第5話
北米エリア担当第1製作課、伴天院祐二……<魅了のグラス>。
バーのカウンター、ひとりで飲んでいる女性の前に、スッ、とグラスが……。
バーテン曰く、
「あちらのお客様からです」
そちらを見ると、ひとりの男性客が軽く会釈してくる。
そのグラスで飲むと、その男性客が魅力的に思えてくる……。
なに言ってんの、あの人?だいいち、このアイテム、バーテンとぐるにならないと使えないじゃないか。
あの人アメリカ行って何やってきてんだよ?そもそも、この台本みたいな企画書なに?
はい、却下。
極東エリア担当第1製作課、倍紋大介……<運命の審判>。
え?なに、これ?野球の球審?
て、審判ってそっち!?
審判の言うことには絶対に従わないといけないように、このアイテムを身につけた相手の言うことには従わざるを得ない?
いや、だからって、こんな格好で街歩けるわけないだろ!
は?決めゼリフは、『私がルールブックだ!』……。
却下。
……使用者に対する好意と服従心を送り込む空気入れ?
それはいいけど、この、見たまんまただの空気入れをどう使えと?
却下。
なになに?……洗脳専用巨大ロボット『エムシーファイブ』
……売った相手に、世界征服でもさせる気か?
つうか、洗脳のためだけにそんなもん造るな。
却下却下。
「……なんか、今日の倭文さん、不機嫌そうじゃないか?」
「そうだな、なんか周りの空気がピリピリしてるよな……」
「はああああっ!す、すごいわっ!倭文くんっ!」
僕が突き上げる勢いで、部長の体が跳ね上がる。
「う゛んんんっ!きょ!今日の倭文くん、激しいわっ!あああああんっ!」
もう、部長の声は耳に入っていない。
ただ、昏い衝動に突き動かされるように、腰を突き上げる。
「はあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!んんんっ!あああああーッ!」
部長の中に思い切り射精して、ようやく少し落ち着きを取り戻す。
「はぁはぁ……、今日の倭文くん……荒々しいというか……野性的というか……うふ……それはそれで素敵よ……上手になったわね……」
いや、だから、最初の頃のは演技ですって。
「ねぇ……例のプロジェクト、常務が率いてるんでしょ。……美人よね、あの人。……ダメよ、心移りしちゃ」
「大丈夫ですよ、部長」
そう、心移りなんてあるわけがない。
今や、あの女は、僕の復讐リストのトップに名前がある。
そもそも、それ以前に、部長に入れ込んでいるわけでもないし。
……それにしても、あの程度で、これほど心の平静を失うとは僕もまだまだ未熟だな。
今朝は今朝で、愛那の頭を押さえ込んで、涙を流すまで無理矢理イマラチオしたし……。
まあ、それはそれで、あいつは悦んでたみたいだが。
常務のことは、思い出すだけで腹が立つが、いつまでもそうは言っていられない。
少なくとも、次のミーティングまでには、いつもの冷静さを取り戻さなくては……。
「あ!んん!し、倭文くん!?」
「部長、もう1回です!いいですか!」
1回くらいじゃおさまりそうにない。
部長には悪いけど、もう少しはけ口になってもらおう。
「はん!んん!ホント、今日の倭文くん、情熱的ね!あああんっ!」
情熱的ね……そう呼ぶにはあまりに昏い情動だけど……。
――数日後。
今日は新プロジェクトのミーティングの日。
(ふう……なんとか……)
ここ何日かで、ようやく心の平静を取り戻すことができた。
そう、常務と顔を合わせても、何気ない素振りができるほどに。
まだ、常務に操られていないことを、悟られてはならない。
少なくとも、仕事中は、普段通りに振る舞わなければ……。
(なにしろ向こうは常務で、しかも社長の愛人だ。会社内での立場では分が悪すぎる)
とにかく、今は我慢の時だ。
(まあ、プロジェクト案の方は問題なさそうだな)
愛那が手に入れた話だと、擦枝の案は、何の変哲もない被暗示性を高める薬らしい。
辺念のアイデアは、人間を操作する携帯端末……。
しかし、まあ、どこから聞いてくるのか、愛那もよくこういう情報を仕入れてくるもんだな。
ああ、あとのひとりはノーマークでいいだろう。
「じゃあ、早速だけど、各自の企画案を聞かせてもらえるかしら?」
例によって、瀬張が立ち上がる。
「私のアイデアは、私自身です!」
「はい?」
「私の最大の武器は、私自身の魅力。だから、私のクローンを大量生産すればいいのです!」
「…………」
「あれ?どうしてみんな黙ったままなんですか!?」
……アホは放っておこう。
「……では、次は私が」
そう言って、擦枝が、ビンに入った薄紫色の液体を取り出す。
「それは、なに?」
「これは、今までになかった薬です」
ん?こいつのはたしか、ただの被暗示性を高める薬のはずじゃ?
まさか、愛那の情報が間違ってるのか?
「説明してもらえるかしら」
「この薬は、チロシン-グリシン-グリシン-ロイシン……という12のアミノ酸配列からなり、31のアミノ酸配列からなる、従来のベータ-エンドルフィンに対して、よりコンパクトな構造のため、人間の脳に対して速やかに作用し、意識の働きを低下させることができ……」
……な、長い。
「さらに、ふたつの炭素をはさんで、4級炭素と3級窒素が結合した活性構造を持つことによって……人体にカタレプシー効果を引き起こし……」
だ、誰か止めろよ……。
「そこに、魔力を加えることによって、ドリュアデス効果を作用させて……神経伝達アミンが受容体に到達することを阻害することによって……結果として、こちらの暗示を受け入れやすくするのでありまして……」
こいつもアホだ……。いや、頭はいいのかも知れないけど、結果よりも経過を楽しむタイプだな。
「で、結局、この薬の効果はどういうものなのよ?」
「人間の意識を低下させて、被暗示性を高めます」
「それで、今まであったそういう薬と、どこがどう違うの?」
「ですから、従来の物質よりもコンパクトなアミノ酸配列を持っていて……」
「そういうことを聞いてるんじゃないのよ!」
……ラチがあかないな、これは。
「まあ、いいわ、次、辺念くんは?」
「あの……僕のは、この端末を使って、相手を支配し、思い通りに操作する、というものです」
「……それはつまり、ディー・フォンみたいなものかしら?」
「いいえ……ディー・フォンは写真に撮ることによって、相手の魂の情報を瞬時に取り込みますが、この機械は、その作業を手作業で行うのです」
つまり、ディー・フォンがやっている、人間を取り込み、支配下におく過程を全部マニュアル操作でやるのか……。
プログラミングオタクのこいつらしい……。
その気持ちはわからなくもないし、こういうバカは嫌いじゃないが、この手のマニアックな機械は商品としてはどうかな……。
「つまり、何らかのコマンドを入力して、じっくり相手を堕とすわけね?」
「あ……そういうわけではなくて……、この機械は、相手の人間の精神防御の構造を解析して、アンチ・プログラムで無力化した上で、相手の精神情報を入手し、それを解析して……」
て、やりすぎだよ、それ!
そんなの、専門知識がないと無理じゃん!
「その端末って、誰でも手軽に扱えるものなの?」
「あ……いいえ……」
「いい、辺念くん、売れる商品は、誰もがすぐに扱えるものが基本よ」
「はい」
「それじゃあ、倭文くん、いいかしら?」
「はい、それでは……」
僕は、かねて用意してあったカード状の物を取り出す。
実際には、試作品はかなり前からできあがっていたものだ。
「それは、どういうものかしら?」
「ええと、最近、人間界に、ICカードタイプの乗車券というのがあります」
「カードを通さなくても、軽くタッチするだけで改札が通れる、ていうあれね」
「そうです、これは、その仕組みからヒントを得たもので、このカードで相手に触れるだけで、相手は、このカードに入っている情報通りになる、というものです。……まあ、言葉ではなんですから、実際に見てもらいましょうか」
そういうと、僕は用意していた、実験体の若い女を部屋に入れる。
うちくらいの大きな会社になると、地獄に堕ちた人間を何人かもらいうけることができる。
主に、化学事業部やアイテム事業部の試作品のテスト用だ。
僕なんかも、忙しくて人間界に実験しに行けないときにはたまに使っている。
一度地獄に堕ちているため、人格はほとんど失われて、虚ろな目で立っているだけだが、それだけにこのカードの効果はわかりやすいだろう。
僕は、試験用のカードを手に取り、女の体に軽く当てる。
「ん……?あ、あれ?倭文先輩?」
このカードには、先輩後輩のカップルのデータが入っている。
「それに、私なんでこんなところに?……え?この人たちなんなんですか、先輩?」
まわりを見回し、常務たちに気づいて、僕の背後に身を隠す。
そうして、ギュ、と僕の腕にしがみついてくる。
……気のせいか、突き刺さるような常務の視線を感じる。
あんまり過激なことをすると後が怖いな……。
「大丈夫、気にしなくていいから」
そう言うと、僕は彼女を抱きかかえるような素振りで、もう一度カードを当てる。
そうすると、彼女は、再び目を虚ろにして動かなくなる。
「……と、こういうわけです。カードを一度当てると作用し、もう一度当てると解除されます。まあ、改札を入って出るのと同じようなものですね。ICカードならぬ、MCカードとでも言っておきましょうか。それでは、瀬張さんたちにも試してもらいましょう」
そういって、用意していたカードを3枚、それぞれに渡す。もちろん、実験用の女も3体用意してある。
「皆さんに渡したカードは、データは入れてない生カードです。本当はカード自体にデータを入力する必要がありますが、カードに、このペンで書いたもので代用することができます。まあ、説明はこんなものでいいでしょう。じゃあ、使ってみて下さい」
――数分後。
「ん……んふ……ぺろ……ん……」
自分の乳房で、瀬張のモノを挟み、その先っぽを舐め回す女。
「お、おおー!うん!これは!」
……こりゃまたどストレートだなぁ。
僕は、床に落ちているカードに目をやる。
そこには、大きく、パイズリ、とだけ書いてあった。
……やっぱり、こいつアホだ。つうか、これだと、それだけしかしませんよ、このコ。
「ひゃああっ!あああ!」
お、こっちもやってるな……。
「……なるほど、精神を興奮させ、欲情させると……よし、『浄化開始』」
「はぁはぁ……」
「じゃあ、次だ」
ん、注射?って、何やってるの、この人?
「あ……あああ……」
「ふんふん、瞳孔が開き、意識レベルがかなり低下しているな……」
「あの……擦枝さん、これはいったい?」
「ああ、キーワードを言うと、注入した薬を浄化する体質にしたんですよ」
……て、このカードそんなこともできるの?作ったの僕だけど。
「うん、このカードは便利ですね。こうして使うと、1体の実験体で、繰り返し新薬の実験ができる」
いや、そんな使い方想定してませんから!
「はい、忠太さま、どうぞ~」
「うん、ありがとう……あ、倭文さん」
辺念のは、メイド仕様か……。呼び方は、ご主人様、じゃなくて忠太さま、なのな。
「さすがですね、倭文さんは。僕はどうしても趣味に走りすぎて……」
いや、趣味に走るのはいいんだが、おまえのはマニアックすぎるんだよ。
まあ、ソフト開発とプログラミングに関しては一流だが。
「さあ、倭文さまもどうぞ」
「あ、ああ、ありがとう……僕のこと知ってるの?」
「倭文さまは、忠太さまの職場のリーダー的存在ですよね?」
あれ、なんかえらい設定がかっちりしてるなぁ。
ひょっとして、データ入力済みの渡したのかな?
……て、なにこれ!字細かっ!しかもびっしり書き込んで。目痛くなりそう。
三者三様って、こういうことを言うんだなぁ……。
妙に感心しながら、部屋の中で展開されている状況を眺める。
すると、ややジト目で、瀬張たちを見ていた常務が、僕の方を向く。
「さすがね、倭文くん。これで決まりじゃないかしら」
「ありがとうございます」
「このカード、こうやって、生カードのまま売ってもいいんじゃないの?」
「しかし、カードに入力した方が、大量の情報を書き込めますし、手書きじゃ大した情報は書き込めないですから」
「そう……」
「生カードで売るなら、入力装置もセットにするべきでしょうね。自分好みのカードを作りたい人間にはそれを売って、それがめんどくさい人間には、データ入力済みのものを、という形でいいんじゃないでしょうか」
「まあ、そんなところね」
「じゃあ、今日のミーティングはここまでで。……あ、辺念くんはちょっと残ってくれるかしら?」
「あ……わかりました」
……今日は僕じゃないか。
まあ、その方がいい。僕自身まだ、自分の感情を抑えられる自信がない。
新プロジェクトは、結局、僕のMCカード案が通った。
まあ、当然の結果だろう。
実際には、モノはほとんどでき上がっているので、後は、どういうデータが入った商品を用意するかだけなのだが、それにしては、頻繁にミーティングが行われている。
その度に、ひとりずつ残らされているのはお約束だ。
実際に、残されている奴らが、僕と同じ事をされているかはわからない。
常務のあの暗示のかけ方じゃ、本人たちに聞いても何も覚えてないだろうし。
もちろん、僕も何度か残らされた。
……言うのも不快だが、『ペットの倭文くん』としてだ。
しかし、僕自身は、屈辱感がどうだとか、常務への怒りがどうとか言うどころではない状況になっていた。
――ポリポリポリ……。
ち、まただ……。
常務の部屋から出て、僕はあちこちをボリボリと掻く。
被操作アレルギー、とでもいうのだろうか。
もちろん、今の僕は操作されているわけではない。
しかし、僕は、人を操るのが本来の性質の悪魔だから、操られるのは、たとえフリだけでもアレルギー反応が出るらしい。
常務とやっている時はなんとか我慢しているが、今では、こうして部屋を出たとたんに、じんましんが出てくるありさまだ。
しかし、今の立場では手の打ちようがない。
あと一歩、もう少し我慢しさえすれば……。
――ボリボリボリ。
「ああ、かゆい……」
体のあちこちをかきむしりながら、僕は商品開発部へと戻っていった。
そして、いよいよ、MCカードの発売が決定し。
「はうううん!いいわっ!倭文くん!もっと激しく来て!」
「は!はい!氷毬さま!」
うう……体のあちこちがムズがゆい。
「あああああっ!す!すごいいっ!はあっ!倭文くん!い!いいわよ!出しても!」
「んんんっ!い!いきます!氷毬さまぁッ!」
僕は、かゆみをごまかすために力強く腰を動かし、深々と突き刺す。
「はううううううっ!あ、熱いイイイイイイッ!」
射精した一瞬だけ、かゆみを感じない。
しかし、その程度だ。すぐに体中ムズムズしてくる。
「あああ……はぁはぁ……ねぇ、倭文くん?」
「なんでしょうか、氷毬さま?」
「あのMCカードって、魔力のチャージ制になってるじゃない、あれはどうしてそうしたの?」
そう、MCカードは動力源の魔力をカードにチャージして、それが消費される仕組みになっている。
消費された魔力は、使用者が料金を振り込むことで、こちらから補充されることになっている。
「……それは、使用者がカードを使えば使うほど、会社に魔力のチャージ料が振り込まれます。せっかく、人間界に支店があるのですから、それを窓口として使わない手はないですし。単にアイテムを売るだけではなく、使用するたびに料金を取る仕組みを考えた方が収益が上がります」
そんなことはどうでもいいから、コトが済んだらさっさと解放してくれ。
いいかげん、そろそろ、じんましんが出そうだ。
「ふふ、気に入ったわ。やっぱりキミはビジネスがわかっているわね。売れやすい商品を開発し、商品から最大限の利益を引き出すことを心得ているわ」
「……おそれいります、氷毬さま」
「いいわ、私のペットでいれば、きっとあなたを引き立ててあげる」
「……ありがとうございます」
僕は、常務に気付かれないように、かゆみの増した背中を、ボリ、と掻く。
僕に、製品事業部本部長の辞令が出たのは、MCカードが発売されて3週間後のことだった。
< 続く >