第5話 ―時計―
[0]
ハア・・・ハア・・・
吐く息が荒い。当然だ。これからやろうとすることは、普通ならやりたくないこと。人生で行う一世一代の賭けである。
テンションが下がるはずの行為を、逆に灼熱のごとく燃え上げる。
俺は今からこの会社を辞める。
エムシー販売。ブラックの中のブラック。漆黒の闇会社。
人を壊し、人を惑わせ、人を染め、人を落とす。
この会社は、人を人でなくす。
未練もない。逃げられるうちに逃げるのが世の常だ。
「何処に行くんですか?」
背後から声をかけられ、驚きのあまり自分のロッカーに背中ぶつけた。バァンという金属音がやつを楽しませる。
「……握出」
久しぶりに名前で呼ぶ。上司と呼べる存在じゃない。敬意なんか払わない。
「俺はこの会社を辞める。今までお世話になりました」
棒読みのごとく頭を下げる。握出はつまらなそうにしていた。
「辞めたいと思ってしまった人をまた奮起させるなんてことは相当な力が必要です。私ですらとてもとても……」
握出なりの引きとめたつもりなのだろうか。握出が一滴の涙をすっと流した。
「私は千村くんを可愛がってきたつもりです。最初にして最終通告です。また一緒に働く気はありませんか?」
優しい表情。もし、他の場所で握出のように後輩を可愛がり、気をつけてくれる上司がいるのなら、別の場所で会いたいものだ。
一度感慨にふけった俺が目を開け、握出を睨みつける。それが答え。
俺の示す強固な意志だ。
握出が足を止める。これ以上近寄ることを許さないオーラを感じ取ったのだろうか。その強さに先程流した涙が嘘のように引いていき、いつもの笑みを浮かべていく。
「そんな所でやる気にならなくてもいいでしょうに。まあ、それを私は気に入っていたのですけどね」
くっくっく……と、
脱税は機密によって閉鎖され、
資金は理性によって封鎖される。
――人材は秘密によって隔離される。
「逃げるなら……いや、もう遅いですがね」
「なに?」
次の瞬間、俺の身体は180の部品にバラバラにされた。俺の身体から転がるネジを見ると、恐怖どころか驚愕した。意識が急速になくなっていく。
死ぬのかなんて考えも与えない。
「私はあなたのことを理解したつもりです。さようなら。また明日顔を合わせましょう」
扉が閉まっていく。視界が一気に暗くなる。
ただし、俺が最後に見た、握出紋の姿は、
上司という笑みを浮かべた穏やかな表情だった。
[プロローグ]
其の身は受動的に動き始め、その後は自動的に動き続ける。
其の心は自動で動き、その後は手動で動かされる。
自分の意志など無関係。歯車仕掛けの自動人形―オートマタ―
――ドクンドクン……
機械にとって故障もあれば修理も必要ならば、
人間にとって休憩もあれば睡眠も必要である。
目標は目的に変わり。行動ではなく行為となり果て、仕事ではなく作業へ堕ちる。
――ドックンドックン……
故に其の動きに意味はなく、其の生涯に意味はない。
燃料が尽きて勝手に止まればそれでお終い。
過去へ乖離し、一時停止で現実を否定する。
――ドックンドッ…………
其の身体は時計で出来ていた。
其の身が停止した時、俺を残して社会は全て停止した。
[1]
「バア!!」
勢い良く布団から跳ね起きる。まるで、地獄絵図を体験したように汗が止まらない。
改造された……鮮明に覚えている夢の記憶を思い出し、バッと手を心臓に持っていく。
ドクンドクンと普段より少し早いが一定のリズムを刻む音が、あれは夢だったのだと教えてくれる。
早く会社に行かなければ。握出が俺の到着を待っている。
[2]
「おはようございます!」
俺が元気良く入ってきたからか、社員は俺を見ると驚いた表情を見せたが、久しぶりに皆が笑ってくれた。たったそれだけのことが嬉しかった。席に座っていた握出も笑顔で立ちあがった。
「よく来たね。やる気マンマンじゃないですか」
「はい」と元気よく返事をすると握出はうんうんと二度うなずいた。
「では行きましょうか。営業開始ですよ」
社会に出て十カ月。半年たつようになれば心に余裕が生まれ、もう二カ月過ぎれば、社会は同じことの繰り返しなんだと言うことを理解する。
九時に会社につき、営業を開始し、夕方五時に帰宅する。夜勤をすることもない、一日の仕事が終われば会社から解放され自由になる。
なるほど、社会とは俺の思っている以上に厳しくないし、法律に縛られてはいるが触れなければ取り締まることもない。
時間ですら取り締まることが出来ないのなら、俺は自由人である。
なにをしてもいい。
なにを犯してもいい。
雲ひとつない青空を見上げて歩く。ギラギラに光る太陽が心地良い。
なびく風がすり抜ける。木々のざわめきが気持ち良い。
握出と離れ、一人で営業をやるようになると、俺は自分の才能をいかんなく発揮した。持ち前の知識と経験を生かし、数を増やしていった。
握出は喜び、会社では主任になり、俺は会社に必要な人間になった。
しかし、何故そんなことになったのだろう。
やっぱりそれは、やる気の問題だと思う。
やる気になれば十言ったことを十吸収し、十得た知識で十の行動を可能になる。
おそらく俺の体内時計は、会社に入社したその日から止まってしまったんだと思う。
新入社員、やる気に満ち足りている、何色にも染まっていない純粋色。白も黒も知らない、自分勝手が罷り通る、入社零日目から会社に到着するまでの間。
気分は絶好調。堕ちることのないハイテンション。薬でもやっているんじゃないかと思うくらい馬鹿な思考。
時計を見る。時刻は正午。休憩に入るも良いが、まだ俺はやれる元気がある
怒られたことがないのだ。昇り詰めた状態は止まることを知らない。
そう、俺は何をやっても許される。
「――――――」
その時、俺の隣を一人の女性が通り過ぎた。黒いストレートパーマのかかった長髪。シャンプーの香りが男性を振り向かせながら歩く姿は美人に入る部類だ。
振り返ってしまったが最後。歩く方向を逆転する。
――決めたことがある。
心臓の音が高鳴る。胸が熱い。鼓動が五月蠅い。こんなに五月蠅いと彼女に気付かれてしまうじゃないか。
彼女の背後に等間隔を開けながら歩く。彼女が家に入った。俺は彼女の家の前に立った。
――俺はこれから――
ピンポーン
呼び鈴を鳴らすと家の奥で「はい」という声が聞こえてきた。
「どなたですか?」
鍵を回してドアを開ける。
顔が見えた。さっきの女性だ。
顔がニヤける。たまらず俺は、胸から取り出した『時計』を握りしめた。
ドクンドクンと一定のリズムを刻む時計。
誰の中にも埋め込められている機械仕掛け。
俺はグノー商品『時計』を停止させた。
[3]
機敏に行動し、適時に判断し、瞬時に決意する。
コンマ零秒に近づくほど正しい答えに到達出来る。
時間を割くほどに邪な考えが思い浮かび、邪魔をする。
ならば、時を止めてしまった社会の中は、
全ての行動は正当化される。
グノー商品『時計』。時の止まった世界に導く魔法の商品。
彼女もまた笑顔の表情のまま止まっていた。それはそうだ。時の止まった世界にいるのは、たった一人の観客を悦ばせる石工人形のみ。
見世物にされ、好き放題にいじりまわしても、嫌な顔一つしない。
壊してしまいたいくらい、愛おしい。
喉が渇く。手が震える。
何も出来ない。何も感じない。何も抵抗しない。
自分勝手な性犯罪。
ビリっと服を破ろうと、実った乳房を乱暴につかもうと、空いてる口の中に舌を突き刺そうと、
一人よがりの演出。――これが、人を犯すということか。
逸物を取り出し、口の中へ出し入れる。人間の感触そのままに、舌の柔らかさ、乳首の微妙な硬さは人形ではない。
目の前にいるのは時の止まった『人間』。
俺と同じ、人間に変わらない。
「――っ!」
歯ぎしりをする。違う!彼女は人間じゃない。人間に似た石工人形なんだ!
何をしても、許されるんだ!
無意識に開いてしまった唇を無理やり大きく広げた。そして、俺はズボンのチャックを下ろし、逸物を即座に取り出した。そして、入口とばかりに開いた口の中へ突っ込んだ。
初めは奥へ。そして横に。様々に挿れて口内を弄ぶ。彼女の差し歯に時たま当たるが、それ以上何かしてくることはないので、硬さも段々気持ち良くなってくる。もちろん、付けば付くほど防衛本能が働くのか、唾が溢れ、やがて口から垂れ落ちる。唾の海。温かさを感じてしまうのがまた面白い。
一発、口内に出すことにした。
――潤え。白濁の精子汁で。
ゴブッ
吐き出された精子は口内の様々な場所に当たり、粘ついた潤いが唾と絡みつく。喉に通っていかないためか、精子は開いた口から涎と一緒に垂れ落ちていった。
涎よりも粘りのある液はどこまでも糸を引く。
「はぁ……」
喉を鳴らす。やはり人妻は美しい。
[4]
玄関前で犯される。そんなこと誰が想像するだろう。
彼女が状況を知ったらどうなるだろうか。
ゾクゾクと背筋が震えた。
見たい。彼女がどんな恐怖に陥るのか。
動かしてみるか。この娯楽を活目しろ。
時計を動かす。同時に彼女の時も動きだし、何かを喋ろうとする。
「んご――――」
と、彼女が俺のことを問いただす前に口内に香る腐乱な匂いと、口内に残る粘りと唾に開いた口を再び閉じた。
喋れなかった。口をふさぎ、気持ち悪さを覚えたときには、
「うえええええ――」
目に涙を浮かべ、口内に残った異物を吐き出していた。水を飲む考えさえ思いつかない。ただ苦しそうに、むせながら悪臭と闘っていた。
下を向いている彼女、床の下に吐いた自分の嘔吐物の中に白い物体を見た。彼女は顔を上げた。目の前に立つ俺の姿。その笑みに彼女は自分の状況が理解できたのだった。
「いやあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
彼女が叫ぶ。玄関前で蹲り、恐怖に震えだ、慄く声が木霊する。階段から大慌てで降りてくるかけ音が聞こえた。
「どうしたの、美紀!?」
彼女を呼び捨てて階段から降りてきたのは、彼女より一回り若い少女だった。
……娘か。中学生にも見えるがこいつも化粧をしているからか、年齢は定かじゃない。ただ、この親にしてこの娘ありというところか。
美人で可愛いのだけはわかる。
再び俺は時を止めた。
母娘の動きも再び止まる。蹲った母親を蹴ると、コロンと、まるで石のように転がった。そんな母親などお構いなしに玄関を上がり、階段から降りてきた娘まで近づく。
くすみも皺もない、初々しいくらいに潤う肌。顔をつつくとプニッと弾力が返ってくる。
面白い。少女の着ている服を丁寧に脱がすと、まだブラジャーもしていなかった。Bカップはあるかと思うのだが、ノーブラだったのか……。
プニプニ……
頬と同じくらい弾む乳房をつつく。
馬鹿っぽく見えるが結構好きかも知れない。乳首を押すと奥までめり込んでゆっくり戻ってくる。乳首に俺の爪の跡が付く。
優しく、そして乱暴に、一点を集中的に。
執拗に乳首へ攻撃する。爪から歯へ。甘噛みを加えながらもう片方の乳首を弾く。
そろそろ乳首が桃色から赤くなり始めた頃だ。
「そろそろいいか」
指を滑らし恥部へ触れる。何も感じていないはずの膣の中は、ぐっしょりと今にも溢れんばかりに濡れて温かかった。一本でもきつい穴の中を、面白半分で二本、三本と指の数を増やしていく。
四本目を入れようとした時だ。
ぶちゅりと、何かが破けた音が聞こえた。
「ああ、処女膜が破けたのか」
赤い血と供に流れる透明な液。初めて流したであろう愛液の快感。
挿れた指のストロークを早くする。ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅと指に絡みつく愛液の応酬。膣に触れる度に温かい内側の柔らかさ。
普通なら震えたであろう快楽が一気に溢れだした。
ぶしゅっと飛び散る少女の潮。顔色一つ変えないまま、快楽だけが充満している。
いま時を動かせば、娘はどうなってしまうのか。その姿を見てみたい。
俺は再び時を動かした。
[5]
母親と娘は動き出す。
「――えっ?」
泣き声でありながら横に転がっている自分の姿に美紀はまた疑問に思う。何があったのか理解できない。驚きから先程流した涙も止まってしまった。
身体を起こし、状況を把握する。
先程立っていた男が消えた。後ろには娘の真奈の声があった。この状況を真奈に見せてはいけない。真奈を呼んではいけない。ビリビリに破かれた服が、今後の自分の身を案じても、真奈だけは守らなければならない。
娘を思う母親の心境。恐らく向かって来るであろう真奈を思って振り返っただけだ。
真奈は先程の男性に犯されていた。
[6]
「な、何をするの!!やめてえええ!!!」
美紀が必死になって叫ぶ。俺は『時計』を押す。途端に美紀の動きは、まるで一時停止のようにピタッと止まった。
「う、動けない……なんなの、これ?」
一時停止といっても口だけは動かせるようにしてある。娘の犯されている断末魔を叫ぶがいい。
俺がピストン運動を早くすると、真奈も声を張り上げる。
「あん!あん!!」
初めて聞くであろう真奈のあえぎ声。今まで出したこともない歓喜の高音。
「やめて真奈!……やめなさい!警察を呼んでやる」
「真奈ちゃん。警察に突き出されちゃうって。止めていいかな?」
美紀に問われことを聞いてみる。
「いや、やめないで!もっと激しく突いて!!」
高揚した表情で逸物を欲しがる真奈に俺は大満足し、さらに奥に押しこむと、真奈は喜んで喘いだ。
「駄目よ!真奈はそんな子じゃないでしょ!?」
「ああ、そうだったかもしれないな。まだ初心であることは間違いなかった。未だにノーブラだったんだからな。だから、俺が引き出してやった」
俺が空いている両手で乳首を触ると、真奈はビリっと電気が流れたようにのけぞった。
「ひぃいい!気持ち良いよ!ち、乳首が痛くて、気持ち良い」
乳首もピンと立ち、年相応にはまるで見えない。快感を貪る三十路前の美女の姿だった。
「快楽時で止めた。初めて味わう絶頂なんてこの世の意識が飛ぶだろうなあ。俺もそうだったな。しばらく放心状態だったよ。もしこのまま死ねたら天国行くだろうなって思ったほどだ。だから、娘には地上に落ちてこないことにしたんだ」
天に昇った少女は快楽の魔女―サキュバス―に成り果てる。
「やめて!やめて!!……鬼!悪魔!!人でなし!!!家族をめちゃくちゃにしないで!」
美紀の声に俺は心底おかしくて、「くっくっく……」なんて、出したことのない笑いを初めて見せた。
「気に入った。俺は鬼だ」
この場に握出がいたらさぞ笑ったであろう。
悪魔に従う鬼。それもまたいいかもしれない。
真奈の時を止める。喘ぎ声もなくなった無音の世界を美紀は体験する。俺が真奈から逸物を抜いても、真奈の表情は変わることない。四つん這いの姿勢から立ち直ることのない。
本当に、止まってしまっているのだ。
そんな中、俺は美紀に近づく。
「ひい」
うわずった声が恐怖を物語る。
「怖がることないだろう?社会はもっと恐ろしいぞ」
自分で言っておきながら、「ああ、それもそうだな」なんてことを呟いてしまった。
世界は止まらない。動き続ける。一秒先のことは誰にも想像がつかない。
横断歩道を渡ろうとしているのに、車が突っ込んでくるかもしれない恐ろしさ。
一株100万を買う瞬間に押すクリックの怖さ。
銃弾が飛んでくるかもしれないと思っていないと安心は保証されない。
ならば、もし時の止まった世界があるとすれば、何を恐れるというのだろうか。
「おまえに三つの選択肢をやろう」
俺は母親に向けて三本の指を突き付けた。
「一つ、再びおまえの時を止め、恐れることなく犯されるか、
一つ、娘の時も動かし、時の止まった世界で俺に犯されるか、
一つ、このまま娘の時を止めたまま、二人で犯すか」
選択肢を提示する。母親は聞いた途端に涙した。
選択を与えても、救いがないからだ。悔しそうに上唇を噛みしめていた。
そう、時を操る俺にとって、人間など微々たる存在。
ハイな気分は俺を一人の営業マンから鬼に変えた。
グノー商品。悪魔に命を差し出した者にとって悪魔の道具は神の道具に等しい。
人智を超えた力を手に入れられるのだ。
愚かな人間よ!選ぶがいい。そして、供にグノー商品の素晴らしさを共有しよう!
娘を犯せ!時の止まった世界では、娘は歓びに震える石工人形と同類なのだ!
「わかりました……」
美紀は怯えながら結論を出した。指を一本立て、はっきりと俺に見せつけた。
「…………なに?」
一番。こいつは自分の時を止めることを選んだということか。
理解不能だ。時の止まった世界の素晴らしさを理解できていないのか?
誰にも負けることのない固有結界。娘だろうとこんなに歓んでいると言うのに、何故母親は選ばない!?
理解不能!?理解不能??
時を止めた世界の住人になりたくないと言うのか?完全犯罪も可能で、何をやっても不問にされる、夢の世界を拒むと言うのか。
「何故だ!?何故わからない!!?」
「・・・・・・」
母親は何も言わない。それが俺の怒りを募らせる。
理解不能!?理解不能!!?理解……
ぷつっと、思考が停止する。そして、全く違った考えが思い浮かぶ。
なにを理解されようと思っているんだ、俺は?別に理解されなくてもいい。知ればいいのだ。時の止まった世界の素晴らしさを教えてやればいいのだ。
「わかった。それが望みなら、犯してやるよ!」
グノー商品、『時計』を握りしめる。そして、スイッチを押す。
時よとまれ!
ギシギシと、心臓の歯車が金切り声をあげる。母親の動きがピタッと止まった。瞼一つ動かさない。
何一つ、おかしな所はない。
俺はゆっくり動きだす。
――胴体は縁。焼かれた執念。
――精神は歯車。廻る、止まる、動く、刻む。
一定のリズムを刻みながら母親に近づく。
――手足は飾り、鉄くずの支え。
――顔の部品はただの付属品。
「気持ち良いか?感じるんだろう?」
乱暴にいじる俺には何の反応を示さない。
――話し相手は誰もいない、
――問いかけても流され続ける。
美紀の時を所々で動かし、自分の置かれている状況を逐一把握させる。知らない間に犯されている身、目を覚ませば全身精子まみれにされようと、身体が疼いて逸物が欲しくて喉をならそうが、表情には絶対に見せない。
美紀がどんな気分なのかまったく読めない俺は、再び時を止めていじり倒すことだけしかできない。焦りを覚え、扱いも乱暴になる。
「真奈よ、動け!おまえも母親に素晴らしさを伝えろ!」
「はあい」
再び動き出した真奈は、うずく身体を必死に引きづり、美紀の元へたどり着くと、乳首へ吸いついた。時を動かす。娘の顔が目の前にあり、美紀は驚いていた。
「真奈!……やめなさ――っ!」
真奈の撫でらかな手つきに身体を震わせる。快楽は少女をここまで艶女にするのか。俺も参加し、下の口に指を差し出す。
恐怖とは裏腹に膣の中は既にぐちょぐちょだった。
「言えばいい。身体は正直だぞ。快楽に身を任せろ」
「―――――」
何故だ。
美紀は俺の問いかけを絶対に服従しない。こんなことは一度もなかった。
俺の営業に失敗はなかった!!
――常に一人身。他人など無感傷。殺人を繰り返す鬼と変わらない。
――故に時を刻み続けるだけの存在に成り果てた廃棄物。
――この身体は時計で出来ていた。
[7]
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
結局美紀は俺を拒んだ。逝きっぱなしの身体で精神がズタボロになっても、俺には一度も頷いてくれなかった。
「何故だ?何故知ろうとしないんだ?」
時の止まった空間で、俺は本音を漏らした。誰にも聞かれたくなかった。しかし、俺は美紀を止めていなかったようだ。首を動かし、瞳を向けて静かに呟いた。
「私には……要らないの……」
その瞬間、俺は全てを悟ってしまった。
ああ、そうか。俺はただ、押し売りをしていただけなんだ。
営業マンとして勤めていくうちに、業績と成績だけが俺の生き甲斐になってしまった。そしていつしか、目標と目的が入れ替わってしまった。
グノー商品が素晴らしいから売ろうとしていた俺は何時しか、
売る方法がグノー商品になっていた。
俺は時を止めていない。時計は時を止められないから。
――ガチャ
急に扉が開かれ、外から男性が入ってきた。
「警察だ!」
時は動き始めたのだ。グノー商品『時計』もまた時を刻みだしていた。警察は名も知らないサラリーマンが親子を襲ったのだと悟るだろう。
手錠がかけられ、パトカーに乗ったところでようやく滾った血液が冷めていくのを感じる事ができた。
襲い来るだるさ。身体の重さが眠気を誘う。
まるで、俺の中の鬼が眠っていくかのように。
「ああ……これで……」
社会の秩序を乱せば法的に罰せられる。当然、エムシー販売社にも飛び火が来るだろうが、当事者の俺もしばらくは社会に復帰することはできないだろう。
でも、それでいい。
これで俺は、人間に戻れる。
[エピローグ]
ピピピピ……
俺の部屋に置いてある目覚まし時計が鳴っている。止めてなかったのか?
いや、よくよく考えると、俺は昨日目覚まし時計なんかかけただろうか?
何故なら昨日、俺は――
「――はあっ!」
布団から飛び起きる。ベッドの上で俺は現状に汗をかいていた。
柔らかい布団。
温かい毛布。
そば枕を使用した俺の寝具すべてが非日常。
「どうしましたか?会社に遅刻してしまいますよ?」
グノー商品『時計』を持ち、俺の机に寄りかかって光景を眺める握出が優しく声をかける。
そうか、そういうことか。
グノー商品『時計』。その中の機能、『目覚まし』。体内時計で好きな時間に相手の意識を起こすことができる。
俺の現実は夢となり、
俺の夢は幻想となる。
会社を辞めると言う俺の夢は幻想に消え、
会社から辞めることすら出来なかった。
俺はもう、握出から逃げられない。
< 続く >