プラーナの瞳 第2話

第2話

「―――篠原さんにお借りしてた御本をお返ししようと思いまして」

 白兎さんが、いきなり寮の私の部屋にお見えになるものだから、心臓が破裂するかと思った。
 しかも、噂の吉岡先生まで同行しているなんて、いったい何が起こっているのか、しばらく理解に苦しんだ。

「ごめんなさい。私、放課後はなかなか一人歩きを許してもらえなくて。いきなり殿方を連れてくるなんて失礼を」
「い、いいえ! その、とにかくお上がりを」

 勢いで、白兎さんを部屋に誘ってしまった。ましてや男性も部屋に上げてしまったことをすぐ後悔をしたが、白兎さんのボディガードをされている吉岡先生だし、特殊事情ということでご容赦いただこう。
 お父様、お母様。美月は清廉潔白です。

「可愛らしいお部屋ですね」

 白兎さんは、とても愛らしいお顔で微笑まれる。
 私の部屋に白兎さんがいるというだけでもすごいことなのに、お褒めの言葉までいただいたりして、面映ゆいばかりだ。

「焼き菓子を作ってまいりましたの。よろしかったら」
「え。これ、白兎さんが?」
「はい。あの、お口に合うかどうかわかりませんが……」

 どうしよう。涙出そう。
 白兎さんが自信なさげに差し出す小さなバスケットに、胸がきゅんきゅんときめいた。

「ありがとうございます。私、お紅茶淹れてまいります!」

 まだ夕食前だけど、少しくらいなら大丈夫だと思う。だって、早く白兎さんのお菓子を食べてみたい!
 白兎さんと、私と、気まずそうにしている吉岡先生の分と3つのカップを用意して、テーブルにセットする。
 でも、私のところの小さなテーブルには2つしか椅子がない。みっともないけど、私はドレッサーの椅子を持ってこようかな。

「おかまないなく。吉岡先生はあなたの後ろで結構ですから」
「え?」
「後ろ、ですか?」

 私と吉岡先生の疑問符がぶつかった。

「ええ。吉岡先生はあなたの後ろで、あなたのお胸を揉ませていただきますので」

 あぁ、なるほど。そういうことか。
 私は合点が言ったのだが、吉岡先生はなぜかその話に狼狽えているようだった。

「え、お、お嬢様、何を…?」
「まあ、お忘れですか、吉岡先生。篠原さんのお胸は先生のものではありませんか。先生の好きなときに好きなようになさるのが当然です。ね、篠原さん?」

 白兎さんは小首を傾げて、可愛らしい笑顔を浮かべた。
 彼女の笑顔を見ると私もついつい嬉しくなって、自然と笑顔になってしまう。

「はい、私のお胸は吉岡先生のものです。どうぞ、揉みたいときに好きなように揉んでください」

 吉岡先生は、困ったように顔を赤くして、視線をうろうろさせていた。
 どうしたのかな? 私の胸、いらなくなったのかな?
 それはそれで、なんだか悲しい。

「吉岡先生、どうしました? 篠原さんも困っておいでです。先生が欲しいとおっしゃるから、篠原さんも大事なお胸を譲ってくださったというのに……。もうしわけありません、篠原さんに恥をかかせてしまって」
「い、いいえ! そんな、白兎さんに謝っていただくことでは!」

 そうだ。私は先生に胸が欲しいと言われて、先生に捧げることにしたのだ。どうして忘れていたのかわからないけど、それはとても大事なことだ。
 なのに、先生はもう私の胸はいらないようだ。
 きっと私が子供だから。もっと素敵な胸を先生はお望みだから。
 なんだか、本当に悲しくなってきた。白兎さんにまで申し訳ない顔をさせてしまった。彼女のそんなお顔を見てると、本当に胸が苦しくなる。

「悪いには私ですから……先生には、もっと大人のおっぱいがお似合いでしょうし」

 くすんと、鼻が鳴ってしまった。目の奥がツンとなる。どうしよう。涙なんてみっともないのに。

「す、すまん。いきなりで驚いてしまっただけで……その、いいのか、美月くん。俺が君の胸に触れても?」
「はい。それは、もちろんです。でも、あの、ムリなさらなてくも結構です。私のお胸など、揉んでもつまらないでしょうし……」
「そんなことはない。ただ……いや、なんでもない。君の胸を揉ませて欲しい。いいかな?」
「え…は、はい、どうぞ」

 いざ「揉ませて欲しい」と男の人の声で言われると、ドキドキしてしまった。先生は胸を揉むとおっしゃっているだけで、そこに特別な意味なんてないはずなのに、顔がぐんぐん熱くなってきた。

「……本当にすまない、美月くん……」

 先生は、さっきから謝ってばかりだ。遠慮していただく理由もないのに、そこまで言われてしまうと、逆にこちらが申し訳ない気持ちになる。
 それよりも、まだシャワーも浴びていないから、汗くさいと言われたらどうしよう。
 私の胸は先生の胸なんだから、これからはもっと大切にしないといけないな。

「いくよ」
「……んっ」

 椅子に座った私の後ろから、吉岡先生の大きな手が回ってきて、胸をそっと持ち上げた。ブラウスと下着の上からでもわかる暖かい手に包まれて、思わず変な声が出てしまって恥ずかしい。
 先生の手は、そのまま胸を優しく包んでいた。

「……どうしました、吉岡先生。触れているだけでよいのですか? あなたのお胸なんですから、もっと乱暴に揉んでも、服を剥ぎ取ってもよろしいんじゃありません? ねえ、篠原さん?」
「え、ええ、もちろんです。私は、何をされても……このお胸は先生のものですから」
「しかし、そんなこと……あっ、いや」

 何かを言い淀む吉岡先生に、白兎さんがニコリと可愛らしい上目遣いで微笑みを浮かべる。
 吉岡先生の手が、じわと温かくなって湿り気を増した。
 よくわからないけど、目と目で通じ合う会話というやつだろうか。仲の良い2人が羨ましい。

「……揉ませてもらうよ」
「んっ」

 吉岡先生の手の中で、私の胸は簡単に形を変えた。
 逞しい手にブラウスごと胸を捏ねるように回され、私は体にピリピリと痺れが走るのを感じた。

「んっ…ん、んっ……あん」

 男の人に胸を触られるのなんて初めてだけど、誰でもこんな感じになるんだろうか。
 全部の神経が胸に集まってるみたいだ。胸を中心に体がホカホカしてくる。先生の手が服の上から先端をこすっただけで、ピクーンて全身にその感触を感じてしまう。
 やだ、やだ、どうしよう。声が止まらない。

「美味しいお紅茶ですね」
「ひゃ、はいっ、それは、祖母が、んっ、イギリス旅行のお土産に、あぁんっ、送ってきてくれたもので、あんっ、はっ、んっ、はぁっ」
「やはりそうでしたか。フォートナム&メイソンのアッサムでしょうか……気品にあふれているのに、力強い香りです」
「さっ、さすが白兎さんっ、あんっ、ご、ご明察ですっ、あっ、んっ、んっ、はぁっ、はぁっ」
「ふふっ、私のお手柄ではありません。淹れてくださった方の腕がよいからです」
「そ、そんな、はぁっ、私のほうこそ、あんっ、んっ、んん~ッ!」

 白兎さんは静かに私の淹れた紅茶を味わっている。吉岡先生は、少しだけ乱暴に私の胸を揉んでいる。
 ただそれだけのおだやかな午後なのに、私一人だけ舞い上がってるみたいに体が熱くなって変な声を出している。
 紅茶を飲んで落ち着きたいのに、指先までビクンビクンと震えてカップなんて掴めない。肺の中が沸騰してるみたいに、勝手に声が出てしまう。
 先生、私の体が変です。
 自分の体なのに、私の知らない反応をしてる。まるで体中をおっぱいで操られてるみたい。
 なのに……思い通りにできないこの感覚が、なぜか嬉しい。
 先生に胸をイジられると嬉しい。これは先生に差しあげた胸だから、先生に、もっと好き勝手にして欲しい。

「篠原さん、顔がとても赤いですよ。暑いのですか?」
「は、はい…っ、体が、熱くて……あんっ、あ、熱いんですっ」
「少し服をはだけたほうがよろしくないですか? 先生、胸を出して差しあげたらいかがでしょうか?」
「い、いやっ、それは、さすがに……やめておかないか?」
「先生。篠原さんが熱いとおっしゃってるんだから、楽な格好にさせてあげてください。先生の胸なんだから、先生の手で裸にしていただくのは、篠原さんも構いませんよね?」
「はっ、はい、お願いします…っ!」
「篠原さんもこうおっしゃってますけど、先生?」
「……わかった」

 ブラウスのボタンが、吉岡先生の手で外されていく。
 殿方に服を脱がしていただくなんて、父様や母様が知ったら怒るかもしれないけど、私は熱のこもった胸が解放された気持ちよさに頬を緩ませてしまった。
 ブラがあらわにされる。今日はあまり良い下着ではないので、少し恥ずかしかった。
 そして、デジャヴを感じた。
 私はこの状況を知っている気がする。下着を吉岡先生や白兎さんに見られ、恥ずかしいと思ったこの感じを、前にどこかで体験してる。

「どうかなさいました?」
「い、いいえ、何もっ」

 でも、それも一瞬のことだ。
 先生にブラウスを脱がせていただいて、楽になったらさっきのおかしな気持ちも消えた。
 それでもやっぱり恥ずかしかった。私のおっぱいは先生のおっぱいだから、下着や胸を見られるのは仕方ないにしても、おへそまで見られるのは、なんだかはしたなくて、すごく恥ずかしかった。
 
「篠原さん、ブラも外していただいたほうがいいですよね? 先生、お願いします」
「……わかった。外してもいいか?」
「はっ……はい、お願いします」

 私の心のどこかで「それはイヤ」という気持ちもあったが、すぐに「これは先生の胸」ということを思い出して、おとなしくお任せすることにした。
 今日の私は、少しちぐはぐだ。心の一部にフタをされてるみたいに、変な気持ちが湧いたり消えたり。
 先生の手が私の下着を外して、裸の胸をあらわにする。
 昨日までは、これは私のおっぱい。今日からは先生のおっぱいだ。
 でも、どうしてそんなことになったんだろう。思い出せないけど、私の中ではそれはとっくに重要な決定事項だった。
 とても大事なことなのに、いつ、どこでそれが決まったかわからない。でも、それでいいと思ってる。
 先生の手が、裸の胸に触れた。

「……くふんっ」

 また、鼻にかかったような甘い声を出してしまった。もう、子供っぽい自分がイヤになる。
 先生に触れられてるのが嬉しいって、バレてしまうかもしれない。それは淑女らしくなくて、やだ。

「柔らかいよ……美月くん」

 先生の手に力がこもって、ますます乱暴に胸をこねられた。左右のおっぱいがバラバラに揉まれ、予測の出来ない刺激に私は簡単に翻弄され、乱れてしまった。

「あっ、あんっ、あっ、あっ」

 目の前には白兎さんがいる。揉んでいるのは担任の先生だ。
 なのに、私ははしたない顔をして、いやらしい声を出してる。
 恥ずかしい。

「……すごい」

 白兎さんは、テーブルにほおづえをついて、上気した瞳をキラキラさせていた。

「そんなに気持ちいいんですか? 私、殿方に胸を揉まれたことがないんです。どんな感じなのか、良かったら聞かせてくださいませんか?」
「あ、あの、私も今日、んっ、初めてなんですっ。だから、んっ、うまく、言えませんが…あんっ、し、痺れます! それと、あんっ、体がムズムズして、んっ、言うことを、聞かなくなります!」
「その……失礼かもしれませんが、先っぽがすごく充血して、尖ってますよ? そこを先生に触られると、どんな感じになるんですか?」
「ひゃぁぁあッ!? ビ、ビリビリってっ、ビリビリってします! 全部の神経が、先っぽになったみたいでっ、あぁっ、頭の中、いちいち空っぽになります! それで、んんんっ……き、気持ちいいです! 気持ちいいですぅ!」

 体がぐらぐらと揺れて、座ってられない。
 初めての体験なのに、この感覚もどこかで知っている気がして、おかしな気持ちになる。
 でも、先生に揉まれている胸の熱さが、私の疑問なんて溶かしてしまう。
 私ははしたない声を上げて、先生の手に甘えた。後ろから抱きとめてくださっている先生の腰に、頭を委ねた。
 何か、固いものが私の背中に当たっていた。

「……篠原さん、座っているのもつらいのでは? どうぞ、ベッドに横になってください」
「そ、そんなっ、んっ、お客様の前でそんなこと…っ」
「私たちに気を使わないでください。あなたの体の方がずっと心配です。さ、どうぞ横になってください」
「……白兎さん……っ」

 ありがたい言葉に甘えて、ベッドの上に横にならせていただく。引っかけたままだったブラウスもブラも外していただき、開放感に一息ついた。
 
「それじゃ、先生のそこも、篠原さんの胸で楽にさせていただいては?」

 白兎さんがちらりと視線を向けたのは、吉岡先生の股間だった。
 そんなところに視線を向けた自分が恥ずかしくて、慌てて逸らす。
 先生にバレたら、はしたない生徒だと叱られるだろう。でも、見てしまった。先生のそこは、膨らんでらっしゃった。
 前にむっちーに聞いた知識が確かなら、それは、男性が興奮している証だ。

「楽にって……」

 吉岡先生が、戸惑ったように言葉を詰まらせる。

「出したいのでしょう? 篠原さんの胸なら、何をしても許してくださいます。せっかくですから、先生の性欲処理に使わせていただきましょうよ」

 にっこりと、白兎さんは天使のような微笑みを浮かべる。
 吉岡先生は、困ったような顔をした。
 せいよくしょりって、何のことだろう?

「わかりました……すまない、美月くん」

 先生はまた謝った。
 教室ではいつも明るくて頼もしい先生なのに、なんだか今日は少し元気がないみたいだ。
 さっき胸を揉んでいるときは、少し荒々しくても力強くて逞しかった。私は、そういう先生の方が好きだ。

「気になさらないで、んっ、先生のしたいようにしてください。先生を、はぁ、楽にして差しあげられることがあれば、どうぞ、んっ、この胸で、なさってください」

 寝たままで失礼かとは思ったが、体に力が入らなくて起きあがれない。
 吉岡先生は、私の顔をまぶしそうに見つめていた。

「ありがとう……。きっと、責任は取るから」

 いきなり優しい微笑みを向けられて、どきりとしてしまった。責任って、どういうことだろ?
 先生はすぐに表情を引き締めると、なぜかベルトを緩め始めた。
 驚く間もなく、先生のスラックスが下着ごと下げられ、見たこともないものが、私の目の前に現れた。

「……え?」

 それは、隆々とそそり立った枝のようだった。
 こけしに似た形をしていて、少し可愛らしくもあったが、血管が浮き出ているのが生々しい。
 自分の見ているものが、吉岡先生の股間から生えていると理解するまで、私にはその正体がわからなかった。

「えっ……あ、あの、これって…!?」
「そうだよ……これが、男性のペニスだ。授業で習ったことはあるだろう?」

 習ったことはあるけど、教科書に書いてあったイラストはもっと簡単な形をしていた。こんなに、強そうには見えなかった。
 しかも、硬くなっているということは、先生は、セックスのご用意をされているということだ。
 顔からサーッと血の気が引いた。

「い、いけませんっ。その、私はまだ、子供です…!」

 そういうのは、きちんとした方と結婚をしてからでないと出来ないし、先生ともあろう方がそんな常識を知らないはずがない。
 もしも仮に先生が本気で私をお望みだとしても、少し早すぎる。再来月には私も16になるのだし、せめて両親に結婚の許可をいただいてからじゃないと、ご返事のしようがないし。
 でも、できれば、私としては、白無垢を着るまではきれいな体でいたいです…!
 すっかり頭が混乱して、必死で股間を手で守った。どうしてこんな事態になってしまったのかわからないけど、純潔だけは何としても守らないと。

「吉岡先生。篠原さんが怖がっています。何をするおつもりなのか、きちんと、口に出して説明してあげてください」

 白兎さんが、私に助け舟を出してくださる。
 吉岡先生は気まずそうに頭を掻く。白兎さんは、こんなときにも余裕があって、笑顔が楽しげにすら見えて頼もしい。

「大丈夫だよ、美月くん……いや、あまり大丈夫ではないかもしれないが……君の胸を借りるだけだ」
「私の胸? えっと、この、先生の胸ですか?」

 この胸は私の体に付いているというだけで、持ち主は先生だ。何かに使いたいということなら、先生のお好きなようにだけど。
 なのに先生は、さらに困ったように顔を赤くした。

「つまり、その……その胸に、俺のこれを挟ませて欲しい……パイズリというんだが……」
「えっ…?」

 先生のそれを、この胸に? パイズリ? 声が小さくてよく聞こえませんが。
 どういう意味なのか私にはさっぱりだ。でも、先生がそうなさるつもりなら、私に拒否権などは当然ない。
 男の人のそれが自分の目の前に来るのは恐ろしいけど、胸を使いたいとおっしゃるなら、私だけ逃げることもできないのだし、目をつぶるしかない。
 私は、ぎゅっと目を閉じて、覚悟を決めた。

「は、はい。あの、そういうことでしたら、どうぞ。私にはかまわず、何ズリでもなさってください!」
「……すまない」

 ベッドがきしんだ音を立てる。先生が私の上に跨り、胸の間に何か固いものが乗る。

「重くないか?」
「は、はい…」

 今、胸の上に乗ってるのは、男性のアレでしょうか?
 ものすごくドキドキしてるのが、先生に伝わったらどうしよう。
 まぶたを閉じても、先ほどの雄々しい器官は目に焼きついている。早く忘れなきゃいけないのに、当分、夢に出てきそうな気がする。

「ひっ!?」

 先生の手が、両側から胸を寄せて、固いものを挟む。焼けどしそうに熱くてびっくりした。変な声が出て恥ずかしかった。
 心臓がさらにうるさくなって、死んでしまいそうだった。

「んっ…んっ…」

 そのまま、私の上で先生が動いているようだ。こすられる感触が肌に痛くてちょっとつらいけど、先生の胸なのだから、私は我慢しないといけないんだと思う。
 歯を食いしばって、声を堪える。

「吉岡先生、そのままでは篠原さんがつらそうですよ。篠原さん、乳液をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「えっ、は、はい」

 私の乳液など何に使うんだろう。そう思っていたら、いきなり胸に冷たいものをかけられた。

「ひゃっ!?」

 驚いて目を開けると、私の胸に白兎さんが乳液を落としているところだった。
 白濁した乳液のかかった胸。その上に跨る男性の腰。そして私の顔のすぐそこまで迫っている、乳液に濡れたモノの正体がわかったとき、そのいやらしさに私は眩暈を起こしそうになった。

「驚かせて申し訳ありません。こうすれば滑りもよくなって痛くないかと思いまして」
「い、いえ…っ、あ、ありがとうございます……」

 私はもう何が起きても目を開けない。頭がクラクラしてきた。
 先生が再び腰を揺すり始める。くちゅくちゅ、変な音がする。
 胸と男性のアレが奏でる音だと思うと、顔から火が出そうになった。
 胸の肉が揺すられると、変な感じになる。滑りがよくなったせいか、すごく熱いし、先生の大きさがわかってしまって、どんどん恥ずかしさが増していく。
 胸の間で往復している固いものの正体はさっき見たけど、その下で、私のお腹のあたりを擦っている柔らかいものは何だろう?
 目を開けてみたい気がするけど、そうするのも憚られた。
 それより、先生の熱が移ったのか、胸のあたりからどんどん私の体も熱くなっていく。
 先生は、腰を前後に揺すりながら、胸を回すようにこねていた。

「あっ、あっ!?」

 そんなことされたら、また、熱くなっちゃう。お股のあたりがむずむずしちゃう。

「せんせっ、あっ、そのっ、あまり、胸をっ、あっ、あっ」

 つんつんと、何かが私のあごを突いている。目を開けてみると、それは、先生の体だった。

「きゃあっ!?」
「す、すまん!」

 ひどい。先生ったら、私の顔にそんなものを付けた。
 ポロポロ涙が出てくる。
 どうしよう。父様に叱られる。こんなことをされてしまっては、私はもうお嫁ににいけない。
 先生に責任を取っていただくしかない。

「吉岡先生、気をつけてください。胸以外は篠原さんの体です。乙女の肌に傷をつけるようなことはなさらないでください」
「え、いや、本当にすまない……もう、これっきりにするから」

 吉岡先生は、困った顔をしてうろたえていた。私は、逆に申し訳ない気持ちになった。
 わざとこんなことをなさる方ではない。胸で遊ばれているんだから、近くにある私の顔に誤ってぶつかることもあるだろう。
 なのに、こんなに大げさに騒いでしまっては、殿方に恥をかかせてしまうことになる。
 顔なんて後で洗えばいい。今は先生に満足していただくことが大事だ。

「す、すみません。私が、騒ぎすぎただけです……どうぞ、今のことは気になさらず、お続けください…!」

 逃げようとする先生を、いきおいで、自分から胸を挟んでしまった。
 先生のお熱いのが、ぎゅっと圧迫されて、お股にじゅんときてしまった。

「美月くん……」

 顔が熱くなるのがわかる。私ったら、逆にはしたない真似をしてしまってるんじゃないだろうか。
 でも、先生は私の髪を優しくなでて、おっしゃった。

「ありがとう。君は優しい子だな」

 そのお声は妙に胸の中に響いた。体の奥がポーッとなった。

「いくよ」
「はい」

 ぐちゅ、ぐちゅ、先生の腰が揺れる。
 さっきよりも優しい動きで、私に気を使ってくださっているのがよくわかった。
 なんだか申し訳ないような気持ちで、もっと乱暴にしていただいても構わないと思ったのだけど、それを言うのは余計に恥ずかしいことに思えたので、言えなかった。
 せめて、お手伝いはしたいと思って、胸を自分の手で揺すった。

「美月くん…!」

 感極まったような先生の声。先生の手が私の手に重なり、一緒になって胸を揺する。
 すごく、大胆なことをしてしまっているのかもしれない。でもこの胸は先生のものだし、私はそのお手伝いをしているだけだ。
 先生の息が弾んでらっしゃるから、今はこのまま、先生の動きに合わせていた方が良いような気がする。

「美月くん、いいよ。すごく気持ちいい」

 恥ずかしい、けど、ちょっと嬉しい。
 殿方に褒めていただけるのは女子の幸福だ。
 でも、だからといって、先生が真剣に胸で遊ばれているときに、ニヤけてしまうのは良くない。私は慌てて顔を引き締める。

「すごく気持ちいい。本当だよ」
「あんっ、そんな、んんっ、せんせい、あんっ」

 なのに、いつまでも先生は褒めてくださるから、嬉しくって仕方ない。私はもうだらしなくニヤけてしまう顔を止められなかった。
 胸が熱くて、体が気持ちよくて、変な声を出しながらニヤニヤしてる私は、みっともない。
 白兎さんも、そんな私がおかしいのか、優しい微笑のまま表情を固められていた。

「吉岡先生、そんなに篠原さんの胸は気持ちいいですか?」
「あ、あぁ……まあ、その」
「でも、そろそろいい時間じゃないかしら? いつまでも生徒とイチャイチャしてらっしゃらないで、さっさと終わらせた方が篠原さんのためではないですか?」
「…ッ、そ、そうだな」

 先生は慌てて速度を上げた。急激な変化に私の肌は焼け焦げて、全身がビリビリ痺れた。

「あっ!? あぁっ、せんせっ、せんせえ!」

 火がついたのは先生自身のようだ。すごく熱い塊が私の体の上を往復している。しかも先生の手は、胸の先っぽを優しくこねているのだ。
 どうにかなってしまいそう。

「すまない、美月くんっ」

 先生のそれは、また私のあごをつんつんしていた。でも、私はもうそんなことはどうでもよかった。
 いや、決してどうでもいいはずはないのだけど、許してしまえた。
 忙しそうに胸を擦るそれが、怖くなくなってた。
 それどころか……いえ、それは決して乙女が口にしてはいけないこと。
 私は唇を噛んで、そのはしたない気持ちを抑える。先生は、それを私が我慢していると勘違いしたのか、しきりに謝罪の言葉を口にする。
 いいんです。そのまましてください。私はもう怖くありません。むしろ、謝らなければならないのは、はしたない私の方なんです。
 先生のそれに、キスをして差し上げたいなんてっ。
 つんつんと、先生のものに突かれる。胸を揉まれ、擦られ、体と頭の中がバラバラになりそう。

「吉岡先生。出すなら篠原さんの胸に出してください」

 出す…?
 何か、まだすることがあるんだろうか? あるのなら先生に命じて欲しい。私は子供で、何も知らないから。
 でも、先生はすごく速く腰を揺するだけで、何も教えてくれない。ぐりぐりと胸の先っぽを摘まれ、強い刺激が私の体をめちゃくちゃにする。全身に感じたことのない波が走る。
 その瞬間、私は私じゃなくなった。
 こんなにみっともない声を上げているのは、自分じゃないと思いたい。体がすごく飛び跳ね、腰がどこかに飛んでいきそうになった。
 胸に何か、熱いものが跳んでくる。びしゃびしゃと、両方のおっぱいに降りかかるそれは、先生の先っぽから出てくるものだった。
 精子、なのかもしれない。授業で習ったことがある。でも、こんな風に、胸にかけるものだとは聞いたことがなかった。
 ぴしゃ。おっぱいの先っぽに勢いよく当たった精子は、跳ね返って私の頬にもぶつかった。
 すごく熱くて、そして、変な匂いがする。でもそれを拭う元気も、今の私の体にはなかった。

「す、すまない……本当にすまない」

 先生は、申し訳なさそうに私の顔をハンカチで拭う。
 その自信なさげな顔は教室では見たことなくって、先生がかわいそうな気がした。
 顔をいけないもので突かれたり、精子をかけられたり、淑女ならば毅然として抗議しなければいけないことばかりなのだろうけど、吉岡先生には、なんというか、これくらいのことは許して差し上げても良いような、そんな気持ちを抱いていた。

「謝らないでください。私、怒ってません。先生のお胸なんですから、好きなようにお汚しください」
「美月くん」

 その代わり、このことは私たち3人だけの秘密にしてください。
 私がそういうと、先生はいつもの優しい微笑みで頷いてくれた。その視線が恥ずかしくて、私は顔をそっちに向けられなくなった。
 そして体を拭いてくださる先生の優しい手を感じている間に、私はいつの間にか眠りについていた。

「これでわかった? 篠原美月はじつに中途半端な状態であなたに支配されているの。体の一部と、ちょっとした恋心だけ。あなたの最初の実技点は、30点といったところね」

 日の暮れはじめた寮の庭を横切り、学園敷地内にあるお嬢様の私邸へと歩く。
 まだ火照りを残した体に、春風は涼しく感じられた。そして後悔の気持ちがじゅぐじゅぐと胸に燻っていた。
 教師は仮の姿とはいえ、それなりに仕事甲斐も感じ始めていたところだ。始めは態度の固かった生徒たちも、近頃では俺と会話し、笑顔も見せてくれるようにもなっていたんだ。
 失礼ながら白兎お嬢様よりも大人しく従順な彼女たちには、妹のような愛情すら感じている。
 その生徒の一人に、よりによってパイズリか。
 俺もとうとう、ハレンチ教師の仲間入りだな。

「……お嬢様、ふと思ったんですが」
「なぁに?」
「お嬢様の“カリスマ”だけで付いてくる人間は、大勢います。現に屋敷で働いている使用人たちは、誰もがお嬢様に心酔しています。あえてリスクを冒してまで、《プラーナの瞳》を使うことはないんじゃないでしょうか?」
「バカね、あなたは」

 お嬢様は振り向きもせず、一言で断じた。

「それは互いのメリットが合致しているからよ。使用人たちも、他の生徒たちも、私に付いてくることで環境的な満足を得られる。だから、抵抗もなく従っているというだけ。それでも例外は生まれるし、いったん利害が反する状況ともなれば、逆に私は最大の敵ともみなされる。わかるでしょ?」

 理屈はそうだ。そりゃあわかる。
 だからこそ、絶対に裏切らない有能な忠臣が必要だと、お嬢様は言っているんだ。

「でも、それなら俺よりも総帥がペンダントを使うべきではないですか? 総帥はまだまだ現役です。桐沢家のための人材を集めるのだって、プラーナの強大な総帥がやったほうがはるかに早い」
「あなたって、本当に頭が鈍いわね。どうして最初に説明してやったときに、そういう疑問が浮かばないの?」

 お嬢様は面倒くさそうに俺を振り向くと、腰に手を当てた。
 この尊大なポーズも、そろそろ年季がかかってきたな。少し前までは、大人ぶった女の子にしか見えなかったのに。

「それができるなら、そうしてるわよ。でも無理なの。《プラーナの瞳》の所有権は、一度手放した者には戻らない。一生に一度きりよ。お祖父様は私に所有権を譲ったから、もう自分の意志ではこれを使えないわけ」
「……え?」

 あのときのことを思い出す。
 総帥は、確かに白兎お嬢様を「新しい所有者」と言っていた。
 つまり、あの日、このペンダントの所有権が移ったということか。
 待てよ? ということは……。

「ひょっとして、もうお嬢様もこのペンダントは使えないんですか?」
「そうよ」
「……なんで、そんな大事なものを俺なんかに譲ってんですか!?」

 昨日、いきなり呼び出して、「新しい遊びを思いついた」とばかりに俺に譲ったこれは、一生に一度のお宝だったというわけか。
 なんてことをしてくれてるんだ。これは桐沢家の家宝だろ!

「別にいいじゃない。私はもう飽きたもの」
「飽きたとか、そんな……せめて、そういう大事なことは総帥に相談してから……」
「何よ。別にいいじゃない、そんなの。私のものなんだからどうしようと勝手でしょ。第一、男じゃないと陽の使い方が出来ないんだから、仕方ないわ」
「……もしも、俺がこれを使ってお嬢様を裏切ったらどうするんですか?」

 俺の当然の疑問も、お嬢様は吹き出して、おかしそうに笑うだけだった。

「あなたが私を? ふふっ」

 笑顔だけは本当に、天使みたいだな。
 あぁ、確かに笑い話だ。
 そんなことがあるはずないさ。

「そのペンダントをどう使うかは、私が決めるわ。あなたは私の言うとおりにすればいいのよ。だから早いうちに使いこなせるようになりなさい。美月さんを完全に堕としたら、次のターゲットはあなた1人にやらせるからね」

 つまり俺を縛る鎖が、もう1本増えただけというわけか。そしてそれが俺にとってどれだけ重いことなのかなんてのも、お嬢様は考えたこともないのだろう。
 美月くんの無垢で健気な従順を思い出し、そしてそれに劣情で答えた自分に、嫌気がさす。

「ですが……美月くんは、もう十分じゃありませんか? 彼女は、俺に一部とはいえ体を許すまでになった。無菌室育ちのお嬢様にあそこまでさせたんです。これ以上の支配は必要でしょうか?」

 彼女は、ただ単に最初の実験相手に選ばれただけだ。
 俺に《プラーナの瞳》の使い方を覚えさせるだけなら、もう理解はできたつもりだし、彼女をこれ以上穢す必要もないだろう。
 だが、白兎お嬢様はいつものように機嫌を悪くするだけだ。

「結局、あなたの言いたいことはこうでしょ? このペンダントの力が怖い。他人を支配するのが怖い。もう許してくださいって」
「いえ、そういうわけでは……ただ、美月くんはもう十分ではないかと申し上げているだけで」
「何を言ってるのよ。この程度で何がわかったというの? あなた、舐めてるわね。完全に舐めてるのね」
「いえ。このペンダントのすごさは、十分に理解したつもりですが」
「ペンダントなんてどうでもいいのよ。あなたはいつも上っ面だけを知って、全てを理解した気分になっている。人の心ってのがまるでわかってないわ。バカなのよ」

 人の心なんて、俺なんかよりよっぽどお嬢様の苦手分野だと思うのだが、当然俺の反論は「我慢」の一言だ。

「男ってだいたいその程度よね。薄っぺらい自分を誤魔化すために無口なふりしたり、わかってもいないくせにわかったふりをしてる。そのくせ、女の方がバカだから自分の頭の悪さはバレてないと思ってるんだから、本当におめでたい生き物よ」

 男性一般に対する批判なら、別に今じゃなくてもいいはず。
 なのに白兎お嬢様は、どんどん機嫌を悪くしていく。

「いい? 彼女の件はまだ終わらないから。明日の夜、また《夢渡り》をするわよ」
「明日ですか? 今夜ではなく?」

 校舎を挟んで寮の反対側。少し長い放課後
の散歩も、学校敷地の中にあるお嬢様の私邸の前で終わる。
 そこでため息をつくと、こちらを振り返ることなくお嬢様は言った。

「さっき、お祖父様から電話があったの。私にデートのお誘いよ。お相手は、こないだのなんとか公国の第2ぼんくら王子ですって」

 ……あぁ、そういうことか。
 お嬢様が荒れている理由がわかった。
 
「ということで、今日はここまでよ。あなたの仕事もないから帰って寝なさい」
「はい」

 さっさと玄関をくぐるお嬢様に頭を下げる。
 おそらく、今夜もまだまだ仕事は終わらない。疲れたからといって、のんきに寝てしまうわけにはいかないな。

 俺と彩の家は、お嬢様の私邸の中にあった。彼女が中学に上がる際、桐館学園の広大な敷地内に建てられたものである。
 とは言っても玄関も違うし、俺たち兄妹の居住スペースは大邸宅のほんの隅っこなので、ほとんど別の家だが。

「……ふう」

 自分の部屋で一息ついて、ペンダントを机の中にしまった。
 出来ればこのまま二度と開けたくない。
 ひどく疲れたし、自己嫌悪もしている。さんざんだ。今日一日で、かなり低俗な人間に転落してしまった気がする。
 お嬢様のお相手はいつも精神を削られるが、昨日からは命令の内容も様変わりしすぎて、ついていくのもやっとだ。
 ロンドン行ってアイス買ってこいとか、北極行ってシロクマの赤ちゃんを連れて来いとか、平常運転のお嬢様命令が懐かしい気もする。
 PCを立ち上げた。白兎お嬢様経由で手に入れた全生徒のファイルが、この中に入っている。
 今日、俺がこの手で穢した生徒の顔を、もう一度自分の目で確認するために、それを開いた。

 1年A組篠原美月。

 お嬢様と同じクラスで、つまり俺の担任教室の生徒だ。
 あらためて見ても可愛らしい顔立ちをしているとは思うが、麗しきお嬢様だらけの学園の中で目立つほどでもない。性格的にも、暗くはないが積極的に前に立つなタイプでもなかった。
 成績も平凡で、部活動もしていない。主な交友関係は、同じクラスの樋口佳美と、隣のクラスの天宮寺むつみ。
 彼女たちとは中学時代にもテニス部で一緒だったが、高等部では3人とも続けていないようだ。
 家は鎌倉の呉服屋だ。祖母も母親もこの学園の卒業生で、初等部の5年生から美月をこの学園に入れている。樋口佳美とはその頃からの親友らしい。
 ファイルの情報もそれだけ。特記事項なし。
 あとは、古典と社会の成績がまあまあ良い、という程度にしか俺は彼女のことは知らない。
 彼女は、本当に何でもない普通の生徒だ。
 たまたま俺と《プラーナ》が同じくらいの子というだけの理由で、彼女は最初のターゲットに選ばれ、俺は彼女を穢したわけだ。
 重たい気持ちが肩にのしかかる。
 あのとき、確かに俺は興奮していた。夢の中で彼女と口づけしたときも、彼女の胸で射精したときも、俺は男として彼女に劣情を抱き、彼女の肌を楽しんだ。
 白兎お嬢様に見られながらという、異常なシチュエーションだったことも一因だろう。頭では拒んでいた『生徒を抱く』という行為を、俺の体は正直にオスとして喜んでいた。
 そのことを言い逃れするつもりはない。
 俺は最低の男だ。彼女は、お嬢様や彩と同年代の、何も知らない少女だったのに。
 美月くんに対して、どのように俺は責任をとればいいんだろう。お嬢様はまだ終わりじゃないと言った。彼女を完全に支配しろとの命令だ。
 これ以上、彼女を穢す行為に、何の意味があるのか俺にはわからない。女として、というより人としての尊厳を、俺はまだ彼女から奪うのか。
 そして、東城由梨を支配するまで、こんなことを続けなければならないのか。 
 頭を抱えたときに、部屋をノックする音がした。

「彩です」

 この家には他に誰もいないというのに、彩は律儀に扉の前で名乗って俺の返事を待つ。
 俺は表情をリラックスモードに整え、「どうぞ」と促す。彩は手にオセロやトランプを抱えて、ひょこっと部屋に入ってくる。

「兄さん、遊んでください」

 風呂上りのパジャマに、薄手のカーディガンを羽織っていた。いつものくつろいだ格好で、ちょこんとテーブルの前に正座して、持ってきたゲームと対戦ノートを上に置く。

「あ、お仕事終わるまで待ってますから、おかまいなく」

 ニコニコと、まるで室内犬のように「早く遊んでオーラ」を出し続ける妹を、いつまでも放っておけるほど、俺は冷血な兄ではないつもりだった。

「宿題は?」
「終わりました」
「予習は?」
「しました」
「よし、じゃあオセロで勝負だ」
「はいっ」

 彩に尻尾があればいいのにな。
 こいつがパタパタそれを振る姿を想像するだけで、兄は腹筋50回はいけた。

「ちなみにですね。あと1勝で彩は通算480
勝目になります」
「そうか」

 幼い頃からのゲーム戦績を書き記したそのノートは、確かこれで12冊目になる。
 戦績の他にも「絵しりとり大戦」や「画伯対決」など、吉岡兄妹の数々の名勝負を記録した一代戦記とも言える、我が家の最重要ノートだった。

「褒美は決めてあるのか?」
「はい」

 彩はきちんと正座を直して、嬉しそうに笑う。

「彩は、兄さんに映画に連れて行って欲しいです」

 戦績の20勝ごとに、それぞれの希望する小さなご褒美が与えられるシステムだ。ちなみに100勝ごとには、記念としてちょっと豪華な景品をねだることができる。
 そのシステムのせいなのか、あるいは彩の性格なのか、お嬢様のお供で家を空けることが多い俺なので、退屈しないようにと携帯ゲーム機などを買ってやっても、彩はそんな一人遊びよりトランプやチェスのようなものを好んだ。

「わかった。勝ったら映画な」

 彩は、「ありがとうございますっ」と見えない尻尾を懸命に振り、景品リストの480勝目の欄に「兄と映画」と達筆な字で記入した。
 よく見ると彩の景品リストは、300勝目あたりから「兄とTDL」とか「兄とお好み焼き」とか、兄という字でばかりでゲシュタルト崩壊しそうになっていた。
 まったく。そうやって兄とばっかり遊んでたら行き遅れてしまうぞ、彩。
 俺はお前を嫁に出すまで、結婚しないつもりなんだからな。

「では、勝負です」

 兄の心配も知らずに、彩は楽しそうにオセロを並べる。その無邪気な笑顔に、今日の篠原美月の姿が一瞬重なって、自分に吐き気がしそうになった。悪い油断だ。

「さーて、あと一勝だからと言っても、俺は簡単には負けないぞ」

 俺は彩に気取られないよう、歯を見せて笑う。
 だが、そんな俺をいつも簡単に見透かすのが、この妹だった。
 俺の顔をじっと見つめて、彩は微笑む。

「……はい、兄さんは誰にも負けないです。誰よりも強い人です」
「え?」

 なにやら、急におかしなことを言って、彩は恥ずかしそうに視線を落とした。
 俺は間の抜けた返事しか出来ない。彩は方眼模様の盤面に、コトンと白を上にして置いて、続けた。

「兄さんに何があったか、彩は聞きません。でも彩は、兄さんの仕事をいつも誇りに思っています。どんなことがあっても、兄さんを信じて支えるつもりでいます。……家族として」

 ちらりと俺の顔を見上げ、恥ずかしそうにまた彩は顔を伏せた。俺は、きっとアホみたいな顔をしている。

「だから、兄さんも小さいことなんて気にしないで、したいことを思いっきりしてください。彩のことなら心配いりません。自分の足で、兄さんについていきますから」

 ――胸が詰まった。
 みっともなく目が潤んでしまいそうになって、唇を引き締めた。
 まったく、困った妹だ。人がせっかくポーカーフェイスを気取っているというのに、どこからこいつは俺の弱音を見つけてくるんだ。
 ついこないだまであんなに小さかったくせに、まるで母親みたいなことを言いやがって。

「……映画の後は、何食べたい?」

 俺は声が震えないよう、必死に堪えながら言った。
 彩は、一瞬戸惑ったようだが、すぐに小首を傾げながら答える。

「えっと……イタリア系?」
「それじゃ、それをおまけに付けようか。今日は良いことがあったからな」
「ありがとうございますっ」

 彩は嬉しそうに笑って、景品リストの達筆な「兄と映画」の後ろに、「からのイタリア~ン☆」とだらしなく字を躍らせる。
 白兎お嬢様に仕えると決まった日から、どんなことでもやると決めていた。彩には言えないようなことだって、何でもしてきた。
 今までそれを恥と思ったことはない。でも、まだ覚悟が足りなかったらしい。
 もう一度、覚悟を改めよう。彩も白兎お嬢様も、俺の大事な人たちだ。
 彼女たちのために、俺は誇りを持ってこの手を汚そうじゃないか。
 
「今なら鯛焼きも追加してやってもいいなー」
「え、待ってください。それも書いちゃいますよ? もう取り消せませんよ?」

 対戦の手を止めて、いそいそと「(鯛焼き付きかも!)」と付け足す彩に、頬が緩む。妹のご機嫌な笑顔に、俺の鬱な気分まで吹き飛んでいた。
 まったく、これじゃまるでシスコンみたいじゃないか。みっともない兄貴だな。

 ―――などと、舞い上がってたせいかもしれない。
 あれほどフラグを立ててたというのに、俺はうっかり圧勝してしまったのだ。

「……兄さんは、彩を映画に連れて行きたくないんですか」

 テーブルの上に突っ伏して、彩は恨みがましい声で言う。

「すまん、もう一度やろう。次はちゃんと手加減する」
「手加減ってなんですか。彩はどうせ下手っぴですか。いいです。手加減してもらってまで行きたいなんて思ってません」
「違う、今のは間違いだ。もちろん俺は手加減なんてしないぞ。よし、じゃあ今度は神経衰弱で――」

 一度ふてくされると彩は面倒だ。次は彼女の得意なゲームで再戦しようとトランプを取り出したところで、俺の携帯電話が鳴った。
 このメロディは、白兎お嬢様からだ。
 
『死ね』

 というタイトルだけで、本文のないメール。
 いつの間にか顔を上げてた彩が、また俺の顔色を読んでしまったのか、「お嬢様ですか?」と心配そうに声を潜める。
 あいまいに頷くしかできなかった。

「……白兎お嬢様が、兄さんの助けを待っているんですね。それじゃ、彩はスーツの用意をしてきますっ」

 ぴょこんと立ち上がった彩は、さっきまでの不機嫌を嘘のように隠して、俺のスーツを取りに行く。
 ブラシをかけて、ほつれをチェックして、ボタンの緩みもないか1個ずつ確認する。

「おっけーです。いつでも発進できますよ、兄さん」

 どんなに急でも、いきなり何日も家を空けることがあっても、俺が仕事に行くとき、彩が寂しそうな顔をしたことはない。
 こいつは俺の顔色の裏まで読んで心配してくれてるのに、単純な兄は、いつも妹の笑顔に励まされるだけだ。

「……あぁ、行ってくる」
「はい」
「やっぱり彩は最高の妹だな」
「か、からかわないでください!」

 もちろん、からかってなどいないが。

 めちゃくちゃになったベッドの上で、お嬢様の泣き濡れた瞳が、俺を鋭く射貫いた。

「……何しに来たのよ」

 台風の被害状況を確認しにきました。
 と、正直に答えれば、荒れ狂う暴風雨は進路を俺向きに変えてしまう恐れがあるので、俺は手にしたホットレモネードを掲げた。

「お喉が渇いているのではないかと思いまして」

 倒れたナイトテーブルを起こして、カップを置く。お嬢様は見向きもしてくれない。

「……そんなもの、頼んだ覚えはないわ」
「はい、申し訳ありません」

 今回の台風は、主にベッドを中心に荒れ狂ったらしい。
 割れ物が間接照明くらいしかなかったのが幸いだ。前回、バスルームで荒れたときは最悪だったからな。
 先に吹き飛ばされた照明のガラスを拾おうと屈んだら、上から「ボスン」とクッションが飛んできた。

「……バカ」

 第2、第3のクッションは次々と飛んでくる。俺はそれを黙って胸で受け止める。

「バカッ! バカバカ! なんなのよ、もう! むかつく! むかつくのよ!」

 お嬢様は、手当たりしだいに掴むものを見つけては俺に向かって投げつけてくる。さすがにレモネードのカップが飛んできたときは、俺も避けさせてもらった。
 後ろの壁でカップが割れて、ようやくお嬢様の暴風も止んだようだった。

「バカ。死んじゃえ…ぐすっ…」

 まるで幼子みたいに、お嬢様はボロボロと涙を落としてしゃくり上げる。
 俺の胸も、少し痛んだ。傍若無人のお嬢様が、小さな女の子に見える瞬間だ。
 他の使用人にも、彩にだって、こんな白兎お嬢様を見せるわけにはいかない。俺は自分の携帯電話の電源を切り、『お嬢様は就寝されました』と内線で執事に伝えた。
 白兎お嬢様は、まだベッドの上で背中を震わせている。

「……なんとか公国の第2ぼんくら王子に、何かされましたか?」
「されたわよ!」

 キッと俺を睨みつけ、汚らわしいものを思い出すように、自分の肩を抱きしめた。

「ダンスに誘われて、手を握られて、腰も触られて……耳元で「アイラブユー」なんて言われたのよ! 気持ち悪い!」
「それだけですか?」
「当たり前でしょ! それ以上のことしてきたら殺してたわよ! うぅ……わ~ッ!」

 猫のように丸まり、大声で泣きじゃくるお嬢様。
 彼女は、じつを言うとかなりの男嫌いだ。いや、むしろ社交界そのものが大嫌いであらせられる。
 そして、生まれたときから社交界に生きているお嬢様は、当然、淑女らしいデートのこなし方くらい、中学に上がる前から身につけていた。
 知っていて、完璧にこなせるからこそ、こうして激しい自己嫌悪に苦しめられるわけだ。

「バカばっかり。どいつもこいつも……死んじゃえ! みんな死んじゃえ!」

 若僧の薄っぺらい政治談義や自慢話にいちいち感心し、慎ましくお淑やかに、男性のエスコートに身を任せて微笑む。
 たったそれだけの数時間が、お嬢様にとっては屈辱の地獄だ。
 俺の知っている白兎お嬢様は、卓見した評論家であり、野心家で、自己研鑽の鬼みたいな人だ。生まれ持った環境や能力に頼るだけではなく、それを最大限利用して、厳しく努力できる方だ。
 性格は歪んでいるが、少なくともそのへんのお坊ちゃまよりは、よっぽど逞しいお嬢様だと思う。
 だが、総帥や社交界の男どもは、彼女に「理想的なお嬢様」であることを期待する。
 日本の財閥のお嬢様は、慎ましい大和撫子。従順でか弱く、教養もあり、しかし男よりはバカでなければならない。
 きっと、今夜もお嬢様は総帥の期待どおりに「理想的なお嬢様」を演じて、第2ぼんくら王子を気分よく帰らせたのだろう。自分自身に嫌気を感じるほど、完璧に。
 誰よりも自信家で、潔癖症で、それでいて総帥の狙いも桐沢家の利益も深く理解できしまうほど聡明だから、余計に苦しむんだ。

「もういやよ……なんなのよ、もう……ぐすっ」

 女子校でのお嬢様然とした振舞いはむしろ楽しんですらいるのに、男嫌いばかりはそう簡単には治せない。
 俺はお嬢様の震える肩にショールをかける。ドレスの肩はむき出しで、傷一つない象牙のような白い肌だ。
 彼女はまだ少女。そのか細い首や貝殻のような耳に、いやらしくも愛の言葉を囁いたという第2ぼんくら王子には、俺も軽い殺意を覚えた。
 そしてお嬢様の手が、俺の手首を強く握った。
 顔を上げず、何も言わず。
 目の前で泣いているのは、ただの女の子だ。彼女の震えだけが伝わった。
 お嬢様が触れられる男は俺だけだ。お嬢様の専属召使いとして長年勤めている、俺だけ。
 俺は、昔のことを思い出していた。

 総帥からの直々の命令で、俺は中学を出たらアメリカに行くことになった。
 先日、血のにじむような努力の末に合格通知を受け取った高校とは別の場所だ。学問と一緒に、軍事的な訓練も受けられる特殊な施設だ。
 桐沢家に仕える男子ならば、最低限のたしなみらしい。
 俺に拒否などできるはずもなく、高校は諦めざるを得なくなった。彩も連れてはいけない。彼女は桐沢の家で、他の使用人たちの手伝いをしながら暮らしていくことになった。
 まだ幼かった彩は、俺の話を悲しそうな顔で聞いていたが、最後は「お仕事がんばってきてください」と、けなげな笑顔で応援してくれた。思えば、あのときから彩は俺に敬語を使うようになった気がする。
 しかし問題は、白兎お嬢様だった。
 いつものように、「あ、そう」と尊大にそっぽを向いたと思ったら、急に顔色を変えて、「何を言ってるのよ!」と怒鳴りだしたのだ。
 俺が説明を続けようとしても、「私は聞いていない」、「勝手なことを言うな」、とばかりで話も聞いてくれない。
 執事から「総帥のご命令です」と言われて、ようやくおとなしくはなったが、それから俺に対するあたり方はますますひどくなった。
 腹が立つことがあれば、全て俺のせいにして物を投げつけたり、怒鳴りつけたり。
 時間も関係なしに呼び出しては文句を言い、無理な用事を言いつけては、できない俺を罵倒する。
 小さな暴君となった白兎お嬢様に振り回され、俺はそのとき、アメリカに行くのが待ち遠しいくらいの気持ちになっていた。
 そして、出発する前夜。6月のことだった。
 お嬢様に、「外で待ってる」と呼び出された。時計は夜の11時。当時、お嬢様はまだ7才。外を出歩いていい時間じゃない。
 慌てて駆けつけたら、そこには、自分の背丈よりも大きいトランクケースを横に置き、片手に茶色いウサギのぬいぐるみを持って、お出かけ用の帽子をかぶったお嬢様がいた。

「家出するわよ。恭一、ついてきなさい」

 そういって、トランクケースを重たそうにガラガラ転がし、さっさと先を歩いていく。あっけに取られた俺も、ようやく事態のとんでもなさに気づいて、彼女を追いかけた。

「ちょ、ちょっと待ってください。一体どうしたんですか? こんな夜中に何を……」
「家を出るのよ。もうあんな家はこりごり。私は自由を目指すことにしたの」

 聞けば、夕食にお嬢様の嫌いなピーマンが出たからとか、そんな理由だった。
 ありえない。よりによって、どうしてこんな時に面倒を言い出すんだ。

「お嬢様、帰りましょう。こんな時間に子どもが出歩いたらだめです。おうちに帰って、歯を磨いて、ベッドに入って寝ましょう。俺が絵本を読んであげますから」
「子どもじゃないの! 今日から自立した女性なのっ。もう家のことなんて関係ないから、自由にするの。いいから、あなたがトランク持ってよ! これ重たい!」
「バカなこと言わないでください。総帥に叱られますよ。俺とお嬢様の二人で家を出たところで、どこへ行くっていうんですか?」
「それを考えるのがあなたの仕事でしょ! 何をグズグズしてるのよ。見つかっちゃうじゃない! 早くきなさいっ」

 お嬢様は顔を真っ赤にして怒る。
 もうめちゃくちゃだった。
 ここ数日、ずっとお嬢様に振り回され、かなりイライラの溜まっていた俺は、初めて我慢の限界を迎えてしまった。

「いいかげんにしてください!」

 バチンと、白兎お嬢様の頬が音を立てた。
 自分のしたことを理解するのに、少しの間が必要だった。そして、お嬢様もすごく意外だったらしく、俺たちは間抜けにも目を丸くしたまましばらく見詰め合った。

「ふ…ふえ……」

 お嬢様の顔が歪んで、大きな目にいっぱい涙が溜まっていく。口がぱくぱく開いていく。
 やばい。俺の顔から血の気が引いていった。

「うわああああああッ!」

 やってしまった。
 とうとう、いつかはやってしまうんじゃないかと恐れていたことを、あと一日我慢すれば良かったこのタイミングで俺はやってしまった。
 だが、ここで引いてはお嬢様の我がままに最後まで付き合わなければならなくなる。ここはあえて、心を鬼にしてお嬢様を連れて帰ることを優先した。

「さ、帰りましょう、お嬢様。わがままはこれで終わりです」
「やだッ! やだやだぁ! うわああああッ!」

 赤ん坊に戻ったようなひどい泣き方で、お嬢様は抵抗する。だが俺は、もう諦めて無理やりにでも手を引いていく。

「うちに帰って、ベッドに入って寝てください。風邪をひいてしまいますよ」
「やぁだぁ! 帰らないったら帰らない! 離して! 離しなさいよぉ!」
「ダメです。お嬢様は帰ってください。俺は明日から行かなきゃならないところがあります。これ以上は付き合ってられません」
「ヤダって言ってるでしょ! 私はもう家には帰らないのっ。私の面倒見るのがあなたの仕事なんでしょっ。ちゃんと仕事しろ、バカァ! わああああッ!」

 泣くわ騒ぐわ、蹴り入れてくるわ。
 めちゃくちゃだ。もう好きにしてくれって気持ちになっていた。
 でも、俺にだって仕事の責任があるし、養わなきゃならない妹もいた。
 15のガキだが、自分に逃げ場所がないことぐらいはちゃんと理解している。
 叱ってだめなら、頭を下げてでも連れ帰るしかない。

「お願いです。お嬢様にはあの家にいてくれないと困ります。頼みたいことがあるんです」
「……あぅ?」
「妹の彩が、明日から桐沢の家でお世話になることになっています。俺の代わりに、ひとりぼっちの彩を守ってやってください。こんなことを頼める味方は、俺にはお嬢様しかいないんです。お願いします」

 振り返って、ぺこりと頭を下げる。白兎お嬢様は、しばらくキョトンとしてたけど、そのうちジワっとまた涙を浮かべた。

「やだ~~~ッ!」

 ……そうだよな。そんなわけないよな。
 諦めて力ずくて連れて帰る。お嬢様も諦めたのか、わんわん泣きながらも、トランクと一緒に俺に引きずられていく。
 ああは言ったけど、俺のアメリカ行きはこれでなくなるだろう。それどころか、明日には屋敷を追い出されるに違いない。
 なにしろ、大事な大事な桐沢家のお嬢様を叩いて泣かせてしまったのだから。
 まあ、中学も卒業したし、彩だけなら力仕事でもして食べさせていけるだろう。なんとかなるさ。
 最悪なのは、もっとひどい責任の取らせ方をさせられたときだ。
 お嬢様の性格なら、その最悪もありうる。せめて彩の安全だけは、なんとかして考えなければならない。

「……少し、遠回りして帰りましょうか」

 いろいろな手段を考えても、絶望的なことばかりが頭をよぎる中、俺は最後のお勤めのつもりで、えぐえぐと泣き続けるお嬢様の小さな手を引き、二人で夜道を散歩した。

「星がきれいですね」
「……うるさい、バカぁ」
 
 だが意外なことに、お嬢様はその夜のことを総帥にも執事にも言いつけなかった。俺は何事もなかったかのようにアメリカ行きの飛行機に乗せられた。
 これは幸運といっていいんだろうか。とにかく俺は失職せずに済んでいるようだ。俺は意味もわからず安堵していた。
 そして、施設での訓練が始まる。頭の鈍い俺は、そのときになってようやくお嬢様の狙いに気づいた。

 彩が危ない。

 俺は本当にバカだ。
 鬼の棲まう館で、たった一人で人質(あるいは生贄)となっている彩の身を思うと、心が焼き切れそうだった。銃口を口に突っ込みたいのを我慢するのが大変だったくらいだ。
 しかしその施設では、最初のカリキュラムが終了するまでの1ヶ月間は外部との連絡が絶たれていた。
 リタイヤすればどうかとも少し思ったが、その場合、俺は桐沢家との約束により国籍も金もない状態でアメリカに放り出されることになる。冷静に考えると、まずは万全の状態で彩と連絡をつけるのが先決だった。無事でいてくれるならの話だが。
 ハードな体力測定と精神力のテスト。俺はそれを難なくクリアした。
 もっとひどい目に彩が遭っているかもしれないと思うと、そこでの訓練もどうということもなかった。むしろ、好成績による特権(通話時間の延長)を入手することを目標に、必死で1ヶ月をすごした。
 そして、同年代の中ではトップに近い成績で最初のカリキュラムを終え、俺は日本で泣いてるはずの彩に電話する。
 返ってきた声は、意外すぎるほど明るく弾んだものだった。
 
『―――彩。今日から私たちは友達よ。困ったことがあったら何でも私にいいなさい』 

 それが白兎お嬢様の第一声だったという。
 トモダチ? どこの国の言葉だ? そんな単語、お嬢様の辞書にあったか?
 なにやら斬新で屈折した嫌がらせでも思いついたのかと心配したが、続く彩の言葉を聞いて俺はますます驚いた。

「そんでね、おじょーさまはウサギさんもくれました」
「……まさか、あの茶色のやつか?」
「うん。なんか、きちゃないやつです」
「マジか!?」

 お前、そのきちゃないウサギは『リッジモンド公爵』といって、月のウサギの生まれ変わりである白兎お嬢様の後見人(お嬢様の中での設定)なんだぞ。なにしろあのテロ事件で瀕死のときも手放さなかったくらいだ。
 うっかりそのウサギをゴミと間違えてクビになった使用人もいる。あそこの使用人の間では、『死のウサギ』と呼ばれて恐れられている代物だぞ。
 
「彩のおまもりにしなさいっていってました」
「しろ。家の人に何かイジワルされそうになったら、そのウサギを掲げろ。必ずお前の身を守ってくれるはずだ」
「? はい、わかりました」

 しかしどういうことだ。なぜ、あのウサギを彩に持たせる。いったいお嬢様は何を考えているんだ。まさか、爆弾でも仕込んだとか!?

「そんでね、彩もおじょーさまと同じ学校に転校しました」
「なにィ!?」

 桐館女子の初等部か?
 当然ながら、莫大な学費のかかる学校だ。俺の給料で通えるわけがない。だから彩には公立の小学校に通わせていたんだ。

「あ、学校のお金はおじょーさまがいらないって言ってましたから、大丈夫です」

 まさか、そういって全部俺の借金になっているとか?
 いや、でもそれもおかしいぞ。俺は別に金だけで桐沢に縛られているわけじゃない。彩の命という、地球よりも重いものを背負ってんだ。
 今さらそこに借金が加わったところで、どうということもない。そんなことはお嬢様だって知ってるはずだ。
 じゃあ、お嬢様は何をしている? 何をたくらんでいるんだ? 全然わからんぞ。

 しかし彩がほがらかに報告する近況は、どれも彼女にとって好ましいものにしか聞こえなかった。

「おじょーさまは、いつもおやつを半分こしてくれます」
「毎朝、一緒のお車で学校へ行ってます」
「おべんきょうも教えてくれます」
「こないだ、ひつじさん(執事さん?)にナイショでふたりで花火しました」
「兄さんがくれた彩のちょきんも、でいとれっていう魔法で増やしてくれました」
「夏休みは、よーろっぱっていうところへ連れてってくれるそうです」

 一体、日本でどんな陰湿なイジメが行われているんだ?
 持ち上げてから落とす作戦か? それとも、我慢強くて賢い彩のことだから、俺に心配かけまいと嘘をついているのか?
 だが、その後も彩の報告に不審なところはなかった。
 むしろ彼女は本気でお嬢様のことを慕っている様子で、『遊園地は貸切に限りますね』とか、『馬券は3連単一点に全力です』とか、お嬢様の歌舞いた遊び方を積極的にラーニングしていく姿には、電話越しでも戦慄を覚えたほどだった。
 しかも「絶対ナイショにしてください」と恥ずかしそうに教えてくれた話によると、先日、おねしょをしてしまった彩のために、使用人にバレずにシーツを交換して洗濯して干すという難解なミッションを、お嬢様が代わってやりとげてくれたというのだ。

「なんだか、彩にお姉ちゃんが出来たみたいです。えへへ」

 というより、お前は日本有数の財閥の跡取り娘に下の世話までやらせてしまったわけだが、それについての感想が「えへへ」でいいのか?
 事ここに至り、俺はお嬢様の『遠大なイジメ計画』という可能性はないと結論づけた。
 お嬢様は、本当に彩と友達になったのだ。
 理由なら見当がつく。
 兄の口から言うのもなんだが、うちの彩は天使だ。
 氷河魔人のごとく凍てついていた白兎お嬢様の心も、彼女の笑顔なら溶かすこともできたのだろう。電話をするたびに彩が楽しげに語るお嬢様との近況は、まるで本当の姉妹(もしくは親分と子分)のようであり、俺の心も暖かくしてくれた。
 ここでよい成績を残して、頼れる男となって日本に帰ろう。そして彩と一緒に白兎お嬢様のお世話をして、仲良く暮らすんだ。
 そう決意して、俺は真面目に訓練をこなした。戦闘力も学力もコミュ能力も身につけ、差別や偏見も乗り越え、多くの技術や信頼できる仲間を得て、3年後に日本へ帰国した。
 そこに、彩の笑顔と、天使に生まれ変わった白兎お嬢様が待っていると信じて。

 そしてやっぱり、俺はバカなんだと再認識させられた。

「……ふふっ」

 ベッドの上で泣いてると思っていた白兎お嬢様は、いつの間にか俺の手を握ったまま笑ってた。
 俺を見上げたサディスティックな微笑みに、背骨がぞわりと震えた。
 
「気安く触ってんじゃないわよ。ロリコン教師」

 そう。日本に帰ってきた俺を待っていたのは、さらにドSっぷりに磨きをかけた黒兎お嬢様だった。
 俺の手を払いのけ、長い髪をさらりと泳がせ、威圧感のある視線を向ける。

「そうやって、泣いてる女に優しくすればすぐやれると思ってるの? 篠原さんにしたみたいなこと、私にもやらせようとしてるのかしら?」
「ちっ、違います。俺はただ……」
「いやらしい。ほんと、男ってどうしようもない生き物ね」

 美月くんに関しては、全てお嬢様の命令だ。だが、そんなことを言ってもお嬢様は聞く耳なんて持たないだろう。
 彼女は、俺を痛めつけて溜飲を下げたいだけなんだ。

「いいわよ。服を脱ぎなさい」

 有無を言わせない口調で、お嬢様は命令を下す。もちろん俺に拒否権などない。
 上着を脱ぎ捨て、椅子の背にかける。ネクタイをほどいて、シャツのボタンも外す。
 お嬢様は、投げ出すように足を伸ばし、クッションを背もたれにして体を沈める。そして爪の磨き具合を確かめる。
 自分から脱げと言ったくせに、俺の方を見ようともしない。彼女はいつもそうだ。命令だけして、あとは興味もないような顔をする。

「……脱ぎました」
「ん」

 下着も靴も脱いで、隠すもののない体をお嬢様に晒す。
 何度経験しても、慣れない仕事だ。お嬢様もチラリと一瞥して、「汚らしい体」と口を曲げ、すぐに目線を横にずらす。
 お嬢様の前で脱ぐのは初めてではない。もう何年も前から、俺がアメリカから帰ってきたその日から、俺は白兎お嬢様の命令で男の体を晒している。
 日本に帰ってきて、一番ショックだった出来事だ。優れた頭脳はませた成長を促すのか、当時小学生だったお嬢様の興味は、異性の肉体にも向かっていた。
 白兎お嬢様の男嫌いがすでに始まってたのが幸いだったのか、不幸なのか。
 手近で、そして唯一、嫌悪感を上回る支配欲求で満たすことのできる男として、俺は白兎お嬢様の人形に選ばれたというわけだ。
 それ以来、俺はお嬢様の気分が趣いたときには、こうして裸を晒すマネキンの役をやらされている。

「……勃起は?」

 口をへの字にしたまま、白兎お嬢様は不機嫌な声を出した。だらりと下がったイチモツ。俺は「申し訳ありません」と、抑揚なく言う。

「篠原さんのことでも、思い出したらどう?」

 挑発的に俺を横目で睨むお嬢様に、俺は重ねて「無理です」と言う。
 白兎お嬢様は、わざとらしくため息をつく。

「またエサが欲しいのね。本当に、なんていやらしい男なのかしら」

 言葉とは裏腹に、お嬢様の頬は紅潮し、わずかに瞳も濡れてきた。艶やかなドレスのスカートの裾を掴む手にも、戸惑いや緊張が見て取れることを指摘すれば、きっと彼女は烈火のごとく怒りまくるだろう。
 だから俺は言わない。
 傲慢な少女が、傲慢な態度を崩さないまま始める拙い挑発を、この目に焼き付けるだけだ。

「……い、いいわよ。あなたのエサをあげる」

 真っ白なドレスの下は、真っ白いシルクの下着だ。凝った意匠のレースが、隠された肌の白さも浮き彫りにする。
 こんなにセクシーな下着を履いていたなんて、いけないお嬢様だ。

「私の下着で勃起しなさい……。許可してあげるわ」

 ムクムクと俺のが反応して立ち上がる。お嬢様は、「はぁ…」と小さく息を漏らし、チラチラと横目を使って俺のを観察しながら、ますます頬を赤くしていく。

「本当に、どうしようもない男ね……主の下着を見て興奮するなんて、変態だわ」

 まあ、俺だって兵士やスパイの訓練は一通り受けた人間なので、自分の勃起くらい自分の意志でコントロールできる。今もお嬢様の望みに従って自分を膨張させただけだ。
 と、言い切れないのがつらいところだ。
 それとも、正直に「下着よりもあなたの表情に反応しています」と教えてやったら、この強がりなお嬢様はどんな顔をするだろうか。

「……何してるのよ。早く、自慰をしなさい」
「はい」

 俺は自分の陰茎に手を添えて、慣れた仕草で往復させる。静まり返ったお嬢様の部屋。俺の手淫がこすれる音と、俺の呼吸と、お嬢様の呼吸が重なる。

「……篠原さんのことでも考えてるのかしら?」

 やや息を弾ませてお嬢様が言う。「いいえ」と俺は答えて、さらに続ける。

「俺は、お嬢様の下着を見ています」
「……んっ」

 鼻にかかった声を出して、お嬢様はくたっと体を沈めた。持ち上げたままのスカートから伸びる足が、だらしなく広がった。

「いやらしい男……最低……私のこんな破廉恥な姿をおかずにするなんて……」

 細い指が、下着の上を這う。股間を押しつけるようになぞるせいで、形がくっきりとシルクの下に浮かび上がる。

「んっ…いやらしい……恭一なんて、最低よ……」

 びくん、びくんとお嬢様の細い体が鮎のように跳ねる。俺の手が速度を増す。お嬢様の高ぶりと波長を合わせて。

「どうせあなたのことだから、もっと見せろと言うのでしょう……。ひどい男ね。主に、こんな無礼を働いて…あん…本当なら、殺されても文句は言えないのよ。わかってるの、んっ、本当に、あなた、わかってるの?」

 お嬢様は、盛り上がっていた指の動きを一旦止め、きゅっと唇を薄く噛みしめた。
 そして、おずおずと下着の股間をずらして、中を俺の前に露わにしていく。

「あぁ……っ」

 お嬢様の股間が、使用人の前で丸見えだ。
 高校生になって少しは翳りを増した陰毛だが、まだそれでも成熟した女性ほどに濃くはない。むしろ、まだ産毛の柔らかさを残しているように見える。
 だが、ぷっくりと赤みを増して膨らんだ器官そのものは、もう一人前の大人の女のように男を惹きつけた。
 
「笑っちゃうわね……犬みたいに、目をギラギラさせて。ここが、んっ、そんなに気になるのかしら…?」

 ねっとりとした音が、聞こえてきそうな気がした。お嬢様自身の指で開かれたそこが、とろりと透明な液を垂らした。

「んくっ……はぁ……はぁ……」

 指がその表面を嬲るように撫でる。お嬢様は目を閉じ、その感覚に浸って蕩けた息を吐いた。

「すけべ、変態……んんッ。大嫌いよ、あなたなんて…はぁっ、はぁぁっ……」

 お嬢様の指は忙しなく股間を撫で回る。
 その細い指が、彼女のピンク色した肉の中に埋まっていくことはない。撫でるだけだ。
 自慰のやり方としては大人しい方だと思う。そしておそらく、お嬢様はそのことを知らないと思う。
 どんなに傲慢でサディスティックな早熟の天才でも、彼女が純粋培養のお嬢様であることに変わりはない。

「…まだ、篠原さんのことを、んっ、考えてるでしょ?」
「そんなこと、ありません……」

 そして今日は、妙にしつこく絡んでくる。
 お嬢様は唇を噛み、快楽の声を堪えながら、俺を睨みつける。

「嘘ばっかり。こっちへ来なさい」

 手は、股間をいじっている。俺も、お嬢様も。
 
「来なさいって言ってるでしょっ」

 俺は大股に一歩近づく。ドンと響く床に、お嬢様がベッドの上で軋んだ音を立てた。

「……もっとよ。こっちに来なさいと言っているの」

 さらなる接近を要求するお嬢様に、俺は逡巡する。
 距離は、じつは大事にしていた。
 こうした自慰の見せ合いは数年前から続いているが、節度と理性と健全な職場関係のために、俺はお嬢様との距離は適切に守ってきたつもりだ。
 それを今夜、越えてしまう。俺は躊躇に躊躇を重ねたあと、さらに一歩、足を進めた。
 きっと篠原美月のせいだ。彼女との出来事が、俺たちをおかしな熱に上せている。
 お嬢様のベッドのすぐそばへ、俺は自慰をしながら迫る。

「あっ…あっ…!」

 びく、びくとお嬢様が体を震わせる。俺の滾る陰茎を間近にして、口元からだらしなく唾液を一筋垂らし、股間をいじる手を挟むようにして喘いだ。

「いやらしっ……バカっ…バカァ…っ」

 お嬢様の股間が立てる音まで聞こえた。彼女が、今夜、最も接近した自慰に興奮度を増しているのがわかる。
 俺だってそうだ。お嬢様の息が、股間の濡れている音が、美しい少女のだらしなく乱れた顔が、こんなにすぐ近くにあるなんて。
 お嬢様が、俺を見上げる。今にも泣きそう顔が、俺の陰茎のすぐ近くにあって、俺は乱暴な想像にかき立てられそうな自分を必死に押しとどめる。

「まだ、篠原さんのこと考えてる……」
「考えてませんってば…っ!」
「嘘ばっかりっ。あの子のおっぱいに挟んでたときの方が、もっと気持ちよさそうな顔してたわ。私、すぐそばで見てたもの。最低よ、あなた。本当に最低よ」

 知るもんか、そんなこと。
 いいから、俺の陰茎に顔を近づけないでくれ。足をそんなに開かないでくれ。
 俺は、使用人としての節度を守りたい…!

「どうしようもないスケベね。いいわ、んっ、今夜は、本当に、特別だからねっ。んっ、今夜だけ、だから、こんなの…っ」

 お嬢様は腰を上げて、するりと下着を太ももまで下げた。
 そして、俺に背中を向けたかと思うと、ゆっくりベッドに俯せになり、尻を浮かせた。
 丸い尻を、俺に突き出すように。

「見てもいいわ。私の、お尻よ。んくっ。ど、どうなの? あなたの主に、こんな、んっ、屈辱的な格好をさせた気分は、どう?」

 お嬢様の尻は、とても白く、そしてきれいに丸かった。
 しかも、突き上げる格好をしているせいで、見せてはいけない場所まで、全てさらけ出してしまっている。
 初めて見た。白兎お嬢様の、肛門なんて。

「い、いけません、お嬢様……そんな、とこまで、男に見せてしまっては……」
「んっ、んんんっ!」

 だが、手は止まらない。目の前の光景に、俺の脳は言葉とは裏腹に、今すぐこのおかずを食い尽くせとばかりに、手淫のスピードアップをさせていた。

「あ……あなたのせいじゃない……バカっ、バカバカっ。私の一番汚らわしいとこ、見せるなんて……。あぁっ、こんなの、恥ずかしくて、耐えられないっ、あっ、あっ」

 そしてそれはお嬢様も同じだ。苦しげな体勢なのにも関わらず、興奮を指に集めて、いつもより乱暴に股間をくちゅくちゅといわせ、彼女も自慰を激しくしていった。
 肛門がひくひくと、上の口のように喘いでいる。これを「可愛らしい」と感じる俺は、やはり変態じみた男なんだろうか。
 彼女のそこから、もう目が離せない。

「どこを、見てるのよ、すけべ……あなたの主の、お尻なのよ……そんなに、ギラギラした目で見られたら、お尻、やけどしそうよ…!」
「すみません……すみません、お嬢様……でも、俺は、すごくそこが、可愛くて……目が離せそうもありません」
「くぅんんんッ?」

 お嬢様の体が、尻を頂点にしたままビクンビクンと跳ねた。そして、息を荒くさせると、俺を恨みがましい目で睨みつける。

「何を、バカなこと…へ、へんたい! やっぱりあなたは、どうしようもない男だわっ。こんなとこ…か、可愛いなんて…んっ、んくっ、はぁ、はぁ……」

 くちゅり、くちゅと濡れた音が激しくなっていく。
 互いの自慰の限界が近いことを、俺たちは悟り合う。
 乱れたドレス。はしたないポーズ。艶めかしい吐息。可憐な容姿をした白兎お嬢様が、俺の前で淫らに乱れる。
 この秘密を知る男は俺だけだ。彼女の体の、こんな場所まで見たことあるのは俺だけだ。
 そしてそれを、互いのネタにして見せ合う背徳の遊び。
 この姿も知らずにお嬢様に愛を囁いてきたボンクラお坊ちゃまたちに、「ざまぁみろ」と言ってやりたい。
 そして、そんなくだらない想像で溜飲を下げるくらいに、お嬢様に対して独占欲を抱いている自分を「愚か者」といって蹴飛ばしてやりたい。
 もう俺は、限界に…!

「んんっ、どう? 篠原さんのこと、忘れたッ? あの人の感触、まだ思い出してるの…?」

 なのにお嬢様は、まだそんなことを言っている。
 そんなの忘れていた。本気で。

「忘れました……お嬢様のお尻で、忘れました!」
「そ、そうっ! 当然よっ。今日のことは、くっ、もう忘れなさい。んんっ、あなたは、私の奴隷なんだから、他のことにうつつを抜かしている暇なんて、ないのよ!」

 奴隷、か。そうだな。そうなんだろう。
 ここまでズブズブはまってしまっては、抜け出せそうない。
 彩は、こんな俺でも笑顔で送り出してくれた。その笑顔を俺は振り払う。白兎お嬢様のアナルに視線を集中させる。
 何も考えるな。省みるな。俺は、最低の人間だ…!

「出して、いいわ…! 私にかけなさいっ。私のお尻に、かけてもいいわ。特別に、許してあげるっ」
「できません、そんなこと……お嬢様を汚すわけには…!」
「いいから、かけなさいっ。私が許可すると言ってるの。お尻に、かけるのよっ」

 出来るわけがない。
 それでも俺は、あなたの使用人だ。線はどこかで引かなければならない。
 こんなにいやらしい遊戯の中にも、守るべきルールがある。
 あなたに触れることも、汚すことも、俺は絶対にしない。

「ダメです、そんなこと。勘弁してください、お嬢様…っ」
「なん…でよぉっ。篠原にはかけたじゃないっ。顔にまでかけてたわ! だったら、私にもかけなさいっ。私が許すっていってるの!」

 ぐい。
 お嬢様が尻を立て、四つん這いになって肌を近づけてきた。
 危うく俺の先端に尻が触れそうになって、俺は慌てて腰を引く。

「かけなさい、バカァ! んんっ、あなた、私に恥をかかせる気なの! あなたの、ドロドロして、いやらしい精液、あぁっ、私にかけてもいいと、言ってるのよぉ!」

 お嬢様の小さなアナルが、指で広げられたヴァギナが、まるで俺のを飲み込みそうな勢いで迫ってくる。
 クラクラしそうな光景だ。俺が奴隷である以前に男だということを、この方は本気で忘れてるんだろうか。

「で、できません…!」
「バカ! 早く…かけてぇッ!」

 目の前が真っ白になった。同時に、お嬢様のそこも潮を吹くようにして達したのを見た。
 心臓が止まるかと思えるほど、体中の血液が沸いた。間違いなく、そう、美月くんを穢したときよりも、俺は高い快楽で達した。
 お嬢様の尻が、ベッドの上に高く掲げられたまま小刻みに揺れていた。
 その白磁のような肌に朱がさして、中央の窄まりすら貴く可憐で、俺はその光景に見とれた。
 彼女の肌は汚れていない。
 俺の精液は、俺の手で受け止めていた。

 お嬢様は、しばらくその不格好な体勢で息を整えていたが、やがてむくりと体を起こすと、俺に背を向けたまま下着をおろした。
 そして、振り向きもしないまま放り投げたシルクの下着は、正確に俺の顔面にペチリとぶつかった。

「……シャワー浴びてくる。そこで待ってなさい」

 冷淡な声だ。いつものお嬢様だ。
 さきほどまでの熱狂的な興奮は、嘘のように消え去っている。
 俺の中からも消えた。いつもの、すごく不機嫌なときのお嬢様の声で。
 
「戻ったらすぐに《夢渡り》をするわよ。用意しておいて」
「え…? でも、今夜はもう……」

 美月くんの件は明日にすると彼女は言っていたし、俺だってへとへとだ。
 なのに、白兎お嬢様は俺の弱々しい反論など聞こえてもいないようで、さっさとバスルームに向かいながら背中のファスナーを下ろす。
 ドレスが脱ぎ捨てられた。お嬢様の整った裸身が露わになって、俺は思わず息を飲んだ。
 しかし、その背中の滑らかさや髪の美しさなど堪能する前に、振り返った彼女の横顔の冷たさに俺は凍ってしまう。
 その瞳にあるのは、いつものサディスティックでもなく、男に命令する優越感でもない、純然たる怒りの感情だった。

「―――私の見ている前で篠原美月を犯しなさい。命令よ」

 俺は、なんとかに睨まれた蛙のように、息をするのも忘れた。

< つづく >

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