オイディプスの食卓 第2話

第2話 催眠術

「蓮くんのお部屋入るの、初めて」
「そ、そうでしたっけ?」
「ふーん。きれいにしてるのね」

 キョロキョロと興味深そうに綾子さんは僕の部屋を見渡す。
 なんだかすごく恥ずかしい気持ちだ。本棚とか、机の上とかいろんなところを確認するかのように綾子さんは見て回る。

「そ、そんなに見られたら恥ずかしいですよ」
「いいじゃない。ねえ、本当にきれいな部屋ね」

 綾子さんはベッドの下にかがんで覗き込みながら言う。
 変なところに興味持つんだな。

「睦都美さんが日中掃除してくれますから」
「あ……そ、そっか。そうだよね」

 しまった。
 お手伝いの睦都美さんのこと、うかつに話題にするべきじゃなかった。
 夕べの光景と、そして綾子さんの寂しそうな顔を思い出して、僕は何も言えなくなる。

「……うん。で、私はどうしたらいいの?」
「はい?」
「催眠術してみたいんでしょ? 実験台の私は、どうしたらいいのかな?」
「あ、じゃ、えっと、すみません、ベッドの上に座ってもらえますか?」
「うん。こう?」

 ぽすっと、綾子さんの豊かなお尻が布団の上で弾む。
 たったそれだけのことに、なぜか僕はドキドキした。そして、今さらながら今日の綾子さんがタイトなミニスカートを履いていることに気づいて、ドキドキドキドキする。
 僕のベッドの上で、綾子さんの太ももがムッドホットチリペッパー……つまり、ムッチリしていた。

「ふふっ、私もね、小さい頃テレビで催眠術やってるの見て、弟にかけてみようとしたことあるよ」
「そ、そうなんですか」
「蓮くんもそういうのに興味あるって、ちょっと意外。でも、やってみたいよね。手品とかメンタリストとか、オーラなんか見ちゃったり。ふふふ」
「で、ですよね。スピリチュアルな人って胡散臭くてかっこいいですもんね。あはは」

 冷や汗がじっとり出て来る。
 やっぱり、バカバカしいよね、僕がしようとしていることって。
 ホント、何をしているんだよ僕は……。

「じゃ、やってみて」

 綾子さんは、僕のくだらない遊びに付き合って、しゃんと背を伸ばす。
 僕は深呼吸をして、五円玉を垂らした。ゆらりゆらり、綾子さんの前を左右に往復する。

「この五円玉をよく見て」
「はい」
「あなたはだんだん眠くな~る」

 揺れる五円玉に視線を合わせ、綾子さんの瞳が左右に動く。

「眠くな~る、眠くな~る……」

 なんだか、少し恥ずかしい。綾子さんは真面目な顔で僕の動かす五円玉を
 やがて、とろんと綾子さんのまぶたが落ちて、両目が閉ざされた。

「……え?」

 か、かかったの? 本当に?
 綾子さんの前で手をヒラヒラさせる。彼女はおとなしく目を閉じたままジッとしている。

「本当に?」

 ドキドキしてきた。なんだか、変に興奮する。
 じっとりと手に浮かんだ汗を拭って、無意味に揺れてる五円玉を下ろした。
 まさか、催眠術が本当に効くなんて。
 僕は誰か入ってきやしないかと部屋の扉の方を警戒し、そしてゴクリと喉を鳴らす。
 まだだ。これが本物かどうか、ちゃんと確認しなきゃ。

「あ、綾子さん。あなたの右手がどんどん軽くなる。指先に風船がくくりついています。あなたの右手はそれに引っ張られて上へ上がっていきます。どんどん軽く。どんどん上へ」

 ゆっくりと、綾子さんの右手が浮いた。そして、真っ直ぐ伸びたまま胸の前へ。
 きれいな指先。柔らかそうな肌。
 僕はなんだか魅せられたようにその手を見守る。奇妙な興奮を感じる。
 僕が、綾子さんの体を操っているんだ。

「……ふふっ」

 そのとき、綾子さんの唇から息が漏れた。そして堪えきれずといった感じで笑い出した。

「綾子さん……」
「ご、ごめんね? 我慢できなくなっちゃった」

 どっと肩の力が抜ける。
 やっぱり、催眠術なんてあるはずないんだ。
 お腹を抱えてコロコロ笑う綾子さんを尻目に、僕は乾いた喉を飲み残したスポーツドリンクで潤す。
 これ、全然美味しくない。無駄な買い物だったな。

「ごめんなさい、蓮くん。次はちゃんと真面目にやるから。もう一回やってみよ?」

 もう一回と言われても、こんなバカバカしいこと続けても意味ないし。
 やっぱり催眠術なんて無理なんだよ。あり得ないよ。
 『kirikiri舞』さんにからかわれたのかな。こんな小道具まで用意しちゃって、僕って本当にバカみたい。

 ――キィン!

 五円玉を指で弾く。小気味の良い音を立て、糸を中心にくるくると高速で回転し始める。
 変な感じがした。
 別に、何を考えてしたわけじゃない、ただのちょっとした腹いせでした動作だったんだけど、その一瞬、五円玉に変なきらめきを感じた。
 ふと顔を上げると、綾子さんは目を大きく開き、口元も力なく半開きにした形で五円玉を凝視していた。
 回転を続けながら揺れる五円玉。さっき、ただ揺らしたときよりも激しく運動するコインに、綾子さんの眼球もふらふらと頼りなげについてくる。

「……綾子さん、どうかしました?」

 僕の呼びかけにも彼女は応じない。また、ふざけているのかな。でもなんだか、それにしてはこの忘我の表情は迫真すぎるような気が。

「あなたは眠くなる?」

 試しにさっきと同じ命令を呟いてみる。自信がないので疑問系になった。
 でも、綾子さんの体がゆらりとバランスを失った。
 そして、そのままベッドの上に崩れ落ちた。

「ちょ、綾子さん!?」

 倒れた綾子さんに僕は慌てて呼びかける。しっかりと閉ざされたまぶた。規則的な呼吸。
 気持ちよさげにも見える寝顔だった。

「……綾子さん?」
「んー」

 肩を揺すっても、綾子さんはうるさそうに眉間にしわを寄せ、わずかに身をよじるだけで目を開けようとしない。
 演技ではないと思う。というより、演技だとしたらわざとらしすぎる。あんな命令一発で、こんなに深い眠りにつくなんて。
 長いまつげ。きれいな肌。薄手のニットを着た胸元が無防備に開いて、深い谷間の始まる部分を少しだけ僕に見せている。
 大きな胸を支えるウエストは驚くほど細いのに、お尻から急に大きくなる。横になった体勢だと余計にお尻の張りが強調されて、その色っぽさに平常心を保てるほどの経験値を有しない僕は目をチカチカさせた。
 タイトなスカートは、その中の白い下着を露わにしてしまっていた。
 これは眠ったふりなんかじゃないだろう。こんなだらしない格好、僕の前で綾子さんは絶対しない。もしも近所でも美人で評判な義母が普段からこんなに無防備だったら、僕は今ごろ施設に預けられていたはずだ。何らかの理由を行政につけられて。
 そのスカートから伸びる白くて長い足とか、ムッチリな太ももとか、素足の可愛い指先とかも、もちろん魅力的なポイントではあるんだけど、今は滅多に見ることのない義母の下着から僕は目を離せない。
 こんなのおかしい。母親の下着にどうして息子の僕が心臓をバクバクさせているんだ。でも、義理の親子だから。血は繋がってないから。
 綾子さんは……魅力的な女性だから。
 でも、ダメだ。こんなのよくない。卑怯だ。僕はそんなにエッチな男じゃない。

「お、起きてください。綾子さん、起きてください。あなたは、催眠術から目を覚ます」

 肩を揺すると、簡単に、ぱちりと彼女のまぶたが開いた。
 命令だ。やっぱり彼女は、僕の命令で動いているんだ。

「え……え?」

 ベッドの上に横になっている自分に驚き、戸惑うように体を起こして、綾子さんは怯えるように胸元を自分で抱く。

「な、なに? え? 蓮くん……私に、何したの?」

 何をしたか、なんて僕にわかるわけがない。
 わかるのは、綾子さんが今、僕の命令に肉体を従わせたということ。僕の命令で眠りに落ち、そして覚醒に至るまで僕の命令で動いたということ。
 そして僕は今……とてつもない興奮を味わっている。
 目の前の女性に対して、ある種「凶暴的」ともいえる興奮を、全身で向けている。

「や、やめて……蓮くん、それダメ! やめて!」

 五円玉を掲げると綾子さんはますます怯えた顔をした。僕に犯されるとでも思っているのか、体を隠すようにベッドの上を後ずさり始める。
 それはある意味では正しい恐れだ。でも、僕は彼女の体を犯すんじゃない。優しくするつもりだ。家族として……優しくあなたの心に接近するだけだよ、綾子さん。
 だから、怖がることなんてない。

 キィン――……

 僕の指が弾いた五円玉が、綾子さんの前で回転する。
 びくっ。
 びくっ。
 綾子さんの体が小さく痙攣して、瞳から色が抜け落ちた。
 僕は、綾子さんの心を、自分の指で転がしたことを実感する。「ハマった」という感じだ。今までやったことのない技能を、自分のモノにしたという感覚。僕は今、“催眠術”を行ったんだ。自分の意思で。

「綾子さん、聞こえる? 聞こえているなら返事をして」
「……はい」

 うつろに掠れた声で綾子さんが応える。ゾクゾクと背筋にくすぐったいものが駆け上がる。
 なんて頼りなくか弱い声。小さなお人形さんみたいな声。僕の手でどうにでもなってしまいそうだ。
 義理とはいえ彼女は母親だ。おかしな想像なんてしちゃいけないんだけど。
 綾子さんは、ベッドの上に足を上げ、膝を曲げているので下着も露わになっていた。
 僕は、それを直してあげようと膝に触れる。
 すべすべと柔らかい肌。考えてみると、綾子さんの体に触れるのは初めてだ。あぁ、でもダメ。綾子さんは義理のお母さんなんだから、変なこと考えちゃダメだ。
 僕はゆっくりその足を伸ばしてやる。太ももはものすごく柔らかかった。どこもすべすべで、毛とかどうしてるのかなって不思議に思うくらい。
 ベッドの上で足を伸ばして、背中を壁に預けて、落ち着いた体勢にしてあげてから、僕は一息ついた。
 綾子さんはまるでお人形だった。とてもきれいなマネキンだ。
 でも、その体はとても柔らかく温かい。ゆったりとした呼吸で、大きな胸がわずかに上下している。

「……綾子さん、体は辛くありませんか?」
「はい……」

 か細い声。ぼんやりとした瞳。僕はベッドに上って、綾子さんの隣に座って顔を寄せる。おかしな気持ちからじゃない。僕は今、催眠術っていう秘密を実行している。これを他の人にバレないようにするためだ。綾子さんの髪をかき上げ、耳元に唇を寄せる。
 いい匂いがした。

「これからのことは二人だけの秘密です。催眠術ごっこのことも忘れて。僕らはここで普通のおしゃべりをしているだけだ」
「はい」
「ただし、綾子さんは僕の質問に対してウソをついてはいけない。真実だけを答えること」
「はい」

 『kirikiri舞』さんは言った。家族のみんなの本当の気持ちを知るべきだって。だから催眠術が使えたら便利なのにねって、彼女は言っていた。
 確かに、便利に使えるだろう。この催眠術は。

「綾子さんは、今のうちで暮らしていて楽しい?」
「……辛いことの方が多い」

 想像していたとおりの答え。
 きっと普段の綾子さんに同じ質問をしても、「楽しいわよ」っていう答えしか返ってこなかったはずだ。
 僕は彼女が絶対に表に出さない本音に触れている。
 彼女を催眠術にかけて。

「綾子さんは……お父さんのどこが好きで結婚したの?」
「……わかんない。最初は、すごく頼もしいと思えたから」
「今は?」
「怖いとしか思えない」
「お父さんが怖いの?」
「怖い。すごく怖い人だった。私は、結婚前にそのことに気づけなかった」
「二人は、どういうきっかけで結婚したの?」

 父さんと綾子さんのなれそめは、うっすら聞いていたことよりも、なんていうか重い話だった。
 もともと、大学の先輩後輩で同じ「ITビジネス研究会」のサークルに所属して知り合った2人だったが、そのとき父さんは前の母さんと結婚していたし、綾子さんも高校から付き合っている彼氏と一緒にサークルに参加していた。
 父さんはすでに起業していて、綾子さんの彼氏もそこを手伝ったりしていたそうだ。そのうち自分も起業して綾子さんと結婚をした。
 それぞれの会社を持ってからも付き合いのあった2人だが、綾子さんに対して妙に馴れ馴れしく偉そうな父さんが、最初は苦手だったそうだ。
 母さんが死んでから、ますます父さんからの個人的な連絡が増えてきて、困っていたところに綾子さんの旦那さんの会社の資金巡りが急に悪くなり、さらに借金の保証人になっていた学生時代の友人にも逃げられ、多額の負債を抱えることになってしまったという。
 綾子さんの旦那さんは、最初は立て直しにがんばっていたが、そのうち精神的にも疲れてきてお酒を飲むようになったり暴力的になったりしたそうだ。
 そして会社がいよいよダメかもしれないというとき、助けてくれたのがうちの父さんらしい。旦那さん名義の個人的な負債以外の、会社の借金と社員は合併吸収する形で救ってくれたらしい。
 社員のみんなには迷惑をかけずに済んだことに安心はしたが、借金はまだ残っているし、旦那の暴力はますますひどくなる。どこから手に入れたのか業者との契約書まで持ってきて「ソープで働け」とまで言われるようになった綾子さんは、花純さんの将来を考えて離婚を検討するようになった。
 父さんにそのことを相談すると親身に弁護士の手配などもしてくれ、いろいろと愚痴や悩みを聞いてもらったそうだ。そのうちに互いの寂しさを共有し、愛し合う関係になったそうだ。
 やがて前の旦那さんと協議離婚が成立し、父さんと再婚する。
 でも、再婚してから不思議に思ったことが一つあるそうだ。
 父さんは綾子さんに「ソープに行かずにすんでよかったな」と言ったらしい。前の旦那さんに風俗で働くように迫られたことは、深く傷ついたこともあって父さんにも弁護士にも言えずにいたのに。
 三沢家に入ってからは、急に父さんが冷たくなったと感じるようになった。睦都美さんと以前から愛人関係にあったことも、父さんは隠そうともしなかった。
 ある日、父さんが会社の取引相手に自慢げに語っているのを聞いたそうだ。「技術も女も欲しいと思ったモノはどんな手を使ってでも手に入れる」と。そして、「手に入れるまでが面白すぎて、自分のモノになってしまえばすぐ飽きる」とまで。

「私は……モノだったの。でも仕方ないよね。私がバカだったんだもの。花純にはかわいそうなことしちゃった……」

 ぼんやりとした目で、これまでのことと、今の諦めた心境を淡々と綾子さんは呟いていく。
 僕は拳を固めて、何も知らずに「みんなもっと仲良くすればいいのに」なんて単純に思っていた自分の幼さを責める。
 綾子さんの味方にならなきゃ。このままじゃ彼女は家の中でひとりぼっちだ。もっと力になってあげたい。

「……綾子さんは、どうしたい? もっと家族と仲良くなりたいよね?」

 彼女の気持ちが僕と同じなら、僕らは家族の中で協力できる。父さんの気持ちが綾子さんの方を向いてなくても、僕が綾子さんを支えて家族を再生していこうと思う。
 でも、彼女は僕の質問に首を振った。

「私は、もう一人になりたい……家族のことなんて、もう考えたくない」

 絶句してしまった。
 催眠状態にある彼女の意思の薄いつぶやきにも関わらず、冷え切った拒絶の壁を感じて、急に彼女が遠くなったように思えた。

「か、家族なんてって、花純さんのことも? だって彼女は一人娘ですよね?」
「……最近のあの子は、私のことすごくバカにしていて、態度も怖い。昔は何でも私に話してくれたのに、今はどう接していいかわからない」

 確かに花純さんの態度はよくないとは思う。
 でも、自分の娘のことまで諦めてしまうなんて僕は違うと思う。

「バカになんてしてないと思いますよ。ただ、花純さんも今の空気にイライラしているだけで……」
「……イライラは、私だってしてる。花純だけは味方でいてくれると思っていた。でもそうじゃなかった。あの子まで優惟さんみたいに私に刺々しい」
「ゆ、優惟姉さんは刺々してるっていうか、ああいうキャラなんで。別に怖い人じゃないです」
「怖いよ。私のこと見下してる。無視する。蓮くんとだけべったりしてコソコソ私の悪口言ってる」
「悪口なんて言ってません。優惟姉さんは人よりバリアが分厚いだけで本当は優しい人だから、きっと仲良くなれば……」
「……なれるわけないもの。私だって、誰とも仲良くしたくない」

 大人でも、本音を出しちゃうとまるで子どもなんだな。
 スネた女の子みたいになった綾子さんは、やっぱり花純さんと親子なんだなっていうくらい頑固だった。
 きっと、【本音を言う】じゃなくて、【僕の言うことを聞く】と命令しちゃえば、簡単に説得できちゃったんだろうけど。
 でも僕はいくら催眠術だからって、そんなことはしたくない。お互いを理解しあうために使いたいだけだ。
 綾子さんの本音はかなり聞き出せた。時間はかかるかもしれないけど、こうしてみんなの本音を突き合わせて、どうするのが一番いいのかみんなで考えていこう。
 それが血の繋がらない僕らが家族になるための大事な課程だと思う。血よりも濃い関係づくりというやつだ。
 よし、がんばるぞ。まずは僕がみんなの意見を集めなきゃ。
 と、そこまで考えて大事なこと聞くのを忘れたことを思い出した。
 肝心の僕のことは綾子さんはどう思ってるんだろう?

「……蓮くんは可愛い。私に気を遣ってくれている」

 質問してみると、綾子さんは抑揚のない声でそう言ってくれた。
 なんとなく気恥ずかしいけど、期待していた答えがもらえて僕はホッとする。

「僕とは、家族になれそう?」
「……それは無理」

 でも、質問を変えると彼女は期待とは違う答えをつぶやいた。
 愕然とする僕の前で、綾子さんはうつろな瞳で答えていく。

「ずっと男の子が欲しいと思ってたけど、打ち解け合うのは無理な気がする。男の子って女の子よりも繊細なところがあるから、扱いにくい。私に気を遣ってくれてるけど、そのくせ警戒している。しかも時々いやらしい目で私を見ている」

 顔が熱くなった。
 僕は綾子さんを性的な目で見たことはない。ありえない。何かの誤解だと思う。
 なのに綾子さんは、抑揚のない声に明らかな侮蔑的響きを含ませ、ぼそぼそと語り続ける。

「……あの子は、あの人の息子だから好色の血が流れてるんだわ。今は可愛い男の子でも、性に目覚めれば何を考えるかわからない。気をつけて見張ってないと花純にも何かするかもしれない」

 僕は綾子さんに気を遣ってきたつもりだけど、もともとは人見知りだし、ぎこちなさが警戒心に見られたかもしれない。
 いやらしい目で見たつもりはないけど、スタイルいいなあって思うときはあるし、綾子さんも無防備なところがあるから……確かに、いやらしい目に思われたかもしれない。
 でも、だからって、好色だとか、何をするかわからないとか、そんな危険な子みたい目で見なくてもいいのに。
 綾子さんは考えすぎなんだ。きっと前の旦那さんや今の父さんのことがあって、男に警戒しすぎるようになったに違いない。それだけだ。そうに違いない。
 だって僕が怖いやつのわけがないもん。僕は家族のために頑張る良い子だよ。絶対にそうだよ。
 だから、僕をそんな風にみる綾子さんがおかしいんだ。ようやくわかった。綾子さんは、僕の部屋に何があるか確認するために催眠術の話に乗ったふりをしたんだって。
 僕は綾子さんとも仲良くしたいと思っただけなのに。せっかく家族が増えたんだから、みんなで楽しく暮らせた方がいいって考えるのがそんなに悪いことなのか。
 綾子さんは僕の気持ちわかってくれると思ってた。だから、こうして語り合おうと思ったんだ。

 ふつふつと血が沸いてくる。
 なんだよ、僕がこんなに悩んでるのに。みんなのためを考えて苦しんでるのに。それって僕だけだったのかよ。みんな、自分勝手なことしか考えてないのかよ。
 綾子さんはぼんやりとした顔のまま、ベッドの上で足を伸ばして座っている。
 すらりとした白い足を、今度は僕も遠慮しないで眺めた。「いやらしい目」というやつで。
 綾子さん。
 それでもあなたには、僕の『家族』になってもらう。
 だって、僕たちはもう家族なんだからね。またバラバラになるなんて許せないよ。死んだ母さんがいた頃みたいに。いや、あのとき以上に僕らは仲の良い『家族』になるんだ。
 そのために僕の催眠術はあるんだ、きっと。

「綾子さん、違うお話をしましょう。心を軽くして、意識を僕に向けて」
「うん」
「あなたは僕……蓮のことを可愛いところがあると思ってる。それは本当ですね?」
「……うん」
「その気持ちをもっと膨らませましょう。蓮は可愛い。男の子は可愛い。あなたは可愛いものが好き。そうですね?」
「うん」
「では、これくらいの大きさのぬいぐるみを想像してください。あなたの両手に乗っています」

 僕は綾子さんの手を太ももの上に乗せ、手のひらを上に向けた。そしてそこに僕の手を重ねて軽く押す。
 綾子さんに少し少女趣味なところがあることは前から知っている。彼女の想像力に任せて、とびきり可愛いぬいぐるみをイメージしてもらう。

「あなたの手の上に乗っているフワフワしたぬいぐるみ。あなたが大好きなぬいぐるみが乗っています。性別は男の子。名前は蓮。可愛いですね?」
「かわいい……」

 ほわ、と綾子さんの顔に笑みが浮かんだ。
 いつもはドキドキしてしまうその優しい笑顔が、なんだか今の僕には愉快に思えた。
 僕はこの人の笑顔に聖母を見ていた。でも、その裏側には疑心暗鬼が棲んでいることを知っている。
 だからその裏側のものを引きずり出して懲らしめて、あなたを本物の「優しいお母さん」にしてあげる。

「ぬいぐるみが、小首を傾げて見ています。『あなたは僕のお母さん?』って」
「そうよ。私がママよ。ふふっ、可愛い子。私の蓮ちゃん」
「この子は、あなたの心が見えています。あなたが本当に心から自分のことを可愛いと思っているのか。本当に優しくしてくれるのか。すごく不安な気持ちであなたを見つめています。捨てられたことがあるから、怖がっているんです」
「まあ、かわいそう。大丈夫よ。私は蓮ちゃんのこと大好きよ。だから大切にしてあげる。怖がることないのよ。ママがずっと一緒にいてあげる」
「それはとても嬉しい。この子も喜んでいます。ようやく本当の幸せがやってきたと、喜んでいます」
「ふふ、可愛い。そうよ。私があなたのママ……私たちは、ずっと一緒よ」
「あぁ、嬉しい。この子もとても喜んでいます。ようやく本当の家族にめぐり会えた。これからは寂しくない。家族を信じて、ずっと仲良く暮らしていこう」
「ねー」
「この子は、あなたがかつて抱いてきた愛情の全てだ。親に対する愛、弟に対する愛、友だちへの愛、恋人への愛、夫への愛、娘への愛。可愛いものへの愛、美味しいものへの愛、かっこいいものへの愛、今までの人生で出会った愛情の全て」
「あぁ……愛しい……すごく愛しい……胸が苦しいくらい……」

 切ない顔をして、綾子さんは目尻に涙を浮かべる。
 かわいそうで可愛いぬいぐるみ。どのようなビジュアルで想像しているのか知らないけど、彼女のぬいぐるみに寄せる愛情と同情に、さらに自分自身の境遇を重ねたことを確認して、僕は続ける。

「あ……蓮がいなくなりました。あなたの目の前から消えましたね」
「……え?」

 僕は綾子さんから自分の手を離す。ふっと軽くなった手のひらを、追いかけるように彼女の手も浮いた。

「え? え? どうして……?」
「あなたは蓮を、愛してあげなかったんでしょう。あの子は敏感だから、口ではいくら調子の良いことを言ってもすぐにわかるんです。自分を愛してくれない母親、自分のことを疑う母親が怖いんです。だから消えた。ひとりぼっちの孤独に耐えかねて」
「私、あの子のこと疑ってなんかいない! 大好きなの! お願い、返して! やめて、やめて、蓮ちゃんを返して!」
「本当に? これからは一切あの子のことを疑わないで、心から愛してやれると誓えますか?」
「誓うわ! 愛してるの! あの子には私が必要なの……ひとりぼっちで消えてしまうなんて、どうしてかわいそうなこと…ッ、だめ! あの子がいないと、私がダメなの! お願い、返してっ。愛してるのっ。私が、あの子を心から愛してあげるの!」

 被催眠状態の綾子さんの感情は、ブレーキが緩くなっているせいで簡単に暴走する。まるで自分の産んだ息子を引き裂かれたかのように、喉を振り絞って僕にすがりついてきた。
 逆転した。僕に対する警戒心を解き、偽りの親しみを脱ぎ捨て、心からの愛情でしがみついてくる。
 綾子さんは今、母性愛の奴隷。自ら発する愛情で自らを焼け焦がしている。
 催眠術ってすごいな。綾子さんが僕の言葉を疑っている様子はみじんもない。そして僕自身も、彼女の心を完全にコントロールできているという実感が手の中にある。
 僕は彼女の両手を握って、安心させるように顔を覗き込む。はっきりと目を合わせて。

「ただいま、お母さん」
「……え?」
「僕はあなたが今、一生懸命に呼び戻してくれたぬいぐるみです。生まれ変わってあなたの息子になりました。あなたの愛で奇跡が起きたんです」
「……そんな……うそ……蓮ちゃん……?」
「お母さん、ありがとう。僕のことを疑わずに愛してくれて。これからはずっと一緒です」

 ボロボロと涙をこぼして、綾子さんが僕を見つめる。
 そしてその手が、僕の頬に触れる。

「私の方こそ、ありがとう……嬉しい。本当に嬉しい。あなたを愛してるの。可愛い蓮ちゃん。私の蓮ちゃん…ッ!」

 僕の顔を撫で、抱きしめ、頬ずりしてくる。
 むず痒いような、くすぐったいような。綾子さんの匂いに包まれる。

「僕を二度と疑うことなく愛してくれますか? 僕の母親に、なってくれるんですね?」
「もちろんよ! あぁ、もう二度とあなたを失ったりしないわ! あなたを愛してる! 心から大好きよ! ママは、あなたのものですからね。ずっとずっと、あなたのママですからね! あぁ、好き好き! 私の元に帰ってきてくれて、本当にありがとう!」

 綾子さんの唇が頬に触れて濡れた音を立てる。
 感動しすぎだ。顔がかんかん熱くなる。押しつけられた胸がドキドキ言っている。ものすごく大きくて柔らかいものが僕の胸に当たっている。
 でも、これくらい夢中にさせれば大丈夫だろう。僕のことを、それこそ実の息子以上に綾子さんは愛してくれるはずだ。

 ――キィン!

「眠ってください」

 彼女の背中でコインを鳴らす。
 ふっ、と僕を抱きしめる腕に力がなくなる。胸がクッションみたいな弾力で僕から離れていくのを少し名残惜しみながら、綾子さんの耳元で囁く。

「あなたは、最愛の息子を手に入れた。これからは大事に大事に息子を守りましょう。あなたの愛情が少しでも怠けると、敏感な蓮くんはあなたから離れていってしまいます。あなたの大切な息子の言うことは何でも信じて大切にしてあげましょう。それが母親の務めだ。あなたは、良い母親になりましょう」

 僕は綾子さんの大事な息子。綾子さんの愛情は僕の物。そういう命令を重ねていく。
 指示の中に『家族として』という言葉がないことに自分でも気づいていた。熱烈な『愛情』のみを植え付けたがっているのは、僕のことを味方だと認めていなかった綾子さんに対する復讐の気持ちがあるんだと、頭のどこかでは自己分析も出来ていた。
 でも、まずは僕と綾子さんの間に強い絆を作るのが大事だ。家族関係も1対1の人間関係から始まるものだ。
 そう信じて僕は、自分の中のドロドロした感情に目をつぶって綾子さんの催眠を深めていく

「あなたは息子を愛している……二度と、あんな悲しい思いをしたくない。だから、精一杯の愛情を彼に注ぐ。そのことを幸福に感じる。息子を愛することがあなたの幸福。息子を信じることがあなたの愛。息子に全てを捧げることがあなたの人生だ。いいですね?」

 僕の腕の中で、力を失った綾子さんの体を抱きしめる。胸に伝わる心臓の音が、ゆっくりと、僕の体に返答をよこしている。息子の腕の中にいる幸せと安らぎを。

「僕が『起きて』と言ったらあなたは目を覚ます。そして『催眠術は効かなかった』と思う。だから、今のあなたのその感情は最初からあなたが持っていたものだ。あなたは、蓮くんに出会った日から強い愛情を抱いていた。あなたの愛情全ての姿をした息子だ。あなたは、彼と家族である幸福を毎日味わいながら暮らせるんだ。幸せでしょう?」

 綾子さんの体温が上がった気がした。
 僕は彼女を離して、自分で座らせる。

「あなたは幸せだ。息子がいるから」

 そう言って僕は、綾子さんに「起きて」という。
 綾子さんは、まぶたをピクピクと動かし、ゆっくりを目を開けた。

「あ……」

 僕の顔を見ると、自然に笑顔を浮かべる。取り繕ったところのない、僕が今まで見てきたどの表情よりも、もっと優しい顔に。

「……蓮ちゃん」

 思わず見とれてしまう。
 愛情しかない、それ以外の雑念の混じっていない純粋な笑顔。
 家族か、あるいは家族以上の存在にしか見せないであろう、無防備な愛情がそこにに溢れていた。
 これがお母さんの愛。僕の作った愛情の顔。

「……催眠術って」
「ええ、効かなかったわね」

 催眠術ってすごい、と思わず口に出そうとして僕の先を制して、綾子さんはイタズラっぽく目を細める。

「でも、いいじゃない。催眠術なんてなくても、ママは蓮ちゃんの言うことなら何でも聞いてあげるわよ」

 自分の胸に手を添えて、キリストを抱くマリアのように慈愛溢れる顔で、綾子さんが僕を見つめている。
 ムズムズする。主に下半身が。
 なんだろう、この感じ。とても清らかなものなのに、なぜか僕の下っ腹に響く。

「ねえ、蓮ちゃん。ママの隣に座って。おしゃべりしましょ」
「う、うん」

 ベッドの上に並んで腰掛ける。
 綾子さんは、すぐに僕にぴったりと体を寄せてきた。

「あ、綾子さん、近くない?」

 僕がそう言うと、綾子さんは少しむくれたような顔をした。

「ねえ、蓮ちゃん。いい加減ママのことは、『ママ』って呼んで欲しいな。『綾子さん』なんて他人行儀なのイヤ」
「え、でも」
「家族なんだから当然じゃない。それとも蓮ちゃんはママのこと、ママって思ってくれてないの?」
「いや、そんなことは……」

 家族になろうと言ったのは僕の方だ。
 そこを責められるとつらいんだけど。

「いいわ。じゃあ、二人っきりのときは『ママ』って呼ぶこと。呼んでくれるまで……離れてあげない」
「ちょ、えっ、あっ……」
「んー、むぎゅー。ふふっ、蓮ちゃん、かわいい」

 ぴたっとくっついた綾子さんの体が、さらにムギュッとしがみついてくる。胸が、顔が、とても柔らかくて気持ちの良い体が、僕に絡みついてくる。息苦しいほどに。
 のぼせそうになった頭で、ようやく僕も声を出す。

「は、離れてよ、マ……ママ」

 せめて『お母さん』だよなって思いながら、恥ずかしいのを我慢して『ママ』と呼ぶ。
 綾子さんは、「やだ、かわいいー!」と甘ったるい声を出して、さらに僕を強く抱きしめてきた。

「ちょ、言ったら離れるって……」
「言ってないもーん。離さないーだ。ねえ、もっとママって言って?」

 ぐりぐり、おでこが擦りつけられる。
 どっちが子供かわからない。ていうか、これは家族というより恋人の甘え方のように思えるが、そのへん僕の経験にはないのでどう判断していいかも不明だ。

「はぁ……蓮ちゃんの匂い、癒やされるよぉ……」

 太ももが僕の足に絡んでくるし。僕の手まで巻き込まれてすごく柔らかくて温かいことになってるし。綾子さんの唇が顔に近くて、吐息が頬にくすぐったいことになってるし。

「ねえ、じゃあ学校のお話して。今日、蓮ちゃんにどんなことにあったかママにお話して?」

 とろんと半分蕩けた瞳で、僕に囁きかけてくる。腕はがっしりホールドされて離れそうもない。僕の顔も体もどんどん熱くなっていく。
 綾子さんの体が――柔らかすぎる。

「えっと、今日は一時間目が国語で……」
「うんうん。それで? 蓮ちゃんは、ちゃんと手を挙げて発言したりしたの?」

 どうでもいい僕の学校話を、とても興味深そうに綾子さんはグイグイ食いつき、ついでに僕にまで食いつきそうな勢いで顔がくっついてくる。
 ドキドキしながら、僕は話を続けていく。

「いいなぁ……明日が参観日だったらいいのに。ママも蓮ちゃんと一緒に授業受けたいなぁ」

 てか、顔近い。唇と唇がくっつきそう。僕の手を太ももに挟んで、綾子さんの体がギュウギュウ密着してくる。
 こんなに近かったら、僕……我慢できないよ。

「あら?」

 僕のズボンの股間はキンキンに尖っていた。
 綾子さんはそれを見つけて、スッと、目を細めて僕の顔を見つめてくる。

「ふふっ、蓮ちゃんってば」

 語尾にハートマークでも付けたみたいに甘い声。綾子さんの体が、ふっと温度を増した気がした。

「男の子だものね、蓮ちゃん。ひょっとして、ママとくっついて興奮してくれたの?」
「あ、あの……ごめんなさい」
「どうして謝るのよ? ママ、ちっとも怒ってなんかいないわ。ふふっ、嬉しいくらいよ。蓮ちゃんが、ママのこと女の子だって認めてくれてる証拠ですもの。ね? そうでしょ?」

 お、女の子って……いや、そのツッコミはやめておこう。
 綾子さんは僕を咎めるどころか、ますます体を密着させてくる。僕の首に手を這わせて、今にもキスしちゃいそうなくらい。

「ねえ、蓮ちゃんは、こうなったときどうしてるの?」
「ど、どうって……その、あの」
「教えて。ママ、知りたいの」
「あの……自分で、してます」
「自分で? 蓮ちゃんが自分でオチンチンを擦ってるってこと?」
「は、はい……」

 すごく恥ずかしいことを告白されている。でも、女の人とこんな至近距離で、しかも抱きつかれたこともないので、緊張が限界まで高まっている僕は綾子さんに逆らえないでいた。
 おかしい。催眠術にかけたのは僕なのに。
 大人の色香は、それよりも強力に僕を呪縛していた。

「ダメよ、そんなの」

 綾子さんは、急に不機嫌になって僕の顔を自分に向ける。近い。近いってば。

「一人でそんなことするなんて、寂しすぎるじゃない。私の蓮ちゃんが自分で自分を慰めなきゃならないなんて、かわいそうすぎる。どうしてそんなことしちゃうの? ママの気持ちも考えてよ」
「そ、そんなこと言われても、だって……他に誰が慰めてくれるのかっていう話で……」
「ダメ。ダメダメ。そんなの蓮ちゃんのオチンチンがかわいそう。どうしてもっと早くにママに言ってくれなかったの?」
「ちょ、ちょっと、綾子さん!?」

 綾子さんの手が、ズボン越しに僕のに触れる。
 ゾクゾクとした何かが僕の背中に走り、思わず悲鳴を上げてしまう。

「綾子さんはダーメ。ママって呼ぶ約束でしょ?」
「うぅッ」

 耳元で、くすぐったい息を吹きかけられる。思わず僕が呻いてしまうと、綾子さんはクスクスと笑った。

「じっとしてて。ママがいい子いい子してあげるから」

 少し子どもっぽいところがあると思っていた綾子さんが、今、すごく大人の女の顔をしていた。
 僕は抵抗をやめて、頷いた。

「可愛い……蓮ちゃん」

 トランクスの中に潜ってくる手。それが敏感な先端に触れて、ビクってなった。綾子さんは、「はぁ」と甘ったるいため息をついて、僕に顔を寄せてくる。

「あっつい……もうこんなになってるんだぁ、蓮ちゃん」
「あ、綾子さん…ッ!」
「もう、ママでしょ、蓮ちゃんってば」

 僕を嗜めながら、器用にズボンを脱がせていく。僕のオチンチンがバネみたいに跳ね起きてあらわになる。綾子さんが、僕の体にギュッとしがみつき、そして右手で僕のに触れる。

「素敵よ、蓮ちゃん。すごく逞しい……ふふっ、でも、やっぱり可愛い。蓮ちゃんのオチンチン、とっても好きよ」
「あ、あっ、あっ、綾子さん……」

 根本の部分を、人差し指と親指で作った輪でくるりと撫でられる。
 スッ、スッと、そのまま優しく全体を撫でられる。
 綾子さんの体は僕にのし掛かるように密着している。彼女の動悸が速くなってるのまでわかる。

「また綾子さんって言ったぁ。ママでしょ、もう……蓮ちゃんのオチンチンを撫でてるのは、ママよ。ママって呼んで」
「んっ、あっ、あっ」

 ママが、こんなことするわけない。こんなこと親子ですることじゃないのに。
 なのにママだなんて、言えないよ。

「蓮ちゃんってばぁ」
「あっ……」

 綾子さんの手が僕のオチンチンから離れる。そして、僕の下腹を優しくさする。
 ぞくぞくっ。くすぐったさの勝る感触に、思わず身をよじる。綾子さんは指を立て、僕のおへそをなぞり、そのまま下へ降りて、太ももの付け根とか、オチンチンの周りとかをくすぐり始める。
 たまらない。すごくもどかしい。どうして、僕のオチンチンをさすってくれないの?

「蓮ちゃん。ママにどうして欲しい?」
「え……え、僕?」

 綾子さんの微笑みは、なんだかいつもよりも怖いというか……色っぽい。
 この表情を言い表す言葉があったような気がするけど、めったに使わない単語なのでなかなか出てこない。

「蓮ちゃんがどうして欲しいか、ママにおねだりして?」

 あぁ、そうだ。妖艶。妖艶っていうんだ、この表情。
 引き込まれる。これが大人の女性の色香。頭がくらくらする。
 
「オ……オチンチン、こすって」
「誰に? 誰にお願いしている?」

 ぺろり。綾子さんの舌が唇を舐めている。それを見ただけで僕の体に電流が流れた。

「あ、綾子さんに」
「綾子? それ誰のことかしら? 蓮ちゃんは、ママのことそんな他人行儀な呼び方するの? それじゃママは蓮ちゃんのオチンチンなでなでするのやめよっかな。そんな悪い子のオチンチン、触れないもの」
「そんな…ッ!」
「ちゃんと、“ママ”におねだりして。そうしてくれたら、ママだってすぐに蓮ちゃんのオチンチン、いい子いい子してあげられるのよ?」

 綾子さんの手が、僕の袋のすぐ隣をくすぐる。あと少しなのに。この柔らかい指に触られたらすごく気持ちいいんだ。自分でするよりもずっとずっと気持ちいいんだ。
 泣きそうな気分になる。綾子さんも、そんな僕の顔を見て泣きそうになった。

「お願い。私を、ママって呼んで。蓮ちゃんにそう呼ばれたいの」

 僕たちは家族。僕がこの人を母親に選んだんだ。
 恥ずかしさよりも、彼女が僕を求めてくれていること、そして新しい絆を作ることの方が大事。
 そして何より……もっともっと、気持ちいいこと教えて欲しい!

「お願い、ママ。僕のオチンチンさわって?」
「はぁ…ッ」

 綾子さんは、感極まったかのように目に涙を溜める。
 そして、猛烈な勢いで僕にしがみつき、あっという間に唇まで奪われてしまう。

「んーッ!?」
「んんっ、んっ、ちゅ、ぷはぁ、蓮ちゃん……んちゅ、ちゅぶ、蓮ちゃん、あぁ、れる、んっ、んんんー……」

 リップの匂い。柔らかい感触。口の中に入ってきてぐにゅぐにゅ動く舌。

「嬉しい、蓮ちゃん……蓮ちゃんが、ママって呼んでくれたぁ……んんっ、ちゅる、ちゅぶ、ちゅうぅ」

 僕のファーストキスが、義母にディープに奪われた。
 血が沸騰して、脳みそを溶かしている。夢中になってしがみついてくる綾子さんに翻弄される。
 顔中に降り注ぐキスの雨、腕を挟み込む巨乳の谷間、僕の足に擦りつけられる彼女の股間、そして僕のオチンチンを激しく擦る彼女の指。
 ベッドがぎしぎし揺れている。体がバラバラになっちゃいそうだった。

「可愛い…ッ、可愛いわ、私の蓮ちゃん! 気持ちいい? ママの手、蓮ちゃんのオチンチン、気持ちよく出来てる?」
「気持ちいい、気持ちいいよぉ、ママぁ!」
「あぁ、嬉しい。蓮ちゃん、もっと気持ちよくしてあげる! ホラ、ママのおっぱい触って。ママのおっぱいは、可愛い息子のものなのよ。オチンチンのことはママに任せて、蓮ちゃんはおっぱいで遊んでて!」

 ぐにゅう。手のひらいっぱいに柔らかい感触が広がる。綾子さんが「あぁん!」と甘い声を上げる。
 おっぱい気持ちいい。これがお母さんのおっぱい。綾子さんの巨乳。まさかこの僕がこれに触る日が来るなんて!

「蓮ちゃん、蓮ちゃん、好き、大好きよ、私の蓮ちゃん! ちゅ、好き、好きぃ、ん、ちゅ、ちゅ、ちゅ、あぁっ。蓮ちゃん! 蓮ちゃぁん!」
「ママ…ッ、あぁ、ママ、気持ちいい! 気持ちいい!」
「蓮ちゃん、可愛い…ッ。もっと言って、ママって呼んで! ママ、何でもしてあげちゃう。蓮ちゃんのためだったら、どんなことでもしちゃう。だから、あぁ、もっとママに甘えて! ママの蓮ちゃんになってぇ!」
「気持ちいいッ、あぁ、もう出る! ママ、出ちゃうよぉ!」
「あぁ、こんなにオチンチン真っ赤にして、蓮ちゃんかわいそうに。早く出しなさいっ、ね? ママにピューってかけちゃいなさい? ほら、ママが擦ってあげますから。ね? 出しちゃいなさい、早く!」
「あ……あ……出る! ママ、出るぅ!」
「蓮ちゃん! 蓮ちゃん、出して! 我慢しちゃダメぇ!」

 オチンチンをきつく握りしめられ、目の前が真っ白に埋もれて、オチンチンに心臓が突き出たみたいに、ドクンドクンっていう大きな波を下半身を感じた。
 尿道を通り抜けていく快感はとてつもなく大きく、死んじゃうのかと本気で思うくらいだった。

「あぁ、あぁ! ママ、ママぁ…ッ!」

 綾子さんは僕の上に体を沈めて「あぁ…ッ!」と熱い息を僕の耳に吹きかける。
 ドクン、ドクン。ビュウ、ビュウと僕のオチンチンは綾子さんに強く握られたまま大きく脈動をして、全てを吐き出していく。
 綾子さんは僕が吹き出す精液を体に浴びながら、真っ赤な顔を泣きそうに歪めて震えている。ぎゅうぎゅう締め付けられる太ももの間に、じわりと濡れた感触が広がっていった。

「あぁ…ッ」

 やがて強い快楽の並が収まり、かろうじて生きていた僕は自分の呼吸を取り戻す。
 すごかった。
 本当に死ぬかと思った。
 こんなの、1人でしていたときには想像もしたことなかった。誰かにしてもらうのって、こんなに気持ちの良いことだったんだ。

「蓮ちゃん……」

 綾子さんは、恍惚に蕩けた顔に笑みを浮かべる。
 べっとりと、服や手に僕の精液がかかっていた。

「あぁ、ママ、ごめんなさい、汚してしまって」
「いいのよ。蓮ちゃんのですもの。ちっとも汚くなんかないわ」

 そういって綾子さんは、驚くことに、手についた僕の精子をぺろりと舐めた。

「ほら、全然ばっちくない」

 綾子さんはニッコリと微笑み、そして指や手のひらに垂れた精子をもっとペロペロと舐める。
 まるで美味しいアイスでも食べるみたいに。

「蓮ちゃんが、一生懸命作った赤ちゃんの素ですもの。ママにしてみれば……孫? ふふっ、目に入っても痛くないかも。すっごく美味しいわよ」

 綾子さんは自分の言ったことにハマったみたいで、クスクス笑って、そして精子を舐め続ける。
 なんだか、すごい光景だけど、ちょっと感動していた。
 僕のこと、本当に愛してくれてるんだ。僕のオチンチンから出たものを、美味しい美味しいって舐めてくれるなんて。
 綾子さんは……僕のママなんだ。

「さあ、蓮ちゃんのもきれいきれいにしましょうね」

 そして僕のオチンチンやお腹を、ティッシュで拭いてくれる。
 まるで宝物でも扱うみたいに優しい手つきで、僕の心に湧いた暖かい気持ちも一緒に撫でてもらってるみたいに思えた。

「あら?」

 なのに僕ときたら、なでなでが気持ちいいからって、またオチンチンを大きくしてしまっていた。

「ご、ごめんなさい、ママ。僕……僕……」
「蓮ちゃん、ここに横になりなさい」

 イタズラを見つかったみたいな気持ちで、綾子さんに謝る。
 だけど綾子さんは、優しく僕の体をベッドに横たえると、僕の体の上に被さり、優しく頭を撫でてくれた。

「謝ることなんてないの。蓮ちゃんは若い男の子だもの。元気の証拠よ。ママだって嬉しいわ」
「でも、ママがあれだけ頑張ってしてくれたばっかりなのに。僕、もうこんなに」
「ふふっ、蓮ちゃんは優しい子ね。でもママっていうのは、そんな優しい子の蓮ちゃんが、思う存分わがままを言って甘えるためにいるのよ? 遠慮なんかされたら、ママの方が悲しくなっちゃうんだから。ほら、あんよ広げて」

 僕の股の間に綾子さんの手が潜り込んでくる。袋の下から撫で上げられて、ぞくぞくと快感が駆け上がる。

「蓮ちゃん、またママのおっぱい触る?」

 下を向いたせいか、ますます綾子さんのおっぱいは大きく見えて、僕は生唾を飲んだ。
 僕は、返事をするより早く、両手でそれを持ち上げる。

「あぁん!」

 綾子さんはまた甘ったるい声を出した。
 さっきはよくわからなかったけど、大きなおっぱいの中心あたりに、ポツンと当たる感触があった。

「上手よ、蓮ちゃん。その調子で、ママのおっぱいで遊んでなさい」

 ちゅ、と僕のこめかみに綾子さんがキスをする。
 そして、またペロリと色っぽい顔で唇を舐めて、僕の太ももの上に跨がる。綾子さんの股間が、くちゅりと濡れた音を立てた。

「可愛い蓮ちゃん。ママが、またいい子いい子してあげる」

 綾子さんの手と一緒に、彼女の腰も揺れる。僕の手の中では大きなおっぱいがゆさゆさと揺れて、指が食い込む。
 ベッドは親子の淫靡なコミュニケーションを咎めるように軋んだ音を立て、僕は僕の上で義母の顔が乱れていく姿に強い衝撃と興奮を覚えて声を上げる。
 気持ちいい。気持ちいい。お母さんって気持ちいい。

「あぁ、ママ、ママ! 気持ちいいよぉ!」
「蓮ちゃん! 蓮ちゃん、私の蓮ちゃん!」

 あまりの快感に、じっとしていられなくなって膝を立てる。
 股間に強く押しつけられたのに、綾子さんは嬉しそうに悲鳴を上げた。

「いい子、本当にいい子ね、蓮ちゃん。あぁ、もう、1人でこんなことしちゃダメよ。したくなったら、ママに、こっそり教えなさいっ。ママが、ママが蓮ちゃんのオチンチンの面倒、全部みてあげますから!」

 すごい。すごいよ。
 これが女の人なんだ。そして僕のお母さん。催眠術で僕が作った、理想のお母さんなんだ。
 頭がまた真っ白になっていく。ついさっき出したばっかりだというのに、他の人にやってもらうと快感も5倍にも10倍にもなるみたいで、全然我慢もできなかった。

「出してッ、くちゅ、はぁ、蓮ちゃんの精子ちゃん、んちゅ、いっぱい、出してぇッ」
「うん、出る……ッ、もう、出るよ、ママ、出るぅ!」

 耳の中に舌と一緒に入ってくる綾子さんの熱い吐息に震えながら、2度目の射精を綾子さんの手の中でする。
 シーツを握りしめ、体に走る痙攣のような快楽の波に流されながら、僕はあまりの気持ちよさに涙を流した。

「はぁ…ッ、ママ、ママぁ」
「あぁ、蓮ちゃんの、たっぷり出てる。ピュピュウって、こんなに、ビクビクしてる。可愛い。可愛い。私の蓮ちゃん、私のオチンチン……」

 精液を吐き出し続ける僕のペニスが、綾子さんの指で彼女の手のひらにかかるように誘導される。
 もう引き返せない。綾子さんにしてもらう快感から、きっと僕は抜け出せない。
 家族の範疇から大きくはみ出した行為だと知っているけど。

「蓮ちゃん……」

 僕の膝の上に股間を乗せ、ゆるゆると前後に揺すりながら、綾子さんは僕の股間をさすり続ける。
 手にべっとりと付いた精液を拭おうともせず、ぼんやりとした瞳は半分意識も飛んでるんじゃないかというほどで、そして唇に貼り付いた髪と、火照った頬が、牝の匂いを強く発していて、僕はその色香にまた魂を抜かれる。

「蓮ちゃん……蓮ちゃん……」

 繰り返される反復運動。
 機械じみた緩い刺激が、彼女の乱れた表情と相まって、残り火のような快楽を、僕の体からほじくり起こす。

「――本当に、可愛い子」

 やがてムクムクと懲りずに勃起を再開をする僕のオチンチンに、綾子さんは微笑み、僕に覆い被さりキスをする。
 絡まる舌と快楽が、また僕たち親子を溶かしていく。

< 続く >

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