グノーグレイヴ2 第五話

―第五話 予兆の魔道士センリ――

[0]

 握出が目を覚ますと、隣で微笑んでくれる女性がいた。彼女は握出の寝顔がおかしかったのか、握出がはっきりと意識を覚醒するまでずっと笑っていた。

「おはようございます、握出様」

 朝の挨拶。握出はパジャマを脱いでスーツに着替える。グノー商品が遂に動き出したのだ。商品があるなら商品周りをしなくてはならない。営業が出来ることを、握出はなによりも喜んでいた。

「んん。今日の予定は?」
「はい。14時から東京セラフィー社と打ち合わせとなっております」

 東京セラフィー社……カメラなど精密機械の会社である。

「んん、大手と契約が出来るとは、どんどんエムシー販売店も軌道に乗り始めましたね」
「はい。これもまた握出様のお力によるものです」
「いやあ、出来の良い秘書が付くと仕事もはかどるものです。これからも頑張って下さい」

 ポンと肩に手を置くと、彼女は顔を赤くして喜んでいた。

 部屋から二人仲良く出るのをジャッジメンテスとツキヒメが見ていた。ツキヒメの視線が突き刺すように握出を見る。それを察してか、ジャッジメンテスが声をかけた。

「気になっていましたけど、彼女はどなたです?」
「秘書として雇いました、センリちゃんです。電話対応も即なくこなす事務的役割です」

 確かに、エムシー販売店が始まってから家に電話がかかってくることがしばしある。何度か鳴ると電話が切れるから誰も今まで取らなかったが、なるほど、彼女が電話対応していたのだ。

「センリです。よろしくお願いします」

 可愛い声と笑顔で頭を下げる。ロングヘア―が彼女の表情を隠した。

 その時、ジャッジメンテスの脳裏に名前が同じ人物の顔を思い出させる。

「えっ?あっ、何処かで見覚えが――」

 センリ……相手の行動を千里先まで読む正義の使者。攻撃力も防御力もない分、強力な魔術で相手に絶対的勝利を突き付ける彼女だが、それは、彼女が人の未来を――

 ――あと少しで彼女のシルエットが暴かれる。そこでジャッジメンテスの脳裏にあるセンリという人物は消えてしまった。

「そんなわけないか。うん、よろしくね、センリさん」
「?」

 先程の慌て様が嘘のように、ジャッジメンテスはセンリに向けて同じように微笑み返した。

 そんなやり取りを、ツキヒメは隣で不思議そうな表情で見ていた。

[プロローグ]

 現代は何が起こるか分からない。未来へのリスクを極力回避するために予測をし、予定を立てる。
 他人と同じ位置に立つ必要はない。人より先に歩き続けた者が勝つ。競争と名の付くもの全てに於いて立ち位置は自分が決めていい。毎日開催されるスポーツ大会。42.195㎞を誰よりも先に完走したものが勝利者。
 だが、その実態は障害物競争。脱出不可能の網に絡み取られ、24時間という制限にリタイヤを余儀なくされる。血走った目、焦りがさらに未来を単調にする。

 ――現実とは酷も冷静に見渡さなければならない。
 燃える展開も、熱い台詞もまったく必要ない。

 42.195㎞も実際に走る距離も決まってなく、毎日開催されるスポーツ大会も永遠に走り続けなければならない一つの騙し絵だと気付かされる。
 冷静になると言うことは、社会は理不尽であることだと自覚し、不条理に逆らうことが堕落であることに矛盾を感じる。
 それでも、自身を守る方法であることに変わりはない。自分の立ち位置は自分が決める。未来には唯一の救いが含まれているから。

 ――未来とは現在の予定調和。
 未来を管理する予兆の魔道士―センリ―

[1]

 気付かない間に仲間が増えていた。
 秘書センリ。握出が一目置くスケジュールの管理人。人は忘れてしまう。だからメモをとり、忘れないよう対策をする。
 握出が物事を忘れるとは思えないが、もしもの為の補助的役割を担っているのかもしれない。
 いいや、それ以外にも――

 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

 ツキヒメが夜な夜な町を徘徊し帰ってきた時の話だ。皆が寝静まった中、握出の部屋だけ電気が付いていた。ツキヒメがこっそりと目を覗かせると、

「んああ!握出さまぁ」

 センリが握出に馬乗りになって喘いでいた。二人は裸だ。当然、センリの膣に握出の逸物が刺さったうえで握出は腰を動かしていた。

「んん?此処が良いんですか?ならもっと突いてあげますよ」
「きゃあああ。凄い!お腹の中でゴツゴツと子宮を突かれるぅぅ!」
「私も気持ち良いですよ。どの女の子よりも相性がいいのかもしれません」

 センリも上で跳ねることでさらに快感は倍増する。二人の意気が合っていることを見せつける。

「握出さま!あくでさま!!わたし、いきます、いっちゃいます!!!」
「私も、いきますよ!!ウホホホホ……」

 これ以上ツキヒメは見ることが出来なかった。そう、握出にとってみれば正義の使者であった三姉妹は『敵』だったのだ。いくら可愛がってもらっていたとしても心までは絶対に許されるものじゃない。
 それは無意識に感じ取るもの。水に溺れた者は泳ぐことが苦手になる。コンプレックスと言うものだ。
 いくら握出がそうじゃないと言っても、いつかきっと心のどこかで三姉妹を拒絶する。その日が怖いから。
 ツキヒメは再び静かに外に出て、再び町の女性たちを魅了していくのだった。

[2]

 握出がいびきをかいて眠る。その隣で眠っているセンリだったが、カーテンの奥で黒い影が落ちた瞬間、目を見開いた。カーテンが窓を開ける前に風に揺れ、来客が訪ねてきたことを知らせる。音もたてず歩くセンリがカーテンを開くと、窓の奥に採魂の女神―ブリュンヒルド―が月に映えていた。
 窓を開けるとブリュンヒルドが室内に侵入し、握出の寝室に訪れた。暗闇の中で白い鎧や翼は幻想的だった。センリは床に片膝をつき、ブリュンヒルドに忠誠を誓う。

「ことは順調に運んでいますか?」
「はい。介入に本当に苦労しましたが、今日の午後6時を以って、上級悪魔は死亡します」

 センリの口から衝撃の一言が発せられる。握出はなんと、未来の管理者によって死を予言されていたのだった。そんなことも知らずに高いびきをかく握出。一度センリが耳触りのように不快感を示した。

「それとも、今この場で仕留めますか?」
「良い。センリの力が本物なら、誰の手を汚すこともないでしょう」

 ブリュンヒルドでさえ常に大鎌を持っている。今ここで息の根を止めることは容易い。だが、ここはセンリを信頼し、センリの力を以って悪魔を倒す。
 ブリュンヒルドがセンリを信用していることに、センリ自身大変光栄に思った。

「未来で決まったことは変えられない。さようなら握出。新世界のもとに還るのです」

 センリの中で本日が最高の一日になることも決まっていた。待ち望んだ日、マスターですら喜んでもらえるだろう。

「でも、残された正義の使者はどう対処いたしますか?」
「愚門ですよ。もう一度絆を繋ぐことからやり直しましょう。あの子たちも私の娘ですから。今は敵同士でも、必ず目指すべき道は一つに繋がります。だから、センリも仲良くしてあげてね」
「でも、お母様。みんな私に冷たい目を向けるんです。……悲しいです。力を使っていいですか?特にヒルキュアは弱い癖に生意気です。一度冥界に連れ帰り、再び強化した方がもっと多くの方の役に立つのではありませんか?」
「すねないで。悪口を言っちゃダメですよ。……センリには、お母さんがいるから淋しくないでしょう」
「そうですけど、お母様――」

 センリの愚痴が止まらなくなる前に、ブリュンヒルドが優しく包み込む。娘に抱く母親の頭が月光に照らされセンリの心境は感極まった。

「今はこんなことしかできないけど、帰ってきたらいっぱい愛してあげるからね。お母さんと、マスターが」

 優しい声にセンリは自然と頬に涙が流れた。ブリュンヒルドを抱きしめると、声無く泣いた。

「……うん、早く帰りたい。仕事、大変だよ……」

 センリはボロボロだった。秘書と言う仕事、敵の握出に始終付き添うことはなくても、考えていなければならないのは心が折れ、さらに身体を喜んで差し出さなければいけない事に耐えられるはずがないのだ。
 今すぐにでも連れて帰りたい。でも、母の感情をぐっと我慢して、娘を置いて帰らなければならない。窓から身を乗り出して舞い上がる姿をセンリは泣きながら見ていた。

「おかあさん!」

 そんな声で叫んだら誰かが起きてしまうかもしれないでしょう?と、声にも出せず、センリを振り向くことも出来ずに夜空に消えていった。
 早く帰ってきてほしい、あと一日の辛抱で全て終わるのだ。
 待ちに望んだ一日は、ブリュンヒルドにとって一番長い一日になった。

[3]

 朝になれば一日の仕事が始まる。何処からか響く朝のチャイムに目を覚まし、握出たちの朝食の準備に取り掛かり、遅れて皆が目を覚ます頃には食器を並べて終わらせていなくてはいけない。皆が食べ終わるのを待って、使用した食器を洗浄機の中に入れ、食器を拭いて元あった食器棚に返す。
 そんな事をしている内に今度は握出が出かける時間になる。朝から大忙しに働くセンリである。鞄を手渡し、身だしなみを確認して、ようやく握出は靴を履いた。

「では行ってきますよ。帰りは何時になるんです?」

 そんなことまで握出は尋ねる。センリは知っているから答える。

「はい。6時です、握出様」
「そうですか。じゃあ帰った後はまた楽しみますかね、グフフフフフ……」

 如何わしい笑みを浮かべる握出にセンリは赤くなって俯いた。
 ――と、その時、玄関ドアが一人手に開いた。外からツキヒメが帰って来たのだった。

「あらっ?」
「おや、朝帰りとはいけませんね。仕事をしていたと言うなら許しますがね」

 握出のに答えることもなくツキヒメが玄関ドアから手を放すとそのまま倒れこんでしまった。どうやら様子がおかしかった。

「マスター。私……」

 握出がツキヒメの頬を触る。やけに熱かった。

「熱がありますね」

 そう、ツキヒメは風邪をひいていたのだった。握出が侮蔑に笑った。

「正義の使者も風邪をひくなんて興味津々です。っと、早くしないとお得意先を待たせてしまいます。センリちゃん、行ってきますよ。ツキヒメ、静かに寝ているのですよ」

 握出がツキヒメから手を引いた、と、ぐいっとツキヒメが握出のスーツを引っ張った。何事かと思いツキヒメを見ると、涙を浮かべ、今にも泣き出しそうなツキヒメがいた。

「行かないで、マスター……」

 直接ツキヒメが握出に甘えることはなかった。いきなりツキヒメの願いを言われるが、

 ――男には行かねばならない時と場合がある。

「おこちゃまですね。いつから甘えん坊になってしまったんです?」

 握出は笑いながら玄関ドアに手をかける。

「マスター!いや、行かないで!行ったら、ダメ」
「ん?なにを――」

 よくわからないが、ツキヒメは何かを訴えかけようとしていた。センリはツキヒメを抱きかかえて握出に伸びた腕をぐいっと引きとめた。ツキヒメの腕は空を切り、握出に届くことはなかった。

「握出様。お時間が迫っています。早く行かないと」

 センリが忠告すると、握出も自分の時計で時刻を確認する。

「そうですね……。ツキヒメ。あまり大人の世界に首を突っ込んじゃいけませんよ。子供は言う通りに寝てなくちゃいけないのです」
「マスター!」
「いってきます」

 ――バタン
 扉が閉まり、握出の姿が閉ざされる。何故か知らないけど、ツキヒメは本当に子供に戻ったように、その場でわんわん泣きだしてしまった。

「さあ、ツキヒメ様。お二階に行きましょう」

 センリに引っ張られるように自室に戻る。ベッドまで到達したときには、ツキヒメは熱と精神的疲労から意識を失う様に眠りってしまっていた。

[4]

 布団を干し、洗濯物を干し、部屋の掃除をした後で正義の使者―デモンツールズ―の昼食を用意する。これが午前の仕事。午後も干した洗濯物、布団の回収、ベッドメイキング、買出し、お風呂の清掃、夕食の支度、等々……
 考えるだけで、よくやってきたとセンリは自分を褒め称える。

「はあ、疲れた」

 掃除機をかけている最中で一呼吸を置く。

(それも、今日で終わることが出来る)

 たったそれだけで、一日を頑張れる。と、掃除が終わった廊下で、フォックステイルがお菓子を食べながら歩いていた。普段ならどうってことないことなのに、今日に限ってセンリは我慢できなかった。
 掃除機をとめると、センリは懐から『ある物』を取り出した。

 ――「もう、いいですよね?力を使っても」

 それはスケジュール帳、日記まで書けるセンリの力だった。

 ――「だって、ここにいる者は皆、私のしもべですから」

 そこには握出のスケジュール帳以外にも、真っ白に彩られた正義の使者のページがあった。予定がある使者もいたが、センリは予定を掻き消すとさらに書き込みをしていった。

 『ジャッジメンテスが掃除を手伝う。
 フォックステイルがおままごとを片付ける。
 ポリスリオンが自宅警備を始める』

 書き込むとすぐにくつろいでいた三人に影響を与えた。ジャッジメンテスがセンリの元まで来ると、

「あの、センリさん。いつもお仕事大変でしょう?私もなにかお手伝いしましょうか?」
「いいんですか?じゃあ掃除機をかけて頂けますか?」

「はい、わかりました」と返事をして掃除機をとりあげると、センリの変わりにかけ始めた。ジャッジメンテスだけじゃない。

「遊んだら片付けるのは当然のことじゃ」
「こらっ、フォックステイル。あんた火の元から目を放したでしょう?火事になったらどうするのよ!」

 三人がそれぞれの仕事を手伝っていた。見る見るうちに掃除が終わっていく。センリは心の底から微笑んだ。

「皆でやると、本当に速いですね」
「んん、どうしてこんなことをやりたくなってしまったんじゃろうか。これは――」

 『フォックステイル。今考えることをやめて夕食のことを考える』

「そうじゃ。母上。今日はハンバーグが食べたいぞ。おろしがたっぷりかかっている和風ハンバーグじゃ」
「デミグラスソースじゃなくて良いの?」

 ジャッジメンテスに話しかけているフォックステイルは先程のことをすっかり忘れてハンバーグで頭をいっぱいにしていた。

 『必ず偶然が起こる未来日記―ア・ダイアナ・ダイアリー・ディクショナリー―』。
 ――力を道具に宿したセンリ専用道具が白いオーラを纏っていた。

 怪しく笑うセンリに、ポリスリオンが不思議に思った。

「なにを書いていたの?」
「スケジュール帳です。皆さまの時間を管理させていただきます」
「へっ?時間?」

 ポリスリオンがなにを言っているのか分からず一瞬戸惑った。それが可笑しくてさらにセンリは高く笑った。

「こんな会話に何の意味もありません。どうせすぐに忘れてしまうのですから」

 なにかがおかしい正体に気付く。ポリスリオンが剣を取る。

「あなた――!!」

 目の前にいるのは敵だ。握出や正義の使者―デモンツールズ―を倒しに潜伏していた、かつての同胞。

「予兆の魔道師―センリ―。新世界の名に於いて障害を排除します」

[5]

 ツキヒメが勢いよく目を見開いた。汗が身体中から滝のようにかいており、水分をなくしたように喉がカラカラだった。

「うう。気持ち悪い……」

 夢を見た。悪夢だった。正義の使者が悪夢を見ると言うのは人が見る悪夢よりずっと吐き気が込み上げてくる。

 いっそ悪魔になれれば、悪夢すら夢見心地になれるのではないかとツキヒメは思う。

 一階に下りてリビングに向かう。きっと皆が夕食の話で盛り上がっているに違いない。

 リビングへ下りると惨劇だった。ポリスリオン、ジャッジメンテス、フォックステイル。家族が全員血だらけで倒れていた。

 叫び声をあげることもできない。渇いた喉がさらに渇きを訴える。それでも生存を確認するため血の池に足を突っ込み、ジャッジメンテスに声をかける。

「お姉ちゃん!なにがあったの?」

 微かに意識がある。ジャッジメンテスがうっすら目を開け、ツキヒメに訴えかける。

「ツキヒメ……に、逃げて。彼女には勝てない」
「彼女?だれのこと?」
「忘れちゃったの。ごめんなさい。……でも、誰かいたことだけは覚えているの。そいつがわたしたちを操って、同士討ちにさせたの。私もなんでこんなことしちゃったか分からないの」
「同士討ち?」

 かつてフォックステイルの搭で同士討ちをした記憶を思い出す。前回は自ら望んで争った分、情けや手加減を加えた部分があったと思う。だからツキヒメは生きて帰ってこられたのだ。だが、今回は全く容赦した形跡がない。ポリスリオン、ジャッジメンテス、フォックステイル。ツキヒメが比べると全く歯が立たない三人が、
 本気で殺し合いをしていたのだ。
 フォックステイルの炎を受けたポリスリオンが重症のやけどを受けていたり、ジャッジメンテスがポリスリオンから受けた剣で斬られていたりしている。この場にツキヒメが居たら、間違いなく殺されていただろう。寒気がして真っ青になる。

 ジャッジメンテスがツキヒメにある物を手渡す。それはなにかの紙きれだった。

 『ポリスリオンがジャッジメンテスを倒す』

 まさに、現在を暗示した悪魔の一文だった。

「この紙……」

 ツキヒメに見覚えがあった。でも、誰が持っていたのか、急に靄がかかり始めたように霞んでしまった。

「いい?今度もし私があなたの前に立ち塞がったら、それは敵よ。手加減はいらないわ。逃げても追ってくると思うから、必ず倒しなさい」

 ジャッジメンテスがはっきりと言う。未来は想像できない。故に怖い。

「ど、どうしてそんなこと言うの?お姉ちゃんが敵になることなんてないよ」
「わかるの、私には。あいつは力がないから、誰かを闘わせないといけないのよ。そのためにきっと私たちの誰かを使ってくるわ」
「でも、そんな――」

 ツキヒメが混乱して涙を浮かべる。ジャッジメンテスだけじゃない、ポリスリオン、フォックステイル誰が襲ってきてもツキヒメは戦えない。今まで仲良くやってきた分、手を出すことなんて出来る筈がないのだ。それが誰かに操られていたとしても、ジャッジメンテスはジャッジメンテス―ツキヒメのお姉ちゃん―に変わりが
 ないのだから。一度微笑んだジャッジメンテスがゆっくり目を閉じた。

「……マスターが心配だわ。早くマスターと落ち合いなさい。マスターだけでも守ってあげないと、正義の使者が聞いてあきれるわ」
「マスター」

 そうだ。相手が正義の使者―デモンツールズ―を倒したように、握出に手を出すのも時間の問題だった。一早く会わなくちゃならないはずのツキヒメだが、脳裏に蘇る記憶があった。
 握出に紹介されたセンリ。彼女の持っていたスケジュール帳と全く同じ用紙だった。

「この紙……」

 導きだした答えを自分の目で確認するため、ツキヒメは握出の部屋に入った。今やセンリと同居する部屋。そこにスケジュール帳も置かれていた。
 ツキヒメがめくる。丸文字で書かれた直筆に、内容を見るとツキヒメは目を奪われた。

 『握出紋は秘書を雇いたくなる』
「10月17日 上級悪魔と接触。秘書としての潜伏に成功する」

 日記と供に書かれたスケジュール帳には、相手の心理を描いたかのような不気味な雰囲気を醸し出した文字もあった。
 そしてジャッジメンテスが破いたノートと同じページを見つける。間違いない。名前を忘れさせたのは彼女だ。そして、三人をやっつけたのもセンリだった。
 身体があつい。熱がさらにあがったかのように全身が焼けていくのを感じる。骨が溶け、頭が鈍器で叩かれる。握出が信頼する秘書は、実は敵だったなんて誰が信用するだろうか。

(握出には絶対言えない。それこそ相手の思う壺)

 と、

「――っ!?」

 ここで、絶対に見てはいけない一文を見てしまった。

「『12月20日 上級悪魔は仕事の帰りに車に引かれてしまう。救急車に運ばれるも間に合わずに死亡する』」

 呪いのように書かれた一文が心臓に突き刺さった。

「なにを見ているのですか?」

 はっと振り返ると、センリが鋭い視線と供にツキヒメを睨み潰していた。笑顔しか見たことのない彼女が怒りを露わにしている。そして、敵意は間違いなくツキヒメに向けられていた。

「人のものを黙ってみるのは感心しません。それとも私たちの部屋にしもべであるあなた達が何か御用がありますか?」

 もう秘書という姿は剥ぎ取られた。ツキヒメが『たゆたう快楽の調合薬―ナース・エクスポートレーション―』を取り出した。

「あなた、何者?」
「私は予兆の魔道師―センリ―。新世界の名に於いて障害を排除します」

 白いマントを羽織り、高速で呪文を唱えると、ツキヒメの横にある『必ず偶然の起こる未来日記―ア・ダイアナ・ダイアリー・ディクショナリー―』は一瞬にしてセンリの手中へ戻っていた。
 立場は逆転する。未来を操る相手に正攻法は通じない。

「逃げないと――」

 背を向け逃げ出すツキヒメ。入口が塞がっても、握出が夜な夜なポリスリオンの部屋に侵入するように設置した扉を開けて逃げ込む。

 ――「逃げることは許しても、それは私の想定の範囲内」

 魔術を唱えながら『必ず偶然の起こる未来日記―ア・ダイアナ・ダイアリー・ディクショナリー―』に文字を書き込む。

「『ツキヒメが右に逃げる』」

 途端にツキヒメが右に逃げる。合わせるようにセンリは光沢の閃光―ダイヤキュート―を繰り出す。逃げた先を狙われ、さらに逃げることなど敵わない。ヒルキュアは足に直撃を喰らい、血が流れて崩れ落ちる。

「あああ……!!」

 廊下に出たはいいが、ツキヒメは動きを制限されてしまう。ツキヒメが足を引きずる速さより、センリが歩くスピードの方が格段に速い。

「計画を知ってしまったあなたを生かして握出に会わせるわけにはいかない。ここで息の根を止めさせてもらいます」

 廊下に出たセンリが再び魔術を紡ぐ。なんとか逃げようとするツキヒメは、手に持つ『たゆたう快楽の調合薬―ナース・エクスポートレーション―』をなんと自らに打った。

「んん!!」

 媚薬を体内に押し込んでいく度、ツキヒメの身体は更に煮え滾るように燃え盛る。表情は真っ赤に染まり、足から流れる血がさらに溢れ出る感覚もなくなり、勢いよく立ちあがる。

「『たゆたう快楽の調合薬』……そう、媚薬効果と一緒に一時的痛覚を麻痺させたのね。でも、そんなことして大丈夫なの?あなたの体調はボロボロです」

 センリの言った通り、立ちあがったツキヒメが再び崩れ落ちる。体調の悪さにさらに媚薬まで投下したのだ。感覚など壊れてしまっているのかもしれない。ひょっとしたら意識もないのではないかと思うくらい、ツキヒメの目は虚ろになっていた。

「そう、じゃあ私一人でも大丈夫そうだけど、皆を呼んでくすぐりの刑で殺してあげるわ」

 可愛らしい攻撃にセンリ自身笑ってしまう。お似合いとでも言わんばかりの嘲笑う目。

「『ポリスリオン、ジャッジメンテス、フォックステイル、ツキヒメにとどめを刺す』」

 階段を一定で昇ってくる三つの足音。廊下から覗くツキヒメの目に、先程リビングで倒れていた三人が映る。目には光を感じない。完全にセンリに操られている状態だった。

 『いい?今度もし私があなたの前に立ち塞がったら、それは敵よ。手加減はいらないわ。逃げても追ってくると思うから、必ず倒しなさい』

 ジャッジメンテスがかけた言葉を思い出すが、今のツキヒメには逃げることは愚か動くことすらできなかった。

「さあ、正義の使者―デモンツールズ―よ。ツキヒメを倒しなさい!感覚を壊し、使えない身体にしてしまいなさい!!」

 ゾンビのように一斉に動き始めた三人はツキヒメめがけて襲いかかる。上で押し倒し、ばたつく足を押さえ、唇を奪い、はがいじめにする。服の上から胸を揉み、また隙間から手を忍ばせツキヒメの素肌に指を撫でる。自ら『たゆたう快楽の調合薬―ナース・エクスポートレーション―』を投与したツキヒメの身体は少しでも触
 れられただけで敏感に反応してしまい、声も喘ぐことなく逝かされてしまう。
 やめて、おね、ちゃ……、
 そんなことをされると……、

 アツイ、
 アツイ、
 カラダガアツイ。
 ワタシガワタシデナクナルカンカク
 ワタシガチガウワタシニカワルカンカク
 モウトマラナイ
 モウマテナイ
 アツイ
 アツイ
 モウヒトリノジブンがアラワレル。

[6]

 センリの前で恐るべき行動が起きた。
 なにが起こったか分からない。
 ツキヒメに襲いかかった三人が一斉に動きを止め、そして、倒れ込んだのだ。
 やられた……?
 理解不能。
 そして、三人の身体を払い、そこから現れた人物は――

「あっははは。あははははははは……」

 嗤っていた。ヒルキュアでもツキヒメでもない、
 成長していた。結んだ髪がほつれると、ストレートに伸び、ボンテージ服を着た少女が立っていた。

「……あなた、何者?」
「ふん」

 センリの質問を鼻で返すと、『衝撃波―レム―』を放つ。立っていることもやっとのセンリはこの勝負の流れが変わったことを確信した。

(ありえない。予定調和が一瞬で破綻をきたすなんてこと起こるはずもない。スケジュール帳には一切書かれていない事実。それが目の前で起こっている)

「あははははははは――――!!」

 『衝動波―ノンレム―』が放たれる。壁に張り付いていないと吹き飛んでしまうくらい強い風にセンリはなんとか耐える。何が楽しいのか?彼女はただ嗤うことしかしない。

「なにをしているの?早く起きて闘いなさい!早く――」

 センリがスケジュール帳で筆を走らせるが、『衝撃波』が飛んでペンとノートを手放してしまう。拾い上げる為に一歩踏み込む――

「遅い」

 センリが顔を上げた時、彼女の顔はすぐ近くまで迫ってきていた。ツキヒメ、いや、ヒルキュア。かつて最弱と呼ばれた正義の使者が、グノーグレイヴによって進化を遂げた。

「私の名は『快楽の女王―リリス―』。さようなら、センリ。永遠の夢で快楽に生きろ」

 ドスッと、爪を心臓に突き刺さられる。

「ぐあああっ――!」

 血が吹き出ることはない。何かが体内に注入されていく。
 『たゆたう快楽の調合薬―ナース・エクスポートレーション―』ではない。これは、この眠気は――。

 ――「『たゆたう快楽の睡眠薬―ジ・エンド・オブ・ホワイト・アルバム―』。どうか安らかな快楽を」

 リリスが爪を抜く。五つの斑点がセンリの身体に浮かぶ。両膝をつき、両手を床にくっつけ崩れ落ちる。
 眠い。急激な眠気がセンリを襲い、視界が狭まる。

(こ、ここで、眠るわけにはいかない。ここで寝たら、どうなるか分からないから)

 センリを震え立たせるのは恐怖だった。寝たら最後、目を覚ますことはないかもしれない。目の前に立つ『快楽の女王―リリス―』を前にセンリは眠ることなど出来なかった。
 床に転がっているノートを拾い、自己催眠を賭ける。

「『センリは一時間なにが起こっても眠ることはない』」

 そう書くだけで本当に眠気は消えていき頭が冴えてくる。

「快楽の女王といえど未来を予兆する私に勝てるはずがない!」

 『必ず偶然が起こる未来日記―ア・ダイアナ・ダイアリー・ディクショナリー―』に書かれた事実は全て反映されるのなら、状況は何も変わらない。

(快楽の女王?眠りも誘えない夕刻に挑んだのが間違いだったわね!!)

「『リリスは自分で爪を突き刺し自害する』」

 そう日記に書き残す。途端に快楽の女王の身体がくらっと動いた。効果が発揮されたのか、リリスの爪が高く振り上げられた。そのまま心臓に突き刺せば、自分で眠りを注入される。
 だが、
 リリスの爪は再びセンリの心臓に突き刺さった。

「ガハッ!!」

 二度目はヤバい。センリの眠気が一瞬で込み上げてくる。

「ど、して……」

 センリは一時間絶対に眠ることはない。そして、リリスは自害する。
 まったく書いた内容が生かされていない。力を失ったように効果を発揮しない日記。

 眠った……

 センリは息を呑む。

「まさか……そういうことなの」
「ご名答。私が最初に行ったのはあなたの力を眠らしたの。これであなたの力は全くなくなった。そして今度こそ、あなたに快楽の夢を」

 理解しても頭に響かない。まったく聞く耳を持たない心境。目を開けていても何も見えていない。今度こそ、センリは全身から崩れ落ちた。

[7]

 センリが目を覚ましたのは握出と供に寝ているベッドの上だった。今日は何曜日で、いま何時で、あれから何が起こったのか確認しなくちゃいけない。
 頭がまだ働いていないのか、少しぼうっとしているのを承知で、センリはベッドから起き上がろうとする。そこで、がちゃっと扉が開けられた。現れた人物を見て、センリは驚く。

「握出……さま?」

 それは紛れもなく、握出紋だった。朝見た姿と何も変わらない、持たせた鞄を置くと、着替えを始める。
 おかしい。握出は本日18:00に死亡する。それは未来の決定事項のはず。今が18:00前だとしても、それでも家に帰宅することはありえない。

「なにを驚いているんです?いつものように誘ってくださいよ?」
「えっ、あっ、」

 そうだ。未来を知っているのはセンリのみ。握出にとって何気ない日常を過ごしてきたにすぎないのだ。ここで怪しまれるわけにもいかないセンリは、普段の笑顔を浮かべて握出に接する。

「今日はお風呂が先ですか?お食事が先ですか?」

 握出が振り向き、答える。

「当然、セックスが先です」
「あっ」

 握出がベッドに押し倒す。センリの服を脱がして、たわわに実った乳房を掴む。

「ひん!」
「気持ちいいですか?気持ち良くて涙が出ちゃいましたか?」

 そうじゃない。涙を流した理由。
 今日までだと思った。辛い仕事を耐え抜いて、もう性行為はしないでいいと思っていた。でも、悪夢はまだ続く。今度のチャンスは何時になるのかわからない。いや、ひょっとしたら、もう二度とブリュンヒルドの元へ帰れないのではないかと思ってしまう。

「おねがいです。もう、やめてください」
「?」
「もう、恥ずかしくて死んでしまいます……。もう、辞めさせてください」

 こんな辛い仕事は耐えられない。センリは辞表を伝える。握出は身体を起こしてしばらく考え込んだ。

「はい、そうですか……って、辞めさせてあげると思っているんですか?」
「――っ!」
「せっかくセンリちゃんという相性ピッタリの躾を持つ者と出会えたのに易々簡単に手放しませんよ。快感を二人で共有しましょうよ」

 にやりと笑い再び上から覆い被さり行為を続行する握出。センリは叫び声をあげた。

「いやあ、放して下さい!ごめんなさいごめんなさい!本当にもう許して下さい!!」
「上の口でそう言ってても、下の口は正直です。見て下さいよ、触ってないのに下からお汁が垂れてきてますよ」

 握出の言う通りにセンリの身体は敏感に反応しており、ショーツにはシミが出来ていた。

「どうして?」
「本当のことを言って楽になってしまいなさいよ」

 握出が言葉攻めするが、センリは口を閉ざして目を伏せる。握出は小さくため息をついた。

「仕方ありませんね。じゃあ私から本音を言わせていただきます!……センリちゃんの働き具合を言わせて頂いて、文句のつけどころがありません。常に私は完璧を求めていますが、辛い仕事をさせているにも関わらず笑顔を向けて精に励む姿を見て私は心打たれたのです。今まで良く頑張ってきました。仕事の辛さを私自らが癒
 してあげます。そしてこれからも私のもとで頑張ってほしいと思っています」

 センリはきょとんと握出の顔を見た。握出が伝える本音。敵とは思えないくらい優しい言葉をかける握出に、思わず目を疑ってしまった。その表情は今までの厭らしい笑みではなく、一人の営業部長の顔。逞しい働く男性の顔だった。

「あなたがどうして、新世界の悪にされているのかわからない」
「私は嫌われ者が丁度いいんです」

 でも、情に流されるわけにはいかない。センリには帰る場所があるのだ。

「私には、帰る場所があります。お母さんの元に帰りたいんです」

 ブリュンヒルドに抱いてもらうことを夢見た以上、その夢を壊さないと握出に勝機はない。握出が考えて言葉を選んだ。

「じゃあ、私の家にお母さんを招待しましょう」
「えっ?」

 とんでもない奇抜な発想にセンリは目を丸くした。

「必ずキミのお母さんを家に招き入れて、安否を気遣い、元気でやっている姿を見せます。だからセンリは私に元気に笑っていて下さい、困ったり疲れたりしたらまず私に言いなさい。娘達にも手伝わせましょう。だから、相談してください。悩みを打ち明けてください」

 センリは涙を流しそうになった。

「やめて、そんなに優しくしないで!!私は、私は――」
「……正義の使者ですか?」
「どうしてそれを!!?」
「おやっ、当たっちゃいましたか?じゃあセンリちゃんは私と敵同士だったんですか?運命とは核も酷なものですね」

 冗談交じりに笑いながらも、握出はそれ以上何もしない。手を出そうと思えばひと思いに出来る距離だ。

「どうして、なにもしないんですか?どうして――」

 分かっているのに聞いてしまう。分かっているからセンリは泣いてしまう。

「そんなに優しくするんですか?優しくされたら私、泣いてしまいます」

 センリが思っている以上に握出は優しく、弱かった。怖い存在でもなく、強い身でもない。

「不思議なものですね、正義の使者といつの間にか暮らすようになって、一緒に食事して、お風呂をはいって、眠るようになって、段々一人で生きることが辛くなってきたんです。……年を取りましたね、私も。上司として恐れられた私も、かつては人を憎んだりもしてましたが、どうでもよくなったんです。新世界が与えた影響
 は思わぬ形で私を堕落させました。千村くんとの戦いと思っていましたが、どうやら私の負けです。ですが、私は残りの生涯を静かに彼女たちと身取りたい。センリちゃん、こんな私の看護をしてくれませんか?」
「……握出……さま……」

 本心を聞いたセンリは自ら握出の胸に飛び込んで行った。正義の使者に頼らなければいけない未来を予測しているのなら、握出が敵だとか味方だとかは関係なく、センリはただ救いたいと思った。

「ごめんなさい、ごめんなさい!私を見捨てないで下さい!おかあさんに元気な姿を見せる。私、頑張って働きます」
「ありがとう、センリ」

 握出がそんなセンリの姿を見て微笑んだ気がした。
 肌が寄り添う二人。握出は静かに行動を再開する。今度こそセンリは握出を拒まない。逆に赤い顔で頬笑みを浮かべるほど握出を信頼していた。

「おや?今日は湿り具合がよろしいですね。よほど我慢してたんですか?」
「いやあ!恥ずかしい」

 口ではそう言いながらも足をエム字に開いて湿ったショーツを見せる。

「とても素敵ですよ。その誘っている仕草。どこで覚えたんですか?可愛いですね」

 握出が濡れ具合を確認してショーツを剥ぐ。足から外したショーツを置くと、奥に隠れていたセンリのピンク色のおまんこが露わになる。センリも恥ずかしそうにしながら、両手をおまんこに宛がうと、ヒダを広げて入口を見せつけた。

「握出さまと一緒に、気持ち良くなりたいんです」

 センリの言葉通りにおまんこは握出の逸物を欲しがるように涎を垂らす。

「いいですよ。素直な子は私大好きです。全身から気持ち良くなって下さい」

 握出も逸物を取り出し、センリの膣に突き刺した。その瞬間、センリは普段以上に身体をのけ反った。

「きゃあああ!凄い!すごい!!」

 壁を擦る度に身体が熱くなる。今まで感じたことのない電流が放出されており、センリは涙を流して悦んだ。

「全身性感帯ですね。ビクンビクン跳ねちゃってる」

 握出が腰を動かす度にセンリは跳ねる。今まで心のどこかで握出を拒んでいたものが、今回は純粋に受け入れている。その違いで身体全体が痺れているのだと思っていた。

「ひいやああああ!!しゅごい!!あくでしゃま!あくでしゃま!!」
「心が悦んでいるのです。こんな感覚味わえるなんて相当な身体の持ち主ですね。当然、嬉しいですよね?」
「うん、うれしい!!きもちいい」
「この感じを味わっていたいですよね?」
「はひ!もっと、もっとちょうらい」
「なら、あなたも今日から私の部下です。『夢魔―サキュバス―』。あなたの力で全ての住民を発狂させた奴隷に変えましょう」
「ひゃい!ひゃい!!」
「でます!受け止めて下さい!」
「あっ、あああああああああああああ!!!!イクウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥ!!!!!」

 握出の精子を受け止める。一滴も残さぬよう、最後まで握出の逸物を締め付け、絞りだす。握出が逸物を取りだしたときは、センリは幸せそうに微笑みながら気を失っていた。
 栓の抜けたおまんこから精子と愛液がとろけるように流れ落ちた。

「……まあ、このくらい言っておけば大丈夫でしょう。やれやれ、正義とは手のかかる娘ばかりですね、千村くん。ですが私がちゃんと調教して、次に千村くんに会う時は必ず私好みの艶女に仕立て上げておきますよ!楽しみにしていてください、うひゃうひゃひゃひゃひゃ!!!!」

 『亡き営業部長の座―ウソエイトオーオー―』ではなく、本当のウソ。上辺だけの言葉並びをまんまと信じたセンリは、すっかり握出の部下になってしまった。その事実をセンリが知ることはない。センリが意識を失うと同時に見ている夢が終わろうとしていた。

「これで如何ですかな、リリス様!?後は任せましたよ?」

 夢の住人握出と供に、ウタカタの夢は終わる。

[8]

「ハア……」

 夢の中でセンリの快楽を喰う度にリリスは何とも言えない満腹感を味わう。震えるほどの美味が気持ちいい。リリスと成った今、本当に悪魔と成ったからか、栄養が他と変わったのかもしれない。食事ではなく栄養摂取。食卓ではなく生贄献上。そう思うようになるにはリリスは早すぎた。

 ――ドックン

 再び身体が焼ける様に熱くなる。悪魔―リリスーから吸血鬼―ツキヒメ―へ戻ろうとしているのだ。
 爪も鋭さが無くなり、大人の艶やかさも子供の大人の真似へと変貌していく。

「この身体じゃ限界ね。次に現れるのは何年後になるのかな?」

 この物語は番外編。ツキヒメの力はきっと誰にも語られることはない。

「でも、いいや。今だけは、私の――」

 そこでリリスも気を失ったのだった。

 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

「うん……」

 柔らかい感触が背中から感じる。見慣れている天井。お気に入りの布団と枕。ツキヒメは自分の部屋に戻っていたことに気付き、顔を起こす。
 今まで自分が何をしていたのかすら覚えていない。熱にやられて全てを忘れてしまったようだ。

「おや?目を覚ましましたか?」

 顔を向けるとすぐ傍で握出が手ぬぐいを水で絞って看病してくれていた。

「マスター!どうして?」

 握出がぴくっと反応する。

「風邪をひいた娘を心配して早く帰ってきたら……この親不孝者!!」

 濡れ手ぬぐいを投げられ、ツキヒメの顔に直撃する。べちょっと良い音がしたまま濡れた顔にくっついて離れない。
 …………違う。
 ツキヒメは手ぬぐいの裏で泣いていた。肩を震わせ、声を殺して必死になって涙をぐっとこらえていた。

「だって、わたし、わたし……」

 ヒルキュアの頃から一度も優しくしてもらったことがなかった。誰かの為を思うということは、自分を殺すと言うことだ。正義を名乗る以上、自分を絶対に隠さなくちゃならない。熱にうなされた、風邪をひいた。そんなこと、正義の名のもとに絶対に表立つことは許されない。
 体調管理が不十分と叩かれ、役不足と罵られる。ヒルキュアは偽物だとレッテルを貼られてしまう。
 だからツキヒメは闘った。自分―ヒルキュア―と闘った。誰かが理想とする自分―せいぎのししゃ―と闘い続けた。そして、負けたのだ。その後握出に飼われたのだ。それでいいと思ったから。
 救済天使―ヒルキュア―とは自分にとって重荷だった。吸血鬼―ツキヒメ―と呼ばれた方が楽になれた。
 頑張りすぎなくて良くなった。自分を見失わなくなったから。
 握出紋が救ってくれた。上級悪魔という世界から溢れ者にされている者に救われるなんて誰が思うだろうか。
 世界を敵に回しても一人で戦おうとしている握出の姿勢こそ、ヒルキュアは憧れたから。
 正義とは絶対に自分を裏切らなければならない。ツキヒメは裏切り者だった。

「ああ。泣かない。泣きたいことなんてこれから多くあるんですから。今は元気になることを最優先に考えなさい」
「はい、マスター」

 おでこに手をあてて熱の状態を確認する。握出の冷たい手がツキヒメには気持ち良かった。またこれでしばらく眠れそうだ。
 次に目を覚ました時には熱もなくなっているだろう。また夜に握出と徘徊する日が訪れるだろう。

 まるで今日、一日が全て夢だったように。

 まさに夢心地。今しか言えないことを伝えよう。部屋から静かに出ていこうとしている握出に、

「マスター……大好き」

 握出は一度止まると、ツキヒメへ振り返った。ツキヒメは既に寝息を立てて眠っている。子供のように陽気に素直に純粋に。

 大人の汚さを知らずに。

[エピローグ]

 握出には今日の出来事を粗方知っていた。正しく言うなら予測できていた。センリが現れてから握出の行動を射抜くような視線を感じており、また、握出の未来に介入する者がいたのだ。それがセンリだった。
 未来日記はずっと握出の部屋に置いてあった。センリの性格上一か所に置くことにきっちりしているからか、それとも置きっぱなしにする性格なのか。握出は未来日記を見る機会が頻繁にあった。

 12月20日 上級悪魔は仕事の帰りに車に引かれてしまう。救急車に運ばれるも間に合わずに死亡する。

 少し力を抜いただけで浮かび上がってくる文字。これがセンリの意志だと知って笑いが込み上げてきた。
 未来日記の通りに行動するほど楽なものはない。未来に起こることは必然ではなく偶然である。不幸な事故があったとしても決して必然と受け取る人はいない。偶然と取ることによって人は悲しみから救えるのだ。必然は回避することは出来ないが、偶然は意識次第で回避することが出来る。

 ――つまり未来日記とは、無意識下に行動した結果を予測する日記なのである。

 握出は大層喜んだ。人が何気に行動する行為を操ることが出来れば、未来は『偶然にも』握出の思うままになる。結果は握出の予想よりはるかに超えたものになる。

 12月20日 15:00時、吸血鬼は体内に薬を注入し、予兆者を倒す。

 未来を示す日記には薬の存在があった。握出は作った。体内を高血圧にさせる毒薬を。未来を変えるためには、凄まじい行動力が示された。寝る暇を惜しんで完成した薬をこっそりと忍ばせた。
 そして、握出は手を汚すことなくセンリを倒した。

 未来を予測する。無意識で人が進むべき行動。それは一種の夢遊病だ。空を飛んでいるような感覚に近いのかもしれない。
 いま、ツキヒメは大空を羽ばたいているに違いない。その笑みが何よりの証明だ。

「おやすみ、良い夢を――」

 バタン。
 扉は静かに閉められた。

< 続く >

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