第二章
《シンイチ》は2日間、寝込むことになった。
病院からも、警察からも何の連絡もなかったけれど、野杖医師に対しておこなった行為が何の咎めもなしに済まされるとは思えず、《シンイチ》は怯えていた。
滅多に寝付いたことのない《シンイチ》が風邪を引いた風でもないのに寝込んだので、祖父の心配は大層なモノで気の毒なくらいだった。
それが、又、《シンイチ》を苦しめた。
《てん》は《てん》で初めて覚えた性の衝動を持て余していた。
《シンイチ》の記憶の中から野杖医師の姿を拾い出しては興奮する。《てん》の興奮が《シンイチ》に滲み出て《シンイチ》が自慰をする。そしてやっと《てん》は治まるのだった。
来月には、又、病院に行かなくてはならない。《シンイチ》の不安は去ったわけではなかったが、いつまでも寝込んでいるわけにはいかない。3日目には不安を抱いたまま学校に通った。
《てん》は新しい視点で《シンイチ》の世界を覗き見るようになった。陸上部のエースになっていた《シンイチ》はもてる。あまり女の子とチャラチャラするタイプではなかったが、朝、登校して下駄箱を開けると上履きの上にラブレターが何通か入っていることがよくあった。
その《シンイチ》に寄ってくる女生徒達は全て《てん》の妄想の「おかず」になった。妄想するのは《てん》だから《シンイチ》にしてみれば性的衝動を覚えずに突然勃起する。《シンイチ》は自分の身体のそうした反応を恥じていたが、身体を静めるためにはトイレに駆け込んで自ら処理するしか術はなかった。《シンイチ》は従来に増して陸上のトレーニングに励み、身体をくたびれさせることにより、見境のない自分の下半身の衝動を抑えようとしていた。
《シンイチ》の恐れていた日がやってきた。その日はクラブ活動を早く上がると足取りも重く病院に向かう。《シンイチ》の不安を眺めながら《てん》は朝から興奮していた。野杖医師に会える・・・。
不安に足をすくませながら研究室に入った《シンイチ》を野杖医師は笑顔で迎えた。
「いらっしゃい。今日は遅かったのね。調子はどう?」
緊張で言葉が出ない。・・・野杖医師は何も覚えていないのか?それとも・・・。
「どうしたの?変な顔して・・・・」
野杖医師が微笑む。
「東君・・・何かあったの?」
脳波検査の準備が出来たことを告げに来た佐伯看護婦に肩をすくめながら声をかける。
「佐伯さん、今日はもういいわ。ごめんね、脳波検査は中止。・・・もう定時になるし。ご苦労様」
簡単に明朝の準備の指示をして看護婦を帰らせると《シンイチ》に向き直って微笑んだ。
「どうしたのよ、信一君。元気ないぞ。・・・今日は脳波は無し。部長先生と相談したんだけど、信一君は薬も良く合っているみたいだし脳波は3ヶ月に一回で十分みたい。今日は薬を受け取ったら帰っても良いよ」
もう診断を終えるつもりなのだろう。立ち上がって白衣を脱ぎ始める。(大丈夫だ。先生は何も覚えていない。この間の暗示が効いたんだ。)《シンイチ》は大きく安堵の息をついた。
白衣を脱ぎながらロッカーに向かっていた野杖医師が振り向きながら微笑む。
「どうしたの。・・・フフ、脳波検査をやらないのがそんなに嬉しい?」
《シンイチ》が安堵し緊張を解いたために《てん》の想念が《シンイチ》に流れ込んで身体が反応する。野杖医師の後ろ姿を見ながら《シンイチ》は慌てて股間を押さえた。
野杖医師は《シンイチ》に背を向けたまま白衣を脱ぐとロッカーから出した薄手のカーディガンを白いブラウスの上に羽織っている。今日は淡いベージュのスラックスだ。
《てん》は《シンイチ》の視線を野杖医師の後ろ姿に固定させる。・・・・香り・・・手触り・・・胸の隆起の柔らかさ・・・ああぁ。ゆっくりと立ち上がる。身体が震える。・・・・あぁ・・・股間のうずき・・・あの衝撃的な放出感。・・・・身体に力が入る。歯がカチカチと鳴り始める。身体が痙攣を始める。
視界の先の野杖医師が笑顔のまま振り向き、その笑顔が《シンイチ》の様子を見て凍り付くのが見える。慌てた様子で何か言いながら駆け寄ってくる。頭蓋骨が震えている。・・・助けてっ・・・・《シンイチ》は悲鳴を上げようとした。悲鳴の代わりに出たのは衝撃波・・・「あ゛っあ゛~」。
突然《てん》は思考が靄から飛び出したのを感じる。目の前で野杖医師が糸の切れたマリオネットのように崩れていき、膝をつくと無防備な姿勢で《てん》に向かって倒れ込んでくる。
野杖医師の上体が《てん》の腰に抱きつくかのようにぶつかる。抱き留めようとして反応し損なったために野杖医師はそのまま床に向かって倒れていった。
《てん》は自分の足下に横倒しで倒れている野杖医師を見下ろすと「ふっふぉっふぉ」と声を上げた。《てん》として笑い声を上げたのは初めてのことだった。それまで《てん》は一切の感情を担当していなかったから・・・・。
最初に言ったとおり僕はこの当時の記憶が曖昧なんだ。靄の中の《てん》として生活していた僕は外界に余り興味を抱かなかったしね。でも《てん》として表に出ていた時の事はまるで昨日のことのようにはっきりと思い出すことが出来る。
既に日が落ちて研究室の天井では蛍光灯がジイージイーッと音を立てている。さっきまで点いていた型の古い石油ストーブが冷えていきながらカチンパチンという音を立てている。横倒しになった野杖医師の肩が「僕」の左足のすねに寄りかかっている。「僕」の口元から涎が糸を引いて床に垂れる。・・・・これは「僕」自身の記憶なんだ。
《てん》が左足を少し持ち上げると野杖医師の身体はごろんと仰向けに転がった。目は大きく開いたままだ。《てん》はゆっくりと腰をかがめながら野杖医師を覗き込むと、又「ふぉっふぉふぉ」とこもった笑い声を上げた。
《てん》は野杖医師の脇の下に腕を差し入れると軽々と抱き起こす。完全に脱力した野杖医師は人形のようだ。ビックリしたような顔をしたまま首を大きくそらしている野杖医師の顔を覗き込み《てん》は「ふぉっ」と笑い声を上げた。
そのまま野杖医師の身体を部屋の中央の実験机の上に座らせるように下ろすと仰向けに倒す。黒く塗られた実験机の天板に野杖医師の頭が当たりゴンと音を立てる。足を机の端から垂らした野杖医師の周りを回りながら《てん》は「ふぉっ、ふぉっ」と歌うように声を上げる。
不器用な手でカーディガンのボタンを外し両袖を抜き取り脱がす。ブラウスには苦戦した。ボタンの外し方は勿論《てん》にも判るのだが思うように指が動かない。イライラして自然と「グゥ・・・ギッ」と怒りの声が漏れる。苦労して前を外し終わり袖を抜こうとして袖口のボタンに気が付く。「ガゥッ」と声を上げると野末医師の髪を掴むと乱暴に上体を引き起こしブラウスをひっぺがす。そのまま上体を横抱きにし背中に腕を回すとブラジャーのホックを外す・・・せない。「ンンンガッ」いきなりブラを引きちぎって野杖医師の身体を突き放す。固い実験机の上で野杖医師の身体が踊る。その胸に揺れる白い乳房を見て初めて《てん》は「ふぉふっ」と満足の声を上げた。
両乳房の感触を楽しむ。頬ずりをして香りと感触を味わう。前回のように爆発してしまうことはない。
「フォフッ、エンゼイ・・・フッ、エ゛ンゼイ」
濁った声で「先生」と呼びかけるが野杖医師は反応しない。野杖医師の顔から胸、腹にかけては《てん》の涎でベトベトだ。
《てん》はスラックスに手をかけるとベルトを外す。今度は容易に外れて「ふぉっ」と声を上げる。野杖医師の両足を束ねるように持ち上げるとスラックスと下着をまとめて膝まで引き下ろす。目当てのモノを見つけて興奮が最高潮に達し《てん》は「ふぁう~」と声を上げる。
慌てて自分のズボンを脱ごうとするが思うように指が動かず《てん》は又怒りの声を上げた。どうにかズボンを下ろすと今度は野杖医師の片方の太股を持ち上げる。片足から力まかせにスラックスと下着を抜き取る。ヒールの低い黒いパンプスが飛ぶ。「ふぁふっ」と声を上げ野杖医師の両太股を両脇に抱えると、その中心に自分のモノを押し当てる。思いっきり中に入れると同時に衝撃がやってきて《てん》は「ウ゛ォ~オ」と声を上げた。
《シンイチ》は「あひっ」と声を上げた。びっくりして飛び退こうとして膝にまとわりつくズボンに足を取られ尻餅をついた。目の前の机から垂れている両足、片足にスラックスを絡ませ中心部を露出したまま垂れている両足を見上げて頭を抱えた。
(又、やってしまった。僕は一体どうなってしまったんだ。)
《シンイチ》が股間を剥き出しにしたまま自問自答している。《シンイチ》の恐怖の自問自答を《てん》は満足しきってぼんやりと眺める。《シンイチ》は動揺していたが前回のように取り乱しはしていない。ぬめぬめと光る自分の股間を気持ち悪げに眺めるとズボンをはき直しながらゆっくりと立ち上がる。
恐る恐る机の上の野杖医師を覗き込む。泣きそうになるが泣いている場合じゃあない。野杖医師に声をかけようとして思いとどまる。時計を見上げると自分が記憶を失っていた時間が30分ほどだったことを確認する。やらなくてはならないことが山ほどある。
既に火を落として時間が経っているストーブの上の金だらいの温度を確かめると、傍に干してあった布巾に湯を含ませ野杖医師の許に戻る。
剥き出しの下半身から目を逸らすようにしてベトベトの顔を絞った布巾で拭く。ぼうっとした顔のままの野杖医師の顔を拭いてやりながら心に浮かぶ邪念を頭を振って振り払う。胸、腹を拭いてやる。柔らかい肌の感触には興味はあったが今はそんな余裕はない。グズグズしていたら身の破滅だ。
下半身に手を伸ばし息をのむ。見覚えのある白濁液が柔らかそうな茂みに絡みついている。息を荒げながら機械的に拭き取る。白い液体は股間を下に伝っている。重い野杖医師の身体を苦労して裏返す。
そう、思い出した。《てん》の時は軽々と振り回せる野杖医師の身体が《シンイチ》は重くて扱えない。寝返りさせるのにも苦労する。《てん》になったときは筋肉が無制限に活用できるようなんだ。
尻の穴の当たりに溜まっていた精液を拭き取ると《シンイチ》は大きく息をついた。時計を見る。余り時間がない。
「先生、・・・先生、返事をしなさい」
両足を垂らしうつ伏せに机に寝ている野杖医師の耳元で声をかける。上手くいくだろうか?
「先生、・・・野杖先生・・・返事をしよう」
心臓がばたつく。
「・・・はい」
野杖先生が返事をする。(よし・・・)安堵する。
「野杖先生、起きあがるんだ。・・・そう、静かに机から降りて立ち上がろう」
野杖医師の裸の肩を支え立ち上がるのを手伝ってやる。柔らかなカーブの乳房、細いウェスト、片足に靴を履きスラックスを膝の下に絡ませているがもう片方は裸足で立っている。その姿に《シンイチ》は息をのむ。そっと乳房に手を伸ばす。・・・と、その時、窓の外でサイレンが鳴った。
ウウウウ~~~~~~~~~~~ッ
ハッと我に返る。町内会が子供達に家に帰ることを促すサイレン、6時だ。
(イケナイッ。薬局が6時に閉まる。出されている薬を受け取っておかないと後が面倒だ。)
《シンイチ》は慌てて机の上に散らばる服をかき集めると野杖医師に服を着るように命じ、薬を取りに行くことにする。
素直に服を身につけ始めた野杖医師を後に残し研究室をそっと忍び出る。廊下を歩き始めるなり私服に着替えた看護婦の佐伯と出会いギョッと立ちすくむ。
佐伯看護婦は歳の頃は野杖医師と同じくらい、大柄で、そう当時の僕の身長は167、8だったけど彼女は僕より5センチほど大きかった。看護婦服を着ていると逞しくて精神病院の看護婦って言う感じがしたけれど、私服に着替えるとちょっと派手めの顔立ちが男っぽいダウンベストに映えてナカナカ格好良い。
「あら、東君。お終い?」
「イエ、まだ少し話があるからって・・・。先に薬を受け取りに行こうと思って・・・」
「6時やもんね。先生はお部屋におるがけ?」
僕とすれ違って研究室に向かおうとする。
「あっ、先生はいませんよ。さっき薬を先に取って来いっておっしゃって先生もどこかに出ていかれたから・・・」
「あっそう、東君、戻るんやったら、お先に失礼しますって伝えておいて貰えんけ?」
「いいっすよ」
向きを変え一緒にロビーに向かおうとする佐伯看護婦と並んで歩きながら胸をなで下ろす。
「野杖先生は若いけんど、たったようできまさるげんて」
「そうらしいですね。部長先生もそう仰ってました」
「東京の大学出てからこっちの大学で研究しとんねんて。この病院にゃ週に2度ほどいらっしゃるがやし・・・、東君、ラッキーやねえ、きれいな先生やけ」
「はあ」
「そいじゃあ、お大事に・・・」
「失礼します」
ロビーの隅にある薬局で薬を受け取ると急いで部屋に戻る。危なかった。
研究室の扉を恐る恐る開ける。部屋の真ん中に野杖医師がこちらに背を向けて立っている。髪は乱れているが服は着終わっているようだ。そっと近づき正面に回る。カーディガンの最後のボタンを留めたところで動きを止めたのだろう、両手を胸元に持っていったまま静かに立っている。
「先生、先生。返事をするんだ。・・・着替え終わった?」
「着替え終わった」
素直にうなずく野末医師がかわいらしい。「よしよし」と頭を撫でてやり、ほつれた髪の毛を直してやる。ふと気が付いて質問する。
「ブラジャーはどうした?壊れてなかったか?」
「壊れてた・・・」
「着けたのか?」
「着けた」
野杖医師の胸元に手を伸ばしブラを確認する。背のホックが千切れたブラをそのまま着けたようだ。やれやれ、後でブラが壊れた記憶も作成しなくてはならない。
2度目という事もあり《シンイチ》は落ち着いて野杖医師の記憶の改変を始める。この2週間の間に図書館で催眠術について調べていた。前回の暗示が有効だったのかどうかを調べていたのだが、又、こうした状況に陥るとは・・・。
これが催眠術とは違うことは図書館で調べてすぐに判った。どういう状況で《シンイチ》が記憶を失い野杖医師に暴行するのか、なぜ気が付いた時には野杖医師が催眠状態のように《シンイチ》の命令に従うのか、全然理解できていなかったがこの状況をなんとか利用して自分の・・・自分の「夢遊病的暴行癖」を隠蔽しなくては・・・《シンイチ》なりに悩んでいたんだ。
今でも波動砲が引き起こす現象が何なのかは判らない。そもそも僕の口から出る衝撃波が何なのか判らない。感覚としては僕の頭蓋骨が激しく震えると頭の中に大きな共鳴が起こりそれが口から波動として発射されるんだ。この波動はガラスくらいなら割ることも出来る。
ああ、君は既に波動砲の威力を体験したんだったね、そう、あれが波動砲だ。君は気絶しただろう。僕の口から発射された衝撃波を身体で受けると大概の場合昏倒してしまう。
そして頭で受けると野杖先生みたいな状態になる。これは催眠術じゃあない。強いて言えば脳障害の一つの「命令自従性障害」に似ている。自分の脳からの動作命令と外部からの他人の命令とが混乱してしまう障害だ。記憶まで改変できるところが妙だけれど、僕の波動砲が相手の頭蓋に共鳴を起こさせ、一時的な障害を起こさせているのじゃないだろうか?正式に調べた訳じゃないけど、多分そういうことなのじゃないかな。信じられないかい?もう少ししたら君にも体験させてあげる。そんな顔をしないで・・・大丈夫、痛くも何ともないから。
《シンイチ》は自分が精神病なのじゃないかと恐れた。記憶のない間の暴行。今度、ふと気がついたら刑務所に、あるいはあの病院の鉄格子のついた病室の中にいるのじゃないかと恐怖した。そして夜ごとに起きる激しい勃起、止めようのない自慰。《てん》は毎晩の自慰でなんとか紛らわされていた。
《シンイチ》は恐怖から逃れるために気が狂ったように練習に没頭した。おかげでタイムはドンドン上がる。
その日も徹底的に走りこんで《シンイチ》はくたびれ果て綿のように眠っていた。そして疲れのため眠る前の儀式となっていた自慰を忘れてしまった。
《てん》はイライラしていた。《シンイチ》を誘導して自慰をしたい。思いっきり放出したい。《シンイチ》は眼を覚まさない。《てん》は悶えた。
身体が震え始める。苦しくて寝返りを打つ。足が震え頭がガクガクと揺れる。食いしばっていた歯がガチガチと鳴る。突然、体を起こすと「あ゛~っ」と波動砲を吐き出した。ふすまがビリビリと鳴る。《てん》が眼を覚ました。
《てん》はベッドの上に体を起こし座ったまま回りを見渡す。股間が張りつめて痛い、不快だ。「ぐあ゛っ」と《てん》は不満のうめき声を上げた。
ゆっくりと立ち上がる。最初の頃に比べると動作は遙かにスムーズになっている。部屋の外に向かう。
ああ、これから話すことは僕にとっても非常に不快な想い出だ。《てん》と僕は連続性があると言ったけど今の僕はこうじゃない。当時の《てん》には、まだ、一切の社会性がなかったんだ。只の性欲の化身。いや、具現化した性欲。
廊下に出ると風呂場から水音が聞こえる。祖父の家は広くて一階には本来は客間である僕の部屋(8畳の和室にベッドを置いている)と仏間を兼ねている祖父の部屋、後、応接間と茶の間(板敷きのリビングダイニング、堀コタツ形式の食卓がある)があった。2階には叔母の香保里と従姉の真純の部屋がある。風呂場は一階だ。
脱衣所に入ると風呂場から叔母の鼻声が聞こえる。湯船に浸かっているようだ。風呂場の扉を開ける。湯船の中で叔母がビックリして目を見開き《てん》を見上げる。動揺を隠しながら苦笑いをして問いかける。
「な、なあに、信ちゃん。・・・どうしたの」
と言いかけ、《てん》の表情に気づき声が詰まる。湯に浸かった叔母の姿を見た途端《てん》は身体を強ばらせていた。頭蓋が震える。
「なに?・・・信ちゃん、あ、あなたっ」
異常に気がついて叫び声を上げようとする叔母に向かって波動砲を浴びせる。「あ゛~っ」叫び声を上げかけた表情のまま叔母の表情が凍り付き、そして静かに湯に沈んでいく。
《てん》は湯の中に手を入れると叔母の髪を掴んで引き上げる。そのまま湯船から引きずり出すと洗い場の簀の子の上に叔母の裸を投げ出した。壊れたように身体をひねり叔母が倒れている。股間の黒い茂みを見て《てん》は満足そうに「ふぉっ」と声を上げる。
叔母の香保里は松任に嫁に行ったが離婚して戻ってきている。交通事故で小学校に入る直前の長男を亡くしている。それが遠因となってご主人の家を出たという事だ。確か亡くなった長男は僕と同い年だった、何回か遊んだ記憶がある。そんなこともあるのだろう、僕を実の息子のようにかわいがってくれる。
父と同い年だった母に比べると30代半ばの叔母は確かに若かったし、今、思い返してみれば客観的にはきれいな女性だったけど、普通、中学生の少年はその年代の女性、特に身内の女性に性的な興味は覚えない。《シンイチ》も当然ながらそういう眼で叔母を見たことはない。でも《てん》は見境がなかった。
《てん》は叔母の身体を抱き上げ風呂場を出る。そして軽々と肩に担ぎ上げると自分の部屋に向かう。早寝とは言え祖父が寝ている部屋の前を裸の叔母を肩に担いで部屋に向かう。
何の警戒もせずに部屋に戻ると叔母の身体をベッドの布団の上に放り出す。大の字に近い格好で叔母の身体が転がる。日に当たることの少ない叔母の身体は白く、豆電球だけの暗い部屋で光を発するようだったのを覚えている。濡れた叔母の身体を抱いていたので《てん》のパジャマもびしょ濡れだ。
細かな描写は避けよう。ただ叔母にとって不幸だったのは《てん》が明らかに裸の女性を扱い慣れてきていたことだ。最初の時のように我を忘れてしがみついて暴発することはなくなってきていた。射精した途端に自分は《シンイチ》の裏に戻らなくてはならないことに気がついていたんだ。《てん》は自分も裸になると叔母の身体の脇に腰をかけ、喜びの声を上げながら獲物の身体にイタズラを始めた。
《シンイチ》が気がついたとき《シンイチ》は状況を全く把握できなかった。部屋は暗かったし目の前にあるモノも何かは判らなかった。下半身に残る射精感、快感に身をまかせながら「ハッ」と気が付き慌てて身を起こす・・・起こそうとして股間の激痛にうめき声を上げた。
状況を確かめる。目の前にあるモノは女性の股間のようだ。《シンイチ》の恐れていた状況のようだ。いや、もっと悪い。ここは自分の家なのだ。恐る恐る自分の股間を見る。《シンイチ》は仰向けの女性の上に身体を預けていて、そして・・・そして《シンイチ》のモノは女性の口の中に・・・歯に引っかかって股間が痛い。
静かに腰を浮かして身体を浮かすと《シンイチ》は女性の顔を覗き込み、「ヒ~~~ッ」と声を上げベッドを転げ落ちると尻餅をついた。(なんていう事を・・・)《シンイチ》はお尻で後ずさる。叫びそうになるの自分の口を手で押さえる。こみ上げてくる嘔吐を必死にこらえる。
(冷静にならなくては、落ち着くんだ)《シンイチ》は両肩を抱いて震えを止める。涙が出てきて嗚咽がこぼれる。
ふすまににじり寄って部屋の外の気配を伺う。家の中は静かだ。窓に近づき障子を細く開いて庭を伺う。静かだ。しかし2階の窓が明るい。真純がまだ勉強をしているのだろう。
仰向けに横たわる叔母に布団を被せて見えなくすると《シンイチ》はそっと風呂場に向かう。想像は当たった。脱衣所に叔母の服が脱いである。何て言うことを・・・ここから僕は裸の叔母をさらってきたんだ。《シンイチ》の心臓が、又、恐怖で縮み上がる。
叔母の服を持って部屋に戻る。叔母に声をかける勇気が出ない。布団をめくる。眼を開いている叔母の顔を見て唾液を飲み込む。
「おばさん、・・・おばさん」
叔母が瞬きをする。
「おばさん、体を起こすんだ、おばさん」
叔母が体を起こそうとするのを支えてやる。
「そう、立ち上がるんだ」
叔母の耳に口を近づけ小声で指図しながら腕を取って立たせてやる。僕はもう叔母の身長を超えている。又、泣きたくなるのをこらえる。
叔母の顔は小振りでそれぞれの造作が小さい。その小さな口の端から白濁した液が糸を引いてあふれる。慌てて上を向かせ、飲み込むように指示をする。叔母の喉が大きく動く。
「服を着よう」
僕が手渡した下着を叔母が素直に身につける。
服を着終わった叔母をベッドに腰掛けさせると記憶を改変する。不必要な記憶を除去し必要な記憶を埋め込む。叔母はこれから風呂に行き湯船に浸かったところで居眠りをする。そして眼を覚ます。気持ちよく眼を覚ますんだ。・・・おばさん・・・。
眠れそうもないと思っていたのに眠ってしまったらしい。翌朝《シンイチ》は肩を揺すられて眼を覚ました。ビックリして肩を揺する手を握りしめる。
「痛いっ、・・・信ちゃん、そんなににがんだら痛いっちゃ」
真純だ。もうセーラー服に着替えている。
「早う起きなんだら遅刻するよ。ええのん?」
《シンイチ》の呼吸が速い。
「どしたん?・・・信ちゃん、具合悪いん?」
「い、いや、大丈夫。・・・何時?今」
と時計を見て「あっ」と飛び起きる。
「大変だ」
「早うしまっし。・・・朝ご飯、無しやよ。お母さん、昨日お風呂で居眠りして気がついたらお湯が冷めて水風呂やってんて。風邪ひいた言うて寝てはるよ。アハハ」
そう、暫く後のことだけど《てん》は真純にも手を伸ばすことになる。でもそんなことより《てん》はもっと大変な事をしでかしてしまうんだ。
疲れたかい?僕はのどが渇いた。
冷蔵庫に何か入れてあるかい?ちょっと見てこよう。
美紀ちゃんにも何か持ってきてやろう。
大声を出さないって約束するなら、その猿轡も外してあげよう。
ビールがあった。君も飲むかい?
そう、それじゃ僕だけ頂こうかな。
今、トイレに行ったときに玄関脇の部屋を見せて貰った。
・・・見たよ、ウェディングドレス。
アイツとのために用意したんだろう?
・・・でも大丈夫。無駄にはならない。美紀ちゃんはあのドレスを僕のために着ることになる。
そんな顔をするなよ、ほんの1年前までは一緒に乃木坂までドレスを見に行ったじゃないか。
君はあのドレスを僕の為に着る。心からの笑顔を浮かべて・・・。
< 第三章へ続く >