催眠術。
ぼくがこれを妻に試そうと思ったのは、ちょっとした好奇心だった。
自分で自分に試してみたけれど、全然かからなかったから、妻ならどうだろうって、そう思っただけだったのだけど。
「あっ、おいしい!」
妻が、嫌いなパセリを、ぱくぱく食べている。
「なんか甘ーい!」
こんなにうまくいくものだったのか?
味覚操作は、催眠の中でも、けっこう高度な部類だったように思うんだけど。
でも、まぶたが開かなくなったり、にぎった手がひらかなくなったり、そういうこともちゃんと出来ていたし。
もしかして、かかりやすいのかな。
そのときだ。
妻は、セックスに淡泊なほうなのだけど。
もしかして、積極的にさせることができるんじゃないか、って思ったのは。
「んじゅっ、じゅぷっ、じゅぱっ、じゅるるっ」
妻が、激しくフェラチオしている。
これは、激しくフェラをすると、だんだんおちんちんが甘くなっていくという催眠をかけたせいだ。
「うわっ、すごいね、本当に甘くなってる!」
感激したように言う妻に、ぼくは、さらに暗示を与えることにした。
「じゃあ、ちょっと目をつぶってね」
「うん」
「ゆっくり催眠状態に入っていくよ。体中が楽になって、ぼくの言葉がすんなり入ってきます」
「うん……」
「ぼくの言ったことは、本当になります」
「はい……」
「おちんちんをフェラチオしていると、精液が出てきます。そして、精液は、とーっても甘くておいしいです」
「あまくて……おいしい……」
「そうです。意識がだんだんはっきりしてきます。でも、先ほどの暗示は、心のふか~いところに、しっかりと刻み込まれています」
ぱちり、と妻が目をあける。
「えー、精液が甘くなるなんて本当? 昔、我慢できなくて出しちゃったのを飲んだときは、おいしくなかったけど」
「じゃあ、やってみてよ」
「う、うん……。じゅ、じゅるるるっ、じゅぷっ、じゅちゅっ、じゅるるっ!!」
甘くなっているせいか、今までにない激しさでフェラチオをする妻に、ぼくは、性的な興奮を覚えていた。
ふつう、フェラだけでいくことなんてないんだけど、今回は別だった。
「あっ、だめだっ、いく、出すよっ!」
「えっ、ちょ、んぐぅっ!?」
喉の奥にいきおいよくたたきつけられるザーメンを、なかば強制的に飲まされる妻。
ふつうなら、おえ、まずーい、とでもいって、ティッシュにでも吐き出すのだが――。
「あ、あれ? おいしい! おいしいよ、これ!」
くちゅくちゅと口の中でしっかりとザーメンを味わっている音がする。
そのあまりにもエロい光景に、また勃起してしまう。
「ね、ちょっと口開けてみて?」
「え、はい」
その口の中には、まぎれもないぼくの精液があふれていて、舌がザーメンの海の中をひくひくと蠢いていた。
「うん、ちゃんと精液だね」
「う、うん……。びっくりした~。でも、おいしい!」
そういって、ものほしそうに、ぼくのペニスから垂れてきた、残りのザーメンを見る。
「いっただっきまーすっ。はむっ。んんっ、本当だ、おいしい! あまい! これ好き!」
ちゅっ、ちゅっ、と精液をついばんで、意図せずしてお掃除フェラをする妻の姿に、ぼくは我慢ができなくなってしまう。
「あっ、ちょっと待ってよ、フェラしたいよう。甘いもの欲しいもん」
「じゃ、最後に口に出すから、ね?」
「えへへ。それならいいよ」
いつもなら、口に出されることなんて絶対に嫌がる妻が、喜んで受け入れてくれるということに、ぼくはめまいがするような快感を感じていた。
「じゃあ、今日は深い催眠に入ってみましょう」
あれから、何度も催眠状態に妻を導入した。
基本的に、精液の味を変えるとか、感度を上げるとか、そういうことだけど。
どれもバッチリ効いたぼくは、ちょっと調子に乗っていた。
いったい、ぼくの催眠術が、どこまで通用するのか、試したくなったんだ。
ぼくの暗示にしたがって、妻は、深いトランス状態に移行する。
「あなたには、ぼくの声しか聞こえません。そして、ぼくの言うことは、絶対的な真実です」
「はい……」
「あなたは、ぼくのことを、ご主人さまと呼ぶようになります」
「はい、ご主人様……」
「そして、ご主人様の言うことには、喜んで従ってしまいます」
「はい、ご主人様……」
「命令を聞くことは快感です。しかも、したくないと思っていることをすると、信じられないほど気持ちよくなって、逆らう気持ちがなくなってしまいます」
「はい……」
「さあ、それでは目を開けると、目の前にご主人様がいて、とっても幸せな気持ちになって、なんでも言うことを聞いてしまいたくなります。目を開けると、この暗示のことを、あなたは忘れてしまいますが、暗示は心の中に、しっかりと残っていますよ」
「気分はどう?」
目を開けた妻に、ぼくが聞くと、妻はうれしそうに答えた。
「とっても幸せな気持ちです、ご主人様」
おお。
ちょっと感動だ。
ようし、ここからが本番だぞ。
「じゃあ、服を脱いで」
「かしこまりました、ご主人様」
かしこまりました、なんて絶対にぼくには言わないのに!
すごいすごい!
するすると服を脱いで、すっぱだかになる妻。
「じゃあ、そのまま、マンションの廊下を歩いてもらおうか」
どうだろう。
催眠術は、本当にしたくないことはできない、とされている。
実際に、変なことをさせようとしたら、すぐにトランス状態から覚醒したという論文もある。
だから、これは、暗示から覚めるんじゃないか?
そう思う一方で、したくないことをしようとすると気持ちよくなって逆らう気持ちがなくなると暗示をかけたから、大丈夫じゃないかとも少しだけ思っていた。
でも、実際は、暗示が解けるだろうと、九割くらい思っていた。
だから、玄関まで、すたすた歩いていく妻に、ぼくは懐疑的な目を向けていた。
いつ暗示が解けるかと思っていると、ドアノブに手がかかる。
「ちょっとまった」
「はい、なんでしょう?」
妻が、無垢な目でこっちを見る。
もしかして、これは演技なんじゃないか?
ギリギリまでぼくを試そうとしているのでは?
「靴は、はいていい」
「かしこまりました、ご主人様」
そのまま、ドアを開ける。
夜の廊下、光に照らされて、妻のはだかが外気に触れる。
そして、妻は、躊躇することなく歩き出した。
こんな姿、だれかに見られたら、どう言い訳すればいいだろう。
そう思いながらも、ぼくのペニスは、ガチガチに勃起していた。
あまりに背徳的な光景に、立ったまま射精してしまいそうだった。
「もう、戻っていい」
「はい」
がちゃりとドアを閉める。
この階は、あまり人がいないし、マンション住民以外の人から見られる心配はまずない。
でも、こんなこと、ふつう、妻がするだろうか?
それとも、本当は露出癖があったとか?
ぼくを見つめる妻の視線に気づいて、次の命令を出すことにする
はたして、どこまで行けるのか?
それが、そのとき、ぼくの頭にあった疑問だった。
ぼくと妻は、ヴェネチアの仮想大会で使うような、派手な仮面をつけていた。
これで、人相はわからない。
そして、ぼくたちの後ろには、カメラ。
先ほどの、妻の露出行動で、今すぐにでも挿入したかったけれど、理性で必死に抑える。
妻に与えた暗示は、先ほどのものに加えて、ふたつ。
淫乱化と、感度上昇だ。
「自分で考えられるかぎり、一番エッチな女の子を想像してください。それがあなたです。あなたは、とってもセックスが大好きで、とんでもない淫乱です」
淫乱化については、こんな感じの暗示を与えておいた。
「カメラに、ぼくたちのセックスを撮ろうと思うんだけど、いいかな?」
「もちろんです、ご主人様」
もじもじと、股をこすりあわせて、上目づかいで、媚びたようにぼくを見つめる妻。
自分の妻が、娼婦にでもなってしまったかのような錯覚を受ける。
「じゃあ、これをネットにアップしてもいいかな?」
これは、ふつうの妻なら、絶対に断るはずだ。
ぼくも、ふつうなら、絶対にしない。
「もちろん、大丈夫です、ご主人様」
これは、どこまで本気なんだろう。
でも、まあ、やれるところまでやってみるか。
「じゃあ、ぼくを誘惑してみてくれるかな」
男を誘惑をする妻なんて、想像したこともなかったな。
いったい、どんなことしてくれるんだ?
そんなことを考えていると、ゆっくりと、ぼくと――後ろにあるカメラにむかって、足を広げる。
陰毛に覆われた性器が、ぼくの目に入ってくる。
気のせいじゃなければ、きらきらと愛液で濡れているみたいだった。
「ご主人様、お願いします。わたしは、スケベで淫乱な女です。今すぐにご主人様のオチンポを、オマンコに入れていただかないと、我慢できません。エッチなよだれをダラダラたらしている、はしたないわたしのオマンコを、ご主人様のたくましいオチンポでズボズボしてください」
オマンコ、なんて奥さんの口から聞いたことある?
ぼくはなかったよ、このときまで。
こんな淫乱な言い方もはじめてだし、オチンポなんて言ったこともない。
ぼくの理性は、完全にぶっとんだ。
「あぁん! ご主人様っ、最高ですっ、オマンコ気持ちいいよおおおっ!」
あまりに大きな声を出すので、すぐに静かにするよう命令を出さなくてはならなかった。
やばいな、近所に聞かれたかもしれない。
必死に声をこらえながら、荒い吐息で、ぼくを受け入れる妻。
声を出してはいけないと我慢するその姿が、とても背徳的な感情を呼び起こす。
これは、いつもの愛情に満ちたセックスとは違う。
性欲に満ちたセックス。
欲望のままに腰をぶつけあうセックス。
声をあげないように我慢させる仕草が、まるで妻をレイプしているようで、ぼくはつらいという感情と同時に――どす黒い支配欲のようなものが満たされているのを感じる。
ああ、自分にも、こんないやな感情があったんだ。
射精を我慢できそうになかったので、妻のオマンコから、ペニスを抜き出し、口にたっぷりと射精してやる。
そのまま、なえたペニスを口につっこんで、フェラをさせる。
ぼくは、自分の性欲になかばあてられていて、相手を思いやることよりも、自分の欲望を優先させていた。
「んっ、んんぅっ、あ、甘いです、ご主人様」
はあっはあっ、と息をあえがせながら、妻がぼくに言う。
「上のお口は、いっぱい、おいしくて甘い、新鮮なザーメンをいただきましたけど……下のお口は、まだおなかをすかしています」
僕の理性が、もう一度ふっとぶのに、大した時間はかからなかった。
パソコンを前にして、ぼくと妻が座っている。
非常に簡単に編集して、本人特定ができないようにした動画。
それを、アダルト動画投稿サイトに、投稿しようとしているところだ。
「いいの?」
「はい、もちろんです」
それでも、妻は反対しない。
だから、ぼくは、動画を投稿した。
そして、それから、妻の催眠を解除する。
もし、催眠を解除された妻が、いやがったら、すぐに動画を消そう。
記憶除去はしない。
というか、記憶除去は試していないので、できるかどうかわからない。
「あなたは、ゆっくりと、深い催眠状態に入っていきます。もう、ぼくの声しか聞こえません」
「はい――」
「では、あなたの催眠は、ゆっくりと、でも確実に解けていきます。ぼくの暗示は、もう何の意味もなくなって、いつもの自分にもどります」
「はい――」
「目を開けると、とてもすっきりした気持ちになって、暗示が解け、いつもの自分にもどっています。――はい、目を開けてください」
妻が、目を開ける。
「気分は、どうですか?」
「とっても幸せです、ご主人様」
このときの衝撃を、うまく伝えられるだろうか。
ショック。
心臓か頭をなぐられたような。
足元がすとん、となくなって、おなかがゾッと冷えたような。
そのときになってはじめて、今までぼくは催眠にかからなかったし、妻も解除がうまくいっていたので、解除がうまくいかないときにどうすればいいか、全然勉強していなかったことに気づいた。
もう一度。
もう一度、催眠解除だ。
「あなたは、ゆっくりと、深い催眠状態に入っていきます。もう、ぼくの声しか聞こえません」
「はい――」
「では、あなたの催眠は、ゆっくりと、でも確実に解けていきます。ぼくの暗示は、もう何の意味もなくなって、いつもの自分にもどります」
「はい――」
「目を開けると、とてもすっきりした気持ちになって、暗示が解け、いつもの自分にもどっています。――はい、目を開けてください」
どうだ。
ぼくは、祈るような気持ちで、声をかける。
「気分は、どう?」
「とっても幸せです、ご主人様」
これから、一生このままだったらどうしよう。
ぼくのせいだ。
妻の人生を滅茶苦茶にしてしまったかもしれない。
とりかえしのつかないことを。
妻の心を。
パニックになって、思考がまとまらない。
「ご主人様」
「え?」
妻の声で、我に返る。
「まだ、わたし、エッチしたりないんです。はしたない女でごめんなさい。でも――」
そう言って、自分の割れ目を、指でなぞる。
まるで、別人になってしまったかのような雰囲気。
顔は、今まで見たこともないほど、いやらしく性欲にゆがんでいるように見えた。
「ご主人様のオチンポで、わたしのオマンコ、かきまわして、中にたっぷり出していただきたいんです。それに――カメラも回して、ハメ撮りしていただけると、うれしいです」
もし、一生戻らないのなら。
この状態の妻を一生面倒みることが、ぼくの責任というものだろう。
「わかった。でも、一回セックスしたら、またちゃんと催眠解除するぞ」
「かしこまりました、ご主人様」
そのときの妻の笑顔は、淫蕩な期待に満たされた笑顔だった。
その夜のことを、結論から言おう。
膣内射精が二回。
催眠解除も二回。
催眠解除はすべて失敗。
そして、就寝。
「ねえ、起きて、起きてよっ」
こんなに寝起きがよかっただろうか、という速度で飛び起きる。
「大丈夫? 大丈夫なのか?」
「え、大丈夫って、何が?」
「今はもう平気? ふつう?」
「何言ってるの、ふつうだよ。そんなことより、動画消して!」
動画……そうだ、昨日の動画!
あわてて、パソコンの前に行き、動画を消す作業をする。
その間、妻が後ろでしゃべっている。
「も~、催眠状態にあるからって、あんなエッチなことをして~!」
「お、覚えてるの?」
「当たり前でしょ!」
そうだ、そもそも、忘却催眠なんてかけてない。
「ごめん」
「ん、何が?」
「催眠解除、うまくできなかった。昨日のこと、いやな思いさせちゃったなら、ほんとに謝るよ。ほんとに。ごめん」
「んー、楽しむように催眠をかけられたから、思い出自体は嫌じゃないんだけど――今になってみると、やめてよね、って感じかな」
「ごめんなさい」
妻のほうをむいて、頭を下げた。
あやまることしかできない。
昨日のことは、ぼくが自分で考えても、よくなかったと思う。
準備不足というか。
それよりなにより、怖かった。
妻が、永遠に変質してしまうかと思うと。
そして、完全にぼくの支配下にあった催眠術が、暴走したように思えたことが。
「んー、ごめんだけで許すのはなあ。……じゃあ、わたしのほうからも、ひとつ、いい?」
「なに?」
「子供欲しいな」
「………え?」
「催眠の罰だよ~」
そういえば、前から、妻は子どもを欲しがっていた。
一瞬、これは、妻が子供を授かるための演技だったのでは、という疑いが、頭をかすめる。
「わかったよ」
「やったあ!」
その疑念は、妻の満面の笑顔で、かき消された。
「あ、あとさ――」
「ん?」
「あとで一緒に、ハメ撮りビデオ、見よっ?」
ぼくたちは、その日、一緒にビデオを見て、ぼくは昨日は性欲にまかせてごめんとまた謝って、わたしだって性欲をぶつけあうセックスもたまにはいいと思うよと言われ、ビデオを見ているうちに、性的にどちらも興奮してきて、そして、たくさん、妻の膣内に射精した。
このとき以来、ぼくは催眠を妻に(もちろん他の人にも)かけていない。
ぼくは、今でも、このときのことをどう考えていいのか、わからない。
本当に、妻は催眠にかかっていたのか。
それとも、(たとえば子供が欲しいとの理由で)催眠にかかったふりをしていたのか。
返ってくる答えがどちらであっても怖くて、ぼくはいまだに、妻にこのことが聞けないでいる。
あとがき
秋茄子トマトです。この話は読みやすくするため、行を開けていますが、オイディプスの食卓や、絆催眠を参考にしました。この場を借りてお礼を申し上げます。
この話は、実体験を基にしています。といっても、エッチなことがあったわけではありません。
このサイトに来ている人の中で、何人くらいが、実際に催眠を試してみたことがあるかはわかりませんが、ぼくは試したことがあります。
ただし、それはエロスな側面ではなく、スピリチュアルな側面からの興味によるものでした。
自分の中にいる意識されない完全な自分、潜在能力、死後存続(注:退行催眠は生まれ変わりの研究としては信頼性に乏しく、イアン・スティーヴンソンなどの研究のほうがずっと参考になりますが)などの分野には、催眠や変性意識状態、瞑想と言った単語が、明に暗に出てきます。
ぼくは、自分でわりと情緒不安定だと思うことがあって、それを安定させたいということと、幸福や死後存続に関して、催眠が何か与えてくれるというような直感から、催眠を試してみたことがあります。実は、今でも興味のある分野です。
催眠をうさんくさいと思う人もいると思います。でも、ぼくはそのとき、ある種の限界をこえたかったし、そのためには、ふつうの方法ではふつうの世界にしかいけないから、ふつうじゃない方法で、限界(普通)を超えた世界に手を伸ばしたかったので、そのうさんくささも好きでした(今でも好きです)。
しかし、催眠を練習したものの、上手くいきませんでした。シュルツの自律訓練法も第六公式まで出来ず、第二公式の途中あたりまでしかできないし(最終段階に行くのは相当の使い手で、第二公式までいくだけでも十分という話も聞いたことがありますが)、まぶたは開くは、にぎった手は開くは、閉じたまま動かないなんてことはなく。
そのころは、全然できんなー、と思っていました。今なら、あせらずゆっくり挑戦していけばいいと思いますけど。
そのころ出来た(達成感があった)のは、血が出たときに、止まれ止まれと念じると血が止まるという催眠というか肉体操作?(ただし意識をそらすとまた血が出てきます。紙とか刃物で切ったとき、ぜひ試してみてください)、および、腕を伸ばして懐中時計(や振り子)を指の先にむすびつけ、左右に揺れる・前後に揺れる、と念じるとそのように懐中時計が動くという催眠、このふたつです。
さて、ここからが本題ですが、そういうわけで、全然催眠にかからないと思っていたぼくは、ひょんなことから、友人に催眠をかけてみることにしました。
自分が催眠を独学でやっていることを世間話かなにかで話して、試してみてほしいと言われたんだったか、こっちから頼んだったか忘れましたけど、とにかく、まぶたが開かなくなる催眠、やってみたんですよ。
そしたら、ほんとに開かなくなっちゃったんです。
嘘! という気持ちと、やった! という気持ちがないまぜになっていました。
自分が催眠状態をうまく体感できていなかったので、催眠は存在すると思ってうれしかったのかもしれません。
でも、催眠解除をしようとしたら、うまくできませんでした。
あのときの感覚は、うまく言葉にしづらいです。しまった、どうする、このままずっと目が開かなくなったらやばい、やっちまった!
自分のコントロールを催眠が離れるというのは、まぎれもない恐怖、といっていいと思います。
解除の方法は、自分がそもそもかからないので、勉強していませんでした。
今なら、時間が経つか、一度眠ると催眠は解除されると言えるのですが。
その後、もう一度、解除手順を踏んだら、目を開いてくれました。
それ以来、ぼくは他人に催眠誘導をしたことはありません。そもそも、ぼくの興味が、他人に催眠をかけるというより、自分に催眠をかけて潜在的な何かを呼び覚ます方向にむかっているのも、理由としてあったのかもしれませんが。
ぼくは、今でも、たまに思うんです。
あの友人は、ぼくをからかうために、催眠にかかったふりをしたんじゃないかって。
ぼくは、記憶が正しければ、そのことを友人に聞いて、ちゃんとかかっていた、と答えをもらったはずです。でも、もちろんその真偽はわかりません。
催眠の面白くて怖いところは、はたしてそれが相手にどれくらい「かかっているのか」、施術者がわかりっこないってところだと思います。
どんなに相手が非常識なことをしたとしてもですよ――それって、相手が秘術者を「利用」して、いつもならできないことをやっているんだ、って解釈もできますよね。
ぼくが本を読んだ限りでは、催眠状態で意識がなくなるなんてことはなく、自分が何をやっているかちゃんとわかっているし、いやなことを命令されると変性意識状態から覚醒するし、実際他者による催眠は、自己暗示の他人による誘導だ、という話ですし、そうだろうなって思います。じゃあ、意志に反して目が開かなくなるのは何なのか、そして催眠解除がうまくいかないときがあるのはなんでなのかって話になるんですが、実はまだ、うまく言葉にできていません。
ただ、そんなに悪い状態になっているわけではない、という気はしているのですが。
ちなみに、催眠についてしりたい方は、ブライアン・イングリスの「トランス」がおススメです。歴史や論文、オカルト的な領域にも踏み込んで、変性意識状態について書かれた本です。実践については、本屋さんには変な本もありますから、図書館で探した方がまともなものに出会う確率は高いんじゃないかと個人的には思います。
さて、この話は、珍しく、時間を計って書いてみました。本文は一時間十六分。あとがきが三十五分です。
では、読んでいただきありがとうございました。
< 終 >