目を閉じれば、心に浮かぶのは、桜の花舞う中、佇む自分と姫様の姿。笛を吹く自分の傍らで、姫様は、穏やかな笑みを浮かべて笛の音に耳を傾けている……。
 その日々が、永く続く事はないと、わかっていた。ずっと共にいるのは叶わぬ事であると。
 そして、今となってしまっては、もう取り戻すこともできない……。
 花びらを散らす風が、自分にとって大切なものまで散らしてしまったかのように……。

愛欲の鬼 序

 今は昔、染殿后(そめどののきさき)と申すは、文徳天皇の御母也。良房(よしふさ)の太政大臣と申しける関白の御娘也。形ち美麗なる事、殊に微妙(めでた)かりけり。  而るに、此の后、常に物の気に煩(わずら)ひ給ければ、様々の

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