タチバナ社による設備導入から1か月も経過する頃には、学園の音響設備が一新されたことも、それと前後して学園内でエッチな騒動が頻発するようになったことも、誰も疑問に思わなくなってきた。
といっても、別に平然と受け入れているわけではない。例えば体育の時間などに男子と会話している最中に恒例のハーフパンツ下ろしの被害に遭い、ハーフパンツと一緒にうっかり下着まで下ろされて産まれたままの秘所をばっちりと目撃されてしまった女子は当然真っ赤になって悲鳴を上げるし、それを正面から目撃した男子は当分の間その女子のことが目に入るたびに幸運な光景が脳裏にちらつくことだろう。ただ、それらはあくまでも女子の悪ふざけや不注意によって生じた日常的なハプニングであり、家族や先生に相談するものでも、ましてや原因を究明するべき異常事態でもないという雰囲気が学園中に蔓延しているのだ。
退屈な全校集会の一環として、風紀委員長の片平さんが日常的な注意事項を共有する際にも、授業への遅刻が散見されるとか廊下を走るなといった事務的な内容ばかりで、校内で頻発している「男子更衣室を女子更衣室と勘違い事件」や女子の間で度胸試しとして流行している「超ミニスカチャレンジ」についてなどはちらりとも言及されていないし、そのスピーチの間うっかりずっとマイクと一緒にスカートの裾を握りこみ、風紀委員長にあるまじきシースルーの下着を10分以上も全男子生徒たちのいやらしい視線に晒していた件に関しても特に問題として取り沙汰されることはなかった。
それは当然、2年2組で特に集中的に発生しているいやらしい事件も同様である。
つい先日の女子全員によるヌードデッサンに関しても、美術の自由課題としてクラスの女子が満場一致で希望した結果であり、それに伴って生じた顛末も全て当事者たちの間で納得済みであるため、外部の人間がとやかく口を出すべきものではないのだ。
もちろん、女子たちは相応に恥ずかしい思いをしただろうが、「見られたくない場所は隠してね」とワタルから渡されたシーツの使用を「体のラインが隠れてしまうとデッサンの練習にならないから」と拒否したのも、「デッサンの際に特に注意して観察すべきところはあるかな?」と尋ねられた際に、「立体感を表現する上で、女子特有の胸のふくらみの描写が重要」とか「人体の構造の中で特に複雑な股関節をしっかり観察して描くこと」などと、真っ赤になりながらも声を揃えて注文を付けたのも他ならぬ女子自身なのだ。
女子たちが自分で決めたM字開脚や女豹のポーズといったポーズがあまりにも刺激的だったせいか、男子たちのデッサンがほとんど進まなかったことも無理もない結果と言えた。しかし、女子たちからすれば、これだけ恥ずかしい姿を晒しながらろくなものが描きあがらなかったなど認められるはずがなかった。対応策を女子たち同士で納得いくまで話し合った結果、「未完成の絵を描き上げることを男子への宿題とする」という結論で合意に達した。
だが、そこで一つの問題が生じた。絵の続きを家で描き上げるにも、肝心のモデルが目の前にいないのだ。だが、それは女子のうち一人が提案した、「女子同士がポラロイドカメラでお互いのヌードを撮影して、デッサン用の資料として男子に渡す」というアイデアによって解決した。もちろん、他にいくらでも女子が裸を見せずに済む選択肢もあっただろう。しかし、表層意識でいくら恥ずかしがっていようと、深層意識下では「男子にエッチな姿を見てもらえる絶好のチャンス」と考えている以上、裸を見せずに済むような選択肢は思い浮かばないし、思いついたとしても自分の中で何かと理由をつけて却下してしまうのだ。
真っ赤になって震える声で「私のヌード写真を家でしっかり見て、いっぱい写生してね……?」と本人の手から写真を渡された男子たちが、家に帰って大いに精を出したことは言うまでもない。
余談だが、エッチな光景からは目を逸らすようにというコウスケの暗示はその後、解除しておいた。学園全体が目を逸らすべき光景で溢れすぎてしまっており、このままでは上ばかり見てむち打ちになってしまうか、最悪の場合は何らかの「不注意による事故」を起こして失明してしまう危険性を危惧したためである。
今や、学園全体がたった一人の男子生徒のために存在する巨大な実験場と化していた。初期のうちは慎重に自分の目が届く範囲のみに留めていた実験範囲も徐々に広がり、同学年の全クラス、さらには学園中にまでワタルの魔の手は及んでいた。これは、音響設備の改良によって各クラスごとに独立した放送を流せるようになったことによる影響も大きい。この機能によって、特定のクラス、あるいは特定の学年、特定の建物にいる生徒だけといった範囲に対してピンポイントで暗示を与えることが容易になったのだ。
……
ワタルの隣のクラス、2年1組の女子たちは、女子更衣室で次の水泳の授業に向けて水着に着替えていた。学校指定の水着の着用義務は1か月くらい前から撤廃され、各自好きな水着を持ち寄って着用することが許可されたこともあり、女子たちは心なしか浮かれた表情でそれぞれの自前の水着に着替えていた。
「ユミカちゃんの水着、大人っぽくてセクシーなデザインだねー」
「えへへ、ありがと。実は去年まで着てた水着もいい加減小さくなってきた気がしたし、先週デパートに行って新調してきたんだ……マキも、似合ってると思うよ」
不思議なことにと言うべきか、学校指定のスクール水着を着用する女子は一人としていない。さらに言えば、ワンピースタイプの水着を着ている少女も見当たらなかった。偶然にも、女子全員が図ったようにセパレートのビキニ水着。それも、布面積が小さめの三角ビキニやブラジリアンと呼ばれるデザインばかりだった。女子たちの中にはそういった大胆なデザインの水着を所持していない生徒も多かったのだが、それらの女子全員がふと水着を買い替えようと思い立ち、つい気の迷いで普段であれば着ないような布面積の少ないタイプの水着を選んでしまったのだ。
「そういえば、聞いた? 次の水泳の授業、私たちで自由に決めていいってさ」
「また? ……最近多いね、そういうの」
「そんなの言われたって急には思い浮かばないよね……」
1組の女子たちは困ったように顔を見合わせた。この前の美術の時間も生徒の判断による自由課題だと言われた結果、風景画とかでお茶を濁したばかりなのだ。自主判断だとか何だとか言われても、結局は無難なところに落ち着かざるを得ない以上、最初から課題内容が決められていた方がよっぽど楽だった。
「先週の時は、結局特にアイデアも出なかったから、クロールと平泳ぎで3往復ずつだっけ? ……正直、つまんないよね。どうせならもっとバラエティ性のあることやりたかったな」
小さくため息を吐くマキに対して、隣のユミカが茶化すように応える。
「あ、バラエティといえば、先週の深夜番組でやってた『ブラ取り騎馬戦』とか? ちょうど全員ビキニだし!」
「やだ、何それー!」「ユミカってば、ウケる!」
更衣室の中でどっと笑いが巻き起こる。ユミカは、1組のムードメイカー的な存在で、こうやって時たま茶目っ気のある冗談を飛ばして場を和ませるタイプの女子だった。
念のために説明しておくと、ブラ取り騎馬戦とはプールの中で男が騎馬を組み、その上にビキニ姿のアイドルや素人女子(という建前だが大抵はそういうお仕事の人である)が騎乗し、ハチマキの代わりに水着のブラを奪い合うという、深夜番組の他にも大晦日の裏番組などで毎度お馴染みのゲームである。
「えー、騎馬戦なんて男子の人数が全然足りないってー」
「そこはほら、騎馬じゃなくて肩車にするとか! あと、罰ゲームとして負けた人はプールの時間中ずっと隠すの禁止にしたりして!」
「やだもー、ユミカったらあ!」
そんなユミカのおっさん臭い冗談を、周りの女子も笑い飛ばす。どうやら、今日のユミカは普段にも増して悪乗りが激しいようだ。
「もぅ……そんなことになったら男子がみんな鼻血出しちゃうよー」「そこはほら、たまには男子のみんなにもサービスってことで♪」「そうだよね、たまには……ってサービスし過ぎだってー!」
べし、とノリ突っ込みがユミカに入ると更衣室の中が笑いに包まれる。心なしか、今日は普段よりも随分と1組の女子のノリがいいようだ。当然、ユミカが本気で提案しているわけではないと分かってこその反応である。
女子たち全員が水着に着替え終わってプールに向かう。プールの中では、既に水着に着替え終えていた男子たちが水に浸かりながら、プールの縁にもたれかかるようにして並んで談笑していた。そんな男子たちに対してもユミカは先ほどと同じノリで冗談を飛ばす。
「お待たせー♪ あ、お知らせしておくけど、さっき女子の間で話し合って、今日の体育は『ブラ取り騎馬戦』に決まっちゃいました!」
普段だったら流石に男子の前ではこんな悪ふざけはしないのだが、不思議と今日はそんなことは気にならなかった。もちろん男子たちもある程度ユミカの性格は知っているため、当然そんなことを本気で提案してくるとは考えていないが、流石にそこまで大胆な発言に面食らいながら互いに顔を見合わせる。
「ほら男子、ぼーっとしないで! 男子には女子を肩車してもらう必要があるんだから、一人ずつプール際に並んでよね!」
プールに浸かった男子たちの肩を笑いながら引っ張ってプール際に立たせ、そのうち一人の肩にまたがるユミカ。戸惑いながらユミカの指示通りに並んだ男子たちの肩に、他の女子たちもそれに倣うように冗談でまたがる。やがて、男子全員の肩の上に女子が乗り終わる。
「よーし、それじゃ、『ブラ取り騎馬戦』、開始!」
──冗談で、ユミカが開始の号令を高らかに響かせた。
(え、えええっ!? ちょっと待ってよこれ、マジでやるわけじゃないよね!?)
男子に肩車してもらいながら、マキは戸惑いがちに周囲を見回した。もちろんマキとて本当にそんな破廉恥なゲームなどに参加するつもりは毛頭ない。しかし、一度ユミカの冗談に乗ってしまった手前、流されるまま話を合わせているうちに引き下がるタイミングを逸してしまったのだ。
とはいえ、流石にユミカだって本気で提案したわけではないだろう。万一そうだとしても、他の女子たちが積極的に参加するはずはない。誰が好き好んで、男子の目の前でトップレスを晒す危険性のあるゲームなどにやる気を出すものか。周囲を見回す限り他の女子も同様のようで、誰もが困惑の表情で様子をうかがっていた。このまま誰も動かなければ、必然的に誰も脱がされることなくゲームは不成立に終わるはずだ。
──いや、本当にそうだろうか?
ふと、そんな不安がマキの胸中をよぎった。自分が参加したくないからといって、他の女子も同様だという保証は、よく考えればどこにもない。辺りの様子をうかがっているのは、隙あらば近くの女子を脱がす機会を虎視眈々と狙っているだけなのかもしれない。そんな状況で、もし自分が狙われたら? マキは、自分の水着が脱がされて男子たちの目の前で胸を晒す姿を想像して真っ青になった。
嫌だ。脱がされたくない。
一度そのような想像をしてしまうと、もう周囲の女子が全員自分の水着を狙っているのではないかと不安でたまらなくなってしまう。
なんとか、最後まで逃げ切らないと。でも、果たしてうまくいくだろうか。何せ、プールの面積は限られている以上、複数人から狙われたらあっという間に囲まれて脱がされてしまうのは避けられないだろう。
──あ、そうか!
思い悩んでいるマキに対して、不意に天啓に打たれたかのようにアイデアが舞い降りた。何も悩むことはない、単純で確実な解決策があるではないか。
躊躇するそぶりも見せず、マキは近くにいる女子の水着に手を伸ばした。
「きゃぁっ!?」「や、やだやだっ!」「やーん、見ないで!」
ほどなくしてプールの中は、女子たちの黄色い悲鳴と男子たちの感嘆の声で溢れかえっていた。
1組の女子たち全員が、近くにいるクラスメイトに手当たり次第に手を伸ばしては、水着の紐を器用にほどいては奪い取っていく。場合によっては、毎日のように一緒に遊んでいる友達の胸を覆う布を自らの手でほどき、大切な親友の胸の膨らみやその先端に鎮座するピンク色の突起を大勢の男子の前に晒す風景も散見された。可哀相だとかそのようなことを考えている場合ではない。脱がさなければ自分が脱がされるかもしれないのだ。
脱がされてしまった女子たちは当然羞恥心に悲鳴を上げるが、自分の胸を隠そうとする女子は一人もいない。
何せ、冗談だと思っていたとはいえ、「脱がされたら罰ゲームとして胸を隠すのは禁止」と定めてしまったのだ。それに、周囲を見回してみても、既に敗退した女子たちは真っ赤に頬を染めながら辺りを見回すばかりで、誰一人として胸を隠していない。もしそんな中で自分一人が隠してしまえば、他の女子から大バッシングを受けるかもしれない。そんなことを考えてしまった結果、周囲の男子たちの視線を痛いほど感じながらも、哀れな少女たちは自らの胸をその視線に晒し続けることしかできなかった。
最終的に、最後まで残った二人の女子が同時に互いの水着に手をかけて奪い去った結果、2年1組の女子たちは全員、残りの体育の時間を男子たちに胸を見せつけながら過ごす羽目になったのだった。
……
体力測定を迎えていた2年3組は、通常実施する測定項目に替えて、生徒たちが男女それぞれ自由に測定種目を決めてよいこととなった。男子たちはたいしたアイデアも出なかったため、適当にランニングや腕立て伏せといった内容でお茶を濁した一方で、翌日に測定を行うことになっていた女子たちの方は活発な意見が飛び交っていた。
議論の先導役となったのは、3組の体育委員でもある坂上カナメだ。
「じゃあみんな、明日の体力測定に向けての種目だけれど、できる限りみんなの意見を幅広く取り入れたいと思うから、女子のみんなは遠慮なく頭に浮かんだ意見を口に出してね」
「平衡感覚を測定するためのY字バランスなんてどうかな?」
「脚力をはじめとする運動神経が必要になる逆上がりも入れた方がいいと思います」
「腕力で体重をしっかりと支える能力を見るために、逆立ちとかやってみたい!」
「全身のバランスを見るためには側転や前転がいいって聞いたことある気がする!」
「体の柔らかさと四肢の強さを効率よく確認するにはブリッジが最適ではないしょうか」
女子たちの口から次々と挙げられる種目をホワイトボードに書き出しながら、カナメはできる限り満遍なく採用していく。ブレインストーミングの基本は、他人の意見を却下しないことだ。
だがそのうち、一つの問題が発生した。測定項目が増えすぎたため、女子たちで互いに記録を取っていては決められた時間内に収まりきらない可能性が出てきたのだ。
「困ったわね……よし、じゃあこうしましょう! 既に体力測定が終わっている男子たちが、女子一人一人とペアを組んで、記録係兼補助役を行ってください。それなら、女子だけで実施するよりもはるかに効率よく進められるでしょう?」
正直、測定を終えて暇な男子たちからすれば、球技など自由なことをして過ごしたかったというのが本音だが、相手が体育委員となると表立って反対意見を言える男子はいなかった。
しぶしぶと言った様子でうなずいた男子たちの様子を見て、さらにカナメが追い打ちで釘を刺しておく。
「言っておくけど、記録係としての任務をさぼったりしないようにしっかり指示を出しておくからね。ペアの女子が測定をしている間はちゃんとそちらの方を……もっと具体的に言えば体の重心である「腰」の部分をしっかりと見るように。それと、怪我などに繋がらないように、女子がふらついていたり、助けを求めた場合はちゃんと手を使って支持してあげなさいね」
不承不承ながらも支持を受け入れる男子たち。それを確認して、最後にカナメは女子たちに注意事項を告げる。
「念のため注意しておくけど、今回の体力測定は予備日を確保していないから、全員、準備を怠らないように注意してね。万が一体操服を忘れてきた場合、制服のまま体力測定を受けてもらうから、絶対に忘れないように!」
口を酸っぱくするようなカナメの物言いに、教室のあちこちから笑い声が起こる。
「もうカナメったら、心配し過ぎ! 体力測定に体操服を持ってくるのを忘れるなんて、あるわけないじゃん!」
「そうそう、そんなバカみたいな忘れ物、この年にもなってするわけないってー」
「万一忘れて制服で受けることになったとしても、忘れた本人の自己責任だよねー!」
──次の日、まるで示し合わせたように女子全員が体操服を忘れ、男子たちにしっかりとスカートの中身を見せつけながら、制服姿でY字バランスや逆立ちを披露する羽目になったことは言うまでもない。
……
このようなちょっとした事件が発生するのは、ワタルのいる2年に限ったことではなかった。
1年1組では、男子たちの悪ノリで、クラスの女子たちに対する人気投票が行われようとしていた。もちろん、これは女子たちには秘密にしておくはずだったのだが、うっかり数人の男子が女子の聞こえるところで人気投票の話題を出してしまったことが、事件の発端だった。
しょせんは教室など小さなコミュニティだ、人気投票の噂は女子たちの間でもあっという間に広まった。もちろん中にはそれを快く思わない女子もいたが、男子たちの間だけでこっそり実施する内容に横やりを入れて中止に追い込むというには流石に気が引けたため、結局は誰もが見て見ぬふりをすることにした。
とはいえ、知ってしまった以上、自分の人気がどの程度なのか気になってしまうのが人間としての性だった。自分には一体何票入るのだろうか。もちろん1位まで取る必要はないが、もしかしたら誰にも票をもらえずに最下位になるかもしれないと考えると無性に不安になってしまうのだ。ひそかにクラスの中でライバル視している相手がいたり、あるいは普段から周囲の男子受けを意識しながら行動している女子の場合は尚更である。
投票が実施される予定時刻は、本日の放課後。逆に言えば、それまでの間であれば、男子の票を動かすことができるかもしれない。誰に相談するでもなく、女子たちの心は自ずと一つの結論に達していた。
──放課後までに、一票でも多く男子からの票を集めなければ。
「ねえ山田君、ちょっとさっきの授業の範囲で聞きたいことがあるんだけど……」
「ん、どうしたの?」
休み時間のチャイムが鳴ると、雨宮サオリは、隣の席の男子に近寄りって机の上に教科書を広げる。
「ええとね、ここの2行目から3行目の式変形のところで……」
サオリは、あえて囁きかけるような小さな声で質問しながら、徐々に上半身を目の前の男子生徒の方に傾けていく。
「ああ、それだったら……っ!」
サオリの方に顔を向けた男子生徒が一瞬息を呑む。前かがみになったサオリのブラウスのボタンの胸元が大きく開いており、内側にある黄色のブラジャーが顔を覗かせていたのだ。
山田の視線が自分の胸に吸い寄せられていることに気付き、数テンポ遅れてサオリは顔を赤らめて胸を抑えた。
「キャッ……えっと、ごめんね山田君。その、見えちゃってた、よね……?」
「えっ……ご、ごめん! ちょ、ちょっとだけ……」
「ううん……大丈夫、だよ……山田君なら……」
照れ笑いを浮かべながら、上目遣いにサオリに見つめられ、男子生徒は思わず頬を染めて胸を高鳴らせる。
──よし、まずは一票。
実のところ、これはサオリの作戦だった。普段は単なるクラスメイトとしか思っていない相手でも、今のように無防備な姿を不意に目にしてしまった上に、思わせぶりなことを囁かれれば、否が応でも意識してしまうのが男子という生物だろう。全ては、人気投票に向けて自分への票を少しでも増やすための布石である。
だが、同じ作戦を実行に移していたのはサオリ一人ではなかった。というより、既にクラスのあちこちでは、手近な男子の気を引いて、自分へと意識を向けさせるための女子の作戦が次々と遂行されていた。
教科書を忘れて見せてもらいたいという名目で椅子を男子生徒のところまで移動させ、めいっぱい体をくっつける女子。
天然を装い男子の後ろからのしかかるように体重を預け、その背中に胸を押し付ける女子。
短く折り込んだスカート姿で男子の前で足を何度も組みなおし、白い太ももや、スカートの奥の布地をちらちらと見せる女子。
最初のうちこそ他のクラスメイト達も見ている手前、日常的なハプニングやスキンシップの範囲で収まる程度で済ませていたが、どうやら多くの女子が自分と同じように男子の気を引こうとしていることに気付くと、目に見えて票集めはエスカレートしていった。
男子を弄ぶようにスカートの正面をたくし上げ、その絶対領域から下着を見せつける女子。
男子の手を握って自分の胸へと導き、たっぷりと掌に胸の感触を味あわせる女子。
「二人きりで相談したいことがある」と男子を教室の外へと連れ出し、空き教室へと連れ込む女子。
もちろん、人気投票の順位によって何かが変わるわけではないことなど頭の中では分かっている。それでも、他の女子に負けることを考えると、まるで自分という人間の価値がそれだけで地の底まで暴落してしまうような不安に襲われてしまうのだ。
最終的に終わりのホームルームの前の休み時間には、1年1組の女子全員がまるでストリップショーのように制服を脱ぎ捨て、机の上で足を広げて自らの体を隅々まで見せつける事態にまで発展してしまった。
……
3年2組では、女子たちの保健体育における自由課題の一環として、「女性特有の病気に対する対策の検討と実施」がテーマとして選ばれた。
女子同士で話し合った末に、最も有効な対策は「検査による早期発見」であるという結論に達したことから、実際の演習として生徒同士で胸の模擬触診を実施することとなった。
最初のうちは女子たちの中で制服の上から互いの胸を触り合い、しこり等の異状がないかどうかの確認を実施していたのだが、専門的な知識がないこともあり、「よく分からない」と答えた生徒が大半であった。
いくら模擬とはいえ、流石に「何も分かりませんでした」という結果では芳しい成果とは言い難い。この事態を解決するため、女子たちの間で解決策を検討した結果、以下のように多角的な観点からの意見が得られた。
「制服の上から触ってみても下着やブラウスの感触が邪魔になって正確な触診ができないのではないか」
「触診だけではなく、目で見える異常を発見するための視診も必要ではないか」
「女子同士では、普段触れている自分の胸の感触が基準になってしまってバイアスがかかるから、女子の胸に触れ慣れていない人間が検査を実施した方がいいのではないか」
──どのアイデアに対しても反対意見が出なかったため、全員の意見を取り入れ、外で球技をしていた男子生徒たちを呼び戻し、女子全員の診察をお願いすることとなった。
そして男子たちは、上半身裸になった女子たちの胸を余すことなくしっかりと凝視しつつ、全員の柔らかな膨らみをその両手でしっかりと揉まされた上に、診察結果として、女子たち一人ひとりの胸を目視した所見や、その感触に関する感想を報告することを強要される羽目になってしまった。
また、とある教室では、女子たちのうち一人が休み時間中に不意に蛍光灯の汚れがどうしようもなく気になってしまった。授業が始まる前に机の上に立って蛍光灯の拭き掃除を行おうと考えた少女は、近くの男子にお願いして机を支えてもらった上に、自分がバランスを崩さないようにしっかりと上を見てもらうように頼み込んだ。
当然、そんなことをすればスカートの中の光景が丸見えになってしまうことから周囲の女子たちは最初は止めようとしたのだが、徐々に他の女子たちも同じように蛍光灯の汚れに気が付き、紆余曲折あった結果、女子たち全員が机を男子に支えてもらい、休み時間が終わるまでの間ずっと、男子にスカートの中を見せつけながら蛍光灯の掃除を実施する羽目になってしまった。
さらに、ある教室では……
……
コンコン、とワタルの部屋のドアがノックされ、見知った顔が現れる。立花ミドリだ。
「おじゃましまーす……ワタル、今日も学校来てないの?」
「ん……ああ、僕が出席しなくても誰も気にしないし、学校の勉強ならだいたい独学で済ませてるからね」
響ワタルは、今日も自室で論文や書籍の山を読み漁っていた。
最初の数か月こそより支配領域を拡大し、かつ強固なものにしていくために、あるいは新たな実験のために意欲的に放送内容を考え、頻繁に放送室に籠っていたワタルだったが、ここ暫くはめっきりご無沙汰となっていた。既に、ワタルの家を含む学校の周辺数十キロの圏内に出入りする人間に関しては完全に支配が完了しており、ある程度のイレギュラーが生じた場合でもワタルが直接対応するまでもなく沈静化できる体制が整ったためだ。
今では支配圏内の大多数の人間が無自覚下において、催眠音波の効きが悪かったり抵抗しようとしている人間、あるいは普段見覚えのない人物が紛れ込んでいないかをマークしつつ、ワタルに対して危害が及びそうな存在は人間・非人間を問わず無害化するように行動している。
「……もしかして、支配するの、もう飽きちゃった?」
ワタルが学校に顔をあまり出さなくなるにつれ、学校で頻繁に生じていたエッチな事件も急速に収まっていった。
といっても、完全に以前の通りに戻ったわけではない。女子たちの間では思い出したようにスカートめくりの流行が再燃したり、モンロー通りの通風孔は今日もその上を通る女子たちで大盛況だ。
ただ、各教室や学年等をターゲットにした事件はぱったりと鳴りを潜めていた。
下級生の間で「ブルマを穿いた状態で男子の目の前でいきなりスカートをたくし上げて反応を楽しむ」という微笑ましい悪戯が流行った時は、こぞって可愛らしい女の子たちがワタルに声をかけてはいきなりスカートの正面を持ち上げ、ブルマを穿き忘れた下着姿や、その下着すらも穿き忘れて女の子の大事な部分を見せつけ、指摘された直後に悲鳴を上げる反応でワタルを楽しませたものだ。上級生の間で「女子力向上のための誘惑テク」と称して、スキルアップのために年下男子をいかに魅力的に誘惑できるかを競い合っていた頃は、「手近で大人しそうな年下男子の代表例」としてもっぱらワタルが選ばれ、多くのお姉さんたちに誘惑されては家まで連れ込まれて一夜を共にする結果になったりもしたものだ。しかし、そういった女子たちも、いつしかワタルのことを特段気にしないようになっていた。
もしかしたら、ワタルはもう他人を操って騒動を起こすという行為自体に興味を失い、手じまいにしようとしているのではないか。
これ以上支配を広げるつもりがないのであれば、自分はもうお役御免になってしまうのではないか。それは、協力者としての役割を与えられたミドリにとって、自分の存在意義を失うに等しいことだった。
だが、結果としてミドリの不安は杞憂だった。
「飽きる? ……むしろ逆だよ。現状の催眠音波による支配だけでは範囲にも限りが出てくるし、操り方もバリエーションが広がらないからね。催眠音波と並行して、他の方法でも支配を広げた方が効率がいいんじゃないかって考えて、新しいメソッドを模索していたところなんだ」
ワタルが机の隅に積まれた書籍の山を指差す。「わかる! 骨伝導」「経絡秘孔のすべて」「中国史に学ぶ催眠術」「あなたは電波に操られている~政府による洗脳計画の全貌~」……一見するとまともそうな書物から、どこからどう見ても如何わしい内容の物までうず高く積み上がっていた。
「今はまだ調査の段階だけど、複数のメソッドを組み合わせて活用することができれば、操り方のバリエーションは飛躍的に広がるかもしれないからね。それに、スピーカーによる制約を取り払えれば、一気に支配領域を広げることもできる。うまくすればこの町どころか、日本全体……いや、世界中の人たちを僕の開発したメソッドで操ることができるようになるかも。それって、考えるだけでもワクワクしてくると思わない?」
目を輝かせながら果て無き夢を語るワタルの姿に、ミドリは小さく息を吐いた。どうやら、少なくとも暫くの間はお役御免になる心配はなさそうだ。
ワタルによる催眠支配の遠大な計画は、まだほんの第一歩を踏み出したばかりだ。
続編お待ちしていました。
貴方の作品のように,催眠でパンチラやポロリなどのソフトエロを起こす話が大好きです。
続編や新作,楽しみにしています。
感想ありがとうございます!
ソフトエロにリビドーを注いでいるので、そう評価いただけると嬉しいです。
実のところ、このストーリーは今回で一段落ですので、次回は別のお話を書くと思います。
が、最終回というわけでもないので、またいいアイデアが浮かんだら続き、あるいは別の設定で同じような話を書くかもしれません。
めちゃくちゃ良かったです
次も楽しみにしてます!
ありがとうございます!
次はどんなのになるかまだ決まっていませんが、お待ちください!
読ませていただきましたでよ~。
なんというか、永慶さんが好んで書きそうな内容だと思いましたでよ。
もちろん、ティーにゃんの好みど真ん中って感じでもあるんでぅけど。
無自覚にっていうかエロいことやった結果の羞恥心で恥ずかしがるという展開大好きでぅよね。
それはそうと、水着で運動会とか今はもうやってないんじゃ・・・深夜番組でも。
ぽろりもあるよなんてなおさら・・・ユミカちゃんは一体いつの深夜番組を見たんだろう・・・?
タイムテレビ(過去のテレビ番組を見ることはできません)でも使ったのだろうか? それともYOUTUBEとかで無断アップロードされてる作品でも・・・?
そして今回のエロ、ほぼ全てにワタルが関係なく若干物足りなさが・・・
どうやらまだまだ支配欲はあるみたいで安心しましたが、支配に飽きて放り投げてたらどうしようかと思いましたでよ。
っていうか経絡秘孔って・・・アミバ呼んでこなきゃ!
であ、次回も楽しみにしていますでよ~
毎度ありがとうございます!
>なんというか、永慶さんが好んで書きそうな内容だと思いましたでよ。
そこに気付くとは……
本シリーズは、全体的に永慶さんの作品の構成を強く意識しています。
もちろん永慶さんならもっとMC描写に力を入れるし、エロシーンがラッキースケベ一辺倒なのは完全に自分自身の趣味ですが。
>それはそうと、水着で運動会とか今はもうやってないんじゃ・・・深夜番組でも。
ははは…自主規制で地上波からエロが消えるなんて、冗談はよし子ちゃんですよ。
今でも年末年始や深夜はアイドルが水着で騎馬戦やってるし、深夜にはA女E女とかギルガメッシュないとが放送してるし、ゴールデンタイムのバラエティ番組では「ワァーオ」の効果音と共に海外のエロいドッキリとか流しているに決まってるじゃないですか(目ぐるぐる)
>そして今回のエロ、ほぼ全てにワタルが関係なく若干物足りなさが・・・
みゃふさんならそう言ってくれると思いました!(おい)
本当に、わざわざ学園全体を支配しておきながら、自分の目の届かないところで他の男子においしい思いをさせて何の得があるんでしょうね?
どうやら、わた……ワタルくんは、「何も知らない男子が、本人の意思とは無関係にエロいハプニングに巻き込まれてこそラッキースケベ」と考えている異常性癖の持ち主のようです。男子は加害者ではなくあくまで「幸運な被害者」であることが重要なのだと思います。
しかし経絡秘孔をどう使って操るつもりなのか……「脱衣の秘孔を突いた。お前が服を着ていられるのはあと1分!」みたいな……?
永慶の名前を出して頂いていて恐縮です。
里美先輩やマジックショーを始め、ティーカさんの作品が大好きな僕と、
おそらく嗜好が被っている部分が大きいのだと思います。
今作も、自分たちで話し合って決めた(はずの)行動に恥ずかしがったり、
自分を無理くり納得させつつ我慢して行動したり、それでも半分納得いっていなかったりという
可愛い女の子たちの恥ずかしい姿を思い描くだけで、ご飯何杯も頂けています。
ガッツリ作戦を練って目標を達成する、「征服型」のMC小説が読者の願望や欲求を充足するものなら、
「ラッキースケベ」でソフトエロを目撃するタイプの小説は、
思いがけず良作にバッタリ出会った、読者の幸福体験を象徴しているのかもしれませんね。
続きも楽しみにしております!ティーカさん頑張って!
ありがとうございます!
もともと永慶さんのMC小説から影響を受けて抹茶に投稿したりしているので、後追いになっているところも大きいと思います。
(女性術師に弄ばれる感じ、いいですよね。私も大好きです。)
今回は割と一貫して「羞恥心を保ったままで、『深層心理に刻まれた命令』を達成するように思考の方向にバイアスをかけられる」感じを目指しています。一つ一つの思考自体は完全に間違っているものではないけれど、それらを組み合わせることでドミノ倒し的に女の子がどんどん恥ずかしい目に遭ってしまう、とか好きです。
これの続きになるかはわかりませんが、次回もまた何か投稿したいと考えています。