オイディプスの食卓 第14話

第14話 かすみのにっき

 花純さんがニヤニヤしながらこっちを見ている。
 図書館から帰って遅い昼ご飯を食べて、リビングで再放送の旅番組を見ながらボーッとしていた。その横で、花純さんはスマホでゲームしながら僕の方をたまに見ている。
 ソファの上に膝を立てて座っているせいでショートパンツの裏太ももが目に眩しい。それは喜ばしいことなんだけど、なんだその顔。ちょっとイライラするぞ。
 今朝、僕にこともあろうかBL文庫をよこして「おかずにしろ」などと言ってきた後で、僕がシャワーを使ったものだから都合の良いように誤解しているようだ。
 都合が良いというか、気持ち悪いことを考えているに違いなかった。

「……あの」

 僕が声をかけると、花純さんはスマホからピクと顔を上げる。彼女にネコ耳でも付いてれば良い反応が見られたことだろう。

「なーにー?」

 ニタニタと機嫌良さげな顔を見せる花純さんに、僕は言おうとしていた言葉を見失った。
 例えばクラスの男子とエッチな本を回し読みしたときとかの、その感想を分かち合うときのあの感じを、義理の姉とするとこなんて想像したこともない。
 ましてや、それがまったく趣味の合わないブツだったときのパターンとか、どう組み立てていいかもわからない。
 彼女にはむしろ、まっとうな男子の性についての教育が必要なレベルだった。

「……今朝の本のことなんだけど」

 花純さんは、キョロっと目を大きくすると、スマホで口元を隠してあたりに誰もいないことを確認する。
 顔を赤くして、スマホを横にしてニヤついた顔を隠し、「どうだった?」と小声で上目遣いを見せる。

「……吐きそうになったよ」
「は?」

 正直にそう言うと、花純さんは眉をギュウっと寄せて僕を睨んだ。怖い。
 でも、アレで抜いたと思われる方が僕的につらいので、がんばって続ける。

「真面目な話、気持ち悪かった。ああいうのって、一部の女子にしか愛好されないファンタジーなおかずなんだ。大多数の男子にとっては猛毒なんだよね」

 花純さんは、「何言ってんだコイツ?」といった感じにますます怪訝な顔をする。
 自分でも何言ってんだって気はしてる。どうして休日の真っ昼間から、義理の姉にBLと健全な男子の性的嗜好の違いについて説明しなきゃならないんだ。

「つまり、ボーイズ同士のラブで興奮するような男子は、そもそも少ない。ニッチと言っていい。僕みたいな普通の男の子は、少なくとも男子校を舞台にした兄弟の物語をオカズにはできないんだ。あらすじを読んだだけでアレルギーショックを起こす。場合によっては命の危険も伴うことも―――」
「ようするに、あれは使えなかったってこと?」
「は、はい。そうです」

 花純さんは唇を尖らせ、そっぽ向く。
 機嫌が悪くなったときのポーズだ。

「じゃ、何でシタの?」
「何でって……?」
「朝、なんかシャワー使ってたじゃん」
「あれは、ほら、寝汗をかいたから」
「えー、うそでしょ?」
「本当だよ」
「あっそ、ふーん」

 じつは寝汗はウソだし、今朝は朝立ちもしないくらいに枯れていた。花純さんのお母さんのせいで。
 当然そのことを知らない彼女はソファの上であぐらに座って、スマホであごをトントンしながら、何やら思案を始めている。
 そのポーズは股間のあたりがすごい危険なことになってるんだけど、教えてあげるべきなのかな。僕が欲しかったおかずはそれですって。

「じゃ、しょうがないな。もう一冊の方も貸してやるよ」
「もう一冊?」

 花純さんは赤い顔を横に向け、誰もこないことを確かめてから、ぼそっと下を向いて言う。

「き、君が拭け、僕のア……あ~……ナルをってやつ」

 あの衝撃の話題作『俺と先公(アニキ)の学園ヘヴン!!』の前作、『君が拭け、僕のAを』のAとは、アナルのことだったのか。へぇー、勉強になるなあ。
 ていうか、どんだけ花翔院にゃんにゃ推しだよ。

「一応だけど、あらすじを聞いていい?」
「えっ、いや、それは是非読んでみて欲しいから……」
「読んでからじゃ遅いんだ。せめて、どういう組み合わせの絡みなのか、だけでも」
「か、絡みっていうなよ、バカ」
「お願い。後から知ったんじゃ手遅れなんだ。教えて」
「……あのー、すっごく頭がよくてカッコよくてモテモテのお兄ちゃんがいるんだよね。だけど自分の身内に対してはドSで、気弱なラグビー部員の弟はいつもイジメられてるの。でも、じつはそんなお兄ちゃんには、弟に、その、お、お、犯されたいっていう願望が――」
「うん、ありがと。やっぱり聞いてよかった。花純さんの声で説明された分だけ毒は弱かったみたいだ。いやむしろちょっと得したのかもしれない。でもそれ、貸してくれなくていいから」
「え、なんでだよ。あたしにここまで恥ずかしい思いさせておいて」
「だから、BL自体に興味ないんだ。気持ち悪いんだよ、本当に」
「はあ?」
「それってかなり特殊な趣味だよ。少なくとも僕の周りにそんなの読む男子はいない。女子は何人か読んでそうな気配あるけど。花純さんにもそういう趣味があるって、ちょっと意外だった」

 どっちかというと、地味でモテなさそうな女子が好んで読んでるようなイメージがある。
 あるいはV系とか好きそうな人たちが読んでそうな感じ。あ、花純さんはそっちの方なのかも。
 花純さんは顔を真っ赤にして、クッションを抱いた。イライラしているのがトゲトゲした空気で伝わってくる。

「……これだからガキは嫌なんだよ」

 吐き捨てるような言い方で、花純さんは舌を鳴らす。

「あ、あたしだって別に好きなんじゃないし。ああいう、カッコよくて優しくてちょっと強引な兄貴がいいなって思っただけだし」
「兄貴?」
「そうだよ。あーゆーのが本当の“男”なの。頭良くてさ、見た目も良くてさ、頼りになるようなそんな男だったら、ちょっとくらいエッチでも全然許せるし、友だちにだって自慢できるじゃん。遊びにだって連れてってくれるし、あたしの話をちゃんと聞いてくれるし、人の趣味をバカにしたりしないし!」

 興奮していく花純さんが、彼女自身も整理がつかない不満を爆発させる。
 僕は何もできずに黙っている。

「弟なんて最悪だ、バーカ!」

 クッションがモモンガみたいに僕の顔面に襲いかかる。
 それをキャッチして顔を上げると、花純さんはドスドスとリビングから出て行くところだった。
 やれやれ、またこれだ。
 花純さんは気が短いというか、湯沸かしボタンがどこについてるのかもわからないタイプで、僕とは10分とまともに会話が続いたことがない。すぐにキレて物別れだ。
 そりゃ今朝の花純さんが彼女なりの善意で貸してくれたことくらい僕にだってわかってるけどさ。
 ……いや、わかってなかったのかな。
 考えてもみれば、女の子の方から男にネタ提供してくれるなんてかなり恥ずかしいだろうし、弟が姉にエロ本を貸してもらったなんて話は聞いたことないもんな。
 たとえウソでも、「ありがとう」ってまず最初に言うべきだったのかもしれない。
 でも、あまりにもインパクトのある内容だったから。そもそも実の兄に直腸内で射精されるシーンで僕がヌけるわけないんだもん。
 素直に謝れないよ。でも、悪いことしたような気もするよ。
 なんていうか、つまり……僕も花純さんも、どっちも子どもなんだろうな。

「失礼します」

 僕と花純さんのおかず談話が決裂するのを待ってたみたいなタイミングで、睦都美さんが入ってきた。

「掃除機をかけてもよろしいでしょうか?」

 手にした掃除機を掲げて言う。
 家政婦さんの仕事は住み込みとはいえ週休2日のはずなんだけど、あまり出歩かないタイプの彼女は、休みの日でも平日と変わらず仕事してくれている。きちんとメイド服まで着て。
 ちゃんと父さんに残業代をもらっているんだろうか。まあ、そんなことはいいんだけど。
 ちなみに、彼女の「掃除機かけてもいいですか?」は、「ちょっと出て行ってもらいませんか?」の意味だ。もちろん仕事の邪魔をする気はない。僕は「どうぞ」と紳士的に頷いてソファを立つ。
 キッチンで麦茶をグラスに注ぎ、そして2階へ上がろうと思ってリビングへ戻ったとき、ちょうど睦都美さんは前にそうだったように、掃除機をかけるためにお尻を突き出したようなポーズだった。
 スタート丈が短くなり、かつ生足へと進化したメイド服は萌え度が50%ほど上昇している(※当社比)
 退廃的なセックスデイを過ごしたせいで枯渇していた性欲に、『制服萌え』という刺激が注入され、じわりと陰のうに何かが湧き出ていく感じがした。

「メイド人形が欲しい」

 ピタリと睦都美さんの動きが止まる。
 僕は掃除機のスイッチを切り、動かない人形になった睦都美さんのスタイルを眺める。
 うん、やっぱりきれい。普段の無愛想がもったいないくらい、睦都美さんはきれいな人だ。絶対モテるはずなのに、どうして僕の家で父さんの愛人やりながら家政婦さんなんてしてるんだろうな。
 何か事情があるんだろう。催眠術でそのへん掘り下げていくって手段もできるんだけど、今はまだいいや。だってこんなにお人形さんが似合う人なんていないもの。
 スカートをめくって中を確かめる。
 ちゃんと僕の指示したとおり白の下着だ。紺色のスカートに太ももとパンツが眩しい。少し面積の小さめの布地が、くっきりとお尻の形に貼り付いている。

「すべすべ……」

 うっとりしちゃうような肌触りだよ。シミひとつないお尻。ぴったり貼り付いた布地とひらひらと頼りなげなレース飾り。下着に手を入れると肌の感触が少ししっとりしたものに変わる。本物の人形にはない、本物の女性の生々しさ。それが僕のメイド人形の素晴らしさだ。

「こっちにきて、座って」

 ソファに座らせて、隣から抱きしめる。メイド服の上から胸を揉む。細い体に贅沢な肉付きのおっぱい。綾子さんほどのボリュームはなくても優惟姉さんより若干大人の膨らみを感じさせる。
 綾子さん>睦都美さん≧優惟姉さん>>>花純さん。
 全員のおっぱいを経験した僕には、日本はまだまだ年功序列制度の根強い風土なのだということを実感できた。
 スカートの中に手を入れる。人形の睦都美さんは睫毛ひとつ揺らさず、乱暴にまさぐる僕の手の為すがままでいる。

「はぁ……睦都美さん」

 良い匂いのする顔に口を近づけ、ぺろりと頬を舐める。胸とアソコをイジられながら、睦都美さんは軽いまばたきをする。
 芸術だ。こんなに精巧できれいな人形なんてどんな美術館でも見たことない。それでいて、どんなエッチなことでもOKだなんて。
 僕のオチンチンが固くなっていく。まだ少しひりひりするような皮膚の過敏さはあったけど、それでも健気に女性を欲して脈動していた。
 でも、ここじゃまずい。いつ誰が来るかわからない。

「睦都美さん。ここの掃除が終わったら、僕の部屋のベッドシーツを交換に来てください。僕は部屋で待ってる。そのとき、ドアにかかっているプレートを裏返して『PB』にしてください」

 プライベートバリアルールはもちろんまだ有効。おそらくこれからはかなり使うことになるだろう。
 我ながら良い機能を開発した。

「なるべく早く来てくださいね」

 僕はメイド人形を解除して、2階の自分の部屋で待機する。
 そのうちシーツを抱えた睦都美さんが扉をノックする。

「シーツを交換させていただきます」

 いつもなら僕らが学校へ行っている間に済ませてもらっていることなんだけど、昨日は綾子さんと一緒にかなりベッドを汚しているし、シーツ交換に来たメイドさんにイタズラするのってすごくご主人様な感じだし、なんだか興奮した。
 てきぱきとシーツをはぎ取り、新しいものと交換しようとする睦都美さんに僕はいつもの声をかける。

「メイド人形が欲しい」

 これで僕だけのメイド人形だ。
 ちゃんと睦都美さんが『PB』を張ってあることを確認して、僕は固まった睦都美さんをベッドの上に導く。
 きちんとお座りしたお人形さん。細いあごを指で持ち上げ、キスをする。マネキンにキスするような感覚。でも、ちゃんと彼女の呼吸も体温も感じられる。
 短いボブカットの髪はさらさらしている。ヘッドドレスも似合っている。
 僕は睦都美さんのおっぱいを持ち上げるように揉んで、そして首元のリボンを緩める。胸の谷間が眩しい。すごくきれいで、エッチだ。
 僕は思いついてスマホのカメラを起動する。

「睦都美さん、こっちを見上げて」

 カシャ。
 胸元をはだけたまま、カメラを見上げる睦都美さんを撮影する。
 ぼんやりとした瞳にメイド服。うすく開いた唇がいやらしい。催眠メイドの表情だ。

「今度はこっち、正面を向いて」

 睦都美さんの前に跪いて、彼女の目線で撮影する。弛緩した両手と、軽く下がったまぶた。彼女は被催眠状態だと、見る人が見ればすぐにわかる写真だ。
 次に、僕はスカートをたくし上げ、純白の下着を露わにして同じ位置で撮影する。
 スケベさが格段にアップした。睦都美さんはぼんやりとした目を時々まばたきさせるだけで、僕のすることに抵抗も拒否もしない。
 胸元を広げて、ブラジャーを見せて撮影した。次にエプロンを剥ぎ取って写真を撮り、その次にブラウスを全脱ぎさせて撮り、そしてスカートを剥ぎ取って撮影した。
 裸に剥かれていく催眠メイド人形を記録する。
 自分の撮った画像を見て興奮した。カメラの性能も腕もいまいちだけど、モデルがとにかく綺麗だからグラビアみたいだ。
 ヘッドドレスをつけて下着だけになった睦都美さんを、次に僕はポーズを取らせる。

「こうして、足を片方上げて。手を後ろについて胸を突き出すように。そう、で、カメラの方を見て」

 カシャ。
 エロいポーズをとった睦都美さんを撮影する。我ながら良い出来だ。表情がないせいで、余計に「やらされてる感」があって妄想をかきたてる。

「四つんばいになって、手はもっと胸を寄せて。顔はこっち向いて」

 睦都美さんが、僕のベッドの上でグラビアモデルになっている。
 普段は近寄りがたくて冷たい印象の彼女が、僕の言いなりになってエッチなポーズを作ってる。
 どんどん楽しくなってくる。
 
「ブラ外すから、両手広げて」

 ぷるんと睦都美さんのおっぱいが揺れる。
 自分で言うのもなんだけど、僕って本当に恵まれたお坊ちゃまだと思う。

「少しお尻浮かせて」

 パンツは、途中までにする。お尻を半分くらい出したところで、僕は睦都美さんに立つように命令する。

「今度は、床に四つんばいになって」

 お尻を半分出した格好で、犬のように床を這わせる。そして後ろから、彼女を見下ろすアングルで撮影する。
 犬メイドさんだ。でも、ちょっと足りない気がしたので、さっき脱いだエプロンを彼女の背中に乗せた。そして、僕の方を振り返るように命令した。
 カシャ。
 ヘッドドレスとソックスと半脱ぎの下着。そして脱ぎ捨てたエプロンを無造作に体にかけられ、メイドの悲哀は倍増した。

「もっと床に顔を近づけて。くっつけて。そう、そしてこっち向いて。お尻は上げたまま」

 僕は睦都美さんの横に回って、床に這うよう低いアングルから犬の睦都美さんを撮影する。エプロンが上手い具合に彼女の乳首を隠して、逆にあざとい感じの写真が撮れた。
 これがうちのメイドさんだよって、悪友に自慢したいなあ。でも、それをやるほど僕も愚かじゃない。睦都美さんの恥ずかしい写真は、ちゃんと僕が独り占めするから安心してね。
 彼女のいやらしいポーズを見ているうちに、僕のオチンチンもいやらしい形になっていく。
 このへんで一度、睦都美さんに介助をお願いしよう。
 顔を起こして座るように命令する。そして、彼女の顔前でズボンを下ろした。
 もうそそり立っているそれを、睦都美さんは虚ろな瞳に映す。こんなのを突きつけられて無反応でいる彼女のことが、あらためて不思議で滑稽に思える。クールで美人のメイドさんと僕のオチンチン。もう見慣れた対比のはずなのに、そのたびに興奮が煽られる。

「フェラチオメイドA」

 彼女の細い手が僕のペニスを握る。そして顔が近づいてピンク色の舌が伸ばされる。
 舌で3回舐める。舌を4回まわす。そのあと咥えて顔を前後に5回。

「れる、れろ、ちゅる、れる、ちゅぽ、ちゅぽ、ちゅぽ」

 優しい愛撫に腰が蕩けそうだ。
 安定感のある正確な奉仕はじつに彼女らしく、そしてスケベな行為を無表情に繰り返す姿が、そのために作られた自動人形でオナニーしているような不思議な錯覚を起こさせる。近い未来に、こういう人形が実際に作られるかもね。
 そしてもちろん、駆使するパターンもこれ一つで終わりじゃない。バリエーションには変化が必要だ。

「睦都美さん、次のパターンを教えますね。最初に舌で舐めるのは同じだけど、それに手コキを加えましょう。そう、そんな感じ。それを5回」

 ペロペロと先端を舐めながら、右手は輪を作って僕の幹を擦り上げる。
 家事が得意なのも関係あるのか知らないけど、彼女の繊細な手は洗練された快感を作ってくれた。

「次に、僕のを口の中に飲み込んで顔を前後に5回。強めに吸いながら」

 じゅぶ、じゅぶ、じゅぶ、じゅぶ。
 睦都美さんのほっぺたがペコリと窪み、唇がきつめに僕のをしゃぶる。
 まだ皮膚に痛みが残っているけど、それがギリギリの快楽になって僕を刺激する。

「最後に、僕の玉袋を優しく揉みながら、裏筋をゆっくり、舌をチロチロさせながら下から上へ。これを3回」

 ぞわぞわとむず痒いような快感が這い上がる。小刻みに舌を震わせながら先端まで、睦都美さんはじつに良い仕事をしてくれた。

「これが『フェラチオメイドB』だ。今の動きを繰り返して」

 5回、5回、3回。
 一度指示しただけのことを睦都美さんは完璧に繰り返す。
 パターンAよりも刺激が強めで、うっかりすると声が漏れてしまう。
 睦都美さんの仕事に間違いはなかった。

「フェラチオメイドA」
「れろ、れろ、れる、れる、ちゅる、れろ、んっ、ちゅぶ、ちゅぶ、ちゅぶ、、ちゅぶぅ、ちゅぶっ」
「フェラチオメイドB」
「れろ、れろ、んっ、れろ、んっ、じゅぶ、じゅぶ、ぢゅぶ、ぢゅぶ、ぢゅぶ、えっ、えう、えっ、えっ」
「フェラチオメイドA」
「れろ、れろ、れる……」

 正確無比な僕のメイド人形。
 僕は調子に乗っていく。

「次のパターンを教えるよ。手コキしながら僕の玉袋を舐めて。それを3回、いや5回――」

 僕は睦都美さんにFまでパターンを教える。
 もちろん彼女は、その全てを一度教えるだけで暗記した。

「フェラチオメイドD」
「んぐ、んぐ、むっ、むぐ、んっ、んっ、んっ、んっ、えっ、れる、れる、えぅっ」
「フェラチオメイドB」
「れろ、れろ、んっ、れろ、んっ、じゅぶ、じゅぶ、ぢゅぶ、ぢゅぶ、ぢゅぶ、えっ、えう、えっ、えっ」
「フェラチオメイドCとA」
「んっ、ふぅっ、れる、えっ、れる、ちゅぷっ、ちゅっ、ちゅく、ちゅ、ちゅっ、あむ、んっ、んんっ、んっ、んっ、れろ、れろ、れる、んっ、ちゅる、れろ、んっ、ちゅぶ、んっ、ちゅぶ、、ちゅ、ちゅぶっ」
「……フェラチオメイドBCE」
「れろ、んっ、んっ、れろ、んっ、じゅぶ、んぶ、ちゅぶ、ちゅぶ、んぶ、んっ、んふっ、えっ、んっ、んっ、ふぅっ、れる、えっ、れる、ちゅぷっ、ちゅっ、ちゅく、ちゅ、ちゅっ、あむ、んっ、んんっ、んっ、んっ、れろ、れろ、れる、んっ、ちゅる、れろ、んっ、ちゅぶ、んっ、ちゅぶ、、ちゅ、ちゅぶっ」
「フェ、フェラチオメイド……F」
「じゅぶっ、じゅぶっ、じゅぶっ、じゅぶっ、ぢゅぶ!」

 すごいよ睦都美さん。完璧だ。
 僕はどうやらとんでもないオートマタを手に入れてしまったらしい。ごく簡単なプログラミングでどんなパターンも正確に再現可能だ。
 感動と快楽に身を浸す。思う存分溺れる。『フェラチオメイドF』とは、僕がイクまでひたすらバキュームフェラだ。
 体全体を揺すって無表情に僕に奉仕する睦都美さんを見下ろす。もうすぐ僕は達する。でも、どうせ出すならその場所は。

「睦都美さん、そのエプロンを拾って!」

 足元に落ちているエプロンを拾わせる。
 そして、それで僕の精液を受け止めるように指示をする。

「出るッ!」

 睦都美さんの白いエプロンの上に欲望を吐き出す。
 仕事着に濁ったシミを作っていく僕の精子たちを、睦都美さんはぼんやりとした目で見ていた。

「それは、お醤油のシミです。あなたにはお醤油のシミにしか見えない。あとでシーツと一緒に洗濯してください。いいですね? わかったら返事をして」
「……はい……」

 睦都美さんは裸のまま精子のついたエプロンを見下ろしている。
 どこまでも自由に出来る女性を前にすると、男は欲望の限界も高まるらしい。あれほど昨日したばかりなのに、僕はまだ彼女に欲情し足りないと感じている。
 遠慮する気持ちまでなくなっていく。

「ベッドの上で膝をついて。手を後ろに組んで」

 なだらかで贅肉のない背中と、張りのあるお尻と太もも。その上で、彼女の細い腕が組まれる。

「そのままじっとして。縛るよ」

 交換したばかりの昨夜のシーツ。
 僕と綾子さんの匂いが濃く残るそれで、僕は睦都美さんの体を腕ごと一巻きする。

「体を前に倒して。枕に顔を置いて。横向きに。そう」

 さっきの犬のポーズと同じだ。違うのは、その体をシーツで巻いていること。僕はそのシーツの端をベッドマットの下に挟む。そしてもう一方も。
 ぐるりと体を巻いたシーツを両端で固定して睦都美さんの自由を奪う。四つんばいで腕は背中に。顔は枕に。お尻だけ高く上げて。
 睦都美さんはメイド人形なんだから、縛るまでもなく体は勝手に動かせない。見た目だけの拘束だ。
 でも、その見た目がかなり重要だ。
 白いシーツに包まれた睦都美さんの細い体。そして露わになっているお尻とアソコ。
 いよいよ彼女を道具扱いしている感じがして、かなりやばい。こんなので興奮するなんて僕ってSの資質でもあるんだろうか。

「オナホ人形」

 ぴくり。
 人形のお尻が、僕の口から発せられるキーワードに微かな反応をする。
 この言葉で彼女はセックスの記憶を体に蘇らせる。気持ちよくて淫らなセックスの体験を。
 しばらく待っていると、すぐに彼女のアソコは濡れていく。
 僕は自分の先端を濡れて光るその場所に合わせる。今日はコンドームがない。でも、外に出せばいいかって軽く考えている。昨夜、綾子さんの体でたくさん外出しの体験をした。上手く出せるだろう。

「入れるよ、睦都美さん」

 ズブ、彼女の中に先端を埋めると、ギュッと、一瞬だけ彼女の入り口が緊張した。
 あとはズブズブと楽に埋まっていく。僕の侵入に体が反射的に縮こまっただけで、セックスをしているという認識のない彼女の肉体はリラックスしたまま僕のを迎え入れる。
 綾子さんとしたセックスとは違うんだ。非童貞となった僕にはもうその違いがわかる。綾子さんの方が僕のを懸命に締め付けてくれたから気持ちよかった。でも、容積的には睦都美さんの方が小さそうだから、彼女がセックスとして僕を迎えてくれたときはもっと締めつけ感を味わえると思う。これでも十分に気持ちいいけど。
 僕は腰を動かす。くちゅ、と睦都美さんのソコが湿った音を立てた。
 くちゅ、くちゅ。
 彼女の中がはっきりと感じられた。やっぱりコンドームをするよりも生の方が気持ちいい。少しずつペースを上げていく。ぴたぴたと睦都美さんのお尻の肉が波打つ。リズミカルな快楽が僕を前のめりにさせていく。

「睦都美さん、『メイドオナホ』って言って。繰り返して」
「メイろ、オナお、メイろ、オナお」

 枕に横顔を押しつけた格好で揺すられているせいで、睦都美さんの発音は歪んでおかしな風に聞こえた。

「メイろ、オナお、メイろ、オナお、メイお、おあお、えいお、オナお」

 言葉は不明瞭、睦都美さんのきれいな顔も歪んでいる。
 でもこれはこれで、壊れた人形を犯しているみたいで、すごい興奮する。
 ぴたんぴたんと、睦都美さんのお尻を叩くように動く。

「んっ、メイお、オナお、んっ、メイろ、オナお、んっ、えイお、オあお、んっ、んっ、えイド、オナおっ、あ、あ、メイろ、オぉナ、おっ!」
 
 過敏な先端が睦都美さんの愛液にしみて、彼女の柔らかい肉壁に擦られると快楽と一緒に軽い痛みを感じる。
 でも、今の僕はそれすら興奮の材料に出来た。
 お尻に指を食い込ませ、肉を寄せてその中に出し入れする。睦都美さんを犯す。人形にして抱く。乱暴なことをしている自覚はあるのに、罪悪感よりもずっと快感が深くてやめられない。

「んんっ、えイド、んっ、オあお、ん、ん、メイろ、お、ナお、あっ、メイお、オナお、あっ、メイお、オあお、ぉ、メイお、オナお、お、お、メイろ、オあおぉ、んっ、んっ、んっ、メイろ、オナ、お!」
「あ、出るッ! 出るよぉ、睦都美さん!」
「メイ…ッ!」

 夢中になって、ちょっと睦都美さんの中に出しちゃったかもしれない。
 ギリギリまで溜め込んだ精液は本日2回目にも関わらず大量に飛び出る。
 睦都美さんを拘束しているシーツにそれを吐き出した。昨夜のシミにたった今出したばかりのシミが重なる。二人の女性を僕が汚した証だ。それがじわりと染みこんで睦都美さんの体に匂いをつける。彼女のお尻がビクンビクンと二度ほど痙攣した。
 
「……メイろオナお、メイろオナお、メイろオナお、メイろオナお、メイろオナお」

 僕がイッたあとも律儀に唱え続ける彼女にストップをかける。
 そして、次の指示を与える。
 
「睦都美さん、そのメイド服を買った店はどこ?」
「……池袋の、コスうレひョップれす」
「そこに他のコスチュームもいっぱいあったでしょ? ナース服とか高校生の制服とか。そういうの何着か買ってきてよ。お金はまた父さんに貰って」
「……はい」

 きれいな顔に、きれいな体。
 彼女のコスプレをメイド服だけに留めておくのも、それはそれでもったいないと僕は思った。

「今度は、着せ替え人形するよ」
「はい」

 睦都美さんの拘束を解いて、疲れが取れるように催眠マッサージをして、そして汚したものをすぐに洗濯に回すように指示して人形化を解いた。
 不機嫌な家族との会話で溜まったストレスも、うちのメイドさんは処理してくれる。
 次のプレイが楽しみだ。

 飲み終えた麦茶のグラスを下げにキッチンへ行く。
 まな板の音を軽快に鳴らしているのは、綾子さんだった。

「ママ、晩ご飯は何?」

 ボウルに入った挽肉に、刻み途中のタマネギ。メニューはだいたい予想はついたけど綾子さんの隣に並びたくて近づく。
 綾子さんは優しい微笑みを浮かべて言う。

「蓮ちゃんの大好きなハンバーグよ」
「やった」

 体を寄せ合って、互いの体温を感じる。セックスをした僕らの間には甘い空気が流れている。

「睦都美さん、見なかった?」
「さっき洗濯してたよ。手洗いで」
「……手洗い? 服にシミでも付けたのかしら?」

 うん、白濁した男汁でね。
 僕ら家族の服なら面倒な汚れの場合クリーニングにでも出すんだろうけど、慎み深い睦都美さんは、自分のエプロンの汚れは自ら丁寧に洗っていた。
 なので、しばらく夕食の準備には参戦できないだろう。そもそも彼女は休日なんだし。
 僕らは二人っきりだ。

「こねるの手伝うね」
「そう? じゃ、お願いしようかな」
「お手本教えて」
「いいわよ。こうやって優しくにちゃにちゃするの」

 家族と睦都美さんの分のハンバーグ種は、おそらく明日のお弁当の分もあるのか相当な量だった。
 それを綾子さんは両手でこねる。にちゃにちゃといやらしい音を立てながら。
 僕はその手に重ねるようにして自分の手をつっこむ。

「こう?」
「あっ……」

 左手の薬指。結婚指輪の場所に指を絡ませる。
 ここは綾子さんの『えっちポイント』だ。父さんとの愛の証を、僕は専用の性感帯に改造している。僕にそこを触れられて、綾子さんは敏感に体を震わせ、甘い息を吐いた。
 
「んっ、あんっ、もう、だめぇ……」

 にちゃにちゃとハンバーグ種を絡ませながら、そのポイントを揉むように刺激する。鼻にかかった声を出して綾子さんは身をよじる。
 僕は耳元に口を近づけて囁く。

「ママ」
「蓮……あんっ」

 熱のこもった瞳を僕に向け、甘ったるい吐息で名を呼ぶ。
 ボウルの中で僕らの手はいやらしく絡み合い、綾子さんは豊満な胸を僕の腕に押しつけてくる。

「ダメよ、こんなところで……ねえ、あんっ、ダメってばぁ」

 僕は、ママとセックスをしたんだ。1日中抱いて、僕の女だと言わせたんだ。
 彼女にはわがままに振る舞いたい。綾子さんは僕のモノだと何度でも確認したい。僕のセックスで泣かせてやりたい。
 母親で恋人って最強のパートナーだ。何でも出来るって感じがする。
 指を絡めて『えっちポイント』をとことん攻める。足を擦り合わせるようにして悶える綾子さんの性感を、確実にイジメていく。
 自分がオスであることを実感する。モノにした女をしゃぶり尽くしてやりたいという獰猛な欲望が、綾子さんの弱々しい抵抗でますます煽られる。

「綾子、可愛い」
「はぁん……蓮、さん……」

 しなだれかかる綾子さんの髪の匂いに包まれ、僕の股間が熱を帯びていった。
 父さんが帰ってくる前にこの場で押し倒して犯しちゃおうか、なんて怖いこと想像したりする。
 しかし、そこでキッチンに誰か近づいてくる気配を感じて僕らは慌てて身を剥がした。

「……なにしてんの?」
「あ、あぁ、その、お手伝いを」
「そうなの、蓮君にハンバーグのこね方を教えてたのよ」

 花純さんは、目を逆三角形にしていた。
 ジトーっと睨まれて僕と綾子さんは冷や汗を流す。
 冷凍庫を開けてアイスを咥え、まだ僕らをジト目で睨みながら、花純さんは乱暴に扉を閉める。

「マザコン」

 僕にぐっさりと言葉のナイフを刺して、花純さんは乱暴に床を鳴らしながら去って行く。

「……部屋に戻ってるね」
「ええ。ごめんね、蓮ちゃん」

 すっかり水をさされた僕はキッチンは退散する。
 マザコンには自覚あるので、そこを突かれるのはちょっと痛い。

 花純さんは不機嫌だった。
 父さんが帰ってきて、久しぶりに家族の揃った夕食の席だ。いつもなら家長の存在による緊張を強いられる食卓が、今夜はさらなる緊迫感に包まれている。
 ハンバーグというほのぼのと温かい料理のテーブルで、ナイフとフォークの音に混じって舌打ちが聞こえていた。

「はぁーあ」

 わざとらしいため息もセットで。
 優惟姉さんも普段なら無視しているけど、さすがにこの態度は目に余るらしく眉間にしわにを寄せている。

「花純、どうしたのさっきから? お行儀悪いわよ」

 綾子さんが父さんたちの顔色を伺いながら花純さんを咎める。
 言われて当然のはずなのに、花純さんはますます機嫌を悪くして綾子さんを睨みつける。

「気持ち悪い」
「え? 熱でもあるの?」
「違う。この家族が気持ち悪い」

 食卓が凍り付いた。
 綾子さんは、「なにを言ってるのよ」と戸惑いがちに笑う。
 優惟姉さんは、ピクリと片方の眉を上げたが、すぐに表情を和らげた。まるで、「その意見には同意ね」とでも言うように。
 父さんは、いつものように新聞の向こう側だ。父さんは花純さんのことは最初から無関心だった。彼女がこの家に来たときから。
 僕は心臓を握りしめられたような痛みを感じる。
 花純さんは食卓の上を順に睨んでいく視線は、最後に僕のところで止まった。

「……大っ嫌い。こんな作り物みたいな家族なんて、気持ち悪い。家族になんてなれるわけないじゃん。仲良くなれるわけないじゃん。姉貴なんて欲しくなかった。弟なんていらない。どうしてあたしが、こんなとこにいなきゃいけないのよ!」

 綾子さんは何も言えずに、ヒリヒリした空気に戸惑う。
 優惟姉さんは、むしろスッキリしたように箸を進める。
 花純さんは僕を睨んでいる。この家でもっとも立場の弱い僕を。
 父さんは無言のまま食卓に君臨し、下々の小競り合いに無関心を続ける。

「こっち見んな、バカ」

 反抗期と親の再婚が重なった彼女は、おそらく僕以上に複雑に傷ついていたんだろう。
 花純さんの好感度は少しずつ改善してきたつもりだったけど、今朝のことやさっきのキッチンで僕と綾子さんの仲良しぶりを見せつけてしまったことが、なまじ信頼を得始めていたおかげで余計にショックを与えたのかもしれない。
 精神的に(あと第二次性徴的に)まだ子どもの彼女は、母親と仲の良い弟のことを面白くは思わないだろうし。
 とにかく、僕が今まで精液プレゼントでコツコツ上げてきた好感度は、これで全部打ち消しだ。

「弟なんて気持ち悪い。なんで弟なんだよ。意味わかんない」

 それでも、子供っぽい彼女なりに、僕のお姉さんになろうとしてくれていた。それが事実だし、まず僕はそのことをきちんと喜んでみせるべきだったんだ。彼女のことを「子どもっぽい」と評価するからには、僕がもっと大人の男らしい余裕を見せる必要があっただろう。
 でも、BLはさすがにちょっと……。

「――だったら出ていけば?」
「はあ?」

 優惟姉さんは、花純さんの演説が続く中でも黙々と進めていた箸をそこで置き、代わりにテーブルの上に肘を置くという、彼女らしからぬ不作法で身を乗り出した。
 花純さんが僕に向ける冷たい視線を遮るかのように、鋭く目を細めて。

「まがりなりにも年上として振る舞いたいなら、年少者に対する態度もわきまえてからにしなさい。蓮にそういう態度を取るんだったら、私もあなたみたいな家族はいらない。出て行きたいなら止めないわ」

 私は一応姉だから言わせてもらうけど。と、優惟姉さんは続けて言う。

「私も蓮も、親の再婚に巻き込まれたあなたのことまで責める気なんてなかった。最初はそれなりに話しかけたりもしたでしょ? 誰彼かまわず無分別に噛みつくほど私たちは子どもじゃないの。あなたとも仲良くしたいと思ってたのよ。なのに、あなたは私たち姉弟まで標的にして反発してた。蓮にもひどいことばかり言ってたよね」

 この家に来たばかりの頃は、確かに優惟姉さんは花純さんに気を使っていた。
 父さんの再婚やその連れ子について話し合った第116回姉弟会議の席でも、姉さんは「妹のことは私に任せて」といって、自分が面倒をみるつもりでいた。
 でも、花純さんはそんな優惟姉さんを無視し、年下の僕には暴言や睨みを利かせ、家族の誰にも心を開こうとしなかった。
 そしてそのうち僕に対する態度の酷さに業を煮やした優惟姉さんが、「あの子のことは放っておきなさい」と、第124回姉弟会議で宣告して現在に至るんだ。

「あなただけが子どもなの。身勝手でわがままでどうしようもない子ども。今の家庭が面白くないのは自分の責任でしょ。周りのせいにしないでよ。あなたみたいに可愛げのない妹なんて私も欲しくない。蓮の姉も私一人で十分。この家で存在意義がないのは他の誰かじゃなくて、あなたよ。あなたの場所だけここにはないわ。どうにかしろっていうなら、自分でなんとかしなさい」

 花純さんと優惟姉さんは鋭く視線をぶつけあう。
 綾子さんはオロオロとして、父さんは泰然と睦都美さんにコーヒーを命じ、家族の諍いなど自分には関係ないことを態度で示している。
 
 そして僕は、コインを握りしめる手を震わせていた。
 
 やっぱり優惟姉さんはすごい。天才じゃないだろうか。
 僕がどれだけ困難な問題に頭を悩ませているときでも、優惟姉さんは必ず正しい方向にいる。彼女の導く方に進むだけで僕は正解へと辿り着く。
 姉さんの言うとおり、今の花純さんには居場所がない。彼女も今の家族を望んでいない。気難しい年頃だ。妥協もすり合わせもできない、わがままで不器用な女の子だ。
 そんな手に余る腫れ物のような次女を、僕ら家族はどう扱っていくべきか。
 優惟姉さんはとっくに答えを閃いている。でもその吹っ飛んだ発想を成立をさせる方程式が彼女にはない。だから姉さんまでイライラしているんだ。
 だけど、我が家には僕がいる。
 優惟姉さんの見つけた答えを三沢家の正解にする技術は、僕の手の中にあるんだ。
 
 ―――キィン!
 
 コインの音が鳴り響き、僕を除く家族の全員が催眠空間へスリップする。
 気まずい尖った空気が催眠人形たちの中に押し込まれ、そして僕だけの自由な時間が動き出す。

「―――今日から花純さんは、我が家の末っ子だ」

 三沢家というバラバラのピースになったパズル。
 その完成図を見つけられなかった僕の前に、飛躍の一手が示される。
 興奮は自然と僕を饒舌にさせた。

「花純さんはこれから家族の中で一番の年少になる。年齢は、とりあえず6才から始めよう。花純さんは、年齢をどんどん遡って6才に戻る。その時の自分を思い出して。蘇らせて。あなたは6才。今はこれがあなたの適正年齢だ。花純さんは家にいるとき6才の女の子になる。一歩でも外に出たとき、あるいは電話やメールで他人と接するときのみ、元の14才に戻る。それでもあなたは僕らの一番年下で、僕らの妹だ。花純さんは僕のことを『お兄ちゃん』と呼び、優惟姉さんのことを『お姉ちゃん』と呼ぶ。そして、ここにいる家族以外の人の前では、14才に戻って僕の姉のふりをしなければならない。いいね?」

 今日から花純さんは僕の妹。この家の中では6才。
 何度も繰り返して、家族全員に植え付ける。彼女はわがままも子どもっぽい振る舞いも許される幼女だと。子どもなら、家族は受け入れると。
 自然と口元が緩んでいく。
 
「花純さんはまだまだ子どもだ。家族みんなで最年少の彼女を育てていこう。適正年齢はその都度僕が決めて彼女に告げる。僕が可愛がって育ててあげる妹だ。そう、彼女をメインで育てるのは僕だからね。僕が教育係で、僕の教育が彼女にとって常識で、他の家族もそれを了解すること。これが、我が家の新しいルールだ」

 彼女は子供に戻って、そしてこの家で大人に育っていく。僕のルールで。僕の教育で。
 かなり大胆な暗示だ。僕は何度も同じことを繰り返し言い聞かせる。
 催眠を解除しても、みんなの目が晴れるまでの時間が少し長く感じた。
 でも、やがて睨み合う格好で止まっていた優惟姉さんと花純さんの表情に、変化が現れた。
 優惟姉さんは、なんだか申し訳ないような顔に。
 花純さんはだだっ子のように涙を滲ませる。

「その、ちょっと言い過ぎたかも。ごめんね、花純?」

 優惟姉さんは、猫を撫でるような声で気まずそうに身を引く。
 花純さんは口をへの字に曲げ、「むー」と優惟姉さんを睨む。

「お姉ちゃん、嫌い!」

 そしてプイと横に顔を向け、ぐしと袖で涙を拭った。
 子供じみた幼い仕草で。

「うう~ッ、うえ、うえぇぇぇぇ」

 とうとう泣き出した花純さんの隣で、隣で綾子さんが「まあまあ」と花純さんの頭を撫でる。
 優惟姉さんはばつが悪そうに肩をすくめる。

「アイスでも食わせてやれ」

 父さんが新聞の向こう側で、ぶすっとした声で睦都美さんに指示を出す。
 さすがの父さんも幼児には甘いみたいだ。これは意外な発見だった。

「こんなのいらないもん!」

 睦都美さんがテーブルに出したアイスにも、花純さんは駄々をこねる。
 でもチラチラと視線は向けて、興味はかなりあるようだった。
 いよいよこのへんで、真打ちの出番である。

「花純、あまりわがまま言っちゃダメだよ。アイス食べないなら冷蔵庫に戻しなさい。でもちゃんと食べたら、お兄ちゃんは花純とゲームして遊ぼうと思ってたんだけどな」

 ぴょこ、と花純さんの首が伸びる。
 ネコ耳があればいいのにって思わせる、あの表情だ。

「ホント?」
「本当」
「約束?」
「うん」
「絶対だよ。――お兄ちゃん!」

 お兄ちゃん。
 その言葉には、雷みたいな衝撃があった。
 僕はフリーズしてしまいそうな自分を必死に奮い立たせて、なんとか頷く。
 
「あ、あぁ。絶対。約束する」
「じゃ、食べる~」

 もくもくとスプーンを運び始める花純さん。
 家族の間に安堵の空気が流れ、食卓が穏やかになる。

「……蓮、何ニヤニヤしてるの?」
「いや、別に。なんでもない」

 ハマった。
 完全にツボにハマった。
 まさかこの僕に「お兄ちゃん」趣味があったなんて。「お兄ちゃん」という響きが、こんなにも僕の知らなかった感情を呼び起こすものだったなんて。
 父性愛というか優越感というか責任感というか保護欲というか――なんだろう、この『お兄ちゃん愛』としか言いようのない気持ちは。
 花純さんが、めちゃくちゃ可愛い。

「ほら花純ったら、口の横にアイス付いてるわよ」

 アイスをほっぺに付けている花純さんに、綾子さんがナプキンを近づける。
 
「ん~、やッ! お兄ちゃんが取ってー」

 花純さんはそれを嫌がり、僕に向かって甘えた声を出し、顔を突き出す。
 ずっと『兄』というものに憧れを持っていた彼女は、その興味と好奇心を全開にして僕に向けていた。

「しょうがないなぁ、ホラ」
「きゃはは、お兄ちゃん、くすぐったい~」

 文句を言いながらも、ニコニコと僕にされるがままになっている花純さんに、綾子さんも優惟姉さんも優しい微笑みを浮かべている。
 僕もたぶん、キモいくらいニヤついてると思う。
 笑いがどうしても止まらない。
 花純さんが可愛い。
 そのことが嬉しくてしょうがない。
 
 今日から、僕は花純さんのお兄ちゃんなんだ。

+++ かすみのにっき +++

○がつ○にち

 かすみ 6さい
 きょおはおにいちゃんとゲームしてあそんだ
 おにいちゃんはゲームおじょうずだからいっしょにやるとおもしろいよ
 おにいちゃんがやってるときかすみは「おにいちゃんがんばれ」っておうえんしてあげた
 そしたらおにいちゃんが「もっといって」というからたくさん「おにいちゃんがんばれ」っておうえんしてあげた
 おにいちゃんはかすみにおにいちゃんっていわれたらうれしいんだって
 かすみもおにいちゃんになまえよんでもらえたらうれしいよ
 あとおにいちゃんがにっきにはわすれないようにとしもかきなさいっていうからかくよ
 かすみはおにいちゃんのいうことをちゃんときくよいこです
 だからあしたもいっぱいかすみとあそんでほしいです
 おわり

++++++++++++++++++

< 続く >

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