暗躍編(6)
「此処ね」
廉霞はとある町にある、空き家の前に立っていた。何やらおかしな連中が住み着いて、近隣の者に被害が出ている、警察の手にもおえないから何とかして欲しいという要請を受けての事である。
(確かに妖気を感じるけど・・・)
何故自分が選ばれたのか、それが分からない。
(只でさえ、何者かが来たというのに・・・)
廉霞は、置いて来た妹達が心配であった。二人の事を思うと、何やら胸騒ぎがする。
(早く帰りましょう)
そう決めると、霊気を解放した。空き家に何者がいようと、これで出て来る。不意に四つの人影が、前方に浮かび上がった。四人とも二十歳前後で、髪を茶色く染めていた。夏でもないのに、揃いも揃ってアロハシャツに短パンという出で立ちであった。
「おーいい女じゃねえか」
その内の一人が、口笛を吹いた。
「退魔士さんか?それにしちゃ、極上のねーちゃんだなあ」
「おい、ちったあ怖がれや。アンタは俺達にやられちゃうんだぜー?」
そう言って下品な笑みを浮かべる。
「綺麗な肌、傷つけられてーのか?え?ねーちゃんよお」
それから代わる代わる卑猥な言葉を掛けるが、廉霞は眉一つ動かさない。
「澄ましてんじゃねえぞ、コラアッ」
いきなり一人が激昂した。
「せっかく俺達が優しくしてやろうってのによおっ、気取ってんじゃねえぞ、ああ?」
今度は口汚く罵り始めた。
(感情が不安定・・・もしかしたら・・・)
廉霞にはある考えが浮かび上がった。
「後悔させてやルゼェーっ!」
語尾が乱れたかと思うと、その男の横から、太さ一センチくらいのミミズに似た生き物が見えた。
(あれは催淫蟲・・・!)
その姿を確認すると同時に、他の三人からも似た姿の催淫蟲が姿をみせた。
「やはり催淫師・・・」
それも催淫蟲に寄生されるという、最低ランクの連中であった。
「グケケケケケケ・・・オレタチヲシッテイルノカ・・・」
一匹がしゃべった。それと同時に、四人から発せられる妖気が急速に膨れ上がった。
(成る程・・・依頼が来るわけね)
廉霞はやっと納得がいった。流石の佐伯も、四人がかりでは少し辛いだろう。
「ギガガガガガガ・・・タップリカワイガッテヤルゾ?」
四人だからか、催淫師は余裕だった。じりじりと間合いを詰めていく。
「グケケケ・・・オレタチニカテルワケナイゾ?」
「モウアキラメテンダロ?」
「ホントハキタイシテンジャネエカ?」
「ソウゾウシテ、ヌレテルニチガイネエ」
四人と一人の差が後一メートル、というところで、廉霞はいきなり霊気を解放した。
「ガッ・・・」
無警戒で近づいたので、全員がまともに霊気にあてられ、吹き飛んだ。だが四人共、直ぐに立ち上がった。
「チョットキイタゾ・・・グケケケケ」
「レイキヲブンサンシナキャ、ジョウカデキタカモナ・・・ギガガガガ」
優位を確信したのか、不意討ちを食らったにも関わらず、誰も怒らなかった。それを見ていた廉霞は、溜め息をついた。
「やはり‘霊力’じゃ浄化は無理ですね」
それを四人は降参したと取った。
「オマエニカチメハナイ・・・」
「オトナシクヤラセロ・・・」
再び廉霞へと詰め寄っていく。
≪清涼なる風よ彼の地に集い、神の聖なる息吹と化せ≫
いきなり廉霞は詠唱に入った。
「ナ、ナンダ・・・?」
廉霞の周囲に、聖なる風が渦巻き始めたのである。それを敏感に感じ取った催淫師達は、戸惑って足を止めた。
「コ、コレハ・・・?」
「マサカ・・・ホウジュツ・・・カ?」
法術─妖術と対極をなし、邪なる力・存在を浄化する術である。
≪静謐を破りし彼の存在を浄化せよ≫
詠唱が終わると同時に、聖なる風が四人に襲いかかった。風は四人を包み込むと、人間の体内にも入る。内と外の両方から、催淫蟲の本体と寄生された体を浄化していった。
「グオオオオオ・・・オオオオ・・・オオ・・・オ・・・」
四匹の催淫蟲はあっさりと浄化されてしまい、失神している四人の男達の体は崩れ落ちた。だが、廉霞の表情は険しかった。
「結構やるな」
背後から男の声がしたが、廉霞は振り向かなかった。
「やっと出て来ましたね」
そう言われて、男は白い歯を見せた。
「へえ・・・何時から気が付いていたんだい?」
どこか楽しそうな声であった。
「最初から」
そこで初めて、廉霞は後ろを向いた。立っていたのは、夜なのにサングラスを掛けた、モヒカン頭の男であった。
「そいつは凄い。俺に気付いてのに、あんな大技を使ったのか」
男は肩を竦めた。
「嘗めてんじゃねえよ?」
語気が変わると、男の妖気が倍に膨れ上がった。
「嘗めてなどいません・・・只急いでいるだけです」
廉霞はそう言って、手に持っていた剣を抜いた。
「・・・!!」
剣そのものから、強烈な霊気が放たれる。
「この感じ・・・まさか・・・それは退魔剣か・・・?」
それに考えが及ぶと、男の首に冷たい汗が一筋流れた。それ自体が霊気を宿し、手にした人間の力を大幅に増幅させる剣。対妖魔用の切り札として、古くから存在する武器であった。
「貴方があの四人を操っていたのでしょう?催淫蟲を寄生させて・・・」
対照的に、廉霞は冷静そのものであった。
「くっ・・・」
男は退魔剣によって増幅された、廉霞の霊気に気圧されていた。
「なれば容赦する必要はないでしょう・・・」
廉霞は自分の霊気を、退魔剣へと込める。そして自分の頭上までもってくると、素早く振り下ろした。青白い光の奔流が、男へと襲い掛かった。
「ぐわああああああああああ」
それをまともに食らった男は、焼死体のような姿となって地面に転がった。廉霞は男の死体に見向きもせず、その場を後にした。
「廉霞姉様遅いねー」
「そうね」
昼下がり、佳純と清華は神社の階段で、姉の廉霞の帰りを待っていた。
「早く帰って来れば、私も啓人様にご褒美がもらえるのに」
佳純は少しむくれていた。それを見て、清華がからかった。
「佳純ってそればっかじゃない」
「う・・・」
佳純が言葉に詰まるのを見て、清華はくすくすと笑う。
「な、何よぉ・・・清華だって潔癖症じゃなくなったクセに」
「あ・・・そ、それは・・・」
佳純の反撃が見事に決まり、今度は清華が口篭もった。清華は、啓人の一言で、潔癖である事を放棄したのである。
「あ、廉霞姉様よ!」
清華が指した方向から、二人が見慣れた女性が歩いて来た。
「本当だっ!」
佳純は嬉しそうに立ち上がった。
「それどういう意味よ!」
清華も立ち上がって、佳純を睨んだ。佳純はそれを無視し、女性に手を振った。
「廉霞姉様~!お帰りなさ~い!」
あどけなさの残る、佳純の声が廉霞に届くと、彼女の顔に自然と笑みが浮かんだ。
(無事だったみたい・・・)
階段を駆け下りて来た二人を見て、廉霞は胸を撫で下ろした。
「ただいま。何か変わった事はなかった?」
そう尋ねながら、二人の頭を代わる代わる撫でた。すると二人は、顔を見合わせた。
「変わった事って、あの事かなぁ?」
「他に特になかったしね」
(あの事・・・?)
二人に変わった様子はないので、廉霞も何の事か想像出来ない。
「でも廉霞姉様も喜ぶよね?」
「うん、そうだよね」
二人共、にこにこしている。
(誰かが敵を倒したのかしら・・・?)
他に自分が喜ぶ事など、考えられない。
「だからねー、こっちに来て」
二人はそれぞれ廉霞の手を取り、階段を上り始めた。
「ちょっと二人共・・・」
廉霞は抗議したが全く相手にされず、引きずられるようにして階段を上っていった。上りきると二人は手を離し、前方へ駆け出した。
「佳純っ!清華っ!?」
廉霞には何がなんだか分からない。分かるのは、二人の他に一人の男がいるという事だけであった。
「その人は・・・?」
何か、嫌な予感がした。
「啓人様だよー」
「私達の大切な人なの」
満面の笑みを浮かべて答える二人を見て、廉霞は目の前が真っ暗になった。
(お、遅かった・・・)
しかし、それも一瞬の事であった。
(この男を倒せば、二人はきっと助かる)
そう気を取り直すと、湯飲みを持っている啓人を睨みつけた。その様子を見ていた啓人が、不意に口を開いた。
「見事なものだな」
「・・・え?」
思いがけない言葉をぼそっと言われ、廉霞は戸惑いを隠し切れなかった。
「切り換えの早さだよ」
そう言ってお茶を啜る。その動作に、緊張感の欠片もない。
「でも、止めといた方が良いぞ」
そう言いつつ、もう一啜りした。
(確かに今戦えば、佳純と清華が・・・)
だが、その余裕たっぷりの様子が、廉霞の癇に障る。
「二人を楯にする気ですか?」
睨みつけながら、皮肉たっぷりに言った。
「ああ」
啓人はあっさりと首を縦に振った。流石の廉霞も、これには絶句してしまった。
「それじゃあ始めよう」
啓人がゆっくりと妖気を解放すると、それに伴って霧が発生した。
(霧・・・?)
廉霞は霊気を、漂い始めた霧に向けて放った。廉霞の放った霊気と霧が接触すると、軽く光を発して互いを打ち消し合った。
「今のは浄化・・・?やはりこの霧は・・・」
「その通り。俺の妖気で作ったやつさ」
啓人は廉霞の出した結論を、これまたあっさりと肯定した。そのやりとりの最中でも、二つの気は相殺し合っていた。
「流石に簡単にいかないか・・・佳純、清華」
啓人が呼び掛けると、二人は嬉しそうな顔をして廉霞に向かって歩き出した。
「佳純、清華・・・」
そう呼び掛けても、二人の歩みは止まらない。
「廉霞姉様、気持ち良い事しようね」
そう言って無邪気に笑う顔が、廉霞の胸を締め付ける。啓人へ攻撃しようにも、二人が攻撃ルートを完全に遮っていた。
「姉様は確か、彼氏いなかったよね?」
「いっつも私達の事を、考えてばかりだったもんねぇ・・・」
そう言って二人は、にじり寄って来る。それに対して廉霞は観念したのか、何もせずその場に立った。
「ちゃんと気持ち良くしてあげるからね」
「啓人様に教えてもらったから大丈夫だよぉ・・・?」
清華が廉霞の右腕、佳純が左腕を抑え込んだ。そして、霧が三人を包んでいく。
「これ、この霧だよぉ・・・」
佳純が嬉しそうな声を出し、廉霞に頬擦りをした。
「これが気持ち良いのよ」
清華はそう言うと、霧を口に含み、廉霞の頬に口づけをした。
「う・・・」
頬から全身へ、快感が走った。
「ね?良いでしょう?」
清華は妖しく微笑んで、廉霞を見た。
「意地張ってないで・・・ね?」
佳純の手が胸に、清華の手が股間に伸びてくる。
「うんっ・・・」
廉霞の口から、微かに声がもれる。衣服の上からだというのに、自分でした時以上の快感が伝わってきた。
(ふ、二人共・・・)
慣れた手つきで、廉霞に快感を送ってくる。
「ねえ気持ち良い?」
二人はたまにそんな事を訊いてくる。それはどう見ても、姉を喜ばせようとする妹の姿であった。
「うっ・・・く・・・」
声を出すまいと、歯を食いしばるが、どうしても声に出てしまう。
「ねえ、姉様」
不意に二人が手を止めた。
「そんなに我慢したら良くないよ?」
「そうそう、声に出したって減らないから」
二人は廉霞の脇を、同時にくすぐり始めた。
「うっ・・・くうっ」
何とか、笑い出すのは耐える。
「だからぁ、我慢しちゃダメなのぉ」
佳純はじれったそうに、再び廉霞の股間へ手を伸ばした。
「姉様も素直になって!」
清華は胸へ手を伸ばす。
「うっ・・・」
異なる刺激が、廉霞を襲い始めた。二人は片方がくすぐると、片方が快感を送り込み始めるという、役割分担をして廉霞を責める。
「くっ・・・は・・・あ・・・」
二人の息の合った責めに、流石に耐え切れなくなったのか、廉霞は声を上げ始めた。
「やっと素直になったねぇ」
「私達、頑張るからね」
二人は嬉しくなり、張り切って責め始めた。
「うっ・・・あっ・・・」
「んふっ・・・」
「んうっ・・・」
三人は三様の声を出し、その周りを濃い霧が覆い始めた。
霧に包まれ、姿が見えなくなっていく三人を見ながら、啓人はお茶を啜っていた。
「んっ・・・あっ・・・」
微かではあるが、廉霞の喘ぎ声が聞こえてくる。
(思ったより簡単に堕ちそうだな・・・)
啓人は二人に任せ、一度奥へ行こうと身を翻した。
(動いた!)
研ぎ澄ませていた感覚が、敵の移動を告げると、廉霞は行動を開始した。
(二人共、ごめんね)
自分を気持ち良くしようと、一生懸命になっている妹達に、それぞれ当て身を食らわせた。
「!!」
二人は声を立てる事さえなく、気絶してしまった。
(次はこの霧ね)
自分の霊気によって、霧が体に触れるのを防いでいるが、清華が触れさせた霧は、今も体を疼かせていた。
(触れずに浄化するしかない・・・)
背中にしまっておいた、退魔剣を鞘から抜いた。霊気を込めると、一回転し、三百六十度に霊気を放った。
「うん?」
後方から霊気が急激に高まるのを感じ、啓人は振り向いた。その次の瞬間、青白い光が辺りを覆い尽くした。
「へえ・・・」
そう呟きながら、啓人はお茶を啜った。光が消えると、廉霞が刃渡り二十センチ程の剣を持って立っている姿と、佳純と清華が地面に倒れているの姿が見えた。
「二対一なら、何とかなるかもって思ったんだがな・・・」
そう言う啓人に、失望した様子は見えなかった。
「私の事を甘く見過ぎていたようですね・・・これでもう二人を楯に使う事は出来ませんよ?」
廉霞の声は、不自然に低かった。怒りを押し殺している為である。
「う~ん・・・俺はまだ、ほとんどお茶を飲んでないんだけどなぁ・・・」
どこか残念そうに言いつつ、啓人は近寄って来る。
「っ・・・・・・・」
廉霞は怒鳴りつけたくなったのを、辛うじて抑えると、退魔剣を構えた。それを見た啓人は、意外そうな顔つきになった。
「お前が持ってるのは、退魔剣か?珍しいモノを持ってるな」
相変わらず、呑気な声であった。
「随分と余裕なんですね・・・」
≪魔を退けし剣よ、我が力を宿せ≫
廉霞は詠唱と同時に霊気を込めると、上から下に振り下ろした。強烈な霊気の刃が、地面を抉りながら、啓人へと襲い掛かる。
「おっと」
至近距離から放たれた、地面を抉りながら襲って来た一撃を、啓人は真横へと避けた。それを見た廉霞は、啓人の足元へ向けて次の一撃を繰り出した。
「無暗に撃てば良いってものじゃないぞ?」
啓人は跳んでそれを避けながら、余裕たっぷりに言った。だが次の瞬間、廉霞の霊気が数倍に膨れ上がった。
「っ!!」
流石に驚いた啓人に、廉霞は言い放った。
「無暗に避ければ良いってものではないですよ?」
滞空中の啓人へ向け、剣を振り下ろした。今までとは比べ物にならない、突風のような一撃が啓人へ放たれる。
(勝った・・・!)
至近距離からの一撃。油断をしていた啓人には、さっきの攻撃を避ける事は勿論、防ぐ事も出来なかった筈である。
「後は二人・・・いえ、皆を助けるだけ・・・」
廉霞はそう呟き、振り返った。
「確かに良い攻撃だったな」
「なっ・・・!」
廉霞は愕然として、声が聞こえた方を振り向いた。そこには湯飲みを持った、無傷の啓人が立っていた。
(そ・・・そんな馬鹿な・・・・・・)
茫然と立ちつくす廉霞に対し、啓人は笑みを浮かべていた。
「今のは流石に驚いたよ。お茶をこぼしそうになったしな」
「・・・瞬間移動(テレポート)?いえ違う・・・」
自分の推測を直ぐに打ち消した。所謂‘能力’を使えば、当然気を感じる筈である。
(でもそれは全然感じなかった・・・)
避けられた事以上に、どうやって避けたのか。廉霞はどうしても納得出来なかった。硬直したままの廉霞を見て、啓人はやや呆れた。
「おいおい、随分と隙だらけなんだな。今のは只の空中移動だよ」
(空中移動・・・?)
啓人の言葉は、余計に混乱させた。
「おい、ボーッとしている暇はないぞ?」
その言葉で我に返った廉霞は、慌てて退魔剣を構えた。それを見た啓人は、笑みを浮かべて近づいていく。あまりにも不敵なその行動に、廉霞は一瞬呆気に取られたが、直ぐに柄を握り直した。
(迂闊に攻撃出来ない・・・)
さっきの攻撃で、その事は十分に分かった。だが啓人は、お茶を啜りながら、あまりにも無防備に近づいて来る。どんな攻撃も絶対に避ける自信があるからなのか。
(違う・・・これは誘いね)
攻撃を仕掛ける時に出来る隙・・・啓人はそれを狙っていると判断した。それでもどうしようもなかった。ギリギリの距離で廉霞は、再び剣に霊気を込め、右から左へと薙ぎ払った。それに対して啓人は、何と廉霞の右手の方へと回避した。それなのに、廉霞の攻撃は当たらなかった。
(え?)
攻撃が透き通ったとしか思えない、あまりにも信じ難い光景に、廉霞は愕然とした。その次の瞬間、啓人が放った妖気が、廉霞の腹部を捉えた。
「うくっ・・・」
衝撃はあまりなかったが、痛さに廉霞の足はふらついた。それでもなんとか踏みとどまると、啓人の方を見た。
「この程度では・・・私は倒れませんよ・・・」
そうは言っても、美しい顔は苦痛に歪んでいる。左手で、腹部を抑え、剣は右手だけで持っていた。
(でも何故・・・何故私の攻撃が当たらないの・・・?)
啓人が特別な事をしているとは、到底思えなかった。攻撃が当たらない以上、廉霞に勝ち目はない。
「もう気は済んだか?」
お茶をまだすすりながら言う啓人は、全くのマイペースであった。
「誰が・・・!」
廉霞は剣をまた構え直した。そんな様子を見て、啓人は大げさに溜め息をついた。
「やれやれ・・・ここまでくれば、勝ち目がない事くらい分かりそうなものだが。それとも・・・」
ここで初めて啓人の目が変わった。
「退魔剣がお前を諦めさせないのかな?・・・だとすれば・・・」
啓人はお茶を一気に飲み干した。
「お前の希望を全て取り去ってやろう」
そう宣言すると、空になった湯飲みを投げ捨てた。湯飲みが音を立てて壊れると、啓人はゆっくりと妖気を漂わせながら、廉霞の方へと歩き出した。啓人はギリギリで立ち止まり、両腕を広げた。
「ほら、攻撃して来いよ」
廉霞は剣を啓人の目線にまで上げると、込めていた霊気を解放した。
「く・・・」
解放された霊気は、目晦ましとなり、啓人の視界を奪った。
「油断大敵ですよ」
そう言って、霊気の波動を限界まで弱めると、直接啓人へ斬りつけた。解放した霊気の余韻が残り、それに微量の霊気や殺気を紛れ込ませ、おまけに視覚も奪った。
(これなら避ける事はおろか、攻撃を察知する事さえ出来ない筈)
そう確信した、次の瞬間。啓人の左手に、剣は止められていた。
「なっ・・・!?」
霊気と妖気の反発作用により、剣はバチバチと音を立てている。
「油断したのはお前だろ」
そう言った啓人の目は、閉じられていた。
「ど、どうして・・・どうして今のが・・・?」
廉霞の声は、呻きに近かった。
「ま、お前達とは鍛え方が違うって事だな」
そう言って目を開けると、啓人の妖気が高まり、ビキッという音が廉霞の耳に届いた。
「な・・・?」
最早廉霞には、声を出す事さえ困難になった。ビキッ、ビキビキッと剣にヒビが入ったかと思うと、次の瞬間剣は粉々に砕けてしまった。
「そんな馬鹿な・・・た、退魔剣が・・・」
廉霞は半ば放心状態に陥った。
「大した代物じゃなかったらしいな」
それが啓人の感想であった。
「くっ・・・」
廉霞は数歩後ずさった。その目に、光は消えていなかった。
「まだ諦める気はないらしいな」
啓人が指をパチンと鳴らすと、廉霞はいきなり快感に襲われた。
「あっ・・・うっ・・・う・・・」
廉霞は突然の事に戸惑い、快感が走った腹部を手で押えたが、それで快感が止まる筈もなかった。
「あうっ・・・ん・・・くっ・・・」
(これは・・・さっき受けた妖気・・・?)
原因は分かっても、どうしようもなかった。
「あっ・・・うんっ・・・は・・・・」
快感が全身へ伝わり、立っている事が困難になる。
「うっ・・・あ・・・あぁ・・・・はぁ・・・」
廉霞の唇が開き、涎が零れた。それを追うかのように、廉霞は尻餅をついた。
「ふうっ・・・んんっ・・・く・・・あ・・・」
今や廉霞の敵は、啓人ではなく、体を支配しようとしている快感であった。
「気持ち良くしてやろうか?」
その問いには首を振り、質問者を睨みつけた。
(負けない・・・う・・・んっ・・・絶対に・・・んっ・・・)
地面を掴んだ右手は、深くめり込んで血が滲み始めた。
(私が負けるわけには・・・うんっ・・・あっ・・・)
右手から感じていた痛みも、快感に変わった。
「あうんっ・・・くっ・・・あ・・・ああんっ・・・」
右手も、腹部へともって来た。痛みも快感に変わった以上、逆効果になるからである。
「まだ耐える気か・・・。人形達、いい加減に起きろ」
(うっ・・・くっ・・・人形・・・?あっ・・・)
疑問が浮かんだ直後、ふらりと二つの人影が視界に入った。
(き、清華・・・佳純・・・)
妹達には、表情というものがなかった。目も虚ろで、人形という言葉がふさわしい。二人は音もなく近づいてくると、廉霞の服を脱がせようとする。
「あっ・・・だめ・・あっ、ああっ」
抵抗しようとした瞬間、さっきまでの数倍の快感に襲われた。結局、あっさりと全裸にされてしまった。
「へえ・・・」
巫女服を着ていた時からは、想像も出来ない姿に、啓人も思わず声をもらした。透き通るように白く滑らかな肌はともかく、Dカップはありそうな豊かな胸にくびれた腰、扇情的に張り出した尻・・・廉霞を知る男の妄想さえ、及ばないであろう抜群の肉体であった。
(着痩せするタイプか?)
啓人が結構本気で思った程、その体は素晴らしかった。
「あ・・・う・・・ん・・・」
何とも言えない、それでいて色っぽい声であった。羞恥の為か、それとも快感によるのか、頬もすっかり赤くなっていた。
「ああっ・・・」
不意に廉霞は仰け反った。素早く服を脱いだ二人が、同時に襲い掛かったのである。佳純は右胸、清華は左胸を舐め始める。
「ああっ・・・んんっ・・・くふっ・・・んっ・・・」
廉霞は声を本気で出し始めた。
(あ、頭が、体が痺れる・・・)
信じられない程の快感が、妹達による全てを知り尽くしたかのような愛撫が、廉霞から理性を奪おうとしていた。
「あうんっ・・・んあっ・・・ああんっ・・・」
廉霞の手は、しがみつくように二人を掴んでいた。
(も、もう・・・どうでも・・・・・・)
そこまできて、二人から送られる快感は弱くなった。
「あうっ・・・ど、どうして・・・」
一応快感は送られてくるのだが、その程度ではもう満足出来なくなっている。体をくねらせ、二人の虚ろな顔を、縋るように見た。
「無駄だよ」
そう声を掛けられ、廉霞はやっと啓人の方を向いた。
「今の二人は俺の言う事しか聞かない」
そう言われて、改めて二人を見た後、意を決したように啓人を見た。
「お、お願いします・・・イカせて下さい・・・」
切羽詰まった声で、哀願する。それに対して、啓人は驚いた顔をしてみせた。
「良いのか?真っ昼間から、妹に嬲られて悦んでいて」
その言葉に廉霞は、真っ赤になって俯いてしまった。
「そ、それはその・・・」
「良くないのにしてるのか?」
啓人は意地悪く言うと、佳純に手招きした。佳純は、愛撫を止めて啓人の下へ行った。
「あ・・・・・・」
廉霞からは、名残惜しそうな声がもれる。それを聞き逃がさなかった啓人は、ニヤリと笑うといきなり佳純へ挿入した。
「あううん・・・」
佳純は悦びながら、啓人へとしがみついた。佳純の腰と尻に手を当てると、啓人は動き始めた。
「あうっ・・・はあっ・・・んくっ・・・んああっ・・・」
クチュクチュと音と、佳純の喘ぎ声だけが聞こえる。廉霞はそれを食い入るようにして見つめていた。
「お前もこうやってイクんだ」
啓人は動きながら、廉霞の方を見た。
「・・・だ、誰が・・・ん・・・」
反射的に拒否しようとしていた。廉霞の頭は、まだ啓人は敵だと認識していた。
「清華」
名前を呼ばれると、清華は廉霞の股間に顔を埋めた。
「はうっ!ああっ・・・」
クリトリスを舐められ、廉霞は反応した。
「巫女なら、十八の時に処女を捨てた筈だが・・・男が怖いか?」
快感に溺れそうなのに、不思議とその言葉は廉霞の耳に届いた。
「そんな事んあっ、ああっ・・・ないんんっ・・・」
否定した直後、清華の白く細い指が入って来た。
「あうう・・・」
廉霞が悦んだ途端、それは抜かれた。
「あ・・う・・・ん・・・」
焦れたように、清華に手を伸ばすが、清華は廉霞から離れた。
「ああ・・・うんっ・・・啓人様ぁ・・・」
廉霞からは結合部がよく見えるように、啓人は佳純を突いていた。
「別に欲望に従っても良いだろう?皆がそうだからっていう考えの方が、おかしいんだ」
啓人達の行為に目を奪われた廉霞に、啓人の言葉が入り込んでいく。
「少数派は常に抹殺されてきた。先住民族を追い出し、自分達と違う者達を異端者として迫害する・・・そのどこが正しい?誰もしないから誤りだと、断定する方がおかしいだろう。欲望に溺れて、どうして悪いんだ?」
(あっ・・・うんっ・・・はあ・・・・欲望に溺れて・・・悪くない・・・の・・・?)
廉霞の手は、股間へと伸びる。
「あんっ・・・あうんっ・・・はあっ・・・」
タガが外れたように、自分を慰め始める。
「自分が今まで信じてきた事が、本当に正しいか断言できるか?」
快感に浸り切っている筈なのに、その言葉は何故かはっきりと聞こえる。
(で、出来ない・・・そんな事・・・あんっ・・・)
「誰かを守る必要なんてない・・・自分の身は自分で守らなければならない・・・それが嫌な誰かが、守ってくれと言い出したんだ・・・」
(ああっ・・・誰かを守る必要・・・はないの・・・?・・・あんっ・・・でも・・・うんっ・・・守りたい・・・っはあっ・・・)
廉霞の手が止まる事はない。その顔は、完全に蕩けきっていた。
「守りたいと思う人間はいるだろう・・・」
まるで廉霞の心理を見透かしたかのような、啓人の言葉。
「だがそれを押し付けてはいけない」
(・・・んっ・・・押し付ける・・・?)
「相手がそれを願っているか、よく考える必要がある・・・相手の気持ちを尊重してこそ、守るという事だ・・・」
(はあんっ・・・相手の・・・んんっ気持ち・・・あうっ・・・尊重・・・する・・・んくっ・・・)
パチンという音が聞こえると、清華が覗き込んできた。
「姉様?」
「あんっ・・・くふっ・・・清華・・・貴女・・・どうしたい・・・?」
質問しながらも、手は止めていない。ましてこんな訊き方では、返事のしようがないのだが、清華はニッコリと笑った。
「勿論・・・啓人様にご奉仕するの・・・姉様もね?」
(ああ・・・んっ・・・守られる事を・・・くうっ・・・助けられる事を・・・望んでいない・・・?・・・はあんっ・・・)
操られているのだから、当然なのだが、そこまで頭が回らなかった。
「姉様も、正直になって・・・啓人様に仕えれば、もっと気持ち良いよ・・・」
それはまるで、悪魔の誘惑であった。
(私も・・・正直に・・・もっと・・・気持ち良く・・・あああ・・・・)
「イ、イク・・・」
決して大きくはない、むしろ小さな声であった。それでも廉霞の耳には、佳純の声は聞こえた。
(わ・・・私は・・・)
二人を守る必要も、羞恥に捉われる必要もない。そして、使命などにこだわる必要も・・・。
「ああぁ・・・」
体が、快感を求めていた。
「どうする・・・?」
(ほ、欲しい・・・私・・・も・・・気持ち良くして欲しい・・・)
自分の事だけを考えて良いのなら。
「私も気持ち良くして下さい・・・啓人様」
自然と口が動いた。
「何故俺が?」
そんな意地の悪い問いに、少し怯みながらも口を開く。
「私は・・・啓人様のしもべです・・・どんな事でもしますから・・・」
少しだけ、声は震えた。啓人は答える代わりに、廉霞へ挿入した。
「ああ・・・」
願いが叶い、廉霞は幸せそうな声を出した。
深夜、啓人は廉霞・清華・佳純を連れて、退魔士協会へ向かった。
「集会所は此処だな・・・」
あるビルの前に、四人は立っていた。
「はいそうです」
答えたのは、廉霞であった。
(確かに霊気は感じるが・・・)
そこははっきり言って、オンボロであった。とても今をときめく退魔士達の集会所には見えない。
(灯台下暗しでも狙ったのか?)
皮肉な事を考えながら、啓人は中へ入っていく。質問をする事もなく、五階へ行き、とある扉の前で立ち止まった。
「此処がその部屋だな?」
「は、はい・・・」
何の躊躇もなかった事に、廉霞達の方が驚いた。
「どうして此処が分かったのです?」
その問いに、啓人はふっと笑った。
「霊気の隠し方が甘い・・・それにこいつも居たしな」
啓人がある方向を指すと、そこから一人の女性─千鶴が現れた。
(な・・・気配は全くなかったのに・・・)
三人共、驚きを隠す事は出来なかった。
「自己紹介なら後でやれ」
四人に・・・と言うより、千鶴以外の三人に釘をさした。
(あら・・・?この人・・・佳純と清華の‘人形状態’みたい・・・)
廉霞は千鶴を見て、そう感じた。
(違うのは、目に力があるって事かしら・・・)
「行くぞ」
啓人はノックもせず、扉を蹴破った。
「な、何事だ・・・?」
中からざわめきが聞こえた。
「これで全部だろう」
啓人はそう判断した。
「だ、誰だ貴様はっ!?」
中央にいた人間が、代表して尋ねた。
「それにどうして栗橋達が・・・?」
「やれ」
回答代わりの啓人の指示で、四人が襲い掛かる。
「なっ・・・?」
不意を討たれ、退魔士達の反応が遅れる。
「がはっ」
「ぐっ」
「ぐふっ」
「うげっ」
「・・・おい」
啓人が思わず突っ込んだ程、退魔士達はあっさりとやられていく。
「いくら何でも弱過ぎないか?」
開いた口が塞がらないというのは、この事であろう。実際、退魔士達はあまりにも弱過ぎた。
「精鋭は既に倒されてますから」
あっさりと元仲間を倒した廉霞が答える。
「精鋭ってあいつ等か・・・?」
啓人が言っているのは、佐伯や白笠達の事である。啓人が何を言いたいかを察した廉霞は、思わず苦笑した。
「そうです」
啓人は思いっ切り溜め息をついた。
「がっ」
「うっ」
他の三人も残りを倒してしまった。かくして実にあっさりと、雨桶市協会は壊滅してしまった。
(ちょっと待てよ・・・)
一人だけ、不完全燃焼の人間を残して・・・。
< 続く >