好奇心は猫をも殺す 2

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「ご主人様、何処見てるんですか?」
 自分の下から甘ったるい声に、菊池太一は現実に引き戻された。
 ここは男子トイレの個室だった。
 便座に座り、丸出しになった下半身にセーラー服の女子が絡み付いていた。
「気持ちよくありませんでしたか……?」
 不安げに見詰める。
「いや、大丈夫だ。もっと続けてよ」
 太一がそう言うと、嬉しそうに女子が笑った。
「はいっ! 頑張りますから、気持ちよくなって下さいねっ!」
 そう言ってフェラを再開した。
 竿を舐めたり、又は奥深くまで咥え込んだり。
 同時に玉を手で刺激したりと、なかなかのテクニックだった。
「ちょっと~、まだ~? 後がつかえてるんだからね~」
「そうよ、急ぎなさいよ!」
 個室の外から声が響いた。
「いい所なんだから邪魔しないでよっ!」
 咥えていたチンポを放すと外に向かって文句を言った。
 しかし手は止まらずに愛撫している。
「何よ~」
「何ですって!」
 即座に外から声が上がる。
「こらこら、仲良くしなよ。順番を守れないヤツにはやらせないよ」
 太一がそう言うと、途端に外が静かになった。
「ほら、続き」
 促され、フェラが再び始まった。
 それはねっとりとしたモノで、早く終わらせるつもりが無い事は明確だった。

 菊池太一はクラスで孤立したいじめられっ子だった。
 肥満、内向的、不潔。
 いじめられっ子の典型的な例だった。
 最初からそうだった訳では無い。
 脂ぎった肌や肥満体型、フケや臭い体臭による不潔感は本人が怠慢だからでは無かった。
 幼い頃にかかった原因不明の病気による副作用だった。
 不運としか言いようが無かった。
 それ以来、太一はずっといじめられ続け、その所為で性格まで内向的になってしまった。
 友人と言える人は居らず、常に1人で教室の隅でじっとしていた。
 ……いや、常にでは無かったか。
「は~い、パパ」
 そんな事を言いながら、1人の女生徒が太一に近付く。
 高い身長に長くカールした茶髪にアクセサリー。
 スタイルも悪くない。
 いかにもなギャルだった。
「あ、星野さん……」
 太一がしぶしぶ目を向けた。
「あ、星野さんじゃね~よ、今日のお小遣い、ちょうだい」
 語尾にハートマークが付きそうな口調だが、そこの篭っているのは愛情では決して無い。
「なぁ、桜井、宮下」
 タイミングを合わせた様に、2人の女生徒が太一に近付く。
「そうね、私の分も忘れないでよね」
「そうですよ~」
 やや高圧的に話すのが桜井だ。
 腰まである黒髪でキツイ感じのする少女だった。
 制服の上からでもかなりのボリュームのある胸が印象的だ。
 真顔になれば真面目な印象になるのだろうが、今は女王様チックな笑みを浮かべている。
 もう1人の間延びした話し方をするのが宮下だ。
 黒髪ショートでスレンダーな体型の少女だった。
 他の2人に比べたら体型も印象も薄い。
 この3人が現在太一をいじめる主なメンバーだった。
 以前は男子による暴力等もあった。
 が、教師に見付かり問題になるデメリットや、不潔な体に触れたくないといった理由から今は行われていない。
 代わりにあからさまな無視や、この3人によるタカリが行われていた。
「ほら、早く出しなよ」
 星野が太一の机に手を付いて言う。
 しかし直後に離れた。
「相変わらず臭っせ~な~、お前」
 なら来なければいいのに、と太一は思うが、勿論口に出せる筈もない。
 仕方なく財布を取り出そうとした。
「そういえば貴方、私達の事チクッたでしょう?」
 桜井が言った。
「マジウザいんですけど~」
 宮下も続く。
「え、えぇっ? 僕、誰にも言ってないよ」
 太一は慌てて言った。
 が、3人は疑わしい表情のままだ。
「ほんとか? 嘘付いたらタダじゃおかねえぞ?」
 今と何が違うんだ?
 太一は思ったが、実際太一はチクッて等いなかった。
 今までの経験上、誰かにチクッた所でいじめが解決した事は無く、逆に酷くなる事の方が多かった。
 その為、太一は誰も信用していなかった。
「ほ、ほんとだよ!」
 太一が強く言うと、ガンッと言った衝撃と痛みが爪先に走った。
 星野が踏み付けたのだ。
「あまり生意気いってんじゃね~ぞ」
「ご、ごめんなさい」
 睨み付ける視線に耐えられず、太一は下を向いてしまう。
「まぁいいでしょう。ほら、さっさと――」
 桜井が言い掛けた時だ。
「こらっ! ちょっとあなた達っ!」
 声を上げ、1人の女生徒がずんずんと近付いてきた。
 背中まであるストレートの美しい黒髪。
 制服に隠れて目立たないが、良く見ると意外にメリハリのあるプロポーション。
 輝くような理知的な瞳が印象的だった。
「やっぱりあなた達、菊池君に何かしてるでしょう!」
 太一達のすぐ傍まで来るなり、そう怒鳴った。
「なんだよ委員長」
「何もしてませんわ」
「そうですよ~」
 しかし3人は認める筈が無い。
「嘘言わないで!」
 尚も言い募るが、3人は無視して去っていく。
「あ~怖い怖い」
 そんな事を言いながら。
「もうっ!」
 それを目で追いながら、委員長と呼ばれた女生徒が溜息を付く。
 そして太一に向き直った。
「大丈夫だった? 菊池君」
「う、うん」
 太一は何とか頷いた。
「そう? 何かあったら相談してね」
 そう言うと委員長は手を軽く振りながら、自分の席に戻って行った。
 それを太一はそれをボ~と眺めていた。
 委員長。
 勿論本名では無い。
 特に委員会に所属している訳でも無い。
 が、彼女の友人が付けたそのニックネームは、余りにも似合っていた為瞬く間に広まった。
 今では教師も含め、彼女を本名で呼ぶ人間はこの学校には居ない。
 寧ろ、本名の方が知られていない。
 噂では親もそう呼んでいるとか。
 本人も諦めているのか、呼び方については何も言わない。
 最近は前より明るく元気になり、人付き合いも良くなったと評判で、人気が高騰中である。
 恋でもしてるのか?
 だが、浮いた話は全く無かった。
 委員長ならもしかしたら……。
 太一はそう思ったが、すぐに否定した。
 確かに委員長は今では唯一の味方だった。
 しかし、過去の経験から裏切られるのが怖かった。
 もし委員長が裏切れば、僕には味方が居なくなってしまう。
 やや矛盾した想いが、太一を動けなくしていた。
 そして、どうせ後でまた来るであろう3人組の事を考え気が重くなった。

 その日の放課後。
 やはり3人組はその後やって来て、委員長の居ない隙にお小遣いをタカっていった。
 他の生徒は見て見ぬ振りだ。
 買いたかったゲームや漫画があったがそれも出来ず、またすぐに帰る気にもなれず遠回りして帰っていた。
 僕が一体何をしたんだろう……。
 考えると涙が滲んできた。
 肥満なのも不潔なのも自分の所為じゃなかった。
 にも関わらず、その所為でいじめられた。
 無論病気の事は説明した。
 が、逆に病気がうつるとか、病原菌とか言われていじめられた。
 そんなの、おかしいだろ?
 悔しさで溢れる涙の所為で良く見えない景色の中、太一はトボトボ歩き続けた。
 ふと涙を拭き顔を上げ、辺りを見回した時だ。
 そこは見た事も無い山道だった。
「どこだ、ここ……」
 太一はきょろきょろと辺りを見回した。
 こんな場所に心当たりは無い。
 気付かない内にそんな遠くまで歩いたのか?
 そんな考えが浮かんだ時、足音が聞こえた。
 近付いてくる。
 太一が恐怖を覚えた時――
「変わりたいですか?」
 声が聞こえた。
 何処か中性的で、男か女か分からない声だった。
「だ、誰?」
 太一は聞くが、返事は無い。
 足音はどんどん近付いてきた。
「変わりたくないんですか?」
 足音の方向に目を凝らすと、人影が見えた。
 背はそれ程高くない。
 コートの様な物を着ているのか、体型はよく分からない。
「今を変えたくありませんか?」
 声は尚も聞いてくる。
「変えたいよっ!」
 太一が叫んだ。
「でも無理なんだよっ! 僕には無理なんだっ!」
 それは魂からの叫びだった。
「無理……なんだ……よ……」
 太一は膝から崩れ落ち、手を付いて泣き出した。
 声を上げて泣いた。
 その傍まで人影はやってきた。
 そして言った。

「変えられますよ」

 弾かれたように太一が顔を上げた。
 逆光で顔はよく見えない。
 着ていた物はコートでは無く、白衣の様な服だった。
「変えられますが、どうしますか?」
 表情は見えない筈なのに、笑っている様に太一は感じた。
 ヤバイ。
 どう考えてもヤバイだろう。
 こんな怪しい話、信じちゃダメだ。
 心の理性的な部分が警報を鳴らす。
 太一は答えた。

「望む所だよ。この今が……変わるのなら」

――と。
「いいんですね」
 声が念を押してくる。
 太一は頷いた。
 心は警報を激しく鳴らし続けているが、そんな物は無視した。
 今の現実に何の未練なんて無い。
「いいでしょう」
 人影が手を伸ばした。
 その手に何かピンポン玉くらいの大きさのモノが乗っていた。
「受け入れなさい」
 声と共にモノが太一の右目に飛び込んだ。
「がぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁああああぁぁぁぁぁっ!」
 山道に太一の絶叫が響いた。
 それを人影が満足そうに聞いていた。

「――はっ!」
 太一は自宅のベットで目覚めた。
 もう朝になっていた。
 起きないと学校に遅刻してしまう。
 もそもそと起き出しながら、どうやって帰宅したのかを思い返した。
 僕はどうしたんだっけ?
 確か知らない山道に迷い込んで、それから……。
 弾かれた様に鏡の前にダッシュして、自分の目を見た。
 何も変わらない目がそこにある。
 何だ、夢か……。
 残念に思いながら、学校に行く支度をした。

< 続く >

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