MC三都物語 京都編 前編

京都編:前編 鬼の棲む社

1.継承

 親父が、病に倒れた。

 俺、鬼無聡(きなし さとる)の生家は、京都の街の、昔でいえば洛中に当たる、古い町屋の並ぶ通りの奥にある小さな神社だった。
 町屋と言えば聞こえはいいが、特に景観保護地区になっているわけではないし、老舗の店があるわけでもない。
 本当に、ただのぼろい木造家屋が並んでいるだけで、再開発の波からも完全に取り残されている感じだ。そもそも、この通り自体が袋小路になっていて便がすこぶる悪い。
 その行き止まりにあるうちの神社だって観光名所でも何でもない小さな社だし、それに隣接して俺の実家でもある、そこそこ広いがただそれだけの古めかしい木造の屋敷があるだけだ。
 おまけに、うちのある細い袋小路の名前が暗闇図子(くらやみのずし)で、神社の名前が陰真羅(いんまら)神社といういかがわしい名前ときている。
 いちおう、うちの神社は悪縁を絶ちきり良縁を結ぶという御利益を謳っているが参拝する者もほとんどなく、氏子もこの図子に住む住人だけで、全部足しても20軒を少し超えるくらいだろうか。

 どう見ても繁盛してるとは思えないが、うちの神社がこれまでどうやって成り立ってきたのか、その辺のところは俺にもよくわからない。

 そもそも俺は、29になるこの年までうちの神社は手伝ったことはない。
 神社の仕事は親父と、お袋を含めた4人の住み込みの巫女がやっていたし、そもそも特に祭りがあるわけでもないし、何かやることがあるのかすらわからない。

 これでも、大学では民俗学を専攻していた。
 まあ、それも実家が神社だったことが影響はしているのだろうが。
 だから、神事や儀式については多少調べたことはあるのだが、うちの神社に関しては全くわからなかった。

 なにより、親父もお袋も何も語ろうとはしなかったし、俺に神主になれとも言わなかった。

 だから、俺は大学を卒業すると普通に就職して、ごく当たり前に会社勤めをしてきた。

 それに、学生時代にバイトがてらに教授の調査を手伝ったときに、遣り繰りに困っている神社の例をいくつも見てきた。
 神社だけでは生活が成り立たないので、サラリーマンをしながら神主を務めている社家もあった。
 そんなのを知ってしまうと、うちの神社なんかはどうやって経営が成り立っているのか不思議なくらいだ。
 だから、本音を言えば俺はこんな神社なんか継ぐ気はないし、別に親父の代で潰れてしまってもいいとすら思っている。
 もっとも、神社というのがそんなに簡単に看板を降ろすことができるのかというと、そこのところは俺もよく知らないのだが。

 とにかく、その親父が倒れたのは夏も近づいてきた5月終わりのことだった。

 医者は入院を勧めたが、親父はそれを頑なに拒んだ。
 俺から見ても容態はかなり悪そうだというのに、その意思は強固だった。

 寝たきりの親父を、お袋と3人の巫女たちが世話をしていた。
 お袋の名前は由紀子、他は文枝さん、恵子さん、静香さん、皆、俺が小さい頃からうちにいるはずなのに、信じられないくらいに若々しく見える。
 お袋も含めて、どう見ても30代後半くらいにしか見えない。俺が今年で29才だっていうのにだ。
 しかも、全員がすごい美人ときている。

 よく考えたら少し不気味なんじゃないだろうか?

 子供の頃からそれが当たり前だったから、今まであまり気にしなかったが、改めて考えるとうちみちたいな小さな神社にこの人数の、しかも美人揃いの巫女がいるのは不自然に思えてくる。

 それはともかく、親父が倒れて10日経った夜に、俺はお袋に呼ばれた。

「ちょっと聡、今ええか?」
「こんな遅うになんやの?」
「ええから、ちょっとお父さんのとこに来ぃや」

 その時のお袋の真剣な表情には、有無を言わせぬものがあった。
 それに、もう夜遅い時間だというのにお袋は巫女装束を着ていた。

 いくら神社の巫女だとはいっても、いつも巫女装束を着ているわけじゃない。
 お袋たちが巫女の衣装に身を包むのは、親父と何かの儀式をするときくらいだ。
 親父とお袋たちが社の中で何か呪文のようなものを唱えているのを、俺も何度か見かけたことがあるが、もとより神主修行なんかしていない俺には何を唱えているのかさっぱりわからなかった。
 それに、5人とも異様な気迫があって、子供心にも怖かったという印象しかない。

 そんなお袋の姿と張り詰めた表情が、ただならぬ緊張感を漂わせていた。

「……ああ、わかった」

 俺は、立ち上がるとお袋の後について親父の部屋に向かった。

 親父の部屋に入ると、お袋は部屋の隅に座る。
 見れば、文枝さんも恵子さんも静香さんもいた。
 全員が巫女装束に身を包み、部屋の四隅で正座している。

 そして、その視線の先、部屋の中央に親父の寝ている布団があった。

 俺がその枕元に座ると、親父がこっちに顔を向けた。

 その、射すくめるような視線に俺は一瞬びくっと体が震えるのを感じた。

 動きは弱々しく、すっかりやつれて頬もこけているのに、目だけはやけにぎらついていた。
 そんな親父の目を見るのは初めてだった。

「……聡、ワシはもうあかんみたいや」

 だが、その口から出てきた言葉はずいぶんと弱気だった。

「なに言うとんのや、親父」
「もう、いよいよあかん」
「そやさかい、なに言うとんのや。ほんならこんなところで寝とらんと医者行きゃええやろうが」
「いや、もうどうにもならん。ワシにはわかる」
「……親父」

 親父の口から出てくるのは、もう駄目だという言葉ばかり。
 そのくせ、ぎらぎらした目が俺をじっと見つめているのが不気味だった。

「それでな、聡。おまえにこの神社を継いで欲しいんや」
「なにをアホなこと言うとんのや!?俺は神主になる修行なんかしてへんやないか!今までそんなこと言わへんかったから、俺に継がせる気はないんやと思うとったのに!」
「ああ、その心配ならいらん。ここを継ぐのに、修行は必要ないんや」
「なんやて?それはどういうことや?」
「おまえ、この神社が何を祀っとるか知っとるか?」
「それは、あのご神体と違うんか?」

 俺も何度か見たことがあるこの神社のご神体。
 それは、石マラ……男根の形をした石棒だった。

 まるで、濡れて光っているみたいに見えるほどにつるつるに磨き上げられた玉石の男根。
 それが、本殿奥の祭壇に祀ってある。

 初めてそれを見た時には、陰真羅という神社の名前になるほどと納得がいくのと同時に、その悪趣味さにヘドが出そうになった。

 その頃の俺は、全国には男根状の石や木を祀っている神社がかなりの数あることを知らなかった。
 そんな例が他にも沢山あることを知ったのは、それからずいぶん経ち、大学に入って民俗学を専攻してからのことだ。

「あれは、神社の体裁を整えるための飾りみたいなもんや。まあ、使い道はいろいろあるがな。ここが本当に祀っとるのは、この神社の地下と、そして、ワシの中におるんや」
「ど、どういうことや、親父……?」

 意味がわからずに聞き返した俺を見つめる親父の目のぎらつきが、さらに強くなった気がした。

「いいか、よく聞け、聡。この神社が祀っとるのは、太古の時代にこの地を支配しておった鬼なんや」
「鬼……やて?」
「そうや。そやけど、その鬼は平安遷都の際に強力な陰陽師によって都の地下深くに封印されてしもうた。だが、その鬼は念、一種の残留思念を人間の中に潜り込ませることで完全に封印されることは免れたのや。その、鬼の念を宿したのがうちの先祖なんや」
「なんやと!?」
「まあ黙って聞け。鬼の念は、人間の体に身を隠し、代々受け継がれながら自らの封印を解く機会を狙うておった。だが、はじめは封印に対する監視も厳しく、うかつに動くこともできんかったのや。だが、鬼の封印のこともすっかり忘れ去られた頃を見計らって、折しも源平の騒乱で都が荒れておるどさくさに紛れて封印の地に社を建てた。それがこの陰真羅神社や。そして、ここで封印を解く千年呪法を行い始めたのや。そして、代々の当主は鬼の念をその身に受け継いで呪法を続けてきたというわけや」
「な、なに言うとるんや、親父……」

 親父の話は、とてもじゃないが信じがたい話だった。
 いつもの俺なら、そんなことが現代にあってたまるかと、一笑に付していただろう。

 だが、親父の射るような視線がそれを許さなかった。

「実は、ワシの命はもう尽きておる。今のこの言葉も、鬼の念が言わせておるんや。後は、ワシの体からおまえの体に鬼の念を引き継ぐだけ。おまえは、鬼の念と融合して呪法を引き継ぐことになる。だから、ここを継ぐのに特別な修行は必要ないんや」
「なにアホなこと言うとんのや!鬼の念を身に宿すなんて、そんなことがホンマなわけあるか!」
「いや、紛れもなく本当のことや、聡」
「だったら、なおさら継ぐわけにはいかん!鬼を息子に宿させるなんて、親父はそれでええんか!?」
「言うたやろうが、これは鬼が言わせとると。それに、この身に鬼の念を宿した時点でワシも鬼になったも同然なんや。そやさかいに、おまえには何が何でも継いでもらう」
「そんなん、俺は嫌やっ!……ぐっ!」

 立ち上がろうとした俺の体は、何か目に見えない力によって畳に押しつけられてしまった。

「なっ、これは!?」
「由紀子たちがおまえの周りに結界を張った。これでおまえはもう動くことはできん」
「そんなっ……か、母さん!?」

 体の自由がきかず、首だけを捻って見回すと、部屋の四隅に陣取ったお袋たち4人の巫女が、印を結んでぶつぶつと何か唱えていた。

「由紀子たちはワシ、いや、鬼の呪法を助ける巫女なんや。鬼の念を宿す者には、その呪法を手伝い、また、鬼の念が生き続けていくための精気を提供する4人の巫女が必要や」
「なっ、なんやと……」
「鬼の念の糧は女の精気。それがないと鬼の念は死んでしまう。もちろん、それを宿す者もな。そやさかい、まずは自分の巫女を4人揃えることが、引き継ぎが済んでからのおまえの最初の仕事になるやろう」
「くっ、なに言うとんのや、このっ、くそ親父が!」
「ええか、聡。鬼の念を身に宿し続けて900年が過ぎた。もはや、この家の当主と鬼は一心同体なんや。この地に眠る鬼の封印を解くことはワシらの望みなんや。……この…呪法も後100年ほどで完成する。……それまで……呪法を絶やしたら……あかん。……なんと……しても……」

 親父の言葉が途切れ途切れになり、その瞳のぎらつきが弱まっていく。

 肌の色が急速に土気色になり、目の光が完全になくなったと思った瞬間。

「うっ!うわああああああっ!」

 親父の口からどす黒い塊が出てきたかと思うと、俺の口へと飛び込んできた。

「ぐっ、ぐむむむむむむっ!んぐっ!」

 それが、口から喉の奥へと入り込んでいく。

 その異物感と息苦しさに、俺は呻きもがくが、体は畳に押さえつけられたまま動かない。

「ぐぐぐっ!ぐはっ!はあああっ。……あがっ、!?がああああああっ!」

 それをすっかり飲み込んだ形になって、ようやく息ができると思ったのも束の間、体中が灼けるかと思うくらいの熱がこみ上げてきた。

「がはっ!がっ!ぐおおおおおおおっ!」

 まるで、腹の中に真っ赤に灼けた石でも入っているのかと思うほどの熱と激痛に俺は獣のような咆哮を上げ、自由にならない体でもがく。

 腸が灼け、全身の血が沸騰する。
 目の前が真っ赤に染まり、神経まで焼き切れそうなほどの苦痛。

「がああああああああああああああっ!あ……」

 一瞬目の前が弾けたかと思うと、俺の意識は真っ暗な闇に沈んでいった。

* * *

「……く、くうううぅ」

 気がつくと、俺は親父の部屋で仰向けに倒れていた。

 全身が鉛でも入ったように重く、だるい。

「目が覚めましたか、聡?」

 寝ている俺を、お袋が見おろしていた。

「か、母さん?……くっ!」

 起き上がろうとした体が、床に押しつけられた。

 さっきの、不思議な力とは違う。
 今度のは、理由がはっきりしていた。

 文枝さんと恵子さんが両側から俺の腕を、静香さんが両足首を押さえ込んでいた。
 それも、信じられないほどに強い力で。

「何をするんやっ、文枝さん、恵子さん、静香さん!」

 男の俺が必死でもがいても、はねのけることすらできない。

 それに、その時になって初めて俺は自分が裸に剥かれていることに気づいた。

「では、始めましょうか」
「始めるって、何を!?」

 俺の顔が、恐怖に引きつる。
 それほどまでに、そう言って微笑んだお袋の顔は妖しく、そして美しかった。

「もちろん、私たちの精気であなたの中に移ったあの方を目覚めさせるのです」
「あ、あの方ってなんや?」
「さっきの話を聞いてなかったのですか?あなたが受け継いだ私たちの主ですよ」

 そう言って、またお袋が不気味な笑みを浮かべる。
 それに、さっきからお袋が京言葉ではなく標準語で話しているのも不気味だった。

 と、お袋が俺の上に跨がるようにしてしゃがみ込むと、俺の股間のモノを掴んだ。

「なにすんねん!やめてんかっ、母さん!」
「もうあなたは私の息子ではないのですよ。あの方を宿した時から、あなたは私たちの主。私たちはあなたの眷族なのです」
「さっきからなに言うとんのや!?」
「もう、こんなに萎れていては精を捧げることもできないではないですか。……しかたなですね」
「なにをっ!くっ、ううっ!」

 俺のモノを握っているのと反対側の手が、俺の尻に向かって這っていく。
 そして、尻の穴に指が入り込む気味の悪い感触に、俺の口からうめき声が漏れる。

「ぐうっ……ぐあっ、ぐああああっ!」

 お袋の指が、尻の穴の中でコリコリと何かを弾くのと同時に、そこを激しい痛みが走った。

「くっ、痛てててっ、なにすんねん!」
「ふふふ……効果覿面ね。こんなに大きくなって」

 お袋の笑う声が聞こえる。

 自分でも、お袋の手に握られたそれが、痛いくらいに膨らんでいるのがわかった。
 股間のあたりに血が集中しているように熱く、ドクドクと脈打っている。

「これでやっと精を捧げることができるわ」

 そう言うと、お袋は少し腰を持ち上げて赤い袴をたくし上げた。
 瞬間、袴の下に何も身につけていないのが見えた。

「かっ、母さん!」
「では、始めますよ」

 俺の言葉が聞こえているのかいないのか、お袋は俺のモノを片手で握ったまま腰を沈めていく。

「ぐっ、ぐううううっ!」
「んんっ、んはああああああっ!」

 熱くてドロドロしたものに俺のモノが包まれていく感触。
 それと同時に呻き声がふたつあがった。

「んふうううっ!ま、まだっ、こんなものなのっ!?早くっ、早く目覚めてください!」
「くううっ!かっ、母さんっ!ぐああああっ!」

 お袋が、俺の上に跨がったまま腰を大きくくねらせ始める。
 まるで、無理矢理にでも搾り取ろうとでもいうように、俺のモノを締め付け、扱きあげてくる。

 いったい何がこんなものなのか、俺には全然わからない。

 巫女姿の女3人に押さえつけられて、自分の母親に逆レイプされている異常な状況なのに、自分のそれが今までにないくらいにギンギンに勃っているのがわかる。
 それなのに、だ。

「早くっ、私の精を受けてお目覚めください!はうっ、はあっ、はあっ!」

 お袋は、激しく腰を揺すって俺のモノを刺激してくる。
 だが、その激しい動きの割には感じているという印象は受けない。
 
 その表情にも、淫靡さよりもむしろ必死さの方が感じられる。
 自分が楽しむというよりも、俺の射精を促すための儀式のようだ。
 お袋が巫女装束なのもその印象をいっそう強くさせた。

 しかし、その動きは的確に俺のモノを刺激し、快感を引き出していた。
 それも、腰の律動だけではなく、大きくうねりながらまとわりついてくる襞の動きのひとつひとつまでがこの世のモノとは思えない快感をもたらす。

 そして、俺の頭よりも体の方がその快感に素直に反応していた。

「ああっ、はうっ、んっ、んんっ!」
「くあっ!かっ、母さん!」
「あっ、主よっ、どうかお目覚めをっ!あうっ、くふうぅ!」

 いつの間にか、俺に馬乗りになって体を弾ませてているお袋の装束がすっかりはだけていた。
 その肌に、玉のように汗が浮かび上がっている。
 むっちりとした豊満な体だが、肌には張りがあって体形も崩れていない。
 むしろ、年齢を考えたら恐ろしいほどに美しくすらある。

 だが、なによりもその腰使い。
 俺のモノを締め付けながら、時には捻り、時には上下に、また前後に腰を振っている。
 自分の母親にそんなことをされてショックを受けているというのに、強引に刺激された俺のモノはパンパンに膨れて破裂寸前だった。

「ぐあああっ!おっ、俺っ、もうあかんっ!」
「どうぞっ、私の精をお受けくださいっ!」
「うああああっ!」

 俺のモノがお袋の中で弾けた。
 どくどくと精液を迸らせているのが自分でもわかる。

「はああああああっ!」

 お袋が、深々と俺のモノを飲み込んだまま体をひくひくと震わせる。

 しかし、出しているのは俺の方なのに、何かが自分の中で満ちていくのを感じる。
 それにお袋はさっきから精を受けろと言っていた。

 精を受ける?
 お袋じゃなくて俺が?

「ああああああぁ……ど、どうぞ、私の精を……吸い取って……ください……。んはああぁ……」

 ピクンピクンと体を震わせていたお袋が、ばたりと後ろに倒れる。

 力が抜けたようにぐったりとして苦しそうに息をしているお袋の体を、俺の足を押さえていた静香さんが退かせた。

 そして、静香さんは俺を跨ぐようにして立つとお袋と同じ美しくも妖しい笑みを浮かべた。

「ああっ、ああああああああーっ!」

 俺の腹の上で、恵子さんの華奢な体がきゅっと弓なりになった。
 仰け反って体を震わせたまま、俺のモノを咥えたそこがぐいぐい締め付けてきて精液を搾り取っていく。

「ああああ……あぁ……」

 射精が止まると、恵子さんの体は糸が切れたようにぐったりと崩れ落ちる。

 お袋の後、俺は静香さん、文枝さんを立て続けに犯した。
 いや、形の上では俺の方が犯されたといった方がいいだろう。

 そして、今の恵子さんで4人全員とやったことになる。

 立て続けに4回も射精したというのに、不思議と疲れはなかった。
 それどころかむしろ、体に力がみなぎっているようにすら思える。
 さっき目が覚めたときに感じただるさも体の重さもすっかり消え失せていた。

 俺は体を起こして部屋を見回す。

 

 お袋も、静香さんも、文枝さんも恵子さんも白い上衣をはだけて赤い袴だけの格好で気息奄々として喘いでいる。
 全員、激しい運動をした後のように苦しそうな表情で大きく息をしていた。

 そして、その向こうに布団に寝かされたままの親父の姿。
 その顔は完全に土気色になっていて、まったく生気が感じられない。

『最後の務め、ご苦労だったな。由紀子、文枝、恵子、静香』

 急に、おかしな声が聞こえた。
 低く、やけにしゃがれた声が。

 ……いや、聞こえたというか頭の中に直接響くような感じだった。

「そんな……」
「滅相もございません……」
「ああ……」
「主よ……」

 その声はお袋たちにも聞こえたのか、のろのろと体を起こしと、俺に向かって平伏した。

「なんや、いったい?」
『ククク、おまえがあいつの息子……俺の新しい体か……』
「誰やっ!おまえは!?」
『おいおい、今までの話を聞いていてそれがわからないほど馬鹿じゃないだろう?』
「なんやと?そんなら、おまえが……鬼!?」
『そうだ。由紀子たちの最後の務めで、おまえの体への転移が無事終わったというわけだ』
「転移……それに、最後の務めやて!?」
「そうです。私たちが自分の体で主へのお務めを果たすのはこれで最後になるでしょう」

 俺の中で響く声との会話に、いきなりお袋が割り込んできた。

「主よ、その先は私から説明しましょう」
「なっ!?母さん!?」
「言ったはずです。あなたの中で主が目覚めた以上、あなたは私の息子ではありません。あなたは私たちの主であり、私たちはあなたの眷族なのです」
「なにを言うとんのや!?」
「私たちはあの体……主の前の体にお仕えする巫女です」

 そう言って、お袋は親父の方をちらりと見る。

「だから、私たちがこの体でお仕えするのは基本的にあの体だけ。それ以外の体に奉仕するのは、こうして転移の際に私たちの精気で主を目覚めさせる時だけ」
「ほ、奉仕て……」
「これからは、あなたが自分の巫女を見つけなければいけません。もちろん、あなたが私たちの主であることは変わりはありませんが、私たちが自分の体でお仕えすることはこれで最後なのです」
『と、そういうわけだ。わかったか?』
「わかるかいな!俺の体に、鬼が宿っとるなんて、そんなの、納得いくわけないやろうが!」
「現実を見据えなさい。あなたにはやるべきことがあるのです。あなたは私たちの希望なのですから。そのためには、まず主とあなたがひとつになり、あなたに仕える巫女を見つけることです」
「俺と、鬼が……ひとつになるやて?」
「そうです。主とあなたが融合してひとつになるのです」
「それ……本気で言うとるんか?」

 当然のようにそう言ったお袋の言葉に、涙が出そうになった。

「もちろんです。それこそが私たちの望み。そこからすべてが始まるのですから」

 しかし、お袋は平然としてそう言い放った。

「正気かいな……母さん」
「同じことを何度も言わせないでください。私はもうあなたの母ではないのです。……それと、あの人の埋葬が済んだら、私たちはここを出て行きます」
「出て行くって、どこにや?」
「この神社の門前の家に。この屋敷は、当代の主とその巫女だけが住むことを許されているのです。ですから、私たちはこの屋敷に住むことはできません。ですから、ここの門前の家に移ります。あなたはまだ知らないでしょうが、この門前の図子に住む者は皆あなたの眷族なのです」
「なんやて?」
「私たち4人と主との間にはあなたしか子供ができませんでしたが、子供がふたり以上生まれたときにはより力の強い方が主の念を受け継ぎ、残りは眷族として主に仕えることになっています。しかし、彼らとて主と巫女の間に生まれたのですから、特殊な力を受け継いでいます。そして彼らはいずれ来たるべき主の完全復活の時にその力を発揮すべく、若くして主の肉体の寿命が尽きて引き継ぎを終え、使命を果たした巫女や主と巫女との間にできた娘を娶って子孫を残してきたのです。もちろん、表向きは主の眷族ではなく、この神社の氏子として、ごく普通の人間として過ごしていますが」

 お袋の口から初めて明かされる、この神社と氏子の秘密。
 とても信じられる話じゃないが、もう、さっきから信じられないことばかりが起こっていてわけがわからない。

 だいいち、もうすでに鬼の念は俺の中に入り込んでいるんだ。
 そんなひどい話ってあるか!?

 だが、混乱している俺には構わず、お袋は淡々と話を続ける。

「ですから、務めを終えた巫女はただの眷族としてこの屋敷から去り、門前の家で暮らすことになるのです。もっとも、当面は身の回りの世話をする者も必要でしょうから私たちが通いますが」

 お袋の言葉に、文枝さんたち3人も頷く。

 4人とも、さっきまではあんなに若々しく見えたのに、心なしか急に老け込んだよう見えた。

『まあ、そういうわけだ。よろしく頼むぜ、ククククク……』

 混乱している俺の頭に、鬼の嗤い声が響き続けていた。

2.飢餓

 あれから、俺は自分の中の鬼を問いただした。
 しかし、何を聞いても、俺とひとつになればわかる、の一点張りでロクに答えようとしない。

 もちろん、俺はこいつとひとつになるつもりはなかった。

 幸い、こいつは無理矢理俺の体を乗っ取ることはできないみたいだし、それならとことん抵抗してやるつもりだった。

 親父の葬式の方は、お袋が取り仕切って滞りなく終わった。

 その時になって初めて、俺はここの氏子、お袋の言葉を借りれば鬼の眷族全員と対面した。
 そいつらの俺に向ける、畏れと敬いの視線が不気味に思えた以外に特に感慨はない。
 もちろん、俺がそいつらの主だと言われても全然嬉しくなかった。

 それが終わるとお袋たちは家から出て行った。

 食事の時には家に来て飯の用意をしてくれる。
 しかし、俺への接し方は以前とは全然違っていた。
 お袋ですら、俺の前ではまるで主に仕える下僕のように振る舞っていた。

 俺の身の回りのすべてが変わり、親父の喪が明けて、俺が会社に出勤した日。

「あ、鬼無先輩……おはようございます」

 うちの部署の事務の葛野沙友里(かどの さゆり)が挨拶してきた。
 もちろん、親父が死んだことを知っているんだろう。
 挨拶した後、少し伏し目がちに顔を伏せ、それ以上話しかけるのを遠慮している様子だ。

 彼女は、高卒で入社して4年目。ずっと同じ部署だ。

 まあ俺自身、転勤のない地元の会社だからここに就職したわけだし、もともとが小さい会社だから社内での異動も少ない。
 入社してから配属が変わらないなんてのはうちではよくあることだ。

 それにしても、改めて自分の名前を呼ばれてみると笑えない。
 あんなことがあった後では、鬼を宿している家の名字が鬼無なんてのは冗談にしても笑えない。

『おまえ、この女のことが好きなんじゃないのか』

 その時、頭の中で鬼の声が響いた。

『ククク……図星みたいだな』
「くっ……」

 唇を噛む俺をよそに、楽しそうな鬼の嗤い声が響く。

 たしかにそれは当たっていた。

 すらりとしてスタイルが良く、長くてまっすぐな黒髪を後ろでまとめた葛野に俺が好意を持っていたのは事実だ。
 ほっそりとした顔立ちで、涼しげな目元にいつも笑顔絶やさないし、生真面目でよく気がつくところも好ましく思っていた。

『よう、なかなかいい女じゃないか。こいつを巫女にしちゃあどうなんだ?』

 耳障りなしゃがれ声で、鬼が楽しそうに言う。

『巫女にさえしてしまえば、おまえはこいつとやり放題なんだぜ』
「……黙れ」

 葛野に聞こえないように、低い声で俺は呟く。

 こいつの言うとおりににはならない。
 こいつには、鬼にはとことん抗ってやると心に決めているんだからな。

 ましてや、葛野を巫女に……お袋たちみたいにするなんて、そんなこと、俺にはできない。

「あの、先輩、どうかしはったんですか?」

 気づけば、葛野が心配そうに俺の顔をのぞき込んでいた。

「いや、なんでもあらへん。おはよう、葛野」

 俺は、彼女に向かって笑顔を作ると、自分のデスクに座る。

 そして、さっき鬼が言ったことは気にしないようにして仕事に集中することにした。

* * *

 それから、鬼は毎日のように葛野を巫女にするよう俺を唆し続けたが、俺は耳を貸さなかった。

 それに、放っておけばこいつには何もできない様子なのも俺を安心させた。

 親父たちの話を聞いた時にはどれほど恐ろしいやつかと思ったが、こうやって無視していれば何もできないなんて案外たいしたことないじゃないか。

 そうやって鬼の声を無視し続けて、5日が過ぎた日の晩。

「くあああああっ!」

 下腹部に猛烈な熱を感じて、俺は床に膝をついた。

「なっ、なんやっ、これは!?」

 その熱と同時に、突っ張るような痛みを感じて慌ててズボンを脱いだ俺は、思わず驚きの声を上げた。

 自分のモノがこれまで見たことがないほどに大きく膨らんでいる。

 それも、まるで自分のモノでないくらいの大きさだ。
 それは、自分のモノだから勃起した時のでかさくらいは自分でもわかっている。
 今のそれは、長さといい太さといい、どう見ても見慣れている状態の2倍ほどはある。
 しかも、色までが青黒くなって、溢れてきた先走りでヌラヌラと黒光りしていた。

『ククク……ようやくおまえの体が俺となじんできたな』

 頭の中で、耳障りな鬼の声が響く。

「なんやと!?これはおまえの仕業か!?」
『おいおい、人聞きが悪いな。俺とおまえはもう運命共同体なんだぜ。だいいち、鬼の念を宿して自分の身に何も起きないなんて甘いことを考えてたのか?ほら、自分の中の気持ちに耳を傾けな。女を犯したいって欲望が溢れてくるだろうが』
「……!」

 たしかに鬼の言うとおりだった。

 俺の中に、どす黒い感情が湧き上がってきているのを感じる。
 女を抱きたいという、陰鬱な欲望が。

 それを感じるだけで、いきり立ったそれの先から先走りが滴り落ちる。

「……くっ、これもおまえのせいなんか!?」

 こうやって、じわじわと自分が変えられていくのかという恐怖がおれの上に重くのしかかっていた。
 自分の体と感情の変化に、改めて自分の中にいる相手が恐ろしい鬼だということを思い知らされる。

 だが、鬼は当たり前だと言わんばかりの口調で返してきた。

『おまえも既に聞いただろうが。俺の糧は女の精気だと。つまりこれは、腹が減ったり喉が渇いたりするのと何も変わるまい』

 そうだ!親父が死ぬ前に言っていた。この鬼の念は女の精気がないと生きていけないと。
 そのために、4人の巫女を揃えなければならないと。

 お袋たちがそうだったように。

「しかしっ!飯を食うこととそれは訳が違うやろが!」
『わかってないな。もう、おまえは女の精気を吸わねば生きていけない体になっておる。たとえ、いくら飯を食ったところで、もうおまえは命をつなぐことはできねえんだよ』
「そんな!……っ!」

 叫んだ拍子に、目眩がして足元がふらついた。

 それに、女を犯したいという欲望が膨れ上がってきて、熱でもあるみたいに頭がのぼせてくる。

『ほら、もう爆発寸前じゃねえか。おまえ、もう何日女を抱いてないと思ってるんだ?生き物がなんで飢えや渇きを感じると思う?もし空腹感や喉の渇きを感じなかったら、そのまま何も食わずに飢え死にする奴が出るだろうが。まあ、飢えや渇きは生きていくために体が知らせる警報みたいなもんだ。要はそれと同じことさ、いわば、今のおまえは飢え死に寸前の状態なんだよ』
「く……それやと俺はこのまま死んでまうしかないのか!?」
『まあ、その前に錯乱して相手かまわず女を襲う確率のほうが高いがな。だから、悪いことは言わん、あの葛野とかいう女を巫女にするといい』
「そっ、そんなこと……」

 鬼の言葉をとっさに否定しようとしたが、頭がふらついて言葉が続かない。

『あの女にとっても悪いことではないさ。巫女になれば、普通の人間よりも年を取るのが遅くなる。お前の体さえ長生きすれば、仕える巫女も若さを保つことができる』
「そ……そういうことやったんか……」

 鬼の言葉に、お袋たちの若々しさの理由が初めてわかった。
 そして親父が死んだ後、急に老けこんだように見えた訳も。

『それに、巫女になればいつでも快楽を与えてやることができるぞ。おまえのその、立派なものでな』
「せ……せやかて、彼女がそれで喜ぶはずが……」
『なるほど、じゃあ、あの女が喜ぶならおまえはそれでいいんだな?』
「……え?」
『あの女の方から望んでおまえの巫女になれば問題はないんだな?』
「そ、それは」
『もし、あの女の方から抱いてくれと言ってきたら、おまえはどうするんだ?』
「う……俺は……」

 鬼が、畳みかけるように尋ねてくる。

 欲情でのぼせた頭に不意を突かれて、俺はまともに返事ができなかった。

 もし……葛野の方から望んで来たら……その時俺はどうするんや……?

 朦朧とした頭で考えても、答えは浮かんでこない。

『まあいい。今日は考える力もないみたいだな。仕方がない。その欲望を鎮める呪いをしてやるから、その間にじっくり考えろ』
「……なんやと?おまえが?」
『ああ。紙はあるか?半紙か懐紙のような和紙がいい。たしか、俺はおまえの親父の部屋に山ほど置いておいたはずだが』
「……ああ」

 俺は、ふらふらと立ち上がると親父が使っていた部屋に向かう。

 こいつは親父の中にいたんだから、この家と神社のことは何でも知っているはずだ。
 それに、神社なんだから必ず和紙の類はあるはずだった。

 俺は、親父の部屋の棚を開けると、半紙を一枚取り出した。

『よし、あとは俺に任せておけ』

 そう、鬼の声が聞こえたかと思うと、俺の手が勝手に動いて半紙を5センチ四方くらいの大きさにちぎった。

 そして、唇を噛み切ったかと思うと、指が動いてその紙に血で文字を書いていく。

 いや、文字なのかどうかすらわからなかった。

 文字のような、文様のような、全く見たことのない模様。
 自分で書いているというのに、その意味が全く分からない。

『よし、じゃあ、これをその立派な肉棒に巻き付けるんだ』

 いわれるまでもなく、手が動いて赤黒い文様の書かれた半紙をいきり立ったままのモノに巻き付ける。

 すると、今度は口から低く呪文のようなものを唱え始める。

 どんな意味なのか、いや、何語かすらわからない謎の呪文が自分の口から流れ出ていく。

「キエエエエエエエッ!」

 最後に鋭く気合いを放つと、半紙が一瞬輝いたように見えた。

『よし、これで終わりだ。どうだ、少しは落ち着いただろう』

 鬼の声が頭の中に響く。

 たしかに、言われてみればさっきまでの、朦朧とのぼせるような感じは消え、少しは冷静にものを考えられるようになっていた。
 女を襲いたいという欲求もウソの用意消えていた。

「たしかに……くっ!」

 股間が突っ張って、思わず腰をかがめる。

 そこにあるモノは、相変わらず人間離れした大きさでいきり立ったままだった。

『ククク……さすがにそこまではどうにもできんさ。なにしろ、おまえの体は飢え死に寸前なんだからな。しかし、だいぶ楽になったはずだぞ』
「ああ」
『それと、その紙は明日使うからな』
「使う?なににや?」
『この術はあくまでも気休めみたいなもんなだからな。明日、女、特に好意を持っている女を見るとまた抱きたくなってしまうぞ』
「なっ!」
『それが嫌なら、その紙をおまえが好きな女、あの、葛野とかいう女の体に貼り付けるんだな。そうすれば、おまえは自分の欲望を抑えることができる』
「そうなんか?」

 そうは言ってもこいつは鬼だ。
 こいつの言葉は簡単には信じられない。

『まあ、明日おまえが理性を失って人前であの女を襲いたいっていうんなら話は別だがな……ククク』
「そんなことしたいわけがあるわけないやろ!」
『どのみち、それは気休めにしかならんぜ。女の精気への飢えがさらに進めばどうせおまえは正気を保てなくなる。そのまま楽に餓死できるわけはないだろうが。まあ、冷静な間にどの女を巫女にするのかよく考えておくことだな』

 結局、そこが狙いか……。

 俺を助けると見せてじっくり時間をかけていたぶり、俺が屈するのを待とうというわけか。

 だが、こいつの思い通りにさせる気はない。
 これで少し時間の余裕ができたのなら、その間に何とか手を打つ方法を考えてやる。

「俺は誰も巫女にはせえへん!」
『ククク……その強がりがいつまで持つか見せてもらうぜ』
「俺は絶対にそんなことはせえへん!……ううっ」

 激昂して叫んだはずみで足元がふらついた。

『おいおい、もう足元がフラフラじゃないか。無理するな、今日はもう寝ろよ』

 からかうようなしゃがれ声が頭の中に響く。

 たしかに、この鬼の言う『飢え』と、精神的なショックでもう倒れそうなほど疲れていた。

「言われんでもそうさせてもらうわ」

 そう吐き捨てると、俺はよろよろと自分の部屋へと向かっていった。

* * *

 だが、翌朝になっても、俺のそこはグロテスクに突き立ったままだった。
 会社に行かないわけにはいかないので、上からベルトで押さえつけて何とか目立たないようにした。

 締め付けられたそこがきつく、ずきずきと鈍い刺激を感じる。
 しかし、この程度で済むのならまだ我慢はできる。

「おはよう、葛野」

 出社すると、葛野の肩にポンと手を置くふりをして昨日の紙を貼り付ける。

 すると、それは俺の目の前で彼女の中に潜り込むように、すぅっと消えていった。

「あ、おはようございます、先輩!あれ?なんかしはりましたか?」
「ん?いや、なんもしてへんけど」
「そうですか?なんか今、肩にくしゃくしゃって当ったような気がしたんですけど……あれ?なんもないですね」
「気のせいやろ」

 そうごまかすと、俺は自分のデスクに座る。

 今のところは昨日のようなどす黒い欲望がこみ上げてくる気配はない。
 とりあえず、これで自分のことに集中できそうだった。

 午前中、俺は仕事の合間を見つけては鬼や悪魔を払う方法について調べてみた。

 情けないが、神社の息子だというのに俺にはその方面の知識はない。
 もっとも、うちの神社は代々鬼の念を宿し、鬼に支配されてきたのだからそれを払う方法など伝わってるはずもないだろうが。

 京都という場所柄、お払いをする神社や寺はたくさんあるみたいだが、それだけにどこに行けば本当に効果があるのか絞れない。
 なにしろ、相手は本物の鬼だ。儀礼的なお払いではなくて、本物の呪術でないと払うことはできないだろう。

 そうやって、神社や寺を調べるのにかなり時間を費やしているうちに昼休みも過ぎた。

 午後も、少しの暇を見つけては調べ物をする。

 その時だった。

「……ぐっ!?」

 ベルトで押さえ込んでいるそれがドクンと脈打ったかと思うと、強烈な欲情が襲い掛かってきた。

「……な、なんでや?」

 小さく呻くと、同僚に怪しまれないように小声で呟く。

 この、女を犯したいという強烈な欲望。

 それは昨日の夜と同じ、いや、昨日以上に強いとすら感じる。

『だから、おまえの体は飢えた状態にあるといっただろうが』

 頭の中で、鬼の耳障りな声が響く。

「しかし、昨日の呪いでそれは抑えてあるんやないんか?」
『ああ、あれは嘘だ。今までは俺が中から欲望を抑えつけていただけだからな。それを解放しただけだ』
「なんやて!?ほんなら、さっき葛野に貼ったあれは!?」
『ああ、おまえの血で結んだ呪符によって、おまえとあの女は繋がった。おまえの血が滾れば、あの女の血も滾って欲情する。ククク……おまえの力だけでその欲望をいつまで抑えることができるかな?』
「くっ、騙したな!」
『どうした?少しは時間稼ぎをできるとでも思っていたのか?その間に俺を追い出す方法でも考えようとしていたのか?残念だったな……ククク』

 すべてお見通しって訳か。
 く……俺はこいつの掌の上で踊らされていただけやというんか。

 歯噛みする俺の頭の中でいかにも愉快そうに響く鬼の声。

『まあ、少し想像してみろよ。あの女が裸でおまえを求める姿を』
「なっ!……ううっ!」

 欲望で滾った頭に、裸で俺に抱き付いてくる葛野のイメージが鮮明に浮かんできた。

 同時に、押さえつけている俺のモノがドクンドクンと脈打つ。

『なかなか想像力が豊かじゃないか。今、おまえとあの女は呪符で繋がってるからな。おまえの想像したことは、あの女自身のものとしてあの女も想像しているだろうよ』
「ど、どういうことや?」
『欲情したあの女も、自分の思いとして裸でおまえを求める様を想像しているということだ。ほれ、あの女を見てみろ』

 言われるままに葛野のほうを見ると、こっちを見つめている葛野と目が合った。

 次の瞬間、彼女は恥ずかしそうに顔を伏せる。

 だが、一瞬見えたその顔は、熱でもあるように目の周りがほんのり赤くなり、口を半開きにして大きく息をしているみたいだった。

『いい顔をしてるじゃないか。あの様子だとあの女、すぐにでもおまえを求めてくるぞ。その時、おまえはどうするのかな?……ククク』

 そういうことやったんや……。

 昨日の思わせぶりな言葉の意味を俺は初めて理解した。
 だが、今の俺は欲望を抑えるのに精いっぱいで、鬼に反論するどころではなかった。

 しかも、その欲望はどんどん膨れ上がってきて、想像したらいけないことはわかっていても、裸で抱き付いてくる葛野の姿を想像してしまう。

 欲しい……葛野を抱きたい……。

 うなされているみたいにそんな欲望が頭の中をぐるぐると駆け回る。

『ククク……いい反応だな。おまえがあの女を欲すれば、あの女もおまえを欲するようになる。それでいい、もっと求めろ』

 相変わらず鬼の楽しそうな声が響くが、俺は自分を抑えるの精いっぱいで言い返す余裕もなかった。

 それでも、俺は終業時間まで何とか耐えることができた。

「あの、先輩……」

 大事になる前に早く帰ろうとした俺に、葛野が声をかけてきた。

 その姿を見た瞬間、抱き付きそうになる衝動をなんとか抑え込む。

「……ん?なんや?」
「一緒に……帰りませんか?」

 恥ずかしそうにそう言ってうつむく葛野。

 その仕草に、またもやその体にむしゃぶりつきそうになる。

「あ、ああ、ええけど……」

 つい、そう答えてしまった。

 そのことを、葛野と廊下を歩きながら後悔していた。

 葛野と並んで歩いている。
 それだけで抑えきれないくらいに欲望がこみ上げてくる。

 まずい……この状況はまずいで。
 なんとかせんと……。

「先輩」
「ん、なんや?……うわっ!」

 葛野がいきなり俺の手を引いた。

 引っ張り込まれたのは、物置に使っていて普段は人のいない部屋だった。

「か、葛野!?……んっ、ぐむむむ!?」

 俺を部屋に連れ込むと、後ろ手にドアに鍵をかけていきなり葛野は俺の唇に吸い付いてきた。

 その、柔らかい感触が当たった瞬間、頭に血が上ってくる。
 ベルトの下でいきり立っているそれは、さっきから脈打ちっぱなしだった。

「ん、んふう……。先輩、私の初めて、もらってください……」

 唇を離して俺を見つめる葛野の目は潤んで涙目になっていた。

「か、葛野……」
「初めてなのに、それも会社の中でこんなことするなんて、私もはしたないとは思います。そやけど、私、もう我慢できへんのです。先輩のことが好きで、先輩に抱いて欲しくて……」

 もし、葛野の方から望んで来たら、その時俺は……俺は……?

 昨日も自問した問いを、何度も繰り返す。
 しかし、答えは出てこない。

 その時点で俺は、頭がのぼせて、思考力も判断力もなくなってきていた。

「ダメですか、先輩?」

 そう言って、葛野が抱き付いてきた。

 そのほっそりとした体をいっぱいに押し付けてくる。

「葛野!んむ……ん」

 俺は、力いっぱい抱き返すと葛野の唇を吸う。

 欲しい……葛野を俺のものにしたい!

 もう、俺には欲望に抗うだけの理性が残っていなかった。

「ん、んむむむ……先輩……」
「ええか、葛野?」
「はい……んっ、んんっ!」

 スカートの中に手を入れて探ると、濡れそぼって冷たい感触が指先に当たった。

「ここ、もうこんなに濡れとるやないか」
「あん……やだ、恥ずかしい。私のこと、いやらしい女やと思ってはりますよね……」

 俺の言葉に、葛野は顔を真っ赤にしてまた下を向く。

「そんなことあらへん」
「先輩……あっ、あうっ!」

 ショーツの上から割れ目のあたりを指先で弄ると、甘ったるい声をあげてその身をよじる。

 俺ももう、欲望を抑えることができなかった。

 急いでベルトを外してズボンのホックをはずしただけで、今まで押さえつけられていたそれが前に張り出してくる。

 それを葛野のスカートの中に潜り込ませると、ショーツをずらして入り口に押し当てる。

「いくで……ええか?」
「はい…………くっ、くふううううううううううっ!」

 小さく頷いた葛野の中に、俺は欲望の塊を思い切り押し込んでいく。

 すると、葛野の顔が苦痛に歪んだ。

「痛いか?」
「はい……でも、うれしいです。先輩が、わっ、私の中に入ってっ……。私の初めて、先輩にあげることができて……す、すごくっ、うれしい。くうううっ!」

 初めてで、しかも鬼を宿したために規格外の大きさに膨れ上がったモノを入れられて痛くない訳がない。

 俺のモノを締め付けてくるのも心地よくて体が反応してるからじゃない。きっとそれが彼女の体には大きすぎるせいだろう。

「はううぅ……私の中、先輩でいっぱいになって……くうっ!い、痛いけど、ほんまにうれしいんです」

 歯を食いしばって痛みを堪えながら、それでも葛野は力強く抱きしめてくる。

「ええか?動くで」

 俺の言葉に、葛野は黙ったまま小さく頷く。

「……はうっ!くうううううううっ!くあっ、くああああっ!」

 腰を動かし始めると、苦しそうな呻き声が響き始めた。

 俺のモノが、葛野の中を削るくらいに擦っているのがわかる。

「苦しいんか?せやったらやめるで?」
「んくううううっ!やめんとってくださいいぃっ!私は、だっ、大丈夫やから!」

 俺をぎゅっと抱きしめたまま、葛野はイヤイヤと首を振る。

「くふううっ!おっ、男の人のがっ、こんなに大きいなんてっ、私、知らんかったんです。初めてやから、驚いてるだけなんですっ!私っ、がんばりますからっ!んくうううっ!」

 違う。俺のはほんまに他の男のよりずっと大きいんや。
 苦しくて当たり前なんや。

 胸の内で、俺は葛野の言葉を否定する。

 どのみち、もう止められそうになかった。
 俺のモノを締め付け、その中いっぱいに扱きあげてくる快感に、腰を突き上げるのが止まらない。

 欲望が満たされる満足感。
 いや、実際に、一突きごとに葛野の体から何かが俺の中に流れ込んできていた。
 それが満ちていくのを感じるとともに、力が湧き上がってくるようだった。

 これが、女の精気を吸うということなんか……。

 俺は、不思議な高揚感に包まれて腰を動かしていた。
 それに、葛野の様子も少しずつ変わっていっていた。

「んふううううっ!ああっ、中でいっぱいに擦れてっ、熱いぃっ!アソコがっ、燃えるっ!ああっ、くあああああっ!」

 苦しそうだった呻き声に、艶めかしい響きが混じり始めているような気がした。

「くうううぅ!ああっ、熱いのっ!体がっ、燃えるみたいっ!んんんっ、すっ、凄いですっ、せっ、先輩いいぃ!奥まで突き抜けてっ、ああっ、でもっ、これっ、気持ちええかもっ!あっ、あああああっ!」

 葛野が大きく頭を仰け反らせて喘ぐ。
 その顔は真っ赤になって、大粒の汗が浮かんでいた。

 常人離れした大きさの俺のモノが、子宮口を突き抜けて本来届くはずがないところまで届いているのはわかっていた。

 本来なら苦しいだけのはずだろうに、葛野は快感を口にしていた。
 それが、鬼の呪いによって欲情させられたせいなのか、それとも鬼を宿した俺のモノのせいなのかはよくわからない。

「んふうううっ!あんっ、凄いっ!こんなん、もの凄うてっ、私っ、もうあかん!気持ちよすぎてっ、頭がっ、クラクラするうぅっ!」

 葛野の膝がガクガクと震えて、足元がふらつき始める。

 それはきっと、俺に精気を吸われて体に力が入らなくなっているためだろう。

 俺は、葛野の尻を両手で抱えるとその体を抱き上げる。

「ううううっ!まだっ、奥まで来るのん!?そんなんされたらっ、私っ、もうっ!はうっ、あっ、あんっ、ふあああああっ!」

 俺の突き上げる動きに振り落とされまいと、葛野は必死に俺にしがみついてくる。

「あんっ、はううっ!ええのんっ、これ、すっ、凄いええですっ、先輩っ!あうっ、ああっ!」
「くっ、葛野!……ううっ!?」

 夢中になって腰を動かしていた俺の脳裏に、不意に鮮明な映像が浮かび上がった。

 そうや、1200年と少しほど前のあの時、俺は……。

 それまで、俺はこの地の支配者だった。
 そんな俺のすべてを人間どもは奪い去った。

 奴らは俺に服従を申し出てきた。自分たちから俺の支配下に入り、俺の下で働きたいと。
 その証にと、奴らは俺を宴に招いた。
 それは、贅を尽くし、大勢の美女を侍らせた豪勢なものだった。
 宴も酣となった頃、すっかり気をよくして酔いの回った俺を、奴らは騙し討ちにして、数人の術者を使って地下深くに封印した。

 俺は、なんとか念の一部をひとりの人間に取り憑かせることで完全に封印されるのを逃れることができた。

 だが、その後しばらくは術者とその後継者たちの警戒の目が光っていて、俺もうかつに動くことができなかった。
 少しずつ女の精気を吸いながら、数代にわたって細々と生き長らえてきた。

 術者の後継者たちの力も衰え、封印のことも忘れられた頃になってようやく俺は活動を始めることができた。
 それから900年。
 その雌伏の屈辱を俺は決して忘れない。

 必ずや封印された俺の体を取り戻して、俺を封印した奴らの子孫を皆殺しにし、人間どもを俺の前に跪かせてやる……。

 俺の中で、何かが弾けた。

「うおおおおおっ!」
「んくうううううううっ!ああっ、来るっ、なんか来るっ!ふあっ、ああああああっ!熱いのがっ、中で暴れてっ!ああああああああああああああああっ!」

 俺にしがみついて体を固まらせた葛野の中に、俺は自分の精を放った。
 それと入れ替わるように、大量の精気が葛野から流れ込んでくる。

「ふああああああぁ……中で、いっぱいに……出てる……。ふわあぁ……ああ……せん…ぱ…い……」

 俺の精をいっぱいに受け、自分の精気を大量に吸われて、葛野の体から力が抜ける。

 俺は、気絶した葛野を床に寝かせると、その体を舐めるように眺める。

 もう、鬼の声は聞こえない。

 それもそのはずだ。
 今の俺は鬼無聡であり、鬼でもある。
 今や、俺と鬼は一心同体。
 鬼の記憶も、無念も、そしてその力も俺の中にある。

 もっとも、今の力は封印を解かれた状態とは比べものにならないくらい小さいが。
 だからこそ、封印を解くのは”俺たち”の悲願。

 もとを糾せば、卑怯にも俺を騙し討ちにした人間どもの方が悪い。
 その復讐を果たすことを俺は躊躇わない。

 ぐったりと横たわる葛野を見下ろしながら、俺はそんなことを考えていた。

 気を失っていても、その頬は紅潮して、息も荒く胸が大きく上下していた。
 スーツを着ていてもそのスタイルの良さはわかる。
 そして、スカートの、足をだらしなく開いた股間のあたりには、破瓜の血と精液と愛液の混じった染みが滲んでいた。

 改めて見てもいい女じゃないか……。

 今となっては、葛野を抱くことをあんなに拒んでいた自分を馬鹿らしく思う。

「ん、んん……。あ、先輩……」

 葛野の瞳がゆっくりと開き、俺を捉えた。

 熱を帯びた視線で、こちらを見つめている。

「大丈夫か、葛野?」
「ん、ふぁいぃ……大丈夫ですぅ……」

 腕を伸ばすと、蕩けた表情で返事をする葛野を助け起こす。

「すまん、葛野。服を汚してしもうて」
「……え?あ、これはええんです。夕方やから目立たんやろうし、すぐ乾きます」
「すまんな、あんなことして」
「え?ええ!?全然ええんですよ!だって、私から言い出したんやし」

 そう言うと、顔を赤らめてもじもじする葛野。
 その表情、仕草、どこをどう見ても俺に惚れている女のそれだ。

 ククク……呪符の効果でそうさせられたというのにいい気なもんだな。

「でも、今やから言うけど、俺も葛野のこと好きやったから」
「え、あっ、やっ、そんなっ!」

 俺の言葉で、ただでさえ紅潮した顔が耳の先まで真っ赤になった。
 すっかり狼狽えたその様子には、普段の爽やかで明るい雰囲気は微塵も感じられない。

 そんな葛野に顔を近づけて耳元で囁く。

「ありがとうな、葛野」
「いいい、いえっ、そんなっ!私の方こそごめんなさい!あの、そ、そのっ、きょ、今日は、あっ、ありがとうございました!」

 すると、葛野は飛び上がるようにして一歩下がると、何度も頭を下げて部屋を出て行く。

 可愛いやつじゃないか。

 ……決めた。
 あいつを俺の巫女にする。

 にやつきながらそう心に決めると、他の人間に怪しまれないように少し時間をおいて俺は部屋を出て行った。

* * *

「あ、お帰りなさいませ」

 家の前に帰ってくると、神社の境内を掃いていた女が頭を下げた。

 そして、俺をまじまじと見つめる。

「そうですか、ようやくひとつになられたのですね」

 そう言って嬉しそうな笑みを浮かべたのは、お袋、いや、俺の前の体に仕えていた巫女の由紀子。

 今では、忠実な俺の眷族のひとりだ。

「そうです、それでいいのです。私はもうあなたの母ではないのですから。私たちにとっては、あなたに仕えることだけが喜びなのです」

 まるで、俺の心の内を見透かしたように由紀子が微笑む。

 さすがは鬼の巫女、といったところか。
 俺の考えをよくわかっている。

「で、巫女の候補は見つかったのですか?」
「ああ」
「それでは、新しい巫女装束を用意しておきますね」
「頼む」

 短く会話を交わすと、頭を下げている由紀子に背を向けて俺は屋敷の中へと入っていった。

3.鬼の巫女

 翌朝。

「おはよう、葛野」
「あ、おっ、おはようございます、先輩」

 会社へ行った俺が挨拶をすると、葛野は顔を真っ赤にして挨拶を返してきた。

 その初々しさに、俺は胸の内で笑みを浮かべる。

 その日の仕事中、ずっと俺は葛野に意識を集中していた。

 昨日、葛野に貼り付けた呪符の効果はまだ残っている。
 それに、今や鬼の力は俺の力だ。

 葛野を俺に対して欲情させるなんてことは簡単なことだった。

 呪符の繋がりを辿って意識の一部を葛野の中に潜り込ませて、昨日のことを思い出させてやる。
 そして、俺をもっと求めるように心を燃え上がらせる。

 すると、葛野は体をもぞもぞさせ始めた。
 時々、ちらちらとこっちを眺める俺と目が合うと、恥ずかしそうに顔を伏せる。

 そのうち、葛野の片手がデスクの下に潜り込んで、時々肩がピクッと震えているのに気づいた。

 おいおい、就業時間中に会社のデスクでオナニーしとんのか?
 ククク……たった一日で随分といやらしくなったもんやな。

 大胆にもデスクに座って、他の人間に気づかれにように自慰をしている葛野の姿を見て俺はほくそ笑む。

 もちろん、呪符を使って俺がいやらしい気持ちにさせたせいもある。
 だが、昨日俺の、この鬼のマラでさんざん突かれたのだ。
 そんなことをされて、ごく普通の人間がただで済むわけがない。
 昨日の晩はさぞ体が火照ってしかたがなかっただろう。

 そして、夜が明ければこの痴態だ。

 だが、そのいやらしさこそ俺の巫女にふさわしい。

 その日、終業時間が来ると、今度は俺の方から葛野のデスクに歩み寄る。

「葛野、今日こそ一緒に帰らへんか?」
「えっ、あっ、は、はいっ!」

 俺がわざとらしく、今日こそ、と強調したので昨日のことを思い出したのか、葛野は顔を真っ赤にして立ち上がった。

「なあ、葛野……」
「な、なんですか?」

 会社を出ると、俺はおもむろに話を切り出す。

「これから、うちに来てくれへんか?」
「え?……ええーっ!?」
「いや、そんなに驚かんでもええやないか」
「ご、ごめんなさい」
「なあ、嫌か?」
「あ、いえ……行かせてもらいます……」

 恥ずかしそうに俯いて、葛野はそれだけ答える。

 俺の家までの道々、葛野は赤い顔をして下を向いたまま、俺の話に生返事を返してくるだけだった。

 まったく、どんなことを想像しているのか……。
 まあ、想像していることはなんとなくわかるし、当たらずとも遠からずというところだが。
 少なくとも、葛野が想像している以上のことが起こるのは間違いない。

「ちょっとそこに座って待っといてや、冷たいお茶でも出すさかいに」

 屋敷に着くと、葛野を座らせて俺は台所に立つ。

「……あの、家の人はいてないんですか?」

 俺の出したお茶を受け取って、葛野は不思議そうに訪ねてきた。

「ああ、親父は死んでしもうたしな」
「あっ、ごめんなさい!そんなつもりじゃ……」
「ええんやええんや。それと、お袋は出て行った」
「ええっ!?」
「あ、別に悪い意味で言ったんやないんやで。俺の家が神社なのは知っとるよな?」
「はい、前に聞きました」
「うちのしきたりでな、この屋敷に住むことができるのは神主とその巫女だけなんや。お袋は親父の巫女も兼ねとったけど、親父が死んだ後はこの屋敷を出て、今は門前の家で暮らしとる。別に仲が悪い訳やあらへんで」
「あ、そうやったんですか……」
「それでな、葛野。おまえに頼みがあるんやけど……」

 俺は、真剣な顔をしてわざと言いにくそうに言いよどむ。

「なんでしょうか?」

 その雰囲気に飲まれたのか、葛野も真面目な表情で聞き返してきた。

「あのな、俺の巫女になってくれへんか?」
「え?…………ええーっ!?」

 一瞬、きょとんとした表情を浮かべた葛野は、すぐに目を丸くして大きな声を上げた。

「あ、あのっ、先輩のお母さんがお父さんの巫女やったってことは……先輩の巫女になるのって、つまり……」
「ああ、そういうことや」
「そ、そ、そ、そんな……」

 そう言ったきり、葛野は口をパクパクさせている。

「やっぱり、嫌なんか?」
「あっ、いえ、嫌なわけやないんです!でもっ、私、巫女なんて経験ないですし!」
「そんなん、普通ないもんやで。うちのお袋も親父と会って初めて巫女になったらしいしな。これから巫女修行を始めたらええんや」
「あ、そうやったんですか……」
「実はな、俺も神主修行なんてまともにやってへんのや。せやから、会社を辞めて、修行をしつつ神主に専念するつもりなんや」

 もちろん、それは巫女を集めて封印を解く呪法を行うための口実に過ぎない。
 俺の中に鬼の記憶と力があれば、修行なんて必要はない。巫女さえ揃えばすぐにでも呪法を再開できる。
 そもそも、ここは神社ですらない。祀るべき神などここにはいないのだから。

「それでな、俺の仕事をおまえにも手伝って欲しいんや」
「せ、先輩……」

 まだ、少し戸惑っている様子の葛野。
 そこに俺は畳みかけるように言葉を続ける。

「昨日も言ったやろ。俺はおまえのことが好きやったって。だから、おまえにいて欲しいんや。おまえやないとあかんのや」

 よくもまあ、こんな陳腐な台詞が出るもんだと俺も思う。

 だが、恋する女は陳腐な台詞には弱い。

「……わかりました」
「そうか、やってれるか!」
「はい」

 真剣な表情で葛野は頷く。

 俺は、立ち上がると棚から神酒を注ぐための杯を取り出した。

「ほなら、今から契約を行うで」
「……契約、ですか?」
「まあ、契約いうてもここの巫女になるための儀式みたいなもんや」

 そう言うと、俺はやはり棚から小刀を取り出すと自分の手首を切った。

「あっ!なにをしはるんですか!?」
「待つんや!これが契約には必要なんやから」

 驚いて俺を止めようとした葛野を制すると、俺は滴り落ちる自分の血を杯で受けとめる。

 もちろん、深く切ったわけではないからそんなに勢いよく噴き出るわけでもない。

「少し気持ち悪いかもしれへんけど心して聞いてくれ。ここの巫女になる者は、神主の血を啜らなあかんのや。昔からのしきたりでな、それがここの巫女になる証になるんや」
「そ、そうなんですか……」

 葛野は、頷きながらも、少し顔を顰めて杯に溜まっていく血を見つめている。

「……こんなもんでええやろ。これからこれを飲んで欲しいんやけど、やっぱり嫌やんな?」
「あ、いえ……い、嫌やないです。……あっ、でもその前に!」

 そう言うと、葛野はポケットからハンカチを取り出して、俺の手首の小刀で切ったところを縛る。

「……これで、血が止まればいいんですけど」
「ふ……ありがとうな、葛野」
「あ、い、いえ、ええんですよ、そんなの……」

 礼を言った俺に向かって手を振ると、恥ずかしそうにまた下を向く。

「で、どうなんや?」
「え?」
「巫女になる話やけど」
「あ、それは……」

 そう言ったきり、血の入った杯を凝視する葛野。
 そして、ゆっくりとそれを持ち上げた。

「……こ、これを、飲めばええんですよね」

 そのまましばらくの間、手に持った杯を見つめて固まっていたが、やがて意を決したように目を瞑ると葛野は杯に口をつけて俺の血を一気に飲み干した。

「ありがとう、葛野。これで契約完了や」
「い、いえ……」

 俺の方を向いて短く答えた葛野の舌が、唇に付いた血をすくい取ろうとする。
 だが、かえって血にまみれた舌から色が広がって唇に朱を引いたようになった。

 俺の顔を見上げる葛野の唇が、赤く、妖しく濡れて光っている……。

 そうやってしばらく見つめ合っていると、一瞬、葛野の瞳が赤く染まったように思えた。

 もちろん、それはほんの一瞬のことで、瞳の色はすぐに元に戻る。

 だが、今度は俺を見つめるその顔が紅潮し、潤んだ涙目になってきた。
 そして、はあはあと大きく息をし始める。

「葛野……」
「先輩……ん、ちゅ……んむ……」

 俺が顔を寄せると、葛野の方から唇に吸い付いた。

「んむ……んん、むふう……んちゅ……」

 そのまま、俺の舌に自分の舌を積極的に絡めてくる。

 鬼を宿した俺の血を啜ることが、俺と巫女との契約の証。
 そして俺の血を啜って巫女となった者は、淫らな存在へと変化する。

 そうやっていったん俺の血を体内に受け入れると、後は俺と交わるたびにその者の身も心も鬼の巫女に相応しいものになっていく。
 俺のための精気を体に溜め込み、俺と体を交えてそれを捧げる淫乱な巫女としての体に。
 さらには、封印を解く呪法を手伝うための魔力を体に宿すようになる。
 そして、体の老化が遅くなり、若さを保ったままその一生を俺に捧げる。

 そうなってしまった者はもう人間とはいえない、完全な鬼の眷族だ。

 そして、葛野は今、その一歩を踏み出した。

「んん……んむっ……んふう……ああ、先輩……」

 口づけを終えると、葛野は熱を帯びた視線をこちらに向けて俺を誘うように腰をくねらせる。

 足を絡めて腰を俺に押しつけて秋波を送ってくるその姿には、先ほどまでの恥じらいは見られなかった。

「先輩……あっ、んふうぅん……」

 俺がスカートの中に手を入れると、そこは昨日と同じくすっかり濡れそぼっていた。

「ふっ、いやらしい体やな。そんなにここに俺のを入れて欲しいんか?」
「はい……はい、先輩の、欲しいです……」

 俺の言葉に、葛野は素直に頷いて俺を抱きしめてくる。

「じゃあ、服を脱いでくれへんか。おまえの裸が見たい」
「わかりました」

 そう答えて一歩下がると、葛野は服を脱いでいく。
 まず、スーツのジャケットを。
 そして、白のブラウスを脱ぎ捨てて次にスカートを脱ぎ、下着だけの姿になる。

 その姿になると、改めてスタイルの良さがよくわかった。

 次いで、黒のストッキングを脱いでブラを外し、ショーツから足を抜いていく。

 身につけていたものをすべて脱ぎ捨てると、葛野は恥ずかしい場所も一切隠そうともせずに俺の前に立った。

 すらりとした長い足にくびれた腰、白い肌は興奮して全身がうっすらと桃色に染まっている。
 ほっそりした体には不釣り合いなくらいに豊かな胸には早くも汗の粒が浮かんで緩やかに上下し、乳首は勃起してつんと上を向いていた。

「きれいやで、葛野」
「ありがとうございます、先輩。……あっ、んふうんっ……」

 手を伸ばして胸を掴むと、葛野は甘い喘ぎ声を漏らす。

「ん……先輩……はあん、むふうううん……。ああっ、先輩っ!あんっ、乳首ぃっ!そんなにっ、はうううんっ!」

 少しの間、その柔らかな感触を楽しんだ後で固く立った乳首を摘まむ。

 すると、葛野は顎を上げて喘ぎ、体をビクンと悶えさせた。
 剥き出しになった割れ目から、蜜がふとももを滴り落ちていく。

「あうんっ!ふああああっ!」

 もう一度股間に手を伸ばして、中指を割れ目の中に滑り込ませた。
 中をかき混ぜてやると、指を肉棒と勘違いして活動を始めたのか、熱くうねった襞がまとわりついてくる。

「あんっ、せっ、先輩っ!んっ、んくううっ!」

 葛野が俺にしがみついてきて、指の動きに合わせて体を震わせる。

「あっ、私っ、もうっ、ふあああああああああっ!」

 そのまま指で中を攪拌し続けていると、葛野が大きく体を仰け反らせた。
 割れ目から大量の蜜が溢れ出して、俺の掌に溜まっていく。

「ん……ふううううぅ……」
「なんや、指だけでイってしもうたんかいな?」
「ご、ごめんなさい……で、でも……」

 一度イったのにも拘わらず、しかもからかわれたことにも気づかずに、葛野は体をくねらせてまた腰を押しつけてくる。

「私、先輩のが欲しいんです。早う……入れて欲しいんです」
「ああ、わかったで」

 俺は、密着している葛野の体をいったん離すと、ペルトを外してズボンを脱ぐ。
 ようやく肉棒が拘束から解き放たれて、その偉容を誇示するように屹立する。

「あ……ああ、すごい……」

 目を丸くして肉棒を見つめ、葛野は言葉を失う。

 昨日は薄暗い部屋の中で、しかもすぐにスカートの中に潜りかませたのでまともに見るのはこれが初めてなのだろう。

「すごい……男の人のって、こんなに大きいんや……」

 突き立ったまま黒光りしてしている肉棒に顔を近づけて感嘆の声を上げている葛野。

 もっとも、俺の肉棒は特別だから並の男のとは比べものにならいのだが、昨日が初めての経験だった葛野にはそれがわからないようだ。

「こんなに大きいのが、昨日、私の中に入っとったんや……」
「また入れてやるで、葛野さえよかったらな」
「はい……はいっ、私のアソコに先輩の大きいの、早う入れてください!」
「よし、ええで、葛野」

 期待に瞳を輝かせる葛野を立ち上がらせると、焦らされて蜜を垂れ流し続けているそこに肉棒を宛がった。

「んっ、んくううううううううううっ!」

 俺が、葛野の中にゆっくりと肉棒を押し込んでいくと、その喉から息苦しそうな呻き声が漏れる。
 だが、その顔は恍惚とした笑みすら浮かべ、昨日のような苦痛の色は全くない。

「あっ、あああ……私の中が、先輩のでいっぱいになっとる!くふううっ、これが、これが欲しかったんです……」

 俺の肉棒を根元まで体内に飲み込んで、葛野はうっとりと目を細めてこちらを見上げてくる。

 その中の締め付けも、熱く絡みついてくる動きも、昨日とは質が違う。
 固く巨大な鬼の肉棒をしっかりと包み込み、全体に愉悦をもたらしてくる。

 契約を交わしたことで、体にも変化が現れ始めているということなのか。

「ああ……先輩……んっ、んんん…………あんっ!」

 その体勢でより刺激を得ようと腰をくねらせる葛野の体を抱え上げると、俺は椅子に腰掛けた。

「あふんん……あん、んふううん……」
「そんなに気持ちええんか、葛野?」
「はい……先輩ので私の中がいっぱいになって、すごく気持ちええです……」
「じゃあ、自分で動いて見せてくれへんか?」
「はい……んっ、ああっ、あんっ、あふんっ!」

 椅子に座った俺に跨がった体勢で俺の肩を掴むと、葛野は腰を動かし始める。

 しかし、契約が終わって淫らな体になったとはいえ、いかんせん経験が少ないせいかその動きはまだまだぎこちない。

「あっ、あんっ、んっ、はうん!あっ、あああああああんっ!んふううぅ……」

 しかも、大きく腰を動かした弾みにイってしまったのか、腰が抜けたようになって大きく喘いでいる。

「しょうのないやっちゃな。ほんなら、俺の方が動くで」
「ご、ごめんなさい。ああっ、あんっ、はうっ!やあっ、せっ、先輩っ、はっ、激しいわぁっ、あっ、あああっ!」

 俺が下から突き上げてやると、葛野は悲鳴を上げながら俺にしがみつく。

「でも、気持ちええんやろ?」
「はいいいぃ!気持ちええっ、気持ちええよっ、先輩!あんっ、あっ、奥まで突き抜けてっ、あっ、あふううっ!」

 耳元で喘ぐ葛野の声を聞きながら、俺は腰を突き上げる。

 さっきから、濃密な精気が葛野から流れ込んできていた。
 その濃さといい、量といい、昨日のそれの比ではなかった。

 これが、契約を交わした巫女の精気か……。

 今の葛野の精気と比べると、契約を交わす前の昨日の精気はずっと薄いし、俺の中に入ってくる前にかなりの量が散ってしまっていたことがわかる。

「あふっ、あひいっ、あんっ、しゅっ、しゅごいっ!あんっ、はうっ、こっ、こんなのっ、わらしっ、ふああっ!」

 腰を突き上げるたびに肉棒が擦れ、痺れるほどに快感をもたらす。
 葛野の中の襞のひとつひとつが肉棒に絡みついて、奥へと引きずり込んでいくように動く。
 そして、この、どんどん俺に流れ込んでくる密度の濃い精気。

 その全てが、葛野が鬼の巫女へと変貌を遂げたことを示していた。

 だが、ガクガクと体を揺らす葛野の呂律がかなり怪しくなってきていた。
 それに、俺にしがみつく腕の力も次第に弱くなってきている。

 さすがに、まだ巫女になりたての体でこれだけ大量の精気を吸われるとこのくらいが限界だろう。

 俺は、腰の動きを一気に速くしていく。

「いあああああっ!あああっ、はんっ、激しっ、そんなされたらっ、わらしっ、こわれるっ!ああっ、あんっ、あっ、あぐうっ、ぐっ!……あっ、くるっ、しゅごいのくるっ!ああっ、ふあああああああああああああっ!」

 そのままフィニッシュに持ち込んで中に射精すると、葛野の体が弓なりに反り返る。
 俺が支えていなかったら、そのまま後ろに倒れてしまっていただろう。

 同時に、最後の一搾りといわんばかりに葛野の精気を搾り取る。

「ああああああっ、わらしの……なかに…いっぱい……でて…りゅ…………」

 言葉の途中で力尽き、そのまま葛野は気絶する。

 ぐったりとなったその体を床に寝かせると、俺は立ち上がる。

 これでようやく一人目……。

 だが、今の葛野は、精気も魔力もまだまだ少ない。
 呪法に耐えられるようにこれから鍛える必要がある。

 本格的な巫女修行はそれからだ。
 呪法のやり方や他の術も教えてやらないと。

 それと並行して、あと三人の巫女も揃えなければならない。

 ……まだ先は長いな。

 俺は、隣の部屋に行くと由紀子が用意していた真新しい巫女装束を取り出す。

 それを持って戻ってくると、まだ気を失ったままの葛野の脇に置いた。

 俺と葛野沙友里が相次いで会社を辞めたのは、それから少し経ってからのことだった。

< 続く >

感想を書く

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


The reCAPTCHA verification period has expired. Please reload the page.