魔王と聖女と三王女 第十二話

第十二話

「エレノア王女殿下……いま、なんと申されましたか?」

 白いひげを蓄えた、老魔術師が円卓の向かいから尋ねる。

「良く聞こえなかったの? 聖都アルターレに侵攻しましょう、と言っているのよ」

 エレノアがさも当然と言った様子で、言い放つ。周囲の魔術師たちから、ざわめきがあがる。エレノアの横には、無表情な女王クレメンティアが座っていた。

 ソル=シエル王城の尖塔の一つに、その部屋があった。王都を一望できる高さにありながら、明り取りの窓は小さい。部屋には、昼間であるにもかかわらず、魔法の光が浮かべられていた。巨大な円卓が部屋におかれ、老若男女を問わぬ顔ぶれの高位の魔術師たちが座る。部屋の奥には、二つ特に豪勢な椅子がしつらえられ、女王クレメンティアと王女エレノアが腰をおろしている。ソル=シエルの国政を決定する魔術師議会だ。

「魔族という外敵がいなくなった今が、絶好の機会だと思うけれども? だいたいあなたたちは、この魔法王国ソル=シエルこそが、三王国の頂点だと思っているのでしょう? ただ、それを証明するだけのことよ」

 さも当然に言ってのける王女エレノアに、周囲の者は息を詰まらせた。自尊心の強いソル=シエルの魔術師にとっても、千年の聖女が治める人界の象徴を侵す畏れは持ち合わせているらしい。

 反発する声が一斉に上がる。ある者は立ち上がり、ある者は声を荒げ、それぞれエレノアの主張に反論する。エレノアはため息をつくと、周囲のざわめきがおさまるのを待って、口を開いた。

「お母様、この人たちは言うことを聞いてくれないみたい。やってしまいましょう?」

 エレノアが、横に座る女王クレメンティアに声をかけると、女王は操り人形のようにコクンと頷いた。エレノアとクレメンティアは、ふう、と長く息を吐き出す。王女と女王の唇から吐き出された、薄紅色の、むせかえるほどに甘ったるい吐息が部屋を満たしていく。

 呼気を媒介とした、魅了の魔術。議場の魔術師たちが気がついた時には、もう遅い。わずかの時の後には、円卓を囲む魔術師たちの目から意志の光が抜け落ち、女王のように操り人形の様相となる。

「ソル=シエルの国益なんて、どうでもいいことよ。あなたたちは、私のお父様の望みがかなう時まで、言われる通りに働けばいいの」

 エレノアが、興味もない、といった様子で円卓を見回す。

「とりあえず、各々の部署の有力な魔術師を議場に連れてきなさい? 全員、操り人形にしておかなければね」

 エレノアの言葉に、魔術師たちは虚ろなうなずきを返し、立ち上がった。

 魔界にいる我はまどろみの後に瞳を開くと、玉座の間の闇の中からエレノアとクレメンティアの母娘が姿を現す。二人とも、その豊満な肉体に、身体の線に張り付く色鮮やかな魔法王国のドレスを身につけている。

「お父様。ソル=シエルの上級魔術師のおよそ八割は、私とお母様の魅了の支配下に置きましたわ。重要な話があるって言っていた聖都の使者は追い返してやったし」

 エレノアが、嬉々として報告する。

「そうそう。お父様に言われた通り、王城と魔界をつなぐ門を、魔術師たちに作らせたの。もちろん、私たちみたいに、魔の眷族になっていなければ通り抜けられない術式だけども」

 我は、鷹揚にエレノアの言葉にうなずいた。先日、フィオを介抱してから続いている、真綿で締め付けられるような緩い不快感が全身を包む。これも、エレノアの甘味な肉体を貪れば、忘れられるだろうか。

「エレノアぁ! お帰り!!」

 明るい声が、玉座の間に響く。闇の中から現れたのは、一糸まとわぬ姿のフィオだった。幼い肢体には不釣り合いな巨大な乳房と尻肉を揺らしながら、顔面に喜色を浮かべて、エレノアのもとに駆け寄る。その手には、鎖が握られていて、闇の中に続いていた。

「ただいま、フィオ。フィオも、ちゃんとお父様のお手伝いできた?」

 年下の実妹にするように、エレノアはフィオを抱きとめて、頭をなでる。

「ちょっと、御迷惑もおかけしちゃったけど……フィオも、ちゃんとお仕事できたよ」

 フィオはそう言って、手に握っている鎖を引っ張った。漆黒の闇の中から、雪のように白い肢体が現れる。身体を隠すものは何も身につけていない、全裸の姉姫リリアーネ。フィオやエレノアと異なり、控え目な胸と尻肉の、均整の取れた肉体がさらされる。透き通った瞳には、クレメンティア同様、意志の色は全くない。ただ一つの装飾品として首輪が付けられ、フィオが握る鎖につながっていた。

「うふふ。それじゃあ、お母様と、姉姫リリアーネ様のお二人で、お父様にご奉仕していただこうかしら?」

 エレノアが酷薄な笑みを浮かべ、フィオも妖艶な表情でそれにうなずく。

「さぁ、お母様。やり方はもう覚えたわよね」

 エレノアが、クレメンティアを促す。奴隷と堕ちた女王は、少しだけ顔を赤らめるも、虚ろな表情のまま、ドレスを脱ぎ捨てる。衣擦れの音が響いたのちには、下着すら身につけていなかった熟れた果実があらわになる。

「リリアーネ様? フィオが教えてあげた通りに、魔王様にご奉仕して」

 フィオが鎖を手放すと、リリアーネは力なくうなずく。白百合のような四肢を隠すことなく、我の玉座のもとに歩み寄り、クレメンティアも続く。三王国のうち、二つの国の女王だった女たちが、娼婦よりも尊厳を失った姿となって、我のもとにかしずく。

 二人の奴隷女王は、ガラス細工を扱うような手つきで、我の服を脱がし始める。下の衣をくるぶしまで脱がされ、男根がそそり立ち、天井をつく。胸板をはだけられ、熱を帯びた我の身体が、外気にさらされる。

 やがて、クレメンティアとリリアーネは、おびえたように肩を震わせながら、唇を突き出し、接吻を求めてくる。奉仕を始める前の、挨拶のようなものだった。クレメンティアの厚く弾力のある感触と、リリアーネの柔らかく溶けてしまいそうな感触、二つの唇をそれぞれ味わうと、全裸の奴隷女王は身体を離した。

 クレメンティアは玉座の横に直立し、リリアーネは我の股間の前にひざまずく。

「魔王様……どうか、哀れな魔界の奴隷姉姫であるこのリリアーネに……たくましい魔王様の男根にご奉仕することを、お許しください……」

 弱々しく、許しを乞うように、リリアーネが言う。ひざまずき、我を見上げる瞳が潤んでいる。

「……好きにしろ」

 我がぞんざいに言い放つと、リリアーネは安堵したかのような表情を浮かべ、我の股間に顔をうずめる。そのまま、尊厳を失った姉姫は、贖罪するかのように、我の尻穴へと接吻する。二、三度、不浄の穴に舌を這わせると、柔らかな唇が我の身体に吸いついたまま動き始める。細く、長く、しなやかな指が、脚の付け根と男性器を揉みほぐしていく。

「魔王様。妾も……ふしだらな奴隷女王である妾にも、この淫らな身体を用いて、奉仕することの、お許しを……」

 顔を赤らめ、声を震わせながら、奴隷女王クレメンティアが我の様子をうかがう。我が鷹揚にうなずくと、クレメンティアは二房の双乳を我の眼前に突き出す。割れる寸前の風船のように張りつめた白い乳房は、赤黒く禍々しい形状の紋様を刻みこまれ、その中央に位置する乳頭は噴火を予感する火山のように膨れ上がっていた。

「どうか、妾の母乳を、吸って……」

 クレメンティアは、二つの乳房を一つにこね合わせるようにしながら、我の顔に押し付けてくる。我は、ルビーのように赤い二つの乳首を一時に咥えこんだ。

「ふぁ……ああぁ!!」

 甲高い奴隷女王のあえぎ声が響いたかと思うと、我の口内に溢れんばかりの乳汁が注ぎ込まれる。熟成した美酒のごとき味わいが口中に広がり、雌の匂いが混ざった乳臭さが鼻孔をくすぐる。我は、注ぎ続けられる母乳を咽喉を鳴らして飲み干していく。

「ん……ん、ん……」

 股間から、くぐもった息づかいが聞こえると、また別の快楽がもたらされる。柔らかい唇が、我の精巣を皮越しに、歯を立てることなく甘噛みする。滑らかな指先が、肉幹を何度もなぞり、撫でさする。しばらく、精巣を唇で刺激し続けたリリアーネは、硬くそそり立った肉棒に唇を這わせ、剛直の先端へとたどり着く。先端にあふれ始めていた先走りの液をすすると、リリアーネの唇は我の男根を咥えこむ。

 我は、片手でリリアーネの後頭部を抑える。

「んん……ッ!?」

 リリアーネが苦悶の声をあげるのにもかまわず、無理やり頭を前後運動させる。リリアーネが嫌がったのも最初だけで、やがて、舌を男根にからませ、さらには頬の裏肉や咽喉までも使って、我への快楽奉仕に専心していく。

 我は、もう片方の手で、握りつぶすようにクレメンティアの手に余る乳房を揉みしだいてやる。

「あ、あ、ああぁぁぁッ!!?」

 ブシャッと、クレメンティアの母乳が我の口内にぶちまけられる。そのあとも、墳乳する美酒は勢いを減らず、むしろ増して、味わいすらも濃くなっていく。

「あ、魔王様……! 妾は、あ、あぁぁッ!!」

 クレメンティアが絶頂を迎え、断末魔のように一層濃い母乳があふれ出した。同時に、リリアーネの口内の奥深くに我の精を解き放つ。

「んんん……ッ!?」

 のどの奥に精を叩きつけられたリリアーネは、呼吸を封じられながらも、必死に我の精を飲み干していった。

(そうだ、これだ……)

 我は、天井を仰ぎながら、思う。視界の隅に、脱力した二人の奴隷女王……クレメンティアが玉座に身を預け、リリアーネがぺたんと尻もちをつく姿が見える。魔の奴隷に堕ちた麗しい女王たちの肉体を貪り、我の身を蝕む苦痛が大人しくなっていた。

 欲望を貪ることこそ、魔族の本質なのだ。ならば、その本質に忠実に動けばいい。ただ、それだけのことだ。

「お父様。お母様方の肉体は如何でした?」
「今度は、フィオ達にもご奉仕のお手伝いをさせてくださぁい」

 聞きなれた声が聞こえた。顔を下ろすと、いつの間にか、玉座の傍まで歩み寄っていたエレノアとフィオがいた。二人は我に軽い接吻をすると、エレノアはクレメンティアのもとへ、フィオはリリアーネのもとに向かっていく。

「さぁ、お母様。しっかりなさって。立てるかしら?」

 エレノアがクレメンティアの身体を支える。

「今度は一緒にお父様にご奉仕しましょう。 ね、お母様?」

 エレノアが優しく語りかける声を聞いて、クレメンティアはうなずいた。

「うふふ。それじゃあ、リリアーネ様は、っと」

 フィオは、何かを企む素振りを見せながら、自らの肉体を化身させていく。

「こっちの姿のほうがいいですよね?」

 リーゼの姿となったフィオが、リリアーネを覗きこむ。

「リーゼ……ロッテ……?」

 虚ろな瞳で、妹姫リーゼの姿を見上げる。

「お姉様。先ほどは、見事な奉仕でした……さぁ、私と一緒に、もう一頑張りいたしましょう」

 妹姫の姿のフィオはそう言うと、リリアーネの手を取り、導いていく。妹姫と姉姫は、我の足下に回ると、丁寧に靴を脱がせた。ついで、エレノアが、自らのドレスの胸元をはだけ、母クレメンティアに負けず劣らずの豊満な乳房をあらわにする。王女と女王の母娘は、いまだそそり立ったままの我の剛直を前に、向かい合うように膝をつく。

「お父様。今度は、私とお母様の、二人分のおっぱいでご奉仕するわね」

 エレノアがそう言うと、母娘は各々の乳房をきゅっと絞る。クレメンティアの乳首から、量は減ったものの、いまだに十分な勢いで白汁が噴き出し、エレノアの乳頭からも、母に負けない勢いで乳の噴水があふれ出す。乳の筋は我が男根に降り注ぎ、太股に白い乳たまりを作っていく。

「お姉様。私たちは、こちらのご奉仕をしましょう?」

 今度は、妹姫の声音となったフィオの声が聞こえた。妹姫と姉姫は、我の足先をうやうやしく掲げると、色の薄い唇から、小さく舌を出して、唾液をたらす。そのまま、足の指先を口に含み、チュパチュパと吸い始める。かと思えば、口を開き、舌を伸ばして、足裏をレロリと舐めまわす。高潔な武人の王として名をはせた姉妹の格好をした二人は、魔王の足を愛おしむかのように舐め清めていく。

「うふふ。お父様、私とお母様は、これからが本番よ?」

 エレノアがそう言うと、母娘の乳房が同時押し付けられる。四房に増えた乳肉が、我の男根に蕩けるような感触を伝えてくる。いまだにあふれ続ける乳汁が潤滑油となり、四つの乳房が一つに溶け合って、女性器になってしまったかのような錯覚を与えてくる。我を見上げたエレノアは、ついでクレメンティアに目配せすると、たらりと唾液をたらした。白色の潤滑油に、さらにぬめるような感触が加わる。時折、硬い乳首が肉棒をこする感触が心地よい。

「エレノア、クレメンティア……くれてやる」

 我は、母娘の頭をつかむと、それぞれ前に向けて押さえつける。エレノアとクレメンティアの唇が、我の男根の先端に口づけするような格好になる。

 我は、そのまま二度目の精を放つ。激しい量の精が母娘の顔面に打ちつけられ、母乳と唾液にまみれた二人は、歓喜を持って我の欲望を受け入れていった。

「……エレノア、フィオ……」

 我は玉座から立ち上がり、二人の眷族の名を呼ぶ。我が男根が萎えることはない。エレノアとフィオは、「はい」と返事をすると、立ち上がり、我の次の命令を待つ。

「クレメンティアと、リリアーネの女肉を貪る。手伝え」

 エレノアとフィオは、うやうやしくうなずく。ついで、エレノアは自らの母であるクレメンティアを、フィオは自身が化身している妹姫の姉、クレメンティアを、激しい奉仕に疲れが見え始めている二人の奴隷女王の身体を、抱きかかえながら無理やり立ちあがらせる。

「エレノア……?」
「リーゼ……ロッテ……」

 二人の奴隷女王が、弱々しく、目の前にいる者の名を呼んだ。

「お母様、これからお父様が犯してくださるんですって? とっても、名誉でしょう」
「大丈夫ですよ、お姉様。私が、こうやってお姉様を支えて差し上げます」

 少女たちは、奴隷女王たちに優しい言葉を返す。そのまま、クレメンティアとリリアーネの尻が、我のほうにむけられる。たわわに肉付き熟れきったクレメンティアの尻と、小さく引き締まったリリアーネの尻。相反する二つの媚肉の隙間からのぞく秘裂は、同じようにあふれ出した愛液によって蕩けきっていた。

 我は無造作にクレメンティアの腰をつかむと、自らの剛直を突き入れる。

「あぁぁッ!!」

 ただ、乱暴に犯しただけにもかかわらず、クレメンティアは背筋を震わせ、嬌声をあげる。我は、剛直を引き抜くと、今度はリリアーネの腰を打ちつける。

「ん! はぁん……ッ!!」

 リリアーネも同じような反応を示す。我は、そのまま交互に、二人の奴隷女王を犯していく。その度に、目の前の女たちは悦楽に震え、快楽の悲鳴をあげる。

「お母様……とっても、ステキ」

 エレノアが、うっとりしながら、母親の顔にこびりついた母乳と精液を舐めまわす。犯されながらもクレメンティアは、娘の顔を舐め返し、母娘はお互いの唾液を顔に塗りつけ合っていく。

「お姉様、御立派です……」

 妹姫の姿をしたフィオが、姉姫リリアーネに口づけを求める。姉姫はそれに応じる。すぐに、舌と舌をからませ合う深い接吻へと移行する。

「んちゅ……んふふ、お姉様の唾液、魔王様の足先の臭いとまじりあって……とってもステキです」

 人界のかつての姫と女王の痴態は、我の欲望をさらに押し上げる。我は、リリアーネの腰を鷲掴みにすると、二、三度強く剛直で秘所をえぐる。

「んッ! んぁッ!! ぁぁあああッ!!!」

 ひときわ甲高い嬌声をあげて、リリアーネは絶頂し、肉壁が我の剛直をきつく締めあげる。我は、その胎に向けて精を放つ。リリアーネの身体が前に倒れ、フィオに受け止められると、そのまま結合が解けた。我は、続けて、クレメンティアを捕まえ、その溢れる蜜壺の最奥を目指す。

「あぁ! 妾はッ!! 妾はぁ……ッ!!!」

 クレメンティアは、リリアーネ以上に耐えることはできず、炉のように熱くなった膣を小刻みに痙攣させ、我の男根から精を絞り取った。クレメンティアも、娘であるエレノアに身を預けると、ようやく我の欲望も鎮まり始める。我は、エレノアとフィオに、後始末を命じると、玉座に身を預けた。

 深い情交の後始末も済み、エレノアと、クレメンティアと、リリアーネが退室した後も、フィオは玉座の間にとどまった。リーゼに化身した姿は元に戻り、玉座に腰かける我が脚に小さな身体を絡めてじゃれつく。

「どうした、フィオ。 したりないのか?」

 我が尋ねると、フィオは首を振る。

「魔王様ぁ。フィオに、昔話をさせてください」

 フィオが、甘えた声で言う。唐突なこと言いだすものだな、と思いながら、我はフィオを見下ろした。フィオも我を見上げて、目と目が合う。

「ほら、エレノアは歌と踊りが得意だし、リーゼもお裁縫とかお掃除ができるじゃないですか。でも、フィオは、魔王様に楽しんでいただくようなことをしていないな、って……」

 我は、フィオの頭に手を押しあて、髪をくしゃくしゃと撫でまわした。

「貴様は、十分に役に立っている」

フィオは、目をつむりながらも、嬉しそうに口元を緩める。

「フィオも、魔王様に楽しんでいただきたいんですぅ。昔話なら……聖女ティアナ様が、毎夜、フィオにお話ししてくれたのを、全部覚えているから……」

 最愛の育ての親のことを思い出したのであろうフィオが、幸せそうな笑顔を浮かべる。

「分かった。何か、話してみろ」

 我が言うと、フィオはパッと表情を輝かせた。もじもじと、我のほうに向きなおり、我の膝に身体をよりかからせる。フィオの丸く白い乳房が、我の脚にぶつかり、形を歪める。

「それじゃあ、魔王様。フィオが、一番大好きなお話から……」

 フィオは、小さく咳払いをして、声の調子を整える。楽しそうに目尻をたらせ、我の顔を見上げる。

「昔々……今から、千年以上も前……“昼の国”というところに、一人の青年と、一人の少女がいました」

 フィオの澄んだ言葉が、朗々と物語を紡ぎだす。

「青年は若くして魔術を極めて、少女は幼くして聖術を学びました。二人は、すぐれたお互いの実力を認めあい、競い合い、支え合って、国に並ぶものない術者へと成長していきました」

 その話を聞きながら、我は、以前エレノアが踊りながら歌った古代語の歌詞を思い出す。あの歌は、恋愛を主軸に据えてはいたが、この物語と筋書きがよく似ていた。

「いつしか、二人は、人には見えぬものを見通し、遠い未来を予見し、自らの寿命すら操れるようになりました。二人は、人々のために自らの術を使ったので、国は繁栄し、人々は大いに喜びました」

 フィオの穏やかな声が耳に響く。それと同時に、我の呼吸が不自然に乱れ出す。

「でも……二人は、あるとき、“昼の国”が、対となるもう一つの国“夜の国”に飲み込まれて、滅ぶ未来を予見してしまいました」

 我の臓腑が、きしみ始める。幾度も我を苦しめる吐き気がよみがえる。

「青年は、滅びの未来を避けるために、ただ一人、“夜の国”に渡りました。生ける人柱となって、“夜の国”を鎮めるためです」

 強い頭痛が、響き始めた。

「そうなれば、もう帰ってくることはできません。でも、青年は、少女に生まれて初めて嘘をつきました。“いつか、必ず帰るから”と。その少女も、千年の間、その言葉を信じ続けたのです。そして……」

 我は、手をかざし、フィオの話をさえぎる。フィオが、どこか不安そうに我を見上げる。

「……フィオ、下がれ……」

 言い終わるや否や、我は身を前に屈める。

「が……が、うが、が……ッ!?」

 我は、倒れ込むように、膝をつき、ついで、床に爪を立てる。全身から、脂汗が噴き出し、けいれんする。

「魔王様?」

 フィオが、優しく我の身体に手を触れた、その瞬間……

「……ガバぁッ!!?」

 我の喉から、腐ったような生臭い汚液があふれ出す。汚液は、ドバドバと床を汚し、桶を一杯にするほどあふれ出てもなお止まらない。

「魔王様! 魔王様ッ!?」

 我を呼ぶフィオの声が、悲鳴に変わる。吐き出す汚液には、黒く変色した血と、溶けかかった肉片が混ざる。

「……フィオ……居室に下がれ……誰も、呼ぶな……エレノアにも、娘たちにも、知らせるな……」

 我は、途切れ途切れになる言葉をかろうじて紡ぐ。

「……でも!!」

 フィオが短く反論する様を睨みつける。

「……命令だ……」

 フィオは、涙で乱れた顔を向けて、後ずさると、我に背を向け、逃げるように玉座の間を後にする。我は、そのまま四つん這いになり、無様に汚液をぶちまけ続けた。

< 続く >

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