黄金の日々 第1部 第7話 後編

第1部 第7話 後編

 教会、アンナの部屋。

(なんだって?あの特務室の女がリディアの部屋を?)

 午前中のうちに早速、シトリーにピュラから報告が入る。

(はい。昨夜、リディアの部屋の中を捜索していたようです)
(なぜだ?どうしてリディアのことがわかったんだ?)
(それが……。あの子がやったという証拠は残していないはずなんですが)
(だが、実際にそいつはリディアに疑念を持ったわけだ)
(はい。確かに、特務室の他のメンバーの記憶と認識が操作されている以上、何かあったことに気付かれるのは時間の問題だったのですが)
(それでも、昨日のうちにアンナに目を付けて、リディアのとこまで辿り着くとは侮るわけにはいかないぞ。で、そいつは今どうしているんだ?)
(王都特務室にいます。エミリアさんが猫の姿で監視しています)
(そうか。そいつが証拠を掴んでいるかどうかはともかく、あまり動かれると面倒だな。隙を見て捕まえるんだ。そうだな、メリッサとリディアにやらせれば大丈夫だろう)
(かしこまりました)

 ピュラとの念話を終えると、シトリーは腕を組み、真剣な表情で考え込む。

「どうかなさったんですか?」

 眉間にしわを寄せて考え込んでいる少女の様子に、アンナが気遣わしげに尋ねてくる。

「ああ。どうやら、例の特務室の女がリディアの事に感づいたらしい」
「ええっ?」
「よほど頭の回転が速いのか、それとも勘が鋭いのか……」
「それで、どうなさるんですか?」
「ああ。ちょこまか動き回られると厄介だから、できれば今日中に捕らえてリディアに処置させたいんだがな」

 本当なら、リディアにはその女を使って精神を操る実験をさせたかったんだがこの際やむを得ない。
 とりあえず、捕らえて他の連中と同じように記憶と認識を操作させれば、騒ぎが大きくなるのを防ぐことができる。
 ここまできて、自分たちのことがばれるのは絶対に避けたい。

 とりあえずは、あいつらがその女をうまく捕らえれば問題はないんだ。

 シトリーはそう考えて心を落ち着かせようと努める。
 だが、もやもやしたものが晴れない。

 邪教討伐に向かった奴らも、あと10日ほどで帰ってくる頃だろう。
 そうしたら、次は騎士団を抑えていよいよ最後の仕上げ、女王のクラウディアに取りかかる。
 それまで、自分たちのことを気付かれてはならない、特にクラウディアには。

 もう少し予防線を張っておく必要があるな。

 シトリーは腕を組んだままで、あと少しの間相手に警戒されないための策を考え続けていた。

* * *

 魔導院、王都特務室。

 自分の席に座り、レオナが見つめているのは、昨日密かに写しを取っておいた、都で感知された魔力のデータ。
 2ヶ月ほど前から、この得体の知れない魔力は度々感知されてきたし、そのことは特務室の方でも把握してきた。
 だが、異変が起きたのは昨日の朝。レオナがスラムで調査をしている間に、特務室の全員が、その魔力が感知されるのが常態であると思い込まされていた。
 いや、そればかりではない。室長のガイウスは、その魔力に関してレオナに調査を命じたことすら、まるでなかったことのようにきれいに忘れてしまっている。それは、特務室の他のメンバーも同じだ。
 百戦錬磨である特務室の全員の記憶も認識も、いとも簡単に操ってしまう。敵は、そんなことのできるくらい強大な相手ということだ。事の発端となった、感知された魔力がそれ程大きくないことが、余計に不気味さを感じさせる。

 いったい、誰が何の目的でこんなことを?

 そう自問しつつも、レオナにはその答えはわかっていた。
 特務室のみんなに何かした相手はわかっている。天才と呼ばれる、あの灰色の髪の少女だ。
 なぜ、そんなことをしたのかもわかる。特務室がこの魔力について調べることを阻止するためだ。
 だが、なぜ彼女がそんなことをする必要があったのかがわからない。そして、なぜ、このタイミングでそんなことをしてきたのかも。

 その直前にあったことといえば、室長がピュラ様のところにこの不審な魔力に関する報告をしに行ったこと。その結果、レオナにスラムへの調査が命じられたのだ。
 そして、その直後に特務室に異変が生きた。

 まさか、ピュラ様が?

 魔導長であるピュラがそのようなことをするなど、レオナには到底信じがたいことであった。それ程までに、魔導院に属する魔導師にとってピュラの存在は絶対的なものであった。
 それに、もし仮にピュラが特務室を抑えようとするなら、こんな回りくどい方法を採る必要があるのだろうか。だいいち、どうして魔導長である彼女がそんなことをする必要があるのか?
 彼女なりの必要性があってのことなのか。いや、どんな理由があったにせよ、今回、特務室の人間に対して行われた操作は、明らかに悪意が感じられる。

 そんな、ピュラ様がこの事件の黒幕なの?

 いまだに信じられないが、特務室に起きた異変のタイミングといい、その実行犯が彼女の愛弟子である少女であることといい、事件の背後にいるのがピュラであると考えないと説明ができないことばかりだ。

 いったいなぜピュラ様が?

 レオナの額に冷や汗が浮かぶ。
 今、自分の身の回りで起きていることは、この国にとって何かよからぬことだ。特務室の人間としてこれまで多くの事件に関わってきた彼女の勘がそう告げていた。

 しかし、ピュラ様の悪事を暴くなんて、そんなことができるの?

 彼女がひとりで対抗するには、あまりにも強大な相手だ。
 それに、彼女が直接ぶつかってもボロを出すような相手ではない。下手をすると、自分も特務室のみんなみたいにされてしまう。
 今まで、共に事件を解決してきた特務室の仲間も、もう頼りにすることはできない。
 いや、それどころか、仮にピュラが黒幕だとしたら、魔導院の中の誰が敵であってもおかしくはない。

 なにか、なにか糸口はないの?
 そうだ!教会!

 恐怖で竦みそうになる体を必死で落ち着けながら、対抗する術を探していたレオナの脳裡に、昨日の朝、教会で見かけた金髪の女の姿が思い浮かぶ。
 昨日の聞き取りの結果、スラムで感知された魔力にあの女が関わっている可能性が高い。そして、その女は実際に教会に存在していた。
 さらに、レオナは、教会の調査には慎重を期するようにガイウスに命じられていた。だが、ガイウスにそういう指示を出したのはピュラである。
 その理由として、教会内部を捜査するためには大主教、それが不在の現在は大主教代理の許可が必要であること、それには、確かな証拠がないといけないことが挙げられていた。
 だが、それも考えようによっては、教会に特務室の捜査が入ることをピュラが怖れていたからだとも考えられる。

 きっと、教会に何かある。
 もう、教会に手を出すのが憚られるとか言ってる場合じゃないわ。

 魔力のデータの写しを懐にしまい込むと、張りつめた面持ちでレオナは立ち上がった。
 言いしれぬ恐怖と緊張で心臓が破裂しそうなほどに高鳴っている。
 これまでずっと過ごしてきた職場なのに、周囲が全て敵になってしまったようにすら感じる。

 逃げるように、レオナは特務室から出ていく。

「はっ!」

 魔導院の門へ向かう途中、建物の陰でレオナは異様な気配を感じる。
 咄嗟に跳びすさったその足下の地面から、棘の生えた蔓草のようなものが飛び出てきたのが見えた。

「これはっ!?」

 戸惑いながらも、直感的に立ち止まるのは危険だと判断して、さらにもう一歩跳び退く。
 やはり、さっきまでレオナがいた場所を地面から伸びた蔓草が襲う。

「くっ!」

 大きくステップを踏んで避けるレオナを追いかけるように、大地を貫く鈍い音と共に次々と蔓草が襲う。
 ボコッ、ボコッ、と不気味な音を立てながら、無数かとも思えるほどの蔓草が地面から現れる。

 なによ、これはっ!?

 この蔓草が自分を襲っている魔物の本体なのか、それとも何者かがどこかで操っているのかはわからないが、照準を狙わせないようにジグザグに走るレオナ。
 確かに、周りの全てが敵のように思えてはいたが、実際に魔導院の中で襲われるのはやはりショックだった。

「はっ!」

 地面から襲ってくる蔓を避けていたレオナの体を、光る綱のようなものがかすめた。

 これは?バインドの魔法!?

 今のは、確かに魔法で作ったロープで相手を縛めるもの。
 蔓草を操っている相手と同一人物が放ったのかどうかはわからないが、地面から襲う蔓と、それとは違う角度で飛んでくる魔法を同時にかわすのは厄介だ。

「くっ、このままではっ!」

 レオナは、腰から杖を抜いて蔓草を打ち払う。
 それは、通常の魔法使いの杖のような長く曲がりくねったものではない。
 もっと短く、真っ直ぐで、魔法の発動体としてよりも武器としての実用性が高い。別に、魔法を発動させる媒体は杖である必要はない。この杖は、剣を扱い慣れていない彼女が、白兵戦を行うときのための武器として愛用している物だ。
 レオナは、大きくステップを踏んで敵の攻撃を避けながら、時に杖を使って蔓草を打ち払う。

 視界の端に、再び光の綱が映った。

「このくらいっ!」

 レオナは、大きく跳び退いてそれを避ける。

「くうっ!」

 着地した場所に襲いかかってきた蔓を、一瞬の判断で杖で受けとめた。すぐに蔓が杖に巻き付き、レオナの体を引き倒そうとする。
 咄嗟に杖から手を離し、反動でまたステップを踏んで逃げる。

 まずいわね。蔓と魔法のコンビネーションで来られたら、とてもじゃないけど逃げ切れないわ。
 どのみち、このままでは門まで辿り着けそうにないし。
 ……仕方ないわね、この場は。

 レオナは、ジグザグに逃げながら呪文を唱え始める。動き回りながら魔法を使うのは彼女の得意技だ。

 大きくステップを踏みながら、レオナは呪文を唱え続ける。

「くっ!!」

 しかし、ついに蔓草が彼女の右足を捉えた。
 棘が食い込む鋭い痛みに歯を食いしばるレオナ。

 だが、間一髪早く呪文は完成していた。
 レオナは、魔法の発動体にしている指輪を上にかざす。

 不意に、レオナの体が光に包まれ、次の瞬間、ふっと掻き消えた。
 その足に絡みついていた蔓草が対象を失って、くるくるとバネのように巻く。さっきまでレオナの体があった場所に殺到した蔓草が、虚しく宙を舞っていた。

「しまったわ。逃げられてしまうなんて……」

 レオナが姿を消した後、物陰から現れたのはメリッサだった。

「ごめんなさい、メリッサさん。わたしの魔法がもう少しちゃんと狙っていれば」

 そう言って、申し訳なさそうな表情で姿を現したのはリディアだ。

「いいのよ。リディアちゃんのせいじゃないわ」

 しゅんと萎れているリディアを慰めるように、メリッサが優しくその頭を撫でる。

「でも、お仕事に失敗しちゃいました……」
「そうね。ともかく、ピュラさんに報告して、それからシトリー様の判断を仰ぎましょう」

 メリッサが促すようにリディアの背中を押した。
 リディアはこくりと頷くと、呪文を唱えてメリッサの姿を隠す。
 そして、とぼとぼとピュラの執務室のある建物へと歩いていく。

 一方、レオナはというと……。

 ここは、スラムの外れにあるレオナの隠れ家。
 部屋の中で、光が輝いたかと思うと、レオナの姿が現れた。

「くううっ!」

 そのまま、レオナは床に膝をついてうずくまった。
 さっき、休む暇もなく敵の攻撃を避け続けたせいで息が上がっている。

「本当に魔導院の中で襲われるなんて」

 レオナは、魔法で逃げる間際、あの蔓草が巻き付いた右足を見る。
 蔓草の棘が刺さった跡から血が滲んできていた。

「もう、魔導院には戻れないわね」

 傷口をさすりながら呟くレオナ。
 不意に、くらっと目眩がした。

「あ、れ?どう……して……?」

 レオナは、急に意識が遠のいて床に倒れ伏す。
 そのまま、その体はピクリとも動かなくなった。

* * *

 夕方、ピュラがリディアとメリッサを連れて教会まで報告しに来た。

「なに?捕獲に失敗しただと?」
「申し訳ございません」
「ごめんなさい……」

 レオナを取り逃がしたという報告を受けて、不機嫌そうな表情を見せる少女。
 それに対し、メリッサは面目なさそうに頭を下げる。
 リディアにいたっては、すっかりしょげ返って今にも泣きそうな顔をしていた。

「でも、心配はいりません、シトレア様」

 そんな中で、ピュラだけがひとり平然としていた。

「心配いらないって、おまえにはそいつが今どこにいるのかわかっているのか?」
「彼女が今どこにいるかは私にもわかりません。でも、彼女が姿を見せる場所はわかります」
「どういうことだ?」

 怪訝そうに首を傾げるシトリーに向かって、ピュラは説明を始める。

「メリッサさんとリディアの話から推測するに、彼女は魔法で瞬間移動をしたものと思われます。しかし、ふたりの攻撃をかわしながら、動作を破棄して呪文のみで発動させた魔法ではそんなに長距離を飛ぶことはできないでしょう。おそらく、彼女が移動した先はこのフローレンスの街の中のどこか、たぶん特務室のメンバーの隠れ家かと思います」
「特務室の隠れ家?だったら、特務室の奴に聞けば場所がわかるんじゃないのか?」
「ことはそう簡単ではありません。特務室の人間はそれぞれが独自の隠れ家を用意しています。唯一の女性である彼女ならなおさらでしょう。そして、それは同じ特務室のメンバーにも知らされていないことは珍しくありません。その方が、大組織など、巨大な敵を相手にしたときに特務室の者が一網打尽にされるのを防ぐことができますし、連絡を取ろうと思えば、魔法を使えばいくらでもできるからです。ただ、今回の場合は、魔法で連絡を取ろうとしても、彼女が警戒しているでしょうから無理ですが」
「それでそいつが今いるところはわからないということか」
「はい」
「で、そいつが姿を見せる場所というのは?」
「それは、ここ、教会です。おそらく、9割以上の確率で彼女はここに姿を見せるでしょう」
「ここにだと?」
「そうです。彼女は、どこから得たのかは知りませんが、何らかの情報からアンナに辿り着いています。そして、魔導院ではリディアにも疑念を抱いています。その上で、今日魔導院の中で敵に襲われました。そのことから、魔導院がすでに敵の手中に落ちていると彼女は考えるでしょう。そうなると、彼女ひとりの力で、魔導院を相手にすることになります。彼女がいくら魔導院に疑いを持っても、ひとりで立ち向かうのはとてもではありませんが無理な話です。そこで、きっと彼女は他の突破口を探すことになるでしょう。たったひとりで魔導院を相手にするような無謀な性格の者は、特務室にはいないはずですから。強大な相手に無理を承知で突っ込むのではなく、できるだけ成功率の高い方法を模索する。それが特務室のセオリーだからです」
「それが、教会だと?」
「その通りです。今、彼女が疑いを持っているのは魔導院と教会です。単純に考えても、魔導院を相手にするよりも、教会を相手にした方が容易だと思えるでしょう。それに、彼女がすでに教会まで来てアンナに目を付けている以上、それはリディアが特務室のメンバーの操作をするより前に特務室室長のガイウスの指示を受けていたことによるものに違いありません。だとすると、私がガイウスに出した、教会の調査には慎重を期すようにという指示も伝わっているはずです。もし、彼女が私にまで疑いを持っているのなら、その指示を、私が、教会に調査の手を伸ばされたら困ると考えて出したものとだと彼女は考えるでしょう。彼女がこれまでの行動で見せた通り、勘や読みの鋭い人間なら、きっと教会を敵の弱点と見なして調査のために潜入してくるはずです」
「なるほどな。それでそいつはここに来るというわけか。だが、本当に他の可能性は考えられないのか?」
「限りなく確率は低いですが、ふたつだけあることはあります。ひとつは、このまま都から逃げ出してしまうことですが、まがりなりにもこの国の魔導師、それも王都特務室のメンバーともなれば、このような場合に逃亡するということは考えにくいことです。それに、もし本当に逃亡したとなれば、おそらく放っておいても問題はないでしょう。他に支援をうけるあてでもあれば別ですが、それがない以上、シトリー様が都を抑えるまでに何らかのアクションを起こすことは不可能と思われます。そして、もうひとつの可能性は王宮に直接乗り込んで今回の異変について訴えることです」
「待て待て、そんなことをされると少しまずいんだが」
「しかし、彼女程度の地位で、そこまで考えがいたるかどうか……。それに、リディアの部屋を調べていたときの彼女の様子からすると、まだ、確実な物証は手に入れてないものと思われます。今日襲われたことに関しても証拠は残っていませんし、彼女がそう主張しているだけだととらえられるでしょう。下手をすると、まともに取り合ってもらえない可能性すらあります。それに、王宮に行く方法ですが、王宮には、都に張られているものとは別な結界が巡らしてあって、魔法などによる手段で直接中に入り込むことはできなくなっています。そうなると、正面から入るしかないのですが、彼女の身分では、人目のない時刻に訪れても取り次いでもらえないでしょうから、日中、門の開いている時間にそこから入るしか方法はありません。それがわかっていれば、仮に彼女が王宮に訴え出ようとしたとしても阻止するのは容易いことです」

 そこまで言って、ようやくピュラの長い解説が終わる。

「なるほど、よくわかった。で、そいつが教会に潜入してくるとして、やはり夜中が確率が高いか?」
「そうですね、なるべく人目につかない時間帯に、それも、おそらく魔法で姿を隠して潜り込んでくるでしょう」
「それに対処する方法は?」
「簡単です。姿を消しても、よほど上手くやらないと魔法の気配を感知できます。今回はリディアに、私も加わることにします。それで間違いはありません。必ずや、彼女を捕らえて見せましょう」

 自信たっぷりに胸を張るピュラの姿を、少女姿のシトリーはまじまじと見つめる。

「どうかなされましたか?」

 訝しげに尋ねてくるピュラに、シトリーは口許を綻ばせる。

「いや、この国の魔導長をしてるだけあって、やっぱり頭は切れる奴だなと思ってな。見直したぞ」
「あ、ありがとうございます」

 シトリーに褒められて、まるで、少女のように頬をほのかに染めてはにかむピュラ。

「で、どうだ?そいつは今夜早速やって来るか?」
「いえ。それはないと思います」

 そう答えたのは、ピュラではなくメリッサだった。

「彼女が魔法を発動させる直前に、私の操る蔓草がその足を捉えていました。その棘から注入された毒によって、そのままでは彼女はしばらく目が覚めないはずです。おそらく目が覚めるのは明日の朝、それも、しばらくはふらついて行動ができないでしょうから、彼女が行動を起こすとしたら、早くても明日の夜以降ということになるでしょう」

 メリッサが操っていたのは、かつてキエーザの村でエルフリーデを捕らえたときに使ったのと同じ蔓草。その棘からは、強力な睡眠作用のある毒が滲み出てくる。その効果はエルフリーデの時に見ていたからシトリーも知っていた。

「ふんふん、なるほどな。ということは、明日の日中は相手の動きはないというわけか。じゃあ、その間にピュラ、おまえにやってもらいたいことがある」
「はい?なんでしょうか?」
「僕たちの魔力の気配は、腕の立つ魔導師なら感知できるといっていたな?」
「はい」
「で、例えば、この国の女王、クラウディアならどうだ?」
「……そうですね。確かに、クラウディア様ほどの魔導師なら、シトリー様の魔力を感知している可能性は高いです。いえ、その属性は感知できないにしても、魔力そのものは感じ取っているに違いありません」
「だろうな。僕もそう思う。そこでだ、明日、クラウディアのところに行ってくれないか?」
「え?は、はい?」

 その意図するところがわからずに首を傾げるピュラ。
 シトリーは、どうすればいいか、詳細を説明していく。

「かしこまりました。そういうことでしたら」

 説明を受けて、ようやくピュラは納得する。

「じゃ、頼んだぞ。そして、明日の夜からは特務室の女が来るのに備えてここで網を張る、いいな」
「はい」

 ピュラ、リディア、メリッサの3名が頭を下げた。
 そして、ピュラが呪文を唱えると、その姿が消え去る。

 そして、部屋の中には、アンナと少女姿のシトリーのふたりだけ。

「なんだか忙しくなりそうですね」

 そう言うと、アンナがシトリーの隣に腰を掛ける。

「ああ、少し予想外の事態だが、ピュラの読み通りならそれ程たいしたことにはならないだろう。確かに、落ち着いて考えると、たったひとりで街の中に放り出されてもたいして何ができるわけでもないし、案外これでよかったのかもしれないしな」

 腕を組んだままで、シトリーはそう答える。

「よかった、ですか?」
「まあ、今日あいつらが捕らえていればベストだったんだが。実際、魔導院を完全に制圧しているわけでもないし、あそこに潜り込んだままいろいろ探られても厄介だしな」
「それはそうですね」
「あと10日ほどもすれば、邪教討伐に向かった奴らも帰ってくるだろうし、それまでの時間つぶしにはちょうどいい。だけど……」
「どうしました?」
「いや、教会の中はほぼ抑えているにしても、そろそろ魔導院全体もこちらの駒にしていかないといけないなと思ってな。その手だても考えないといけないか……」

 そう言って、シトリーは考え込む。

「それはいいですけど、そろそろシンシア様がおいでになる時間ですよ」
「ああ。もうそんな時間か」
「今日はまた新しい子が来るみたいですからね」
「そうか、これで何人目だ?」
「確か、11人目のはずです」
「まあ、これも教会制圧のための一歩だからな」

 何気ない口調で会話するふたり。
 アンナは、教会の女子を快楽の虜にするのが楽しくて仕方がないという表情だ。

 しばらくして、部屋のドアがノックされた。
 そして、シンシアに連れられて入ってきたのは、濃い青の髪の少女。まだ20歳前だろうか、教会に入って間もないというくらいの年齢だ。

 彼女にしてみれば雲の上の存在である大主教代理に連れてこられて、緊張した表情をしている。もちろん、これから何をされるのか全く分かっていない様子だ。
 そんな少女に気付かれないように、シンシアは、シトリー、そしてアンナと妖しく微笑みをかわす。

 その夜も、背徳の調教が始まろうとしていた。

* * *

 翌朝。

「ん、んん……」

 隠れ家の床に力なく横たわっていたレオナの目がようやく開いた。

 ここは?そうか、私……。

 ゆっくりと体を起こすと、床の上に座り込むレオナ。

 私、魔導院で何者かに襲われて、それで、魔法を使ってなんとか逃げてきて。

「あっ」

 立ち上がろうとして、レオナはよろめく。
 そのまま、ベッドに寄りかかると、なんとかそこに腰を掛けた。

 くっ、毒ね。

 徐々にだが、記憶が甦ってきた。
 確か、魔法が発動する瞬間、敵の蔓草が右足に巻き付いてきて、この部屋に飛んでから、目眩がして意識を失った。

 今の時刻は?私、どのくらい眠っていたのかしら?

 レオナは部屋の中を見回す。
 窓から射す光の角度からして、朝、それもまだ早い時間帯だ。
 魔導院で何者かに襲われたのは、確か昼過ぎくらいだったはずだ。

 それじゃあ、少なくとも半日以上は眠っていたってことね。

 そんなことを考えながら、ぼんやりとベッドに腰掛けたままのレオナ。
 毒の影響か、まだ頭がふらふらするのも事実だが、それ以上に、魔導院の中で襲撃されたのがショックだった。

 いったい、何が起こっているというの?

 そうやってベッドに座っているうちに毒が抜けてきたのか、靄がかかっていたような頭が次第にはっきりしてくる。
 だが、それにつれて事態の重大さもはっきりと認識できるようになる。

 王都特務室の仲間全員の記憶と認識が、わずかな間に何者かによって操作されてしまった。
 特務室のメンバーに何かした相手はわかっている。魔導長のピュラの愛弟子である少女だ。
 そして、レオナ自身が魔導院の中で襲撃された。
 白昼堂々そんなことをされるということは、魔導院が自分の敵であるということ。
 それはつまり、魔導長のピュラが黒幕であるということ。

 でも、そんなことが……。
 これまで、ずっとそんなことはなかったのに。

 ピュラは、今まで魔導長としての務めを立派に果たし、この国の全ての魔導師から尊敬されてきた人物だ。
 それが、こんな事をするなんてにわかには信じられない。

 考えられることは、すでにピュラが敵の手中に落ちているということ。本当の黒幕は、別にいる。

 でも、いったい何者が?

 状況から判断して、敵は魔導院の上層部を手中に収めていると考えていい。
 だが、他の国ならいざ知らず、この、魔法王国と呼ばれるヘルウェティアの魔導院を短期間でいとも簡単に抑えてしまうなど、そんなことのできる人間がいるのか。
 考えているうちに、レオナの体が小刻みに震え始める。
 冷静に考えれば考えるほど、相手の恐ろしさに体が竦む。

 そんな相手に、私ひとりで?

 もう、誰も頼ることはできない。
 どんな難事件の時も共に戦ってきた特務室の仲間も、もしかしたら今頃は自分の敵になっているかもしれない。
 でも、なんとかしなければさらに悪いことが起きる。
 レオナの直感が、頭の中でそう警鐘を鳴らしていた。

 ベッドに座ったまま、ガタガタと体を震わせているレオナ。

 お願い、止まって。

 必死に恐怖を抑えようと、レオナは自分の体を掻き抱く。
 それでもなかなか震えは収まらない。

 そのまま、時間ばかりが無為に過ぎていくのだった。

 同日、王宮。

「クラウディア様」
「どうしたのですか、先生?」

 その日の朝議も終わって大臣たちも退出し、残っているのはクラウディアとピュラだけになっていた。
 女王と魔導長という立場上、廷臣たちのいる前ではピュラのことを呼び捨てにするクラウディアだが、ふたりだけになると今でも先生と呼んでしまうのが彼女の癖であった。

「ひとつ、クラウディア様に申し上げたいことがありまして」
「え?なんですか?」
「この2ヶ月の間、都の中で、正体の分からない怪しい魔力を度々感じます」
「やはり、先生も感じていたんですね」

 ピュラの言葉に、クラウディアも大きく頷く。

「ええ。そして、私はずっとこの魔力に関する調査を行っていました」
「それで、何かわかったのですか?」
「それが、魔力を発している者が何者なのか、それがどういう性質のものなのかすら、全くわからないんです」
「そんな……。先生でもわからないなんて、そんなことがあるなんて……」

 頭を垂れて力なく横に振る師の様子に、信じられないといった表情のクラウディア。

「おそらく、何者かはわかりませんが、その者は非常に巧妙にカムフラージュしているのかと。私たちにもわからないくらいに」
「そんなことかできる者がいるなんて、とても信じられません」
「しかし、実際に相手はその正体すら掴ませていません。私が感じている魔力はさほど強いものではありませんが、それすらも素直に信用してはならないと考えた方がよいでしょう」
「いったい何者が、何の目的で?」

 普段は冷静沈着で、若年ながらこの国の女王としての威厳を備えたクラウディアが、その時ばかりは年相応の女の子に見えた。
 その濃紺の瞳を憂いで曇らせ、不安そうにピュラの顔を見つめている。

「わかりません。しかし、このヘルウェティアの都でその様なことをする以上、なにかよからぬ事を企んでいるに違いありません」
「そうね。そう考えるのが妥当でしょう。それで、先生はこれからどうなさるおつもりなのですか?」
「私は何者がこのようなことをしているのか、これからも調査を重ねるつもりです。魔導院の総力をあげてでも。だた……」
「どうしたのですか?」
「クラウディア様も、充分に警戒を怠らないで下さい。何者にせよ、私たちの目をこれほどまでに欺いているのです。決して油断できる相手ではありません。相手の目的も、最悪の事態、クラウディア様が標的ということは充分考えられます」

 ピュラの言葉に、クラウディアは黙って頷く。
 その顔からは、先程までの、少女らしい頼りなさげな表情は消えていた。
 そこにあったのは、魔法王国ヘルウェティアの女王として、そして、歴代の王の中でも最高の魔法の使い手と謳われた天才魔導師として、覚悟を決めた表情。

「それでは、私はこれで失礼いたします」

 そう言って頭を下げると、ピュラはクラウディアの前を退出しようとする。

「あ、先生」
「なんでしょうか、クラウディア様?」

 クラウディアに呼び止められて、ピュラが立ち止まる。

「先生も、くれぐれも気を付けて下さい」

 その言葉には、臣下にかける主君ではなく、師を思う弟子としての心遣いが込められていた。

「承知しました。ありがとうございます」

 ピュラは、クラウディアに向かって柔らかく微笑むと、振り返ってその御前を離れる。
 その後ろ姿を、クラウディアは黙ったまま不安そうに見送る。
 その表情は、普段は決して周囲には見せないものだった。

 だが、クラウディアは知らない。
 背中に彼女の視線を受けながら、ピュラが、さっきまでの柔らかな笑みとはうってかわった、妖しく歪んだ笑みを浮かべていたことを。

 同じ頃、教会、アンナの部屋。

「あれでよろしいのですか?」

 アンナが、不思議そうに首を傾げながらシトリーに訊ねる。

「ん?何がだ?」
「ピュラ様がそんなことを言うと、クラウディア様に警戒されるだけなのではないのですか?」

 昨日の晩、シトリーがピュラに説明していたときから抱いていた疑問をアンナはぶつけてくる。

「ああ、そのことか。でも、それは実は逆なんだよ」
「え?どういうことですか?」
「今回の特務室の一件と同じだ。他の者が気付いているのに、魔導長であるピュラが気付かないというのはかえって不自然だ。そのまま黙っていると、クラウディアに不審を抱かせるおそれがある。その小さな綻びが、今回のように広がって、僕たちのことがばれることにも繋がりかねない。だから、こうやってピュラの方から報告させて警戒を促す方がかえって安全なんだ」
「でも、やはりクラウディア様が警戒すると、この後が厳しくなるのではないのですか?」
「しかし、少なくともピュラのことは警戒しなくなる。その効果は大きい。本当は、安心してピュラに任せきって警戒を解いてくれたら一番ありがたいんだが、相手もそれ程甘くはないだろう。ただひとり、ピュラのことを信用してくれていれば、それが後々効いてくるんだ」
「なるほど、そういうことだったんですね」

 説明を受けて、ようやくアンナは得心がいった様子だ。

「それよりも、そろそろリディアが来る時間なんだが」
「リディアちゃんが?」
「ああ。ピュラの読み通りだと、早ければ今夜にも特務室の女がここに忍び込んでくるはずだ。そいつを捕らえたら、リディアに新しいことをさせようと思ってな。あまり時間がないから今のうちに説明をしておくつもりなんだが。ん?」

 小さく、部屋のドアをノックする音がした。
 アンナがドアを開けても、そこには誰もいない。

「リディアか?」

 シトリーが誰もいない空間に声をかける。

「はい」

 一言返事をして、部屋の中に灰色の髪の少女が姿を現す。
 アンナが、廊下に誰もいないのを確認してドアを閉めた。

「よく来たな。じゃあ、早速説明するぞ。今回のはこの前とは違って少し難しいからな。よく聞くんだぞ」
「はいっ。わかりました」

 真剣な顔で返事をすると、リディアはアンナが差し出した椅子に腰掛ける。
 そして、何度も大きく頷きながらシトリーの説明を聞き始める。

 結局、その日の晩、レオナが現れることはなかった。

* * *

 2日後、スラムの外れ、レオナの隠れ家。

 やはり、私がなんとかしなければ。

 ようやく、レオナは決心を固める。
 これ以上時間を引き延ばすと、きっと事態は悪くなるばかりのように思えた。

 敵の正体を暴く証拠を手に入れ、王宮に駆け込む。
 状況から察するに、まだ王宮には敵の手は伸びていない。
 現女王のクラウディアは、この国歴代の王の中でも史上最高の呼び声の高い魔導師だ。
 クラウディアなら、必ずやなんとかしてくれる。レオナにはそう思えた。
 だが、魔導長のピュラが敵側にいるとすれば、ただ彼女が訴え出ても誤魔化されるかもしれない。
 それでも、敵の目的を示す証拠を掴み、それを示すことさえできれば。

 この2日間、恐怖と戦い続けながら、まんじりともせずに考え続けて出した結論がそれだった。

 クラウディア様は優れた魔導師だし、それに、あの方なら騎士団を動かすこともできる。
 あ、でも、騎士団は今、邪教討伐に行っているんだわ。
 くっ、こんな時に……。え?邪教?

 レオナは不意に考え込む。
 この2日間、ろくに眠ることもせずに考え続けて、剥き出しのナイフのように研ぎ澄まされていた彼女の直感に引っ掛かるものがあった。
 それは、2ヶ月ほど前に都を騒がせたある事件。

 レオナは、感知された魔力のデータを引っぱり出す。

 やっぱり……。
 確か、邪教騒動が起きたのは2ヶ月前。そして、得体の知れない魔力が感知され始めたのもその直後からだわ。

 辺境の村が邪教徒に占拠されたというニュースが都の中を駆け巡った時期と、都の各所で正体不明の魔力が観測されだした時期はちょうど一致する。

 そういえば、その時に救出されたという村の司祭がいたわね。確か、女の人だったはず。

 レオナは、アンナとは面識がない。
 だが、頭の中に思い浮かぶのは、スラムで目撃されたという、そして、教会で見かけた、あの金髪の女。

 実は、あの女はすでに邪教徒の手先になっていたとしたら?
 そうだとすると、まさか、邪教の話をして討伐隊を向かわせたのも、騎士団を都から引き離すため?

 レオナの頬を、冷や汗が一筋流れ落ちる。

 と、とにかく、その女を調べたら、何か証拠が手に入るかもしれないわ。

 自分の手でなんとかしようというレオナの決意はもう揺るがない。
 もちろん、2ヶ月という短期間で魔導院の上層部を抑えた相手だ、危険なことは百も承知している。
 それでも、魔導院に踏む込むよりかは、教会に潜り込むことの方がリスクが少ないように思えた。

 決行は今夜。教会で、あの金髪の女のことを調べる。
 特務室の仲間を、そしてこの国を救うには、それしかない。
 それが、この国の魔導師として、王都特務室の者としての務め。

 レオナの顔には、悲壮なまでの決意が浮かんでいた。

 まだ、日が暮れるには時間があるわ。
 仮眠を取って、少しでも体を休めておかないと。

 レオナは、ベッドに横たわると目を閉じる。
 もちろん、緊張で簡単に眠ることはできそうにない。
 それでも、なんとか心を落ち着けて体を休めようと努める。

 レオナにとって、たったひとりの決戦の時が近づこうとしていた。

* * *

 夜。

「これでよし、と」

 戦闘の場合に備えて、動きやすい服に着替え、予備の杖を取り出すと腰に差す。
 愛用の杖は魔導院で襲われたときになくしてしまったが、これも使いやすいのを選んでおいたものだ。

 そして、魔法の発動用とは別に、もうひとつ指輪をはめる。
 この指輪に使ってある宝石は、王都特務室が魔力を観測するのに使っているのと同じタイプの物だ。
 もし、強い魔力を発するものが近づくと、震えるような刺激でそれを知らせるようになっている。
 広い教会の中を探索するのだから、少しでも効率を良くしておかなくてはならない。
 本来、教会の中では魔力を感知するはずがないのだから、この指輪が反応すればそれはレオナが探している相手の可能性が極めて高い。

 それだけ準備をすると、レオナは黒いローブを羽織る。

「用心しておくにこしたことはないわね」

 そう呟いてレオナが呪文を唱えると、その姿が消えた。
 敵は、この街のどこに潜んでいるかわからない。
 教会に着く前に見つかってしまっては元も子もないのだから、用心して、しすぎるということはない。
 
 そのままで外に出ると、夜も更けて、人通りもほとんどない街の中を、レオナは教会へと歩いていく。

 教会。

 レオナが門の前に立っても、誰も気付く者はいない。
 もちろん、彼女が魔法で姿を隠しているためもあるが、そうでなくても、こんな夜更けだと人影自体がそれ程見あたらない。
 レオナは、教会に向かって右手を差し出す。
 だが、指輪には何の反応もない。

 入り口には別に魔法を使った仕掛けはないみたいね。
 うん、鍵もごく普通の錠だし、特別なものじゃない。これなら開けられる。

 敵が、魔法で何らかの警報を設置していないことを確かめると、レオナは呪文を唱えて鍵を外し、教会の中へ入っていく。

 そして、女性聖職者の居住棟を探し当てると、レオナは魔法で姿を隠したまま中に忍び込む。
 そこまでは簡単だった。
 だが、やはり目的のものはなかなか見つからない。

 レオナも、そのくらいのことは覚悟していた。
 相手が常に魔力を発しているとは限らないし、何より、男性より人数が少ないとはいえ、建物の中はやはりそれなりに広い。
 廊下を歩きながら、レオナはたまにドアに耳を当てて中の様子を窺ってみる。だが、もう寝静まっているのか、ほとんどの部屋からは、何の物音も聞こえてこなかった。

「……!」

 不意に、人の気配を感じてレオナは息をひそめる。
 目の前の廊下の角を、ふたりの女性聖職者がこちらの方へ曲がってきた。
 そのまま、ゆっくりとレオナのいる方へと近づいてくる。
 もちろん、魔法で姿を消している彼女のことに気付いた様子はない。
 レオナは、息を殺して壁側に身を寄せてふたりをやり過ごそうとする。

 ふと、レオナは、ひとりの女性の様子がおかしいことに気付いた。

 見るからに様子が変なのは、ふたりいる女の若い方。下級聖職者だろうか、まだ、少女と言っていいほどの年齢だろう。
 それが、もうひとりに体を支えられて、足をふらつかせている。
 近づいてきたその女は、顔を真っ赤に染めて肩で大きく息をしていた。よく見ると、その目はトロンとして、まともに前すら見ていない。

 どういうこと?酒でも飲んでいるというの?
 
 まるで、酩酊しているようなその姿に、レオナは飲酒を疑う。
 だが、聖職者が教会の中でへべれけに酔うまで酒を飲むなど、普通なら懲罰ものだ。それにしては、そんな気配は感じられない。

「よく頑張ったわね。立派だったわよ」

 若い女の体を支えているアンバーの髪の女。年齢はレオナよりも上だろうか。
 身分の高そうな衣装を着た女が、若い方に優しく声をかける。

「ん、ふわあぁぁい。シンシア、さまあぁ」

 若い方の返事は、全く呂律が回っていない。

 シンシア?だとすると、今、大主教の代理を務めているという?
 そんな偉い人がいったいなにを?
 それに、頑張ったって、どういうこと?

 シンシアに気付くことなく目の前を通り過ぎていったふたりの後ろ姿を呆然として見送るレオナ。

 だが、すぐにはっとした表情になる。

 あのふたり、あきらかに様子が変だった。

 そして、振り返ると彼女たちが曲がってきた角の方を見る。

 さっきのふたり、絶対に怪しいわ。あの廊下の先に、きっと何かある。

 レオナは緊張に生唾を呑むと、再び廊下を歩きはじめる
 廊下を曲がると、手前のドアからひとつひとつ耳を当てて、注意深く中の物音を確かめていく。

 そして、ある部屋の前に来たとき。

 あっ!

 レオナの指輪が、微かに震えた。

 この部屋に……。

 跪いて、ドアに耳を当ててみる。

「……んふう、ああっ、気持ち、いいですううぅ……」

 何?なんなの、これは?

 ドアの向こうからは、喘ぐような女の甘い声が聞こえてきた。
 それは、本来、教会の中から聞こえてはならないもの。
 それに、レオナの指輪も、さっきから小さく震え続けている。

 間違いないわ。きっとこの中に目指す相手がいる。

 そう確信するレオナ。

 どうしよう?このまま、向こうが寝るのを待って忍び込むか、場所だけ確認して、日中、留守の時間にもう一度忍び込むか。

 相手が起きている状況で部屋の中に忍び込むのは至難の業だ。
 寝静まるのを待ってから中に入るか、より確実に、相手が部屋を留守にするのを待つか、レオナはドアの前で少しの間迷う。

「えっ!?」

 突然、レオナは魔法で隠していた姿を露わにされた。

 これはっ?誰かがディスペルの魔法を使った!?でも、誰が?姿を隠していたのにどうして気付かれたの?

「ううっ!」

 驚いて振り向こうとしたレオナは、バランスを崩してその場に倒れ込む。
 全身が痺れて、力が入らない。

 くうっ、今度はパラライズっ!呪文を唱える気配もなしに、こんなに立て続けに魔法を使えるなんて!?

 声をあげようとしても、舌まで痺れて上手く動かない。このままでは、呪文を唱えることも不可能だ。

「魔法で姿を隠して、気配を消しても、それだけでは魔法の反応でわかってしまいますよ」

 倒れているレオナの頭上から降りかかる声。
 その声に、彼女は聞き覚えがあった。
 
 まさか、この声は……。

 聞き間違いでなければ、この声の主はこの国の魔導師の頂点に立つ人物。魔導長のピュラだ。

 そんなっ!ピュラ様がこんな所に!?だめっ、相手にならないわっ!

 レオナの瞳に恐怖が浮かぶ。
 逃げたくても、体が痺れてもがくこともままならない。

 その時、目の前のドアが開く気配がした。

「うまくいきましたね」
「ええ、この子を中に入れるのを手伝ってくれるかしら?」
「はい」

 ピュラと短く会話した相手が、しゃがみ込んでレオナの体に手をかける。
 その際に、体をうまく動かせないレオナの視界の端に金色の髪の毛がちらっと映った。

 これは、あの、金髪の聖職者……。

 レオナは、今、自分の肩を抱きかかえようとしているのが、探していた相手だということを理解した。

 ええ!?この人?

 レオナは、抱え上げられた時に、その金髪の女が、裸の上から軽く服を羽織っただけという姿であることに気付いた。
 だが、驚いている間もなく、ピュラがもう片方の肩を抱き上げる。

 そのまま、両側から支えられて、レオナは半ば引きずられるようにして部屋の中に連れ込まれる。
 その中には、ベッドの上に腰掛けたひとりの人物が待ち構えていた。

 これは?男?

 目の前にいるのは黒髪の男。
 だが、その目を見てレオナは息を呑む。
 その男の瞳は、金色に妖しく輝いていた。

 人の心を惑わす、黄金の瞳の魔物……。

 レオナの心に、リディアの部屋を捜索したときに見た魔導書の言葉が甦る。

 間違いないわ。この男が、全ての黒幕。

 そう悟るレオナ。だが、もはや彼女には抗うこともままならない。

 ええ?今度は、いったいなに……?

 レオナは、不意に周囲の空間がぐにゃりと歪んだように思えた

* * *

「んん、ここは?」

 気付くと、レオナが立っているのは、白い靄のかかった、茫漠としただだっ広い空間だった。
 いったい、自分の身に何が起こったのかわからない。

 誰かいる!?

 レオナは、目の前に何者かが立っている気配を感じた。

「おまえはっ!」

 その人物が何者であるのか気付いて、レオナが声を荒げる。
 自分の前に立っているのは、今さっき見た金色の瞳の男。今回の事件の黒幕であるはずの人物。

 これは?体が動くわ!

 確かに、さっきまでピュラにかけられたパラライズの魔法で体が痺れて動けなかったはずなのに、なぜだかわからないが今は体が動く。

「なっ!また!?」

 腰に差した杖を引き抜こうとして、レオナの動きがそのまま固まる。
 また、体が動かない。
 それも、麻痺しているわけではない。まるで、体が自分のものでなくなったように全然言うことを聞かない。
 それに、今度は言葉は話せる。

(ほら、前の男の人が気になって、目を逸らすことができない)

 レオナの頭の中に声が響いた。

「なっ、誰なのっ?」

 戸惑いの声をあげるレオナ。だが、体はその声の言うまま、目の前の男から目を逸らすことができない。

(誰って、自分の声じゃない)

 また、頭の中で声が響いた。
 だが、この声は明らかに自分の声とは違う。

「うそっ!いったい誰なのっ!?」

 まるで、自分の中に別な人間が入り込んでいるような錯覚に陥って、レオナは怯えた声をあげる。

 だが、まだ何もレオナの体に入り込んでいるわけではなかった。今はまだ。

 正面に向き合っているレオナと、金色の瞳の男、レオナはその名を知らないが、無論シトリーだ。
 それは、幻影ではなく、レオナと一緒にここに連れてこられたもの。
 そして、ふたりをここに連れ込んだこの世界の主は、レオナの背後に立っていた。

 金色の瞳に紫の髪の少女、その髪からピンと尖った耳の先が突き出ている。
 すでに、魔族状態になっているリディアだ。

 シトリーの姿から目を離すことができないレオナからは、死角になって背後に立つリディアの姿は見えない。

 リディアがニヤリと笑って、右手をレオナの方にかざす。
 すると、彼女の手から、一本の蔓が伸びた。
 それは一見、いつも彼女がこの世界で操っている蔓と同じ様なものに見えた。
 だが、その蔓はするするとレオナの方に伸びていくと、するりと彼女の体の中に入って行く。
 その瞬間、レオナの体がビクリと小さく震えた。
 しかし、それまでの蔓とは違って、まるで溶け込むように潜り込んでいく。もちろん、血が出ることもない。

(うそじゃないわよ。これが本当の自分の声。心の底で思っているわたし自身の声)

 レオナの頭の中に、また声が聞こえる。

「そんなはずがっ!?」

 違う、これは絶対に私の声じゃない。誰かが、私の中に入り込んでる!?

 蔓を通じて、レオナの心の声がリディアに伝わってくる。

 わたしが後で操っているのには気付いてないみたいね。

 その反応に、リディアはほくそ笑む。

 この蔓を使って相手とリディアを結びつける方法は、シトリーのアイデアだった。
 この世界におけるリディアの能力は、基本的には本人のイメージに基づいている。
 そのため、人や物を操ったり、物を生み出したりする場合も、構造や製法を具体的にイメージした方が効率がいい。
 それを突き詰めていくと、姿形を思いのままに変化させることもできるだろう。だが、そのためにはそれなりに練習が必要だろうし、それは、今、必要なことではない。
 だからシトリーは、今までリディアが扱い慣れている蔓を使う方法を思いついた。
 その蔓を、それまでやっていたような、物質的な攻撃に使うのではなく、相手の心と繋げるようにイメージさせる。
 もちろん、この世界では、リディアは蔓を使わなくても相手に声を届けることができる。
 だが、こうやって相手と繋げて、その心の声を聞くことができれば、それに合わせてより効果的な対応ができる。それに、リディアにとって、相手の精神や感覚を操る行為は初めてであろうから、こうやって相手と繋げて、それを目印にしてイメージを送り込むようにさせた方がやりやすいだろうと考えてのことだった。

 そしてリディアは、事前にシトリーに説明された方法を、自分なりにシミュレーションしておいた。
 今、レオナは、後にいるリディアのことには気付いていない。自分の中に誰かが入り込んでいるものと思い込んでいる。
 そのことはリディアの計算通りだ。最初から、自分の心の声だと相手が信じるとは思っていない。
 だが、そのうち、その声は本当に彼女自身の声になるはずだ。そのために、リディアは一人称でレオナの中に声を送り込んでいる。
 今のところ、順調に事は進んでいる。

「ええ?何を、する気?」

 目の前に立つ男が、ゆっくりと服を脱ぎ始めて、レオナは面食らう。
 だが、そんな彼女には構わずに男は着ていたものを全て脱ぎ去る。

 レオナの目の前には、全裸になった男の姿。
 その姿から、レオナは視線を逸らすことができない。

(ほら、視線を下ろしてごらんなさい。そこに、わたしの大好きなものがあるから)
「わ、私の好きなものって?」

 混乱しながらも、レオナの視線はゆっくりと下へと向かう。

(なにって、男の人のおちんちんに決まっているじゃない)
「なっ、違うっ!そんなこと!」

 口では否定しながらも、レオナの視線は男の股間から垂れ下がっているものに釘付けになる。

(なにが違うの?わたしは男の人のおちんちんが大好きな、いやらしい子じゃないの)
「でっ、でたらめを言わないでっ!」

 わ、私はっ、そんないやらしい女じゃない!

 頭の中に響く声に必死に抗うレオナ。その心の中は、蔓を伝ってリディアには手に取るようにわかる。
 リディアは、笑みを浮かべたまま、今度は言葉にはせずに、蔓を使ってレオナの中に念を送り込む。

「いや、な、なに?」

 自分の体に、ぞくりとする感覚が湧き上がってきて、レオナは怯えた表情を浮かべる。

(ほら、男の人のおちんちんを見ただけで気持ちよく感じちゃってるじゃない、わたし)
「や、そんな、ち、違う……」

 そんなことない、そんなはずないのに。でも……。

 男の股間のものをじっと見つめたまま、レオナの瞳が小さく震える。
 認めたくはないが、さっき感じたのは確かに快感だった。

(ね、ちょっと触ってみようよ、わたしの大好きなおちんちん)
「い、いや……」

 違う、私はそんなもの大好きじゃない。

 頭の中の言葉に必死に抗おうとするレオナ。

(どうして?だって、あれに触ったらもっと気持ちよくなれるよ。だから、ほら、手を伸ばして)
「や、そんなの、いや」

 口では抵抗しながらも、レオナの体は少しずつ動いて男の方に近づくと、跪いてゆっくりと手をその股間に伸ばしていく。
 自分の頭の中に響く声に体が素直に従ってしまう。
 何者かが自分の中に入り込んで、自分の体を操っている。レオナには、そうとしか考えられなかった。

「うっ、うあああっ!」

 男の股間のものに触れた瞬間、レオナの体をさっきよりも強い刺激を感じた。

 いやだ。どうして?男の人のものを触っただけでこんなに?

(ほらね。おちんちんに触っただけでこんなに気持ちいい。やっぱりわたしはおちんちんが大好きなんじゃない)
「ちっ、違う!あああっ!」

 手が、それを軽く握ると、またぞくりと快感が走る。

(さあ、もっと手を動かして、おちんちんを大きくしようよ)
「いやっ、あっ、いあああっ!」

 自分の手がゆっくりと動き始め、連続して快感に襲われる。

(ね。ほんとに気持ちいいね。ほら見て、少し大きくなったよ)
「あっ、うあああ……」

 鈍い快感に体を冒され、怯えた表情で手を動かし続けるレオナ。
 その手の中のものが、むくむくと大きくなっていく。
 おぞましくて、顔を背けたいのに、それから目を離すことができない。
 嫌そうに顔を顰めながら、それでもレオナはじっとそれを見つめたまま手で扱き続けている。

(ほら、こんなに大きくなったよ。大きくなったおちんちんを見てるのって、本当に気持ちいいよね)
「あ、ああ……」

 レオナの手の中で、それはいきり立った肉棒となっていた。
 それでも、彼女の手はそれを扱くように動かすのを止めない。
 目の前で大きく膨らんだ肉棒の先から、透明な液体が出てきて、ヌラヌラと光っている。
 肉棒を扱くレオナの手にも、ぬるっとした感触が伝わってきていた。

「はうううっ!」

 いきなり、今までで一番強い刺激が襲ってきた。

(ああ。大きくなったおちんちんを見てるだけで感じちゃった)

 ち、違う、こんなの、私の本当の気持ちじゃない。

 レオナは、心の中で必死に取り繕う。
 だが、それはリディアには筒抜けだった。

 リディアは、レオナに向かって声を送り込みながら、蔓を使って効果的に快感を送り込む。
 それも、シトリーの考えた方法だった。
 いきなり相手の感覚を操るよりも、リディア自身がイメージした快感を、蔓を使って相手の中に流し込む。
 その方が、今回、初めて感覚を操るリディアにとって楽な方法だろうと考えたのだ。
 このところ、リディアがいろんな種類の快感を体験しているのも好都合だった。
 まだ実体験の少ないリディアが、この半月くらいで、フェラをはじめとする様々な経験を積んでいる。
 経験がないよりも、実際に経験をしている方が、相手に送り込む快感をイメージしやすいに決まっている。

 そして、その効果は如実に現れていた。

「あっ、うあああっ!」

 肉棒を扱きながら、レオナのふとももがきゅっと内股になった。
 アソコのあたりが、じんじんと熱く感じる。

 そんなレオナの様子を、薄笑いを浮かべて眺めているシトリー。
 すると、突然、シトリーの頭の中にリディアの声が届く。

(おじさま)

 シトリーがレオナの姿から視線を上げると、こちらを見ているリディアと目が合う。

(お願いがあるの、おじさま。できるだけ蔑んだように、この人を言葉でいじめてあげてください)

 リディアがそう言葉を送り込んで、大きく頷いている。

 なるほど、そういうことか。

 シトリーもリディアに頷き返すと、早速行動に移す。 

「ふふん。そんなに嬉しそうな顔をして、本当にいやらしい女だな」
「いやっ、違うっ!私はそんな女じゃ!あああっ!」
(ええ?どうして?わたしはおちんちんを握ってこんなに気持ち良くなってるいやらしい女じゃないの?)

 本人がどう否定しようと、手の中の肉棒を見つめて切なげに喘いでいるレオナの姿は、どう見てもただの淫乱女にしか見えない。
 肉棒を扱きながら、すり合わせるようにふとももを動かしている。

(もう、わたしったら、本当にいやらしいんだから)

 違う、で、でも、目の前のものから手を離すことができない。

 レオナは自分のアソコがドクンドクンと脈打って、全身が火照ってきているのを感じていた。

(ああもう我慢できない。男の人のおちんちんが欲しいわ)
「や、いや……」

 ようやく、目の前の肉棒から手を離すことができた。
 だが、今度は立ち上がると手が勝手に動いて、着ているものを脱ぎ始める。

「あ、いや、だめっ」
(どうして?わたしは男の人の大きくなったおちんちんを見てるだけで、いやらしい気持ちになって服を脱いでしまう、そんな子じゃないの)
「ふうん、嬉しそうに男のモノを弄っていたかと思うと、自分から服を脱ぎ始めて、淫乱な奴だな、まったく」
「いやっ、ち、違うのっ!」

 違うわ。そんなの、私じゃない。
 やめて、服を脱がせないで。

 そんな、レオナの内心の抵抗にも関わらず、体は勝手に着ている物をひとつひとつ脱いでいく。
 そして、とうとう着ているものを全て脱ぎ捨ててしまう。
 レオナとリディアを繋いでいる蔓も、まるで実体がないかのように、服はすり抜けて床に落ちていく。

(違わないわ。ほら、全部脱いじゃった。これで、おちんちんをアソコの中に入れることができるね。そのことを考えたら、もう)
「いあああああっ!」

 アソコのあたりから、ビリビリと痺れるような快感が全身を駆け巡って、レオナが切なげな喘ぎ声をあげる。
 一糸まとわぬ姿で立っているその足がガクガクと震えている。

(ああ、アソコからこんなにお汁が溢れてきてる。おちんちんを早く入れて欲しくてたまらないわ)
「あ、うあ、ああ」

 レオナのふとももを、アソコから溢れた蜜がとろとろと滴り落ちている。

「なんだ?裸になって男のモノを見てるだけでそんなになってるのか?本当に体までいやらしいんだな」
「あ、あああ、そんなこと、ない……」

 震える声で、精一杯の抵抗を見せるレオナ。
 本当は顔を背けたいのに、男の股間から目を逸らすことができない。

「さあ、その後はどうするのかな?」

 男が、楽しげににやつきながら尋ねてくる。

(ああ、あの立派なおちんちんを、わたしのいやらしくでぐしょぐしょのアソコに入れてしまいたいわ。そうよ、早くしないと)
「いや、あああ……」

 レオナの思いとは裏腹に、ゆっくりとその足が動き、目の前に立つ男に向かってさらに一歩踏み出す。
 もう、すぐに体が触れそうな位置で男と向き合っていた。

 いや、だめよ、絶対にだめ。

(うん。だめよね。絶対におちんちんを入れないとだめよね)
「いや、違う、そうじゃないのっ」

 だめ、そんなことしてはだめ。
 私の言うことを聞いて、お願いだから。

(そうよ。言うことを聞いてるからこうしてるのよね。わたしは、男の人を押し倒して、自分からそのおちんちんを求めるいやらしい子なんだから)
「だめえええっ!ちがうのおおっ!」

 レオナが、必死に否定しながら、それでも、その体は目の前の男を押し倒してその上に馬乗りになる。

「おやおや、大胆にも程があるじゃないか。こいつはとんだあばずれだな」

 にやにやと冷めた笑いを浮かべて、嘲るように言う男。

(そうよ、わたしはとってもふしだらな女だから、こうやって男の人の上に跨って、自分からアソコでおちんちんを咥えこんじゃうの)
「いやっ、ちがうっ、ああっ、だめっ、だめえええっ!あっ、あああああああっ!」

 泣き喚きながら、レオナは肉棒を自分の裂け目に宛い、腰を沈めていく。

「うああああああっ!だめえっ、そんなっ、いきなりいいいいっ!」

 その、太くて固いものが、自分の敏感な部分の襞を、そして肉をかき分けて入ってくる感触に、レオナは体を仰け反らせて叫ぶ。

「ふ、いきなりでもないだろう。おまえの中はこんなにドロドロになってるじゃないか」
「いああああっ!そんなっ!でもっ、それはああっ!」
(そうよ、気持ちいいからこんなにアソコをぐしょぐしょに濡らして。ああ、本当に気持ちいい)

 いやっ、そんなことないっ!でもっ、これはっ!?ひああああっ!

 体を反らせて固くいきり立った肉棒を自分の奥深くで受け止めながら、レオナは驚愕に目を見開かせる。

 なんでっ!?こんなことしたくないのに、誰かに操られてるのにっ。気持ちいいいいっ!

 この男は全ての元凶。
 それはわかっているのに、自分から馬乗りになって、そのおぞましいものを自分の大事なところに受け入れて、それが、すごく気持ちいい。
 自分の中で響く声がそうさせていることはレオナにもわかっている。
 しかし、今、自分が感じている快感は間違いなく自分の感覚。本当に、自分の体が自分のものでなくなっていくようで、それがレオナには恐ろしかった。

(やっぱり、男の人のおちんちん、気持ちいいわ。ああ、もっともっと気持ちよくなりたい)
「はうううっ!?ああっ、だめっ、だめえええっ!」

 レオナの体が、勝手に跳ねるように動き始める。
 その度に、自分の中で肉棒が擦れ、子宮の入り口にごつごつと当たる。
 そして、それがたまらなく気持ちいい。

「くうっ、本当に淫乱な女だ。男の上に跨って、自分からそんなに激しく腰をくねらせるなんてな」
「いやああっ!ちがうっ、ちがうのっ!やめてえええっ!」
「やめてって言っても、おまえが僕の上に跨ってこっちを犯してるんじゃないか」

 そう。レオナ自身は操られ犯されているつもりでも、客観的に見れば、紛れもなくレオナの方から男の肉棒を貪っている。
 その事実が、レオナの感覚をさらに狂わせていく。

 くっ、うううっ!気持ちいい……。
 いや。こんなのいや。こんなことしてる自分も、それで気持ち良くなってるのもいや。

 そんなレオナの心を嘲笑うかのように、体は淫らに腰を動かしている。
 そして、男のものが自分の中を圧迫しながら上下する、快感……。

「あうっ!はううっ!」

 レオナが体を跳ねさせる、その1回ごとに、体の芯にまでごつっと当たる感覚。まるで、肉棒が精神を砕いていくような衝撃だ。
 そして、自分から男の上に跨っているその事実。
 それがたまらなく嫌なのに、頭の中に声が囁き続けてくる。

(イイ、イイわ。おちんちんが中に入ってきて、奥にずんずんあたって、すごく気持ちいい)

 だめ、こんなのだめなのに、おちんちん、気持ちいい。

 心の表層では拒絶しながらも、奥深くでレオナはその快感を受け入れ始めていた。
 その証拠に、それまで心の中では、男のもの、としか呼んでいなかったそれを、おちんちんと呼んでしまっている。
 しかし、そのことにすらレオナはもう気付いていない。

 だめ、快感に飲まれたらだめ。くっ、くううっ。

 歯を食いしばって、必死に快感に耐えようとする。

(どうしちゃったの、わたし?こんなに気持ちいいんだから、素直に感じたらいいのに。ほら、奥までずんずん響いて、こんなにすごいの)
「ん、くうう。くっ、いああああああっ!」

 頭の中に響く言葉と同時に、目の前が真っ白になるほどの快感が襲ってきて、耐えきれずに大きく喘ぐレオナ。
 それでもその声は容赦せずに畳みかけてくる。

(んん、わたしの大好きな男の人のおちんちんがいっぱいにお腹の中に入って、本当に気持ちいい)

 あ、ああ、違うの。それは違うの。私はこんなことしちゃだめなの。でも、おちんちん、気持ちいい。

「んんっ、はうううっ、ああっ、あああああっ!」

 激しく体を上下に動かしながら、レオナの瞳から次第に意志の光が失せていく。

 ふあああっ、だめ……。わたしには、やらなくてはいけないことが……。
 あ、れ……。なんだっけ、わたしがやらなくちゃいけないことって?

 肉棒の一突き一突きがレオナの自我を打ち砕いていき、頭の中で響く声が理性を引き剥がしていく。
 そして、レオナは次第に自分自身をすら見失っていく。

(それは、男の人のおちんちんをアソコに入れること。そうして、男の人を気持ちよくして、そして、わたしもいっぱいいっぱい気持ちよくなるの)

 ああ……そうだ。わたし、おちんちんをアソコに入れて、いっぱいいっぱい気持ちよくなるんだ。

 レオナの瞳が、一瞬狂おしげにぎらっと光り、体をぶるるっと大きく震わせる。
 その瞬間、淫らにくねらせるレオナの体と、それまで抵抗を続けていたその心が完全に重ね合わさった。
 
 あっ、気持ちいい。おちんちんが私の中で擦れてすごくイイの。

 再び、その目から急速に光が失われていく。
 もはや、何の抵抗もなく自ら腰を揺すっているレオナ。

「ああああああっ!イイッ、イイわぁあああ!」

 大声で快感を口にしながら、レオナは恍惚とした表情でポニーテールを振り乱す。

「ふっ、本当に淫乱な女だな」
「そうよおおぉ!わたしは、男の人のおちんちんが大好きなっ、淫乱な女なのおおぉっ!」

 すでに、相手の言葉を否定しようともしないレオナの様子に、にやりと口許を歪めるシトリー。
 それすらもレオナの瞳に映っているのかどうか。

(やっと素直になれたね。もっともっとおちんちん欲しいよね)
「あああっ!気持ちいいいいいっ!もっと、もっと、おちんちんちょうだいいいっ!」
(そうよ。わたしは気持ちいいことだけ考えていればそれでいいの。もっと気持ちよくなろうね)
「あううんっ!気持ちいいっ!おちんちんがごつごつ当たって、気持ちいいのおおおぉっ!」

 シトリーの上で体を揺らすレオナの動きが、まるで飛び上がるかというほどに大きく激しくなり、ポニーテールにまとめた赤毛がバサバサと大きく跳ね上がる。
 もう、その姿は快楽に溺れるただの淫らな女。
 王都特務室のメンバーとして、いくつもの修羅場をくぐってきた魔導師としての面影はどこにも見られない。

(ああ、本当に気持ちいい。わたしは、こうやって男の人のおちんちんを咥え込んで、気持ちよくなることだけを考えていればいいの)

 頭の中で響く声は、もうレオナ自身の思考と完全に重なっていた。
 声の言うとおりに、腰を動かして快感を貪り続ける。

「ああっ、あうっ、ああんっ、あんっ!あっ、あああっ!おちんちんがっ、びくびくって!」

 自分の中で肉棒が震えたのを感じて、レオナはあごを上げて大きく喘ぐ。

(来るわ、おちんちんから、わたしを最高に気持ちよくしてくれる熱いのが。さあ、おちんちんを奥深くに入れて、体いっぱいに受けとめましょう)

 言葉に導かれるまま、レオナは腰を突き出すようにして、己の一番深いところまで肉棒を飲み込んでいく。

「ふあああああっ!来るうううううっ、あああっ、おちんちからっ、熱いのがああっ!ああっ、あづいいいいっ!」

 お腹の中が熱いもので満たされ、今までで一番の快感が全身を犯していく。
 体を弓のように反らせて、レオナはそれを全て受けとめる。
 そして、レオナの身も心も、全てが真っ白になっていくように思えた。
 そのまま、レオナの体から力が抜けて男の上に倒れ込む。

(ほら、まだ終わりじゃないわよ)

 ぐったりとしていたレオナの頭の中に、また声が響いてきた。

「ん、んん……」

 その声に、レオナはわずかに反応を見せる。

(熱いのを注いでもらったら、ちゃんとその後をきれいにしないと)
「んん、ふあっ!ん、んんん……」

 レオナはゆっくりと体を起こすと、気怠げに肉棒を体から引き抜く。

(ほら、おちんちんが汚れてる。お口できれいにしなくちゃ)
「ん、あふ、あむう。んむ、ふう……」

 何の躊躇いもなく、精液と愛液にまみれた肉棒にレオナは顔を近づけていき、それを口の中に含む。
 今や、レオナは頭の中に響く言葉を疑うことはなくなっていた。
 いや、疑うどころか、自分で考えていることすらしているのか。
 彼女はもう、その言葉の言うままに動く人形も同然だった。

(ああ、おいしいね。おちんちん、おいしくて、とても気持ちいいね)
「んふ、んむ、あむ、んん、んふう……」

 うっとりとして肉棒を熱心にしゃぶり続けるレオナ。
 その瞳はぼんやりと霞み、薄笑いを浮かべて肉棒を口の中で転がしている。

 おいしい、おちんちん、ほんとうにおいしい。もっと、もっといっぱい、おちんちんほしい。

 蔓を伝ってくるその反応に満足そうな表情を浮かべると、リディアはレオナの体から蔓を引き抜く。
 レオナは完全に快楽の虜となった。もう、これは必要ない。

「んふ、あふう、あむ、えろ、んむむ」

 レオナの口の中で肉棒が再び大きくなっていく。

「んふう、んむ。あ……」

 いきなり、頭を抑えて無理矢理肉棒から口を離させられて、レオナは濁った瞳をシトリーに向けた。
 シトリーは、薄笑いを浮かべながら立ち上がると、レオナの体を持ち上げて立ち上がらせる。

 そして、くるりとレオナの体を回転させた。
 レオナはシトリーに背中を向けて、軽く尻を突き出す姿勢になる。

 そして、彼女がシトリーに背を向けるということは、レオナの背後に立っていたリディアと初めて向き合うということ。
 だが、レオナは何の反応も示さない。
 その濁った瞳に、リディアの姿はもう映っていないのか、それとも、映っていてももう気にすらならないのか。

 レオナは、リディアを完全に無視して、シトリーの方に顔を向ける。

「ああ、おちんちんを、わたしのなかに、いれてください……」

 蕩けた顔で、そうねだるレオナ。
 もう、自分が何をしていたのか、どうしてここにいるのか、それすらもわからないのか。
 ただただ、肉棒を体に挿れてもらうことしか考えられないようだ。

 シトリーは、黙って頷くと、レオナの裂け目の中に無造作に肉棒を突き入れる。

「ふあああああっ!おちんちんがわたしのなかにっ!ああああっ、きもちいいいいっ!」

 うっとりとして、挿入の感触に体を悶えさせるレオナ。
 シトリーは、そのまま腰を前後に動かし、肉棒をその中に打ち込んでいく。

「ああっ、はああっ、あっ、きもちいいっ!おちんちん、きもちいいいいっ!」

 たちまち、レオナは嬉しそうに喘ぎながら快感の波に溺れていく。
 もう、そこにいるのは王都特務室の魔導師レオナではなく、ただの淫乱な一匹の牝だった。

「あああっ、はあっ、ああんっ、ふあああっ!」

 レオナの喘ぎ声が響く中、シトリーがリディアに目配せをする。
 リディアは一度頷いて、この世界の鍵を外して、全員を現実世界に戻す。

* * *

 教会。アンナの部屋。

 床に倒れ伏しているレオナ。
 そして、シトリーとリディアはそれぞれアンナとピュラに抱きかかえられて意識を失っている。

 その状態で、すでに1時間は過ぎようとしていた。
 だが、その時リディアの目がぱっちりと開く。
 それに次いでシトリーが起きあがった。

「ん、んん」

 小さく呻いて頭を軽く振ると、シトリーは立ち上がって、倒れたままのレオナを見下ろす。

 そして、全員の見つめる中、ふたりより少し遅れてゆっくりとレオナの目が開く。

「あ、れ?わたし……」

 ぼんやりと周囲を見回すレオナ。
 その視線が、シトリーの所でぴたりと止まる。

「どうして?わたし、おちんちんをいれてもらってたのに?」

 その言葉は、リディアの精神世界で肉棒を挿入されていた状態から急に現実に戻されたため。
 もちろん、その意味がわかっているのはリディアとシトリーだけ。
 アンナとピュラは、怪訝そうな表情を浮かべている。

 と、いきなりレオナがシトリーににじり寄る。

「ああ。おちんちん、おちんちんをください」

 シトリーに縋り付き、その服をずらして肉棒を剥き出しにすると、やにわにしゃぶりついた。

「ん、ぺろ、んふ、あふ、あむ、んっ」

 アンナとピュラが、半ば呆れたように見つめる前でレオナは肉棒に舌を伸ばし、ひとしきり舐めると、今度は手で握って扱き始める。

「……おい」
「ん、ん、ああ、もうこんなにおおきくなってる」

 シトリーが呼びかけても、まるで聞こえていないかのように肉棒を手で扱いているレオナ。

「おい」
「んん、ふぁいい。おおきくなったおちんちん、はやく、わたしにいれてくださいね」

 もう一度呼びかけると、やっとレオナは顔を上げる。
 だが、その目は死んだ魚のように濁り、意志の光も理性の欠片も見受けられない。
 鈍い視線をシトリーに投げかけながら、その顔は肉欲に染まり、痴情にまみれた笑みを浮かべている。

「ん、んふ、んむ、あふ、えろ、んん」

 そのまま、再び肉棒を口に含むと、ねっとりと執拗にしゃぶり始める。

 そんなレオナの姿を見つめながら、シトリーは諦めたように苦笑いを浮かべる。

「ふ、壊してしまったか」
「あ、ご、ごめんなさい」

 シトリーの言葉に、リディアが表情を曇らせる。

「いや、いいんだ。初めてだしな。これからどんどん練習していけばいい」

 だが、シトリーは別に怒った様子もない。

「ともあれ、こいつはこのままにしておくわけにもいかないが……。ピュラ、魔導院に、誰にも気付かれずにこいつを置いておける場所はないか?」
「はい。魔導院の地下に、捕らえた魔獣を閉じ込めておくためのスペースがあります。今は空ですので、そこなら誰にも気付かれることはないと思いますが」
「じゃあ、頼む。こいつの使い道はおいおい考えよう。それと、こいつがいなくなったことが怪しまれないように手を打っておいてくれ。なんだったら、またリディアにやらせて、魔導院の連中の記憶を書き換えてもいい」
「承知いたしました」
「それと、リディアの練習台にちょうどいい女を見繕っておいてくれ。こいつのように壊してしまうかもしれないから、そのことも充分考慮にいれてな。シンシアにも何人か手配するように言っておく」
「かしこまりました」
「もうすぐ、邪教討伐に行った連中が帰ってくるから、そうしたら騎士団を抑えて次はクラウディアだ。それまでにリディアの力を伸ばしておきたい」

 その言葉に、リディアが緊張した面持ちで頷く。
 シトリーも、リディアに頷き返すと、レオナに視線を落とす。

「んふ、ん、おちんちん、おいしい。はやく、はやく、おちんちん、いれてください」

 シトリーがピュラに指示を出している間も、ずっと肉棒をしゃぶっていたレオナは、濁りきった瞳で挿入をねだってくる。
 そこには、鋭い勘と推理でアンナやリディアに迫り、メリッサの攻撃をかいくぐった優秀な魔導師の面影はない。
 いま、うっとりと肉棒を眺めているのは、それがもたらす快楽だけを求める肉欲の獣。

 だが、もはや壊れてしまった実験台になど、シトリーは一顧だにしない。

「ねえ、はやくぅ。あ……」

 シトリーが目配せすると、ピュラが呪文を唱え、レオナは意識を失って床に倒れこむ。
 もう、シトリーの関心は、リディアがうまく人の精神を操ることができるようになるための次の練習法へと移っていた。
 そして、ピュラが再び呪文を唱えると、レオナを魔導院の地下牢へと連れ去る。

 魔導院王都特務室の魔導師レオナの戦いは、こうして虚しく幕を閉じたのであった。

< 続く >

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