「ようこそ!アサオニ結婚相談所へ!初めての方ですね?」
黒目がちの、くりくりっとした目の女性が、元気よく私を出迎える。
「は、はい……」
「さあ、こちらへどーぞ!」
「あ、ど、どうも」
私は、彼女に勧められるまま、椅子に腰掛ける。
どんな高い理想でも、必ずそれに見合った相手を紹介して、しかも、100パーセントの確率で結婚を成立させる結婚相談所があるって聞いたんだけど。
アサオニ結婚相談所なんて、そんな名前、聞いたこともないわ……。
「このたびは、アサオニ結婚相談所を利用いただき、ありがとうございます!こちらへは、どなたかのご紹介で来られましたか?」
「い、いえ、少し噂に聞いたもので……」
「ああ、そういうの多いんですよ、うちは!」
この人、美人だけど、口を開けたときに、鋭そうな八重歯が見える……。
……まるで、牙みたい。
「えーと、それでは、まず、お名前をお伺いしましょうか?」
「あ、秋山里美(あきやま さとみ)です。」
「はい、あきやま……さとみ…さんと」
「あの……まず、登録とかするんですか?」
「いえいえ、必要ありませんよ~!」
「はい?」
「うちに来られた方は、すぐに理想の人が見つかるので、登録して待ってもらう必要がないんです!」
え?そんな馬鹿なことが……。
「だから、登録料とかも必要ありません!うちで紹介された方同士が結婚なさった後で、おふたりから頂くことになっています!」
「そ、そんなことって……?」
「うちの結婚成功率は100パーセントですから!みなさん喜んでお支払い下さいますよ!」
いや、そんなことがあるなんて……。
「いままで、そういう例はないんですけど、もし、結婚が成立しなかったときには料金は一切頂かないことになっていますので、まあ、話だけでも!」
「は、はあ……」
「それでは、どういう方が良いかの条件を伺いましょうか?」
ま、まあ、ダメだったときはお金は取らないっていうし……。
なんか、胡散臭いけど、どうせダメもとなら、あり得ないくらい高い理想でも……。
「身長は180cm以上で、スポーツマンタイプ。でも、あまりマッチョすぎない感じで。顔のイメージは、俳優の……」
「はい……はい……」
そんなメモ取ったって……いない、そんな人、絶対にいない。いたとしても、こんな結婚相談所ではきっと見つからない。
「趣味は、音楽鑑賞、できれば、楽器も少しできればいいかしら。そして、話が面白くて、一緒に居るのが楽しい人……。で、年収が1000万円……」
さすがに、そんな人見つかるわけないじゃない!
……私ったら、これじゃ、相手を見つけたいのか見つけたくないのかわからないわ。
「はい、わっかりましたあ!それじゃ、こちらの部屋で少々お待ち下さい」
て、うそ?
「暗いですから気を付けて下さいね……じゃ、この椅子に座って待っていて下さい!」
通された部屋は、かなりの広さがあるみたいだった。
でも、かなり暗くて、よくわからない……。
おかしい!この結婚相談所絶対におかしいわ!
今のうちに、こっそり逃げちゃおうかしら……。
「……!」
なんか、まわりの雰囲気が変。
たくさんの人?……がいるような気配がする。……いつの間に?
と、その時、
「それでは!これから、野中健一さんと秋山里美さんの結婚披露宴を始めさせていただきます!」
マイク越しの声とともに、パッ、と灯りがつく。
え!?結婚披露宴?……秋山里美って……わ!わたしッ!?
い、いったい、どういうこと!?
急な明るさに目が慣れてあたりを見回す……。
一際強く光を反射しているものが目に飛び込む。
これは……なに?ええッ?き、金屏風!?
やだ!私が座ってるのって、金屏風の前の高砂じゃない!
あ……私の隣に誰か座ってる……。
なによ!このオヤジは!?どう見ても40代だわ!
身長だって、170cmあるかないかだし、小太りで眼鏡をかけた、ただの中年オヤジじゃないの!
こんな人、私の理想とは全然違う!いや、それ以前の問題よ!
「えー、新郎の野中健一さんは……」
マイクを持って司会をしてるのは、さっきの受付の人……。
ちょっと!あの子なに言ってるのよ!
……て、え?さっきは気付かなかったけど、あの子のスカートから出てるのって……尻尾?
先が矢印のように尖った、黒くて細長いモノが、お尻のあたりから出ていて、プラプラ揺れている……。
それに……私の目の前にいる人たち……本当に人間なの……?
どこが、とはうまく言えないけど、みんな、なんか変。
みんな、同じような、ニタリ、とした表情……。
笑っているはずなのに、感情が全然感じられない……張り付いたような笑顔。
いやだ……ちょっと怖い……。
でも、私の隣にいるこの人は人間のはず……。
私の理想からは、ほど遠いけど……。
あれ?……いや、そうでもないかも。
眼鏡をかけた人って、どこか知的よね。
背が低くて、少し太っているのも、愛嬌があって親しみやすいし……。
それに、なんていうのかしら?この年代の男性って、人生の年輪ていうものを感じさせてくれる。
この人に比べたら、そこら辺の若い男なんか、ガキっぽいだけじゃない。
そうよ、私の理想のタイプってこういう人だったんじゃないかしら?
たしか、野中…健一さん…だったっけ?
あ、私の方を見て優しそうに微笑んでる……やだ、なんか恥ずかしい……。
「さあ!ここで、新郎新婦に、誓いのキスをしてもらいましょう!」
え!?や!なに!?それ!?
そ、そんな……嬉しいけど……恥ずかしいわ。
「さあ、里美さん!そんなに恥ずかしがらないで!さあ、会場の皆さんも!」
「キースっ!キースっ!」
なによ、この大合唱は!これじゃ、披露宴じゃなくて、二次会のノリじゃない!
やだ、そんなことされると、ますます恥ずかしくなって、健一さんの顔、まともに見られないじゃない……。
「ひゃ!」
健一さんに肩を抱かれて、私は健一さんと差し向かいになる。
「ああ……」
健一さんの優しそうな瞳で見つめられると、何も考えられなくなっていく……。
そして……健一さんの顔がゆっくり私の方に近付いてきて……。
私は……目を閉じて、健一さんに体を委ねた。
「ああん!イイッ!イイわっ!健一さん!」
私たちが結ばれてから、1年が過ぎた。
健一さんは、私の思ったとおり、とても優しい人で……。
「ああ、里美!僕も!気持ちいいよッ!」
「ん!んん!はあんっ!ああ!けんいちさぁん!」
少しエッチな人だけど、健一さんとのセックスはいつも新鮮で、とっても気持ちがいい。
人生経験を重ねてる分、私が思いもしなかったことをしたりする。
「はあああぁ!あああ!け、けんいちさん!わ!わたし!もう!」
私の体の中を、健一さんの熱いものでかき回されるたびに感じる、この快感と幸福感。
だって、健一さんは私の理想の人なんだもの……。
「さ!里美!ぼ!僕ももういくよっ!」
「ああ!き!きてッ!けんいちさんッ!」
私は、小柄な健一さんの頭を抱え込む。
両足で、しっかりと健一さんの体を挟み込み、より深いところで健一さんを受けとめる。
すると……、
「あああ!さ!里美ーッ!」
「け!けんいちさん!あ!熱いのっ!あああああああーッ!」
健一さんの熱い愛情が、たっぷりと私の中に注がれ、私の意識は真っ白になる……。
「ん!んん!ああ……健一さん……あん!」
軽い痺れに似た感覚に全身を包まれる中、健一さんからビュッ、と残りの愛情が注がれるたび、それだけに敏感に反応するように、強烈な快感が襲い、頭の中がスパークする。
「ん……大好きよ……健一さん……」
本当に……あの結婚相談所に行って良かった……。
100パーセントの確率で結婚を成立させるという、アサオニ結婚相談所。
それは、この世のどこかに、たしかに存在するという……。
そして、今日も……。
「いらっしゃいませ!アサオニ結婚相談所へようこそ!」
< おわり >