幼馴染のミサトが病気だという話を聞いたのは、父の五回忌で一年ぶりに故郷へ帰っているときだった。
 僕は荷物をまとめている手を止め、母に聞き返す。
「ミサトが?」
「そうよ。なんでも、二ヶ月くらいずっと家で寝てるんですって。ちょっと心配よねぇ」
母は僕の土産の饅頭の包装紙を、無遠慮に破りながら言った。
「でも、確か高校を卒業する頃には、あんまり病気もしないようになってたのに」
「まあ、いろいろあるんだろうからねぇ。あんたも随分仲良くさせてもらってたでしょう。少し、お見舞いに行ってみたら?」
 僕は返事をする代わりに立ち上がり、玄関に向かう。夜も遅くなっていたが、そんなことを気にする間柄でもない。
 都会では見られないような綺麗な月を見上げながら、僕はミサトの家への道を歩く。
 ミサト。
 生まれたときからの、幼馴染。
 あいつの家に行くのは、何年ぶりだろう。
 ある程度大きくなってからは、お互いになんとなく遠慮していたように思う。
 ミサトの家は、昔と変わらずに在った。
 昔よりも少しだけ色あせた呼び鈴を鳴らすと、ミサトの母親が出てきた。
「リントくん?」
僕の突然の来訪に、彼女は大いに驚いた様子だった。
「久しぶりねぇ。元気にしてる?」
「はい。あの、ミサトは……」
僕の口からミサトの名前が出ると、彼女は少し思案してから口を開いた。
「……あの子なら、自分の部屋に居るわ。悪いんだけど、ちょっと顔見せてやってくれないかしら」
 僕は頷き、二階へと上る。六段目、踏むと猫の鳴き声のような音がする階段。ここも、昔と変わらない。
 ミサトの部屋の前に行き、三回ノックした後、少し間を空けて二回ノックした。昔やっていた暗号遊びのようなものだ。
 少しして、中から訝しげな声が聞こえた。
「……リント?」
ミサトも、合図を覚えていたらしい。少し安心する。
「そうだよ。入っていいか?」
「……少し、待って」
衣擦れの音が聞こえた。
「……入っていいよ」
 扉を開ける。
 月明かりが差し込む部屋の中。
 ミサトが、ベッドから上半身を起こした状態で僕を見ていた。
 最後に見たときよりも、随分とやせている。
「大丈夫、なのか?」
 思わず、尋ねた。
 元々、ミサトは身体の強い方ではない。一年に数回は、学校を休んでいたような記憶がある。
 だがそれを踏まえたうえでもなお心配になるくらい、今のミサトは儚く見えた。
「大丈夫だよ。今日は、少し具合がいいから」
そう言って、ミサトは微笑んだ。どこが、という言葉をかろうじて飲み込む。
「久しぶり。最後に会ったのは、カツジさんのお葬式の時だったっけ。五年ぶりかな」
「たぶん、そうだな。一応、毎年、命日には帰ってくるようにはしてるんだけどな」
「そうなんだ。どう、向こうは。何か変わったことでもあったりした?」
「何も。相変わらず、上司と顧客に頭を下げる毎日だよ」
「そっか」
そう言って、ミサトは少し笑った。細い肩が震える。そのままぽきんと折れてしまうのではないかと思う。
「そうそう、ケイコさんから聞いたよ」
ミサトが言った。
「え、何を?」
「結婚。……するんだって?」
「……ああ」
僕は少し肩をすくめた。
「そりゃ、お袋が勝手に言ってるだけだよ」
「そうなの?」
ミサトがすぐに聞き返した。
「そりゃそうさ。俺なんて、まだまだ立場も弱いし。それに金もないしな。お袋が一人で舞い上がってるだけ」
「……そっか」
ミサトは、そう、小さく呟いた。
「……こっちには」
少し躊躇った後、ミサトは言った。
「いつまで、居るの?」
「それが、向こうでなにやらトラブルがあったみたいでさ。本来ならあと二日はこっちに居られたはずなのに、明日帰んなくちゃいけなくなったんだよ」
「……そうなんだ。それは、大変だね」
 しばらく、沈黙が続く。
 話題を探して視線をさまよわせると、ミサトの机の上に、大量の薬が入ったプラケースが置いてあるのを見つけた。
 素人目に見ても、異常な量だった。
 僕が何か言おうと口を開く前に、ミサトがぽつりと言った。
「ねえ、覚えてる?」
「何を?」
「小学校の頃。私たち、催眠術をやってみようとしたよね」
「……ああ」
 覚えている。
 テレビで見ただけの、拙い技術。そんなものが成功する訳も無い。
 僕に何度もかけようとして、失敗してはムキになるミサトを、懸命に宥めたようなことがあった。
 懐かしい、思い出だ。
「……ねえ」
ミサトは、ゆっくりと、まっすぐと僕の目を見た。
「今から、もう一度、やってみない?」
Φ
「ほら、だんだん目が疲れてくるね……」
 僕はミサトのベッドに腰掛け、ミサトが揺らすペンダントの石を見ていた。
 一定のリズムで、左右に石が揺れる。月の光を反射して、時々石が光を放つようにも見える。
「だんだん、ねむたくなってきたよね……。ほら、瞼がどんどん重くなってくる……」
 少し、驚く。
 ミサトの言う通り、眠気がじわじわとやってくる。以前とは違う感じだ。
 僕は、ミサトの催眠術にかかり始めている。
 そういえば、このペンダントは、ミサトの誕生日に僕がプレゼントしたものだ。まだ、持っていてくれたのか。
 そう、ぼんやりする頭で思った。
「ほら、もう目をあけてられないよね……。目を、閉じてみようか……」
 言われた通りに、目を閉じる。それが少しも嫌じゃない。瞼の裏で、まだペンダントが揺れているような感じがする。
 そういえば、ミサトは何故、僕に催眠術をかけたいんだろうか。考えをまとめようとするが、頭が働かない。眠くなっていく。
「目を瞑っていると、とっても気分が安らかになるよ……。ほら、だんだん、頭が白くなっていく……」
 ……なんだか、全てがどうでもいいような気になっていく。考えるのが、面倒くさい。
 ミサトの言うことを聞いていれば、それだけでいいような気がする。
「ほら、もう頭は真っ白……。何も、考えられない……。でも大丈夫、とっても気持ちがいいよ……」
……とても、きもちがいい。あんしんする。ミサトのこえが、もっとききたい。
「それじゃ、私が三つかぞえると、リントの心はふかーいところまで沈んでいくよ……。……いち……」
……。
「にぃ……」
……。
「……さん」
 ……。
 ……。
 ……。
 ……。
Φ
ミサトが手を叩く音で、僕は目を覚ました。
「どう、気分は」
「……なんだか、すごくいいな」
 まるで、心が晴れ渡るかのようだ。
 溜まっていたストレスを、今は少しも感じない。
「びっくりした。まさか本当に、催眠術をかけられる様になってたなんて」
「まあね。あの時から、ずっと悔しくて。こっそり、練習してたんだ」
「はは。なんだか、ミサトらしいな」
「そう?」
「何かできないことがあると、いつも必死に練習してただろ」
「知ってたんだ」
「そりゃ、幼馴染だからな」
「あはは」
 ミサトが笑う。
 月明かりに照らされたその横顔を見て、僕の心臓がいきなり跳ねた。
「リント?」
「……え?」
「どうしたの? 何か、私の顔を見てたから」
「……いや、別に」
 僕はそう言いつつ、ミサトから目をそらす。心臓がものすごい勢いで暴れている。
 なんだろう、この気持ちは。
 今日のミサトは、なんだかすごく魅力的だ。
「何か変だよ、リント。大丈夫なの?」
「……そりゃ、ミサトよりは元気だよ。ミサトこそ、大丈夫なのか。かなりやせただろ、お前」
「まあ、ね。でもほら、どう? 逆に、スタイルがよくなったんじゃない?」
 ミサトは笑いながら、片手を頭の後ろに回して胸を突き出すようにする。
 僕はその姿に、思わず見とれてしまう。
「……ねえ、本当に大丈夫?」
 何も言わない僕を見て、訝しく思ったのだろう。ミサトが僕にそう尋ねる。
 ミサトと僕の顔が近づく。ミサトの睫毛は、こんなに長かっただろうか。知らなかった。
 何かが、おかしい。
「なあ、ミサト」
「何?」
「もしかして、俺に何かしたのか?」
「何かって?」
「それは……」
言い淀む。
「俺に……その、なんだ……」
「何? はっきり言わないとわかんないよ」
「だから……」
 何て言えばいいのか、わからない。
 そんな僕を見透かしたかのように、ミサトは一層顔を近づけてきた。
 息が、止まる。
 ミサトは僕の耳元に口を近づけ、囁く。
「何かって、たとえば……」
そう言ってミサトは、僕の手を握る。心臓が飛び跳ねる。
「……私が魅力的に見える、とか?」
 思わず頷く。
 声は、出せなかった。
「……ふふ。じゃあ、リントは今、私のことを魅力的に思ってるんだ?」
「……あ」
 失言に気づくが、どうしようもない。
 ミサトは指を僕の頬に当てると、そのまま唇へと滑らせる。
「じゃあ、こうされると……どう?」
「み、ミサト……」
ミサトが妖艶に微笑む。ミサトの指になぞられた部分の感覚が、敏感になる。もっとミサトの指を感じたい、そう言うかのように。
「ね、リント……」
ミサトは僕の首に手を回し、顔をお互いの息が交じり合うくらいまで近づけて、言う。
「……しよ?」
「……ああ」
 僕はただ、そう頷くしかなかった。
 ミサトの感触、吐息、匂い。
 頭の中全てが、ミサトから伝わってくるもので埋め尽くされて。
 ミサトをもっと感じたい、それしか考えられなくなっていた。
「ん……」
 ミサトと唇を重ねる。柔らかく、潤った感触が伝わる。
 ミサトは僕の後頭部に手を回し、より一層強く唇を押し付ける。
「ん……ふぁ……」
ミサトの唇から漏れる吐息を聞きながら、僕はゆっくりとミサトの身体をベッドへと横たえる。
「あ……リントぉ……」
 ミサトが悩ましげな声を出す。
 ミサトが僕を誘っている。その事実に、脳の神経が焼ききれそうなほど興奮する。
「……脱がすよ」
「……うん」
 パジャマのボタンを、一つ一つ丁寧に外す。ボタンが外れるにつれて、ミサトの肌が露わになっていく。
 前をはだけると、薄い紫色のブラに守られたミサトの乳房が現れた。
 雪のように、白い。
「どうかな……?」
「……綺麗だ」
 僕は正直に言う。
 ミサトの白い肌に薄い紫色が混ざり、淡い月明かりの下でしめやかに光っている。幻想的な光景だった。
「嬉しい……」
ミサトはそう言って、頬を染めてはにかむ。
「ね、ほら。触っても……いいよ」
 ミサトが僕の頬に手を当て、誘う。
 僕は誘われるままに、ミサトの背中に手を回す。
「ん……」
 ミサトが背中を浮かしてくれる。僕はホックを外す。
 緩んだブラを、下にずらした。
 綺麗な色の乳首が、現れた。
 僕はミサトの手に導かれるようにして、それに舌を這わす。
「あっ……!」
ミサトが身体を強張らせる。僕はミサトの頬を撫でながら、舌をゆっくりと動かす。
「あ、あっ……」
ミサトの乳房に手を戻し、そっと触れる。指が沈み込む。きめ細やかな肌が、指に心地良い。
「あぁ……リント……」
「凄く、綺麗だよ。ミサト」
僕は手を下にずらし、ミサトのパジャマのズボンに手をかける。
「……」
 ミサトが黙って頷いたのを確認し、パジャマを脱がす。ブラとセットの薄紫色のパンティーと、ほっそりとした脚が、月明かりに照らし出される。
 パンディー越しに、そっとミサトの股間に触れてみる。
「……んっ」
 そこは、既にほんのりと湿っていた。
 思い切って、パンティーの横に手をかける。
「ん。まだ、だめ」
ミサトが、僕の手を掴んだ。
「ね……リントも、脱いで」
「……わかった」
 僕は頷き、服を脱ぐ。
 パンツ一枚だけになったところで、ミサトは起き上がって僕のパンツに手をかけた。
「え、ミサト?」
「私が、脱がしてあげるよ」
 返事をする前に、パンツを引き摺り下ろされた。
 先ほどまでで興奮しきっている僕のモノが、その反動で跳ねる。
「きゃっ」
ミサトは驚いて小さく声を上げる。そして、恐る恐るその手を僕のモノに伸ばした。
「これが、リントの……」
そう言いながら、ミサトは何度も僕のモノを、そのしなやかな指で触る。
「前に見たときとは、全然違うね」
「……そりゃ、俺も成長するし」
 一緒に風呂に入っていたのは、幼稚園までだ。その頃から比べれば、当たり前だ。
 そもそも、それを言うなら。
 ミサトの方が、もっと、ずっと綺麗になっている。
「うん。でも……」
そう言ってミサトは僕のモノを、両手を添えるようにして握る。
「凄い……。熱くて、びくびくしてる……」
「……もういいだろ」
気恥ずかしくなった僕は、ミサトの手を僕のモノからどける。
「あ……」
 ミサトは少し残念そうな声を上げた。
 それに構わず、僕はミサトを再びベッドへ横たえる。
 そして、今度は何も言わせないうちに、パンティーをすばやく脱がした。
「え、やっ!」
 ミサトのアソコが、僕の目の前に現れた。
 薄っすらと生えた毛に守られるように、桃色の唇が、白い肌と対照的に月光の中に浮かび上がる。
「……」
 思わず、息を呑んだ。
 そこに触れようと思い伸ばした手を、再びミサトに掴まれた。
「……ね? ……来て……」
 ミサトが、囁くように言う。その声に、僕の背筋がぞくぞくと震える。
 僕は頷くと、自分のモノをミサトのアソコにあてがった。
「……いくよ」
「うん……お願い、来て……!」
 僕は、ミサトの言う通りに、ミサトの中へと押し入った。
 瞬間、ミサトの身体中の筋肉が、きつく収縮した。
 そして、僕の先端が、何かを破る感覚。
「ミサト……お前……」
 そこで、気づいた。
 ミサトの目の端から、一筋の涙が流れていた。
「泣いてる、のか?」
ミサトは首をゆっくりと横に振った。
「大丈夫、気にしないで……。嬉しい、だけだから……」
そう言ってミサトは、鼻をすする。
「ずっと、夢だったの……。リントと、こうなるのが。……それが、叶ったから」
「……そうか」
「うん。だから、お願い。私のことはいいから、動いて」
「でも……」
「大丈夫、だから」
「……わかった」
 ミサトが望むなら、僕には止める理由はない。
 僕はなるべくゆっくりと、腰を動かし始めた。
「……っ!」
 ミサトが顔を歪める。僕にはわからない痛みが、ミサトを襲っているのだろう。
 だが、ミサトは決して声を立てない。必死に唇を噛んで、痛みを押し殺している。
「く……」
 僕は勝手に動き出そうとする腰を必死で制し、なるべくゆっくりとミサトの中を往復する。
 ミサトの中は、彼女が僕のモノを評したのと同じように、熱い。
「……っ! ……っ!」
 ミサトの食いしばった歯の隙間から、息が漏れる。
 それを少しでも和らげたくて、僕はミサトに唇を重ねた。
「んん……」
 ミサトの舌が、僕の口内に入ってくる。柔らかく弾力のある舌が、僕の中を舐め上げる。
 僕も、腰の動きに合わせて舌を動かす。僕が腰を動かすたびにミサトの身体に緊張が走るのが、全身を通して伝わってくる。
 その緊張による締め付けで、僕の快感だけがどんどん高まっていく。
「あ……! リント、リントっ……!」
 涙で潤んだ目のまま、僕に向けて手を伸ばすミサトを、ぎゅっと抱きしめる。暖かい。
 ミサトの吐息が耳元すぐ近くから伝わってくる。
 僕は止まれない。ミサトの苦痛と引き換えに、僕は快感を貪り続ける。
「く……!」
 射精感が急速に高まっていく。
 僕の限界を、ミサトも感じ取ったのだろうか。
 ミサトは涙で潤んだ目で、僕に向けて叫んだ。
「出して……っ! 中に……!」
「……っ!」
 それがどういうことなのか。
 ミサトは、わかっているんだろう。
 僕は導かれるまま、ミサトの体内に射精した。
「……ああっ!」
 ミサトの身体が、僕の精液に反応して締まる。
 僕はミサトの体内に精液を全て出し終えると、そのままミサトの上に倒れるように覆いかぶさった。
「ああ……リントぉ……」
ミサトが、僕に口付けを求めてくる。僕は応え、ミサトの唇を吸った。
「ふぁ……」
 ミサトの唾液は、甘い。僕の唾液も、ミサトにとっては甘いんだろうか。
 甘ければいいと、思う。
「ねぇ……リント…」
 ミサトが荒い息のまま、僕の耳に口を寄せる。
 ミサトは僕に、何を伝えたいんだろう。
 僕は、耳を澄ます。
Φ
 ミサトに身体を揺さぶられて、目が覚めた。
 僕は、ミサトのベッドに横になっていた。
 どうやら、少し眠ってしまっていたようだ。
 僕とミサトは隣同士に、ミサトのベッドに座る。
「どう、少しは休めた?」
「うん。なんだか、身体が軽くなった気がする」
「そう。それはよかった」
 ミサトはそう言って笑う。
 昔から、何度も見てきた笑い方。
 いつもと変わらない、幼馴染の笑顔だ。
「悪いな、見舞いに来たはずなのに寝ちゃって」
「ううん、いいよ。リントの寝顔、面白かったし」
 朗らかに、ミサトは笑う。
 気まずい。
 寝顔を見られた恥ずかしさが、じわじわと湧き上がってくる。
「なんだか、懐かしいな」
「何が?」
「昔。よくリントと私で、一緒に寝てたじゃない」
「ああ……。でもそれ、小学校入る前に止めただろ」
「うん。だから、久しぶりに思い出したよ」
どこかしみじみとミサトが言う。僕は、何となく黙る。
「ねぇ……」
「うん?」
「どうして高校出た後、都会に行ったの?」
ミサトが、口を開いた。その声音が、どことなく本当のことを聞きたがっているように思えた。
「……なんだろう。たぶん、俺は、見てみたかったんだと思う」
「見て、みたかった」
「そう。ここってさ、ほら、田舎だろ? いずれ出て行くにしろ、ここでずっと生きていくにしろ、一回は都会に住んでみたかったんだ」
「そうなんだ。……それだけ?」
「……ああ」
 嘘を、ついた。
 たぶん、ミサトにもばれたと思う。
 でもミサトは、「そっか」とだけ言った。
「なんか、思いのほか単純な理由だね」
「何、もっと大志を抱いているとでも思ってた?」
「まあ、それなりには。だって、いきなりだったし」
「ああ、そういや秘密にしてたっけ」
「うん。……私には、話してくれるとばっかり思ってから」
「……ごめん」
僕は、謝るしかない。
「ねえ」
「何?」
「後悔……してる?」
 ミサトは、僕を覗き込んで言った。
 真剣な目をしていた。
 僕は、正直に答える。
「……してないって言ったら、嘘になる」
「どうして?」
「もっと、落ち着いて話をしたらよかった。そうしたら、もっと違うことになっていたかもしれない。そう、思ってる」
「……そっか」
ミサトは、何かが吹っ切れたように笑った。
「うん、それなら許す」
「え?」
「私に何も相談せずに、自分の進路を決めたこと」
「……」
 僕は何も言えない。
 ミサトは続ける。
「私、リントとはずっと一緒だって信じてたんだ。でも、違うよね。家族だって、いつかは離れ離れになるんだし」
「……ミサト」
「私、さ。ずっと、置いていかれたって、思ってたんだ。でも、違うんでしょ?」
「……ミサト、俺は」
「ううん、いいの。わかってる。私、これでもリントのことは、誰よりも一番よくわかってるつもりだから」
 幼馴染だしね。
 そう言って、ミサトは笑う。
 言いたいであろうことを全て、心の内にしまい込んで。
 とても、綺麗に、笑う。
「だから私、リントを恨んでないよ。……そりゃ、初めはそうだったりもしたけど。でも、今は、違う」
「……そうか」
「うん。リントにはリントの。私には私の。それぞれ進む道が違っても、それは当然のことだと思うから。……そう、思えるように、なったから」
ミサトはそう言って、僕をまっすぐに見つめた。
「だから、約束。リントは、自分の道を生きていって」
「……ああ」
 僕は、しっかりと返事をした。
 それに満足そうに頷くと、ミサトは思い出したように続けた。
「あ、でも、たまには会いに来てね。誰も来てくれないと、寂しいし」
そう言って、ミサトは思案するように顎に指を当てる。
「そうだな……うん。一年に、一回。毎年、私に会いに、戻ってきて」
「……まあ、それくらいなら。でも、ミサトがこっちに来ることはしないのか?」
「うん。……たぶん私は、もうここから離れないと思う」
「そうか」
「まあ、一度くらい行ってみたかったけどね」
「……」
 行けば良いじゃないか。
 そう、喉まで出かかった。
 来たらいい。案内してやるよ。都会は凄いぞ。人が多いし、賑やかだ。見上げると首が痛くなるようなビルなんて、この辺にはないだろ。
 ああ、でも空気は汚いな。夜になっても星は見えないし、カエルの鳴き声も聞こえない。排気ガスや嫌な臭いが、結構あちこちから漂ってきたりするしな。
 あ、でも、だからって生き物が居ないわけじゃないんだ。まあ、鳥は鳩と雀と烏くらいしか居ないんだけどな。けどな、みんな逞しいぞ。
 あとは、いろんな店があるぞ。一つのビル全部が洋服屋だったり本屋だったりするんだ。そういうのが、いくつもある。お前の好きそうな服も本も見つけた。一緒に買いに行こうぜ。
 言えなかった。
 ミサトの横顔が、明確に僕が発しようとしている言葉を拒絶していた。
「……ねえ、リント」
「……ああ」
「ありがとう。……楽しかったよ」
「……俺もだよ」
「なんだか、昔に戻れたみたい」
「そうだな」
「……うん」
僕はベッドから立ち上がった。
「今日は、ありがとうね。来てくれて」
「いや、別に。俺も、ミサトの顔、見たかったし」
「そう? それはよかった」
僕は、ミサトの部屋の扉を開けた。
「……リント」
 背中越しに、僕を呼ぶ声が聞こえた。
 振り返る。
 月明かりを背に、ミサトが佇んでいる。
「……何?」
「……ありがとう」
「……何回言ってるんだよ。幼馴染なんだから、見舞いぐらい当たり前だろ」
「うん。……でも、ありがとう」
そこで、ミサトは照れたような声で言った。
「私、リントに会えて、よかった」
僕はそれに何か答えようとしたが、口は動かなかった。
「……さよなら、リント」
ミサトの声を背に受けながら、僕は階段を下りて行った。
< 終 >
