恋色ビーナス物語物語 3 Dream

3 Dream 愛しの旦那様との日常

「……ここは?」

 彼女がヘルメットを被った瞬間、原っぱにいた。
 空は快晴。
 彼女から15メートルほど離れた位置に大きな一本の木が雄大に存在している。それ以外は見渡す限り緑が辺りを支配していた。美しい草原地帯である。どうやら変な世界に招待されたようだ。

「わたくしは……ヘルメットを被って、それで」

 ぶつぶつ呟きながら、とりあえず瑛梨香は大きな木に向かって歩いてみた。彼女が木陰に入ったところで大樹から一人の男が、まるでバーチャルリアリティのように現れた。

「……それで僕に洗脳されに来た……でしょ?」

 ザザッとノイズが走る。時折、TVのブロックノイズよろしく映像が乱れている。瑛梨香はその男を見て、警戒心を強めた。

「あなたにはそんな格好のいい登場の仕方、似合いませんわね。誰ですの? あなた」
「カカッ。そりゃ俺は勝也じゃないからな。あ、そっちの方が良かったか?」

 喋り方がそっくりだった神田勝也そっくりの男が豪快に笑う。
 瑛梨香が再度牽制する。

「あなたは何者ですの?」
「俺? 俺はな、天の邪鬼だ。悪魔だったか。いや天使。いやいや神様?」
「……まともに答える気はなさそうですわね」

 カッカッカッ、と笑う人ではない何か。

「あんたは俺の事は気にせんでいい。何、勝負はすぐだ。俺と勝也の利害は一致してるんでね」
「何を訳の分からない世迷いごとを……北丞院 瑛梨香は易々とあなたの軍門に下る気はなくてよ」

 腕を組み、男を見下すように断言する瑛梨香。
 男はなおもにやつきながら、勝負の方式を投げかけてきた。

「なぁに、簡単さ。俺がお前に質問する。お前が答える。それだけだ」
「いくつ質問しますの?」

 あくまで強気な姿勢を崩さない瑛梨香。男は笑う。

「カッカッカッ。いい女だ、質問するのは俺なんだがなぁ。まぁいい。あんた何ぞ三つで充分」
「……何でもいいですわ。さっさとしてくださいまし」

 瑛梨香は澄ました表情で男を見る。
 男はニタニタと笑みを浮かべながらこう言った。

「一つ目。お前は、性欲が強いマゾで奴隷願望があるか?」

 瑛梨香は怪訝な顔をした。それでいて、嫌悪の感情が浮かび上がる。
 奴隷願望? 性欲が強い? そんなこと、あるわけがないのだ。瑛梨香は扇夷学園風紀委員長。
 清く正しい学園生活を守る存在が色欲に溺れる訳がない。

「マゾの意味が分からなくてよ?」

 瑛梨香は警戒をする。
 まず家族がおかしくなっている。かと思えば突然よく分からない世界に来て、謎の男が。
 本当にマゾの意味が分からないというのもあったが、まずは探りを入れてみたのだ。

「そんなことも知らねえのか? これだからお嬢様は……。お前は人にけなされたり暴力を振るわれることで、性的興奮を覚えるか?」

 瑛梨香は顔に熱が籠るのを感じた。これは快楽ではない。
 プライドが高いお嬢様は、自分が無知であると指摘されて怒りを覚えたのだ。

「な……そんな訳ないでしょう!?  性欲も、奴隷願望だってありません!」 

 そう発言した瞬間、瑛梨香の中の何かが変わった。
 瑛梨香の頭の中の奥の奥。瑛梨香が瑛梨香であるための大切な場所。
 そこに注射器のようなもので液体を注入されるような、奇妙な感覚を覚えた。

「んっ……………ぁ……………」

 そして瑛梨香は数瞬意識が遠のく。
 彼女の綺麗なライトブルーの目に影が差す。
 何かがおかしい……。瑛梨香はそう思考することもできず、ふわふわ空中を彷徨い揺らいでいる不思議な気分に身を任されるがままになった。

 瑛梨香の右耳元から声がする。
 囁くように怒るように、催促するように。
 この世界にはいないはずの召使、麻里亜の声、麻里亜の髪の香りだった。

「えりかお嬢様。質問には丁寧に答えるのが礼儀です。さぁ」

 麻里亜の声だ。瑛梨香は眠りにつく寸前の、心地いい情感に流されている。
 口元から一筋の雫が垂れる。
 まとまらない頭の中で瑛梨香はメイドの声に抵抗しようとした。

「わた……くし……は……」

 ふと、背中から誰かに抱きしめられる感触がした。母、英玲奈の匂いだ。
 瑛梨香はその安心する花の香りに頬がゆるむ。
 瑛梨香は頭を撫でられた。

「そうよ瑛梨香。まだ質問にはすべて答えていないわ。あなたは北丞院家の誇りを忘れたの? さぁ、答えなさい……」

 いつもの、優しい母の声で、いつもの清楚な母の抱擁だ。
 そうだ。瑛梨香は虚ろな瞳に微笑みを称えて。
 ただ質問に答えるだけ。

「わたくし……は……マ……ゾでは……ございま…………せん…………っ」

 瑛梨香がそう言った途端、また奇妙な感覚を覚えた。そして英玲奈が自分から離れ、後方に駆け寄るのを感じた。
 ぼーっとした頭で瑛梨香も振り返る。すると瑛梨香から5歩程離れた場所にあの男がいた。勝也だ。
 英玲奈は勝也に抱き着いていた。麻里亜も離れ、勝也へ近づき屈み、奉仕する。
 瑛梨香の部屋で見た。あの時と全く同じ光景だ。麻里亜と英玲奈が憎い男に奉仕をしている。

 瑛梨香はその美貌を両手で隠しながら、指の間から三人の様子を視姦していた。後ろで、けらけら笑っている勝也そっくりな男の事など最早どうでもいい。

 お腹の少し下が熱い。息が上がる。体が火照って仕方ない。彼にへりくだりたい、貶してほしい。何故かは分からないけど、瑛梨香は突然自分を蔑んで欲しくなった。
 嫌いなはずなのに……。いや、大嫌いな人間だからこそ、もっと瑛梨香は興奮した。 
 勝也がこちらを見る。彼の口が開く。

「こっち来なよ。君も僕の奴隷だろう?」

 瑛梨香の心臓が跳ね上がった。
 瑛梨香は何か、自分の物ではない力に押され、ゆっくりと跪き四つん這いで、大嫌いな彼の下にたどり着く。
 そういえば瑛梨香は全裸だったことに気付く。でもどうでもいい。だって瑛梨香は奴隷だから。寧ろ更に興奮した。彼に見られている。嬉しい。瑛梨香はマゾだから。
 舌を伸ばし、憎い彼の物に……。

「カカカッ。二つ目だ」
「はっ……はっ……」

 麻里亜が、英玲奈が、そして勝也が消えた。
 いるのは不敵に笑みを浮かべる男だけ。気づけば瑛梨香は四つん這いではなくただ突っ立っていて、全裸ではなく、ネグリジェもきちんと着ていた。ただ、瑛梨香は股間に湿り気を感じた。

「あなた……わたくしになにを……」

 未だ夢見心地のまま、瑛梨香は呟く。
 いつもポケットに入れあるピンクのハンカチで、無意識に涎をぬぐった。

「お前は神田勝也が好きか?」

 瑛梨香の呟きに男は答えることもせず、目の前の男は二つ目の質問をした。
 ぼーっとした頭の瑛梨香に勝也の名前は禁句だった。
 脊髄反射的に答えてしまう。これも男の作戦なのだが。

「……あの男など大っ嫌いですわ……っん!!?」

 また脳内に注射を打たれたような錯覚を覚える。
 目の前の景色が変わっていく。

「あ…………」

 瑛梨香は夢に魅せられるかのごとく、キャッチライトが完全に消える。体はそのまま直立したまま、意識だけが別の場所へ連れ去られていった。

――――――――――――――――――――――――

 場面は扇夷学園。瑛梨香の教室。

 今日は瑛梨香のクラスに転校生が来るらしい。
 クラスではその話題で持ちきりだった。

 そんな中瑛梨香は、母を模倣した優しい笑みで、周りのクラスメートと会話しながら、心の中では今朝突然聞かされた婚約者の話に腸が煮えくり返っていた。

(お母様達ったら、あんなに怒ることないじゃない!! お父様とお母様のことだから、きっとお相手は素晴らしい殿方なんでしょうけど……。それにしたって突然すぎますわ……。いきなりこんな話!)

 瑛梨香は上手く心情を隠しつつ、転校生を待った。既に空いている隣の席を見るたび少し憂鬱な気分になる。
 そしてとうとう、教室のドアが開いた。一人の少年が入ってくる。

(当然素敵な御方なんでしょうけども! もし低俗な、目を合わす価値すらない下賤な男だったら……え………?)

 瑛梨香がその少年を一瞥した時、彼女は彼女だけ時間が止まったかのように固まった。瑛梨香は緊張している様子の少年に心を奪われたのである。瑛梨香が想像していた以上に素敵な殿方だった。彼の顔、背が彼女のツボだった。
 顔を赤くした少年がこちらを見て自己紹介をする。彼の声、挙動が彼女のツボだった。

 彼が噛み噛みの自己紹介を終えたとき、瑛梨香は無意識に下腹部をぎゅっ、と握っていた。息も上がる一方だったが、なんとかクラスメートにバレないように必死に息を殺す。
 勝也が自分に近づく度に心臓が揺れる。とうとう少年、神田勝也は自分の席の隣に座った。

「えっと……よ、よろしく、おねがいします……」

 瑛梨香は自分から声を掛けようと思っていたのに勝也に先を越され動揺した。だからなのだろうか、プライドの高い瑛梨香は自分の優位性を確保しようと手を伸ばし、勝也に握手を求めた。この一連の流れに、ぽかんとしていたクラス一同がざわつき始める。

「ぁ……ぅ、ぅん! えぇよろしくおねがいしますわでもあなたがわたくしのこ、こんやくしゃ! だからといってあまりなれなれしくしないでくださいます」

 あまりに早口だったが、『婚約者』という単語は強くはっきりと言い切った。勝也の自己紹介では半信半疑だったクラスメートもようやく確信した。
 これによって瑛梨香と転入生が婚約者同士であると学校中に広まることとなったのだ。

「あ……はい……」

 勝也がしゅんとする。瑛梨香はその表情がツボだった。

「……ほら、速くなさいな。レディーが手を差し伸べてますのよ?」

 瑛梨香はほんのりと蒸気した顔で、一所懸命にクールな顔を取り繕う。勝也が恐る恐る瑛梨香の手を握る。汗ばんだ勝也の手。その手触りがお嬢様のツボだった。

 瑛梨香は、授業中は勿論休み時間もずっと神田勝也と一緒にいた。幸せだ。学校の事を丁寧に教え、校内を案内する。
 昼休みは英玲奈から持たされていた弁当を少年に渡した。

「どうせ勝也さんはお昼など御用意されてないのでしょう? これでもお食べなさいな」
「じゅ、重箱……。どこから出してきたんだろう……って旨い!? すごっ、これ瑛梨香さんが作ったの!?」
「ま、まぁこれぐらい当然ですわ……」

 瑛梨香は彼が無邪気に喜ぶ姿に、彼に奉仕できた悦びと(自分が作った訳ではない)、沸々とこみ上げる性欲に酔った。

 放課後、委員会の会議に無理やり勝也を左隣に同席させた。委員会一同は円形のテーブルに座っている。瑛梨香は正面の人間からは机のお蔭で下半身が見えないのをいいことに、会議中隙を見て勝也の足をつついてみた。彼がぴくっと体を震わせた。勝也は思わず眼をつむった。
 その様子を視界の端で捉えた彼女はそれだけで達しそうだった。瑛梨香は大胆に自身の左足を勝也の右足に絡める。

(……勝也様素敵ですわ……。生涯このお方に尽くしたい。私の全てを差し出したい……。もし私が足を絡めているのを露見してしまったら……もしかしたら勝也様はこの場で私を滅茶苦茶に……ああダメですわ勝也様……)

 瑛梨香の心の中では、既に自分よりも勝也が上位の存在であると認めていた。
 堅苦しい、真面目な雰囲気の中、瑛梨香はみんなに見られてしまう想像をして心を震わせる。

 結果的には会議中何もトラブルが起こることなく、無難に委員会が終わった。メンバーは三々五々に帰宅する。瑛梨香達も下校し始めたが、彼女は我慢しきれずに昇降口で勝也を止めた。

「あら、第二ボタンが外れているわ。きちんとなさい。勝也さんは北丞院家の婿となる方。身なりから正さないと」

 少年に顔を近づけ、丁寧にボタンを留める。自分の気持ちが伝わるように、感情を込めてゆっくりと留めた。
 
「そうでなくともあなたは栄えある扇夷学園の生徒なのですから。風紀委員長として見逃せませんわ」

 たまたま通りがかった生徒達は仰天した。なぜなら瑛梨香は口では厳しいことを言いつつ、赤ら顔の少年にうっとりとしているからだ。それだけじゃなくボタンを留めるというのは口実で、本当は勝也に触りたいだけ。というのが瑛梨香のその振る舞いだけで周りは充分理解できた。
 生徒達から見れば勝也のどこに惚れるのかよく分からない。瑛梨香程の女性ならいくらでも勝也以上の相手がいるだろう。周囲はぼそぼそと話し始める。
 そんな周りの視線に瑛梨香は気付くと、我に返ったかのように赤面した。そして少し怒ったように、勝也の手を握りさっさと学園の校門を出て行ってしまった。

 瑛梨香たちはメイドが待つ車内に乗り込んだ。瑛梨香は早速ロングスカートの、彼女の柔らかな太ももの上に勝也の左手を置かせた。

「急がせしまい申し訳ありませんわ。あの場にいたら私、皆に怒ってしまいそうで」
「どうして?」
「だって、こんなに素敵な勝也様を貶めるような声が聞こえたんですもの」

 瑛梨香は無意識に勝也を様付けしていた。そんな瑛梨香を見て、露出度の高いメイド服を身にまとう麻里亜がからかう。

「あら、お嬢様。主様の事をもうそんなに……。お二人のご子息が今から楽しみでございます」
「う、うるさいわ! 麻里亜は黙って運転なさい! ……申し訳ありませんわ。私のメイドがご迷惑を。勝也様が気にいらなければすぐに廃棄しますので。気兼ねなくお申し付け下さい」

 半分本気で勝也に聞くと、当の主様は苦笑しつつ右手を横に振り別に問題ないと意思表示をする。

「もう、勝也様は甘すぎますわ」

 と瑛梨香は眉を吊り上げた。しかしすぐに表情を切なげに変え、勝也の耳元に顔を寄せた。

「その、二人きりになりましたら、旦那様と御呼びしてもよろしいでしょうか? 今は麻里亜の手前……」

 瑛梨香は声を小さくして、勝也に囁く。どうやら麻里亜には聞かれたくないらしい。勝也は内心心臓が高鳴っているのだろうか、強張った顔をして僅かに頷く。瑛梨香は麻里亜にからかわれないように、必死に無表情でいようとするが、彼女の胸中は喜びでいっぱいだった。
 移動中、瑛梨香はちらちらと勝也を盗み見る。これは移動中に限らず日がな授業中、休み時間、委員会、と誰にも気づかれぬようにしていた行為だった。今は車内なので、今までよりもまじまじと勝也を見ることが出来た。

「あっ……」

 瑛梨香は思わす声が出てしまった。時々勝也もこちらをじっと見つめて来る。その時瑛梨香は顔を真っ赤にして目を反らすのだ。ちなみにこの一連のやり取りは学校にいるときから再三繰り返されている。
 他の人から見れば平々凡々の容姿も瑛梨香からすればキラキラ輝く王子様になる。瑛梨香は目を反らす前まで、ある場所に視線が釘付けになっていた。彼の股間である。
 彼が興奮しているのを見て、瑛梨香は幸福感に包まれていた。いつ、自分を襲ってくれるのだろう。今、襲われてしまったら?
 そう考え始めたら止まらない。瑛梨香は体中から雄を引き付けるフェロモンを発し始める。今までずっと我慢していた分、抑えを効かすのが難しくなっていたのである。

(いっそのこと、旦那様の左手を私の股間に……。いえ、駄目ですわ。旦那様に私が合わさせていただく。そう、旦那様が優先。旦那様の命令に私が従うのですわ)

 瑛梨香にとって自宅へ辿り着くことがこんなに待ち遠しいことはなかった。
 さて、ようやく敷地内に着いた。麻里亜に気を利かせてもらって二人きりにしてもらう。
 メイドが物欲しそうな顔をしていたが、それを見た瑛梨香は二人で婚約者にご奉仕する妄想をし、思わず悶えてしまった。

「委員会、お疲れ様」

 そう言って、勝也は朝の仕返しとばかりに右手を差し延ばす。
 瑛梨香は、にへら、と普段の凛とした姿からは想像できないほどの弛緩した表情を見せた。二人きりになった瑛梨香は今まで人の目を気にしていた分口調を厳しくしていたが、その必要がなくなったので反動が大きく出たのだ。

「あぁ……。私はあなたの様な、素敵な殿方の伴侶候補になることができて幸せですわ」

 彼に手を握られ、寄り添い歩く。勝也に強めに手を握られると、甘い快楽が、瑛梨香を刺激する。

「早く私の自室へ。ご案内しますわ」
「早く行きたいな。瑛梨香さんの部屋」

 瑛梨香は彼の腕に、自身の豊満な胸を押し付け歩く。
 彼の下半身はパンパンに大きくなっているのが見て取れる。

「私の事は瑛梨香と申し付け下さい。旦那様」
「瑛梨香……」

 瑛梨香は勝也の瞳の奥に、雄の本能を感じた。

 そして彼女は、自身が組み伏せられる姿を想像して。また、呼び捨てにされ、自分が勝也にへりくだったことで、完全に発情してしまった。

 彼女達は急いで自室に向かった。もう我慢が効かないのだ。

(早くまぐわいたい。早く押し倒していただきたい。早くご奉仕したい……)

 瑛梨香はぐるぐるした思考の中で自室のドアを開けようとする。
 このドアを開ければ自分は勝也の物になれる――――。

――――――――――――――――――――――――

「っ…………あ……なんで……」

 あともう少しだったのに。瑛梨香は気づけば例の不思議な草原地帯に突っ立っていた。下着はぐしゃぐしゃになっている。

 瑛梨香は目の前の、勝也そっくりの男が寝そべっているのに気が付いた。男はのっそりと立ち上がり、笑う。

 すると途端に、瑛梨香は目の前の男に対して、激しい怒りが湧き上がってくるのを感じた。男が瑛梨香を煽る。

「おいおいどうしたぁ? 俺は勝也だぞ? 君も僕の奴隷だろう、だったか? カッカッ!」

 瑛梨香は親の仇を見るかのように男を直視した。

(旦那様を騙っている旦那様の偽物旦那様を馬鹿にしている……)

 瑛梨香の思考は既に勝也で占められていた。
 今の彼女からすれば男は大好きな勝也を騙り蔑んでいる偽物で、決して許してはいけない存在なのだ。

「最後だ」

 瑛梨香は男に食って掛かろうとしたが、それを制すように最後の質問を投げかけた。

「神田勝也専用マゾ奴隷で神田勝也が大好きなお前は、神田勝也に生涯誠心誠意尽くし崇拝し、神田勝也の為に奴隷を増やすか?」

 ほんの数刻前までの瑛梨香なら、怒りのままに切り捨てていた質問である。だが今の彼女からすればこれ以上ないぐらい魅力的な質問だ。

 瑛梨香はすぐに返答しようとしたが、急に頭が冴え渡るような感覚に襲われた。

「私は……どうしてあんなに旦那様の事を嫌って……?」

 急に瑛梨香の性欲が強くなった事、勝也を好きになってしまった事、数え上げればキリがないほど、以前の瑛梨香とは全く違う。頭がスッキリした瑛梨香は、自分が変えられてしまったことをようやく自覚したのであった。そして、当初の目的を思い出す。

「私は、勝負に勝たなければ……」

 そう声に出すと、心の奥から、頭の奥から、自分が勝たなければいけないのだと。家族を守らなければいけないのだと言う声が聞こえてくる。瑛梨香の瞳に闘志が灯る。瑛梨香は質問に答える前に思考を巡らせた。

(そう言えばこの人自分を天の邪鬼と? 先ほどから私が発した内容の真逆に人格が変わっている……? ならば、あえてそのまま言えば、いいわけですわね。……でも)

 キッ、と目の前でだらだらと汗を流しながら口笛を吹いている男を睨みつける。

(なんて卑劣な男……わざと私を正気に戻して惑わせているのですわ……。正気に戻して、あえて質問を否定させようとしている)

「どうした?」
「いえ……わたくしは……わたくしは……。旦那……様を……」 

 瑛梨香はふぅ、と息を吐き、心を決める。

(でもおあいにく様ですわ。私は旦那様を捨てる最低な女ですの。そう、いくら勝也様が生涯愛を捧げるべき御方であったとしても、私は……北丞院家を、お母様を麻里亜を、お父様を…………。私は家族を選ぶ最低な女……。旦那様…………)

 勝利を確信したようににやつく男。

「……旦那様に私は全てを捧げます。だ、だから」

 そこで男が、顔を苦々しく歪めた。
 瑛梨香は大切な家族の顔が思い浮かぶ。その中には確かに勝也の姿があった。彼女はごくり、と喉を鳴らす。つー、と涙が流れた。

「私は彼専用のマゾ奴隷、で、すわ。神田勝也様をお慕い申し上げております。愛しております。わたくしは……勿論彼に生涯彼に尽くしますし崇拝致します……」

 瑛梨香の声が震える。胸がズキズキ鳴る。

(ごめんなさい旦那様。ごめんなさい)

「神田勝也様の為に奴隷を増やします!」

 顔面蒼白の男が片手を宙に投げ出す。

「言ったな」

 その瞬間光が瑛梨香を包み込み、彼女の意識が消えかける。

(わたくし、勝ったんですのね……。これでわたくしは…………旦那様ごめんな……さ……)

――――――――――――――――――――――――

 神田勝也は大きな大きな手術台の上で安堵の息を漏らした。あの世界に連れ込めた時点でほぼ勝ち確定といってよかったのだが、最後まで油断はできなかった。

 瑛梨香は勝也の頭の横で正座をしている。彼女の吐息で白くなったアイシールド越しに、虚ろな目であることが、そして意識が離れている事が分かる。体はビクビクと震えていた。ネグリジェには愛液が染みついている。

 彼女の中で何か大きな変化があったのだろうか。背中が仰け反り、何か魔法のようなもので守られているかのように、不自然な速度でゆっくりと後ろに倒れこむ。
 手術台は余るほどのスペースがあったため、倒れても落ちる事はなかった。ただ丁度肩甲骨辺りから頭の先まで手術台から投げ出され、首から先が重力に従い真下を向く格好になった。正座は崩れ、下半身は女の子座りに近くなった。

 勝也の位置からはすっかり濡れた股間部分と、激しく上下している大きな胸に阻まれて、彼女の顔を見ることはできなかった。
 彼女の顔は無理やり笑顔を作らされたかのように歪み、瞳は上を向き、涙を流している。大きく開いた口からダラダラと涎が流れ、綺麗な舌が伸びた。重力に従い曝け出された綺麗な喉元は大きく上下している。

 最後に瑛梨香の体が何度も何度も大きく仰け反ると、筋肉の動きが、呼吸の乱れも少しずつ落ち着いていく。
 やがて完全に彼女の体が落ち着きを取り戻した。すると瑛梨香の意識が戻ったのか、もぞもぞと動き始める。瑛梨香は機械的な動きで上半身をゆっくりと起こすと、勝也の顔をじっと見つめる。
 瑛梨香は緩慢な動きでヘルメットを脱ぐ。瑛梨香は無表情のまま、それでいて彼女の切れ長な目には目の前の男に陶酔しているのがはっきりと分かる。瑛梨香は正座に直り、そのまま平伏した。

「……瑛梨香、気分はどう?」
「……最高の気分です……旦那様……」

 身動きの取ることのできない勝也は返答に大満足だったようで、摩訶不思議なヘルメットの解説をし始めた。

「ふふ。しっかり見てたよ。よしよし。天の邪鬼を通してね。あいつも力が強くなったって喜んでるよ。今はちょっと死にかけだけど。いや、見事に君は彼の質問の意図を見抜いた。ちょっとだけね。おめでとう」

 瑛梨香を小ばかにするように朗を労う勝也。

「ありがとうございます……ありがとうございます……」

 それでも瑛梨香にとっては十分すぎる褒美だったようで、土下座のまま、声を震わせて礼を言う。

「さ、僕の拘束を解いてくれないかな?」
「はい、旦那様……」

 瑛梨香は勝也の拘束具を丁寧に外す。と言っても外すだけで、勝也は寝っころがったままだ。

「瑛梨香、ネグリジェだけ脱げ」
「はい……瑛梨香はネグリジェを脱ぎます」

 瑛梨香はうわごとの様に呟き、熱に浮かされたかのように衣服に手を付ける。勝也と目を合わせ、煽情的に脱ぐと、彼女の白い陶磁器のような美しい肌が曝け出される。勝也が側にいるということで、瑛梨香は金のメタリック紐下着を着けていた(麻里亜に着せられた)。
 瑛梨香はグラビアアイドルのような膝立ち状態で勝也の側に寄る。

「さてさて、ネタばらしだ。天の邪鬼って人の心を読んで口まねなんかで悪戯する悪鬼なんだよね。でもあいつはそれだけじゃあない。悪魔と天の邪鬼と神族と天使の血がごちゃまぜに入ってるんだよ」

 勝也は明らかに興奮した様子で捲し立てる。同時に勝也が手を伸ばし、瑛梨香のヘソをさする。

「そうだったのですか……!……は…………ふぅ……。あっ、そんな、いやらし……手つき……でぇ……」

 瑛梨香の悩ましげな吐息に、勝也は更に気を良くする。

「くふっ。そう、だからさ、天使の力で人の世と繋がりを持ち。神族の力で対象の意識を超深層世界に連れ込み好き勝手する。例えば幻想を見せたり、知識を詰め込ませたり。瑛梨香、腰を振れ」
「はい。……っ………ふっ……」

 瑛梨香は娼婦が男を誘うが如く、体全体を使って大きくグラインドし始めた。時に前後、時に腰を回す姿は、まさに男根を搾り取ろうとする所作そのものだった。美しい肌に汗が滴る。
 未だ現実世界では、全くの生娘である瑛梨香が出来る動きではない。例の超深層世界で最後の質問の後、性知識を叩き込まれたのであろう。

「いいねー。そんで、天の邪鬼の力で心を読み人物を理解。そして最後に悪魔の力で魂を歪めるんだ。ほら、もっと激しく。で、天の邪鬼の能力は強いけどその分対象に干渉できる時間が少ない上に対象が発言した内容しか歪められない。いい感じ……そろそろ僕も限界かも……」

 勝也の御高説の途中でも構わず、瑛梨香は腰を振り続ける。『やめろ』という命令は受けてないからだ。それどころか、『もっと激しく』という注文を受けた彼女は、両腕を頭の後ろに交差させ、全ての動きを早くした。パートナーが達する直前の最後のスパートのように。

「あ、そうそう。無理に歪めるのはあの新米悪魔には難しいから、発言の正反対かそのまま強化するしかできないんだよね」
「旦那様……旦那様……ああっ!!」

 瑛梨香は自身の自慢の肉体全てで勝也に悦んでもらおうとひたすらに腰を振る。染み一つない脇を見せる。大きく揺れる胸を勝也に鷲掴みにされても黙ってなすがままに、そして愉悦の叫び声をあげるのだった。

「全く、ギリギリだったよ。質問三つで充分じゃなくて、それが限界なのさ、時間と能力的に。サービスで勝負に対する執着心も増幅させたみたいだけど、実際天の邪鬼はかなりきつかったみたいだよ。という訳で」

 現実世界では初めての動作ということもあり、彼女の体は限界を超え始めていた。常人ならば痛みで動けなくっていただろう。だが瑛梨香は止めようとしない。今は勝也の指示が最優先だからだ。

「瑛梨香、もういい。良かったよ」
「はぃ……はぁっ…………はぁっ。……ありがとう……ございます……」

 ようやく許しが出たことで、瑛梨香は肩で息をする。勝也を見つめる瞳はただ心酔している。絶対の主に褒められたことで、瑛梨香は再び土下座するのだった。

「上に乗って。分かるよね?」

 そう言って勝也は瑛梨香の真っ直ぐ伸びている金の髪を乱暴に撫でつける。瑛梨香は気持ちよさそうに喉を鳴らした。

「ぅあふぅ……はい、旦那様……ぁ! ……くぅん……失礼いたします……」

 瑛梨香は頭から勝也の手が離れると頭を上げた。と、同時に勝也の手が美乳を掴む。
 瑛梨香はあっさりと勝也の手を、紐ブラの中へと招き入れた。まるでそれが当然のことであるかのように。

「旦那様……素敵でございます……」

 瑛梨香は勝也のパジャマを丁寧に脱がしてから、上に乗り、体をみっちりと触れ合うように重なる。お互いの吐息が直に当たる程、距離は近い。勝也はブラの紐に手を伸ばし、解く。勝也がブラジャーを横に放り投げた。瑛梨香の桃色の突起は、二人がぴったりと重なっているため見ることはできなかった。しかし勝也は突起が既に固くなっている感触を確かに感じる。

「旦那様……お慕い申し上げておりますわ……永久に……んっ」

 今まで瑛梨香は勝也の命令が最優先で自分から行動を起こすことはなかったが、初めて瑛梨香から愛撫を始めた。
 瑛梨香は、今は自分から奉仕を始めるときであると本能で理解していた。理解させられていた。どうすれば自分の主が悦んでくれるかを嫌というほど覚えさせられているのだ。

 瑛梨香は全身が運命の相手と肌と肌で触れている快感、幸福感に感謝しながら、接吻の雨を勝也の顔面に降らす。その間も全身を使って勝也に奉仕した。瑛梨香は両腕を勝也の後頭部に回し、耳を愛撫する。足を強く絡ませ、乳首同士をわざと擦り合わせる。瑛梨香は勝也の口に自身の舌をねじこんだ。

「んん……ちゅ、じゅ、じゅるるる」

 長い接吻。瑛梨香が夢中になっていると、勝也の猛りが最高潮に達するのを自身の下半身で感じた。
 瑛梨香が蕩けた顔を晒しながら、舌を僅かに離し、主が待ち望んでいる言葉を口にした。

「あぁぁ……。……私の全ては貴方様のものでございます。旦那様に生涯お仕え致します。旦那様の奴隷をたくさん増やします……。……旦那様、私を……シモベに……どうか貴方様専用のマゾ奴隷にして下さいませ……。私の取るに足らない処女を受け取ってくださいませんか……?」

 勝也は、にやりと笑い、何も言わず瑛梨香の背中を叩いた。ぱしん、といい音が響く。
 瑛梨香は一瞬意識が遠のく。不意に食らったのでイってしまったのだ。

「ぁ!…………。あ……あっ………も、申し訳ございません! 瑛梨香如きが旦那様より先にイクなんてわたくし……んむっ!?」

 瑛梨香は涙を流し謝罪をする。そこに以前までの強気な性格は面影すらもない。謝罪の最中勝也が無理やり、唇で瑛梨香の柔らかい口を塞いだ。謝罪はいらないという意味だ。瑛梨香もそれを分かっているからこそ、感謝する。

「れぉ…………んふぅ……ちゅ、じゅ……旦那様ぁ……ありがとう……ございますぅ……」
「瑛梨香、お前は僕の物だ。入れろ」

 勝也は言葉短く命令する。それだけで瑛梨香は感極まったように目から涙を零し宣言をした。

「ぁあぁぁ…………。……はぃぃ……ありがとうございます……。旦那様……私は使えない、無様なマゾ女ですが……末永く貴方様にお勤めさせていただきます……」

 瑛梨香は腰を浮かせ、勝負下着をずらす。しとどに流れている愛液はお互いの性器をすでに濡らしていた。そして瑛梨香は性器を見ることなく勝也の目を見つめ、彼の口内に舌を這わせながら、主の肉棒を一気に奥底まで迎え入れた。

「だんなさまぁ……じゅる……んじゅ…………!? ……んふぅうぅぅぅんっっ!!?」

 処女であるはずなのに痛みは全く感じず、それどころか今まで味わったことのない圧倒的な快楽が彼女を襲った。勝也もむっちりと絡みついてくる膣の感触は今まで味わったことなど当然ない。
 瑛梨香は膣の動きも強制的に習得しているのだから勝也は耐えられるわけがなかった。やわやわと締め付けてくる膣に包まれながら、瑛梨香の最奥を突き呆気なく果てる。
 瑛梨香は勝也の精液を受け、更なる快楽に襲われる。白目を向き、全身の筋肉を硬直させるが、最後まで主に快楽を与える為に舌を絡み付け大きく啜った。

「んふぅぅぅっ、じゅるるるるる!! ……んぐっ……」
 
 瑛梨香は口を離すと、勝也の顔の横に倒れこんだ。
 そして瑛梨香は耳をねぶりながら目を閉じた。

「はぁぁぁ、ぁぁぁ…ぁぁ……」

 瑛梨香はまどろみの中で例のヘルメットを思い出す。人格を根本から改竄し、生涯崇拝すべき相手を魂に刻みつけてくれる素晴らしい機械。
 これから自分は旦那様の下僕として、多くの美女を堕とさなければいけない。
 その為なら英玲奈も麻里亜もどうなったっていい。北丞院家は彼の物だ。
 まずは、私の友人から……。瑛梨香は自分と一緒に旦那様にご奉仕する友人の姿を想像する。茶髪の女性はとても幸せそうだ……。
 瑛梨香はこれから始まる新しい生活を思い描きながら意識を落とすのであった。

< 続 >

感想を書く

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です