第4話 ―電話―
[0]
アークデーモン
悪魔辞典前説。
悪魔族の中でも上級に属する悪魔。Archdemon。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
それ以外の場所には何処にも載っていない。
べリアルやアスモデウスまで成した魔人でもなく、名前も与えられずに一括りとしてされている。
無論、海外で実在したとも、実際に存在したという記録もない。
天使と同じだ。
人の湧きあがる、『悪』という概念を形にしたのが悪魔なら、
罪と罰の世界で救いをもたらしてくれるのが天使だ。
狭間の世界というものが実在するかは定かではないが、
天使が『居』ると思っている者には存在し、『居』ないと思っている者には存在せず、
誰かによって悪魔が『居』ると思えば実在し、『居』ないと思っている者には何の効力も発揮しない。
本物か偽物かなんて関係ない。要は人間の受け取り方なのだ。
先程取り上げた悪魔辞典も、著者には意味があるのかもしれないが、読者が興味を持ちページを開いて目を通さなければ何の意味もないのである。
無論、書かれている内容も。
本の中で描かれる無数のアークデーモンも、現在に現れしなければ夢物語―わらいばなし―である。
――アークデーモンは本の中だけに存在する。
道具によってのみ生かされる。
[プロローグ]
最新鋭のセキュリティ。
南京錠をかけようと、指紋認証を導入しようと、開けゴマと呪文を唱えようと、
心によって閉ざされた金庫に勝るものはない。
脱税は機密によって閉鎖され、
資金は理性によって封鎖される。
情報の大海―インターネット―、共有の花園―ミクシイ―、快楽の楽園―ブログ―はどこにでもある。
見えない相手と繋がることに不安になるも、声によって本人と認識する。
時代は進化し、本人という存在が稀薄になる。
現代に必要なのは、本物ではなく、“偽物”。
絵とアニメーションの無音の世界に声をあてれば社会が成り立つ。
存在しない相手すら目を閉じればそこに、“居”る。
ガチャと扉が開かれた音が聞こえた。
誰もいない大草原が目の前に広がっていた。
[1]
会社に勤めて一ヶ月が経った。俺はエムシー販売に入社し、様々な道具の説明を受けた。無論、頭の中に全ての商品のレクチャーは入っているし、如何なる質問が来ようと答えられる自信がある。
それぐらい、エムシー販売は素晴らしい商品を売っている。決して表には出てこない会社名。一歩間違えれば悪徳業者ではなかろうかと疑いかねないが、握出紋をトップにした営業部のおかげで、新米のおれですら月収六百万円を貰える大企業になった。
人の欲によって閉ざされた秘密結社。差し詰め俺らは悪の組織、か。
社内で小さく笑ってしまう。
「千村く~ん?」
握出が上機嫌で話しかけてくる。返事をすると突然肩をグワッと掴まされてしまった。
「な、なんでしょうか?」
「今日から君には電話係をしてほしいんだよ」
電話係?よく俺の家なんかにもかかってきた委託販売の常套手段。
「で、出来るわけないじゃないですか!俺はその――」
「んー、それほど気張らなくて良いよ。訪問が完璧の君なら任せられる」
握出が優しく話しかける。
「千村くん。僕は君だからこそ任せるんだよ。君は本当に変わった。喋り方を変えなくて良いと言っていたのに気付けば私を含め上司には尊敬、お客様には丁寧に話すようになっていた。日本語、英語、台北語を武器にする君に恐れるものは何もない」
最近、誰かに誉められたことなんかなかった。いや、勉強というものを誉められたことがなかった。勉強とは点数が取れればいい。一夜漬けで溜めこんだ知識で挑み、ヤマが当たれば高得点。外れれば赤点だ。そんな知識に何の意味があるか。俺は惜しまず勉強した。皆が遊びに行くのを見て、俺は机で英語に没頭していた。
何の意味があるか分からない。
役に立つ日が来るのかも定かじゃなかった。
それでも一心に勉強した。その結果が今日に繋がったのなら、こんなに嬉しい事はない。
「ありがとうございます」
純粋に出た挨拶に握出も満足そうに頷いた。
そして、ここからが本題だ。
「『電話』の理屈は理解できていますね?」
握出の声に身体が反応する。『電話』。グノー商品の一つ、私たちの常備しているものだ。
「なんとなくですけど。つまり、人が人でなくなる、と」
何を言っているのか分からないかもしれないが、握出は「その通りです」と頷いた。
「電話と訪問の大まかな違いは、対人が目の前に居るか居ないかです。当然そのことで接客に大きくかわることがあります。……喋り方です。マナーは二の次です。別に怒られながらネイルアートをしていても良いです。喋り方だけは完璧にしなければなりません。いいですか。名刺も渡せない、本人と証言も出来ない状況では当然本人という存在は希薄されます。その変わり、声というものが本人の代わりになるのです」
「本人の喋る声なんだから本人に間違いないでしょう」
「ほお……この声を聞いてもそう断言できるか?」
握出が俺の声を真似て喋る。昔の俺の喋り方を完璧に真似ており、俺ですら寒気がする。
「どうした?もしこの声で千村くんの両親に電話をしたら、本人と見分けがつくかな?」
「失礼致しました!」
握出に不可能はないのか。恐怖すら感じながら頭を下げ、ようやく許してもらう。
「まだ君は口が軽い。ちゃんと考えて喋らないと後に大変なことになるよ。『口は災いのもと』って言うでしょう?」
この人は、災いそのものだと思う
「今の御時世、振り込め詐欺だの保険勧誘だの電話に厳重になっているのも事実です。携帯電話の普及から親機なんて持たないご家庭も増えました。しかし、そんなことで僻むことはありません。逆に逃げ場はありません。誰も助けてくれないから詐欺に引っ掛かるのです。人は一人では生きていけない。ならば私たちが救いの手を出そうじゃありませんか。
いいですか?電話で重要なことは、如何に相手に不信感を与えないかです。電話に出て頂けても逆に焦ってしまったり、売ろうとする威圧感を出すとお客様は敏感に嗅ぎ取り、逆に貴方自身を不審がらせてしまうのです。電話の奥で悪魔と会話していると思われても仕方がないですよ?」
「悪魔……」
「まず自分が紳士になる。そして相手の理想通りの人物になるのです」
握出が『電話』を取って相手につなぐ。何の変哲もない電話だが、新入生が最初に電話番をさせられる時の気持ちは、恐ろしいである。しかし恐怖をぬぐい去り、顔の見えない相手と会話をするのが仕事だ。逃げることは許されない。
立ち向かえ。肝をおいて。戦うしかない。がちゃっと、扉が開いた音が聞こえた。
「あーもしもし、ハローハロー。……あ、繋がった。はい、どうぞ」
握出が受話器を渡す。俺は耳をあててみる。
「――」
声はない。ただ遠くで機械音が聞こえてくる。
「もしもし」
「――えっ?なに、今の声?」
耳に入る女性の声は、突如響いた声に驚いていた様子だった。
グノー商品『電話』は相手の脳に直接語りかける。電話に出るも出ないも結局脳の信号なら、繋いだ番号は、相手すら知らないシークレットナンバーである。
「私の声が聞こえますか?聞こえたら返事をしてください」
「え、ええ。聞こえます。失礼ですがどなたですか?」
「私、エムシー販売の――」
それ以上話すことを握出が制止させる。
「もっと会話を楽しんでください。相手が急にかかってきた電話が知らない人だったら驚いてしまいますよ。まずは相手に問いかける。自分は誰で、相手は誰にかかってくることを期待しているのかを」
握出が笑っている。その奥に潜む闇を覗きこむ。
何を言おうとしているのか、何を問いかけるのか。それを掴む。
「私は――誰だと思いますか?」
「えっ・・・・・・・・・・・・わたし?」
プハッっと握出が笑った。
「面白い事言いますね。脳に直接語りかけられたら、確かにそういう錯覚を起こすかもしれませんね」
人の脳の錯覚こそ付けこむ隙である。
「千村君、チャンスです。これから貴方は彼女になるのです」
とんでもない発言を送る。
「出来る訳ないじゃないですか。私は彼女を知らないんです。きっとボロが出ます」
「安心してください。では続きをしましょう。あっ、口調を変える必要はありません。あくまで千村君は千村君ですから」
握出の助言を聞き、覚悟を決めて言葉を選ぶ。
俺は彼女になる。彼女の要望をつかみ取る。
「そう。私はあなたです。私に知らないことはない。自分を偽っていけません。包み隠さず喋ってみましょう」
「・・・・・・」
相手は何も言わない。相手は戸惑っているに違いない。電話越しでかかってくる相手の姿を想像している。
靄のかかる大草原。目の前に現れる人物に、俺は成る。
電話越しの彼女を、俺には見えた気がした。
「名前は?」
「……岩崎鳥子」
「いま、何しているんですか?」
「掃除機をかけています」
「年齢は?」
「43歳」
順調に俺に話し始める。戸惑うことはない。これがグノー商品『電話』だ。
目の前にいない人物に対しての営業。
相手がいないのは相手も同じ。
何も恐れることはない。『居』ない人物に何を恐れる事があろうか?
相手を救う。俺が救う。電話の向こうで恐れている人物に救いの手を差し伸べよう。
だから、相手は俺の言うことだけを聞けばいい。
「……違いますよね?」
「えっ?合っています……」
「違います」
強固な否定に鳥子は言葉を失った。
「貴方は17歳。成長を熟した高校生です」
「えっ?私が、17歳?」
「『私』が言うんだから間違いありません」
「えっ……そ、そうね。『私』が言うんだから間違いないわ。私は、17歳の高校生……」
鳥子は一人で納得し、17歳ということを受け入れる。
43歳の身体をした17歳の高校生。
物凄く興味がわいてきた。
「住まいは?」
「鳴神町○○―×―△△」
「違います?」
「えっ?」
「あなたの住所は、先駆町○○○―××ですよね?」
「えっ?えっ……?」
「そうですよね?」
「あっ、はい」
『私』の言葉に従順し、住所すら変更した。
「じゃあ、今あなたの居る場所は、一体何処ですか?」
「ここは……どこですか?」
「急いで帰りましょう。家に帰ったらまた電話します。くくく……」
電話を置く。がちゃっと、扉の締まる音が大草原に響き渡った。
[2]
なんだ、これは?俺は電話越しに声を震わしていた。
彼女の態度が急変した。俺は彼女を知らない。名前もいま聞いた。そして、住所まで聞いてしまった。でも、
彼女の住所を変えてしまった。
そんなこと出来るのか。今頃彼女はどこにあるのか分からない先駆町を必死になって探しているはずだ。
町内にはない、県内にもない。俺が作り出した口から出まかせを真に受けてしまった。
「電話から伝わるものは全てが真実です。『私』が言うのならば間違いないでしょう?」
脱税は機密によって閉鎖され、
資金は理性によって封鎖される。
しかし、必ず対人と関わるのが秘密だ。
口裏を合わせ、内密に話を進めようとする人の闇。
エムシー販売はそれすら買える。人の闇の専売特許。秘密にするものがいれば秘密を暴く者もいる。
エムシー販売『電話』は数多く売れている大ヒット商品だ。個人情報をあげる訳ではないが、例をだせば悪徳業者から政治家、警察所まで幅広く使われている。
本物か偽物か、正義か悪かなど関係ない。全ては欲によって左右される。
「そ、そうですが――」
しかし、納得いくはずがない。
鳥子さんに罪はない。俺が勝手に電話した。
営業をしてしまった。
その結果、家をなくし、年齢を変えた。文字通り好き放題だ。
「嘘はないですよね?必死に勉強しましたものね?」
「――」
握出の押しを戻せない。そう。学んだことはすべて真実だ。俺の時間を削って血と汗を知識と経験に変えた。
間違いがあるはずない。あったら俺は自分自身を否定してしまうから。
「では、彼女へ伝える情報はすべて真実です。彼女が思い浮かべる心の隙間をくぐりぬけ、彼女の信頼する人物が伝える真実の言葉は、決して嘘ではない。私たちではありません。彼女にとってそれが真実なら、真実なのです」
握出は普段通りの笑みで告げる。
勝ち誇ったような清々しい笑みだ。
「さて、では先駆町へ行きましょうか?」
「へっ?」
急に告げる握出に俺の頭は付いていけなかった。
「どうしました?」
握出を制止させた俺は、振り絞って声を出す。
「……そんな町はありません……すみません!そんな町はありません。俺は嘘をつきました!」
「嘘?」
握出は一瞬眉毛をぴくっと動かし怒ったかのように眉間にしわを寄せたが、二瞬目にはふっと力を抜いてドアノブに手をかけていた。
「いいえ、千村さん。嘘ではありません。だってほら――」
ガチャッと扉を開ける。そこには――
「先駆町はここにあるじゃないですか?」
思い描いた大草原が広がっていた。
[3]
「すみません。先駆町○○○―××へどうやっていけばいいのですか?」
警察署に一人の女性が訪ねてきた。警察官は頭をひねるが、聞いたことのない住所だった。
「そんな住所ありませんよ」
「ないはずないんです!そこが私の家なんです」
「何を言っているんですか?」
警察官は彼女の話を鵜呑みにしない。
「あのね、どうして自分の家を忘れちゃったのですか、記憶喪失ですか?」
「いいえ。私が言ったのです」
『私』が言うとはどういうことか気になるところではあるが、とりあえず身分証明証を見れば解決する。
「ちょっと免許証見せて貰っていいです?」
彼女は忘れていたように免許証を取り出し、警察官に差し出す。普通の行動だ。覚せい剤等の類をやっているようには見えない。
「あなた、岩峰鳥子さんですね?」
「はい」
免許証に書かれた内容を見る。
「……鳴神町ですか。はっ、近所じゃないですか」
警察官が笑って場を和ませる。しかし、鳥子は笑わなかった。
「では案内してあげますよ」
一人が彼女に手を差し出す。
「違うんです!」
鳥子は警察官の手をはじく。
「私の住所は先駆町なんです!どうして信じてくれないんですか!?」
途端に怒りだした鳥子。警察署の机を何度も叩いて警察官を驚かす。尋常ではない状態に警察官もついに、
「記憶障害か、それとも脳に何らかの損害があるかもしれないな。119へ連絡入れて」
奥にいる一人が電話を取る。鳥子がそれに気付いてしまった。
「私は普通よ!どうして信じてくれないの?」
叫ぶ悲痛の声。涙を流して泣きじゃくる。
本物は其処にある。偽物が此処にあっても区分される。そんな者達に絶対に先駆町は見つけることは出来ない。
器の小ささの露呈。屑、役立たず。徒労。偽物。
「あなた達は嘘付きよ!私を家に帰さないつもり!?きゃあああああ!!怖い!恐い!!こんな社会、間違っている!あなた達は偽物よ!!帰して!私をお家に帰して!!!」
何が正義だ、何が救いだ。
誰を守り、誰の為に存在する。
人一人救えない役人などいらない!
誰でも良い。天使でも悪魔でも良い。
お家に帰して!
「ええ、帰りましょう」
――その時、鳥子は、
「ああ……」
「お迎えにあがりました。鳥子さん」
救いの声を聞いた気がした。
[4]
俺は鳥子を連れて扉を開ける。すると、握出が先駆町でただ一人お出迎えにあがる。
「ただいま」
「お帰りなさい」
「あれ、貴方は……?」
その時、彼女の携帯電話が鳴る。
「もしもし」
電話に取った鳥子の目がうつろになる。これが脳に繋がった状態ということか。もちろん、グノー商品『電話』を使ったのは、握出本人だ。
「もしもしハローハロー。私は誰でしょう?」
声色を変えて鳥子そっくりに話しかける。……俺には俺のままでいいと言っていながら握出はすっかり鳥子さんに成りきっているじゃないか。
「貴方は…………?」
「私はあなたです。あるぇ?さっき電話したのに忘れちゃったんですか?」
「あっ。そうだったんだ。ちょっとテンションが上がってて別人かと思っちゃった」
ほっとけ。でも、彼女は「って、私か?」と、とぼけて見せた。
43歳も、17歳に回春しているのだろうか。
「ほらっ、貴方が道に迷っているから、お父さんが迎えに来てくれたよ」
「パパ」
鳥子が目を輝かして俺を見る。……まさかと思った瞬間、鳥子が俺に抱きついてきた。
「ありがとう!」
唖然とする。彼女は父親にしか見せたことのない屈託のない笑みだ。握出がそれを見て笑っていた。
「さあ、私のパパはこんなにも優しいよ。普段の悩みを打ち明けよう」
悩みという不安要素に、鳥子の笑顔が消えていく。しかし、
「悩み……?悩みなんてないよ」
「嘘はいけないよ。私は知っているよ。誰にも言えない悩みがあるよね?それで今日も学校でいじめられたんだよね?」
「……」
握出が語る作り話。でも、日常風景のように鳥子に浸透していく。
「17歳にしては老けているんだって、おばさんだって言われてるんだよね?小じわが出来て、他の子より発育が良くて、目立っちゃうんだよね?でも、それって他の子と比べて変だからからかわれるんだよね?ほらっ、悩みがあった」
鳥子が小さく「うん」と頷いた。そして俺に向き直った。
「あのね、私の身体。変じゃない?」
「変とは、どういうことかな?」
「他の子よりその、身体が成長しているの。それで私、クラスでいじめられてるの」
握出の作り話が真実に変わる。ゾクッと背筋が凍った。
「ちょっと、見ていいかな?」
「うん」
彼女の制服をめくる。ブラに包まれた豊満な乳房が目の前に現れた。でかい。Fカップはありそうな鳥子の胸。そして、ブラを外すと、これまた大きな乳輪と、小指くらいありそうな太い乳首が曝された。
女子高生には見えない。女子高生と思っているのは鳥子ただ一人。
「触っていいかな?」
「うん。あっ……」
触っただけで感じるくらい感度がいいのか。それとも感度まで女子高生に戻ってしまったのか。
見た目と性格のギャップが面白い。しばらく揉んでいると耐えきれずに涙声で喘いでくる。
「敏感だね。感じちゃったのかな?」
「……うん。あっ!」
おもむろに乳首を強く挟む。すると、勢い良く白いものが飛び散った。
「ふはっ!乳首から母乳が出たぞ」
俺は笑った。しかし、
「う、うう……」
鳥子は恥ずかしかったようだ。
「恥ずかしかったかい?」
顔を真っ赤にし、涙を見せて顔を伏せる。俺はなだめる様に優しい声で鳥子の頭をなでた。
「でも、恥ずかしがることじゃないよ。これは立派な生理現象なんだ。女の子はこうやって成長していくんだ」
「うう、でも――!!」
彼女が顔を上げる。その雰囲気は、先程と何かが変わっていたような気がした。ガールがボーイッシュになった様に、垂れ目だった彼女が釣り目になっていた。そして、
「――ボク、おとこのこなんだよ」
「え?」
茫然としている俺の前で鳥子がスカートを脱ぐ。落ちたスカートには目もくれず、パンツにはみ出す異質な物体に俺は、
「うわああああああああああああああああああ????」
俺はたまらず叫び声をあげてしまった。
『鳥子は実は男の娘なんだ。だから、おちんぽが生えていてもおかしくない』
握出が笑いながら指示を出している。鳥子にとって当然のように事実を変える。女子からフタナリに。マンガでしか現れず、決して現実に見ること出来ない存在を俺は目撃した。
「うわああああ……」
恐怖から興味へ。俺はおもむろに鳥子のついたおちんぽを触る。「あっ」と、鳥子もまた感じてしまい声をあげる。声が出なくても、女性と違い形が分かってしまうので感じていることを隠すことはできない。むくむくと大きくなって、あっという間に二十センチ位の立派な逸物になった。溢れ落ちるカウパー液。手にかかろう
と構いやしない。体をねじって逃げようとする鳥子を必死に押さえつける。
「気持ち良さそうな声で嘆いて。もう出そうなのかい?」
「うん、出る、出ちゃう」
ビュッっと、勢いよく放たれる精液。真っ直ぐに飛び、床に落ちる。真っ白で、とても奇麗な精液だった。手についた液を眺める。これが鳥子から出た精液。
俺はそれを掬って舐めた。
「うわああ!!」
鳥子が声を上げるが構いやしない。俺は彼女の父親だ。面白半分から気付けば恋人以上の関係を持ってしまったとしても不思議じゃない。
子供の処理を親がする。そんなこと、苦労でも何でもない。
とても苦く、とても美味しい残飯処理だった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――」
鳥子が何度も謝る。「気にしないで」と気を使ってようやく顔を上げる。
「――ごめんなさい、お母さん」
「へっ?」
鳥子が今度は俺のことをお母さんと呼ぶ。頭が茫然とした状況から一気に現実に引き戻される。
「まさか!!?」
握出が笑っていた。携帯に移された待ち受け画像。それは今、映しだされた女体化した俺の姿だった。
「うわああ!!」
俺の身に起こった状況を確認する。細くなった腕。くびれた腰。膨らんだ胸。染まった爪。伸びた髪。なくなった逸物。
「おかあさん!おかあさん!おかあさん!!」
耐えきれなくなったように鳥子が俺に飛びかかる。騒ぎ、暴れても、今度は鳥子の腕を振り払うことも出来ない。
無くなった力。そんなこと……ありえるのかよ。
破られる服。乱暴に掴まれる胸に俺は敏感に感じてしまった。鳥子に乳首を舐められ、電流が流れたように腰を浮かせてしまう。
なんだよ、これ?女と男じゃ感度が全く違う。本当に俺は『女』になってしまったのか?
そんなの確認することじゃない。パンツすら脱がされ、彼女の逸物を俺のオマンコにあてがわれている状況に何を疑えと言うんだ。
元女の男性と元男の女性による交わり。
非日常な現実。
それが今の真実。
ぶちゅっと、俺の膣に何かが入ってくる感覚が気持ち悪い。と、同時に蠢く無数の触手。それが侵入者に交わると快楽が大量に押し寄せる。
すごい、すごい。壊れちゃう。
引かないで!押さないで!様々な場所に宛がわないで!!
「ひぎい!いく、いくいくいく!!」
涙を流して喜んでいるのは俺の方。鳥子も既に自分では制御できないほどに一睦を膨らませていた。
「もう少し我慢してくださいね、千村さん」
握出がすぐそこまで来ていたことに気付かないほど、俺は壊れてしまっている。握出は必死に腰を振る鳥子に耳打ちをする。
「いきたいです?じゃあ、これにサインをして」
握出の差し出す一枚の紙を、虚ろな眼差しで見る。「なにそれ?」と目で語っている。
握出が見せた紙の内容を俺はわかる。
契約書。エムシー販売と契約することをここに記しますと書かれた悪魔のパスポート。
俺が動くと、
「ひい!!」
鳥子の逸物にまた快楽が押し寄せて、発射させてしまう。俺は身動きが取れない。
「いきたいのでしょう?では、なんというんですか?」
鳥子は涙を浮かべ、必死に絞るような声で、
「いきたい!する!サインする!!」
「ありがとうございます」
契約―当初の目的―を果たした。
俺は膣に大量に流れ込んできた鳥子の精液に、受け止めきれずに気絶してしまった。
[エピローグ]
「あーもしもし、ハローハロー。お疲れ様でございます、握出でございます。今一件また契約できました。これからFAXで送らせていただきます。なかなか上玉で、社長もお喜び頂けるでしょう。アハハハハハ――」
握出が本当に愉しそうな笑い声を響かせる。元に戻った俺は社内でぐったりと自分の椅子に座って一日の疲れを受け止めていた。
仕事を取るのは本当に大変なこと。事実を受け止め、不条理であることを認めなければ生きていけない。
「FAX……」
グノー商品『FAX』。『電話』と付属で付いているグノー商品の人気商品。俺が呟いた言葉に握出は反応した。
「千村さんにも紹介したんでしたっけ?まあ家庭用と業務用じゃ頻度が違うのでなかなか売れないので困ったものです。世の中大変です」
握出の後ろにはFAX一体型電話機が置かれている。しかし、これは電話機というよりコピー機といった方が良い。社内に大きく佇む機械に契約書のサイズに合わせた用紙が一枚ずつ吸い込まれていく。
「FAX機能は一瞬にして書類を相手の元へ送ります。もちろん――」
ピーという音が鳴り、岩峰鳥子の契約書が本部に送られた。そして、
「私たちの手元にも原本が残ります。後は貴方に任せます。煮るなり焼くなり好きに使ってください」
機械から出てきた使い捨ての鳥子。既に生気は感じられない。虚ろな目。自分で歩くことすらできない。握出が手を放すと鳥子は崩れ落ちたように倒れ込んだ。しかし、既に握出は次の取引先を向いている。足元に転がる鳥子に興味をなくしたように。
これは人形か、それとも原本か。いったい電話越しで繋がった岩峰鳥子という人物はどういう存在だったのか。結局俺はそれすら知らない。
耳鳴りがする。
「待ってください」
「はい?」
「彼女は、何処に行ったんです?」
「そこにいるじゃないですか?」
さも当り前のように握出は告げる。呼吸が荒い。
倒れたまま動かない、これが彼女。だとしたら、どうして彼女は生きていないんだ。
「この世にいますか?」
「ええ。いますよ」
口の中が嘔吐したように苦く酸っぱい。
ふざけるな!俺が望んだのは、こんな闇会社じゃない。もっと普通に生活し、誰に対しても胸を張って仕事先を告げられる自慢の親会社だ。
闇会社より質が悪い、闇の城―MysteriousCastle―。それがエムシー販売社。
そこで働く俺たちは、紛れもない使い魔―あくま―そのもの。
「おまえは、本当に居るのか?」
握出は止まる。数秒間無音の部屋の中でニイッと笑って返した。
「ええ、居ますよ。此処にいます」
俺が望んだ。俺がいると思ったから生まれてしまった。名前を変え、姿を変え、接触を試みるために人間の姿で登場した。
あの時、一人暮らしのドアを開けてしまった時から、この時間も――
上級悪魔は今、ここに現存した。
< 続く >