グノーグレイヴ 第2話

第2話 ―人形―

 前略
 前回まで『エムシー』商品と名乗っておりましたが、この度から『グノ―』商品と変更させて頂くことを申し上げます。
 誠に勝手ではございますが、御了承くださいませ。
 草々

 平成22年度1月25日
 エムシー販売 握出 紋 営業統括部長

[プロローグ]

 自分の意見を押し通すことに何の意味もなかった。
 自分が『白』に染まりたくても上が『黒』と言えば『黒』に染まらなければいけない。
「はい」、「はい」と返事をするだけでいい。どこまで自分を殺すことができるかが重要だった。
 この世界で自分が一番大事だった私が、いつしか自分が一体誰なのか分からなくなった。
「おまえの変わりは何処にでもいる」
 それは事実。何故なら自分は人形だから。
 自分が捨てられれば違う自分が頑張ってくれる。
 社会に必要な人間は存在しない。
 人間は社会に必要ない。
 社会は人間を買えるのだ。
 人間が人形を買えるように。

 ――社会に必要なのは人形。
 人形が人間になるのではなく、人間が人形になった瞬間を目の当たりにした。

[0]

 姿、形、型。限りなく本物に似せようと何度も作りかえた。
 自分のことはよく分からないが、他人に自分のことを指摘されるのも嫌いだ。
 つまり自己とは考えた末に生んだ理想の自分なのだ。
 そういう意味で私はとても作りやすかった。
 何かを取り付ける必要はない。人生に高望みをしていない。
 何かを取り除く必要もない。可もなく不可もない人生こそ至高の極み。
 何事もなく過ごせればそれでよいのが幸福な人生だと考えていたからだ。
 本物に似せた偽物を試行錯誤する。
 人形の名に恥じない、本物に限りなく近い出来栄えが完成した。
 肌の色、触り心地、心臓の音、肉の柔らかさ。
 どれをとっても私に差し障りない。
 “私”が寝ている。
 “私”がそこにいる。
 私の役目は終わった。

 ……はずだった。
 試運転。“私”は予想以上の働きをした。
 上司の信頼を得、期待に応え、次々とプロジェクトを成功させていた。
 私にはできないことが、“私”にはいとも簡単なことだった。

 こいつは私じゃない。私の考えた理想の“私”なのだ。

 それに気付いた時、私は焦った。
 本物が偽物に負ける劣等感は相当なものだった。私は“私”に追いつこうと努力して、ようやく“私”に追いついたとしても、結果はいつの間にか過程にすぎず、“私”はさらに精進している。
 “私”に追いつこうと足掻き、もがき、苦しみが付き纏う。
「よーい……」
 名の知らぬ誰かが勝手に空砲を鳴らす。永遠の二番手となる追いかけっこを強制的に参加させられる。
 もはや生きていくにも息苦しい私は、卑怯にも姑息な手段を使ってしまったのだ。
 ころ……いいえ、元に戻しただけ。氷が水に戻るように、理想を空想に戻すように形を消しただけだ。
 捨てられたゴミは死んだも同然。
 燃やされたゴミは消えたも同然。
 別に“私”が生まれたいと望んだわけじゃない。
 別に“私”に生んでくれと頼まれたわけじゃない。
 親の出来心で生み、親の都合で殺しても文句は言わないだろう。

 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・
 火葬が終わる。
 残された完成品は形すら成さない不定形だった。

 おかしな話だ。
 形を作った私は結局、形すら成さないものを作ってしまった。何の役にも立たない出来損ない。これが私の理想形……泣きそうだった。
「いいですね。非常にいいものをもっていらっしゃる」
 その時、私は救いの声を聞いた気がした。

[1]

 ピンポーン。
 約束から二日後、大きな段ボール箱を大事そうに抱えて握出は再び俺の前に現れた。
「御免下さい」
 前回と同じ鉄筋コンクリートの家なのに握出は唸り声をあげて関心を見せた。
「本当に、最初の辺鄙なアパートでは想像もできませんでしたよ」
 人は見た目も重要なのか。これも金のある者の特権だろうか。見た目と本質のギャップを見せつけられたのは握出の方だったのかもしれない。
 俺が魅了した。と思って少し苦笑した。

 そう。俺は考えすぎたのかもしれない。金がないからと幸せになれない訳じゃない。金がなくても幸せになれるなら、金があるならもっと幸せにならなくちゃいけないだけだ。
 金と欲は似ている。際限がない点において。
 だから俺は握出に会うことにした。
 俺の期待に応えられるか見たかった。

 当然、帰ってきたことはどうでもいいのだが、家族の非難は凄まじいものだった。一流企業の親から現状ニートの俺を見る蔑んだ視線は突き刺さる。
 姉の彩はOLとして各地方を飛び回っているため会話することも少なかった(あまり俺に関心がない)が、妹である織が家族で一番凄まじかった。
 「近寄らないで」、「なにしにきたの?早く出てって」、「おい」
 親ならまだ納得できるかもしれないが、妹にまで苛まれるとは思ってもみなかった。
「時代が時代なんだ」ともいえない。
 「お前も体験するわ!」とでかい口叩いておきながら妹が先に就職してしまったら本当に何も言えなくなってしまう。
 ただ部屋の中で小さくなっているしかないのである。
 怒りが湧いてこないはずがない。何かに当たれるのならば思い切りぶつけたい。壁は駄目だ。父さんに怒られてしまうから。自分で買った物なら何でもいい。自分の所有物で一番いらないものにあたろう。
 サンドバック、ぬいぐるみ……
 きっとそう言う類だ。今回、俺が握出に頼んだ商品は。
 グノー商品、安値でふられていた商品――
「持ってきたか、例のもの」
「こちらですね」
 10号の段ボールにガムテープで密閉されている。やはり、この中身に入っているのが商品ということか。
 ――人形。
 いったい、どんな人形なのか。リアルドールにしては小さく、フィギュアにしては大きい。藁人形でも敷き詰められているのだろうか。それだったら違う意味で怖い。
 ・・・・・・ダッチワイフ?
 可能性が高い。
 何故だろう。手に汗をかいた。
 握出はニヤニヤと笑みを浮かべているだけだ。「早く開けて下さい」とでも言いたげな表情だ。
「あ、開けていいのか?」
「どうぞどうぞ」
 二度返事をして促す。意を決してガムテープを剥がす。
「しかし、見るかどうかはあなた次第ですよ?」
「どういうことだ?」
「シュレーディンガーの猫という話を知っていますか?」
「ああ、聞いたことのある話だ」
 箱の中に一匹の猫が入っている。
 開けなければ猫は生きているかもしれない。
 開ければ猫は死んでいるかもしれない。
 猫は二つの並行世界に生きている状態を認識することはできるが、重なり合った状態を認識することはできない。
 物理学者のエルヴィン・シュレーディンガーが提唱した量子論に関する思考実験であるが、今の俺たちからすればどこか切なさがある。

 箱の中には『生きている』猫と『死んでいる』猫のどちらかが入っています。さあ、開けてください。

 そう問われれば『生きている』猫が入っていてほしいものだ。
 生死の確立は50%でも、人は心があるから50%では割り切れない。
 このブレが面白いのだと握出は語る。
「私たちの開発した人形によって、あなたの想像する人形は死んでしまうかもしれません」
 開けなければ人形は生き続け、
 開けてしまえば人形は死んでしまう。
「……愚問」
 俺の想像を超える人形を作り出したというのなら、見てみたいものだ。
 生きているでもなく、死んでいるでもないのなら、どうなっているのだろうか?
 期待を裏切ってくれるのなら大いに結構。高い金を出して買う商品が原価価値ならつまらない。
 想像を超える商品。予想を裏切る人形。
 俺は段ボールを勢いよく開けた。黒い光が俺の顔にかかった気がした。

[2]

 目を開けてぎょっとする。
「なんだ、これは」
 それはあまりに人形と呼べる代物じゃない、ドロドロの液状と化した物体だった。黒く、汚い、スライムの様な触り心地。とても形のあるものには見えない。
「これのどこが人形なんだ?」
「人形ですよ?」
 握出はああと納得したようにうなずいた。

「さては、人形という概念に捕らわれているのではありませんか?人の形と書いて人形。しかし、人ではないから偽り。心も意思もない巌屈。まあ、まず人を真似て作らせることが間違いなのです。人に絶対はありません。人それぞれ違うのに、いったい誰を真似て作ると言うのですか?完璧な人形なんて作ったらそれこそ人よりも先に行ってしまう。そんなこと、私たちが許さないのです。つまり人形は、不確定に作っておいたほうが効率いいのです」
 人でなし。されど人形である。
 納得いくがどこか腑に落ちない。
「で、どうやって使うんだ?」
「そうですね。まずは見て頂きましょう。風呂場をお借りしますよ」
 握出に言われたとおり、風呂場へ案内した。大理石でできた浴場。握出は徘徊した。
「あなたの御家族、何人構成でしたっけ?」
「母と姉、それと妹だ」
 それは都合がいいと、握出は冷笑した。早速握出は排水溝に一本だけ流れていなかった髪の毛を採取した。
 長いストレートの黒髪は、妹だと直感した。
 部屋に戻り、先程のスライムに髪の毛を突っ込む。ゴプッと言う音が生々しい。
「おい、なにを?」
「しっ!……始まりますよ!」
 なにが?と問いかける前に、スライムは髪の毛を消化すると意思があるようにぐわんぐわん動き出した。伸び縮みを繰り返し、ある場所を細くし、またある場所を太くする。
 不確定が形を成そうとしている。
 俺がスライムと呼んでいたものは商品通りになっていく。
「私はこの瞬間が好きでしてね、人には無限の可能性があるんじゃないかって信じてるんですよ――」
 握出がつまらない話を語る。
 人は安心が欲しい。自分より衰えた人形を見て安心する。自分だけの安心枕。しかし、枕にされたものの苦痛はどれだけあるのでしょう。見下していたものの苦痛が高ければ高いほど、明日への欲望が強くなる。
 それは例えばウサギとカメのお話。走る才能に長けており負けるはずがないと驕っていたうさぎが、努力したカメに負けるドジな話。
 カメは心底喜んだに違いありません。
 ブスと言われ続けた女性が痩せた途端、美人の仲間入りをしてしまうなんてリアルな話。
 自己のプライドを取り戻すため、苦痛からの解放を望むための力が手に入るなら、無限の可能性を身につけられるのではないか。その一つが、
「――たとえば、変身能力を身につけるなんて」
 こんな時に握出は笑いながら話すが、既に俺は目の前の光景に目を奪われていた。
 ただ黒い塊だったスライムは俺の妹、織に姿を変えた。見た目は本人そのもの、スライムの原色が残るのは髪の毛だけで、肌色の皮膚が先程まで液状だったとは思えない。目をつぶった素っ裸の妹が人形のように佇んでいた。
「おり……」
「完成です。お届けにまいりました」
 握出は人形を俺の元へ持ってきた。
「これは俺のもの?」
「そうです。あなたの所有物です」
 恐る恐る人形に近づく。恐れているのは急に眼を覚まして妹のように非難の目線を差すのではないかと不安になったからだ。しかし、人形は目を覚まさない。マジマジと妹に顔を近づける事は数年間なかった。意を決して頬に触ってみる。プニッという柔らかさと温かさが伝わってきた。
 本当に人形なのか、まったくそう思えない。
 握出はただただ御満悦な表情だった。
「起きないのか?あまりの出来の良さにこのまま目を開けてもおかしくないくらいだ」
「んっ?起きますよ?」
「へっ?」
 唖然とする俺に握出は織の人形に近づく。
「起きろ」
 拒絶の許さない握出の声に、
「……はい」
 人形は、織本人と同じ声で目を覚ました。虚ろの目ではあるが、確かに目を開けたのだ。
「どうして?」
「人形に意思はありません。ただただ相手の意思を忠実に実行する。それが人形です」
 そこに自分の意思はない、相手の意思を鵜呑みにし、忠実に応える。
「名前は何て言うんです?」
「千村織」
「え?」
「年齢は?」
「十六」
「ちょっ、待てよ」
「スリーサイズを答えて下さい」
「69、51、70」
「待て!」
「はい?」
 俺は怖くなって思わず握出の質問をさえぎってしまった。秘密の一つや二つ誰しも持っている。織も普通の高校生。俺の知らない秘密を持っていて当たり前なんだ。しかし人形は躊躇なく織の個人情報を答えてしまう。
「これじゃあまるで……」
「はい。この人形に入れた髪の毛から妹さんの情報を受け継ぎました。人形に意思はありません。秘密にしたいことなどありません。私の言う質問にただ答えるだけです」
 浴室で手に入れた髪の毛にはそんな意味があったのか。
 俺は遅すぎた後悔をした。
「織さん、お兄さんのことどう思っていますか?」
 虚ろな目で織は俺を見たような気がした。
「しっかりしてほしい」
 今まで罵倒していた妹の本音を聞く。
「どうしてです?今の御時世、職に就くのが困難なこと分からない訳ないでしょう?」
「私のお兄さんは頑張って勉強して良い大学出たんだから。就職なんて簡単なはずだから」
 織が向けていた視線、それはかつての俺の栄光だった。
 努力すれば報われる。何事もやったものが勝ち。六大学に出れば就職は安泰。

 昔はそうだった。でも、今は違う。……違うんだ。

 俺はもう動けなかった。社会に潜む絶望に立ち向かう勇気がなかったから。
 織は健気だ。純粋だ。故に――
「兄思いですね。――でも、まだ子供ですね」
 握出はくっくっと苦笑した。
 大人の浮かべる、人を騙す笑みだった。
「あなたのオナニー、見せてくださいよ」
 握出は突如とんでもない要求をした。俺は制止しようと握出に言葉をかけようと思ったが、人形は俺の前で、握出の要求通りに腕を動かし始めた。
 両手を胸に持っていき優しく揉んでいく。小さいながらも張りと艶のある乳房が厭らしい。指と指でコリコリと自分の乳首を強弱付けて挟みこむ。「んっ」という甘い声が小さく漏れる。
 小さい胸、小さい声、そして小さい腕、小さい指。それでも大人の行為を知っている。
 柔らかそうな指の肉で押し潰していると、織の乳首は俺の目でもわかるくらい硬く勃っていた。足の付け根から汁が垂れ始めていた。人形の表情は赤らめ、高揚していた。
「そんなに気持ちいいのか」
 俺がぼそっと呟いたのを、悪魔は聞き逃さなかった。
「織さん。フェラチオって知ってますか?」
 突如、握出はとんでもないことを聞きだした。そんなこと普通は答えるはずがない。しかし、この人形はオナニーを急に止めると、
「はい。知ってます」
 織の情報を勝手に読み、素直に答えた。
「あなたの兄さんにやって差し上げなさい」
「はい。お兄さんにフェラチオします」

 織は膝を擦りながら俺の元へ寄ってきた。未だに少し顔が赤い織は、目の前にある俺のベルトに手をかけると、カチャカチャとベルトを解いてしまう。無論、ベルトだけじゃない。ジーンズのボタンを外し、ゆっくりと下へおろしてしまった。トランクスを露わにされて唖然とするが、人形は決してペースを崩さない。そのトランクスでさえジーンズを脱がせるのと同じようにゆっくり手をかけて床下へおろしてしまった。全てを剥がされた俺の下半身は、皮に包まれた状態だった。そんな粗品でも人形は何も思わない。少しだけ、それでも確かに、俺の逸物に触れて二、三度こする。
「うあ」
 たったそれだけの刺激でも俺は敏感に反応してしまう。それは人形といえども、妹の、織の手でしごかれているからだ。決して荒くはない。むしろゆっくりと擦る動きが波長と合ってしまった。ムクムク大きくなって亀頭が顔を出す。
 そうなると人形は手で擦り続けながらも、大きく口を開け、
「はむっ」
 暖かい口内に柔らかい舌の感触、そして唾の大波。
 ここは楽園。蕩けそうな砂浜ビーチ。それでも時折押し寄せる快楽の刺激が俺に声を上げさせた。
 亀頭一点を攻める集中攻撃。奥に咥えるでもなく、ましてや玉を舐めるなんて知らないだろう。きっとそれが織のやり方なんだろう。ソフトタッチで優しいやり方に落ち着きがある。
 俺と織は今、同じ顔をしている。
 気持ちいい。その一言に尽きた。
「まだまだです」
 外から不満の声が出た。握出はつまらなかったのか、座っていた椅子から立ちあがると、再び人形に近づいた。
「織さんって、イマラチオ知っていますか?」
 俺はぎょっとした。
「いえ、知りません」
「では、教えて差し上げましょう」
 その言葉の後、握出は織の髪の毛を鷲掴みすると、勢い良く根元まで押しこんだ。
「うぐっ!」
 咥えている状態で息ができなくなるのは百も承知。おまけに今、爆発寸前まで登らされている俺の逸物は、織の喉奥にある喉チンコに触れた感触があった気がした。しかし、それが一回ではない。握出は再び顔を後ろに下げると、再び前に押し込み、さらに深く咥えさせた。織にとって苦しくないはずがない。
「んぐっ、うぐっ、んぐっ、んんっ、っぐ、うえっ!」
 涙を流しながら、それでも俺の逸物を咥えて放さない。涎をダラダラ零しながら、しかし、いじられているにも関わらず感じているのか、膣口から汁をポタポタ垂らしながら、色んな液を床に落とす。
「んん、まだまだ良い声を聞かせてくれないとつまらないです。お尻を突き出しなさい。私が良い声を出させてあげますよ!」
 織はイマラチオを続けながらも四つん這いになりお尻を突き出す。握出は余った左手を振りあげ、勢い良く織のお尻を叩いた。
「んんっ!んんっ!!んえっ!」
 バシンッ、バシンッと本気で叩く音が聞こえる度に織は自分から俺の逸物を奥へ咥えこむ。痛くて逃げようとしても、逃げる事が出来なく、結局は良い声を聞かせてしまう。
 そんな行為が好きなんだ。
 握出に好きなように弄ばれようと、それでも俺を愛そうと必死に行為を繰り返す姿勢にそそられた。

 ああっ、そうか。そういうことか。俺は一つの結論へたどり着いた。
 ようやくわかった。人形とは、究極のドMだ。
 言うことだけを忠実に従い、否応なく答える。
 人形に意思はない。善し悪しも俺が決められるなら、俺が決めてやる。俺がする織への行為はすべて許される。
 誰に迷惑をかけるわけじゃない。人形がそれを望んでいるのだ。
 握出の右手をはたき、俺が代わりに織の頭を持ち、握出がやったことをする。
 喉奥にくわえさせ、喉チンコに当てる様に。織の顔に何度も俺の陰毛がつく。それが嫌とは決して言わない。
「ようやく分かりましたか。では、私はこの反りたった乳首を。ズズッ」
 握出も好き放題触りまくるが、俺はもう止めるつもりもない。
「気持ちいいか、織」
「ぷはっ、ごほっ、ごほっ、……はい。気持ちいいです」
 嘘だ。気持ちいいはずがない。織はただ俺を喜ばせるだけの人形。でも、俺は構わない。
 息を整えていない織に再び咥えさせる。当然、今度は終焉に向かうために。
 ストロークを大きくさせ、さらにスピードを上げて数多くこなさせる。
「出すぞ、一滴も吐き出すな」
 顔を押し込むタイミングに合わせて、全力で吐き出した。
「ぅごえっ!!!」
 今まで聞いたことない声で苦しみを表現する。滾った精子は止まらない。織の口内で溢れんばかりに注がれている。織は動かない。気を失っているかのように静まりかえってしまう。
「飲むんだ。じっくり味を噛みしめながら」
 ドクッ、ドクッ、
 俺の下半身が何度も脈打つ。
「……ごくっ、ごくっ、」
 急に静かになったと思いきや、織は溢れんばかりの精子を言われたままに飲んでいた。一定では追いつけない分は口の隙間から、そして鼻の穴から零れていた。それも掬って口の中に戻していく。
 織は言われたとおり、俺の吐きだした精子を全て飲みほしたのだ。
「美味しかったか?」
「……はい。とても美味しかったです」
 機械的に話しながらも、おだてる口調に笑いが止まらなかった。
 決して見せる事のない色っぽい表情を出してくれる。
 俺はベッドに寝ころんだ。
「上に乗れ」
「はい。上に乗ります」
 織は復唱すると俺の上を跨いだ。
「セックスの経験はあるか?」
「いいえ、ありません」
 意外だった。
「セックスは知っているか?」
「はい。本で読んだことがあります」
 そうか、なら全く問題ない。やる気に満ち溢れている俺の逸物は、大量に出したはずなのに先程と変わらぬ大きさにまで回復していた。
「持て。そして挿れてみろ」
「はい。私が挿れます」
 再び織は俺の逸物を持ち、ゆっくり腰を下ろしていく。その様子に、俺は握出にサインを送った。 握出は何も言わず、それでも俺の言いたいことは分かったと言わんばかりに、織に近づくと、肩に手を置き、そして一気に下へ押し込んだ。
 ぶぢゅっという音が部屋に響いた。
「いっ、いたいいたいいたい!!!
 何をいまさら。それを望んでいるくせに。
「痛いですか?ですがそんなものじゃありませんよ!?」
 次第に連結部分から赤い液が垂れてくる。同時に開発されてない無数の触手が初めて遭遇する突然の来訪者にむしゃぶりついてくる。
 快楽に溺れる。俺は苦痛のその先へようやく辿りついた。
「あっ、ああっ、きゃああああああああああああああああっっ!!!」
 人形とは思えない、妹と同じ声であえぐ姿に一種の錯覚を起こしそうになる。涙を流しながら喜んでいる織を俺は抱きしめた。
 妹、織を抱いている。
 そんなこと世間体許されるはずがない。しかし俺の抱く理想でもあった。血が繋がっていても、どんなに嫌われようと、一度でも可愛いと思ったことがあるのだから仕方ない。
 これを愛と言わないでなんて呼ぶ?俺の愛を邪魔するのか?じゃあ社会が間違っている。
 俺の理想はここに成就する。
「出すぞ、織」
「ああああああああああああああ!!!!!!」
 絶頂は同時に訪れた。出しながらもぎゅっと締め付けてくる織の膣口が全ての精子を絞り取る。中出しして長い痙攣の後、出し尽くした俺と、溢れ零れた少量の精子はったものの、小さい身体に全てを受け止め、息を切らした織が一緒にベッドに倒れ込んだ。
 充実した。これがセックスというものか。自慰なんかより数倍はきもちいい。そして供に共有した相方がいる。それが何よりも心を満たしてくれる。
「気持ちよかったな」
「はい。気持ちよかったです」
 織は俺の問いに満足げに答え、静かに目を閉じ寝入ってしまった。
 その寝顔も愛くるしい。黒髪のストレートを無造作に触っていた。

[3]

「如何でしたか?私たちの商品は?」
「うお!」
 びっくりした。握出がぬっと顔をだし、雰囲気をぶち壊した。
 握出は真実を語る。
「商品……」
「はい。これがグノー商品、人形です」
 隣で寝ている織を、商品という握出。そんなはずがない、これは織だ!髪の毛から織のDNAを採取して作られた本物の織に変わりはない!人形じゃない!!
「まさか、あなたの妹とか言わないでしょうね?」
 反論する前に突き刺さった冷たい視線に、俺の中の血が冷凍されていく。
「人形はずっとあなたの問いに応えていただけです。そこに自分の意思はない。反論しないなんてとてもやりやすかった相手でしたね。でも、実際に貴方の妹さんは反論しないんですか?違いますよね?こんなに可愛くないですよね?」
 どこもそう、妹なんて可愛くありません。悪魔の声を聞いた気がした。
「現実なんてそんなものです。とてもつまらなく、とても理不尽な息苦しい世界です」
 どこもそう。世界に希望はありません。悪魔の声を聞いた気がした。
 俺は泣いた。
 握出の言うことは事実だ。俺の隣でスヤスヤ寝息を立てて眠っているのは妹じゃない。妹に限りなく近い……人形だ!
 俺はまた逃げた。結局俺のやったことは、サンドバックに理不尽の怒りを八つ当たりしたことだけ。それが望みで人形を買った。そして、望み通りに実行した。
 妹を愛す。そんなこと許されるはずがない。理想は偶像。何処まで行っても成就することはない。分かっている。でも、認めたくなかったんだ!
 太陽の光は希望の光。月の光は魔力が込められている。
 そんな夢物語を見たっていいじゃないか!!
 人形が人間に変身する。
 そんな駄作に涙を流したって良いじゃないか!!
 人形は人間を必要としない。
 人間が人形を必要としているんだ。
 俺は糸に手操られた傀儡そのもの。
 ――偽物だ。決して本物になれない、出来損ないだ!!
「もちろん、良いんですよ」
「――!」
「私は、それでも強く生きる皆さまに一時の至福を与えているにすぎません。それで救われるのでしたら私は喜んでその手をお取りしましょう」
 握出が手を差し出す。今一番欲しい言葉をくれる。
 誰も言ってはくれなかった。誰も察してくれなかった。いっそ心がなかったらどれだけ幸せだったことか。
 如何に罵倒されようと、罵声を浴びせられようと、心がなければ耐えられるはずだ。
 淋しいと思わなければ、愛そうと思わなければ、
 人は幸せに暮らせたのではないだろうか。
 ナンバーワンになる必要はない。オンリーワンになる必要もない。
 常に永遠の二番手。
 俺はそれで構わない。
 人形は生きてもいるし、死んでもいる。それを受け入れているから。
「俺は、人形に負けてしまうくらい弱い人間だ」
「人が驕り高ぶっているだけです。人は弱い。ええ。実に脆い」
「分かってくれるのか?救ってくれるのか?」
「私は誇りに思いましょう。さぞ、大変だったでしょう」
 俺は差し出された手を取る。もう駄目だ。
 握出から逃げられない。握出から離れたくない。
 悪魔の笑みが俺を愛してくれる。

< 続く >

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