プラーナの瞳 第4話

第4話

 それからもコーチとの練習は続いた。
 私も立派なテニス部員になるために必死で特訓についていった。
 1人だけ裸の素振りにも慣れたし、コーチに足を押さえてもらっての股開き腹筋運動も10回できるようになった。
 コーチに寝ていただいてその上で腰を振る下半身トレーニングも「すごく上手になった」って褒めていただいたし、ご褒美のお尻マッサージは少し恥ずかしいけど気持ちよくって大好きだ。お風呂に入るよりも体がポカポカして、時々気持ちよすぎて失神みたいになっちゃうときもある。
 最近ではランニングも裸だ。それも結構恥ずかしい。それにランニングが終わったあとは、温まった体でコーチの体を温めなければならない。これも結構恥ずかしい。コーチも裸になってらっしゃるし。
 あ、お尻の穴検査はちょっと本気で恥ずかしかった。練習後のシャワーを浴びた後、ちゃんと体の奥まできれいになったからコーチにお尻の穴を広げてもらう検査だ。
 自分でも見たことのない、なおかつ体で一番汚いところをお見せするわけだから恥ずかしさもひとしおだった。しかも理由がわからないというか、ストレートな言い方をすると、テニスと全然関係ない気がするので余計に辛い時間だった。
 でも私はどんな練習も頑張ってるし、コーチも真剣に教えてくださっている。自分で言うのもおこがましいんだけど、私、テニスは上達していると思う。
 バックハンドも1人でコーチを満足していただくところまで振れるようになったし、コーチのグリップを手で擦ってワックスを絞り出すのも、タイムが上がってきている。
 ちゃんと津々良先輩(バックハンドも教えてくれたのはやっぱり津々良先輩だった。どうして白兎さんと間違えたんだろう)の期待どおりに出来ていると思う。
 今も、コーチのグリップを手ではなくお口で擦る練習を頑張っているところだ。

「んっ、んぶっ、ちゅっ、んんっ」

 コーチのグリップを初めて見たときは驚いた。だって体にくっついてらっしゃるし。でもテニスの上級者なら当然のことらしい。やはりコーチはすごい人なのだ。
 そしてこのグリップは便利なことにワックスを自分で出すことが出来る。これをラケットに塗るとつやつやなのだ。すぐ乾くのが弱点だけど。
 私はこうして毎日コーチのグリップを擦らせていただいて、ワックスを分けていただいている。他の子にはナイショだ。なんと私と津々良先輩だけの秘密なのだ。
 ごめんね、みっちゃん、むっちー。美月は悪い子です。

「んぶっ、ちゅっ、じゅぶっ、ずずっ」

 コーチのグリップは先っぽが丸く膨らんでいて、そこを丁寧に舌でマッサージすると喜ばれる。グリップは裏側の方がやや柔らかくて敏感らしい。予備の小さなボールが二個入っているあたりから、先っぽの膨らみと繋がっている筋を、チロチロとくすぐって差し上げるのも一興だ。
 気持ちよさそうな吐息を漏らすコーチに、ついつい私まで甘い気持ちになってしまうのだ。

「はいはい、上手上手。あと唾液をたっぷりまぶして手で擦るのも忘れないで」
「はい、津々良先輩」
「フン」

 津々良先輩はベンチに寝そべり、私のご奉仕をつまらなさそうに見学している。
 いつも私の練習に付き合っていただいているのだが、最近はどうも飽きているように見えた。いや、もちろん先輩がそのようないい加減な方ではないのはもちろんだけど、なんとなく退屈そうだし、なんとなくイライラしているようにも見える。
 私のお口の練習に時々は指示していただけるけど、あとはつまらなさそうに雲を眺めてラケットをギターのようにかき鳴らし、カントリーソングの一節を口ずさんでらっしゃるだけだ。心はどこかへ旅に出てらっしゃるようだった。
 お暇なら、私と一緒にコーチにご奉仕していただけないだろうか。あのバックハンドを教えてくださった日以来、津々良先輩は私に実践を見せてくださらなくなった。コーチにも「二度とあんなことしてあげないから」と不機嫌そうに宣言してらっしゃったし、私としては寂しい限りだ。コーチはどうして津々良先輩を引き留めてくださらなかったんだろう。
 
「んっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぷっ、ちゅぷっ!」

 いけない、今はご奉仕に集中しなきゃ。私は先っぽに吸い付き、舌も使って吸うのと舐めるのを素早く繰り返し、右手でグリップの根元をコスコスして差し上げた。
 ぐぐっと先っぽが膨らみ、ワックスが出て来る予兆を感じると、私は大きく口を開けて舌も伸ばし、コーチのワックスをキャッチする体勢を作った。そして両手でグリップを握り、先端から根元まで振り幅を広げた。

「ひゃん!?」

 びゅ、びゅってコーチの先っちょからワックスが飛び出した。来るのはわかってるのに、なぜかいつもその熱さと勢いに驚いてしまう。
 口の中に収まりきらなかったワックスは私の唇や鼻、まぶたや髪の毛まで飛び散る。いっぱい口を開いて出来るだけ受け止め、最後の一滴が出るまで絞って差し上げる。ぽたりと舌の上に落ちたのをすくい、割れ目から滲むワックスをチュッと吸い取り、グリップの中に何も残らなくなるまで吸い取って差し上げる。

「れぅ……」

 そして、口の中に溜まったワックスを手の上に吐き出す。
 今日もいっぱいいただけた。えへへ。思わず笑みがこぼれてしまう。
 ありがとうございましたとコーチに頭を下げ、自分のラケットを取り出す。そして手のひらにべっとり乗ったワックスをラケットに塗り込んでいく。
 コーチのワックスがたっぷり染みこんだラケットが私の宝物だ。練習前にスンスン匂いを嗅ぐとすごくやる気が出る。もうコーチのワックスの匂いしかしない。私の大好きな匂い。嗅ぐだけでうっとりしちゃう。

「ねえ、それってどんな味するの?」

 津々良先輩は、ベンチの上にうつぶせになり、唇の端に付いたワックスをガット周りに塗り込む私を見ていた。

「えっと、イチゴにかけるミルクのような……甘くて濃い味です。ミルクジャムにも似てます」

 津々良先輩はご存じないのだろうか? 2年生だし、すごくテニスに詳しいのに。
 なぜか目を丸くしてらっしゃった。

「え、そんなに美味しいの?」
「はい、とっても! きっとお紅茶にもよく合うと思います!」
「いや違います。あくまで彼女のイメージです。本物はすごく臭くてまずいという噂です」

 コーチはなぜか真逆のことをおっしゃり、津々良先輩は「なーんだ」と両腕の上にあごを乗せた。
 全然そんなことないのに。とっても美味しいのに。
 指先についたワックスをしゃぶる。んー、甘い! ぞくぞくしちゃう!
 本当のこと言うと、ラケットに塗るのもったいないと思うときもあるんだ。薄めに焼いたクッキーに乗せたら、きっと何枚でもいけちゃう。

「……本当に美味しいの?」
「はい!」

 津々良先輩は、私の顔をじっと見て、「髪の毛にまだ付いてるわ」とおっしゃった。

「え、すみません。どこですか?」
「ここよ」

 先輩の指が私の前髪を摘まむ。
 そして、先輩は指の間でにちゃりと糸を伸ばすワックスをしばらく見つめてたかと思うと、やがて意を決したように目を閉じ、口を「あーん」とお開けになった。

「はしたないマネはしないでください!」

 だけどその前にコーチがタオルで先輩の指を拭う。
 あれ? これってはしたないことなの?
 私は毎日のようにやってることなんですが。
 先輩はぷくっと頬っぺたを膨らませ、そして猛烈に足をバタバタさせ始める。

「私は退屈なの!」
「1年付き合うと言ったのはお嬢様です。飽きたのでしたら、さっさと先へ行きましょう。例の事件まであと半年ありますよ」
「むー……」

 私には二人の会話の意味がわからなかった。だからワックスをラケットに染みこませる作業を続けた。
 すると、ごろごろと体を揺らしていた先輩が、急にハッとして顔をお上げになった。
 
「面白いこと思いついちゃった!」
「えっ、思いつかないでください」

 コーチは、これから恐ろしいことが起こると知った予言者のように悲壮な形に眉を歪め、そして諦観の滲む悲しげな声で願いを繰り返した。

「……お願いですから、お嬢様は面白いことを思いつかないでください」
「ええ、私に任せておきなさい!」

 津々良先輩は、それこそがコーチに望んだ最上の答えだというように、可愛らしい笑顔を浮かべて頷いてらっしゃった。

 次の日、私たち部員は1年生も含めてコート中央に集合がかかった。

「部活動はチームプレイです。私たちは一つのチーム。コーチや部員たち間に秘密や衣服があってはいけません」

 部長の東城先輩がそうおっしゃったので、今日から私たちは全員裸になって練習することになった。

「はい!」

 むっちーもよっちゃんも、大きな声で返事をしてジャージを脱いでいく。
 私は少しショックな気持ちもあったけど、みんなと一緒にジャージを脱いだ。なんだか変な気持ちだ。一人だけ裸なのがずっと恥ずかしかったのに、みんなも裸になっちゃうと、自分だけの特権がなくなった気持ちだった。
 別に、裸が嬉しかったわけじゃないんだけど……。
 私は下着を脱ぎながら吉岡コーチのことを目で追っていた。部員も女性コーチも裸になっていく中で、吉岡コーチは服を脱がず、私と目が合うと恥ずかしそうに俯いた。
 え、別に私、コーチもジャージを脱ぐと思って見たわけじゃないです!? 違います!
 などと一人でバタバタしているうちに、他のみんなが全部脱いでしまっていたので、急いで脱いだ。
 今、裸になっていないのは、吉岡コーチと、白兎さんと、東城先輩だけだ。

「東城先輩はダメよ。あなたみたいな本物のロリコンには超危険だわ」
「はぁ、はい」

 白兎先輩はなぜか顔を赤くして吉岡コーチを叱っており、コーチは聞き慣れたお説教を聞き流すような感じで頷いてらっしゃった。

「それでは、準備体操を始めます。全員でね」
「はーい!」

 背伸びして、腕を伸ばす。よっちゃんの細い体に肋骨が浮き出る。むっちーのちょっと膨らんだおっぱいが上向きになる。津々良先輩の細い腰と形の良い胸が強調されて、他の先輩方もみんなスタイルが良いことを私は再確認した。
 両足を広げて、上体の前後屈。よっちゃん、むっちーは私と同レベルだった。つまり、そこには何も生えていない。津々良先輩とか、2年生にはうっすらと生えている方が多い。3年生はほぼ確実にみなさん大人だった。コーチのみなさんは、さらにそれをきれいな形に切り揃えてらっしゃった。本物の大人はみんなそうされるんだろうか。なんだか恥ずかしい。
 体側。上体回し。跳躍。手首足首。輪になって準備運動する私たちの周りを、白兎さんに手を引かれるコーチが観察なさっている。
 ひどくお顔の色が赤いけど、熱でもあるんじゃないだろうか。どうしよう。お気の毒に、コーチ。
 目が合うと、逸らされてしまった。どうなさったんだろう。コーチ、私、心配です。お体は大切に。

「ランニング、コート20周」

 東城先輩のあとについて、私たちは走り出す。おっぱいの大きい3年生の方々は、それをバスケのドリブルのように揺らして走ってらっしゃる。
 わあ、すごいな。私もいつかあんな風に揺れるのかな。お尻も大っきくて柔らかそう。私のはちっちゃいってコーチにも言われてるから、ちょっと羨ましい。

「桐館」
「ファイト!」
「桐館」
「ファイト!」

 私が3年生の方を見ながら走っていると、むっちーが私の方へ近づいてきた。

「ねえねえ、先輩たちのお尻って、大きくてかっこよくない?」

 まさに私もそう思っていたところだ。ブンブンと、お互い赤くなってる顔で頷き合う。

「私のお尻も、いつかあれくらいになるかな?」

 よっちゃんまで、まさに私が考えていたのと同じことを言って自分のお尻を撫でる。
 私も自分のお尻をすべすべ撫でた。吉岡コーチは一番後ろで白兎さんと一緒に私たちの後をついてきている。お願いだから、先輩たちと私のお尻を比べないで欲しいなあ。
 自然と私の手はお尻を隠すように後ろに回る。先の方を走っている津々良先輩に「篠原、ちゃんと走る」と叱られた。でも、やっぱり、コーチの目が……。

「ねえ、むっちー、よっちゃん。その、やっぱり恥ずかしいよね? 吉岡コーチは男の人だし……」
「え、どうして?」
「何が恥ずかしいの?」

 さっきまで我が意を得ていた親友たちが、きょとんと首を傾げていた。

「コーチと選手の間に秘密なんてないでしょ。私、吉岡コーチになら何でも見せられるもん。ほら」
「え、ちょっと、むっちー!?」

 むっちーは、なんとお尻をぐいっと広げて吉岡コーチに見せつけるように突き出した。
 よっちゃんまで、同じ格好でむっちーとお尻を並べた。アヒルみたいにお尻を突き出して走る二人に、吉岡コーチは「ぐはっ!?」と呻いて鼻を押さえてらっしゃった。
 えええ、大丈夫かなぁ、コーチ?

「ほら、みっきもちゃんとお見せした方がいいよ。先輩たちもホラ、みんなそうしてるし」
「え、あ、ほんとだ……」

 2年生も3年生も、みんなお尻を広げながら走っていた。やってないのは私だけだ。
 そ、そうだよね。私だって前にコーチにお尻検査を受けたことあるし、恥ずかしがることないんだよね。
 私は思いきってお尻を広げて、みんながしているように突き出してみた。なんだか走りづらいしスースーして不安なんだけど、みんなやってるんだから仕方ない。
 コーチはどんどん走るのが遅くなってきて、白兎さんがその腕を楽しそうに引っ張って走らせている。
 仲が良いんだよなあ、あの二人。時々すごく気になってしまう。私なんかが気にしてはいけないことなんだけど。でも、コーチはいつも白兎さんと一緒にいらっしゃるし。

「あ、いいこと思いついた」

 むっちーが急にスピードを落とし、「シーソーしよう」と言い出した。背中合わせに腕を組み、順番に引っ張りあげるやつだ。どうしてこんなときにって思ったけど、よっちゃんまで「しようしよう」と言うので、やってみた。

「それー」
「え、なに?」

 そして、むっちーは私を持ち上げたまま走り出した。私が二宮金次郎の薪状態で、むっちーは意外なくらい軽々と私を運んでいく。コーチは私の真正面で、きょとんとした顔で私を見ていた。私もよく意味がわからなくて、二人で首を傾げていた。

「美月ちゃん、私が足を持ってあげる」
「私も」
「え? え? なに? きゃあ!?」

 よっちゃんが私の左足を、同じ1年生の子が右足を持ち上げる。お股がぱっかぁんと開いた状態だ。そして私は為す術なくコーチの前ではしたない格好をして、みんなに運ばれていく。
 コーチは、また早口で「ふじこ」みたいなことを言って、鼻を押さえられた。

「ちょ、ちょっとみんな、何してるの、やめて!?」
「ダメダメ、みっき! ちゃんとコーチにアピールしないと勝てないよ!」
「そうだよ。私たちは、美月ちゃんの応援してるんだからね」
「……え?」

 よっちゃんが、私にウインクする。むっちーは、私を背中に乗せてるとは思えないほど軽々した足取りで私ごとお尻を揺する。

「コーチにいっぱい見て貰おう。美月ちゃんの可愛いところ」
「私たちに任せて。絶対、みっきとコーチと上手くいくようにするから」
「え、え?」

 顔がどんどん熱くなっていくのがわかった。二人の言ってる意味もわかった。
 私の気持ちが、みんなにバレてる。私が吉岡コーチに恋してること、みんな知ってるんだ。

「心配しなくていいったら。みんな応援してるの」
「そうそう。親友の私たちにナイショなんて無理よ。みっきの気持ちなんてお見通しだよ」

 どうしよう。恥ずかしい。私の恋がバレてることも、この赤ちゃんがおしっこするときみたいな格好でコーチの目の前を運ばれてることも。

「いいんだよ。吉岡コーチはこういうのが好きなんだから」
「そうそう、あの人はロリコンの変態教師の淫行コーチなんだから」

 言ってる意味がよくわからないんだけど、いいのかな? 私、この恋とランニングを続行してもいいの?
 コーチが私のことを見てくれるんなら、そりゃ私だって何でもしたいし、ちょっと恥ずかしいくらいのことは平気だと思う。だからと言っても、この格好はかなり恥ずかしいけど、やっぱり。
 でも、せっかく親友たちがここまでしてくれるんなら、私も期待に応えないと。
 思い切って、足を上げて広げてみた。もう私のお股もお尻の方まで丸見えだと思う。
 白兎さんは親指を立ててらっしゃった。コーチはますます顔を赤くして、走りづらそうに腰を落としてらっしゃった。なぜか私はそんなコーチの表情にドキンとときめき、胸がきゅんと熱くなった。
 見てください、コーチ。恥ずかしいお荷物になって運ばれる私をもっと見て。
 足をうんと広げて、お股がいっぱい見えるようにする。そしてランニングは20周も30周も超え、夕焼けにコートが染まるまで、ぐるぐるぐるぐるとシュールに続いていた。

 それ以来、私の秘密の恋はいつの間にかみんなの知るところとなり、コーチと津々良先輩だけだった私たちの練習にも部員全員が参加するようになった。

『フォア・ザ・チーム、フォア・ザ・吉岡コーチ』

 部室には新しいスローガンが掲げられ、コート内では原則裸が徹底され、練習メニューは改変された。
 私たちの中心にはいつも吉岡コーチがいて、裸族状態の私たちの練習を受け止めてくださっていた。
 バックハンドのフォームを一人ずつ確認していただく。コーチのグリップはいつもカチカチで、他の先輩や1年生のみんなも最初は上手に出来なかったから、私がお手本になってみんなの前でコーチにお尻を擦りつけたりした。
 津々良先輩も私よりも上手だったはずなのに何故か下手くそになっていて、私は少しだけ天狗になりかけてしまった。もちろん、みんなすぐに上手になってしまったので、逆に焦ってしまったけど。
 ランニングのときもみんな裸なので、恥ずかしい気持ちはどんどん薄れていった。むしろ、お尻の大きな2年生や3年生に負けないように、どうやったら一番後ろを走るコーチにアピールできるのか一生懸命考えなければならなかった。
 最初は一人でいろいろ悩んでたんだけど、そのうちむっちーがハートマークやキラキラしたデコシールを持ってきて私のお尻に貼ってくれたり、よっちゃんが得意のお裁縫でネコさんのしっぽを作ってくれたり、1年生みんなで私を担いでわっしょいわっしょいしてくれたりと、部活の前に1年生が集合して私のための会議してくれるようになった。
 台車の上に四つん這いで縛られた私をみんなで引っ張って太鼓や花火で彩るとか、どこの邪教のお祭りなのって気がするときもあったけど、でも真面目に考えてくれてるみんなにそういうこと言えないので困ったりもした。
 ワックス搾りもみんなでするようになった。
 私が先っぽの一番いいところをしゃぶらせていただいて、むっちーとよっちゃんが横からグリップを舐め舐めして、他の部員も裸の体を擦りつけたり、コーチの全身にキスをして差し上げたりと、結構派手な行事になってしまっていた。
 ワックスが出たときはみんなで奪い合いになるので、私も自分のラケットに塗るヒマなんてなく、とにかく一生懸命吸ったり舐め取ったりとポジション争いをがんばった。顔を付いたワックスをみんなで舐め合い、コーチのグリップから滲みでる残りワックスを分け合い、肌についたワックスは全身に伸ばして塗りたくる。
 当然、一度じゃ全然足りないので、コーチには何度もワックスを出していただく。だから私たちのご奉仕は数時間にも及んだ。コーチのグリップをおしゃぶりさせていただくのも好きだが、お顔を舐めるのもドキドキして好きだ。コーチの乳首もこりこりしていて、いつまで吸っててもあきない感じだ。でも夢中になってるといつの間にかワックスが噴いているので、急いでポジション取りしないと地面に落ちたワックスしか舐められないので要注意なのだ。
 テニスの基本は腰使いだ。ベンチに座ったコーチのグリップの上で交代で腰を振らせていただく。コーチの肩につかまって、お尻もコーチの手で支えていただき、真正面から向き合う形だ。顔が近くてドキドキする。お尻の割れ目に挟まるグリップが熱くてドキドキする。そのまま腰を振ると「あんあん」と自然に声が出てしまう。だからコーチは私たちの口を吸って変な声が出ないようにしてくださる。

「んっ、ちゅぶっ、んっ、ちゅう!」

 コーチは舌まで吸ってくださるので、くすぐったいし温かいしで、余計に変な気持ちになったりもする。でもそれはテニスでは普通のことらしいので、私たちは一生懸命に腰を振り、唇を吸っていただく。
 びゅ、びゅっとコーチのグリップが跳ねてワックスをお出しになる。今日は私のお尻でお出しになってくれた。腰に力が入らなくてワックス争奪戦に参加できないのは残念だけど、お尻に感じるワックスやそれを舐めるみんなの舌の熱さ、私の頭を撫でてくださるコーチの手のひらの優しさの方が嬉しかったりするので、私は疲れたふりしてコーチの胸に顔を埋める。

 大好きコーチ。
 大好きテニス。

 やがて私は2年生になった。
 部長だった東城先輩は高校に進学され、津々良先輩が次の部長に選ばれた。
 2年生のリーダーはむっちーで、なんと私がサブリーダーに選ばれてしまった。
 私には荷が重すぎるし絶対無理って言ったんだけど、むっちーが「どうしても」というので引き受けた感じだ。
 新入生自己紹介のときは、1年前の自分を思い出して緊張した。
 でも、目の前に並んでる彼女たちの方がずっと緊張してて、見ててかわいそうなくらいだった。
 大丈夫だよ。私たち、みんなの顔と名前しっかり覚えるからね。みんながテニス上手くなるように指導がんばるからね。仲良くしようね。
 1年生たちは、テニス部伝統の全裸で整列し、一人ずつ真っ赤な顔で自己紹介していく。
 小さなおっぱい。小さなお尻。どうしよう、みんな可愛いよぅ。これが先輩の気持ちか。責任感と喜びでいっぱいになる。みんなの良いお手本にならなきゃ。困ったことがないように気を配ってあげなきゃ。私たちと同じように、彼女たちにもこのテニス部のこと大好きになってもらいたい。私たちもあなたたちのこと大好きなんだよって気持ちを、感じ取ってもらいたい。
 私たちは2年生。先輩たちの助けになって、後輩たちの力になれるよう、がんばらなきゃいけない時だ。
 最近ふくらみの目立つようになってきた私の胸が、きゅんと鳴る。

「それじゃ、今日はみんなにバックハンドのやり方を教えるからね」

 フォアハンドもさまになってきた1年生の前で、いよいよ私がバックハンドの指導をする日が訪れた。
 むっちーったら、私の方が上手いからとか言っておだてて、全部私に押しつけたんだ。もう、こういうの緊張するのに。
 でも私が緊張したり恥ずかしがったりしてたら、1年生たちも不安になってしまう。笑顔大事だ。そして、てきぱき動かなきゃ。

「まずはこうして、お尻をぎゅっとコーチに押しつけます」

 コーチに立っていただいて、腰にお尻を擦りつける。
 上下に緩やかに、たまに左右に揺さぶって。

「んっ、グリップの形を感じて、んっ、んっ、コーチのワックスが出やすいように、うんっ、お尻で、挟むようにして差し上げるのっ」

 ある程度やってみせたところで、一人ずつ実践していってもらう。
 1年生たちの動きはまだ不器用で、それにお尻も私より小さい子ばかりだった。
 去年まで小さくてコンプレックスだった私のお尻は、コーチに鍛えていただいてきたおかげで丸く形も良く育って、今では秘かな自慢にもなっていた。じつをいうと、さっきから後輩たちがチラチラ私のお尻を見てため息をついていることにも気づいている。
 ふふっ、大丈夫だよ。コーチのご指導に任せていれば、みんなもきっとこのくらいのお尻には育てていただけるから。私のお尻がその証拠だよ。

「一緒にやってみましょうか?」

 不安そうにお尻を揺する1年生の隣で、私も一緒にコーチのグリップにお尻を押し当て、並んで擦る。
 最初に私にバックハンドを教えてくださった津々良先輩と同じように。

「んっ、んっ、そう、後ろに突き出すようにして、上、下、上、下って」
「は、はい……」

 隣の子の緊張が私にも伝わってくる。
 その細い背中に手を回し、励ますようにしてお尻の動かし方を教えていく。1、2、1、2。慌てなくていいよ。ゆっくり覚えていけばいいんだよ。

「時々でいいから、んっ、コーチのお顔を、見上げて? ちゃんと気持ちよいお顔をなさっているかどうか、んんっ、確認すること忘れないでね」
「は、はい!」

 そうするとコーチは、いつも少し困ったような笑顔で、でも気持ちよさそうにお鼻をぴくぴくと震わせてらっしゃるんだ。
 ほら、私の大好きなお顔だよ。だから大丈夫。あなたのお尻は気持ちいいんだよ。コーチはロリコンで淫行が大好きな人なんだよ。その調子で頑張ろう。

「グリップを、うんっ、えぐるようにお尻を回すの。ぐるぐる、ぐるぐるって。あん、そう、このまま、んっ、ワックスがぴゅぴゅっと出るまで、一緒に続けようねっ」
「はい!」

 新1年生のお味はいかがですか、コーチ?
 みんながコーチ好みのお尻に育つよう、私もがんばって指導しますね!

 ――俺に軍隊経験がなかったら、正気を保つことすら難しかっただろう。

 それくらい狂った1年間を美月くんの夢の中で過ごした。
 お嬢様は「部活プレイ」というアイディアをいたく気に入り、俺がどれほど叱ってもそれをやめようとはしなかった。まさに暴走機関車だった。
 しかしそのおかげというか、問題の時期が訪れるまで俺たちは退屈も平穏もなく、あっという間に過ごすことが出来た。
 はたしてこのハレンチな遊びが本当にプラーナの支配に必要な期間だったのかどうかは疑問だが、とにかくゴールは目の前に見えている。
 美月くんが入部して1年と4ヶ月後。彼女は2年生になり、この夢の中とは関係のない現実の過去においては、プレイヤーとしても平凡な一般部員だった。
 一方で高等部に進学し、そこでまたテニス部に勧誘されて入部していた東城くんは、1年生にして全国大会への出場を決めていた。
 中等部時代にも全国を経験していた彼女だったが、まさか進学して数ヶ月で全国高校レベルにまで成長するとは驚きだ。素人の俺でもその非凡さは理解できる。さすが底なしのプラーナの持ち主だと。
 そして学部が変わって接点がなくなった二人だが、今日、久しぶりの再会をする。
 高等部との親善交流だ。
 テニス部では年に数回、中等部と高等部の練習を合同で行っている。主に中等部部員の技術向上を目的にしているが、学舎も寮も変わってめったに顔を合わせることのなくなった先輩後輩たちの再会の場面は、女の子同士の世界というか、お淑やかで知られる桐館学園の生徒たちですらキャアキャアと華やぎ、にぎやかなものとなっていた。
 感極まって泣き出す子たちもいる。だが、部長の津々良君まで泣き出したのは意外だった。

「東城せんぱ~い!」
「つ、津々良さん? どうしたの、あなたまで?」
「私、私、東城先輩がコートにいないと、毎日寂しくて、心細くて……私なんかが部長で本当にいいのかなって……うえ~ん!」
「大丈夫よ。もう、あなたなら大丈夫。良い子だから泣かないの。よしよし」

 どちらかといえば芯の通って逞しいイメージだった部長の豹変に、東城くんはもちろん、他の部員も美月くんも唖然としていた。そして、しばらくは二人っきりにしてやろうという雰囲気になっていた。
 新部長である津々良君は東城くんのことを誰よりも尊敬し、愛していた。これが事件の一つのキーだ。
 東城くんは中等部にとっても高等部にとっても、全てのテニス部員の誇りだった。これがもう一つのキー。
 本来なら東城くんは目前に迫った全国大会に向けての練習に集中するべきで、親善交流のような場には出る必要もない。だが彼女自身がこの日を楽しみにしていて、可愛い後輩の指導に張り切っていた。
 再会の感動が静まった頃、いよいよ合同練習が始まる。
 俺とお嬢様はこのとき起こる事件を美月くんの記憶を通して知っていた。面白い場面じゃないので、目を逸らすようにして過ごした。
 でも、あの二人の位置が近づくのを見ると、どうしても体が動きそうになった。

「無意味よ。ここで止めても事実や過去が変わるわけじゃないわ」

 白兎お嬢様は、つまらなさそうに言い捨て、ベンチに深く身を沈めた。
 2年生に進級した頃、現実のお嬢様も一度髪を切っている。長かったツインテールは、今は肩ほどの位置で切り揃えられていた。
 その髪を泳がせるようにして、お嬢様は空を仰ぐ。絵心のある者なら、筆を握らざるをえない横顔を見せて。

「誰も避けることはできないの」

 そしてコートに悲鳴が響き渡り、お嬢様は静かに目を閉じた。
 憧れの東城先輩の前で張り切っていた美月くんが、ラケットを滑らせて、その東城くんの腕に打撲を負わせてしまったそのときに。
 

 地獄みたいな毎日だった。
 誰も、東城先輩ですら、私を責めようとしないのが辛かった。
 むっちーとよっちゃんは今日も部活に私を誘ってくれた。でも、私にはどうしても行くことができない。ラケットを握るのが怖かった。眠れなくて、何度もあの日の自分を後悔して、ポカポカ頭を殴っては一人で泣いた。
 東城先輩は全国大会に出かけたと聞いた。腕のケガはもう何ともないって、そう言ってたらしい。私のことまで心配してくれてたらしい。でも、それが東城先輩の優しさだってことくらい、いくら私がバカでもわかる。腕は痛いはずだ。満足な試合なんて出来ないはずだ。
 寮の部屋に一人でこもっていた。
 放課後になると、もうどこにも行く元気が残ってない。東城先輩のことが気にかかり、自分のしたことに泣きそうになり、授業も手につかない。過去を取り戻せる奇跡があるなら、私は何だってする。魂だって捨てる。
 そんな都合の良い話なんてあるはずがないことくらい、わかってるけど。

「篠原!」

 どん、と扉が叩かれた。津々良先輩の声だ。私はびくんと飛び跳ねた。

「部室に来い!」

 あの日以来、一言も口を聞いてなかった部長の厳しい声。良くない知らせだということはすぐわかった。足が震えた。でも、逃げる口実なんてのを用意する資格すら私にはない。
 部室には津々良先輩しかいなかった。夕焼けが向かい合う私たちの足元を四角く照らしていた。沈黙は永遠と思えるくらい長く重たく続いた。
 やがて、部長が口を開く。

「……東城先輩は」

 肩が震えた。頭ががんがん鳴った。
 貧血を起こしたみたいに、顔が冷たくなった。

「初戦で、1ゲームも取れずに敗退されたわ」

 膝から力が抜けて崩れ落ちる。
 心のどこかで頼りにしていた希望にも裏切られ、私は立っていることも出来なくなった。
 涙がどんどんこぼれて止められない。津々良先輩も泣いている。このまま涙になって私は溶けて消えてしまいたい。胃袋がズキズキ痛くて、死んでしまいたい気持ちだった。

「……わ、たしは」

 歯が震えて上手くしゃべれない。寒くて震えが止まらない。

「もう二度と、ラケットを握りません! テニスは二度としません! ……だから、許してください、本当に、ごめんなさい! ごめんなさい!」

 津々良先輩はボロボロ涙をこぼして泣いている。両腕で自分を抱きしめ、泣いている。
 私に手を上げたい気持ちを必死で堪えているようだった。それは私のためじゃなくて、東城先輩の名誉を守るための我慢だということはすぐわかった。
 でも、できるなら、今すぐ私をぶって欲しい。

「私……テニス部、やめます……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 津々良先輩は、鼻をすすって顔を上げ、私をきつい目で睨み、「好きにしなさい」とだけ言い残して部室を出て行った。
 私は一人きりになって、声を上げて泣いた。自分が憎くて仕方なかった。何も考えたくないのに、イヤなことばかり思い出して涙が止まらなかった。
 声を張り上げて泣いた。今まで生きてきた中で、こんなに泣いたことないってくらいに。
 そして泣く元気もなくなって、死のうかなって思い始めた頃に、部室の扉の向こうで、誰かが小さな声で、「せーのっ」ていうのが聞こえた。

 バタン。
 扉が勢いよく開いて、二人の人影が夕焼けを背負って部室に入ってくる。

「あ、あれー? みっき、来てたの?」
「こ、こんなところで何してるのー?」

 ぎこちない笑顔を浮かべる、むっちーとよっちゃんだ。
 二人とも、まだ練習中のはずなのに、なぜかロッカーを開けてラケットを仕舞い始めていた。そしてむっちーは「うーん」と背伸びをしていつもの快活な笑顔を浮かべた。

「さーて、これでようやく私たちも自由の身かー。明日からは何して遊ぼっかねー」

 きょとんとする私の前で、よっちゃんまで芝居じみた感じでむっちーの肩を叩く。

「そ、そうだ! あのね、私、昨日新しいお菓子の本買ったんだ。明日、家庭科室の使用許可取って、3人で作ってみない?」
「いいねー。いっそのことお菓子同好会でも作る? 3人で自由に過ごす集まりにしようよ!」
「素敵! 私、さんせーい。その、み、美月ちゃんはどう思う? 明日お菓子……一緒に作らない?」

 少しずつ、二人の言ってることがわかってきた。彼女たち、テニス部を辞めるつもりなんだ。というより、もう辞めると津々良部長に言ってきたんだ。
 こんな私に付き合って。

「ダ、ダメだよ! そんなのダメ!」

 本当に、なんてことする人たちだ。私よりもバカかもしれない。
 むっちーは私たち2年生の期待のエースだ。団体戦レギュラーだ。よっちゃんだって、後輩に慕われるお姉さんだ。部活が楽しくなってきたって、最近すごく明るかったのに。
 絶対にやめちゃいけない人たちなのに。

「わ、私はとっくにテニス飽きてたんだって。入部のときも言ったでしょ? 友だち探しに入部しただけなの」

 むっちーは、私の手を取って恥ずかしそうに笑った。

「……みっきが辞めるなら、私もテニス続ける理由ないよ。せっかく見つけた親友を、みすみす逃がすわけないじゃない」

 私の手が、ぎゅって、両手で握りしめられる。あの日、新入生自己紹介のときと同じ強さで。

「みっきを、ひとりぼっちにするわけないじゃないっ。バカっ。一人で背負い込むな!」

 驚いて息が止まった。真っ赤な顔したむっちーが、私の手をぎゅうぎゅう握る。
 その上に、よっちゃんの白い手が重なって握られる。

「――私も」

 よっちゃんも顔が真っ赤で、恥ずかしそうに俯いて、でもはっきりとした声で言ってくれた。
 
「私の宝物も、テニス部じゃなくてここにあるんだよ」

 みんなで抱き合って、おいおい泣いた。ありがとうとごめんなさいを何回も言って、二人を力いっぱい抱きしめた。
 あれだけ泣いたのに涙ってまだ出るんだなって、ちょっと驚いた。
 そして、三人とも顔がぐしゃぐしゃなのがそのうちおかしくなっちゃって、いつの間にかみんなで笑ってた。
 お腹いっぱい、私は笑えてた。

「あなたはどう思う?」
「どう、と言われましても……」

 部室の中で、俺と白兎お嬢様はベンチに腰掛けて泣くじゃくる三人を見ている。もちろん、彼女ら認識の外なので感動の場面に水を差すようなことはない。

「私、このときの大会を録画したやつ見たの」
「そうなんですか?」

 当時中等部だった白兎お嬢様が、そんなものに興味を持つとは珍しい。
 というより、東城くんにはその頃から関心をお持ちだったということか。

「東城先輩がもしケガもなく万全の体制だったとしても、おそらくあの試合で取れたのは2、3ゲームってとこでしょうね。まあ、たまたま相手が去年のベスト8だったってのもあるけど、さすがに高校大会も全国まで行ったら、周りは英才指導受けてきたようなのばっかりなのよ」

 現実的に考えればそうだろう。あのケガは本人も言っていたとおり、たいしたものではなかった。そして桐館学園では突出したテニスプレイヤーである東城くんも、全国のトップレベルから見れば、「才能はあるが努力の足りない残念な選手」といった程度だろうと思う。
 桐館学園だって中等部から各部に複数コーチをつけたり医療スタッフを充実させたりと、設備だけならスポーツ校並なのだが、それもあくまで生徒の安全管理や情操教育のための温室的環境であって、指導力や練習量は平凡なものだ。金をかけてるわりに強豪と呼ばれるまで育った運動部はこれまでもなかった。
 だからこそ東城くんの存在は注目を集めたわけだが、いくら彼女にあり余る才能があったにしても、筋力や練習量を増やすしかないレベルにまで届いてしまえば、この学園では頭打ちだ。
 そこから先へ行きたいならスポーツ留学するか外部のクラブに移るしかない。当然、東城くんはそういった誘いも受けた。だが、テニスプレイヤーとしての将来を彼女は望んでいなかった。それよりも、桐館学園の良き生徒であることを彼女は望んでいた。
 この大会のあと、東城くんは新生徒会の書記に就任する。そして、後に素晴らしい成果を証明することになる化学部での研究を続けていくために、掛け持ちだったテニス部を退部した。
 最初からそういう約束だったらしい。高校でテニスを少しだけ続けたのは、彼女のスポーツ分野での才能の「もう一咲き」を見たがった周りの期待に応えただけだ。
 東城くんは、試合後ももちろんケガは結果に関係ないと言っただろう。少なくとも津々良君にはそう説明したはずだ。
 だが、彼女に憧れてテニスを始めた連中にとって、その事実が受け止め難いというのも理解できる。彼女の最後のプレイにミソをつけた格好になってしまった美月くんは責任を感じるだろうし、津々良君が「ケガさえなければ」という妄想に取り付かれるのもわからないでもない。
 他人がどう言おうが、結果がこのように出た以上はどうしようもなかった。

「結局、ただの茶番よね」

 俺は白兎お嬢様ほど黒兎ではないのでそこまで冷徹に彼女たちの感情を眺めることはできないが、たしかにお嬢様の言うとおり、普通に考えて美月くんがテニス部を辞める理由もなければ、天宮寺くんや樋口くんがそれに付き合う理由もない。
 ただこの状況も中学生のメンタルでは耐えがたいものではあったろうし、自分自身に悲劇でも与えなければ美月くんも罪の意識の引き下げようがなかったはずだ。それに、友人たちが美月くんの退部に連れ添った動機も、友情と同情からっていうのももちろんだが、あの部長の態度に幻滅した部分も大きいのだろう。
 桐館学園の生徒たちは潔癖だ。東城くんも、津々良くんも、美月くんも天宮寺くんと樋口くんもみんな潔癖すぎた。
 しかし、その痛々しいほど清らかさと潔さがこの学園の体質だ。つまりここは、紛れもない処女の園なのだ。
 俺みたいにひねくれて生きてきた男にはつくづく向いてない場所だと思う。まあ、それでも「茶番」と言い切ってしまうお嬢様ほどではないだろうが。

「これが彼女の現在に大きな影響を与えた過去の事件。彼女にとっての“痛み”であり、“心地よい居場所”であり、“大人”に近づけた重大な出来事なの。さて、その篠原美月の中学時代のエポックメイキングを前にして、私たちのするべきことがわかる?」
「……なんとなくですが、覚悟は一応出来てます」
「いつもどおりの煮え切らない答えね。あなたがこの日を待ちわびていたことを私は知ってるのよ?」
「これでようやく帰れるっていう安堵です。もうあんなわけのわからない特訓はこりごりでしたから」
「そういうことは特訓の成果を見せてから言いなさい。場面を、天宮寺さんと樋口さんが入ってくる前に戻して」

 美月くんの過去を巻き戻す。涙を流して抱き合う彼女たちの体が離れ、後ろ向きにロッカーの位置から部室の扉を開けて出て行くところまで戻り、そして美月くんだけが残って床に崩れ落ちた体勢に戻った。
 お嬢様は親指を傾けて部室の扉を指し、俺に外から入ってくるように促す。天宮寺くんと樋口くんの役割を、俺が横からかっさらえということだ。
 もちろん、ただ慰めて終わるわけではないだろうが。

「わかってるでしょうけど、あなたが篠原さんを口説くのに失敗しても、今度は目を覚まして逃げられるわけじゃないわよ。夢の深いところにいる彼女は、夢を自分の味方にして抵抗してくる。それがどんな形で現れるかは、私にもわからないわよ」

 ようするに、気を抜くなということだ。俺だって、1年4ヶ月も費やした時間を無駄にしたいなんて思わないさ。
 外に出て、そこで待っていた二人が登場する場面を夢から消した。子どもたちの美しい友情の世界はあっさりと終わった。
 夕焼けを仰いで、一呼吸ついて、これから自分のする卑劣な行為を夢の持ち主に詫びたい気持ちを、そっとねじ伏せる。
 俺は薄汚れた大人だ。せめて、らしく振る舞うべきだろう。詫びを入れて楽になろうなどと、都合の良い真似はするな。

「……美月くん」

 静かに部室に入ってきた俺に、彼女はぐしゃぐしゃになった顔を上げる。

「……美月くん」

 不意に名前を呼ばれて顔を上げる。逆光の夕焼けを背負って、がっしりとした人の形が、影になって立っていた。

「今、いいかな?」

 この学園に男の人は一人しかいない。吉岡コーチだ。
 私は涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭う。よりによって、一番情けないとこ見られてしまった。
 みっともない。情けない。申し訳ない。私はもうコーチにテニスを教えていただく資格もないんだ。

「す、すみません。私、私は……もう、テニス部……」
「あぁ、聞いたよ。でも今はその話はいい。そこに座らないか?」

 吉岡コーチは部室のベンチに私を座らせ、隣で私の背中をさすってくださった。
 大きくて暖かい手。私はこの手が好きだった。なでなでしていただくとすごく気持ちよかった。指でこしょこしょされるとたくさん濡れた。イク、という現象も教えてくれたのもこの手だ。
 でもこの優しくて物知りな手とも、もうお別れだ。
 コーチは、私の頭をポンポンと撫でてくれた。

「ケガをさせたのは確かに不注意だったかもしれない。でも、東城くんは自分の不注意も認めている。あれは練習中の事故だ。誰も悪くない。誰かに責任があるとすれば、俺のようなコーチや監督の立場にある人間が取るべきことだよ」

 悪いのは私一人だ。どんなお言葉をいただいても事実は変わりようもない。だから、責任を取るのは私の役目だと思う。
 コーチは、私の視線から逃げるように、困ったように下を向かれた。

「……そうだな。慰めにもならないな、こんなこと言っても。君たちは真っ直ぐだ。君も東城くんも津々良くんも、ここの生徒はみんな素直できれいな心を持っている。俺みたいなものが……本当なら、決して触れてはいけないものだ。そう思うよ」
「あ……コーチ?」

 肩を優しく抱いていただいて、思わず声が漏れてしまった。
 心がポカポカになる優しい手。そんなときじゃないってわかってるのに、胸がドキドキした。

「君たちの友情は宝物だな。俺は、絶対にそれを奪わないと誓うよ」

 コーチのおっしゃることは意味がわからなかったけど、なんだかお褒めの言葉をいただいてみたいで、くすぐったい気持ちになった。
 どこかで、誰かが舌打ちするような音が聞こえたけど。
 コーチは壁の方を見て、そして首を傾げて、また私の方へ向き直った。

「でも、君の心は俺が貰う」
「んっ……」

 そういってコーチは、私に唇を重ねられた。
 これはテニスの練習だ。私はいつものようにコーチの舌に自分の舌を絡め、ぬちゅぬちゅと動かして応えていた。
 唇に感じる息と感触で頭がボーッとなる。私の大好きな特訓だ。コーチの舌を吸うと幸せな気持ちになる。お互いの頬に手を添えて、いつまでも続けていたいと思えるような優しいレッスンを繰り返した。
 でも、私にはもうコーチにテニスを教えていただくことは出来ないんだ。それを思い出して、名残惜しい唇を離す。

「あの、コーチ。私はもうテニスの練習は……」
「違うよ。これはテニスの練習じゃない。キスだ。お互いのことを好き合っている男女のする行為だ」
「え?」

 コーチのおっしゃる意味がわからなくて、目がパチパチする。
 テニスの練習じゃなく……キス? え、これ、キスだったの?
 頭の中に、ぶわわって今までの練習の日々が蘇る。
 コーチの腰にお尻を擦りつけて振ったこと。コーチに抱っこしてもらってキスをしたこと。体をすみずみまで触っていただいたこと。逆にすみずみまで触らせていただいたこと。いえ、触るどころか、ペロペロまでしちゃったこと。
 それはとても親密な関係の男女が、秘かに行わなければならないことばかりだった。

「え……え、あの、コーチ、私…っ!?」
「わかってる。慌てなくていいよ。俺たちのしてきたことは間違ってない。俺たちは、愛し合っているんだから」

 愛?
 私とコーチが?
 いえ、私は今まで確かに一方的にコーチのことを想ってきましたが、コーチが私を?
 そんなことはありえないと思うのですが!?

「美月くん……君が欲しい」

 しかし息がかかるほど近くでコーチに囁かれ、私の体の芯はあっという間に蕩けてしまった。
 唇が再び奪われる。これはキスだ。紛れもないキス。どうしてこれをテニスの練習だなんて思ってたんだろう。私とコーチは部活の時間に何度もキスしていた。大人じゃないとしちゃいけないようなことを、みんなのいる前で、何度も何度もチュッチュとしていた。

「んっ、ちゅっ、い、いけません、コーチ、んぷっ、ちゅぷっ、あっ、ふわぁ……いけません、ってばぁ……」

 頭の中ではダメと思ってるのに、唇はコーチのキスに喜んでることバレバレだった。いっぱいキスを教えられてきた私の体は抵抗できない。コーチの舌にノックされたら私の唇はお出迎えの準備をしてしまうし、舌をなぞられると嬉しくなってボーッとなっちゃうし、いつの間にかコーチのお口を吸うのに夢中になっちゃって、「あんあん」変な声を出してしまうんだ。
 今日は特別甘かった。これはキスなんだ。コーチは私を欲しいとおっしゃったんだ。私、まだまだお子ちゃまなのに。

「気持ちいいよ、美月くん。キスが上手になったな」

 お腹の下の方がじゅんじゅん鳴ってる。コーチは私を調教してたんだ。テニスを教えてくださってたと思ってたけど、違ったんだ。
 コーチは私を、オンナにしてくださったんだ。

「あっ、やん。コーチ……」

 胸をなでなでされていた。近頃ちょっと膨らんできたばかりの私の胸。これもテニスの練習じゃなくて、えっちなことだった。どうして今まで、私はコーチに胸を見せたり触らせたり、舌でペロペロされても『これはテニスの練習』だって思い込んでたんだろう。すごくえっちなことなのに。
 こんなのダメなのに、私の体はコーチに逆らえないよう調教されていた。服をたくし上げて直接お肌や乳首を触られても、えっちな声が出るだけで、抵抗しようなんて気持ちになれなかった。

「あぁっ、あんっ、あんっ」

 お股のあたりを撫でられたときも、私はコーチの邪魔にならないように自分から足を開いていた。
 はしたない子だと思われてるに違いないけど、体が動くのを私は自分の意思で止められない。コーチの首にしがみついて、キスをしていた。首筋をペロペロ舐めて、私は、コーチのズボンの中に手を突っ込んでいた。
 熱いラケットグリップ。いや、これはテニスの道具なんかじゃない。私はどうして今までそんな勘違いをしていたんだろう。そんなはずがないのに。
 これは男性器だ。
 大きくて固い、コーチの男性器だ。
 
「あぁぁっ、コーチ…っ! ちゅっ、ちゅぷっ、ちゅっ!」

 どうして私にこんなこと教えたんですか、コーチ。
 私は何にも知らなかったのに。こんな風に擦ると殿方が喜ぶとか、先っぽが濡れてきたのは上手にできている証拠だとか、私はコーチに教えていただくまで何も知らない女の子だったのに。
 もうお嫁にはいけないですね、私。こんなこと教えてもらっちゃったら、もうコーチに囲っていただくしかないです。他の殿方の前には出られないです。
 私のこと欲しいとかおっしゃってくださいましたけど、それ以前の問題じゃないですか。私はとっくにあなたの調教済みです。コーチのオンナにしていただくしかないです。ずるいです。

「んっ、れろぉ……んちゅう……」

 私はコーチの男性器に舌でご奉仕していた。すごくはしたないことをしていると自覚している。でも、こうするとコーチに喜んでいただけるのだから仕方ない。
 両手で男性器を握って、ペロペロと舌でご奉仕させていただく。コーチは気持ちの良さそうなお顔をしていて、私のお股がまたじゅんじゅん鳴った。
 テニスの練習じゃないのに、もっと一生懸命しなきゃって気持ちになっちゃう。私は今日のために頑張ってきたんじゃないかなって、そんなこと考えちゃう。
 夢中になって私はコーチの男性器にお仕えした。唇に咥えて顔を振り、ぐじゅぐじゅっていやらしい音が鳴ってもくじけず、一生懸命にご奉仕した。
 エッチな女の子になった気分。コーチは軽蔑されるだろうか。
 でも、喜んでくれるなら私は嬉しいなあ。喉の奥につっかえるくらい飲み込んで、よだれがいっぱい出ちゃってもかまわず、私はひたすらコーチが気持ちよくなるお手伝いを頑張った。夢中になりすぎて汗かいてきたけど、絶対に途中でやめたくないから、いっぱい吸って顔を動かした。
 なんだか幸せになってきた。コーチの男性器がますます熱くなっていく。いっぱい出る予感。ワックス……じゃなくて、赤ちゃんの素が。
 そうだ。私が毎日飲ませていただいていたのは、ワックスじゃなくて赤ちゃんの素だ。私は今までずっとそれを飲んだり舐めたりラケットに塗ったり体に塗ったりしてたんだ。どうしよ。私ひょっとしてもう妊娠してるかな? でも今さらだよね。飲むしかないもんね。
 私はじゅぽじゅぽ顔を動かす。舌もいっぱい使う。またコーチの赤ちゃんの素を飲んじゃうんだ。いやしい子だと思われちゃうんだ。でも、飲ませてくれたらきっと嬉しい。私はあのお味が大好きだから。
 コーチの男性器がむくむくって暴れる。やたっ、もうすぐ出る。私はじゅうって吸い付いて、一滴だってこぼすものかとその時を待つ。
 でも、その寸前でコーチの体は私から逃げた。にゅぽんて私の口から出た男性器と唇の間に唾液の糸が飛んだ。
 せっかくの頑張りに逃げられてポカンとしている私の肩を、コーチが両手で抱いた。

「横になって」
「え?」

 せっかく、もうすぐ飲ませていただけると思ってたのに、体勢を変えられた。少し残念。
 私はベンチの上に仰向けになる。コーチはどうされるつもりなのかな。私の上に跨がって咥えさせてくれるのかな。それとも私の胸に擦りつけて体に塗らせてくれるのかな。どっちも練習したことある。でもどっちかと言えばお口でさせていただける方が好きだし自信あるんだけどな。
 コーチは、どっちもしなかった。私の下着を脱がせると、足を開かせてその間に腰を進めてきた。

「はぅぅッ!?」

 私の大事なところに、コーチの男性器がツンと頭をぶつける。
 ビリビリって、全身に電気が走った。

「コ、コーチッ!? 何を、その…ッ!?」

 まさかと思ってコーチを見上げると、コーチは私を安心させるように頬を撫で、ゆっくりとおっしゃった。

「美月くんを俺のものにする。つまり……俺たちは結ばれるんだ」

 つまり、セッ……セックスのことだ。
 言葉を詰まらせながら、コーチは続けた。
 私は、一瞬何のことがわからず、なぜかこれまでの練習の日々を思い出していた。
 お尻の穴までお見せするランニング。男性器にご奉仕する方法を必死で身につけるワックス磨き。体を使って男性器を導くための腰使いの練習。
 それは確かに一つのゴールを目指した特訓でもあった。

「で、でも、私はまだ子どもです!」

 コーチは顔を痛そうにしかめて、「そのとおりだ」と二度ほど頷かれた。
 あぁ、やっぱりコーチもそう思ってらしたんですね。そうですよ、私は子どもですよ。ストレートに同意されると、なぜか悔しいですけど。

「でも大丈夫なんだ。ここでは」

 そういってコーチはキスをしてくださった。大丈夫? 本当ですか?
 私、コーチとセックスしてもいいんですか?

「……好きだよ、美月」

 胸いっぱいに幸せが広がる。さっきまでのすごい悲しかった気持ちも、申しわけないけど吹き飛んだ。
 バラ色ってこんな色だ。私の初恋は実を結んだ。コーチは私とセックスをなさりたいそうだ。それはもちろん、喜んでどうぞって感じだ。

 でも、待って。

 大事なこと忘れるとこだった。私はまだ殿方を決めてはいけない。お祖母様たちと約束がある。
 私は実家の呉服店を継がなければならない。
 一人娘の大事な役割だ。家業を継げなくなってしまってはご先祖様にも申し訳が立たない。だから私は「好きだから」というだけで殿方にお許しすることは出来ない。結婚のお相手は、お祖母様が見つけてくださることになっている。
 どれだけコーチに求めていただくことが嬉しくても……私は、それに流されてはいけないんだ。
 決してコーチに対して二心があるわけではく、気持ちはもう固まっている。だけど、家を裏切るわけにもいかない。コーチになら何をされても良いと思ったのは嘘じゃない。生まれ変わったときは必ず最後まで添い遂げさせていただきたい。でも、気持ちだけじゃどうにもならないものも私は背負っている。
 コーチの男性器が私の女性器を広げている。その前にお祖母様に聞いた方がいいような気がする。お母様の意見も聞いた方がいいと思う。
 ひょっとしたら怒られるかもしれない。私はこの幸福感に酔って、またひどい失敗をしてしまうかもしれない。
 東城先輩や津々良先輩にしたみたいに、お祖母様や両親を悲しませるようなことをしたら、私はもう生きていけない。

 考えるだけで悲しい。

 恐ろしいくらい、悲しい。

 体の底から、何かが湧き上がってくるのを感じた。
 不気味な形をした生き物だ。お祖母様に少しだけ似てるけど、違う生き物。違う感情。
 その恐怖は、私の味方をしてくれた。
 私の不安を食べてくれるモンスターだ。

< つづく >

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