コウモリ男の夏 (3)

(3)

 今日から、あたしはひとりぼっちだ。

 見知らぬ庭には、色とりどりの花が咲いていた。
 名前も知らない花。赤い花、黒い花、黄色い花にピンク色の花。
 中でも大きくて青い花がとてもきれいで、あたしの目を引いた。
 まるで植物園みたいで、あたしもここの花に生まれてたら、ひとりぼっちにはならなかったんだろうなって思って、少し悲しくなった。

「ごめんね、キヨちゃん。あんた捨てるしかないの」

 いつもよりも濃いお化粧をしたお母さんが、あたしをここまで連れてきて、そう言った。

「お母さん、今のカレと2人で暮らすことになっちゃった。まあでも、私って子育てとか苦手な人だし、あんたもちゃんとした人の世話になったほうが幸せよね。いい? ここの施設の人たちに見つかったら、『捨てられた』っていいなさい。そしたらご飯もらえるから。ただしお母さんのことは誰にも内緒、ね?」
「おい、早くしろって」
「今行くってば。じゃね、キヨちゃん。元気でねー」

 ぺちゃくちゃとまくし立てるように言い訳と別れの言葉を残し、お母さんは若い男の車で去っていった。
 残されたのは、お母さんがパチンコで交換してきた子犬のぬいぐるみだけ。
 いつかはこんな日が来ると、あたしはなんとなくわかっていた。お母さんはいろんな男の人たちが好きで、あたしはそんなお母さんのことが大嫌いだったから。
 だからお別れしてせいせいしたと思ってた。
 今日からあたしの家族は、このぬいぐるみの子犬だけだ。寂しくなんかないけど、でも、不安な気持ちがないと言えばウソになる。
 ちょっとだけ泣きそうになったけど、我慢した。知らない人の家で、勝手に泣いたら怒られるかもしれない。泣くとお母さんはすぐにあたしをぶったから、泣かない癖がついていた。
 お腹がすごく空いていて、目が回りそう。ここの家は大きいけどオバケ屋敷みたいにボロくて、近寄るのは怖かった。
 あたしは花の下でしゃがんで、お腹が鳴るのを我慢する。
 ここにいれば、そのうちあたしもお花になれるかもしれない。
 なれればいいのにな。

 どこかで、赤ん坊の泣いてる声がする。

 わりと近くだ。あの大きなお家の子だろうか。
 しばらくしたら、がさがさと何かが花畑をかき分けて近づいてきた。
 あたしと同じくらいの年の女の子だった。

「……お前か、泣いているのは?」

 真っ直ぐで長い髪。目が大きく鋭くて、お人形みたいにきれいな子。
 なのに、口調がまるで大人の男の人みたいで、びっくりしてしまった。

「泣いてるのは、違う子だもん」

 この泣き声は赤ん坊だと、あたしは言った。でも、その子は首を横にふった。

「あれは、ももよだ。ももよは近くで他の子が泣いてると、自分も悲しくなって泣く。今日の泣き止ませ当番は私だから、泣いてる子を探しに来た」

 意味がちっともわからない。
 その子の無表情が怖いし、苦手だと思った。

「お前は、キヨというのか?」

 お母さんがあたしに持たせたぬいぐるみのリボンには、「伊達キヨちゃん」と書かれていた。清香という本名を、ひょっとしたら彼女は本気で忘れてるのかもしれない。

「キヨは、なぜ泣いている?」

 あたしは全然泣いてないし、呼び捨てにされる覚えもない。だから少しだけムカついた。
 
「泣いてないもん。バカ」

 あたしがそういうと、その子はちょっと困った顔になった。いい気味だと思った。

「では、こんなところで何をしているんだ?」

 次にあたしが困った質問をされた。
 勝手に人の家にいたことを、この子の親に言いつけられたりしたら、あたしはきっとぶたれるだろう。

「何をしている?」

 でも、あたしは他に言うことを教えてもらってない。
 だから、お母さんに言われたとおりに答えた。

「……捨てられた」

 その子は、しばらくあたしをじっと見ていた。本当にきれいな顔だった。
 あたしは彼女の視線が堪えられなくて、下を向いてしまう。するとその子は、いきなりあたしの手を掴んで、引っ張った。

「来い」

 あたしはびっくりして、「痛い」と叫んだ。でもその子は「痛いはずない」と言って、そのままあたしを引っ張っていった。
 痛くはないけど、なんか怖い。

「私がお前を拾ってやる。だからもう泣くのはやめろ」

 泣いてないし、あなたみたいな子に拾われるのは嫌。でもあたしは怖くて何も言えない。

「心配するな。私の家族はみんないい人だ。怖くない」

 ずんずん、その子は進んでいく。力強い足取りはまるで大人みたいで、あたしは何度も転びそうになった。
 庭が開けて、大きなボロ家が現れる。そこのベランダで、少し年上くらいの男の子が、ゆりかごの上でガラガラを振っていた。
 泣いてる赤ん坊は、そこにいた。男の子は顔を上げて、あたしを引っ張ってきた子に言った。

「……そいつ、どうしたの?」
「捨てられてたから拾ってきた。名前はキヨという」
「拾ったって、お前……まあ、いいか」

 男の子は、苦笑を浮かべてあたしの方を見た。そしてコホンと咳払いして、笑顔に変わった。

「キヨだって? よく来たな。俺たちはお前を歓迎するぜ。俺の名前はれつじ。ここのリーダーだ」

 親指でピシっと自分を指して、きらりと歯を光らせる。あたしは何だかびっくりして、そして、なぜか顔が熱くなった。

「ようこのことだから、自己紹介もまだだろ? ついでに俺が紹介してやっけど、お前を拾ったっつー無愛想な女が、サブリーダーのようこ。時代劇が大好きで、武士を目指してる変な女だ」

 ようこ、という女の子はあたしの手を離し、れつじという子の隣にストンと腰掛ける。

「で、こいつがももよ。俺たちのお姫様だ」

 さっき、ようこが言ってた赤ん坊だ。
 彼女はまだゆりかごの中で、ベソベソと泣いていた。

「まあ、大人はみんな忙しいからよ。子供たちのことは子供たちで何とかするのがここのルールだ。とりあえず、わかんないことがあったら俺に聞け。慣れると自由で楽しいぜ?」

 れつじは、あたしがここで暮らすのが決定事項のように、次々とルールを説明していく。
 ようこは、もうあたしのことなんか忘れたみたいに、渋い表紙の本を開いている。
 あたしは何が何だかわからない。
 この子たちは何者で、ここは何処で、あたしは一体どうなっちゃうのか。

「以上で、説明は終わり。これでお前は俺たちの家族だ。よろしくな、キヨ」

 でも、何だかわからないのに、お腹はすっごくペコペコなのに、あたしはまるで美味しい物をいっぱいごちそうになったみたいな気分になってて、気がついたら泣いていた。
 本当に、久しぶりにわんわん声を張り上げて泣いてしまった。

 ももよは、あたしがこんなに泣いているというのに、キャッキャと楽しそうに笑ってる。
 ようこの話と全然違うじゃんって、そのときのあたしは思った。

「……大きな家は『ひだまりの家』という施設だった。そこにいた子供はあたしを入れて4人。あとで季依がそこに加わって―――」
「子供の話はもういい。施設に大人は何人いた? 彼らは普通の人間だったか?」
「2人。施設長と、その奥さん。普通の人たちだった」
「他に施設に出入りしていた人物は?」
「近所の商店の人たちや、慈善団体の人たち。たまに児童相談所や銀行の人が―――」
「わかった。じゃあ、質問を変える。光機にまつわる人間と最初に会ったのはいつだ?」
「4年前、施設に警察の人たちが来た。あたしたちに『適性』があるって言って、シグエレメンツに選ばれた」
「その『適性』がお前たちだけにある理由はなんだ? いつ、どんなテストでそれが見つかった?」
「……わからない。いきなりそんな話をされただけ。烈士がOKしたから、あたしたちも引き受けることにした。『ひだまりの家』は閉鎖が決まってたし、みんなが一緒に暮らし続けるには、それが一番だと思った」

 季依も清香も、肝心なことについては同じくらい何も知らなかった。
 施設で暮らした年数の浅かった季依ならともかく、10年以上いたという彼女がこの調子なら、めぼしい情報は望めそうもない。
 彼らがシグエレメンツになれる理由は何なのか。他の3人が何かを知っているのか、それとも、彼らも知らないところで誰かの選んだ運命なのか。
 一切は不明のままだ。でもまあ、少なくとも烈士はともかく、あとの4人をここまで美少女揃いにしてくれたことには、感謝しないとならない。

「シグエレメンツ・ブルー。君は烈士の恋人か?」
「違う……烈士は、たぶんあたしたちの中から恋人は選ばない」
「女に興味がないのか?」
「違う。あたしたちが家族だからだ」

 烈士という男は、子供の頃から正義の味方だったそうだ。
 彼女たちはそんな彼を愛していた。そして彼と同じように正義を好み、悪を憎んで成長していった。
 民間経営の児童養護施設という子供たちの箱庭の中で、彼は保護者であり、指導者であり、憧れだったわけだ。
 シグエレメンツの5人は家族、か。
 家族ほど壊れやすい関係はないのに。

 季依は、部屋のすみっこでつまらなさそうにビデオカメラをいじっている。
 カプリは、忘我の境地にいる。
 シグエレメンツ・ブルーを捕まえたことで、僕らのぎゅうぎゅう詰めのワンルームにも、劇的な変化が訪れていた。
 4人分の湿度と温度を抱え、とうとうカプリもクーラーの使用を渋面で決断したのだ。

「天国ぜよ~」

 そしてカプリは、クーラーの前に寝そべって冷風を独り占めにし、恍惚の表情を浮かべていた。
 だったら、もっと早くに使わせてくれればいいのに。

 さて、それじゃこっちはこっちで話を進める。
 ブルーからはもう目新しい情報はなさそうだし、そろそろ起こしてやろうか。
 僕は、シグエレメンツ・ブルーの髪をかき上げる。真ん中に分けたボブカットは溌剌とした彼女の顔にはよく似合っていたけど、今の彼女は、僕の超音波で人形のように生気を失っている。
 あどけなさを少しだけ残した顔が危ういほど美しく、倒錯的な魅力を放っていた。
 このままめちゃくちゃにしてやりたい衝動を堪えるのが、大変なくらいに。
 床に転がるブルーのコスチュームは、その下にある引き締まった肢体の美しさをくっきりと浮き立たせ、どうしたって男の情欲をそそった。
 僕はこのスーツのすべすべした感触を知っているし、彼女の肉体は、カプリよりも季依よりも男を悦ばせるだろう予感に張り詰めていた。
 この女は、きっと僕のセックスをこれまで以上に満足させてくれる。窓の向こうで、性の営みと悦びを求めて狂ったように叫ぶ蝉の声が、早く犯せと僕を後押しする。

「シグエレメンツ・ブルー。目を覚ませ」

 ぼんやりとした瞳に光が戻っていくときの顔も、僕は好きだ。
 幸せな眠りから絶望の現実へ。じわじわと焦点を僕の顔に合わせて、そして、ブルーの整った顔が驚愕に歪む。

「ッ!?」

 顔を背けようとして、力のない手足がバランスを失い、あごを床に打ち付ける。
 自分の状態と、狭くてカラフルな部屋の様子と、そして、かつての仲間だった少女の姿を見て、ブルーは大きく息を吐いた。

「……ここ、どこ? あたしに何をしたの? 季依、ここで何やってるの!?」

 目まぐるしく僕らを睨みつけ、季依を捉える。
 季依は、明るく染めたばかりの髪をかき上げ、「フン」と鼻を鳴らして笑った。

「声、でかいって。ウザいんだよ」
「あんた、自分が何してんのかわかってんの! シグエレメンツを裏切るつもり!?」
「裏切る? 私を裏切ったのはあんたたちじゃん。私は、あんたたちを絶対許さないって誓ったの。これは、私をバカにした報いだよ!」

 シグエレメンツ・ブルーは周囲を見渡し、僕の顔を見据えた。
 怒りに震える瞳は、彼女の美しさを際だたせる。人形のような顔も、感情に彩られた顔も悪くない。
 いい女だと素直に思えた。

「……季依、聞きなさい。あんたはこの人たちに騙されてるの。利用されてるだけ。あんたが信じなきゃならないのは、家族でしょ? 目を覚ましなさい!」
「家族? ははっ、ウケる」

 季依は鼻でせせら笑うと、清香のそばにしゃがんで声を潜めた。

「それじゃ、あんたは家族相手に欲情してたの? いっつも牝犬みたいに、烈士におっぱい擦りつけてさ」
「な…ッ!?」

 みるみる清香の顔が赤くなっていく。
 季依は小悪魔じみた笑顔で、かつての仲間を追い詰めていく。

「スケベ。えっち。あんたがそういういやらしい女だってことも、みんな知ってたんだよ。みっともないよね。一年中発情しちゃってさ」
「ち、違…っ、だって、そんなこと言ったらあんただって、あたしたちみんな烈士のこと……」
「一緒にしないで。私はもう違うから。あんな熱血バカ嫌い。こっちのお兄ちゃんの方が、ずっとかっこいいもん」
「だから、あんたは騙されてんだって。この男は何? あんたの何なの? 家族よりも大事な人なの!?」
「そうだよ! 私はバカバカしいヒーローごっこなんて、もうやめたの!」

 床をドンと踵で叩き、季依は腕にはめていたイエローのリングを外す。
 そして、それを清香に突きつける。

「シグエレメンツなんてただの茶番だよ。誰も私たちのことなんて必要としてない。都合のいいときだけ頼られて、あとはバカにされるだけ。私、そんなこと全然知らなかった。あんたたちにおだてられて、一生懸命戦って、そんで、みんなにバカにされてた! みんな卑怯な人たちばっかだった! お兄ちゃんが教えてくれなきゃ、私はずっとバカのまんまだったよ。お兄ちゃんが私を救ってくれたの!」
「正義のために戦うのが、なんでバカバカしいのよ。バカにされて笑われたら、それが平和の証なんだって烈士も言ってたでしょ。笑われても堂々と胸を張るのよ、季依。あなたは何のために戦ってたの? 正義のために戦う誇りを思いだしなさい!」
「……もう、話にならないよ、清香は。いつまでも夢見てれば? 私はもっと賢く生きることにしたの。私の力は私のためにあって、他人に笑われるためなんかじゃない。そうだよね、お兄ちゃん?」
「あぁ、季依の言うとおりだ」

 話が長すぎて半分聞き流していたが、僕が肯定してやると、季依は表情を輝かせた。
 清香は僕を睨みつける。そして、再び僕に問う。

「……あなたは何者よ? 季依に何をしたの?」

 僕はアイスを囓りながら答える。

「言っただろ。僕の名前はコウモリ男。見た目はこんなだけど、立派な怪人だよ。季依も今は僕たちの仲間だ」
「季依を攫ったのはあなたね?」
「そうだよ」
「あんな写真を、あたしたちに送ったのもあなたね?」

 その話題を出したとたん、季依の顔にさっと朱が差し、激昂した。

「うるさい! そんなの忘れろ!」
「季依は黙ってて」
「で、でも!」
「黙ってろ」

 それでも季依はモゴモゴと言い訳じみたことを言っていたが、僕は無視した。清香は僕らの関係を探るように視線を行ったり来たりさせる。僕は季依に無言を守らせる。
 季依もそうだったが、さすがにシグエレメンツの女たちは、百戦錬磨の戦士だけある。
 状況整理もまだ出来ていないはずなのに、僕らの一番弱い所を執拗に狙ってくる。
 彼女の見込んだとおり、僕たちの弱点は季依だ。
 清香は季依がまだ取り返せると思っている。今のやりとりでその手応えを掴んでるはずだ。季依も連れてここを脱出できると考えているんだろう。
 作戦としては正解だ。季依が再びそっち側にぐらつけば、状況は逆転する。
 季依は、せっかく清香を揺さぶりかけても、あっさり彼女のペースにハマって、そして僕に助けを求めた。
 彼女はやはりまだ子供で覚悟も足りない。とても不安定なんだ。
 だけど、時間をかけてばかりもいられない。季依のことも清香のことも、僕がまとめて作り上げてやるさ。
 美しい正義の女たちが悪へと転落していく様を、美しく演出するのが僕の役目。
 お決まりのルール説明を僕は始める。

「お前の手足は動かない。大声も出せない。あらゆる通信手段も使えない」

 アイスの棒を放り投げ、キッチンタイマーをスタートする。25分から始まる表示を見せつける。

「僕は超音波を使った催眠術で君の脳を操る。君を眠らせることも僕の恋人にしてしまうことも可能だ。でも、僕はザコ怪人だからね。一つの命令はたった30分しか続かない」

 彼女は、秒を刻むブタのデジタルタイマーと僕の顔を見比べる。眉毛を真ん中に寄せ、疑わしげな目で。

「本当だよ。たったの30分だ。だから、君には逃げ出すチャンスが何度もある。君は強そうだから、念のためにイエローのリボンも借りようか」

 僕は季依にリボンを貸すように言う。季依は不機嫌を唇に乗せて突き出した。
 
「清香なんかより、私の方が全然強いよ。こいつが逃げようとしたら私が捕まえるから大丈夫だよ、お兄ちゃん」
「いいから貸せよ。万が一にも逃げられるわけにはいかなんだ」

 季依はそれでも「私がいるから平気なのに」としつこく不平を言いながら、ブレスレットを光らせてリボンを光機化し、僕に寄越した。
 僕はそれで、清香の力を失った手を後ろに縛る。

「何……する気よ?」

 手を縛られたまま、膝を立てて尻を持ち上げられ、交尾を迫る犬のような格好。
 何をするつもりなのかなんて、言われなくても知ってるくせに。

「君を犯すんだよ。そのヒーロースーツを着せたまま」

 でも、聞かせて欲しいなら言ってやるさ。
 清香は、赤くなったり青くなったり、忙しなく顔色を変えて、唇を噛んだ。

「……烈士……」

 そして、愛しい男の名前を呟き、目を閉じる。

「正義を冒涜すれば、必ず報いが訪れる。その覚悟があるなら、好きにしろ」

 再び顔を上げた彼女には、涙も諦めもなかった。戦いを続ける強い意志が僕を真っ直ぐ見据えていた。
 ただの孤児にすぎない彼女たちを、これほど美しい正義の女に染め上げた烈士という男は、それなりに見事な洗脳師であるように思える。
 彼のような魅力を持たない僕には出来ない芸当だ。だから僕は、ひたすら悪事で彼女たちの正義を切り崩していく。
 ポケットからハサミを取り出した。
 彼女たちのために、僕がわざわざ作らせたアイテムだ。可愛らしいコウモリのデザインに指を通し、シャキシャキと刃を鳴らす。
 清香はバカにしたように眉をひそめる。もちろん、ただのハサミなんかで、彼女たちの光で作られたスーツが破れるはずがない。
 でも、僕らにも僕らのテクノロジーがある。光機技術そのものには敵わなくても、それが物質である以上、破壊する手段はいくらでもあるんだ。
 シグエレメンツ・ブルーのスーツを、背中から摘んで引っ張り上げる。そしてハサミを押し当て、黒い刃を生地に押し当て、ゆっくりと閉じていく。
 斬るのではなく、吸わせるように。
 じり、と焦げるような音を立て、ブルーのスーツは引き裂かれた。
 清香は小さなうめき声を上げ、季依はゴクリと息を飲む。おそらく、彼女たちのスーツを破くのは僕が初めてのはずだ。
 僕は喉を鳴らして笑った。そのままハサミを進めていく。清香の背中に大きな斜めの切れ込みを入れ、開いた。
 スーツから覗く白く滑らかな肌。無駄な肉のない背中は羞恥と屈辱にうねり、くぐもった声で僕を怨嗟した。
 肌を晒す正義の味方を、僕は見下ろす。
 ふくよかな胸と尻を支える体は、鍛えられた彫刻のように美しく正しい均整を描いている。
 ハサミをクロスさせ、バッテンの切れ込みを作り、果実を剥くようにスーツをめくる。彼女の肌は薄く汗ばみ、僕の指を湿らせた。
 正義だの報いだの、威勢の良いことを言っていた女の体は、見知らぬ男に触れられる恐怖に怯えている。

 ―――彼女も処女なんだろうか。

 これほど艶めかしい顔と肉体を持っているのに。
 期待どおり、というよりそれ以上の喜びに、僕のオトコも正直に反応していた。
 後ろから乳房を握りしめる。清香は悲鳴を堪え、僕から逃げようと体を蠢かせる。
 でも無駄だ。自由を奪われたままでは、体勢すら変えることもできない。
 胸を揉まれる屈辱と、尻に押しつけられている男の感触に、清香は呻いて、唇を噛んだ。
 スーツの上からでも、ボリュームのある胸は僕の指の間に肉をはみ出させ、素晴らしい感触を伝えきた。
 カプリよりも張りがあって、尖った形をした胸。あの時は注目している余裕なんてなかったけど、彼女はいつもこんなものを揺らして戦っていたのか。

「シグエレメンツ・ブルー。お前のバストはいくつだ?」

 僕が超音波で尋ねると、彼女は答えたくない数字を、悔しそうに報告した。
 季依はムッとした顔で、「はぁ?」と凄んだ。
 カプリも一瞬、殺気を孕んだ顔で振り返ったが、すぐにクーラーの冷気に引き寄せられ、ふらふらと恍惚の心地に戻っていった。
 危うく、捕まえたばかりの獲物を八つ裂きにされるところだった。

「すごいな。なるほど、君が烈士に触らせたくなる気持ちもわかるよ。これは男を夢中にさせる胸だ」

 僕が耳元で囁くと、清香は怒りに顔を赤くさせる。僕はスーツの胸の部分を引っ張り、乳房の形に丸くハサミを入れる。

「……形も色もきれいじゃないか。ハハッ、すごくいやらしいよ」

 尖り気味の乳房の頂点に、桃色の乳首がツンと付いている。
 19才にもなると体も大人になるんだろうか。彼女の肌が発する匂いも、カプリより濃い気がした。僕が耳をべろりと舐めると、清香は眉を思い切りしかめた。
 お尻に、真横にハサミを入れる。瑞々しい果肉が、皮を弾くようにスーツの切れ目を広げる。
 清香は唇を噛む。僕は、だらしなく嘆息する。

「……たまらない体だな、本当に」

 カプリも季依も飽きるほど抱いて、女の体を知り尽くしたつもりでいても、清香の体は僕を新鮮に興奮させた。
 僕がまだ16才の少年であることを差し引いても、清香の体は、男から理性を奪う魔力に満ちている。
 ズタズタになっていくヒーロースーツからはみ出す肉は、極上の果実だ。
 あるべき場所には余るほどのボリュームを与え、締めるべきところは鍛えられた筋肉が支える。
 正義への戦いのために作り上げたのだろう健康的な肉体は、少し角度を変えるだけで、まったく別の価値を彼女に与えた。
 あまりにも扇情的だった。

「……ここを男に見せるのは初めてなんだよね?」

 僕のハサミで暴かれた尻の下には、彼女の秘めた部分も露わになっていた。
 膝を立てる格好で広げられたそこは、南国の植物のように艶やかで、そして緊張しているせいか、かすかに濡れている。
 蝉の声にかき消されそうなほど小さく、「殺してやる」と清香は呟いた。
 正義の味方に相応しくない露骨な言葉は聞こえなかったフリをして、僕はそこに向かって自分自身をそそり立てる。

「清香をもらうよ」

 ギュウと肛門が引き締まる。
 そんなに力を入れても苦痛が増すだけとは知らずに、清香は無言の抵抗をする。僕も、無言でその抵抗の無駄を教える。
 ブチブチと、清香の貞操は肉の悲鳴を上げて裂けていった。

「ンッ!? あっ、ぐっ…!」

 予想以上の痛みだったんだろう。歯を鳴らして清香は呻いた。
 でも、僕のは容赦なく彼女の「初めて」を突き破っていく。彼女の最も深い場所に辿り着くのも、あっという間だった。

「くっ……あぁ、あ…あぁッ!」

 二人目のシグエレメンツも、僕は抱いた。

 この上ない達成感に、僕は感動する。
 彼女を尻に残ったわずかなスーツの切れ端を剥ぎ取った。
 乱暴に尻の肉を掴んで、乱暴に揺すった。

「フゥっ、フゥー…ッ!」

 清香は荒い息を鼻から吐いて、唇を白くなるまで噛みしめていた。縦皺の寄った額を床に擦りつけ、豊かな尻の肉は僕の腰とぶつかり合い、猥褻な音を奏でた。

「季依、何してるんだ? 早くビデオを回してよ」

 僕に撮影係を命じられていた季依は、手にしたビデオカメラを震わせ、僕に犯される清香を呆然と眺めていた。
 捕らえられ、抵抗も出来ずに犯されていたあの日々を思いだしたのか、その表情からは血の気が引いている。

「フーッ、フー…ッ」

 清香は、僕ではなく季依を睨みつけていた。
 犯される自分を、かつての仲間に見せつけるように。
 
「季依、さっさと回せってば」

 破瓜の血は清香の中でぬめり始め、僕のペニスに絡まって彼女の太ももまで垂れてくる。
 不完全なまま僕らの側にぶら下がってる季依と、真っさらな正義を持った清香。
 この二人を同時に調教して完璧な悪に仕立て上げるのが、僕に課せられた夏休みの宿題だ。
 
「清香、お前の意識は沈む」

 僕は腰を揺すりながら、清香に命令する。
 僕に犯され、緊張していた尻から力が抜け、締め付けが緩くなっていった。

「お前は今、見知らぬ男に犯されている。そして季依が持っているカメラの向こうには烈士がいる。助けを呼べば来てくれるぞ。ただし、助けを呼ぶ言葉と、感謝の言葉は君の中で変換される。僕が尻を2度叩いたら、目を覚ますんだ」

 そして、清香を目覚めさせる前に季依にもう一度命令する。

「季依、カメラを回せ。どうするかは自分で決めるんだ。引き返すのか、それとも僕たちと一緒に前に進むか」
「わかっ…てるよ。でも、お兄ちゃん……」

 僕は超音波を使っていない。季依には自分で決断させる。季依にはもう僕しか頼る先がないことも、よく分かっているはずだ。

「ごめん、お兄ちゃん。私、ちゃんとやるから」

 唇を結んで、申し訳なさそうに季依は言う。
 僕の顔はカメラに映さないように指示して、清香の丸い尻を2度叩く。
 清香は、目覚めると同時に、大きく口を開いて叫んだ。

「あ、ありがとう!」

 僕は彼女の膣の中を揺すり続け、彼女は必死の形相でカメラに向かって助けを呼ぶ。

「ありがとう、烈士! あたし、犯されるてるの! 本当にありがとう!」

 カメラを構える季依の口が、ポカンと開いている。
 やがてその唇の端はヒクヒクと引きつって、弱々しく笑い出した。

「ありがとう、烈士! ありがとう!」
「……アハハ」
「ありがとう! ありがとう! 本当に感謝してるの!」
「アハハハハ!」

 お腹を抱えて笑い出した季依に、カメラは揺れる。でも僕は構わずにレイプを続行する。
 季依の快楽神経をくすぐる、弱い催眠波。
 清香を犯しながら、僕は季依にバレないように超音波を発していた。
 季依は未だに、僕の催眠術が言葉によるものだと思っている。彼女は、犯されながら感謝の言葉を口にする清香を見て、それがおかしくて笑っていると思うだろう。
 そして、このビデオを送られたシグエレメンツの面々は、犯される清香の腕を縛るリボンと、笑い声と、そしてそれに合わせて揺れる画面で、撮影者が誰であるかすぐに分かるはずだ。
 清香の破瓜の血に腰をぶつけながら、僕も笑いをかみ殺す。

「あ、ありがとう、烈士! あなたのおかげで、あたしは見知らぬ男に犯されてる! 本当にありがとう!」
「キャーハッハッハッハッ!」

 この狂った映像は、きっと正義のヒーローたちも怒りで狂わせるだろう。
 僕も笑いを噛み殺すのが大変だった。
 でも、まだまだだ。
 もっと、屈辱と怒りを彼らに味わわせてやる。
 正義などというくだらないものに生まれたことを後悔するまで。悪の前にひれ伏すのを喜びにするまで。
 僕は腰を揺する。清香は感謝の言葉を叫び、季依は狂ったように笑う。
 夕焼け色に染まっていく空を窓越しに、クーラーの風をタンクトップの胸元を広げて受け止めるカプリが、薄く目を細めて幸せそうにつぶやいた。

「明日も暑くなりそうだにー」

 あぁ、きっとこれからも熱い毎日が続くだろう。
 僕も夕焼けに目を細めながら、清香の中に射精した。

 ―――清香の体は絶品だった。
 しなやかで柔らかい肌は僕の体に吸い付くようで、均整のとれたプロポーションも最高の抱き心地だ。
 なにより、彼女の膣内は天性の器に恵まれていた。
 僕のペニスに絡みつく生き物のような感触も、先端に触れるザラついた壁も、セックスに高まった彼女の膣が無意識に始める収縮も、全てが男を喜ばせる機能として働いていた。
 見た目も、中も、最高に気持ちの良い女だ。
 烈士は清香を抱くべきだったと思う。そうすれば、いくら博愛主義者の彼でも、家族愛なんて甘ったるいことは言ってられなくなってただろう。
 男なら、この肉体の快楽には逆らえない。

「ンッ、ンッ、ン、ン…ンーッ、ンッ、ンッ」

 セックスと同時に超音波も与える。
 僕は彼女の快楽を脳からこじ開け、ペニスでかき混ぜている。
 そのからくりを知らない彼女は、自分の体がセックスに反応していることに戸惑いながら、必死にそれを押さえつけようと足掻いている。

「口を開けろ。僕の唾を飲むんだ」

 そして言葉でも命令して、僕には逆らえないことも叩き込んでいく。
 30分ごとの限られたチャンスを逃せば、どんな屈辱にも従わなければならない快楽の地獄。
 清香は大きく口を開けて僕の唾を飲み込み、吐き気を堪えるように顔をしかめる。その表情がますます僕を興奮に駆り立てることを彼女は知らない。
 僕は清香の体に夢中になっていた。暇をあけるのが惜しいほど、彼女とのセックスを繰り返していた。

「ソーメン伸びちゃうよー?」

 カプリと季依は、テーブルに並んでソーメンをすすっている。
 いつものようにマイペースなカプリと、不機嫌な季依。
 季依は、僕が清香ばかり抱いていることに焦りを感じているようだった。
 ズズズと重たい音でメンをすすり、頬を膨らませる。

「……やらしー。清香、あんなに嫌がってたくせいに、お兄ちゃんにセックスされてよがりまくりじゃん。男なら誰でもよかったんじゃないの? どすけべ」
「ンッ、ンッ、ンッ」

 顔中を真っ赤にして、清香は必死に抵抗する。でも、手足の自由を奪われ、絶え間ない快感を子宮で受け止め続ける体は、わずかな気の緩みでもタガを外す寸前にまで高められている。
 口を開くことも堪え、清香は歯の奥を鳴らして恥辱に耐える。僕はさらに腰の速度を上げた。大きな胸を鷲づかみにして揉んだ。

「くぅぅ~~ッ、ンッ、ンッ、ンッ、ンッ!」

 真っ赤な肌が顔から胸のあたりまで降りてくる。彼女の肉体が快楽に蝕まれていく様子が見えるようだ。僕は火照っていく乳房を揉み込み、乳首を指でつぶす。

「あぁぁぁッ!」

 清香の体は、セックスのためにあるんだと思う。
 僕は、感謝すら捧げたい気持ちで彼女の中に射精する。

「終わった? それじゃお兄ちゃん、私が後始末してあげるからおいで」

 清香の中から抜き出すと、季依は箸を置いて僕を隣に誘った。
 僕がトランクスを下げたまま隣に座ると、ペニスを握ってあんぐりと口を開け、僕のを飲み込んでいく。

「ちょっと季依ちゃん、ソーメンがまだ残ってるでしょ。フェラはゴハンの後でってママと約束したじゃない」
「うっさいなー、カプ姉。お兄ちゃんの後始末は私の仕事だもん。てかなんで毎日ソーメンなのよ、もう飽きた!」
「なんだとコラ-! 今日のはツナにトマトまで入ってんじゃん、あたしめちゃくちゃ奮発してんだよっ。全部食え-!」
「お兄ちゃん、気持ちいい? 私がきれいにしてあげるから、出したくなったら出していいよ?」
「くぅぅぅ! ちょっと、あなたからも言ってやってよっ。もうこの子ったら反抗期で手がつけられない!」

 カプリはウガーッと頭を掻きむしり、季依は僕のに舌を絡ませ、下品な音を立ててしゃぶる。
 清香が来てから、季依は前にも増して自己主張を激しくしていた。
 甘えたり、反抗したり、清香のことを殊更バカにしたり。
 子供っぽいやり方で大人への挑戦を始める彼女を、僕は黙って観察している。

「キヨちゃんもごはんお食べー」

 カプリは清香の体を起こし、テーブルの上に重ねたコロコロコミックの上にあごを置かせる。そしてソーメンを箸ですくって、口元に運んでやる。
 ズルルと、物も言わずに音をだけを立て、清香は麺をすすった。
 食事のときだけじゃなく、排泄も、シャワーのときも彼女は余計な抵抗をしなかった。25分おきの催眠も、彼女は目を閉じて受け入れるだけだ。抵抗を諦めたように見える彼女のことを、季依は「弱虫」だとなじっていた。
 でも、そんなはずがないことを、僕は知っている。
 僕のを喜んでしゃぶる季依に、清香はわずかに眉を反応させた。
 彼女はずっと季依を観察している。
 それ以外のことには無駄な体力を消費せず、屈辱にもひたすら耐えて、転機が訪れるのを待っている。
 狭いワンルームで複雑な人間関係を描くこの生活がサバイバルだということを彼女は理解しているし、生き残る決意も出来ている。
 彼女にとって、季依はまだ守るべき対象で、仲間だ。
 これは季依を仲間の元に連れて帰るための戦いだと、清香は覚悟しているのだろう。
 正義という言葉を唱えるだけだった季依よりも、その覚悟はよほど強く清香を支えるに違いない。

 僕は季依の短いスカートに手を入れて、小さなお尻を撫でる。甘い声を出して、子猫のように尻を揺すり、季依は僕の吸い上げる。
 耳たぶを摘んで、指でその中をくすぐる。季依は「やだ、もう」と笑って、僕の体をよじ登ってきた。
 火照った瞳を潤ませて、僕の首に両手を回し、細い体でのしかかる。

「……お兄ちゃん、抱っこして?」

 季依の下着をずらして、僕のペニスをねじ込んだ。
 嬌声を上げる季依の後ろで、清香は相変わらず無言で、ズルズルと麺をすする。

 清香を捕まえてすぐにビデオを送ったのは、2人も攫われた彼らに、慎重になられないためだ。
 警察機構や政府を後ろ盾に持つ彼らと違って、僕らはあくまで悪巧み専門のゲリラ組織でしかない。
 守りを固められれば、打つ手もなくなってくる。だから無謀とも思えるような挑発は続けなければならない。
 季依一人のときとは違って、僕らが背負うリスクも増えていた。作戦のためとはいえ、部屋の中の光景まで晒したのだから、彼らがここに辿り着くのも時間の問題だろう。
 警官が押しかけて来る程度なら、僕の超音波でどうにでも出来る。しかしシグエレメンツの誰かに見つかったときは、それなりの危険も覚悟しなきゃならない。
 精液まみれで床に転がる清香。絶え間ないレイプに汚されながらも、彼女はじっとチャンスを待っている。まるで地を出るときを待つ蝉のように。
 季依とカプリが携帯ゲームで遊ぶ横で、僕も雑誌をめくりながら状況の変わるときを待っている。

 じりじりと太陽は夏を焦がし続け、甲子園は僕らの世代を押しつけがましいドラマにしていた。

 変わらなきゃいけないのは、僕も同じだ。
 シグエレメンツを一人ずつ捕まえて犯し、じっくりと悪の色に染めていく毎日はとても甘美に思えるが、これがそんな間抜けでスリルのない戦いになってしまうのなら、いっそみんな殺してしまった方が清々しい。
 清香を季依のように堕とす手段などいくらでもある。でも、僕は彼女をもっと深い闇に堕としたい。
 最高の肉体を持つ女には、それに相応しいステージがある。
 彼女をそこへ導くためには、僕自身がもっと悪意と狂気を背負わないといけない。
 悲惨な混乱の底にこそ、美しく悪が咲くことを僕は知っている。僕たちの行き着く先には破滅しかないことだってわかっている。
 だったら僕は、出来るだけ速く、鋭く、堕落したいんだ。

「おっと、電話だ。へい、カプリ軒でございます!」

 黒電話の音を立てるケータイを開き、カプリはいつもの上機嫌な声で、「へいへい。ばっち了解だよーん」と言ってすぐに通話を切る。
 そして、満面の笑みで僕に報告した。

「ご近所の見張りについてた怪人が2匹、首チョンパだって。シグエレメンツ・ブラックのおでましだー」

 季依が飛び上がって、目を丸くする。
 清香の無表情にも微かな驚愕が浮かび、少しずつ瞳に生気が戻ってくる。
 カプリはゴロゴロと楽しそうに部屋の中を転がり、ケラケラ笑う。

「どうするどうするー? 黒舟襲来、ピンチしゅーらーい」

 たしかに、素敵な知らせじゃないか。
 いよいよ楽しくなりそうな予感に、思わず笑みがこぼれてしまう。
 僕らの夏が加速する。狂気が僕の頭を巡り出す。

「……よし。まずはこの部屋を爆破しよう」

 カプリは笑顔のまま固まった。
 やがてパクンとあごが開いて、「らめええええ~~~ッ!?」という、彼女にしては初めて山羊っぽい悲鳴を上げた。
 

『――区内14箇所で同時に起こった爆破事件に対し、警察はテロの可能性を強く見て捜査本部を―――』

 さすがにシグエレメンツ誘拐事件と違って、テレビも今回の件はニュースにしてくれたようだ。
 僕らはようやく消火の終わった、かつての住み処を見下ろしている。警察がテープを張り巡らせ、住人たちに話を聞いている様子もよく見える。

「くすん……下のババア、死んじゃったかなぁ?」

 お気に入りのワンルームが無残にも粉々になり、カプリは珍しく消沈していた。
 僕は彼女のふわふわした頭を撫でて、「運がよければ大丈夫だよ」と慰めにもならない言葉をかける。
 カプリの旧名を使って借りられていた部屋だが、今回爆破した物件の中にも、何箇所かうちの戦闘員たちが改造前に使っていた部屋を混ぜてある。
 ダラダラと季依の調教をしている間にも、僕らは緊急の事態に備えて、都内にいくつか潜伏場所を用意してあった。当然、そのくらいの保険もないのに、部屋を写した写真やビデオを送ったりしない。
 今いるこの部屋もそうだ。
 民放テレビ局に勤める男が住んでいた高級マンションで、3LDKの広い間取り。
 持ち主は先週付けで会社には退職願いのメールを出している。マンションの管理会社には海外勤務になってしばらく留守にし、そのあいだ親戚の子を住まわせるということにしている。
 じっさいは、彼にはうちの戦闘員Aとして働いてもらっているけど。
 捜査が進めば、今回爆破された箇所の多くで住人が行方不明になっていることも判明するだろう。そしてそれが意味することも彼らにはわかるはずだ。
 僕らはこの区内にいた。
 そしてシグエレメンツ・ブラックから逃げるために、住み処を特定できない手段で破壊した。
 警察はきっとテロ警戒を名目に区内を封鎖する。僕らの居場所がバレるかどうかは、彼らの今後の捜査にかかっている。
 しばらくは、シグエレメンツもこのあたりを中心に捜査を続けるだろう。

 『怪人狩り』として。

「来た。……曜子だよ」

 季依が、ベランダのすみっこでぼそりと呟いた。
 一人の女が、警察のロープを越えて焦げ付いた事件現場に踏み入っていく。
 真夏だというのに黒いレインコートを羽織った長身は、腰まで届く黒髪と相まって、異様な雰囲気を感じさせた。
 そして、前に見たときよりもさらに鋭さを増した眼光は、警察の男たちすら近寄りがたいのか、ブラックを中心に遠巻きな円が出来上がっていて、それが彼女の持つ独特の空気を遠目からでもわからせてくれた。

 彼女が、黒崎曜子―――シグエレメンツ・ブラック。

 凛とした美しい横顔も相変わらずだが、それ以上に、彼女が静かに発する怒りのオーラが美しくて、僕は見とれてしまう。
 まるで、地に刺さる一本の刀だ。

「……カプリ、あれ持ってきて」
「あらほらさっさーい」

 僕のやろうとしていることを察したカプリが、前に季依に使った超音波ライフルを持ってくる。

「お兄ちゃん、それ何?」
「ただのおもちゃさ」

 ベランダにそれを設置して、スピーカーとスコープの位置を調整する。
 人形のように整った彼女の横顔に、照準を。
 まずは挨拶だ。
 とりあえず、その暑苦しいコートも服も脱がせて、スタイルを確認させてもらおうと思う。
 さぞかし警察の連中も喜んでくれるだろう。

 しかし、マイクに口を近づけた途端、彼女の視線がこちらを向いた。

 咄嗟にしゃがみ込んだのは僕だけじゃなく、その殺気にあたられたカプリも、季依も、小さく丸まっていた。
 ざわ、とトゲのような空気が僕ら背後から迫ってくる。
 三人で息を呑む。隠れたつもりでも、まだあの眼光は僕の背中を射貫いているように感じた。
 そっと顔を出して、慎重に観察を続ける。しばらくこちらを見ていたブラックも、また現場に視線を戻したようだった。
 でも、あの冷たい刃物を首に押し当てられたような感触は、しばらく僕たちの肌に残っていた。

「うっひゃー。やばいね、あの人。髪の毛こんなんなっちゃった」

 ふわふわの髪を総毛立てて、カプリは面白そうにそれを揺らしていた。僕も自分の指先が震えていることに遅まきながら気づいた。

「……あんなやつ、たいしたことない」

 膝を握りしめて季依は呟く。

「お兄ちゃん、季依にやらせて? シグエレメンツで一番強かったのは季依だよ。季依が、お兄ちゃんの敵を倒してきてあげる」

 大きな瞳をつり上げて、僕に顔を近づけてくる。それは自信というよりも、子供っぽい対抗心にしか僕には見えなかった。

「いや、彼女にはもう少し慎重に接する。季依はまだ手を出すな」
「でも…!」
「ダメだ。このへんは警察がうじゃうじゃしている。しばらく季依は外出禁止」
「……わかった」

 不機嫌をあからさまに表情に出し、季依はどすどす床を鳴らして、部屋に閉じこもる。
 あいつはしばらく一人にしておこう。
 カプリは、「それじゃあたしはソーメンの準備すゆー」なんて言って、険悪な雰囲気から逃げ出す。
 僕は、清香を転がしてる部屋に行って、裸で眠っている清香の足を広げた。
 警察の検分が近くでやってるので、清香は寝かせてあった。ブラックがすぐ近くに来ていることを、まだ彼女は知らない。

「清香、目を覚ませ」

 ぼんやりとした瞳に色が戻ってくる。そして足の間にいる僕に気づいて、またか、とあきれるように眉をひそめる。

「すぐそこで警察が集まっている。ブラックもいるよ」

 それでも大声で助けを呼ぶことは出来ない。体も自由には動かせない。
 清香もそれはよく知っているから、無駄な抵抗はみせなかった。

「清香、君たちの中で一番強いのは誰?」

 言うと同時に、清香の中に自分を埋め込む。
 十分に濡れてない痛みに彼女は顔をしかめたが、強気に僕を睨み返すことを忘れない。そして、僕の質問には無視で返すことも。

「僕はどうでもいいんだけど、季依のやつがこだわってるんだよね。誰? ブラック? イエロー? それともブルー?」

 家族を自称する彼女たちの間にも、見えない軋轢はたくさんあった。そのうちの一つが烈士のことであり、そして、強さについてもそうなんだろう。
 季依は自分が一番だと、いつも言い張っていた。

「季依が、どうしても自分がブラックを倒すって言ってんだけど、やらせてもいい?」

 清香は、一瞬視線を泳がせる。僕に揺すられ、息を乱しながら、喉を鳴らす。

「……なんで、あたしに聞くんだよ。お前たちの勝手だろ」

 清香は、是非とも二人を戦わせたいらしい。
 つまりあの二人が戦えば、ブラックが勝つってことだ。
 僕が怪人として彼らと戦ったときだって、清香はブラックに対してライバル意識を抱いているように見えた。そして、僕にとどめを刺しにきたときの順番から考えても、レッドが一番信頼しているのはブラックだ。
 季依は、彼らの中で子供扱いされていただけなんだろう。奴らの言う家族の絆というのは、甘ったるい優しさで出来ている。
 そしてそのことに勘づき始めていた季依は、今、自分の強さを持ちたいと足掻いている。

 清香、季依、曜子。
 揺れ動く心を持った、美しい戦士たち。

 僕は清香の中をかき回す。痛みに顔を歪める彼女の脳に、超音波で快楽を与える。彼女の快楽は僕のペニスにも伝わり、性の喜びが広がる。
 僕は清香の体に溺れながら、いかに彼女たちを陥れるかを考え、幸福に浸る。
 
「あんたを、殺すのは……あたしだッ。覚悟して、おけ…ッ、あっ! あぁッ!」

 揺れる清香の乳首を噛んで、彼女を絶頂を導く。痺れる膣の脈動が最高に心地よい。
 僕は思いきり腰を打ち付け、清香の中に精液を放った。 

「―――いいか、ブラックが現れたらすぐに逃げろ。戦おうなんて考えるな」

 蝉の顔をした怪人に、僕は直接指示を与える。怪人は、コクリと頷いて、節くれた爪を構えた。

「よし、じゃあやれ」

 怪人の腕が、僕の頬に一条の傷を作る。
 薄皮を削ったような、浅い血だ。

「こんなのじゃだめだ。腕をえぐれ」

 左腕を出して、肉を削らせた。派手に血が出て、演出には十分に思えた。

「よし、これでいい。下がれ。ブラックが来るぞ」

 僕は怪人と距離を取り、人の声で叫んだ。
 助けて。殺される。
 狭い路地に僕の声が響き渡る。彼女がこの近くにいることは知っている。
 まもなく、彼女は駆けてきた。黒いコートに長い髪。僕は怪人だとは言ってないから、当然、素顔のままで。
 
「ッ!? 君、そいつから離れろ!」

 一瞬、ブレスレットに触れるが、一般市民である僕の前で変身はできない。
 指示どおりに怪人は逃げ出す。彼女は怪人を追おうとして、その前に僕の腕の傷に気づき、足を止める。
 自分のハンカチを乱暴に腕に巻いて、ここを動くなと指示をして再び怪人を追う。
 彼女の背中が見えなくなってから、僕は耳をすませる。
 あの鈍足怪人では、ブラックからは逃げられない。あいつはこのまま殺される。そこまでは想定のうちだった。

 でも、あまりにも速すぎた。

 軽やかな足音が背後から怪人に迫り、そして突然、足音が止まる。
 怪人の巨体が転がる音と、それより小さな、おそらく彼の首が跳ねる音。
 シグエレメンツ・ブラックは戻ってきた。
 汗一つ、その涼しげな顔に浮かべないで。

「ケガは深いか、少年? 救急車を呼ぼうか?」
「いえ……おかげさまで、たいした傷ではありません」

 正面からまともに受け止めるには、あまりにもその視線は美しく、鋭かった。
 殺気すら感じられないのが、逆に恐ろしいと思える。

「……怪人は、どうなったんですか?」
「あぁ、途中でシグエレメンツが来てくれたから、彼らに任せてきた。きっと今頃、怪人は倒されているだろう」

 よく言う。
 自分で両断してきたくせに。

 彼女は、考えてた以上に強かった。5人で戦っているときよりもずっと。
 きっと、茶番のようなヒーローバトルじゃないからだ。
 あの子供じみた必殺技も、仲良しごっこな戦闘方法も、あれはきっとレッドの考える「ヒーローの戦い方」ってやつで、彼女にとっては無駄でしかない。
 でも、それを支えているのは彼女だ。他のメンバーを守りながら、季依や清香にまで活躍の場面を作ってやりながら、戦ってるのは彼女だ。
 この人こそが、シグエレメンツだ。

「このあたりは怪人が増えていると聞く。あまり薄暗い場所は歩かないほうがいい」

 コートの下にも武器はあるんだろうか。僕が怪人だとバレれば、きっとそうと気づかないうちに僕の首は飛んでるに違いない。

「ありがとうございます……あの、あなたは一体?」

 少しだけ面倒くさそうに眉をしかめ、ブラックはポケットから身分証明書を取り出した。
 よく刑事ドラマで見るアレだ。

「警視庁の者だ。先の爆破事件を捜査中なんだ」

 そこには『テロ対策係 警部補 山崎洋子』と書かれていた。
 適当な役職と名前。素顔で活動するにあたって、用意された小道具なんだろう。
 怪人を斬り捨ててきても顔色一つ変えない女が、慣れないウソに気まずそうにする仕草は、少しそそった。
 突いてやりたい。

「警察の人だったんですか。本当にありがとうございます、洋子さん」
「ッ、い、いきなり下の名前で呼ぶか…ッ」
「どうかしました?」
「いや……なんでもない」

 会話が苦手なのか、少し都合が悪くなるとすぐに顔を逸らす。
 他人を寄せ付けない孤高の美人剣士。
 シグエレメンツの中でも、ひときわ毛色の違う女性だ。

「ハンカチは洗って返します。どこの警察署にお伺いすれば会えますか?」
「安物だから捨ててもいい。それより君は早く病院に行って手当するべきだ。じゃあな」

 軽く手を挙げて背中を向ける。
 あっさり終わったシグエレメンツ・ブラックとの面会と、確かな感触に僕は片頬を上げた。
 一般市民にしか見えない僕の容姿は、それだけで武器になる。正義の味方というのは懐に入ってしまえば簡単だ。
 彼女は鉄壁のオーラを纏う剣士ではあるが、敵と見なさない限りは、やたらと刀を振り回すタイプではない。
 むしろ、あの不器用な性格は与し易い。
 ウソが苦手で、表情を隠すのも下手。だいたい警察のフリをするなら、被害者の名前くらいも確認しないなんて、素人の僕でもわかる落ち度だ。
 これなら思っていたよりも、あっさり彼女はものに出来るかもしれない。
 僕は、コートの背中に向かって口を開く。軽くひと撫で、超音波を当ててやろうか。

「―――何か言ったか?」

 しかし、突然振り返った彼女に、僕は急いで口を閉ざす。

「いえ、何も」

 そのまま彼女は僕の顔をじっと見ている。
 目を逸らさないように、顔に何も出さないように、僕はとぼけた表情を、内心必死で支える。

「……そうか。では、気をつけて帰れ」

 僕は彼女の姿が見えなくなってから、ようやく汗で滲んだTシャツの裾を引っ張った。蝉の声は、よりいっそうの五月蠅さを増していた。
 彼女は不器用で堅く、そのくせ妙に鋭く、油断ならない。
 なのに、その後ろ姿はどこか儚さを感じさせた。

 僕は勃起していた。

 

 家に帰って、すぐに僕は清香にビデオを見せてあげることにした。
 腕の傷なんてのは、僕の回復力ですぐ塞がる。シグエレメンツ・ブラックと別れたあと、僕はそのまま清香の大学に寄っていた。
 たまたま歩いていける距離だったし、それに、ブラックのせいで気分の昂揚していた僕は、清香をイジメてやりたくて仕方なかった。
 撮ったばかりのビデオのモニターを、清香の前で開く。
 半日ばかり家を空けていたが、僕の不在時には、季依のリボンが清香を拘束している。
 しかもボールギャグなんて噛まされた清香は、まるでその手のAVの出演者みたいで、ついつい暴力をふるってやりたくなるくらい、いやらしい姿になっていた。

「清香、ここどこかわかる?」

 正門前を捉えた映像に、清香の目が大きくなる。
 僕は彼女の耳元に囁く。

「清香の大学は良いところだね。進学なんて考えたことなかったけど、清香の後輩にならなってもいいと思ったよ」

 僕を睨みつけ、そして不安げにモニターに視線を戻す。
 そしてモニターの中に映った女性を見て、「んーッ!?」と激しく唸った。

『清香、見てるー?』

 メガネをかけた、少しぽっちゃりめの大人しそうな子だ。
 清香のサークル部屋に行って、たまたまそこにいた子だった。同学年で、清香と仲の良い友人だと言っていた。

「清香、カメラ同好会だって? 案外地味なサークル入ってんだね。それとも銃とカメラは相性いいのかな。どっちもシュートって言うくらいだもんね」
「んー! んっ、んんーッ!?」
「あぁ、彼女? 清香について知りたくてさ。いろいろ教えてもらったんだ。他の部員と一緒に」

 夏休みだから、当然、学生の姿は少なかった。それでも、運のいいことにサークル棟には何人か部員がいて、合宿の打ち合わせをしていた。
 清香は残念なことに参加できないだろうし、せめて一緒に参加している気分だけは味わってもらおうと、撮影会を僕が企画してやったんだ。

『もう、女子は私一人で大変なんだよー。清香、あとで覚えてなさいね?』

 プンと頬を膨らませて、メガネの子は男子の肉棒を両手に1本ずつ握り、下手くそに擦ってた。
 腰も不器用に揺れている。彼女の股の下には太った男子学生が仰向けになっていて、彼女と繋がっていた。
 後ろから乳房を別の男に揉まれ、そして、男たちは彼女に奉仕させながら、カメラのシャッターを切る。
 絶え間ないストロボの中で、彼女はだらしなく笑って、腰を振り続けていた。

『清香、私、処女捨てちゃったよぉ。撮影会、モデルが私しかいなから、仕方なかったんだけど、部長なんかで捨てちゃったっ。くやしい!』

 彼女の股間から流れる血が、太った男の腹の上で揺れる。ブタのような息を吐きながら、男は夢中になってシャッターを切り続ける。

『清香の、せいだからねっ。お互い、好きな人と結ばれようって、約束してたけど、もう、残念で仕方ないよっ。次は、清香の番だからねっ。私ばっかり、こんなのずるいィ』

 泣き顔になった彼女の全身がストロボライトで白くなる。
 青ざめた清香が、僕をきつく睨みつける。

「だって、清香はなかなか僕に心を開いてくれないからさ。君のこと自分で調べるしかなかったんだ。で、サークル活動の邪魔したお詫びに、めったに出来ないような撮影会を企画してやったんだよ」
 
 モニターの中では、男たちが乱暴に腰を揺すり、女の子にペニスを押しつける。
 彼女は困ったような、嬉しいような顔をして、そのペニスにキスをする。

「……ッ!」

 金属製のボールじゃなかったら、噛み砕いてたかもしれないな。
 それくらい、彼女の怒りが伝わってくる。

「清香が悪いんだよ。ちゃんと僕を満足させてくれないから。君がセックスに協力的になってくれるんなら、僕はわざわざ外に出て発散してくる必要もない」

 僕は清香の後ろに回って、彼女の尻を持ち上げる。
 怒りで震える肉が、キュッと引き締まる。

「彼女たち、当然30分後には正気に戻ってるよ。もちろん僕の記憶は消したけど、自分たちのした行為は覚えている。そこまで見てないから、この後、どうなったのか僕は知らない。案外、まだ撮影会を楽しんでるかもね。男どもは」

 震える尻を愛撫する。
 冷え切った肌は、完全に僕を拒絶していた。なのに、アソコはわずかに濡れていた。

「清香。君が僕を満足させてくれるなら、他の女は抱かないさ。もちろん季依だって」

 まだ男を受け入れる準備の出来てないそこに、強引に僕のを埋め込む。苦痛なはずなのに、清香はうめき声一つ上げず、モニターを睨み続ける。
 僕はその姿勢のまま、動かない。

「清香がお尻振ってよ」

 超音波など使わない。これは単なる脅しだ。

「君が僕を満足させる。そうすれば他の人が助かる。簡単な話だろ?」

 そして清香の耳元に口を近づけ、囁く。

「清香、たまにダーツバーでバイトしてるんだって? 僕はそういう大人の店に行ったことないから、今度行ってみたいな」

 モニターの中の彼女は、ますます大きく揺さぶられる。
 やがて股の下の太った男が痙攣し、彼女の中に射精して、次いで彼女に手淫されてる男たちが、こぞって彼女の顔に精液をぶっかける。
 真っ白に汚れた彼女が、真っ白なストロボライトの中で恍惚の絶頂を叫び、そこで映像はぶつりと切れた。
 清香はふさがれた口で女の子の名前を呼んで、泣いた。

「……清香、早くお尻振って?」

 ポタポタ、床に涙が落ちる。
 そしてゆっくり、清香の尻が動き始める。

 季依のイライラは日に日に募っていくようだ。

「お兄ちゃん、いつになったら私に出番をくれるの?」

 大量のソーメンを茹でながら、季依は頬を膨らませる。
 茹で上がったソーメンは次々にカプリがバスルームへと運んでいく。
 僕は麦茶を一口飲んで、残りはバケツに空けながら言う。

「無理だよ。僕はブラックと直接会ってみた。あれはサムライだね。季依じゃ勝てない」
「そんなことないよ! 曜子だって、季依には勝てないって言ってたもん。絶対楽勝だから。私を信じて?」
「……本気で言ってんの?」

 季依は口をへの字に曲げて、コクリと頷いた。
 朝からキッチンに立ちっぱなしの作業によほど退屈しているようだ。エプロンをパタパタさせて、「ダメ?」と上目遣いで小首を傾げる。
 おねだりの表情も覚えたようだ。少し前まではボーイッシュなだけだった少女を、夏は成長させていく。
 でもその媚びに満ちた視線を、僕は払いのける。

「ダメだよ。あれは僕の獲物だ。お前は手を出すな」

 ますます口を固く結んで、季依は俯く。

「……じゃあ、烈士と桃代は私にやらせて?」

 自分の強さを、戦うことで証明したい季依にとって、相手は誰でもいいんだろう。
 僕の心を繋ぎ止めるには、セックスだけではカプリや清香に勝てず、仲間として役に立つことを証明してみせるしかない。
 季依は単純にそう考えているんだろう。
 だったら、方法は一つしかない。でも、僕はそれを季依には教えない。
 背中を押すのは僕じゃない。彼女はきっと、自分で決断するはずだ。
 僕の仕事は、それまでこのわがまま娘の頭を押さえ付けてやることだ。

「季依じゃ無理だな」

 僕は季依のことは無視して、麦茶を注いでいく作業に戻る。カプリが慌ただしそうにキッチンに入ってきて、「ソーメン早くしろよー!」と季依のスカートをめくり上げる。
 季依は、何も言わずエプロンを叩きつけて、キッチンを出て行った。

「……なんかあったの?」
「なんでもないないよ。ソーメンは出来てる」
「おーし、これで一丁あがりそうだよ! 麦茶も持ってきて!」
「はいはい」

 ソーメン大将であるカプリには逆らえず、僕はバケツを持ってカプリの後に続いていく。
 浴槽にはすでにソーメンと麦茶とツナとトマトでたぷたぷで、必要な材料は全て揃っていた。

「よーし、それじゃまずは一体、仕上げますか。助手、サンプル用意!」
「はい」

 空き瓶に詰まった怪人の肉片から、カプリは活きの良さそうなのを一つ、ピンセットでつまみ上げる。
 何の怪人か知らないけど、おたまじゃくし大の肉片は、生きてるみたいに暴れていた。
 あと必要な組織は、ソーメンと麦茶とツナとトマトで作られる。これらは僕らの食料であり、大事な兵器だった。
 ブラックが僕らの怪人を次々と殺してしまうため、近頃は本当にこの作業が忙しい。

「それじゃ、出てって」
「何で?」
「だから恥ずかしいじゃん、見られたら」

 でもなぜか、肝心の作業をカプリは見せてくれない。
 僕自身も生き返らせたカプリの能力は、非常に興味あるというのに。

「見るくらいいいだろ、別に」

 カプリは赤くなった頬を膨らませ、ジトっとした目で僕を見る。

「……えっち。へんたい。いいから出てってよ」

 僕にお尻の穴まで舐めさせる女が、ここまで恥ずかしがるようなことって何だろう。尽きぬ好奇心は満たされるまま、僕はバスルームを追い出されてしまう。
 今日も、大量のソーメンと麦茶で僕らは食いつなぐ。
 

 ―――鉄壁の女を崩すのは、堅い武器ではなく柔らかいものだ。

 駅前のTUTAYAで立ち読みした恋愛指南書にはそう書いてあったので、子犬を試してみることにした。
 そして、それは思っていた以上の効果を上げた。

「…………」

 足下で自分を見上げる柴犬のつぶらな瞳に、ブラックは射貫かれたように動きを止めていた。
 困ったように周囲を見渡し、飼い主らしき姿が見えないことを確認すると、ますます困って眉をしかめた。 

「……君は、もしかして捨て犬なのか?」

 躊躇いがちに子犬に尋ねている。子犬はキュウンと鳴くだけで、当たり前だが答えない。

「すまないが、私に期待しても無駄だ。官舎住まいなのでペットは飼えない……君が金魚か亀だったら良かったのだが」

 下唇を噛んで、本当に申し訳なさそうにブラックは言う。子犬はブラックのスネに前足をかけ、しっぽをブンブン振り回す。
 正義の味方は泣きそうだった。

「……だから、媚びても無駄なんだ。私は……勤務中で……くっ……」

 震える手で、子犬を抱き上げる。「なんと柔らかい」と感嘆して、頬を染める。
 そして、じっと見ている僕にようやく気づいて、子犬を落としかけていた。
 
「やっぱり洋子さんだ。この間はありがとうございました」
「き、君かッ。奇遇だな」

 慌てて取り繕うシグエレメンツ・ブラックと、爽やかな少年を装う僕。
 間に子犬を挟んで、ちぐはぐな笑みを交わす。

「可愛い犬ですね。洋子さんのペットですか?」
「いや、これは違う。捨て犬かと思って拾ってしまっただけだ」
「捨て犬ですか……でも、見た目きれいだから、迷子になっただけかもしれませんね」
「そ、そうなのか。どうしたらいいのだろうな……私は、こういう小さな生き物が苦手で」
「どうして? 可愛いのに?」
「……どう扱っていいかわからないんだ……」
「じゃあ、よかったら僕が飼い主を探しましょうか? 今、夏休みなんで友人の家に泊まってるんですけど、そこペットOKだし、数日ならたぶん大丈夫ですから」
「いいのか?」
「ええ。任せてください。命の恩人の洋子さんのためにも、絶対に飼い主を探してみせますよ」

 ブラックは、「おおげさなことを言うな」と困ったように目線をずらす。
 本当に与し易い人だ。ここまでは。

「で、では、お願いする」

 少し名残惜しそうな顔をして、僕に子犬を渡す。
 僕はケータイを取り出して、自然を装って言う。

「飼い主が見つかったら教えます。連絡先教えてもらっていいですか?」
「そうだな。かまわないぞ」

 ブラックは、さして逡巡することなく内ポケットからケータイを取り出した。
 一昔前の型に、シンプルな根付けをストラップにしている。これも、いかにも「小道具」といった感じだ。
 赤外線で交わした連絡先にも、『山崎洋子』と表示されていた。

「それじゃ、見つかったらメールしますね」
「あぁ、すまないな」

 順調すぎて笑ってしまいそうだった。
 でも、ポケットにケータイをしまいこんで、そろそろ引き時と思ったときに、ブラックの纏う空気が変わった。 
 僕が普通の人間だったら、きっと気づかずに済んだ程度だが、十分に殺気を含んでいた。
 
「……そういえば、君はここで何をしている?」
「はい?」
「君は先日、同じような場所で怪人に襲われたばかりだというのに、こんな路地で何をしていたんだ?」

 そして、僕はうかつにも、彼女の問いではなく、殺気の方に反応してしまった。
 ブラックは、余計に猜疑心を深めただろう。これからの会話は慎重に行わなければならない。
 傷の消えた腕にも包帯は巻いているし、頬の傷もまた新しく作り直して、乾きかけたカサブタを用意している。
 僕は怪人に殺されかけた一般市民。自分に言い聞かせてから答える。

「……正直言うと、あなたを探してました。また会えるといいなと思って」
「それはどういう目的で?」

 腕の中で子犬が怯えた。
 今の回答も、うかつだったと、反省せざるをえない。

「こないだの、お礼を言いたかったからです。もう一度、あなたに直接会って」

 ウソを貫き通す。高校生男子らしく、爽やかに、気恥ずかしげに。
 そして照れるフリで伏せた視線で、彼女の腰の位置を見る。
 コートの下には、やはり何か武器が隠されている。
 でも攻撃するのはまだ早い。今、この場所で変身されるとマズい。
 いや、僕を殺すくらいのことでは、きっと彼女は変身する手間すら必要としないだろう。
 この距離で逃げきる自信はない。僕に出来るのは、無防備でか弱い市民を演じきることだけだ。

「……あの、どうかしましたか?」

 子犬は縮こまってキュンキュン鳴いている。ブラックはそんなものはもう意にも介さず、僕の表情を見つめている。
 自分の首が飛んでいくシーンが一瞬浮かび、それを頭から掻き消した。
 警戒心も消し去れ。敵じゃない。僕はシグエレメンツの敵ではなく、ただの一般市民だ。

「じつは、君と同じ背格好の男を捜している。爆発テロの容疑者だ」

 清香を犯していた動画の男。
 僕の服を脱がせれば、すぐに同一人物だとわかるだろう。
 乾きかけた唇を湿らせ、慎重に開く。
 
「……あの爆破事件って、怪人の仕業じゃないんですか? ネットではそんな噂でしたけど」
「まだ捜査中だ。怪人の犯行とは決まっていない」
「だからと言って、僕は知りませんよ。無関係です」
「あぁ。そうだといいなと、私も思う」

 このあたりで僕は多少の苛立ちを込めてブラックを見返す。彼女は真っ向から僕の視線を受け止める。深く、何もかもを拒絶し、信念だけを撃ち出す瞳だ。
 僕は喋りすぎてるかもしれない。でも彼女だって、まだ僕のことを怪人だとは考えるはずがない。
 だったら、あとは貫くだけだ。
 僕のウソと彼女の正義が火花を散らす。
 ブラックは、先ほどのケータイを取り出し、僕の登録画面を突きつけた。

「君の名前は、これで間違いないか?」
「はい」

 それは間違いなく、怪人になる前の僕の本名だ。本当の名をあえて彼女に教えた。
 くだらないウソをつかなくてよかったと思った。僕の選択は間違っていない。

「友人の家に泊まってるといってたが、君の住所は?」

 本当の住所を教える。彼女は絶対に裏付けを取るだろう。
 両親のことを思い浮かべて、吐き気がしそうになった。でもあと数日、誤魔化しきれればいいんだ。そう考えれば、下手なウソはきっと僕自身を追い詰める。
 人間になりきれ。ウソをつくべきところと、本当のことを言わなければならないところと、見極めれば怖い尋問じゃない。

「悪いな、これも仕事なんだ。君を疑ってるわけじゃない。気を悪くしたなら謝る」

 おかしな真似をすれば斬るという気配をヒリヒリと僕に押し当てながら、ブラックは言う。
 僕も緊張を押し隠して、「わかってますよ」とにこやかに笑う。
 まだ第1ラウンドが終わっただけだ。

「ところで、なぜ君は親の元を離れて、テロ事件のあった地域に泊まっているんだ?」
「個人的な事情です。答えたくありません」
「……そうか」

 今のはいい。正しいウソだ。
 僕は16才の未成年で、今は夏休み。多少、道を踏み外すのはよくある話だ。
 突きたければ突けばいい。僕はいくつものウソを用意する。
 
「では君の年は? 学校は?」

 僕は正直に言う。彼女は少し驚いたように、眉を微かに動かした。
 手応えありだ。

「……そうか。いろいろ変なことを聞いてすまなかった」

 ブラックは口元を緩めた。フッと空気が和らぎ、僕も内心で胸をなで下ろす。
 高校名を聞いて、彼女は追求の手を和らげた。そこには僕たちの共通の知人がいる。
 僕は、とりあえずの安全圏に飛び込むことに成功したというわけだ。

「いえ、それがお仕事でしょうから」

 僕が理解ある微笑みを見せる。ブラックは複雑そうに表情を崩し、誤魔化した。

「早く飼い主が見つかるといいな」

 そう言って、子犬に向かって手を伸ばす。
 だが、もう子犬は彼女に警戒を剥きだしにして、尻尾を丸めるだけだった。

「……やっぱり、生き物は苦手だ」

 ブラックは、それも慣れているというように苦笑した。
 僕もあいまいな笑みを返すだけにした。

「私に用事があれば携帯電話で。昼間でも、一人で薄暗いところを歩くような真似はもうしないように」
「はい」

 二人で路地を出る。
 まだ日差しは高くて、蝉の声もうるさく響いて、うっとうしい暑さをかさ増していた。
 その中でも、この黒いコートの女性が汗一つかいていないのが不思議だ。

「今年は蝉が多いな」
「本当ですね」

 他愛のないやりとりを少しして、正義の味方と悪の怪人は、しばらく並んで歩き、交差点で別れる。
 僕の差し出した情報が、吉となるか凶となるかはまだわからない。
 でも、次に会う口実はできた。出来れば、彼女の方から連絡をくれれば言うことなしなんだけど。
 なんだか肩が重い気がする。ひょっとしてこれが肩こりというやつかな。
 コキ、と首を鳴らして僕は、子犬を見知らぬタバコ屋のババアに押しつける。

 清香に、腰の振り方を教えることにした。

「もっと回すようにするんだよ。上下に揺するだけじゃ単調すぎるだろ」

 顔を真っ赤にして、腹立たしげに唇を噛み、清香は不器用に腰を揺すり続ける。
 僕のお腹の上に跨り、慣れない騎上位に戸惑っているようだ。
 下から見上げる体は本当にセクシーだというのに、セックスにまだ慣れていない彼女は、自分の体の価値すらわかっていない。

「僕をセックスで満足させてくれるんだろ? 腰の使い方くらい覚えろよ」
「清香ちゃん、がんばれ! こんな生意気なこと言わせてていいの? やってやんなよ、ポールダンサーのようにさ!」

 カプリは面白がって横から口を出し、季依はもくもくとソーメンを茹でる。
 セックスの間だけ、清香の手足には若干の自由を与えている。彼女にやり方を覚えさせるためだ。
 彼女の知人や、季依には手を出さないことを条件に、清香は僕のセックス奴隷になっている。
 もちろん季依はそのことを知らない。近頃、僕が季依を抱かないのは、清香や曜子のせいだと思っているのだろう。
 季依は清香のイジメにも加わることはなくなった。その代わり、一人で過ごすことが多くなっていた。

「仕方ないな。僕が教えてやるよ。清香、この指を見ろ。目を離すな」

 人差し指を立てて、清香に見えるようにする。
 そして、超音波で催眠を始める。

「この指から見えない糸が伸びて、清香の腰に結ばれている。指が動けば腰も動く。清香は操り人形だ」

 ぴくり、と僕が指を動かすと、もぞ、と清香の腰も動く。
 
「え…?」

 そのまま指を前後に動かすと、清香の腰も僕のを咥えたまま前後に揺れる。彼女のそこがきゅうきゅうと形を変える感触が伝わってきて、とても気持ちが良い。

「やっ!? なに、これ! やだ、やだッ!」
「なにそれ、おもしれー。清香ちゃんスイッチ、前へー」

 清香は自分の体に戸惑い、カプリは面白がって僕の指をレバーのように操縦する。
 右に、左に、清香の腰は僕の指に合わせて揺れ、その様はまるで本物のセックス人形だ。

「いやっ、止めて、こんなの……いやぁ!」
「じゃあ、清香の代わりに季依にやらせるか? 僕はどっちでもいいんだけど」

 清香は、歯を食いしばって声を堪える。カプリは僕の指を操作して、清香から強引にあえぎ声を引き出させる。
 
「あっ!? あっ、あっ、あっ!」
「清香。気持ちよかったら、いいって言えよ。乱れる顔を見せろ。それが清香の仕事だろ」
「い……いいっ! 気持ちいい!」
「清香スイッチ、回しまーす」
「あっ、あっ!? それ、やばい…ッ、ぐりぐり、するぅ!」

 大きく口を開けて、腰も幅広くグラインドさせる。
 清香の感度が上がるにつれて、彼女の中も柔軟に形を変え、僕のを吸い上げる。強い刺激に僕も声を上げてしまいそうだ。
 本当に彼女はすごい性器を持っている。そして、この敏感な肌だ。セックスにハマらないわけがない。
 僕も腰を揺すって清香を刺激する。ますます強くなる性感に、僕らは揃って声を上げる。

「いいね、いいねー。すごくAVチックだよー」

 清香スイッチの僕の指を自在に操り、カプリも鼻息を荒くする。
 ごとん、とテーブルにボールを置いて、季依が不機嫌そうに言う。

「……ソーメンできた。いただきます」

 パチンと箸を割って、一人で黙々と麺をすする。
 僕らはセックスに盛り上がり、ぐちゅぐちゅといやらしい音を立てる。

「ごちそうさま」

 少し食べて、すぐに季依は立ち上がる。
 すっかり自分の部屋にしている洋室に、今日もひきこもるつもりのようだ。
 僕の指をくりくり操縦しながら、カプリは季依を呼び止める。

「キー坊も一緒に遊ぼー。マジこれウケるってー」
「……いい。興味ない」

 ピシャリ。
 戸が閉められて、中から女性ボーカルの音楽が流れる。いつもの季依の閉じこもり方だ。

「……んっ、んっ、あなたたち、季依を、どうするつもりなの?」

 顔にかかる髪を払いながら、清香は上から僕を見下ろす。

「どうもしないさ。役に立たないなら捨てるだけだよ」

 清香は僕の顔を探るように覗き込む。僕は冷笑でそれに返す。

「あたしがあなたをセックスで満足させれば、あの子には手をださない。本当ね?」
「君が信じるなら、そうなるよ。君の体にはそれだけの価値はある」
「……約束しなさいよ」

 それが季依の救いになると信じて、清香はセックス奴隷を演じる。
 でも、救いを求めているのは清香の方だ。
 されるがまま、やられるだけの毎日で、否が応でも体に染みこんだセックスは、気持ちとは裏腹の快楽を清香に覚えこませている。
 彼女は言い訳を欲しがっていた。今の自分に、無理やりにでも正義を持たせなければならないと、彼女は自分自身を否定するしかない。
 僕とセックスをしている自分を。

「あっ、あぁっ、あぁっ、いい! 気持ちいい!」

 ますます大きくなっていく清香の声に、隣の部屋の音楽はボリュームを上げる。
 
 

 

 君に謝りたいことがある、とシグエレメンツ・ブラックからメールが来た。
 会って話したいというので、喜んで僕は彼女の指定した喫茶店へと出かけていく。
 もちろん、シグエレメンツの他のメンバーや警察の見張りもないことも確認済み。彼女一人だけだ。
 着実に僕は彼女の信頼を獲得しつつある。
 二人分のコーヒーを頼んだあと、ブラックは静かに言った。

「わざわざポスターを貼ってくれたんだな」

 迷い犬を預かっていますと、柴犬の写真付きで僕は街のあちこちにポスターを貼っていた。
 もちろん部下を使って。彼女の目に止まるように。

「私は、子犬の世話も、飼い主捜しも大変な手間だということを考えず、軽々しく君に押しつけてしまった。迷惑をかけてすまない」

 頭を下げるブラックに、僕はわざとらしく両手を振る。

「そんな、気にしないでください。僕が任せてくれって言ったんですから」

 じっさい、僕は面倒なんて一つもかけてない。犬はタバコ屋のばあさんにやった。
 シグエレメンツを2匹も飼ってるのに、ペットなんて飼ってる余裕はない。季依とは家庭内冷戦状態だし、清香はまだ調教中だ。
 世話好きなカプリは、買ったばかりの子犬を他人にやったと言ったとき、「信じらんない」と言ってわんわん泣いてたけど、今はそのタバコ屋に通って、子犬を好きなだけ愛でて満足している。
 
「少ないが、エサ代の足しにしてくれ」

 彼女が差し出した封筒も僕は固辞したが、どうしてもというので、受け取ることにした。
 悪の怪人に謝礼を渡してしまうなんて、正義の味方始まって以来の失態だろうな。

「さて、そのこととは別に、君に聞きたいことがあるんだが良いか?」

 まあ、そうだろうね。
 金も渡して気兼ねのなくなったシグエレメンツ・ブラックは、端正な顔を引き締めた。

「君の両親のところへ連絡させてもらった。怪人にケガをさせられたことも、君が泊まっているという友人宅についても、聞いていないと言っていた。夏休みに入ってから、連絡もなく家にも帰ってきてないと」

 咎めるような視線で僕を見る。
 僕に対する疑いを隠す気もないのか、またあの緊張感が僕の背中を冷やす。
 見えない刀が、僕の喉元まで届いているみたいだ。
 
「君のご両親は心配していたぞ。家出でもしているのか?」

 僕はコーヒーカップをテーブルに置いて、一呼吸おいた。

「……はい。今は、バイトで知り合った人の家に置いてもらってます」
「どうして、家出なんて?」
「理由は言いたくありません。でも、夏休みの間だけのつもりです。新学期が始まる前には帰ります」
「両親には今日中に君から連絡しろ。うるさいことを言うようだが、親に心配をかけるのはよくない」
「……わかりました」

 反抗期の少年らしく、顔をわざとらしく背け、唇を尖らせる。ブラックは、それ以上は追求せず、ため息を漏らす。
 心配どころか、僕が誘拐されてからもメール一つ寄越したことのない父と母の顔は、もうぼんやりと忘れかけていた。
 きっと、彼らも僕の顔なんて思い出せないだろう。
 何が心配している、だ。あいかわらず体面だけはご立派な人たちだ。
 ブラックは、それ以上は突っ込んでこなかった。こういった問題は苦手なんだろう。彼女のその不器用さがありがたい。

「……ところで、君は紀州桃代を知っているか? 同じ学校の同学年だと思うのだが」

 そして、いよいよ本命の名前が出てきた。
 彼女がこういう尋ね方をするということは、紀州さんには直接僕のことを訊いてはいないということだ。
 僕は、わざとらしく頭を掻いて、照れ笑いを浮かべる。

「ハハ、まいったな。洋子さんは、紀州さんと知り合いだったんですか?」
「……あぁ、赤ん坊の頃から知っている」
「そうだったんですか。奇遇ですね」

 コーヒーを一口含んで、ブラックは唇を結ぶ。

「まいった、とはどういうことだ?」
「え?」
「今、君は『まいった』と言っただろう。それは何か意味があるのか?」

 僕は自分の失言に驚いたふりをして、また似たような照れ笑いを浮かべる。

「なんだ、彼女に聞いたわけじゃなかったんですか。それは、ますます失敗でした」

 そして、不審そうに眉をひそめるブラックに、種明かしするように快活な声で言う。

「じつは僕、夏休み前に彼女に告白してるんです。まあ、あっさりフラれたんですけど」

 ブラックは、ぽかんと口を開け、そしてみるみる頬を赤くしていった。
 僕は吹き出したくなるのを堪えて、今の表情をキープする。

「そ、そうだったのかッ。すまん、あいつはそういったことをまるで私たちに言わないものだから……い、いや、その前に、君の大事なプライバシーを聞き出すような真似を、私は、その、そんなつもりでは……ッ」
「あぁ、大丈夫ですよ。もう終わった話です。ちなみに僕の家出とも関係ありませんので、そっちの詮索も無用です。よくある話なんで、気にしないでください」
「そ、そうか? すまない、まさかそんなことがあったとは知らず……驚いてしまった」

 砂糖もミルクも入っていないコーヒーをカチャカチャとかき混ぜ、ブラックは落ち着かなさそうに視線を動かす。

「ま、まあ、あいつは色恋沙汰に慣れていないし、まだ高校生だから無理はないだろうな。君が気にしないというなら、これからも友人として付き合ってやってくれ」
「はい」

 慣れていないのはむしろ彼女の方だと思えるが、僕は大人しく頷くだけにしておく。
 ほう、と一息ついて、シグエレメンツ・ブラックは頬を緩めた。
 
「……うん。でも、君は女性を見る目があるよ。きっとそのうち、素晴らしい女性と巡り会えるだろう」

 気分も落ち着いたのか、誇らしげに、ゆったりとコーヒーに口を付ける。
 自慢の妹が男にもモテていると知って、悪い気はしないんだろう。
 僕はこっそりに彼女に顔を近づけ、囁く。

「洋子さんとかですか?」

 さすがにコーヒーを吹き出すような真似はしないだろうと思ったが、コプっと、カップの中で波が立つ音は聞こえた。
 僕を睨むジトっと重たい視線は、照れるどころか本気で怒っているらしく、僕は自分のちょっとした悪ふざけをすぐに後悔した。

「私はそういう冗談が嫌いだ」
「すみません」

 空気を凍りつかせ、それから互いのカップを空けるまではボソボソとした会話が続き、僕らは揃って店を出る。
 外は相変わらず異常な暑さで、クーラーがすぐに懐かしくなった。しかしその中でも、彼女はコートを羽織って平気な顔をしていた。

「それでは、今日はわざわざすまなかった」
「いえ。飼い主が見つかったら連絡しますね」

 僕は彼女の背中が見えなくなるまで見送る。
 彼女は、通りを曲がるときに僕に片手を上げた。僕も片手を上げてそれに応える。影のように真っ直ぐと伸びたブーツに見とれているうちに、彼女の姿は見えなくなった。

 さて、今日もたくさん彼女に情報を与えた。
 まず彼女は、今すぐにでも紀州さんに確認を取りたいはずだ。僕の話の真偽を。
 シグエレメンツの間で、僕のことがどう話されるのか興味がある。ひょっとしたらレッドの話題もその中に出てくるかもしれない。
 僕は腕を伸ばして、飛んでいる蝉を一匹捕まえた。

「今、僕と別れた黒い女だ。彼女の会話を運んでこい」

 手の中で蝉はジィと鳴いて、それを合図に僕の後ろから数匹が飛び立ち、ブラックの後を飛んでいく。
 辺りでは、蝉の声はますます大きくなった。

 蝉は、こないだシグエレメンツ・ブラックに殺された蝉怪人の子供だ。

 死体から生まれた蝉が数種数百匹、この界隈に生息している。
 怪人たちによる周辺監視は、怪人狩りのブラックが現れてからは、ただの囮としか機能していない。
 だから僕らは、蝉を使った盗聴網を作り上げることにした。
 ここらに大量発生している蝉は、人の耳には聞こえない波長を混ぜて鳴いている。
 聴覚と発声器官を異常発達させ、小さな言語脳も備えた蝉は、自分たちの聞いた音を超音波にして蝉同士で鳴き繋ぎ、僕にしか聞こえない音声にして運んできてくれる。
 夏の風景に溶け込んだ僕らのネットワークは、徐々に区外にも広がりつつあり、おそらくヒグラシの声に変わる頃には、シグエレメンツのアジトにも届くだろう。
 僕は蝉の顔を耳に寄せる。すでにここから見えなくなっているシグエレメンツ・ブラックの携帯電話が発する呼び出し音も、近くの蝉から僕の蝉へと、数匹の鳴き声を経て運ばれてくる。
 街中で、蝉を耳に当ててニヤニヤ笑う僕は、さぞかし気味が悪いだろうな。

『―――曜子ちゃん、何かあったの?』

 懐かしさすら感じる、紀州さんの声。
 最後に見た彼女のピンク色のスーツが、一瞬、頭に浮かぶ。
 くだらない感傷など、僕にはなかった。

『いや、何もない。そちらも無事か?』
『こっちは別に。それより、曜子ちゃんのが心配だよ。やっぱり私もそっちへ行く』
『来なくていい。いや、私は一人の方がいいんだ。捜査は私と烈士に任せて、桃代は本部から離れるな』

 感度は良好だ。
 僕は愉快な気持ちで蝉の背を撫でる。
 
『それより、桃代に聞きたいことがある』
『何?』
『お前は、―――という男を知っているな?』

 他人の口から聞くと、懐かしい名前だった。
 僕がそれを名乗ることは二度とないと思うけど。
 紀州さんは、意外な名前に戸惑ったのか、少し間を置いて答える。

『うん、同級生だけど……』
『夏休み前に告白もされたというのは本当か?』
『ど、どうして曜子ちゃんが知ってるのよぅ!?』

 慌てる紀州さんの顔が浮かんでくるようだ。
 なんだか笑える。利用しちゃってごめんね。
 ブラックは、さらに声を低くした。

『お前に交際を迫った男が、ここ最近、私にも近づいてきている。一度目は怪人に襲われているところを助け、二度目は連絡先も交換した。私が爆破事件の捜査に入ってすぐにだ。これをただの偶然だと思えるか?』
『……どういうこと?』
『彼は、事件と関係あるのではないかと私は疑っている』

 きっぱりと言い切るシグエレメンツ・ブラック。
 電話口の向こうで、紀州さんはしばらく沈黙した。

『……曜子ちゃん、それ違うよ』
『なぜそう言い切れる?』
『だって私、中学から一緒だもん。彼がどういう人かよくわかってるもん』

 意外にも、強い口調で紀州さんは否定した。
 告白以前に、僕らはろくな会話もしたことはない。紀州さんが僕について知っていることなんて、何もないはずだ。
 彼女の真意がわからなくて、僕自身も驚いて、蝉に耳を近づける。

『―――中学のときね、教室の中で男子の何人かがケンカ始めちゃったことがあって。私もクラス委員だから必死で止めたんだけど、もうすごい騒ぎで』

 そういえば、そんなこともあった。
 中学時代の記憶が蘇って、うめきたくなった。
 確かに乱闘事件はあった。そしてその時、僕はもちろん乱闘なんかに加わってるはずもなく、すみっこに避難していた。
 そして、教壇に飾っていた花瓶を、廊下に逃がしてやったんだ。
 そんなこと、僕は忘れてたのに。
 
『私、それ見て、すごい人だなって思って。誰もそのとき、お花のことなんて忘れてたのに……すっごく、優しい人なんだなぁって思って』

 なのに、紀州さんはまるで昨日のことのように、当時のことを語る。ブラックは、黙って彼女の話に相づちを打っている。

『本当のこと言うと、告白されたときもちょっぴり嬉しかったんだ。この人、私のこと見ててくれたのかぁって。断るのが本当に大変だったよ。今までで一番辛かった』

 あの日、彼女が泣きそうな顔で僕に謝る場面が、何度もリフレインする。
 僕が人間だった頃の、最後の記憶だ。

『だから彼のことは、私が保証するよ。その人は大丈夫。曜子ちゃんも、疑ったりしないで仲良くしてあげて?』
『……わかった。桃代がそこまで言うなら、私も彼を信用することにしよう』
『うん、ありがと』

 ブラックは声を柔らかくして桃代に答える。
 紀州さんは、安心したようにホッと息を漏らした。

『だがそれはそれとして、桃代が男に告白されたことを私たちに黙っていたとは由々しき話だな。帰ったら烈士に報告しないと』
『い、言わなくていいよぅ!?』
 
 それからは、家族同士のくだらない会話だ。しょうもないやりとりはもう僕の耳には入らない。

 何も入らない。

 中学の時の、紀州さんの言ってる件は、今も僕にとっては恥の記憶だった。
 僕は、当時園芸部だった紀州さんが教壇の花を用意していたことを知っていた。
 僕はいつも彼女のことを見ていた。話しかけることも出来ず、後ろ姿を眺めて、彼女の隣にいる自分を想像するだけの毎日だった。
 あのときも、紀州さんの気を惹きたくて、花瓶を抱えてわざとらしく教室を横切っただけだ。
 野蛮なケンカをして、彼女に心配されている男子たちがうらやましかった。だから、紀州さんに僕のことも見つけてもらって、褒めてもらいたいと思ったんだ。
 思い出しても顔から火が出そうだ。
 結局、誰も僕のことなんて見てなかった。
 紀州さんもケンカを止めるのに必死で、僕のことなんて気づいた様子もなくて、それだけで終わったはずだったんだ。

 なのに、彼女は覚えていたそうだ。
 それどころか、あっさり騙され、こんな僕に好意すら抱いていたそうだ。
 まったく……紀州さんときたら。

 ―――笑っちゃうよ。

 蝉を握りつぶして殺した。
 あれだけうるさかった蝉の声が、一瞬消えた。

 僕は汗ばんだ髪を掻きむしって家路を辿る。
 盗聴なんて、くだらない真似してしまった。あぁ、時間を無駄にしてしまった。あいつらのせいで。
 シグエレメンツなんてもう死に体も同然だし、あとはどこでトドメを刺してやるかの問題さ。
 僕は必ずブラックもピンクも凌辱して悪の道に染め上げてやるし、レッドにはその姿を見せつけてから惨殺してやるつもりだ。
 あいつらはバカだ。こんな僕を信用しているだって。本物のバカだ。全部、僕の姑息な罠だっていうのに。
 バカだ。バカだ。僕を殺したくせに。僕を化け物と蔑み、切り刻んだくせに。
 お前らの信頼も善意も正義も、全部僕が踏みにじってやるよ。踏みにじって、犯して、凌辱してボロクズにしてやるよ。

 僕は悪の怪人、コウモリ男。僕の30分間が、必ずお前たちを狂気に堕とす。

 太陽は真上からしつこく僕をあぶり、蝉もますますやかましく鳴き続けた。
 頭を掻きむしりすぎて皮膚が裂けてるみたいだけど、僕のイライラは全然収まらないし、止まりそうもない。

 今年の夏を、全部ぶっ殺してやりたいと僕は思う。

< つづく >

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