女王の庭 第9章

第9章 迷宮の小鳥 (3/3)

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 マーメイズホテルの外で、センセイたちが待っていた。
 センセイはまた、小田とシュウ君に両側から挟まれて、身体をくねくねとさせていた。甘ったるく顔を赤らめて、見るからにイヤらしくい。
 これが、センセイの本性なんだ。

 小田が大喜びで里穂を迎える。
「おっ、来たなヘンタイ女子高生。晴菜にホテルに呼びつけられ、尻尾振ってやって来たんだね。ボクとえっちしたくてしょうがないんだ」
「そんなわけないでしょ!」
「じゃあ、何しにきたのかなぁ?」
 言い返せない。
 シュウ君まで里穂をバカにする。
「びっくりだよ。里穂が喜んでやって来るなんて。おれにはなかなか手も握らせてくれなかったのに。やっぱ、小田さんの魅力ですかね?」
 相変わらずこのバカは、必死になって小田におべっかを使っている。
 シュウ君の鼻先には、ニンジン代わりにセンセイの身体がぶら下げられているんだろう。すっかり小田のちょうちん持ちだ。

 すぐにその場で、小田に抱きつかれた。
「イヤ!」
 里穂が暴れると、またセンセイが里穂をおとなしくさせる。センセイも、シュウ君と同じく小田の下僕だ。
 小田は、里穂のスカートの中に右手を差入れ、ボレロの襟元から左手を突っ込む。
「イヤって言ってるでしょっ。このヘンタイ!」
「いまさら何言ってるんだろこのエロエロ女子高生は? さっきだってボクのオチンチンおいしそうに舐めてたくせに」
「おいしくなんかない! センセイに言われて、無理やり……ンッ、ヤンッ」
 やはり体調が悪い。チョット触られただけなのに、こんなにクラクラする。身体が熱っぽい。立っているのが大変だ。
 こんなに体調が悪いのに、こんなヤツとホテルに行くなんて。

 すでにチェックインは済ませてあったらしく、フロントは素通りして直接エレベータに乗った。
 ホテルのロビーでは小田も慎んでいたが、エレベータに乗るなり、また里穂の身体に手を伸ばす。
「イヤだってば! もう、何度言わせるのよっ」
「まだ言うの? ここまで来てるのに。ほら、エロ女子高生、さっさと服脱げよ」
「なんでそんなことしないといけないのよ!」
「20階に着くまでに脱げ」
「なに考えてるの。こんな場所で」
 小田は小野寺センセイの方を見ている。
 意を汲んだ小野寺センセイが、里穂に目を合わさないようにしながら言う。
「里穂ちゃん、ごめんなさい。……20階に着くまでに服を……脱いで」
「センセイッ、どうしてそんな……そんな非常識なこと!」

 慌ててエレベータの階数表示を見る。
 高層階用エレベータで、18階までは階数表示がない。今どの辺りにいるかわからない。
「ウソっ、やだよ」
 急いでボレロのボタンを外して、袖から腕を抜く。

 気を使っているつもりなのか、センセイがボレロを受け取ろうと手を伸ばす。里穂はセンセイの顔に投げつけてやる。
 センセイは自分が脱ぐわけじゃないから、そんな余裕なんでしょ! 人に命令すんだったら、自分だって同じ恥ずかしさを味わってよ!
 センセイは、里穂の投げた上着が顔にぶつかって、痛そうに顔をしかめる。
 いい気味。

 それを見て、小田が楽しそうに笑っている。
「ははは。それが先生に対する態度ぉ? 礼儀を知らない子だなぁ」

 むき出しになった里穂の胸に、小田が手を伸ばし、軽くもみ転がす。
「ヘンタイ女子高生は、いい乳してるなあ。な、修太?」
 小野寺晴菜ほどではないが、まだ女子高生ということを考えたら、十分な成熟ぶりだ。
「でも、やっぱり小田さんの晴菜のほうがいいすよ」
「そうか? ボクは里穂ちゃんのも、初々しい感じがして、なかなかだと思うぞ」

 エレベータの外面はガラス張りで、街の風景が下に見下ろせる。
 外から見れば、里穂が裸になっているのがわかるかもしれない。
 里穂はできるだけガラスの壁面から離れて、ドアに張り付く。

 階数表示の18階が灯った。
 20階に着くまでに脱がないといけない。
 急がないと。
 「晴菜セレクション」のデザインがサイテーだったおかげで、脱ぐのに苦労はしない。リボンになっているウエストの帯をほどき、その裏のホックを外す。ぱさりと足元にスカートが落ちる。

 まだエレベータは着いていない。
 下着を着けていなかったおかげで間に合った。
 ほっとした。
 すぐに我に返った。
 心の中で自分を責める。
 なにほっとしてるのよ。こんな恰好になっているのに。

 すぐに小田が、下半身の陰りに手を伸ばしてくる。
「よく間に合ったね、エロ女子高生ちゃん。さすが晴菜の教え子。ボクに触ってもらいたくて急いで脱いだんだね」
「ちがうッ!」
 小田が、里穂の身体に迫る。里穂は背中を壁に押し付ける。狭いエレベータの中では、それ以上逃げられない。小田の指が里穂をとらえ、グイグイと割れ目の縁を擦ってきた。
「アンッ」
 こんなガラス張りのエレベータの中で、こんなおかしな男にアソコを触られて、こんな声を出すなんて……

 20階に着いた。エレベータのドアが開いた。
 えっ、ウソ。こんな格好なのに!
 誰か客がいたらどうしよう?
 さっきまでドアに貼りついていたのに、今度は反対側のガラス窓に貼りつく。胸元と股間を手で隠し、廊下との間に小野寺センセイの身体が入るようにして、客の目から自分の姿を守る。

 先に廊下に出た小田がからかう。
「里穂ちゃん、早くおいでよ。他のお客さんに、ヘンタイ女子高生のヌードを見せてあげなよ」
「えっ、ウソ? 誰かいるんですか? イヤ。ねえ、閉じるボタン押して。お願い!」
 シュウ君と小田がケタケタ笑う。

 里穂は自分で開閉ボタンに手を伸ばす。小野寺センセイが、里穂に教える。
「里穂ちゃん、大丈夫。廊下は誰もいないから。部屋まで急いで。2010室」
 なにが「里穂ちゃん、大丈夫」よ。親切ぶっちゃって。センセイが命令したせいでこんな格好になったんじゃないの。

 朝、センセイの姿を見たときは、あんな恥ずかしい恰好イヤだと思ったのに、素裸の今の里穂に比べたら、センセイの服装のほうがはるかにマシだ。
 センセイは、わたしにだけこんな恰好させて、自分だけは服着てるからって、なによその保護者ヅラ。

 里穂は前かがみになって、胸元と股間を押さえたみっともない姿で廊下を走った。走りながら、客の目を恐れてキョロキョロと前後を見回す。
「里穂ちゃん、ダメ。部屋そっちじゃない!」
 慌てていて、部屋のあるのと反対の方向に走っていた。
 小田とシュウ君がまた笑う。
「そんなにハダカを見せびらかしたいの? 晴菜に比べればたいしたことない身体なのに~」
 里穂はぐずぐず涙ぐみながら、センセイたちのいるドアの前に走り戻った。

 部屋の入り口でも、小田にイジワルされてなかなか入れてもらえない。ハダカのままで1人だけ廊下に締め出される。ドアを叩いて小田に泣きついてから、やっとドアを開けてもらえた。
 急いでドアの隙間に滑り込む。
 ドアのすぐ内側で待ち構えていた小田の、腕の中に飛び込むことになってしまった。
「キャッ」
「里穂ちゃん。急に抱きついてきちゃってぇ。ボクのことそんなに好きなの?」
「ウソ! ヤンッ! ヤダッ」
 里穂が身をよじると、部屋の奥からセンセイの声がする。
「里穂ちゃん、暴れないで」
「ウウッ、センセイ……」

 これでもう何度目だろう。また小田の手が太ももの内側をこすり、バストの膨らみを撫で回す。ニタニタ笑いながら、小田の視線が里穂の身体を這い回る。
 自分が全裸だということを強く意識する。ハンカチ程度の布着れしかないあんな服でも、着ていないよりはずっとましだった。
 視線になぶられた肌が、本能的な嫌悪感に/無自覚な悦びに、ゾクゾクと反応する。

「里穂ちゃん、手をどけて。ツトムさんに身体を触らせてあげて」
「ヤダよォ、センセイ」
 でも、言われたとおりにする。力を抜いて、ダラリと両手を下げる。身体の大事な場所のガードを外して、小田に曝す。

「うんうん、里穂ちゃんは、素直ないいコだね。先生の言いつけをしっかり守って、先生みたいなヘンタイになるんだよ」
「やめてください。センセイのこと、そんなふうに言わないでください。センセイは、ヘンタイなんかじゃ……」
 ヘンタイなんかじゃない? 
 あんなエッチな服着て、小田みたいなキモい男とあんなエッチなことをして、今井さんを裏切ってるんだよ、センセイは。
 今だって、ベッドの上でシュウ君と抱き合って……。
 シュウ君、私のカレシなのに!
 里穂は言い直す。
「……私、センセイみたいなヘンタイじゃないもんっ」
 視界の端で、センセイが身じろぎするのがわかる。
 そうよ。私、もうセンセイみたいになんか、絶対になりたくない。

 小田のざらざらとした手が、里穂の股間を襲う。もう何度も触っているので、新鮮味を味わうような慎重さはない。遠慮なく里穂の毛を掻き分けて、品定めをするように若々しい獲物を確かめる。
 里穂の身体が、ビクンと震える。
「ウウッ、イヤだよ。キモチ悪い。アンンッ、触んないでよ」
「嘘つけ、全然キモチ悪いなんて思ってなくせに」
「何言ってんですか! キモチ悪いに決まってるじゃないですか! あんたみたいなヤツの……ンンッ」
 まただ。身体に力が入らない。
 もう、どうしてこんなときに体調が悪くなっちゃうの?
 脚の力が抜けて、小田にもたれかかる。
「ふふふ。里穂ちゃんカワイイねぇ」
「アン……あんたになんか……あんたに言われても、ゼンゼン嬉しくない」

 小田が左腕で里穂の腰を支える。小田の唇が、里穂の胸元に吸い付く。
 ぎょっとなって、里穂は背中を震わす。
「ン……汚い。舐めないで……」
 生暖かく濡れた舌腹が、里穂の肌を下る。ナメクジのような舌の軌跡が、さわわわと肌に残ったまま消えない。しかも、そのナメクジの感触は、里穂の乳首に近づくにつれ、イヤな粘度を増しているような気がする。
「やめて、そっちへ行かないで」
 小田は、里穂のなだらかな膨らみの頂にたどり着いて、小さな突起を軽く噛む。
「ングン」
 里穂はガクンと膝を折って、小田に抱きつく。
 やだよ。汚い。気持ち悪い。狂いそう。
「エロエロ女子高生は敏感だねぇ」

 奥のベッドの上で、センセイは、シュウ君と身体を触り合っている。
「アンそこッ」
「ウォッ、晴菜、すげぇエロい」
「ねえ、舐めさせて」
 いつもの上品なセンセイとは大違いの悩ましげ声。そして、いつものんびりして気後れがちなシュウ君とは大違いの切羽詰った声。

 そんなふうにシュウ君を喜ばせている最中なのに、センセイは、注意深く里穂の様子を観察している。里穂のためではなく、小田のために見守っている。小田のためのアドバイスを、里穂に送る。
「里穂ちゃん、ベッドへ」
「ウフン? ベッド……?」
 ぐったりと小田に身をもたせたまま里穂が顔を上げる。
 うん、ベッドへ行こう。もう立ってられない。本当に熱っぽい。風邪のせい。ベッドで休もう。
 でも、歩くのが大変……。

「里穂ちゃん、ツトムさんにベッドに連れて行って欲しいって、お願いするのよ」
 ええっ? やだ。それじゃまるで、私が、この男を誘ってるみたいじゃないの!? そんなこと言わせるの?
 里穂は、小田の胸の中で顔を上げて、小田を見上げる。
 うわ、キモイ顔。
 なんでこんな近くにあるの? こいつの顔が?
 ああ、私、小田に抱かれてる!
 うわ、サイテー。汚い。
 でも、言わなきゃ。

「小田……さん、里穂を、ベッドに連れて行って」
 里穂は、真っ赤になりながら小田にお願いする
「ふふ。エッチ女子高生ちゃん、ベッドで何をしたいの?」
「別に、なにも……小田さんが……アアン……考えているようなことは……」
「またそうやってもったいつけちゃって。エッチしたいくせに。やぱり晴菜先生から、男をどうやって焦らすか、みっちり教えてもらってるんだね」
 小田に肩を抱かれて、ベッドに移動する。小田の手で軽く突き倒されて、里穂はベッドに倒れこむ。

 隣のベッドのセンセイはもう、シュウ君の上にまたがっている。いつも上品に揃えていた綺麗な長い脚は、今は、はしたなく広げられている。センセイの指が、シュウ君のおチンチンをくすぐる。センセイの腰が、シュウ君の腰ににじり寄っている。
 アアやめて。イヤだ。センセイのそんな恰好見たくない。
 センセイ、私からシュウ君を取らないで。
 シュウ君、やめて。私からセンセイを奪わないで。

「里穂ちゃん、ツトムさんの服を脱がすのを手伝ってあげて」
 小野寺センセイはシュウ君の相手をしながら、教え子の面倒はきちんと見る。1つ1つ「ツトムさんのオンナ」のたしなみを教える。

 里穂は、ベッドの上で横ひざになって、手を伸ばして小田のズボンの手を添える。
 けれど、男の服を脱がすことに慣れていないので、結局、ろくな手助けはできない。小田はほとんど自分で服を脱いで、ハダカになる。すぐに里穂の横に這い寄る。
 醜い身体。汚い身体。腐った魚のようにヌルヌルとして、気持ち悪い。
 でも、ぽかぽかと暖かい。磁石のように里穂を吸い寄せる。

 何なんだろうこれ? いったい何?
 里穂はもう、自分の身体を隠すのを忘れてしまっている。
 里穂の身体がますます熱っぽい。風邪のせいだ。それから、小田が気持ち悪いせいだ。ある種のアレルギー反応だ。絶対にそうだ。

 小田はヘンタイだから、アソコやオッパイばかり触ってくる。小田に触られたところは、日焼けのあとのようにジンジンする。やるせなくてむずがゆい。このヘンな感じが、ゼンゼン消えない。どうしてなんだろう?
 里穂は、切なく疼く身体が、自分から勝手に小田にすり寄ったことに、気づかない。
 ベッドの上に横たわったまま、乳首を吸われる。舌先がやわらかく押しこんでくる。
 左手が膝の間に入ってきて、指の先がクリトリスを軽くかする。若い里穂の敏感すぎる反応を警戒して、最初は弱い刺激からだ。
「ヤンッ、触んないで」
 自分から身体をこすりつけているくせに、里穂はまだ、自分の官能を認めていない。渇きが癒される満足感を、恐怖感だと無理に思い込む。
「ウウッ……ヘンタイヘンタイヘンタイッ、もうっ、キモイッ」
 小田の指が裂け目にもぐりこもうと探ってくる。不安を感じながら、腰を引いて避ける。じわじわと襲い来る感覚を怖がって、里穂はギュッと膝を閉じる。

 触られただけでこんなふうに潮が満ちて行く感覚は、シュウ君との不器用でせっかちなセックスでは、味わったことはない。何が起こっているのか、まったく里穂にはわからない。自分の身体がおかしくなっている、そうとしか思えない。このヘンタイのせいで、おかしくなってしまう。
 これは、風邪のせい。全部風邪のせい。私の身体が、ちょっと具合が悪いだけだ。
 これ以上おかしくされないようにしなきゃ。

 里穂はがっちりと膝を閉じる。身体を横にして足を折る。小田は閉口して、小野寺センセイを頼る。
「晴菜。教え子の教育がなってないぞぉ。アソコを触ってもらいたいときは、ちゃんと足を開くように言っといてよ」
「やめて! 何言ってるのよ、私、触ってなんか欲しくない。ねえ、やめて。私、風邪引いてるの。ンン……身体がヘンなの。こんなことされたら、身体がおかしくなっちゃう。ねえ、センセイ、やめて。何も言わないで。お願い……」

 センセイは、シュウ君のペニスを掴んで可愛がっているところだった。潤んだ目が里穂を見て、かすかに曇る。里穂がすっかり溶けてしまっていることは、同じ女ならわかる。
「ごめんなさい……里穂ちゃん……感じているのね」
「感じてるんじゃないってば、センセイ。バカ。私の言うこと聞いてないの? 風邪なんです! 熱出てるんです! ダメ……ヤン……」
「熱が出てるのは、風邪のせいじゃないでしょ? 里穂ちゃんの身体が、ツトムさんが欲しくて、熱くなってるのよ」
「ちがいます。センセイ、違うんです。わかってください」
「里穂ちゃん。そういう時は、足を広げて。ツトムさんに、アソコを触ってって言って」
 里穂は固く閉ざしていた膝を広げる。
「やだ、どうして? やだ……ちがうんです、センセイ。センセイ、信じて。勝手なこと言わないで。ちがうの、私、ちがうの……」 それ以上、センセイに逆らい続けることはできない。里穂は小田に向き直る。「小田……小田さん、里穂の……アソコに触って」
 ついに、口にしてしまった。

 小田は、里穂に頼まれる前にもう、毛を掻き分けている。里穂が求めるや否や、合わせ目を割る。
「ウンンッ」
 里穂は、思わず腰を浮かせる。腰が震え、その波が全身に伝わる。
「ヤダよォ。そんなところ、アンッ、ンッ、アンッ」
 小田が、滲み出た液を掻き出すのにあわせて、里穂は息をあえがせ、太ももを揺らす。部活で鍛えられて引き締まった両足の筋肉が、かすかに緊張する。

 晴菜が里穂を見る瞳に、憐憫のほかに、かすかな羨望が浮かぶ。
 なんと言っても、晴菜の官能の本来の支配者は、小田ツトムだ。小田がイヤらしく他のオンナの身体を弄ぶのを見ていると、晴菜の身体も加熱する。
 晴菜は、今の相手の修太に向かう。若さに任せ猛り走る修太を、これ以上なだめる必要はない。今はもう、晴菜も欲しい。

 晴菜は、仰向けの修太にまたがって、その熱すぎる昂ぶりの中心を掴む。
 ビクンと修太が反応する。
「うわっ、晴菜、頼むよ。入れさせてよ」
「うん、嬉しい。修太さん、晴菜も、欲しいの」
 掴んだ一物を自分に当てる。晴菜は中腰の体勢で、身体を揺すって自分の中に入れる。挿入は、スムーズすぎることもなく、ぎこちなさすぎるということもない。修太のペニスは、確実に沈み込みながら、晴菜の肉の心地よい反発を味わっている。
「ンッ、いい。晴菜。熱い。きつい。ウッ、吸い込まれる!」
「嬉しい。修太さんのが入ってくる!」

 里穂はその隣のベッドで、小田にアソコの中を探検される。若い身体の官能の仕組みを、調べられている。どの順番でスイッチを押せば、里穂の身体の鍵を開けることができるのか。経験の浅い里穂の官能は、暗闇に包まれているはずなのに、仕込まれた催眠術が暗闇を照らす灯火になって、小田の探検はずいぶんと容易だ。
 小田は見つけたばかりの里穂の秘密を利用して、里穂を未体験の感覚に引きずり込む。小田の指先が、軽く引っかくように里穂の内側をくすぐる。小田の太い舌が、外側から里穂のそこを唾液まみれにする。

 さすがの里穂も、これ以上現実から目をそむけているのは難しくなる。
 これが感じるっていうことなの? これがエッチするってことなの?
 ちがう。ゼッタイにちがう。
 でもさっき、センセイは里穂が感じてるんだって言ってた……
 ちがう。ゼッタイにちがう。センセイは間違ってる。
 センセイは、自分がエッチだから、里穂もそうだと思い込んでるんだ。
 私、キモチ悪いの。小田に触られたくないの。
 水に落ちたせいで、風邪引いて、熱出てるから、だからこんなふうなの。
 センセイが、里穂が感じてるなんて言うのは、ウソだ。ウソに決まってる。
 センセイのウソツキ。

 小田が親指で、クリトリスにそっと触れる。
「アンッ、そこ、触らないで。痛いっ。ヤン」
 里穂の反応を見て、小田はいったん責め手を緩める。もっとマイルドな刺激を探る。
 シュウ君に、クリトリスを触られても痛いだけだった。
 でも小田は、ちょうどいい加減を見つけた。潤滑液がわりの唾液をまぶしこみ、舌先で微かにつつく。里穂はばね仕掛けのように身体を跳ね上げる。だんだん慣れてきたところで、小田の舌がベタリと押し包む。
 その感覚が、電気のような激しさで里穂を突き抜ける。最初感じていた痛さは消えてしまった。
 静電気のような感じ。その感覚が、後を引いている。
 クラクラしながら、里穂は自分に言い聞かせる。

 これは、感じているのとは違う。
 感電しただけ。これは、エッチで感じているのとは違う。
 うん、私、感じてなんかいない。
 センセイは、やっぱりウソツキ。
 胸の先が……乳首の先が、突っ張ってくるような感じがしてキモチ悪い。ゾクゾクして、くすぐったくて、ジンジンする。
 私、全然、感じてなんかいない。これ、エッチじゃない。風呂に入ったとき、虫刺されがジンジンするのと同じだ。熱っぽいから、こんなふうに感じるだけなんだ。
 センセイが感じてるなんて言うから、おかしなこと考えちゃうんだ。
 センセイのウソつき。センセイのバカ。

 里穂は、力なく、小田の肩に顔を埋める。強い感覚が駆け抜けるたびに、小田の背中に回した手にギュッと力を入れる。
 センセイのウソつき。センセイのヘンタイ。
 大っ嫌い。

 そのセンセイが、隣のベッドで鳴くような声を上げる。
 さっきまでずっと、柔らかでまとわりつくような甘い声で、シュウ君と囁きあっていたのに、今では、ずっと高音の声で睦いでいる。むせび泣く音楽が、絶え間なく何かを求めている。

 里穂は、小田の肩先から顔を上げた。
 ぼんやりした視野の中に、センセイを見る。
 あられもない姿に、目を見張る。
 センセイがシュウ君の股間の上にまたがって、綺麗な身体を上下に揺すっている。汗ばんだ肌を光らせながら、小刻みに跳ね、時折前後に揺すり、軽く捻る。細い背中がのけぞって、髪の毛がふわりと広がる。
 あの奥ゆかしいセンセイが、自分から、腰を振っている。里穂が憧れていた上品さは、淫らな波に飲み込まれて、その落差に呆然とする。里穂の純真な憧れを飲み込んだその波は、そのまま里穂の官能も巻き込もうとする。

 身体を揺らしながら、センセイの鳴き声が高まる。
「アンッ、アンッ、いい。修太さん」
 センセイの優しい声が、切なく深く、里穂の官能に響く。
 ああ。イヤだ。センセイ。エッチすぎます。センセイがそんなエッチすぎるせいで、里穂も……、だめ……。

 センセイの放射する淫らな熱が、里穂の官能をあぶる。小田の指と舌が、里穂の身体を追いたてる。里穂は、小田の腕の中で身をこわばらせる。
「ンフン、アアアンン」
 里穂のため息が、切ない喘ぎ声の中に掠れていく。

 里穂の身体に不慣れな小田も、その変化に気づく。
「先生が感じたら、教え子も感るんだね」
「イヤン、感じてないって、言ってるじゃ……アアンン」
「ヘンタイ女子高生はウソつきだなぁ。でも、そんなに晴菜先生のことが好きなら、晴菜先生と一緒にイカせてあげるよ」
「イヤ……だから、感じてない……わたし、先生みたいな……アンンッ、ちがうッ」

 小田が、人差し指でグリグリと擦る。指の腹で、天井を揉みほし、里穂の知らない秘密の扉をコンコンと叩く。ときおり、親指でクリトリスの根元をくすぐると、その官能の扉は、ガタガタと揺れ始める。
 もうすぐ開きそうだ。
「ヤン……ヤン、キモチ悪い……イヤ、やめてンン」

 隣で、ギリギリのところで官能をコントロールしていた晴菜が、一線を越える。リズムよく腰を振り、いったんグイと腰を沈め、力を込めると修太を締めつける。
「アンッ、いい。出して」
 修太が、晴菜の言うがままに若い精液を注ぎ込む。
「うわあ。すごい、晴菜。すごい」
「アンンンンッ、修太さん」

 里穂には、そんな声は聞こえない。急に周りが見えなくなって、視野が狭くなる。その一瞬後には逆に、真っ白になる。全身がガクンと持ち上げられたような感じと、全身が小田の中に沈み込んで行くような感じとが同時にわき起こる。何がなんだかわからなくなる。息がつまり、声を上げることもできない。体が言うことをきかなくなり、緊張した筋肉が無理な姿勢を強いる。
 何も考えられない。

 里穂に初めて、本物のオーガズムが訪れた。
 里穂はずっと、小野寺センセイのようになりたかった。
 里穂は、小野寺晴菜のように、小田の指でイカされた。

14

 初めての感覚に、里穂はフラフラだった。里穂が何も考えられないというのに、小田は容赦しなかった。
 力の抜けた里穂の身体を仰向けに押し倒し、その上にのしかかる。里穂の脚を押し開き、自分を重ねようとする。里穂の身体に触るたびに、里穂が可愛らしく飛び跳ねる。釣り上げたばかりの魚が、掴んだ手の中で跳ねるみたいだ。

 晴菜が、官能の余韻をたたえた声音で、小田の後ろから話しかける。
「ツトムさん……私のお願いをどうか……里穂ちゃんは……許してあげて」
 小田が意外そうに振り返る。

 晴菜は、小田ツトムに逆らえるわけがない。
 3ヶ月前ならともかく、今では晴菜もそれをよく知っている。小田のもたらす悦楽の虜になり切った今では、こんなふうに小田になにかを頼むことは、少ない。

 晴菜が重そうに身体を起こす。火照った身体を修太の上から降ろす。
「ねえ、ツトムさん……私……今は、私を抱いて」
 晴菜は、小田にねだりながら、期待に疼く身体を震わせる。やはり晴菜は、小田の虜だ。
「今日はまだ全然、ツトムさんとは……。ね? いいでしょう? ……だから、里穂ちゃんは……」
 よリ深い快楽を願うのなら晴菜は、小田の身体を求めずにはいられない。

 そして、晴菜が小田の身体から離れられないのと同じように、小田の欲望も晴菜の魅力からは逃れられない。
 こんなふうに晴菜に求められると、小田の心は揺れてしまう。

 小田は確かに、思わぬ運で、小野寺晴菜の心も身体も自由に出来るようになった。けれども、憧れ続けた小野寺晴菜への偏執は消えていない。小野寺晴菜の神々しい美貌は未だに、胸をかきむしりたくなるくらいに小田のコンプレックスを焦がす。
 だから、小野寺晴菜が本気になってこんなふうに迫ってくると、小田の切ない欲望は、奥底から掻きたてられる。

 小野寺晴菜が欲しい。もっと欲しい。
 小野寺晴菜は小田のものだ。かつては絶対に手が届かなかった。いまでは完全に小田の手の中にある。
 でも、まだ足りない。
 もっと、欲しい。全部、欲しい。

 消えない傷跡はいつまでも疼いて、小田の精神から余裕を奪う。晴菜の魅力は、小田を盲目にさせる。
 小野寺晴菜が、小田の心の致命的な急所だ。だから小野寺晴菜なら、小田の心を動かすことができる。

 そのはずだった。

 けれど小田の心のその急所は、下川倫子が先まわりして、しっかりと押さえてある。
 盲目の小田に、進むべき道を前もって教えてある。
「小田クン。その女子高生を晴菜の前で犯すのよ。それを晴菜に手伝わせるの。晴菜が可愛がっているその子を、晴菜の手で、小田クンに差し出させるのよ。
 ねえ、小田クン? 自分の大切なものを供物にささげるのは、どういう意味かしら?
 それは一種の儀式。たとえば、神様に大切なものを生贄に差し出す。人間はね、生贄を差し出すことで、神への信仰を確かめるの。
 晴菜はこの儀式で、自分の大切なその子を差し出すの。そうすることで晴菜は、改めて理解するのよ。
 小田クンは晴菜の神様なんだってことを」

 小野寺晴菜は、かつて小田の女神だった。
 今は、小田が、小野寺晴菜の神だ。
 でも、まだ足りない。もっと欲しい。もっと小野寺晴菜が欲しい。
 自分が、小野寺晴菜の神だということを、しっかりと確かめたい。何度でも確かめたい。
 小野寺晴菜が生贄を差し出す。
 そうすれば、小田が晴菜の神なんだと、確かめられる。

 小野寺晴菜の輝きに目をくらまされて、小田は盲目だ。
 小田はなにもわかっていない。
 小田のこの飢餓感は、永遠に、満たされることはない。小田の心には穴が開いていて、いくら満たしても穴から漏れ落ちる。小田がいくら晴菜を抱いても、完全に満足することはない。小田が晴菜から何を奪っても、小田の中には何も残らない。
 それでも何かに追いたてられるように、小田は晴菜を求める。

 晴菜が、ベッドから滑り降りて、小田のいるベッドにすり寄ってきた。床の上から小田を見上げる。
「ツトムさん……わたし、ツトムさんが待ちきれない……」
 這いつくばる女神の姿を見て、小田は優越感に震える。
 神に祈る信者を上から見下ろすと、こんな感じなんだろうか?
 神に向かって生贄を返せだなんて、なんて虫のいい信者だろう。

 晴菜の願いが聞きとげられることはない。

 小田は晴菜を励ます。
「晴菜。ご苦労様。さあもう少し、もう一働きしてね」

15

 里穂は、男の影が自分に覆いかぶさろうとしていることを、おぼろげに感じる。
 でも、身体がしびれて動けない。いまだに、頭の中でも、全身でも、衝撃の残響がウワンウワンと響いている。
 この感覚は……なに?
 フワフワとした意識の中で、押し流されそうになる。

 男の影が、大きくなる。
 もう、どうなっていい……。
 ああ……でも……。
 うっすらと目を開く。心地よい感覚の中で、自分が感じている違和感にそっと手を伸ばす。
 どろどろに溶けた意識が形をとりはじめ、記憶が蘇る。

 小田!
 センセイの連れてきたヘンタイ!
 今井さんから、センセイを奪ったやつ! センセイをおかしくした男!
 イヤっ!

 里穂の脚が広げられていることに気づく。慌てて膝を閉じる。それだけの動きなのに、身体が重く、億劫だ。
 重い頭を持ち上げて、見る。
 里穂に狙いを定めている醜いペニス!
 ダメ!
 ほんのわずかだけど、意識が冴えた。
「いや! やめて。そんなもの!」

 小田は、陽気な声で里穂に囁く。
「そんなこと言っちゃってぇ。さっきまで自分だけであんなにキモチいい思いしてたくせに。さあ、入れてあげるよ。もう1回キモチよくなろうね、里穂ちゃん。今度のほうがもっとキモチいいよぉ」
「イヤです。ゼッタイに! 私、恋人が」
「もう、忘れっぽいコだなぁ。里穂ちゃんの恋人は、里穂ちゃんの先生が食べちゃいましたよぉ。知ってるくせに。晴菜先生に聞いてごらん。おいしかったですか、って」
 そんな、ヒドイ。

 小田の横で、小野寺センセイが、小田の家来のようにはいつくばっている。その後ろで、シュウ君は満足そうにぼんやりと、快楽の余韻を味わっている。
 里穂の視線が、センセイの視線とぶつかる。センセイは目を伏せる。

 里穂は思い出す。
 小野寺センセイが、はしたない声を上げて、里穂のカレシの上で腰を振っていた。センセイがシュウ君を欲しがって、センセイがシュウ君を誘い込んで、センセイがシュウ君を里穂から奪った。シュウ君は里穂を捨てた。
 イヤな光景。見たくなかったあんな場面。
 そして、このままだと里穂の身も、小田に奪われてしまう!

「それじゃボクたちも楽しもうね。どんなふうにやったらボクを喜ばせられるかは、晴菜先生が教えてくれるよ」
 里穂の引き締まった太ももに、小田が手をかける。
「アアッ、イヤです。やめて。ねえ、センセイ。助けて。イヤアッ」
 里穂の「助けて」と言う言葉に反応して、センセイがビクンと顔を上げた。一瞬うつろな表情をしてから、里穂の方を見つめている。

「センセイッ、センセイ」
 里穂はセンセイに訴えかける。
 センセイが、里穂のそばまで這い寄る。
 里穂の耳元で小さく囁く。
「じゃ、助けてあげる」

 センセイ? 本当ですか?
 センセイ。やっぱり、肝心なときには、里穂の味方になってくれるんですね。よかった。

 センセイは里穂に笑いかける。
「うふふ」
 ねっとりとした動きで、里穂の足元に向かう。
 センセイ、早く。早く助けて。

 センセイは、里穂の足首をそっと掴む。それから、ぐいっと引っ張って、里穂の脚を広げた。
 オーガズムの後を引きずって、力の入らない里穂の両足は、簡単に押し広げられる。

「センセイッ!? イヤァっ」
 里穂が泣き叫ぶ。

 小田が里穂の太ももを両手で持ってしっかりと押さえつけ、里穂にのしかかる。
「晴菜。助かったよ。そんなに里穂ちゃんがボクに犯されるところを見たいんだね」
 小田は楽しそうに笑っている。
「アアッ、イヤッ」

 気がつくとセンセイがまた、里穂の顔の横にいる。
「センセイッ、助けて! センセイっ!」
「助けてあげたよ。うふふ」

 センセイ? 何言ってるんですか?
「センセイ!?」
 センセイが、やさしい表情で微笑んでいる。
 だが、女神のような微笑は、里穂に向けられたものではない。小田のことをうっとりと見て、幸せそうに口元を緩めている。

 センセイ! センセイ……。
 私、センセイに見捨てられた……
 センセイは、私を、この男に売り飛ばした……

 小田のペニスが急角度にそそり立っている。里穂の太ももの間で、まるで笑っているかのように揺れている。小田は狙いを定めて、いったん腰を引く。楽しそうに里穂の方を見ている。

「ねえ、やめてよ。お願いです。やめてください!」
 里穂は、センセイのことはもう頼りにしない。
 こんなセンセイに頼むくらいなら、このキチガイの小田に直接頼むほうが、まだアテがある。

 すぐにでも挿入するかと思ったのに、小田は、何かを待つようにへらへらと笑っている。
 里穂の耳元で、センセイの声がした。
「里穂ちゃん。ちゃんとツトムさんにお願いするのよ。『ツトムさん、来て』って。言ってごらん」
 この人はもう私のセンセイではない。この人の言うことなんて、二度と聞くもんか。

 でも、逆らえない。
 里穂は口を開く。
「ツトムさん、来て」
 イヤイヤイヤ!
 どうしてこんなこと言ってるの私?
 私の横にいるこの人は、もう私のセンセイではない。この人の教えたことなんて、全部忘れてやる。だから、何も……

 再びセンセイの声。
「ちゃんとツトムさんのほうを見て。もっと大きな声で」
 里穂はしっかりと小田を見つめる。
「ツトムさん、来て」

 追い討ちをかけて、センセイが、優しくてきれいな声で囁く。
「もっと色っぽく言うの。だって、里穂ちゃんは本当にツトムさんに犯して欲しいんだもの。こう言うのよ。『ツトムさん、早く里穂に入れて。お願い』」
 里穂は頷く。
 ああ、ホントだ、私、この人に犯して欲しい。ツトムさんに犯して欲しい。
 センセイの言うとおり。私……
 心の底から言う。気持ちが伝わるよう、小田を見つめて、笑いかける。
「ツトムさん、早く里穂に入れて。お願い」

 小田が大喜びで、センセイの顔を見て、それから里穂の顔を見る。
「やっぱりヘンタイ女子高生はヘンタイ家庭教師の教え子だね。ふふふ。えーと、なんて言ったんだっけな。『よっしゃ、入れてあげるよ。こんな可愛いくてエッチな女子高生のお願いだからね。入れないわけに行かないよ』」

 このやりとりは、小野寺センセイが初めて小田に犯されたときの完全な再現だなどということは、里穂が知るはずもない。
 小野寺センセイになりたいという、里穂のかつて夢は、またひとつ叶った。里穂のまったく知らないところで。里穂のまったく望まない形で。

 小田がすぐに押し入ってくる。経験の浅い里穂の中へと、無理やりねじ込んでくる。フン、フン、と息を吐いて、力ずくで挿入する。若い里穂を気遣うそぶりはまったく見せない。
「イタイっ、アンンッ」

 奥のベッドの上からシュウ君は、里穂が犯されるのを眺めている。自分のカノジョが他の男に貫かれているというのに、その目には、テレビ画面を見ているときと同じ程度の関心しかない。

 小野寺晴菜はまだ台本どおりに振舞っている。里穂のすぐ横で、うれしそうに笑っている。晴菜が初めて小田に犯されたときに、倫子がしていた表情と声を、なぞっている。だがそろそろ、演技を終える時間だった。
 痛みを訴える里穂の声を耳にして、晴菜の呪いが解けた。はっと我に返って、声を凍りつかせる。
 自分のしてしまったことに気づいて、愕然とする。妹同然に可愛がっている女の子を、たった今、地獄に突き落としたのだ。それなのに、自分は、笑い声さえ上げていた……。
 力なく床に膝をついて座り込む。震える声で嘆く。
「ああ、私、いったいどうして……なんてことを……里穂ちゃんに……」
 小田に組み敷かれている里穂に、手を伸ばそうとして思いとどまる。晴菜は、小田に逆らえない。邪魔をするわけにはいかない。
 両手で顔を覆い、ウッと嗚咽を漏らす。
「ごめんなさい、里穂ちゃん……私……里穂ちゃんを、助けてあげられない……」

 里穂には、センセイの悔恨や心の苦しみなんてわからない。
 センセイについて考えられることはただ1つ。センセイに裏切られた、騙された、弄ばれた、その悔しさしかない。
 そして、「ツトムさんに犯して欲しい」……。センセイに刷り込まれたこの強迫観念が、里穂の心を縛り付ける。

 こんな男、こんなヘンタイ、いやだ。
 でも、犯して欲しい。
 汚い。よごされちゃう。
 でも、もっと入れて。
 歯を食いしばって痛みをこらえる。
 痛いけど、欲しいの。お願い、ちょうだい。

 苦痛を我慢して、腰を揺すって、小田のペニスを飲み込もうとする。
 肉が擦れて軋むような、感覚。
 でも……。
 気がつくと、痛みとは違う、深くて熱い火照りが、結合部を包んでいる。
 シュウ君では感じたことのない、驚くくらい豊かな感覚。
「アア……ンフン」
 里穂はベッドの上で窮屈そうに身体をうねらせる。
 ああ、もっと入れて。

 両足でぎゅっと小田を挟む。アソコのまわりの筋肉がキュンとすぼまって、なお深く入ってくるのを感じる。
「アフン」
「おわッ、やるじゃないか、エロ女子高生」

 小田が腰を前後に動かし始める。最初はゆっくりと、それから徐々に、激しく速く。
 やはり、里穂の未開発な膣肉は、すぐには男のものに順応できない。そのせいで、お互いに伝わる感触はぎこちない。けれど、その雑にこすれあう摩擦感は、やがて痒さに変わり、じれったい飢餓感に育つ。

「あ……、ンフーン、ねえ、ヘン、私……ヘン」
 里穂の身体の中心が、自分でも信じられないくらいに敏感に小田を感じている。自分の中に小田がいるのがわかる。それをもっと、感じたい。
 だって、こんなにスゴイんだもの。こんなに熱いんだもの。こんなに……

 里穂の変化を狙いすまして、小田は動きを抑える。ゆっくりと、けれども大きく動かして、里穂の隅々に自分を馴染ませる。

 里穂はこんなふうに焦らされたことはない。若いシュウ君がこんな責め方をするわけがない。
 もどかしく全身をうねらせる。小田のペニスをもっと激しく感じたくて、でも、どうやったらいいのかわらかない。小田の一物は、里穂の官能が求めるより、ほんの少し足りないくらいにしか刺激してくれない。じりじりと、里穂の内壁が小田の存在感を求めて、ざわつく。
「ああ、ンンンッ、なに? どうなってるの? ツトムさん……、こんなんじゃ……イヤン、ねえ?」

「んふふ。えっちなんだねぇ里穂ちゃん。やっぱり晴菜の教え子だね。物足りないんだ?」
「ヤン、そんな、ンフン」

 小田が里穂の膝を持ち上げる。浅い角度から突き立てて、もっと奥まで押し込む。数回、強く擦る。
「アンッ、ンンッ」
 新たな刺激に、里穂が大きく喘ぐ。可愛らしい腰を揺らして、無意識のうちに小田と息を合わせる。
 小田は抜き差しに緩急をつけ、数秒おきに角度を微妙に変える。どの角度からの摩擦でも、里穂にとっては初めての経験だ。

 里穂が味わう未知の感覚は、思いもしない色彩で里穂を幻惑する。目眩がするようなキラキラした光のチラツキが、頭の中で揺れる。その光の瞬きが、だんだん大きく、眩しくなる。
 まだ里穂は、どうやればその光が手に入るのかわからない。小さい身体が切なく悶える。懸命に腰を振って、小田に求める。
「ツトムさん、ツトムさん、アンッ、もっと」

 小田は、晴菜と同じ急所を攻めてやる。里穂は、晴菜よりは遠慮がちに、可愛らしい声で泣く。
 晴菜と同じように、焦らしてやる。里穂は、晴菜より軽快な動きで、小柄な全身を揺らす。
 晴菜と同じ手口で、晴菜の教え子を落としてやる。
 小田は、グイグイとかき回し、激しくピストン運動をする。グチャグチャ音をたてながら、里穂の中を貪る。

 里穂の頭の中のきらめきが、一瞬で燃え広がった。
「アアンッ、アア、アア、ヤーーーンッ」
 里穂の生涯の2度目のエクスタシーだった。

 里穂が快感に咽び泣く隣で、晴菜は両手で顔を覆って泣いた。
 里穂の泣き声が、晴菜の心を傷つけ苛む。止まらない血のように、晴菜の目から涙がこぼれた。

16

 翌日の日曜日、里穂は家に閉じこもって過ごした。

 信じられないことに、シュウ君は平然と「えっちしよう」と連絡してきた。
 ありえない。信じられない。
 二人の関係がまだ続いているだなんて、どうしてそんなふうに思えるんだろう。どんな神経してるんだろう。
 頭の悪いシュウ君に、もうとっくに終わってるんだと、はっきりとわからせてやった。

 こんなクズ男のことが好きだったなんて、自分でも信じられない。
 でも、こんなクズ男でも、小野寺センセイにくらべたら、100倍もマシだった。
 シュウ君がこんなふうにおかしくなってしまったのも、小野寺ンセンセイのせいなんだ。
 小野寺センセイは、本当に最低で、クズで、汚くて、ズルくて、残酷で、天使の顔をしているけど中身は悪魔だ。里穂はセンセイのことをあんなに大好きだった。それなのにセンセイは、里穂を騙して裏切って、あのヘンタイ男に売り飛ばした。
 絶対に許せない。

 今井さんに会いたかった。今井さんの声が聞きたかった。
 里穂は今井さんの連絡先は知らない。だからと言って、まさか、センセイに聞くなんてありえない。唯一知っていそうなミッちゃんに電話してみた。
 ミッちゃんはいつものように明るくて、いつもより上機嫌だった。
《あっ里穂ちゃん! うれしいな、また電話もらえて。待ってね、えーと通話中の電話帳検索って、どう操作するんだっけ?……
 あ、でも、そういえば、今井クンの連絡先なんて、そんなの、ハルハルに聞けばいいじゃない? ソラで番号言えるよきっと》
 何も知らないミッちゃんが不思議そうに聞き返してくるのが、里穂の心には痛く響く。

 ぎこちなくごまかす。
「え? あっ、そうですね……あは」
《うーん、操作方法、やっぱりよくわかんない。ごめんね。今度ハルハルに会ったときに、聞いてもらえる?》

「えーと……」
 言葉に詰まる。
《どうしたの?》

 自然な答えを見つけることができなくて、里穂はあせる。でも、ミッちゃんが違う方向に話を進めてくれたおかげで、助かった。
《あ、わかった、ホントはわたしの声が聞きたかったとか? うわ嬉しいな。ねえ、また大学に遊びにおいでよ。明日にでもどう? 最近疲れてたりしない? ハルハルの家庭教師が厳しすぎてストレスが溜まったとか、ない? また催眠術かけてすっきりさせてあげる。そうだ、大学に来たら、その今井クンとも会えるよ》
 確かにストレスなら、いやと言うほどある。けれど……
「えっ、あ、うん。そうですね。でも、えーと、ちょっと、どうしようかな……」
 今井さんには会いたい。ミッちゃんにも会いたい。
 でも、大学に行けばあの小野寺センセイもいる。

 里穂の返事の続きを聞かずに、またミッちゃんが話を変えた。ミッちゃんは少し、様子が変だ。浮わついていて落ち着きがない。お酒でも飲んでいるのかもしれない。
《ねえ、昨日だっけ、ハルハルや今井クンとダブルデートだったんでしょ? 楽しかった? ハルハルって、今井クンといると目に見えてウキウキしてて、可愛いのよね。里穂ちゃんの相手なんか全然してくれなったんじゃないの?》
 ミッちゃんの無邪気な言葉は、里穂の記憶を残酷に堀り返す。
 ミッちゃんは、昨日のことを何も知らないんだ。小野寺センセイの正体も、何も知らないんだ。
 里穂は今度も、「え、まあ」とごまかした。

 ミッちゃんはいろんなことを聞いてきた。センセイのことや今井さんのことをネタにして冗談を言った。里穂は、できるだけ短い言葉で答え、相槌を打ち、とってつけたように笑い声を上げて、やり過ごす。
 里穂の不自然な受け答えに、ミッちゃんは気づいていないようだ。

 ミッちゃんは気持ち悪いくらいにはしゃいでいる。でも、機嫌はいいけど、せかせかして、すこし苛立っているような感じもする。
 里穂が落ち込んでいるせいで、そんなふうに思えてしまうのかもしれない。
 テンションが高くて、それなのにどこかざらざらした感じのミッちゃんとの会話は、心の傷跡も生々しい里穂にとっては、あまりにキツかった。

 小野寺センセイから里穂のママに電話があった。用件は、家庭教師の契約が終了になったので、その挨拶とこれまでのお礼だ。
 何も聞いていないママは驚いた。電話を保留にして里穂を呼んだ。
「どういうこと? これからいよいよ受験なんだから、小野寺先生に来てもらう回数増やそうと思ってたくらいなのに。里穂と先生との間でそんな話になったの? いつのまにそんな勝手なこと? どうしてママには言ってくれなかったの?」

 里穂は無理に明るく答える。
「やっだぁ、そんなことないよ。センセイッたら、真に受けちゃったんだぁ。
 ちょっとセンセイに怒られたときに、私が拗ねてそんなこと言っただけ。ホンキでそんなこと言うわけないよ。
 やだなぁママも。冗談に決まってるじゃん。私がどれだけ小野寺センセイのこと好きかは、ママも知ってるでしょ?」
 ママはほっとした様子で、先生との会話に戻った。

 受話器ごしにセンセイと話しながら、ママは、しきりに首を捻っていたものの、最後にはニコニコと笑う。
「もうまったくうちの里穂にも困っちゃうわ。あ、でも、親の私の教育のせいですね。小野寺先生にもご迷惑おかけしました。
 きっと私とは違って、小野寺先生の親御さんは、しっかりなさってるんでしょうね。
 いえ、そんなことないですよ。あ、ちょっと待ってくださいね」
 ママが受話器を里穂に差し出して言う。
「センセイと直接話しなさい。里穂がタチの悪い冗談言ってセンセイを困らせたんだから、ちゃんと謝りなさい」

 さすがに里穂はまだ、直接センセイと話す気にはなれない。
「いいからママ。大丈夫だって。センセイもわかってくれるよきっと。明後日家庭教師に来てもらったときに直接謝るから」
 照れている風を装って、どうにか断った。それ以上ママに何か言われる前に、里穂は自分の部屋に逃げ込んだ。

 水曜日、いつもと同じように正確な時刻に、小野寺センセイはやって来た。
 あんなヒドイことをしていて、いったい、どのツラ下げて私の前に出て来れるんだろう、このヒトは?
 センセイは、すこし疲れた表情をしているようにも、見えなくもない。けれど、玄関先で里穂のママと会話する様子は、いつもどおり礼儀正しいし、いかにもママに好印象を与えそうな自然な笑顔を浮かべている。本性をうまく隠している。

 いつもは玄関からセンセイの手をとらんばかりにして、一緒に里穂の部屋まで行く。だが今日は、里穂は先に自分の部屋に入って待った。小学生が連れだってトイレに行くみたいに、センセイと一緒に歩く気にはなれない。
 小野寺センセイが里穂の部屋に入ってきた。
 椅子にもたれてセンセイの顔を見上げる。
 吐き捨てるように言う。
「よく平気な顔してうちに来れますね」

 センセイが、顔を伏せる。
「……ごめんなさい、里穂ちゃん。きちんと謝ろうと思って」

「謝ったら私が許すとでも思ったんですか? あんなヒドイことしておいて。私、私、あんな……」
 ダメだ。このヒトの前で泣きたくない。
「……私、本当にセンセイのこと大好きだったのに。それなのにセンセイは私のことを裏切って……あんなイヤなやつと……あんなヒドイことをやらせて……」
 やだ、泣きたくないのに。
「センセイ。サイテーです。
 いったいいつから私のことを騙してたんですか? センセイは、ずっと前から、今井さんのことを騙してたんですよね? 同じように、私に優しくして、私がセンセイのことを好きになるように仕向けてから、それにつけ込んで私を騙して……あの小田ってヤツに……私の身体を売り飛ばしたんですか? センセイ、あの小田ってヤツから、お礼にいくらもらったんですか? あ、そっか、ご褒美にえっちしてもらえればセンセイは満足なんでしたよね。
 私、本当に本当に、センセイのこと好きだったんですよ。センセイが里穂のことをかわいい、って言ってくれたとき、本当にうれしかった。
 あのかわいいって言った意味は、小田のヤツが喜びそうな商品だ、っていうことだったんですか?
 どうでした? 小田は喜んでくれましたか? 私があのオトコに……あんなことされるのを見て、センセイも喜んでたんですか? 私のこと見て、ざまみろとか、思ってたんですか。
 私、本当にバカでした。そんなセンセイのこと信じてたなんで。
 わたし、絶対に忘れませんからね。死ぬまでセンセイのこと恨みますから」
 もっと、ヒドイ言葉をビシッと投げつけてやろうと思っていたのに、ぐだぐだと泣きつくような言い方しかできない。

 センセイは、ウッと息を詰まらせる。数秒、噛みしめるような間を置いてから、静かに話し始める。
 その声は誠実そうで、里穂は油断するとセンセイを信じそうになってしまうのが、自分でも悔しい。センセイの外面のよさに、そこまで里穂が騙されていたという証拠だ。

「里穂ちゃん。ごめんなさい。許してもらえないっていうのはわかっている。私、本当に、あんなことに……
 いえ、言い訳になっちゃうわね」
 センセイは、いったん黙って、言い直す。
「私、里穂ちゃんのことが大好きで、里穂ちゃんのことを本当に妹みたいって思ってた。それは本当なの。里穂ちゃんへのその気持ちは、今でも同じ。今この瞬間も、里穂ちゃんのことを大切に思っている。
 里穂ちゃんを騙してヒドイことしようだなんて、そんなこと考えてなかった。本当に、そんなつもりなかったの。
 でも私……あの日里穂ちゃんに言ったように、ツトムさんに言われると、自分でもわからないの、どうしても逆らえなくて……。私、こんなに里穂ちゃんのことが好きなのに……
 ああ、だめよね、こんなの、里穂ちゃんに信じてもらえるわけないよね。
 私、里穂ちゃんが言うように、最低の人間なんだと思う。私、あの日里穂ちゃんが見たとおりの人間なの。ツトムさんに……私、ツトムさんにどうしても惹かれてしまって……ツトムさんには逆らえない。ツトムさんとえっちしたら自分のことがわからなくなってしまう。ツトムさんに言われたら、どんなことでもやってしまう。そんな女なの。
 だから、私が、ツトムさんに逆らえずに……いえ、また言い訳ね、ツトムさんのせいにしちゃってる……里穂ちゃんのことを裏切ったというのも、里穂ちゃんの言っている通り。
 どうしてあんなことをしたのか……ああ、もう、言い訳ばっかりね……でも、本当に後悔してて、里穂ちゃんに申しわけなくて、自分のことが憎らしくてしようがない。
 もちろん、こんなこと言っても里穂ちゃんには許してもらえないし、里穂ちゃんの痛みは癒えるわけじゃないことはわかっている。
 でも、ほかに言葉がないから、言わせて。ごめんなさい。里穂ちゃん、本当にごめんなさい」

 センセイは、静かに、苦しそうに、里穂の目を真剣に見ながら話す。
 その表情は、さも本当のことを言っているように見える。
 でももう、センセイのことは信じられない。
 先週まであんなに優しくてきれいで、天使か女神のように見えていたのに、土曜日には、売春婦みたいにえっちに乱れて、今井さんを裏切り、シュウ君をユーワクし、シュウ君をおかしくし、里穂も裏切り、里穂が嫌がることをムリヤリやらせて、里穂を売り飛ばし、小田と一緒に里穂にヒドイことをした。
 それが小野寺センセイなんだ。それがセンセイの正体なんだ。

 それなのに、どうしてこんなにセンセイのことが、誠実そうで痛々しく見えるの? 悔い悩んで、苦しんでいるように見えるの?
 これじゃまるで、私がセンセイのことをいじめているみたいじゃないの?
 おかしいよ。悪いのはセンセイなのに。センセイが、私を騙したのに。ヒドイのは私じゃなくてセンセイなのに。

 これじゃ私、なにも言えなくなっちゃう。
 センセイは、本当にヒキョウだ。

 里穂は、何を言いたいのかも判らず、ただ何かを口にしたくて、口を開く。
「セン……ウッ……センセイ……」
 嗚咽に飲み込まれて言葉にならない。
 涙が、止まらない。
 やだ。まだ私、言いたいことの半分も言ってないのに。
 くそ、ゼッタイに泣くもんか。この人の前でなんか、泣くもんか。
 もう! 泣きたくないのに……。

 里穂が泣きやまないので、センセイは、いたたまれなくなったかのように、里穂に手を伸ばす。
 一瞬、優しいセンセイに身を預けたくなる。
 でも里穂は、センセイの手を振り払う。

 センセイに同情されたくなんかない!
 どうせまた、私に親切してるふりして、私を騙そうとしてるんでしょ!
 その手には乗らないんだから。
 危ないところだった。見せかけだけの優しい仮面に、また騙されるところだった。
 センセイを信じたって、どうせまた裏切られる。もう二度とイヤ。
 かろうじてセンセイの罠にかからずにすんだ。よかった。助かった。
 助かったのに、なんでだろう、ますます涙が出てしまう。
「ウウッ、ウグ」
 左手の甲で口を塞いで、漏れ出る嗚咽を押し止める。右手で涙と鼻水を拭う。拭っても拭っても、顔が濡れる。

 俯いて椅子に座ったまま、目を瞑り、奥歯を噛みしめて、感情の波が静まるのを待った。ときおり涙を拭い、鼻をかむ。センセイがハンカチを差し出すが、それを拒んで、ティッシュペーパーの箱を膝に抱く。

 センセイは、立ったまま黙って何も言わない。
 ようやく、里穂の肩の震えが止ったのを見て、センセイが口を開く。できるだけ里穂を刺激しない静かな口調で、さりげなく切り出す。
「里穂ちゃん……。勉強しましょう。まだ私、里穂ちゃんの家庭教師だから」
 里穂が顔を上げると、センセイがまっすぐに里穂を見る。
 センセイの綺麗な瞳。泉のように澄んでいて、その水面が微かに揺れて……
 センセイも……いや、きっとウソ泣きだ! また私を騙そうとして……

 里穂は、再び涙が溢れ出す前に、慌ててぷいと横を向いた。
 だめだ。センセイの顔、センセイの声、センセイと関係のあることを考えたら、また涙が出てしまう。

 椅子から立ち上がって本棚を覗く。
 「なだめカンタービレ」1巻から16巻。途中3冊が欠けているけど。
 その13冊をごっそり取り出して、机の上に積んだ。
 少しでも、関係のないことを考えよう。少しでも楽しいマンガで、気をそらそう。
 だらしなく机の上に脚を伸ばして座った。1巻から順に読み始める。

 センセイが、戸惑った様子で、里穂の机の横、家庭教師の指定席の椅子に腰を下ろす。
「里穂ちゃん、勉強は……?」
 シカトする。

 「なだめ」に集中しよう。
 1巻。ああ、こうして読み返してみると、最初の頃って、なだめもまだ奇人変人ってほどじゃなかったんだよね。最初の頃の千秋は、今よりずっと傲慢でカンジ悪い。
 センセイも最初の頃は、彫刻みたいな美人で、硬くて冷たくて取っつきにくそうに見えたんだっけ……。
 だめだ。なに考えてるの?
 集中しよう。1時間半で読破できるか、試してみよう。

 センセイは机の上に、問題集と自分用のノートを広げる。
 ときどき、里穂に声をかける。
「そろそろ里穂ちゃん……。ねえ、先週の問題、もう1回……」
 里穂は全てスルー。

 そのうちに、センセイもあきらめたようだ。レポートパッドを取り出して、何ごとか書き込み始める。大学のレポートでも書いているんだろう。それともエッチな体験告白談を、女性週刊誌に投稿するのかも。《家庭教師の教え子を騙して、大人の世界を教えてあげました。汚い男にレイプさせてやりました。ウフフフ》
 サイテー。
 でもこの人ならそのくらいやりかねない。
 そうそう、こんなふうに考えてれば、もう泣き出す心配もない。

 いつもの通り、1時間でママがコーヒーを持ってきた。
 コミックに読みふける里穂の前の机には、ノートも何も広げていない。
 ママが何か言う前に里穂が唇を尖らせて、言った。
「休憩してるの!」

 里穂の頑なな口調に、ママは困惑気味に、センセイの顔を見る。里穂の目が真っ赤なのには気づいただろうか?
 センセイが、ママを安心させるように言う。
「集中できないで勉強するよりは、少しは息抜きもいいですから」
 ママは「先生を困らせちゃだめよ」と里穂に言い残して、部屋を出て行った。

 1時間半がたち、センセイが片づけをはじめる。
 さすがに1時間半で「なだめ」読破は無理だった。里穂の嫌いなセンセイが横にいるせいで、気が散ったからかもしれない。
 立ち上がりながら、センセイが言った。また、見かけだけ誠実そうな謝罪の言葉。
「さようなら、里穂ちゃん。本当にごめんなさい。入試がんばってね」
 里穂は、「なだめ」に集中していて聞こえないふりをする。

 センセイはドアの前で立ち止まって、しばらくの間じっとしている。何かを言い出しそうな空気が流れる。里穂の斜め後ろに、センセイの視線を感じる。
 その視線が気になって里穂は、「なだめ」に集中できない。本当は読んでないのに、読み終わったふりをしてページをめくる。
 センセイは結局、それ以上は何も言わずに、ドアを閉めて出て行った。
 ほっとして、読みかけのコミックを机の上に放り投げた。

 センセイの座っていた前の机の上に、ホチキス留め数枚のA4の紙が置いてあった。きちんと、里穂のほうから読める向きにおいてある。
 手にとって見る。
 ワープロ書きで表紙の1行目に「里穂ちゃんへ 啓知大学受験のしおり」。
 「大学」と「受験」の字の間に、吹き出しで「必勝」と書いてある。
 センセイが作ったものらしい。

 《試験時間が始まったらまず最初にペース配分を決めて、予定時間を問題の横に書いておく》とか《丁寧な字で》とか、一般的な受験の注意事項から始まって、試験科目別の留意事項(センセイに教えてもらっていない科目も)、大学の周辺の地図、当日の持ち物のチェックリストなどが、ワープロ打ちで書いてある。

《受験会場の啓知大学は意外と広いので、休憩時間にお店に出かけたときは、集合時刻に遅れないよう、移動時間に注意しましょう》
 注意事項がやたらと細かい。

《里穂ちゃんは、変わったクセ字で、数字の「2」と「7」が見分けにくいときがあります。注意してください》
 そんなクセ、里穂自身ほとんど意識していなかった。

《困ったことがあったら、遠慮せずに監督係員に相談しましょう。意外と親切です。
 私が受験したときは、バスの中に鞄ごと置き忘れた受験生がいました。受験票紛失の手続だけじゃなくて、近くで文具を買える店を教えてあげたり、『荷物と一緒に厄も落ちたよ』と受験生の気持ちをほぐしてあげたり、思いやりのある対応をしていて、驚きました》
 センセイは、自分と関係のない他人へのやさしさにも、敏感だ。試験前の緊張の中、その監督係員の思いやりを見つけて、きっとセンセイ自身も、小さな暖かい幸せを感じていたんだと思う。

《受験教室が古い大教室だと、机の奥行きが狭いので注意! A3縦の答案用紙をそのまま置くと、机からはみ出します。里穂ちゃんが字を書いている途中で、前の席の受験生が急に椅子にもたれたりすると、答案用紙が動いて字が乱れるかもしれません。そんなことのないように、答案用紙は二つ折りにしましょう。
 それから里穂ちゃん自身も、後ろに座った受験生に迷惑がかからないよう、椅子にもたれるときは気をつけてあげてね》
 後ろの席の受験生にまで気を使うところが、センセイらしい。

 「受験のしおり」に入っていたキャンパスマップは、大学内の自動販売機やコンビニに印がついている。大学近くのケーキの美味しい店に、ハートマークと笑顔のイラストがつけてあって、《がんばった試験の後は、自分にご褒美!!》なんて言葉が添えてある。

 A4用紙2枚半に渡って、こまごまとした注意事項を書き並べて、最終ページには、ピンク色のペンで手書きしたメッセージがあった。
《里穂ちゃんならゼッタイ合格するはずです。私が里穂ちゃんの実力を一番知っているので、間違いはありません。
 里穂ちゃんは、私が受験生だったときより全然デキます。私でさえ合格できたんだから、里穂ちゃんが合格できるのは当たり前です。
 里穂ちゃんは気づいてないだろうけど、教えている最中も、私の言っていることよりも里穂ちゃんのほうが正しくて、途中でそのことに気づいて慌ててごまかしたことが、4回ありました。家庭教師よりデキのいい教え子なんて、恐怖です!!》
 もう、センセイってば、《里穂ちゃんは気づいてないだろうけど》だなんて。私が気づいてないとでも思ってたんですか!?
 だってセンセイ、自分が間違えてるって気づいたとき、見るからにアタフタしてたんだもん。バレバレでしたよ。

 小さな手書きのイラストが描いてある。満開の桜の木と、大学の正門の絵。手書きの字も達筆だったが、その桜のイラストも、上品で綺麗でセンセイみたいだった。
 イラストの下に手書きメッセージは続く。
《里穂ちゃんみたいな、可愛い後輩が大学に入って来るなんて、私、楽しみ》

 そこから先のメッセージは、青いペンで取消し線を引いて、消してある。
 取消し線の下の、元のメッセージを読む。
《里穂ちゃんの合格祝いは何がいいですか? 私の提案は、近江屋のスイーツ食べ放題。それとも、1日里穂ちゃんのワガママなんでも聞いちゃう、ってのはどう? 里穂ちゃんからリクエスト募集中です》
 近江屋! 里穂は一度しか話していないのに、里穂のお気に入りのお店を覚えていてくれたんだ。

 取消し線で消したメッセージの代わりに、青いペンで、新しいメッセージが書き加えてあった。

《里穂ちゃん。ごめんなさい。
 今となっては信じてくれないかもしれませんが、私、里穂ちゃんと一緒に、合格祝いをしたかった。里穂ちゃんはきっと、試験の出来をずっと気にするだろうから、「ほら、心配することなかったでしょ」と、からかってあげたかった。
 私は取り返しのつかないことをしてしまいました。でも私の後悔なんて、里穂ちゃんの心の痛みに比べると、問題にもなりません。里穂ちゃんのほうが、私の何倍も、何十倍も、つらいはずだから。

 何度言っても言い足りません。本当に、ごめんなさい。

 そのうえさらに、里穂ちゃんの勉強にまで迷惑をかけてしまうのが、心苦しくてなりません。最後まで勉強に付き合えないかわりに、入試までにやっておいて欲しいことをまとめておきます。ダメな家庭教師の、最後の悪あがきです。こんなことでは償いにもなりませんが、里穂ちゃんの試験勉強に、なにか少しでも役立てばうれしいです》

 そのメッセージの通り、下にもう1枚あった。
 A4のレポート用紙に青ペンで手書きだ。里穂が「なだめ」を読んでいる最中にセンセイが書いていたのは、これだったのだ。
 入試前3ヶ月、2ヶ月、1ヶ月と分けて、里穂が解くべき問題を書いてある。

 もうセンセイ、バッカじゃないの!
 スケジュールどおりに勉強できるくらいだったら、私が家庭教師に頼るわけないじゃん。もし私がそんな高校生だったら、センセイと会うこともなかったのに!
 そう考えた途端、両目の奥がつんと熱くなる。

 潤んだ目をこすりながら、中身を読んだ。
《3ヶ月前―――里穂ちゃんは、確率統計と、集合・論理が弱いので、そこを潰しておきましょう》
 そんな分野の問題が、啓知大学の入試に出るわけないのに。ヤマに頼らないのがセンセイのポリシーだとしても、やりすぎだよ。
 こんなアドバイス、何の役にも立たないよ!

《直前―――得意分野の問題も、油断して手を抜かないように。入試直前には得意問題を、1、2問ずつ解いてみましょう。得意だと思っていても、ド忘れして勘が鈍ることもありますし、そうでなくても、入試直前にすらすらと問題が解けると自信になるから》
 そんな細かいことまで! もう、本当にセンセイ、小姑みたいにこまごまと。
 余計なお世話ですよ! どうしてこんなことまで思いつくんですか!

 また涙が溢れてきて、手の甲で乱暴にぬぐう。ティッシュペーパーで、思い切り鼻をかむ。

 小野寺センセイ。
 こんなに、細かいことまで心配してくれて、誰よりも、私自身よりも、私のことを気にかけていてくれて、こんなに最後まで優しくしてくれるんだったら……。
 センセイ、どうしてあんなヒドイことしたんですか? どうして私を、あのオトコに売り飛ばしたんですか? どうしてあのとき、私のことを守ってくれなかったんですか? 私がいちばん、助けて欲しかったときに。
 私、本当にセンセイのことが好きだった。憧れてた。センセイと一緒にいるだけで、幸せだった。
 もっと話したかった。もっと一緒にいたかった。センセイと同じ大学に、通いたかった。
 それなのに……。
 センセイのせいですよ。センセイが全部、壊しちゃったんですよ。
 センセイさえ、いなければ……。
 センセイにさえ、出会わなかったら……

 それ以上考えたくなかった。じっとしていられなくなって里穂は、センセイの「受験のしおり」を両手でしわくちゃに丸める。そのままゴミ箱に放り投げる。
 ゴミ箱に入り損ねて、床に落ちる。イライラしながら拾って、ゴミ箱に入れなおす。

 振り向いて机を見ると、湯島天神の学業成就のお守りがあった。「受験のしおり」の下に隠れていたようだ。センセイが買ってきて、置いていったに違いない。

 もう、余計なことを。
 もう、しつこいんだから。
 いい加減にしてよ、センセイ。忘れたいの。さっさと私の前から、消えて。

 むりやりお守りを二つに折り曲げた。「受験のしおり」の上から、ゴミ箱に捨てた。

 涙は、止まらなかった。
 ベッドにもぐりこんで、布団を頭からかぶって、泣き続けた。

17

 センセイはママに申し出て、家庭教師を辞めた。ママは引き止めたけれど、センセイの気持ちは変わらなかった。

 その春、里穂は大学受験に失敗した。
 第一志望の啓知大学だけでなく、合格確実だったはずのすべり止め校も、全滅だった。

< つづく >

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