り子を取り出す。僕に背を向け、五人の少女たちのほうを向くと、ゆっくりと振り子を揺らし始める。
「さぁ、お前ら……この振り子を、よぉく見ろ……」
生徒会長の声が響き、五人の視線が振り子を捉える。
「そうよ。あなたは、振り子から目を離すことができない」
その時、凛とした声が屋上に響く。理香子先生だ。生徒会長の背中が、ビクッと揺れる。先生は、悠然と生徒会長の背後に歩み寄る。
「そうよ、振り子を見るのは、あなた……門倉くんよ!」
門倉生徒会長の耳元で、理香子先生が呟く。生徒会長の身体は、動かない。
「な、な、なんでだ! 俺は、催眠が効かない体質のはずだぞッ!?」
初めて聞くかも知れない、狼狽した声を生徒会長があげる。僕はずきずきと痛む腹部を抑えながら、よろよろと立ち上がる。
「生徒会長……あんたは、催眠が効かない体質なんじゃない……『僕の』催眠が効かないだけなんだ!」
生徒会長には、僕の催眠が効かない。僕には、理香子先生の催眠が効かない。先生は、僕の催眠の影響は受けたけど、生徒会長の催眠は受け付けなかった。そのことから、僕は考えた。正直、賭けの部分はあったけれど……つまり、僕も、生徒会長も、特定の誰かの催眠術が効果を示さないだけなのではないかと、仮説を立てたのだ。
そして、賭けは的中した。
「門倉くん、あなたの意識は段々と振り子に吸い込まれていく……私の声しか、聞こえなくなっていく……」
理香子先生が、暗示の言葉を耳に流し込むたびに、生徒会長のいかつい身体から力が抜けていく。
「く、クソがッ……なんで……俺が、俺こそが、支配者に相応しいっていうのに……ッ!! 誰か……俺を、助け……」
抵抗する門倉生徒会長の口から、呪詛のうめきがこぼれる。助けを求める声は、言葉にならない。左右に直立する自由意思を封じられた生徒会長の操り人形たちは、命令がなければ動くこともできない。
「意識を手放し……今は、眠りなさい……」
理香子先生が冷たい声でつぶやく。瞬間、門倉生徒会長の身体が硬直し、その場に膝をつき、音もなく倒れ込んだ。振り子が、屋上に転がり落ちる。
「……理香子先生」
僕は、先生に歩み寄ろうとした。散々痛めつけられた身体は言うことを聞かず、よろめく。先生が、慌てて僕の身体を抱き支えてくれる。
「小野村くん……だいじょうぶ!?」
「だいじょうぶです……それよりも理香子先生、ありがとうございます……そして、ごめんなさい」
僕は、虚ろな瞳でたたずむ五人の少女たちを見つめる。周囲には、同じく意志を奪われ人形のように直立する学生たちが密集している。ポケットの中に手を突っ込み、いつもの五円玉振り子を探す。見つからない。逃げ回っているうちに、どこかに落としたらしい。僕はめまいを感じながら身をかがめ、生徒会長の振り子を拾い上げる。
「ちょっと、小野村くん。何をする気……?」
先生が心配して声をかける。
「みんなを元に戻します」
僕は、先生のほうを振り向かずに答える。
「真由、清美ちゃん、リンダちゃん、菜々子ちゃん、麗ちゃん……まずは、この五人にかけた暗示を解いて、今まで僕がしたことを忘れさせます。それに……先生にかけてしまった暗示も、解きます……」
生徒会長に暴行されている間、僕はずっと考えていた。僕なりに、責任を取る必要がある。寂しいけど……仕方がないこと、そう思って先生の顔を見る。
「……バカじゃないのッ!?」
先生に怒鳴られる。先生は、僕の頬にビンタをしようと手を振り上げたが、ぼろぼろの僕を見て手を下ろす。先生の瞳が、僕をにらむ。
「忘れさせれば、全て済むと思っているの……!? 小野村くんがあの娘たちの身体を弄んだ事実はなくならないのよ!! 確かに、いろいろ問題はあるわ。でも、記憶を消したとしても、何かのきっかけで催眠されていた時のことを思い出したら、彼女たちは傷つくなんてレベルじゃ済まないのよ!? それに、私の記憶も消すだなんて……小野村くんに、処女をあげた私の決意はどうなるの!!」
理香子先生が、一息にまくしたてる。
「でも……じゃあ、どうすれば……」
うろたえる僕に、先生はあきれたようにため息をつく。
「責任を取りなさい」
「責任、ですか?」
「そうよ……彼女たち五人と、それに私……まとめて小野村くんが、面倒見なさい!!」
理香子先生が、振り子を握る僕の右手を掴む。先生の剣幕と、何より決して譲らない勢いを見て、僕は振り子を揺らす。
「五人とも、振り子を見て……みんな、だんだんと元の自分を思い出す……昨日までのみんなに戻っていく……」
僕が暗示の言葉を口にしながら振り子を揺らし続けると、徐々に五人のカノジョたちの瞳に意志の光が戻ってくる。
「お兄ちゃん?」「あ、賢哉さん……」「賢哉……チャン?」「……賢哉くん」「賢哉さま、ですの?」
五人がまばたきして、僕の姿を確かめる。次の瞬間、真由、清美ちゃん、リンダちゃん、菜々子ちゃん、麗ちゃんが、一斉に僕に抱きついてきた。
< 続く >