プラーナの瞳 第5話

第5話

 美月くんの小さな性器を俺の醜いペニスが広げていく。
 大丈夫……なのか? いや、これは彼女の夢の中だ。決定的な痛みを美月くんが味わうことはない。耐えられる程度の痛みを彼女が「想像」するだけだ。だから今は彼女の幼さや処女など横において、やることをやれ。
 俺はさらに彼女の中を広げる。きつい肉の感触に気持ちよさを予感する自分に嫌悪もあるが、割り切ってしまわなければこの先へは進めない。
 俺はクズだ。幼い少女を犯すクズ。これが夢の中であることに感謝して、さらに進もうと腰の位置を変える。

「……恭一」

 そのとき壁際で俺たちを観察していた白兎お嬢様が、俺の名前を呼んだ。
 おかげで俺も、興奮状態にあった脳を冷ますことができた。
 この場所にあるはずのなかった危機が背後に迫っている。
 死を纏った匂い。戦場の緊張感。
 どうしてそんなものが美月くんの夢の中に?
 その疑問に囚われる前に記憶と肉体にスイッチが入り、俺も兵士のモードに切り替わる。実際にある危機に対処するのが先。それを待っていたかのように、白兎お嬢様が「GO」を出す。

「わかってると思うけど、この世界で死んだら、私たちの魂も肉体を残して死ぬわ。だから、私を守りなさい」

 くっきりと感じられる殺気が、俺の後頭部を狙っていた。かがんだ髪先を鋭利な刃物が掠めていく。床を転がって美月くんと距離を取り、暗殺者と白兎お嬢様の間で構える。
 だが、その殺意の相手の意外な姿に、思わず足を止めてしまった。

「シュッ、シュゥッ! ヒュッ、ヒュッ…ッ!」

 姿形は、和服を着た女性だ。顔は老婆のように痩せこけ、目が異様に大きく、口はウサギのように突き出て、ボロボロの歯の隙間で不快な呼吸音を立てている。
 そして全てが艶のない黒に染まり、両手に握った包丁の刃先まで黒く尖っていた。
 人間ではない。他人を怯えさせるために作られたような、不気味で少し幼稚な怪物像。あまりにも唐突な化け物の出現に、俺は危機感というより唖然としてしまっていた。

「お嬢様……これはなんですか?」
「んー、おばあちゃんゾンビ? ていうか、この形にそれほど意味はないわよ。これは篠原さんの『怯え』ね」
「怯え?」
「そう。あなたはまたセックスでつまづいたわね。篠原さんは、今あなたと結ばれることに恐怖と疑問を抱いている。これは彼女の、祖母や母の期待を裏切ってしまうことへの恐怖と不安。自分がセックスなどするはずがないという違和感。それが『抵抗』になって現れてるのよ」

 化け物は口を菱形に開いて「シャア!」と体液を飛ばした。
 醜く恐ろしい顔が俺を真っ直ぐに睨んでいる。

「昨日はこれが出る前に篠原さんは目を覚ました。でも今は夢のもっと深いところにいるから、彼女の恐怖は、恐怖の形になって夢の中で具現化されたの。篠原さんの夢だから、恐怖も篠原さんの味方よ。悪夢は本人の命じゃなく不安を殺すために現れるの。これは、私たちを殺すために現れた彼女の刺客よ」
「ようするに、お嬢様の敵ということですね?」
「ええ、そうよ。――あなたがどうすべきか、わかってるでしょうね?」

 白兎お嬢様が『敵』だとおっしゃるなら、俺は誰であろうと排除する。体に染みついた戦闘術と経験がこの化け物を倒すためのシミュレーションを開始している。アドレナリンが俺の気分を高めに調整し、指が勝手にピクピクと動いた。
 下半身が裸の間抜けな自分の格好が気にはなったが。

「ン、ンンっ。夢の中なんだから、自分の服も武器も自分で作れることを忘れないように」

 白兎お嬢様が気まずそうにくださったアドバイスに感謝しつつ、俺は戦闘服とブーツを身に纏い、アーミーナイフを手にする。化け物は両手に包丁を握っており、こちらを牽制するように刃をぶつけて鳴らした。まるで秋田のなまはげみたいに。
 俺は、こいつの首を叩き落とすパターンを12個ほど考えてたのだが――その動作を見て、どの選択肢も選ぶのはやめた。この化け物を作ったのは美月くんで、そして、当然ながら彼女は人との闘い方を知らなかった。
 がらあきの胴体にナイフを投げて突き刺す。化け物が戸惑ったところで両手の包丁をまとめて蹴り上げ、体ごとぶつかって床に押し倒す。そして、腹のナイフを抜いて首に突き立てた。化け物は断末魔と思わしき悲鳴を上げたが、念のため、俺は突き刺したナイフごと首をひねり上げた。化け物はおとなしくなり、そのまま溶けるように消えていった。
 白兎お嬢様は、目を逸らしたまま、フゥと悩ましいため息をつく。

「まったく、あなたは本当に野蛮人ね」
「申しわけございませんでした」

 俺がお嬢様を守るために誰かを傷つけるたび、お嬢様はそう言って俺を軽蔑する。つまり、自分は決してこのようなことをしろなどと、野蛮な命令はしていないということだ。
 桐沢家の娘としては当然の嗜みである。俺はお嬢様に無礼をお詫びした。

「まあ、いいわ。これで当面の敵は排除された。篠原さんを見てごらんなさい」

 ベンチの上で彼女は泣いていた。仰向けのまま、両手で顔を覆って泣いていた。

「あんな小さな呉服屋でも、彼女にとっては大事な約束なのよ。あなたに処女を捧げることは、その約束を反故にしかねない重大な背反行為なの。彼女をどう説得するつもり?」

 ちなみに美月くんのご実家の名誉のために言い添えると、現在彼女のご両親の営む呉服店は創業130年という鎌倉の名店の一つだ。
 祖母も母も桐館学園の卒業生で、歴史ある店を脈々と継いできたらしい。一人娘の美月くんが、幼い頃からプレッシャーを抱いていたとしても不思議ではない。
 しゃくり上げて泣く美月くんの横に座り、髪を撫でる。
 細い体だ。幼い泣き顔も子どもそのものだ。彼女が必死に守りたい約束があるのなら、俺もそれを守ってあげたい。
 いくら夢の中とはいえ、一番辛かったときの記憶の中で、これ以上の無理はさせたくなかった。
 だが、お嬢様の命令は何よりも優先する。
 せめて、彼女から多くの苦痛を取り除いてやりたいと心から思った。
 偽善の笑顔で、俺は美月くんの涙を拭う。

「美月、大丈夫だ。お祖母さんやお母さんとの約束を破るようなことはさせないよ」

 ひっく、と喉を鳴らして、美月くんは俺を見上げる。

「約束する。君のしたいようにすればいい。将来まで奪ったりしないよ」
「えぐっ……本当ですか?」
「あぁ」

 白兎お嬢様は、フッとあきれたようにため息をこぼした。俺はそれに気づかなかったふりをして、美月くんを安心させるために何度も頭を撫でた。

「コーチ……ごめんなさい」

 やがて美月くんは気分が落ち着いてきたらしく、申し訳なさそうに俺にしがみついてきた。
 無理はしなくていい。俺がそういうと彼女は首を横に振った。

「無理……とかではないです。少しだけ、緊張してますけど」

 彼女の頬の赤らみは、泣いたばかりのせいだけではなかった。
 俺を受け入れる決意をしている。
 首の後ろに回っていた腕が強く締められた。彼女の心臓の音が、小さな体からは想像もできないほど大きく俺の胸を叩いていた。
 目を閉じて差し出された唇に、感謝の気持ちとともに口づけた。

「ん……」

 部活と称して何度も味わってきたキスが、いつもよりも一段と甘い。
 彼女は、泣いて中断させてしまったことに責任を感じているのだろう。労るように俺の体を撫で、唇を這わせ、俺の体に潜り込むようにして積極的な愛撫を広げていった。

「コーチ、ごめんなさい……ちゅっ、ごめんなさい……」

 再び俺のが彼女の小さな手に握られ、適度を知った強さで擦られる。
 健気で親切な彼女の性格をセックスに利用していることに引け目を感じながらも、ツボを心得た奉仕に体は素直に応じていく。
 この子に、こんな技巧を仕込んだのは俺とお嬢様だ。罪悪感もあったが、それ以上にこの一年あまりでオンナを育ててきたという奇妙な感慨と悦びがあった。光源氏を気取るつもりもないが、美月くんは、その意味でも優秀な生徒だった。

「コーチ……」

 だが、じっくりと楽しんでいる場合じゃない。というより、楽しもうとしている自分に少し嫌気を感じた。この一年あまりで、俺もだいぶ精神をやられてしまっているようだ。
 俺はロリコンじゃない。絶対に違う。
 股間に顔を埋めようとしていた美月くんを、そっと押しとどめる。
 これは儀式のようなもの。長い間ともに過ごしてきた1年4ヶ月の卒業式だ。
 おごそかに、そして速やかに済ませるべきことだ。

「あっ……コーチ」

 俺は美月くんを押し倒し、彼女の足の間に入る。彼女にもう不安の色はない。信頼しきった目で俺を見上げていた。
 まだまだ子どもっぽくて頼りない彼女のソコ。それでも成長期の一年で、最初に見たときよりも大人のそれに近づいてきた。
 入れられると思う。夢なのだから、彼女の体は俺を受け入れることが出来る。
 くちゅり。
 彼女のと俺のが触れ合ったとき、音を立てたのは彼女の器官の方だった。積極的に受け入れようとしていることが素直に嬉しかった。あとは、俺が覚悟を決めるだけでいい。

「ン……ッ!」

 狭い中をえぐるように進んでいく。処女特有の引っかかる感触はない。彼女は見た目に反してスムーズに俺のを飲み込んでいった。
 これも快楽を教えてきた成果なのかもしれない。彼女は俺との交わりに恐怖を抱いていないようだ。驚くほどすんなりと、俺たちは結ばれた。

「…………」

 白兎お嬢様は、形の良い眉のカーブを上に押し上げ、ふぅーと息を吐いた。
 美月くんは、おそるおそる目を開き、俺の顔を見て静かに微笑んだ。
 セックスをしてしまった。
 あらためて見下ろす小さな体に驚く。
 俺は、こんな年端もいかない子を抱くのは初めてだ。なのにまるで前から馴染んでいるオンナのように、美月くんは俺の腰に足を回して、続きを促すように俺の腹を優しくさすった。

「……大丈夫そうね。続ければ?」

 白兎お嬢様は、いつも以上につまらなさそうにつぶやき、床に腰を下ろした。スコートを見せるように三角に座り、あごを手に乗せてじーっと俺たちの結合部を見つめている。
 俺は、視線を二人の女子のどちらに向けていいのか迷いながら、腰を動かす。
 美月くんの中は、俺の作業を手伝うようにヌルヌルと締めつけ、そしてさらに奥へと促すように蠢いた。

「ンッ、ンッ、コーチ、あっ、ンッ、コーチ、コーチ……」

 戸惑いと快楽。美月くんはセックスという新しいレッスンを自分なりに解釈しようと、俺の動きを必死に感じる。これまでの練習が全てセックスのためだと今の彼女は知っているが、実際の経験は現実の彼女もまだだ。
 どう感じていいか、わかっていないんだろう。
 お嬢様の方をちらりと見ると、ハッとしたように顔を上げ、唇を尖らせる。

「い、いちいちこっちを見ないでいいわよ。あとはあなたの好きなようにしなさいよ」

 手の愛撫とかフェラチオとか、お嬢様にあるまじき知識はネット年増の付け焼き刃で豊富な彼女も、俺の把握している限りでは99.99%以上の確率で処女だった。
 もちろん、白兎お嬢様にアドバイスなど求めていない。むしろ知ってても口出しなどして欲しくない。
 嫌悪していなければそれでいい。お嬢様を不快にしているんじゃないかと、なぜかそんな気がしただけだ。

「ンッ、コーチ……私、あの……んんっ、なにか、した方がいいですか? んっ、教えてください、コーチ……っ、んっ、ンッ」

 美月くんの体を撫でて、快楽を送り込む。そして、彼女の耳に唇を寄せ、息がかかるようにして囁いた。

「俺に任せてくれればいい。セックスは、とても気持ちの良いことだ。君の体は、セックスに感じるように出来ている。俺たちの繋がっているところから、大きな快感が生まれているのがわかるだろ?」
「あっ!?」

 大きく口と目を開いて、美月くんの体が仰け反る。ぷっくりした胸が突き出て、小さく震えた。

「どんどん気持ちよくなる。俺とのセックスは気持ちいい。今までで一番気持ちいい。それが、俺のオンナになるということだ」
「あぁっ!? あっ! コーチ、これ……すごい! すごいの、来てます、コーチ!」

 首をがくがく揺らして、美月くんが声を大きくする。白くなるまできつく握った両拳を胸の上に置き、時折大きな波が来るのか、ビクンと体を跳ねさせた。

「コーチ…ッ! あぁ、コーチ、すごい! これ、これが…ッ!」
「あぁ、セックスだよ。愛し合う男と女のする行為だ。これから、俺と君はずっとこれをするんだ」
「んんん…っ! コーチ、コーチぃ! あ、ありがとうございます! セックス、してくれてありがとうございます!」

 俺の体にしがみつき、大きな声を上げ、美月くんは自ら腰を使い始めた。
 快楽が彼女の師匠だ。今までテニスの練習と偽って教え込んできた腰使いの、正しい使用法に彼女は気づいてしまった。器用に腰を揺さぶって、自分自身の快楽と俺へ与えるための快楽を彼女は操りだす。
 うかうかしてると俺が溺れてしまいそうだ。小さな体に覆い被さるようにして、腰を叩きつけていく。美月くんは大きく足を広げてそれを受け入れ、俺の鎖骨あたりに吸い付いてペロペロと舌を這わせる。初めてのセックスにも関わらず、これまでの練習の成果を次々にアイディアにして、彼女は俺に奉仕してくれていた。
 欲望に振り回されようとしている自分を、抑えがたくなっていく。
 中学2年生の美月くんは、懸命に俺の「オンナ」になろうとしていた。セックスで俺を満足させようと、様々なことを試みてくる。その健気な気持ちを押し流そうとする快楽に抗いながら。
 俺は彼女の中で角度を変え、速度を変え、快楽のパターンを増やしていく。そのたびに美月くんは翻弄され、そして必死に持ち直して、俺への奉仕を工夫する。
 互いを気持ちよくさせたいと、俺たちは競い合っていた。そして、セックスを加速させていった。

 「…………っ」

 ちらりと白兎お嬢様の方を見ると、顔を膝に埋めるようにしていた。一瞬、俺と交差した瞳は濡れていた。
 お嬢様には刺激が強すぎる。俺は自分を恥じた。女子中学生とのセックスに夢中になって、お嬢様のことを忘れるなんて。

「美月……体勢を変えるよ」
「ふぇ?」

 俺は美月くんの軽い体を持ち上げると、ひっくり返して俯せにした。そして小さなお尻を持ち上げ、そこに俺のペニスの先を押し当てる。

「あ、あの、コーチ、こんな格好は……にゃう!?」

 何をされるのか察した美月くんは恥ずかしそうにお尻をくねらせるが、言われる前に挿入してしまう。
 力づくで抱いてしまうには一番良い格好だ。俺は、さっさとこの儀式を済ませてしまうことにした。
 
「ああああぁぁッ! あぁっ! あぁっ! コーチ、そんな…ッ! コーチぃ! はぅぅぅん!」

 子猫のように体を丸める美月くんを、バックでガンガンと突く。
 軽すぎる彼女の体が逃げてしまわないよう、尻をわしづかみにして、やや乱暴に腰を叩きつけていった。
 彼女の体はボールのように弾み、小さな胸はちぎれそうなくらいに揺れた。気の毒に思う気持ちもある。だけど緩めるつもりはなかった。
 俺は美月くんを責め立て続ける。早く終わらせるつもりだった。
 しかし体位を変えたことを“新しいレッスン”とでも解釈したのか、美月くんの小さな尻は、この強引なセックスにも順応しようとし始めた。

「んっ! んんっ! こう、ですか、コーチ…? んんっ! あぁん! これでいいですか、コーチぃ!」

 ぐいぐいと彼女の方から腰を揺すってくる。俺の乱暴な動きに合わせて、器用に、腰を合わせてくる。
 彼女の中の締めつけもきつくなり、さらに飲み込むようなうねりも強くなり、俺の快感が増す。バックハンドの練習だと偽って教えたバックスタイルの奉仕を、尻を膣に変えた奉仕のやり方として彼女は応用し、的確にセックスの快楽を激しくさせてきた。
 上下に左右に回転させ、踊るような尻。その中心で彼女の淡い色をした小さな穴が蠢き、俺をさらに挑発する。
 一年間の学習成果というより、彼女自身にこういう才能があったとしか思えない。生真面目さと誠意が、初めてとは思えないほど積極的で献身的なセックスを彼女にさせていた。
 中学生に溺れる自分など考えたくもなかったが、もはやそこにプライドを差し込む気持ちもなくなっていた。彼女が捧げてくれる快楽に正直に感謝し、溺れる。しゃにむに腰を前後させ、多彩に揺れる彼女の尻に真っ直ぐ突き刺していく。

「コーチ、コーチっ! 好き、です、コーチ、あぁ! 私、コーチの、あぁ、コーチにものに、あぁん! 好き、コーチ、気持ちいいです、コーチぃ!」

 俺にはもう余計な口を聞く余裕もなく、ひたすら腰を動かしていた。
 美月くんが、きつく唇を噛んで俺を見上げる。真っ赤になった顔と背中。お互いの絶頂が近いことを瞳と瞳で確認した。あとはもう、獣になるだけだ。

「コーチ、コーチ……コーチぃ!」

 美月くんの爪がベンチに突き立てられ、びくっ、びくっと小さな痙攣を起こす。
 もうすぐトんでしまうだろう彼女の尻をつなぎ止めるため、俺はその柔肉に爪を立てる。
 最も深い奥をえぐって、擦りつけて、最後の瞬間を分かち合う。

 しかしそのとき、夢の時計は大きく狂い、最後の“一瞬”であるはずの時間が、ひどく緩慢な流れになった。

 止まったに等しいスピードで俺は射精を体験する。俺の先端から精液が飛び出し、彼女の子宮口に届くまでが気が遠くなるほど長い。
 俺はそのときの彼女の尻の律動すら数えられた。
 瞬間的快楽を引き延ばされ、危険なほどの快楽が俺の脳を駆け巡り、喉の奥で悲鳴をかみ殺した。

「あ、あ あ……あ あ  あ  あ  あぁあッ!?」

 美月くんの絶頂の悲鳴も、妙な間延びをして低くなっていく。
 味わったことのない強烈な快楽が脳をかき回し、下半身を蕩けさせていく。
 だがこの時間の中で俺たちは何もできずに、互いの快楽で狂うだけ。
 果ての見えない快楽の底へ、ゆっくりと、渦に飲み込まれるように墜ちていく。

「い や  あ  あ  あ  あ  あ  ぁ   ぁ    ぁ     ぁ      ぁ    」

 地獄のような快楽の正体は、彼女の愛だった。
 二人が結ばれた瞬間を永遠に感じたいと強く願ったことで、夢の時間が歪曲した。彼女はこの世界を無意識でコントロールできることを知らない。ただ純粋にそれを願ったことで、俺たちのセックスは拷問的な快感に変わった。
 快楽にあふれかえりそうな頭を抱えて、俺は絶叫する。何度も絶叫する。それでも襲いかかる快楽は俺のあらゆる思考と感覚を奪い、俺の全身をきつく抱きしめる。
 美月くんの体もゆっくり痙攣し、尻を震わせ、声なき悲鳴で絶頂を叫ぶ。何度も。何度も。彼女の目は白に埋まり、大きく開かれた唇からだらしなく唾液をこぼしていた。
 セックスに殺される。
 体がバラバラになる恐怖から逃れるように、俺は美月くんの小さな体にしがみつく。
 彼女の中でまだ脈動しているペニスがゆっくりと精液を吐き出し、そのたびに俺たちは悲鳴を上げて必死に快楽に抗った。
 永遠に続くと思える射精と絶頂。それは死を繰り返しだ。射精の狭間で俺は意識を失い、そして射精のショックで意識を取り戻す。俺は俺自身の快楽に翻弄され、蕩かされていた。
 やがてピークを過ぎた快楽が、砂に吸い込まれるようにゆっくり引いていく。力を失った俺たちの体が自然と離れ、時間は元のように動き出し、俺は尻餅を、美月くんは横倒しに尻を落とした。
 生きていることに改めて安堵した。こんなのは初めてだった。気持ち良すぎて死にかけるなんて。
 ぷくぷくと彼女の股間から俺の精液があふれ、彼女の太ともと尻を伝っていく。

「……コーチの……赤ひゃん……」

 何やら呟きながら、彼女は幸せそうな顔で寝息を立て始めた。
 ようやく終わったことを実感しながら、俺も疲れ切った脳みそにたくさん酸素を運び込んだ。
 夢の中で腹上死なんて、冗談じゃない。だが、あの長い長い一瞬のうちに、今死ねたらきっと幸せだと思うことも何度もあった。
 時間というものの恐ろしさを身をもって経験してしまった。
 夢は人にとって心地よいものばかりじゃない。とても危険な場所だということが、いろいろと理解できた。
 今後の参考には、できればしたくないのだが。

「……お嬢様?」

 びくん。
 白兎お嬢様の肩が震える。膝に埋もれていた顔がゆっくりと上がる。上気して、濡れた瞳の焦点はどこかうつろだった。
 そして彼女の股間には……テニスラケットが挟まっていた。
 俺は見なかったことにして立ち上がり、身仕舞いを整える。美月くんの裸体にジャージの上着をかけた。お嬢様も気だるそうに立ち上がり、髪の毛をかき上げた。

「……ねえ、恭一」
「はい」

 お嬢様は俺のすぐそばまで来ると、ラケットを俺の胸に押しつける。お嬢様の匂いがした。そのまま胸に添えられた指が、少しおかしな動きで俺をくすぐった。
 お互いに何も言えずに、奇妙な沈黙を続けたあと、お嬢様がぼそりとおっしゃった。

「……そろそろ帰るわよ」
「……はい」

 俺たちは目を合わせないまま、部室をあとにする。
 むにゃむにゃと口を動かす美月くんは寝かせておいた。外は夕焼け。思い出の赤。篠原美月の青春の色。
 ペンダントを握ると、彼女の夢の世界の出口は、その太陽の方角に見えた。

 白兎お嬢様のベッドの上だった。
 そして白兎お嬢様は先に目覚めていたらしく、隣で俺の顔を見下ろしていた。 
 ネグリジェからの胸元が非常に危険な開き方をしていて、俺は慌てて体を起こした。

「……ふぅ、これで美月くんの攻略も完了ですね」

 少しわざとらしいかなと思いながら、シャツを緩める。すると頭の中がふらっと回り、ごちゃごちゃになっている記憶がひとかたまり抜け落ちた感覚があった。

「急に立ち上がるとめまいを起こすわよ」

 先ほどまでのリアルな実感を伴った記憶が、途端に根拠のない非現実へと変わっていく。あれは夢だった。と、脳が必死に騙されかけていた自分を説得していく。
 ごっそりとまた記憶が落ちる。強烈な印象だった体験を残して、些事は思い出せないようになった。ボケた老人になった気分だ。
 
「夢は夢。メモリの優先順位は低いの。それでも覚えた手続き記憶は多少は残るわ。あなたが一年がかりで篠原さんに仕込んだ恋とセックスのお作法はそのままのはずよ」

 記憶と一緒に努力まで消されてしまってはかなわない。
 威張れるようなことは何一つしてないが、お嬢様の命令をこなせたことは正直、安心していた。

「でも、まだ終わったわけじゃないわ。不完全だったもの」
「え?」

 白兎お嬢様は組んだ腕の上に頭を乗せ、俺を半目で見下しながら続けた。

「あなたには本当に失望させられるわ、恭一。あんな小娘一人に何日かけるつもりなの? 私は、彼女を完全にあなたのものにしてしまいなさいと言ったはずだけど」
「いえ……俺は、言われたことをこなしたつもりでしたが」

 何やら不穏な空気になっていく深夜のお嬢様の寝室で、俺は居住まいを正して尋ねる。
 俺は、篠原美月を唆し、セックスまでした。彼女は完全に俺に気を許し、体の奥底まで許した。
 完全に――彼女を支配してしまったはずだ。
 しかし白兎お嬢様は……懐かしき15才の白兎お嬢様は、懐かしき舌打ちの調べとともに、すらりと長い足をすり合わせるように寝返りをうち、俺に背を向ける。

「いいわ、バカ恭一。続きはまた明日よ。おやすみなさい」

 すっきりしない言われように少しいらだったが、お嬢様は無言で「帰れ」と俺に命令を下しており、これ以上の無駄口はお怒りを買うだけだった。
 俺は「おやすみなさいませ」と頭を下げ、もやもやしたまま退室する。
 すでに時計は1時を回っており、館も寝静まっていた。
 靴音すらしないカーペットの廊下を歩きながら、俺は篠原美月の夢の中で過ごした1年4ヶ月を振り返ろうと努力する。
 記憶は一歩ごとにもこぼれ落ちていくようだった。しかし彼女の献身的な奉仕とセックスの快楽は、妙に色濃く残っていた。

 
 俺の寝室には、先客が寝息を立てていた。
 妹の彩だ。
 茶色いウサギを隣に寝かせ、ピンク色のパジャマをわずかに覗かせ、まるでミルクをかけたイチゴみたいにシーツにくるまっていた。

「ただいま」

 俺のことを待っていて、そのまま寝てしまったんだろう。家に帰ってきたという実感が胸に広がる。さらさらの髪の感触を楽しむ。
 たった数時間のことなのに、俺には一年ぶりの対面だ。ニヤついてしまうのも仕方ないだろう。俺は決してシスコンなどではない。久しぶりに会う家族に心から安堵するのは人間として当然のことだ。しかも彩の髪はさらさらしていて感触世界一なんだ。一晩中でも撫でていたいと思うのは誰でもそうだろう。

「……兄さーん」

 彩が小さな声で寝言を言った。しかも俺を呼んでいた。思わず息を漏らして笑ってしまう。頬も撫でてしまう。むにっと肌の感触まで楽しんでしまったら、案の定、寝ていた彩を起こしてしまった。

「……兄さん?」
「すまん。起こしてしまったな。ただいま」
「ううー」

 彩はむくりと起き上がると、俺の胸に頭を埋めた。

「お仕事終わりましたかー?」
「あぁ、終わったよ。パーフェクトだった」
「さすがは兄さんですー……」

 むにゃむにゃと眠たい声で、彩は頭をぐりぐりと動かす。

「では、一緒に寝ましょー」

 そして寝癖のついた髪を上げ、彩はにっこりと微笑む。
 まだ少し寝ぼけているのか。いつもならもう少し遠慮がちに「一緒に寝ていいですか?」と聞いてくるところなのだが、今夜はちょっと積極的だった。

「あぁ」

 もちろん、俺にも異論はない。疲れたときは、彩の体温を感じながら寝るのが一番だ。
 スーツもシャツも脱ぎ、ベッド脇に用意されていた自分のパジャマに着替え、彩が待っているベッドの中に潜り込む。
 彩は俺に背中を向けると、ぴったりと体を密着させてきた。

「兄さんのポケットに入れてください」

 カンガルーの親子みたいに、俺の胸元にすっぽりと体を埋め、彩はもぞもぞとお尻を動かして位置を調整する。
 彩いわく、世界で一番安全な場所。
 それが「兄さんのポケット」と彼女が呼ぶこの体勢だった。
 小さな彩の体は俺の体にぴったりとはまり、隙間がないくらいに密着する。俺に甘えたいとき、彩はこの体勢をよく要求した。俺の腕を枕にして、さらに安全ベルトを締めるみたいに、もう一方の腕を自分の体に回してがっちりホールドする。
 柔らかい彩の胸の感触は俺にも安心感を与えてくれる。ぎゅっと腕に力を入れると、彩も嬉しそうに息を漏らした。

「兄さん、あったかいです」
「あぁ、気持ちいいな」
「はい、気持ちいいです」

 もぞもぞ、彩は俺がいることを確かめるように、何度もお尻や背中を擦りつけてくる。ぎゅっとしてやると、そのたびにクスクス笑って、俺の腕にお返しとばかりにしがみついてくる。
 シスコンの気持ちなど俺には理解しがたいが、可愛い妹がいると幸せだということについてなら共感することも可能だ。ましてやうちの妹は世界レベルでトップを争う妹なのだから、シスコンなどという気持ち悪い人間も世には少なからずいることにも、多少は同情できなくもなかった。
 彩が俺の妹で良かったと思うし、彩の兄が俺で良かったと心から思う。俺はきっと世界で一番幸せな兄なんだろう。

「兄さんの指も欲しいです」

 彩はそういって俺の腕を取ると、人差し指をぱくりと咥えた。

「ん、こら」
「ちゅー」

 俺が軽く叱ってもやめようとしない。両手でしっかり俺の手を握り、幼児返りしたみたいに、俺の指先にちゅうちゅう吸い付いていた。
 彩は時々、こうして俺の指しゃぶりをする悪いくせがある。
 一人で長いこと留守番させてしまったときや、一緒に遊べなかったときの夜に多い。兄を親代わりにして育ってきた彩は、そんなときにもワガママや文句を言って俺を困らせたことは一度もなかったが、やはり寂しい思いはしてきているのだろう。
 しっかり者の優等生である彩の唯一の悪癖なのだが、自分が原因なのかもしれないという引け目があって、強く矯正できずにいた。

「ちゅうちゅう」

 まあ、別に他の人に迷惑をかけてるわけじゃないし、そのうち大人になれば自然に治るだろうから、今のうちは好きにさせてやってもいいさ。たまに舌でれろれろと指先を舐められるのはくすぐったいが、我慢できないほどじゃないし、妹に甘えられて叱る兄もいないだろうし。
 枕にしていた手で彩のさらさらの髪を撫でてやる。シャンプーと、少し乳臭いような匂いがする。彩は「くふ」と気持ちよさそうな息を吐いて、指を深く吸い込んでにゅるにゅると出し入れを楽しみ始めた。
 いずれ彩が大人になれば、俺以外の誰かの腕の中で、こうやって甘えるんだろうか。それを思うと残念なような、腹立たしいような想いにも駆られた。兄がこうして妹を守ってやれるのも、あと何年くらいなんだろう。

「ちゅ、ん、ちゅう、ん」

 そんな俺の気持ちも知らず、彩は唾液まみれになった俺の指を舌で掃除するように舐め、またちゅうちゅうと吸うのを繰り返す。
 こんな太くて無骨な指などしゃぶっても美味しくなんてないだろうに、彩はキャンディでも舐めるみたいに夢中になっていた。
 少しだけ意地悪してやりたい気持ちになって、彩の口の中で指を動かし、舌や頬、上あごなんかをくすぐってやる。

「んんっ!? うっ、あん、兄ひゃん…ッ」

 彩は大きく口を開け、ビクビクっと体を震わせると、「んー!」と抗議するみたいに俺の指を強く吸う。

「ちゅっ、ちゅっ、れる、兄さん……」

 美月くんのことを思うと、明日は少し憂鬱だが、今は妹の温かい口内を感じて、忘れることにする。
 俺の手を優しくさすりながら、彩は緩やかな舌使いでぴちゃぴちゃと指をしゃぶっていた。
 そんな無邪気な甘えんぼうの妹を抱きしめ、俺は幸せを実感しながら、ゆっくりと眠りに落ちていく。

「朝から体育なんて最悪だわ。しかも組体操なんて体がべたべたして気持ち悪い。べたべたして喜ぶのなんて吉岡兄妹くらいなのに」
「根拠のない断定はやめていただけませんか、お嬢様。他の人に聞かれれば俺たちが誤解されますので」

 登校の準備をしながら、お嬢様は時間割の文句を俺に八つ当たりする。
 その程度のことなら毎朝の行事なのだが、彩まで巻き込まれるのは心外だ。

「……病を持っている人って、自分の病気のことには気づかないものなのよね」

 俺にセーラーのタイを留めさせながら、お嬢様は哀れみを含んだ目で俺を見下ろしていた。
 まったく、失礼な方だな。

「まあ、どうでもいいけど。それより体育があるんだから、もっと動きやすい下着がいいわ」
「はい」

 セーラー服をひらひらさせ、レースのついた下着に包まれた尻を鏡の前で確認するお嬢様。
 その下着は選んだのはご自分なのだが、文句の行く先はいつも俺である。
 俺はタンスからスポーティなデザインのブラとパンティを選び、お嬢様に手渡す。

「ん、いいわ」

 再びセーラーを脱いだお嬢様からそれを受け取り、大胆にキャミも脱ぎ始めた彼女から背を向けて、アイロンをやり直して時間をつぶす。その間に下着を付け替えてキャミも着た彼女にもう一度セーラーを着させて、足元からスカートも通してやる。
 こういった着替えの手伝いを、いつになったらお嬢様は女性の使用人に代えていただけるんだろうか。
 最近、特にそのことを急ぐべきなんじゃないかと思うようになった。お嬢様が小学校に上がる前からしていることだし、俺自身は特にやましい気持ちなど抱いていないのだが、否が応にも下着姿を目にするわけだし、お嬢様だってもう高校生だ。使用人に対しても、恥じらいを持っていい年頃だと思うのだが。
 ……自慰まで共にしていることを思うと、なおさら早いうちにお嬢様との距離を常識的なものに修正しておくべきだった。
 美月くんの夢の中でしてきたことは、全部記憶から消えたわけではなく、強烈なインパクトを残した出来事はちゃんと残っている。
 津々良くんになったお嬢様と素股のようなことをしたとか、お嬢様が俺の精液を指にとって舐めようとしたとか、お嬢様の見ている前で美月くんにいろいろしたイタズラとかセックスとか。
 白兎お嬢様がどこまで覚えているか知らないが、夢とはいえ、主従の関係を幾度となく壊しかけた1年4ヶ月だった。できればお嬢様には全部の記憶を失っていただきたい。
 手袋をはめてお嬢様の髪をブラッシングする。髪の毛にすらキズ一つ見当たらないお嬢様に、俺は直に触れてはいけないし、男を意識させてもいけない。それが桐沢家のお嬢様に仕える者のルールだ。そして俺たちは、昔から何度もその禁忌を破っている。
 お嬢様がその気になれば俺はいつでも破滅するし、他の者に知られても当然アウトだ。
 彩はまだ中学生。兄が未成年のお嬢様に手を出してクビなどとなれば、多感な年頃の彼女をどれほど傷つけてしまうだろうか。
 というより、美月くんに関しては俺は完全に犯罪を犯している。そっちが知られれば兄妹の縁すら切られることだろう。
 お嬢様のおそばで仕事をしている限り、俺の心が安まる日はない。内心様々なことにビクついていると、おとなしく俺に髪を預けていた白兎お嬢様が、鏡越しに微笑んで話しかけてきた。

「ねえ、恭一。私、髪を切ろうかしら?」
「は。それでは予約をいつに――」

 スケジュールを頭に浮かべて行き着けの店に行ける日程を組み立てようとした俺に、お嬢様はさらりと髪をまとめて短く握り、尻を突き出すようにして前へかがんだ。

「あのときの、津々良先輩と同じショートにしてあげましょうか?」

 忘れてくださっていることを期待しても、この人には無駄だ。
 イタズラっぽく笑うお嬢様を叱る俺も、自分の顔が赤くなってることを自覚していた。

 お嬢様は1時限目が体育だとおっしゃっていたから、今ごろはシャワーでも浴びているだろう。俺も次の授業はないので、職員室で書類仕事でもするか。
 といっても、俺が教員免状を持っていないことは職員室の一部の人間にもすでに知られているところなので、たいした仕事などはない。せいぜい生徒にそのことがバレないよう最低限の授業ができるように予習をしておくくらいだ。
 桐館学園も学力レベルは高い方だが、幸いにしてほぼエスカレーター式の大学も短大もあるので、さほど受験向きの授業内容に凝り固まってはいない。英語を教えるくらいなら、俺でも一応教師の体面を保つことはできていた。まあ、いまだに担任以外のクラスでは、みんな恥ずかしそうに俯くだけでちゃんと俺の授業を聞いてくれているのかどうかも怪しいところだが。
 というより、本当に今さらなのだが、白兎お嬢様のお世話とボディガードくらいなら担任教師じゃなくてもむしろ用務員とか事務職員でもよかったような気がする。そっちの方が時間の都合もつきそうだが。
 お嬢様は、どうして俺を担任にすることにこだわったんだろうな。桐館に男性教師はいたことないと言うし、総帥も良い顔をしなかったと聞いたが。

「――ん?」

 2年生の教室前廊下で、一人の女子生徒が窓の向こうを眺めていた。
 津々良葉子。美月くんの夢の中でレギュラー出演してくれていた生徒だ。
 中学時代と同じショートカットは、あの頃よりやや長くなっている。シャープな印象を与える切れ長の目と真っ直ぐな鼻筋は、やや大人びたのか多少の柔らかさも備え始めていた。だが笑うとえくぼが出来るはず唇は、今は真一文字に結ばれている。

(……絵になる子、だよな)

 確かに美人の部類ではあるが、それ以上に眼の力強さや陰影の際立つ整った輪郭が目立ち、単に「美しい」というだけでは物足りない強い個性を感じさせた。
 ポートレート的な横顔とでもいうのだろうか。表情に物語を感じさせる。父親が彼女をモデルに写真を撮っていたのも、たんに娘への愛情ばかりではないだろう。彼女は他人の視線を惹きつける何かを持っていると、素人の俺でも思えた。
 その彼女が、憂いを含んだ表情で校庭を見下ろしている。そこには体育のために外に集まっている3年生たちがいた。
 視線の行き着く先はすぐに見つかった。なぜなら彼女も、津々良くん以上に目立つ子だから。
 東城くんは、津々良くんとは対照的に、「美しい」以外の言葉を選ぶのが難しい横顔を、クラスメイトたちとの楽しげな談笑で輝かせている。
 お嬢様と同じくらいの長い黒髪をきれいにまとめ、白い体操服は彼女の成熟した胸にぴったりと張り付いて盛り上がっている。中学時代に抜群の運動性能を証明してみせた肉体は、華奢に見えるほど贅肉がないのに、胸と尻だけは彼女の女性らしさを証明しようと躍起になっているのか、品のない言い方を許してもらえるなら「いやらしい体」と形容してやりたいくらいに発達していた。
 制服姿しか知らなかったから、まだまだ想像できていなかった。おそらく彼女は脱げば脱ぐほど美しくなっていくタイプだ。むしろ普段は、そのスタイルの良さを控えめに隠しているのだろう。美人揃いの桐館学園女子の中にあっても、体操服姿の彼女はすぐに見つけられるくらい目立っていた。
 そして、多くの同級生がそんな彼女を中心に集まっている。まるでスターを取り囲むファンの群れだ。

(カリスマ――か)

 白兎お嬢様のような後ろ盾を持たずに、ただ一人で巨大なプラーナを背負って生きてきた彼女の人生とは、どういうものだったんだろうな。
 と、俺は東城くんの姿に物思いにふけってしまい、津々良くんがこちらを見ているのに気づくのが遅れてしまった。

「あぁ、いや、君が何を見ているのか思って」

 思わず、間の抜けた口を開いてしまう。
 津々良くんは、片方の眉を器用に上げて、「そうでしたか、失礼しました」と姿勢を正し、俺に一礼をした。
 警戒心があらわだ。そりゃそうだろう。なんだかんだ目立つ存在である俺のことはおそらく既知であろうが、少なくとも俺たちはこんなところで世間話をするような仲じゃない。
 じっと俺を見上げる視線は、猫が人を警戒しているときの緊張を思わせた。じり、と彼女足がわずかに後ろに下がる。そんな仕草も猫を思わせた。
 決して彼女に嫌な気分にさせるつもりはなかったのだが。ついつい知人のように馴れ馴れしく振る舞ってしまいそうになる自分を抑えなければならない。
 俺は、本物の彼女とは初対面に近い。白兎お嬢様が彼女になりきって行った数々のことも、思い出さないようにしないといけない。

「その、君はテニス部の津々良くんだね。部活の方の調子はどうかな?」
 
 津々良くんは、少し驚いたように大きな瞳を丸くした。
 俺が自分のことを知っているのが意外だったんだろう。しかし、彼女はこの学園でもそれなりに有名人でもある。一応は教師である俺が知っていても変ではないはずだ。

「え、ええ。調子は、良いです。ありがとうございます」

 男慣れしていない女の子ばかりの学園で、珍しく俺に真っ直ぐな視線を向けられる生徒。その子が、初めて恥ずかしそうに俺から目を逸らした。
 俺が彼女を知っている理由――《プラーナの瞳》のことなど知るはずのない彼女は、当然、例の写真集のせいだと思い当たったのだろう。
 まあ、俺が彼女を初めて知ったのも、確かにその写真集からだが。

 白兎お嬢様が中等部3年のとき、つまり津々良くんが高等部1年生のときに、当時話題となった彼女の写真集が出版された。
 端的に言わせてもらえば、問題作だった。全て、フルヌードで撮影されたものだったからだ。
 白兎お嬢様もこれを発売当日に購入し、「あなたにも見せてあげる」といって嫌がる俺に突きつけてきたりしてた。
 写真家である彼女の父親が、娘が10才のときから撮り続けたポートレートだ。
 親子の間だけの記録にしておけば良いものを、父はそれを作品として世に出したがり、そこで学園側と揉めた。

 そのへん、我が桐館学園の奇妙さを象徴するエピソードなのだが。

 職員室としては津々良くんの写真集を、「伝統ある桐館学園の現役生徒がヌードなどと」と反対したそうだ。まあ、当然だろう。
 それに対して津々良くんの父は、「これを批判するのは芸術に対する無理解の証明」と反論した。まあ、これも当然の言い分だろう。
 そして、この平行線の議論に決着をつけたのが、『桐翼会』という、桐館学園OG会のアドバイスだった。

“大変お美しい写真と思います。ただ、芸術とは世間をいたずらに刺激するものではありません。彼女が高等部に進学するのを待ってから発表し、これ一作のみとされてはいかがでしょうか?”

 白兎お嬢様から聞いたこの伝聞が原文ママなら、慇懃ながらも発売時期から続編の出版禁止まで言い渡す超高度視点からの発言であり、なぜ学園側や津々良くんの父までもが忠告に従ったのか普通なら不思議に思うところだろう。
 しかし、それが『桐翼会』だ。
 ただの女子校OG会じゃない。その『執行部』の面々には、歴代ファーストレディから現役の女性大臣、女性官僚、大学教授に大企業家、国際的大女優に国際的アーティスト、さらには日本最大級暴力団の組長夫人までいるという、恐ろしいほどの影響力を持った団体だ。
 花の乙女を育てる温室のようなこの学園では、なぜか強烈な才能を咲かせる女性もよく育つらしい。学園の3代目理事長である桐沢段蔵総帥ですら、彼女たちには「段蔵くん」と呼ばれているという噂もある。あくまで噂だが、本人に確かめるわけにもいかない。
 ただ、桐沢財閥の運営に関して、彼女たちから何かしらの協力を得ているのは確かだろう。海外にも桐翼会の支部があるというし、そこにも各国有力者の夫人が多いらしい。まあ、かつて日本人女性を妻にするのは海外ではステータスだったし、桐館学園の卒業生こそ日本女性の模範とまで言われているのだから、そのへんの帰結も当然だ。
 次の理事長になるだろう白兎お嬢様も、一度、執行部主催の『お茶会』に招待されたことがある。
 傲岸不遜の唯我独尊、その上に鉄壁のネコかぶりを装備されているお嬢様ですら、帰宅後に「……あの人たちには勝てない」と焦点の合わない目で言ってたくらいだから、相当な軍団に違いない。
 桐翼会のメンバーには、執行部役員ではなくても高名な女性カメラマンもいるし、元や現役のモデルなんかも多数いる。その上部団体がわざわざこの件で『アドバイス』をしてくれたというなら、津々良くんの父が逆らえないのもなんとなくわかる。というより、彼女たちが出てきた時点で、問題を引っ込めざるを得なかったんだろう。
 芸術分野にも第一人者の多い桐翼会に、自分の写真が一応は評価された。それだけで写真家としての矜恃は満足したはずだ。
 ちなみにこの件が落着したあと、津々良くんが父親に言ったのは、「パパには二度と裸を撮らせてあげない」の一言だそうだ。
 結局、一番恥ずかしい思いをしたの彼女だったというオチだ。

 その津々良くんは、髪をいじって、まだ落ち着かなさそうにモジモジしている。
 白兎お嬢様に見せられた写真集は数ページだけだが、テニス部の日焼け跡も生々しい少女の裸体は、今も網膜に焼き付いている。
 中途半端に部活の話題を振ってしまったせいで、退散するタイミングを逃してしまった。思い出しそうになる彼女の裸を振り払い、そして夢の中での痴態も急いで記憶の片隅へ片付けた。

「あー……そういえば生徒会長の東城くんも、前はテニス部だったんだってね?」

 窓の向こうの光景に、とりあえず逃げることにする。東城くんは窓の向こうで他の女生徒と遊んでいる。体操服姿で戯れる彼女は、生徒にこんな感想を抱くなんて教師失格とわかっているが、正直に女性として魅力的だった。
 津々良くんも、そんな東城くんに一瞬目を細め、そしてフッと寂しそうに笑って視線の方向を変えた。

「ええ。中等部時代は、本当にお世話になりました」

 津々良くんも、学園内では人気の高い生徒だ。あの写真集のセンセーショナルな印象を差し引いても、彼女は美人だし、面倒見が良いし、さっぱりとした気持ちの良い性格をしている。
 だが、そんな彼女も東城くんのカリスマに魅入られた一人だ。
 今も彼女は一緒にラケットを振っていた中等部時代を忘れられないのだろうし、こうして遠くに眺める東城くんの姿にため息を漏らすこともあるのだろう。
 美月くんの件だって、相手が東城くんでもなければ、あんなに津々良くんが取り乱すこともなかったに違いない。
 一人のカリスマが、本人も意図しないところで周りを振り回してしまうことが多々あるのは、俺も身をもって知っている。

「まあ、東城くんはいろいろと活躍の場が広いからね。周りの期待も大きいから、一ヶ所に留まるのは難しいんだろう」
「ええ、そうなんですけど……やはり、少し心配になるときもありますし」

 心配?
 一瞬、誰のことなのかわからなくて、俺は言葉を続けられなくなる。
 津々良くんは、窓のへりに指をかけて、乗り出すように東城くんの姿を追う。

「――東城先輩って、ド天然ですから」
「え?」

 ますます混乱してくる俺の前で、独り言のように津々良くんは続ける。

「Tシャツを裏返しに着てたり、大会当日にラケット忘れてきたり、相手チームのベンチで他人のドリンク飲んでたり、犬が怖くてバスから降りられなかったり……いろんな事件がありましたから、私のいないところでまた先輩が困ったことになってないか、気になってしょうがないんです」

 まさかの、天然キャラだったのか!?
 いや、歴史に名を残した天才も私生活では困ったちゃんだった、という伝説は多いと聞いているが……。
 美月くんの夢の中では、『しっかりしたキャプテン』という印象だった。でも、考えてみると美月くんは憧れの東城くんを遠くから見ているだけで、近くで積極的に関わった体験はなかった。だから知らなかったのかもしれない。
 窓の向こうを見ると、彼女を取り巻いていた女子生徒たちが急に笑い始め、その中心にいる東城くんが恥ずかしそうに頭を掻いていた。どうやら彼女は何かボケたみたいだ。だが、すぐにみんな慰めるように東城くんの頭を撫でている。その様子はなんていうか、白兎お嬢様が「憧れの優等生」という視線を遠巻きに集めるのと違い、彼女の場合は「可愛い人気者」として、みんなに取り囲まれているように見えた。
 近寄りがたい天才で、しかも何の後ろ盾もなく一人で莫大な才能を抱えて生きてきたと、俺は勝手に東城くんの人生を想像していたが……じつは白兎お嬢様以上に、周りを味方にする才能に恵まれているのかもしれない。
 だとすれば、彼女は俺が考えていたよりもずっと――、白兎お嬢様の脅威だ。

「……東城先輩は、私の手助けなんて必要とされてないんでしょうけど」

 東城くんは、罪作りな女性だ。
 自覚がないから余計にたちが悪い。女子校ですらこうなんだから、世に出てしまったら、きっとおおぜいの男の人生を狂わせてしまうに違いない。
 いや、俺も気をつけねば。自然と彼女の方へ向いてしまう視線を、俺は強引に津々良くんに戻した。
 彼女はずっと東城くんを見つめ、俺のことなど関心すら見せる様子もない。女子生徒に異常なほど警戒されたり意識されたりしてきた俺としては、白兎お嬢様以来のシカトっぷりだった。
 世間慣れというか、父の仕事のせいで大人の世界を他の生徒よりも先に知ってしまった彼女は、俺ぐらいの男性を珍しいとは思わないのだろう。
 だが桐館学園での扱いに慣らされてきていた俺には、逆に嬉しいような反応だ。普通の教師と生徒の距離感っていうのは、おそらくこういう感じなのだと思う。この年頃の少女というのは、気まぐれな猫だ。このそっけなさが、かえってこちらを気軽にさせてくれる。
 では、その生意気な猫くんに、これ以上ウザがられる前に退散するか。

「君の気持ちを東城くんが喜ばないわけないだろう。きっと彼女も君のことを心配しているよ。自分のテニスを継いでくれた、可愛い後輩のことだからね」

 おかしなことを尋ねてしまったお詫びにと、教師らしい言葉でご機嫌取りでもしておく。
 少しわざとらしすぎた気もするが、お嬢様のお供で覚えた社交的笑顔というのも添えておけば、世間慣れした彼女は俺の社交辞令も汲んでくれるだろう。
 東城くんの話が聞けたのは有意義だった。今後も、世間話程度なら声をかけても許してもらえるかもしれない。
 などと、思ってたのだが、なぜか津々良くんの表情は固まってしまい、そしてみるみる紅潮していった。
 
「あっ……ありがっ、とう、ございます…ッ」

 ガバっと頭を下げたあと、津々良くんの鋭さを持った瞳は気の毒なくらい潤んでいて、俺のことを正視もできなくなったみたいで、スカートの端を摘まんでウロウロと視線を泳がせていた。
 どうした? 俺は変なこと言ったか?

「そ、そんなふうに言っていただけるなんて、あの、私、その…ッ、か、感激です!」

 溌剌としたスポーツ少女だった津々良くんの、見る影もない乙女ちっくな表情と仕草。俺は彼女の『ツボ』を地雷のように踏み抜いてしまったのだと悟る。
 彼女にとって東城くんは神だ。
 中性的で凜としたテニス部のエースも、女神の前ではメロメロな乙女だ。
 おそらく、『自分が東城由梨のテニスを継いだ』というあたりが彼女の自負なのだろう。そしてきっと、自分からは畏れ多くて口には出せない秘やかな誇りなのだ。
 俺はそこをピンポイントで攻撃してしまったらしい。

「……よ、吉岡先生は……テニスに、興味がおありなんですか……?」

 のぼせたように、あるいは酔ったように表情を蕩けさせて俺を見上げる津々良くん。優しい言葉を期待する子どものように、その瞳は俺にすがっていた。すっかり信用しきっている色をしていた。
 ていうかたった一言で、そこまで落ちるか津々良くん。そんなことで大丈夫なのか? 君はまだ世間では有名な少女だ。おそらく君の卒業を待ち構えている男も大勢いるはずだ。良い男ばかりではないかもしれない。芸能関係者なんても狙ってるに違いない。
 なのに君ときたら……そこまで褒められ弱いか。
 この学園の生徒は本当にどこまでも純粋だ。どの子も根っこのところで、温室育ちの雛鳥だ。津々良くんですら簡単に落とせてしまうんじゃないかと錯覚しそうになるくらい。
 もちろん、彼女は自分のテニスプレーを評価してもらえたと思って喜んでいるだけだ。東城くんのようだと言われたのが嬉しいだけだ。俺個人を意識してるわけじゃない。あぁ、俺は絶対に勘違いなんかしないし、うぶな女子高校生を誑かすつもりなど毛頭ない。
 俺はただの、白兎お嬢様の番犬だからな。

「あいにくだけど、あまり詳しくはないんだ。少し部活の様子を見たことがあるだけだよ。知ったようなことを言ってすまないな」

 わざとらしい苦笑でごまかす。夢の中で見た津々良くんのプレイが東城くんに似てると思ったのは事実だが、それだってなんとなくそう見えたというだけだし、美月くんの印象で作られた偶像でしかない。
 しかも俺のテニス経験なんて、任務で3ヶ月ほど密林サバイバルしていたときに、時間つぶしに仲間と廃墟で壁打ちして遊んでいたという程度だ。
 津々良くんはがっかりするだろうと思ったが、「いいえ、そんなことありません」と言って柔らかく微笑み、赤みの差した頬にえくぼを浮かべた。

「それなのに私のプレーに目を留めてくださったなんて、感激です。よかったらまた練習を見に来てください。そのときは、お声をかけていただけると嬉しいです」
「あ、あぁ」
「絶対ですよ?」

 なんとなく、いや、気のせいかもしれないのだが、津々良くんの中で俺の印象がますます高まってきている気がする。
 もちろん俺に生徒をナンパしようなどという不埒な考えはない。当然だ。なぜか急に可愛らしい態度に変わって俺をニッコニコと見つめる津々良くんは確かに魅力的ではあるが、俺は決してロリコンでも淫行教師でもないし、少女の純真につけ込むようなクズじゃない。

「時間が出来たら、そのうちな」
「はいっ、お待ちしてます!」

 津々良くんの真っ直ぐなニコニコ視線は俺から外れない。
 気まぐれだが、決して気むずかしい猫ではなかった。というより、ひとりぼっちでおなかを空かせた子猫だったんだ、彼女は。
 そうとは気づかずに、俺は彼女に温かいミルクを与えてしまったらしい。

「では、また」
「はい、失礼します!」

 ペコ、ペコと俺に二度ほど礼をする津々良くんの横を、俺は出来るだけ平常心を装って通り過ぎる。しばらく進んだところで、ふと、彼女のプラーナはどれくらいかと、余計な好奇心が沸き起こる。
 ポケットの中のペンダントに触れて振り返ってみる。
 そして、俺をじっと見送っていた彼女がパアッと華やいだ笑顔になってぺこりと頭を下げるのを見て、俺もぎこちない笑顔を返して振り返るのをやめた。 

 まいったな。
 お嬢様に知られたら、また余計な冷やかしを受けるに違いないところだ。
 だが、津々良くんのあの孤独そうな横顔は、心に引っかかった。
 東城君の去ったあとの部活で、テニスを続けている彼女。寂しさを感じながらも、その寂しさから逃げられない彼女。
 美月くんのことは……今はどう思っているんだろうか?
 彼女のプラーナは、彩や姫路先生ほど大きくはない。だが、紡錘形の透明な輝きはとても美しく、水晶のように硬質な潔癖さを感じさせた。
 それゆえに、傷つきやすそうにも見えたが。

「なによ、あなたやっぱり津々良先輩のこと気になってんじゃない」
「ひょっとして廊下にも監視カメラを付けたんですか?」

 昼休みの理事長室で、お抱えの料理人が作った小さなお弁当を摘まむお嬢様と、彩の作ってくれた大きな弁当を吹き出しそうになる俺。
 総帥がこの学園に姿を見せるのは年に数度の行事のときくらいだ。すっかりお嬢様の作戦室となっているこの部屋で、彼女はにこりと天使の笑顔を浮かべる。

「もちろん、かまをかけただけよ」

 その笑顔に少しだけでも憎たらしさがあれば俺も腹を立てることが出来たと思うのだが、お嬢様も俺を引っかけた程度のことで得意になったりはしない。貴族的テーブルトークの一つを披露しただけ、とばかりに何事もなかったかのように食事に戻る。俺は行き場のない感情をいつものようにため息にして、残る学園生活が早く終わるように念じる。

「あなたの考えてることなんてお見通しに決まってるじゃない。ほら、このフォアグラオムレツとあなたの玉子焼きを交換してあげるから、元気を出しなさい」

 シェフの作った形の良いオムレツを俺の弁当の上にのせ、ひょいひょいと玉子焼きを強奪していくお嬢様。
 もちろん俺は高級素材だの産地直送品だのを贅沢に使ったオムレツなんかより、彩が焼いてくれたシンプルなダシ巻き玉子の方が数倍好きだ。
 そしてお嬢様も、そうなのだ。
 んー、とほっぺたを幸せそうに膨らませるお嬢様に、今度は明確な恨みを抱くことができた。
 
「そんなことより、篠原さんを抱くこと忘れてないでしょうね?」

 忘れてはいない。考えないようにはしていたが。
 お嬢様はイチゴを刺したフォークを俺に突きつけ、くるりと回してみせる。

「15才の花の乙女が、大好きな男性に抱かれて処女を散らす。きっと篠原さんの好きな恋愛小説のように素敵な逢瀬になるのでしょうね」
「そこにお嬢様が立ち会いがなければ、おそらく」
「あら、私に見られていると恥ずかしいの? 今さら言うわけ、そういうこと?」

 恥ずかしいとかの問題じゃない。
 プライバシーや道義、倫理上の問題で、そもそも未成年はそういった行為をする相手でも見学させる相手でもない。なにより俺が恐れているのは、お嬢様が余計なことを思いついたりして、ますますめちゃくちゃなことになる危険性の問題だ。
 お嬢様がぱくりと開いた口の中にイチゴが消える。ニコニコと笑うつややかな唇が、いつものように俺に悪い予感を与えた。
 
「じゃあ、監視カメラの付いてる場所でするならいいわよ。玄関とか、中庭とか、そういうところで初体験っていうのもシュールで素敵ね。あ、そうだわ。私、いいこと思いついちゃった!」
「思いつかないでください」
「ええ、私に任せておきなさい!」

 世の中には、「小悪魔系」などといって持て囃す一部のメディアのせいで、まともとは思えないような奇抜なメイクや大胆なファッションで目立ちたがる残念な女性も少なくないそうだ。
 しかし、俺は良いことだと思う。
 天使の顔をした悪魔になられるよりも、ずっと。

「美月ちゃん、今日もう寮に戻る?」
「あ、ごめんね、先に帰ってて。私ちょっと先生に呼ばれてるの。むっちーにも言っといてくれる?」
「うん、いいよ。それじゃね」

 我ら帰宅部の放課後は早い。だけど私には今日、大事な用があるのでまだ帰るわけにはいかなかった。
 よっちゃんにウソはついていない。先生に呼ばれただけ。
 でも、それは私にとって何より優先される大事な約束だ。

(放課後、CALL教室に来てくれ。その、君一人だけで)

 吉岡先生にお誘いを受けてしまった。
 どのようなご用事かはわからないけど、私を指名してくれたのは嬉しいことだ。先生のお手伝いが出来るのならもっと嬉しいな。
 CALL教室の前で、私はあたりを見回す。別に悪いことをしているわけではないのだけど、吉岡先生はあまり知られたくなさそうなそぶりをされていたので、周りの目が少し気になった。
 大丈夫そうなので、扉をノックしてみる。
 少し間を置いて、私は扉を開く。

「……よく来てくれたね」

 吉岡先生は、顔の前にビデオカメラを構えていた。
 扉から入ってくるところから、レンズは私を捉えていた。吉岡先生は、気まずそうに私から視線を逸らし、小さなモニターの中に映っているのだろう私に向かって語りかけているみたいだった。

「すまないね、こんなところに呼び出したりして。悪いが、扉を閉めてもらえるかな?」
「あ、はい」
「……それと、すまないが……カギも閉めてもらえないか」
「はい」

 扉をきちんと閉めて、カギもかける。吉岡先生はどうされたんだろう。言われたとおりにする私に、なぜか気の毒そうに唇を下げてらっしゃった。
 よく見ると、先生はマイク付きのヘッドフォンをされている。
 英語のリスニングや映像学習のときにもこの教室でも使うやつだ。次の授業の準備でもされているのだろうか。それを私に手伝えということだろうか。
 だったら喜んでお手伝いさせていただきたいところだけど、じゃあ、ビデオカメラは何のためだろう。
 吉岡先生は、小さく頷いたかと思うと、カメラを構えたままおっしゃった。

「そのまま、ゆっくりこちらへ歩いてきてくれるか?」
「はい」

 吉岡先生のいらっしゃる窓のそばへは、教室の真ん中を横切ることになる。
 映像や音声授業のためにあるCALL教室には数十台のモニターとグループテーブルがあり、モニターの電源は全部オンになっていた。
 そしてその映像は、吉岡先生が持っているカメラのものだった。

「きゃっ!?」

 中央のテーブルに近づいた私に、見せつけるように数台のモニターがこっちを向いて私を映している。思わず悲鳴を上げて固まる私に、吉岡先生は慌てておっしゃった。

「す、すまない、驚かせて! これは、その……記録のためなんだ」
「記録、ですか?」
「そ、そう……記録だ。君の記録だ」

 吉岡先生はごくりと喉を鳴らし、カメラから顔を上げると、咳払いをして恥ずかしそうにおっしゃった。

「……君が、俺のものであることを証明するための、記録を撮っているんだ」
「あぁ、そうだったんですか。はい、わかりました。どうぞ撮ってください」

 なんだ、そういうことだったのか。
 もちろん私は吉岡先生のものなのだから、私をどうされようと吉岡先生のおっしゃるとおりにするだけだ。
 きちんと気をつけして、先生のカメラに私自身がよく写るようにする。この髪の毛からつま先まで、全部先生のものですのでどうぞ好きなだけご記録を。

「…………」

 吉岡先生は、なぜか私の顔を凝視した。
 どうかされましたか? 私の顔に何か?
 私が首を傾げると、周りのモニターに映ってるたくさんの私も首を傾げた。先生は慌てたように手を振った。

「な、なんでもない。ありがとう。しばらくそのままで――」

 先生はそこで言葉を切って、ヘッドフォンに指を当てた。
 そして、渋い柿でも食べてしまったかのように眉間のしわをお集めになられた。
 ヘッドフォンのマイクに向かって「いや、それは」と誰かとやりとりされているようだったけど、私のいる場所からはよく聞き取れない。

「……わかりました」

 やがて、吉岡先生は深い諦めと悲しみを刻んだような切ないお顔をして項垂れた。それはまるでローマ軍に全面降伏することを言い渡されたカルタゴの若き将校のようで、私の胸がキュンと鳴った。
 先生はカメラをいったん下ろし、言葉を探すように視線を床の上で往復させ、そして私に向かって言う。

「君の、その、スカートを持ち上げて……見せてくれないか?」
「はい?」

 スカートを持ち上げる?
 こういうことでいいんだろうか?
 私はスカートを指で摘まんで、太ももが見えるくらいまで上げてみた。
 先生はカメラを構えてそんな私を見ている。たくさんのモニターが私に向かって私の太ももを見えていて、なんだかおかしな光景だった。

「……もっと上に」
「このくらいですか?」

 もう少し上げてみる。なんだか恥ずかしくなってきた。太ともが下着のぎりぎりまで見えている。こんな格好は先生以外の方に見せられるものじゃない。
 吉岡先生は、またヘッドフォンに指を当て、なんだか困ってらっしゃるようだったけど、やがてまた「わかりました」と言って、真っ赤な顔を私に向けた。
 少しだけ嫌な予感がした。でも私は、先生の命令ならどんなことでも従うつもりでいる。

「……スカートを下から持ち上げて、下着を見せてくれないか?」
「はい」

 恥ずかしいけど、先生の命令どおりにスカートを持ち直して、下着を少しお見せした。先生はぎゅっと目をつむり、カメラのレンズを揺らし、そして目を開いて申し訳なさそうに呟かれた。

「すまない美月……君にそんな格好をさせて……」

 だけどカメラは無情に回り続け、私の下着が全モニターに映って私を取り囲む。
 すごく恥ずかしい。でも、私は先生に対してそんなことを言うつもりはない。なぜなら、先生の方がよっぽどお辛そうなお顔をされているからだ。

「……先生、その、カメラの向こうでは、どなたか他の方がこれを見ているんでしょうか?」
「ッ……それは……」

 そして先生は、その誰かに命令されてこれを撮っている。
 私に下着を見せるように言ったのもその誰かだろう。この恥ずかしい姿を先生以外の誰かが見ている。もしかして、男の方だったらどうしよう。想像するだけで死にたい気持ちになった。
 でも、それが先生にとって必要なことなら、私はやらなければならない。せめて、これだけは言わせて欲しいけど。

「……せ、先生がご命令なら」
「え?」
「先生が命令してくださるなら……私は、何でも平気です。どうか、その人じゃなく、先生の命令でお願いします」

 知らない誰かの命令でこんな姿を先生に見せたくない。でも、先生が「そうしろ」とおっしゃってくれるのなら、私は何の疑問を持つことなくそれが出来る。
 先生がお嫌なら、もちろん私だってこんなことはしたくはないんだ。でも望んでいただけるのなら……これ以上のことだって平気。
 先生は、じっと私の方を見て、何を言いかけるように口を開き、そして閉じた。
 一言、「わかった」とだけおっしゃって、ヘッドフォンに向かって何かを呟き、そして、それを外してしまった。

「美月。これからは俺の意思で君に命令する」
「はい」

 私の不安を吹き飛ばすような瞳。こんなにしっかりと先生に見つめていただいたのは初めてな気がする。
 とても素敵だ。全てを委ねるのことできる、信頼と愛情に満ちたお顔だ。

「俺に下着を見せろ」

 きゅんきゅんと、心臓にいくつもの矢が刺さった。
 これが、吉岡先生のご命令。
 なんて男性らしく力強いお声。こんなのに逆らえるわけがない。私の心の一番深いところにあるスイッチに、簡単に手が届くお言葉だ。

「はい…ッ!」

 もはや躊躇する理由はない。私は思いきってスカートを持ち上げ、下着を余すところなく先生にお見せする。
 白の下着。レースの入った可愛いやつ。入学式以来に履いた少しお高いものだ。
 ちゃんと選んできて良かった。昨日は先生につまらないブラをお見せしてしまったから、今日は慎重に選んできたのだ。
 先生は、ゴクリと喉を鳴らして私の下着を見てくださっている。カメラの向こうに誰がいようが関係ないと思えた。ここには先生しかいらっしゃらないのだし、私に命令するのは先生だけ。私を見ていてくれるのも先生だけだと思えばいいんだ。

「……きれいだよ、美月」

 きゅんきゅんと、今度はなぜか下腹部のあたりに矢が刺さった。
 顔が熱くなっていく。先生も真っ赤な顔をされていた。
 うまく言えないけど、すごく幸せな気持ち。恥ずかしいという思いよりも、嬉しいが勝っちゃった。男の人に下着を見せることで幸せになれるなんて不思議だ。先生の命令には、きっとそういう力があるに違いない。私の「嫌な気持ち」を全部ねじ伏せて、先生の女の子である幸せで私をいっぱいにしてくれるんだ。

「先生……」

 スカートを持つ手が震える。パタパタ振り回して勝利宣言したい。
 むっちー、よっちゃん。
 私、先生にパンツをお見せしたよ。すごいことしちゃったよ。先生は、ちゃんと私のこと、見てくださってるよ。

「美月」

 先生は真剣なお顔で、私のことをじっと見つめてくださった。
 それだけで蕩けそうな気持ちだ。

「このデータは他の人には絶対に持たせない。俺が責任を持って管理する。だから、俺の命令を怖がらないでくれ」
「はい」

 じつは、とっくに怖くありません。
 先生が私のことを見ていてくださるから。

「……後ろのテーブルの上に乗って、スカートを持ち上げて」
「はい」

 広いテーブルの端っこにお尻を乗せ、スカートを持ち上げる。
 先生はそんな私の近くまで来てくれた。
 大きな体が窓から入る陽をふさいで、私の体をすっぽり影で覆う。モニターの中の私は、まるで先生に覆い被せられているみたいで、なんだか、すごくドキドキした。

「足を開いて」
「はい」

 先生に命令されるたびに胸がきゅんきゅん鳴るし、体がまるでお風呂に入ってるみたいにポカポカする。
 昨日、先生にお胸を触っていただいたときみたいな感覚が、言葉だけ蘇る。
 私はきっと、昨日の私よりもずっと先生のものなんだろうな。
 なんとなくそう思えた。はしたなく足を開いて下着を撮影されているというのに、それを先生が望まれているというだけで、とても幸せな気持ちになるんだから。
 私、もっと足を開いた方がいいですか?
 太ももに手を添えて、大胆に広げてみる。
 すごく恥ずかしいけど、でも先生はカメラを近づけ、「もっと」とおっしゃった。
 私は体を倒して、思い切って足を広げる。カエルが転んだみたいな格好。恥ずかしくて先生のお顔が見れない。でも先生のカメラは、私の下着を超アップで撮影している。じっとしてなきゃいけない。
 すごくドキドキする。

< つづく >

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