黄金の日々 第1部 第1話

第1部 第1話

 主が、アンナのもとに来た日の夜。

 え?これは?

 アンナは、またあの夢の中にいる自分に気付く。
 目の前には、いつもの、穏やかな光を湛えた金色の瞳。

 私のもとに来て下さったというのに、夢の中にも現れて下さるというの?

 いつものように、跪いて祈りを捧げるアンナを立ち上がらせると、主が微笑む。
 そして、主の顔がゆっくりとアンナの方に近づいて来ると、アンナは、目を閉じて主の接吻を受ける。

「ん、んん」

 主の舌がアンナの口の中に挿し入れられても、アンナには昨日ほどの驚きはない。
 アンナは、主の腕に抱かれたまま、主の舌が自分の口の中で動くのに任せている。

「んふ。え?きゃっ、また!?」

 ふと気付くと、昨夜と同じようにアンナの胸がさらけ出されていた。

「あ、こ、これは、その、あのっ」

 顔を真っ赤にして、アンナが主の顔を見上げると、主はにっこりと微笑んでアンナの乳房に接吻する。

「あっ、ふああああ!」
 その瞬間、アンナの体を再び、昨晩も感じた痺れるような、蕩ける様な感覚が襲う。
 
「ふあっ、ああっ、ひあっ、ひくうっ!」
 主は、繰り返し繰り返しアンナの乳房に口づけをし、その度に短く甘い声をあげてアンナの体が喜びにうち震える。

 なんなのかしら、この感じ、よくわからないけど、気持ちいい……。

 それが、宗教的な法悦などではなく、性的な快感であることに、経験のないアンナが気付くはずもなかった。
 そうやって、何度も主の接吻を受けるうちに、アンナの意識はぼんやりして、次第に遠のいていったのだった。

 翌朝。

「おはようございます。朝食をお持ちしました」
 アンナは、ノックをして主の部屋に入ると、質素ながらも心のこもった朝食をテーブルに並べていく。
「ああ、ありがとう、アンナ」
 主がアンナの方を見て微笑む。それだけで、アンナは夢の中のことを思い出して胸が高鳴るのを感じていた。

「あ、あの、しばらくこちらに滞在なさるということですが、私が村を案内いたしましょうか?」
「ああ、いや。村の人には僕のことはあまり知られたくないからね。それに、僕のことはあまり知られない方が君にとってもいいんじゃないかな」
「あ、そ、そうですね」
 確かにその通りだ。主がこんな所にいらしておられるなんてことが知られたら大騒ぎになるだろうし、素性を明かさないでいるのも、身元の分からない男を泊めているという風聞になりかねない。
「ところでアンナ。明日は日曜だけど、ちゃんと村人を集めてミサを行っているのかい?」
「はい。小さな村ですけど、みんな信心深い人たちで、ミサの日にはみんな教会に集まってくれます」
「じゃあ、明日のミサの様子を見させてもらうことにするよ。もちろん、物陰からだけどね」
「もちろん、よろしゅうございますとも」
 アンナがそう答えると、主は笑顔のまま大きく頷く。 

「あの、ところで……」
 アンナは、気になっていたことを切り出す。
 それは、あの夢のこと。主の姿を見せてくれて、その通りの御姿でアンナの前に現れたのだから、それまでの夢は主の啓示に違いないとアンナは思っていた。
 しかし、もう、主は自分の前に現れてくれたのだから、啓示は必要ない。なら、あの夢は?
「どうしたんだい、アンナ?」
 主が、柔らかな眼差しをアンナに投げかける。
「あの、昨夜の夢は?」
「ん?なんのことかな?」
 アンナの言葉に、主は怪訝そうに首を傾げる。

「あ、いえ、なんでもありません!それでは、これで失礼します」
 アンナは、主に礼をして部屋を出ていく。

 やっぱり、主はご存知無いことだわ。じゃあ、昨夜の夢は、私の願望?私が主の夢を見たいと思い続けているからなの?

 そう、胸の中で自問しながら廊下を歩いていくアンナ。

「クッ、クックック」

 部屋の中では、主、いや、シトリーが、それまでの柔らかな笑みとはうって代わって、口許を歪めて低く笑っていた。
 もちろん、部屋を出ていったアンナがそのことに気付くはずもなかったのだが。

 そして、夜、またもアンナの夢に主は現れる。

「ん、んむ、んふ」
 口の中に挿し入れられた主の舌に、自分から積極的に舌を絡ませはじめるアンナ。
 そうすると、より強く主を感じられ、気分が高揚してくる。

「ん、ぷふぁあ」
 口づけを終えると、またもアンナの両乳がさらけ出されている。まだ、恥じらいはあるが、最初の時ほどの動揺はない。
 こんな願望が自分にあるのかと思うと、少し後ろめたい気もするが、主のことをもっと感じていたい気持ちの方が強い。

「あふっ、んああああ!」
 そして、アンナの乳房に主の接吻が雨と降り注ぐ。
「あああっ、ふああああっ!んくうっ、あっ、あああああっ!」
 アンナ自身にはわからないことではあるが、もはや、アンナのあげる声は、快楽に溺れる女の嬌声といっても良かった。
「あああっ、くうううう!」
 無意識のうちに、アンナはもう片方の乳房を自分の手で揉みしだいていた。
 もし、この光景を第三者の立場で見ていたなら、その淫らな様子にアンナは眉を顰めていたであろう。しかし、宗教的な恍惚感と性的な快感の区別の付かなくなっているアンナは、そんなことには考えも及ばない。

「ああっ!ひあああああああっ!」
 乳房に主の口づけを受けながら、自分の手でもう片方の乳房を愛撫し続けていたアンナの体が大きく弓のように反れる。
 それは、夢の中でアンナが初めて感じた絶頂であったのだが、いまだアンナにはそれが性的なものであるという認識はなかった。

 翌日。

「主は、皆さんのことを常に見守っておられます」
 礼拝堂に集まってきた村人たちの前で、ミサの後の説教を行うアンナ。
 本当は、今、この場で主がご覧になっている。アンナはそう言いたかったが、それは固く禁じられているため、言うことはできない。
 しかし、実際に主が来臨なさって、見守っているという事実が、アンナの説教に熱を込めさせる。
「だから、皆さんも、清く正しい心を持って日々慎ましやかに暮らしていれば、主は必ず応えて下さいます」

 そう、主は必ず応えて下さる。こうやって、私の前にも現れて下さった。

 説教をしながら、そうアンナは思う。しかし、主のことを考えると、同時に夢の中でのことも思い出されて、思わずアンナは頬を紅潮させる。

 物陰からアンナの様子を眺めていたシトリーは、頬を染めているアンナの表情に、清純な信仰心とは対極のものが一瞬浮かんだのを見逃さない。
「フフッ」
 アンナの様子を窺いながら、シトリーの口許は醜く歪んでいた。

「なかなかいいミサだったよ、アンナ」
 ミサが終わり、村人たちが皆帰った礼拝堂の中、シトリーはアンナに歩み寄る。
「あ、ありがとうございます」
「特に、あの説教は良かったね。こんないい司祭がいて、村の人たちは幸せだな。僕も安心したよ」
 その言葉に、アンナが不安げな表情を見せる。
「あの、ひょっとして、もう行ってしまわれるのですか?」
「え?ああ、いや。もうしばらくここにはいるつもりだよ」
 アンナの不安そうな顔に今気付いた体で、シトリーがアンナの頬を撫でる。
「あ、ああ」
 それだけで、アンナの頬は紅潮し、甘い吐息が漏れる。
「もう少し、君の司祭ぶりを見てみることにするよ」
 そう言ってシトリーがアンナの顔から手を離すと、何を期待していたのか、アンナが残念そうな表情を浮かべる。
 その様子に、シトリーは内心ほくそ笑みながら司祭館の方に歩いていったのだった。

 シトリーの部屋。

「どんな感じだ、ニーナ?」
「はい、だいぶ美味しくなってますね。あのお嬢ちゃん、経験がないから本人は自覚してませんけど、あの味は欲情した女の味です」
 シトリーの問いにそう答えると、ニーナは赤い舌を伸ばして唇を湿らせる。。

「ずるいな~、ニーナばっかり毎日栄養補給できて」
 ニーナの隣で、エミリアが口を尖らせる。 
「もう少し辛抱しろって。いちおう食事も少し分けてやってるだろ。だいたい、能力使わなかったらそんなに腹減らないだろうが」
「ぶーぶー!こんなのは気分の問題なんだって」
「じゃあ我慢しろ」
「えー!?シトリーったら、ひっどーい!この、人でなし~!」
 ひとりだけ文句を言っているエミリアは放っておいて、シトリーはニーナの方を向く。

「で、どんな感じだ?もう一気にいけそうか?」
「はい、あれならきっと大丈夫ですね」
「よし、じゃあ今夜から仕掛けていくぞ」
「はい、かしこまりました、シトリー様」
 ニーナは、再び舌なめずりをすると、妖艶に微笑む。

「というわけで、本当にもう少しで片がつくからそれまで辛抱してくれ、エミリア」
「もー、しょうがないなぁ」
 そう言うと、エミリアはペロッと舌を出す。

 こいつ、退屈だからってわざとごねた振りしてやがったな。よし、アンナの件が片づいたらお仕置きしてやる。

 シトリーは内心舌打ちするが、口には出さない。
 それに、今働いているのはニーナだけだし、こんな所にずっと籠もっているエミリアの気持ちもわからないではない。
 それもあと少しだ。これが終わったら、下僕たちの溜まった欲求不満を解消してやろう。

 シトリーは、アンナを堕とす算段を立てながら、そんなことを考えていた。

* * *

 その夜。

「はううううううう!」
 夢の中、主が乳首を強く吸うと、アンナは首を反らせて体を大きく震わせると、ガックリと主に体を預ける。
「はあっ、はあっ」
 肩で大きく息をしながらも、アンナの手は自分の胸を弄るのを止めようとはしない。

 その時、アンナを抱きかかえてていた主の腕がアンナの股間へと伸びた。

 あっ、いくらなんでもそれはダメっ!

 さすがに、僅かに残ったアンナの理性がそれを押し止めようとする。
 しかし、一度絶頂に達した後だからなのか、それとも夢の中だからなのか、アンナの動きは鈍く、主の手を制するつもりで伸ばした自分の手が、かえって自分の秘裂に主の手を招き入れるような形になった。

「あうっ、ひああああっ!」
 主の指が、まるでアンナの入り口をノックするかのように、固くなった肉芽を弾く。
 アンナの体は、初めて経験する感覚に素直に反応した。
 目を見開き、首を反らせて喘ぐ声には甘い熱がこもり、体を大きく震わせたかと思うと、そのまま主に抱きついて肩で大きく息をしている。

「んっ、はううううっ!」
 そして、主の指がアンナの中に押し入ってくると、アンナは歯を食いしばって、何かに耐えるようにして呻く。

 ダメよ、こんなこと。主は、きっとこんなことを望んではいらっしゃらないわ。

 アンナが、熱に浮かされたような眼差しを主に向けると、主はいつも通りの、柔らかく暖かい瞳でアンナを見つめるばかりだった。

「んんっ!くあああああっ!」
 その時、アンナの中に挿し入れられた主の指が動き、アンナは、こらえかねたように大きく喘ぐ。
「んああっ、んふう」
 アンナは、自分の口から漏れる甘く切なげな吐息に衝撃を受ける。

 え?私、こんなにはしたない声を?これが、こんなことをするのが私の願望なの?私は、主にこうして欲しいと望んでいるというの?

「んっ!んむむむ!」
 いきなり、主の唇がアンナの口を塞ぎ、アンナの思考も途中で遮られる。
「むむっ、んんっ、んむむー!」
 主は、唇を塞いだまま、アンナの中に入れた指をさらに深く突き入れて激しく動かしていく。
「んんんっ、んむむっ、んっ、んんーっ!」
 いったい、何がどうなっているのかゆっくり考える余裕もなく、アンナの精神は快感の奔流に弄ばれる。
 やがて、見開かれたまま小刻みに震えていたアンナの瞳が潤んでいき、目尻が蕩けたように緩んでいった。

「んん、ぷふぁあ……」
 ようやく主の接吻が終わると、アンナの口からは悩ましげな吐息が漏れるばかりで、さながら、快感の余韻に浸っているようであった。

「あっ」
 不意に、アンナが短い叫び声をあげた。

 気付けば、アンナと主の着ていた服は完全に脱げて、ふたりともあられのない姿になっている。
 そして、アンナの視線は、そそり立つように大きな主の肉棒に釘付けになっていた。
 ドクドクと自分の心臓が高鳴る音を聞きながら、アンナは、本来あってはならない淫靡な欲望が自分の中で鎌首をもたげるのを感じていた。

 そんな、あれを、あれを自分の中に挿れて欲しいなんて。そんな、そんなふしだらではしたないこと……。
 でも、指を挿れられただけであんなに気持ち良かったのなら、あれを挿れてもらえたらどんなにか。

 まるで、尻軽な浮かれ女のように物欲しげな視線で主の肉棒を見つめるアンナ。
 神に仕える者は常に身を慎み、貞潔であれという教えが頭の片隅をよぎる。しかし、アンナに残された理性と自制心はあまりに小さく、非力だった。

「あ、ああ」
 主が、アンナの体を抱き寄せると、アンナは抵抗すらせず体を委ねる。そして、主が、その肉棒を秘裂に宛うと、アンナは期待に胸をふくらませる。

「うあっ、あああああっ!」
 そして、主の腰がゆっくりと動き、アンナは主の肉棒が、アンナの肉をズブズブとかきわける音をはっきりと聞いたように感じた。
「はううっ、ふああっ」
 主が、腰を前後に動かし始めると、アンナは、主にしがみついて甘く切ない声をあげる。

 ああ、すごい。なんて、なんて気持ちいいの。

 これが夢の中だからなのか、それとも主のものを体の中に受け入れているからなのか、アンナは、純粋に快感しか感じなかった。

「ああっ、はうっ、あんっ」
 主の肉棒がアンナの中に深く挿し入れられるたびに、アンナの精神は、濃く、純度の高い快感に犯され、身を悶えさせる。
「ああっ、すごいっ、はあんっ、んふうっ」
 いつしかアンナは、自分から腰を動かして主の肉棒をおのれの中深く迎え入れようとしていた。
 ここに至っては、さすがにアンナも、自らがしていることが、いやらしく、いかがわしいものであることは認識している。

 これは夢!夢の中のことなんだから。実際には私はこんなことはしないわ!だから、だから!

 そうやって、アンナは、言い訳をするように自分に言い聞かせながら快楽を貪る。
 昼、ミサの後で、「清く正しい心を持って日々を慎ましやかに暮らせ」と村人たちに説いたことなど、もはやアンナの頭の中には欠片もなかった。

「んふっ、あむっ、んんっ、んむっ」
 アンナは、激しく腰をくねらせながら、主の頭を掻き抱いて自分からその唇を吸い、主の舌に自分の舌を絡ませる。
 それに応えるように、主がアンナの乳房を掴むと、主の唇に吸いついたまま、アンナはさらに大きく腰を動かしていく。
「んんっ、んむむむっ!」
 アンナが主の足に自分の足を絡めるようにすると、主がアンナの腿に手をかけて上に足を持ち上げる。 
 そうすると、主の肉棒がより深く入ってきて、主の口に吸いついたまま、呻きながらアンナは身をよじらせる。
「んふっ、んむっ、あふうっ」
 ときおり、息継ぎをするようにしながらアンナは主の口を吸い、腰を揺らして肉棒を貪っていく。
 もはや、そこにあるのは完全な肉欲のみ。そして、その中心にいるのは間違いなく、神に仕える司祭であるはずのアンナであった。

「んぷっ、んああああっ!」
 突然、自分の中で主の肉棒が跳ねたように感じて、アンナはそれまで吸いついていた主の唇から自分の唇を離す。
「んっ、くううっ」
 男と交わった経験のないアンナが、強く腰を打ち付けるようにして主の肉棒を奥深く飲み込んだのは、牝としての本能であろうか。
「あっ!ああああああーっ!」
 アンナは、自分の中で、何かが弾けたのを感じた。
「熱い!熱いいいいっ!」
 何か、熱いものがアンナの中を満たしていき、下腹部がヒクヒクと痙攣する。それは、やがて全身の痺れへと広がっていく。
「あ、あふううぅ」
 主に、自分の体を委ねて大きく息をするアンナ。

「あっ、ふああっ!」
 だが、いまだ繋がったままの、主の肉棒がおのれの中にあるのを感じると、アンナの体がブルッと震えて、再び、少しずつだが確実にアンナの腰が動き始める。

 ん、もっと、もっと……。

 そのまま、アンナは何かに憑かれたかのように腰を振り続ける。

「ああっ!いいっ、気持ちいいです!」
 主の体を押し倒し、その上に馬乗りになって腰を上下に動かすアンナ。
 今のアンナは、それが性的なものであるとわかっていながら、その快感を求め続けていた。

 もう、どのくらいの時間、主の肉棒を受け入れ続け、何度絶頂に達したであろうか。
 いつもなら、快感が極まると目が覚めるのに、今日は、何度達しても目覚めることがない。夢の中のことだけに、どれだけの時間が過ぎているのか、それを推し量ることもできない。

 ああ、気持ちいい……。

 夢の中であるのに、夢見るような表情、というのもおかしな話であるが、アンナは、快楽と肉欲しか映していない濁った瞳のまま、まさに、淫らな夢に溺れる表情で跳ねるように腰を動かし続けていた。

* * *

「ん、んん」
 窓から差し込む眩しい朝の光が、アンナをゆっくりと現実の世界に引き戻していく。
「あ、あふうぅ」
 いまだ寝惚けたままのアンナの手が、夢の中での快感の余韻を求めるように自分の股間へと伸びていく。
「ああっ、ひゃん!」
 その指が、固く尖った自分の肉芽に触れた瞬間、強い刺激が電気のように体中を走り、それがかえってアンナの頭をはっきりと覚醒させる。

「え?いやっ、私ったら、なんてはしたないことを!」
 アンナは慌ててベッドから飛び起きる。

 それに、夢の中とはいえ、あんな、あんな淫らでふしだらなことをして。

 罪悪感に押しつぶされそうになりながら、アンナは急いで司祭衣に着替えると、礼拝堂に向かう。

 礼拝堂の中。

 神に仕える身でありながら、あんないやらしい行為を。たとえ夢の中でも決して許されることではないわ。

 アンナは、礼拝堂の中で跪くと、ひたすらに祈り続ける。

 夢の中であんなことをしていたなんて、あんな願望が私にあるなんて、主がお知りになったらきっと私は見放されてしまう。
 ああでも、あの夢、とても気持ちよかった。あれが現実になったらなんて素晴らしいんでしょう。
 なっ、何を考えてるのっ!私は神に仕える身。あんな、淫らな快楽と肉欲に身も心も委ねるなんてとんでもない!

 夢の中でアンナの心に深く刻み込まれた快感と欲望が甦り、祈りを捧げるアンナの心は千々に乱れる。

「どうしたんだい、アンナ?祈りに集中できないみたいだね」

 不意に背後から声を掛けられてアンナが振り向くと、そこには、穏やかで暖かな笑みを浮かべて主が立っていた。

「あ!いえ、なんでもありません!」
「そうは見えないけどね」
 慌てた様子で否定するアンナを、金色の瞳で柔らかく見つめながら主が歩み寄ってくる。

「よかったら、僕に話してくれないかな、アンナ」
 そう言ってアンナを立ち上がらせると、主はアンナの唇に軽く接吻をする。

 それが、引き金となった。

「ん、んふ」
 アンナは自分から主の口に舌をねじ込むように挿し入れ、服の上から片手で自分の胸を掴み、股間をこすり付けるように、主に体を密着させる。

 その時。

「何をしているんだ、アンナ」

 アンナの耳に届いた主の声は、今までに聞いたことがない程に冷ややかな響きがあった。

「あ……」
 思わずアンナが見上げると、主の表情から、いつもの暖かい笑みが消え、金色の瞳には蔑むような光が宿っていた。

「もっ、申し訳ございません!」
 アンナは、這い蹲るようにして謝罪し、額を床にこすり付けるくらい低く頭を下げる。そのまま、アンナは頭を上げようとしない。いや、頭を上げることができなかった。主の怒りが恐ろしくて、その顔を直視することができなかった。

「君がそんなにはしたない女だったなんて、失望したよ、アンナ」

 降りかかってきたその言葉に、アンナは目の前が真っ暗になった。

 そのまま、冷たい靴音を響かせて、主は礼拝堂から出ていく。アンナは、しばらく体を動かすこともできず、主の姿を見送ることすらできなかった。

 どうして、どうして私はあんなことをしてしまったのかしら……。

 ようやく体を起こし、絶望に打ちひしがれてふらつきながら礼拝堂を出ていくアンナ。

 それに、あの夢、あんな夢を見て、夢と同じことをして欲しいなんて。
 私、本当に淫らではしたない女になってしまったの?

 目が覚めた今では、アンナには夢の中のことが忌まわしいものに思える。

 私は、主に見放されてしまった。きっと、これ以上ここには留まって下さらないわ。もしかしたら、もう去ってしまわれたかもしれない。

 肩を落とし、とぼとぼと歩くアンナの顔から、涙が数滴こぼれ落ちていった。

 その日の夕方。

「食事をお持ちしました」

 きっともう主は去っていると思いつつも、一縷の望みを抱いてアンナが主の部屋に食事を持っていくと、予想に反して、主はまだそこにいた。
 いつもやっていたように、皿をテーブルに並べるアンナ。しかし、今日のアンナは主の顔をまともに見ることができない。

「それでは失礼いたします。それと、あの……。今日は本当に申し訳ございませんでした!もう、もう二度とあんなことはいたしません!」

 部屋を出る間際、勇気を振り絞ってそう言うと、アンナは深く頭を下げて部屋を出ていく。

「あれでよろしいのですか?シトリー様?」
 アンナが部屋を出ていった後、姿を現した3人の女悪魔。まず、口を開いたのはメリッサだった。
「うん、あれでいいんだよ。もっと徹底的に心を折らないといい手駒にはならないからね」
 そう答えると、シトリーは口許を歪めて笑う。

 冗談めかして言ったが、メリッサの問いに答えたシトリーの言葉は、ある意味本気だった。
 ずっと信仰に生きてきた人間を堕とすには、それまでのアイデンティティを徹底的に破壊しければならない。その上で、新たな信仰の対象を植え込むことで、その人間は新たに生まれ変わる。それぐらいしなければならないというのがシトリーの見解であった。

 反対に、自分の心が壊れる前に、簡単に信仰を放棄するような人間は、新たな信仰を植え付けてもすぐまた転んでしまうだろう。そんな人間など、手駒にする価値すらない。

 それに、シトリーがあそこでアンナを突き放したのにはふたつの意図があった。
 あの時、そのままアンナを犯していたら、簡単にアンナは快楽に溺れ、堕ちていただろう。
 だが、ただ快楽を貪るだけの牝豚には用がない。シトリーが必要としているのは、当の本人が淫らな存在であり、かつ、他の人間、たとえそれがどんなに自分の身近な存在であっても嬉々として堕落させていく悪魔の手先。アンナにはその素質があるとシトリーは考えていた。

 だから、今日礼拝堂でアンナを突き放した。アンナはいまだ自分の信仰を捨ててはいない。自分が快楽に流されはじめ、快感の淵に堕ちそうになってているのを自覚しながらも、それを恥じ、おのれの行為を悔い改めようとする意識もいまだ強い。そして、快楽を求める自分と、そんな自分を恥じ、後悔し、それでもまた快楽を求めてしまう自分に絶望する心が、アンナをさらに追いつめていくことをシトリーは知っていた。

 そして、アンナを突き放したもうひとつの理由は、それによって、今ここに存在しているシトリーを神であるとより確かにアンナに信じさせること。
 今日のことで、アンナはシトリーを、アンナが見せたような淫らでいかがわしい行為を嫌う高潔で崇高な存在、すなわち、アンナが仕えている神であると改めて感じたであろう。それにより、自分の夢の中で、自分と淫らな行為をしている主は、そういうことをしたいと思っている自分の願望が現れた姿であるとの認識をアンナは強めていく。
 そして、主に見捨てられるという恐怖と、これからも毎晩夢を見続けることによって、それがいけないこととは知りつつも淫らな欲望に溺れてしまう自分への嫌悪感が、アンナをより深い絶望へと追い落としていくことになる。

 だから、今日この一手を打ったことにより、もうアンナは壊れ、堕ちていくばかりとなった。

 もちろん、シトリーはそんなことを目の前の3人には言いはしない。別に言う必要のないことでもあるし。

「うっわ~、シトリーったら悪魔みたい!」
 ククク、と、低い声で笑っているシトリーに、エミリアが茶々を入れる。
「ああ、そうだけどそれが何か?」
「うわわわ!冗談だって!だからそんな絶対零度の視線向けないで!」

 そんな、シトリーとエミリアの掛け合いに、ニーナが割って入る。
「それで、私はどうしましょう、シトリー様?」
「ああ、これからも毎晩夢を見させてやれ。昨日の夜くらい徹底的にな」
 シトリーは、アンナを絶望のどん底へとたたき落とす指令をニーナに命じる。
「はあい、かしこまりました」
 ニーナは、ペロリと唇を舐めて、ニヤリと微笑む。

 そして、シトリーの読み通りに事は進んでいった。

 その夜。

 え?また、この夢を?

 いつものように、光溢れる空間の中に、アンナと主のふたりだけ。

「いや、ダメっ。もうこんなのはダメなの。こんなことをしたらっ」

 この後の展開が嫌というほどにわかっているアンナは、首を横に振りながら後ずさろうとする。
 しかし、夢の中のせいか、体が言うことを聞かない。
 そして、主が、金色の瞳にあの優しく暖かな光を浮かべてアンナに近づいてくる。

「だめえええぇっ、こんな夢はもう嫌なのおおおっ!」

 涙を流してアンナは叫ぶ。しかし、アンナの体は、主を迎え入れるように両腕を開いていた。

 そして、その後は昨夜と同じ。

「んんんっ、ああっ、だめえ、こんなとこしちゃだめえぇ」

 相変わらず涙を流し続けながら、主の肉棒を受け入れて自ら腰を揺すっているアンナ。

「いやああぁ、気持ちいいのだめえぇ。うんっ、はあんっ、ああっ、ダメだけど気持ちいいようぅ」
 泣きじゃくりながら快感を認めはじめているアンナには、もう司祭としての威厳など微塵もない。
 そこにいるのは、ただ、快楽に溺れることを怖れ、怖れながらも快楽を貪っている年頃の少女の姿であった。

「ああっ、私っ、本当にいやらしい女になってしまったの?あんっ、ごめんなさいっ!もう、こんなことはしないって言ったのにいぃ!」
 主への謝罪の言葉を口にしながら、それでもアンナは腰を動かすことをやめない。
 しかも、夢の中の主は、淫らな行為にふけるアンナに、優しく穏やかな視線を向けている。
「もっ、申し訳ありません!こんなっ、あっ、ふああああああっ!」
 アンナの感じている罪悪感と後ろめたさが、かえって倒錯的な快感をもたらし、アンナの動きが次第に激しくなってくる。

「やっ、いやああぁ!気持ちいいっ!気持ちいいですぅ!」

 その倒錯した思いが、さらに激しくアンナを燃え上がらせていき、いつしかアンナは、前の晩よりも激しく腰を振り続けていた。

 翌朝。

「あ、ああ、私、またあんな夢を」
 目が覚めたアンナは、夢の中でまた自分が淫らな行為に溺れてしまったことに打ちひしがれる。

「う、ううう、うう……」

 アンナはシーツを顔に押しつけ、声を殺すようにして泣き続ける。その涙は、しばらく止まりそうもなかった。

* * *

 主は、自分を見放して去ってしまう。
 そんなアンナの危惧にも関わらず、それからも主はアンナのもとに滞在していた。

 アンナは、毎日主の部屋に食事を届ける。
 しかし、アンナはいまだに主の顔をまともに見ることができない。なぜなら、毎夜アンナは主の夢を見続け、夢の中で主と淫らな行為にふける自分を止めることができなかったからだ。

 だが、事は夢だけの問題ではなくなっていた。

「ん、ふあああっ」

 夜、ベッドの中に入ると、アンナは自分の敏感な部分を弄り始める。
 神に仕える司祭としての使命感と義務感、自分がそれを裏切ったという後ろめたさと主への罪悪感、主から見放されてしまうことへの恐怖、そして、毎夜夢の中で体験する快感と恍惚感、さらにはそれを強く求める欲望。それら全てが、少しずつアンナの心を引き裂き、砕いていっていた。

「あっ、あふうっ!ひいっ、ひあああああっ!」
 今では、アンナは寝る前に激しく自慰をするようになっていた。
 罪悪感を振り払うかのように自慰に没頭し、意識が醒めるとかえってそれが罪悪感を深めていく悪循環。そして、自慰によって得られる快感に打ち震え、さらなる快感を求める自分の体。
 それが、アンナの精神を蝕み、狂ったような激しい自慰へと向かわせる。

 実際には、その体はいまだ男を知らず、清らかなままのはずであるのに、その秘所に指を入れて淫らな行為にふけるアンナ。その裂け目からは、噴き出すようにいやらしい液が溢れ、シーツを濡らしていく。
 シトリーの打った布石は、アンナを清い体のまま、肉欲に溺れ、快楽を求めて身を焦がす淫乱な牝へと変えていっていた。

「あああっ、欲しいっ!あのお方のが欲しいのおおっ!」
 主の肉棒を求めながら、アンナは自分の裂け目に入れた指を激しく動かす。

 そして、アンナの部屋の前では。

 ドアに耳を当て、自慰を行うアンナの嬌声に耳を傾けるシトリーの姿。

「フフフッ」

 しばらくアンナの様子を窺った後、満足げに笑うと、シトリーは自分の部屋に戻っていった。

* * *

 そして、その日、アンナはとうとう自分の部屋から出ることができなくなった。

 ああ、私、もう神に仕える者ではいられない。毎晩、自分であんないやらしいことをして、夢の中でもいやらしいことをして。こんな自分には神に仕える資格なんてない。

 ベッドの上で膝を抱え、体を小さく震わせているアンナ。その、濃緑の瞳は、その濃く暗い色よりもさらに昏く深く沈んでいる。
 その姿は、村人の信頼を集める若き女司祭のものではなく、絶望感に打ちひしがれ、迫り来る破滅の気配に怖れおののくか弱い少女そのものであった。

 でも、神に仕える資格がないことを認めると、あのお方に完全に見放されてしまう。嫌、それは絶対に嫌。

 もうすでに自分は神に蔑まれている女だ。それでもなお、いやらしい行為を続けている自分には間違いなく神に仕える資格はないと思う。しかし、今まで信仰に生きてきたアンナには、神の他にすがるものはない。それ以外の生き方など考えられない。その全てを、今、自分は失おうとしている。

 もう、アンナの心は限界に達しようとしていた。

 その時、アンナの部屋のドアをノックする音が聞こえ、アンナはビクッと体を震わせる。
 今、この司祭館の中で、アンナの部屋をノックする者はひとりしかいない。

 きっと、あのお方が去ってしまうのだわ。

 直感的に、アンナはそう思う。
 だから、できればそのドアを開けたくない。でも、開けないわけにはいかない。

 アンナは、足取りも重く、入り口に向かう。

「あ、申し訳ございません、今日は朝食もまだ……。あ?」
 ドアを開け、精一杯元気そうな声を出して頭を下げたアンナの頬に柔らな手が触れる。
 思わずアンナが顔を上げると、主は、アンナの意に相違して穏やかな笑みを湛えていた。

「ずいぶんやつれたね、アンナ」
 主は、そう言うと心配そうに首を傾げる。
「いえ、そ、そんな」
「すまない、アンナ。君が僕のことをそんなに想っているとは思わなかった。君をそんなになるまで苦しめてしまって」
 自分にかけられる、主の暖かい言葉に、アンナの涙腺が緩みそうになる。
「そこまで僕のことを想ってくれるのなら、僕もそれに応えないといけないね」
「え?んんっ!」
 思いがけない主の言葉に目を見張るアンナの口を、主の柔らかい唇が塞ぐ。

「んっ、んふ」
 反射的に、主の口に舌を入れてしまうアンナ。しかし、主の金色の瞳は穏やかな笑みを浮かべたままだ。
「あふっ、んむ!」
 主の舌に自分の舌を絡めるアンナの瞳から涙が溢れてくる。そして、アンナは主の頭を掻き抱くと、より激しく舌を動かし、口を吸う。
「ん、ぷふぁあ」
 長い接吻を終え、絡めた舌を解くと、アンナが切なげな吐息を漏らす。

「お願いがあるんだけど、アンナ、この後は君がやってくれないか」
 そう言うと、主が困ったような表情を浮かべる。

 そうだわ。このお方はあんな淫らではしたないことのやり方なんて知っているはずがないもの。私がやってあげないといけないんだわ。

 アンナは、そう理解すると、泣き笑いのような顔で頷き、主の服を脱がせ、そして自分の服を脱いでいく。
 しかし、露わになった主のものは、夢の中でのそれとは違って、逞しく立ち上がってはいなかった。

 困ったわ。どうやったらいいのかしら?

 それを大きくする術がわからず、アンナは途方に暮れたまま、主のものを手に取る。そのまま、それをさすり、軽く握ってみる。
 すると、少しだけだがそれが膨らんだのにアンナは気付いた。

 ああ、これでいいのね!

 アンナは嬉しくなって主のそれを握り、その手を動かしていく。

「ああ、んはあ」

 主のものを握り、扱いているアンナの口から甘く悩ましげな息が漏れる。
 そのうち、アンナの手の動きに合わせるように、少しずつそれは大きくなっていく。そして、自分の手の中にあるそれを見続けているうちに、アンナの中にそれにしゃぶりつきたい衝動がわき上がってきた。

「んふ、んちゅ」
 アンナが、手の中からはみ出たそれの先に舌を伸ばすと、ビクッ、という振動がアンナの手に伝わってきた。
「くちゅ、ぴちゃ、あふ」
 舌を伸ばしてアンナがしゃぶっていると、見る見るうちに、アンナの手からはみ出している部分が大きくなっていく。
「あふ、あむ、んん」
 思わずそれを咥え込んだアンナが見上げると、主は穏やかな笑みを浮かべてアンナを見下ろしていた。
「んむ、んふ、ぴちゃ、あふう」
 主のそれを握った手を動かしながら、口の中で舌を動かすうちに、アンナの口に収まりきらないほどにそれは大きくなった。
「んふう。あ、ああ」
 アンナが、口を離して眺めると、主のそれは夢の中で見慣れた屹立する肉棒になっていた。

「さあ、こちらへ」
 アンナは立ち上がると、笑顔を浮かべて主の手を取り、ベッドへと誘う。
 彼女自身は気付いていないが、今までの行為でアンナの股間からは、床に滴るほどに蜜が溢れてきていた。

 そして、アンナは主をベッドに仰向けに寝かせると、その上に跨るようにして膝立ちになる。

「では、よろしいですか?」
 肉棒を握り、自分の秘所に宛うと、アンナは主の様子を窺う。
「ああ、いいよ、アンナ」
 主は、微笑みながら頷く。

 アンナも、笑顔で頷くと、ゆっくりと腰を沈めていく。

「はうっ!うううううっ!」
 微かな抵抗の跡を残して、アンナの体が初めて男を迎え入れる。しかし、これまでの、夢の中での行為と、このところ毎夜行っていた自慰によって開発されたアンナの体には、その痛みなどささやかなものでしかなかった。

「あああっ、すばらしいっ、です!」
 主を受け入れた瞬間、恍惚として顔を仰け反らせると、アンナはすぐに腰を動かしはじめる。
 実際、現実に主の肉棒を体の中に招き入れたときの快感は、夢の中のそれ以上のようにアンナには感じられた。

「んっ、はあっ、いいっ、気持ちいいですっ!あっ、ふあああっ!」
 無我夢中で腰を動かし、主の肉棒の感触を味わうアンナ。
「ああっ、すごいっ!こんなにっ、気持ちいいなんてっ!」
 主の腹に手をついてを揺すりながら、アンナは歓喜の声をあげる。
「んふうっ、あっ、ふあっ、んあああああっ!」
 アンナの手が、主の手を取って自分の胸に当てると、その快感にアンナの声が跳ね上がる。
「ああっ、はあっ、んふうっ、うんん!」
 夢で何度も経験した通りに、アンナは淫らに腰をくねらせ、体を上下に動かしていく。
 その顔は完全に蕩け、淫らな欲望が満たされた喜びに溢れていた。
「ああっ、素晴らしいです!主よ!我が主よ!はあん!」
 主を称えながら腰を動かすアンナの顔はすでに淫欲に緩み、神に仕える司祭ではなく、淫乱な娼婦のそれになっていた。
「主よ!我が仕えし神よ!ありがとうございます!んんんっ!」
 主への感謝の言葉を述べながら、アンナが主の肉棒を貪っていたその時。

「ごめんアンナ。僕は君の主じゃないんだ」

 主の口から出たその言葉。その意味を、アンナはすぐには理解できなかった。

「え?」
 アンナの腰の動きが止まり、怪訝そうな表情を主に向ける。

「すまない。僕の名はシトリー。君が仕えている神なんかじゃない。悪魔なんだ」
 今まで、主だと思っていた人物の口から出てきた信じ難い言葉。

「あ、く、ま?」

 その言葉に目を見張り、ゆっくりと呟くアンナ。
 アンナは混乱して、そのまましばらく呆けたように口を開けていた。

 この方は、悪魔?だったら、私は、今まで夢の中で悪魔と交わっていたというの?

 いきなり目の前に突きつけられた事実に、大きく見開いたアンナの瞳が震え始める。

 私は毎晩悪魔と交わり、その身の回りのお世話をして、仕えてきたっていうの?そんな、そんなこと。

 精神の動揺に、アンナの視線が泳ぐ。しかし、それも僅かな時間のことだった。

 ああ、でも……。
 でも、この方はこんなに優しくて、私の想いに応えてくれた。だったら、それでもいいのかもしれない。そもそも、こんなにいやらしい私なんか、初めから神に仕えるべき人間ではなかったのかもしれないわ。

 アンナの思考は、次第に目の前の悪魔を認め、それに仕えることを肯定する方向に流れていく。
 それが、そうなるように仕組まれたことだと考えるだけの理性は、もはやアンナには残されてはいなかった。

 私は、本来悪魔に仕えるべき人間だったんだわ。だって、こうして、この方のものを体の中に入れているだけでこんなに気持ちいいんですもの。だったら!

 いま、自分の体の中に収まっている悪魔の肉棒。それだけで、アンナの体は、痺れるような快感に満たされていき、それをもっと強く感じたくて、アンナの腰は再び、ゆっくりとだが、力強く動きはじめる。

「アンナ?」
「いいのっ!」
 シトリーの言葉を遮るようにして、アンナが叫ぶ。そして、吹っ切れたようにアンナは大きく腰を動かしていく。
「だって、こんなに気持ちいいんですもの!私には神に仕える資格なんてない!こんなにいやらしい私は、悪魔に仕える方が相応しいの!」
 そして、パンッパンッと打ち付ける音がするほどに腰を強く上下に動かし続ける。
「いいかい、アンナ。悪魔に仕えるということは、人から、清く正しい心を失わせることに荷担するということだよ」
「あんっ!かっ、構わないわっ!だって、こんなに淫らな私に清く正しい心があるわけないもの!そんな私はっ、人を清く正しい方に導くのよりもっ、それを失わせるよう努めるべきなんだわ!」
「それはつまり、人を欲望のままに行動する獣みたいにすることなんだよ」
「んんっ!それは、今私がしていることでしょ!?だったら、こんな素晴らしいことっ!もっと沢山の人に広めるべきよっ!だからっ、私はそのために尽くすわ!」
 アンナは激しく腰を揺すりながら、シトリーの言葉を受け入れ、背徳の誓いを立てていく。その、濃い緑の瞳は、欲望が満たされる喜びに妖しく輝いていた。

「クッ、クククッ!よく言った、アンナ。それでこそ僕の下僕になるべき人間だ!さあ、これがそのご褒美だ!」
 シトリーの口許が醜く歪み、今までとうって代わった口調でそう言うと、下から強くアンナを突き上げる。
「あっ、んはああああっ!」
 アンナは、恥骨弓にゴツンと響くほどの衝撃に悲鳴を上げる。肉棒が、自分の体を脳天まで貫いた、と、アンナにはそう思えた。だがそれは、苦痛ではなく、アンナはむしろ嬉しそうな表情を浮かべる。
「あっ、がっ、あうっ、かはっ!」
 下から激しく突き上げられる動きに、アンナは息継ぎすらできず、次第にその声が苦しげになっていく。
 シトリーが腰を突き上げる度に骨まで響く衝撃が、その肉棒を自分の奥深く受け入れる快感を脳に直接叩きつけていくようで、アンナはもう他のことを考えることができない。
 アンナの心も体も、ただ快感だけに埋め尽くされ、見開いた瞳はぼやけ、焦点が合っていない。

「さあ、アンナ、君は今からこの僕、シトリーの下僕になるんだ」
「は、はい゛い゛い゛っ!わっ、わらひはっ!ひろりーひゃふぁのっ、げぼぐになりひゃふぅ!」
 もう、考えてすらいないのだろうか。シトリーの言葉に反射的に答えるアンナの呂律は回らず、言葉の体を成していない。

「よし、じゃあ、その証をくれてやろう!」
「ふぁ!ふぁいいっ!ひゃあああああああっ!」
 シトリーが、アンナの腰を掴み、肉棒を深く突き入れると、アンナの体の中で何かが弾ける。それは、夢の中で何度も感じたもの。
 だが、実際に体感したその刺激は、夢の中で感じたそれよりもはるかに熱く、はるかに強烈で、アンナの視界は、一瞬にして夢の中のような眩しい光に包まれる。

「ふああぁ、あああぁぁ……」

 アンナの心は、祝福されたような幸福感に満たされていく。もちろん、アンナ自身、その祝福が神によるものではなく、悪魔によるものであることはわかっていた。
 そのまま、アンナの意識は眩いばかりの闇の中へと堕ちていった。

* * *

 それからも、アンナは毎日シトリーと交わり続けた。
 ただ、それまでと違うのはそれが夢の中のことではなくて、現実のものであったということだが。

「フフッ、いい姿じゃないか、アンナ。とても神に仕えていた女とは思えないな」

 床に跪いて、肉棒にしゃぶりついているアンナを見下ろしながらシトリーが揶揄するように言う。

「ん、あふ、何を仰るんですかシトリー様。私がお仕えしているのは、初めからシトリー様だけです。んふ、あむ」
 いったん肉棒から口を離し、アンナは濃緑の瞳を潤ませてシトリーを見上げると、そう答えた後に再び肉棒を咥え込む。

 ふ、完全に仕上がったな。

 一心不乱に肉棒をしゃぶっているアンナの姿を眺めながら、シトリーは胸の内でほくそ笑む。
 3日前に同じことを言ったときには、恥じらいと後ろめたさのない交ぜになった表情で、「そんなこと仰らないで下さい」などと言っていたのに、今のアンナには仕える相手を神から悪魔に変えたことへの後ろめたさは微塵も見られない。

「よし、アンナ。君に力を与えてあげよう」
「んちゅ、ちゅる、え?シトリー様?」
 シトリーの言葉に、咥えていた肉棒を離し、怪訝そうな表情でアンナが見上げる。
 それには言葉を返さずに、シトリーはアンナの額に指を当てる。
 この数日、アンナの膣から、そして口から注ぎ続けたシトリーの精。その、悪魔の気は、アンナの体中に染み渡り、それこそ細胞のひとつひとつにまで染み込んでいる。
 シトリーは、アンナの中にある、悪魔の気に意識を集中させ、それをアンナの脳の一点に集めていく。

「え!?あっ、あああああっ!」
 自分の脳が溶けそうなくらいの熱を感じてアンナは悲鳴を上げる。
「ひああっ!あああーっ!」
 アンナはその感覚がさらに熱くなっていくような気がして、シトリーにしがみつく。そして、アンナの目の前で火花が散った。
「ひっ、ひあっ!」
「よし、完了だ」
 床にへたり込んでしまったアンナに、シトリーが冷静な声で言う。

「あ、あう、し、シトリー様?」
「いいかい、アンナ。これで、君を信頼している人間に対して、君の声はその魂の奥深くまで届くようになった。だから、その相手は君の言葉を信じ、その言葉の通りに行動するようになるだろう」
「私の、言葉通りに?」
「ああ、まあ、その力は君のことを深く信頼している相手にしか通用しないがね。そこで、その力の練習がてら、君に命令だ。その力を使って、ここの村人全員を肉欲の虜にして、この村を背徳の村にするんだ」
 シトリーが、冷ややかな光をその瞳に浮かべてアンナに命令を下す。
「村人、全員を……。はい、かしこまりした、シトリー様」
 しばし考えた後、一礼して微笑んだアンナの口許は淫靡に歪み、その瞳にはシトリーと同じ冷たい光が宿っていた。

「ああ、それとアンナ。君の仲間を紹介しよう」
 シトリーがそう言うのと同時に、3人の女がアンナの前に姿を現す。

「ハーイ、私はエミリア。よろしくね~、アンナちゃん」
 黒髪の間から、猫のような三角形の耳をのぞかせた女がにこやかに手を振る。
「私の名前はニーナよ。よろしく、アンナちゃん。どうもごちそうさまでした」
 ローズピンクの髪の女が、アンナには意味がわからない、なにやら思わせぶりな言葉とともに微笑む。彼女の背中には、蝙蝠のような翼が生えていた。
「私はメリッサと言います。よろしくお願いしますわね、アンナさん」
 エメラルドグリーンの、床に届く程長い髪の女がアンナの方を向いて丁寧に頭を下げる。

「こいつらも君と同じ僕の下僕だ。もっとも、君と違ってみんな悪魔だけどね」
 ベッドに腰掛けながら、どこか楽しげにシトリーが言う。

「あ、よろしくお願いします。え?」
 戸惑った様子で、3人に挨拶するアンナ。そのアンナの腕を、両脇からエミリアとニーナが抱える。
「じゃ、今日はこれからアンナちゃんの歓迎パーティーということで」
 ニヤニヤしながらアンナをシトリーの方に連れていこうとするエミリア。
「ああ、ちょっと待った。メリッサ、エミリアと代わってくれ」
「はい?かしこまりました」
 シトリーの命令に、メリッサが首を傾げながらエミリアとポジションを交替する。

「え?なに、シトリー?」
「おまえはおあずけ」
 ベッドの上で、仰向けに寝転びながら、シトリーがあっさりと言う。
「なっ、なんでー!?」
「この間、退屈しのぎに、わざとだだをこねただろ。だからお仕置き」
「そ、そんなぁ!」
「さあ、ニーナ、メリッサ、いいぞ」
 不平そうな顔のエミリアは無視して、シトリーがニーナとメリッサを促す。

「はーい、かしこまりました、シトリー様。さあ、アンナちゃん、こっちにどうぞ~」
 ニーナが舌なめずりをしながら、アンナをシトリーの方に連れていく。
「え?あっ、ああ」
 ふたりの女悪魔に抱えられるようにしてベッドの上に乗せられたアンナの目の前には、ついさっきまでアンナ自身がしゃぶりついていたシトリーの肉棒がそそり立っている。
「さあ、アンナさん。よろしくてよ」
 アンナをシトリーに跨がせるようにすると、メリッサが妖艶に微笑みながらアンナに頷きかける。
「は、はい」
 自分の両脇を抱えるふたりの女悪魔の交互に見ながら、アンナは腰を沈めていく。すると、もうすっかりアンナの体になじんだ快感とともに、シトリーの肉棒が、アンナの裂け目からその肉を掻き分けて入り込んでくる。

「んくう、くはあああぁ」
 体を小さく震わせて、噛みしめるように主人の肉棒の感覚を確かめるアンナ。
「あら、可愛らしいじゃないアンナちゃん」
 そう言うと、ニーナが舌を伸ばしてアンナの首筋をペロッと舐める。すろと、アンナの体がビクッと大きく震えた。
「あっ、ふあああっ!」
「ほら、夢の中みたいにもっと激しくしてもいいのよ」
 ニーナが囁きながらアンナのうなじや耳を舐め回す。
「そう、ニーナの言うとおりですよ、アンナさん。ん、ちゅ」
「んあっ、ひああああっ!あううっ!」
 メリッサが、アンナの乳首に吸いつくと、アンナの体は跳ね上がり、その反動でシトリーの肉棒を強く体の中に食い込ませる。
 それでスイッチが入ったのか、アンナの腰が大きく揺れ始める。
「んふうっ!ああっ、気持ちっ、いいですうううぅっ!」
「そうそう、やっぱりアンナちゃんはそうじゃないとね」
「ふふっ、アンナさんのこの金色の髪、シトリー様の瞳と同じ色。私、妬いちゃいますわ」
 ふたりの女悪魔に愛撫されながら、アンナは仕える主人の肉棒を貪欲に求め続ける。

「ねえ、シトリー。ごめん、謝るから、もう許してぇ」
 アンナの嬌態に当てられたのか、ももを摺り合わせるようにしながらエミリアが這い寄ってくる。
「本当にごめん。このとおり!だから、ね、シトリー?」
 いつもの軽口はどこへいったのか、何度も詫びの言葉を口にしながら媚びるような視線を投げかけるエミリア。
「ふん、仕方ないな。じゃあ、こっちへ上がって来るんだ」
「うん!あっ、ひゃあん!」
 表情を輝かせてベッドに上がったエミリアの股間に、シトリーが手を伸ばす。
「さあ、どんどん感じて」
「ひっ、ひああああああっ!」
 シトリーの言葉ひとつで、感度が際限なく上がるようになっている秘裂のせいで、エミリアはシトリーの指が入ってきただけで一気に絶頂間際までもっていかれる。
「とりあえず、1回イっちゃおうか」
「ひゃあっ、くああああああああっ!」
 絶叫とともに、エミリアは派手に潮を噴きながら絶頂に達する。その間、僅かに30秒ほど。
「とりあえず、罰として指と言葉だけでイカせまくってやるからな」
「そっ、そんな!ひど…ふあっ、ふあああああっ!」
 シトリーに抗議しようとしたエミリアの体が再び大きく震える。
「気絶しても容赦しないよ」
「やっ!そんなっ!ああっ、あふ、ん、んあああああああっ!」
 早くも、エミリアの瞳から光が失せていく。その股間からは、シトリーが指を動かすたびに、止めどなく蜜が溢れていた。

「あんっ!はうっ、ああっ!すごいですっ、シトリー様!」
 一方で、シトリーの腰の上では、アンナが恍惚とした表情で涎を垂らしながら腰をくねらせ続けている。
「ひぎいぃ!ふあ、はうううぅ!」 
 アンナの嬌声に、言葉にならないエミリアの喘ぎ声が混じる。

 その晩、司祭館から、淫らに喘ぐ女の嬌声が途絶えることはなかった。

* * *

 シトリーの下僕になってからの、アンナの仕事ぶりは見事だった。

 おそらく、神に仕える者にはふたつの素質が必要なのであろう。 
 ひとつは、おのれが仕える存在を、何の疑いもなく盲信できること。そして、もうひとつは、おのれの信じるものを他人にも信じさせる才能。
 およそ、カリスマ性などというものは、この際それ程必要ではない。自らが宗教を開くのならともかく、神に仕える者は、おのれが信じ、仕える存在のカリスマを借りればよいだけなのだから。

 その点で、アンナには確かに神に仕える者としての素質はあったのだろう。もっとも、今となっては、その仕える相手が神ではなくて悪魔であるという違いはあるが。

 アンナは、僅かの間に村の人たちを惑わし、肉欲の虜へと堕としていった。
 もちろん、シトリーに与えられた能力もそれに大きく寄与したのではあるが、なにより、すでにアンナが村人の完全な信頼を得ていたことも大きい。それは、アンナ自身の人柄と弁舌の才の賜物であった。
 そして、今では、アンナは完全に悪魔としてのシトリーに心酔し、盲目的に崇拝している。そして、自分は悪魔に仕えるために生まれてきたのだと信じ切っていた。
 悪魔の使徒として、村人たちを堕落させるのに、アンナには何のためらいもなかった。

 やがて、冬が来る頃には、毎週教会でアンナの指導のもと開かれるのは、神に捧げるミサではなく、淫らな肉欲の宴となっていた。

 その日も、キエーザの村では雪に閉ざされた教会の中、悪魔に捧げる淫靡な黒ミサが開かれていた。
「いかがですか?シトリー様のお命じになられた通り、もう村人の全員が肉欲の虜となっております」
 アンナが、シトリーに向かって妖しく微笑む。かつては清冽な光を宿していたその濃緑の瞳は、今や、シトリーと同様冷徹な色を浮かべ、自分が仕える主人を眺めて淫猥に緩んでいた。
 アンナが着ているのは、かつての司祭衣ではなく、申し訳程度に胸と秘所を隠すだけの布しかない扇情的なもの。それすらも、透けて見えるほどに薄い生地でできていた。その姿は、さながら夜の街に立つ娼婦か、異国の踊り子のようであった。
「うん、上出来だよ、アンナ」
 階下で繰り広げられている乱交の狂宴を眺めながら、シトリーが満足げに頷く。 
「あ、シトリー様。ん、うふん」
 しなだれかかってきたアンナの胸元をはだけて乳房を掴むと、その口から甘い声が漏れ、薄暗い建物の中でも、その顔が上気しているのがわかる。
「あ、ああ、シトリー様」

 アンナが、潤んだ瞳でシトリーに足を絡めようとしたその時。

「おとなしくしろ!この汚らわしい邪教徒どもが!」
 大音声とともに入り口の戸が開くと、十数人の騎士が教会の中に飛び込んできた。
 
 階下では、それまで乱交にふけっていた村人たちのざわめく声が広がる。早くも、数十人の男たちが武器になりそうな物を手にとって立ち上がっていた。
 騎士たちも、密集隊形に陣を組む。

「邪教徒が、手向かう気か!?」

 その先頭に立っているのは、吹き込んでくる冷たい風に栗色の髪を靡かせ、黒い瞳を使命感に燃え上がらせた凛々しい女騎士の姿。

「あれは?エル!?」

 その女騎士の姿を見て、シトリーの腕の中でアンナが驚いたような声をあげた。

< 続く >

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