第七章
さあ、ここまで《シンイチ》と《てん》の話をしてきたんだけど、美紀ちゃん、理解できた?
これから話すのは《シンイチ》と《てん》が融合した日の事。僕の感覚で言うと《てん》としての自我はそのまま残っていたから《てん》が《シンイチ》を飲み込んだ・・・という感覚なのだけど、明らかにそれまでの《てん》としての僕とは違うモラルのある、あはは、モラルのある行動をとっている。だから冷静に考えれば《てん》と《シンイチ》の融合。朝起きたときに既にそうなっていたんだ。《てん》でも《シンイチ》でもない、《僕》として眼を覚ましたんだ。
その日は朝から異質だった。
その日までは《シンイチ》からは《てん》は見えないから《てん》の存在を知らない。《てん》は《てん》で《シンイチ》の目を通して外界を見ていながら、そこに《てん》とは異なるもう一つの自我が存在していることを意識することはなかった。
その日は朝から異質だった。
《てん》の自我は自分自身の自我の中に何か異質なモノが入り込んできたことを意識していたし、一方《シンイチ》としての自我は自分の中にやはり異質なモノが侵入してきたことを感じていた。
勿論、当時の僕は自分自身の自我をそんな風に分析的に見たことはないし、「自我」「記憶」「人格」といったものを区別して考える習慣を持っていなかったけど何か自分の自我、まさにその正体が曖昧なのだけれど、自分の自我が分裂するような恐怖を感じながら悪夢の中に眼を覚ました。
A.M.11:00・・・・なぜこんな時間まで目が覚めなかったのだろう。誰も起こしてくれなかったんだろうか?なんとなく自分の思考が自分の与り知らぬところでユラユラと揺れている様で気持ちが悪く、僕は自分の肩を抱いて震えを押さえようとしていた。
そう、昨日が2学期の終業式だった。
何年か前のことを思い出すように昨日の記憶をほじくり出す。・・・あぁ今日から冬休みだった。
頭の中に混乱を抱えながら体を起こす。
吐き気を覚えながら布団を抜け出す。
(じいちゃんの所に行って・・・)と考え、突然、じいちゃんの死を思い出す。しかも随分前のことだ。息が荒くなる。僕の目の前で痙攣していたじいちゃんの顔・・・・。こみ上げる嘔吐を辛うじて飲み込む。苦い唾液をえづきながら飲み下す。
廊下に出る。台所へ・・・身体は自然に動くが頭の中に台所のイメージが思い浮かべられない。
台所に行くと叔母が台所の小テーブルで立ったまま、お茶漬けを食べている。
「わぁ、エライところを見られてしもた。・・・どうしたん、信ちゃん、顔色悪いっちゃ。」
叔母が照れくさそうに笑う。
今日の叔母はものすごくきれいに見える。良く慣れ親しんだ叔母の姿が初対面のように新鮮に見える。濃いグレーに細いストライプが入ったスーツ。腰のラインを強調して細くしぼったスーツ。ふくらはぎの半分までを隠したセミロングのタイトスカート。
「いや、ちょっと昨日遅かったし・・・。」
「無理したらあかんじ。・・・そんな無理せんでも信ちゃんやったらno-problemやがね。」
「うん、ありがと。でも陸上の成績で推薦入学って言うのもケタクソ悪いし。」
「そやね、・・・でも大丈夫、大丈夫。・・・お腹空いてる?何か作ろか?」
「ええちゃ、昼飯と一緒に食べるから・・・。」
「フフフ、信ちゃんも金沢弁、随分上手くなったのに、ふぅ、来週には東京に帰ってしまうんやね?寂しうなるがやねぇ。」
そう、11月からオヤジは東京勤務。金沢で高校受験をしてしまうとややこしくなるので、年明け早々、つまり来週の後半、僕は東京に帰る。
「私、これから職場の女の子の結婚式に行って来るし・・・お昼、何にも作られへんよ。」
それで今日はおめかししてるんだ。緩やかにウェーブをかけた髪。ピンク系の明るい口紅で端正な叔母の顔が映えるている。すっきりとしたシルエットのスーツとあいまって若く見える。とっても36歳には見えない。
「大丈夫。後でお腹が空いたらナントカする。」
「後で真純が帰ってきたら作って貰おたらええちゃ。・・・でも信ちゃん、おばさん、信ちゃんに来て貰うてほんまに良かった。息子が出来た気ぃして・・・ありがとおね。」
「叔母さん。・・・僕も母親替わりに甘えさして貰っちゃって。スミマセン。」
「何言うてんのやか、この子は」
叔母の目が少し潤む。
叔母と甥っ子の会話を続けながら僕は戸惑っていた。《てん》として叔母の口を犯した記憶は紛れもなく自分の記憶だ。一方で《てん》には存在しなかった肉親に性的な思いを寄せる事へのタブーが僕自身の中に生まれている。僕は《てん》なのか、《シンイチ》なのか・・・?でも僕は勃起していた。
(叔母さん、早く出かけちゃってくれ。)力無く開く叔母の口、柔らかい唇、股間をくすぐる熱い呼吸、ざらついた暖かい舌の感触・・・。叔母の口の中の感触が僕の股間に蘇る。
「じゃあ、行って来るわ。」
僕はホッと溜息をついた。
玄関までついて行く。壁に掛けてあった黒いコートを手に持つと普段は見慣れない高いパンプスに足を入れる。
叔母がツとよろめいた。
「あっ。」
上がり框に立っていた僕の腕につかまる。
「アハッ。」
黒い革手袋の手で僕の腕につかまりながら僕を見上げて照れくさそうに笑う。僕も叔母の顔を見ながら「はははっ」と笑う・・・笑おうとして出たのが「あ゛っあ゛っ」。
叔母の笑顔が凍る。
僕の腰にすがるように叔母が膝をつく。僕の固い股間に当たる叔母の額。僕は慌てて叔母の肩を掴む。叔母の頭が大きく仰け反る。顔にはさっきの笑顔の余韻が残っている。僕は茫然と立ちすくんだ。
息が荒くなる。僕の中で、勿論当時の僕が状況を正確に認識していたかというとそれは違うけれど、僕の中で「叔母を母親替わりと見る《シンイチ》」と「意識を失いつつある一人の陵辱対象の女性と見る《てん》」がせめぎ合う。
息を荒くしたまま叔母を抱き上げる。
叔母を抱えるこの腕は「てんの剛腕」か「シンイチの細腕」か・・・。
茶の間の床に叔母を静かに下ろす。
僕は叔母の横に体育座りで腰を下ろし叔母を見つめる。叔母の小振りな顔が天井を凝視している。胸に刺した清楚なコサージュが叔母の呼吸に合わせて上下している。僕は荒い溜息をついた。
叔母の細い手首を摘み上げると革の手袋を脱がす。薄い革の、まるで皮膚のような、叔母の体温そのままの手袋を脱がす。ピンクのマニキュアをした小さな手。
ハイヒールを抜き取る。まだ叔母の体温に染まっていない冷たく小さな黒い靴を脱がす。薄いストッキングに包まれた叔母の指先を握りしめる。
僕は叔母の靴を玄関に持っていく。
茶の間に戻ると叔母の上体を抱え上げ、そっと暗示をかける。
茶の間で叔母がコタツに入ってお茶漬けを食べている。
「おはよう。わぁ、エライところを見られてしもた」
叔母が照れくさそうに笑う。
「随分とユックリやったね。・・・何か作ろうか?おばさん、これから職場の子の結婚式に行くから早う食べんとご飯抜きやで」
「それじゃ食べる」
叔母は「よいしょ」と声をかけてコタツを出る。
台所に向かう叔母の後ろ姿を見ながら僕は溜息をつく。(これで良いんだ)叔母のつま先をつまんだ感触が指に蘇り、僕は大きく頭を振り払う。
叔母が春先に再婚を控えているのを僕が知っていることを叔母は知らない。僕は叔母が好きだ。苦労続きの叔母には幸せになって欲しい。早すぎた結婚、息子の死、離婚・・・祖父の死・・・祖父の死を思いだして僕は、又、身震いをする。
コタツで待っていると叔母が料理を運んできた。
「富樫のじいじからカシワを貰うたから」
叔母が時計を見る。
「あっ、イケナイ。もうこんな時間。早う行かな遅刻やちゃ。・・・ほいたら、ちょっと行って来るさけね、信ちゃん、お留守番よろしくね」
叔母について玄関に向かう。
叔母のつま先がパンプスを履く。ストッキングのサラッとした感触が手のひらに蘇り僕は拳を握りしめた。
「ほな、いってきます。」
叔母がコートを着て革手袋をはめる。柔らかいシープスキンの手袋、小さな叔母の手の温かさ・・・。
「行ってらっしゃい」
声が濁る。ドアノブに手をかけた叔母がいぶかしげに振り向く。
「・・・信ちゃん、あなた大丈夫?」
叔母が僕の様子を見て僕に・・・と、問いかけ・・・。薄く開いた叔母の口もと・・・その中に見える舌・・・舌の感触、熱い息・・・歯の固さ・・・ぼ、僕の・・・僕の玉が叔母の鼻に・・・冷たい鼻の頭。
「あ゛~あ゛~あ゛~」
叔母の背中がドアにあたり開きかけていたドアが大きな音を立てる。背中でドアに寄りかかりながら叔母がタタキに崩れ落ちる。
「あぁ、あぁ、あぁ」
僕は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
茶の間の隅で叔母が電話をかけている。家の中だというのにハイヒールを履きコートを着て手袋をしている。本人に違和感は感じられない。
「本当にゴメンナサイ。本当に残念なんやけど無理そうやわ。・・・無理にお邪魔して粗相でもあったら大変やし・・・。うん、大丈夫。昨日の晩からチコッと寒気がしてたんやけど・・・ただの風邪やと思う。・・・うん、寝てれば大丈夫。・・・本当にゴメンナサイ。・・・はい、ありがとう。花婿さんにヨロシクお伝え下さい。はい、・・・はい、・・・ほな失礼します」
受話器を下ろすと叔母はその姿勢のまま凍り付いた。僕は背後から叔母に近づくと叔母の髪の香りをかぐ。勃起。
僕は叔母の肩を両手で掴むとささやきかける。
「おばさん、・・・こっちを向こう、おばさん」
叔母が向きを変え僕を見上げる。
「おば・・・香保里」
僕に叔母を名前で呼ばせたのは何だったのだろう。香保里という名で呼ぶなり叔母が一人の女性に見えてくる。再婚を間近に控えた魅力的な36歳の女性。
「笑おう・・・微笑んでみよう、香保里」
叔母がニッコリと微笑む。目尻に生まれる小さな笑い皺が僕を誘う。僕は叔母の目尻にキスをした。
叔母の肩からコートを落とす。
叔母が微笑んでいる。僕は、又、動揺して目を逸らす。
濁った声で命令する。
「ふ、服を脱ごう。香保里」
叔母が服を脱ぎ始めた。
不思議そうな顔をして自分の足元を見ると靴を揃えて脱ぐ。スーツのジャケットのボタンに指をかける。ジャケットを脱ぐとひざまずいてきれいに畳んでいる。
僕はコタツに入り、服を脱いでは畳んでいる叔母の姿を眺める。
さっき叔母が用意してくれた昼飯に箸を付ける。
「ただいまぁっ」
大きな声を上げて真純が帰ってきた。
「お帰り。あれっ、真純ちゃんは今日も学校あったの?」
「補習、補習。・・・悲しき17歳ちゃ」
マフラーを取り紺色のピーコートを脱ぎながら古いロックを口ずさむ。
「あっ、ごめん、ごめん。信ちゃんも同じ立場やったっちゃね」
「その親子丼、どないしたん?今日は早く帰って信ちゃんのお昼作ってってお母さんが言うから急いで帰ってきたがやのに・・・・なんや、お母さんが作って行ったん?」
僕が食べ始めていた親子丼を見て真純が頬を膨らませる。
「うん、富樫からカシワを貰ったって」
「まぁ、ええか。私が作るよりたんとウマイちゃ」
コタツの上のミカンをとると立ったまま皮をむき始める。
スレンダーな身体にセーラー服がよく似合う。僕の同級生達もセーラー服を着ているが、真純の着こなしには到底及ばない。中学生離れした身体を持つ恵のような子もいるけど中学と高校の差はこういうところに現れる。ナマ足、白ソックスの中学生と黒いストッキングの女子高生。最近の女子高生が幼児化しているように見えるのは僕が年を食ったからだろうか?当時の僕にとって女子高生は大人の香りを発する「女」だった。
「でも卵も富樫から貰うたんよ。カシワも富樫からやったらホンマの親子丼やね。・・・ううぅ残酷。一口ちょうだい」
真純は座ると堀ゴタツの中に足を突っ込みながらドンブリに手を伸ばす。「ナンマンダブ」と呟くと僕を見てイタズラっぽく笑いながら残り少ない親子丼をかき込む。
・・・と、真純が突然「キャッ」と声を上げドンブリをおくとコタツから慌てて足を抜く。口にご飯を頬張ったまま「何?」と僕に問いかける。堀ゴタツの布団をめくろうとする真純に僕が笑って答える。
「人間コタツ」
「?」
真純が僕に眼で問いかける。僕はこの間のキーワードをささやいた。
今は口にしないよ。今言うと美紀ちゃんが催眠状態になっちゃうから。
「えっ?」と聞き返した真純の表情が突然歪む。両手で頭を抱えると立ち上がる。「うぅぅ」と声が漏れる。手が細かく震えている。口から親子丼のご飯粒が数粒こぼれる。痙攣しているようだ。
・・・この反応は予想していなかったので僕は仰天した。コタツを出て立ち上がると慌てて真純の顔を覗き込む。真純は頭を抱えたままうつむき硬直している。目は開いている。立ったままの「考える人-女子高生バージョン」。頭を抱えて突き出している細い肘を掴んで揺すってみる。筋肉を硬直させて反応がない。固まってしまっているようだ。
僕は下半身裸だ。コタツの中で放った精のせいで僕の分身はヌメヌメと光っている。コタツの布団をめくるとコタツの中に声をかけた。
「香保里、コタツから出よう」
裸の叔母をコタツから引っ張り出してやる.。叔母はコタツから出ると立っている僕の股間に、又、口を近づける。
「もういいんだ、香保里。・・・さあ、立つんだ」
叔母が素直に立ち上がる。顔が上気してせっかくのパーマが乱れている。口元から胸元にかけて汗だの何だので濡れている。
「香保里、これから結婚式に行くんだからきれいにしなくっちゃ。・・・ほら、その下着を持ってシャワーに行っておいで」
僕は立ったまま硬直している真純の前に回る。
頭を抱えた手を頭から外す。細い手首を掴み強ばった腕を苦労して頭からはがすが腕はホールドアップのように上げたままだ。上を向かす。顔も緊張が残ったまま、薄く開いた唇の間から食いしばった歯が見える。目の玉が飛び出しそうに大きく目を見開いている。
「真純ちゃん、身体の力を抜こう」
上手く反応しない。
「眠ろう。目を閉じて身体の力を抜いて・・・眠ろう、真純」
真純の表情がぼやける。身体が揺れる。崩れ落ちる真純を抱き留めながら僕はコタツに腰掛ける。
僕は両膝で真純の脇の下をはさみ支える。両腕の力が抜けて僕の裸の足の上に落ちる。頭がぐらっと前に倒れてくる。額を支えてやる。その拍子に開いた口からご飯粒がこぼれる。慌ててご飯粒を手の平で受け止める。かき込んだままの固まりの状態で卵と鶏肉を載せたご飯の固まりがこぼれ出た。
下着を抱えてシャワーに向かう叔母。僕の膝に支えられて眠っている真純。僕は真純の口まねをして呟いた。
「ホンマの親子丼やね。・・・ううぅ残酷。・・・・ナンマンダブ」
僕は手のひらの上の親子丼を口に放り込む。まだ、抱かない。僕はいつでもスイッチを押せる。
《シンイチ》は皮をむいたミカンを口の中に放り込んだ。
「エッ、今、一つ丸ごと口の中に放り込んだ?」
向かいでミカンの皮をむきながら真純がビックリした顔をする。
「うん」
「すっごい食べ方するねぇ、信ちゃん」
真純が自分の手の上の皮をむいたミカンをまじまじと見る。ちょっとイタズラそうな目で僕を見てから、ゴクンと唾を飲みこみミカンを丸ごと口の中に押し込む。
「アフッ」とむせる。無理に閉じた口からミカンの汁がこぼれそうになり慌ててティッシュで口元を押さえる。眼を白黒させながら数秒間かかって飲み込む。
「アハハ、エラかった。・・・フフッ、ハハハ」
「アハハ、無理無理。真純ちゃんの口の大きさじゃあ・・・」
二人で顔を見合わせて大笑い。
真純がとても可愛らしく見える。三歳年上の従妹としての親近感だけじゃない。そう、いつでも僕がスイッチを押しさえすれば・・・・・・残酷な支配欲を底に秘めた愛情。
「真純、帰っとったん?」
風呂場から叔母が出てくる。スリップ姿だ。
「やだあ、お母さん、その格好。・・・信一君もおるがんに・・・」
「ゴメンね、信ちゃん。眼ぇつむっといて・・・」
「私がそんな格好でいたら目ぇ剥いて怒るがやない?」
「急いどるっちゃ。2時半から渋谷さんの結婚式・・・」
叔母がスーツを身につけながら時計を見る。髪と化粧も直してきている。
叔母の記憶の中にある結婚式の時間を変更してある。ついでに当然「てんかん小僧」を教えてある。
「まだ大丈夫やね。・・・お昼、作ってから行こうか?」
「うん」
真純が即座に同意する。僕はさっき食べたのだけどいらないとは言えない。
「何がエエ?」
「親子丼」
僕はむせそうになる。
「そうしよ。富樫の爺じんとこから貰うたカシワと卵があるさけ。」
「爺じんとこでシメたんやったらホンマの親子かも知れんねぇ、そのカシワと卵」
「真純っ、変な事言わんのっ」
真純が僕を見てペロッと舌を出した。僕は慌てて微笑む。のどが渇く。
親子丼は叔母さんの得意料理。固まりきらない卵を絡めた絶品だ。三口のガスレンジなら同時に三つを作れる。アッという間に3人分が出来た。叔母のは茶碗サイズだ。ご飯が足らなかったらしい。
「お母さん、披露宴でも食べるんとちゃうん?」
「中途半端な時間の結婚式やよねぇ・・・どうなるんやか」
3人で親子丼を食べる。
僕は既にもう一つの母娘丼の方も食べる決心をしていた。《てん》の時の本能に任せた行為ではない。僕は食べることを前提として、今、この母娘を放し飼いにしている。自分の心の中に犯罪を起こすことを止めようとする力が働いていることは感じていた。しかも親兄弟同然の母娘、自分を信用しきっている二人を犯すことに対しての強いブレーキが働いている事も感じていた。しかし僕の事をうぶな少年と信じ切っている二人に対して、禁断のスイッチを押し一気に日常から切り離すことの嗜虐的な快感の予感はタブーを押さえ込むだけの魅力を持っていた。そう、僕は《てん》だったんだ。
「渋谷さんやったら綺麗やろうね」
「うん、白無垢が似合いそうやね、あの子は・・・」
「エッ、ウェディングドレスでないがけ?」
「だって、野々市の民芸会館やさけ・・・あっこは畳しかないがやろ?確か。」
「やっだぁ、ウェディングドレスがエエちゃ」
「アハハ、怒らんでもエエがやない、変な子やね、こん子は。自分の結婚式でもないがやのに」
昼飯を食べ終わりお茶を飲みながら平和な会話が続く。
快感の予感。僕は快感の予感を胸に秘めながら二人の会話を楽しんでいた。もともと《シンイチ》はあまりしゃべる方ではなかったので僕に入れ替わっても何の違和感もないようだ。
「あ、あかん、あかん。もうこんな時間やちゃ。早うせな。」
叔母が慌てる。僕は会話を打ちきるのが残念になって来ていた。スイッチを握りしめながらの会話は嗜虐的で倒錯的で、そして魅惑的だった。実行を夜まで延ばしても良いのだが、叔母が結婚式に行ったら困る。もう終わってしまうだろう、渋谷さんとやらの結婚式は。
やはり、そろそろスイッチを押す時が来たようだ。僕は深い溜息をついた。
「信ちゃん、どがいしたん?溜息なんかついてもて・・・」
食器を片づけながらコタツを出ようとしていた叔母が心配そうに問いかける。真純が目をパチクリさせる。二人の目がいぶかしそうに僕を見つめる。
アッ、ゴメン、ゴメン。痛かった?
狙ったつもりじゃないんだけど、お尻の穴に指が入っちゃった。
・・・でも力が入れられないからかなぁ、随分、簡単に指が入るよ。・・・ホラ、中指が根元まで入っちゃった。
匂い嗅いでみる?・・・ホラ。
そろそろ休憩してお風呂入ろうか?
僕の話は、もうそんなに長くない。《シンイチ》と《てん》が融合してから僕は波動砲を失ってしまうんだ・・・つい、最近まで・・・。
お風呂を出てからゆっくり聞かせてあげるよ。叔母と真純の話も少し残ってるしね。
美紀ちゃんだって、もうすぐ彼氏が来るのに汗くさいままじゃイヤだろう。・・・まぁ、ヤツに君の汗の匂いを嗅がすつもりは僕には金輪際無いけれどね。
はい、お姫様だっこ。
・・・・
そうだ、風呂から出たらウェディングドレスを着て見せて。
さっき話をしていてウェディングドレスの事を話したろう?そしたら君のが見たくなっちゃった。
髪はどうするの?
得意の編み込みかい?
[編集部注:この後、30分余りに亘り聴取不能]
< 第八章へつづく >