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帝都離宮。世間と隔絶された都の宮廷では、それはそれは華やかな歓迎の宴が催されておりました。千人を超す要人ばかりを主賓に招いた、巨大なシャンデリアがまばゆい光を放つ大広間。12億人の信者を持つカソリックの祭祀王の来都を歓迎すべく、総理大臣や閣僚たちは無論財界の重鎮、俳優や映画スターも一堂に会し、賑やかな夜会に華を添えています。無論、皇族方も御列席となり、法王と歓談されています。天皇陛下や皇太子殿下、妃殿下にまじり、帝都貴族の方々もフランクに法王やお付きの要人の方々と歓談する中、目立たぬ素振りで、それでいてひときわ清楚に佇む貴族令嬢は近衛之宮寧子嬢、のはずですが・・・。いえ違います。寧子様に扮した、服部紀子です。
ローブ・デコルテ姿の紀子の存在もまた、高貴な血筋と気品に満ちた女性に混じっても遜色のない輝きを放っていました。
「こちらは近衛之宮忠輝の末娘、寧子嬢です。この中で一番若い貴族令嬢です」
天皇陛下がローマ法王に、寧子嬢に扮した紀子を紹介します。
「ようこそ、ご機嫌麗しゅう」
法王に緊張の面持ちで右足を後にして跪き、相手の握手を受けるカーテシーの作法でご挨拶を申し上げる紀子に、ローマ法王も目を細めます。しかし、その合間も帝都警察の面々、そして篠宮探偵は目を光らせます。同時に紀子も探偵助手としての使命を忘れてはおりません。
(この宮殿のどこかに五十面相はきっと隠れているのだわ。でもわたくしが寧子さまと入れ替わっているなんて、さすがの大怪盗も気がつかないでしょう)
紀子は天真爛漫な性格そのままに、ちょっぴり得意そうな表情を作って周囲をそっと見渡しますが、選ばれた人々ばかりが集う子の宴。怪しげな者など見当たりません。
(篠宮先生も、帝都警察の方々も頑張ってらっしゃるんですもの。稀代の大怪盗も今宵は退散ってとこかしら?)
助手として仕えている名探偵氏を心の底から誇りに思う紀子は、少しだけ嬉しくなりました。
やがて、宴は主賓のローマ法王が中座され、場の雰囲気も少々緊張が解けます。すると、陛下も席を立たれ、いずこかへといかれるご様子です。するとお付きの者が、寧子嬢に扮した紀子のもとに歩み寄り耳打ちをします。
「紀子さん、陛下がお話があるとのことですので、どうぞこちらに」
「まぁ、陛下が!」
帝都大学教授令嬢という立派な家庭のお嬢さんである紀子ですが、天皇陛下直々にお話を戴くなど、畏れ多いことです。大変緊張の面持ちで可憐なドレス姿のまま、席を立つ紀子でした。
「こちらへどうぞ」
大広間から少々離れた宮殿の一室の、菊の御門が眩しい扉をノックしたお付きの男性は紀子を促します。
「失礼いたします。服部紀子でございます」
篠宮先生からも、今宵は決して本名を名乗らず、近衛之宮忠輝の末娘、寧子嬢を演じなさいときつく申し渡されておりましたが、陛下の前では、偽名を使うなど赦されないことです。帝都警察を通して紀子が寧子嬢に成り代わっていることは皇族方もご存じのはずだという認識が紀子にもありましたから、探偵助手としては何の問題もない行動のはずでした。しかし・・・。
畏れつつも、室内に足を踏み入れた紀子を待ち構えていたのは、穏やかで万民の幸を願う天皇陛下ではありませんでした。そう、帝都の民を恐怖に震え上がらせる稀代の大悪党、狂人五十面相ではありませんか。
「あ、あなたは五十面相!! わたくしを図ったのね!?」
怪人は金色に輝く仮面の下から、低い嗤い声を立てます。
「フフフフ、その通りだよ、やはり君は寧子嬢ではない。あの篠宮探偵の可愛い助手じゃあないか」
紀子は後ろ手でドアをこじ開けようとしますが、既に施錠されているようで重い扉はびくともしません。紀子は袋の鼠にされたわけです。
「畏れ多くも陛下を騙って相手を誘きだすなんて卑怯よ。・・・わたくしをどうするつもりなの?」
恐怖にたじろぎつつも、日頃はチャーミングな瞳を吊り上げて問い詰めます。
「寧子嬢を誘拐できない以上、それに成り代わった君を攫うほかなかろう? 私は予告したことは必ず実行する主義でね」
鉄仮面は冷徹に言い放つと、音もなく紀子に忍び寄り、その通った鼻筋に白い布を強く押し当てます。
「うう・・・」
急激な眠気に襲われた紀子は、敢え無く意識を失い、清楚なドレス姿の肢体を稀代の大怪盗に委ねるのでした・・・。
帝都離宮が騒然としたのは、偽りの姫君がさらわれてから遅れること一時間の後でした。
「篠宮さん、寧子嬢、いや紀子さんが誘拐されてしまった!!」
「なんですって!?」
篠宮探偵と池上警部が現場に駆けつけます。開け放たれ、破られたガラス窓から吹き込む風に揺れるカーテンには、狂人五十面相残したメモが結び付けられていました。そこにはこうありました。
『名探偵くんへ 今宵、輝ける君の大切な【姫君】はお預かりした 無事返して欲しければ、真のプリンセスと交換されたし 狂人五十面相』
可愛い助手を奪われた名探偵氏と、心惹かれている少女を誘拐された警部殿は青くなって顔を見合わせたのです。
< 続く >