囚われのたいきくん 1-1

1-1

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「いい? よく聞いてね?」

 声がする。
 高いところから広がって、僕を包んでいく。
 ふわっとして…いい気持ち……。

「…ほら、声が、…聞こえる……」

 感覚がだんだんとぐにゃぐにゃになっていく。
 頭は支えてもらってるから、足だけがすぅ~っと深く深く沈んでいく。

「…ふふっ…ぴくぴくしてる。……可愛いなぁ」

 全身がずぅんと重くなっていって、力が入らない。
 手首のあたりとかふくらはぎのあたりとかが、ぴくぴくと痙攣してる。
 おでこにひんやりと、何か冷たいものがふれた。

「ほら、もっとぴくぴくするよ……」

 おでこにあった冷たいのが首すじに移る。

「こっちも、……ほら、ぴくぴくしてきちゃう」

 左がわにも、ひんやりしたのがふれる。
 そしたらだんだんとそこが、震えていく。

「ほら、腕もぴくぴくしちゃうよ……」

 首のとこにあった冷たいのが、今度は両腕に移り、
 腕がきゅっと押さえつけられた。

「そのまま、手がしびれていく……。手からどんどん……じんわりと、感覚がなくなっていく……」

 じーんとした痺れが、腕全体に広がっていく。

「…あなたの腕に、どんどんしびれが溜まっていくよ……。まだまだ、いぃっぱい溜まっていく。
 でも、今は私が押さえてるから大丈夫。…だから、どんどんしびれていく」

「数を数えるよ。数えるたび、もっと……もっとしびれがたまっていく。けど、それが気持ちいい…」

 …うでが……、じーんとして…気持ちいい……。

「10数えたら、私はこの手を離しちゃう。…すると、たまってたしびれが一気に全身に広がっていく。
 気持ちいしびれが全身に広がっていくの」

 すでに僕の両腕は感覚がほとんど残っていない。

「……じゅう…。……ほぉら、きもちいい……」

 正座して脚がしびれきった時のような、あんな感じ。

「…、きゅぅ…。感覚がなくても、腕に熱がたまっていくのがわかる…」

 腕のしびれのせいでか、少し意識が浮上してきたのかな。

「……はち。……じーんとするね…。つついたらすごいことになりそう」

 でも、頭も重くってあんましうまく回らない。

「…なな。……もっと、しびれがもぉっとたまっていくよ……」

 今回はちゃんと、深く入れたみたいだ。

「……、…ろく…。…ふかぁく、沈んでいく……」

 うごかそうと思っても体がうごかない。

「……ごぉ…。…だめだよ…、あなたはもう、動けないの」

 入れようとした力が、首すらとおれずに…あたまで止まってしまう。

「…よん。もっと……ふかぁくはいっていく…。すごいきもちいい……」

 そしてそうするたびに……、もっとからだが…おもく、なって………。

「……さん。…うでがしびれてたまらなくなって……、…はじけそう」

 ………うでが……、…………あつ…ぃ………。

「………にぃ……。…………あと、もうちょっとだね……」

 …………………あぁ、………………。

「……………………………いち…」

「ゼロ」

 両腕が解放され、せきとめられていたしびれが一気に全身に広がっていく。

「そう、そのまま…ふかぁく………ふかぁく、………落ちていく……」

 またおでこにひんやりとした手が当てられて、
 くいっと、後ろに押された。
 そして耳元に、彼女の柔らかい吐息がかかる。

「…………あなはたもう、なぁんにもわからない………………」

 ……、…きもち……いい………。
 ……………………
 ……………
 ………
 ……
 ……
 …
 …
 …
 …

「ねぇねぇたいきくん、催眠術って知ってる?」

 お昼休みに図書館で、彼女はふとそんなことを切り出してきた。

「あなたはだんだんねむくなるーなんて、そういうのじゃなくってねぇ、

 昨日色々調べたりしてみたんだけど、すごいんだよ!」

「…催眠術って、あれじゃないの? 誰かを眠らせちゃう術とかじゃなくて?」
「読んで字のごとくって、だっめだなぁたいきくんは~。違うよ、催眠術はね、そうじゃなくってね、すごいんだよ!」

「なにがすごいのかよくわかんないけど、すごいのはとりあえずわかったよ」
「ふっふっふ~。すごいだろー!」
「うわー、すごいねー」
「そうだろそうだろー!」
「そうだねー」

 彼女はドヤ顔で無い胸を張っていた。

「催眠術はねー、あれだよ。かけられちゃうと動けなくなったり犬とかになったりしちゃうんだよ」
「へぇ…、ほんとに?」
「ほんとほんと! 本気と書いてもとけだよ!」
「……う、うん」
「あれだよね。たいきくんは、催眠術すぐかかっちゃうタイプだよ。こう、真に受けやすいっていうか」
「そう?」
「そうそう! たいきくんは女子の言うことすぐ真に受けちゃうよね」
「いや、そんなこと言われても、テレビみてないからわかんないよああいうのは」
「そういうことじゃないんだよー。なんていうか、こう、たいきくんはねぇ、なんでもかんでも言われたことぽんぽん受け入れちゃうんだ」
「……そうかなぁ?」

 僕ってそんなになんだろうか? ……そうなのか…なぁ?。

「そうだ、そんなことよりアイスおごってよアイス! この前約束してくれたじゃん!」
「…あ、そうだった。今日の放課後でいい?」
「いいよー! やったぁハー○ゲンダッツだー!! 抹茶の練乳とホワイチョコ入ってる奴って今売ってたかな」
「ちょっと待って、そんなことまで言ったっけ?」
「言ったもーん。うわぁたいきくん嘘つきだぁー」
「…そうだっけ?そ○とか○ピコとかじゃなくて?」
「そうだよ! いやそ○ではなくって、そうだよ!」
「……そうだ、っけ……?」

 たしかにアイスをおごるとは約束…した。
 それは”覚えている”。
 でも僕はハ○ゲンダッツなんて食べたことないし、
 それにこの前って昨日だったっけ……?

「ああもう、しょうがないなぁ…。いい?

 ”たいきくんは”昨日私にハ○ゲンダッツをおごるって言ったんだよ」

 そう強く言われた瞬間、意識が遠のいたような気がして……、
 そして僕は”思い出した”。

「…あぁ、そっか、そう言ってたね。ごめんごめん」

 そうだ、昨日彼女の家に招待してもらった折に、僕はそう約束したのだった。

「……うーん、やっぱりまだ浅いかぁ……」
「…え? どうかした?」
「ううん、なんでもないよ。そんなことよりハ○ゲンダッツだーやったぁ!!」
「ん? もうこんな時間だ」
「ほんとだ、教室戻らなくっちゃ。じゃぁ、放課後ねー!」

 そして、放課後になった。
 彼女と二人、自転車を漕いで学校から10分ほどのところにあるスーパーに着いた。

「おぉ、あったあったあったよ抹茶ダ○ツの練乳入ってるやつ!!」
「それってそんなにおいしいの? 僕も買ってみようかな」
「そうだ買うんだ10個くらい。ちなみに取り分は9-1だからね!」
「いや二つしか買わないよ……」

 二つを取ってレジで清算して、出入り口そばのベンチで早速食べる。

「あぁ~! いやはや、うっまいのぉ!!!!!!」
「…ほんとだ。これおいしい」
「でしょでしょ」

 これは本当においしい。
 ホワイトチョコと練乳が薄く凍ってパリパリになったものがアイスに混ぜ込まれていて、それがまたすごくおいしいのだ。

「あ、いいこと思いついちゃった」
「へぇ、おめでとう」

 そしてまた一口と、アイスを口に運ぶ。

「…ふふっ…… ………」

 しかし、口に運んだはずのアイスが、スプーンから消えていた。

「……、あひぇ?」
「どうしたんだいたいきくん、間抜けな声なんか出して」
「いや…、……」

 もう一度スプーンでアイスをすくって、口へ運ぶ。
 …また、アイスはスプーンから消えていた。

「……、………?」

 なんだこれ。
 スプーンがアイスを食べちゃったなんてバカなことはないにしても……、
 なんだこれ。

 そんな僕のことは一切気にせず、彼女は隣で至福の表情でアイスを頬張っている。
 仕方がない、もう一度だ。

『……たいきくん、”あーんして”?』

 木製のスプーンでアイスをすくって、それを口へと運ぶ。
 そう、彼女の口へと。
 どうやら、今度は大丈夫だったようだ。

『うーん、意識ないまましてもらうより、やっぱりこっちのほうがいいなぁ。…困ってるたいきくんも可愛いし、それはそれでいいんだけどね~』

 そうしてアイスを食べ終わり、気づけば僕はなぜか彼女の家にいた。

「…どうしたの? たいきくん、ほら上がってよ遠慮せずに。

 今お茶出すからちょっと待っててねー」
 そう言いながら彼女はキッチンのほうへ行ってしまう。
 対する僕は、玄関で靴すら脱がずに突っ立ったままでいる。

(……なんで…、だっけ……?)

 そう、いつものようにくだらない話をしながら自転車を漕いでいただけ。
 でも、彼女の家は僕の家とはスーパーから反対方向にある。
 今日は別に遊びに来るつもりもなかったし、何せ昨日来たばかりだ。
 そのまま帰ってさっさと宿題を終わらせるつもりでいたのだ。
 しかし、なぜだか今僕は彼女の家の玄関にいる。
 アイスを食べ終わったあと、そのまま自転車を漕いで、ここに来た。
 ………………、なんでだろう?

「ねぇ、どしたの? 用事思い出したとか?
 スーパーでおつかい頼まれてたりとかしたの?」

 見れば彼女がリビングの扉から顔を出してこちらを見ていた。

「……いや、そういうわけじゃないんだけど……」
「ならどうしたの? とりあえずそんなとこでずっと突っ立っててもあれだし、なんでもないんなら上がりなって」

「…う、うん」

 とりあえず、適当に一緒に宿題でもやって帰ろう。そうしよう。

「はい、どうぞ。お菓子はばか○けしかなかったからば○うけで勘弁してね」
「いや、いいよ別にまだお腹そんな減ってないし」
「そう? じゃあ私がその分も食べるからいいや」

 女の子って恋バナの次にお菓子が好きとはたまに聞くけど、こんなになのかな?
 せっかくなので、彼女が出してくれたお茶を一口すする。
 今日のお茶は緑茶らしい。昨日はよくわからない紅茶だった。
 あの紅茶は、なんて名前だったっけ…?

「やっぱおせんべいには緑茶だねー」
「でも、また妹に言われるんじゃない? おねえちゃんだけずーるーいーなんて」
「そんなの、べつにいーもんねー」

 そう言って彼女は相変わらずの上機嫌でばか○けをかじる。

「……けど、たいきくんごめんねぇ。ほんと私ったら、半日も待てなくってさー」
「え? ばか○け食べるのが?」
「ちーがーう、っての! まったく、私をなんだと思ってるのよ!」
「えっと…、食いしん坊?」
「ふーん、そういうこと言っちゃうんだぁ? いーんだぁ? 女の子に向かってそんなこと言っちゃって、あとで後悔しても知らないんだから」
「……ごめん、悪かったよ。それで、一緒に宿題しない? 今日の数学の奴」
「えー、めんどくさーい。それよりゲームしようよゲーム。昨日の雪辱、絶対に果たさせてもらうんだもんね」
「いや、ちゃんと宿題やろうよ」
「たいきくん、なんでそんなつまらない人間になっちゃたの……」
「上目遣いで言ってもだめ。さっさと宿題やって終わらせちゃおう」

 そう、そしてある程度のところで切り上げて今日はうちに帰るんだ。

「しょうがないなぁ、たいきくんは。ほら手伝ってあげるからズボン脱いで」
「うん、わかった。……えっと、数学のノートは、……あったあった」
「んじゃぁ、”しよ”っか」

< つづく >

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