指と玩具 第七話

第七話

 ・・・・・・・・・・・・何だ?
 妙な視線を感じる。

 俺は眠気眼で毛布から顔を出し、辺りを見回す。
「・・・・・うおっ!!?」

 ベッドの上・・・ちょうど俺の足元の方からじっと俺を見つめている里香。
「・・・・な、なんだ・・?」
「なんでも・・・ありません・・」
 パジャマ姿のまま膨れっ面で、ボソリと呟く里香。
(なんでもないわけがあるか・・・)

「電気くらいつけたらどうだ?」
「御主人様が眩しいのではないかと思って・・・」
「そ、そうか・・・。もう起きたから点けてもいいぞ?」
「別に・・・いいです・・・・」

 実を言うと、里香の機嫌が悪い理由は分かっているのだ。
 まぁ率直に言うと・・・・・・寂しいのだ。

(ここ何日か、里香を抱いてやらんかったからな・・・)
 というより例の食事も取らせてないし、風呂に一緒に入ることも無かった。
 他の女のことで忙しいことに、里香なりに何か感じることもあるんだろう。

 ぼりぼりと頭を掻き、溜息をつくと俺は里香に尋ねる。
「今・・・何時だ・・・・?」
「午前3時17分46秒です・・・・・52秒です・・・・57秒です・・・18分3秒です・・・6秒」
 ぶすっとしながら里香がぶっきらぼうに時を刻む。
「分かった分かった分かったっ!!もういい!!」

「・・・はぁ・・・今日の夜に客を一人呼ぶから、腕によりをかけて”うまい飯”を作ってくれ。
それが終わったら思う存分抱いてやる」
 抱いてやるという言葉を聞いて少しだけ微笑を浮かべる。

 ・・・普段は理知的なのだが、変な所で里香は子供っぽい。
 それと俺もまだまだ甘いな・・・。

「俺は少し疲れている。とりあえず今は一緒に寝ることくらいで許せ」
 そう言って俺は少し横に移動する。
「は、はい・・・・・・・」
 おずおずと毛布に入り込み、俺の胸元に納まる里香。

 俺の胸元に顔を擦り付けるその顔は、本当に幸せそうだった。

 朝、俺は相変わらず里香と一緒に電車に乗り込む。
 ―――当然電車の中はがら空きだ。

「里香、今日は何時ごろに家に帰っている?」
「今日は・・・・何もなければ5時には家にいるはずです」
「5時か・・・・・・分かった」
 ふと、窓から電車の外を眺めると妙な光景が一角に見えた。

「どうしたんですか・・・?」
「いや・・・里香、あれは何だと思う?」
 奇妙な光景・・というかそれを作り出すものを指差す。

「・・・・新聞配達なのでは・・・?」
 それは二ノ宮金次郎のように背中に新聞が入っていると思われる、
 小さな自分の体より二周りも大きい物を担ぐ人物。
 ・・・・青い上下のダサいジャージを着て。

「しかし、ビン牛乳なんかも持ってるぞ?」
「牛乳も配っているのではないでしょうか・・?」
「いや、しかしこの時代に”あれ”はないだろう・・・?」

「顔が良く見えんな・・・」
 やがて電車からその人物が見えなくなる一瞬にちらりと顔が見える。

(ん?あれは・・・うちのクラスの・・花草 燕か?)

ー花草 燕ー
 女は平均すると皆、背が小さいのだが燕はその中でも目立って小さい。
 髪の毛は後ろ髪を二つに縛って結んでいる。
 向日葵の髪留めで髪を結んでいることが、より幼さを感じさせる。

 イメージは・・・・ウサギや小犬などの小動物といった感じか。
 性格は明るく、演じず、飾らず、純真といったところだ。
 なんでもクラスのマスコットキャラなのらしいが、正直納得がいく。

 あと、一つ気になることは、よく遅刻し、すぐに下校してしまうということだ。
 それと、ここ最近成績のほうも落ちているらしい。

(・・あの体であんなものを持つとは・・・・ものすごいガッツだ・・)
 それもあんなにダサいジャージで。

「どうかしましたか?ご主人様」
「いや、なんでもないさ」
 ぷしゅーという音がし電車の扉が開く。
 俺は立ち上がり里香の胸を強く握ってやると、そのまま電車を降りる。

「今日は・・・・どうするかな・・・」
 放課後はとりあえずあずさとの約束があるから、使えないといっても良いだろう。
 自由に行動できるのは今と昼休みだけか・・・。
 まったく、これだけで一日が終わってしまうなんてぞっとするな。

「まぁいい。ゆっくり堕としてやるさ」
 学園の門をくぐりながら俺はくくっと笑うと、陸上用グラウンドへと移動する。

 砲丸を投げるもの。トラックを走るもの。円盤を投げるもの。それらの記録をとるもの。
 何の変哲もない陸上部の練習光景。
 その中で一人だけ、友美の様子がおかしい。
 記録を取りながらも、顔が赤く少しもじもじしている。

 おそらく今も秋穂に躾けられているのだろう。

 しばらく友美の様子を観察していると、
 俺が来てから秋穂が陸上用グラウンドを三周ほど廻ったとき異変が生じた。
 息を荒げ、その場に崩れ落ちる友美。
 俺や秋穂は理由が分かっているのだが、他の陸上部のメンバーはまだ友美がおとなしいやつと思っているはずだ。
 友美は外見は病弱なイメージも”ないことはないので”心配になったメンバーがどんどんと友美の周りに集まる。

 やがて秋穂が肩を貸すようにして俺のほうへと近づいてくる。
 その後ろでは何事も無かったようにまた練習が始められる。

(少し場所を変えるか・・・)

「秋穂」
 陸上用グラウンドから少し離れたところで俺は秋穂を呼び止める。

「・・・あ。御主人様ぁ」
 秋穂は俺の姿を認識すると、友美をその場へ置いてすぐさま俺の元へ嬉しそうに駆け寄ってくる。

「あいつはどうした?」
「おもちゃが気に入っているんです。離そうもしないんですよ?ふふ」

(・・・やっぱりそういうことか・・)
「この前の体育倉庫に移動するぞ。友美も一緒に連れて来い」
「・・・はい」
「ああ、おもちゃは一時抜いてやれ」
「・・・はい」

 そのまま三人で体育倉庫まで移動し、中に入るとすぐに俺はマットの上へ移動する。
(はは。きちんと染みが出来てるな)
 他にもいろんな染みが増えているがそれは気にしないことにする。

「友美。こっちへ来い」
「・・何であんたの言うことを・・・聞かなきゃなんないのよっ!!」
「おいおい、さっきまでとずいぶん違うじゃないか?」
「うるさいっ!!」
 顔を真っ赤にして俺をにらみつける友美。

「どうしたの友美?行きなさい」
 今度は”秋穂”が友美に命令する。
「でも・・・・秋穂様ぁ・・・・」
 秋穂は友美の股に手を伸ばすと刺激し始める。

「私の言うことが聞けないの?」
「んぁ・・・ん、ごめんなさい・・・・ああ止めないで下さい・・」
 切なげに身をよじらせる友美。

「だったら・・・・分かってるわね?」
「・・・ぅ・・・・・・はい・・・」
 泣きそうになりながら俺の元へ移動してくる友美。
 そして秋穂も一緒に俺の元へと移動してくる。

「秋穂。お前はそこにいろ」
「・・・・えっ・・・?」

 俺の言葉に戸惑う秋穂。
(くく・・・それでいい)
 この”遊び”では俺は秋穂とやるつもりは全くない。
 やるのはあくまで友美のみだ。

「さぁ、俺のモノを出せ」
「・・・ひぐっ・・・・ぅ・・・・」
 やっと友美にも逆っても無駄ということが、逆らえないということ分かってきたようだ。
 見事に情けない顔になっている。

「早く・・・しなさい・・・」
 秋穂が”少し苛立った声”で命令する。
 実にいい調子だ。
 自分は無視され、自分の奴隷だけが相手をしてもらう。
 ――実に腹立たしいことだろう。

 秋穂の命令で友美がしぶしぶ俺のモノを取り出す。
「出した・・・わよ・・・」
「じゃあ、すぐに御主人様に奉仕でしょう?」
「・・・・・ぅ・・・・・はい・・・」

 泣きそうになりながら俺のモノを口に含もうとする友美の頭を正面から押さえる。
「”ご奉仕させていただきます”だろう?友美」
「なっ・・・ぁ・・・・・」
 しかし友美は一向にその言葉を言おうとはしない。

 そのまま時間が流れ、耐え切れずに秋穂が友美に指示を出す。
「友美、何で何も言わないの?」
 今度は少し悲しそうな顔をして、だが。
(秋穂のヤツなかなかの役者だな)

 自分の主人を悲しませるわけにはいかないのだろう、
 友美がやっと重い口を開く。
「ご・・ご、奉仕・・させ・・・ください・・・・」
「よく聞こえんな。もう一度頼む」

「・・っく・・・・ご奉仕させてください・・・」
 よほど悔しいのだろう、友美の顔が紅潮している。

「秋穂、聞こえたか?」
「いいえ。まったく聞こえません・・・」

「・・・っ・・・ご、ご奉仕させてください」
「悪いが、俺が言ってるのは”ご奉仕させていただきます”だ。
分かってるか?”いただきます”だ」
 友美は悔しさと情けなさを顔に浮かべ目に涙をためている。

「ご奉仕させていただきますっ!!」
「・・・・そこまで言うんなら仕方ないな。許してやるよ」

 友美は悔しそうに、それでも従順に俺のモノを口に含む。
 そして俺は、その瞬間に無理やり友美の顔を俺のモノに押し込む。

 友美は抵抗して顔を上に上げようとするが、俺はさらに押し付ける。

「ぐ・・・ぐえ・・・・・げほっ・・!!」
 喉に当たり、苦しそうにむせだすが俺は構わずに頭を押し込む。
「歯でも当たってみろ。昨日みたいなことでは済まさんぞ」
 昨日の痛みでも思い出したのだろう。友美の顔にみるみる恐怖の色が広がっていく。

「返事はどうした?」
「ふぐっ・・・はぐ・・・・・ぅ・・ごほっ!!」
 俺の言ってることは無茶もいいところなんだが、そこを通すのが俺の良い所だ。
 押さえつける手を決して緩めることなく返事を待つ。
 俺のモノにあたる、荒い鼻息が少し心地いい。

「返事はどうした!!」
「っぐ・・げほっ・・ぃ・・あい・・・・ごほっ・・げほっ!!」
 俺が声を荒げると、返事のようなものが友美の口から漏れる。
(まぁ・・・上出来だな・・)

「よし。出してやるぞ」
「んー!!んー!!」
 いやいや、といった顔で友美が顔を横に振る。

「うれしいんだよな?友美」
 友美の頭に置かれた手に少し力を込め、俺は尋ねる。

 あいかわらず、顔を振る友美を抑え一段深くまで顔を押し付けると、
 有無を言わさずに喉の奥に精液を叩きつける。

 今にも窒息しそうに青い顔をして必死に嫌がる友美を両手で無理やり押さえつける。
 何度も精液が友美の喉を打ち、しだいに友美の顔が真っ青になる。
 精液を出し終えると俺は、汚れを友美の顔になすりつけそのままマットに放り出す。

「ごほっ!!・・ぁはぁはぁ・・ごほっ・・はぁはぁ」
 よほど苦しかったのだろう、口から精液を垂れ流したまま友美は酷くむせだす。
 たれ落ちた精液が薄汚れたマットにまた新しい染みを作る。

 俺はマットを降りると、忘れ去られたようにたたずむ秋穂の元へ行く。
「秋穂」
「・・・はい」
 やっと自分の番だと期待で目を輝かせる秋穂。

「後は頼んだぞ」
 だが、その期待とは反対の言葉が俺の口から漏れた。
「えっ・・・?」
「友美とこの場の後片付けをしろといっているんだが?」
「あの・・・私は・・・・私にはしていただけないんですか?」
 俺はくくっと笑うと続ける。

「友美の躾が全くなってないが、まさかあれで俺にご褒美がもらえるとでも思ったのか?」
 俺は大げさに肩をすくめる。
「・・・でもっ!」
「思ったのか?」
 今度は真剣な目つき。
「・・・・思って・・ません」

 答えを聞く前に俺は入り口へと向かっていた。
 体育倉庫を出る前に俺は足を止め、
「友美に残った精液を全部飲ませろよ。お前は絶対に飲むな。
・・・友美の躾が出来ていた時は可愛がってやる。いいな?」

 打って変わった秋穂の、元気のいい声を背にしながら俺は体育倉庫を立ち去る。

「おはよう、聖夜君!!」
 俺が教室の扉を開けるのと同時に、あずさの元気な声が飛び出してくる。
「おはよう。あずさちゃん」

 俺が席に向かうと、あずさも俺の席のほうへ近づいてくる。
「聖夜君、あの・・今日のことなんだけど・・」
「ん?どうしたの?」
「本当に迷惑じゃないかな・・・?」

「あはは。僕が誘ったのに迷惑なんてことないよ。むしろ急なことであずさちゃんの方が迷惑じゃないかな?」
「ううん。私は全然。あの、それでね何か持っていったほうが良いと思って、一応クッキー焼いてきたんだけど・・・」

 ぶーーーーーーーーーー。

「あ、ははは・・・・・そんな気を使わなくてもよかったのに・・・・いやほんと」
「ううん。私がしたくてしたことだから」
 無邪気な微笑を俺に向けるあずさ。
 それが余計に迷惑なんだ・・・とは今、口が裂けても言うわけにはいかない。

「あ、ありがとう。姉さんもきっと・・・たぶん・・・おそらく喜ぶよ・・・」
「本当!?うれしい!!」
 勘弁してくれ・・・・。

 それからあずさの鞄から山ほどクッキーの”ようなもの”が出てきたことからは目をそむけたいと思う。

 あずさと話している内に時間が経ち、クラスメートもずいぶんと登校してきた。
 ちなみに友美と秋穂が来たのは遅刻するかしないかのぎりぎりの時間だった。

 それからさらに時間が経ち、HRを始めるため光が教室へと入ってきた。
「おはよう。みんな」
 生徒たちからボツボツともれる返事の挨拶。

「休みは・・・・燕ちゃんだけね・・・」
 きょろきょろとクラスを見回し、少し落ち込んだ顔で光は呟く。
(ちょっと待て。そんな馬鹿な・・・)
 確かに俺が見たのは燕だ。
 たとえ新聞配達をしてようが、牛乳配達をしてようがあんなに時間があれば、
 学園に来るには困らないだけの時間の余裕は残るはずだ。
 ・・・・いや、逆か?
 あんな多くのものを配ったから体が疲労して来れないということもあるな。

「えっと、それから今日は帰りのHRで少し時間がかかるかもしれないか」
 ガラッ!!
 光の言葉をさえぎり扉が勢いよく開く。
 クラス中の視線がそこに注がれる。
(燕だ・・・)

「ごめんなさいっ!遅れました・・・ごめんなさい!!」
 ペコペコと何度も頭を下げ続ける燕。

「あらら・・・まぁいいわ。席について?燕ちゃん」
 トタトタと自分の席に移動する燕を見て、少し困った顔をして苦笑する光。

「じゃあ、今日はこれでおしまい。一日がんばるように」
 扉を出ようとしたときに光が立ち止まる。

「と、燕ちゃんは昼休みに私のところへ来ること」
 と付け足して職員室へと戻って行った。

(遅刻・・・・・・・・・・・?)
 ますますワケの分からん。
 ・・・・・・・・まぁいい。そのうちゆっくりと調べればいい。

 ん?何だ?女達が全員教室から出て行くぞ?
「あの・・・お、折笠君・・・・」
「・・・え?」
 堀江以外で男が話しかけてきたのは初めてだな。
 まぁ男の名前はどうでもいい。

「一時間目は体育だから・・・着替えないと・・・」

 ああ、そういえばそうだったな。
(・・・ちっ。何で女は出て行くんだ。裸くらいケチケチ・・・・)
 いや、”一部を除いて”裸を見るのは俺だけで良いな。
 一般にブスと呼ばれたり、罵声を浴びせられる女くらい見回せば結構いる。
 一応言っておくがそれが”一部”だ。

「そうなんだ。ありがとう」
「あ・・・うん・・・」

 体操服に着替え、本日の体育が行われるグラウンドに移動する俺。
 そして、そこで見た光景に正直、自分の目を疑った。

「なっ!!!?」
「どうしたの?折笠君」
「あ、いや・・・何でもないよ・・・はは・・・」

 体操服の男達を待ち構えていたのは・・・・・学園長。
 そう、あのハゲが体育の担当・・・なのだ。
 ある意味、一番最悪な授業と言うわけだ。

(頭が・・・・痛い・・・)

 チラリと女達のほうを見る。

 女達の担当は・・・・若い女性。
 ショートで少しシャギーを入れた髪。
 おそらく光より年下だろう。
 ジャージの上からも見てはっきりと分かる若さが溢れる締まった肉体。
 楽しげに女達に話をする姿におもわず見とれてしまう。

 もう一度こっちの担当を眺める。

 外見どおりのハゲ頭。
 残り少ない髪に白髪が混じる。
 おそらく死期はもうすぐだろう。
 加齢臭とコーヒーの匂いと中年太りのたるんだ肉体。
 面倒くさそうに腹を掻きながらげっぷを一つ。

 果たして俺は・・・この憤りをどこへぶつければいいのだろうか。

「はいはい。集合!!」
 ハゲの出した集合でぞろぞろと集まりだす生徒たち。

 体育座りでハゲを見上げながら話を聞く。
(何故体育でこんなに長い話をする?何故トイレの話が出てくるんだ?)
 そのままで20分が経った。
 すでに授業が始まった女のほうから聞こえる実に楽しそうなはしゃぎ声。

 その声に比例して俺の怒りのボルテージがぐんぐんと上昇する。

「あ~じゃあこれからバスケットボールをしてもらうから。2組と3組の合同で。適当に分かれてください。
審判は一人ずつね」
 それだけ言い残してハゲは日陰へ移動する。

 それから適当に分かれると、俺たちはコートへ移動する。
(堀江は・・・向こうのチームか・・くく)
 恨むんならお前の親父を恨め。

 俺は味方がジャンプボールではじいたボールをすばやくキャッチし、
 すぐに俺の元へボールに奪いにきた連中を軽やかなドリブルで切り抜ける。

 しばらくドリブルをしていると、待ちに待った言葉がかかる。
「パスッ!!」
 その瞬間にボールを片手で強く握り締め、パス待つ相手に”少し狙いをずらして”ボールを投げる。
 ボールは”狙い通り”勢いを殺さないまま直線状に走る。

 ダガンッ!!
 コートの片隅でボーとしていた堀江の体を吹き飛ばした、少し固めのボールは相手チームのもとへと転がっていく。
 右腕を下に向け倒れ、鼻血を出しそれでも何かうれしそうに気持ち悪くニヤニヤとしている堀江。

 ・・・・・・・・少しの沈黙。

 俺の出したパスが”少し反れただけ”だ。俺自身何も反則はしていない・・・・はずだ。
 相変わらず顔はにやついたままだがピクリとも動かない堀江。
 どうやら失神しているようだ。軽い脳震盪でも起こしたか?

 これには慌ててハゲが近寄ってくる。
「誰か保健室へ連れて行け!!はやくしろっ!!」
 堀江を囲う生徒たちの後ろから、男のものではない高い声が発せられる。

「私が連れて行きます。学園長」
 凛とした声。
「これは神楽坂先生。すみません、ではお願いします」
「分かりました。じゃあ誰か手伝ってくれる?」
 そう言って、神楽坂は堀江の体を起こす。

「僕が手伝います。僕のせいですから」
 そう言って俺も堀江の体を起こす。
「ありがとう。折笠君」
 そのまま二人で堀江の体を担ぐと、保健室まで連れて行く。

 だがあいにく保健室には誰もおらず、俺達はとりあえずベッドに堀江を乗せる。

「少し力を入れすぎたみたいね」
「・・・そうみたいです。なにしろ運動するのが久しぶりなんで」
「ふふ。でもいい動きしてたわね。もしかしてバスケット部?」
「いえ、調子がよかっただけです。それに僕は転校してきたばかりなんでクラブには属してないんです」
「そうなの?でも体は動かしたほうがいいわよ」
(実に体育教師らしい台詞だな)

「心がけるようにします」
「・・ふふ。いい心がけね」

「さぁ、いつまでもここにいるわけにはいかないわ。グラウンドに戻りましょう」
 神楽坂が席を立ったので、名残惜しいが俺も便乗して席を立つ。
 まぁ、グラウンドに戻ったところで授業は終了したのだが。
 神楽坂と接触できたんだ。なかなか有意義な時間だったといってもいいだろう・・。

 昼休み。
 ・・・前半のそれからの授業のことはもう言わなくてもいいだろう。
 食堂でパンを買い、あずさとともにいつもの場所で食事を取ると、すぐに俺は職員室へ向かうことにした。
 少し、燕のことが気になったからだ。

 職員室近くの、多くの生徒たちが行き交う廊下。
 その中で、立ちすくみじっと俺を見つめる人物。
 明らかに他とは異なる重い雰囲気を身にまとう女。

「おりかさ せいや君・・ね?」
「・・・そうだよ。”緒方 久須美”さん?」

「やっぱり知っていたのね」
 久須美はふっと嘲笑すると続ける。
(別になんとも思わないってワケか・・・)

「”折笠”は貴方と同居する人の苗字ね?」
「うん。僕の姉さんだからね」
「・・・・まぁいいわ。聖夜・・・・聖なる夜。さしずめ貴方は、キリストの様な”救世主”のつもり?」
「あはは。偽名って事も分かってるんだ?」

「ええ。全部分かってるからとぼけなくても良いわ。何ならしゃべり方も・・・ね」
「・・・・・分かった。で、”今日”は何のようだ?」
「ここで話すつもり?とりあえず場所を変えましょう。付いてきて」

 そう言い振り返ると久須美は、俺のほうへは見向きもせずすたすたと歩き出す。
 有無も言わせない様子なので仕方なく俺も久須美の後を追うことにする。

「どこへ行くんだ?」
「ふふ。天国ではないことは確かよ」
「・・・くだらん」
「もうすぐだから黙ってなさい」

 それからたどり着いたのは、俺の教室のちょうど真上の空き教室だった。
 ――真上とは言っても階段を上っただけでは辿り着けない。
 多少の回り道が必要なのだ。

「まるで迷路だな。どうなってるんだこの学園は?」
「さぁ?でも何かと便利であることは確かね」
 久須美は扉を開け、中へと消えていく。
 そして俺も追うようにして教室の中へと入る。

 俺に背を向け、電気をつけようとしている久須美。
(隙だらけ・・・・だな)

 俺は気配を消して、静かに久須美に歩み寄る。
 あと一歩でも進めば、俺の指の射程内に入るだろう。
 ――そう思った瞬間。

 突如久須美からまわし蹴りを放たれる。
 だが、俺の顔を襲う踵を、一歩後ろに下がり難なくかわす。

「っ・・・・・・・」
「馬鹿が。そんな手に俺が引っ掛かるとでも思ったか?」
 すぐさま久須美の体が飛び出し、俺との距離が一気に縮まる。
 繰り出される掌底を難なく払い除け、左足を重心とし身を捻る久須美の懐に飛び込む。
「遅い!!」

 俺の”人差し指”が、見事振り返った久須美の額に刺さる。
 しまったと驚愕に開かれた目。
 ――――だが。

 ドガンッ!!!!!!
 不意の横薙ぎの衝撃が俺の脇を打ち、
 俺は衝撃に耐えられず黒板に打ち付けられる。

「ふふ・・馬鹿ね」
 右足を高く上げながら久須美が笑う。

「・・・・っく・・・・お前・・・?」
「残念だけど”指”は効かないの。ご愁傷様」

「ふふ。今ので貴方を壊せなかったのは残念だけど・・・・・安心して。今度は壊すから」
 足を元の位置に戻した久須美からははっきりとした殺気のオーラが見えた。

「今のが・・・・本命だった・・・ってわけか」
「どうかしら?」
 ふぅっと馬鹿にしたように久須美がため息をつく。

(くく・・・・・・・・・上等だ・・)

「聞きたいことはいくらでもあるが、それは後でゆっくり聞くとしよう・・・・」
 俺は立ち上がり、瞳に力を込める。

「”後で”は無いわ。今で終わりよ」
 久須美は少し後ろに飛ぶと、俺との距離をとる。

「かかってこないのか?」
「・・・・・じゃあ、お言葉に甘えて・・」
 その瞬間、俺に向かい、さっきとは格段に速いスピードで久須美の体が飛んだ。
 そして勢いを殺さないまま俺の懐に入り込む久須美。

 矢のように撃ち出される直線的な蹴りを両腕を使い、受け止める。
 さらに間髪いれず、さまざまな場所へ蹴りが撃ち込まれる。
(・・・っ・・・間が)
 幾度と無く撃ち込まれる蹴りに対して俺は防戦一方になってしまう。

「調子に・・・乗るなぁ!!!」
 直線的な蹴りを肩に掠め、右こぶしを久須美の鳩尾に撃ち込む。

「・・・・なっ!!?」
 そこには久須美の体は無く。
(・・・しまっ・・!!)

 とっさに左に飛ぶが遅かった。
 遠心力を十分につけた踵が俺のわき腹に直撃する。

 ――――――――――――!!!
 無節操に詰まれた机や椅子を巻き込み俺の体が転がる。
「・・・・がっ!!」

「ふぅ・・弱いわね。そんな貴方が無辜の女の子たちの運命を変えるなんて・・・・・・許さない」

「・・っく・・・くく・・・無辜?俺の前にいたんだ。その表現は正しくないな」
 俺のその言葉に久須美の顔が一段と険しくなる。

「分かった。もう、いいわ。・・・貴方は必要ない・・」

(必要ない・・・だと・・・?)

 久須美に聞き出すことは今じゃないということは分かった。
 今はコイツ自身を何とかしないと正直ヤバイ。
 俺は自分の指をチラリと見る。
 長年使っていないが、この指は効くかもしれんな。

(ああ、そういえば、しばらく人差し指と親指以外使った記憶がないな・・・・)
 っと、まぁそんなことはどうでもいい。

 俺は近くの椅子をよりどころにし、ふらふらと立ち上がる。
 ・・・・そして、不敵に笑うと机に”薬指”を一定の調子で打ち付けだす。
 コツ コツ コツ。

「何をしているの?」
「自分の”リズム”ってヤツを取り戻そうとしているのさ」

 コツ コツ コツ。
 やがて薬指の作るリズムが、旧教室の時計の音と一致する。
「リズム?何をやっても一緒よ?」
 ふふっと久須美が笑う。

 カチ カチ カチ。
 コツ コツ コツ。

「さぁ?どうだろうな?ところでお前は耳が聞こえるよな?」
「・・・何を考えているの・・?耳・・」

 聞こえたことを確認すると、そこでリズムを少し変える。
 先ほどと同じく、小さく三回。
 コツ コツ コツ。
 そして少し強く一回。
 カツンッ・・・・。

 強めの音が教室に鳴り響いたとき、久須美に異変が生じる。
「な、何・・・・・・今の・・」
 怪訝な顔をし、久須美が頭を抑える。
「ああ、お前は今初期の”催眠状態”にあるのさ」

 コツ コツ コツ。
 カツンッッ・・・。

 三度の弱い音により徐々に瞼が下がっていく久須美。
「催眠・・・何で・・・」
 はっと”種”に気付いたようで、耳を塞ごうとするがもう遅い。
 カツンッッ。
 びくっと久須美の体が跳ね、体の動きを封じる。

 コツ コツ コツ。
 驚愕に開かれた目から少しづつ意識が奪われていく。

「何が起こっているか分かったか?」
「止め・・・嫌・・・いや・・」
 自分の”これから”を考えたのだろうか?その顔は恐怖の色で溢れていた。

 耳を塞ぎたくても、すぐに体の力が奪われ。
 何か他の方法を考えようとしても、意識が奪われ。
 そうこうしている内にどんどんと意識は沈んでいく。

 コツ コツ コツ。
 カツンッッ・・・。

 強めの音で久須美の体がまたビクリと小さく跳ね、
 弱い音が久須美の意識を奪っていく。
 深い、深いところへ誘う悪魔の誘い。
 いくら抵抗しようが、悪魔はただ笑うだけ。
 従うしか道はない。

 コツ コツ コツ。
 カツンッッ・・・。

 強めの音で意識がほんの少し戻るが、またまぶたが閉じられてくる。
 さらに何度も繰り返すと、意識の戻る間隔がより短くなっていく。

 コツ コツ コツ。
 カツンッッ・・・。

 さらに続けてやると、久須美の体が横に揺れだし、時折ビクンッと跳ねるとまた小さく揺れだす。
 何度目かの音で、顔を横に少し傾けた久須美の瞳からは意志が”完全に”消え失せた。

 ―――今度は本当に堕ちた。
 俺の経験と勘が告げているのだ。間違いない。

「くく・・・押して駄目なら・・・なんとやらだ」

 指の一つ”薬指”は前の二つとは少し異なり、対象を”間接的”に催眠状態に堕とす。
 力を込めるのはあくまで”音”に対してなので十分に通用すると踏んだのだ。
 正常な耳をしているなら、指は効かなくても”音”は聞こえるからな。

「さて・・・・・・と」
 時計を見ると時間が限られていることに気がつく。
 俺はとりあえず久須美の体を黒板のかかっている壁にもたれさせる。

「・・・・ん?」
 額に違和感を感じ、指先を額に当てる。
「・・・・・血か・・・」
 久須美に吹っ飛ばされたときにどこかで切ったのだろう。
 体に付着した埃を払い、久須美を見下ろす。

 涎を口からこぼし、長い髪をだらりと垂らし、くたびれた人形のように座る久須美。
 言葉一つでコイツは大きく人生を変える。
「お望みどおり、お前の”救世主”になってやるよ」

 ・・・非常に残念だが、あくまで表向きは優等生で無ければいかん。
 こいつと遊ぶ時間は残り少ない。
 ああ、もちろん情報を聞き出すことも含めて。

 放課後にしてもあずさとの約束がある。時間はまず取れないだろうな。
 この興奮は時間とともに損なわれていくのだろう。
「ちっ、仕方がない・・・・今日は”準備”だけで終わってやる」
 そう呟くと俺は、もはや何の抵抗も示さない久須美の頬を撫上げる。

「聞こえるか?久須美・・・・・・・」













「・・・・・・・え・・・・?」
「何をボーとしているんだ?やるなら早くやれ。俺はもう抵抗しない」
 俺は椅子に座り降参するように手を上げる。

「え、ええ。そうするわ」
 何がなんだか分からないが、俺にしようと思っていた事を行動に移す久須美。
 まだ少し頭の整理がつかないまま、久須美は俺のほうへふらふらと寄って来くると、俺の足元にしゃがみだす。
 そしてジッパーを下げ俺のモノを取り出すと、少し虚ろな目でさも当然のように俺のモノを口に含む。
「・・ん・・・ん・・・」

 俺はいきなり久須美の肩を蹴り飛ばす。
 
「痛っ・・何するのよっ!!?」
 しりもちを付いた久須美が俺を睨みつける。

「先にこっちだろう」
 俺は自分の額のすでに乾いた血の跡を指さす。
 すると久須美の目から一瞬意思が消え、また意思が戻る。

「・・・え・・・あ・・そうだったわね・・」
 立ち上がりふらふらと俺のもとに来て、
 俺の顔を両手で包み込むと舌を出して丹念に血の跡を舐めとり始める。
 自分がするべきことを俺に指摘されていることにも気付こうともしないまま・・。

 ぴちゃ・・・ぴちゃ・・・・。
 しばらく、虚ろな目をしてただ熱心に血の後を舐め取る久須美。
 きっとすぐに久須美も俺の手に堕ち、自発的に奉仕を行うことになるだろう。
 いや、その前にいろいろ聞きだすこともあるな。

「・・終わった・・わよ・・?」
「ああ。ご苦労。とりあえず今日はこれでいい」
何を言っているのか分からないといった顔で俺を見つめる久須美。

「”お前の救世主は?”」
 その言葉の後に一つビクンッと久須美の体が跳ね、体から力が失われる。
「聖夜・・さま・・です・・」
 少しうれしそうな顔をして久須美が答える。

「くく、いいぞ。久須美、俺が今から教室を出ると目が覚めいつものお前に戻る。
だが、”さっき俺が施した暗示”は消えない。いいな?」
「はい・・聖夜・・さま・・・」
 従順に久須美がうなづく。

「あと、お前は俺をおびき出すためにこの教室を点検しに来ていた。
時間が経っているのもまったく気にならない。いいな?」
 先ほどと同じようにうなづく久須美。

「それから、”お前をこの状態に落とすキーワードは二度とお前には効かない”」
「効き・・・・・ません」

 ”それだけ”を久須美に刷り込むと、俺は教室を出て扉を閉める。

(くくくく。これで、これから少し楽しくなるかもな)
 それから俺はご機嫌で自分の教室へと帰るのだった。

< つづく >

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