営業活動記録 File1-1

File1 監視カメラ①(前編)

 豪華なお部屋。高級そうなキングサイズのベッド、高級そうな革張りのソファー。
 お部屋に置いてある物は全て「高級そうな」という冠言葉が付いていてもおかしくありません。
 赤絨毯が敷き詰められているそのお部屋は、明らかに偉そうで金持ちそうな人の自室でした。

 わたし、天城院 詩奈(てんじょういん しいな)はこの部屋の主である…………本当に主なのかと疑問を抱きたくなる主様である、須藤 悠(すどう ゆう)様にお呼び出しいただいておりました。

 珍しく悠様は一人きりで、私を快く出迎えていただきました。黒い色の、柔らかい高級そうなソファーに腰かけるよう促されます。
 そのソファーは4人ぐらいなら同時に座れそうなほど大きいです。悠様は、これまた高級そうなガラスの机を挟み、向かいの、同じ種類の黒いソファーに腰かけていました。

 私がちょこんと浅く座ると、悠様がコーラを淹れてくださいます。この御方は、私のようなポンコツメイドにもお優しいのです。
 本来お飲み物をお出しするのは私のようなメイドでなければならないのに。

 こういう事されて、後で怜様や優子様や沙雪様(悠様の、結婚を前提としてお付き合いをされている恋人方のことです)に駄目出しされるのは私なのです。内心正直辞めて欲しいと思っているけれど、流石にそれを主様に強くは言えません。この御方、わざとやってるのではなく素でやってるのだから。

 ただ遠まわしで言ったことはあるのですけれど、メイドの前にクラスメートだしって言われました。まるで私が好きでメイドをやっているみたいで心外なのです。
 私はあくまで悠様の好みで、クラシカルなメイド服を着てメイドをやってあげているのであり、私の好みなどでは全く……まぁ1mm、まぁ10mぐらいは私の好みかもしれないかもしれないです。そこはお互いWINWINの関係でした。

 そんな事はさておき、悠様は微かに震える手でご自身のコーラを口に運びました。
 私はそんなお姿も絵になって格好いいなぁと見惚れる次第です。

 悠様は高級そうなカップを置き、ふぅと一息つくと、悠様は真剣な表情で、私にとあるお願い事をおっしゃっいました。

 超越的上位存在者様である悠様がこんな雌メイドである詩奈一人のためだけに時間を割いて、本気でお願いをされているのです。
 もちろん真摯に貞淑に淑やかに、性欲を一切排除して、清廉潔白に全てを悠様に捧げてお仕えしているメイドである私の答えは。 

「はい? なにを仰ってるんですか? 死ね。死んでください。むしろ何で生きているんですか?」
「しいなっていつもぼくにひどいよね」

 この屋敷にはフリーダムな方が大半を占めるので、突っ込みが癖になってしまっているのです。
 とりあえず私はいつ突っ込もうか悩んでいた、高級そうなカップに入れられているコーラを指さします。

「大体何でコーラなんですか? 普通こういう時に出すのは、お茶か紅茶かコーヒーですよね? 出してもお水ですよね?」
「ごめん、今部屋の冷蔵庫にコーラとライフガードしかないんだ。やっぱりライフガードの方がいいよね?」
「その二択がすでにおかしいと何で気付かれないんですか? なんで悠様のお部屋の冷蔵庫の中身はそんなに偏ってるんですか??」
「あっ、そうだった。詩奈はあったかい飲み物の方が好きだったよね。でもライフガード温めると不味いし」
「私の話を聞いてください温かければいいという問題ではありませんまずは炭酸飲料から離れてください」

 うえーんと泣きまねをする悠様。

「しいな、転校してきたばかりの頃はあんなに気弱だったのに。図太くなったね」
「誰の所為ですか誰の。せめて気丈になったとおっしゃってください」

 長い前フリだったので要約すると、私は悠様の自室に呼び出し食らって無茶ぶりをされた、です。

 肝心の無茶ぶりの内容はこんな感じです。

「怜と喧嘩しちゃってね」
「またですか」
「うん……。で、次の営業は僕一人でやるって啖呵切っちゃったんだ」
「……昨日の件は、悠様がお気になさらなくてもよいと思いますよ?」

 ぷいっと顔を横に向けてフォローしてあげた。

 視線を戻すと、悠様が目を潤ませて私の右横に座ってきました。
 いやだから命令してくれれば私から悠様のお隣に座るのに。

「詩奈がデレた! ありがとう~!!」

 強めに抱きしめられました。嬉しい気持ちいい……。
 悠様の香りが私を包みこみます。役得役得。

「は、離れてください……ゆうさまぁ……」

 言葉ではどうしても恥ずかしくてツンツンしまいますが、私は、悠様の事が大好きです。私の、生涯のご主人様に求められれば詩奈は……。

「このぺったんこな胸! このちっちゃい身長華奢な体! いい!!」
「離れろ駄目主が」
「はい……」

 この主、人の地雷を踏みぬくのが好きである。
 とはいえ、悠様がそう言ってしまう気持ちも正直分かります。
 悠様のお気に入り……いえ、悠様”を”、お気に入りにしている方々は、皆、身長が高く、ぼいんぼいんできゅでぼんなのです。

 一応私、158㎝はあって、女性の中だけで言えば平均ぐらいの身長はあります。
 悠様と4㎝しか変わらないんですからちっちゃい身長とか言われたくないんですけれど。

 胸の話? 触れないでください。

 しゅんとなった可愛い主様は、そのまま僅かに距離をとり、私の右手をにぎにぎしてきます。こういう軽いスキンシップをされると私はニヤニヤしてしまいます。

 だめだめ私はクラスメイドなんだから。ポーカーフェイスポーカーフェイス。
 私は学校では悠様のクラスメートにしてメイドなのです。なので私はクラスメイドとしてお仕えしています。

 でも、悠様。こういう可愛いことをナチュラルにするから皆様のS心を刺激するのだと詩奈は思うのです。

 悠様は本題に戻った。

「……でも、やるって言っちゃったからにはさ、やらないと」
「がんこですねぇ。ふふっ」 
「ん! そこで詩奈の出番だ、詩奈にしかお願いできないことなんだ」 
「はい? 何でしょうか?」

 一体私は何をやらされるのだろう?
 悠様が、怜様でもなく優子様でもなく沙雪様でもなく、はたまたクリス様でもなく、詩奈に、個人的なお願い。
 
 とっても嬉しい。詩奈、悠様のためなら何でもやります!

「詩奈って転校前は舞専女学園にいたでしょ?」

「はい、舞専女学園は私の元いた初中高一貫の女子高ですね。創立目的は悠様専用の立派な雌メイドになれるよう美人美女美少女共を教育すること。特殊な電波で美幼女美少女か美人美女しか入学できない、先生も常時美人美女しかいないようにマインドコントロールされている不思議な学校です。普通の教育とは別に、秘密裏で悠様専用のメイドになるための教育も行っていて、寧ろメインはそちらだとか。来週で創立17年目に突入しますが、初代OGの妹達をはじめ、卒業生の妹達は財界や政界、国内国外に限らず、多種多様な業種に入り込んで裏工作を一生懸命頑張っておられるとお聞きしています」

「……いや第三者目線の説明口調で今更そんな事言われても。君、元々そこにいたでしょうよ。一体誰に説明してるの……?」
「お約束です♪ ……で、そんな舞女(まいじょ)が一体どうしたというんです?」

 ちなみに悠様、怜様、優子様そして私達メイドや執事が通っているのが舞専学園。通称、舞学(まいがく)と呼ばれています。舞女は馬鹿でもアホでもルックスさえ良ければ入学できるけど、舞学は東大輩出者数が全国一位の超名門高です。
 ちなみにちなみに沙雪様は悠様のクラスの担任として悠様に仕えています。

 一応説明しておきますと、怜様が悠様の正妻筆頭候補。優子様が第一側室筆頭候補、沙雪様は第二側室筆頭候補だけど秘書も兼務している。なので私達の上司は秘書である沙雪様……ではありません。
 私達下々の民の上司、メイド長は別にいます。名前はクリスティアナ・イヴァノヴァ様、私達はクリス様と呼んでいます。
 え、なぜ全部筆頭候補かって? だって悠様まだ結婚できないもん。私達のような下々の雌はそれらの地位を虎視眈々と狙っているのです。

 ちなみにちなみにちなみに説明不要ですが皆様、超が100個付くぐらいじゃ足りないぐらいの超美人。私的には四人の中でも怜様と沙雪様が、ルックスでは二段ぐらい飛びぬけていると思います。

 ……私も昔は美人美女美少女が集う舞女で、歴代最強のルックス才人、眉目秀麗と言われていて、正直調子乗ってました。私は学業も2学年の上の上級生より早く修めることが出来ていたし、私こそが悠様の隣に相応しいと考えていた時期が私にもありました。
 転校していかに私が舞女という狭い箱庭の中で、井の中の蛙ってたか。ルックスという一点だけでも、怜様は勿論、後からやってきた沙雪様にも太刀打ちできませんでした。クリス様にも割と大差で負けたって思いました。いい勝負できるの優子様ぐらいです。

 お屋敷の女性四天王と私とであそこまで差があると、最早嫉妬すら起きないレベルでして……。

 そこで私は割り切りました。天城院 詩奈は悠様のクラスメイド。それ以上でもそれ以下でもないと。

 私は、皆様に比べてちょっと大きな欠点や、不利なところがあるので、そんな大それた地位を得ようなんてカケラも思っていないのです。ホントデスヨ。

 皆様は皆様同士で、ギラついてドロドロしています。それにちょっと辟易してる悠様が私を気に入って下さっているのは当然の道理という奴なのかもしれませんね。
 ……計画通りです。ふふふ。

 ……あ、やば。大分お話が脇にそれちゃいました。本題に戻ります。

 悠様、ここでようやく冒頭に戻って真摯に本気でお願いをしてきました。

「舞女に戻って、そのおちんちんとアイテムで君の親友の藤原 薫(ふじわら かおる)と、そのクラスメート達を洗脳してきて欲しい」

 まぢ死んでしまえ。私、男の娘なんです。

――――――――――――――――――――――――

「ほんっとーに悠様は男の娘心が分かっていません。言うに事を欠いて女を犯せだなんて……!」

 確かに私は身体的には男です。男ですが、心は女なんですよ! 
 そりゃーバイかバイじゃないかで言えばバイですけど、私の心は、舞専女子初等部に入学した時点で既に悠様に売約済みなのに! それに浮気なんて……う、うわきなんて……あ、あんまりしたことないデスヨ。

 私は無理矢理お願い事を押し付けられ、自室に戻っていました。
 私にあてがわれている部屋は、流石に悠様の自室に比べるとかなり質素です。
 そうはいっても、たかがクラスメイド一人に2LDKはやりすぎだと思う。この部屋だけで普通に生活できてしまいます。
 
 
 それにしても悠様はまったくほんとにもう。つまりレズれと。そういう訳ですか、むぅ。
 幸いにして私はそこらの女性より恵まれたルックスと知性と華奢な体を神様からいただきましたので、この人生、女性扱いしかされたことがありません。

 なので、外目から性交している姿を見られてもド貧乳が美少女共をレズレイプしてるとしか受け取られないでしょう。いや、悠様以外にそんなはしたない姿見られたくないですけれど。

 その証拠に舞女の顔面偏差値電波判定も歴代記録更新で余裕の合格。女性判定でしたし。

 おちんちんも悠様の半分ぐらいしかないですし。きゃっ。

 私は悠様の立派なモノを想像してちょっと落ち着きました。代わりに発情してしまいましたが。
 私はそこらの女性より手の込んでケアをしている黒髪さらさらストレートなショートカットを整えます。
 肩に髪の毛がほんのちょっと届くあたりの長さが悠様の好みなのだ。

「撫でてくれなかったなぁ。あたま……」

 かなり気合いれたんですけれど。がっかりです。
 前髪も整える。左側のおでこを少し出して左右に分けて流すのがポイントです。
 毛先を内側にカールさせて……と。

「詩奈持ってきたよ」
「きゃあああああああああ!?? ノックしてから入ってきてください!」

 がちゃっと私の部屋にずけずけとやってこられた無神経なご主人様。
 私が自慰でもしてたらどうするんですか。
 あっ、そのまま襲ってくれるかもしれないのでその方が良かったかもしれません。

 悠様はごめんごめんと雑に謝ると、私の顔、身体、部屋と視線を動かしました。
 男の娘って意中の男性の視線に敏感なんですから、じろじろいやらしく見られると発情しちゃいますよ?

「詩奈、女の子よりも可愛い声だよね。喉仏なくない? むだ毛も全然なくて肌綺麗だし、この部屋もピンク基調で女の子よりも女の子らしいというか。優子の部屋なんて……。いやなんでもない悪寒がした。……詩奈の男の要素っておちんちんしかなくない?」
「それは褒められているという理解で宜しいでしょうか?」
「もちろん!」

 確かに、私の声は女性みたいな高い可愛らしい声だし、顔も中性的から二歩離れて女性寄りの顔立ちをしていると思う。
 でも女性らしい身体つきを維持しているのは私自身の努力だ。
 ……ちょっと、ほんのちょっとだけずるをしてるのもあるんですけれど。

「これこれ」

 どさ、っとリビングの机にバラまかれたのは、今回の主役アイテム。その名も『SR』と言うらしいです。『Surveillance Virtual Reality Camera』略してSR。
 これは、監視カメラとVRを足してハカセ様の技術力をそれなりに注ぎ込んだ、いつものトンでもアイテムです。
 私が悠様好みの女性らしい身体つきを維持できているのもハカセ様のとあるアイテムのおかげなのです。
 
 あ、ハカセ様、というのは富川 源五郎(とみかわ げんごろう)様の愛称です。
 この屋敷に住んでいる皆さんは私以外、人間辞めてる人しかいないんですけれど、ハカセ様はその中でもひと際……あー……その……独創的な方なんですよね。
 元はといえば、この方が16年前に作った特殊電波のおかげで、私は悠様信者になれて今こうやって悠様ご本人にお仕えできているので感謝しなければなりません。

 そんな魑魅魍魎あふれるバケモノだらけのこの屋敷でふっつーに暮らしている悠様も、きっと特別な存在なのだと感じました。

「今では私がお嫁さん。御主人様にあげるのはもちろん洗脳アイテム。なぜなら彼もまた特別な存在だからです」
「だ、だれだ!?」

 驚く(ふりをする)悠様。いやどうみても沙雪様ですよ。

「私は魔法の人妻マジカル・サユキ! ちゅっ」
「沙雪!? むぐっ!?」

 なにやってんすか。

 身長174㎝、Hカップのボンキュッボン、バケモノ筆頭勢の我らが魔王様、須藤 沙雪(すどう さゆき)様が何もないところから突然悠様の隣に現れました。

 金髪ロングの沙雪様はロシア人と日本人のハーフで、同じ人類とは思えない程美人。齢25歳の彼女から醸し出されるオーラはまさに熟女のソレです。顔立ちや体つきは20代後半の大人のお姉様といったところなのですが、雰囲気が、色気が、エロすぎます。歩くエロの塊です。流石経産婦は格が違った。沙雪様が明確に怜様に勝っている部分は、まさにエロ! エロ魔人! エロ魔王様!!

 でもそのオーラを出すのは悠様の前だけ。普段の沙雪様は、私のような下々の雌からは冷静沈着、氷の女、魔王様と(陰でこっそり)呼ばれていて恐れられています。

 しかし悠様に対してはその仮面が簡単に取れて、エロエロお姉様になってしまうのです。
 沙雪様は私が見ているのにも関わらず、熱いキスを悠様を交わしています。これが外国人の血……。
 
 ちゅっちゅ。らぶらぶちゅっちゅと甘い音がしばらく鳴り続けていました。お二人はずっと立ったままです。

 悠様がギブアップして顔を思い切り背けると、沙雪様はうっとりと、その蕩けた怜悧な顔を悠様の肩に乗せ、豊満な爆乳を悠様の身体に押し付け、足を絡ませます。

「一体どこから現れたんですか沙雪様!」

 とりあえず突っ込んでおきます。沙雪様は私の方を一切見ずに、悠様の肩をゆっくり擦りながら甘えた声を出す。
 普段の冷たい事務的な声と同一人物とは思えない。

「怜ちゃんと御主人様が喧嘩なされたから、さゆき、心配なんです……。さゆき、あの後から御主人様の御側にずーっと透明になりながらお仕えしていましたぁ……」

 耳に精子がかかる。どっから声出てんだ。
 やめてくださいよほんと。普段とのギャップで風邪引きそうです。私は何度も見てるからいいですけれど他の子が見たら卒倒しますからやめてください。
 それに私の質問なんですから悠様見てないで私に返答してください。後とりあえず座ってください。

「沙雪……」
「御主人様ぁ……」

 二人は熱く見つめあう。
 二人の顔は再び近づき、ゼロ距離に。
 ちゅっちゅ。らぶらぶちゅっちゅと甘い音がしばらく鳴り続けていた。またかよ。そろそろ本当に座ってください。

 キスを切り上げたのはまたしても悠様です。今度は片手で沙雪様の額を小突き、離させました。
 二人は私をちらちら見ながら、私に聞こえるか聞こえないかぐらいの音量で囁きあいます。

「ちょっとまずいよ……詩奈に詳しい説明をしないと……」
「ぅん……くす。明日に致しませんか? 今日はさゆきが御主人様の心の傷を治して差し上げたいですぅ……」
「沙雪……」
「御主人様ぁ……」

 二人は熱く見つめあう。
 二人の顔は再び近づき。

「いいかげんにしろおおおおおお!!!」

 天丼は一回にしてください。私の突っ込み力だと一回しか持ちません。

「では、天城院さんのミッションを説明するわ。偉大なる御主人様からの勅命なんですから、心して聞いてちょうだい」 

 リビングの机に三人で正座します。
 普段の凛として、お堅い雰囲気に戻った沙雪様。今更取り繕っても遅いと思いますが。

「まず舞女の藤原薫を洗脳します。その後クラスメートを洗脳します。以上です」
「はい?」
「私は御主人様と大切な用事があるのでこれで失礼するわ。健闘を祈ります」

 そこまで言って立ち上がろうとする沙雪様。

「ちょっとまてぇぇぇ! さっきほぼ同じことを悠様に言われました! 何なら先ほどより情報量少ないですよ!?」
「何なのかしら申し訳ないのだけれどあなたに構ってる時間なんてないのあなたはもっと一秒一秒を大事になさい私は早く御主人様といちゃいちゃしたくてしようがないの」
「本音出た今! めっちゃ早口で本音出た今! いい加減にしてください沙雪様ぁぁぁ!!」

 私は沙雪様の肩を掴みかけましたが、悠様に宥められて落ち着きます。
 大好きな悠様に言われたらすごすご引っ込むしかありません。

「では、気を取り直して。本当に説明。はい沙雪」
「かしこまりました御主人様。では、天城院さんのミッションを説明するわ。偉大なる御主人様からの勅命なんですから、心して聞いてちょうだい」

 同じ流れじゃんと思い突っ込みかけましたが、ここはぐっと堪えました。コントやってんじゃないんですよ。

「まず舞女の藤原薫を洗脳します。その後クラスメートを洗脳します。以上です」

 と、沙雪様はここで話すのを止めた。

「あら? もうツッコんでくれないの?」
「やっぱり私で遊んでたんですか!?」

 と、そこで悠様から助け船が入る。

「沙雪、詩奈をからかうのはやめてあげなよ」
「悠様も私で遊んでましたよね??」
「御主人様が私達で遊興なされることの何がいけないのかしら? 私達は御主人様の為に全てを捧げる賤しい存在なのよ?」
「沙雪……」
「御主人様ぁ……」

 二人は熱く見つめあう。
 二人の顔は再び近づき。

 もう知らない。

――――――――――――――――――――――――

「……というわけね。このアイテムの使い方、目的は理解したかしら?」
「あい……」
「あら、詩奈ちゃんったらこんなに疲れ果ててどうしたの?」

 誰の所為ですか誰の、という目線だけ魔王様に向けてぐったりリビングの机に上半身を乗せてグダっているわたくしは、天城院 詩奈です。

 とんでもなく弄られて疲れました。頭の中くるくるー。
 なので、私はメモに要点だけ箇条書きにして書いてみた。

・正妻候補の葉入怜様と、フェムトの件で喧嘩をしたかっこいい私の須藤悠様。
・怜様を見返してやろうとクラスメイドである天城院 詩奈を次の顧客とした。
・今、舞女時代の私の元親友、藤原 薫がとある理由でクラスメート全員と不仲になっている。(←理由は自分で調べなさいとのこと)
・洗脳アイテムで原因を取り除き、ついでに洗脳エロエロしてこい。
・悠様にミント味のガム口移しして欲しい

 最初からこれでいいじゃないですか。4行じゃないですか。今までのやり取りは何だったんですか。
 私の疲れた様子を満足げに見ている第六天魔王様は、ニコニコしている。

「偉大な御主人様にコーラを貢がせるポンコツメイドは誰かしらねー。魑魅魍魎のバケモノって誰の事かしらねー。雰囲気熟女って誰の事かしらねー。エロ魔人って誰かしらー。ええ、ええ。意外かもしれないけれど、私まだ25歳の誕生日を迎えたばかりなのよねー」
 
 完璧な棒読みだった。
 ま……まさか先ほどの事を根に持ってらっしゃる?
 もしかして私の心の声と思念がバレバレ?
 そしてやっぱり小言言われた!

「では、安倍広庭は御主人様を連れて戻ります。質問はあるかしら?」

 ニッコリと笑いかけてくださいましたが、ソレ笑ってるって言いませんから。後、安倍広庭って誰ですか。

「ないようね。のぶながは。かえります」

 あはは……と苦笑いしながら悠様は沙雪様に抱っこされて出ていきました。
 どうやら、私向けに優しくしてくれたようです。

 がちゃっ、とドアが閉まり、ようやく一息つけます。

「いつも私をからかう悠様でも、皆様の前だと空気になるんですよね……」

 がちゃっ、と再びドアが開きます。

「詩奈忘れてた!」
「ゆ、悠様……?」

 悠様は急いだ様子で、私の元に走って戻ってきました。
 悠様が私のすぐ前に立ち、手を私の頭に伸ばします。

 あ、これやばいです。ゾクゾクします。

 調教されつくした私は、無意識のうちに悠様が撫でやすいよう頭を差し出してしまうのです。

「はい、なでなで。からかってごめんね? 僕、詩奈の事大好きだから! 気を付けて!」
「ふわぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ…………」

 悠様は私の一番して欲しいことをしてくれました。それに大好きって言ってくれました。 
 やっぱり私、悠様のこと大好きです。一生悠様のためだけに生きていきます。
 詩奈は超越的上位存在者様のもの……。

「ごしゅじんさま?」
「ゆう、いきまーす!!!」 
 
 ドアの隙間から目だけ覗かせる沙雪様。
 目だけなのに美人だなぁと思わせるのは流石です。
 目だけで私をちびらせるのも流石です。

――――――――――――――――――――――――

 ああ……着いてしまった。舞専女学園から200mほど離れた元自宅。今は僕の舞女時代の元親友である藤原 薫の家だ。
 事前に彼女には家に泊まると連絡を入れてある。
 ガラガラとピンクの大きなキャリーケースを引いて、薫の家の前に着いてしまった。

 ところで僕は意識して昔の口調に戻している。

 これは僕の感覚的な話で申し訳ないんだけど、私って言うより僕って言った方が、そして、ですます口調より昔みたいな男っぽい口調の方が性欲がオスっぽくなるというか、女性を犯したくなるような気がするというか。

 でも正直気持ち悪いです。だって私は悠様のものなんですから。……やっぱりこっちの方がしっくりくる。無理して僕って言うのは辛いなぁ。

 僕は沙雪様にこってり絞られた後、優子様から家宝をお貸しいただいたり、クリス様に衝撃のコメントをされたり、まぁ色々あった。
 やっぱり悠様のお屋敷は毎日何かしら起こって楽しいなって思う。

 けど今回の被害者は僕なんだよなー。はぁ。滅茶苦茶テンション下がる。僕の気持ち、全部バレちゃうんだもん。

 はぁ。…………でも、見ててくださいね、悠様。私は必ず、藤原薫がクラスメートと不仲になっているという謎の真相を暴いて、大好きなあなた様のご期待に沿えるよう頑張ります! こうなりゃヤケです! 悠様すきすきすきすき愛してる!

 そんなバカみたいなことを顔真っ赤にしながら、う゛~と念じていると、インターホンを鳴らしていないのに、薫が出迎えてくれた。

「詩奈久しぶりだぜー!!! いつ以来だっけ!?」

 薫、満面の笑みだ。

 男女(おとこおんな)が天城院 詩奈だとすれば藤原 薫は女男(おんなおとこ)だ。
 全体的な傾向として舞女の女生徒は、お淑やかで貞淑で、内心に気の強さを強かに隠す性格の娘が多い。まぁそういう教育という名の洗脳を受けているからね。

 だけどなぜかこの娘は外見から気の強さが全開。口調も男っぽいし、ガサツだし。不良娘、という言葉がピッタリだ。……不良娘なのになぜか肌はめちゃくちゃ綺麗なんだよなぁ。
 黒髪が多数派を占める舞女で金髪なのはこの娘ぐらいじゃないだろうか。セミロングの髪は少し高い位置でポニーテールでまとめている。軽いくせっ毛な髪は、気持ちいいぐらいに自然に流れていて羨ましい。最初からこういうパーマなんです、みたいな雰囲気出てるのズルいと思う。
 目つきは少し鋭い。更に少し薄い青い目が目を引く。中性的な顔立ちで姉御肌な性格含めイケメンな薫。完全にカッコいい枠だ。確か身長は169㎝って言ってたっけ? 僕より11㎝も高い。相変わらず羨ましい。
 だけど悠様のお屋敷基準だとこれでも身長が低い方という事実。

 僕たちは外見から性格まで全然違ったのに、梅に鶯のような関係で昔から僕と薫の相性は本当に良かった。将来、一緒に悠様にお仕えしようっていつも仲良く言い合っていた。

「僕たちが最後にあったのは……夏休み以来だから、半年ちょいぶりぐらいじゃないかな?」
「うぉー会いたかったーー!! やっぱり悠様って教えどおり鬼畜なんだな! 流石超越的上位存在者様だぜ!」

 めちゃくちゃハイテンションだけど、やっぱり薫は僕に抱きついてくれない。昔みたく頭を撫でてもくれなかった。明らかに距離感がある。
 言葉、口調は無理して昔のまんまにしてくれてるけど、目の奥に潜む僕への感情は、明らかに昔のソレとは異なっている。彼女の顔が少し赤いのは……そういうことなのだろう。

 立場が圧倒的に変わっちゃったもんなぁ。寂しいなぁ。

「あ……うん……そうだな……」

 僕は悠様の名誉のために何も言わないでおいてあげた。下手な事言うと、また信長殿に何をされるか。
 ーー次はないわ♪ーー という楽しそうな声が脳内で響いた気がするので全力で訂正します。沙雪様は裏表のない素晴らしい方です。

「あはは! そういや詩奈、今はもう、わたし、っていってるんだろ? 無理して昔のしゃべり方しないでいいんだぞ?」
「いや、皆の前では僕って言うよ。だって恥ずかしいし」

「僕は自分自身の意思でお屋敷に住まわせていただいているんだ。悠様はとても素敵な御方だよ。薫にも自慢したいけど……」

 これは本当の本当だ。こんな男女にもお優しくしてくださる悠様は本当に素敵でかっこいいと思う。僕にだけは時々いじわるだけど。

 さて会話の中で罠を仕掛けてみた。これで終わったらミッションは楽なんだけどねー。

 僕が口淀むふりをすると、薫は私の肩を掴み思い切り揺らし、殺気だった声で大声を出した。

 薫の、さっきまでの私に恋して近づけなかった甘ったるい空気はすでにない。今にも私を殺そうとしている目だ。

「てめぇ、何言ってんだ!! 悠様に関する事柄は絶対何も漏らしてはいけない! ……ん……」

 薫は強い口調から徐々に体の動きが鈍くなり、力なく腕を下におろしていき、一、二歩後ずさる。目が虚空を彷徨い、顎が少しずつ上に上がっていく。

「雌たる私は偉大な悠様を知ってはいけない。下々の雌たる私は悠様を汚してはならない。下賤な雌は悠様を愛してはならない。あぁ、いだいなゆうさまゆうさまゆうさまゆうさまゆうさまゆうさま……んんんんんっ!」

 最後はふらふら不安定になりながら、うわ言のように呟きながら全身を震わせ達した。
 恍惚とした表情で空いた口の端からつー、と垂れる涎。
 その表情にはヤンキーで姉御肌な頼れる薫の姿の面影などどこにもない。ただただ偽りの神を盲信する、敬虔な狂信者だった。

 僕はこの支配からとっくのとうに抜け出している。転校してから一年と半年も経ってるし。まぁ時々舞女時代のフレーズがぽろっと出てしまうことはあるけれど。

 舞女のみんなは薫と同じように悠様をただ一人の神と信じ切っている。完全に宗教団体だ。
 僕は等身大の悠様の偉大さを知ってしまったから、皆の事をどうしても滑稽に見えてしまうけど、昔は僕もみんなと同じだったんだよねぇ。

 ともかくこれで薫は僕が言った悠様に関する事柄、一連の出来事をすっかり忘れた。
 薫は、自己洗脳する前の立ち位置に無意識に戻る。
 すると能面みたいな顔から人間らしい生き生きとした表情に戻った。
 
 
「僕って久しぶりに聞いたぜー!! じゅるっ……? あれ、涎垂れてる……。え!?」

 薫は伊達に僕の元親友を、現特待生を、そしてトップオブトップをやっていない。
 彼女はとても察しがいいから、すぐに自分が戒律を破ってしまったことに気付く。

「あああっ!!? う、うそ……。詩奈、私は悠様を汚しちまったのか? 薫は、悠様に大変失礼なことを……。悠様、申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません」

 その場で土下座し、謝り続ける薫。

「大丈夫だよ。薫の記憶から今知ってしまった悠様に関する記憶は全部消えたから。薫は悠様の敬虔な信者。悠様に全てを捧げるために生まれた雌メイド」

 僕は薫の頭を撫でてあげる。あはは、懐かしいなぁ、こうやって良く躾のなってない不信者を教育してたっけ。

「あはぁぁぁぁ……ありがとうございます……お姉様ありがとうございます……ありがとうございます……」

 僕たちにとって上位存在に頭を撫でられる、というのは大きな意味を持つ。
 上位存在に頭を撫でられると、頭の中が真っ白になって、上位存在の言葉がすっ、と染みついていくんだ。これが本当に気持ちよくてたまらない。

 今この瞬間、薫はその神の教えに逆らった不届き者だ。対して僕は悠様に直接お仕えしている存在。……勿論本物の悠様はこんな教え定めないけどね。
 だから僕は舞女の誰よりも、OGの誰よりも、校長先生なんかよりも、圧倒的上位存在者なのだ。(お屋敷だとカースト最下位だけど)

 そういう訳だから今の薫はもう親友じゃないんだ。今の私達の関係性は姉と妹。

 ……あれ、そういえば悠様、舞専女学園のしきたりを覚えておられますでしょうか? これからも舞女特有の専門用語がバンバンでてまいりますので、置いてきぼりにならないよう、僕、詩奈が責任を持って今からご説明いたします。
 ……やっぱり悠様にメッセージを残すときは特に『僕』じゃ気持ち悪いなぁ。でも僕って一人称と昔の口調に慣れないと。

 ……おさらいだけど、上位存在ってのは、ランキングが自分よりも上位の方全般を指す。他には一般の生徒からすれば先生も上位存在となる。特にお姉様からのなでなでは強烈に刷り込みが入ってあれはヤバかった。
 舞女学園という名の箱庭から外に目を向ければ、お屋敷の皆様は箱庭面々を遥かに凌駕した上位存在者ばかりだし、悠様に至ってはもう信仰対象である神様その人である。僕が時々悠様の事を、敬意を籠めて超越的上位存在者様ってお呼びしちゃうのは学園にいた頃の名残なんだ。

 それじゃまずは舞専女学園特有のランキング制度と姉妹制度を詳しく説明するよ。

 最初はランキング制度の説明から……の前に、舞女の生徒数について。

 舞女は顔面採用ということもあって年によってかなりブレがあるんだけど、小中高の全校生徒合わせて240人だったかな。一学年20人前後が平均なんだ。僕が元居た学年は僕含めて5人しかいなかったよ。深刻な少子化だ。
 確か舞学が3学年で1000人ちょいぐらいだから、それを考えると本当に少ないよね。世の中にもっと美人美女美少女が蔓延れば、もっと入学する女の子も増えるのに。不景気だなぁ。

 という訳で、全学園生合わせて240人しかいないんだけど、この学園生全員にランキングという名の序列格付けがなされるんだ。トップオブトップの1位から最下位の240位まで。基本は年功序列で、そこに能力やルックス、悠様への忠誠心、性格、学力だとか総合的に判断されて順位が決まる。順位の詳しい決め方はまた後で説明するよ。

 なんで1位がトップオブトップって呼ばれるかっていうと、僕の学園でトップとはファーストとセカンドを指すから。ファーストが1位でセカンドが2位。トップの中のトップってことで、ファーストよりもトップオブトップって呼ばれることの方が多いかな。
 今舞女で一番のお姉様、トップオブトップは藤原薫なんだ。ガサツだけど格好良くて身長高くてイケメンな性格の薫は、めちゃくちゃ妹達にオカズにされてるだろうね。
 

 次に姉妹制度の説明なんだけど。姉妹になるためには大きく3つ方法があるんだ。大前提として、自分より下位ランキングの人間を姉にはできないし、上位ランキングの人間を妹にはできない。

 まず生徒ランキングの半分より上である120位以上のお姉さんは妹を一人指名しないといけない。これは権利というより義務で、だれかしら妹にしないといけない。同じ妹を指定するのは許されない。それに40位以上ぐらいのランキング上位者は二人を妹にしないといけない。
 どの順位の子がどの順位の子を選ぶかってのは大体決まってる。これも後で説明するよ。
 この制度の目的は、初等部の小さい娘を妹にしてマンツーマン教育をするため。だからこの方法では120位以上のお姉さんを妹にしちゃいけないんだ。

 二つ目に、トップ(ランキング1位と2位)かつ特待生はサード(3位)以下の生徒全員が妹になる。
 これ、分かりづらいんだけどトップの人間だからと言って、全員が妹になるわけじゃないんだ。同時に特待生にもなってないといけない。特待生になるには顔面偏差値の厳しい足切り条件とか、悠様への忠誠心を本当に厳しく見られたりとか、単純な年功序列では絶対になれないのが特待生。
 過去には特待生0人の年もあったりして、その時の校長先生と教頭先生は青い顔して日々を過ごしていたらしいよ。逆に同じ年に特待生が3人ぐらい在籍して、先生たちが嬉しい悲鳴を上げていた年もあったりする。

 だからトップの特待生が生徒代表というか、指導者的立場になるというか。

 この洗脳の恐ろしいところは、代替わりしても同じ姉への愛は変わらないところ。普通はトップって高校三年生が就任するから、1年でトップは全員入れ替わる。初等一年から単純計算で考えると、この時点で24人お姉様がいることになるね。
 24人のお姉様方への愛が、悠様ただ一人への忠誠心に変換されていると考えると恐ろしいものがあるね。……おっと、これはまだ説明してない話だった。悠様への忠誠心の刷り込み方についても後で説明するね悠様。

 ……とは言っても、本当に24人お姉様がいる訳でもなくて、実際は何年かに一度、長期トップを務めるような人が出てきたり、そもそもトップが特待生じゃなかったりするから実数はもっと少ないんだ。
 僕も転校しなければ、薫と一緒に3年間ずっとトップで特待生だったと思うし。

 で、最後の方法だけど、妹自身が好きになった姉に対して、妹宣言をしに行く。これが面白くて、昔びっちな子がいたんだけど、自分より上位ランキングの子全てに妹宣言しちゃったんだ。姉は来るもの拒まずの精神だから、ぽんぽんぽんぽん姉を作る浮気者がいて面白かったな。その子は愛おしいお姉様がいっぱいいすぎて壊れかけちゃって、最後には教頭先生のお世話になってたね。

 一般的な生徒の卒業までの流れは、まず入学してランキング40位以降の上位のお姉さまに厳しく躾けていただく。初等3年に上がると、大体そのお姉様方は卒業されているので、今度はランキング120位以降の若いお姉様に躾けられて、同時に恋と性についても学ぶ。そのお姉様方とそのまま仲良くなれるようなら、妹宣言をすることなくおしまい。
 中等部に上がると、今度は自分がランキング120位ぐらいになるから、初等部3年の妹を持ち、自分が40位以降の上位ランクになったら初等部1年生の子を厳しく躾ける。こういった形で姉妹制度は循環してるんだ。
 何か問題が起こったら、先生か、全生徒の姉であるトップ特待生か、ランキング最上位のランカーが対応するシステムになってる。

 この流れはあくまで一例。僕のクラスみたいに5人しかいない年だってあるし、40人大量に入学する年だってある。その都度学校主任が柔軟に調整してるんだ。
 え、そういう仕事は校長先生がやるんじゃないのって? 校長先生と教頭先生はOGの監視で忙しいからね。
 箱庭の舞女は自分のお庭だから割とどうとでもなるけど、外の世界はコントロール出来ないから大変なんだよ。

 で、このお話をお屋敷の皆様にしたらかなり勘違いされたんだけど、別に僕ら恋多き浮気者ではないからね。トップの特待生に関しては妹の意思に関係なく強制的に好きになってしまうから仕方ないんだよ。

 それに妹宣言なんて普通はやらない。普通はご指名していただいたお姉様に操を立てて一途に愛し続けるものだから。それに、仮に万が一浮気して本気で好きなお姉様が出来てしまったとしても、妹風情が偉大なお姉様に自分から宣言しに行くだなんて、はしたなくて出来ないよ。さっき言ったびっちな子は本当に例外ケースなんだ。

 ちなみに姉から妹へ告白……姉宣言は更にあり得ないと言っていい。
 なぜなら姉は妹を導いて受け入れてあげるものだから。逆に妹は姉を知り、恋をし、敬い、愛し、性欲をぶつけて忠誠を誓う。

 え、もし姉妹のランキングが逆転したらどうなるかって??
 それが、今の僕と薫の関係だよ。ちょっと僕が大逆転しすぎちゃってるけど。
 お恥ずかしながら、昔の僕が妹宣言をした唯一のお姉様が……ね?

 だからもう僕にとって薫は親友でもお姉様でもない。かわいいかわいい僕の妹。
 昔の薫は、僕にとって自慢だった。憧れのお姉様だった。けど、今はもう逆転して僕に忠誠を誓う雌妹ってわけ。

 実際今の僕は、薫に恋心というのは持ってない。洗脳の威力ってほんと凄いんだよ。逆転の瞬間、僕たちの関係がひっくり返ったもん。 

 あ、ところで、この学校では、悠様を知ってはならないし、恋をしてはならないし、愛してもならない。唯一許されているのは悠様を敬うことだけ。もし知ろうとすればどうなるかは、先ほどの薫の様子を思い出してもらえれば分かるだろう。

 確かに悠様を知ること恋すること愛すること敬うことは他の何よりも、自分のお姉様を想うより遥かに幸せなことだ。

 でも、舞女の学生は卒業すると各地で悠様のために裏工作をする事になる。それが失敗することだって十分ある。もし敵に捕まってしまい、無理矢理情報を引き抜かれようとした時、私達は何があっても悠様だけは全力で守らないといけない。悠様についての痕跡を一欠けらでも残さないように、そしてすぐ自決できるよう洗脳されているんだ。

 ここまでのおさらいを聞いて、悠様よりお姉様方に忠誠を誓うようになるんじゃないか、って思った?

 そんなことないんだなー。お姉様に恋し愛する度に、悠様への忠誠心が膨らんでいく、お姉様を知って敬う度に、悠様に屈服したくなる。お姉様に忠誠を誓うたびに、悠様への献身の念が膨らんでいくんだ。お姉様を想ってイクと、頭が真っ白になって、全てを悠様に捧げたくなる。
 言ってしまうと、お姉様は妹の欲望の捌け口なんだ。本来悠様に向けられるべき感情を肩代わりしているだけ。妹がお姉様を想うたびに忠実なる悠様専用の下僕メイドが出来上がるって寸法さ。

 だから舞女の女生徒達は、真摯に貞淑に淑やかに、性欲を一切排除して清廉潔白に全てを悠様に捧げてお仕えしなければならない。

 そういう訳で現トップオブトップの愛妹にはもっとオカズにされてくれると嬉しい。何よりも大切な僕の悠様のために。

 ね? ぶっとんでるでしょ? ハカセ様の洗脳電波。

 僕も昔はこれを真剣に信じてたし頭馬鹿になってた。ま、今でももし敵に捕まるようなことがあったら、悠様のご迷惑にならないよういつでも自殺する準備は出来てるけどさ。
 でもこれは洗脳電波から解放された後に自分の意思で決めたことだから。……いやこの思考そのものが洗脳された結果とか言われたら、僕はそれを知りようもないしどうしようもないんだけどね。

 そういう訳で今でも僕は超越的上位存在である悠様に頭を撫でられるととても幸せな気持ちになるんだ。
 ……舞女の洗脳とは関係なしに、ただ気持ちよくなってるだけって可能性もあるケド。

 僕がずーーっと頭を撫でていたからか、薫は目から、鼻から口から水でぐしゃぐしゃになってしまっている。

「あはぁぁぁぁ……あはぁぁぁぁぁ……おねぇさまぁぁ……あいしていましゅぅぅぅ……かおるゆうさまのものになってるぅぅぅぅ!!!」

 ほんとかわいい。
 このまま撫で続けてあげて、更に悠様の物になって欲しいんだけど、こちとらミッションがあるから一旦洗礼してあげないとね。

「さ……悠様の忠実なる下僕の薫は、今の罪を糧に、今までの薫より更に高みの雌メイドへ一段上がれるよ……いち、に、さん!」
「あああああああああああああっ!!!」

 とーーっても長くなったけど、これが私達、舞専女子学園特有のルール。そして舞女流の洗礼です。悠様、おさらいできましたか?

 薫はこんなナリでめちゃくちゃ敬虔な悠様信者だ。流石私の元親友。流石僕の自慢の妹。
 そんな薫に戒律を破らせてしまい、申し訳なくなった。ので、優しいお姉様がちょっとおまけしてあげた。
 元々薫は現トップオブトップだ。今の洗礼で一段引き上げて、教頭先生と同じくらいの上位者にしてあげた。まぁこれからもっと酷いことするし、いいよな? かおる?

 覚醒した薫は結構……いやかなり落ち込んでいた。

「はぁ……私、最低だ……悠様……申し訳ありません……悠様……」
「なでなで。もう面倒くさいから気にしないで。なでなで」
「あぅ……はい……お姉様……」
「はい、おしまい。昔どおりの口調で詩奈って呼んで?」
「あぅぅ…………。ああ、分かった。詩奈、その、悪かったな……へへへ……んへぇ!? あふぅぅぅぅ……」

 僕はまた薫の撫で心地のいい頭をさすさすする。

 僕は着ていた黒いコートを脱いだ。このコートは悠様が私に似合ってるってお褒め頂いたコートです。悠様覚えていますか?

「しいな……。しいな……」

 薫はすぐにとろんとした顔つきになり、ふらふらと僕の胸元に顔を寄せさせた。

「んぷ……」

 そして薫に、中に着ていた僕の洋服の匂いを嗅がせた。普段の薫なら絶対出さない甘えたの可愛い声。悠様に出会う前の僕ならめちゃくちゃ発情してただろうな。今ではちんぴくすらしないけど。
 
「あ……はぁ……」
「いい匂いしない?」

 今の僕は、男物の洋服を着ている。
 半そでのTシャツ一枚に男物のスウェットとというかなりラフな格好なんだけど。

 薫はTシャツの匂いを嗅いだ瞬間、更に雌の顔になっていた。

「……はぁ……はぁ……。すー。はー。うん……すてきぃぃ……。……ゆう、さま……?」

 薫はゆっくりとシャツから離れる。その目は血走っていて、永遠に嗅いでいたい本能を理性で抑えているのが見て取れる。逆の立場なら、僕離れられないと思う。舞女で離れられるの薫ぐらいじゃない?
 素直に尊敬。

 薫は1歩後ろに下がり、ガタガタ震え出した。
 今にも泣きそうな顔で、そして発情しっぱなしで僕に問いかける。

「ふぅー……ふぅー……。ま、まさか、悠様の御召し物だなんて言わないよ……ね?」
「ついさっきそこで買った安物だから違うよ」

 僕の言葉を信じてほっとした顔になる薫。かわいいなぁ。まぁここまで立場が離れている上位存在の言葉を疑うなんて無理なんだけど。

 薫はすぐに虚ろな表情になった。

「なーんだ……。雌たる私は偉大な悠様を知ってはいけない。極上の香りを覚えてはいけない。下々の雌たる私は悠様を汚してはならない。悠様の雌悠様専用の雌メイド……かおるはしょうがいゆうさまのげぼく……はあああああんっ!」

 ふーむ。しっかり洗脳は浸透しているみたい。あ、今の嘘ね。優子様からいただいた本物の悠様の半そでTシャツだ。私の家宝だ。あ、違う。僕の家宝だ。

ーー違います。後でちゃーんと私に返してくださいね!?ーー

 ……皆様、全員で私の脳内監視されてます?

 こほん、話を戻そう。

 例え本人が悠様の物ではないと信じたとしても、本当に悠様のものだった場合、記憶は抹消されるのだ。

 薫へのフォローはさっきと同じだから省略するよ。流石にこれ以上の上位引き上げはもうやらないけど、そこ以外は大体同じ。

「寒いから中に入ろう?」
「つーかなんでお前このクソ寒いのにそんな薄着なんだよ?」
「だって優子様がこれしか貸してくれなかったんだもの」
「ふーん優子様ってだれ? ……私は偉大な悠様の伴侶を知ってはならない。下々の私は雌、私は雌私は雌雌雌雌雌雌雌雌。私は悠様の忠実なメイド。悠様のために生きるメイド悠様専用のメイド悠様悠様悠様悠様……んはぁぁぁぁ……!」

 これもきちんとかかってる。あれー? おかしいなー。薫がクラスメート全員と不仲っていうからてっきり薫の洗脳の一部が解けたのかと思ったのに……。
 でも不思議だよねー。なんで優子様の名前出しただけなのに伴侶って分かるんだろう。

 そういえば薫にそれに寒くないかって、言われたけど、寒いわけないじゃないですか。だって悠様の私物を着ていることの幸福感に比べたら5度なんてへっちゃらです。寧ろコート脱いで皆に見せつけたいですよね。悠様の素敵なお洋服を私、着てるんだ、って自慢したいです。って、違う違う、僕だ撲。

「私……かおるは……死にます……悠様のために生きている資格などありません……」

 あやばいやばいやばいやばい。
 私は今の一連の流れを気にするなという命令じゃなくて、忘れるように命令をした。頭なでなでってすごい。

「くしゅん」

 ここまで長いこと外にいるつもりじゃなかったので、くしゃみしてしまった。

「早く私んち入れよ……」 
「お、おう……」

 おう、って。
 昔の僕でもここまで男っぽくはなかったかなー。あはは。

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 薫は私の親友だっただけのことはあり、って言い方をすると嫌味に聞こえますが、私はこれでも舞女のトップオブトップにして特待生の人間だったので、色々融通だとか特典があったのです。
 ランキングは年功序列と言いましたけど例外もありまして、私達は小1の入学時点で50位と49位でした。あの頃は薫の方がランキング高かったんですよね。懐かしいです。

 ランキングの更新方法についてはまだ、おさらいしてませんでしたね。
 おおむね50位未満は、末端の先生達が職員会議で定期的に更新するんですけれど、それより上のランキング上位級になると各学校を総括する学校主任が責任を持って格付けしていきます。

 学校主任とは初等部中等部高等部の、いわゆる校長先生3人を指します。初等部長、中等部長、高等部長、って呼ばれ方が一般的です。各部の教頭先生は副部長って呼ばれてます。学年主任ではなく、学校主任ですからね。
 そして私が先ほどから言っていた校長先生とは、舞女学園全体の校長先生のことです。まさに校長先生とは教師側のトップオブトップですね。先生側のセカンドは教頭先生になります。
 先ほども少し触れましたが、校長先生と教頭先生は外交やらOGのメンテナンスやらでご多忙なので、内政は基本的に学校主任が合議で行っています。一応名目上のトップは教頭先生ですが、口出しすることは滅多にありませんね。

 で、その滅多にない口出しの一つがランキング10位以上のいわゆるランカー、最上位級の決定議論や特待生選考議論です。そのクラスともなると、校長先生や教頭先生が自ら選定します。

 私も生徒代表の特待生として、のちにトップオブトップとして。何度もこの格付け会議に出席した経験があります。美人だらけの職員会議は圧巻ですよ。先生方は年齢層が18歳から40歳と幅が広いので、基本生徒よりも美人なんですよ。多分、末端の先生ですら舞女の普通の特待生級の美人さんです。上位者の学校主任級の部長さんや副部長さんともなると、舞女の歴代特待生の中でも上位クラスの美女になります。
 校長先生と教頭先生なんて、”私達三人”が頭角を現すまでは誰も並び立つ人がいないぐらい圧倒的な美女さんでした。

 三人とは私と、薫と、私の屑姉の文香ですね。屑姉のことまでお話してしまうと更にお話しが長くなって、お腹いっぱいになってしまうので省略します。

 えっと、そんな由緒ある舞女の歴史の中で、創立以来一番のルックスと褒めたたえられたのが、私、天城院 詩奈なんです。いぇい。
 ……そりゃ勘違いもしますよ。だって、最終的には校長先生にお姉様と言われたんですよ私。だからこそ転校して悠様のクラスメイドになることができたんですけれど。
 お屋敷の皆様を知ってしまった今となっては恥ずかしくて仕方ないですね。井の中の蛙大海を知らず、です。詩奈の黒歴史ですよ。

 で、そんな学校のトップオブトップになると何が凄いかって、学校主任の部長よりも上位存在になれるのです。流石に舞女権力第二位の教頭先生には勝てませんけどね。でも、部長よりも立場が上の生徒って末端の先生からしたら嫌でしょうねぇ。
 私は中学卒業と同時にトップオブトップになりました。通常なら高校三年生の先輩方が上位を独占するんですけれど、私と薫で中学卒業と同時にワンツーフィニッシュ。当時全ての先輩方からお姉様~と、うっとりとした視線で慕われていたのはゾクゾクしましたね。

 で、融通とは例えば今の薫と同じように一軒家の提供です。ちなみに普通の女学生は全寮制の寮に入って共同生活を送り、悠様の下僕メイドたる自分というのをお姉さま方に教育していただくのです。
 他にも私のような特待生だった人間はテストを免除されたり、職員会議に乱入していちゃもんつけたり、御付きのメイドを二・三人侍らせたりすることができたのです。

 なんでそんな凄い特典をもらえるかっていいますと、特待生は洗脳される側じゃなくて、超優秀な洗脳者側だから……あ。

 っとと。またやってしまった。私じゃない、僕だ、僕。

 ……それで当時の僕は学校から一番遠い一軒家を提供されていたんだ。まさにこの家なんだけど。
 こいつはもう何もしても洗脳解けないだろって、扱いをされてたんだね。在学中はその通りエリート生活を満喫していましたとも。

 その時の話を思い返すとまだまだ終わらなくなるから、今は薫達のことに専念しよう。

 このまま過去話しをしていた方が悠様好みのえっちなお話になりそうだけど。

 ねぇ悠様? ここまでのお話、ちゃんとついて来れてますか? クリス様がミッション中の私の記憶を、悠様が成人になった時に私含め皆様で観賞するとおっしゃっていましたよー! 私もびっくりしちゃいました!

 私、ここからも頑張って記憶しますから。寧ろここからが本番だと思いますから!
 頑張って藤原 薫、三条 有栖(さんじょう ありす)、西園寺 鏡花(さいおんじ きょうか)、葉室 香奈枝(はむろ かなえ)の4人を洗脳してみせますっ!
 久しぶりに男口調になっている天城院 詩奈をご堪能ください。 ……そ、それと、いつも素直じゃなくてごめんなさいっ! 今までの記憶をご覧いただければ、もうバレちゃってると思いますけれど、私、悠様のこと好きです。大好きです。愛しています。お慕いしています! これからも生涯あなた様にお仕えしたいです!!!

 私から11カ月後のあなた様へのメモリレター(脳記憶手紙)をどうか受け取ってください。

 私は真摯に貞淑に淑やかに、性欲を一切排除して、清廉潔白に全てを悠様に捧げてお仕えしている美少女男の娘メイド、天城院 詩奈です♪

< 続く >

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