とある王国の悲劇 剣姫編3

剣姫編 3(転ノ壱)

 夢を持った少女がいた。
 その夢を聞いた者は子供の言う事だと笑った。
 大抵の人間はそこで現実を知り、諦めていくだろう。
 それは大人になる、と言う事かも知れない。
 だが少女は大切にして諦めなかった。
 夢と共に、子供のまま成長した。
 その夢は……。

 この大陸にはかつて今とは比べ物にならない程、高度な文明を持った社会があった。
 その名残は各地に点在する遺跡に見る事ができる。
 現在の常識では考えられない複雑な建造物。
 底が知れない地下迷宮。
 殆どが朽ち果てて、価値の無い廃墟と化している。
 だが極稀に保存状態のいい遺跡も発見された。
 現在では建造不可能な天守閣を持つ王城は、その最たる例だろう。
 そこから発見される遺物は、しばしば歴史さえも変える力を持っていた。

 冒険者、と呼ばれる者達がいる。
 殆どは人々の困り事を解決する事で日銭を稼ぐ何でも屋だ。
 だが、遺跡から財宝を持ち帰り、莫大な金を得る者もいる。
 たった1回の成功で、一生遊んで暮す事も出来る。
 現国王のように、冒険の成功によって王位継承権の不利を跳ね除けて、王となった者もいる。
 それ程の価値を、古代の財宝は持っていた。
 無論、そんな幸運に有りつけるのは、ごく一握りの者だけだ。
 一攫千金を求めて遺跡に挑む者の殆どは、帰らぬ人となった……。

 城下街の中心から外れた小汚い路地に、その小さな店はあった。
 一見雑貨屋のように見えるが酒瓶や机も並び、酒場にも見える。
 今は夕刻なので酒場ならもっと繁盛してもいいはずだ。
 しかし、店の中に居るのは、先ほどやってきた妙齢の女性だけだった。
 鎧こそ身に着けていないが、腰に剣を下げていた。
 こんな物騒な格好で街を歩く人間は限られる。
 騎士、兵士、傭兵。そして、冒険者である。
「おやじ! いい儲け話はないの?」
 透き通るような声が店内に響く。
「この所、随分と稼いでいるようだな?」
 声を落とせ、と手で合図しながら店主が答える。
「あんまり荒稼ぎすると、他の連中の恨みを買うぞ」
「おやじが言わなけりゃいいだけででしょ?」
 彼女が朗らかに答える。それだけで薄暗い店内が明るくなるようだった。
「常連同士で喧嘩したら、大損するのはおやじなんだから」
「そりゃ、そうなんだがな……」
 店主は苦笑した。忠告のつもりだったのだが……・
「そうだ、お前を指名した仕事が入っているが……やるか?」
「ほんと? どんな仕事なの?」
「護衛さ。それも大物の……な」
 店主は真面目な顔になって言った。
「こんな事を言っていいのか分からんが、今回はお勧めできんな」
「どうして?」
「……胡散臭いからだ」
 まず、依頼に来た者が怪しかった。
 確かに真っ当な者はこの店の扉を叩かない。
 しかし、それを差し引いても怪しい感覚を店主は拭えなかった。
 依頼もおかしかった。
 大物の護衛で彼女を指名するのはおかしくない。
 むしろ、なかなかの目利きだろう。
 彼女はあまり名が知られていないが、腕は間違いなく一流だ。
 この店で数多くの冒険者を見てきた身だ。 
 彼女には他の冒険者には無い、何かがあった。
 いずれは世間に名が知れ渡るだろうと思っている。
 が、何故大物の護衛に女1人なのか?
 やはり店主は納得できなかった。
 しかし、依頼自体は正式な物だったので、本人に伝えない訳にはいかない。
「今回はヤバイ予感がするんだ。悪い事は言わん。辞退した方がいい」
「いや、やるわ」
 即答だった。
「忠告は感謝するけど、今は立ち止まってる場合じゃないからね」
「夢の為……か?」
「そう」
 彼女は胸を張った。
「世界の果て……か。ほんとにあると思っているのか?」
 店主は訝しげな顔で問う。
「伝説と言うより御伽噺の類だぞ」
「……私もあるかどうかはわからないわ」
 店主が驚いた。
「ならなんで……」
「ただ、まだ誰も確かめてないんでしょ?」
 彼女は挑戦的な目で言う。
「無いなら無いで確かめたいし、あるならこの目で見てみたいしね」
 そして屈託の無い笑顔になる。
「……わかったよ。じゃ、行ってこい!」
 店主は止めても無駄と悟ったのか、依頼書を渡し元気に送り出した。
「ありがと! 行ってくる!」 
「無事で帰ってこいよ……」
 駆け出していく彼女を見送りながら、嫌な胸騒ぎがした。
 彼女は今好調の極みだった。
 最近では彼女宛の依頼も舞い込み始めている。
 この機を逃がしたくないのだろう、積極的に依頼をこなしている。
 だが、だからこそ危うい。
 こういう時は決まって周りが見えなくなり、状況を見誤る。
 そうなれば、そこで全てが終わる。
 勢いだけで何とかなるような世界では無いのだ。
 ……しかし。
 それを乗り越えられなければ、大きな成功は有り得ない。
 彼女の成功を祈る以外、店主に出来る事は無かった。

 人生にもし分岐点という物があるのなら、まさにこの時がそうだろう。
 彼女の運命は、確実に変わったのだ。

「ここね……」
 彼女が指定された場所に付いてみると、そこは貧民街の一角だった。
 だたでさえ暗い夕刻が、さらに闇が深くなった印象がある。
 不自然な事に路上生活者の姿も見えない。
(……おやじの言う通りかな……)
 盾に腕を通し、腰の剣に手をかける。
 彼女の鋭敏な感覚は、すでに複数の気配を捉えていた。
(……逃げられないかな?)
 多勢に無勢、さらに土地勘も無いとあっては勝機は少ない。
 逃げ道を探そうとした時、それを察したのように襲撃は始まった。
 10名程だろうか、皆頭巾のような物を被り、顔を隠している。
 武器こそ棍だが、身のこなしがよく訓練されていた。
(やばいな~、ホンモノか……)
 剣を抜き放ちながら、移動する。
 複数を同時に相手したら勝ち目は無い。
 まして相手は間合いに勝る棍なのだ。
 わざわざ殺傷能力低い武器を使っているのは、彼女を生け捕りにする気なのだろう。
 付け入るとしたら、そこしかない。
 じりじりと包囲を狭めてきた襲撃者が、一気に動いた。
 流れるような連携攻撃で、彼女を追い詰めようと迫る。
 上下左右に打撃を散らし、彼女に間を与えないようにする。 
 しかし、彼女もまたホンモノであった。
 その全てを避け、盾で弾き、剣で切り落とす。
 襲撃者も棍の攻防一体の回転運動を駆使し反撃する。
 遠目で見れば、集団舞踏のような滑らかさだった。
 その中心になっているのは彼女だ。
 まるで彼女の指示で全員が舞っているような動き。 
 間違いなく、戦いの流れを作っているのは彼女だった。
 ……しかし。
(ジリ貧だね……)
 戦いを支配できたのは僥倖だったが、その後が続かない。
 いくら揺さ振りをかけて見ても、相手の包囲は崩れない。
 彼女は追い詰められていた。
 襲撃者は彼女の体力が尽きるまで踊っていればよかった。
 増援も可能な襲撃者にとって、時間は味方なのだ。
(一か八か……)
 覚悟を決め彼女が動こうとした――その時。
「なっ!」 
 彼女に数本の細い針が突き立った。
 もし明るい昼だったなら、襲撃者の口元の短い管に気が付いただろう。
 それを隠す為の夕刻、そして頭巾だった。
「ち……くしょ……ぅ……」
 彼女は意識を失った。

「起きろ」
「んんっ」
「やっとお目覚めか、お嬢さん」
「誰だ!」
 そこは薄暗い部屋だった。
 咄嗟に動こうとしたが、立った状態で手足が拘束され動けない。  
「これはいったい?」
「簡単に説明すると、お嬢さんを襲ったのは余の部下だ。手荒な真似をしたな。許せ」
 品のある声がした。
 驚いた事に、そこに立っていたのは国王だった。
 混乱する頭を無理やり回転させ、ようやくこれだけを聞いた。
「……なぜ私を?」
「お嬢さんの噂を耳にしてな。是非会って見たかったのだ」
「でも、こんな真似をしなくても……」
 王に蔑むような表情が浮かぶ。
「無理だな。余には立場がある。下々の者と気軽に直接会えんよ」
「そうかも知れませんが……」
 納得出来ない彼女に、王がやや下品な声を出す。
「それにな、余の望みを聞いて、素直に来てくれるとは思えんしな」
「望み?」
「余の子供を生んでくれ」
 彼女は理解出来なかった。
「……は?」
「余と交わり、余の子を身篭って欲しい」
「……冗談?」
 すると、王の態度が一変した。
「あぁ~めんどくせぇ、用は孕めって言ってんだよ」
「なっ!」
「悪い話じゃねぇだろ?」
 露骨に野卑や態度で言う。さっきまでとは別人の様だった。
「俺みたいな高貴でいい男に抱かれて良い思いをして、うまく行けば玉の輿だ」
 さも当然、といった様子で言う。
「何の不満があるんだ?」
「陛下なら相手には困らないはず。どうして?」
「自分の血を後世に多く残す。これは男の夢だろ?」
 王は誇らしげに胸を反らす。
「で、どうせ残すなら、最高の血を残したくてな」
 その目は邪気の無い少年の様だった。
「高貴な血ってのはもう残した。もう少し増やすかも知れんがな」
 達成感を思い出し、にやけている。
「今回は高性能な血を残したくてな。だから嬢ちゃんを呼んだのさ」
 王はいかにも女好きそうな顔で彼女に近付く。
「俺も剣には誰にも負けない自信がある」 
 そう言うと腰の儀礼用の剣を抜き放った。
 ――速い。
 暗い部屋の中とは言え、彼女の目を持ってしても見えなかった。
「そんな俺と凄腕の女の間の子は、さらに凄くなるんじゃないか?」
 剣の技を披露するかの様に幾度か振るう。
「だがなかなか条件に合う女が居なくてな。そこに嬢ちゃんの噂が飛び込んできた」
 剣を彼女の顔に突き付けた。
「どうせ期待外れだろうと見てみたら、飛び切りの美人ときたもんだ」
 欲情した目で見つめる。
「……久々に興奮したね」
 彼女は言葉も無かった。あまりの事に圧倒されていた。
「さらに剣の腕もすげぇ。もうコイツしかいねぇって事で、今に至るってわけだ」
「……私が承知するとでも?」
「いやか? 玉の輿だぜ? 下賎な者には悪い話じゃないはずだが」
 意外そうに王が答える。
「そうやって見下されて、子を産む道具扱いされて、黙って承知するほど私は馬鹿じゃない!」
「ほぅ、そんな状態でいい根性だな? ますます孕ませたくなった」
 賞賛する様に王が言う。
「動けない女を無理やり犯すのが、高貴なやり方なの?」
「それもいいんだが、もっと良い方法があるのさ」
 子供が自慢の玩具を見せびらかす様な顔をした。
 彼女は背筋に冷たい物を感じた。
「……なに?」
「俺が冒険者だった事は知ってるな? その時、良い物を見つけたのさ」
 王は懐から、丁度人の頭が入る程度の大きさの無骨な輪を出した。
「……烙印の輪、俺はそう呼んでる」
 それをゆっくりと彼女の頭に近付けていく。
「これを頭に付けると、その相手に思い通りの刷り込みができるんだ」
「バカな!」
 彼女はある事に気が付いた。
 王は継承権が低いにも関わらず、他の推薦を受けて王になった。
 それはまさか……。
「ま、試してみればわかるさ」
「や、やめろっ!」
 恐怖に叫び抵抗しようともがくが、輪が彼女の頭にはめられた。
「ひぅっ!」
 その瞬間、頭に衝撃が走り、目の前が真っ暗になった。
 何も考えられなくなり、意識が薄れていった。
 王は輪に両手を当てると、目を閉じ何かを念じ始めた。
 それはしばらく続き、終わる頃には王の額に汗が浮かんでいた。
 拘束を解き、声を掛ける。
「さて、起きろ」
 すると、彼女が目を開け、媚びる様に微笑みながら答えた。
「……はい、なんですか?」
(なっ! 私は何を言っている?)
 ――体が思う様に動かない!
 彼女は心の中で驚愕した。
「お前は誰だ?」
「私は陛下の忠実な雌奴隷ですぅ」
(なっ! そんなバカな!)
「なら証拠を見せてもらおうか」
 王は満足したように頷き、衣服から男根を引き出した。
「俺のをしゃぶれ」
「はぁい、わかりましたぁ」
(やめろっ! いやだっ!)
 心でいくら叫んでも、肉体は手馴れた手付きで男根に触れ、口一杯に頬張る。
「どうだ? 美味いだろ? お前の大好物だからな」
「はぁい、美味しいですぅ」
(やめてっ! こんなの私じゃない!)
 しかし、何故か美味しく感じてしまう自分がいた。
 夢一筋だった彼女は交際の経験も無く、勿論処女だった。 
 突然の行為に嫌悪ばかりが先に立った。
「味わう程に興奮してくるだろ?」
(うそだ!? 体の奥が……)
 そう言われると、体の奥から今まで感じた事の無い感覚が沸いてきた。 
 少なくとも、彼女の体はひどく興奮している。
 その感覚に戸惑いながらも、流されそうになる。
「感じているな?」
(そ……そんな……はず……)
 体は美味しそうに男根をしゃぶっている。
「いい感じになってきたな。なかなか上手いじゃないか」
「ありがとうございますぅ」
(うれしくないっ! ……はずなのに……なんでっ!)  
 彼女は何故か高揚している自分を感じていた。
 体はますます興奮し、淫らに揺れる。
 体に引きずられるように、心まで屈してしまいそうになる。
(私には……夢が……ある……の……に……)
 心の声が次第に小さくなっていく。
「そろそろ頃合だな」
 王が男根を彼女から引き抜くと、彼女を横にした。
「足を大きく開いて、秘部を見せろ」
「はぁい」 
 言われるまま足を開くと、そこはすでに潤っていた。
(あぁ……こぼれ……そう……)
「ほぐれてきてるじゃねぇか」
 そう言うと王は秘部に指を乱暴に突っ込んだ。
「ひぁぁぁあぁっ! ひぐぅぅ!」
(いやっ! 乱…暴ぅ……ひどい……なのに……ど……ぅして……) 
 彼女はひどく淫靡な顔をしていた。
(き……気持ちぃ……いいぃぃ)
 それを見た王が指の動きを止める。
「ふぇ?」
(な……なんでぇ……とめちゃ……ぅの?)
「おねだりしてみろ」
(えっ?)
「早く入れてください、って、いやらしくな」
 下卑た表情で王が言う。
(だ……ダメだ! しっかり……しろ!)
 彼女が心で抵抗しようと力を込める。
(このまま……言いなり……にぃ……なんかぁぁ!)
 ――しかし。
「く……くださいぃ、陛下の立派な男根」
 体はあっさりと心を裏切った。
「私の濡れたあそこに、太くて逞しいのを入れて下さぁい」
(いやっ! ダメぇぇぇ!)
「そうか、そんなに欲しいなら自分で導いてみろ」
「はぁい」
 彼女の手が男根に優しく触れると、自分の秘部に当てた。
(いやだ……こんな……ヤツに……)
「あぁん、おっきいぃぃ」
(わ……私の……初めてが……) 
 王が入り口を擦るように動かして焦らす。
「早く~、早く私の中に入れて下さいぃぃ、はやくぅぅぅ!」
「ふふっ、いいねぇ。ご褒美だ。入れたらお前は更に淫乱な雌奴隷になるぞ」
(や……やめてぇ……お……ねが……ぃ)
「ほらっ!」
「はぁああっぁあぁあぁああぁあぅん!」
(はぁああっぁあぁあぁああぁあぅん!)
 侵入してくる肉棒にめりめりと身を割かれ、痛みに体が反り返る。
 しかし、それもすぐに淫靡な快感へと変わる。
「入ってぇ……くるぅ……硬くぅ……て大き……いぃのぉが……はい……ってくるぅ!」 
(あ……ぁぁ……あぁぁあぁあぁああ)
 溢れる程に潤っているが、それでも処女の狭い秘部が侵入を拒む。
「おぉっ! よく締まるじゃねぇかっ!」
 王は強引に押し広げながら貫いていった。
(あぁあぁぁぁあ……ァァぁっぁあああぁあぁああぁぁぁあ……)
 彼女の心は快感に翻弄された。
(こ……これ……が……まじぃ……わりぃ……)
 王を受け入れる度に甘い声が漏れる。
 秘部の壁が掻き分けられる度に痺れるような快感が生まれる。
「あぁあ……あぁぁああぁぁっぁぁぁああぁ!」
(きぃ……もちぃっ……いぃいぃ!)
 何度も首を振り、快感に酔いしれる。
「こっちも極上だなぁ! 最高の子が生まれそうだぜ!」
 王も興奮を隠し切れない。
 ズンズンと秘部の奥を突き上げる。
「ああぁぅぅぅっ!」
 激しく突かれ、貫かれる快感と共に彼女の体が痙攣する。
 快楽の衝撃に意識が何度も飛びそうになる。
(わ……たし……も……ぅ……)
 圧倒的な快感に心は屈服しそうだった。
「もぅっ! だめぇぇぇっ!」
 限界を感じさせる声を上げ、一気に駆け上がっていく。
「そらっ! 出すぞっ!」
 それは王も同じだったようだ。
 奥まで突いた男根が膨らみ、一気に爆ぜる。
「やぁっ! あぅぁっぁああぁぁぁっぁあぁぁぁああああぁあっ!」
 びくびくと脈打ち、大量の精液を子宮に放出した。
(あ……ぁつぅ……ぃい……よ……)
 熱い息を吐きながら、子宮を満たされる雌の悦びと共に意識を失った。

「よかったぜ」
 王が満足した様子で語りかけた。
「ありがとうございますぅ」
 彼女も満足そうに答える。
「これから孕むまで毎日続けるからな。楽しみにしてな」
「はぁい……ぎぃ?」
 彼女の顔が歪み、呻く。
「わ……たしぃ……には……ゆ……めぇ……がぁぁっ!」
「驚いたな。まだ抵抗できるのか」
 王の顔に驚愕が浮かぶ。
「これ以上は危険だが、仕方ないか……」
 そう言うと輪に手を当て、念じ始めた。
「やっ! め……ぇろおおおぉぉぉっ!」
 彼女が激しく抵抗の叫びを上げる。
 が、それも段々弱くなっていく。
「全く強情なヤツだな。屈してしまえば楽になる物を……」
「ぁ……ぁぁ……ぁぁあぁぁ……ぁ……」
 その目から意思の光が消えようとした瞬間、彼女の目が見開いた。
 ――パァン!
 乾いた音を立て、輪が砕け散る。
「バカな!」
 慌てて王が下がり、彼女は仰向けに倒れこんだ。
「輪の力に打ち勝っただと……」
 信じられなかった。
 王族や貴族達ですら簡単に言いなりに出来た輪の力。
 それを下賎な者が抵抗し、打ち勝つとは。
 王はゆっくりと倒れたまま動かない彼女に近付く。
 ……そこには。
 放心した顔で、薄ら笑いを浮かべた彼女がいた。
 その、目は何も映していなかった。
「……壊れたか」  
 王は侍女を呼び、彼女の世話をするように命じた。
 連れ出される彼女を見ながら、どこか残念に感じている自分に気付いた。
「ま、孕ますだけならあのままでも出来るか……」
 納得させるように呟くも、その口調はどこか惜しんでいるようだった。

 彼女は昼は侍女の世話になって生き、夜は王に抱かれるといった生活が続いた。
 そんな生活だったので、程なく妊娠した。    
 侍女達の付きっ切りの介護の甲斐もあり、胎児は順調に育っていった。
 その間、彼女の表情が変わる事は無かった。
 そして、遂に出産の時が来た。
 それは女性の本能か、彼女が息み、踏ん張る。
 それに合わせて産婆や侍女達が赤子を取り上げようとする。
 長い時間の末、赤子は生まれ、大きく産声を上げた。
 ――そして、産婆達はそれを見た。
 最後に息んだ時のまま、彼女が動かない。
 手を大きく前に突き出し、まるで何かを掴もうとするかの様だった。
 目は大きく見開き、見逃すまいとしている様だった。
 彼女は何を見たのだろうか?
 分かる者は居なかった。
 ……産声だけが響き渡った。

 夢を持った少女がいた。
 その夢を聞いた者は子供の言う事だと笑った。
 大抵の人間はそこで現実を知り、諦めていくだろう。
 それは大人になる、と言う事かも知れない。
 だが少女は大切にして諦めなかった。
 夢と共に、子供のまま成長した。
 その夢は……。 

 
 
 ……夢で終わった……。
 

 それから時が過ぎたある日の事。
 王城に賊が攻め込んだのである。
 賊は1人ながら恐ろしいまでの力と剣技で突き進み、玉座の間まで突き進んだ。
「陛下をお守りしろ!」
 親衛隊が隊列を組み、王と賊の間に壁を作る。
 後ろからも兵が集まってくる。
 賊に逃げ場は無い。
 もうここまでか、と誰もが思ったその時、賊が大きく跳躍した。
 とても人間とは思えぬ高さと距離を飛び、親衛隊を越え王に切り掛かる。
 岩をも割りそうな、速さと重さを持った一撃。
 しかし王は玉座に座ったまま、剣でそれを受け止める。 
 凄まじい衝撃音が響く。
 宙にあった賊の体制が崩れると、王が足で蹴り飛ばす。
 床に転がった賊に止めを刺そうと親衛隊が殺到する。
 が、賊はすばやく体制を整えると、親衛隊を切り伏せ逃走する。
 玉座の間の扉付近で振り返ると、王を見てニヤリと笑い、走り去った。
「追え! 逃がすな!」
 兵が追撃するのを見送りながら、王はまだ痺れている自分の手を見た。
 次の一撃は受け切れなかっただろう。
――もう歳だな……。
 王は月日の流れを噛み締めていた。
 しばらくすると、賊が城外へ逃げ去った報告が入った。  
 
 その日の内に1人の妙齢の女性が召集された。
 玉座の前で頭を垂れ跪く。
「よく来てくれてな、愛しい娘よ」
「はっ」
 顔を上げると、凛とした雰囲気の美しい顔があった。
――似てきたな。
 王は独りごちた。
「早速だが、賊の討伐に向かって貰いたい。できるな?」
「はっ! 一命に代えても」
 女性の姿は神々しささえ感じさせた。 
「それでは困るな。生きて帰ってこい」
「はっ」
 女性はもう一度頭を垂れると、身を翻し退室した。
 それを見送り、王は思った。
――想像以上の申し分ない出来になったな。
 その顔は満足感に満ちていた。

< つづく >

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