グノーグレイヴ2 第六話

―第六話 千の弓使いメタモルフォーゼ―

[0]

 新世界、トラディスカンティア。完成したかと思った世界は実は狭く、拓也を中心にした世界しか変わっていなかった。

 『ただの線を描く画家―レプリカント・ツアー・コンダクター―』

 多重世界に干渉し、強制的に拓也の見る現実に引き連れる能力。その効果は二次元だろうが連れてこられるほどだ。だが、範囲は全土だと思ったのは間違い。拓也の見る、鳴神町にしか効果を及んでいなかった。だからこそ拓也は神保市全体が見渡せるスカイタワーの最上階に居たのだ。全世界の人間を救いたいために高い場所を
 拠点としていた拓也だが今回、それを外す。

「本当にこっちで会っているのか?デルトエルド」
「あってる?……わからない。でも、行ってみないともっとわからない」
「……ああ、そうだな」

 拓也は少女を抱えていた。名はデルトエルド。またの名を、『時の振子』。新世界の寿命である、時の管理者だ。

「……マスターの探しているものは、ひょっとしたら見つからないかもしれない。地平線の向こう側にあって、手を伸ばしても届くことはない代物かもしれない。それでも、マスターは探すんですか?」
「ああ。それが俺の、皆が求める願いだからな」

 新世界の完成こそ人類の望み。誰もが幸福に生きる唯一の手段だ。

「……分かりました。私もマスターについていきます」

 時の管理者が『力』を解放する。新世界の時は止まり、動いているのは拓也一人。再び時が動きだしたときには、拓也のデルトエルドは秒速1kmの早さで進んでいた。いや、デルトエルドが拓也に共感する度に、二人の時が加速する。虹を渡り地平線の向こう側に辿り着くのではないかというぐらい、二人の目は真剣だった。
 拓也の探すもの。それは、皆が無意識に願う集合体。ジャッジメンテスが連れてきた『抑止力―ディティアレンス―』の生まれ故郷だ。

[1]

 七人いた正義の使者は残りあと二人。しかも五人は上級悪魔の元に集い仲良く生活していると言う。
 そんなこと今までありえなかった。七人全員が正義の名のもとに働いて、新世界を幸福に導いていたのに、今では正義の使者の姿は――。

 『病院』、『警察署』、『裁判所』、

 ――どこにもいない。
 完全に機能を失った『アンドロイド』。その逆に新世界にも再び現れたグノー商品。
 上級悪魔が動きだし、新世界を侵食していく。
 拓也の世界が否定されていく…。
 グノーグレイヴが再び濃度を増していく……。

「みんな、私の元を去ってしまった」

 スカイタワーに残った採魂の女神―ブリュンヒルド―は悲しみに暮れていた。その姿を狙うように放たれた矢は、ブリュンヒルドの横にある人形に突き刺さった。矢は人形に溶けて消えると、人形は姿を変え弓使い―メタモルフォーゼ―へと変貌した。

 だが、そのメタモルフォーゼの姿は、この場にいるはずのない、救済天使―ヒルキュア―と瓜二つだった。

「ワタシがいきます」

 その声はヒルキュアと似ていたが、抑揚もなければ人間離れした雰囲気があった。

「これ以上あなたたちがいなくなるのは、お母さん我慢できない」
「ワタシはお母様も、ボスも裏切りません。必ず生きて帰ってきます」

 一度決めたことは変えられないメタモルフォーゼ。他人の意見の介入さえ許さない。たとえそれが、母親―ブリュンヒルド―であってもだ。
 背を向けてブリュンヒルドの元を離れるメタモルフォーゼ。

「おねがい、お母さんの気持ちを分かって!」
「ワタシには心と同じように形がありません。しかし、どうしたらお母様の喜ぶ顔が見られるかわかります。形があれば答えを出せる。私はそれを遂行するだけです」

 ――全てはブリュンヒルドの為。母親を慕う子の想いの為に、

「必ず、上級悪魔と悪魔の道具―デモンツールズ―を倒します」

 ――メタモルフォーゼは、かつての仲間を倒すことを硬く誓った。

 メタモルフォーゼがブリュンヒルドから去った。
 確かに彼女がいれば淋しいことはない。千の弓―かお―を持つ異名の通り、メタモルフォーゼは本人そっくりに変身が出来る能力がある。
 だが、そのおかげでメタモルフォーゼにはメタモルフォーゼという身体がない。誰かを模範しなければ存在できない未完成な正義の使者。
 何故『アンドロイド』として生まれてきたのかも謎の中途半端な力。それがメタモルフォーゼという名で隠され、そして当の本人も満足している。
 ブリュンヒルドは想う。
 自己の身体を持たない限り、人間にもアンドロイドにもなれない。
 他人の心配をするより、自分の心配が出来ない哀れな存在――

「…………だからあなたは道化なのよ」

 ブリュンヒルドは一人でまた泣いた。

[プロローグ]

 誰かを模範しなければ生きていけなかった。
 右も左も分からず産み落とされた世界に常に恐怖が付き纏った。
 なにが平和で、なにが混沌で、なにが戦争なのかもわからない。
 ワタシはまわりで動く人と同じ行動をすることしか出来なかった。

 ――まわりと違う行動を取れば、不審に思われ、
 ――まわりと違う言動をすれば、異端として扱われる。

 そしてワタシは、仕草、振る舞い全てを模範した道化―あなた―となった。

 思念体のワタシを倒すことは不可能。
 任務だけを遂行する、千の弓使い―メタモルフォーゼ―

[2]

「ハァ……」

 ポリスリオンは自室で溜息をついていた。ビデオ編集をまた一つ完成させたとき、私は何をしているんだろうと考えてしまったのだ。

 (昔は有意義だったな……)

 警察で働いていたポリスリオンは、新世界を守るために数ある事件に出動し解決に導いていた。それしか知らなかったポリスリオンだ。それを言えばジャッジメンテスもかつて悪事を裁いていた栽培管だ。それしか知らなかった。
 握出と出会って皆が変わった。料理を覚えたり、趣味を楽しんだりして時間を潰していく。
 ――まさに第二の人生だ。老後の様な生活に不満はない。

「でも、なんか物足りないな……」

 かつての有意義さはなくなり、平和に慣れてしまったこともある。事件に何も関与せず、六畳の部屋で何不自由なく生きてしまう。
 平和ボケである。ポリスリオンはこれじゃいけない気がして自主トレを始め出した。

「カンナビ。出掛けますよー」

 扉の奥から握出が声をかける。

「私はいい」

 扉越しに返事をかえす。

「そんなに皆と出掛けたくないんですか?それとも私と出掛けたくないんですか?ほんとうにきみはツンデレですねえ」
「うるさい!!」

 怒鳴り声で握出を追い払う。握出も笑いながらポリスリオンとの会話を終わらせた

「まったく。なんで私はこんなことしてるんだろう……」

 握出に捕まっておきながらいつでも逃げようと思えるならば逃げ出すことが出来るのだ。でも、ツキヒメもジャッジメンテスも、皆握出から逃げようとは考えない。かつて敵だったはずの握出と交わってみると、戦意すら消滅させる魔力を持つ。
 ポリスリオンはいつも一人で戦っていた。ツキヒメを人質にして返り討ちにされた屈辱は今でも忘れない。でも、今も握出の家にいるのは、きっとカンナビというもう一つの心があるからだろう。
 握出によって生み出されたもう一つの心。握出を慕う心がカンナビだ。
 ポリスリオンが握出を倒そうと考えても、カンナビが心にブレーキをかける。
 ポリスリオンが握出から逃げ出そうと考えても、カンナビが心にブレーキをかける。
 だからポリスリオンは未だに握出の家で警備をしていた。
 そう考えていた。
 それこそツンデレと笑われるかもしれないが――。

「握出を想う気持なんか、偽物なんだから」

 絶対に握出を許さない。いつの日か握出を倒してみせる。
 たとえそれが、姉妹を悲しませるようなことになったとしても。

[3]

「んん~~~」

 握出は終始御満悦だった。
 グノー商品は飛ぶように売れ、またグノー商品を複合した商品まで開発し、それもまた大ヒット。新世界といえど旧世界同様、人の飽くなき欲望は変わらなかった。
 表で平和を謳いながら、裏では並々ならぬ私欲を相手にぶつける。
 グノーグレイヴは濃度を増していく。

「まったく、人とは面白い生き物ですね」

 協調など出来やしないのです。無駄なことはしないで、欲のままに生きればいい。その為のグノー商品を握出含めエムシー販売店は取りそろえている。
 さて、今日握出は医者の元へ足を運ぼうとしていた。数ある医者の中で群を抜いて腕のある茂木医師。彼の協力を持って更なる高みへと昇っていく。

「では、出発です」

 悪魔の道具―デモンツールズ―を引き連れて玄関のドアを開ける。

「へっ?」

 握出の思考が一瞬止まった。扉の奥には一人佇む女性がいた。握出はその女性を知っていた。
 ショートの紫色の髪、オレンジ縁の愛用の眼鏡、縦のラインが入ったワイシャツ。そして決してスカートを着用せず、スリムアップジーンズを穿く癖を持つ――

「何奴じゃ?」
「馬鹿!頭が高い!!」

 フォックステイルが名を聞こうとするが、女性ではなく握出が慌てて口を塞いだ。

「この方は、この方は――!!」

 握出の声が震えている。再会を喜ぶように、握出は喜びの声を叫んだ。

「エムシー販売店の社長だ!!!」

[4]

 当初の予定は大幅に変更された。今日は家で社長の接待になった。
 村崎色―ムラサキシキ―。握出よりも全然若い二十代の女社長だった。
 ソファーでくつろぐ社長にセンリはコーヒーをお出しした。

「エムシー販売店って此処じゃないの?」

 陰でこそこそ社長を見るツキヒメとジャッジメンテスが会話を始めた。

「元々マスターが働いていた会社よ。グノー商品を作っただけあって決して表沙汰にはならなかったらしいの。信頼もあって何億も稼いでいたと言う噂よ」
「そこの会社の社長がまさか女なんてねえ」

 そう。握出が慕う相手がまさか女性。立ち回りや風格、威厳でどの女性よりも強気なのは感じるが、デモンツールズは誰もが思ってもみなかった。

「いただくわ。媚薬は入ってない?」
「は、はい!」
「そんなものが入っていたとしたら、私が即座に撤去します。ねえ、センリ」

 ガチャンとコーヒーが倒れて社長のジーンズにかかる。

「あっ!も、申し訳ありません。すぐに新しいものと取り換えます」
「なんてことすんです?社長の大事なジーンズを!!?」
「いい。なかなか面白かったから」

 笑いながら許す社長。センリは台所に下がって再びコーヒーを作り直しに行った。

「本当に申し訳ございません。手を焼くゴタばっかりで」

 握出が娘たちの変わりに謝る。それを見て社長の目が細くなる。

「握出が家族を持つなんて今でも信じられない。どういう風の吹きまわしだ?」
「風に吹かれたまま流されていたらこんなことになっていただけですよ。洗濯や家事をやってくれるんですから楽になりましたよ」

 気まぐれで連れてきたヒルキュアから始まり、
 救いに来たポリスリオン、
 二人を助けに来たジャッジメンテス、
 理想を追い求めて居場所を亡くしたフォックステイル、
 スパイから握出家の全般を任せるセンリ。

 声をかけなければ、何も起こらなかったかもしれない。
 ポリスリオンやジャッジメンテスと最初に出会っていたら、握出は既に新世界から除外されていたと思う。
 ヒルキュアという偶然の出会いが今の握出の地位を作っていた。正義の使者を統べる上級悪魔。
 この上ない至高だった。

「でも、本当は別の目的があるんじゃないか?」

 社長の問いかけに握出がふっと笑った。

「千村拓也。あなたが捉えた使者たちを生みだした平社員。皮肉なものだ。私の会社から敵味方が現れるなんて」

 『ただの線を描く画家―レプリカント・ツアー・コンダクター―』。デモンツールズは千村拓也に作られていながら握出と運命を共にすることを選んだ使者。

「表立っていないだけですよ。社会はドロドロです。出会いと別れを繰り返し、それを隠しているにすぎません。グノーグレイヴは新世界でも消えませんでした。結局人のつながりがある以上、欲は際限がないのです」

 あれも欲しい、これも欲しい、もっと欲しい
 ――『人』を欲しい。
 これが人の最たる欲だと握出は自負する。だからこそ会社は人を欲しがる。十人十色の世の中で様々な商品を開発し、提供することが出来るのだから。

「人の欲とは購買力だ。欲しいと思ったものは必ず買う。だから人は闘う。欲が渇くから。欲は濡らしておかないといけない。まるで潤い液につけた顔マスクのようにね」
「欲は顔マスクですか?ケキャキャ。分かりやすいですねえ。目や鼻、唇。皆が付いている部位は同じなのに形が違う。たったそれだけなのに他人の部位を欲しがる人がいます。作ればいいだけなのに。この世に造れないものなど何もないのだから」

 握出は次のグノー商品の開発を提案する。
 人の身体の部位をそっくり取りつけることの出来る商品。絶対に喜ばれ、絶対にヒットする商品だ。

「今まで新世界でもグノー商品を開発してきましたが、どうもしっくりこない。それはそうです。この世界はぜんぶ偽物の塊なのですから新世界、新政府、新商品ぜんぶ偽物。新しいものに改変するだけ質は悪くなり、期待を外していく。逆に偽物でいいなんていう堕落思考で落ち付いてしまう。昔が良すぎた為の絶望。本物なん
 て何もない。夢のない世界こそ今の新世界の正体ですよ!!!」
「…………」

 握出の理論に社長は愚か、正義の使者ですら黙って聞いていた。

「ですが社長だけは違った!新世界に現れて下さった。グノー商品を本物にする社長が戻ってくれば百人力です。今こそ帰ってきてください。新世界すら崩壊する希望の世界が訪れますよ!!ケキャキャキャキャ……!!!」

 握出が愉しそうに社長に詰め寄る。社長が静かにコーヒーを置いた。

「握出。私は人の為を思って会社を立ち上げた。そして、この世に作れないものはないと思って様々な商品を作り出してきた。だが、それももう終わりだ」
「…………えっ?」

 社長が本日握出家に伺った理由を述べる。

「本日を以ってエムシー販売店は閉店する」

[5]

 社長の突然の閉店宣告。当面はお金に困ることなくても、職を失った握出に生きる希望はなかった。自室に閉じこもって項垂れている握出に、正義の使者全員が慰めている。
 ポリスリオンが最後に伺った時には重い空気が立ち昇っていた。
 フォックステイルの『数珠つなぎの隠し財宝』すら無意味。今の握出に理想がない。
 センリの『必ず偶然が起こる未来日記』すら無意味。今の握出に未来がない。

「マスター。その……」

 事情を聞いたポリスリオンだが声をかけようにもなんとかけていいか分からない。逆に握出を傷つける恐れもあったため、ただ立ちつくすだけになってしまった。差し伸べる手も届かない。それくらい握出との距離は遠く思えた。
 ポリスリオンは静かに扉を閉めた。
 握出がダメならポリスリオンが次に話をする相手は、社長である。ポリスリオンは正攻法しか知らない。話し合いで解決できるならそれに越したことはない。
 ソファーでくつろぐ社長にポリスリオンが直談判を申し込む。

「社長さん。急な閉店は私もおかしいと思います。閉店するほど店が潰れそうな感じはないですし、それに、マスターが大事にしているお店を、そんな簡単につぶさないでほしい。……なんて、何言っているんだろう?わたし……。あいつの為に……」

 必死に飛び込んできただけで何も話をまとめていなかったポリスリオンは尻つぼみになっていく。握出の為を思って我を忘れるなんてポリスリオンにはあるまじき行為だった。
 だが、もう話しこんでしまった以上、後には引けない。
 ポリスリオンが頭を下げた。

「お願いです。エムシー販売店を潰さないでください!」

 マスターを想い健気に頭を下げる様子に社長はポリスリオンを嘲笑った。

「お前にとって握出とはなんだ?」

 その質問はポリスリオンには答えられるものではなかった。

「私にとって、マスターは…………」
「もともとお前は握出と敵同士だ。敵の敵に頭を下げるって馬鹿げていると思わないか?むしろ味方に頭を下げてるんだぞ。お願いです。『敵将の首を取らないで下さい』って、それが『アンドロイド』の成すべき使命か!!」

 勝った者こそ正義。負けた者に正義を語ることはできない。ましてや逃げている者には反論も言えるはずがない。
 しかし、ポリスリオンは感情で動き出す。

「……私は社長とは味方じゃありません。社長のいた過去のエムシー販売店とは違います。今はデモンツールズとマスターが作り上げたエムシー販売店です!かつての社長がひょっこり顔を出して、私たちが一から積み上げてきたお店を壊してもらっては迷惑です」

 明らかな社長に敵意を出すポリスリオン。握出に聞いたらクビにされるかもしれないし、家を出ていけと怒鳴られるであろう。だが、社長に一言物申さないと腹の虫がおさまらない。今のポリスリオンの感情は高ぶっていた。ムカついていた。
 反対に社長はコーヒーを一口飲んでカップを置いた。

「エムシー販売店は悪だと思わないの?」
「えっ?」
「何のためにエムシー販売店を新世界で消したのかもわからない。意味があるから消したのに再び作ってしまっては何の意味もない。エムシー販売店があるから人は欲のままに生きてしまう。犠牲をつくって自己の満足感しか満たそうとしない。本当にそれが幸せ?新世界に必要なもの?――だから潰す――」

 社長の雰囲気が明らかにおかしかった。エムシー販売店を創立したものとは思えない口ぶり。逆に潰すために現れたとしか思えない。握出とは真逆の思考だ。握出には悪いが、握出が思う社長にしては器が小さいとしかポリスリオンは思えなった。
 だが、その考えはあながち間違っていなかった。

「――ボスの望む新世界のために」
「あなた――!!?」

 社長が弓を取りだし、矢を放つ。放たれた矢はポリスリオンの額に突き刺さり貫通した。気絶するポリスリオン。貫いた矢はポリスリオンそっくりの姿へと変貌した。

「私欲などいらない。思念を貫く」

 社長、村崎色からポリスリオンとなったメタモルフォーゼが握出の部屋へと足を勧めていった。

[6]

「お姉ちゃん。どうだった?社長はとりもって来れそうだった?」
「ううん。ダメだった」

 再び握出の部屋に戻ったポリスリオン。ツキヒメと軽く会話をした後でポリスリオンが握出の元へ近づく。誰もポリスリオンを信じて疑わない。

「マスターこそ新世界に要らないもの。悪の根源は消えなくてはならない」
「えっ?」

 皆が不審に思ったがもう遅い。ポリスリオンが抜刀して握出の首に向け剣を振り上げた。

「死ね、上級悪魔!!」

 キィンっと、フォックステイルの爪が剣を抑える。

「なにをしている、ポリスリオン?おのれ、裏切るのか!?」
「裏切りじゃない。元々私たち敵同士でしょ?なにを仲間内のように遊んでいるの?今の上級悪魔は上の空じゃない。やるなら今しかないでしょう?」
「おのれ!許さんぞ!!」

 フォックステイルがポリスリオンに呪文を唱える。だが、それをツキヒメが静止させる。

「ちがう。あなた、だれ?」

 ポリスリオンが笑った。

「お姉ちゃんじゃない。あなた誰!?」

 ふいうちを外したポリスリオンはデモンツールズに囲まれる。ポリスリオンが持つはずのない弓―アーケロス―を取りだした。

「変幻自在の弓使い―メタモルフォーゼ―」

 正義の使者が現れ、デモンツールズは身構える。メタモルフォーゼ。変身能力を持つ正義の使者。ブリュンヒルドを除いたデモンツールズと同種の正義の使者だ。

「社長に成りすまして近づき、そして今度はポリスリオンに成りすまして命を狙いに来た。許さない。必ず正体を暴いて見せる」

 ジャッジメンテスとフォックステイルが襲いかかる。弓使いならば間合いを詰めれば勝機がある。ジャッジメンテスが近づき神の裁き―トールハンマー―を打ちつけるが、メタモルフォーゼ(ポリスリオン)は回避する。

「私には実体がない。それ故に幾千の顔を持ち、道化と呼ばれる存在。新世界は楽園にねじ曲がり、新世界が無限の線を描く。私の目的は達成した。後は此処にいる者を全員倒し、任務を遂行する」

 メタモルフォーゼの動きは思った以上に素早い。メタモルフォーゼはフォックステイルとの間合いを詰めると、弾丸となって貫いた。

「ぬあああ!!!」

 やられた?と、思ったが、フォックステイルは無傷。一体何が起こったのかわからなかった。

「くっ、えっ?」

 だが、メタモルフォーゼを見た瞬間に把握した。メタモルフォーゼはフォックステイルと同じ成りをしていた。

「くらえ、九尾の炎を」

 ナインボールを放つメタモルフォーゼ(フォックステイル)。

 九つの火球を飛ばしてくるが、デモンツールズはそれぞれに防ぐ。特に変身させられたフォックステイルは鼻で笑って回避していた。

「童に変身しただけじゃないか。笑止。所詮真似事。偽物よ」

 偽物は本物に勝てない。九つの火球―ナインボール―もフォックステイルにはあまり効果がなかったのを知っているため嘲笑った。だが、フォックステイルよりもさらにメタモルフォーゼは鼻で笑い返した。

「そう。まず相手に同調すること。相手に成りすますことが第一歩なのだ。世界とは偽り。如何に自分の形に崩していくかで自分を形成するのだ」

 メタモルフォーゼ(フォックステイル)の九尾がそれぞれ二つに割れ、十八の尻尾となった。

「ゲッ!?」

 不気味な光景だ。全てが二倍の魔力となった火球が形成される。

「十八の大炎帝―ラストエンペラー―」
「うああああ!!」

 数と大きさと威力が二倍になった火炎弾に避ける術はない。デモンツールズはそれぞれ耐え凌ぐ。

「それが進化。それが成長。真似だけど真似じゃない、決して本物に負けない強さ。それが童の力、『変幻自在の俳優―アンミリデッド・メタモルフォーゼ―』。童が変身した者は、決して本人に負けることはない」

 メタモルフォーゼがフォックステイルに駆け寄り十八の尻尾―センスブレイク―で殴りつける。殴られる度に脳が揺れ、最後の一撃で殴られた瞬間、フォックステイルが足を崩して気絶した。

「フォックステイル!!……はっ!?」

 フォックステイルの成りをしていると思ってジャッジメンテスは油断した。目を離したすきに駆け寄るスピードはメタモルフォーゼの時と同じだった。貫いたメタモルフォーゼはジャッジメンテスへ姿を変えていた。
 手には木槌ではなく金色の怒槌。大きさは優にジャッジメンテスの木槌の七倍を超える。メタモルフォーゼは振るいあげた。

「黄金ハンマー―ゴルディオン・クラッシャー―」

 強靭な槌がジャッジメンテスを叩き潰す。耐え忍んでいるジャッジメンテスだが、遂に黄金ハンマーに潰されてしまった。

「くあああ!!」
「お姉ちゃん!!」

 フォックステイルとジャッジメンテスがやられる。メタモルフォーゼがツキヒメに目を映した。ツキヒメに変身するくらいならジャッジメンテスの方が有利だった。黄金ハンマーを担いでツキヒメとの距離を詰める。
 だが、そこでメタモルフォーゼが視線を背けた。ツキヒメの奥、扉を開けて入っていたのは、センリとポリスリオンだった。

[7]

「待ちなさい」

 不意打ちで急所を受けたポリスリオンはセンリを杖代わりにしていたが、しっかりとメタモルフォーゼを瞳に映していた。

「私たちに成りすましても、結局本人より上に行くことなんてできない。何故なら、私も偽物だから。ここには誰も本物なんていないから」

 ポリスリオンの意味深な言葉にメタモルフォーゼは理解出来なかった。メタモルフォーゼは自身が偽物で、本物になりたくて手に入れた『変幻自在の俳優―アンミリデッド・メタモルフォーゼ―』。しかし、そんな力は何の意味もないという。

「なにを言っているのかしら?本物は――」

 本物、という概念をメタモルフォーゼは捕らわれていた。本物は一つしかない。絶対に変えることの出来ない『信念』だ。偽物とは、本物を模範した量産可能の『商品』。
 そう。だとしたら、新世界に住む『アンドロイド』に変身したところで偽物なんだ。いや、それをいうなら『アンドロイド』を必要としている新世界こそ偽物の何者でもない。偽物ばかりが住む新世界に本物はいない。
 逆に、概念として一つに囚われた者たちが住む世界こそ、偽物なんだ。柔軟に話を聞け、相手を思いやる者こそ本物――。

「そう、本物なんて不定形なものなんだ。千の顔を持つおまえこそ本物だ。人間は想いがあるから悩む。だから迷う。偽物だ。真っ直ぐ進みたいのに進むことを躊躇する矛盾。――人は救えないんだ」

 あらゆる正義の名のもとに動く使者では人は救えない。人は正義という概念を押し打ったところで、正義を疑ってしまうから。だからこそ正義が救えるのは、正義という言葉の響きに惚れた愚か者だけなのだ。
 ポリスリオンははっきりと正義の使者を否定する。人を見下す『アンドロイド』にはなりたくないから。

「正義がやろうとしていることは強制だ。無機質の者にしか共感できない道だ。人は間違いなく反対する。人の歩いてきた道ではなく、自分の歩きたい道を進みたいんだ。間違いとか正解じゃない。自分の信じた道が遠回りでも、歩いてきた軌跡が素晴らしいと思えたら幸せなんだ。心がないおまえに分かるか?決して分からない
 だろう?だから道化なんだ!!!」

 悪魔の道具に使われようと、正義の使者よりマシ。
 そうはっきりと言われたメタモルフォーゼは、今までにないほどの感情に苛まれていた。

「……………なんだろう?この、込み上げてくる感情は?」

 人形でもない。道化でもない。ましてや偽物でもない。
 メタモルフォーゼはメタモルフォーゼ―正義の使者―
 本物だ。
 メタモルフォーゼは本物としてただ一つの、人類を救う最善の方法を考える。

 ヒルキュアは他人を想う心
 ポリスリオンは権力による心
 ジャッジメンテスは裁きによる心
 フォックステイルは努力による心
 センリは未来を信じる心

 ――そして、メタモルフォーゼは他人と同調する心

 決して千村拓也は人を救えないとは考えなかった。正義の使者には人を救う力を備えて生み出したのだ。それを最善も出さずに結論付けたのはポリスリオンの妥協に他ならない。あまつさえ、上級悪魔に身を寄せる堕落者として立ちはだかる。

「これが、怒り……?」

 自宅警備者に説教される心境に似ている。ポリスリオンには絶対に勝ちたいとメタモルフォーゼは心から思った。
 偽物、『変幻自在の役者―アンミリデッド・メタモルフォーゼ―』ではなく、さらに先へ続く本物の『力』を以って倒す。
 人の飽くなき理想郷。他人と同調できるメタモルフォーゼだからこそ、正義の名のもとに倒させてもらう。

「あ、あはは……あははははははははは………」

 笑った。メタモルフォーゼは心の底から笑った。
 グノーグレイヴが笑っている。
 メタモルフォーゼは人の欲を『グノーグレイヴ』へと変えた。

[プロローグ2]

 誰かを模範しなければ生きていけなかった。
 右も左も分からず産み落とされた世界に常に恐怖が付き纏った。
 なにが平和で、なにが混沌で、なにが戦争なのかもわからない。
 ワタシは誰かが操ってもらうことを心から望んだ。

 ――世界は誰かが考えてくれる、友達は誰かが描いてくれる、私の声は誰かが吹き替えてくれる。
 ――私の身体はアニメーションで動いてくれる、私の行動に意味を与えてくれる、私にファンを生んでくれる。

 それは一つのアニメディア。製作者と閲覧者がワタシを通じて一つになる。
 人の欲とは人の繋がり。
 芸術作品に誰も敵わない。
 そして私は、仕草、振る舞い全てを模範した道化―あなた―となった。

 本物―キャラクター―を倒すことは不可能に近い。
 ワタシは人との繋がりで生き続ける、『臨機応変の声優―アンミリデッド・ドリーム・ファクトリー―』

[8]

 グノーグレイヴがメタモルフォーゼに力を与えた。既に弓も矢も持つことはない。自身の身体を持ち、メタモルフォーゼという正義の使者が初めて生まれた瞬間だった。

「きゃあ!」

 その力は凄まじく、センリですら未来を予兆できなかった。
 未来日記にメタモルフォーゼに対して勝てる手段が消えて無くなっていく。一体何が起こったのか分からない。
 変身能力を失ったメタモルフォーゼがニヤッと笑みを浮かべた。

「感謝します、悪魔の道具!私は遂に辿り着いた!人を救う唯一の『力』に!!」

 皆が驚く。だが、驚いたのはメタモルフォーゼの言葉ではなかった。

「なに?」
「声がお姉ちゃんと同じ」

 そう、メタモルフォーゼの声がポリスリオンと同じになっていた。先程とは正反対だ。姿を変えるのではなく、声を変えた。それがメタモルフォーゼの新たな『力』だった。

「だからなんなの?真似がさらに上達したってこと?」

 物真似の域を逸していない。所詮偽物どまりにセンリは思えた。

「あははははは。あはははははは……」

 メタモルフォーゼが笑い続ける。ポリスリオンの声で笑っている。

「あはは……」

 メタモルフォーゼが笑っていると、ポリスリオンの表情が笑顔になっていく。

 (笑いたくないのに、同じ声を聞いていると、私が笑っているんじゃないかと錯覚してしまう)

 『あはははははは……』

 声が重なる。ポリスリオンが嗤っている。
 様子がおかしいポリスリオンにセンリが声をかける。

「ポリスリオン!」
「はっ、センリ……」

 我に返ったようにポリスリオンから笑い声が消えた。メタモルフォーゼもポリスリオンの動きに合わせて笑い声を消した。センリが無防備に心配している。メタモルフォーゼが口を開いた。

 『死ね』

 ポリスリオンがセンリの首を掴んで締めあげていく。

「ぐっ、あっ……」

 ギリギリと凄い力が加わっている。センリでは決して解くことが出来ない。解く方法があるとすればポリスリオンが力を弱めればいいだけの話なのに、ポリスリオンにそれが出来なかった。

 (こ、これはいったい――)

 ポリスリオンの行動が全てメタモルフォーゼに反映されている。操り人形なんてレベルじゃない。言葉も全てが奪われてしまった。
 首をメタモルフォーゼに向きながら睨みつけるだけでも凄い力が必要だった。

 (き、きさま――!!)

 メタモルフォーゼが『力』を明かす。

「ポリスリオンの行動、言動は全て私が決める。声を真似ただけだと思って侮るな。声を真似されたとなれば本人と同意。本物偽物などない。本物しかいないんだ。私の行動は全て本人に影響を与え、本人の心に共感する。『臨機応変の声優―アンミリデッド・ドリーム・ファクトリー―』。ポリスリオンの世界は私が支配した」

 ポリスリオンというキャラに声を当てたメタモルフォーゼ。メタモルフォーゼという言動、行動がポリスリオンに影響を与える。ポリスリオンを生かるも殺すも、メタモルフォーゼの声一つ。

 メタモルフォーゼは到達したのだ。『声優』という自身の力を最大限に発揮できる最高の職を――

 センリから力が抜けた。カクッと倒れたセンリを見てポリスリオンは目の前で涙した。

 (センリいいいぃぃ!!!!)

「『それでいいのよ、悪の根源となった正義などいらないでしょ?あなたは、まだポリスリオンを捨て切れなかった。だから助かったのよ』」

 メタモルフォーゼがポリスリオンに言わせると、ポリスリオンの心が本当にそう思ってしまう。

「そうだ。私は、ずっと自分を持ち続けた。カンナビとポリスリオン、常に二人の私が居た。カンナビの方が強くなっていたけど、私は自我をしっかり持っていた」
「『そう。あなたは私、私はあなた』」
「私はあなた、あなたは私」
「『二人だけの固有結界。誰も邪魔できない、誰も入る余地はない、二人だけの世界。さあ、上級悪魔を――』」

 『この手で倒そう!!』

 ポリスリオンとメタモルフォーゼの声が重なった。既にポリスリオンはメタモルフォーゼと同化されてしまった。ポリスリオンの心となったメタモルフォーゼこそ『臨機応変の声優―アンミリデッド・ドリーム・ファクトリー―』の最高系だ。
 心は絶対に束縛出来ない。
 心は絶対倒すことが出来ない。メタモルフォーゼが倒れるとき、ポリスリオンも倒れる。

 ポリスリオンは常に所持していた必殺剣『剣銃』を抜いた。狙いは手を伸ばせば届きそうな上級悪魔、握出紋。
 握出が虚ろな眼差しでポリスリオンを見つめた。既に闘う気力もなくした淋しそうな眼を嘲笑った。

「お姉ちゃん、やめて!!」

 飛びかかるツキヒメをポリスリオンはふるい落とす。続けざまに剣銃を放つと、ツキヒメの足元に刃の弾丸が床にめり込んでいた。触ったところで意味がない。当たれば即死のポリスリオンの一撃必殺の剣だ。

 『あはははは……上級悪魔を殺した後で次は貴様を殺してあげる』

 聞いたこともないポリスリオンの声にツキヒメは涙を流した。
 ただ、怖くて動くことが出来なかった。
 ポリスリオンは悠々と弾丸を詰め込み、握出のこめかみに拳銃を突きつけた。

 『これで新世界は救われる。死ね、上級悪魔!!!』

 ――――バァン!!!

 剣銃から火花が噴き硝煙が立ち昇った。

[9]

 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

「『えっ……?』」

 メタモルフォーゼは愕然とした。火花はポリスリオンの胸の中心を貫き、後ろに置いてある『鏡』を割った。
 ポリスリオンから赤い血が大量に流れ落ち、フローリングを真っ赤に染めていった。
 崩れるようにポリスリオンは真っ赤な水たまりに落ちていった。

「『どうして?わからないよ!!?ポリスリオン―わたし―???』」

 心―メタモルフォーゼ―が叫ぶ。それはそうだ。心に逆らうなんてこと絶対に出来やしない。でもキャラクター―ポリスリオン―は逆らった。

 (私―ポリスリオン―の心が握出を倒すことなら、もう一人の私―カンナビ―の心が、メタモルフォーゼの理解出来ないこと……)

 握出に植えつけられたもう一つの心、カンナビを嫌ってポリスリオンは彼女を押さえつけていた。
 でも、生まれてしまった以上はどちらもポリスリオンの心なんだ。

 『では、私の家へ来ると言うことですね?』
 『はい』
 『奴隷として家へ来ると言うことですね?』
 『はい』
 『道具として置いて貰うと言うことですね?』
 『はい。私を貴方の道具として置いてください』
 (いやあ!どうして私があなたの道具にならなくちゃいけないのよ!!言うことを聞いてよ!!いやあああああ!!!)

 二つの心で葛藤していたけど、でも、この暮らしを続けるに連れて、苦でもなくなってきた。
 握出を倒したいなんて気持ちはなくなった。いいえ、逆に握出を守りたいと思うようになっていたんだ。それを私は素直に受け入れられなかったんだ。

 『おめでとう、ポリスリオン。よく頑張ったのぅ』
 『マスター。私、やりました』
 『では、次の試練じゃ』
 『!そんな!』
 『まだ第一の試練じゃぞ。『数珠つなぎの隠し財宝―ワンピース・オブ・ナイン・タワーズ―』はあと八つの試練が残っておる』

 マスターと一緒になりたい理想を持っていたから、私は事実を聞いて愕然としたんだ。闘う気力を無くすほど、私は傷ついたんだ。
 そう、私にとって握出はマスターなんだ。一生かけて守っていきたい、大事な方なんだ。
 なんな大事な方に剣銃を向けて倒そうとすることなんて、できない……
 硬い生活に、柔らかさを与えてくれた方、
 快楽を教えてくれた方、
 優しさと楽しさを伝えてくれた方、
 私に足りないものを渡してくれた方――、

 (あはっ、なんだ。ワタシ……ツンデレじゃない……)

 おかしくて笑った。意識が薄れていく中で、ポリスリオンは笑ったことだけは理解した。

 ――認めます。私、ポリスリオンは握出紋が大好きです……

「ここが、私の居場所だと思ったから――――」

 ――それだけを残して、ポリスリオンは絶命した。

[10]

「おねえちゃあああん!!!」

 血に濡れたポリスリオンを抱くツキヒメ。一緒になって真っ赤に染まるがそんなこと気にしない。意識を失ったポリスリオンがまた目を開けてくれることを信じて叫び続けたが、ポリスリオンが目を開けることはなかった。

「うああああああああああああああああああああ!!!!」

 ツキヒメが泣いた。姉妹として暮らしていた一人を失った大きさは計り知れない。
 血の水たまりが一か所うねうねと動き、人の形となって現れた。それは間違いなくポリスリオンの形をしたメタモルフォーゼだった。

「心は死なない。意志を継ぐものが現れ、未来永劫生き続ける様に、再びワタシは誰かの心となって未来永劫生き続ける。『臨機応変の声優―アンミリテッド・ドリーム・ファクトリー―』こそ数多持つ人の願いの叡智だ。――次はツキヒメ。おまえだ!!!」

 メタモルフォーゼは声を変え、ポリスリオンからツキヒメに変えていく。心から逃げることなど出来ない。いくら逃げて距離を稼ごうが、メタモルフォーゼの声はツキヒメの心に訴える。

「『聞こえるでしょう?あなたは私。私はあなた。そんな悲しまないで。ポリスリオンもまたボスに作ってもらえばいいんだよ。なんだったら私がなってあげようか?心の中で記憶―だいほん―を読めばお姉ちゃんにはいつでも会えるんだから。ほらっ、悲しむことはないんだよ、ねっ?』」
「――――」

 ツキヒメの動きが止まる。『臨機応変の声優―アンミリデッド・ドリーム・ファクトリー―』が効いた様子だ。これで悪魔の道具、そして上級悪魔の本当の最後だ。――任務完了。

「『じゃあ、今こそ、戦意を喪失しているそこの上級悪魔を――!!』」

 メタモルフォーゼが言葉を失った。死んだように俯いていた握出がむくりと起き上がったのだ。

[11]

 メタモルフォーゼの前で握出が不気味に佇む。今更起きだしてなにをしようというのか、握出が笑いを込み上げて前面に押し出していた。

「ふっ、ふふ。ふふふふふ……。職が無くなったのなら作ればいい。お前だけは絶対に許しませんよ」
「なにを馬鹿なことを――」
「社長に成りすまし、悲しんだ自分が馬鹿でした。偽物の情報に踊らされるとは。クケ、ケケケ。社長!エムシー販売店はなくなりませんよ。必ず私が一流企業にのし上げて見せます。社長!社長社長社長!!!!」

 狂ったように嗤い、狂ったように名を呼び続ける握出にメタモルフォーゼも動揺していた。だが、メタモルフォーゼはあくまで冷静を装う。冷静ささえ見失わなければつけいる隙も必ず見つかる。
 一人の『営業』マンが、ファンを味方につける『声優』に敵うはずがない。

「あらっ?ポリスリオンのことはまったく怒ってないのね?てっきり愛の告白をされたから少しぐらいは怒っているかと思えば」

 血だらけで倒れるポリスリオン。握出はようやく状況に気付いたようだった。

「ん?ああ。こんなことになっているんですか?悲しむなんてとんでもない。逆に感謝したいくらいです」
「……死んだことを感謝するの?」

 常軌を逸している握出の発言。なにを言っているのか理解できない。メタモルフォーゼの心が高鳴る。

「ポリスリオンは未だにカンナビの心を受け入れませんでした。だから力が中途半端だった。でも、ようやくカンナビを受け入れました。『力』は完成されました」
「完成……?」

 ポリスリオン、カンナビ、二つの心が合わさった、ポリスリオンの本当の『力』を握出が呼び覚ます。

「――起きろ、カンナビ」

 拒絶を許さない握出の声。血の水たまりの中、絶命したはずのポリスリオンがむくりと身体を起こした。不気味な光景だ。胸に開いた穴から血が流れているにもかかわらず、ポリスリオンは起き上がったのだ。いや、血に濡れたコスチュームを破り捨て、握出がプレゼントした下着姿に身を包む。今まで似合っていなかった下着
 に見合うよう身体を変えていき、また髪の色や長さまで変わっていった。まるで、ツキヒメがリリスに変わったように――

「ッハ、アハハ・・・アハハハハハハハハハ!!!!」

 血に濡れたまま、彼女は高笑いをした。彼女はポリスリオンではなく、カンナビだった。

[12]

「な、なに?なんなの?」

 メタモルフォーゼが後ずさる。だが雲耀の速さでメタモルフォーゼの首根っこを掴み、壁に押し付けて打ちつけた。

「がはっ!」

 乱暴な力と早さに胃液が込み上げてくる。ポリスリオンの潜在能力は正義の使者を優に超えていた。剣ではなく、拳こそが尤も才能が発揮できる武器だったのだ。それをカンナビは知っていたんだ。拳で雑に乱れ踊り猛る。

「カンナビは最強です。『開幕せし大歓声の舞台―ダンサー・イン・ザ・エンドレスワルツ―』。その効果を存分に味わいなさい」

 カンナビが何度もメタモルフォーゼに襲いかかる。だが、その攻撃一打一打をメタモルフォーゼは目に焼き付ける。メタモルフォーゼが負けることはない。メタモルフォーゼがポリスリオンの姿に変身していく。闘い方が分かった以上、メタモルフォーゼも剣を抜かずに拳を極める。

「言ったでしょう?最強は私。いくら蘇ろうと、私はさらに上をいく。『変幻自在の俳優―アンミリデット・メタモルフォーゼ―』。ポリスリオンは私に勝て――」
「アハハハハハ……はっ!」

 カンナビが爪を突き刺す。メタモルフォーゼの身体に五つの爪跡が浮かび、血が噴き出し流れていく。

「ぐあああああ!!!」
「私に勝とうとしてるんだ?勝ちたきゃ勝てば良いよ。でも、私は絶対に負けない」

 ガツン!!
 拳がボディーに入る

「勝つと言うところまで試合を長引かせちゃうもの。まだ始まったばかりだよ?もっと遊びましょうよ」

 ガツン!!
 拳が顔面に飛んでくる。

「気を失わないでね?私が勝ちを味わうまで、あなたが負けを味わうまで絶対に試合を終わらせない」

 ガツン!!
 気を失わせないよう殴られては次の一撃が飛んでくる。

 息を切らして弱り切るメタモルフォーゼ。
 乱暴な力に言葉は通じない。既にメタモルフォーゼに敗北色が塗られていた。しかしそれだけじゃ終わらない。カンナビは体内だけじゃなく、ポリスリオンの服を破り、乳首をひっかき、爪跡を曝し、耳を痛いほど噛む。血液を抜かれながら、愛撫をしている。しかし、その行為も乱暴すぎる。

「い、いたいいたいいたい!!!ちぎれちゃう!!――んんっ!!?」

 口の中に舌を突き刺す。奥歯まで舐めまわすカンナビに、ポリスリオンの面影もない。いや、メタモルフォーゼが変身しているの姿に、本当にカンナビはポリスリオンを犯しているのではないかという錯覚すら起こしてしまう。

「くちゅ……ん……。よく私の涎を、――かき混ぜて!――味わって!!――飲みほして!!!」

 顎を閉じられ、噛ませるように動かしながら喉を鳴らせる。
 乱暴にされるメタモルフォーゼは遂に観念したのだ。

「お願い。やめて。もう、これ以上は――」

 涙を滲ませ負けを認める敗北宣言。でも、その言葉すら、――聞かせない、言わせない。

「良い表情……。狂いざけ!!もっと私を楽しませて!!!」

 笑うカンナビ。ポリスリオンの乳首を吸い上げ、滅多打ちにする。全身が真っ赤に腫れているのに、身体の奥からは尿意が襲い、愛液が知らず内に床に落ちていた。
 カンナビの攻撃には媚薬がある。徐々に身体を蝕み、感情を高ぶらせていた。狙いはこれだ。カンナビは不器用なりにメタモルフォーゼを絶頂に逝かせたがっていたのだ。
 恥でもなんでもいい。もしメタモルフォーゼがイクことでカンナビの中で試合が終わるのならそれを望んだ。一度逝けばいい。もう、身体が耐えられない。
 カンナビがクリトリスへ直接吸いついた。

「い、いやああ!い、い――っ!?」

 身体を硬直するメタモルフォーゼ。だが、あと一歩でイクというところで一気に冷めてしまった自分がいた。

 (ど、どうして……?)

 そして再びカンナビが愛撫をする。おまんこの膣に指を入れて、爪を立て、壁を傷つけていく。でも、痛いと言う感覚の中に微量の快感が含まれている。
 たったそれだけを味わい、メタモルフォーゼは逝こうとしていた。

「い、いきたい……い――い、ぃ……」

 顔を真っ赤にして、涎を垂らし、歯を食いしばって絶頂を迎えようとする。だが、メタモルフォーゼは先程と同じ、あと一歩のところで絶頂を味わえなかった。
 感情だけが高ぶっていくのに、急に冷静になってしまう自分の意志。まるで何かに操られたかのようにもう一人のメタモルフォーゼがそこにいる。奴は私を見て嗤っている。そう、それは、カンナビだった。
 メタモルフォーゼが理解した。ポリスリオンの持つ、『開幕せし大歓声の舞台―ダンサー・イン・ザ・エンドレスワルツ―』の『力』を。

「追うのではない。逃がさないでもない。その距離感が重要なのです。追われていると言う恐怖。逃げていると言う意識。……ゴールなどさせてあげません。あなたは一生絶頂へ到達出来ないでしょう」

 握出の説明を聞きメタモルフォーゼが真っ青になっていく。動物としての喜びを失わせた。快楽を亡くした。苦痛はいつまで経っても苦痛でしかない。カンナビの愛撫は殴るなんかよりも大きな痛さだった。
 せっかく生まれたメタモルフォーゼはカンナビにより死に体になったことを知り、涙をぼろぼろ流していた。

「いやあ!!いやいやいや!!お願い、いかせて。ゴールさせて」
「ペロ……誰にものを言ってるのかしら?」
「い、いかせてください」
「アハハハ……だめ」

 絶対に許可を下ろさないカンナビ。それなのに身体を逝かせようと愛撫を続ける。脳天に直撃する電流は快感など一切なく、苦痛と激痛を与えるだけだった。

「ひいいいいいいいいいい!痛い、いたいいたいいたい――!!」
「アハハハハハ」

 泣き叫ぶメタモルフォーゼ。嗤い狂うカンナビ。
 勝負なんかとっくに終わっている。この勝負引き分けだ。どっちも狂っている。

 こころがない。

[エピローグ]

 ツキヒメも青ざめていた。カンナビに抱きついて試合を無理やり中断させる。

「お姉ちゃん。もうやめて!」
「いやっ!終わらせない。こいつの人生を一生かけて狂わせて終わらせてやる!」
「あっ、あうあう……」

 動かなくなったメタモルフォーゼに握出が近寄る。握出がカンナビに近づき、背中からドスンと叩いた。同時に握出は一つの『粘土』をカンナビに押し込んだ。

「うっ」

 その粘土はポリスリオンの心を模造した『粘土』。カンナビの動きは止まり、力が再び静まっていく。
 穴は『粘土』によって塞がれていき、穴が埋まった時にはカンナビの姿はポリスリオンへと戻っており、すやすやと寝息を立てていた。
 『粘土』によってポリスリオンを蘇らした。グノー商品は禁断の領域へと足を踏み入れた。

「――マスター……」

 今のままならばメタモルフォーゼは無限苦痛で堕ちていったはずだ。それを解いてポリスリオンを救う方を選んだ。上級悪魔という名に相応しくない愚かな行為だ。だが、悪では嗤いながら言った。

「やはり、ポリスリオンの心は二つあった方が面白いじゃないですか――」

 握出を好いてくれるカンナビの心と、握出を嫌うポリスリオンの心。
 二つの心が合ってこその彼女。だからこそ握出は――

「――私はポリスリオンが好きですからね」

 握出は最後に本心を述べた。

「イクウウウウウウウウウ!!!!!!!!!、うああっ!!!!」

 カンナビの力が解かれた瞬間に絶頂へ放たれたメタモルフォーゼは潮を吹いて気を失っていた。
 身体を痙攣が未だ止まない。苦痛で死にかけたメタモルフォーゼは今度、快楽で死にかけていた。床に倒れたメタモルフォーゼに握出は見下ろし嘲笑う。

「さて。聞こえていますか、メタモルフォーゼ?人の夢、人の叡智を形に変えた正義の使者が陽の光を浴びることは二度とありません。これからあなたが行くところはグノー商品開発室。その最たる場所で実験体となってもらいましょう。人の欲望がグノー商品を更なる進化へと導くのです。これからどんな商品が生みだし、どんな性能を編み出すのか楽しみでなりません!!!グノー商品、いや、グノーグレイヴの誕生です!!!力を与えたのなら力から生まれた商品を以って形を成しましょう。今こそ新世界は私のものとなるのです!!!ケキャキャキャキャキャ……ギャハハハハハハ!!!!!!」

< 続く >

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