第六話『渦巻く混沌×おかしな洋館=蘇える記憶』
俺は何をしている?
岩陰に隠れ、俺は誰かを見ている。あれは……そうあれは……。
「終わったよ……これで…俺は…」
誰かが、荒廃した大地に立つ誰かが、闇に染まる茜色の空を眺め呟いていた。
偉業を成し遂げ、世界の混乱を防いだ男……俺はお前を……。
「っ!!こいつはっ!?」
黒い塊が、男を包む、何とか脱出しようともがいているが、消耗しきった体ではそれもかなわないだろう。
俺は……俺は……
「ふふ…そうか、俺もここで終わるのか…」
黒い塊に飲み込まれながら、男は皮肉を込めた笑みを浮かべた。
何故笑っている?何故、抵抗しない?今、俺が何をしたのかわかっているのか?
「これが、笑わずにいられるか?彼女を救えなかった代わりに救ってきたものがあった…だが、彼女の代わりになど何処にもいなかったんだ…」
彼女?誰のことだ?
「知りたければ…自分で見つけるんだな……」
お前は……お前は…………。
「答えは…いずれ……わかるだろう……ふふっ」
……イア………。
誰かが読んでる?
「…俺は滅ぶ……だが、お前がそれを引き継いでしまう……」
…ナイアル……。
誰だ?俺を呼ぶのは?
「…願わくば……俺と同じ結末にだけは……」
ナイアルッ!!
―――――――――――――――。
誰かに呼ばれて目が覚めた。
「人が話をしてるときによくも寝てくれたわね…」
目の前に鬼の表情をしたアルが立っていた。…これは、夢か?俺は夢の続きを見ているのか?
「まだ寝ぼけてるみたいね?とりあえず、爪の3枚でも剥ぎましょうか?」
ラジオペンチを手にした素敵なアルの笑顔を見て、眠気はソッコーで吹き飛んだ。
「いや、いや待て!待ってくれアル!!俺が悪かった!」
条件反射的に頭を床にこすり付けるように下げた。我ながら情けない姿だ。
「……まあ、ナイアルが疲れてるのもわかってるから、強くは言わないけどもっとしっかりしなさいよ」
「悪いな、ここ最近で事態が一気に進展したのが原因…原因なんだろう」
そう、事態は進展した。俺にとっては劇的にだ。アルが戦闘を行っている千莉を見つけてきた事から始まり…千莉との契約、それによって戦うべき相手が見えてきた。
魔導書の気配を追っているところで、千穂と再会した。
なぜ千穂のことを忘れていたのかわからない。千穂と別れた時の記憶はさっぱりするぐらい綺麗に思い出せない。
あの時何があったのか…何か嫌なものを見たという事だけが頭にへばりついている。
「今度は何を考えてるの?」
「いや、千穂のことをな…千穂のことを考えていた」
「…そう、思い出したんだ」
アルが確信めいたことを言う、薄々そんな気はしていた。アルはずっと俺のサポートをしてくれた。俺が思い出せないという事は、思い出してしまったら俺の中で何かが起こってしまうのかもしれない。
「な~んにも聞かないんだ?わかってるってことよね…ナイアルのそういう物分りのいいとこ、好きよ」
「アルはいつも俺を導いてくれた。俺はアルを信頼してる…お前の最終目的が何なのかはわからないが、その時が来るまでは俺の信頼を裏切らないし、俺もアルの期待に答える…そう…そう思ってる」
言葉を発してから数秒、アルからの返事がなかった。何故かと思い、アルの方を振り向いてみれば…。
なにやら俯いて、プルプルと震えていた。
「…まさかこの私が……ほんの一瞬とはいえ…ときめいてしまうなんて…ぶつぶつ………」
「アル?アル?何を言っているんだ?」
なんだ…この静けさは…不気味だ……そこはかとなく不気味な感じがぷんぷんしている……。
「人が久しぶりに感覚に打ち震えていたのに、もう別なところに思考がいってるのね…」
おや、また空気が変わった…しかし今度は、なにやら雲行きが怪しい気が…。
「まったく、そんなことする子にはこうだ!」
突然立ち上がったアルに押し倒された。彼女の香りが鼻腔をくすぐる。
「そういえば、最近補給もろくにしてなかったわね。今のうちにしておくわよ」
押し倒された状態ではあるが、アルから補給の話が出て来るとは思わなかった。いつもなら、そんなことはないはずだ。しかし、千穂を助けるどころか助けられたぐらいだ。補給しておかないと次の事態で100%の力が発揮できないもの確か。
「では、頼もう、頼もうか」
「じゃあ、いつものように目を閉じなさい」
俺は言われたとおりに目を閉じた。少しの間の後、唇に柔らかい感触が触れた。アルの唇だ。
「っん…」
魔力の供給が始まって、すぐに意識が薄れてきた。これもいつものことだ、再び意識が戻るときには魔力の充填は終わっているはずだ……。
意識が閉じる瞬間、なぜか千穂の顔が浮かんだ…。
―――――――――――――――。
「よし、供給終わり。これでしばらくは起きてこないわね」
今日は吹っかけてないけど、たぶんいつもの調子で断られていたんだろうな。…もし、それを良しとしたなら…私はナイアルを………。
いや、その事は考えないようにしよう。甘いのはわかってるけど、これも性分かな?ともあれナイアルとの情報交換も終わって、事態がなんとなく飲み込めてきた。
でも、情報が入れば入るほどわけがわからなくなる。それでも一応整理だけはしておこうと思う。
まずはソードシンビジウム…神楽 千莉。
私達が始めてこの事件に首を突っ込んだ時に出会った少女。アシタカの催淫攻撃を受け、発情していたところを、ナイアルが契約することでその状態を治療した。以後はナイアルと行動を共にしている。
性格は至ってまじめ、一直線で正義の味方に執着している。使用魔導書は『魔女の槌』
廃ビルでの戦闘で、突然現れた『大天使』をどうやったのか退けたのが少し気になるけど、何か彼女には秘密があるように思えてならない。
ロッドリコリス…桜庭 雫
千莉がシャッガイに洗脳されたと思い込んで千莉を倒そうとした早とちりな娘。背が低く、ツインテール…そして恐らくツンデレというお約束満載。千莉とは親友同士。
ギアに関して何か重大なことを知っている模様。使用魔導書は『無名祭祀書』
学園での一悶着の後、雫は顔を真っ赤にして照れたように私を見るようになっていた。その羞恥で染まった視線がくすぐったいのなんのって…まあ、明日には無かったことのように澄ましてそうだけど…。
続いて、ガンタイタンアルム…朝倉 千穂
ナイアルが廃ビルへ魔導書の気配を追って進入した時に遭遇した少女、何でも彼女をそこへ呼び出したのは学園の副会長…つまり北条であったらしい。
ナイアルの過去を知っている。ある意味、私にとって最も厄介な存在。間違いなく彼女とは一戦やらかすことになるだろう。使用魔導書は『屍食教典儀』
千莉から聞いたときは『ガンステイメン』だったと思ったけど、廃ビルの一件で『ガンタイタンアルム』になったらしい。
でもって、シールドオンシジューム…天上華 蘭
学園で雫と会談中にエロスの矢で恋の虜になっちゃった、我がライバル。……だめだ、こう言ったら私がレベル低いように思える。
訂正――学園で生徒会長を務める、強烈なカリスマを持った生粋の魔術師。使用魔導書は『なし』それでも、かなりの力を持つ。
現状で私が理解しているのはこんなところだろう。それにしても、学園の一件は私にとっては吉とでた。
結構な情報が入ったこともあるけど、エロスの矢の効果とはいえ雫と密接に交われたことと、蘭というライバルに借りを作ったのは大きい。
いつ返してくれるかはわからないけど、これから協力していくことになるのだろうし、この先彼女に借りを作るなんて早々ないだろうから、この借りは重宝しそうだ。
問題なのは、ナイアルが出会ったという『大天使』だ。ナイアルラトホテップを狙っていることは間違いないと思う。
『天使』の単語でいけば、気になるのは雫が言っていた『エンジェルゲーム』だ。あの後、この意味を聞こうとしたけど北条の処理があるといってさっさと出て行ってしまったから聞きだせずにいた。
北条が言うには『C計画』の実験だったとか…『シャッガイ』の最終目的に関係あるようだけど、今の段階じゃわからないわね……。
―――――――――――――――。
夜の学園、誰も寄り付かないであろう校舎の中に一つ、明かりのついた教室が存在していた。
ただし、その教室は外から見ることは出来ない。何故ならばその場所は学園の地下に存在するからである。
そう、オルが占拠する喫茶店と化した教室である。
「………ふっ、代金を払わないのはいつものことだが、全く無視して行ってくれたな…」
雫とアルビオーレが教室から出た後、自分の不遇な扱いに少々落ち込んでいたオルはアルビオーレ達の使った食器を水を溜めたシンクに浮かべ、客用のテーブルの一つに座り、今の今まで落ち込んでいた。
「ンなこと説明しなくていいんだよ!!」
「オル?誰に向かって叫んでるの?それに地が出ちゃってるよ?」
後ろからかけられた声にオルはめんどくさそうに答えた。
「……なんだ真白か?案外早かったんだな」
「案外って?今日到着するって言っておいたでしょ?」
「犯されかけたことから立ち直るのに…」
刹那、オルの顔を何かが横切った。恐る恐るその方向を振り返ると、血のように赤い妖剣が後ろの壁に突き刺さっていた。
「ご・め~ん。手が滑った」
テヘっと舌を出して可愛らしく謝る真白だが、それ以上言うと今度は当てるぞと言いたげなオーラが彼女から迸っていた。
「……………何故、私の周りの女性はこんなのが多いんだ?」
「オルにデリカシーがないだけでしょ?」
何か言いたげなオルだが、このままでは無限ループに突入すると思い、出そうとした言葉を飲み込んだ。
「それよりもだ、ナイアルラトホテップはどうだった?」
「まだなんとも言えないわね。ただ…注意が必要なのは確か」
「『こっち』の世界の『闇』は順調であったぞ。さすがジンが見込んだことはある」
それを聞いた真白は複雑な表情をしてた。
「やっぱり『こっち』でも『闇』に頼らなきゃいけないんだね…私たちがやっているのと同じように…」
「普通なら『光』のお前か、お前が選び出した『光』がそれをやるはずだからな」
「『こっち』の『光』は私が選んだけど導いたのは違うから…『虚無』もそうでしょ?」
「ああ、全部彼に任せてしまった。直接干渉できる君や、彼と違って私は今回見ていることしか出来ない」
オルは自嘲気味に言ってから近くの椅子へ座り込んだ。その目はどこか遠くを見ているような印象だった。
「世界は『光』と『闇』と『虚無』で出来ている…世界を破滅させるにはそのどれか一つでいいが、世界を救うには三つとも必要になる…か、……ったく!ジンの野郎良いこと言ったつもりだろうが、それを実行するこっちの身にもなってみろってんだ!」
「だから、オル。地が出ちゃってるって、少しでも賢者らしくなるんだって自分で言ってたでしょ?」
「あいつの話に遠慮はいらねえよ。つーか、遠慮する必要はねえ」
愚痴りながら、なにやらカクテルを混ぜ始めた。
「お前はクーニャンでよかったか?」
「そうね、お任せするわ。オルは何を飲むの?」
「カーボーイ」
クールに答えたつもりだろうが、手に持っているのが『低脂肪牛乳…みんな!牛乳を飲もう!』と上半身裸(やけに筋肉質)で、短パンの男がプリントされた紙パックなのでイマイチ決まっていない。
オルはそのまま牛乳とバーボンを混ぜ合わせ、真白用に、クレームド・ペシェとウーロン茶を混ぜたク-ニャンを作り、真白のテーブルへと持って行った。
「では、この世界の平和のために」
オルがグラスを掲げる。真白も同じくグラスを掲げる。
「『こっち』の『例外』達の健闘に…」
「「カンパイッ!」」
カツンッとガラスとガラスが触れ合う音が鳴った。
―――――――――――――――。
「あのさ~雫ちゃん?それで、いったいここはどこなのかな?」
アルビオーレが怪訝な顔をして雫を見た。
「見ての通りの洋館だ。今日はここの調査をしに来ただけだ。ついて来いと言った覚えはないぞ…」
ぶっきらぼうに言う雫の口調はイラついているように思える。
「でも雫?ここ、人の気配が全然しないけど、何かあるの?」
館をまじまじと観察する千利、その後ろに千穂とナイアルがいる。
「ねえ、なっちゃん。デートの場所にしては別の意味で雰囲気ありすぎるんだけど」
「いや、デートの、デートのつもりは微塵も無いが?」
「なんですって~~~っ!!」
千穂はナイアルの頬をがっちり掴んでいる。
「魔力の気配は微量ね。シャッガイが関わってるかどうか半々ってところかな」
蘭は皆から一歩引いた位置(主にアルビオーレの視界に入らない位置)で魔力の気配を探っていた。
雫を先頭にして、アルビオーレ、千莉、ナイアル、千穂、蘭の六人は周りを林に囲まれた館の前に集まっていた。
「今回は、私一人で調査すると言っておいた筈なのだが…千莉も千穂も…それから蘭も何故ここにいる?」
「雫を一人になんか出来ないよ。いつシャッガイが襲ってくるとも限らないんだよ?」
千莉は心配そうに雫の手を取り言った。
「千莉と同じく、一人での調査は危険よ。まあ、私の場合はなっちゃんとのデートもかねてだけど、蘭はどうなの?」
「雫が心配なのと、そこの女の監視」
そう言いながら蘭はアルビオーレを指差した。
「うわ、蘭…久しぶりに再会したライバルに向かってそれちょっと酷くない?」
「ライバルならなおの事、遠慮なんてしなくていいでしょうに」
アルビオーレと蘭、二人の間で火花が散る一方で、
「そして、そして俺は…俺は蚊帳の外というわけか…そうなんだな…」
「うわ!なっちゃん!落ち込まないで!!まだチャンスはあるから!!」
しな垂れるナイアルと、どうにかそれを元気付けようとする千穂。
「くすっ」
そんな皆の姿を見て、千莉がクスリと笑った。
「ん?どうした?千莉?」
「ん~ん。何かこういうのいいよね?雫」
「うるさいだけだ…」
そっけなく返して、雫は洋館の門の前まで歩いていった。その時の雫の顔を千莉は過ぎ見たが、その表情に苛立ちはなく、不思議と安らいでいるように思えた。
「ねえねえ雫ちゃん?最初に言っておくけど、この洋館か~な~り、ぼろぼろだけど?入って大丈夫なの?」
門にかかった錆びついた錠を開ける雫に、アルビオーレが問いかけた。
「さあな、中がどうなっているのか見当もつかない」
そう言って雫は館の門を開けて中に入っていった。
「雫、ちょっと待ってよ!」
あわてて雫の後を追う千莉はとても楽しそうな顔をしていた。
雫を先頭に皆ぞろぞろと中へ入る。―――が、そこで異変は起こった。
―――――――――――――――。
「何…これ?雫ちゃ~ん?千莉ちゃ~ん?どこいったの~?」
館に入った瞬間、世界は一変した。私は確かに雫と千莉の後について、この屋敷の中へ入った。
普通は館の玄関に足を踏み入れたはずだが、ここはどこからどう見てもどう見ても客間だ。
後ろを振り向いても壁しかない。つまりこれは…。
「罠にはまったと考えたほうが良さそうね、朔夜?」
真横から聞こえた声に私は反射的に身構えた。が、すぐに顔見知りだとわかって警戒を解いた。
「反応も上々…それはいいけど、味方同士で殺り合うのはどうかと思うわよ。朔夜」
朔夜と呼ばれた時に気がつくべきだった。この呼び名を知っているのは蘭だけなのだから。
「あんな男の虜になってたわりに立ち直り早いわね、蘭」
「う、うるさいわよ。貴方こそ『アルビオーレ』なんて随分図々しく名乗ったわね」
っぐ、やっぱりツッコミ来たか、でもこの名前は私の証だから、恥じる事はない。
「ジンの意思を継ぐ証よ。洗脳されたとはいえ一時でも心を失った蘭には言われたくない」
「あ、貴方だって自分のスキルに助けられたくせに、私だって本当は……」
蘭がうつむいて動かなくなる。それを見てさすがに気の毒になった。ちょっと無神経すぎたな、私だってジンへの気持ちを忘れて他の男に媚を売ったなんてことになったら、立ち直るまで時間がほしいかも。
「ごめん、言い過ぎたわ。蘭はこの館がどうなってるかわかる?」
「私だって……ぶつぶつ…………」
無反応…う~ん、こりゃ駄目っぽい…ちょっと追い込みすぎたかな…。いや…でもここでボロボロに打ち砕いておけば、後々有利に動けるかも…。
でもでも、今日この場所で使い物にならなくなるのも問題ね……あ~それでも、それでも~~~~………よし!ここは遠慮なくぶっころばして!!
「安心しなさい。もう立ち直ったから」
「え!?ちょっと、早くない?もう少し落ち込んでても…」
「逆境から立ち上がるのが、私がジンから教わったこと、あんたのおかげで吹っ切れたわ」
……わ~い。たいした攻撃してないと思ったんだけどな~ずいぶん小さな逆境からここまで這い上がれるものだ…。
「よ~し!本当に立ち直ったかどうか、ここは一発エロスの矢を使ってみよう!」
ガゴンッ!脳天を直撃する蘭の拳により、私は頭を抱えてその場にうずくまった。
「それをやったら、愛ゆえに朔夜殺害を実行してあげるから覚悟しなさい」
「ぶーぶー!せっかく手に入ったんだから使ってみたくなるのは人の性でしょ~」
「くだらないことやってないで、状況を把握することを優先しなさい」
あらら、シリアスモード突入ですか。じゃあ、こっちも本腰入れないと気の毒よね。
「蘭は何が起こったのか理解は出来てる?」
「館に足を踏み入れた途端にこの場所へ飛ばされたのは理解しているわ」
蘭は黒く艶やかな自分の髪を右手で弄りながら答えた。そういえば蘭は昔から考え事をするときは髪の毛を弄ってた気がした。最後に会ってから時間が経っていたの覚えているものね。
「この館の調査をするって言ったのは雫ちゃんだったわね?こんな仕掛けがある館だってわかってたのかな?」
「何か知ってる風な感じだったわね。だから一人で来たかったんじゃないの?」
うむ。そういえばやけに一人で行くといっていたような気もする。、この場合強引についてきた私たちが悪いかな。
「それにしても、雫ちゃんって不思議ね。何でも知ってるみたいな感じで、もしかして他にも、じゅ~よ~な秘密を握ってたりして…」
「えっと…それは……」
あれ?どうしてそこで蘭が、口篭るんだろ?もしかして本当に?
「…朔夜、あんたは雫のこと…いえ、私たちのことをどこまで知ってるの?」
蘭から試すような、そんな視線を向けられた。
こんな視線を蘭からもらったのは、ジンと一緒に居たときだけだ。まるで秘密を打ち明けるかを迷っているような視線、ふざけて返すことなんて出来ない…そんな風に思えた。
「簡潔に言うと、呪法兵装を持つ魔術師達。表向きの目的はシャッガイと戦うこと、裏事情は分からないけど何か重大なことを隠してる気がするわ。もっと詳しく説明する?」
「それで十分よ…そこまで理解してるのね。…ついでに聞いておくけど、その情報はどこから仕入れたの?」
…蘭は私から何を聞きたいのだろうか?予想できないだけに、正直に答えるべきかな。
「情報の大半は千莉と雫から聞いたものよ。けれど、それを聞いてどうするの?」
「朔夜は気付いてたと思うけど、千莉の持つ情報は穴だらけだったでしょ?それに比べ、雫は全てを知っているような感じだった。その点はどう?」
ビンゴ、大当たり。その辺は怪しいと思ってたわよ。
「その顔じゃあ、気付いてたみたいね。雫は千莉に重要なことを何一つ教えていない、そして、今後も教えるつもりはない」
でしょうね。前に千莉には話すなって言われたこともあったし…。
「それでも、雫は千莉の親友を演じている…まあ、本当に親友と思ってるのかも知れないけど、千莉に真実を話すことだけはしない」
頭がこんがらがってきた。だからどうしたっていうの?そりゃあ、親友でも話せないことの一つや二つはあるでしょうに…。
「千莉には、私たちも知らない秘密がある。雫だけがそれを知っている。恐らくその事が私たちを集めた理由」
「ストップ、今の話を聞くと、雫が『ギア』を作り上げたように聞こえるんだけど?」
そこで蘭は、「はぁ」と溜め息をついた。その仕草が、答えを聞く前の決定打になった。
「エレメンタル、アブゾーブ、フラッシュ…この三つの組織を作り、シャッガイと戦うように仕向けたのは『桜庭 雫』だっていうのよ」
なんというか…言葉は出なかった。ただ、何となくそうなんだと、認識したような感じ。今までのことを辿れば、そんな気もしてくるけど…何でかな?それに気付けなかった自分がちょっと嫌だった。
「千莉には司令がいるって事で、創設者の存在はごまかしているけど、彼女以外の人間はこの事を知ってる。正確には、知ってる人間しか今は残っていないの…だから」
どうしようかな…?最後まで聞く必要…ないじゃない。
ホント……わからないな…蘭は回りくどすぎる。そこまで雫が頑張ったなら返事は一つじゃないの?
「そういう事情があるなら、雫がやってる事に、下手なちょっかいは出さないわよ」
それだけ言ってやった。そしたら、蘭はキョトンとした顔をして安心したように微笑した。
「変わってないのね。朔夜は…」
「変わるわけないじゃない、ジンと一緒に過ごした私が」
そう言って二人で笑い合った。誰かとこんな風に笑うのは、久しぶりな気がした。
「よ~し!そうと決まれば援護と――」
意気込んで一歩踏み出したとき、仕掛けがしてあったのであろう。カチリッとスイッチを踏んだ音がした。
途端に部屋の壁紙がスライドパズルのように動いて、奇妙な形を形成した。
「ねえ、朔夜…一応聞いておくけど、何踏んだの?」
あくまで、笑顔で蘭が聞いてくる。そんなの聞かなくてもわかるでしょうに…。
「大佐殿!何かのトラップを踏んだものと想定されるであります!」
「………他に言うことはないわね…」
うおっ!猛烈に殺意じみたものを感じる…どうやって蘭を静める……静め…。
あれ…頭がぼうっとしてきた…。
「蘭?なんか、私ぼうっとしてきたんだけどそっちは大丈夫?」
聞いてみたけど返事がない。見れば、蘭はその場にペタンと座り込んでしまっていた。
「ねえ?蘭?大丈夫なの?」
言ってるこっちは大丈夫じゃなくなってきてる。足に力が入らなくなって、地面に倒れこんでしまった。
少しまずいことになってる。この症状は、壁紙が形成された魔方陣に仕込まれた術式が発動したことで発生したのは間違いない。……問題は、私がこの術にかかってしまっているという事。
私には人間の作り出した魔術や薬品。妖怪や魔獣などの妖術や特殊な体液も効果はない。でも、私に起きている変化は紛れもない事実。
この屋敷は想像以上に厄介な場所だったのかもしれない。問題なのは人間ではなく妖怪でもなく魔獣でもない何かがこの魔術を仕掛けたということ。
私が魔術にかかってしまう以上、ここに二人でいるのは危険かもしれない。この場所から離れなきゃ…。
私は反応のない蘭を置き去りにして、力の入らない体を文字どうり引きずり、這いながら客間のドアから外へ出た。
―――――――――――――――。
屋敷の玄関に足を踏み入れて、数歩進むと、後ろの気配が消えたのが分かった。けれど私はそんなことを気にしないで、仕掛けをくぐり、一気にロビーまでたどり着いた。
ソファーに腰をかけ、少し休んでいると、あちこちで仕掛けが発動しているのがわかった。これだから一人でここへ来たかったんだ。この屋敷の内部は次元が歪んでいて、きちんとした手順を踏まないと屋敷のどこへ飛ばされるか分からない。
しかもこの屋敷の全ての部屋に仕掛けが施されており、私ですらその全てを把握しきれていないのだ。
勝手についてきた人間にそれを説明するほど、私は親切な人間ではない。少なくても死にはしないだろうから、放っておいてもいいだろう。
……それにアルビオーレには少し痛い目にあってもらわないと気がすまない。敵を欺く必要があるとはいえ、私に…あんなこと……あんなことを…。
いや、済んだことを今更悔やんでもしょうがない。それに千莉のことも心配になってきたので、申し訳程度にダウジングを使い、皆がどこにいるのか調べてみた。
「私…『桜庭 雫』が告げる……屋敷内の影を映し、居場所を告げよ……」
私は『無名祭祀書』を取り出し、呪文を唱える。すると、頭の中に屋敷の全容が見えてくる。
アルビオーレと蘭は客間。千穂とナイアルは厨房。千莉は書斎か…位置で行けば千莉との距離が一番近いか…。
…ん?私たち以外の気配が屋敷の中にある……この波長はシャッガイ?でもなぜここへ?…まさかとは思うが、ここに保管してある魔導書が目的?それとも……。
もう少し、検索をかけてみるか?
「その必要はありません」
声がしてから反応するまでの間に、私の足元には手紙の括られたクナイが突き刺さっていた。
それを見て直感する。このクナイを投げた人物が誰なのか。
「璃梨ね?なぜ姿を現さないかわからないけど、向こう側に下ったのは魔力の波長でわかってる」
そう、璃梨の波長は私の下についていた時の感じとはまるで違って感じられた。
「……私にはその記憶はありません」
どこからか璃梨の声が聞こえる。どうやら彼女がかけられた魔術は記憶の書き換えのようだ。
「私には黒将に仕えている記憶しかない。けど、あなたを見ていると何か懐かしくなる」
戯言を…私は良い主ですらなかったのだぞ?その私に何を感じてるというの?
「しばらく会わない間に、ずいぶんとお喋りになったわね。それも黒将ってやつの調教の成果?」
「黒将はそんなことをしません。いえ、そう言っても信じてもらえないでしょう……詳しい事は手紙に書いてあります」
その言葉だけを残して、璃梨の気配は完全に消えた。私は床に刺さったままのクナイを抜き、手紙を広げた。
手紙には筆で書かれた長々とした文章が並んでいた。
「…雫?し~ずく~?」
唐突に話しかけられる声に一瞬ビクリとしてしまった。見れば、千莉が階段から降りてくるところだった。
「やっと一人見つけた。玄関に入ったはずなのに書斎みたいなところにいたの、これってもしかしてシャッガイが何かしてるの?」
はぁ、と、私は息を吐き出した。こんな状況でも千莉は変わらない、変わるはずがないんだ。そうでなければ私は千莉のことを親友とは思わなかっただろう。
「ここは次元が歪んでいるのだ。部屋に動けばどこへ飛ばされるかわからないぞ」
「そうなの?」
階段から降りてきた千莉は、一直線にこちらへ向かって来て、私の前に立った。
「雫はこの屋敷の事知ってるの?」
「…ああ、知ってる」
それはそうだ。この屋敷は…。
「この屋敷は私の屋敷だからな」
千莉が眼を丸くする。それは驚いただろうな。
自然と口元が緩む。千莉の反応はとても素直な分楽しめる。
「この屋敷は私が長年住んでいた実家と呼べるものだ。時より掃除しに帰ってきているから、住んでいたと、過去形の言い回しをする必要もないか…」
「そ、そうなんだ…」
千莉はまだ驚いたままで、私の話を聞いている。
「部屋の所々の次元が歪んでいるだけでなく、トラップもふんだんに仕込まれている。そこの柱を右に動かしたりすればベランダに強制転送され……」
「え?きゃっ!」
振り向いた先には、回された柱を残して、千莉の姿はなかった。
「……………」
千莉の属性を忘れていた。あの探究心旺盛の千莉なら柱と聞いただけで触ったに違いない。まあこの屋敷内で千莉に何かあればすぐにわかるだろうから何とかなるだろう。
それよりも…と、私は手元の手紙に目を通す。
「黒将…なにを考えている?」
―――――――――――――――。
「ふむ、ふむふむ。これはこれは、かなりまずい状況じゃないか?」
俺の目の前にはこちらへ段々と近づいてくる壁、後ろには同じく向かってくる壁に向き合っている千穂。互いに背中を預けた状態で、押し迫る壁を手で押さえ、対峙しているのが今の図だ。
「なっちゃんと身体を寄せ合うのはとっても魅力的なんだけど、一緒につぶれちゃうのはちょっと願い下げしたいわ」
そうだろうな、俺だって願い下げだ。しかも、キッチンの壁につぶされると言うのは、さぞシュールな光景だろう……ん?キッチン?
だったらアレがあるはずだ。俺は天井を見渡して、それを…換気口を見つけた。
「バルザイの鉄扇!」
鉄扇を換気口目掛けて振り投げ、枠とプロペラをはずした。
「千穂、あそこから外へ出ろ!」
俺のつもりがわかったのか、千穂はすぐに跳躍した。
「えっ?」
器用に換気口の中へ入ったはずの千穂はそのまま消えてしまった。どうやら、入ってきたとき同様にどこかへ飛ばされたようだ。
俺はといえば、引っ張り上げてもらうつもりであったのだが、壁が押し迫る状況で千穂が消えてしまってはそれもできない。けれど、これで千穂の安全は確保できただろう。
千穂を見届けて気が緩んだのかもしれない。俺は突如、床がバックリと割れた事に反応できなかった。
空中跳躍もままならない内に、割れた床の底、深い暗闇の中へ落ちていく。
その途中、さっき消えたはずの千穂の声が聞こえたような気がした。
………………………………………。
誰でもいい、とにかく女を犯したくてしょうがなかった。
夕暮れの迫る校舎の中、俺は獲物を探すために徘徊していた。しばらく歩くと、教室で居残りでもしていたのだろうか、学年で言えば上に当たる男女が一組いた。
女はかなり良さそうだった。茶色がかった美しい髪にスラリとした身体、可愛らしい笑顔。瞳の色からしてハーフなのかもしれない…それに比べて男のほうはそこそこといった平凡な顔に身体つき、不釣合いとは言わないが、それでもバランスは悪そうだった。
男のほうが得意げに何かを話し、女はそれを聞いて微笑んでいる。それはカップルの会話において他ならなかった。
決めた。あの女にしよう。
黒い欲望が蠢き、その揺らぎを消さぬ間に、俺は教室へと乗り込んでいた。
ガラリとドアを開けると、二人はさぞ驚いたのだろう。ビクリと身体を震わせた。
「ええっと、どうかしましたか?誰かお探しですか?」
女が声をかけてきた。けど、そんなのはどうでもいい。俺はお前を犯すと決めたんだ。精々光栄に思うがいい。
「暗黒よ来たれ……今、闇をこの世に埋め、世界を侵食する…」
教室を闇で包み去ったのも束の間、たった今教室であった場所はドクンドクンと脈打つ肉の壁が囲む異界へと変貌した。
「きゃあぁぁぁ!」
女が悲鳴を上げると、すかさず男が女の前に庇うようにして立った。
男は要らない、俺は彼女に用があるんだ。
魔力を壁に込めると、壁から触手が生え、男を絡み取ると天上に吊るし上げた。
「洸さん!」
女が悲鳴にも似た声を出す。よっぽどあの男が大事なようだ、なら尚更それをぶち壊してみたくなる。
「なぜこんな事を…?洸さんを放してください」
何を言い出すかと思えば、この異様な空間でも発言できる精神には称賛するが、俺が聞きたいのはそんな言葉ではない。
「なに?…きゃあ!」
壁の触手に命じて、女を拘束する。近づいてみてみると良い女だと再認識した。
そのまま女の胸元に手をかけ、制服を一気に引き裂いた。魔力の込められた腕は肌を傷つけることなく、服だけを破りさるのは容易であった。
「いやぁぁ!」
叫ぶがいい、絶望するがいい。その負の感情一つ一つを淫らなる欲へと変えてやる。
女の乳首に触手がねじり込んでくる。続けて股間にも触手が取り付きうねりを上げながら膣内へ進入しようとする。
「んあぁぁぁっ!何な……はあぁぁっ!!」
さらに増える触手の先端から棘が飛び出し、乳首とクリトリスに棘を打ち込んだ。打ち込まれた棘は神経を侵食し女の感覚を膨張させる。
「いやぁあ!こんなぁぁ、おっぱいぃだめなのぉぉっ!」
今さっきまで抵抗しようとしていた女が喘ぎ声を上げる。この感覚がたまらなく楽しい。
膝をがくがく震わせながら、女の股間は愛液を流し始めた。
触手の進行は止まらない、次の触手は彼女のアナルへと侵入し、棘を突き刺す。
「うひぃぃいいいいっ!おしりぃいっ!いやいやいやっ、いやぁぁああっ!」
すごい、ここまで簡単に支配できるものなのか?魔術を使えばこんなに簡単に人を支配できてしまうものなのか?
「くひゃはははははははははっ!いいぞ!もっともっと喘げ!!」
「熱いのぉぉっ!熱くってぇ……んふうぅんっ、きちゃうっ…何かきちゃぅううっ!!」
「そうだ!イケ!イってしまえ!恋人の前でイってしまえ!!」
「ひゃっ、はふぁあああああああっ!!」
身体がブルリと震えたかと思うと、跳ね上がった胸から乳白色の液体が噴出した。
「んぁっ、ああぁぁっ、おっぱいっ、なんでっあっああぁんっ!」
甘い香りが鼻腔を擽らせる。さすがに自分から噴出された母乳を見て戸惑っているようだ。
「あ…あぁぁ…どうし……てぇ…?」
一度使っただけでこうならもっと壊してみるか、この女がどれだけ壊れるかそれだけが見たい。
触手を女の頭に向ける。そうだ、その前に聞いてかないとなあ…。
「お前の名前は?」
「え…?篠崎…愛…」
「さようなら、そしておはよう、愛…」
グサリと彼女の頭部に棘が突き刺された。
「んぅっ、ひゃううぅうぅうぅうぅうぅっ!!」
変化は一目瞭然だった。さっきまでの女は見る影もない…棘が脳に突き刺さった時点でこの女は生まれ変わったのだ。今のこいつは…。
「ご主人様ぁ、わ、私っ……オマ○コにチ○ポほしいっ!ハメハメしてほしいですぅぅ」
欲望に忠実な俺の雌犬だ。まったく、うまくいったものだ…こんなに簡単に人間を壊せるなんて。
そういや男の方は……見てみると、触手で限界まで締め付けられたようで、すでに事切れているようだった。その証拠に男の体内に溜まっていた汚物があたりを汚している。
…もう、くたばってるみたいだな…いつ力尽きたのやら。汚えもの撒き散らしやがって…まあいい、その内触手が片付けるだろう。
今はせっかく手に入れたこの女で、もう一度楽しむとしようか…。
「そこまでにしておきなさい。それ以上犯ったら、その女の子、死んじゃうでしょ?」
声がした瞬間、結界が音を立てて崩れ去った。周りはすっかり日も落ちた教室に戻っている。そこには女が立っていた。髪の長い、赤い瞳をした女が…。
どこから入り込んできたかは知らないが、お楽しみの邪魔をしてくれたようだ…。
「お前も犯されたいのか?」
ちょうどいい、女一人じゃぜんぜん足りなかったんだ。この女も使ってやる。
「…ホント、あんたには何にもないのね?」
女が見透かしたように嘆息した。
「『作られたナイアルラトホテップ』…あなたには何もない。あなたは虚無…だから……私が導いてあげる」
女が手を振り上げる。その手には一冊の本。
「『ソロモンの鍵』よ…彼のものの記憶を閉じ、再び解き放たれるときが来るまで我に導く任を与えよ」
光が広がっていく世界の中…その女の背中に黒い翼が見えた。
―――――――――――――――。
今のはなんだ?気が付いてみれば、周りに広がるのは闇。身体は浮遊感に包まれていて、地面があるのかさえわからない。
なぜ俺はあんなことを?なぜアルがあそこで出てくるんだ?なぜ俺はこの事を忘れていた?なぜこれより前の出来事を思い出せない?俺はなんだ?この時俺に何が起きた?
わからない……わからない。わからない、わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない。
―――そんなのもう、わかってるんでしょ?
誰だ!?誰が話しかけてきた!?
―――わからないの?俺はお前だ。いや、お前は俺だが、俺はお前ではないか…。
意味がわからない。わかるように説明しろ!!
―――あの女に今の今まで封じ込まれていたんだよ。お前の記憶と一緒にな
闇の中に人影が浮き出る。その姿は…。
「お前が……何で?」
―――この姿を見てもまだわからないの?それとも信じたくないの?自分が良いように操られていただけなんだって…。
そんなはずない……俺は…俺がナイアルラトホテップだ……。
―――そうだね。でも、それは中途半端なもの。封印されていた記憶が戻ろうとしている今ならわかるんじゃないかな?
記憶?俺の記憶……?
思い出そうとした瞬間、封じ込められていた記憶がまるで決壊したダムのごとく流れ込んできた。
雨が降ってる。
深夜の橋の下…。
そこには千穂が居て……。
振り返った千穂の口元がドロドロの赤で汚れていて…。
千穂の足元には…ぐちゃぐちゃになった何かの肉塊が…。
―――思い出してきたじゃないか…それでいいんだ。それでこそ俺の計画が始められるというもの…。
―――――――――――――――。
むぅ。蘭を置いて逃げてきたら、ここはどこだろ?中世の鎧が置いてあると思ったら、その横には日本刀が飾られている。
倉庫にしては物が綺麗に並べられている。展示室のようなものなんだろうか?
「妙なところで遭ったわね…アルビオーレで、いいんだっけ?」
嗚呼…本当に妙なところで遭う…今はとにかくタイミングが悪い。展示室の中央…ここにいるのは私と後ろから殺気をバリバリ放っている千穂だけだ。
彼女はナイアルに起こったことを疑問に思っているだろう。それはそうだ、久しぶりに会った思い人が自分のことを忘れ、別の名前を名乗っていたのだから。
それに気が付いていたから、ナイアルに下手な事を言えなかったのだろう。変にショックを与え、自分がしでかした過ちを思い出させないために…。
「黙ってないで何か言ったらどう?それとも………」
空気が変わる…間違いなく千穂は殺る気ね…。
「何も言わないで殺されるつもり?」
言葉を発してからコンマ0.5秒の間もあっただろうか?額に向かってきた弾丸を私は身体を逸らして避けた。
発射から着弾までの速さを読み違えたら普通に死んでたわね。
「あっぶないわね。それでも正義の味方?」
「あなた、正義なんてあると思ってるの?」
これはまた、直球な質問が飛んできたものね。千莉ちゃんが聞いたら即座に否定するだろうけど、私は……。
「私は…正義が何なのかわからない。正義の味方から見た悪から見た正義は悪…私はそう思ってる。でももし、正義なんてものがあるのだとすれば…自分こそが正義になるんでしょうね」
「そう…自分のしたことが正しいと思ってるんだ…」
殺気が増す、ピクリとでも動いたらその瞬間に殺されるような鋭い殺気が、私たちがいる空間を支配している。
ナイアルの記憶…千穂から言わせれば『夏樹』の記憶を封印した時に、私はその記憶を垣間見た。その時までごく普通の少年であった夏樹は千穂のある行為を目撃して壊れてしまった。
そこにアレはつけこんだんだ。力を与えさせ、世界のバランスを崩そうとした。もっともそれは私が記憶を封印する事で少ない犠牲で済ませたわけだけど…。
「じゃあ、始めましょうか…血湧き肉踊る殺し合いを…」
刹那、私は反応していた。千穂の弾道は正確で、動かなければ…いや、動いていても当てる事は容易であろう。
「私を殺すと、ナイアルの真相にたどり着けないわよ!」
私は攻撃を避けながら、賢者の石をベルトに装填した。
「それなら心配ないわ…あなたを殺した後で、あなたの脳を食べればわかるもの」
末恐ろしい事を言ってくれる。『屍食教典儀』の影響でこうなったのか、こんな千穂だからこそ『屍食教典儀』に選ばれたのか…今はどっちでもいいかっ!
術式を生成してベルトに伝える。私の術法兵装は千莉ちゃんの剣を元に作り出して、自分用にアレンジしたものだから、彼女たちのようにメモリーを挿せばいいというものではない。
「憎悪の空より来たりて…正しき怒りを胸に……」
って言えればかっこいいんだろうけどなあ。おっと、ここはシリアス、シリアス♪
「漆黒よ来たれ!深き奈落の底より暗黒よ来たれ!我が身、我が心を闇で覆い彼の者を穿つ力となれ!!」
「タァァイタァァァンアァルゥゥムゥ!!」
私と千穂、二人で同時に変身を遂げる。それと同時に互いに魔導書をそれぞれの武器に取り込んだ。
千穂は無言で銃を撃つ、それを私は紙一重にかわす。それでも、反撃はできない。千穂の弾は魔力が込められ魔弾…軌道を変えるなんてわけない。ドリルを飛ばせば勝機はあると思いたいが、実はこのドリル、ゲッ○ーの様に飛ばす事はできない。完全なる接近戦用の代物なのだ。
銃弾の数がどんどん増えていく、避けても避けても、銃弾は追ってくる。
「いあ!いあ!はすたあ!はすたあ、くふあやく、ぶるぐとむ、ぶぐとらぐるん、ぶるぐとむ」
風の結界を敷いて、直撃を避ける。『セラエノ断章』の力を借りても弾丸を逸らす程度の事しかできない。千穂の魔弾はそれだけの力が込められていた。
ここでむざむざ殺されるわけにはいかない。けど、千穂を殺す事もその後の終焉へ繋がってしまう。
ナイアルが…ナイアルの中の本物のナイアルラトホテップの落とし子を目覚めさせる結果に繋がる。
そうなれば、せっかく見つけ出した虚無もあの人との約束も全部壊されてしまう。
「いあ!いあ!はすたあ!はすたあ、あい!あい!はすたあぁぁぁぁ!」
突風、この程度では魔弾は押し返せない。そんな事はわかりきってる。この風は…。
「直接狙ってきたって事ね」
完全に読まれていた、千穂は身を翻し突風に混ざった『かまいたち』を余裕の表情でかわした。同時に突風を貫通してきた魔弾が私に直撃する。
右腕に2発、左手を貫通した1発、わき腹に1発、右足には3発。左太ももに2発。一気に貫いてくれた。
両足は完全にだめ、左手は物を持てる状態ではなく、残った右腕もドリルを振るう力は残っていない。
「当てが外れたわね、これでおしまいよ」
「そうね…そうなのかもね」
圧倒的過ぎる、私と千穂はとにかく相性が悪かったようだ。
そんな事を考えてる内に銃が額に当てられ、その引き金が無慈悲に引かれた。
―――――――――――――――。
「んちゅっ、ちゅっ、ぱっ……ちゅうっ…」
「ぴちょっ…んくっ、ちゅぷっ、ちゅちゅっ……」
肉棒の左右から伸ばされた舌がねっとりとした淫気を帯びて触れてくる。股座に割り込み、奉仕するのはランサーゼフィランサスとアックスサイサリス。二人の少女による奉仕で、アシタカの興奮はいつになく高まっていた。
「ははっ!いいねえ!もっとだ、もっと舐めろっ!」
アシタカは上機嫌中の上機嫌、完全にその虜となっている少女たちは彼の命じるままに動く。
「ちゅぱっんっ…はぁ……こんなに、大きくなってっ……ちゅぷっ、ぁっ、熱い…すごく熱いっ…」
「素晴らしいです…んちゅっ…アシタカさまぁ……」
ゼフィランサスは積極的に中間からカリ部にかけて、対しサイサリスは遠慮気味に肉棒の全体に舌を這いまわしている。
「くはっ!いい感じに燃えてきた。お前ら、尻をこっちに向けて、俺を誘ってみろ」
二人は指示されるがままに、四つん這いになり、股間を指に指を入れアシタカに見せるように広げた。
「アシタカさまぁ…美玖は…アシタカさまの、オチ○ポがほしいぃですっ…早くぅっ、くださぁぁいぃぃ…」
「私にもくださいぃ、紫苑のマ○コに、アシタカさまのぉ、ぶっといチ○ポくださぃいっ…」
二つの白い尻が、購入を待ちきれない様子で、悩ましく淫らに左右に揺れる。
「ひゃははっ!どっちもうまそうだなっ…そうだな、ここはゼフィランサスっ!お前からだ!」
アシタカは狙いを定めると、その肉棒をゼフィランサスの淫裂に突き入れた。
「はうああぁっ!あふぅあぁあぁんっ!オチ○ポきたぁぁっ、硬いのぉ、はいってくるのっ!」
存分に3Pを満喫するアシタカから少し離れた位置に侍のような格好をした男、黒将が座っていた。彼の傍には、『エレメンタル・ギア』の『バトル・ガーベラ』こと『榊原 亜美』が彼のぬくもりを感じるように背中越しに抱き付いている。
「ねえ?マスターはああいうことやらないの?」
「少なくともこんな場でやろうとするほど、欲には満ちておらんよ。それと、マスターと呼ぶのはどうにかならんか?」
「だめ、マスターはマスター、私がそう認識している限り、あなたが私のマスター」
静かな口調の裏に頑固な意思を感じ取った黒将はそれ以上何も言わなかった。
「それにしても、まったく…飽きもせずによくやる。昔から女好きな面はあったがそれでもアシカタは武人であったのだがな…」
今だ行為に明け暮れる同胞を横目で見ながら黒将は嘆息した。
「そうなの?私の知ってるアシタカはいつもあんなの」
「全部、変えられてしまったからだ。あいつの価値観も、目的もな」
(それは、お前も、璃梨もだがな)と黒将は心の中で付け足した。
「ねぇ、マスターの目的ってなんなの?」
不意に自分に話の矢先が向いたので、黒将は少し戸惑ったが、亜美があまりにも無垢な瞳で見つめてくるので、その口を開いた。
「これは、三年ほど前になる。俺たちの世界に『クトゥルー』が現れたのは…」
始めは何人かの魔術師の事件的な儀式だった。だが、それが『旧支配者』という『神』を呼び出してしまったことが、そもそもの始まりだった。
神を呼び出したいいが、その制御がまったくできなかったのだ。元々実験的な儀式、成功する確率など限りなくゼロに等しいはずだったのだ、制御の準備が十分であるはずもない。
制御のきかない神は瞬く間に世界を破壊していった。魔術が発展した世界ではあったが、神に対抗しうる力は持ち合わせておらず、二年の間に人口は十分の一にまで減少してしまった。
黒将達は軍隊である『シャッガイ』に所属し、『クトゥルー』の動きを監視していたことから難を逃れたのだった。
「ちなみにだ、俺の家族もアシタカの家族も、その時にみんな死んでしまった。アシタカは遺品のいくつかを持ってるみたいだが、俺にはそんなものさえも残っていない」
「マスターかわいそう…」
亜美が黒将の頭をやさしく撫でる。黒将はそんな亜美を眺めながら、話を続けた。
世界を救う方法が見つけ出されたのは、ちょうどその頃、その方法とは『別な世界にクトゥルーを召還する』というものだった。
この世界で脅威を振るう『クトゥルー』を他の世界に移し、自分たちの世界だけ難を逃れるという、それは自分たちが助かるために他の世界を犠牲にするという凡そ解決策とは程遠い計画だった。
しかし、これしか方法がみつからないのなら、それを実行しなければならない。
『シャッガイ』という軍隊は世界の存亡をかけて、この世界にやってきたのであった。
「それが、いつしか女を犯し、隷属させる集団に成り果てるとはな…」
「私も隷属させられた一人なんでしょ?私はおかしいなんて思わないけど」
それもそう変えさせられたものだと、言いたかったが、無駄なことであることは黒将もわかりきっていた。
「そろそろ時間だな、いくぞ 」
「イエス、マスター。雫に会いに行くんでしょ?」
「そうだ。俺はそこで確かめなければならない…両方の世界を救う術を持っているのかどうか…」
「ミロクに見つかったらまずいんじゃ…」
亜美が、心配げに着物の裾を軽く引っ張るが、黒将は亜美の頭を撫でた。
「いま、ミロクは天使を捕獲するために動いている。俺たちを監視する余裕などない、だから、事を起こすのは今しかないのだ」
「私も璃梨もマスターについていく」
「すまないな…こんな事を言える立場ではないが、ありがとう」
「マスターは言える立場の人間。でも、うれしい」
腕にしっかりつかまり無邪気に顔を擦り付ける亜美の姿を見ながら、黒将はさらなる決意を固めるのであった。
―――――――――――――――。
薄暗い地下の廊下をたいまつを点けながら降りていく。
この先に行くのは久しぶりだ。以前璃梨を案内して以来だろうか、その前は…私の時間では108年ほど前になるだろうか…。
ただでさえ長い時間を生きなければならないのに、余計な寄り道をしてしまった。でもそのおかげで出会えた人がいた。別れた人もいた。
『エンジェルゲーム』は様々なものを私に残した。
「待ってたよ、雫」
単調で短い声が私を向かえた。亜美と会うのもずいぶんになる。連絡をもらわなくなった時点で歯車として取り込まれたと思っていたが…まだ幾分か無事のようだ。
「お前も黒将についているんだな」
「黒将が一番優しかったから」
「愛想がないのに寂しがりやなのは、本当に変わらないな」
「愛想がないのは雫も同じ」
悪かったな…それは自分でも気が付いてるよ。
「黒将が待ってる、早く来る」
ある意味一番やりやすい相手だな…アルビオーレと会話すると変な方向へいくし、千莉には私が話すより話しかけられるほうが多い。
亜美に案内されるように地下の道を進む、一応ここは私の屋敷なんだがな…。
目的の部屋の前につくと、黒将はそこで待っていた。
璃梨も黒将の後ろで待機している。
「待っていたぞ…館の主よ」
妙にかしこまった男は丁寧にも頭を下げてきた。
「前口上はいい、用件は何だ?」
「この部屋の先でお前がやろうとしている事を手伝いたい」
「っ!!」
知ってるのか?この男は…あの魔方陣のことを…。
「俺が知ってるのは、お前がこの屋敷の地下でこの状況を打開する策を準備しているという事だ」
「状況の打開?今の状況はお前たちの望んでいた事だろう?いまさら何を打開する気だ?」
「この状況は『裏の奴』が望んでいた事で、『シャッガイ』が望んでいた事ではない」
「シャッガイも一枚岩ではないと…そう言いたいのか?」
「そう思ってもらってかまわん」
そこで黒将はスッと一歩引いて、膝を着いて頭を下げた。璃梨、亜美も黒将にならい、私の前に膝を着いた
どういうつもりだ?こいつの…黒将のつもりがわからない。
「お前に惚れた」
っ!!!!!!!!!!!!!!!
なっ、なんて言ったこいつ!!
「などと言ったら驚くか?……てっ…おい…」
な、なんだ…冗談か…驚かせおって、ぬ?なぜ三人とも目を丸くしているんだ?まるで驚いたのは自分たちとでも言いたげな…
「雫?耳…」
亜美がぼんやりとつぶやく。耳……?そこで私はハッとした。急いで自分の頭に触れると、さらさらとした懐かしい感触が………。
「猫耳……いえ、これは狐の耳ですね。ああ…きちんと尻尾も生えているんですね」
璃梨がまじまじと眺めてくる。しかもその目は、何か身の危険を感じるほどに生ぬるい…。
「妖怪…いや、半妖か…」
黒将だけがまじめな観想を言ってくれた。意外と救いようがあるかもしれないな。
「まあよい。中に入るがよいさ」
今だ、私を観察する事をやめない二人を他所に黒将を中へ案内した。
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