僕と、生徒会長と、 最終話 後編

最終話 後編  学園の支配者? 須藤悠

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 僕は自分の事以上に心配しなければならない人がいた。
 優子だ。彼女は、昨日もそうだけど案外心が弱いところがある。平気で自殺をしようとする。もしかしたら、僕以上に自己評価が低いかもしれない。

「……大丈夫、かな」

 顔をあげ、心配の対象、優子を見る。
 先ほど、僕が最後に見た時と違い、優子は横になっていた。
 優子は、小水を流していた。口をパクパクさせている。怜が隣に座り介抱していた。

「優子!?」

 思わず僕は優子に駆け寄った。優子は恐怖の表情を浮かべて、僕に対して。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 壊れた機械のように、繰り返した。自殺を図ろうとした時よりも、瞳が暗く沈んでいる。
 怜が真剣な表情で僕に語る。

「ごめんなさい、あなた。私、あなたのことばかり気にかけて……。私のミスよ。優子の心が、耐えられなかった」

 僕は急いで優子に話しかける。

「優子、大丈夫だよ。僕は優子のこと、大好きだから、優子は理由があってそうしたんでしょ? 大丈夫、大丈夫だから」

「ごめんなさいごめんなさい……」

 ……それから僕は何度も声を掛けた。僕が思いつく限りの言葉を優子に届けたかった。でも伝わらない。
 僕の声が、優子に、届かない。
 絶望に打ちひしがれる僕に対して、ハカセが僕にあるものを渡した。

「悠、お主に今必要なのは、コレ、じゃろ? 優子君を救うかどうかはお主次第じゃ。儂は帰るぞい。儂の為すべきことは為したからの」

 洗脳スマホ、だった。それを、ハカセから手渡される。

「僕は……ぼくは」

 自分が言ったセリフが蘇る。
『人を洗脳してはいけない。そう思った。人を洗脳して最後に待ってるのは決してハッピーエンドなんかじゃないんだ。今の怜だって、偽物の幸せを感じてるに過ぎないんだよ』

「僕……どうすれば……」

 いつの間にか、怜が隣にいた。ぎゅ、っと抱きしめられる。数時間振りの怜の香り。

「あなた。あなたの罪は、私も背負うわ。二人で一緒に、優子を助ける為に洗脳するの」

 僕は、混乱して頭が白くなるのを感じた。

「人助けの……洗脳?」
「そうよあなた。人を洗脳することは絶対間違いだ、なんて誰が決めたのよ。大丈夫、大丈夫だから。優子は、他の誰でもない、あなたに救いを求めているわ。許すかどうかは、あなたが決めるの」

 そういって、頭を優しく撫でられる。僕は少しずつ、涙があふれる。

「そんなの決まってる……怜、ごめんね……僕……優子を助けたくて……ぐすっ……」
「あなたは泣き虫さんね。そんなあなたも、愛してる。……さぁ、優子を治してあげましょう?」

 僕は、僕たちは、優子を洗脳した。
 洗脳内容は、今までと全く同じ。

『ゆう君の忠実な僕になること、ゆう君の幸せが私の幸せであること。ゆう君の幸せの為に全てを捧げること。ゆう君を私の命に代えても守ること。ゆう君の女として相応しい女になること。ゆう君に対して丁寧に接すること』

 これは、僕の我がまま。優子はあの優子じゃないと、ダメだ。あの、変態で、どうしようもなくて。いつもボケまくりで。ただひたすらに、一途に僕を見てくれる優子じゃなきゃ。あの優子じゃないと嫌だ。

 怜と一緒に洗脳スマホを操作して、二人で決定ボタンを押した。
 優子の目に、生気が宿る。
 優子が、ごめんなさい、以外の言葉を紡いだ。

「……ゆう、さん。……わたしは……あなたの、おそばにいて、ひぐっ……いいん、ですか?」

 僕は手を広げ、優子にこう言うんだ。

「おいで、優子」

 優子は桜が咲き誇るかのような満面の笑みで、僕に抱きつく。

「はい、悠さん……んっ」

 僕は、強く、抱きしめた。この子を、守りたい。幸せにしてあげたい。
 僕は優子を撫でた。そして、涙と鼻水で顔いっぱいになっている優子にキスをした。

「嫌です、悠さん。……んっ。こんな顔、悠さんに見せられません」
「僕、ハンカチ持ってないし。気にしない。綺麗だよ、優子」

 僕は優子の髪をなるべく優しく撫でた。そういえば、優子に話そうと思ったことがあるんだった。

「ね? 優子」
「……はい?」
「髪、伸ばしてる?」
「……はい」
「怜の真似、しなくていいよ。僕は優子のいい所、いっぱい知ってるんだから。僕は、ショートカットの優子が好きだな。ほら。中学の時みたいにさ、可愛らしいカチューシャ。また、付けてくれないかな?」

 僕は、つくづく駄目な男だ。また優子を泣かしてしまった。
 優子は泣いたまま、僕にキスをする。キスの雨を降らせる。僕は何かに支えらえれて、押し倒されることはなかったけど、優子に舌を入れられた。優子の勢いが凄すぎて、僕は優子に合わすだけで精いっぱいだった。大人の音が体育館に響きわたる。

「んっ……じ、じゅ……れろ……じゅ! じゅるるる! んっ! ……悠さん……」

 優子の顔が赤い。
 優子の目が僕に訴えかけてきている。潤んだ瞳に、僕は思わず見惚れた。

 優子が僕の体を弄る。優子の手は僕のワイシャツの下に忍び込み、僕の性感を確実に突いてくる。

「ちょ……っと……。ゆぅこぉ。……んっ!」

 乳首を軽くいじられた。優子や怜にすっかり開発された体は優子の責めを快楽として受け取る。

「悠さん、気持ちいいですか? もっとよくして差し上げます。ふふっ」

 いつもの優子の調子に戻ってきた。手つきも更に速く、強さのさじ加減も丁度良く。
 駄目だ。このままじゃあまた優子に主導権を握られてしまう。
 僕は優子に内緒で洗脳スマホを操作して、そのまま僕優位の形で、性交に持っていこうかと、そう、思った。
 けど。
 なかった。手元に、洗脳スマホ、なかった。

 後ろから、囁かれた。

「あなたが欲しがっているのは、これかしら?」

 僕の耳に、囁かれた。目の前にスマホがぶら下がる。
 僕を支えていたのは、ラスボスだった。

 そういえば、僕達、喧嘩してた。
 優子は空気を読み、僕を責めるのをやめた。
 優子が前から、僕を抱きしめる。怜は、後ろから僕を抱きしめる。
 前門の優子、後門の怜。一難去って、また一難。怜が続けて囁く。

「ねぇ、あ・な・た。私たち、夫婦よね?」
「……はい」
「どうして優子のことばかり、見るのかしら」
「……そんなこと、ないです」
「ふぅ~。ふふっ、びくっとした。可愛い。嘘つきさんは嫌われちゃうわよ、あなた。あなたは、愛人とセックスしようとした。可愛いお嫁さんがすぐ側にいるのに。私の事なんて目もくれなかった。違うかしら?」

 優しく、真綿で首を絞めてくる。僕に非があるのは明らかなので、何も言えない。

「……はい」
「私のこと、愛してる?」
「愛してます」
「……そう。それなら、もう二人を解放する、だなんてバカげたことは言わないわよね?」

 僕たちの喧嘩の原因だ。

 ハカセの開発品が洗脳スマホだけなら、確かに優子は、僕がいないと駄目だ。

 でも、記憶改変装置を使えば、優子は、全く違う人生を歩むことができるんじゃ?
 でも、それって結局、優子を洗脳することに、他ならない訳で。元の優子に戻すということは、どの時点での、どの優子に戻せばいいんだろう。中2の時? 僕が怜に調教されてた時?

 中2の時に戻したら、優子の知識量が、舞専学園のレベルに追いつかなくなってしまう。
 僕が調教されてた時に戻したら、記憶の戻った優子が嫌がった性格に戻すことになる。
 ……そんなの駄目だ。
 それじゃあ、記憶を全て取り戻した上で……いや、それは優子の心が耐えきれない。少なくとも、すぐに洗脳を解除してはいけない。

 やっぱり僕が、優子を責任もって大切にしないといけない。

 それに対して、怜はどうだろう? 怜は強い女性だ。僕がいなくたって、一人で立派に……いや、僕がいない方が、幸せな人生を歩めるんじゃないだろうか。
 だって、僕が最初に憧れた怜は、多くの男性から告白されて、振って、クールで、かっこよくて、ただただ美しくて。

「ははは……」

 僕は、今度こそ投げやりな笑いをした。
 長考の末、僕の出した笑いの意味が、怜には分かったんだろう。
 じわっ、と背中から嫌な予感がした。

「またあなた、悪いこと考えてる。あなたの悪い癖よ。一人で勝手に破滅の道を選ぶの好きね。あなたは、何も考えなくていいの。怜お姉ちゃんにぜーんぶ任せればいいのよ。そすれば楽よ。お姉ちゃんが全部してあげるもん。さ、悠、考え直しなさい。大丈夫。時間はたくさんあるから、ゆっくり考えて? ゆう君は、お姉ちゃんのカラダ。ココロ。全て自由にできるのよ……」

 女神のような、魔王のささやき。
 いままで沈黙を保ってきた優子が破る。いつの間にか、僕の足を頬ずりしていた優子が破る。

「優子は弱いから、僕がいないと生きていけない。でも怜は? 強い女性だから、大丈夫。むしろ、僕がいない方が、怜は幸せ……。悠さんは、そんなこと考えていたでしょう?」

 ぴしゃりと怜が言う。

「優子、よけいな口を挟まないで」
「いいえ、挟ませていただきます。悠さん、お姉様は恐いんですよ。あなたに捨てられることを、お姉様は恐れている。私はどちらでもいいですよ。私は、あなたとずっと一緒にいる運命なんですから。でも、お姉様はそうじゃない。悠さんに、全てをゼロにされたら、お姉様は悠さんを好きにならないんです。というよりも、分からないと言った方が正しいでしょうか」

 怜が焦ったかのように、僕の顔を覗き込む。

「悠、変態の言うことに振り回されないで。お姉ちゃんに全てを委ねるの。変なこと考えないで」

 僕の目の前に現れた美しい顔。少し微笑んでいるけど、数か月彼女を見てきた僕だから分かる。焦っている。必死になっている。泣きそうになっている。怜は、間違いなくこの学園1番の美人だ。
 その顔を見ていると、僕には釣り合わないんだなって……。僕より、絶対幸せにしてくれる人がいる。……決めた。

「怜、僕と、別れて、下さい」

 告げた。僕の決断を聞いた怜は、能面のようになった。無表情で、僕を見ているはずの瞳は、どこか僕じゃない遠くを見ているようだった。
 怜はしばし、逡巡した後口を開いた。

「まずあなたは、勘違いをしていることがある。私は別に洗脳されてない。」

 分かってる。

「あなた、昨日私たちの洗脳を全部解いたでしょ? 私は、素で、あなたを愛しているの」

 分かってる。
 怜なりに、必死の縋りを見せたけど、僕には届かないことを悟り、僕を解放した。怜が立ち上がる。

 僕を見る。無表情を装っているけど、その裏にある複雑な感情を、僕には隠しきれていなかった。

「……貴方がやったことはただの強姦よ。貴方の勝手な思いで、私の人生は狂った。……貴方のせいで、私は貴方の優しさを知ってしまったの」

 準強姦罪。その通りだ。怜の輝かしい人生を、一瞬でも奪ってしまった。

「それを……何よ今更! 全部なかったことにしろですって!? 身勝手にも程があるわ。惚れた女の一人ぐらい、どんな卑怯な手を使ってでもいいから籠絡させてみなさいよ。どうせ、私と釣り合わないとか馬鹿げたこと考えたんでしょ!? ふざけないで! 途中で折れてんじゃないわよ。中途半端に私に惚れないでよ! この意気地なし、朴念仁、ばか……」

 ごめん……。

「私と二人で、優子への罪を背負うって。あなた、決めたじゃない! また、自分一人で全部背負い込もうとして……」

 ごめん……なさい。

「私の幸せは、私が決めるわ。あなたに決められる覚えなんかない!」

 そう言って、怜は僕をじっと見た。
 僕は、何も言わなかった。言えなかった。
 その様子を見て、怜の顔が苦痛に満ちた、悲壮なものになった。怜は、その顔を僕に見せないようにするためか、僕に背を向け、声を振り絞る。わずかに声が震えていた。

「……それでも、私を元に戻すなら、勝手にすればいいわ。『多分洗脳前の怜がこの状況を予知することができたなら、その怜は全力でこの状況を回避しようとしたんじゃないかな』御明察ね、その通りよ。貴方みたいな人間に、前の私は絶対惚れたりしない。……これが最後の別れよ。……さようなら、あなた。愛してる」

 長い黒髪をたなびかせ、怜はステージを下りていく。あの時とは逆だ、今度の怜は、舞台から降りようとしている。

 僕はもう、怜には会えない。

 ふと、気付いた。僕の手元に、洗脳スマホがあった。怜が残していったらしい。

 怜の、言葉では伝えきれない気持ち。それがずっしりと伝わってくる。

 怜の気持ち。あえて、僕に洗脳スマホを託していった、その真意。

 どんな卑怯な手を……か。

「悠さん、お姉様の幸せってなんなんでしょうね?」
「優子……?」

 優子はいきなり僕に話しかけた。

「悠さん、葉入家の女性は、二通りのタイプに分かれるそうです。一つは、一生独身を貫き、事業などで成功を修めるタイプ。このタイプは、性的興奮があまりないようです。また、生涯人を異性として愛することもなく、自慰もほとんどしないとか」

 優子は、いきなり何を言い出すんだろう。なんでそんな話を、今僕にするんだろう。

「もう一つのタイプは、一生、一人の方に尽くすそうです。その献身的な愛で、夫となるべき御方は大層成功をされるのだとか。このタイプは遅くとも15の年には、変態的な性的趣向を自覚するらしいです。悠さん、あなたはお姉様の『私の人生は狂った』。という言葉に隠された、本当の意味を知りません」

 まさか。優子の言っていることが本当なら。

「お姉様は、悠さんが初恋の御方だったそうですよ? その証拠に、お姉様と初めてした時の事を思い出してください。お姉様は初めてだったはずです。お姉様ほどの女性なら、九分九里の男性はお姉様に好かれたらイチコロでしょう。つまり、お姉様は」

 遺伝的に、一生独身のはずだった? 僕が、怜の人生を、狂わせた? 
 優子は僕の顔を見て、僕が理解したのに気付いたようだ。

 非常に個人的なお話で申し訳ありませんが、と優子が続ける。

「私は悠さんに救われました。私が悠さんに救われなくても、私はある意味機械のような壊れた心で、一生を過ごすことが出来ました。ある意味、何も考えなくてもいいのですから、気が楽です。でも、お姉様はどうでしょうか」

 怜は。でも、怜は記憶改変装置を使えば、元に戻る。大丈夫、大丈夫だ
 優子はそんな僕の考えを嘲笑うかのように、真実を突きつける。

「記憶改変装置を使っても、肉体の感度は元には戻りません。洗脳スマホは、完璧ではありません。悠さんがご自身で語っていたことです」

 僕はガツン、と強い衝撃にあったかのように、目の前が真っ暗になる。
 僕は、何も考えていなかった。何も知らなかった。

「悠さんも鬼畜ですね。記憶を改変され、いずれ元に戻る肉体の感度と、自覚をしてしまう変態的な性的趣向。一途に愛したお方は、もういない。恐らくお姉様は、悠さん以外を愛さないでしょう。記憶改変装置で他人に愛情を向けても、お姉様はすぐに気付くはずです。この人じゃない……と。葉入家において決して交わることのなかった、二つの人生が混ざるとき、お姉様はどういう選択をなさるのでしょうか」

 僕は、取り返しのつかないことを……。

「お姉様は私と違い、強い御方です。決して発狂することはないでしょう。しかし、その強すぎる精神が。お姉様の、その先にある人生が。果たして本当にお姉様の幸せなのでしょうか。お姉様は、この学園で、私たちのいちゃいちゃを見ることになります。これは、私の予想に過ぎません。ですがかなり確信を持って言えます。恐らくこのままだとお姉様は、悠さんとの記憶を消されたときのお姉様と同じ人生を歩むでしょう。悠さんは、よく知らないでしょうが、お姉様は苦しんでおられました。」

 ま、私のせいでもありますが、と結ぶ。
 今まで知らなかった、怜の運命。だからこそ怜の言葉が、僕の全身に突き刺さる。

「差し出がましいですが私は、お姉様にも、悠さんにも幸せになってほしいと思います。お姉様は、全てを承知した上で、あなたに全てを委ねたんです。よく考えて下さい。あの、お姉様ですよ。プライドが高くて、いつも人より進んでいて、実は人を信じていない、あのお姉様が、あなたに全てを託したんです。その意味を、悠さんはもう一度噛み締めるべきです」

 私の幸せは、私が決めるわ。あなたに決められる覚えなんかない! ……だってさ。嘘つき。自分の人生、全部僕に放り投げた女がよく言うよ。その決断をさせてしまったのは、僕。怜は最後まで、一途だった。

 僕は、優子の髪を撫でる。

「んっ……ゆう……さん……?」
「……ありがとう。優子」

 どうやら、僕は。牢屋に入る以外の贖罪が必要なようだ。

 優子を強く抱きしめて、強くスマホを握りしめた。

 そして、僕だけの御姫様を見やる。どこだろう。もう、外に出ちゃったか。僕は走って、何とはなしに、ステージを下りるための階段を使った時に。

 ……見つけた。あそこは、僕が怜を洗脳した場所。僕たちの物語の始まり。
 怜はその場所で座り込み、自分の体を抱きしめていた。まるで、誰かを愛するかのように、強く、強く。

 奇しくも僕たちは、あのときとは真逆の位置だった。
 怜はこちらを振り返らない。怜は、自身を抱きしめるのをやめて立ち上がる。ゆっくりと出口に向かう。

 怜は、洗脳スマホのリスト一覧から自分を削除していた。だから、怜を取り戻すために、僕はもう一度怜の写真を撮らなければならない。
 あの時とは違い、緊張はしていない。僕は自分でも驚くほど冷静に、スマホのカメラを起動し、シャッターを切る。

 カシャ!

 あの時と同じ音。でも美しく撮れたよ。あの時と同じ音でも、周りの生徒はざわつかない。時折まばたきをしながら、感情のない目で僕らを見守っている。

 怜がこちらを見た。幾筋もの涙が流れた後を、僕に見せつけた。クールな彼女の顔がゆがんだ。走って、僕の元に戻ってきた。
 そして、僕の目の前に立ち、無言で僕のブレザーの胸倉辺りをつかんだ。僕はそのまま怜に、ステージ中央の演台まで持って行かれた。僕の背に、演台の、ニスで塗られた木のごつい感覚が伝わる。

 怜の口が開く。はたから見たら今の怜は、怒っているようで、とても恐い表情を浮かべているように見えるだろう。でも、今の僕が見たら、それこそ本当の感情がお見通しだった。

「言っておきますけど、私、貴方みたいにこそこそ盗撮する人って大嫌いなの
でもね、あれぐらいじゃあ貴方を退学にはできないの。あなたをいじめて退学に仕向ける、っていうのも生徒会長としてあるまじき行為だわ」

 だから、と続けて、僕を抱きしめ最愛の人はこう言った。

「会長として貴方を更生させます」

 怜に包まれ、やっぱり僕は、この人には敵わないな、と思った。

「うふ。うふふふふ」

 ぞくっ。とした。怜の、見なくても分かる黒い笑みに、僕は少し興奮した。怜の手が、僕のお尻を厭らしく撫でる。

「ねえ、あーなーたー? 私を盗撮したってことはぁー? どうするのー? 私のこと、捨てるんじゃなかったのー?」

 甘い声で、僕にささやく。僕も負けじと、怜に言いかえす。

「僕は……お前が欲しい。……怜、ごめん。許してください。……僕と、やり直してください」

 僕は、ちらりと、怜の顔を窺った。怜の顔は蒸気していて、他の人には見せたくないほど、緩んでいた。

「んふふ」

 怜が、怪しく笑う。もう、いくら僕でもこの先の展開が手に取るように分かる。虚ろ目の全校生徒が集合している。
 気付けば優子はオナニーしている。

「ゆぅさん……ゆぅさん……はぁ、はぁ」

くちゅくちゅ……という淫らな音が聞こえる。ほんの少しだけ優子に見惚れてしまった。

「あらあら……この期に及んでまた優子を見てるの? 優子のおなにー姿興奮する? はぁ……折角仲直りをしてあげようかと思ったのに……。そんなに私にいじめられたいのね。この変態」

 怜は、僕の手から、洗脳スマホをひったくって、僕の制服を片手で脱がす。
 嘘つき。最初から同じ事するつもりだった癖にぃ。

「悠、靴下と上履きは履いたままにしましょうか。ネクタイもそのまま。ワイシャツは……そうね、はだけた状態でいいわね。ズボンとパンツは怜様が脱がしてあげる」

 またこの展開か。白状するけど、お尻を撫でられた時点で、もう僕の一物はフルだったよ。
 無理だろうなぁ……と分かってはいるけど、一応聞いてみた。

「たまには……僕がせめた、やっぱりれいさまにいじめられたい!」

 怜に睨まれたので前言撤回。
 怜は僕の回答に満足したようである。

「怜様、僕のこと、許してくれますか?」

 じっとりねっとりとした目で怜が宣告をする。

「悠、足上げて、そう。……で、何ですって? 許す?? ……もう、あなたったら。分かってるくせに。私に言わせようとするなんて、やっぱりあなたはマゾ犬ね。……はい、制服脱がせ終わったわよ……。……悠、どうすれば、私に許してもらえるか。私の上履き舐めながら答えなさい」

 怜が洗脳スマホをいじる。

 僕は、急に皆に見られていることに興奮してきた。

 怜が洗脳スマホをいじる。

 僕は、急に、怜様にいじめられたくなった。

 怜様が洗脳スマホをいじる。

 僕は、急に、怜様といちゃいちゃしたくなった。甘えたくて甘えたくて仕方ない。

「はぁ。なんだか急に熱くなったわねー。ちょっと脱いじゃおうかしら」

 そう言って、怜様は洗脳スマホをいじりながら、怜様がブレザーを脱ぐ。上履きと、ハイソックスと、水色の下着だけになる。怜様のエッチなところが少し、濡れている。

 僕は、急に、黒い感情が体全体を満たしていくのに気付いた。
 全校生徒に怜様の下着が見られている。僕だけの怜様なのに。どうして皆に見せつけるの?

 嫌だ。頭がぽーっとする。
 次に僕が取った行動は、惨めに怜様の右の上履きを舐めて、キスをして、許しを乞うことだった。

「ちゅ……れろ……はい……。僕は……怜様の夫で……怜様をずっと幸せにするって……皆に宣言します。……ちゅ、ちゅっ……怜様は……僕だけの物だって……みんなに見せつけます……あああっっ!?」

 いつの間にか怜様は左の上履きを脱いでいた。怜様に左足が、指が、僕のモノを撫で上げた。

「ちゃあんと言えたからね。あなたの妻は、この私だけ。他の誰にも渡さない。……ほら、皆に見られてるわよ。マゾ犬には十分すぎるご褒美ね。上履きだけじゃなくて、ふくらはぎも、太ももも舐めなさい。んっ……ふふっ。そう。上手にできるようになったじゃない。チンポ撫でてあげるわ。よしよし」

 僕は夢中になって舐めた。怜様の肉肉しい体は触れていて飽きない。太すぎない足は、長い脚と相まって絶妙なバランスを維持している。
 太ももに何度も顔を擦り付ける、舐める。そのたびに怜様は巧みに僕のモノをさする。優子の性技が乗り移ったかのようだ。気持ちよくて、何度も果てそうになる。

「ん。ダメよ。……全く。少し強めにこするだけで……くぅ……。……逝きそうに、なるんだから……節操のない、チンポね」
「れいひゃまぁ……じゅるっ……いかへてくらはぁぃぃ……」
「くす。嫌に決まってるじゃない。んぁ……。何度も寸止めしてあげる。我慢、っ……しなさいよ。逝ったら……ぁ!……許してあげない」

 怜様も感じていたが、それでも足元の調節を乱すことはなかった。
 しばらく、熱を込めて奉仕していたら、怜様が僕の顔を太ももで挟んだ。
 そして僕を押し倒した。僕の眼には、怜様の嗜虐的な笑みが映る。怜様が下着をずらした。怜様のオマンコが丸見えになった。幸い皆には見られないように、怜様も配慮したようだ。

 怜様が次の命令を出した。

「はふぅ……。悠、貴方のせいで、おまんこ濡れちゃったわ。舐めなさい」

 怜様の、おまんこ、という言葉が妙に扇情的だった。思わず僕は鼻息を荒くした。怜様が僕に押し付ける

「怜様ぁ! ぢゅぅぅぅ! あふ……怜様! 怜様!」

 僕は半ば半狂乱になりながら、怜様を気持ちよくする。怜様は僕を責める余裕がなくなったようで。僕からの快感を甘受していた。
 僕は、怜様の太ももの感触を十分味わいながら。怜様の大切な所を舐めつくし、吸い尽くす。その事実にめまいを覚えた。怜様も大きく喘いでいる。怜様の口から唾が出ている。感じているんだ。

「あぁ! ゆぅぅ! もっと! 舐めて! んぁあ! 大好き! 大好きぃ!  んぁああ!」

 僕は夢中になって怜様の安産型のお尻を掴む。撫でる。テクニックも何もないけど。怜様にとってはとても感じたようだ。

「おしりぃぃ! すごいぃよぉ、ゆぅくぅううん!」

 甘々な怜様、生徒会長な怜様、Sな怜様、正妻の怜様、変態な怜様、泣き顔の怜様、笑っている怜様、クールな怜様、怒っている怜様、感じている怜様。色々な怜様を見てきたけど、どの怜様も美しい。いつだって怜様は僕の憧れで、僕の愛している人。もう、離さない。僕が責任を取るんだ。

「あっあっ……あぁぁああ!!」

 怜様の体が痙攣する。逝ってくれた。
 しばらくすると、息の整った怜様が、僕を優しく見る。撫でる。恐い。興奮する。

「……とっても……良かったわ……。悠にマイク、貸してあげる。皆に、あなたが誰のモノかを宣言なさい。あなたが誰の夫で、誰を幸せにするのかも、ちゃんと言わないと駄目よ?」

 皆に、宣言……。ぞくぞくする。うっとりする。僕の怜様なら、恐らく……

「あら気付いた? 流石は私の悠ね。……はい、皆を正気に戻してあげたわ。混乱が起きないように、声の調節も完璧よ。それに皆は動けないから安心してね。ふふっ。ハカセの研究所がどうなろうが知ったこっちゃないわ」

 軽く流してるけど、これはとんでもない訳で。
 ざわ……ざわってなってる。

 怜様がマイクを取りに、ちょっと待ってなさいと僕に言って、少しの間僕から離れる。
 それで、少し皆の方を見たけど、卒倒しそうになった。
 反応は様々だ。
 怜様や優子に興奮して勃ってる人。自分が思うように動けなくてもがいている人。大声を出そうとして、でも、出さない人。

 ? 僕は、自身が違和感を抱いた事に気付いた。皆、僕たちを見る目が……なんて言うんだろう。何と言うか、生暖かいというか。
 いや、一部の人は発狂してるんだけど、多くの人たちが仕方ない奴らだな的な目をしているというか。
 勿論、ステージで変態な恰好をさらけ出している僕に嫌悪感を覚えていそうな女性が多いんだけどさ。そういう女性たちも、どこか諦めているような表情をしてないか。

 とにかく、僕が一番言いたいことは、皆に見られて興奮しているのは洗脳のせいであり、僕本来の性癖ではないということだ。

 忘れているかもしれないけど、僕は今、怜様に甘えたくて甘えたくて仕方ない洗脳を掛けられているわけで。
 少し怜様が離れただけで、もの凄く寂しくなった。怜が戻ってきた。我慢できずに甘えた。

「怜様ぁ! 僕を抱きしめて下さい」
「えーしょうがないわねぇ……」

 嬉しそうな顔して言わないで。
 仰向けの僕をぎゅー、という音が聞こえそうな位強く抱きしめられた。
 丁度怜様のおっぱいが僕の顔に当たっている。埋められている。柔らかいなぁ。甘いなぁ……。

「さ! 宣言しながら見せ付けセックスしましょ!」

 そんな明るく言われても、興奮するだけなんだけど……。

「お、お姉様……?」

 じりじりと僕たちに近づき、おずおずと優子が怜様に尋ねる。

「あら、優子。いたの?」
「ひ、酷いです……。私も、悠さんとセックスしたいです」

 いやムリだろ。怜様だけならまだしも、優子とのセックスまで見せ付けたら、僕興奮しすぎて死んじゃう。

「いいわよ」

 いいの!? ちょ、僕の意思。

「ただし、私たちのラブラブセックスを邪魔しないこと。あなた達の関係をきちんと生徒達に伝えること。それを守れるなら許してあげる。分かったわね?」

 あばばばば。

「はい!」

 二人ともいい笑顔です。

「悠さん、次が控えていますので、死なない程度に頑張ってください。がんばれ。がんばれ……。……あ、そのぉ私、ちょっと処理してきますね。その、私が出したの……」

 優子は顔を赤らめながら、ステージを下りた。雑巾でも持ってくるんだろうか。
 すぐ側で、そんな笑顔で言われると……。

「むぅ……他の女で反応されるといい気分しないわね。興奮する」
「怜様……」
「ぐふ。そんな泣きそうな顔しないの。また虐めたくなっちゃうでしょ? 今は甘々の気分なんだから」

 やっぱり、優しい怜様が一番好き。

「怜様」
「ん?」
「愛してます」
「私も、愛してる。ちゅっ。ついでに怜様言わなくていいわ。……はい」

 怜が、解除してくれた。でも。

「……怜、皆に見られて、ぞくぞくするんだけど」
「みなまで洗脳解除したらつまらないでしょ? 代わりに一つ命令を追加してあげたわ。ほら、マイク持って。あなたの名前は?」

 命令ってなんだ。怜がマイクの電源が入れる。
 う……改めて宣言するとなると恥ずかしい。でも、僕も下半身が限界きてるし……。

「えっと……僕、須藤悠です。1年D組で、帰宅部です。んぅ!?」

 よくできました。の代わりに、怜がキスしてくれた。場所は顔中から始まり、鎖骨、乳首と降りていく。

「は、ちょ、怜……っ!」
「お姉ちゃん」
「お姉ちゃん、やめて……」
「だーめ。ゆう君が可愛すぎるのがいけないの。お姉ちゃんをいっぱい気持ちよくしてくれたから、今度はお姉ちゃんの番。ちゅ……んふ…じゅぅ……」

 怜の奉仕がはげしくなる。僕は目がチカチカしてきた。
 怜が僕の、チンポに差し掛かった。

「じゅ……んふぅ……ちゅちゅちゅ……れろ。……じゅ……じゅっ! んむう……ちゅっぷ……じゅぽ……」

「ああっ! おねえ……ちゃ……。い、いく! ……え? え?」

 逝けない。これは……。

「んふっ……悠、逝っていいわよ?」

 怜がにやにやしてこちらを見る。
 くっ、そ。これ、昨日優子にしたのと同じじゃないか。全校生徒が見ている前でやる事じゃない。そもそも終業式の体育館で見せ付けセックスとか、変態にも程があるぞ。
 あああっ。皆、みないで……。お願いだから。僕、興奮するから。

「ふふ。優子のが私の琴線に触れちゃってね。悠にもしてあげたいなぁって思ったのよ」
「どS! 皆が見てる中で、これっ……反則だろ! んぁ! お願い、怜」

 僕は一回逝ったはずなのに、僕のチンポは大きくそそり立っていた。

「ん~いい反応ねぇ。私がSになる時は、大抵悠もMになってくれたから、なかなか新鮮よ?」

 そういいながら、僕のチンポを手でしごく怜。

「こうかしら。あら、こういうのもいいの? 悠気持ちよさそうね」
「あぎぃ……ぅあ! れい! これ、ちょ……シャレにならない、からぁ!」
「あらぁ。皆の視線が私たちに釘づけよ。まぁ皆が何言ってるかは聞こえないけどね」

 怜の動きが激しくなる。でも、僕は辛いだけだ。快楽が痛みを訴える。

「れいっ! れいぃ!!」
「ふふっ。可愛い悠も見れたことだし、それじゃあ逝かせてあげる。条件は二つよ。一つはさっきの宣言。もう一つは私にオマンコに入れる事」

 そういうと怜は僕に乗っかり、下着をずらして挿入する。そして僕から精液を奪おうと、怜の肉壷が四方八方から攻める。

「ん……はぁぁ……。悠っ……の……何回、シテも飽きないわぁ……ぁあぁ!」

 怜が僕の上で踊る。僕は既に意識朦朧だ。

「さぁ、誓いっ! なさい! 悠は誰のモノで誰の夫!?」

 怜の動き更に激しくなる。僕はもう、気持ちいいというよりは痛い。自分の目が裏返り、白目に近くなっているのを自覚する。こんなのもう、セックスじゃない。拷問だ。
 怜にマイクを握らされ、口元に近づけさせられる。

「みんなぁ! きいてぇぇ!! ぼくはぁ! 葉入怜の夫で!! ぅぅあぁぁ!! 怜を幸せにする!! れい、はぁ! ぼくだけのものぉぉぉ!!! うわあ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 怜の奥にザーメンを吐き出す。
 痛い、でも気持ちいい。
 長い長い怜のお仕置きが終わった。こんな拷問に僕の意識が保つわけがない。最後に怜にキスをされ、僕の意識が暗転する。

 1000人以上の視線にさらされながら、僕の、僕たちの1学期が終わったのだった。

――――

 場所は葉入家のお屋敷。
 終業式が終わり生徒たちの記憶修正も済んだので、怜に自宅に招待したいと言われ、そのまま来た。勿論優子も一緒である。

 客室のふかふか巨大ベットの上に座り、僕は一人ごちた。

「今日は厄日だ……」

 僕と腕を組み僕の肩に頭を乗せる女の子、優子がフォローする。

「でも、私たちのエッチは楽しかったじゃないですか。皆に仲良しエッチを見せつけられて、優子は満足です」
「優子は前向きでいいね。にしても怜の家って本当に大きいね。びっくりした」
「え……悠さん来た事なかったんですか? ウチの町で1、2を争う観光スポットなのに」「観光スポットって……別に中を開放してる訳じゃないのに」

 優子がジト目で僕を見る。

「全くそんな出不精だから一年ニートになるんですよ」

 絶対お前だけには言われたくない。誰のせいだ。

「一つ疑問が」
「優子お姉さんが何でも答えましょう?」
「皆一月、僕たちがいないことに関してなんで騒がなかったの? 僕たちの姿をどうして認識できたの?」

 優子は少し考える。

「ふむ……まずは富川アンテナについて、思い出してください」

『私たちの行動に気を払わなくなりますし、無意識的に私たちを傷つけないようになりました。今の私たちは透明人間だと、思って下さい』

 って言っていたよな。確か。

「まずはですね。悠さんの2つ目の疑問への返答なんですが」
「はい」
「実は昨日の夜、富川さんが富川アンテナを止めたらしいんです」
「ふぉ? 俺、知らなかったんだけど」
「だって気絶してましたもん」
「先に起きていたお姉様と、私の二人でお話を聞きました。何でも電気のメーターがぐるんぐるんで大変らしいです。省エネの為に改良するそうですよ」

 そういや、すごい電気料金かかりそうとか言ったな僕。

「1つ目のは?」
「はい。どうやら、私たちの行動は各々の妄想の元に行動していたように誤認させていたようなんです。つまりですね、ある人から見れば、私たちが教室で毎日セックスをしている認識。ある人が見れば、真面目にコツコツ勉強している姿。その人の事前情報と思い込みにより、虚偽の私たち像が生まれていたようなんです。一言でまとめるとトマスの公理の利用ですね」

 トマトの小売りがどうしたって? でもまぁ何となく分かった。

 ……ははぁ。だから皆が正気に戻った時、またかよこいつら、みたいな目で見られたのか。ん? でもそしたら。

「はい、そのままだと各人で矛盾が生じますね。だから、『私たちの行動に気を払わなくなりますし』、と申し上げたんです」
「じゃあ、今、富川アンテナの効果がないということは……」
「矛盾大発生(はーと)」
「ちょ、まずくね? 一人一人僕達の認識違うんでしょ?」
「大丈夫ですよ。私はともかく、お姉様と悠さんはアツアツカップルっぷりを皆に見せつけていたじゃないですか。細かい認識は違えど、大体合ってるって感じですよ。困ったら洗脳スマホです」

 そんなもんなのかなー。……ん、待てよ。富川アンテナの効果が切れている? ……ま、まさか、道端で壁ドンしたり、キスしながら社長登校していたのが皆にばれていた?

 ああ……もういいや、と考えていたらドアが開く。怜だ。制服姿は変わらないが、律儀に紫のニーソに履き替えてくれている。流石僕の嫁。

「怜の家広いね」
「そう? 本家の半分くらいだけどね。お茶入れて来たわ。麦茶だけどいい?」

 そう言ってベット脇の小物置台に、コップを3つ置く。麦茶は庶民的だけど、コースターを敷くあたりきちんとしてる。

 怜は優子と反対側に座り、僕の顔をすりすりする。怜が満足するまで僕に頬ずりした後、怜が綺麗な足を僕に絡ませた。柔らかい。胸も強く押し当てる。本当に柔らかい。体全体を密着させて、僕の顎を片手で掴み、怜の顔に向けさせた。

 僕は学園一の美女と対面している。改めてそのルックスの威力に撃沈した。その距離わずか5センチほど。綺麗なまつ毛だなぁ。

「それでね、あなた」

 そういえば、怜が僕を『あなた』と呼ぶ時は、何かしら大切な時な気がする。今回もその例に違わず、いささか緊張した表情で僕を見る。可愛い。

「私の家、気に入ってくれたかな?」
「あまり見てないけど、素敵な御部屋だと思うよ。怜ってお嬢様なんだね」
「悠さん……そんなことも知らなかったんですか!?」

 僕の肩の上で呆れる優子。

「だって、僕友達いないから、そんな話、知らなくて……」
「あーそういえば、お姉様のお家のお話を聞くときは、いつも悠さんは、洗脳で意識がなかったり、話を聞く余裕がない状態だったり、気絶してたりしていましたっけね」

「わりときみたちはぼくにひどいことをしてるよね」
「うん? ……でも、小学中学の時に散々話題になっていましたよね。……ああそうか、悠さんの休み時間は寝たふりで」
「その話はやめろ! うわぁぁあん! れいぃ……」

 最悪だ。中学のトラウマが蘇る。優子を振りほどき、怜のおっぱいに顔を埋める。最高だ。

「よしよし。……優子、あまり悠をいじめないの」
「お姉様、その笑顔とサムズアップはなんですか? 仮面のライダーですか?」

 みんな僕の敵だ。怜は僕の頭を撫でてくれたから許す。
 でも、本当は、優子と中学生時代の話しが出来て嬉しかったりもする。僕の、初めての友達で、初恋の人を思い出せたんだから。

「そのままでいいから聞いて。……あなた、うちに引っ越さない?」
「!? ぷはっ。えええっ!!?」

 僕の波乱万丈な人生は、まだまだ始まったばかり。
 僕の受難も、まだまだ始まったばかり。
 夏も、まだまだこれから。

 この時の僕たちは思いもしなかったんだ。
 更に大切な人が増える2学期を迎えるだなんて。

< 第一部完 >

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