晶月の姫巫女 後編

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 あれは、いつのことだっただろうか。たしか、15歳の誕生日を盛大に祝って頂いた後だと思うのだけど、アード様が勉強の息抜きにと、お庭の散歩に連れて行ってくれた。あの頃の私は、アード様がそばにいてくれるのが、息をするのより、おやつを頂くのより当たり前のことと思ってた。だから、お庭でアード様が旅に出ると聞いた時、まるでこの世の終わりのように泣いてしまった。
 いつまでも泣き止まない私に、アード様は困りながら、そっと抱き締めてくれた。シャル姫が泣き止んでくれないと、ぼくも悲しくなるよ・・・そう囁きながら。私はアード様にちからいっぱい抱き付きながら、アード様が勘違いしていることが悲しかった。アード様がいなくなってしまうのは悲しい・・・でもアード様が私の気持ちに気付いてくれないままの方がずっと悲しい・・・。だから、私・・・。

 シャルロット姫は、すすり泣く声で目が覚めた。自分が夢を見てすすり泣いたその声で目が覚めたらしい。寝室の窓から見える景色は、まだ夜明け前である事を知らせてくれた。ベッドの傍らを見ると、魔法使いが裸で寝ているのが見えた。あの18歳の誕生日の夜以降、姫と魔法使いは幾度と無く肌を合わせた。姫は裸の胸を抱き締めながら、身体が慣れていくことを実感した・・・自分の意思とは無関係に。
 自分の国を滅ぼした悪の魔道士・・・。自分の身体を慰み者とした悪魔・・・。見るのもおぞましい傷の数々・・・。それでも、危害を与える事は出来ない。そう・・・変えられてしまった。この無防備な寝顔を晒している今でさえ、一筋の傷をつける事さえ叶わない。私はこのまま、何も為せずに朽ちていくのだろうか・・・その思いは、恐怖だった。私を愛してくれた王国の人達に対する裏切り・・・無意識のうちに自分を抱き締める指先に力が入り・・・無意識のうちに力は抜けた。今の姫には、自身を傷付ける事すらも出来ないから・・・。窓の外は暗く、まだ、夜明けは遠かった。

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 そんなある日の事、魔法使いは姫を連れて、城から多少離れた湖に訪れた。初夏の光の中、湖は太陽光を反射して、まるで自らが光り輝いているようだった。

「綺麗・・・」

 その美しさに自身の現状を忘れ、暫し見入る姫。今、この瞬間だけは、2人の間に静かな空気が流れた。

「この時期なら、泳ぐのも気持ち良いぞ」
「・・・用意をしていませんもの」
「このあたりには、おれの他には誰もいない・・・遠慮する事はなかろう。それとも、あれほどに愛し合った相手に、肌を晒すのはまだ恥ずかしいか?」

 瞬間的に、姫の顔が朱に染まる。意識する間もなく魔法使いの横顔に向かった平手は、その顔に届く前に失速した。姫の顔が絶望に染まる。

「・・・!」
「・・・姫が脱ぎ辛いというのなら、おれが脱がして差し上げよう」
「止めなさいっ。無礼な!」

 姫の言葉に構わず魔法使いが指を鳴らすと、姫のドレスがまるで最初から無かったかのように、消え失せた。再度その白い肌を朱に染めて、姫は大事な所を隠そうとしゃがみ込んだ。その様子を面白そうに眺めていた魔法使いだったが、自分にも魔法を使い、ローブを脱いで全裸になった。

「それでは泳ぐとしよう」
「私は泳ぐとは言っていませんっ!あ、嫌っ!」

 魔法使いは丸くなっている姫を横抱きに抱き上げると、そのまま湖へ入っていった。水は澄んで冷たく、気持ち良かった。魔法使いは自分の胸位の水深まで歩くと、そっと姫を降ろした。姫も観念したように、素直に自分の足で立つ。

「強引ですね・・・」
「せっかく楽しめる状況なのに、ふいにするのはもったいないだろう?」
「あなたは私の仇ですのよ?」
「いつも肩肘を張って生きていくのは辛いだろう・・・たまには息を抜くのもいいものさ・・・こんな風に!」
「きゃっ」

 魔法使いは水を掬い上げると、姫の顔に水をかけた。驚いてきょとん、とする姫に、魔法使いは屈託なく笑いかけた。その凶悪な傷だらけの顔は、不思議と姫に誰かを連想させて、反感を感じることが無かった。

「やりましたわねっ」
「おっと・・・」

 生来の気の強さから、すぐに水をかけようとした姫だが、魔法使いは障壁を用いて、あっさりと水を防いだ。自慢気に笑う魔法使いに、姫は意地になって水をかけまくる。

「もうっ。ずるいですわ!」
「はははっ。なにしろおれは悪の魔法使いだからな!ずるい事は得意なのさ」
「そんな理屈っ...!」

 拗ねる姫を急に抱き寄せて、魔法使いはその唇を奪った。最初もがいていた姫も、次第に力が抜けて行く。魔法使いは右手を姫の後頭部にまわして、耳の後ろや髪の毛を愛撫した。その無骨な手からは想像できないほど、優しく、繊細な指遣いは、姫の全身から抵抗をこそぎ落とした。

「んふ・・・はぁ。こ・・・こんな所で・・・」
「誰も来はしないさ・・・。姫・・・足を開いて・・・」
「ふぁっ!」

 魔法使いの指が秘裂をそっとこじ開け、中に入って行く。冷たい水も同時に入ってきて、その感覚に姫は小さく喘いだ。最初感じた違和感は、身体が熱くなるにつれ、次第に刺激に替わって行った。快感に姫は立っていられなくなると、よろめいて足が滑り、水の中に沈んでしまった。
 湖の水は、姫の身体を優しく抱き止めた。続いて潜ってきた魔法使いが、姫に笑いかける。姫の頭の中に、魔法使いの言葉が聞こえて来た。

─── 今、魔法をかけた。水の中でも呼吸が出来る

 水に潜った事でパニックに陥っていた姫の心が、その言葉ですっと落ち着いた。魔法使いは姫の腕を取ると、湖の中央、もっと深い所に誘った。
 そこは、まったくの別世界だった。水面からは日差しが差し込み、透明度の高い水の中を幻のように照らしていた。人が珍しいのだろうか、小魚達が2人の傍らを舞い、恐れる事も無く戯れる。姫が手を伸ばすと、掠める様に数匹の小魚が泳いで行った。

─── わぁ・・・とても、きれい・・・
─── 来て、良かっただろう?

 魔法使いのその言葉と共に、再び愛撫が始まる。幻想的な光景の中、姫は自分でも驚く程素直に、魔法使いの愛撫を受け入れていた。姫の後ろに回った魔法使いが、首筋にキスの雨を降らせながら、胸と秘裂に手を伸ばす。

─── ふあ・・・気持ち・・・いい・・・

 こぽ・・・。水面を向いた姫の口から、喘ぎの代わりに空気が漏れる。頭を仰け反らせてその動きを見ていた姫は、秘裂の入り口付近を愛撫していた魔法使いの指が、ゆっくりと中に入って来た瞬間に、ぴくり、と反応する。

─── あ・・・ん・・・、だめ・・・
─── でも、気持ちいいんだろう?
─── そんな事・・・聞いちゃ・・・いやです・・・あ・・・
─── 可愛いな、シャルは・・・
─── ・・・え?・・・あっ!

 懐かしい愛称を聞いて驚いた姫に、位置を変えた魔法使いが、正面から優しく突き入れた。この数日間で、姫の身体は魔法使いに慣れて、”夢魔の瞳”が無くても快楽を感じるようになっていた。自分の中を擦り上げられる感触に、姫の意識が白く染まる。

─── あくっ・・・なんで・・・ひあっ!・・・あっ・・・

 魔法使いは体の安定しない水の中で、それでもゆっくりと、確実に腰を動かす。時に浅く、時に捻るように突くその動きは、姫の身体を翻弄した。すでに、自分から魔法使いにすがり付いている事も認識できていない姫は、絶頂に向かって駆け上がって行った。

─── あっ・・・もう・・・もう、わたくし・・・んっ!・・・あああああぁっ!

 魔法使いが一番奥に突き入れた時、姫の腰が数回痙攣し魔法使いの分身を絞るように包み込んだ。その刺激に耐えきれなかった魔法使いは、姫の中に出し尽くすかのように射精する。熱い精を身体の奥深くで受けた姫は、大きく叫ぶと気を失った。

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 姫が目を覚ますと、魔法使いの城の寝室だった。周りには魔法使いの姿は無かった。裸の身体に真っ白いシーツを巻きつけると、姫は先程の事を思い出した。
 ・・・シャル・・・。それは、あの人だけの呼び方だった筈。そういえば、王国を滅ぼす程の怨恨を持ちながら、私に時折向ける優しいまなざしは、あの人を彷彿とさせはしなかっただろうか?服を纏うのも忘れ、姫は魔法使いの姿を求めて走り出した。
 目指す姿はどこにも見当たらなかった。妖しげな実験道具を集めた地下室にも、魔法使いが使うとはとても思えない小奇麗なキッチンも、本に囲まれた書庫にも・・・。姫の中で、確認しなければならないという焦燥感が高まった。

・・・ズ・・・ズン・・・

 城の外から、破壊音が轟いた。姫は胸騒ぎに導かれ、音が聞こえて来た方へ走り出した。

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「久し振りだな、賢者殿。・・・壮健そうでなによりだ」
「くく。貴様に受けた傷も癒えたのでな・・・我らの至宝を返してもらいに来た」
「姫という目印があったにしろ、よく結界を越えられたものだな・・・そうか、宝剣か・・・」
「そう・・・ここにいるは、我が甥でダリルという。我が言うのもなんだが、ダリルは王国でも屈指の剣士でな・・・今では宝剣の力を全て引き出すに至っているぞ」
「ふ・・・ん・・・。それでおれに勝てると・・・?」
「勝てるとも・・・その為に時間を費やしてきたのだからな」

 姫が城の外に出ると、そこにはソーサリー王国の賢者と、王国の宝剣を携えた剣士が、魔法使いと向き合っていた。王国に生存者がいた・・・姫は、嬉しさの余り、泣きそうになってしまった。

「賢者さまっ!生きていらしたのですね!他には、誰かいないのですか?母は・・・民達は・・・!」
「・・・姫様・・・残念ですが、生き残ったのは、我らのみです。しかし、アクアレードを討ち果たし、姫様をお救い申し上げれば、王国の復興も不可能ではありません」
「ア・・・アクアレード・・・アード様?」

 アクアレード・・・それは、姫の心の奥に大事にしまっている、大切な人の名だった。姫を愛し、大事なことを教えてくれた、姫にとって空気よりも太陽よりも大切な人・・・。そして・・・旅先で不慮の事故で亡くなったと・・・そう王に知らされた時、自らの死すら願った程に、大切な半身であった。王国を滅ぼしたその行動が、あの頃とはまったく違うその外見が、姫の目に真実を見誤らせていた。

「お気付きではありませんでしたか、姫。そやつは確かに昔、姫様の家庭教師を務めていたアクアレードにございます」
「ふ・・・シャルにも気付かれない程の顔にしてくれたのは、国王と貴様だろうが・・・!」

 魔法使い・・・アクアレードはそう吼えると、異空より漆黒の大剣を召喚した。怒りのあまり、黒き焔を纏わり付かせた大剣を、賢者と剣士に向ける。

「来い・・・塵も残さずに焼き尽くしてやる!」
「残念だが、加速呪を使えるのはお前だけではない・・・。国王を弑した時とは違うのだよ。絶対防御圏に守られ、我が加速呪を繰るダリルには、勝てはせんよ・・・。ゆけ、ダリル!」
「おおっ!」

 そう雄叫びを上げたダリルは、アクアレードとの距離を瞬間的に詰め、宝剣を叩きつけた。咄嗟に魔剣に付与された加速呪を開放すると、アクアレードはダリルとの距離を取った。その頬から一筋の血が滴る・・・ダリルの剣速に、完全に避けきる事が出来なかった為である。舌を伸ばして血を舐め取ると、アクアレードは不敵に笑った。

「二対一ではさすがに分が悪いか・・・。ならば、戦場を移すとしよう」

 アクアレードはそう呟くと、城に背を向けて森に向かった。すかさずダリルも追う。姫と賢者がその場に残されたが、姫の確保よりも魔法使いの殺害を優先させた賢者は、姫にこの場にて待つように言い置き、森へと駆け出した。
 その頃、森の中でアクアレードは舌打ちをしていた。ダリルが加速呪に慣れているせいか、距離が開かないのだ。大きく森を迂回し姫のいる城の方へ誘導しながら、アクアレードは無謀な策を取る決意を固めた。

「・・・そろそろ幕にするとしよう」

 そう、アクアレードがダリルに声をかけたのは、城からそれ程離れてはいない所にある、巨木の幹の所でだった。距離を置いてダリルも立ち止まるが、加速呪の効力がある以上、その距離は無いに等しい。

「ふん、観念したか・・・安心しろ、王国の大罪人とはいえ、苦しむ間も無く殺してやろう」
「・・・ありがたい申し出だが、まだ死ぬ気は無いのでな・・・代わりに貴様が死ね」
「ほざけっ!」

 そう吼えた瞬間、ダリルは常人には認識する事の出来ない程の速度で打ち込む。同じく加速呪で太刀筋を認識したアクアレードは、下から掬い上げるように魔剣を振るった。光の聖剣と漆黒の魔剣が激突し・・・魔剣が砕け散った。

「終わりだ、魔道士っ!」

 一回聖剣を引くと、アクアレードの腹部に向かって刺突を放った。魔剣も砕け、加速呪の効力も無くなったアクアレードは、それを避ける術は無く、背後の大木に縫い付けられた。

「がはっ」

 血と共に押し殺した悲鳴を吐き出したアクアレードは、それでも気丈に顔を上げた。体ごと聖剣を押し込むように、ダリルが意外な程近くにいる。これから殺す者の顔を忘れるまいと、アクアレードの顔を見詰めている。2人の視線が交錯する。それは、最後のチャンスだった。

「おれの勝ちだ・・・」
「な・・・がぁああああっ」

 アクアレードとダリルの視線が交錯した瞬間・・・ダリルが勝利を過信して絶対防御圏を解除した瞬間に、アクアレードは”夢魔の瞳”を発動させた。一瞬の内に、ダリルは最大限の快楽を流し込まれた。人間が耐えられるレベルを超越した快楽・・・それは苦痛と同義であった。ダリルの瞳が瞬時に裏返り、急激に加速した血圧が皮膚を破って血の雨を降らせる。

「くくく・・・油断大敵だな、ダリル・・・」

 体を激しく痙攣させているダリルを蹴飛ばし、アクアレードは前方に目を向けた。そこには、今やっと駆けつけた賢者が、惨状に身を震わせていた。

「・・・貴様・・・貴様っ!よくもダリルをっ!!貴様も死ねっ!」

 賢者の手に魔法の光が集い、炎と化した。そのままアクアレードに向けて、炎を打ち出す。腹部を貫通した聖剣に手を伸ばし、アクアレードは血にまみれた唇を嘲笑の形に歪めた。主のいない聖剣・・・そこに付与された絶対防御圏を発動させ、炎を打ち消す。

「貴様っ!・・・国宝たる聖剣までその手で汚すか!」
「・・・この手の武具に、聖も邪もあるものかよ・・・」
「黙れっ、この死に損ないがっ!」

 賢者は叫ぶと、アクアレードに向かって走り出した。魔法が通じない以上、アクアレードに刺さった宝剣を手にすれば勝てる、そう判断してのことだろう。しかし、それを許す程アクアレードはぬるくは無い。
 アクアレードが発動させた魔力を賢者が背後に感じて振り向いた時、賢者が見たものは、自分に振りかかる、漆黒の光を放つ魔力で構成された槍だった。

「ごばっ!」

 黒い槍は賢者を大地に縫い付け、漆黒の焔で賢者を焼き尽くした。後には塵一つ・・・まるで最初からそこには何も無かったかのように何も痕跡を残さず、消えた。

「その程度の力で魔法師団の長とは、笑わせてくれる・・・ぐっ・・・」
「アード様っ」

 姫がその場に辿り着いた時、アクアレードは激しく吐血していた。姫が近付くのを横目で見ながら、アクアレードは自分を縫い付けている宝剣を引き抜く。大木に血の跡を残しながら、立つ事も出来ず、座り込んだ。

「なぜ・・・なぜ、こんな事を・・・アード様・・・」
「ふ・・・チャンスだな、シャル・・・。このままおれを放置しておけば、間違い無く死ぬ・・・。おれがかけた・・・魔法も・・・解かれるはずだ・・・」
「私が・・・自由になれる、と?」
「ああ・・・。自由だ・・・。おれを傷付ける事は出来なくとも・・・見殺しには・・・出来るから・・・な・・・。魔力の枯渇した今は・・・治癒も・・・できん・・・」
「アード様を、見殺しに・・・」
「・・・シャルを汚した・・・悪の・・・魔法使いさ・・・。・・・は・・・」

 何を言おうとしたのか、そのままアクアレードは失血のあまり、意識を失った。後には、ほほを涙で濡らす姫が、ただ呆然と立ち尽くすのみだった。

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 あれは、いつの事だっただろう・・・。若輩もので下級貴族のぼくが、たまたまシャルロット姫様の家庭教師に抜擢されたのは?確か、シャルロット姫様が13歳、ぼくが18歳の頃だったと思う。その頃はまだ、『晶月の姫巫女』などとは呼ばれてなくて、皆が愛情を持って『姫様』と呼んでいた。ぼくは『姫様』に会って、初めて自分の全てをかけて守りたい相手を見つけたんだ。・・・わたくし、アード様が、だぁい好きです・・・そう言って微笑んでくれた姫様とぼくは、蜜月のような日々を過ごした。・・・あの運命の日まで・・・。

 アクアレードが目を覚ますと、そこは城の寝室だった。体には血に染まった包帯が巻かれており、治療の跡が見受けられた。大量失血で体はだるいが・・・魔力はだいぶ回復しているようだ。自動的に回復呪が機能し、肉が癒着していくのが体感できた。アクアレードが立ち上がると、ドアからシャルロット姫が入って来た。

「もう・・・回復されたのですか?」
「失った血はすぐには戻らんが、傷だけなら直すのは難しくは無い」
「そうですか・・・」
「・・・なぜ、見殺しにしなかった?」
「・・・話を・・・」
「話?」
「なぜ、こうなったのか、お話を伺っていませんから・・・」
「本当の事を話すとは限らんだろう?・・・それでもいいのか?」
「はい・・・。私が判断します」

 そう言いきる姫を眩しそうに見詰めながら、アクアレードはベッドに腰掛けた。そばにある椅子に、姫も座るよう勧める。

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・・・どこから話そうか・・・。そう・・・シャルが15歳の時に、北の蛮族の侵攻があった。数は20名ほどで、武装もたいした事がないと報告があって、王はおれに命じたのさ・・・姫が欲しければ、一人で蛮族を追い返すがいいと、な。
 おれの魔法を上手く使えばなんとかなる、そう思って旅立ってみれば、部隊の人員は50名で、おまけに呪術師が混じっているときた。何度も死にそうになりながら、なんとか侵攻を防いでやっと王城へ帰って来てみれば、今度は王と賢者に監禁されて、拷問を受けたのさ。
 やつらは笑いながら、下級貴族が分をわきまえないからこういう事になると、そう言っていた・・・。嵌められたんだよ、おれは・・・。シャルを溺愛する王にとっておれは、不愉快な存在そのものだったのさ。
 二目と見られぬ顔にされ、片目は潰され、歩くこともままならないおれを、王は城下に打ち捨てた。そして、この顔を見た国民は、恐怖にかられて石を投げておれを城下から追放した。王も、賢者も、民も、おれにとっては等しく敵だった。おれは、憎悪を糧に、”夢魔の瞳”を手に入れ、魔剣を入手し、体と魔力を鍛え・・・そして、復讐は成った。だが、シャルには罪は無い・・・だから、シャルにとっての今のおれは、悪の魔法使い・・・憎まれる存在でいいと思っていた。たとえ憎まれても、シャルが傍にいてくれればそれでいいと・・・。おれも、王と同じで我欲の強い罪人だよ・・・。

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 それは、姫にとって恐ろしい告白だった。父王も、アード様も、賢者様も、民も・・・そして自分自身も罪人であったのだ。自分の罪は、知らなかった事・・・。姫は皆を愛していたのに、皆も姫を愛してくれていたのに・・・そこには悲劇しか生まれなかった。『晶月の姫巫女』などと呼ばれて、その気になっていた自分が道化のようだった。
 アクアレードの話を、疑う気にはなれなかった。たったひとつ昔と変わっていない左の目が、昔と変わらない眼差しで姫を見詰めていたから。
 姫の心は、壊れる寸前まで追い詰められていた。自分で自分を傷付けることも出来ず、命を絶つことも出来ない。そして、罪悪感だけが膨らんで、復讐心は消え去ってしまった。俯いたままで震えていた姫は、アクアレードに目を合わせて言った。

「お願いです、アード様。”夢魔の瞳”で、私の記憶を・・・壊して下さい。私を、アード様に恋するただの・・・女の子にして欲しいのです」
「シャル・・・」
「そうでないと、私の心が壊れそうです。・・・私の全てを差し上げますから・・・どうか・・・」

 静かに囁き、涙を流す姫に、アクアレードは”夢魔の瞳”を向けた。光に包まれながら、シャルロット姫は微笑んだ。

─── 愛しています・・・。記憶をなくしても、心が壊れても・・・貴方のことを殺したいほど憎んでも・・・。アード様・・・

- Epilogue -

 森に囲まれたその土地に、美しい姫君と傷だらけの魔法使いが住む古城があるという。誰もが心を奪われずにはいられない程の美貌に、泣き止まない赤子でさえも微笑みを返すような、幸せそうに微笑む姫、その傍らには誰もが目を背けたくなるような、醜悪な傷痕を全身に刻まれた、けれど全てを包み込むように微笑む魔法使いがいた。
 もしも君がその2人を訪ねる機会があれば、ぜひとも立ち寄るべきだろう。そこで君は、心の底から温まるもてなしを受けるだろう。
 姫が、今は廃墟と成り果てたソーサリー王国の、『晶月の姫巫女』ではないかという噂がまことしやかに流れたこともあったが、それも今ではどうでも良い事だろう。静かに寄りそう2人にとっては・・・。
『そして、2人はいつまでも、いつまでも幸せに暮らしました』
 2人の元を訪ねた者はみな、2人のことを他の者に説明する時に、羨望と祈りをこめて、そう締めくくるそうだ。幸せよ、永遠であれ、と・・・。

< 終わり >

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