最期のプレゼント

「リサ?おい、リサ……いないのか?」
「いえ、わたしはここにおります、トモキ様」

 智樹が呼ぶと、キッチンの方から声が聞こえた。

「なんだ、こんな所にいたのか?」
「はい、お茶を淹れようと思いまして。いかがなさいました、トモキ様?」

 キッチンの中を覗き込むと、ティーポットを持ったメイドが微笑みながら振り向いた。
 長い髪の先に紫色のリボンを結んでまとめた、黒のメイド服に身を包んだ細面の美人だ。

「いや、ちょっと、ね。リサの姿が見えなかったから」
「申し訳ございません、トモキ様。3時になるのでお茶の時間にしようかと思いまして」
「そうだったのか」
「はい。茶葉はトモキ様の好きなニルギリスですよ。……あんっ、トモキ様!」

 メイドの背後から智樹が抱きしめると、リサは身をすくめてティーポットを置く。

「あ……トモキ様……」

 メイド服の上からそっと胸を揉まれて、リサが体を震わせた。

 その肩越しからでも、堪えかねたような熱い吐息が漏れるのを智樹は感じていた。
 服の上からでもそれとわかるくらいに固く勃った乳首を指先でなぞると、その頭がビクッと跳ねた。

「はんっ、んんっ……とっ、トモキ様……そこはっ!」

 バン、と両手を流し台についたリサの首筋に舌を這わせる。

「ああっ、トモキ様っ!……お茶が……お茶が冷めてしまいます……ああんっ!」
「かまわないさ」
「はあんっ、んんっ!」

 主人の愛撫に、甘い声をあげて身体を悶えさせている美しいメイド。
 その反応に、智樹は満足げな笑みを浮かべる。

 両親の遺してくれたこの家で、彼はこのメイドと暮らしていた。
 やはり親から相続した賃貸ガレージからの収入で、悠々自適の生活を送ることができていた。
 とはいえ、彼の家はメイドが必要なほどの大きな屋敷ではなかったし、彼女も以前からこの家に仕えていたわけではなかった。

 彼女、リサは、ただこの家の家事を切り盛りし、智樹の身の回りの世話をするだけのメイドではなかった。
 こうやって、自分の体を使って智樹に奉仕もする。
 普通のメイドならそんなことはしない。
 それなのに彼女は……。

 その理由は、催眠術。
 彼女は、智樹が催眠術を使って自分の言いなりの奴隷にしているのだ。

 そう、こんな風に。

「リサ、”おまえの牝を解き放つんだ”」
「ああっ!」

 智樹の言葉に、一瞬、リサの動きが止まった。

「こっちを向くんだ、リサ」
「……はい」

 言われるままに振り向いたリサは、うっとりと緩んだ表情で、熱を帯びて潤んだ視線を智樹に向けていた。

「おまえは僕のなんなんだい、リサ?」
「はい、わたしはトモキ様にお仕えする、いやらしい牝です。……あふ、んむ」

 そう答えると、リサは智樹が差し出した指にしゃぶりつき、ねっとりと舌を絡めてきた。

「うん、いい返事だ。よし、ご褒美をやろう」
「んむ、ちゅば……ご褒美、ですか?」
「そうだ。ミルクを飲ませて欲しくないか、リサ?」
「あ…ああ……欲しい…欲しいです。トモキ様のミルク、どうかわたしに飲ませてください」

 まるで、主人に甘える子犬のような目をしたリサが、熱心にねだる。

「いいだろう。じゃあ、自分で搾り取ってみせろ」
「ありがとうございます。……それでは」

 リサは、トモキの足許に膝をつくと、ズボンのファスナーを降ろして肉棒を引っぱり出した。
 そして、それにそっと口を近づけていく。

「ちゅ……ん…あふ……んむ……れろ…ぴちゃ」

 一度、その先に愛おしそうにキスをした後、ゆっくりと肉棒に舌を伸ばして美味しそうに舐め始める。

 牝奴隷状態のリサにとって、”ミルクを飲む”とは、智樹の精液を飲むこと。
 つまり、フェラチオをすることだった。
 それは、リサを奴隷にしたかなり初めの頃に仕込んだ暗示だった。

「ぴちゃ、れるっ、んふ、ちゅ、ちゅるっ……ん、んむ、じゅっ、じゅぼ」

 ピチャピチャと、子犬がミルクを舐めるような音を立ててしゃぶっていたかと思うと、リサは膨れ上がった肉棒を口に含む。
 時々、潤んだ瞳で上目づかいに智樹の顔を見上げては、口の中で転がすように肉棒に舌を絡めてくる。
 暖かくて湿ったものが肉棒に絡みつく感触の心地よさに思わず智樹も声を出しそうになるが、それを堪えて笑みを浮かべたままリサを見下ろしている。

「んふ、えろっ、れるっ……んふ、あふ、ん、こんなに大きくなって……れろ、じゅるる」

 今度は、横から竿に舌を伸ばしながら、袋を指で包み込むようにして刺激してきた。

「じゅぼっ、ちゅぼっ、んっ、んふっ……あふう…ああ、トモキ様の大きくて熱くて…ちゅ…おいしいです。熱くて美味しいミルク、早く…わたしに飲ませてください。……えろ、あむ、じゅむっ、しゅぽっ、んくっ、ちゅぽっ」

 いったん口を離して、トロンと蕩けた笑みを浮かべると、口をすぼめて肉棒を扱き、”ミルク”を搾り取りにかかる。

「じゅぽっ、ちゅぽっ、んくっ、しゅぼっ、じゅぼっ、んぐっ、しゅぼっ!」

 音を立てて肉棒を吸いながら、大きく頭を振るリサ。
 その刺激に、智樹も限界に達する。

「んぽっ、んぐっ、んぐぐっ!」

 智樹がリサの口の中に射精すると、リサはそれを一滴もこぼすまいとしっかりと肉棒を咥えこむ。

「ぐぐっ、んむむむっ!……ぷふぁ……んふ、ああ、ほんなに、いっふぁい……ん、こくっ」

 うっとりとした表情で、一度、口を大きく開けて中の白濁液を見せると、リサはゴクリと喉を鳴らしてそれを飲み込んだ。

「トモキ様のミルク、本当に濃くて美味しいです」

 そういって見上げてくるその頭を智樹が撫でてやると、リサは嬉しそうに微笑みを返してくる。

 窓からは傾いた夕日が射し込みはじめ、流し台の上では、放置されてすっかり冷めた紅茶の入ったポットが長い影を落としていた。

* * *

 そして、夜になると……。

「ああっ、あんっ、イイッ、イイですっ、トモキ様ああぁ!」

 ベッドの上で智樹の上に跨って腰をくねらせているリサ。
 もちろん、毎晩こうやって智樹の相手をするのも彼女の務めだ。

「ああっ、トモキ様のがすごくてっ、わたしっ、わたしっ、ああああっ!」

 さっきから、軽くイっているのか、腰を前後にくねらせながらその体がビクビクと震えている。

「ああっ、ふああああっ!わたしっ、わたしいいいっ!」
「なんだ、もうイキそうなのか、リサ?」
「はいいっ、トモキ様のが大きくてっ、気持ちよくてっ、わたしっ、ふああっ!」
「僕はまだイキそうにはないんだけどな。奴隷のおまえの方が先にイってしまうというのか?」
「ああっ、もっ、申し訳ございませんっ!でもっ、でもっ!ああああっ!」
「おまえは俺のなんだ?言ってみろ」
「はっ、はいいっ!わたしはっ、トモキ様にお仕えするっ、あんっ、いやらしいっ、牝ですうううっ!」

 今にもイキそうに喘ぎながらも、なんとかリサはそう返事をする。
 そこに、智樹が冷静に言い放つ。

「だったら、その、”おまえの牝を解き放つんだ”、リサ」
「あっ、あああっ!」

 一瞬、リサが体をビクリと震わせた。
 そして、次の瞬間それまでよりも激しく体をくねらせはじめる。
 同時に、リサのアソコの締まりが急にきつくなって、肉棒に食らいついてきた。

「くあああああっ!ああっ、トモキ様っ!」
「くうっ!そ、そうだっ、いいぞっ、リサ」
「はいいいっ!どうかっ、わたしのいやらしい体でっ、トモキ様もいっぱい気持ちよくなってくださいいいっ!ああっ、あんっ、はああっ!」

 長い髪を振り乱して、リサのその細身の体が踊るように智樹の上で跳ねる。
 そのたびに、リサのそこが肉棒をきつく締めつけながら扱くように動いていく。

「んはあああっ!まっ、またアソコの中でトモキ様のが大きくなって!あんっ、ああんっ、んくううううっ!」
「ああっ、その調子だっ、リサ!」
「はいいっ!ああっ、トモキ様もっ、気持ちよろしいんですねっ!ああっ、ドクンドクンとしてっ、あうっ、大きいっ、奥までっ、当たってますうううっ!」

 そのリズミカルな動きとともにもたらされる刺激に、智樹もどんどん高ぶっていっていた。

「くうっ、リ、リサ!」
「あううんっ!トモキ様のがっ、中でっ、震えてますっ!どっ、どうぞっ、出してくださいっ!いやらしいっ、リサの中にっ!あっ、あんっ、んっ、んっ、んっ、んんっ、ああっ!」

 智樹の高ぶりを感じ取ったのか、リサは腰を動かすリズムをどんどん速めていく。

「も、もうイキそうだっ、リサッ!」
「ああっ、わたしの中っ、トモキ様でいっぱいでっ!あんっ、はあんっ、わたしもっ、イってしまいますっ、あんっ、ああっ、トモキ様あああああっ!」
「ああっ、リサッ!」
「ふああああああっ、出てますっ、トモキ様の熱いのがっ、いっぱいっ!」

 限界に達した智樹がリサの中に精を放つと、リサも腰を深く沈めてそれを受けとめる。

「ああああっ、わたしの中っ、トモキ様の精液で満たされてっ、あううっ、あっ、わたしっ、もうっ、イクッ、イッてしまいますううううううううううっ!」

 そのままリサも絶頂に達すると、きゅっと反らせて強ばった体いっぱいで締めつけるようにアソコで肉棒を咥え込み、最後の一滴まで精液を搾り取っていく。
 しばらくその姿勢で体を硬直させた後、ぐったりと智樹の上に体を倒してきた。

「ふああ……あっ、ああっ……くうう、く、くふ、くっ……」

 その時、自分の上で体を伏せているリサが、小さく肩を震わせているのに智樹は気づいた。

「どうした?……泣いているのか、リサ?」
「は、はいいぃ……とても気持ちよくて…こんなにトモキ様に愛されて、本当に幸せで、涙が出てきてしまいました……」

 顔を上げたリサは、涙を流しながらトロンとした笑みを浮かべる。

「ふ、バカなやつだな、気持ちよすぎて泣くなんて」
「申し訳ございません。でも、本当に気持ちよくて……」
「おまえも初めて会った頃に比べたら本当にいやらしく……ん?」
「どうかなさいましたか?トモキ様?」
「い、いや……おまえと初めて会ったのは……たしか……」

 智樹は、自分がリサと会ったときのことをどうしても思い出せない自分がいるのに気づいた。

「いやだ。トモキ様ったら、わたしと初めて会ったときのことを忘れてしまったんですか?」

 考え込んでいると、リサが拗ねたように抱きついてきた。

「いや、ちょっと……。だいいち、おまえは覚えているのか?」
「そんなの当たり前ですわ……あ、あら?」

 即座に答えようとしたリサの言葉が途切れた。
 そのまま訝しげに首を傾げている。

 それも当然のはずだ。
 リサは自分が催眠術をかけて奴隷にしたのだから。
 それ以前のことを覚えているわけがなかった。

 ……でも、それならどうして自分はリサと会ったときのことを、リサを奴隷にしたときのことを思い出せないんだ?

 智樹が考え込んでいると、リサのすまなさそうな声がした。

「申し訳ございません、トモキ様……」
「あ、ああ、いいんだよ、リサ」
「しかし……」
「本当に気にしなくていいんだ」
「あ、ありがとうございます」

 智樹が優しく撫でてやると、リサは泣きそうな、それでいて嬉しそうな表情を見せる。

 ……ええっと、僕はどこでリサと会ったんだっけ?

 なおも考え込んでいると、リサの細い指がそっと肩から首にかけて触る感触がした。

「ん?リサ?」
「トモキ様、難しい顔をなさって……。きっと、疲れが溜まっていらっしゃるんですよ」
「ん?そうかな……」
「ええ、きっとそうですよ。わたしがマッサージしてさしあげますね。疲れがとれたら、きっとわたしと会ったときのことも思い出しますよ」
「あ、ああ……」

 そんなわけでもないだろうとは思ったが、智樹はリサのマッサージに身を任せる。
 リサの手が、繊細なタッチで、愛おしむように優しく智樹の体をほぐしていく。

「どうですか、気持ちがよろしいですか、トモキ様?」
「ああ」

 生返事を返しながら、もう智樹はうとうとし始めていた。
 たしかに、リサのマッサージはそのくらい気持ちが良かった。

「良かったですわ。どうぞ、わたしのことは気になさらずに眠ってくださってよろしいんですよ。トモキ様の疲れはわたしが癒してさしあげますから」
「ん、ああ……」

 体がほぐれていくにつれて、気持ちもほぐれていくようだった。

「どうぞ、お気を楽にして、ゆっくり休んで下さいね、トモキ様」
「ああ……」

 ゆったりとくつろいで、心地よい開放感に包まれている智樹。
 リサの言葉が、心の中に染み込んでくるように感じられる。
 自分にマッサージするその言葉を聞きながら、智樹はゆっくりと眠りに落ちていったのだった。

* * *

「あっ!」
「うわっ!」

 交差点で、向こうから曲がってきた相手にぶつかられて智樹は尻餅をついた。

 もう、冬も終わりにさしかかろうとしていた季節の、ある午後のことだった。

「す、すみません!」

 頭の上から、透明感のある涼やかな声が降ってきた。

 智樹が見上げると、見るからにリクルートスーツとわかるいでたちの女性が、申し訳なさそうな表情でこちらを見下ろしていた。

「あ……」

 相手の顔を見て、智樹は言葉を失ってしまう。

 艶のある長い黒髪。
 濁りのない、黒目がちの瞳。
 少し細めですっきりした顔立ち。
 体つきもほっそりとしているが、スーツを着ていても、出るところは出ているスタイルの良さを感じさせる。
 その全体に漂う、澄み切って清潔感溢れる雰囲気。

 相手の美しさに、思わず見とれている智樹。

「あ、あの……大丈夫ですか?」

 その言葉に、智樹は我に返る。

 相手の、澄んだ瞳が不安そうにこちらを覗き込んでいた。

「あ、いや、大丈夫です」

 そう返した彼の心に、ある欲望がわき上がっていた。

 彼女を自分のものにしたい……。

 いま、自分の目の前にいる相手のような美人を、思うままにしたいという欲望。

 そして、彼はその方法を知っていた。
 それは、ずっと独自に研究してきた催眠術。
 その方法を使えば、簡単に相手を深い催眠状態にすることができる。

 幸い、周囲に人の姿はない。
 これはチャンスだ。
 なにより、こんな美人を逃す手はない。

「ごめんなさい、わたしがぼーっとしてたから。……あっ、コートを汚してしまって!」
「いや、いいんだいいんだ」

 そう言って、智樹は相手の目の前で軽く手を振る。

 だが、その手の振り方は普通とは少し違っていた。
 ひらひらと、蝶が舞うように相手の目の前で手のひらが舞う。

「え?ああ……」

 相手の視線が、智樹の手に釘付けになった。

「きみはこの手から視線を逸らすことはできない。ほら、この手を見ていると、どんどん気分が楽になっていく」
「……はい」

 智樹の手を見つめたまま、相手の澄んだ瞳が、次第にどんよりと濁りはじめる。

「ほら、どんどん楽な気持ちになっていって。僕の言葉がすーっと心の中に入ってくるよ」

 手のひらをひらひらと振り続けながら智樹がそう言うと、ぼんやりと濁った瞳のまま、彼女は緩んだ笑みを浮かべはじめた。

 頃合いと見て、智樹は暗示を仕込んでいく。

「きみは、僕のことがとても魅力的に思えてくる。そして、僕の提案も、きみにはすごく魅力的に思えて、それに逆らうことはできない」
「……はい」
「きみは、僕にはなんでも打ち明けたくて、僕の質問にはなんでも答えてしまう」
「……はい」

 トロンとした笑みを浮かべて、彼女は智樹の言葉に頷いていく。

 とりあえずはこんなものかな……。
 後は、人目につかないところでじっくりやればいい。

「じゃあ、僕が手を叩くと、きみはすっきりした気分で目が覚める。今のことは忘れてしまうけど、今僕が言ったことはきみの中で生きていて、さっき僕が言ったとおりになるよ」
「……はい」
「じゃあ、いいかい」

 智樹が、パン、と手を叩くと、相手ははっとして我に返った。
 トロンとぼやけていた瞳には光がもどり、きょとんとした表情で智樹の方を見ている。

「あ、あれ?わたし……?」
「どうしたんだい?きみの方こそ大丈夫かな?」
「あ……ええ、大丈夫、だと思いますけど……」

 智樹を見つめて返事をする相手の様子がさっきまでと違う。
 ポッ、と頬を赤らめていて、話す言葉も歯切れが悪い。

「そうだ、僕の家に来ないかい?すぐ近くなんだ」
「えっ!?あ、いえ、それは……」
「嫌かな?」
「あ、そんな、嫌じゃないです……」
「じゃあ、僕はかまわないからおいでよ」
「は、はい……」

 智樹が笑顔で先導すると、相手も頬を染めたまま、うつむきがちに後についてきた。

 智樹の家。

「ふうん、シオザキ リサっていうのか」
「はい、シオは黒潮とか潮流の潮で潮崎、リサは、果物の梨に、糸偏に少ないの紗で梨紗」
「うん、いい名前だね」
「あ、ありがとうございます……」

 名前を褒めてやると、彼女、梨紗は顔を真っ赤にして頭を下げる。

「僕は坂田 智樹。平凡な名前だよ」
「いえっ、そんなことないです!」
「ふふっ、ありがとう。……さあ、紅茶が入ったよ」
「あっ、そんなっ!わたしがぼんやりしててぶつかって、服まで汚してしまったのに、こんなことしてもらって……」
「かまわないさ。さあ、どうぞ」
「……はい。では、いただきます」

 智樹に奨められて、梨紗はティーカップを手に取る。

「あ……美味しいです」
「そうかい、それは良かった。ニルギリスっていう葉でね、僕の好きな茶葉なんだよ」
「そうなんですか?わたし、紅茶とか詳しくなくて……すみません」
「いや、いいさ。ところで、きみは就職活動中なのかい?」
「あ、はい」
「新年度が始まる前から就職活動なんて大変だね」
「あ、いいえ、わたし、実は単位も全部とって、もう卒業なんですけど、まだ就職が決まらなくて……」
「ごめんごめん、悪いこと言っちゃったね。でも、きみみたいにきれいで、性格も良さそうな子が就職が決まらないなんて、大変だね」
「はい……。わたし、ものすごいあがり症で、今日も面接があったんですけど、きっとダメで、それで落ち込んでて、ボーっとしていたら坂田さんにぶつかってしまって……」
「そうだったんだ」
「このままだと、卒業したら実家に戻るしかないのかなって……」
「実家は遠いのかい?」
「はい。わたし、地方の出身なので、こっちで一人暮らししているんです」

 さっきの暗示の効果で、梨紗は、初めて会ったばかりの異性には普通は話さないようなプライベートなことまでぽつりぽつりと話し始める。

「でも、わたしの育ったところは小さな町だし、戻っても就職先なんか……」
「よしっ、じゃあ、僕がきみを雇ってあげよう!」
「ええっ!坂田さんがわたしを?」
「うん。ここで働いてくれないかな?」
「ここで、って?」
「僕の身の回りの世話をしたり、家事をしてくれればいいんだけど」
「え……それって?」
「うん、家政婦みたいな感じかな」
「家政婦……ですか?」

 さすがに、その提案には梨紗も戸惑いを隠せない。
 だが、暗示が効いているせいか、嫌そうな顔はしていない。
 それを確かめて、智樹は意地悪くつっこんでみることにする。

「やっぱり、そんなのって嫌だよね」

 わざと肩を落として、少し悲しそうに言うと、梨紗が慌ててかぶりを振った。

「いえっ、嫌じゃないんです!初めて会ったわたしにそこまでしていただけるなんて、むしろ嬉しいくらいです!ただ……わたし、家事とかはあまり得意じゃなくて……」

 やはりそうだ。
 今日初めて会った男から、家政婦として雇いたいと言われるなんて異常なことのはずなのに、梨紗はそのことを怪しんでいる様子はない。
 むしろ、自分が仕事をこなせるかどうかという不安を口にしている。

「ああ、それならこれからじっくり覚えていけばいいよ」
「ええ?」
「普通の会社でも研修期間っていうのがあるだろう。それと一緒だよ。研修だと思って、じっくり仕事を覚えていけばいい」
「は、はい……」
「それでもやっぱり無理だと思ったら、それからやめても遅くないよ。どのみち、このままだと、実家に戻るか、こっちに残って就職先を見つけるにしてもバイトかなんかしないといけないだろう?」
「それも……そうですね」
「だったらうちで働くといい。十分な給料は払うから」
「でも、本当に坂田さんはそれでいいんですか?」
「いいから僕の方から話を切りだしてるんじゃないか。で、どうかな、潮崎さん?」
「あっ、はい、やってみます。いえ、やらせていただきます」

 とうとう、梨紗は家政婦の仕事を引き受けてしまう。

 すると、智樹はその目の前にすっと手をかざし、ひらひらと舞わせる。
 梨紗の視線がその手に釘付けになり、表情がぼんやりとしてきた。

「ほーら、気分を楽にして。そーうそう、ほら、きみは今とってもいい気分だ」
「……はい」
「とてもいい気分だから、きみは思っていることをなんでも言ってしまうし、僕の言うことをなんでも受け入れてしまう」
「……はい」
「じゃあ、僕のことをどう思う?」
「坂田さんは……とても素敵な人です。それに、とても優しい人……わたしに働き口をくれた……」
「うんうん、そうかそうか。じゃあ、ここで働く決意は揺るがないね?」
「……はい」
「それじゃあ、身の回りの整理をしたら必ずここに戻ってくること、いいね」
「……はい」
「よし、いい子だ。じゃあ、今度は僕が肩を揺すると、とりあえず今のことは忘れて目を覚ます。でも、言われたことは必ず守るんだよ」
「……はい」

 ぼんやりと薄笑いを浮かべて頷く梨紗。
 智樹は、その肩に手をかけて揺すぶった。

「ちょっと、潮崎さん?」
「……え?あ、わたし……?」
「どうしたんだい、話の途中でぼんやりしてみたみたいだけど?」
「あっ、ごめんなさい、わたしったら!」
「で、どうするの?」
「なにが、ですか?」
「僕のところで家政婦をするっていう話」
「はい、やります!やらせていただきます!」
「じゃあ、身辺整理を済ませたら荷物をまとめてここに来るといい」
「身辺整理、ですか?」
「それは、もちろん家政婦の仕事は住み込みになるからね。きみにもここで暮らしてもらわないと」
「あ、はい、そうなんですか。わたし、そういうの詳しくないですから……」
「いいんだよ。何ごとも初めてのことはわからないものさ。親御さんには、仕事の研修があるから新しい連絡先は落ち着いたら知らせるって言っておけばいい」
「はいっ」
「それじゃ、今日のところは帰りたまえ、準備ができたらここに来るといい」
「はい。本当に坂田さんにはなんてお礼を言ったらいいのか……」
「いいんだよ。それじゃ、次にここに来るときは家政婦の研修の始まりの時だね」
「はい。精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」

 そう言って大きく頭を下げた梨紗を、智樹は玄関まで送り出す。
 外に出ても、何度も何度も頭を下げている彼女を、智樹は微笑みながら見送っていた。

 再び梨紗が智樹の家にやって来たのは2週間後だった。

 大きなボストンバッグひとつを抱えただけの彼女を智樹は中に迎え入れる。

「ふうん、荷物はそれだけなんだ」
「はい、もう、卒業式も終わりましたし、住んでいたマンションを引き払って、他の荷物は実家に送りました」
「で、親御さんには説明したのかい?」
「はい、急に仕事が決まって、研修があるので、それが終わったら連絡するって」
「おやおや、それじゃ早くここの連絡先を教えてあげないといけないね。きっと心配してるよ」
「いえ、大丈夫ですよ。うちの親は放任主義で、わたしのやりたいようにすればいいって日頃から言ってますから」
「へえ、そうなんだ。……重い荷物を持ってきて疲れただろう。とりあえず荷物はそこに置いて、座ったらいい」
「あ、でも、家政婦の研修は?」
「まあ、今日は来たばっかりだしね。本格的な研修は明日からにしよう」
「は、はい」

 バッグを置いた梨紗が、椅子に腰をかける。
 その向かいに座ると、智樹は手をかざす。

「あ……」

 その手の動きを注視したまま、梨紗が体を強ばらせる。

「ほーら、気分を楽にして。さあ、どんどん気持ちよくなってくる」

 ひらひらと動かす智樹の手を見ているその瞳がすうっと濁り、トロンとした表情になった。

 智樹が研究に研究を重ねたこの方法は、微妙な指先の動きでそれを見た相手を一気に深い催眠状態にすることができる。
 だが、これからやろうとしていることにはそれではまだ足りない。

「ほーら、どんどん気分が楽になって、気分がふわふわと浮いているみたいだ」

 智樹の言葉に合わせて、梨紗の表情がどんどん緩んでいく。

「ほら、ふわりふわり……そう、きみはゆっくりと沈んでいく。ふわりふわりと、きみ自身の中に沈んでいくんだ。そうすると、もっと気持ちよくなる」

 梨紗の目蓋が眠たげに震えはじめた。

「ほーら、きみの心はきみ自身の深いところに沈んでいく。沈んでいけば沈んでいくほど気持ちよくなって、だんだん目蓋が重くなってきた」

 言われるままに、その目蓋がゆっくりと閉じ始める。

「ほら、完全に目を閉じると、きみは自分の一番深いところ、きみの生まれたところにいるよ」

 梨紗の目がゆっくりと閉じられた。

「ほーら、とっても気持ちいいだろう?」
「……はい」

 目を閉じたままの梨紗から、抑揚のない返事が返ってきた。

「そこはどこだい?」
「……わたしの……生まれたところ」

 ゆっくりとした口調で、梨紗は智樹の質問に答える。

「うん。じゃあ訊くけど、きみは誰だい?」
「……わたしは……潮崎……梨紗です……」
「違うよ」
「……違う?」
「きみは僕のメイドのリサだよ」
「……坂田さんの……メイドの……リサ?」
「そうだよ。きみは僕に仕えるために生まれてきたんだから」
「……わたしは……坂田さんに仕えるために……生まれてきた……」
「その証拠に、そこにいるととっても気持ちいいだろう?」
「……はい……気持ちいい……です」
「僕に仕え、尽くすことを考えてごらん。そうしたらもっと気持ちよくなるから」
「……坂田さんに……仕え……尽くす……」

 目を閉じたままの梨紗が、ふっ、と緩んだ笑みを浮かべた。

「きみも聞いたことがあるだろう。誰かのために一生仕え、尽くす人間のことを奴隷って言うんだ」
「……奴隷……はい」
「奴隷というのは実に素晴らしいんだよ。そうやって仕え、尽くす幸せをいつも感じていられるんだから」
「……仕え……尽くす……幸せ」
「僕に仕えるために生まれてきたきみは僕の奴隷なんだよ」
「……奴隷……奴隷……わたしは……奴隷……」

 その言葉を繰り返しながら、梨紗はまた緩みきった笑みを浮かべる。

「じゃあ、もう一度訊くよ。きみは誰だい?」
「……わたしは……坂田さんの……メイドで……奴隷の……リサです」
「きみは自分の仕える主人をそんなに他人行儀に呼ぶのかい?奴隷なら僕のことはトモキ様と呼ぶんだろ」
「……はい……わたしは……トモキ様の……奴隷です」
「そうだ。きみは僕に身も心も全て捧げて僕に尽くすんだ」
「……はい。わたしはトモキ様に……身も心も全て捧げて尽くします」
「僕を愛し、僕に愛されることがきみにとっての全てだ」
「……トモキ様を愛し……トモキ様に愛されることが……わたしの全てです」
「きみは僕の言うことには逆らえないし、僕の言うとおりにするのがきみの悦びになる」
「……わたしは……トモキ様の言うことには逆らえません。……トモキ様の言うとおりにすることは……わたしの……悦びです」
「そうだ。僕に仕え、尽くす以外のことはきみとって不要なものだ。だから、全て忘れてしまうんだ」
「……はい。トモキ様にお仕えして……尽くす以外のことは……わたしには不要なもの……忘れる……忘れます……全て……忘れる……す…べ……て……わすれ……」

 梨紗は、目を閉じたまましばらくぶつぶつと呟いていたが、やがて、それも止まる。

 それを確認すると、智樹は梨紗に質問する。

「きみは潮崎梨紗を知っているかい?」
「……潮崎……梨紗……?……いいえ……知りません」
「それじゃ、きみは?」
「わたしは……トモキ様にお仕えする……メイドで奴隷の……リサです」
「そうだ、きみは僕に仕えるために生まれてきたんだから。今までも、これからもずっとだ」
「……はい。わたしは……トモキ様に仕えるために生まれてきました……今までも……これからも」
「よし、じゃあ、僕が手を叩いたら目を覚ますんだ、リサ」

 そして、智樹はポンと手を叩く。

「……あれ、わたし?……あ、トモキ様」

 ぼんやりと開いた梨紗の視線が智樹を捉え、トモキ様、と呼んだ。

「なに居眠りをしているんだ、リサ」
「も、申し訳ございません」

 智樹が咎めると、梨紗は慌てて頭を下げる。
 その物腰、話し方、どう見ても主人に対するメイドのそれだった。
 それを見て、智樹が口許を綻ばせる。

「なあ、リサ」
「はい、なんでしょうか、トモキ様?」
「おまえは僕の何だ?」
「はい、わたしはトモキ様にお仕えするメイドで、奴隷です。……て、ええっ、きゃあ!?わたし、なんでこんな格好を!?」

 自分のラフな服装に気づいて慌てふためく梨紗。
 そんな彼女を、智樹は笑みを浮かべて眺めていた。

 それが、奴隷のリサの生まれた瞬間だった。

* * *

 ……ん?……ああ、夢か。

 目を覚ますと、智樹は自分のベッドの上にいた。

 あの時の夢を今さら見るなんてな……。

 街でばったり会った梨紗を、自分に全て捧げて尽くす奴隷にしたときの夢。
 今でも、ありありと思い出すことができる。
 あの後、今度は自分の体を使って尽くすやり方をじっくりと仕込んでいった。
 今では、リサは立派な牝奴隷だ。

 ……それにしても、どうして昨日は思い出せなかったんだろう?
 やっぱり、リサが言うように疲れていたのかな。

 寝起きの気怠さを振り払うように、智樹は伸びをひとつする。

「お目覚めですか、トモキ様?」

 澄んだ、朗らかな声が聞こえた。

 見れば、智樹よりもだいぶ早く起きていたのだろう、もうすっかりメイド服に身を包んだリサが智樹の服を持って立っていた。

「ああ」

 ベッドから起きあがると、リサから受け取った服を身につけていく。

「もう、朝食の準備はできてますよ、トモキ様」

 そう告げて寝室を出ようとしたリサの後ろ姿を見ながら智樹は呟く。

「本当に、タイミング良くあんな夢を見たもんだな」
「え?なにかおっしゃいましたか?」
「いや、おまえと初めて会ったときのことを思い出したってだけだ」
「ああ、それならわたしも思い出しましたよ!」

 部屋を出ようとした姿勢で立ち止まり、顔だけこちらに向けてリサがそう言った。

「なんだって?」

 まさか、そんな……。
 だいたい、記憶が戻ったのなら自分のことを、トモキ様、と呼ぶはずがない。

 少し戸惑う智樹の方に、くるりとリサが向き直った。

「わたしはずーっと、トモキ様のメイドだったんです。だって、わたしはトモキ様にお仕えするために生まれてきたんですもの!」

 そう言って、リサは眩しいほどの笑みを浮かべた。

* * *

 智樹とリサのふたりだけの生活は、そのままずっと続くかと思われた。

 だが……。

「トモキ様!?トモキ様!しっかりしてくださいっ、トモキ様!」

 その日、いきなり目眩がしたかと思うと、智樹はそのまま倒れ込んだ。

 リサが自分の体を抱えて名前を呼び続けている。

「トモキ様っ、お医者様をっ!」
「……だ、だめだ」
「でもっ!」
「……医者は呼ばなくていい」

 それだけ言うと、智樹の意識は遠のいていった。

「あっ、トモキ様!お気づきになりましたかっ!」

 目を覚ますと、涙をいっぱいに溜めたリサの瞳が覗き込んでいた。

「ん……ああ、僕は……」
「寝ていてください、トモキ様!いきなり起きあがると体に障りますから」

 体を起こそうとして、そのままリサに押し止められる。

 智樹は、自分がマットレスの上に寝かされていることに気づく。
 リサの細い腕では智樹の体をベッドに上げることはできなかったのだろう。
 ベッドからマットレスを外し、それを床に置いてからその上に智樹を寝かせていた。

「おまえがこれを……。すまない、リサ」
「そんな、とんでもございません」
「僕の体を動かすだけでも大変だったろうに」
「……トモキ様にお仕えするのがわたしの務めです」

 今にも泣きそうな顔で、リサは首を振る。

「やはり、お医者様を呼んだ方が……」
「だめだ」

 リサの言葉を智樹は強く否定する。
 もし、医者を呼んだらリサのことがばれてしまうかもしれない。
 ニュースでも新聞でも、そんな事件があったとは見た記憶はないが、連絡が取れなくなった娘のことを心配した親が警察に相談していることは十分に考えられる。
 だいたい、それほど大きな家でもないのにメイドがいるということ自体が怪しまれるだろう。

「とにかく、医者を呼ぶ必要はない。おまえも二度とそんなことは言うな」
「……かしこまりました」

 まだ、少し不安そうな表情を見せてはいるものの、リサはおとなしく智樹の言うことを承知する。
 もとより、彼女は智樹の言葉に逆らうことはできないのだから。

 それに、智樹には、体調はもうすっかり回復しているように感じられた。
 きっと、貧血かなにかでちょっと立ち眩みを起こしただけだと思えた。

「リサ、もうちょっと顔を近づけろ」
「……はい?」

 首を傾げながらも、リサが顔を近づけてくる。
 智樹は、その頭を掻き抱くようにして唇に吸いついた。

「んっ、んむむっ!」

 驚いて目を白黒させるリサ。
 だが、智樹はかまわずに舌をねじ込む。

「ぐむっ、んっ、んんっ、んむっ、むむうっ!……んふう……あっ!」

 ようやく口づけをやめると、片手でその体を抱いたまま、もう片方の手で胸を掴む。

「ああっ、そんなっ、トモキ様!今はお体にっ、障りますっ!ああっ!」

 主人の体を気遣うのは、メイドとして、奴隷として当然の務め。

 だが、それ以上に……。

「リサ、”おまえの牝を解き放つんだ”」
「あ、ああ……」

 智樹の仕込んだ暗示はリサにとって絶対であった。

「ああっ、トモキ様!あっ、あはぁっ、はぁ、あああっ!」

 リサの表情が蕩け、はぁはぁと舌を出して喘ぐ息が荒くなっていく。

「はあっ、ああんっ!トモキ様ぁ!……んんっ、んむむっ、ちゅっ、んちゅっ!」

 今度はリサの方から抱きついてきて、力強く唇に吸いついてきた。
 そのまま、ふたりは濃厚な口づけを交わす。

「んむっ、んっ、むふうっ、んん、ちゅ……んん、ぷふぁあ……。ああ、トモキさまぁ……わたし、もう、我慢できません……」

 長い口づけの後、睫毛をふるふると震わせて、体をもぞもぞとよじりながらリサが訴えてくる。

「しかたのないやつだな」
「自分でもはしたないとは思うんですけど、わたしのいやらしいアソコにトモキ様の熱くて大きいのが欲しくて、わたし、わたし……」

 耳元で、熱い吐息混じりに切なそうな声をあげるリサ。
 ぎゅっと抱きしめてきてくるその細い腕に力がこもる。

「いいだろう」
「ありがとうございます!……きゃっ!」

 体を入れ換えるようにして、リサの上からのし掛かるような体勢になると、リサが小さく悲鳴を上げた。
 スカートの中に手を入れると、リサのそこはすっかり濡れそぼっていた。

「こんなに濡らして、本当にいやらしい体だな」
「はい、はい……ですから、お願いします。トモキ様の太いの、入れてください」

 期待に頬を紅潮させて、リサは挿入をねだる。
 智樹は黙って頷きズボンをずらすと、とくとくと蜜を溢れさせているリサの裂け目に肉棒を宛い、そのまま突き入れた。

「あふううっ!ああっ、あああーっ!」

 首を反らせて大きく喘ぐリサ。
 肉棒を逃すまいとでもいうようにしっかりと抱きついてくる。

 熱くぬめった襞が、ひくひくと痙攣しながら咥え込んでくる感触に肉棒が包まれる。
 智樹が腰を揺すって抽挿をはじめると、リサの喘ぎ方が大きくなっていく。

「ああっ、トモキ様の大きいのがっ、中でっ、暴れてますうううっ!ふああっ、おっ、奥まで当たってっ、あっ、あああっ!」

 智樹の腰の動きに合わせるように、リサの喘ぐ声も弾んでいた。

「んふうううっ!リサのっ、いやらしいところにっ、トモキ様の固いのがっ、ごつごつ当たってっ、ああっ、気持ちいいですうっ!」

 いつしか、リサの方からも体を揺すりはじめていた。

「はううっ、イイですっ、トモキ様!ああっ、トモキ様もっ、いっぱいいっぱいっ、気持ちよくなってくださいっ!」

 リサは、智樹の体に足を絡めてぎゅっと体を押しつけ、そのすらりとした体を精一杯揺すっていた。
 その膣内は肉棒に熱くまとわりつき、全体をきゅっと締めつけ刺激してくる。

「あんっ、わたしの中っ、トモキ様のでいっぱいになってっ、はああっ、すごく気持ちいいですっ!あんっ、ああうっ!」

 リサの喉から熱を帯びた喘ぎ声が漏れ、湿り気を帯びた、互いの下半身を打ちつけるリズミカルな音が響く。
 その細身の体のどこにそんなエネルギーが隠されていたのかと思うくらい、力強く智樹に抱きつき、情熱的に腰を揺らしている。

「あああっ、トモキ様のがっ、中でまた大きくなって!いあああっ、わたしっ、もうイっちゃいますっ!」

 リサが体をぶるっと震わせたかと、肉棒への締め付けがきつくなり、まとわりついている肉襞が痙攣して射精を促していく。

「はうっ、トモキ様のもぶるぶる震えてっ!ああっ、来るっ、来るんですねっ!どうぞ、中に出してくださいっ!ああっ、ああああああああっ!」

 智樹も腰を力一杯打ちつけ、思い切りしがみついてくるリサの中に射精する。

「ふああああああっ!トモキ様の熱いのっ、いっぱい注がれてますっ!ああっ、ダメッ、イクッ、イってしまいますっ!あうっ、イクイクっ、イっくううううううううっ!」

 絶頂に達したリサが大きく首を仰け反らせて叫ぶ。

「あああっ、ふわあああああああああぁっ……」

 リサの体の抱いたまま、射精の後の余韻に浸っている智樹。
 そんな彼は、派手にイっているはずのリサの目から涙が一筋流れていたことに気づかなかった。

* * *

 それから、いつもどおりのリサとふたりの生活が戻ったように思えた。
 あの後、特に体調を崩すこともなく、あの時倒れたのは本当に一過性のものだったのだと智樹自身思い始めていた。

 そんな平凡な日々が1ヶ月半ほど過ぎた頃、再び智樹は倒れた。
 そして今度は、智樹はほとんど起きあがれなくなった。

 日に日にやつれていく智樹を、甲斐甲斐しく看病するリサ。
 その体を気遣いながらも、智樹の命令を守って、医者を呼ぼうとはしない。

 彼自身も、自分の容態が普通ではないことはわかっていた。
 だが、何をしてももう自分は助からない。
 なぜだかわからないが、そんな気がしていた。

 それに、リサに看取られながら逝くのなら悪くない、と。
 自分をいたわり、相変わらずまめまめしく仕え、自分に尽くしている彼女の姿を見ていると、このまま死ぬのも悪くはないとすら思えた。

 そして、いよいよ智樹の容態が悪くなったある日。

 うとうとしていた智樹は、枕許の気配に目を覚ました。
 そこに、気遣わしげな面持ちでリサが立っていた。

「トモキ様、苦しくはございませんか?どこか痛いところはございますか?」
「ああ、大丈夫だよ、リサ」
「そうですか……」

 不安そうな顔のリサを安心させようとしても、その表情は冴えない。
 心の底から智樹のことを心配している様子だ。

 僕が死んだら、リサはどうなってしまうんだろうか?

 そんな彼女の姿を見ているうちに、そんな思いが智樹の胸に湧き上がってきた。

 リサは、自分が催眠術を使って自分に仕え、尽くすためだけに生きるようにしてしまった。
 そんな彼女は、自分が死んでしまった後、生きていくことができるのか……。

 初めて、智樹の中に、リサに対して申し訳ないという思いが芽生えた。
 できることなら、リサを元に戻してやりたいが、衰弱した今の自分ではそれも叶わない。

「……トモキ様?」

 気が付けば、リサが心配そうにこちらを覗き込んでいた。

「ん、ああ、なんだ?」
「どうかなさったのですか?トモキ様、とても悲しそうなお顔を……」
「ああ、いや、なんでもない。リサ、ちょっとそこに座れ」
「はい」

 智樹に命じられて、リサは枕許に膝をつく。

「……なあ、リサ」
「なんでしょうか?」
「僕はもうだめみたいだね」
「そんなっ、トモキ様……」
「でも、不思議と死ぬのが怖くも辛くもないよ……ただ……」
「ただ、なんですか?」

 今にも泣きそうな表情でリサが訊いてくる。

「心残りがひとつできてしまったんだ」
「心残り?それはいったいなんでしょうか?」
「おまえのことだよ、リサ」
「わたしが?」
「ああ。僕が死んだ後に残されたおまえのことが気がかりで、死んでも死にきれないよ」
「そんな……わたしの…ことが…心残りだなんて……」

 智樹の言葉を反芻するように呟くリサ。
 どことなく放心した表情で視線を泳がせている。

「本当にしかたないな、僕は……。ん?リサ?」

 智樹は、リサが急に険しい顔になったことに気づいて口をつぐんだ。

 口を真一文字に結んで、思い詰めたような表情で黙りこくっている。
 そんな彼女の表情は、今まで見たことがなかった。

 そして、智樹が見守る前で、リサの口がゆっくりと開いた。

「”心の目を開いて、愛しい智樹さん”」
「……え?り、梨紗?」

 智樹が、我に返った表情で目の前の女性を見つめる。

 間違いない。そこにいるのは、恋人の梨紗だった。

「おまえは、なんでそんな格好を……?ええっ、これは?」

 恋人が、メイドの姿をしていることに困惑する智樹。
 だが、自分の中にあるもうひとつの記憶がさらに彼を戸惑わせる。

 自分は街で出会った梨紗に催眠術をかけて、自分のために尽くすメイド奴隷にした。

 ……そんなはずはない。
 梨紗は、務めていた会社の後輩で、つき合い始めてもう3年以上経つはずだ。
 街でばったり出会った女なんかでは決してない。

「そんな……これは、いったい?」
「催眠術よ」
「催眠術?」
「そうよ。智樹さんには言ってたはずだけど……」
「……あ」

 智樹は、ずっと前の梨紗との会話を思い出した。
 それは、そう、梨紗とつきあい始めて半年ほどが過ぎた頃のことだ。

「なに、催眠術だって?」
「そうよ、催眠術。わたしの趣味」
「それってあれか?テレビとかで時々やってる、体が固まったり、ある特定のものが思い出せなくなったりっていうやつか?そういや、人を思い通りにすることもできるとかって……」
「もうっ、智樹さんったら、テレビの見過ぎよ!わたしのやってるのは、ストレス軽減やポジティブシンキングみたいなの!」
「って、なに?」
「もうっ!現代はストレス社会でしょ、なにかと精神的な負担が大きくて、ストレスも貯まるし、前向きになれなくて鬱や情緒不安定になることも多いでしょ。だから、暗示をかけてネガティブ思考を振り払ったり、心理的な不安を解消したり、貯まったストレスを軽くしたり、そういうことをするの。一種の臨床心理ね」
「へええ、おまえ、詳しいんだなぁ」
「これでもいちおう大学じゃ心理学を専攻してたんだからね!普段やってるのは自分に暗示をかける自己暗示だけど、他の人に暗示をかけることもできるわよ。智樹さんにもやってあげようか?」
「いや、遠慮しとくわ」
「なんでよ~、もう!」

「そういえば、催眠術が趣味だって言ってたな、おまえ」

 昔の、何気ない会話を思い出して頷く智樹。
 それを見て、梨紗は、泣き笑いのような複雑な表情を浮かべる。

「本当は、こんな使い方をしてはいけないんだけどね。でも、こうするしかなかった」
「なんで?ていうか、どうしてそんなことを?」
「智樹さん、自分の病気のこと、まだ思い出さないの?」
「……あっ」

 梨紗に指摘されて、ようやく智樹は思い出す。
 自分が末期の癌で、余命半年と言われていたことを。

「もう、先生も完全に匙を投げてた。だから、せめて死の恐怖のないようにと思って。催眠術を使ってわたしを自分の好きなようにできるメイドにしたんだって、そう思い込むような暗示を催眠術で智樹さんにかけたの」
「そんな……なんだってそんなことを……?」
「だって、だって、わたし見ていられなかった。あんな智樹さんの姿」

 そう言われて、またもや智樹は思い出していた。
 余命半年と告げられて自暴自棄になり、会社も辞めて酒浸りの自堕落な生活を送っていたことを。
 そして、それを見かねた梨紗に暴力を振るったことさえあった。

「あのままだと、命が尽きる前に智樹さんの心が死んでしまうと思ったの。だから、だからわたし……」
「梨紗……」
「せめて、幸せな思いだけ持っていってもらおうと思って。死の恐怖も辛さも感じることなく、自分の思い通りになるメイドと好きなことをして、そんな最期を迎えられたらと……」
「じゃ、じゃあ、あの記憶は?街でばったりぶつかってきたおまえと……」
「ああ、あの時は焦っちゃった。まさか、そんなことを気にするなんて思ってなかったから、最初に暗示をかけるのを忘れてたの。だから、あの時、マッサージをする振りをして催眠術をかけて、そういう記憶を後から挿入したのよ」

 そう言うと、梨紗は笑いながら目尻の涙を払った。
 笑みを浮かべてはいるものの、無理をしているのがありありとわかる。

「そ、それじゃ、いままでおまえは……」
「そう、演技をしていたの。智樹さんの言うままになるいやらしいメイド奴隷だって」
「そんなっ!僕はおまえにずいぶんとひどいことをっ!」
「気にしないで。それも暗示をかけてたことだから。欲望のままに好きなことをするようにって。だって、死ぬ前にせめて楽しい思いをして欲しかったから」
「じゃ、じゃあ、あれもか?”おまえの牝を解き放つんだ”っていうあのキーワード」
「そう、あれも演技。あの言葉を智樹さんが言うときは、いやらしいことがしたいっていうことだから、わたしも徹底的にいやらしく振る舞ったの。それと、あの言葉を聞くとわたしも感じやすくなるっていう自己暗示もプラスしてたけどね」
「そんな……どうしてそんなことまでしてきみは……そんな、自分を犠牲にするような真似をしてまで……」

 そう言ったきり、智樹が二の句が告げないでいると、梨紗は辛そうに顔を歪めた。
 その澄んだ瞳から、大粒の涙が溢れてくる。

「それは……わたしの……女のわがまま。智樹さんのものになっている振りをして、本当は智樹さんをずっと自分のものにしておきたかった。本当は、一番ひどいことをしていたのはわたし。……わたし、本当に最低の女だわ」

 そのまま、梨紗は顔を手で覆って泣きじゃくる。

 そんな梨紗の姿を眺めていた智樹が、ふっ、と柔らかな笑みを浮かべた。

「……え?智樹さん?」

 伸ばした腕で優しく抱き寄せられて、梨紗が戸惑った表情を浮かべる。

「おまえの言ったとおりだよ、梨紗。あのままだと、僕は理不尽さへの恨みと死の恐怖に押しつぶされていた。それが、いま、こんなに静かな気持ちで行くことができるんだから」
「そんな……智樹さん……。わたしこそ、本当はあのまま、幸せなまま行ってもらうつもりだったのに、わたしのことが心残りだって言われて、耐えられなくて暗示を解いてしまって……」
「いや、それで良かったんだよ。最期に、こうやって本当のきみと僕に戻れた。もう、何も思い残すことはないよ」

 そう言って微笑む智樹。
 また、梨紗の目からぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。

「う、ううっ、智樹さん!」
「なあ、梨紗。僕ときみはどのくらいの間こうやって暮らしてたんだ?」
「え?1年と、半年……」
「そうか、余命半年って言われてたのに、1年も長く生きられたんだ。それも全部梨紗のおかげだよ」
「ううっ、うっ、うううっ……」
「ありがとう、梨紗。本当に感謝してる」
「そんなっ、ううっ!」
「きみがいてくれて本当に良かった。だから、もう泣かないでくれ」
「うう……は、はい、トモキ様……」
「……梨紗?」
「やだ、いけない。わたしったら、ずっとメイドのリサの演技をしてたから、命令されたら自然にトモキ様って……」

 涙を流しながら見せた梨紗の笑顔に、智樹の表情も緩む。
 そして、梨紗の細い体を優しく抱きしめた。

「……ありがとう、梨紗。本当にありがとう」
「……はい、智樹さん」

 そのまま、互いの温もりを求めるようにそっと体を寄せ合うふたり。

 やがて、智樹の腕から力が抜けて、ゆっくりと下に落ちた。

「……智樹さん?」

 梨紗がその顔を窺う。
 智樹は、まるで眠っているかのように安らかな笑みを浮かべて目を閉じていた。
 だが、梨紗の頬に心臓の鼓動が伝わってこない。

「うっ……うう……智樹さん……」

 恋人の胸に頬を寄せたまま、梨紗の目から再び涙が溢れてくる。
 梨紗の、涙にむせぶ声だけが静かに部屋の中に響き続けていた。

< 終 >

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