第四話
●一日目
「……~~~~~っ、分からん」
これまで色々と聞き込みで集めてきた各部の予算状況を整理していたのだが。
こうもバラバラと数字が並んでくると、知恵熱が出て来てしまう。
元々数学とか、生理的にアレルギー出ちゃう質なんだよなぁ。二次関数辺りから完全に、俺の中では別世界の言語になっちゃってるし。
「あー、休憩休憩。こんなんやってらんねーよ」
つい手元の写真集を手に取ってしまうのも、人情って事で。
写真部の活動記録を兼ねているだけに、全部員の写真が何枚かずつ収められている。
──あー……。あの部長、微妙に盗撮スレスレの写真撮ってるなぁ。
風景写真なのに、画面隅に意味もなく女の子が写ってたりとか、モロにスカートとソックスの間……〝絶対領域〟つーんだっけ?……だけをクローズアップ撮影してたり。
宮下が言ってた『モデルにしようとしたけど』組の筆頭ってトコなんだろうなぁ。……そんで草柳にケチョンケチョンに言葉の鞭で叩かれて、あんな生活に甘んじている、と。
もしかして被虐の喜びっつーか、その手の何かに目覚めちゃってるのかも。くわばらくわばら。
──ほぉ。これなんか、風景写真としていい出来なんじゃないかな。
と。ここからが草柳の写真か。
野良猫の写真が多いなぁ……。別に飼い猫でも変わんないじゃんとか思うんだが、写真に写るのはどいつもこいつも首輪無し。何かあいつなりの拘りってのがあるんだろうか。
「うえっ!?」
ドーンと一ページ丸々、猫の集会写真。二〇匹位の猫が、胡散臭げに何者だテメェと言わんばかりに目を向けている。
それは別にいいんだが、こちら側を見詰める猫の瞳がギラギラと輝いてて、ちょっと怖い。猫に罪は無いんだけどね。
結局、写真集を眺めてみても、草柳が猫好きって事しか分かりゃしねぇ。
何も問題解決に向かってないぞ。
◇
「……こんな所かな。最後のパーセント表記が、希望申請額に対する削減率」
「あ、さんきゅ」
金井に手渡された紙には、各部の予算配分の一覧表が記入されている。
さっきまで悩んでたのは何だったんだと我ながら突っ込みを入れたくなるくらい、数字の羅列に過ぎなかったデータは綺麗に整理されていた。
流石優等生、委員長の名は伊達じゃない。
つくづくいい奴だよなぁ金井。突然のお願いにもちゃんと応えてくれて。友達多いから、人脈使って各部の予算まで調べてくれたし。
「あたし、学食のスペシャルランチでいいから♪」
ホント、中々居ないよこんな友達。無償で協力してくれるなんて。
「学食のSPランチ一五〇〇円ねーっ!」
持つべき物は友達だ。それに比べりゃ宮下なんて人間じゃない。
「…………スペラン一食のために、その友情も儚く終わってしまいそうなんだけど?」
「すいません俺が悪いんです奢らせていただきますぅっ!」
ドット一つで命を落とすゲームキャラのように立場の無い俺だった。
「……に、しても。何か変なのよね。あっちの部じゃ増額までされてるのに、こっちの部じゃ五割削減とかまでやってて」
「何か基準でもあんのかな?」
「男子に回す予算はねぇ! ……とか」とA定食を二人前、しっかり先日の奢りで貪り食っている宮下。お前部活サボり過ぎだから太るぞ。
「美術部だって実績そんなに出せてないのに、画材費満額回答だし」
「それに比べて手芸部は、専門店で買ってた道具を百円ショップに切り替えろと言わんばかりの削りっぷりだし」
「──おーい……。俺の意見は~?」
「共通項は何だろ? 久我山の目で何か気づいた?」
「……金井の言うように『実績』があるのは間違いないけど、それ以外にも何かあるな」
「顧問の先生とかは?」
「それも有りそうだ。合唱部、確か今年で顧問が替わってたろ。ここも満額だ」
「………俺は食いしん坊キャラ扱いかよっ!?」
「るせえ。宮下の知恵は役に立たねーから、黙ってカレーでも食ってろ」
「しかも戦隊モノっ!?」
◇
とりあえず分かったことと言えば。
「実績がある部活、顧問が替わって雰囲気の変わった部活、目立ってやる気のある部員のいる部活。
──増額若しくは満額回答の共通項って、こんなところかな」
「でも久我山、それって削減の理由として説明できる?」
「……むぅ、ん……。表向きは男子水泳部みたいに『実績』で片付けちゃってるんじゃないかな」
「だとすれば。……ちょっと、納得いかないな」
「委員長とすりゃ、そう思うのも分かるけどさ。
表向きとしちゃ『学費用途の無駄削減、有効活用』で通っちゃってるぜ? 反論できるか? 相手は草柳単独じゃなくて生徒役員会だ」
「そりゃぁ、…………そう、なんだけど、さ」
「──────スカーッ……」宮下センセイ、絶賛お休み中。
昼飯食い過ぎたから、午後の授業丸々寝る羽目になってんだよこのバカ。
「……考えてみれば、こいつを抱えちゃったバスケ部も不幸だよな」
「ああ、そっか。やる気の無い部員の筆頭格で、しかも地区大会敗退組だし」
「なまじ体格とセンスがあるばっかりに、なぁ……」
「久我山、ちょっとペン貸して。
……あぁそれじゃない。油性の方」
──えーっと……。金井委員長、何時に無く目が怖いデスよ?
「おでこに『肉汁』って書いてやる」
「とんでも無い腹いせ来たっっ!?」
そこで怒っていいのはバスケ部であって金井では無いような気がするのですが。
ていうか『肉』で止めときゃ、火事場のバカ力って取り柄もあろうモノを。『汁』なんて付いた日にゃ、どっかのステーキチェーン店みたいでタイヘンだぜ?
「何、久我山? 文句あるんなら、あんたのおでこには『米汁』って書いたげるけど?」
滅相もありません。
怒った金井に誰が手出しできるって言うんだ。
──て言うか。俺、糠の水溶液かよ。
栄養あるんだぞ。ちくしょう。
●二日目
屋上。
本当にそろそろ寒くなってきてるんで、ここ来るの辛いんだが。
「──何やってんねん、自分」
そんな場所で俺は何を血迷ったのか、フェンスをよじ登って外側に降りていた。
「……いや、ちょっと風通しのいい所で学園の風景の見納めを」
「何や、減らず口叩いとった割に、足掻きももがきもでけん内に降参か?」
「全くだ。……色々調べたよ。手も足も出ねー」
本当、調べれば調べるほど、方法の徹底振りに感心するわこの女。
部活と生徒会の両方あるせいか常時多忙で身の周りに誰か居て、とても内緒話とかできねーし。こうして屋上で落ち合わせても必ず後から来て、退路確保してるし、会話の所要時間見越して何時もギリッギリで現れるし。写真部での人払いにしたって、すぐ部長が戻ってくる事まで折り込み済みだったんだろう。
万一本人に直接悪さを企む奴がいたって、そんな事する余裕も無い。
仮に俺の力で〝囲って〟みようにも、すぐ来訪者が来るんじゃ、結界で隠れても怪しまれる。この屋上なら、風で石ころなんて勝手にどっか飛んで行っちゃう。
……まぁ、そんな事まで草柳が知ってる訳は無いけれど。
大体今回、本人に何かして問題が解決する訳じゃない。
ネタはデジカメの画像データだ。データを消そうと思ったら自宅のPCを弄るか破壊するか。そのPCは何処にある? 鉄壁のガードが築かれている学園の女子寮だ。
こいつは、ちゃんと計算ずくで〝悪さ〟して、自分は完全に安全地帯で退路を確保してから攻めてくる。
どんな詰め将棋だよ。
「別にそんな古臭いゲーム、興味あらへんわ」
「人間踊らせる方が楽しいからか?」
「……つくづく、ええ根性しとるなぁ。立場分かっとんのか自分」
「分かってるよ。
部活の予算削減ってのも、『踊らせる』遊びだったんだろ?」
「言い掛かりつけるんやったら、証拠持って来(こ)おへんと名誉毀損やで」
「だから、調べたんだってば。
──削られた部の共通点、他の奴ならともかく俺には読めた。あれは、沈滞した部を踊らせる方便なんだろ?」
実績も上がらずに年月が過ぎて。
顧問が替わるでもなく。
万年予選敗退とかいった事実が積み重なると、心は静かに折れる。
現状でいい、趣味で満足するのも部活の意義だ、そう自分を納得させる。
……だけど。心が折れるには折れるなりの事情があって。言ってみればそいつらは、崖っぷちで立ち往生してるようなモンだ。身動きならないから、心が折れて、立ち止まる事を自分に納得させる。
宮下は言うまでもなく、金井にはここまで読めないだろう。
俺だから読めた。既にここの学園生活で〝折れて〟しまってる俺だから。
しかし、この女は。
そんな崖っぷちの連中の背中を、敢えて承知で『予算削減』『生徒会の意向』を旗印に、力一杯押してしまう。
それは一種のスパルタと見えなくもない。万が一の奇跡で、空を飛べる奴だって居るかもしれないし。
でも奇跡が無ければ。
────そのまま地に落ちるか、崖にしがみつきながらずり落ちるか。
そんな瞬間を安全地帯から眺めて、楽しんでいる。
つまり、草柳が俺や亜紀姉に期待してるのは、そんな絶望的な娯楽。
「面白(おもろ)い話やな。……いっそ文芸部にでも入って、学生が日本掌握を狙う小説でも書いてみたらどうや?」
「そんな野望、持った覚えもねえっ! ……だから、無理なんだよ。俺にゃ。草薙の──」
「く・さ・や・な・ぎっ! いちいちそんなトコだけ一文字減らすな」
「予算削減の煽りでね。
──草柳の期待に沿えなくて悪いけどな。踊るだけの技量も度量もねぇよ」
「………そやったら、答えは出た言うワケやな」
「だけど、亜紀姉だけは勘弁してくんないか?
──亜紀姉、性格的に教師が天職みたいなタイプなんだよ。あの身長だから、ここ辞めちゃって悪い噂まで付いた日にゃ、どこにも行き場ねーよ」
「そんなんは、そっちの事情や。ウチには関係あらへん。嫁にでも貰ろたら?」
「だから」
よっ、と幅の狭いスペースにふらつきながら、両手をコンクリート塀につける。
そのまま腕に体重を掛け、背中のフェンスに向けて両足を跳ね上げる────。
早い話が塀の上での逆立ちだ。三点倒立。フェンス頼りなのは運動不足って事でご勘弁。
「……踊って苦しんで、ピンチになってるのが楽しいんだろ?
俺だけで済むんなら、幾らでもこうしてやるよ。だから、亜紀姉は見逃してくれ」
強い風に煽られ、身体ごとフラフラと飛ばされそうになる。
今ここで手を滑らせれば、明日の新聞の見出しは『男子学生、謎の転落死/自殺か!?』が確定だ。
……うわ、見上げると地面が遠い。こりゃ吸い込まれそうな気分になって怖いな。
「────………ふっ………」
「……?」今の体勢では背中側になって、草柳の顔はとても見えない。
「──ふっざけるなあぁぁぁあぁ、ダァホがあぁあぁぁぁっっっ!!」
ガシャッと力一杯フェンスを蹴り付けられる。
その衝撃がフェンスを伝わり、重心を任せていた足がフワッと離される。
──や、これは、本気で、………マズイっ!
両足が円軌道を描いて屋上の外側に落ちていく。
慌てて両手でコンクリート塀にしがみつく。
重心ごと身体を外側に持って行かれているので、ズルズルと手が滑り、擦り切れる。
そんな事に構ってられぬまま、爪を立てて塀を掴む。
一瞬落下が止まったチャンスを活かし、肘を塀に引っ掛け、両足をジタバタさせて盲目的に足場を探す。
「くそっ……! これじゃ、マジで落ち──」
「死にたかったら、そこで勝手に死ねやっ!」
見事な程に侮蔑的な視線で乱暴な捨て台詞を残して、草柳は屋上から立ち去っていく。
ああ、ここで落ちたら完全犯罪だな。ご丁寧な事に、俺が足掻いている間にアリバイまで成立するし。
……とはいえ、そう簡単にホイホイ死んでみせる趣味も無い。
なんとかフェンスの支柱を握り締め、牽引力で片膝を塀の上に引っ掻けて、ようやっとの事で俺は命拾いした。
「──はぁ。交渉決裂、命だけは(自力で)助かりましたとさ……」
◇
腕も脚も、制服がコンクリートで擦れて真っ白。
それだけなら叩けばどうにかなるが、流石に無数の擦り傷は誤魔化せない。
気が進まないが委員長の命令で、俺は四時間目を休んで保健室に直行する羽目になった。
「亜紀姉ーっ。消毒液貸してくんない?」
「しゅ! ……修、ちゃん。一体どうしたって言うんですかっ!?」
「ごめん、訳は今は勘弁して。今はちょっと言えないけど──」
「修ちゃんっっ!!」
入学以来見た事もなかったような、亜紀姉の本気怒りモード。
「……いいから、そこに座るのです」
「はい……」
うわーっ、目が座ってる座ってる。ギャグとか身長ネタでは絶対に誤魔化せない。
大人しく丸椅子に腰かけると、薬品棚から消毒液を出してきた亜紀姉が、シュッ、シュッと傷口に吹き付けてくれる。
……無言で。
無言なめんな。
こういう気まずい空気じゃ、沈黙が一番怖いんだ。
「──修ちゃん。理由が言えないのは分かったのですが、どうしてこういう怪我をしたのか、教えてくれるですよね?」
「それ、は……」
「怪我の! 直接の! 原因っっ!! ホワイじゃなくてハウっ!」
何時ものような暴力も無しに、言葉の刃だけがビッシビシと飛んで来る。
幼い頃から身体に染み付いた習慣というか習性を強制的に甦らせられる。
……亜紀姉、正真正銘の本気怒りモード。
言葉の後ろに『サー』って付けなきゃいけないような気までしてきましたよ俺。
「……………屋上のフェンスで遊んで、落ちそうになりました……」
「修ちゃん!」
一瞬頭が真っ白になって、後から痛みが来た。
──左頬を、力一杯平手打ちされたらしい。
更に今度は右。
次に再び左。更に右。も一つ左。
脳がグラグラと揺さぶられて、両頬がジンジンと痛んで、一体俺は今どうなってるんだと、呆然としてしまう。
ようやく往復ビンタの連発が収まって、亜紀姉を見ると。
両目からボロボロ涙を溢して。口を無限大のマークみたいに歪めて。顔全体がクシャクシャになって。
「──っく、ひ……っく、えぐっ……」
耳まで真っ赤にして、本気で子供みたいに泣いていた。
「なんで、……なんでそんなバカやるんですかっ! 修ちゃん死んじゃったらどうするですか! おじさんもおばさんも、お姉ちゃんだって、一杯、一杯、泣いちゃうですよっ!? そんなバカな子はダメダメですっ!」
首根っこ捕まえてユッサユッサと力任せに揺さぶったと思うと、今度はその首にしがみついてヒクヒクとしゃくり上げる。
──あぁ、ダメだなぁ俺。
亜紀姉を泣かしちゃなるもんかと一人で気張ってみて。
亜紀姉のナイトにでもなった気分で浮かれてみて。
亜紀姉を困らせないように、こっそり守ってやろうとして踊らされて。
結局、やってる事はと言えば、こうして泣かせてるだけ。
只でさえ亜紀姉、『巫女』になっちゃったから、次の巫女見つけて負担を軽くしてあげないといけないのに。
ナイト失格どころか『氏神』にすらなれていない。
何時まで経っても亜紀姉にとって世話の焼ける馬鹿な弟。
……巫女? 氏神?
ちょっと待て俺。
俺、このゴタゴタで肝心な事を忘れてなかったか?
「……ごめん、亜紀姉。俺が悪かった」
亜紀姉の小さな背中を、ギュッと抱き締める。
「もう心配かけるような馬鹿やんないから。ホントごめん。亜紀姉が泣いてくれる事、忘れかけてた」
「……ひぐっ、ふぐっ……ふ、ふええぇぇぇえぇ~~っ!」
ずっと堪えていた物を開放するように、大声で泣き出す亜紀姉。
「……やだぁっ………やなのですっ……しゅうちゃ……」
涙と鼻水で制服がグズグズになりかかってるけど、これも天罰ってヤツだ。諦めた。
氏神に天罰ってのはかなり意味不明だけど。
優に三〇分、そうやって泣き止むまで、俺は亜紀姉を抱き締め続けていた。
◇
夜の白冬学園。
この弥高という町そのものが半ば学園に占拠されたも同然なので、町は静かだ。
街灯もポツンポツンと疎らに寂しく灯っている。
若い学生の多い町でこの仄暗さはどうなんだろうという話もあるが、そもそも学園は日が沈む頃には閉門してしまうし、学内の寮は門限八時厳守なので、真冬でも無ければ学生が街灯の恩恵を受けたりもしない、という事でケチられてるのかも。あくまで想像だけど。
そんな、学生としては碌でも無いとされる時間帯、午後九時。
俺は独りで、学園の周囲をグルリとなぞるように歩いていた。
右手には最新の地域道路地図、左手には学園の案内図、耳には赤ペン。ついでに言えばズボンのポケットには、例の写真集が丸めて突っ込んである。
場所が繁華街なら、馬券購入を疑われそうな超おっさんスタイル。
「ここは……、問題無しか」
学園の敷地を囲う柵の、物陰になりそうな所を枝でガサガサと払ってみて、地図に印をつける。
「──はぁ……」
この作業を始めて二〇分。まだまだ作業は始まったばかり。
学園をホールケーキに例えれば、今調べ終わった部分を切り出すと、そのままペタンと皿の上に倒れてしまうような感じ。
……って全然終わる見込み無いじゃん! ダメじゃんそれっ!
メゲていても始まらない。
気を取り直して、街灯の灯りを頼りに写真集を改めて広げてみる。
モノクロだが写真の再現を考慮した高精細印刷なので、すぐに草柳の写真ページには辿り着ける。
写っているのは、猫、猫、猫。どいつもこいつも野良猫。
でも写っている画像は、俺の推測を裏付けてくれる。
「盲点だったよなぁ……。猫にばっかり気を取られてた」
解答が草柳を『楽しませる』なんて内面依存である以上、本当の正解なんて草柳本人以外、誰にも分かりっこ無い。だけどあいつの唐突な攻撃のペースに載せられて、ついついそんな『ありもしない正解』探しに無駄に時間や手間を費やしてしまった。
正解を端から捨てちまえば、問題はもっと別の様相で見ることができる。
こっちが攻撃の矢を放ち、アチラに攻撃すら出来なくすればいい。
だって俺、氏神サマじゃねーか。亜紀姉に泣きつかれるまでウッカリスッキリ忘れかけてたけど。
じゃあ。……でも、どうすればいい?
鉄壁のガードで安全地帯からニヤニヤ覗き見て笑ってる、あいつに隙はあるのか?
人の目の無い所で〝目〟を発動させたり〝囲って〟しまえる隙は?
万に一つの可能性が、この盲点に残っている。
ならば、意地でも間に合わせてどうにかしてやる。
亜紀姉を本気で泣かせた以上、相応のお返しは覚悟して貰おう。
●三日目
「往生際が悪い奴っちゃなぁ。……今日はそっから飛び降りるんか?」
また屋上。
休み時間とかいった機会を狙わないと、こいつと話できないし。二人きりで邪魔されない場所って言うと、どうしても限られちゃうんだよ。
だからと言う訳じゃないが、今回はちょっと趣向を変えて、俺は給水塔の上によじ登って草柳を待ってみた。
「んー……。いや、もうアレやんないよ。危ねーしマジで」
ポリポリと頭を掻いてみる。なまじ実体験があるだけに、説得力が有るんだか無いんだか。
「ちょっと思う所あってね。偶には草薙を──」
「くーさーやーなーぎーっ! ええ加減しつこいっっ!!」
「──草柳を、見下ろして話してみたくなったんだよ」
「……馬鹿とナントカは高い所に上りたがる言うけど、自分その典型やね」
「それほどでも無いと思ってたんだけどな。
……とりあえず、そろそろポジションは変更すべきだ。バレーだって攻守のパート交代あるじゃん」
そう、昨日まで俺は完全に考えの前提をミスってた。
こちらが乾坤一擲を届かせる事さえできれば、事態は一挙に収拾できる……筈。
「昨日は何もでけん、言うてた気ぃするけどな?」
「人間、日々成長しないとね」
「減らず口が戻ってきたようやな。
……ええやろ。そやったらウチも本気や。今日一杯で、何ややれるモンやったらやってみぃ」
「言ったな。『今日一杯』」
「あと何時間残っとると思てんのや?」
「もう仕込みは終わってんだ。
──ふぁ……はぁ。眠い。後は仕上げをご覧(ろう)じろってね。間違いなく草柳には楽しんで貰える筈だよ」
給水塔に据えられた金属梯子を降り、出入り口の草柳に近づく。
「あれ? 草柳、帰んねーの? 俺もう眠いから保健室行くわ」
「…………」
ギリッと唇を噛んで睨み付けてくる草柳。
そりゃそーだわな。一晩で俺のキャラ別人過ぎ。草柳もさぞイライラしてんだろう。
でもこれくらいしなきゃ、割に合わねーんだよ。俺だって今回相当ギリギリの思いを味わったんだから。
< 続く >