黒い虚塔 第4話

第4話

 薄暗い部屋の中、妖しく蠢くいくつかの影。
 ヌラ……と汗ばんだ体が光るのが、かすかな灯りの中でもわかる。
「ああ……シトリ……様……」
「んん……シトリ…さまぁ……」
「シトリ……さま……ああん……」
「……シトリ…様……」
「……トリーさまぁ……」
 僕に絡みついてくる裸の女たち……。
 すべて、僕が堕とした悪魔や人間、それに、何人かの天使もいる。
「ああ!はうううっ!」
 クリトリスをつままれ、人間の女が甘ったるく叫ぶ。
「あ……ん…んん……」
 顔を近づけただけで自分から舌を絡めてくる天使。
 その表情から、高潔な精神は失われ、完全に淫蕩なものになっているのがわかる。
「ん……くちゅ……ん…ん……ちゅる……」
 僕の股間に顔を埋めて、僕のモノをしゃぶるのに夢中になっている女悪魔。
 ……この征服感と高揚感といったら。

 うん?ああ、なんだ……夢か。
 あの頃の夢を見るのは久しぶりだ。
 まだ、股間に吸い付かれているような感覚が……ん?
「ん……んふ……あ、おはようごはいはふ、ひとひはま……」
 朝っぱらから、勝手に人のモノをくわえ込んでいる愛那と目が合う。
 ……あんな夢見たのはこいつのせいだな。
 あの後、愛那は、奴隷の務めとか言い張って、なかば押し掛けるように、僕の部屋に転がり込んできた。
 そうは言っても、僕自身が、部長とナニしてて、帰らないことが多いんだけど。
 まあ、そこは割り切っているのか、表向きは不満を見せることはない。
「んんん……じゅる……むふ……ん…ん……」
 そういや、こいつ気持ちよくしてやるのって、仕事のご褒美って言ったよな……。
 ああ、あれは中に挿れることか……、これはこいつにとって単なるご奉仕ってか。
「んん!んんんんっ!ごふ!んん……こくっ……」
 やっぱり、僕よりこいつの方が楽しんでないか?
「んん……ふう、ごちそうさまでした」
 朝飯感覚かよ!

「愛那……僕の部屋に住むのはいいけど、あまり人目につくようなことはするなよ。噂を集める奴が噂の種になったらシャレにならん」
「はい、わかっています。そんなヘマはしませんってばぁ」
 本当にわかってるんだろうな。
「……ところで、倭文さま」
「なんだ?」
「今日から始動する新プロジェクトのことですが……」
 これは、もう会社内で公表されているから、別に誰が知っていてもおかしくない。
「あの……プロジェクトチームは、氷毬(ひまり)常務が直々に指揮を執られるそうです。」
 氷毬……ああ、あの綺麗な女ね……。
 そういえば、なんでそんな役職にあんな若い女が就いているんだ?
「その……氷毬常務ですが……実は、社長の愛人なんです」
 なるほど……えげつない会社だとは思っていたが、そういうことか。
「愛人ね……で、仕事はできるのか?」
「はい、まあ、それなりにあれなんですけど……」
 それなりにあれ……か。まあ、役職に見合った能力はないということだな。
 どうせ、社長としても、愛人を身近に置いておきたいだけだろう。
「それと、氷毬常務に関しては、もうひとつ噂が……」
「どんな?」
「氷毬常務は、社長との関係だけでは飽きたらないで、若い男子社員を誘っては自分の部屋に連れ込んでいるとか……」
 常務は社長の愛人で、しかも若い男のつまみ食いか……。
 目の前にいるこいつは、人を給湯室に連れ込んで迫ってくるし、部長はパワハラの逆セクハラで部下に迫ってくるし……終わってるよな、この会社。
「気をつけて下さいね、倭文さま」
 いまさら何に気をつけろと?というか、おまえが個人的に不安なだけだろう。
 まあ、こいつの意図とは別な意味で役に立つ情報だな、これは。
 そういうことなら、常務に取り入る方法はいくらでもあるだろう。
「ああ、ありがとう、愛那。気を付けておこう。この調子で会社の噂を集めてきてくれ。期待してるぞ」
「え!?あ……そんな、倭文さま……バフッ!」
 いや、だから、そのバフッ、はやめてくれ。その後のおまえの行動は予想がつかん。
「じゃ、じゃあ、私、先に会社行きますね!」
 バタン!とドアを閉めて愛那は出ていく。すると、
「よっしゃあああぁぁぁぁ……ッ!」
 ズドドドドド、という地響きと共に、部屋の中まで聞こえる絶叫が遠ざかっていく。
 ……だから、目立つ行動はするなというのに。
 はぁ……僕も会社に向かうとするか。

 会社に向かう道々、今朝見た夢のことを思い出す。
 あの夢を見るのは本当に久しぶりだ。
 あれは、魔界と天界が最後に戦争をしたときのこと。
 もう、数千年も前の話になる。
 人間界では、神話の中の出来事になっているような時代だ。
「あの頃は僕も若かったよなぁ……」
 夢の中でも感じた、あの高揚感を思い出し、そう呟く。
 まあ、会社での地位とは違って、魔界での序列は数千年では変わらないから、今でも、悪魔の中では、僕が若手なのには変わらないが……。
 それにしても、あの頃は、全てが充実していて、心昂ぶることがたくさんあった……。
 いつの間にか、魔界はぬるま湯みたいな世界になっていき、天界の目を気にしながら、ちまちまと人間を堕とすだけの世界になってしまった……。
 まあ、そんなことを言ってもしょうがないか……。
 悪魔の復権、と、声高に叫んでも、今のご時世、誰がそんなものに耳を貸すというんだ。
 ただ口で言うだけでは、あの、魔界使い魔協会とかと一緒だ。
 だいいち、僕自身が、今じゃ会社の歯車のひとつだしな。
 さ、今日も仕事頑張るとするか。

「私が、今回のプロジェクトをとりまとめる、氷毬璃々栖(ひまり りりす)よ。みんな、よろしくね」
 腰まである長い金髪をなびかせ、氷毬常務が微笑む。
 うわ、美人……それで、その笑顔は凶悪すぎる……これは、並の奴ならそれだけでイチコロだな。
 しかも、プロポーションが……腰はキュッとくびれて、しかも腰の位置が高い。
 そして、スーツの上からも形がわかる整った胸……。
 それでこの金髪に白い肌か……さすが社長の愛人だけのことはある。
 見た目にはかなり若く見える。まあ、悪魔の年齢は見た目では判断できないか……。
「じゃ、各自、自己紹介してくれる?」
「はい!私は、サービス事業部所属の、瀬張健悟(せはる けんご)です!」
 サービス事業部ね、道理で、若くていい男なわけだ。
「で、君の得意分野は?」
「愛です!私にかかれば、どんな人間の女も私の虜です!そして、私と一夜を共にすればどんな女もみな昇天!愛は地球を救うのです!」
 ……アホだ。この中にアホが約1名いる。
 悪魔が地球を救ってどうするんだ?つうか、喩えでも、悪魔が昇天とか言うなよ……。
 ああ、でもうちの社員の水準だと、そこまでアホでもないのかな。
「……じゃあ、次は私が。……化学事業部の擦枝隆(すりえ たかし)です。……主に精神操作系の薬品の開発に取り組んでいます」
 白衣を着て、ボソボソと喋る若い男。
 少し痩せすぎの感はあるが、見た目は悪くない。目つきが少しやばそうだが。
「じゃあ……倭文さん、僕が先でいいですか?あの……僕は、アイテム事業部のソフト開発部から来ました。辺念仲太(へねん ちゅうた)です。主な仕事は、ディー・フォンの新型アプリ開発をしています」
 デー・フォン関連の仕事で何度も一緒になっているので、もちろん、僕はこいつを知っている。
 見た目は華奢で気弱そうだが、プログラミングの腕はそうとう立つ。
 まあ、多少オタクっぽいのが玉にキズだが。
「最後は……僕ですね」
「ああ、あなたはいいわ」
 自己紹介しかけた僕を、常務がさえぎる。
「え?」
「商品開発部部長補佐兼統轄マネージャーの倭文淳くん。なにしろ、この会社始まって以来の大ヒット商品、ディー・フォンの開発者ですもの。会社の上層部で、あなたのことを知らない人はいないわ」
「おそれいります」
「あなたの仕事ぶり、期待してるわよ」
「はい。ご期待にそえるよう頑張ります」
 僕は、ディー・フォンの開発者ということで、上の人間に受けがいい。
 まあ、おかげで何かとやりやすそうだが。
 ……それにしても、なんか、若くてすらっとした奴ばっかり集めたな。
(……若い男子社員を誘っては自分の部屋に連れ込んでいるとか)
 今朝の、愛那の言葉を思い出す。
 まさか、そのためだけにチーム組んだのか?
 それにしても、アホ1名に、マッドサイエンティスト2名……あ、傍から見たら僕も同じような感じか、そして社長の愛人……。
 なんだか、RPGだと、魔術師3人に、遊び人、踊り子ってパーティー編成だな。しかもリーダー踊り子だし。
 最初の戦闘で生き残るのも大変そうだなぁ……。
 だいたい、それぞれの部署からひとりずつ集めて何をやろうとしているんだ?
「まあ、今回は顔合わせということで。それじゃあ、各自でアイデアを考えておいてね。その中から一番いい案を軸に進めていくわ」
 うそ!?各自でアイデア出して来るって?
 基軸のプロジェクトがあって召集したんじゃないんですか?
 それって、わざわざチーム組んですることか!?
 まさか、本当に男を漁るのが主目的で、新プロジェクトは名目だけですか?
 でも、待てよ、これで僕のアイデアが通れば……。
「じゃあ、今日のところは解散ということで……あ、そうそう、倭文くんだけ私の部屋に来てくれるかしら?」
「……?は、はい……」

 ――氷毬常務の部屋
「さてと、倭文くん」
「何でしょうか、常務?」
 て、今、部屋の鍵をかけてなかったか?
「あなたの開発したディー・フォンのおかげで、いまや、我が社の売り上げは業界トップよ」
「……おそれいります」
「今度のプロジェクトでも、あなたの能力、存分に発揮してよね」
「さきほども言いましたが、ご期待にそえるように全力を尽くします」
「そういうことは、言葉じゃなくて、態度で表すものよ」
「あの……どういうことでしょうか?」
「あなたが仕事ができるのはよく知ってるわ。でも……こっちの方はどうかしらね?」
 そう言うと、常務は僕の股間に手を伸ばしてくる。
 そう来たか……。
 こうやって、チームに招集をかけるたびにひとりずつ食っていこうというわけだな。
「あ、あの……常務!そ、それはちょっと!」
「あら、私の言うことは素直に聞いた方がいいわよ。今、私が大声を上げて、あなたにセクハラをされたと言ったら、いったいどうなるでしょうね?」
 この会社の上司にはこういうタイプしかおらんのかい!
 ともかく、ここで拒否するのは得策じゃないな……。
「……わかりました、常務」
「素直な子は好きよ……ちゅ……んん……」
 常務は、口づけをしてきながら、手際よく僕の服を脱がしていく。
 愛那の情報があったから、ある程度予想はついていたけど……。
「さあ、好きにしていいのよ、倭文くん」
 目の前には、自分も服を脱いだ常務が立っていた。
 スーツ姿の時から充分凶悪だったが、これは……。
「どうしたの、倭文くん?うふ……ずいぶんと元気なようね……」
 常務の手が僕の股間をまさぐる。
 え?もうこんなに勃ってる!?この程度で?
 まさか……何かされたのか!?
 しかし、こうなったら、もう行くとこまで行くしかないか……。
「あ……んふ……ん……」
 常務を抱き寄せ、胸に吸い付くとその口から甘い吐息が漏れる。
「ん……んん……うふ……もっと、激しくしていいのよ……あ!んん!」
 常務の股間に手を伸ばし、裂け目に指を差し込むと、声が跳ね上がる。
 ……なんだ、常務も、もうこんなに濡らしてるじゃないか。
「ああ!……ん!んん……倭文くん、こっちへ来て……」
 僕と絡み合ったまま、常務は僕をソファーの方に誘導する。
「うふ……さあ、来て……倭文くん……」
 ソファーの上で横になり、股を開いて僕を誘う常務。
「んん!……ああ!はああんっ!」
 その上に覆い被さるような格好になり、僕は誘われるまま、常務の裂け目にむけてモノを突き挿す。
「あああ!いいわっ!倭文くん!んんっ!どう?倭文くんも気持ちいいでしょう?」
「はい!常務……」
 ん?なんか……クラクラする……。
 ……これは!?催眠系の操作かなにかか!?
 社長の愛人だからって、こいつ、やりたい放題かよ!
「あん!んふう!ね、倭文くん……こうしていると、倭文くんもどんどん気持ちよくなるでしょ?」
 くっ!心にどんどんプレッシャーがかかってくる。
 しかし、これならなんとか耐えられそうだな……。
 だいいち、この系統の能力で、僕より強力な悪魔は、そうはいないはずだ。
 とはいえ、ここは、操られたフリをしておく方が無難か……。
「……はい。僕も……気持ちいいです」
 わざと声の抑揚を無くして答える。
「ん!そ、それでいいのよ。こうしていると、キミはどんどん気持ちよくなって、そして、私のモノになるの」
「……はい。……常務」
「はうん!……だめよ、倭文くん、私のことは、氷毬さまと呼びなさい」
 こいつ!調子にのりやがって!
 ……しかし、ここは我慢我慢。
「……かしこまりました、氷毬さま」
「そうよ、いい子ね。はうっ!し、倭文くん、もっと激しく!」
「……はい、氷毬さま」
 くそ!僕は操るのは好きだけど、操られるのはフリだけでも大嫌いなんだ……。
 う!だめだ、余計なことを考えると意識を持っていかれそうだ!
「はあっ!ふうんっ!そ、そうよっ!倭文くん!イイわっ!あんん!」
「ああっ!氷毬さま!」
「ふふ……いい声を出すのね。んんっ!か、可愛らしいわ、倭文くん!」
 なんだ……こういうのが好きなのか?それなら……。
「はぁっ!き!気持ちいいです!氷毬さま!」
「あん!そ、そう!いいわよ!倭文くん!あなたは私のペットなの!だから!わ、私のために!いい声で鳴きなさい!」
 なっ!言うに事欠いてペットだと!?この僕をっ!
 くう……意識を集中させすぎると、かえって暗示にかかりやすくなる。
「はいッ!あ!氷毬さまッ!氷毬さまぁッ!」
 操られたフリをしつつ、適度に意識を散漫にさせながら、自我を保つ加減が難しい……。
「んんんんッ!倭文くん!いいわ!その声っ!ゾクゾクしちゃうッ!はあん!」
 常務に操作されないように意識を保ちながら、僕は、半ばヤケクソで腰を打ち付ける。
「あああっ!す!すごいわっ!倭文くん!はあうん!い!いいわっ!倭文くん!私の中に出しなさい!そうして、あなたは私のペットになるの!」
 ああ、出してやるとも。
「か!かしこまりました!あああッ!氷毬さまッ!」
 しかし、おまえのペットには……ならない!
「んんんん!あああっ!そ、そうよ!すごいいいッ!イイのッ!倭文くんっ!んんん!はああああああっ!」
 僕の精液を受けて、常務は僕を強く抱きしめる。
「ん……んんん……はぁはぁ……今の気分はどう、倭文くん?」
「はぁはぁ……さ、最高に……気持ちいいです、氷毬さま……」
 この……この落とし前はいつか必ず……。
「じゃあ、確認するわ。今のあなたは私のなにかしら?」
「僕は……氷毬さまを悦ばせるための……忠実な……ペットです……」
「そう、よくできたわね。あなたは私の言うことをよく聞く、かわいいペットよ」
「……はい」
「でも、わたしが、『どうしたの、部長補佐の倭文淳くん』というと、いまこの部屋であった事は全部忘れて、普段の倭文くんに戻るの」
「……はい」
 ……なるほど、こういう場合の常套手段だな。
「そして、私が、『私のペットの倭文ちゃん』って言ったら、あなたは、またいつでも私のペットに戻るのよ」
 くっ!屈辱!しかし、ここは……。
「はい、わかりました、氷毬さま……」
「そう、お利口さんね。じゃあ、まずは、服を着なさい」
 屈辱に震えそうになるのを抑えて、僕は、いかにも操られている感じでゆっくりと服を着ていく。
 その間に、常務も服装を整えている。
「うん、問題はなさそうね……。『どうしたの、部長補佐の倭文淳くん』」
「……ん?あ、あれ僕は今?」
「あら、ボーッ、としちゃって……お疲れのようね、倭文くん」
「は、はあ……」
「まあ、いいわ。じゃあ、次のミーティングの時に。あなたのアイデア、期待してるわよ」
「は、はい……それでは失礼します……」
 わざと、きょとんとした表情で挨拶して常務の部屋を出る。

(……この屈辱、いつか倍にして返してやる)
 廊下を歩きながら、僕は、ふつふつと怒りが沸いてくるのを止めることができなかった。

< 続く >

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