FILE 5
「んふぅ、くちゅ、ちゅ、……むちゅ、ちゅぱ、はあぁぁ」
エミリアがベッドの上で、俺のペニスに舌を這わせている。初めてのフェラチオの真っ最中だ。
「そうそう。ペニスの形がわかるだろ? お前の膣に入ってるときを思い出せ。それがどんな風に入ってたか、わかるはずだ」
「ああ、わかるぅ。ズンズンって来るとき、この辺が当たってぇ。クイって引かれるとき、ここがひっかかるのぉ」
うっとりとした表情で、ペニスを愛撫する。
結局エミリアは、独房に戻らず特別尋問室に泊まった。
俺も無性にそのまま寝たかったが、きちっと自室に戻っている。そこは必ず1線を引くのが俺のやり方だ。
「よし、貫かれた時を思い出して、咥えてみろ。自分が膣で締めたように口全体でしごくんだ」
「はむ、ん、ん、んちゅ、んふうぅぅんん……」
セックスの時を思い出しているのだろう。腰がふるふると前後に動いてる。
「舌で舐め上げるように。そう、うまいぞエミリア」
「あふ、ちゅ、ちゅ、ちゅぱ、ちゅぷ、れろ、れろれろれろ……」
快感がせり上がってきた。最初はぎこちなかったが、セックス時を思い出すようになってから、どんどん上達してる。
「ああ、出てきたぁ、なんか出てきたぁ。……んちゅ、ちゅぱ、ちゅぱ、ちゅっ、ちゅっ」
夢中になって咥えている。ほっとくといつまでも咥えてそうだ。
「舐め取れ。そして時々吸い上げるように。あうっ、いいぞエミリアっ」
「ちゅぷ、じゅぷ、じゅぷ、ちゅるるるる……」
――くうぅっっ!
「んふっ、感じてるのね。そうでしょ?」
「ああ、感じてる」
「うふふ。イかせてあげるわ」
艶然と微笑んで、激しく舌を動かし始めるエミリア。
――あんまり主導権を取られるのは良くないな。
「よし、そろそろ入れてやる」
「えーっ? なによぉ、これからでしょう?」
「欲しくないのか?」
「欲しいけどぉ……」
ようやくフェラチオの楽しみがわかってきたところなので、不満そうだ。
「ほら。尻をこっち向けろ」
「わかったわよ、もう」
文句を言いながらも素直に従う。
――ずいぶん従順になったなぁ。
常に手錠をはずさなかったり、「イクと言え」「卑語を言え」と命令に従わせてきた。これを続けると、無意識に受動的になり、捕虜と尋問官の差を受け入れるようになる。
しかし今でこそセックスに溺れているが、これは一種の逃避行動だ。この女はそんなに安い女じゃない。
特に彼女には、レジスタンスとして復活してもらわなければならないのだから。
後ろからズブズブと貫いていく。
「はあぁぁ、入ってくるぅん。入ってくるのぉ……」
「どこに入ってる?」
「んはあぁ、アソコおぉぉ、アソコにぃぃ、いっぱい入ってるのおぉぉ」
「アソコじゃないだろう? 昨日は平気で言ってたじゃないか」
「ああぁ、恥ずかしいからぁ、昨日のことは許してぇぇ」
昨日は言いたい気持ちだったということか。
「わかった。じゃあ1回だけ。1回だけ言ったら許してやる」
「んふうぅん、おぉ、おまんこぉ、おまんこに入ってるうぅぅ」
完全に蕩けきった声で答えるエミリア。
「よし、じゃあ動くから実況中継しろ」
ゆっくりと腰を回すようにピストンを運動を始める。
「んっはあぁっ、すごいぃっっ、すごいぃっっ!」
「エミリア、喘ぐんじゃなくて、実況中継だ」
「はあぁぁん、そんなこと言ってもぉ~」
腰を振りながら抗議してくるエミリア。
「ちゃんと言わないとやめるぞ」
「ああぁ、もうイジワルうぅぅ」
エミリアが後ろを振り返って、ちょっと口を尖らせる。グイと突き上げてやった。
「アウゥッッ!!」
そのままの格好で仰け反るエミリア。
「ほら。どうだ?」
腰を回す動きに戻す。
ぐちゅぅ、ぶちゅぅ、ずちゅぅ、ぬちゅぅ。
「んはあぁぁ、中をぐるぐる掻き混ぜられてるわぁぁ、掻き混ぜられてるうぅぅ」
俺は壁をこすり上げるように突き始めた。
ずっちゅ! ぐっちゅ! ずっちゅ! ぐっちゅ!
「あっはあぁっっ!! イイっっ!! これイイっっ! 感じるっっ!!」
「どんなふうになってる?」
「貫いてるのおぉぉっっ!! なかっ、中にズンズン来るうぅっっ!!」
俺はさらにGスポーツを突くように、持ち上げるように動いた。
ぐっちゅっ! ぬちゅっ! ずちゅっ! ぬちゅっ!
「おあぁぁぁぁっっっっ!!! んっく、くあぁぁぁぁっっっっ!!!」
「どんな感じだ?」
「イクうぅっっっ!! イっちゃうぅっっっ!!」
「答えろ、エミリア!」
ケモノのように叫び声を上げるエミリア。完全に白目を剥いて、喘ぎ声を上げまくる。
「中があぁぁっっっ!!! 中にいぃぃっっっ!!! ああぁぁっっっ!! ダメえぇっっっ!! 何も考えられないぃぃっっっ!!!」
ぐっちゅっ! ぬちゅっ! ずちゅっ! ぬちゅっ!
膣がうねるような動きをしながら、ぎゅうぎゅうペニスを締め付ける。快感が脳髄を直撃した。
「ちゃんと言え! エミリア!」
「くああぁぁぁっっっっ!!! イクぅっ、イクうぅぅぅっっっっ!!!」
「エミリア!」
――くっ! ダメだっ!
俺は諦めて、快楽に身を任せる。
「し、白いのおぉぉぉっっっ!!! 白いいぃぃぃっっっ!!! いいいいくくうぅぅぅあぁぁぁっっっっ!!!!」
腰から持ってかれそうな凄まじい快感が走って、俺は爆発するように射精をした。
ドクドクドクドクドクドクっっっっっ!!!!!
「あひぃぃいいぃいぃぃぃいぃぃぃっっっっっ!!!!!」
一瞬何もかも存在しない白い世界を漂った後、ゆっくり視界が戻ってきた。
エミリアが白いと叫んだので、俺も感化されたのかもしれない。
「あは……あは……、いひました……、とっても、いひました……」
別世界にトンでいる目で、嬉しそうにエミリアは妖しく微笑んだ。
「昨日のジェイムズは、酷かったな」
ベッドで抱き合ったまま余韻を楽しんでいた後、俺は世間話のように切り出した。
「あいつは、バカなのよ。前からバカだと思ってたけど、あそこまでとは思わなかったわ」
憮然とした表情で、俺の胸に顔を寄せている。まだその顔には、官能の残り火がくすぶっていた。
「今のレジスタンスは変わる必要があるみたいだな」
「まったくその通りね。ずっとそれを考えていたのよ、私も」
決意の宿った目である。
「もしここを出ることができたら、私はまずレジスタンスの改革に力を注ぐわ。このままじゃ帝国と同じになるもの」
「女を認めないなんて、レジスタンスじゃないからな」
「そうよ! 今まで勇気がなかったのね。今度という今度は、私も腹を括ったわ」
俺は深く頷いた。
「フィリップ=ガウアーや、テオ=ルッシュは理解してくれるかな?」
「理解させるわ」
「でも今のレジスタンスも彼らが作ったんだろ」
「そ、それはそうだけど……」
「彼らは男だから、本当は理解できないんじゃないか? 女の君がどれほどの決意であの機械を胸に埋め込んだか、本当に理解できるのかね?」
「……それは、わからない……」
唇を噛み締めるエミリア。
「これだけははっきりしてる。女のことを一番わかるのは、女だ。男が女のことをわかるようになるなんて、あまり期待しないほうがいい」
「そうかもしれないけど……」
「らしくないな。なんで今更男に頼るんだ?」
「別に頼ってないわよ!」
「じゃあテオ=ルッシュが、女らしいレジスタンスなんて、合理的じゃないと言ったらどうする?」
「そんなこと……」
言うはずがない、という言葉は聞こえてこなかった。
テオ=ルッシュはオールソン大学を主席で卒業したインテリである。普通の市民をまとめ上げて、ここまで大きな組織にできたのは、この男の合理的且つ効率的な組織運営能力があったからこそだ。
だいたいあの自白剤対策用の機械だって、テオ=ルッシュの発案に違いない。そういう思考を持った男なのだ。が、組織運営にはこういう男も必要なのである。
しかしそれは、今のエミリアの考え方とは相容れない。フィリップ=ガウアーならともかく、テオ=ルッシュはむしろ邪魔な感情だと排除するだろう。
「そんなことはレジスタンスにとって無駄だと言われたらどうする? はい、そうですかと納得するのか?」
「しないわよ。今のレジスタンスの方がおかしいんだから」
その点は確信を持って答えるエミリア。
「それを確信してるのは、お前だけだぞ。どうやって説得するんだ?」
「だから、女子供も参加するレジスタンスに、男の価値観を押し付けるのはおかしいって」
「確かに、胸にあれだけの傷を残すのは、男の発想だな。だが、それで効果を上げていると言われたら?」
「効果を上げれば何をやってもいいわけじゃないわ。レジスタンスは市民の参加が不可欠なんだから、参加しやすい環境を作らなければ」
「そのセリフは、女でただ1人捕まってしまった自分の責任を、転嫁しようとしているからだ、と言われたら?」
「! それは、……そんな、ヒドイわ」
ひどく傷ついた顔をした。俺はやさしく口調を変える。
「悪かった。バカな男が帝国に密告したせいだったよな」
「……」
「だが、こう言えば君が反論できないのも確かだ。テオ=ルッシュは言わないかな?」
「たぶん、言わないと思う……。少なくともフィリップは言わないわ」
「でも今の組織は彼が作ったんだぞ? 胸の機械だって決定したのも、フィリップだ。彼はなぜこんな機械を認めたんだ? 女にとって辛いことはわかってるのに」
「それはだから……」
「彼は手術でつける傷が、女にとって辛いと本当に知っていたかな? 手術の前にフィリップに慰めの言葉を言われたか?」
「……」
黙りこんだエミリアを確認してから、俺は声を改めた。
「今日はこの辺にしておこうか」
例によって、シャワーを浴びてから、催眠術の方もいくつかテストと深化作業をする。少しずつ催眠術が解けにくくなっているようだ。
根本的な問題として、催眠術は「本人がかかりたいと思わなければ、かからない」。
人間の精神は、そう簡単に操れない。右を向きたくない人間に「右を向け」と命令するのは、まず不可能である。
そして、たとえかかったとしても、本人が本来「意思に反する」命令に従わせる続けると、催眠は急速に解けていく。
それは、本人に催眠にかかった認識があろうとなかろうと関係ない。
エミリアの催眠が解けにくくなっているのは、毎日のセックスを通して、俺に対しての精神的つながりが深くなってきているからだ。たとえ敵対同士でも、毎日毎日セックスを続けていれば、情が移ってくるものである。しかも必ず絶頂を経験させてくれるとなれば、なおさらだ。
つまり『催眠術以前』の精神的つながりが、催眠術を解けにくくしている。
さらに「女を否定するレジスタンスをおかしい。それは変えなければならない」といった本人の意思と同じか、ほんの少し違うだけの命令を重ねていることも効いている。
ここで、帝国に寝返るような命令を行えば、あっという間に催眠術は解けるだろう。
残念ながら催眠術には、その程度の力しかない。
エミリアは独房までの通路でも、ずっと思案しているようだった。
だんだん自分の理想と、現実のレジスタンスが衝突し始めているに違いない。
セシルの尋問にどのくらいかかるかわからないが、しばらく1人でじっくり悩んでもらうことにしよう。
地下から地上に上がって、取調べ室に行く。
セシル=トレクスの尋問は、本人がレジスタンスであることを否定しているので、尋問室では行わないことになっていた。だが地下の尋問室の威圧する雰囲気は、尋問には非常に都合がいい。少なくとも午後からは、地下に移したほうがいいだろう。
取調べ室に入る。が、光景を見てびっくりした。
一瞬なにかの舞台が始まるのかと思うほど、全くの自然体でセシルが椅子に座っていた。
集中力を高めるかのように目を閉じ、背筋をピンと伸ばして理想的な姿勢で座っている。手錠をしているが、まるで舞台の小道具のようだ。
しかも俺が入っていっても全く動じない。ゆっくりと目を開けて視線を送ってきた。
流れるようなプラチナブロンドの長髪。澄んだ湖のように青い目。
細身の顔は、美の女神シルディナに愛されたように美しく、人を引き付けるオーラに満ち満ちている。
「遅い登場ね。2週間後にライプスで公演があるの。1週間前には稽古に入りたいから、すぐに済ませて頂戴」
澄んだ良く通る声。腹式呼吸で鍛えているから、声に非常に張りがある。
「朝イチからあるかと思えば、午後まで2時間切ったところでやってくるなんて、怠慢ではないかしら?」
「待たせてすまなかった。俺は通称……」
「いまさら自己紹介なんて必要ないわ。それに通称? ますます意味がないわね」
「……とにかくアルファだ。覚えておいてくれ」
高圧的な言動で、すかさず主導権を取られてしまった。状況を自分でコントロールできないと、我慢できない性質なのかもしれない。
「ひとつ質問したいんだが、『怖くない』のか?」
「怖い? 怖がると早く帰れるなら、いくらでも怖がるわ」
なんて変なことを言うんだろう、と言いたげな表情だ。
「でもそうね。試してみるのもいいかもしれないわね。それでは」
目を閉じて、すっと息を整える。
そして目を開いたときの表情は、別人のようだった。
「――私、なにも知らなかったの! いきなり銃撃戦が始まって、人がバタバタ目の前で死んで! 怖い兵隊に捕まった時には、殺されると思ったわ! お願い、私を早くここから出して! ………こんなところかしら」
「――」
絶句した。
――今のは演技か? それとも本心で、これまでが演技?
とにかく真に迫るなんてもんじゃなかった。
尋問で怖がる人間をゴマンと見てきたが、まさにそういう人間が見せる怯えた表情、仕草、不明瞭なセリフである。
――まずいな、こりゃ。いったいどうしよう。
俺の仕事は、これで結構演技力を求められる。
しかしここまで演技力のある人間を尋問するのは、初めてだった。これでは嘘を言ってるのか、本音を言ってるのか見破れない。
――媚薬を使ってみるか?
いや。媚薬を使っても、感じてる振りをするぐらい、この女には朝飯前だろう。
「びっくりした。帝国首都での公演を見に行ったことがあるけど、そこまでうまいとは気付かなかったよ」
「首都というと、2年前ね。ああ、思い出したわ。ひどい舞台だったわね。大総帥とかいうオジサンは、手を握ったまま離してくれないし。気分を害すことばっかりで、演技に出てしまったの。私も若かったわ」
――今でも十分若いだろうに。
「でも今なら、あんな無様な舞台なんかにしないわよ。何があっても完璧な舞台にしてみせる」
不敵な表情で、にっこりと笑う。才能と経験に裏打ちされた圧倒的な自信だった。
エミリアが炎のような意思の持ち主なら、セシルは氷のような鋭さがある意思の持ち主と言えるだろう。
「レジスタンスの拠点にはどうして?」
「大学の友人に呼ばれたのよ。うかつだったわね。まさか巻き込まれるとは思わなかったわ」
軽くため息をついて、首を振るセシル。
「では、レジスタンスではないと?」
「そうね。私の戦いの場は、舞台にあるから」
「2週間後には、なにをやるんだ?」
「キリルの伝承。今評価の高いレオナルド=シェイムの演出よ。期待に応えられる作品にするつもり」
「魔物を帝国、ガイメルフの戦士たちをレジスタンスに喩えると、なかなか痛快な内容になるな」
「まぁ、そんな風に考える人を初めて見たわ。でもそうね。そういう宣伝をしたら、お客さんもたくさん入るかも」
セシルはくすくす笑った。
やりにくい。物凄くやりにくい。
この女の言葉が、どこまで本当なのか全くわからない。決して無表情ではないのに、まるで心が読めなかった。
俺は、取調べ室の隅にある水差しから水を飲んだ。そしてセシルの分も注いで、手渡す。
「ありがとう」
礼を言っただけで口をつけず、両手で挟むように持った。手錠がコップにぶつかって、かちゃりと音を出す。
人間、緊張すると喉が渇く。セシルが待ってましたとばかりに水を飲めば、緊張度がわかるはずだったのだが、それほど緊張していないらしい。
「レジスタンスの拠点の話をしようか。具体的にあそこでなにがあった?」
「さっきも言った通りよ」
「もっと詳しく教えてくれ」
「友人に招かれて、何人かの人と会ったわ。レジスタンスというより普通の人だったわよ。サインを頼まれて、別室に入ったところで、大騒ぎになったの。で、慌てて入ってきた男の人に引っ張られて倉庫の奥に押し込められて、『絶対動くな』と言われたわ。言うとおりに動かずにいたら、やがて静かになって、帝国兵士の方々に手を上げて出て来いと言われたの」
つっかえることもなく、目の動きも不自然でなく、コップを持った手をモゾモゾ動かすことも無かった。
嘘を言っている兆候はゼロ。要するに完全にお手上げということである。
俺は脇にどけてあった机をセシルの正面に持ってきた。次にその机の引き出しから、蝋燭を1本取り出すと、机の中央に立てる。
「こいつは観客だ」
そう言って、蝋燭に火をつけた。
丁度、セシルの目の高さに炎が来る。
「観客?」
「そう。観客」
俺は机から少し離れて立つと、右手を宙の伸ばして左手を胸に当てた。すーっと腹式呼吸で息を吸う。
「人を憎むは、煉獄が待つと神は言う。人を恨めば、冥府に落ちると神は説く。しかし今、我は命に代えぬ大切な人を失った。この暗い焔は煉獄の門を開けるのか? この苛烈な焔は、冥府の道を開くのか? そう。我はそれを望む。我の命は既に無い。この苦しみを煉獄が焼くというのなら。この痛みを冥府が凍らせるというのなら。我は心からそれを望もう――」
終えると、セシルは驚いた顔をしていた。
「意外だわ。帝国軍人がシェラードの第3章を暗唱できるなんて」
「君はこの後、手をすっと伸ばして、そこに観客の視線を集めた。そして、それを胸に持っていって、手を抱きしめてシェラードの気持ちの重さを表現した。素晴らしい『動き』と『間』だった」
「細かいところもよく覚えてるのね」
「あの時、人を引き付ける動きを勉強している最中でね。君の、観客を自由自在に引っ張りまわす動きは大変勉強になった」
「そういう視点で……演技を語られたのは……、初めてだわ……」
セシルがふらふらしている。
「君が言わせてくれなかったが、俺の仕事ではそれなりに重要なテクニックなんだ」
「仕事……?」
「そう。でも、今回は言わないほうが良さそうだ」
「どうして……? あ、あら? なんか……」
がっくりとセシルの首が落ちた。
蝋燭置いたとき、芯の周りに催眠剤をまぶしておいたのだ。それが炎で気化し、セシルが吸い込んだのである。
誰でも注目するものと無意識に同調する性質がある。目の前の人間が、水に潜るために息を吸い込んでから止めると、同じように止めてしまう。逆に大きな深呼吸をすると、合わせて呼吸してしまう。これを『同期化』という。
セシルは、俺が腹式呼吸をしたので、無意識に合わせてしまったのだ。もちろん舞台で演じたことがある役だったことも作用した。
こうして自分の変調に気付く前に、眠り込んだのである。
時間はできた。10分程度だが。
ほんのわずかでもセシルと話してわかったことは、セシルの本音や嘘を読み取ろうとしても、無駄な努力だということである。違うアプローチが必要だ。
――媚薬を使っても、後でレイプされましたとか騒がれると、帝国の権威は地に落ちるし。
俺は蝋燭を消して、机に腰掛けて思案する。
演技と本音。嘘と真実。オペラ歌手と尋問官。
――ふむ。なにをするにしても、認識能力を落としておく必要がありそうだ。
俺はいくつかの薬のカプセルから1つを選んだ。その中身を開けてから、薬剤を水で溶かし、眠っているセシルにスポイトで飲ませる。
この薬は記憶に作用する薬だ。ふと我に返ると、自分が何をしていたかとっさに思い出せない現象が起こる。
もともと催眠術との併用を考えて作った薬なのたが、催眠術の有効性を疑問視するようになってから、使うことはめったになくなってしまった。
今回の尋問が成功すれば、新たな使い方が開けるかもしれない。
「……ん……んん……」
セシルが目を覚ます。
俺はさっきの立ち位置まで戻って、さっきと同じポーズをとってセリフを続けた。
「……今こそ、この身をカーラに捧げ、憤りを拳に込めよう。いっさいの迷いを断ち切り、復讐の神と化して戦うのだ。……セシル、まさか寝てたのか?」
「……ん? まさか」
目をしばたかせていたが、迷い無く答える。相当に頭の回転が速い。
「寝てたろーが。お詫びとしてちょっと稽古をつけてくれよ」
「私は誰の稽古もつけないわ」
「交換条件として、手錠をはずすと言ったら? 手首に跡は残せないんだろ?」
「はずしてくれるなら嬉しいけど。いいの?」
「教えてくれるならね」
「ふぅ。まぁいいわ」
手錠をはずす。セシルは手首をコキコキと動かしてから、立ち上がって俺の横に来た。手錠をはずされても特に喜ぶ様子は見えない。鉄壁の仮面だ。
「肩に力が入りすぎているわ。肩の緊張は、一番観客に伝わるから常に意識しなければダメ」
「なるほど」
「それから胸に置く手に意味が出ていない。動きには全て意味があるのよ? 漫然と演技するならやらない方がマシだわ」
10分ほどしただろうか。
ふと、我に返ったようにセシルが言葉を止めた。
「? どうした?」
「え? 私なんで……」
尋問官に熱心に演技指導をしている自分に途惑っていた。薬の効果である。セシルにしてみれば、いつのまにか演技指導していた感じだろう。
「今のところは、歌い上げるようにするんだろ?」
「え? ええ。でもそれだけを考えると、逆に見てる人間の感情移入が解けるから、自然に声を出しなさい」
「難しいな、それは」
自分でなんとか納得をつけたのだろう。その後は順調に、1時間ほどたっぷり演技指導を受けた。こっちは俳優でもなんでもないのに、全く容赦の無い厳しいレッスンである。
自分に厳しいのと同時に、相手にも同等の結果を期待する。
妥協を許さず、努力するのは当然とする姿勢だ。演技ではなく、空気のようにそれが普通の状態になっている。
尋問してるときより、演技をしている時の方が自然に感じるのは、どういうことなのだろうか?
ジリリリリ。
やがて机の上にある時計が、ベルを鳴らした。
「な、なに? これ?」
「時間だな。午前の演技はこれで終わりだ」
ベルを止める。セシルは不思議そうに時計を見ていた。
「こんなもの、最初からここにあった?」
「あったよ? 覚えてないのか?」
「ええ」
首を捻ってるセシルに、水を注いだコップを渡す。今度は渡されてすぐ飲んだ。熱心に指導して喉が渇いたのだろう。
「とにかく勉強になった。今はこれで眠る時間だ」
「眠る? あ……」
くらりとセシルはバランスを崩した。
俺は落ちそうになるコップをキャッチし、ついで倒れそうになるセシルを抱きかかえる。
コップに入っていた即効性の麻酔が効いていた。
「レジスタンスかどうか、どうやって判断したもんかな?」
俺は思案したまま、セシルを背負った。
独房まで担いでいってセシルを寝かせる。触った感じでは、意外と筋肉質な身体をしているようである。胸はエミリアほどではないが、しっかり自己主張する程度にはある。
司令部まで戻る途中、ロビーで将軍付きの事務官が待っていた。
「セシルのマネージャーが、『釈放しろ』とうるさく言ってきてる。対応してくれ」
「なんで俺が……」
「ワッツ将軍の命令だ」
――あのデブは、なんでもかんでも押し付けやがって。
しかし命令なら、やらざるをえない。
ため息をつきながら、マネージャーと会った。
「セシルがこちらで保護されていると聞いて、昼からずっと待っていたんです。それなのに全く取り合ってくれない。いいですか、この手帳を見てください。これ今日のセシルの予定表です。全部キャンセルですよ。全部」
神経質そうなまだ20代の男が、緑色の手帳を広げながらまくしたてる。
「セシル=トレクスは、重大な嫌疑が掛けられて取調べ中です。今週いっぱい続くでしょう」
「今週いっぱい!? 不可能だ!」
「可能かどうか帝国は知りません。帝国としては……」
「早くしないと、とんでもないことになりますよ? 彼女は映画の出演も、舞台の出演も目白押しなんです。世界が彼女を待っている。今日中に彼女を自由にしてください。でないとマスコミに訴えることになりますよ。あなたその責任を取れるんですか?」
自分の言葉に酔うタイプらしく、目が異様に輝いてきた。
「マスコミに訴えて、困るのはセシルですよ? 今、セシルにはレジスタンスの連絡員の嫌疑が掛けら……」
「レジスタンス!? あなた手帳を見てください! 手帳! どこに銃を持って走り回る時間があるんですか!」
「戦闘員じゃなくて連絡員としてです。だいたい捕まったのも、レジスタンスの拠点だったんですよ?」
「レジスタンスの拠点!? なんでそんな所にいたんですか!?」
「だからそれを調べてるんでしょうが」
俺は段々面倒くさくなってきた。
「レジスタンスの拠点にいただけで、射殺されても文句は言えないんです。今でもいつでも撃ち殺せる」
わざと低く抑えた言葉に、マネージャーの男は青ざめた。
「ば、バカな!」
俺はいきなり銃を引き抜くと、マネージャーの眉間に突きつけた。
「マネージャーのあなたも、レジスタンス容疑がかかっている。帝国は女子供も歯向かう者は容赦しない。無論マネージャーを殺すことにも躊躇はしない」
俺のドスの利いたセリフに、マネージャーはガタガタ震え始めた。
――こいつはレジスタンスじゃねーな。セシルがレジスタンス拠点を訪れたのも、知らなかったようだし。
銃をゆっくり引く。だがまだホルスターに戻さない。マネージャーの視線は、俺がふらふら握っている銃に張り付いている。
「しかし、帝国はセシルに名誉挽回の機会を与えようとしています。帝国の映画に特別出演してもらう」
「映画に特別出演?」
「そう。本当にレジスタンスならできない行為だ。セシルは最初は嫌がりましたが、今ではきちんと協力してもらっています」
「セシルが協力!?」
マネージャーが心から驚いた表情をした。
「ええ。なにしろ命がかかってる」
「信じられない。どんなに偉い演出家が命令しても、自分が納得できなければ言うことを聞かないのに……」
「そんなに自分勝手なところがあるんですか?」
「そりゃあもう! 『演技する気が無いなら2度と来るな』と、共演者をいきなりクビにしちゃったり、緞帳(どんちょう)の色が下品だから取り替えろと公演前日に言い出したり。毎日毎日何が起こるか……」
トホホとマネージャーは愚痴りだす。
予想通り、彼女はどこに行っても完璧主義のようだ。
「とにかく1週間、協力してもらう。これは決定事項だ。あなたも自分の潔白を証明するために、協力していただく」
「……やむをえません。わかりました……」
泣きそうな表情でマネージャーは承諾した。
――やれやれ。
俺は司令官室に行き、ワッツに報告した。
「マネージャーを説得しました」
「そうか」
コーヒーを飲みながら、興味なさそうに返事をするワッツ。
――ねぎらいの言葉もなし、か。別に期待してなかったけどな。
「エミリアから新たな情報を引き出せたか?」
「いえ、まだですが、順調です」
「なにが順調なんだ?」
「いろいろです」
「ふん」
バカにしたように笑った。
「セシルの午後の尋問は、外に出る予定ですのでご協力を」
「なんで外に連れ出す?」
「あの女から、普通の方法で情報を引き出すのは無理です」
「傷はつけるなよ。確か大総帥もファンだったはずだからな。ああ、それとこれにサインをもらって来い」
机に色紙を出してきた。
――おいおい。何考えてんだ、このデブは。
「尋問相手にサインをねだるわけにはいきませんよ。それにもうサイン持ってるんじゃないですか?」
「いいから、もらって来い」
「……はい」
――まさか、大総帥に献上するつもりじゃないだろうな。ゴマすって自分だけ逃げようって腹か?
エミリアに言った時はそれほど本気じゃなかったが、ワッツは本当に無能だったらしい。
――俺もそろそろ腹を括る時だな。
「今日の朝、首都の友達と電話で話したんですよ。演劇マニアがいましてね。セシルの演じてきた役についてファイリングしてまして、いろいろ教えてもらったんです」
「それがどうした?」
「ええ。その時言われたんですが、工作班が自分で爆破した堤防を、洪水のせいだと報告して『開放式』を延期させたとかなんとかって……」
がちゃん!
「うわっちっちっち!」
風船のように脂肪で膨れた腹に、自分でコーヒーをぶちまけてワッツは飛び上がった。
「大丈夫ですか? 濡れタオルで急いで拭かないと、シミが残りますよ」
「情報部が言ったのか!?」
「は? いえ、これは俺のばーちゃんがコーヒーをこぼした時に……」
「ちがうっ! 情報部が、『開放式』延期に関して、そんなことを言ってたのか、と聞いている!」
「ああ。ええ、そうです。俺はそのころのことは何も知らんと答えたんですが、将軍は何か知ってますか?」
「……」
ワッツの額から盛大に汗が流れている。
「そう言えば軍政監部は、やっぱり自治政府に乗り気じゃないみたいですね。このまま『再教育政策』をやっても現状打開は難しいはずなんですが」
「……」
「それでは、仕事に戻ります。シャツのシミ、本当に早く抜いた方がいいですよ」
――椅子にふんぞり返ってるだけなら、どんなバカにもできる。せいぜい冷や汗かいてくれ。
◇
ふと気が付くと、街の中心街に面したカフェテラスに座っていた。
――いったいいつの間に?
目の前にはあの帝国の尋問官が座って、なにやら台本を読んでいる。右隣に落ち着かない様子でマネージャーのマイヤーズが汗を拭いていた。
――なんでここに? いや、私が帝国に捕まったことがわかったのなら、早く保釈手続きをすればいいのに。
「マイヤーズ、そんなところで……」
「やっぱり帝国の尋問官が、捕虜にいきなり演技指導を受けるのは、非現実的なんじゃないかな」
尋問官の男が、いきなり言った。
「なんですって?」
「台本見たろ?」
あごで私の前を指す。目の前のコーヒーの入ったカップの横に、台本が置いてあった。
『尋問室』
とタイトルが入っている。
捕虜 「遅い登場ね。2週間後にライプスで公演があるの。1週間前には稽古に入りたいから、すぐに済ませて頂戴」
――不機嫌そうに。
捕虜 「朝イチからあるかと思えば、午後まで2時間切ったところでやってくるなんて、怠慢ではないかしら?」
尋問官「待たせてすまなかった。俺は通称……」
捕虜 「いまさら自己紹介なんて必要ないわ。それに通称? ますます意味がないわね」
これはさっきの会話だ。
いや、今の太陽の位置は、午後もかなり過ぎてる? どうも記憶が飛んでいる。
しかしこれはいったい何を始めたんだろう? 怒るべきなのか笑うべきなのか。
笑いが勝った。
「なにかとんでもない馬鹿げたことを始めたわね」
くっくっくっくっ、とこらえきれない笑いが漏れる。
「お腹が痛くなる前に、どういうことか説明していただけるかしら?」
「えっと、だから、映画を撮るんだろう?」
マイヤーズが恐る恐るといった感じで横から答えた。
「映画ですって?」
「いまさら、またヘソ曲げないでくれると助かるんだけど……」
ときどき変なことを言う癖のある男だが、今日のは極め付けだ。
「マイヤーズ。私は尋問されてるのよ?」
「それはわかってるよ」
わかってないわよ。この役立たず。映画と尋問じゃ、天と地ほども差があるじゃないの。
「だいたいこんな街の真ん中で、茶番をするなんてどういうこと? 私が逃げ出したらどうするの?」
「そ、そんな! 逃げるなんてやめてくれ!」
マイヤーズが悲痛な声を出した。
「ちょっと、マイヤーズ。黙っててくれない?」
「マイヤーズさん、少し口を挟まないでいてください」
2人から言われて、マイヤーズは汗を拭きながら縮こまった。
周りの町並みをぐるぐる見渡す。警備の保安隊の姿はないようだが……。
同じカフェテリアの椅子に座ってる若い男が、こっちをチラチラと見ている。私服の保安隊のようだ。
こんな意味不明な尋問を街中でされて、保安隊も迷惑な話だろう。
「とにかく1週間、帝国に協力してもらおう。1週間過ぎたら、次の舞台だろうとどこだろうと行って構わない」
「1週間で、必ず釈放すると言うの?」
「1週間で解放する」
嘘には見えなかった。この男も結構演技力がある。といっても、舞台に立つための演技でなく、詐欺師のような人を騙すための演技のようだが。
「それで? 映画ですって?」
「帝国に友好的だという証明になる」
「考えたわね」
私がレジスタンスで無い証明と、帝国のプロパガンダ映画の作成と一石二鳥というわけだ。
「でもこの台本は何? さっきの再現?」
「これは没で、こっちに直す。ずっと現実的だ」
尋問官は、ぽんともう1冊の台本を机に出した。
尋問官「レジスタンスであることを白状しなければ、身体に聞くことになる」
捕虜 「帝国の下品な尋問官は、やっぱり言うことも下品ね」
尋問官「随分反抗的な態度だが、ぶん殴られてその綺麗な顔が傷ついたらどうする?」
捕虜 「手錠で動けない女を殴るわけね。ご立派だわ」
――尋問官、叩くマネをする。(効果音を入れる)
捕虜 「やってくれるじゃない」
――尋問官、ニヤリと笑う。
尋問官「まぁ、夜は長い。ゆっくり行こう」
確かにこっちのほうが、尋問っぽい。自分が殴られるシーンは気に食わないが。
そもそもなんで、昨日の尋問を演技だということにしたいのだろう? 報告されたら困ることでもあったのだろうか。確かに捕虜と尋問官が、演技の練習なんて自慢できる話ではないけれど。
台本は、気丈な捕虜にだんだん尋問官が気圧されて、尋問官が悩み始めるところで終わっている。
なかなか面白い内容だが、こんな反帝国的内容で公開できるのだろうか?
「こんな内容で公開できるの?」
「いいものなら、大丈夫さ。君のファンは多いしな」
「まぁ、いいけど。1週間じゃ無理だと思うわよ?」
「もちろん、何ヵ月後か時間が空いたときに、続きを撮る予定だ」
「ええっ!? そーなんですかぁっ!?」
いきなりマイヤーズが声を上げる。
「マイヤーズ、うるさいから黙ってくれない?」
「マイヤーズさん、静かに」
「あうう……」
2人に言われて、マイヤーズはますます縮こまった。
「何考えてるのかわからないけど、演技のことなら手抜きはしないわ」
「それで結構だ。ちなみにコレは小道具だ」
蝋燭を出して火をつける。そう言えば昨日の取調べ室にも同じものがあった。
「あ、あの~」
後ろから声を掛けられて、びっくりして振り返る。
さっきチラチラこっちを見ていた、私服の保安隊の青年だった。
「サインもらえますか?」
「は?」
「えーと、サイン欲しいんですが……」
胸に抱えた色紙を見せる。緊張して手が震えていた。
「いいけど……」
サインをしてあげる。すると嬉しそうな顔になって「ありがとうございました!」と叫んで、走り去った。
「……」
保安隊の人間ではなかった、ということなのだろうか?
仕事中にサインを貰って、しかもその後に持ち場を離れるなんてありうるのだろうか?
私が勘違いした? では本物の保安隊はどこ?
無性に私は焦った。
ジリリリリ。
突然ベルが鳴った。
目を上げると、テーブルの上に時計が乗っている。
「時間だ。これで終わりだな」
尋問官の言葉に、何か答えようとしたら、ストンと意識が落ちた。
◆
夜の尋問。
背後から、映画のカメラが自動でフィルムを吸い込む音が鳴り響いている。
セシルは囚人服を着せられ、後ろ手に手錠をされていた。俺は椅子に座っているセシルをじっと見下ろしている。
「ん……ん……」
時間通りにセシルが目を覚ます。
「おはよう。夜の尋問を始めよう」
「……さっきと比べて、随分な格好ね」
「こっちの方が尋問っぽいだろ?」
「……なかなか、いいカメラじゃない」
後ろで回ってるカメラに気が付いたようだ。
「帝国は金だけはあるんだ」
「ふん。他国から巻き上げた癖に」
「敵対発言だな。自分がレジスタンスであることを、認めるか?」
「いいえ。でもレジスタンスでなくても、帝国のやり方を認めない人間は、世界中にいるわ」
「だろうな。しかしセシル、今は君が問題だ。世界の誰かでなく君がな」
俺の言葉に反抗せず、軽く目をつむって、すっと息を整える。これだけで平常心を取り戻せるのだから見事だ。
だが目を開いたとき、訝しげな表情で辺りを見回す。過去を思い出せないのだろう。
「レジスタンスであることを白状しなければ、身体に聞くことになる」
俺はゆっくりと言った。はっと息を止めてこちらを見上げるエミリア。
「帝国の下品な尋問官は、やっぱり言うことも下品ね、とでも言いそうだな」
俺が言葉を続けると、すっと厳しい表情に変わった。
「随分反抗的な態度だが、ぶん殴られてその綺麗な顔が傷ついたらどうする?」
「手錠で動けない女を殴るわけね。ご立派だわ」
まるで本当にそう思ってるかのように、セシルは言った。これが演技なのだから、本当に見事である。
俺はすっと手を近づけると、叩くマネでなく乳首を狙って指先を這わせた。クリッと指に引っかかる。
「あっくぅぅぅぅ!!!」
ビクビクと身体を痙攣させて、セシルは喘いだ。素晴らしい感度である。
しかしすぐに立ち直ると、殺気のこもった目で見上げてきた。何が起きたのか瞬時に判断したのだろう。
「やってくれるじゃない!」
自分で言ってしまってから、ハッとしている。今の怒声は演技でなかったのだ。しかし台本のセリフと同じ言葉を言ってしまった。
別に珍しい現象ではない。セシルの感情を現すのに、違和感のないセリフだったから出ただけだ。もっとも、そうなるように台本の言葉は選んであったのだが。
「演技の最中に、足を怪我したとする。足が痛いからって、君は演技をやめるか? やめないだろう? むしろ平然とした表情でやり抜くに違いない。今回もそれと同じだ。ただ、違いは痛みでなく快感であるということだな」
「コノヤロウ――」
セシルが初めて年齢相応の表情で、悪態をついた。
俺は台本どおり、ニヤリと微笑んで答える。
「まぁ、夜は長い。ゆっくり行こう」
< つづく >