USBケーブル 4th Connection

─4th Connection─

「それで? 鈴、君には聞きたいことが山ほどあるんだが、もう大丈夫か?」

 風呂から上がり、一段落したところで鈴に訊ねる。
 この能力のこと、鈴の目的のこと、『あの人』のこと…………聞きたいことだらけだ。
 このまま何も知らず過ごすというのは分が悪いし、どうもこれからやりづらくてかなわん。

 ちなみにもう二人とも着替えていて、美奈はメイド服。鈴は裸ワイシャツだ。……鈴の衣装は、まだこいつ用の服を見立ててなかったからであり、決して俺の趣味ではない。いや、こういうの好きだけどね。

「はい、大丈夫ですっ!」

 目をキラキラと輝かせ、まるで恋している少女のような表情。

 ――女の子らしくすれば可愛いじゃないか……

 方向性は違えど、自分のすべてを捧げるという点では、愛する男性に対する感情と今の俺への感情は酷似している。──『相手を愛するが故に自分のすべてを捧げたい』『相手に使役されたいが故に自分のすべてを捧げたい』──どちらもそう対した違いじゃない。
 だからだろう。確かに今の鈴の表情は、恋する少女のそれだ。普段の鈴からは想像もできないほど可愛らしい。……きっとまっとうな恋をしていたら(こいつにできたとは思えないが)、その男の前だとこうなってしまうのだろうか。

「じゃあまず一つ目。『あの人』ってのは誰だ?」

「あの人……ですか? えと、それは…………あれ? 変だな、思い出せない……」

 袖口から指をちょこんと出して顎に手を当てながら、真剣な顔で思案している鈴。
 流石は素材が良かっただけのことはある。それだけの仕草でもドキリとさせられてしまう。

「隠しても無駄だぞ。おまえに負担を掛けないためにこうして直接聞いてるが、いざとなったらコレで一発だからな」

 そう言いながら俺は、右手をヒラヒラとさせた。

「あ、いえ、本当に思い出せないんです……あれ? なんでだろう?」

 ──思い出せないというよりは、記憶にないといったところか。

 こいつを見た限り、嘘はついていない。性格は根本的に変えてあるが、基本的な人格構成などは変えていない。それなりにこいつと一緒に過ごしてきた俺には表情を見ればすぐにわかった。
 おそらくは──

「──始動条件付きの忘却プログラム、というような感じだろうね。おまえの能力が奪われると、自分に関する記憶を消すようなプログラムが作動するようになっていたか」

「も、申し訳ありません……」

「いいさ、おまえの責任じゃない」

 この調子じゃ、こいつの中身を隅々まで調べても埃は出てこないだろう。

「それじゃあ次。この能力について、おまえが知っている限りすべて教えてくれ」

「えぇと……もうご存じかもしれませんが、これはすべて『パソコン』に関係しています」

 USBケーブルを始め、HDD・CPU・メモリ……たぶんそうだろうとは思っていたが、確証は持てなかった。だが鈴の証言でそれが裏付けられた。
 おそらくDVDドライブ・ディスプレイ・スピーカー・プリンターなどもあるに違いない。能力がまったく予測できないが。

「そしてそれらはすべて、何かしらその機器の機能を持ちます。例えばわたしの持っていた『HDD』は、莫大な容量を有し記録できます。それによって五感で感じ取ったものすべてを記憶できます」

「何? それだけの機能なのか、これは」

 馬鹿な。俺が分析した結果は、もっと様々な用途があったはずだ。
 外部からダウンロードした情報の記録。通常のパソコンのファイルの記録など…………これの使い道は、もっと多様性に富んでいる。

「は、はい。わたしが出来たのはそれだけでした……おそらくわたしが奪った人も……」

「そういえばそんなこと言ってたな……誰から奪ったんだ?」

「えぇと、1年E組の女の子です」

「それはなんのために?」

「え? それは『あの人』の命令で……」

「またあの人か……どうせその命令内容も忘れさせられてるんじゃないの?」

 『あの人』に関しては、少し面倒になりそうだからか、つい素の口調になってしまう。

「い、いえ……これは覚えています。確か──『すべての機器を回収し、本体を作り上げよ』」

「本体? つまりパソコンを作れ、ってことか?」

「そういう意味かと。ですがこのような特殊な能力を持っている機器ですので……」

 なるほど。その本体も特殊な能力を持つってことか。しかも機器一つ一つとは比べ物にならないほどの。たぶん地球制服なんてのはたやすいだろうな。

「ふむふむ……ほいじゃ次。鈴、おまえの目的ってのはなんだ?」

 自らの目的のために能力が必要、と言っていた鈴。
 だがそれは集めたら、『あの人』に渡すはずじゃないのか。
 鈴の目的とあの人。何か関係でもあるのか……?

「わたしの目的は、御主人様に身も心もすべてを尽くすことです。」

「――あー、今のじゃぁない。前の……昼間までの目的、って言えばいえばいいか? 能力が必要とかなんとか言ってたろ」

「あ……そ、それは……」

 表情に蔭を落とし、非常に言いづらそうな物言いをする。
 『あの人』に関係があるからなのか、それとも自らの揺るぎない信念に深く同化しているほどのことなのか。
 今は俺に対し従順な奴隷と化しているハズのこいつが、俺に逆らってまで言いたくないこと。

「言えないのか」

「い、いえ! 言えます! 大丈夫です! 大丈夫ですけど……」

「けど?」

「そ、その……今じゃなきゃダメですか?」

 ――何故出し渋るのかはわからないが、その情報は今出すわけにはいかないらしい。
 コイツを使えばすぐにわかるが……

「いいだろう。待ってやる。ただし二日だ。二日のうちにそれを言わなかったらおまえを捨てる」

「!!!!」

 驚愕と悲愴の表情を浮かべ、今にも泣き出しそうな鈴。

「だ、大丈夫です! 絶対に言います! だから、だからわたしを捨てないで……」

「ちゃんと指定された時間内に嘘偽りなく言ったら、な。
 それよりもおまえの目的――俺に害はないな?」

「はい、まったくありません! わたしの、わたしだけに関係あるものです」

「ならいい。
 じゃあ俺は寝る。今日は能力を酷使しすぎた」

「は、はい。おやすみなさいませ……
 あ、御主人様?」

 自室に戻ろうと扉に手を掛けたとき、鈴に呼び止められた。

「なんだ?」

「た、大変あつかましいかと存じますが……御主人様の能力、USBケーブルのことですが、おそらくマスター・ペリフェラルの中でもかなり特殊なタイプかと思われます」

 『マスター・ペリフェラル』……またその単語か。

「鈴、マスター・ペリフェラルってのはなんだ?」

「あ、ご存じなかったんですね。申し訳ありません。
 マスター・ペリフェラルとは、端的に言って『特殊能力を有し、体内に取り込みそれを行使できる機器』のことで、その外見・能力は先ほど言ったようにパソコンに深く関係があります。ただし『マスター・ペリフェラル』の場合は周辺機器に限り、CPUなどの主要機器とは区別されている上、能力もそれらに劣ります」

「なるほど。つまり周辺機器であるケーブルはマスター・ペリフェラルってことか」

「はい。しかし御主人様のケーブルは、かなり……いえ、最強ランクに位置するほどのマスター・ペリフェラルかと思われます。
 通常のUSBケーブルは、ほかの能力を有することによって効力を発揮します。すなわち自らが持つ別の能力の力を、ケーブルを通して対象に伝えることが基本的な能力で、これしかできません。この場合、普通に能力を行使するよりも、ケーブルを介したほうが効力が上昇するため、メリットはあります。ですが、何も能力を有しない状態ではまったく意味を成さない、最下級・最弱の能力のはずなのです」

 ……俺の隣では、俺の身の回りの世話をしようとついてきた美奈がいる。だがその話を聞いていてもさっぱりわかっていない様子だった。口をポカンと開けたマヌケ面をしている。

「ふむ。だけど俺のはまったく違うぞ? 自分で対象を書き換えたりとかできるし、ダウンロードもできる。面倒な制限はあるが、それさえクリアすればほとんどなんでもできる」

「そこです。そこがマスター・ペリフェラルの中で……いえ、全てに於いて最強ランクに位置すると、わたしが思った所以です」

「あの、ちょっといい?」

 すると、先程まで惚けた顔をしていた美奈が、おずおずと手を挙げて話に入ってきた。

「どうした?」

「さっきそこを掃除してたときにこんなのがあったんだけど……これってご主人さまの能力、ってやつに関する説明書じゃないの?」

 言われてみれば心なしか部屋が綺麗だ。ソファー周辺を除いて、だが。いつの間に掃除したのやら。
 そんなことよりも美奈の手にあるもの。それは──

「──俺がおっちゃんにコレ貰ったときに一緒にくれた説明書…………そっか、それ見りゃいいんだ。よくやったな、美奈」

 ご褒美に、と美奈が好きな『なでなで』をしてやる。とろけるような笑顔。

「あ、それと美奈。お茶を淹れてきてくれ。ストレートティー」

 ちょっとゆっくり座って読みたい。
 これに気付かないとは…………すっかり忘れてたよ。

「ん、わかった。すぐ淹れてくるわね」

 ぱたぱたと部屋を出て行く美奈。おそらく自分はいるだけ邪魔だと思ったのだろう。わりと素直にお茶を淹れにいった。
 俺は鈴へと向き直り、説明書を開く。

「おい、他のマスター・ペリフェラルにはこういうのあるのか?」

「い、いえ……確かなかったかと。わたしも持っていませんし、あの人も持っていたという記憶はございません」

 その記憶も怪しいもんだが。

 パラパラとめくり、それらしいところを探す。

「………………お、これは」

 昨日読んだときにはまったく気付かなかったが、他の機器についても多少触れているページがあった。
 いや、その言い方は正しくない。──『昨日読んだときにはなかったページがあった』ということだ。

「……ますます不思議な本だ。なんの意図があるかはわからないが、俺の成長とともにこの本も深化していると考えていいだろう」

「なにかございましたか?」

「昨日読んだときにはなかったページがある。増えたようだな」

 元々100ページ強しかなかったこれが、今では184ページにもなっている。

「さて……ここだな。『特殊USBケーブル”ダイキス”は……』
 ダイキス? なんだそりゃ」

「おそらくこのケーブルの名前かと。特殊と銘打たれている能力はすべて名前があります。
 わたしのHDDには”エクサ”という名前がありました。その膨大な容量から名付けられたんだと思いますが」

「なるほどな。ってことはHDDは特殊なのか?」

「いえ、わたしの持っていたものが特殊でした。HDDはもちろん、そのほかの機器すべて量産されていたようで……もちろんUSBケーブルもです。その中で性能が格段に優れているものが特殊機器と呼ばれていました」

「じゃあこのケーブルも不思議じゃないだろ」

「そ、それが……USBケーブルというのは最もレベルの低い機器のうちの一つで、そういう能力はすべて”特殊”はありませんでした」

 ──なるほど。要約するとこういうことか。

 数々の能力を有した機器がある。それらはすべてパソコン周辺機器などに模されていて、能力もそれに近い。すべての機器は量産されていて、中でも高度な能力若しくは特殊な能力を有するものは”特殊”と呼ばれ、一つ一つに名前が付けられている。
 しかし俺の持つUSBケーブルは、あらゆる機器の中最も低いランクの能力。他の能力の効率を上げるだけ、或いは単に他の能力を伝えるだけのものであり、本来ならば”特殊”に分類されるはずもない。だが実際俺が持っている能力は、すべてにおける能力の中でも最高・最強ランクで、ほぼ無敵の能力。

「……いったいどういうワケだ?
 さっと目を通した感じ、これが”特殊”であることとかなり強力な能力であるから注意が必要であることしか書かれていなかったぞ」

 コト、と目の前に紅茶が置かれた。視線をあげると美奈がそこにいた。

 もう淹れてきたのか。早いな。

「サンキュ」

 礼を言うと、うっすらと頬を染め、定位置となってきた俺の横へと身を置いた。

 紅茶を一口飲み、心を落ち着かせる。

「まあ、これに関してはおいおい分かるだろ。
 とりあえず今日はもう終いにしよう」

「ご主人さま、もう寝る?」

「ああ。ちょっと頭が疲れた。
 明日は少しゆっくり起きよう」

 美奈にそう伝え、カップの中身を空にする。

 今日細工した部室棟はまだまだ使えそうだし……明日もう一人くらい増やせるかな?
 とにかくさっさと理沙をメイドにしたいなぁ……

「あの、御主人様? わたしは如何しましょう?」

「ん? あぁ、そうだな……」

 コイツは……よし。

 思いたったが吉日とはよく言ったもので、俺は思いついた途端に行動を始めた。
 収納棚の上段に(なぜか)あったソレを取り出し、鈴に渡す。

「鈴。おまえはこれを付けて、客間で寝ろ。場所は美奈に案内してもらえ。こらこら美奈、鈴に威嚇するな。あぁ、あと鈴は自宅に電話しておけ。友人の家に泊まるとな。細かいことは後で家族の情報を上書きしておく」

 俺の手から鈴の手へと渡ったソレは、まさしく大人の玩具・バイブだった。

「え? これと付けるって……?」

「わからないのか? それをま○こに突っ込んでそのまま寝ろってことだ。イヤなら別にいい。奴隷候補なんぞ有り余るほどいるからな」

 そう言うと鈴は、顔を真っ青にして首をぶんぶんと振った。

「いや! いやです! ちゃんと御主人様の言う通りにしますから!」

 すると鈴はワイシャツをめくり、何も着けていない股間をあらわにする。
 やはりそこは濃い茂みに覆われており、顔と見比べてみてもそのギャップはなんとも言えない興奮を掻き立てる。

「ちゃんと股を開いて。そう、こっちに向けて」

 さっきまでのシリアス的な雰囲気はどこへ行ったのやら、もうそこは淫靡なムードと化していた。
 心なしか美奈も、その鈴の痴態に興奮しているようだ。

「こ、こうですかぁ……?」

 目を羞恥に潤ませ、M字に開脚した股間をこちらへと向ける鈴。
 その右手にはピンク色の男根を象(かたど)ったバイブが握られていた。

 そしてその茂みに覆われた陰部は、すでに蜜で濡れており、陰毛が光で反射していた。

「おいおい、もう濡れたのか? 早いな、おまえ。股を開いてこっちに向けただけじゃないか。
 とんだ淫乱奴隷だな、鈴は」

「ぁん……だ、だってこんな格好でずっと御主人様の前に座ってたんです……み、見られてると思うと興奮してしまって……
 い、淫乱なメス奴隷はお嫌いですか……?」

 こいつはあんな真剣な話をしてる最中でも感じてたのか? どうしようもない変態だ。
 だけど……

「いや、嫌いじゃないさ。淫乱で忠実な牝奴隷はお気に入りだ」

「ぁ、あは……よ、よかった……」

 興奮気味に話す鈴は、その大きな胸を上下させ、肩で呼吸していた。

「ほら、そんなのどうでもいいからさっさと挿れろ。俺は寝たいんだ」

「ご、ごめんなさい……」

 謝ってる暇があったらさっさとやれ。そう思っていると、鈴の右手が股間へと伸びていった。

「んんっ、っはぁ…………ご、御主人様、見て頂けてますか……?」

 ズプ、と先端が膣に沈んでいく。
 それだけで、バイブに蜜が垂れていきそうな勢いで愛液が吹き出ている。

「っあぁ……っふぅっ! ん……」

 そしてそのままゆっくりとバイブを沈めた。
 左手はクリトリスをいじくりまわしている。

「鈴。これはおまえのオナニー披露じゃないんだ。そんなにやりたいなら明日にでもやらせてやるから、今はとりあえず挿れろ」

「んっはっ! も、申し訳ありません……ただいま挿れます……」

 そして鈴は肛門近くまで生えた陰毛を掻き分け、最後まで一気に挿入した。

「んんんんっ!! ああっは!!!」

 まだ異物の侵入に慣れていない膣が、バイブを押し出そうとしているのだろうか。ゆっくりと出てきているようだ。

「おい、それは朝まで挿れっぱなしだからな。絶対に出すなよ。それとショーツの類を穿くのは禁止だ。抑えなしで一晩を過ごせ。
 今日は一本でいいが、明日からは本格的におまえのアナルを開発する。そのときは毎晩前と後ろで二本バイブを挿れてもらうぞ」

「っはぁ、はぁはぁ……は、はい、わかりました……お、おやすみなさいませ……」

「美奈、あとは頼んだ。おまえも早く寝るように」

 そう言って俺は美奈に後を任せ、部屋を出た。

◇    ◇    ◇

 翌朝、俺は鈴を一旦家に返した。それと俺の家以外ではいつも通り振る舞うよう注意した。
 ちなみに起きたとき、鈴はちゃんとバイブを入れたままだった。

「美奈。今日は一緒に学校行こう。念のためだ」

「念のため? よくわからないけど……ご主人さまと一緒に学校行けるならなんでもいいわ」

 腕を組んでいる美奈は、顔は明後日の方向を見てはいるものの、頬は紅く口元は喜んでいた。

「嬉しくないのか?」

 わかってはいるが、やはりそこはからかいたくなるのが男というもの。

「う、嬉しいに決まってるでしょ! バカ!」

「そっか。んじゃ朝食にしよう。
 鈴のことでちょっと遅くなったからな。少し急がないと」

 そう言って美奈に朝食の支度をさせる。
 十数分後には食卓に、ご飯・味噌汁・鮭の塩焼き・納豆などと立派な朝食が並んでいた。ちなみに俺は和食派。

 どうやら美奈は料理の腕前はそれなりのようで、これから食事に関してはまったく困りそうにもない。

「ねぇ、ご主人さま? 普段わたしはどうすればいいの?」

 人が疎(まば)らに散った通学路。俺と美奈は並んで歩いていた。

「どうすればいいって?」

「だから、鈴はいつも通り振る舞うんでしょ? わたしは家以外でどうすればいいのかってこと」

「あぁ……そういうことか。
 そうだな。美奈もいつも通り振る舞ってくれ。あとできる限り俺の近くにいてくれるとありがたい」

「え?」

 ぽ、と頬に紅葉を散らす美奈。

「おまえ、武術とかできないだろ? だから『あの人』の関係者に狙われたときに困るからな。鈴は大丈夫だろう」

「そ、そういうことね……期待したわたしがバカみたいじゃない……」

 ボソリと漏らす一言。だがイマイチ意味がわからない。

「?」

「いいの、気にしないで。ご主人さまには関係ないわ」

「あ、それ。家以外では『ご主人さま』と呼ばないように」

「なんで? わたしにとって貴方はご主人さま以外の何者でもないわ。だいたいそれ以外になんて呼べっていうのよ」

 メイドと主人の関係上、呼称はそれしかないと思っている美奈。
 しかしこのままじゃ学校や街で余計な勘繰りを受けるからな……

「一応体裁を考慮して、だな。いろいろ大変なことになるのはカンベンしてもらいたい」

「ふぅん……よくわからないけど、ご主人さまがそういうならそうする。
 だけどなんて呼べばいいのよ?」

「んー、そうだな。『聖司さん』でいいんじゃないか?」

「せ、聖司さん……? わ、わかったわ、聖司さんね……セイジ……」

 うつむき、口に手を当てながら何度も俺の名を繰り返す。練習かな?

「そんなに練習しなくても……」

「れ、れれ、練習じゃないわ! だ、大丈夫よ! 名前くらい簡単に呼べるわよ!
 そうよ、たかが名前じゃない! なな、なんでこんなに緊張しなきゃならないのよ!」

 ──緊張してたのか……

 顔を真っ赤にして俺に怒鳴り散らす。名前を呼ぶのがそんなに恥ずかしいのだろうか、顔をこちらに向けようとしない。

「どした? ほれ、俺は誰だい?」

 やはりこういうときはからかってしまうのが俺。そこを責めまくる。

「…………ん」

「え? 聞こえないぞ~?」

「せ、聖司さん……」

「何?」

 美奈に用なんてあるはずもないが、わざと訊ねる。

「…………よ、用なんてあるわけないでしょ! アンタが呼べって言ったの! いい加減にしないと学校で大声で『ご主人さま』って呼ぶわよ!」

「ば、ばかやろ! それはやめろ!」

「うるさい! ほら、ご主人さま! 学校行くわよ!」

「わ、悪かった! 俺が悪かったから学校で呼ぶのは、いろいろ面倒なことが起きるからカンベン!!」

 結局、学校に着くまでに10回以上謝って、ようやく許してくれた。
 まだ名前を呼ぶとき顔を真っ赤にしているが、嬉しそうなのでまあいっか、といったところ。

 あぁ、こんなありふれた日常が続くといいなぁと思う今日此の頃。しかし鈴から聞いた『あの人』が話通りの人だとすると、じっと大人しくしているはずもなく、すぐに……おそらく二日以内にもこの日常は崩れ始めるだろうと思う。
 こんな便利な能力が、苦労なしに手に入るはずもなく、例え手に入ってもそれを付け狙う輩が現れるのは世の理。まあ仕方ないかなとは思うが、それが嫌なら自分で守ればいいだけの話。
 この能力は誰にも渡さないし、この日常も誰にも譲らない。せっかく手に入れたメイドも手放すわけにはいかないし、奴隷も一生放さない。

 ──刮目せよ。世界を治め、セカイを観照する者らよ。

 俺(ワタシ)は己が欲望と幸福の為に最強種となろう。
 私(オレ)は皆の幸福と欲望の為に最強主となろう。

◇    ◇    ◇

「なぁ、今朝一緒にいた女の子誰なんだ?」

 昼休み。美奈の作ってくれた弁当を広げ、さて頂こうかというときに、今一番されたくない質問トップ3の一つをクラスメイトからされた。

「あ! あたしも見たー! 誰なの誰なのー?」

「え!? 西山くん、女の子と一緒にいたの!? 気になるー!」

 まるで芋を掘り起こしたように、一人が質問した途端次々と人がやってきた。
 こいつらはそういう話ばかり飛びついてくるな……まあ俺が彼らの立場だったらそうしてたろうけど。

「誰って……一年生の女の子だよ。知ってる人もいると思うけど?」

「知らないから聞いてるの。誰?」

「恋人!? いつ、どっちから告白したの!?」

 あぁ、めんどくさいよ天国のお父さんお母さん…………シクシク。

 天を仰ぎ、祈るようなポーズで泣き出す俺。
 実際は両親健在&泣いているのは心だけだが……一応静かにして欲しい気持ちが伝わったのだろう(?)、みんな大人しくなった。

「えっと……それで何から答えればいいんだ……?」

「じゃあボクの質問から! あの女の子と西山くんの関係は!?」

 はいっ、と元気よく手を挙げたのは植村知里(うえむら ちり)という活発な少女。髪の毛もショートでいわゆる『ボクっ娘』である。今は制服だからスカートを穿いているが、もちろん私服にスカートは穿かないというまさにスポーツ少女。

「あー、それあたしも気になるぅー!」

 横でウンウンと同意している少女は川上みなみ。知里の親友だが、彼女とは対照のさらっとしたロングの黒髪で明るく人当たりのいい性格。勉強・スポーツはそこそこだが、その性格とそれなりに可愛い顔でクラスでも人気者。理沙と並ぶクラスアイドルだ。

 ──よくよく考えてみるとこのクラス、結構可愛いコ多いな……

「んーと、敢えて言うなら俺が保護者で彼女が被保護者?」

「なにそれ? つまり西山くんがお父さん?」

「知里ちゃん、それちょっと違うと思う……」

 的確なツッコミだ、川上みなみ。
 でもまあ、そうとも取れなくはないか……

「あ、もしかして御主人様とメイドの関係とかぁ?」

「!?!?!?」

 な、なな、なんで!?

「へ? もしかして本当に……?」

 やばい! 動揺しちまった!!

 植村知里…………危険だ……

「いや、違う。違うぞ。あまりにおかしなことを突拍子もなく言うからびっくりしただけ。うん、まぁ……それもいいかなと思うのはお兄さんとの秘密だぞ」

「へぇ……西山くんのメイドかぁ……ボク、西山くんが御主人様ならメイドになってもいいかな……♪」

「は?」

「ちょ、ちょっと知里ちゃん……!! 西山くんが困ってるじゃない!」

 や、困ってるワケではなくてですね……

「おいおい植村ー! なんだよソレー! おまえマゾっ娘か?」

「違うもん!」

「ぼ、僕のメイドには……?」

「絶対イヤ☆」

「知里ちゃん、あまり変なこと言わない方がいいと思うよ……?」

「なにさ! みーちゃんも西山くんのメイドになりたいんでしょ? 顔見ればわかるよ!」

「え、えええ、え!? そ、そんなことは……!」

「おーい、この二人は真性のアホですかー? っていうか西山くーん、ちょっとツラ貸してくれないかなおいコラ全国の男子の敵」

 あぁ、俺のいないところで話がドンドン進んでいる…………美奈と一緒に登校したのは間違いだったかもしれん……
 よもや自ら俺のメイドになりたいとかいう奇特なお方がいようとは……や、嬉しいんですけどね。それを公言するのはいかがなものかと……
 だいたいだな、確かに学校の女子を全員俺の手中に収める気ではありましたよ? あったんですけどね、公の場でおおっぴらにやる気は毛頭なかったし、もっと事を穏便に進めたかったんだけどなぁ……うん、どうしてこんなことに? ほんの数分前までは普通の、いつもの日常だったのに……

 というような俺の嘆きも虚しく、話は勝手に進められていく。

「あのね、ボクだけじゃないと思うよ? 西山くんに憧れてる人」

「そ、それは……」

「だってカッコイイじゃん? 芸能人とかモデルみたいなかっこよさじゃなくて、なんていうか……学生らしさの裏に、大人っぽい雰囲気を持ってるみたいな?」

「よくわからん……だが、大人のモンなら俺だってあるぞ! ベッドの裏にアダルティな本を……」

「「きゃー不潔ー!」」

「何故!?」

「ち、知里ちゃん……もうやめようよ……」

「なんで?」

「そ、その……恥ずかしくない? これほとんど告白だよ……?」

「そ、そうだよ! みなみちゃんの言う通り、これは……」

「違うんだよ。みーちゃん、るみちゃん」

 ちっちっちっ、と指を振る知里。
 っていうか当事者である俺が話に入っていないのは何故……?

「これはね、告白じゃないんだ。だってボク、好きだーなんて一言も言ってないよ?」

「でもこれ、ほとんど好きだって言ってるようなものじゃ……?」

「『好き』と『憧れ』は違うものなのサ! だいたい、メイドと御主人様の愛ってのは『禁断の愛』の部類に入るでしょ? つまり『好き』とか言っちゃいけないんだよ!? たとえボクがそう思っていても言っちゃダメなんだよ!?」

 もうやめてほしい……
 なにこの状況?

 俺を中心に取り巻くギャラリー。
 目の前で語り続ける知里。その向かいで彼女と問答しているのは女子数人と男子数人。他のやつらはただの野次馬のようだ。

 仕方なく、俺が話に入る。

「あのー、みなさま? これは一体どういう状況でしょうか?」

「西山くんについて?」
「メイドと御主人様について?」
「知里ちゃんをなんとかして止めようかと……」
「西山聖司。キサマの息の根を……止める!!!」
「ぼ、ぼぼ、僕の知里ちゃんを取るなー!!」

 ダメこりゃ……

「それで……俺のメイドになりたいとか言うのは、もちろん冗談だよね?」

「んー? ボクは西山くんさえよければ大丈夫だよ? ごしゅじんさま♪」

「「Σ( ̄□ ̄;)」」

 …………みんなの表情を顔文字で代弁しました。
 いや、もうホントこんな感じですよ。

 時計に目をやってみれば、昼休みが始まってまだ10分しか経ってない……
 俺は一体どうなるのだろうか…………

 ……………………
 ………………
 …………
 ……

「えぇと、つまりあの子は西山くんちで預かってるだけなのね?」

「そうです」

「ボクはメイドになれないの……?」

「そうです」

 もっと秘密裏に言ってくれればオッケーしたんだけど。

 ──結局、昼休みいっぱい使って説明した。

 鈴……奴隷は絶対バレたらマズいが、美奈は別にバレてもいいんだよね、本当は。
 メイドを雇ってるという事実はおかしいところなど何もないハズ。うん、本当は大丈夫。でもバレたら俺がやばいので秘密。

「あのさ、なんでこんな面倒な話になったんだ?」

 クラスメイトの一人がぼやく。

「少なくとも俺のせいではない」

「あー、たぶんこの子のせいだよ……」

 先ほど知里に『るみちゃん』と呼ばれた小さな女の子──推定146cm──が、知里を指さしそう言った。

「ふぇ? ボク? なんで?」

「なんで、じゃないだろ……おまえのせいで俺が迷惑被ってるわけ……
 あんなおおっぴらに『メイドになりたいー』とか言わなくても……」

「西山くん、それもちょっと違う気が……」

◇    ◇    ◇

 狂った。予定が大幅にずれた。
 今日こそ理沙を、と思っていたんだけど……

 ──話は一時間前に遡る。

 …………………………………………

 今日の義務をすべて果たした俺。(ほぼ新品の)教科書類を鞄に入れ、黒板をジッと見つめていた。

 考えることは一つ。今日これからどうすべきか。
 このままメイド候補をちゃっちゃと決め、俺のモノにするか。はたまたどこかにいるであろう”あの人”の遣いを探し、とっちめるか。

 そんな事をぼけーっと考えていると……放課後特有の喧騒の中、目の前に一つの陰が落ちた。

「西山くん、ちょっといい?」

「……植村」

 昼休み、俺に災いをもたらした張本人。植村知里だった。
 あの後本当にめんどくさかったんだぞ! ……そう伝えてやりたい。心から。

 だが、彼女のにこやかな笑顔と爽やかなオーラが…………爽やか?

「それと……川上も」

 知里らしからぬオーラを感じると思ったら、彼女の後ろに俯いたみなみが一緒にいた。
 彼女のオーラは、そう、どちらかというと爽やかな感じ。対して知里は活発な元気オーラ……言ってみれば体育祭のときのオーラと同じようなもの。二人とも近くにいれば、その違いがすぐわかる。

 結局、知里に連れられるまま、人気(ひとけ)のない屋上へとやってきた。
 俺の向かいに知里。彼女の後ろにみなみ。二対一の構図だ。

「どうしたのさ? なんだ? 昼休みの謝罪でもする気になったのか?」

「まさか。なんでボクが謝るの? むしろ西山くんからすれば嬉しいことだったんじゃない?」

「後始末が大変だったの。それはもう犬の散歩中にそいつが下痢しちゃったときみたいに」

「あははー、ゴメンゴメン。なんとなくわかるよ、他の男の子っちでしょ?」

 そういう知里は笑っているだけ。謝る気はホントゼロ。
 だが、後ろにいるみなみは、どーもテンションが低い。調子が悪いというわけではないようで、どちらかというと…………そう、これは──

「なんだ? じゃあ二人して俺に告白か?」

 そう、告白の雰囲気だ。
 ──人のいない屋上。俯く少女に男子生徒。
 みなみの姿は、まさに告白寸前の乙女のそれだ。

「あー惜しいっ! 惜しいよー!」

「何がどう惜しいのかを早く説明して欲しいんだが。
 だいたい時間というのは刻一刻と進み……あ、いや、違うな。刻一刻と進むのは時刻だな。時間は『時刻と時刻の間の”時”』だから……」

「あぁもう! そんなのどうでもいいでしょ!
 ボクたちは、西山くんに伝えたことがあるのだ!」

 ……いい予感と悪い予感が、1:9くらいで俺の脳内を駆けめぐった。
 あぁ、なんとなくこんな気がしていたんだ。うん。

「西山くん。ボクをメイドにするって話……本気で受け入れてみない?」

 ──えぇ、もちろんOKですとも。

 だけどな、このタイミングとこのテンションで言うことじゃないだろ。

「そう思わないか?」

「え? どういうこと?」

「いや、すまん。気にするな。
 ところで……えー、植村くん?」

「はいな?」

「どうして唐突にそんなことを?」

「昼休みも言ったよ?」

「そうじゃない。何故本気でそんなことを?
 普通の人だったら引くぞ。それに受け入れはしない」

 よくて『冗談だよね』と流す、悪くて絶交といったところ。極端な話だが。

「だって西山くん、もう一人メイドさん雇ってるじゃない?」

 しれっと爆弾発言をする知里。顔を上げ目を見開きながらびっくりするみなみ。
 そのギャップがちょっと面白い。

「…………やっぱり気付いた?」

「トーゼン。ボクのカンは、女のカンより鋭いからね♪」

 君は女の子じゃないのかい? …………そう言いたいのは山々だが、一応喉のあたりで止めておく。

「ふぅっ。しょうがないか。
 そうだよ、今朝の彼女はメイドとして我が家にいる。ただしワケありだけどね」

「ふぅーん……ワケってのは聞かないけど、やっぱりメイドさんなんだぁ……
 ねね、どうしてボクはダメなの?」

「や、ダメじゃぁないけど……この流れがどうも許せないって言うか……」

「流れ?」

「そ。流れが誰かによってズラされてる感じ。
 なぁんか気に入らないんだよなぁ……」

 俺の思い通り……いや、それ以上のことが勝手に起きる。まるでレールを敷かれているかの如く、無理矢理そちらへと走らされたみたいだ。
 美奈、鈴……彼女たちは、確かに俺が手中に治めた。自らの意志によって。

 だがこれはどういったことか。
 昼休みの時点では、ただの馬鹿げたお笑い話かと思ったが、今この状況は明らかに本気だ。表情こそいつもの知里ではあるが、それが本音であることはわかる。
 俺の欲しいモノが、自ら俺の元へ飛び込んでくる……この状況、何かが介入している──そう思わざるを得ない。

「まぁいいや。本気ならしょうがない」

「え? それじゃあ……」

「新しいメイドを探そうと思ってたところだしね。ちょうどいい」

 手間が省けた、と思えばいっか……
 『セカイ』が介入しているのならば、そこで対処すればいい。まだ何も起こっていないんだし大丈夫だろ。

「じゃ、じゃあ……!」

「ただし! 二つ聞きたいことがある」

「聞きたいこと……? 別にいいけど」

「一つ。川上は何故ここにいる?」

 そう、こいつはいったいなんでここにいるんだ?
 結局一言も声を発せずにいたみなみ。知里の付き合いだけのためにここにいるわけないとは思うけど……

「あぁみーちゃん! 忘れてた……てへへ」

 なんてヒドイお友達だ。みなみ、縁切った方がいいんじゃないか?

「あのね、やっぱりみーちゃんも西山くん……ご主人さまのメイドになりたいんだって☆」

「────えーと……あぁ、うん、その……二人とも?」

「そう!」

「ご、ごめんなさい……お昼休みはあんなこと言ったのに……」

 あんなこと、というのは知里に『やめなよ』と言ったことだろうか。それなのに自分もメイドになりたい……そんな葛藤があったからずっと黙って俯いてたのか。

「別にいいよ。可愛いコが二人もメイドになるんだから。まあ本業は学生でいてもらうけど」

「ボクは全然かまわないよー」

「わ、わたしも大丈夫」

 それにしても……なんかすんなりと事が進み過ぎるのも気になるな。一気に二人? こりゃなんのエロゲだっつの。ま、貰えるもんは貰っとくってのが男だからな!! 貰っておく。

「それと、もう一つ。
 二人とも、俺のメイドになるってことはどういうことかわかってる? ……ただのメイドじゃないぞ?」

「ん、わかってるよ……その、今朝の女の子見たときになんとなくわかってた。
 そ、そそ、その……えっちなこととかするん……だよね?」

 知里のカンは鋭すぎるんじゃなかろうか。

「まあそれもそうなんだが。
 俺が求めるのはたった一つ。──『すべてを俺に捧げろ』」

 真剣な眼差しで、鋭い眼光で……俺は二人の目を貫く。

「心も身体も……もちろん人生をも、俺に捧げることができるか? 約束できるか?」

「…………うん、それくらいどうってことないよ。ボクにはそれしか生き甲斐がないんだもん……」

 ──? 少し引っかかる物言いだな……?

「わたしも約束できるよ。わたしたちには……もう西山くんしかいないの」

 ……どういうことだ?二人とも身寄りがない、というわけではないだろうに。
 あとで二人の”中”を見てみればわかるか。

「……とりあえずウチに来なさい。話はそれからだ」

「「……はい」」

 そう返事する二人の表情は、とても喜んでいた。

 ………………………………………… 

 ──というような感じの事があったのが一時間前。

 今、ここは俺の家。
 鈴は調教室(仮)に入れてある。まあ仮だからまだ何もないけど、バイブを渡して『30回イったらアナル開発してやる』と言ってあるから……おそらく今頃バイブでオナニー三昧だろうな。
 美奈は、二人の女の子を連れてきたことによって、非常に機嫌が悪くなり、紅茶もろくに出さない始末。睨んで怒ったから出したものの……机に置いた瞬間中身が溢れるという乱暴振り。嫉妬するのはいいが、仕事はきちんとやってもらわないとな……今夜はお仕置きだ。

 とりあえず知里とみなみは風呂に行っている。服はこちらで預かって、まずはメイド服を着てもらうつもりだ。
 風呂から出てきたら色々やりたいこともあるし……あ、コレのことも伝えておかなきゃな。
 ──俺の身体に棲むモノ。USBケーブル。
 危険は増すが、何も知らないまま事件に巻き込まれるよりマシだろう。

「あ、あのぉ……で、出ましたよぉ……?」

「に、にに、似合ってる……?」

 扉がすっと開いたかと思うと、隙間から二人が顔を覗かせていた。

「いいから出てこいっつの。大丈夫だから。
 ほれ、美奈なんて普通にしてるぞ」

 俺の傍らを片時も離れようとしない美奈を指さし、そう言った。
 今日の美奈は、ごく普通のメイド服を着ている。二人もこれを同じものだ。

「わ、わかった……ボ、ボク頑張るっ!」

「知里ちゃん、何を頑張るの……?」

 えいっ、っと扉を開けて勢いよくこちらへと駆けてきた知里。それとは逆に、おずおずとなんとも家政婦らしい歩き方でこちらへ来たみなみ。

「うん、いいんじゃないか? 今日はこんなもんで」

「ところでご主人さま……? この二人よりもわたしのほうが先にご主人さまに仕えてたんだから、わたしがメイド長よね?」

 飽くまで優位な位置に立ちたい美奈。二人よりも自分の方が上だ、と言わんばかりに(実際言ってるが)それを主張する。

「それはまた今度。今は同じ立場でいいじゃんか」

「むー。絶対わたしのほうが上なんだから……ご主人さまへの忠誠度は絶対負けないわよ」

 ぶつぶつと文句を言い続ける美奈を放っておいて、まずは知里をこちらへと呼ぶ。

「知里。ちょっとこっちへ」

「あ、はーい。ご主人さま♪ あぁっ、なんていい響き☆」

「なんでおまえが喜んでるんだ……
 みなみもちょっと。ちゃんとこれ見といてくれ」

「は、はい。ご、御主人様……」

 あ、なんかこっちのほうが初々しくていいかも……

 顔を紅くして、照れながら『御主人様』と呼ぶみなみ。なんか新鮮だ。
 今までの二人は、根本的に俺を『御主人様』と認識させたから恥じらいなかったしなぁ……

「ここ、俺の手を見てくれ」

 なんだろう、といった顔で俺の手を覗き込む二人。
 そしてその瞬間……

「きゃっ!」

「な、なにこれ……すごぉーい!!」

 まったく違う反応を見せながらも、二人は目の前の光景に息を呑んだ。

 そりゃそうだろ。俺の手から妖しげなケーブルが出てきたんだから。

「ケーブルだ。これでありとあらゆるものを操作できる。もちろん人間も」

「はぁ……優れものですねぇ……」

「面白いおもしろーい!」

 横では何故か『そんなの知ってて当然よ!』という顔をしている美奈。負けず嫌いだ。

「それでな、知里。俺は今からこれをおまえに接続する。細かい説明はせずに、俺のイメージをそのままおまえに伝える。
 安全に行うために、おまえは俺のすべてを受け入れる準備をしろ。心構えがきちっとしてないと危険だからな」

「う、うん……っ! わかった!」

 むむ、としかめっ面をして集中しているご様子の知里氏。

「あ、あの……わたしは?」

 心配そうにみなみが訊ねてきた。

「順番だじゅんばん。待ってなさいな」

「は、はい……」

 そして俺は、知里と向き合い手をかざした。

「知里、大丈夫か?」

「だ、大丈夫……」

「…………」

 俺はそのまま、黙って知里の頭を撫でた。

「あ……」

「!!」

 ──そんなに睨むな、美奈。わかった、わかったから怒るなって。

 しばらく撫でていると知里は安心し、決意した表情で

「さぁ、いつでも来てください! ボクはもう大丈夫!!」

 と言った。

 こく、と一つ頷き、知里の額にケーブルを刺す。

「あ──」

 刺さった瞬間、知里の身体が震えたが、そのあとは安定していた。どうやら成功したようだ。

 ──接続完了。対象タイプ一致。リード開始。

 了解。リード・分析完了後すべてを俺に送信。

 ──アイ・サー。

「知里ちゃん、大丈夫?」

「うん、思ったより大丈夫ー。平気だよ」

 ──リード・分析完了。送信・・・完了。

 了解。

 ふむふむ…………!?

「これは!!!」

「わあぁ!」

「び、びっくりしたぁ!」

「どうしたの? ご主人さま?」

 こ、これは……

「知里! おまえもしかして、周囲の人間の考えてることとかがわかったりすることないか!?」

「あ、あるけど……」

「や、やはり…………」

 ──知里の胎内(なか)にあったモノ……それはマスター・ペリフェラルだった。

 無線LAN……知里にはこれが入っていた。特殊じゃないのが幸いしたか、彼女は必要以上のことはできなかったようだ。

 無線LANで周囲の人からデータを貰っていたのか……最小限のデータだったから自らの能力に気付かなかったのか?

「知里、それはいつからだ?」

「んー学園入ってからかなぁ? でもそんなに気になる程度じゃなかったよ。
 テレビとかでよく言ってる超能力とは違う感じだったし……なんていうかな、ほら。やっぱりカンなんだよね、ボクの」

「ち、知里ちゃん……敬語じゃなくていいの?」

「あ、いけね……ごめんなさぁい」

 …………カン、で済まされる程度のモノだったのか? かなり使い道があるんじゃないか、これは。特殊じゃないにしても、それなりの能力を持っているはずだが……

 ────!!

「……ご主人さま、この敷地内に何者かが侵入したわよ」

「わかってる。おそらく”あの人”の遣いか何かだろう」

 基本スペックを飛躍的に向上させておいた美奈は、俺と同様、侵入者に気付いたようだ。
 だが、まだ普通の人間である知里とみなみにはそれがわからない。

「何があったんですか?」

「ん~?」

「ちっ、こんな立て込んでるときに……美奈、鈴を呼べ。おまえたち三人を守るよう命令を」

「わかったわ。
 知里、みなみ。こっちに来なさい。ご主人さまの邪魔になるわ」

「え? え? 鈴ちゃん? え?」

「ちょ、ちょっと何? ボクたちはどうすればいいの?」

「美奈の言うことを聞いておけ」

 そう言って、俺は玄関へと向かった。

◇    ◇    ◇

 昏(くら)い街に、清(しん)と空気が満ちている。空はまるで黒い画用紙の中心に穴をあけたよう、その様は明日という未来への道を指し示すかのようだった。
 周囲に人影はなく、波打つ風の音のみが聞こえていた。犬の遠吠えが聞こえるわけでもなく、車の走る音が聞こえるわけでもない。その奇妙な静けさの中、俺はそいつのところへと向かっていた。

 そいつは、俺の敷地内に侵入したかと思うと、俺を誘うかのように別のところへと移動して行った。俺が近づけば遠ざかり、俺から遠ざかれば待つ……その繰り返しだ。

 着いた其処は、昏(くら)く暗い広場だった。
 昼間ならば、子供たちが賑やかに遊ぶ場所。深夜ならば、子供たちが寝静まり何もない場所。
 『事』を起こすにはもってこいの、何もない場所。人も動物も温もりも気配も生気も……何もない。

「──何の用だ? 内容によっては貴様を消さなければならない」

「…………用があるのはおまえにではない。おまえの持つマスター・ペリフェラルだ」

 低い、深みのある声。そこから想像するに、おそらく体格のいい男だろう。
 それにしても……やはり”あの人”の遣いか。

「3秒で消えろ。反するならば俺が自ら消す」

「おまえにそれができるほどの力があるとは思えないが」

 飽くまでも淡々と……冷静に語る声。位置は、おそらく右斜め30°・12m先。

「何故そう思う?」

「西山聖司という個体に戦闘能力及びそれに準ずる能力が確認されていない。さらにそれだけ強力なマスター・ペリフェラルを所持しているにもかかわらず、使いこなせていない」

 その情報は、古い。今の俺はそれなりの戦闘能力をダウンロードしてある。

 ── 一撃目だ。まだ情報のない最初に決めなければ形勢が悪くなる。

「マスター・ペリフェラルがどんなに優れていようとも、それを所有するマスターが使いこなせていなければ意味がない。
 ──今のうちにそれを渡せば、こちらも貴様を傷つけることはしない。……約束しよう」

「ゴメンだね。俺は新しい世界を築くんだ。おまえらに指図される謂われはないし、これを差し出す義理もない。どうしてもと言うのなら……力ずくで奪うんだな」

「交渉決裂、か。残念だ」

 本当にそう思っているのかどうかも怪しいけどな。

 いずれにせよ、これは避けて通れぬ道。こんなにも連続で戦闘になるとは思わなかったけど……仕方があるまい。
 ”あの人”が誰なのか、どんな目的で能力を集めているのか。そんなもん俺の知ったことじゃない。俺は俺のやりたいことをやる。それだけだ。
 このシナリオが、”あの人”の筋書き通りで、俺がそれにまんまと乗っていたとしても……俺はかまわない。それを覆すまで。

 今までの日常が日常でなくなっている。俺は気付かなかっただけで、この能力を手にしたときから日常の道を外れていたんだ。
 人ならざるチカラを手に入れ、欲を満たすべくそれを行使する……それのどこが日常か──否、その生活のどこを探しても日常などない。
 ヒトならざる能力を手に入れ、それを奪うべく襲いかかる敵……それのどこが日常か──否、そこに日常の存在する余地などない。
 たった数日の間に変わった俺の生活、日常。自らの欲望を叶える強大な力を手に入れた対価として発生する敵と戦闘。それを平然と受け入れ、平生の生活と同じように過ごす俺。

 あぁ、そうだったのか。俺は……

「この非日常を────楽しんでいる」

◇    ◇    ◇

 お互い何をキッカケとしたかはわからない。だが、永遠とも思えた殺気のぶつけ合いが──瞬時に爆ぜた。

「!!!!」

「ッ!!」

 目の前に表れたのはがっしりとした巨大な男。黒い外套を着ている所為か、それは魔法使いのローブのようで、闇の魔術師といった言葉を連想させた。
 真っ向から立ち向かえば一発で終わりだ。遠距離からの攻撃も効かないだろう。近接用の技を検索──

「どこを見ている?」

「なっ!?」

 俺が思考をした刹那。そこに在った男の身体は、その刹那のうちに消え俺の側面へと移動していた。
 そちらへと視線を移すが時すでに遅く、男の貫手が目の前へと迫っていた。これは明らかに俺の目を狙った……目潰し。

 目潰しといえば指を立て目に刺す、というイメージが強いが、実際それは当たらないことが多く、逆に隙を作ってしまう。真なる目潰しは、指を揃えた貫手で行う。これは当たる範囲が広い上、当たらなくとも掠るだけで視覚を僅かながらも奪う。
 これを避けるには、顔を横にずらすのではダメだ。目元に掠るだけで視界を奪われる。そうならない為には──

「くっ!」

 ──しゃがむしかない!
 俺は瞬時にそう判断し、一気に膝を畳んだ。

 だがそれも意味を成さず。気付けば俺は身体がくの字に折れていた。

「っがは……っ!!!」

 ──なんだこいつは!?

 俺は人間離れした動体視力を持っているわけではない。だがダウンロードした武術によって、普通の人間よりは高い動体視力──ボクサーのパンチくらいなら簡単に避けられるぐらいの動体視力はあるはずだ。
 それなのに……それなのにこいつは!

 水月に掌底を叩き込まれたと気付いた時にはすでにやつの姿はなく。

「遅い」

 体勢を立て直したのも無駄だった。

 背に感じる鋭い殺気と強い衝撃。
 それはもはや衝撃で済むレベルではなく、内臓を破壊せんとする槍の如き肘打ちだった。

「!!!!!!!!」

 内功を練っているというのにこの衝撃。常人なら死んでいるであろう一撃。さすがに俺も声が出なかった。
 やはりにわか仕込みの武術では歯が立たないか……

 ……いや、これはそんなレベルではない。

 ──ザ。

 元いた場所から数メートル離れたところまで吹き飛ばされ、なんとか受け身をとって立ち上がる。

「くっ……どこだ!?」

 ──ぞわ……

 !?

「後ろか!?」

 強い殺気を感じる。
 俺は躊躇いもなく振り返った。

 だがそこにやつの姿はない。
 誰もいないそこは、しかし消しようのない強い殺気が放たれていた。

「逆だ」

「なっ……!」

 その殺気の持ち主は、後ろではなく正面……すなわち振り向いた後ろにいた。

 ──けれど、何かおかしい。殺気は未だに背から感じる。

 そこに敢然と立つ男の姿は、どこか薄く、どこか濃かった。
 勝利を確信した表情。負けるはずがないという自信。それが殺気と混じって俺の肌を突き刺す。

 もしかして……もしかすると……

「これは何かの能力なのか……?」

 ふと漏らした俺の呟きに────男はにやりと笑みを浮かべた。

< つづく >

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