第1話「PはペニスのP」《Bパート》
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<CMあけアイキャッチ>
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【10月14日[火]14時02分、N市西部】
坂道を、一台のミニパトが上がってきた。
県道を西へ向かい、阿武倉(あぶくら)駅の南を抜けてしばらく進むと、蔵田山(くらたやま)が見えてくる。
ゆるやかにカーブする道の山側に、斜面に沿って畑や果樹園が広がっている。五差路を左へ曲がり、さらにその先のT字路を右折すると、山を回り込む形で隣のC県へと続く道へ入る。徐々に傾斜を強める坂道が本格的な山道に変わる手前に、山の一部を切り崩して作られた小さな遊園地があった。
──緑山遊園。
1970年代前半に作られたまま、開園以来一度も本格的な改装をされていない。もちろん安全点検は行われているが、古めかしいアトラクションはそのまま、鉄骨には錆びも浮かんでいる。テーマパークと呼ぶには古すぎるアトラクションの数々は、時代を感じさせるものばかりだ。
ガタガタと揺れが激しく、どこかのネジがいつ外れてもおかしくないようなジェットコースターや、天井や壁に本物の蜘蛛の巣がたっぷりと張りめぐらされたお化け屋敷などは、別の意味で怖いというもっぱらの噂。
壁やロゴマークに使われているテーマカラーの緑も一部ペイントが剥げており、そのくすんだ色のせいで、地元ではいつの頃からか「抹茶ランド」と呼ばれるようになっていた。
とはいえ、入園は無料でアトラクションもここ何年も値上げされていない。休日でも混みあわず、すぐに乗り物に乗れるメリットもある。最新のアトラクションはないものの、誰でも楽しめる穏やかなものが多い。そんなわけで、今でも幼児連れの若い母親や、小さな孫を連れた老夫婦が気楽に訪れる憩いの場所として愛されている。
近年、わざわざ遠くから出かけてくる者はほとんどいない。だが緑山遊園は、N市の住人なら大抵何度か足を運んだことのある懐かしの場所だった。
山道の手前で、ミニパトが脇道へ入った。
急傾斜の坂は、門の前に作られた車寄せのスペースで行き止まりとなり、そこから先に道はない。
パトカーは門の手前で停車した。
乗っているのは、二人組の女性警官だ。
共に20代前半で、生活安全課に所属する先輩と後輩である。
スーパーガツン発生直後、N市警の機能は大幅に低下した。
特にガツンが猛威を振るい始めた最初の日は完全に機能が麻痺し、任務を放棄する者も少なからずいた。
市内にいた警官で、一度もガツンの被害に遭っていない者など、今では一人もいない。我を忘れ、淫欲に身を任せる体験を全員がしていた。
だが、彼らのほとんどが、驚くほど早く仕事に復帰した。
ガツンはほぼ回避不可能だったが、そのかわり身体にも精神にも後遺症は一切ない。N市の周辺に非常線が張られた頃には、ほとんどの署員が職務に戻った。
さらに、ガツン発生後にN市に入った警官も加わり、現在は県警との連絡も密に行なわれている。
だが、隔離・閉鎖された状態に変わりはなく、外からの指揮に従うのには限界がある。所轄の判断と指揮の下で可能な限り活動を続ける方が、住民の安全確保や治安維持に有利であるという判断が下った。
確かに公然猥褻は、それ自体犯罪である。しかし、ガツンに遭遇した当事者が、その間に別の犯罪を犯す可能性は極めて低い。それよりも、ガツンによる混乱やそれに乗じた犯罪で、治安が悪化することの方が問題視された。
事故や事件への対応だけでなく、パトロールや安全対策、犯罪抑止等々、警察業務は多岐にわたる。ガツンが猛威を振るう中、N市警は可能な限りの活動を行ない、最低限の秩序を回復させることに成功していた──。
ミニパトを運転していた宮本美樹(みやもとみき)がエンジンを止めた。
隣に同乗する二年先輩の山下久美(やましたくみ)と顔を見合わせる。
車の外で、軽快な音楽が流れていた。
いぶかしげな表情で、美樹がつぶやく。
「嘘? 抹茶ランド、開いてるの?」
「まさか。……でも、音楽鳴ってるねえ」
久美が窓から顔を出し、斜め後ろを振り返る。
先輩に習って美樹も同じように顔を出し、あたりを確認した。
音楽は、遊園地の窓口に設置されたスピーカーから流されている。
だが、そこに人の姿は見当たらなかった。
久美が小さく溜め息をつく。
「ガツンで大変だって言うのに、わざわざ遊園地なんか来る人いるわけ?」
「っていうか、開園する方もどうかしてません?」
「……だね」
「観覧車の中とかでガツンになったら、どうするつもりなんでしょう?」
「どうするって、……どうしようもないでしょ」
「そう、ですよね」
「注意勧告しておいた方がいいね。まさかとは思うけど、小さな子どもが来るところだし。親が突然ガツンになって、忘れられた幼児が乗り物から落ちたりしたらシャレになんないし」
「……外出は出来るだけ控えろっていう市警の方針、伝わってないんですかね? 遊園地開けてる時点で大問題ですよ」
「仕方ない。一応顔を出して、注意しとこう」
二人は車を降り、チケット売り場を兼ねた窓口に歩み寄った。
だがやはり、ブースの中に人はいない。
「すみません、警察です」
美樹が声を張り上げるが、しばらく待っても誰も現われる気配がない。
門の前にひろがる駐車スペースには白いステーションワゴンと紺色のセダン、それに赤の軽乗用車が一台ずつ停まっている。さらに少し離れて大型のバイクも停めてあった。人がいるのは間違いなさそうだった。
園内に続く入り口へと回った。
錆びの浮いた鉄製の柵でできた門があり、その先はちゃちな塗装が施された塔で視界が塞がれている。塔の下をくぐりぬけて園内に入る作りだ。
もし開園しているなら、当然そこにもチケットを切る者がいる筈だが、やはり人影はない。
再び二人で顔を見合わせた。
久美が言った。
「従業員はいないみたいだね」
「せっかくここまで来たんだし、一応確認しといた方がよくないですか? 音楽鳴ってるし」
「そうだな。じゃ、入るか」
久美が先に門を通り抜けた。すぐ後ろから美樹も続いた。
美樹は元々、ルールは例外なく順守すべきだという考えだった。特に警察官になってからは、その社会的道義と責任から、自らを律しなければという思いが強かった。
だが、これまでに2度ガツンに遭い、その度に激しく欲情し見知らぬ男と交わった。後悔はない。逆にそのことで、何かがふっきれたように感じられた。
あるいは、いくらか気持ちに余裕がでてきたのかもしれないと思っている。
仕事中ではあったが、美樹にとって親しい先輩とのパトロールは楽しい。
ましてここは懐かしの抹茶ランドだ。
小学生の頃、年に何回か遊びに来ていた場所だが、ここ10年ほどは入っていない。ちょっと覗いてみたい気持ちもあった。
美樹は速足で久美を追い越し、塔の下をくぐり抜ける。
「うわー、全然変わってない」
歓声をあげて小走りに道を進み、それから慌てて立ち止まり、後ろを振り返る。
「宮本、職務中だぞ」
先輩の久美が小声で叱責する。だが彼女の口元には苦笑が浮かんでいる。美樹は照れた笑いを返した。
塔を抜けると、園内に流れる音楽が大きくなった。
最初に見えてくるのは、メリーゴーランドだ。
青やピンクの装飾に彩られた馬と馬車、嵌め込まれた鏡に反射した光が、ワルツにあわせて回転している。
最初は、誰も乗っていないように見えた。
だが、それは間違いだった。
曲にあわせて回転する台に運ばれ、柱の陰から女が現われた。
作り物の馬に跨がった女が、上下に移動する機械仕掛けの動きに揺られている。
歳は17~8、黒のカットソーの上に薄いピンクのパーカーを羽織り、デニムのミニスカートの下はレギンスを履いている。
二人には気付かぬようで、再び柱の後ろへ流れ去っていく。
──マズい。
警察官の勘だろうか。
山下久美は嫌な気配を感じ取り、近づこうとする後輩の腕を掴んで止めた。
メリーゴーランドが回転を続け、柱の影から再び女の姿が現われた。
「ああっ……」
なまめかしい喘ぎ声が、耳に飛び込んできた。
ポールに両手でしがみつき、女が白い喉を反らしていた。
跨がった馬の鞍に股間を擦り付け、前後に腰を動かしている。
「ガツンだっ!」
久美は掴んだ美樹の腕を強く引き、後ろに下がった。
どれだけ離れれば安全という保証はない。だが、近くにいれば間違いなくガツンに見舞われる確率が高まる。
あたりを見回した。
ほとんど人影はない。
しかし、少し離れたコーヒーカップに、裸で抱きあう男女の姿があった。ここからは上半身しか見えないが、カップの中に腰掛けた男の上に女が跨がり、上下に動いていた。
モーターで回転する台の動きで、二人の姿は遠くなったり近くなったりする。恐らく男が手でレバーをまわしているのだろう、カップそれ自体もぐるぐると高速で回転していた。
「先輩っ、これ……」
「マズい、広範囲に発生しているらしい。ひとまず外に出よう」
美樹と久美は踵を返し、今来た道を引き返した。
すぐに速度をあげて走りだす。
だがその時、鈍い音がした。
ガツンッ!
久美は、すぐ前を走る美樹の後頭部から響く衝撃音を耳にしていた。
手を伸ばした。
だが、前のめりに倒れる美樹を止めることはできなかった。
逆に、彼女の身体に足を取られた。
目の前に地面が近づいてくるのを、まるで映画の回想シーンのように、スローモーションで感じた。
気がつくと、後輩の女性警官の上に、折り重なるようにして倒れていた。
「ごめんっ、宮本っ」
そう叫ぶ自分の声が、どこか遠くから聞こえた。
次の瞬間、彼女の後頭部に強い衝撃が走った。
ガツンッ!
──あ。
その感覚は前にも覚えがあった。
彼女はこの数日間に合計で3回、ガツンに見舞われている。
ドクンっと、胸の奥が熱くなるのを感じた。
彼女には恋人がいる。同じ署内の刑事だ。焦ってはいないが、ゆくゆくは結婚してもいいと思える相手だった。
だが、ガツンに見舞われた時に彼女が求めたのは彼ではなく、別の男でもなかった。無理やり高まる欲情は、常に同性に向けられていた。
同じ署内の別の部署の女が一人、住宅街をパトロール中にたまたま近くにいた女が一人、もう一人はアパートで一緒に暮らす妹だ。
自分の身体の下で、宮本美樹が小さく呻いた。
可愛いがっている後輩ではあったが、もちろん性的な対象として見たことなどこれまで一度もない。
制服を着ているため、身体の柔らかさも特に感じない。
だが重なった頬は熱く、それがなんともいえず愛おしかった。
吐息交じりに美樹が言った。
「あ、あの、先輩。……あたし今、ガツンです。……だから先輩、その、凄く嬉しくて……」
「美樹……」
久美は囁くように後輩の名前を呼び、唇で相手の口を塞いだ。
◆ ◆ ◆ ◆
【10月14日[火]14時06分、CGA本部】
オペレーションルームの壁面に設置された複数の大型ディスプレイに、N市へ繋がる橋の様子が映し出されている。
室内では、弓形にカーブする机に並んだモニタに向かい、大勢のオペレーターが作業に集中していた。それ以外のスタッフも慌ただしく動き、少しずつ緊張感が高まっていく。
手前で指揮をとっているのはCGAの局長、坂崎浩介(さかざきこうすけ)である。
ヘッドセットに、現場から連絡が入った。
『こちら姫野、準備完了』
「坂崎だ。状況は?」
『今のところ大きな変化はなし、作戦は変更なく遂行予定。姫野、結城(ゆうき)の二班で市の東西を調査、データ回収後ヒトハチマルマルに合流。追尾とマップの更新、随時よろしく』
「状況への対処は現場で判断、指揮は各班のチーフに任せる。但し陸自及び警察への連絡は、すべてCGA経由で行なう。
今回の任務は実地実験とデータ収集、可能であれば椎名亜由美(しいなあゆみ)の発見と確保が目的だ。民間人の保護は優先しない。そちらは本部から市警へ連絡、ケースDの場合は個別に応援を要請する。回線は秘匿でデルタ5を使用、ベータ2は使用不可」
『了解。回線はデルタ5にセット』
姫野にわずかに遅れて、残りのクルーが復唱する。
オペレーターが二人、後ろを振り向いて坂崎に告げた。
「秘匿回線の確保、通信、映像、全て順調です」
「SORA(ソラ)とのリンク、完了。軌道修正中」
オペレーションルームでは、車両からのデータだけでなく、彼女たちが身につけた装備から送られてくる信号を逐次確認している。上下二段に並んだ小型のディスプレイが8人分点灯し、装備の状況や集められたデータが表示され、バイタルサインもモニターされていた。
坂崎が静かに告げる。
「作戦行動に移行しろ」
『状況を開始。これよりGエリアに進入』
姫野の回答と共に、壁面のディスプレイのひとつが、別の画面に切り替わった。
SUVにつけられたカメラが閑散とした橋の様子を捉えている。後方を進むバンのルーフに装備された駆動式カメラからも、映像が送られてくる。大型のディスプレイに複数の景観が映し出されていた。
風景が動き出し、吊り橋の両側に並ぶワイヤーが流れていく。
「SORAの軌道修正はまだか?」
坂崎が低い声で尋ね、すぐにオペレーターの一人が答える。
「あと、10分で完了します」
「微調整は後からでいい、5分で使えるようにしろ」
そう指示を出し、「すぐに戻る」と告げて、坂崎は椅子から立ち上った。
数名のスタッフに指示を与え、その場を離れる。
オペレーションルームのブースを区切るガラスには、白文字でCGAのロゴが描かれている。ロゴの下には、細いゴシック体で「Counter Gatsun Agency」とあり、さらにその下には日本語で「ガツン対策局」と書かれていた。
CGAは表向き警察の一部署という扱いになっている。捜査権や逮捕権、銃器・武器使用権、交通規制や道路の使用・規制権などの権限も、警察官として付与されている。
だがその実体は、独自の命令系統の下に置かれた内閣直属の特殊機関だ。
防衛大臣と統合幕僚長の承認を得ることで、限定的ではあるが自衛隊の旅団以下の部隊に対する指揮までを可能とする取り決めがなされていた。
ガツン対策に限った話ではあるが、そうだとしても我が国の法律や政治体制には馴染まない超法規的な存在である。
もちろん一般には知らされていない。政府内でもその全貌を掴んでいる人間は僅かだ。
そして、この特務機関の全オペレーションを統率し指揮にあたっているのが、坂崎だった。
彼はオペレーションルームを後にし、同じフロアにあるミーティングルームに移動する。
そこには数人が席を囲んで彼を待っていた。CGAの部門別の責任者と分析官が数名、それに公安や政府関係者だ。
テーブルの上には、各席に人数分の小型モニターが用意されている。
坂崎は席につき、向かいの男を見て軽く咳払いをした。
「お待たせ致しました。ブリーフィングを開始しましょう。まずは教授から」
目の前の男が、汚れたレンズを白衣の裾で拭いて眼鏡をかけ直し、ぼりぼりと頭を掻く。
長年、大学でガツンを研究してきた寺児(てらこ)だった。
指先で眼鏡を押し上げ、男が話し始めた。
「えー、寺児です。まずは念のためおさらいを……。
以前私はガツンを『急性集団感染型淫乱症候群』と命名しました。ですがこれは別に、感染症であることを意味しません。現在まで、被害者および発生地域に、特定可能な病原体は確認されておりません。また、ご存知の通り、放射線や化学物質の類いも一切検出されておらんのです。
もちろん発生後すぐに分解または拡散する原因物質の可能性も完全には否定できません。が、今のところNBC、つまり『核・生物・化学』のすべての領域においてガツンの原因は見当たらんということです。
つまりこれは、細菌その他の感染症でも毒物による中毒症状でも、はたまた放射線障害でもない。──ここまではよろしいか?」
寺児はテーブルに並ぶ全員の顔を見回し、質問がないことを確認して発言を続けた。
「にも関わらず、一人が被害に遭うと近くの人間に同様の症状が伝染する。まずこれが、大きな謎としてあった。疫学で言うところの暴露要因が見つからないのであります。
しかし、昨年の12月、富士見工科大学でガツンが発生した際に、電磁場の乱れが観測された。たまたま別の実験を行なっていた学生による口頭の報告に過ぎませんが、もしこれが本当なら何らかの力場やエネルギーの影響ということになる。これは今回エンジェルに調査してもらうことで実証されるでしょう」
濃紺のスーツを着た男が小さく手を上げる。
内閣府事務次官の神山(かみやま)だ。
「そのエンジェルっていうのは何です?」
「これは失礼。ANGEL、ANti Gatsun Especial Ladiesの略です。たった今Gエリアに向かったチームのコードネームです」
坂崎がそう答え、寺児教授に話を再開するように促す。
だが、話が始まる前に、再び神山がそれを制した。
「どうにもわからないんですが、なんで彼女たちが選ばれたんです? 優秀な人たちなんだとは思いますが、……若い女性ばかりっていうのは、何か意図でもあるんですかね?」
どこか挑戦的なトーンに、坂崎は僅かに眉を顰(ひそ)める。
そんな彼に、隣に座るスーツ姿の女が小さく目配せをした。坂崎は静かに頷く。
女が立ち上がり、手元のタブレット端末を操作する。年齢は30前後だろうか、長い黒髪を後ろで束ねた美人だ。
端末の操作にあわせて、テーブルにならんだ小型モニターがいっせいに点灯した。数秒でデジタルデータが表示される。
彼女はモニターから顔をあげ、神山を見つめて小さく微笑んだ。
「お話の途中、失礼します。情報分析を担当している若槻恵(わかつきめぐみ)と申します。順番が逆になりますが寺児先生には後ほどお話し頂くことにして、ご質問の件について私の方から説明させて頂きます。
早速ですが、お手元の画面をご覧ください。あとでファイルもお渡しいたしますが、これまで報告されたガツンの経過と発生地域、年齢、性別等の分布をグラフと図で示したものです。
ご覧のように、ある傾向が顕著になっています。──つまり、ガツンに被曝するのは都市部及び近郊の住宅地に住む10代~30代の女性に多く、特にここ3年間の男女比は顕著で、男性を1とした時に女性は5.7~6.3。はっきりとした有意差が認められます。
また、年齢別でもグラフの通り、男性が人口分布にほぼ比例したカーブを描くのに対し、女性は10~30代、特に10代半ばから20代が突出しています」
「つまり……、意図的に若い女性が狙われている、ということですか」
神山がどこか探るような目で若槻恵を見つめる。
だがその問いには答えず、視線を微笑みでかわして彼女は説明を続けた。
「昨年度、3月末までの一年間を見ると、まわりに女性がいない状況で男性のみが発症したケースはわずか2件のみ。しかもその2件はどちらも10代の美しい少年でした。
──美醜に関してはそもそも基準が確立していませんし、有意水準を満たしませんが、……次のデータをご覧ください」
画面が切り替わった。
左右に2人の顔写真が映し出され、それが次々と切り替わっていく。
やがてそれらの写真にオーバーラップする形でグラフが現れた。
恵が話を続ける。
「被害女性と被害を受けていない女性双方の写真をランダムに用意し、無作為抽出の男女2千人で調査した結果です。特に男性の回答で、被害者をより好もしく感じるという結果が顕著です」
──もしそれが本当なら、この女もまたガツンの餌食にふさわしい。
微笑みを絶やさない若槻恵の美貌を盗み見しながら、そう神山は思った。もちろん、口には出さない。
彼女は視線を手元のタブレットに向けて、軽く指を滑らす。
再び画面が切り替わった。
「被害の内容も変化しています。なんの前触れもなく起こるのは変わりませんが、少なくとも7年前にはまだ様々な症状が存在していました。
大量の酢を散水車で撒く、自分の家のチャイムを押して逃げる、小学校のプールを靴下で埋め尽くす、見ず知らずの家に上がり込み古いブラウン管のテレビを設置するなど、様々な異常行動が報告されています。
……しかしその後1年半ほどで性的な逸脱行為ばかりが目立つようになり、今ではガツン=非常識な猥褻行為といっていいでしょう。しかも、その多くが若い女性を対象としています。
誰の意図であるかはともかく、神山さんのおっしゃる通り、何らかの嗜好が働いていると言わざるを得ません」
「つまり若くて奇麗な女性ばかりが発症、またはその場で被害にあっているってわけか。……容疑者はやっぱり男ってことになりますかね?」
神山は苦笑いを浮かべながら、半ば冗談のようにそう言った。しかし誰も笑わないと見ると、すぐに難しい顔になり腕組みをする。
今までじっと黙っていた昭元泰二(あきもとたいじ)が深い溜め息をついた。元公安の幹部で、今は内閣危機管理センターで実務をこなしている男だ。危機管理監がCGAとの連携と情報を求めて送り込んだのが彼だった。
昭元は、誰に言うでもなくつぶやいた。
「仮にこれが性犯罪だとすると、男も被害に遭っているというのがよくわからんなあ。数の差はあるとしても男だって相当数ガツンに遭遇しているわけだし、今回のケースでは町全体だし。
まあ確かに、自分自身は行為に及ばず『他人の性行為を眺めたい』という性癖の持ち主もいるが、同時多発的に起きていることを含め、性犯罪者のプロファイルとはかけ離れている。
それに、ガツンの被害者は自ら非常識な行動をとるわけで、それだけでは犯罪の枠組みには収まらん。どちらかといえば、性風俗を乱すことを目的としたテロ、もしくは劇場型犯罪と考えた方がまだ納得が行く」
「それなんですが……」
局長の坂崎が低い声でそう答えた。
それから彼は寺児に視線を移し、無言で発言を促した。
我が意を得たりとばかりに、寺児が大きく頷く。
眼鏡の奧で目を輝かせ、咳払いをひとつする。
「えー、私はガツンという現象、これは『サイ・フィールド』によるものだと考えております。詳しい説明は省きますが、サイはサイコ、つまり精神エネルギーを擁する『場』という意味であります」
寺児の言葉を聞いて、神山も昭元も訳がわからないといった顔つきになる。
だが、どこか疑わしそうな視線を教授に注ぐ神山に対し、昭元は逆に身を乗り出していた。
「その、サイ・フィールドってヤツが、どう関係しているんだ?」
「それを検証するために、データ収集と実験を行なうわけであります。電磁波の乱れが確認されれば、何らかのエネルギーがそこで発生していることになる。
そもそも、ガツンの被害者を継続的に検査した記録から、脳内の器質障害は発生しないことがすでに判明しております。一部ニューロンの興奮やホルモンの増加は観測されていますが、意識も明晰で身体は極めて健康、──放射線障害や染色体異常も一切ない。
つまりガツンは、身体的・物理的に被害をもたらすのではなく、意識に直接働き掛ける現象と考えた方が自然だ。これは一部、若槻君の分野でありますが、何らかのマインド・コントロールであると言っても差し支えないかと思われます」
「まさか。公安の調査では、如何なる組織も団体も、今回のガツンとの接点は浮かんでいないぞ? ひとつ、ガツンを神の業(わざ)と崇める小さな宗教団体があるにはあるが、……これも今のところ、特に目立つ動きは見せていない」
そう語る昭元に視線を走らせ、若槻恵が微かに顔を曇らせる。
だが、彼女が何か言う前に坂崎が小さく手のひらを立てて、それを制した。
結局話を続けたのは、寺児だ。
「ですからこれは恐らく自然現象であって、組織とか団体などは関係ありません。マインド・コントロールといっても、特定の個人や団体の企図ではない。
人の情動や願望といった精神エネルギーの波を伝達するのが、精神場=サイ・フィールドの働きです。よく言われる『虫の知らせ』なども、これが関与して起こるのでしょう。
もちろん、通常は害などありませんし、至る所に存在している可能性が高い。あるいはこれこそがダーク・エネルギーの一部かもしれません。
しかし、そこに何らかの他のエネルギーが関与・付加されると、フィールド全体を構成するサイ粒子、──精神場を生みだしている粒子ですが──、それが高エネルギー状態になり、強力な指向性を帯びるのではないか。
つまり、妄想じみた考えを疑いようのない事実として信じ込んだり、極端に性的欲望を刺激されたりするのは、ある特殊な状態にあるサイ・フィールドの影響で、脳に誤った情報が発生するからではないか。──人の意思や感情、認知を捩じ曲げるほどに力の強い高エネルギーの精神場、それこそが、ガツン発生のメカニズムというわけであります。
えー、以上が私の仮説、『精神場理論』を前提とした説明であります」
そこまで話して寺児は言葉を止め、用意されたペットボトルの水を一気に飲み干した。
いつの間にか他の者は黙り込んでいた。質問の手も上がらない。
すでに情報を共有している坂崎や若槻恵、CGAのスタッフはともかく、外部から参加した者はその突飛な仮説についていけないようだった。
特に神山は、胡散臭いものを見る目つきで紅潮した寺児の顔を一瞥する。
だが初老の教授は、疑いの眼差しを向けられても、自分の理論が難解だからだろうくらいにしか考えない。ようやく自分の研究が注目され、しかも公の機関によるプロジェクトとして動き出していることに、彼は酔いしれていた。
しばらくした後、小さく咳払いをして神山が発言した。
「しかしその、サイ粒子とか精神場……ですか? それらはすべて仮説にすぎないわけでしょう?」
「確かに仮説です」
真っ直ぐに神山を見つめ、そう答えたのは若槻恵だった。
顔には柔らかな笑みを浮かべたままだ。だが、その目には自信が溢れている。
口をつぐんだ神山に、今度は彼女の方から質問がなされた。
「ガツンが発生した場所では、公衆の面前であるにも関わらず、多くの男性が行為に及んでいます。彼らが直接ガツンにやられたのならまだしも、そうでないケースにおいても、です……。
たまたま、ガツンの被害にあった女性の近くにいただけというだけで、彼らはことに及んでいる。──これは、彼女たちの魅力がそうさせたのでしょうか?」
この質問に対して答える者はいない。
若槻恵は神山をじっと見つめて言葉を続けた。
「じゃあ、たとえば神山さんが、突然見ず知らずの魅力的な女性に言い寄られたとして、道端でセックスしますか?」
「いや、それはマズいでしょう……」
「……ですよね。相手がどんなに素敵な女性だったとしても、外で全裸で迫ってこられたりしたら、普通断りますよね? 間違いなく異常事態ですし、警察に通報してもおかしくありません。最低限、黙ってその場を立ち去るくらいのことは誰にでもできます。少なくとも行為に及んだりはしない筈です。
逆にガツンにあった男性が女性をレイプする場合は、確かに力の差や暴力を恐れてという理由も考えられます。でも、それなら被害女性にとっては通常のレイプ事件と何ら変わらない筈です。……なのに、そうならない。ガツンだというだけで、彼女たちは納得してしまう。
……何故だとお考えですか?」
「それは、その、それがガツンだからですよね? その仕組みを解明するのは……、それこそあなた方、CGAの仕事なのでは?」
「ええ、ですから、『それが精神場の働きである』と申し上げているのです。確かに仮説にすぎませんが、調査の結果導き出した結論です。少なくともこの説に従えば、現在起きている状況のほとんど全てが説明可能です」
そう言って若槻恵は微かに首を右に傾げ、極上の笑みを神山に送った。
神山はそのまま黙り込む。
説明は寺児が引き継いだ。
「ちょっと補足すると、若槻君が言ってるのは、ガツンがただその衝撃を受けた被害者だけの現象ではないということですな。感染もしますが、それだけでなく、まわりを巻き込んでいる。これにはいくつかの要素が考えられます。
まずは、ガツンがある特殊な性質を帯びたサイ・フィールドであるということ。後頭部に衝撃を受けた当人だけでなく、そのまわりにいる全ての者の認知や理性まで歪めてしまうというわけです。ある意味、全員が被害者ということですな。
もうひとつ、実際に何が起きるのかは、被害者またはその周囲にいる誰かの潜在意識、彼らの隠された欲望を反映した形で決まるのではないかという推測も成り立ちます。
一人もしくは複数の人間の意図なき妄想、たまたまそこにいた者、あるいは被害者自身の隠された情動や願望を反映してガツンは起きる、──そうは考えられないか。
もしそうであるなら、ちょっと理性が歪んだだけで、男たちが嬉々として行為に及ぶのにも説明がつく。……おわかりかな?」
そう言って寺児はテーブルを囲む全員の顔をゆっくりと見回す。
それまで黙って聞いていた昭元が、誰に言うでもなくつぶやいた。
「ガツンはいきなり、点ではなく、面で起こるということか? 実は感染者だけでなく、その場にいる全員が影響されるのだと?」
寺児と若槻恵が小さく頷きを返す。
局長の坂崎が、その場をまとめた。
「これについてはまたいずれ、詳しく報告させてもらいます。……神山事務次官、今はそれでよろしいか?」
単刀直入な坂崎の言葉に、神山は頷く。
だが、すぐにまた軽く片手をあげ、再度発言を求めた。
「……話は戻りますが、エンジェルでしたか、──何故彼女たちが選ばれたんです? 話を聞く限り、わざわざ餌食になりやすい者ばかり集めたように思えますが」
「ええ、その通りです」
にこやかに若槻恵が言いきる。
戸惑いを浮かべる神山と昭元に、相変わらず爽やかな笑顔を振りまいている。
神山はすぐにその薄い唇を小さく歪めた。頬には、ひきつった笑いが貼り付いていた。
「っていうことはオトリ、……スケープゴートですか?」
「いえ、そうではありません。確かにガツンに遭う可能性の高いメンバーを選別していますが、それは確実にデータを採取するためです。もちろん対策も万全ですし、それに彼女たちは優秀です。そのための訓練も受けています」
そういって若槻恵はまた微笑みを振りまく。
だが、互いに顔を見合わす神山と昭元に納得した様子がないことに気付き、それとなく坂崎に助けを求めた。
坂崎は男達の顔を覗き込み、静かに言った。
「……彼女らは、全員がガツンに対抗し得る能力の持ち主なんですよ」
いぶかしげに見返す神山と昭元に、坂崎は大きく頷いて見せた。
◆ ◆ ◆ ◆
【10月14日[火]14時10分、U県N市西部、緑山遊園】
N市緑山遊園の一番奧に、ゆっくりと回る観覧車があった。
建設された当時は、県内一の高さを誇る人工物だった。しかしバブル崩壊直前の1989年から90年にかけて、県庁所在地であるS市に大きなホテルが次々と建ち、あっけなくその地位は奪われている。
だが、今でも観覧車の頂上からは、蔵田山のふもとに広がる果樹園や畑、反対側には整然と並ぶ住宅地を眺めることができた。穏やかな風景を眺めながらのんびりとした時間を楽しむ乗り物として、市民に愛されている。
その観覧車の下に、三人の女が立っていた。
乗り場を取り囲む柵に手をつき、全員、後ろを向いている。
つい15分ほど前に、揃ってガツンに遭ったばかりだ。全裸のまま、柔らかそうな肉のついた尻を並べて突きだしていた。
手前には、二人の男が立っている。
三十台半ばと思われるサングラスの男と、もう一人は二十そこそこの若者だ。サングラスの男は、シルクのシャツに黒いスーツ、えんじ色のネクタイを締め、よく磨かれた細身の革靴を履いていた。
若者の方は、短く刈り上げた頭髪を黄色に染め、柄物のシャツをだらしなく着ている。ボトムはだぶだぶのジーンズに汚れたスニーカーといった出で立ちだ。
サングラスの男が、並んだ三人の女の後ろをゆっくり歩き、右側の女の前で止まった。
突然、ぱしんと強い音が響いた。
奇麗なカーブを描く尻の左側を、男が平手で叩いたのだ。
「ああっ」
女が喉元をのけぞらせた。
白い尻の丸みが、みるみる赤くなる。
男はすぐにまた、反対側の肉を平手で叩く。
そちらもすぐに赤く色づく。
だが、叩かれた瞬間に声を上げる以外、女は微かに肩を震わすだけで、じっとそれに耐えている。
若い男は物欲しそうに見ているが、女に近づこうとはしない。
サングラスの男が行ったり来たりしながら、また別の女の尻を叩いた。
「ほらよ、奇麗な桜が咲き出したぜ」
そういって、今度は左の女の尻を叩く。
「うぅっ」
「痛みってヤツはすぐに快感に変わる。……どうだ、気持ちいいんだろ?」
「あっ、ああっ、もっとっ」
女たちが喘いだ。
すでにどっぷりと倒錯した快楽に浸っているようだった。
そこへ、静かに近づく人影があった。
「へへえ、また随分とお楽しみだねえ」
何かのコスプレだろうか。テンガロンハットに革ジャン姿と、今どき珍しいファッションの男だった。
手前で女の尻を見ていた柄シャツの若者が、すかさず前に立ちはだかる。
「てめえ、何もんだ?」
「通りすがりの渡り鳥さ……」
「何の用だ?」
「いや何、豪勢に女体を並べて楽しんでいるみたいだから、見物させてもらおうと思ってね」
テンガロンハットの男はそう言って、口元だけでニヒルに笑った。
女たちに声を上げさせていたサングラスの男が、男を睨みつける。
「随分と舐めた口を効くじゃないか」
「独楽師太郎(こましたろう)、──凄腕の逝かせ屋なんだってな」
突然現れたその男はニヤリと笑い、テンガロンハットのふちを指先で上げる。
独楽師太郎と呼ばれた男が、ぎろっと睨みつける。
「どこでその名を聞いた?」
「その筋じゃあ有名だからな。色樂舎(しきらくしゃ)の人だろう? あんたの腕、是非拝ませて貰いたいもんだ」
「テメエもシロウトじゃねえってことか。……いいだろう、よおく見てろ」
独楽師は、素早くズボンを脱いだ。
左の女の腰を掴み、秘唇に自分の肉棒をあてがう。
いきなり深く挿入した。
「ああっ」
スパンキングで昂ぶったのか、そこはすでにたっぷりと潤っていた。
しなやかな粘膜が、凶暴な男の肉を受け止める。
くいっと反らされた女の背中は、すでに快感を表現していた。
男は素早く腰を送り込む。
ぱんぱんと音をたてて尻が打ち付けられた。
「ああ、ああっ、ああっ……」
独楽師は後ろから挿入した女の腰を掴み、強く引いた。
身体を繋いだままゆっくりと地面に腰を下ろし、上半身を後ろへ倒す。
仰向けに寝そべった男の身体の上で、後ろ向きに跨がるようにして、女がしゃがみこんでいた。
股間には、男の肉棒が挿し込まれている。
そして──。
男が女の膝の裏側に両手を差し込み、腰を跳ね上げた。
その瞬間、女の身体がわずかに浮いた。
さして大柄でもない男の身体の、どこにそのような力が蓄えられていたのか。同時に男は右腕を強く引き、左手は斜め前に伸ばしている。
後ろ向きに貫かれていた女の身体が180度回転し、男の方を向いた。
そしてまた、女の腰が落とされた。
「うぁっっ!」
深く貫かれ、女が大きくのけぞった。
男が再び腰をはね上げ、女を浮かせる。
またもや女体が回転した。
「くぅぅぅっ」
今度は一回転し、男の方を向く形でさらに深く埋まる。
男は同じことを何度も繰り返した。
その度に女は喉の奧から熱い息を吐きだし、嬌声を上げる。
動きは徐々に速くなり、やがて女の身体がくるくると途切れなく回り始めた。
これこそ、独楽師の異名を持つこの男の超人的な性技であった。
女の喘ぎがさらに激しく、切迫したものになっていた。
「ぅあああああっっっっ」
髪を振り乱し、涎を飛ばしながら、女はくるくると回り続ける。
身体が持ち上げられ降ろされる上下の動きと、肉棒を中心に回転を続ける円の動き。その二つがあわさって女の膣は激しく擦られ、子宮が突き上げられた。
男が叫んだ。
「逝けぇいっ」
「ああ、ああ、ああっ、ああああああっっっ!」
大きく開かれた喉の奧から、獣のような声が上がった。
白く泡立った女の体液が、回転とともに四方に飛び散る。
大腿がぶるぶると震えていた。
独楽師は女の身体を回すのを止め、しなやかに膨らんだ内部が何度も強く収縮する感触を存分に楽しんだ。
上半身を起き上がらせ、女の身体を高く掲げた。
ぬるっと、灼熱したような肉棒が姿を現す。
そのまま女を自分の脇へ置く。力の抜けた女の身体が崩れた。
独楽師はすぐに立ち上がり、未だに精を放っていない巨大なイチモツを右手で掴んだ。
力なく横たわる女に向かって、素早くしごいた。
放物線を描いて精子が飛んだ。
多量のスペルマが白い塊となって迸り、女の胸の谷間で弾け散った。
独楽師太郎は、未だに硬度を保ったペニスを揺らしながら、テンガロンハットの男を振り返った。
「どうだ? 死なない程度に逝かせてやったぜ」
「ああ、楽しく見させて貰ったよ」
「けっ、随分偉そうなモノイイじゃねえか。普通じゃ見られないもん、見せてやったんだ。見物料、払ってもらわねえとな」
男がニヤニヤしながらそう言った。
だが、目は笑っていない。
後ろに控える若い男の方は、いつのまにかポケットに手を入れている。
何か物騒なものを隠し持っているといわんばかりだった。
テンガロンハットの男は意に介さず、ニヤリと笑った。
「確かに腕は悪くはない。……但し、ニッポンじゃあ二番目だ」
「何ぃっ? 俺より他に、日本一がいるっていうのか」
鼻白む独楽師を男が見返す。
ひゅうっとすぼめた口を鳴らし、「ちっちっち」と舌打ちしながら、人さし指と中指を揃えて左右に振る。口元にニヒルな笑みを浮かべ、それから親指で自分を差していた。
「てめえ、馬鹿か? 転がされてぇのか?」
若い男が、吐き出すようにそう言った。
今にも飛びかかりそうな男を、独楽師が止める。
「やめろ足立(あだち)。ここまで言われたんだ。せっかくだからコイツの技、拝ませてもらおうじゃねえか」
独楽師はそう言ってニヤリと笑った。
テンガロンハットの男は、優しい笑みを浮かべ女たちへ近づく。
たった今激しく絶頂を極めた女は、正体なく地面にのびている。
残りの二人は、全裸のまま観覧車のまわりの柵にもたれかかり、あっけにとられた顔で、ぼうっとこちらを見つめていた。
「お嬢さんたち、すまないがさっきと同じように後ろを向いてくれないか」
爽やかな笑顔で男に言われ、二人の女はおとなしくそれに従った。
男は、両手の人さし指と中指を揃えて伸ばし、根元まで自分の口にくわえる。
唾液でたっぷりと濡らした指先を口から出し、それをそっと左の女の尻に運んだ。
尻の割れ目を辿り、秘部に指を差し込む。
「んっ……」
小さく呻いて、女が微かに尻を揺らした。
「大丈夫かい?」
そういって男は、彼女の秘部に差し込まれた指をわずかに曲げた。
何をしたのか、ほとんど傍目からはわからない微かな動きだった。まわりで見ている独楽師や若い男はもちろん、実際に指を挿れられている女ですら、自分が何をされたのかわかっていなかった。
──だが。
突然、熱い喘ぎが上がった。
「ああっ?」
首を曲げ、女が後ろを振り返った。
大きく開かれた目の奧で、瞳が揺れていた。
言葉もないまま、何度も瞬きを繰り返す。
男は指の動きを止めて女の秘部から抜きとると、その手をそっと掲げて見せた。
とろっとした粘液が手首まで流れ落ちる。
「いい濡れっぷりだ」
「……ああ」
小さく喘いで、顔を紅潮させた女が目を伏せ、再び前を向いた。
だが彼女の尻は、先程よりもはっきりと後ろに突きだされていた。
男はさっきと同じように指先を舐める。
「お待たせ」
隣の女に向かってそう言って、秘裂に指を埋める。
今度はすぐに、指先を揺らし始める。
「んあっ」
女は狼狽えたように声を上げ、喉を反らした。
「悪くないだろ?」
優しくそう言って、男は静かに微笑んだ。
それからまた、僅かに指を曲げるような動きを見せた。
「うあっ、な、何っ?」
嬌声を上げる女の腰が、大きく後ろに突きだされた。
その途端、男は指を引き抜いていた。
小さく呻いた女は、腰をもじもじさせ、そのまま同じ姿勢を保ち続ける。
男は再び左の女の前に立った。
するっと、男のズボンが下に落ちた。
下着はつけていなかった。
男が軽くジャンプすると、それだけでズボンが靴をすりぬけ、完全に脱げる。
反り返ったものが、女の尻に狙いを定めていた。
男は静かに微笑み、左の女の腰を両手で掴んだ。
自分のものに手を添えることもなく、男は静かに腰をすすめた。
「あ……」
熱い男根が粘膜に触れ、ぶるっと女の尻が震えた。
男が腰を突きだした。
「うぁっ」
いきなり挿入していた。
そのまま抜き差しを始める。
じゅぷっと、溢れた粘液が泡立つ音がした。
「ああああっっ」
腰の動きが徐々に激しくなり、それに合わせて女も尻を蠢かせるようになった。
だが、何度か抜き差しを続けた後、男は大きく腰をひいた。
ぬるん、と抜け出た男のものが、勢いよく反り返る。
「ゃぁんん……」
抜かれた女が、嫌々をするように腰を左右に揺すってせがんだ。
だが男は構わず身体を横にずらし、今度は右の女の後ろに立った。
先程わずかに指で愛撫されただけだというのに、そこはこんこんと溢れ出るもので濡れそぼっていた。
男は同じように両手で腰を掴み、いきなり深々と挿入した。
「あうううっっ」
激しく動き、女に熱い嬌声を上げさせる。
だがすぐにまた抜き取り、左の女に戻った。
再び、深く貫く。女の身体に震えが走った。
熱い喘ぎは、先程よりも高くなっている。
また抜き取って、右の女に移る。
同じことを繰り返しながら、交互に女の尻を渡っていく。
その速度が徐々に上がっていた。
やがて、ただ挿れて抜くだけで、次へ移るようになった。
一回の挿入でひと突き。抜いたらすぐ隣に移って深く貫く。
最早腰を掴むこともしていないかった。ただ小刻みに反復横飛びで左右を移動しながら、確実にペニスを挿入している。
挿入の度に、熱い嬌声があがる。
抜く時には、じゅぷっと音をたてて、女たちの分泌する体液が飛び散る。
彼女たちが上げる喘ぎが、次第に熱く激しくなっていく。
そして、ほぼ同時に、二人の女が叫んだ。
「ああああああああっ」
「イくぅぅぅっっっ!」
二人の身体が絶頂を告げていた。
全身を痙攣させながら、腰が崩れる。しかし、完全に崩れ落ちる前に、再び男のもので貫かれた。
女たちが達しても、テンガロンハットの男は、その動きを止めようとしない。
それどころか、さらにその動きが速くなっていた。
すぐに二度目のアクメが近づき、今度もまたほぼ同時に女たちが叫んだ。
「い、イくぅっ」
「あああ、またイく、イっちゃうぅぅっ」
口を半開きにして呆けたように見ていた若い男は、自分がとんでもない光景を目にしていることに気付いた。
左右に移動を続ける男の姿が、残像となってダブり始めていた。
まるで男が二人いて、二人の女を同時に貫いているように見えるのだ。
さしたる間も置かず、再び女たちが叫んだ。
「いやぁっ、イくうっっっっっ」
「ああイくーーーっ、うあああああっっ」
それでもまだ、男の動きは止まらなかった。
ますます速く、激しくなっていく。
次から次へと訪れるアクメに髪を振り乱し、女たちは絶叫を繰り返した。
そしてとうとう、若い男は信じられない物を見た。
テンガロンハットの男は激しく汗をかいていた。その汗が、スプリンクラーのように四方へ飛び散り、霧を作り出したのだ。
蒼穹に虹が掛かった。
「イくっ、イくイくイくイぐイぐイぐうううう」
「あお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っっっ」
女たちの叫びはすでに言葉にならず、人の声にすら聞こえなくなっていた。
そしてついに、高速で動く男の腰が、白く雲を引いた。
彼女たちは白目を向き、失神した。だが、無理やり与えられる快感に再び意識を取り戻し、さらなる絶頂に押し上げられる。
やがて、叫びすら消え、身体だけが壊れた人形のように痙攣を繰り返すばかりとなった頃、男の動きがようやく止まった。
腰を離し、性器が引き抜かれた。
その途端、一斉に女たちの身体が地面に崩れ落ちた。
赤黒く光る男のものは、未だに力を保ったままだ。
男は、独楽師太郎を見て、ニヤリと笑った。
言葉はない。だがその笑みには、明らかに余裕が混じっている。
「く、くそうっ。……強い」
独楽師は苦々しげにそう吐き捨て、踵を返す。
不安と困惑の混じった顔で、足立がそれに続いた。
その背中に、テンガロンハットの男が声をかける。
「これでチャラだな。2人同時に何度もイかせたんだ。見物料はこっちが貰いたいくらいだが、特別にあんたと同じ値段にまけといてやる。ついでにそっちのお兄ちゃんの分もサービスだ」
その言葉に独楽師が足を止め、再び男の方に向き直った。
その悔しそうな顔には、しかしどこか苦笑が混じっていた。
「確かに俺の負けだ。……貴様、一体何者だ?」
「通りすがりの渡り鳥だと言っただろ?」
「名は、……名は何という?」
「ミスターP、とでも名乗っておこうか……」
そう言って男は地面に落ちたズボンを手に取り、あたふたと身につけはじめた。
だが、あれほど簡単に脱げたものが、なかなか履けない。
なんとか腰までズボンを上げる。だが、今度はファスナーが上がらない。一度も射精せず反り返ったままのものが、どうにも収まらないようだ。
苦戦するミスターPに、独楽師が声をかける。
「その……何か手伝おうか?」
「い、いや、大丈夫だ。……またいずれ、どこかで会おう」
そう答えながら、ミスターPはなんとかファスナーを上げようと身体をひねったりジャンプしたりして、四方に汗をまき散らしている。
やがて、自分のイチモツが邪魔していることに気付き、今度は怒張を押さえ込み始めた。
「……で、では」
独楽師太郎は、自分を負かした男の哀れな姿に幻滅を覚えながら、深い溜め息をついてその場を去っていく。
足立も慌ててその後を追う。
やがて女たちも目覚め、服を着てその場を離れた。
後には、未だにズボンと格闘するPと、依然勃起の収まらないPが残されていた。
◆ ◆ ◆ ◆
【10月14日[火]14時48分、U県W市】
身体を浮かせて、自転車を漕ぐ足に力を入れる。
少しずつ勾配がきつくなっていた。
パーカーの下に汗をかいている。
でも、休憩はもう少し進んでからだ──。
そう思い、少年は力強くペダルを踏み込む。
顔にはまだどこか幼さが残っている。だが、まっすぐに前を見据える目には、固い決意が浮かんでいた。
見知らぬ土地で自転車を走らせていることが、自分でも未だに信じられない。
しかし、引き返すつもりはなかった。
──N市へ行く。
そう決めたのは早朝だ。
一晩中、悶々として寝つくこともできず、ずっと同じことを繰り返し考え続けた揚げ句の結論だった。
もちろん、学校はさぼることになる。
家族にも黙って家を出た。
説明したとしても許されるとは思えず、どう説明していいかもわからなかった。
どうしても行かなければならないことがあって出かけるが、数日で帰るので心配しないで欲しい。──そう書き置きを残した。
空が明るくなる前にこっそり家を出て、電車に飛び乗った。
自分のどこにそんな無鉄砲さがあったのか、不思議で仕方なかった。
じっとしていられないほどの興奮と不安があった。その熱は全身を巡る血の流れにいつまでも残っていて、時折無意味に叫び出したくなるような感覚を沸き起こした。
JRを乗り継いで、U県の中心地「今成(いまなり)」に着いたのは昼過ぎだ。
N市が封鎖されてからすでに数日──。予想通り、電車はそこで折返し運転となっていた。
とにかく行けるところまで行こうと考え、N市へ向かうバスに乗った。狭間川の手前で、そこが臨時の終着点だとアナウンスが流れた。
バスを降りて、徒歩で川沿いを下った。しかし、N市へ渡る橋はすべて警察によって封鎖されていた。河口に近づくほど川幅が広がり、橋の規模も大きくなって、それに比例するように警備も厳しくなっていた。
そもそも川を泳いで渡るという考えはなかった。河口近くはとても泳いで渡れそうな川幅ではなかったし、巡視艇も出ていた。
途方に暮れて再びバスで今成まで戻った。ハンバーガーショップで昼食をとりながら地図を広げた。
S市とN市は、完全に川で分断されている。だが、西側の上流ならば川幅も狭い。それに、隣のW市は北側の一部が川の向こうまで続き、N市と隣接している。
駅前ロータリーの案内板でバスのルートを調べると、その方向に向かう路線は途中までしかない。
タクシーを使うことも考えた。
だが、所持金はそれほど多くなかった。
慌てて銀行へ走り、カードで預金を全額引き出した。
とはいっても、小遣いを出し入れしているだけの口座だ。大した額ではなかった。今後のことを考えると、とても無駄遣いはできない。
いつ帰れるのか、そもそもN市に入ることができたとして、その後どうするのか。何かしっかりした計画があって来たわけではなかった。
その頃になってようやく、家族が警察に相談しているかもしれないことに思い至った。
幸い預金を引き出すことはできたが、銀行のATMを使った記録を警察が照会すれば、自分のいる場所もわかってしまうだろう。
何かの罪を犯したわけではなかったが、いつのまにか自分が警察に追われる身になっているかもしれないと気づいた。
突然、あてどのない不安が、重い疲労感となってのしかかってきた。
だが、どうしてもこのまま帰る気にはなれない。
とにかくここまで来た。──そのことだけを頼りに、駅前の商店街で安めの自転車を買った。
本当なら変速機付きのものにしたかったが、乏しい予算からママチャリだ。
所持金はさらに減ったが、それでもこれで体力の続く限り、どこへでも行ける。
そう思うと、家を出た時に感じていた熱が蘇ってくる。
リュックをカゴに入れて、自転車にまたがった。
ペダルを踏み込むと、再びじわじわと熱が高まるのを感じた。
──行けるところまで行く。
その決意だけを頼りに、少年はゆっくりと自転車を漕ぎ始めた。
住所表示を確認しながら線路の西側を北へ走った。先程バスで行ったのとは逆に、狭間川の上流を目指して西へ向かう。
だが、N市へ入る道はすべて警察によって封鎖されていた。
そのままS市を抜け、W市に入った。
さらに10分ほど上流へ進むと、緩い坂道に変わった。
住宅地の中にいくつか畑が現れ、それが徐々に目立つようになっていった。
右手に見える狭間川の川幅も、随分狭くなっている。
阿芸町(あきちょう)という場所で、何本目かの小さな橋が現れた。橋の向こう側の南蔵田(みなみくらた)も同じW市のため、封鎖はされていない。
しかし、警察官が一人立っている。
横目で通り過ぎようとした。
声をかけられた。
「N市へ抜ける道は通行禁止だよ」
自分の心臓の音が聞こえるような気がするのは、長時間自転車を漕いできたせいだけではなかった。
──多分、家出は罪にはならない。だが、警察によって封鎖されたN市に入れば、何かの法を犯すことになるんじゃないだろうか。
「わかりました」
目を合わさずにそう答えながら、少年は強くペダルを踏み込んだ。
坂の向こうに、山が迫っていた。
N市とS市、そしてさらに北側はC県にまたがる蔵田山だ。
真っ青な空を背景に稜線を描く輪郭の内側に、吸い込まれるように道が続いている。少年は迷うことなく、濃い緑色をした森の中へと向かった。
◆ ◆ ◆ ◆
【10月14日[火]23時03分、東京都内某所】
一人の男が地下鉄を降りて、B2出口に向かった。
外の風は冷たいが、Tシャツにショートのカーゴパンツ、素足にサンダル履きといった姿だ。
宮埠俊夫(みやぶとしお)、書店に勤める20代の男である。
その表情には、どこか決意のようなものが感じられる。
しかし彼自身、自分が何をしようとしているか、はっきりとはわかっていない。
家でプリントアウトした地図を確認する。
目的のビルはすぐにわかった。大通りに面した看板に、緑色の背景に大きくZONAXとロゴが輝いている。各種アミューズメントやゲームなどを幅広く提供する会社である。
夜の11時を過ぎ、全面ガラス張りになった一階ロビーの入り口には、ステンレスのパイプが繋げられたシャッターが降りていた。
通用門を探して、裏口に回った。
ガラスの扉から光が漏れている。
ドアに鍵はかかっていなかった。
入るとすぐに、小さな受付と守衛室があった。
奧にはスチールの扉と、二台のエレベーターが見える。
受付に人はいなかったが、インターホンとチャイムのボタンが設置されている。
ボタンを押すと、守衛室から警備員が顔をのぞかせた。
特にアポイントメントがあるわけではなかった。
ただ、どうしてもここへ来なければならない気がして訪れたのだ。
唯一わかっていることは、友人が行方不明になっており、それがこの会社と何らかの関係があるということだけだ。
数日前からネットなどで検索し、ようやくここまで辿り着いた。
しかし、そこから先はまだ闇の中である。
普段は慎重な宮埠は、なぜかいきなり会社を訪ねるという行動に出た。しかも、夜の11時過ぎ。自分でも何を考えているのかわからない。
だが、意味不明の行動をとっていることに、さほどの違和感はない。
それどころか、どこか懐かしさを含んだ高揚感を感じていた。自分らしからぬ無謀な行動に不思議な興奮がある。
「どちらまで?」
守衛はそう訪ね、訪問者用のメモを差しだした。
氏名と入館時刻、訪問先などを書き込むようになっている。
「第二会議室です」
壁に貼られたパネルで第二会議室の存在を知り、宮埠は咄嗟にそう答えた。
差しだされたペンで、時刻と適当な偽名、それに第二会議室と書く。
「あー、そこは担当の人の名前と部署を書いてください」
守衛はそう言って、訪問先の欄を指で押さえた。
宮埠は再び目の端でパネルを確認し、マーケティング企画部・飯島と書き込む。
思いついた名字をいい加減に書いただけだ。
だが、それであっけなく書類の作成は終わり、入館用のバッジを渡された。
後はただ、帰りにまた寄って、入館バッジを返せばそれでいいという。
軽く会釈して、宮埠はエレベーターのボタンを押した。
軽やかなチャイムとともに、ドアが開く。
第二会議室は6階だ。だが彼の指は、B3のボタンを押していた。
すぐにドアが閉まる。
地下3階に何があるのか、彼自身わかっていない。
不可解な熱情に突き動かされるまま、ほとんど犯罪すれすれ、いやすでに不法侵入を犯している。
──俺はいったいどうしたんだ?
地下3階につきエレベーターを降りると、妙な違和感を感じる。
エレベーターホールなのは同じだが、向かい側に、一階にはなかった別のエレベーターがある。
さらにその隣に、小さな扉もあった。
それだけで、あとは何もないがらんとしたホールだ。
扉に向かったが、鍵がかかっていた。
壁にセキュリティ用の小さなモニターとキーが据え付けられていることに気付いた。
キーは0から9までの数字と、加減乗除などの記号で構成されている。電卓とほぼ同様だが「%」や「√」はない。そのかわり「=」とは別に「enter」キーがある。
数字の1には「ABC」が、2には「DEF」が割り当てられ、アルファベットを入力できるようになっていた。ひとつのキーを何回か押すことで切り替わる仕組みのようだ。
理由は不明のまま、ただ友人の失踪の秘密がこの部屋の奧にあるという確信だけが、強くなっていく。
当然のことながら、パスワードはわからない。
キーの配列を見ながら、宮埠はしばし悩んだ。
エンターキーの左、数字の0に「^」、キャロット(べき乗記号)が割り当てられていることに気がついた。
その記号を見た瞬間、彼の脳裏にある数式が浮かんだ。
E=MC^2、あまりにも有名なアインシュタインの相対性理論である。
ただ、何故今そんな数式を思い出したのか、ここでそれが何を意味するのか、彼にはわからなかった。
しばらく悩んだ。
他に思い当たるパスワードはない。
それが何を表すのかはわからぬまま、宮埠は頭に浮かんだ数式を打ち込んだ。
──やはり駄目か。
そう思った次の瞬間、重い機械音がした。
ゴゴゴゴ、と大袈裟な音をたてて、ドアがスライドする。
その向こうには、限りなく闇に近い暗がりが大きく口を開いていた。
[設定・文章協力:みゃふ+Panyan]
─────────────────────────────────
<エンディング・テーマ>
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<CM挿入>
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<予告>
こんにちは。ハラランこと、原田若菜です!
いくらガツンだったとはいえ、まさか自分があんなことしちゃうなんて、恥ずかしくて恥ずかしくて、今でも信じられません。でもこれからも頑張って、N市の様子を皆さまにお届けしていきます! よろしくお願いしますね。
さて次回GGSDは……
「誕生日を迎えた少女が初めての料理に舌鼓を打ち、謎の発光現象に青年は戦慄する。駅前ロータリーでレースが開催される時、富士の樹海では新たな運命に男が足を踏み出す──」
第2話「10月はえろえろの国」。お楽しみにー!
あ、そうそう。私の恥ずかしい様子をもっと見たい方は、「はららん カンボツ」で検索してくださいね。……え? あれ? 私、何いってるんだろう??
─────────────────────────────────
<エンドカード>
※1 この作品は完全にフィクションです。実在の国名、地名、組織・団体名、店名、人名などが登場しますが、現実の国家、地域、組織・団体、店、人物とは一切関係ありません。
※2 SF小説、映画、ドラマ、アニメ、マンガなどからの引用が多々ありますが、オリジナルの価値を損なう意図によるものではありません。愛すればこそです。
※3 このお話に出てくる「精神場理論」は作者のオリジナルではありません。高校時代に、SF好きな友人のW君が「超能力が現実に存在する物理的な力なのだとしたら」というテーマで熱く語ってくれた「精神場」「精神子」の話が元になっています。この話を書くにあたり、ピッタリだと思い拝借しました。
ちなみにW君はその後、物理の先生になりました。私には彼のような知識も教養もありません。ただただ彼の理論をうろ覚えのままいい加減に流用し、適当に換骨奪胎を重ね、……つまり、いうまでもなくこの話は完全に出鱈目です。
──何はともあれ、W君に感謝!
たとえこの物語を読むことはなかったとしても……。
※4 それはそれとして、何か根本的な間違い、勘違いにお気づきの場合は、お知らせ頂けると助かります。
< 続く >