明治二十二年の再会

 明治二十二年二月、帝国憲法発布を記念して、大赦が行われた。

 静川県士族の北崎義達が出獄したのも、この時だった。

 義達が逮捕されたのは西南の役の最中であったから、足かけ十二年間、獄中にいたことになる。十二年前、西郷軍に呼応し、旧静川藩士百数十名を率いて蜂起しようとしたが、警視庁の密偵に陰謀を暴かれてしまったのである。共に立つはずだった高知の同志たちも決起には至らず、手を拱いていただけだったという。

「二十八番、出ろ。釈放だ」

 牢の鍵が開かれ、番号を呼ばれる。二十八番。この十二年間、北崎義達の名は『二十八番』で、北崎とも義達とも呼ばれたことはない。

 ――長かった。

 と思う。義達たちはただの不平士族ではなかった。自由民権の理想があった。人々の自由のために、一刻も早く政府を転覆しなければならぬ。あの頃はそう思いつめていた。

 だがそれも昔のことだ。存命の同志たちは、この数年の間に出獄したと聞いている。憲法が発布されたからには、間もなく議会も開かれることだろう。日本は曲がりなりにもよい方向に向かっている。となれば、まず気にかかるのは娘のことだ。一人娘の名は鈴菜という。

 静川監獄の門前は賑やかだった。大赦によって多くの受刑者が出獄している。だから、迎えの家族や知人でごった返していた。雑居房や労役で人の群れには慣れているが、子供や女性を見るのは久しぶりだった。

 何人かの少年や老婆が義達の顔を見て、がっかりしたように俯いた。父や息子を迎えに来た者たちだろう。

 妻が病気で亡くなったという知らせが届いたのは数年前のことだ。以来、妻の代わりに娘が便りを送ってきてくれるようになった。義達は出獄が決まったという知らせを、娘とかつての同志の何人かには手紙で知らせた。鈴菜には、

「遠方ゆえ、出迎えには及ばぬ」

 と書き送った。急なことだったので、まだ返事も受け取っていない。

 ――長谷田様から、若い頃の母様に瓜二つだと言われました。

 昨年の暮れに受け取った便りに、鈴菜はそう書いていた。妻に似ているとすれば、相当な美人に育っているはずだ。人群れの中に、妻に似た若い女性は見当たらない。

 長谷田というのは、かつての同志で、最後まで決起に反対していた長谷田純蔵だ。妻が亡くなった後、何くれとなく娘の面倒を見てくれているらしい。鈴菜からの便りには、しばしば長谷田の名があがっていた。

 人群れの中に妻の面影を持つ少女がいないことをしっかり確認してから、義達は歩き出した。廃藩の後、義達は海沿いの静川旧城下から、内陸の和田町に引っ越していた。宿賃の持ち合わせなどないから、急ぐ必要がある。

「北崎さん!」

 市制が施行されたばかりの静川市街を北へ向かっていると、橋の袂で手を振る者があった。

「長谷田、か?」

「いかにも! 会えてよかった。お迎えに上がりました。出獄、おめでとうございます」

 決起の時は少年の面影さえ残していた純蔵も、すでに三十をいくつか過ぎている。声色は若々しいが、頭は半ばはげ上がっていた。それにでっぷりと太っている。

「和田町のお宅まで、僕がご案内します。鈴菜殿がお待ちですよ」

 純蔵は、かつて義達の決起に連座して投獄されたことがある。出獄した今では、娘に仕事まで紹介してくれたという。その上、道案内までさせては悪いと固辞しようとしたが、

「静川県はずいぶん開発が進みました。十二年前とは道が様変わりしています。案内がなくてはお困りになりましょう。是非、案内させてください」

 純蔵はそう言って、先に立った。

……

 静川県下は、確かに十二年前とは別物だった。静川市と和田町の間には、女学校や紡績工場が建っていた。鉄道の敷設も決まったらしい。新しい道路の脇では、用地の買収や整地が進められていた。まるで、別世界に来たようだった。

「今日は、ここで休みましょう」

 和田町の外れの旅籠の前で、純蔵が立ち止まった。薄汚れた、二階建ての旅籠だ。

「む? 日暮れとはいえ、もう和田町は目の前ではないか。私はまだ歩けるが」

「お宅までは、まだ半里ほどあります。それに、その身なりで鈴菜殿にお会いになるつもりですか?」

 純蔵は、義達の全身を一瞥し、眉をひそめた。なるほど、髪の毛はぼさぼさだし、出獄前には髭を剃る暇もなかった。身に纏っているのは、継ぎ接ぎだらけの垢じみた粗衣だけだ。

「実は、この旅籠は私が経営しているのです。他ならぬ北崎さんです。宿代は結構。衣類も明日までに揃えられます。北崎さんのために、今夜は他の客を断っているのです。泊まっていってください」

 そう言うと、純蔵は義達の答えも聞かず、木戸を開けた。なるほど、木戸には

「本日休業つかまつり候」

 と書かれた紙が貼られていた。

「おい、帰ったぞ。北崎さんをお連れした。くれぐれも粗相のないように」

「はい。北崎様でございますね。お待ちしておりました」

 中から出てきたのは、若い女中だった。立ち居振る舞いは楚々としていて、まるで格式の高い武家の娘のようだった。

 だが、その出で立ちは、武家娘とは似ても似つかぬものだ。着物はだらしなく着崩している。少女のように幼い顔立ちなのに、化粧は濃い。まるで芸妓か娼妓のようだ。

「こちらへ」

 楚々とした態度だけは崩さず、女中は義達のわずかな手荷物を受け取り、手早く草履を脱がせた。

 純蔵にすすめられて湯を使った。湯上がりに案内されたのは、二階の座敷だった。

 十畳ほどの座敷だ。聞けば、一階、二階にそれぞれ十畳間が二間あるという。畳は綺麗に掃き清められてはいるようだが、液体をこぼしたような染みがいくつもあった。

「この旅籠は、連れ立ってお見えになるお客様が多いものでございますから」

 さきほどの派手な女中がそういって、なぜか照れたように微笑を浮かべた。

 座敷には、すでに酒肴が整えられていた。見れば鯛まで用意されている。

「ここまでしてもらうわけには……」

 恐縮する義達に、純蔵は言った。

「ささやかな出獄祝いです。ご遠慮なさらず」

 純蔵の好意を断り切れず、義達は盃を手に取った。

 女中の酌を受けて、幾杯かを飲み干したところで、純蔵が思い出したように言った。

「ところで、帝国議会に向け、近く自由党が再興されると思います。静川支部の長は、不肖この長谷田純蔵が務めることになりましょう。いかがです? 北崎さんも自由党に来ませんか?」

「自由党、か」

「僕は議員に立候補するつもりです。そのための資金も人脈も扶植してきました……どうです? 議会でもう一暴れしませんか?」

 長谷田は法螺やはったりを好む男ではない。どうやら相当の財力と、実力を身につけているようだった。この旅籠が見かけによらず儲かっているのか、それとも他に事業を起しているのだろうか。

「……魅力的な話だが、俺はよそう」

「金なら心配いりません。直接国税の件も、僕の財産の一部をお譲りすればなんとかなります。是非にも!」

「金のことではないのだ。俺は表舞台に立つつもりはない。だいいち俺は、すっかり過去の人だろう」

「十二年経った今でも、県下ではあなたを敬愛する者が少なくありません。黙っていても、あなたの周りには人が集まってきます。僕も、北崎さんと一緒にやりたいのです」

 義達は、今度は黙って首を横に振った。

「県下の自由党員には、あなたを西郷になぞらえる人がいます。自由主義の西郷だと。野に下ったままでいるつもりですか? それは惜しい。いや、それ以上に危険です。あなたにとって」

「私は西郷とは違う。あんな大物ではないよ。それに十二年前とは状況が違う。もう政府転覆などを喋々するような時代じゃない。心配には及ばぬよ。とにかく、私は自由党とは関わらぬし、議員に立候補もしない。せっかく世話をしてくれるというのに、すまぬ」

「左様ですか、残念です」

「だが、中江君とは一度会っておいた方がよさそうだ。今後のことも相談したい」

「中江……先生ですか……ああ、あの人のところには幸徳という若者がいます。北崎さんとは気が合うでしょうね……」

 あまり興味もなさそうに純蔵は呟いた。それきり、純蔵は自由党や議会のことは口にしなくなった。

 だが、時に意見が食い違うことはあっても、古くからの同志である。御一新以前から見知った仲でもある。二人はすぐに打ち解けた思い出話に花を咲かせた。

 傍らの少女は静かに目を伏せ、杯が空になった時だけ、静かに酒を注いでくれていた。ちらと目をやると、はにかんで目を伏せる。派手な化粧のしどけない女なのに、妙に清純な印象を与えた。

 ――お奈津。

 義達は、亡き妻を思い出した。死んだ妻は奈津と言った。祝言から数年経ち、娘を産んでからも、少女のような清純さを残した大人しい女性だった。その妻の姿と、目の前にいる娼妓のような身なりの女中とがなぜか重なった。女中の楚々とした態度が、妻の幻影を見せたのかもしれない。

……

 女中にすすめられるまま、ずいぶん酒を過ごしてしまった。

 少女は楚々とした態度を崩さなかったが、着崩した襟元を直そうとはしない。酌をするたび、襟元からは幼い顔立ちに似ぬ豊かな双丘が頭をのぞかせた。

 少女の雰囲気に当てられて、今宵はいくらでも酒が呑めそうだった。杯を重ねるにつれて、女中の胸元や、小さな唇、潤んだ瞳ばかりが目に入るようになった。

「お夏」

 と、純蔵が女中を呼んだ。女中はお夏という。漢字は違えど、義達の亡妻と同音であった。

 さきほどから、お夏と聞くたびに義達ははっとしている。だが、今はもう反応も緩慢だ。酔いで頭が働かなくなってきている。

 純蔵がなにやら耳打ちしていたが、半ば酩酊している義達の耳には入らなかった。ただ、女中のお夏は眉をひそめ、何かを渋っているようだった。

「なんだ、忘れてしまったのか、お夏。北崎さんを驚かせて差し上げたいのだと、自分で言っていたではないか」

 これまでひそひそと話していた純蔵が、はっきりとした口調で言った。

「え? あ、左様で……ございました。申し訳ございません、長谷田様」

 お夏は数瞬、瞳を虚空に彷徨わせていたが、合点がいったというように大きく頷いた。

 少女はどこかぼんやりとした様子で銚子を手に取り、また酒をすすめてきた。

「さ……もう一杯どうぞ」

「あ……」

 少女がしなだれかかってきた。これまでは遠慮がちな態度を崩さず、身体を離していたというのに、人が変わったようだった。視線を下に向けると、はっきりと豊かな乳房の谷間が見えた。ともすれば、乳首さえ見えてしまいそうだ。華奢な体つきだが、乳房にはしっかり肉がついている。

「北崎さん、ちと失敬します」

「あ、ああ」

 しなだれかかる少女の色香にあてられて、純蔵の言葉に生返事だけを返した。純蔵はにやにやと笑っているような気がしたが、酩酊した義達は、その笑いの意味を考えようとは思わなかった。

 障子が閉まり、二人きりになる。

 少女は酒を口にしていない。それなのに、濃く白粉を塗った上からでもわかるほどに、耳や頬を紅く染めていた。

「お噂は、長谷田様から幾度も聞いておりました。北崎様」

「うっ……」

 義達が思わずうめいた。お夏の手が股間をまさぐってきたのだ。はだけた襟から乳房を見せつけられ、今しなだれかかられて、すでに義達の一物は半ば堅くなっている。

「嬉しい。わたくしに興奮してくださったのですね」

「よ、よせ」

 制止も聞かず、少女は片手で男の一物を弄びながら、もう片方の手で義達の頬に触れた。

「ご安心遊ばしませ。長谷田様は、もう戻っておいでにはなりません。わたくしたちに気を遣ってくださったのです……それとも、わたくしのことはお嫌いでございますか?」

 少女の顔が近い。言葉を発するたびに熱い息が義達の顔をくすぐった。下品な化粧と、男を誘う言葉、そして欲情しきったような顔にもかかわらず、間近で見るお夏の顔はなお幼く、しかも武家の娘らしい気品を感じさせた。淫らではあるが、どこか初々しく、清楚なのだ。その様子が、かえって義達の欲情を駆り立てた。

 少女が口を寄せ、そっと唇を重ねてきた。

「その……溜まって、いらっしゃいますでしょう?」

 久しぶりの酒に酩酊し、ふわふわとしている男の身体は、少女の細腕に容易く押し倒される。お夏の細い指が慣れた手つきで動き、義達の前を広げ、一物をとりだした。

「わたくしの中に、存分に注いでくださいまし」

 少女が帯を解き、手早く着物を脱ぎ捨てて跨がってきた。

 薄暗がりの中で見たお夏の女の部分は、別の生き物のように蠢き、しかも粘性を帯びた液体を垂れ流していた。

 義達の一物は、人一倍大きい。亡き妻は、娘の鈴菜を生んだ後でさえ、挿入を痛がったほどだ。それなのに、少女の女の部分は、簡単に男を受け入れた。楚々とした態度や若さに似合わず、相当男を受け入れているらしいことが、義達にもわかった。

 男に慣れすぎた動作と肉体に、義達は興奮しつつも、嫌悪を覚えた。

「義達様、ずっと、お会いしとうございました」

 ――こんな女なら、遠慮はいらぬな。

 ぼんやりとした頭で、義達はそう言い訳した。おそらくは誰にでも股を開くような淫乱女である。どういう事情か知らぬが、自分のことを好いてもいるらしい。十二年の鬱屈をぶつけるには、うってつけの相手だ。

 上になった少女を、下から突き上げる。

「ああぁぁぁ……ッ!」

 何度か突いてやっただけで、お夏は獣じみた声を上げ、ぶるりと身体を震わせた。もう絶頂したのだ。

 女の部分が一物をきゅっと締め上げる。義達は何とか射精を堪え、動きを止めた。

「なんと淫らな……」

 思わず声に出してしまった。

 義達の肩に頭を乗せ、絶頂の余韻に耐えていたお夏が、顔を上げた。

「こんな淫らな女で、申し訳ございません。でも……」

 少女の腰が円を描くように動き始める。

「でもっ、北崎様……義達様、をっ、お慕いして……おりますっ」

 なめらかに腰をくねらせながら、お夏は義達の口を吸った。舌を入れ、義達の口内を愛撫してきた。

「んちゅ、くちゅっ」

 義達の一物を難なく受け入れてしまうほど緩んでいるはずなのに、女の中はとても心地よかった。肉の襞は複雑に入り組んでいる。名器だ。しかも男を愉しませるための手管を熟知している。緩急をつけた締め付けは、経験豊富な娼妓も顔負けの素晴らしい技量だった。

 お夏の呼吸が荒さを増していく。二度目の絶頂が近いらしい。義達も、もう我慢の限界が近い。

「あっ、また、またいってしまいますっ! 義達様っ、今度は一緒にっ」

 無言で頷き、少女の腰の動きに合わせて突き上げる。酔った男の乱暴なだけの突き上げにも、少女の肉体は敏感に反応している。

 少女が獣のように低く呻き、痙攣する。一筋の涎が、首を反らせた少女の顎を伝って、義達の胸元を濡らした。

 のたうつ少女の身体に合わせるように、肉の襞も一物を締め上げ、痙攣した。

「うっ」

 義達は呻き、溜まりに溜まった白濁をぶちまけた。

 しばらく二人は、つながったまま息を整えていた。絶頂の放心から醒めたらしいお夏が、唇を重ねてきた。

 存分に口を吸い合ってから、お夏が気だるそうに身体を起こした。

「すごい……こんなにいいなんて……義達様、わたくしたち、とても相性が良いようですわ」

 まだ男を引き抜こうとはしないお夏に、義達は頷いてみせる。

「まだまだできるぞ。監獄で溜まりに溜まっているからな」

 一物はすぐに堅さを取り戻す。少女の肉体を裏返し、四つん這いにさせた。

「次は犬のように後ろからだ」

 宣言して、再び少女のそこを貫く。

「あっ、義達様から、勿体ない。でも、嬉し……っ」

 中年男の激しい動きに、少女は途切れ途切れに喜びを示す。男の先端が、女の臓器に触れるのを感じた。

「あ、そこっ、子宮に当たって、ああ、いいっ、いいッ!」

 子宮で感じてしまうほどに、少女の身体は使い込まれているらしい。義達は遠慮なく太く長い一物を女の大切な部分に突き立てる。子宮を圧迫されるたびに少女は震え、何度も絶頂した。

 亡き妻とこんな乱暴な交合を行ったことはない。見ず知らずの淫乱女だからこそできることだ。

「ああっ、んぐっ、ひっ、おあああぁぁ……ッ!」

 お夏はのたうち回り、震え、呻き、叫んだ。一匹の獣と化したように、もう人間らしい言葉も発しなくなった。

 頭を掴み、横顔を見ると、女は半ば白目を剥き、だらりと舌を垂らしていた。

「出すぞ、おなつ!」

 絶えず痙攣を続ける女の中に、二度目の精を放った。

「ひぐっ、ひぐぅッ!」

 お夏は背を大きく反らせ、股間から液体を噴き出した。まるで熟れた娼妓のような反応だ。話には聞いていたが、女が潮を吹くのを見るのは初めてだ。

 義達は一物を抜き去った。まだ痙攣している少女の股間からは、泡立った精液と愛液があふれ出していた。

 この淫乱女相手ならば、いつまででもこうしていられそうだと思った。

 体液に塗れ、痙攣を続けるお夏の身体を抱き寄せた。

「うれしい……よしたつさまぁ」

 正気を取り戻したようにそう言って、お夏は心底幸せそうに笑いかけてきた。蕩けきってはいるが、柔和な笑顔だ。顔立ちも美しく整っている。その美しい顔が、亡き妻を再び思い出させた。

「お奈津っ」

 なぜか妻を抱いているような錯覚にとらわれ、義達は少女のなめらかな背を優しく撫でた。けれど、お夏は、義達の感傷を許してはくれない。

「よしたつさま、こんどはわたくしから」

 少女は中年男の返事も聞かず男に背を向けて跨がり、一物を握った。

「こうすれば、もっと子宮を楽しんでいただけます」

 言って、艶やかな白い尻を落としてきた。

……

 目覚めたとき、ずいぶん日は高くなっていた。お夏はもういなかった。

「通い奉公ですから、先ほど途中まで送ってきました」

 と、帳簿とそろばんに目を落としたままの純蔵が言った。

「家人が心配していたのでは?」

 ひどく酔っていたとはいえ、明け方まで手放さなかった。狂ったように乱れていた少女の身も案じられた。

「北崎さんのご心配には及びません。あの女は天涯孤独の身。それに、ご覧になったように、若いのに身体を持て余し、夜ごと男漁りをするような女です。せめて生計くらいは立てられるようにと、ここで面倒を見てやっているのですが、勝手に私娼のようなまねをするので、困りはてている次第で。おかげで、北崎さんの慰めにはなったようですが……」

 さあ、湯を使ってください、身支度が整ったら、お宅までお送りしますと純蔵は言った。

 家へは半刻とかからず到着した。町外れの旅籠から半里ほどの距離とはいえ、以前は、道は急で凸凹した坂道ばかりで、町中を流れる川には橋がかかっていなかった。それが今では、直線的で広い道路ができ、川には木製の頑丈な橋が架けられていた。

 家は昔のままだった。庭先の小さな菜園も義達がいた頃と変わらない。

「鈴菜殿が、ずっと世話をしているのです。私が紹介した仕事でも、お客の評判がすこぶるいい。本当によくできた娘御です」

 義達の視線に気づいたらしく、純蔵は耳打ちした。

 純蔵が先導し、玄関を空ける。

「純蔵です。北崎さんがお帰りですよ」

 家の奥から少女が出てきて、玄関に平伏した。薄暗い家である。少女の顔は見えなかった。

 しとやかな娘に育ったようだった。

「お帰りなさいませ」

 澄んだ声だった。が、義達には聞き覚えがあった。それも昨晩聞いた声である。

 少女が顔を上げた。

「む、お夏?」

 義達は眉をひそめる。化粧気はなく、紅も引いていないが、目の前に座しているのは紛れもなくお夏だった。化粧などしなくとも、目鼻立ちのはっきりとした美少女だ。

 だが、それだけではなかった。

 ――似ている。お奈津にそっくりだ。

 お夏の素顔は、亡き妻の生き写しのようだった。昨夜、この少女に酌をさせ、身体を重ねながら、何度も妻を思い出した。名前の音も同じで、素顔がここまで似ていては、妻を思い起こさない方が不思議だ。

「また、お会いできました。義達様」

 お夏は嬉しそうに笑った。だが、義達としてはばつが悪い。渋い顔をして、純蔵の袖を引いた。

「なぜ、お夏がここに? 長谷田、鈴菜は留守なのか?」

「鈴菜殿」

 と純蔵が少女に呼びかけた。お夏の表情が、いささか緊張したものに変わった。

「鈴菜殿、お父上がお戻りですよ」

 純蔵が脂ぎった顔に笑みを浮かべた。

「……父様? 父様でございますね? ああ!」

 お夏だったはずの少女が、目を潤ませ、嬉しげに笑った。昨晩見せた淫蕩な顔ではない。純粋そのものといった感じの、少女の顔だった。

「鈴菜でございます。ずっと、お会いしとうございました。父様っ」

 少女が立ち上がり、身体を寄せてきた。昨夜のように、べったりとしがみついてきたわけではない。けれどお互いのぬくもりを感じられるほどの距離まで近づき、やがて額だけをこつんと義達の胸に当てた。少女の目から、涙が溢れていた。

「こ、これは何の冗談かな? 純蔵、お夏」

 義達は静かに、しかし唇を震わせながら尋ねた。純蔵には世話になり、お夏は一晩の慰みものとして散々弄んだ。だが、娘と再会するはずのこの場で、こうまで悪質な茶番を演じられてはたまらない。

「もう止してくれ」

 少女の両肩を軽く押し、額を退けさせた。

「え? 父様?」

 少女が驚いたように顔を上げた。心底当惑しているようだった。

「どうして?」

「やめろと言っているんだ、お夏」

「お夏?」

 そんな女は知らぬというように、少女はかすかに首を傾けた。

「いや、少し行き違いがあったようですが」

 純蔵が、相変わらずにたにたと笑いを浮かべながら、二人を嗜めるように言う。

「北崎様、ほんの童女のころの姿しか知らぬとはいえ、鈴菜殿は亡きご妻女に瓜二つだということはご存じでございましょう。ほれこの通り」

 純蔵に促され、思わず少女の顔をまじまじと見つめる。確かに、少女は見れば見るほどお奈津に瓜二つであった。だが、目の前にいるのは妻と瓜二つの、お夏という女であるはずだ。

「お夏が、鈴菜? しかし、お夏は私と……な、馬鹿な」

 冗談が過ぎるぞ、純蔵、とは言い返せなかった。目の前には若き日のお奈津そのものの美しい少女が、不安顔で立っている。これほど自分とお奈津の娘らしい容姿の女など、他にはいないとは思う。

「鈴菜殿も、何をたった今再会したような顔をしておられる? お父上とは、昨晩再会を果たしたではないか」

「昨晩? 昨夜は長谷田様の旅籠でずっとお仕事をしておりましたけれど……父様らしい方はお見えになりませんでした」

「ふむ、鈴菜殿は、お夏の時の記憶は忘れておられるからな。致し方ない。鈴菜殿、お夏の記憶を思い起こしなさい」

 鈴菜と呼ばれた少女は、純蔵の言葉にぼうっとした表情を見せた。しかしそれは一瞬のことで、すぐに目を白黒させた。

「わ、わたくしは、旅籠で普通の女中として働いて……え? わたくしが殿方のお相手を? 娼妓のように? そんな、まさか……」

 少女の顔がみるみる血の気を失っていく。

「左様。それも単なる娼妓どころではない。貴女は夜ごと、何本もの一物を自分から銜え込んでいましたね。同時に数人の男に奉仕するのが、特に好きでした。昨夜のお客を思い出してみてください」

「お客様? 北崎、様? 義達様……えっ?」

 少女が恐る恐る顔を上げ、義達の顔を見た。

「義達様が父様? わたくしの名字も北崎で……」

 少女が後ずさり、数歩下がって尻餅をついた。太く形のよい眉をハの字にして、大きく見開いた目に涙を浮かべ、唇を震わせていた。

「……わ、わたくし、は、と、父様と?……い、いやあぁぁぁッ!」

「そういうことです。これで、北崎様にも信じていただけたでしょう。そして……」

 錯乱する鈴菜には目もくれず、純蔵は突然、義達の腕を取った。義達は玄関の上に引きずり込まれた。

「うぐっ!」

 ――しまった!

 と思ったときには遅かった。両足に激痛が走り、義達は板の間に崩れ落ちた。

「腱を斬った。あんたはもう歩けぬ」

 見上げると、純蔵の手には匕首が握られていた。

「あんたを野に放つのは危険なのだ。あんたの周りには人が集まる。それは反乱の火種となる。あんたが望んでも、望まなくてもな」

 言いながら、今度は右手を斬りつけてくる。

「これ以上、俺の栄達の邪魔をされては敵わん。再興される自由党にとっても、あんたのような古い反体制派は目障りだ。あんたにはもう、この世に居場所はないのだ。居場所を与えてはならぬのだ」

 左手首にも激痛が走る。

「あんた亡き後、乱交を生業とする美しい娘だけが残される。鈴菜は男と交われば交わるほど味がよくなる希有の娘だ。それが俺の資金源の一つになる。あんたのために獄に繋がれもしたし、拷問にも遭ったが、おかげで俺は先祖が残した秘術を会得し、お夏、いや鈴菜も手に入れた。北崎義達。貴様は殺しても殺したりぬほど憎い男だが、俺は感謝しているのだ。だから、貴様には心地よい死をくれてやる」

……

 義達は、すでに両手両足の自由を失い、声もろくに出せなくなっていた。急所は外されていたが、出血が著しい。

 ――止血できねば、死ぬな。

 と思った。純蔵は、義達をじわじわと苦しめて殺すつもりなのだろう。

「いや、父様……」

 鈴菜の小さな声が聞こえた。義達の傍らで少女は震えていた。錯乱から醒め、やっと目の前の惨劇を理解したのだ。

「お夏、四つん這いになれ」

 恐怖と悲しみに満ちた少女の顔は、そう呼びかけられただけで一変した。淫蕩な笑みを浮かべ、まるで血の海に悶える義達が目に入らぬように、板の間に手をついた。

 いかなるからくりか、純蔵は鈴菜に『お夏』という人格を植え付け、記憶も自在に操っているらしい。

 藩政時代、上級武士だった北崎家とは違って、長谷田家は全くの軽輩だった。忍者の家系ということだったが、戦国の世に培われた忍術の多くは失われてしまっていた。長き泰平の世は忍者の力を必要としなかったのだ。廃藩の直前、年少の純蔵は、忍術修行はそこそこに、義達を追うように洋学を学んでいたことを覚えている。

 ――その純蔵が忌まわしき忍術に開眼したのは、私の所為か。

 おぼろげに、そう考える。過酷な民権運動と獄中生活が、純蔵の古き秘術を目覚めさせたのだろう。

「よせ、鈴菜、目を覚ませ」

 掠れた声で呼びかける。だが、少女の白い身体は何の反応も示さない。自分を『お夏』だと信じて疑わず、淫乱女になりきっているのだ。

 お夏、いや鈴菜の尻をつかんだ男は、たちまち濡れそぼった割れ目に一物を擦りつけて濡らし、あろうことか少女の菊門に宛がった。決して小さくはない純蔵の一物を、鈴菜の尻はいとも容易く受け入れてしまった。

 挿入されただけで、少女は背を反らせ、ぶるりと震えた。

 痙攣が収まると、少女は自ら腰を振り始めた。

「いいっ、お尻っ、心地ようございますっ!」

「ふふ、お夏、すっかりケツでも感じるようになってしまったな。この淫乱女め」

 男の罵声も耳に入らぬように、鈴菜は豊かな黒髪を振り乱し、大きく開いた口から涎をまき散らした。昨晩と同じように、半ば獣と化しているようだった。

 純蔵が、白桃のような尻を二度、平手で打った。その衝撃にさえ、鈴菜は心地よさそうに呻いた。

「どうだ? まだ一物が欲しいだろう? 一本では足りぬだろう? 一昨晩のように、何人もの精を浴びたいだろう?」

「欲しい。お夏は一物が、殿方の精が大好きでございます! もっと、もっと……」

 純蔵が耳元に口を寄せて囁くと、鈴菜は壊れたように激しく、何度も首を縦に振った。

「そこに一物があるだろう。冥土の土産に、楽しませて差し上げろ」

 鈴菜は板の間を這い、手早く義達の前を開いた。

 排泄のための穴は貫かれたままだ。こんなことには慣れているのか、少女は迷うことなく一物の上に腰を落としてきた。温かい、と義達はぼんやりと思った。

 前後から男のものに貫かれ、内蔵さえ圧迫しているはずなのに、鈴菜は苦悶の声を挙げはしない。ただ満足げに微笑む。

「前も、後ろも埋められて、お夏は心地ようございます」

 目の前の男が瀕死であることにも気づかぬように、ゆっくりと腰を使い始めた。

 後ろの純蔵も荒々しく一物を前後させているのが、少女の身体越しに伝わってきた。

「長谷田様ぁ」

 鈴菜が首を回し、ねだるように純蔵を見上げた。

「よぉし」

 純蔵の逞しい手が、無造作に豊かな鈴菜の両胸を掴み、自分の身体に引き寄せた。形の良い乳房が、男の手によって押しつぶされていた。

「くちゅ」

 義達の上で鈴菜は身をよじり、醜悪な笑いを浮かべた男の口を吸っている。その間も、両穴の男の感触を楽しむように、少女の白い腰はなめらかに円を描いていた。

「お慕いしております、長谷田様。義達様も」

 長い接吻の後、少女はうっとりとした顔で二人の男を交互に見ながら言った。

「よかったぞ、お夏。お前の美貌を間近に見ていると、すぐに放出してしまいそうになる」

「よいのでございますよ。いくら出していただいても」

 お夏、お夏と呼びかける純蔵の言葉を聞くたび、義達は亡き妻を辱められ、犯されているような錯覚を覚えた。まるで奈津と鈴菜の両方を、かつての同志に奪われたような気がした。いや、あるいは純蔵は、本当に奈津をも毒牙にかけていたのかもしれぬと思った。

「義達様も、お夏の中にもっとお情けをくださいまし。お夏は、義達様の御種が欲しいのでございます」

「ふふ、誰の種でも欲しいのだろうが。淫蕩な小娘めが……ところで、茶番はもういいだろう」

「え?」

 相変わらず夢見心地の少女の耳に、純蔵は唇を寄せる。

「鈴菜殿、最後は娘として、御父上をお見送りするのだ。その肉体を使って、な」

 淫らに緩んだ『お夏』の表情が消え、恐怖と絶望に引きつる鈴菜の顔が再び現れた。

「よしたつさ……父様! そんな、血がこんなに……」

 鈴菜の掌もいつの間にか真っ赤に染まっている。

「父様、死んでは嫌! 長谷田様、お願いです! お、お医者様を……あんっ、いやっ、こんな時にっ……!」

 純蔵は鈴菜に言葉を続けさせず、腰を動かした。

「お願いです、父様にっ、お医者様を……いやあッ!」

 腸内を的確に責められ、少女が容易く身体を震わせた。心は鈴菜でも、身体は淫らに開花している。官能の炎に堪えきれるものではなかった。

「呼ぶわけがあるまい。お夏の時のことは、もう覚えているだろう。たとえ覚えていなくても、その淫らに堕ちきった肉体は男を求めずにはおられぬ。さ、お父上にしっかり尽すのだ」

「も、もうやめてください、長谷田様! 父様が本当に死んでしまいます!」

「ふん、そんなことを言いながら、腰はしっかり動かしておるだろうが。お前の淫らな身体は父の生死も厭わず快楽を求めるのだ。くく、そのまま父を死なせてやれ。娘に嵌めたまま看取られるなど、これほどの幸福はあるまい」

 確かに、鈴菜は純蔵に懇願しつつも、無意識に腰を動かし続けていた。もう自らの意志では淫らな宴を止められぬほどに、鈴菜の肉体は堕ちきり、また高まりきっていた。

「そんな……」

 鈴菜は、知らぬうちに堕落しきった肉体に絶望した。それでも少女の腰は滑らかに動き、お夏として培った淫らな性技で絶えず父の身体を刺激し、一物を締め上げた。

「いやっ! こんなこと、嫌なのに……ッ!」

 少女が背を大きく反らした。また達したのである。義達は、鈴菜の子宮を感じた。子宮が降り、一物が子宮を穿ってしまっている。

「ごめんなさい、父様。ごめんなさいッ!」

 少女の動きが激しくなる。痙攣を繰り返しながら、少女は二本の肉棒を悦ばせ、自らをさらなる高みに押し上げる。

「よぉし、出すぞ! ケツに出すぞ、鈴菜っ!」

 威勢のよい音を立てて後ろの穴を穿っていた純蔵が声をかける。

「ああ、いやぁっ!」

 嫌がりながらも、鈴菜の膣はきゅっと義達を締め上げる。心では拒否しても、肉体が射精を期待してしまっているのだ。

「父様、いやっ! お願いします、父様っ! 父様、父様ぁっ!」

 鈴菜は喘ぎながら、何度も義達に呼びかけてきた。何がいやなのか、何をお願いしているのか、おそらく鈴菜も自覚していない。ただ、淫らに開発されてしまった肉体が精を求め、鈴菜に懇願させているのだ。

「うおぉぉぉッ!」

「いやああぁぁぁッ!」

 純蔵が射精し、鈴菜もまた達する。これまでになく強い締め付けに曝され、義達も朦朧としたまま精を放った。

「あ、ああ、父様……ちゅっ」

 まだ軽い痙攣を続けながら、鈴菜は夢見心地のまま、唇を重ねてきた。

 鈴菜の柔らかな感触を全身で感じながら、義達は目を閉じた。

< 完 >

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