黄金の日々 第2部 第8話

第2部 第8話 シトリー死す!?

 モイーシアとの決戦は、シンシアの立てた作戦通りとなった。

 エネズの近郊にある平原で、ヘルウェティア・魔界軍とモイーシア軍は激突した。

 実際、モイーシアの誇る重鉄騎兵の突撃は凄まじかった。
 おそらく、ヘルウェティアの騎士団ならば瞬く間に粉砕されていたであろう。
 それを、マハの率いる部隊は正面から受け止めて見せた。
 敵の突撃を受けてじりじりと後退していたのは半分は作戦のためだが、半分は本当にその圧力に押されたためだった。
 なにしろ、いくらオーガーやジャイアントなどの巨体の妖魔が多い編成とはいえ、一軍団だけで敵の全軍を相手にしたのだから。
 だが、マハは粘り強く指揮を執り続け、森林地帯に挟まれた平原の最深部まで敵を引き込んだ。

 そして、そのタイミングで右側の森からはフレデガンドとエルフリーデに率いられたヘルウェティア騎士団が敵側面に突撃していき、左側の森からはクラウディアとピュラの指揮の下、魔導師部隊が強力な攻撃魔法をたたき込んだ。
 さらには、背後に回り込んでいたアナトの本隊もモイーシア軍に襲いかかる。
 側面と背後を突かれて、モイーシア軍は完全に混乱状態に陥った。
 そこに、それまで後退していたマハの部隊も反転して突撃してきたのだ。
 稀に見る大規模な包囲殲滅戦の前に、モイーシア軍は為す術もなかった。
 苛烈な攻撃の前に、見る見るうちにモイーシアの騎士は倒れていく。
 特に、マハの働きぶりは凄まじかった。
 なにしろ、今までなんの見せ場もなかっただけでなく、この戦闘では性分とは合わない偽装後退まで実行した鬱憤を晴らすかのように戦場を暴れ回った。
 褐色の肌に返り血を浴びながら、そのしなやかな肢体から大剣が振り下ろされるたびに屈強な重鉄騎兵が吹き飛んでいく。
 その姿は、美しくも凶暴な殺戮の女神とでもいうべきものだった。

 戦闘が終わると、そこにはモイーシアの騎士たちの死体が累々と積み重なり、まさに悪魔に蹂躙された凄惨な光景が広がっていた。
 それに対してシトリーたちの戦力はマハの部隊がもっとも被害が大きかったものの、それとても敵に比べたら些細なもので、全てはシンシアの思惑通りに事が運んだと言ってよいであろう。

 その余勢を駆ってエネズの町を落とすと、そのまま魔界の軍勢はモイーシアの都アルドゥヌムを目指した。
 すでに戦力の大半を失ったモイーシアには魔界の軍勢に抗う力もなく、無人の野を進むがごとくだった。

 そして、いよいよアルドゥヌムに到着して軍を展開したシトリーたちが見たものは……。

「あれは……なんだ?」

 彼らの目の前、都全体を囲む城壁の外側に、淡く光る壁があった。
 いや、側面だけでなく、天井のように都の上空もすっぽりと覆っている。
 その、町全体を覆う半透明の光の筺を見て、シンシアがぼそりと呟いた。

「やはり……」
「なんだ?あれを知ってるのか?」
「はい、あれはイストリア教会の神聖魔法です」

 その呟きを聞き咎めたシトリーに尋ねられて、シンシアが説明を始めた。

「教会の総本山たるイストリアには、天界と通じる聖なる力を用いた神聖魔法が伝わっています。ヘルウェティアでは古くから系統の異なる魔法が高度に発達していたためにそれらは広まることも重く用いられることもなかったので、私をはじめとするヘルウェティアの教会の人間はほとんど扱うことはできないのですが、知識としては知っていますし修行のためにイストリアを訪ねた折りに実際にその魔法の数々を目にしています。それは、主に退魔や防御、治療の面に秀でているのですが、あれはきっと、その中でもイストリア本国の高位の術者だけが扱えるという広域バリアーでしょう」
「イストリア本国の術者といっても、ここはモイーシアだろうが?」
「ですが、イストリアとモイーシアは同盟関係にあります。それだけではなく、今のモイーシア王の妃は、現イストリア王の妹です。おそらくはその同盟関係の故か、もしくは王家の人間である王妃を守るためにイストリア本国から術者が派遣されてきていたのでしょう」

 さすがに、もともと教会の幹部だっただけあってシンシアはイストリア教会のことに詳しかった。
 シトリーの質問に、シンシアは淀みなく答えていく。

「で、広域バリアーと言ったけど、あれはどういうものなんだ?フローレンスの町を覆っていた結界みたいなものなのか?」
「いえ。フローレンスの結界は中に入り込んできた魔なる存在を感知し、その行動を制約するためのもので、言ってしまえば結界内の空間を支配するものです。それに対してあれは、いったん入ってしまえばその中での行動はなんの制約も受けないでしょうが、術者に許されたもの以外は物理的なものであれ霊的なものであれ通り抜けることは叶わない、文字通りいかなるものをも通さない障壁なのです」
「む、そいつは厄介だな……」

 説明を受けて、シトリーは腕組みをして眉を顰めた。

「それで、あれを破る方法はないのか?」
「私も、あれを破る方法は知りません。あの術の力の源は、前回の魔界と天界との大戦において、天界側について目覚ましい働きをしたイストリアの功績を称えて神から贈られた聖なる石にあると言われています。その石はイストリアの都アフラに安置されていて、代々のイストリア王家でもっとも霊力の強い者が管理しているそうです。そして、イストリアの術者は己の霊力を通じて聖なる石の力を借りることができ、それによってあの障壁を作り出すことができるのだという話です。ですから、アフラにある聖なる石を破壊することができたらあれを破ることもできるでしょうが、アフラにはこれよりも強力な障壁が張られているでしょうから、それを破壊するなどそれこそ至難の業というものです。今、ここに張られているあれも、術者の力はイストリア本国の者には及ばないでしょうし、アフラにある聖なる石から遠く離れていることを考えれば強度は低い方だとは思いますが、それでも人間の力ではおそらく手に負えないでしょう」

 打つ手がないという風に首を横に振るシンシアを見て、シトリーはクラウディアとピュラの方に視線を移す。

「おまえたちの魔法でなんとかならないか?」
「わたくしたちの魔法とイストリアの魔法は全く系統が異なりますし、すぐに打ち消す方法というのは……。わたくしもあの術のことは話には聞いたことがありますが、実際に術が発動しているのを見るのは初めてですし、これからあの障壁の分析をしたとしても、破るにはかなりの時間と準備が必要になるでしょう」

 そう言うと、クラウディアも表情を曇らせる。

「破るのが無理なら、移動魔法で内側に飛ぶとかは?」
「それは、私も先ほどから試みようとしているのですが、あの障壁に妨げられているためか移動先の座標を定めることができないんです。その状態で飛ぶと空間の歪みに飛ばされてしまう確率が高いですし……。せめて内側から着地点を示してくれるものがあれば良いのですが、このままではリスクが大きすぎます」

 と、今度はピュラが答えた。

「そうか……」

 3人の芳しくない返事を聞いて、腕を組んだままシトリーが考え込む。

 その時だった。

「なにうだうだ言ってるんですか、シトリー様!あんなのはあたしがぶち破ってやりまさぁ!」

 それまで黙って話を聞いていたマハが、威勢良く飛び出してきた。

「おい!こら、おまえ!」
「いえ、いいからやらせてみましょう」

 と、マハを止めようとしたシトリーをアナトが制した。

「シンシアさんが言ってたでしょ、人間には手に負えないって。でも、悪魔にはどうかしらね。まあ、どのみちあれがどのくらいの強度があるのか調べないといけないでしょ」
「む……それはそうですけどね」
「それに、マハのあれに耐えられるものなんてそうそうあるものでもないしね」
「いえ、ですけど……」

 あれは一度、フローレンス城下でクラウディアが防いで見せたんですけどね。
 という、喉元まで出かかった言葉を途中で飲み込むシトリー。

 とにかく、町を覆う障壁の強度がどの程度のものなのか知りたいのは彼も同じだった。

「……たしかに、なにもせずに手をこまねいてるというわけにもいかないですしね。と、そういわけでマハ、一発かましてくれ?」
「かしこまりました!」

 シトリーに命令されると躍り上がって敬礼を返し、腕を撫しながら町の方に進み出て剣を構える。

 次の瞬間。

「おりゃああああああっ!」

 鋭い気合いと共に、マハが剣を横薙ぎに一閃すると、その剣から放たれた剣風が青白いエネルギーの刃と化してアルドゥヌムの町に迫った。
 だが、それは光の障壁にぶつかるとカンッと乾いた音を響かせてて弾かれ、上空へと消えていった。

「なっ!?」

 己の一撃があっけなく弾かれたのを見て、マハは一瞬、呆気にとられた表情を浮かべる。

 しかし、すぐに我に返るとまた剣を構えて一閃した。
 だが、その一撃も鐘の音に似た音を残して弾き飛ばされてしまう。

「なにっ、くそっ!えいっ!このっ、このっ!これでもかよっ!ていっ!くそぉっ!」

 ムキになったマハが剣を振り回すたびに、青く輝く衝撃波が障壁に襲いかかる。
 しかし、障壁はそれをことごとく撥ね飛ばして、傷ひとつつく気配もない。

「お、おい、マハ?」
「くそっ!もう一丁!これでどうだ!」

 あまりに完璧に防がれ続けるものだからさすがにシトリーが止めようとしても、聞こえていないのかマハは止める気配がない。

「くっそぉおおおおおおおおおっ!!あたしをコケにしやがってぇええええええええええええっ!」

 自慢の技が弾かれ続けるのにブチ切れたのか、鋭い気合いと共にマハは大上段に剣を振り上げた。

「ちょ、ちょっと待て……お、おい……?」

 振り上げたマハの大剣に、エネルギー化した魔力が渦を巻きながらまとわりついていくのが見える。
 荒々しい気配を伴った魔力がどんどん剣に集まっていき、時折、放電するようにバチッと弾ける。

「マ、マハ?……おいっ!みんな伏せろっ!」

 ただならぬ様子に、シトリーが周りにいた下僕たちに向かって叫ぶ。
 次の瞬間だった。

「こんのぉおおおおおおおおおっ!」
「うわっ!」
「きゃあっ!」
「いやぁっ!」

 気合いもろとも一気に剣を振り下ろすと、その剣から巨大なエネルギーの塊が放たれる。
 勢い余った剣先が地面を切り裂き、周囲の空気が逆巻いて嵐のような狂風が吹き荒れて伏せるのが遅れた数名がよろめきながら悲鳴をあげた。

「くっ……!」

 シトリーも、耳許で唸りを上げる烈風に歯を食いしばって耐えながら、放たれた一撃の行方を見守る。

「……おっ!?」

 逆巻きながら三日月型を形作ったエネルギー波が障壁にぶつかる。
 だが、今度は簡単には弾き飛ばされなかった。
 回転する魔力の塊と、柔らかな光を放つ霊力の壁が激しく摩擦して火花が散る。
 ふたつの力がぶつかる場所から、ピシッ、ピシッと弾けるような音が鳴っていた。

 だが、次の瞬間ゴォオオオオ……と鈍い轟音を響かせてマハの放ったエネルギー波は天空高く撥ね飛ばされてしまった。

 それを見て、その場にいた全員がため息を吐いて肩を落とす。
 しかし、すぐに驚きの声が上がった。

 ほんの僅かだが、障壁に小さな亀裂が走っていたのだ。

「おっ!もしかしたらいけるかもしれないぞ、マハ!……て、おいっ!?」

 もしかしたらと思ったシトリーがマハを見ると、持っていた剣を放り出してぜいぜいと喘ぎながらその場にへたりこんでいた。

「ちょっ、おいっ、マハ、あれをっ!……あっ、あああーっ!」

 思わず、シトリーは悲鳴に近い声を上げてしまう。
 その指さした先で見る見るうちに亀裂が繋がっていき、元通りに修復されてしまったのだから。

「おい、マハ!せっかくチャンスだったのに!」
「も、申し訳ございません、シトリー様……。し、しかし……」

 力をほとんど使い果たしたのか、マハは肩で息をしながら立ち上がることもできない様子だった。

「おまえなぁ……。その前に散々無駄撃ちしといてそれかよ?」
「ほ、本当に申し訳ないです……」

 呆れ顔でマハを見下ろしているシトリー。

 と、その時だった。

「まあいいわ。今度は私がやってみるから」

 今度は、アナトが愛用の槍を手にして前に出てきた。

「へ?」
「なによ、その顔は?これでもいちおう元戦いの女神よ、私は」

 間抜けな声と共に浮かんだシトリーのきょとんとした表情に不満げに唇を尖らせると、アナトは静かに槍を構える。
 すると、その横顔からはいつも浮かべている笑みは消え、完全に戦士の顔になっていた。

 じっと前を見据え、口を真一文字に結んだ真剣な表情で構えている槍の穂先に、小さな球が浮かび上がる。
 そして、それが少しずつ膨らんでいき、オーガーの頭くらいの大きさになった。

 いや、大きさはどうでもよかった。
 問題なのはその中身。
 球体の内側で、深く濃い真紅の帯が渦巻いているのが見える。
 それは、悪魔であるシトリーですら全身の毛が逆立ち、背筋に寒気を覚えるほどに濃密で攻撃的な魔力の塊だった。

 その姿勢を維持したままで、すぅうう……と静かに息を吸うと、構えた槍を僅かに後ろに引く。
 そして、鋭い気合いと共に一気に槍を突き出した。

 槍に突き出されるように放たれた魔力の球が、凄まじいスピードで光の障壁に向かっていく。

 それがぶつかった瞬間、障壁が内側に撓んだように思えた。
 だが、それでも障壁は破れない。
 ギャギャギャギャッ……と軋むような不気味な音を立てて魔力の塊を受け止める。

 と、鋭い音を響かせて障壁に亀裂が入った。
 魔力の球がぶつかったところから、ピキッ、パリッという音を立てて亀裂が広がっていく。

「おっ!おおおっ!」

 思わず声を上げて、シトリーも身を乗り出す。

 だが、次の瞬間に魔力の球は破裂してしまった。
 飛び散った魔力が障壁に纏わり付き、悪魔の舌のように障壁を這い回っていく。
 しかし、飛び散った魔力の残滓にはもはや障壁を破るほどの力はなかった。

 そして、一度大きく走った亀裂が、再び修復されはじめる。

「……ちっ!やるじゃないの!」

 小さく舌打ちすると、アナトは再び槍を構える。
 その先にまたもや魔力の球が膨れあがるが、障壁の亀裂も確実に繋がっていく。

 それが完全に繋がる前に、再び魔力の球が放たれる。
 だが、連射して魔力のチャージが足りなかったのか、明らかにその大きさは最初のものよりも小さかった。
 そして、やはりというか、2発目の球は障壁にぶつかるとあっけなく破裂して霧散してしまった。

「……なるほどね。シンシアさんの言うとおり、なかなかの硬さだわ。それに、あの復元力の高さも厄介ね」

 障壁が元通りに修復されてしまったのを見て、アナトはいったん槍を置く。
 さすがに胸を大きく上下させていて、傍目にも息が上がっているのは明らかだった。

「大丈夫ですか?」

 シトリーが気遣うと、アナトは呼吸を整えながらも笑顔を見せる。

「ええ。まあ、私はもう一発くらいは撃てないことはないんだけど……。マハ、あなたはどう?」
「す、すみません、あたしはちょっと……」

 答えるまでもなく、無理だろうということはシトリーにもわかった。
 なにしろ、マハはまだその場に座り込んで立ち上がることもできないでいたのだから。

「しかしさすがですね。これなら、なんとかなるんじゃないですか?」
「そうね。マハの回復を待ってから明日もう一度やってみましょう。一点集中で、私とマハが全力の一撃を同時にぶつける。さっきの感じならそれでなんとかなりそうなんだけど……」
「どうかしたんですか?」
「さっきのシンシアさんの話だと、これで強度は低い方なんでしょ。仮に明日あれを破ることができても、この先あれより頑丈なのが現れたら厄介だわ。今から対策を考えておいた方がいいかもね」
「そうですね。……クラウディア、ピュラ」

 アナトの言葉に、シトリーは少しの間考えてからクラウディアとピュラを呼ぶ。

「はい」
「なんでしょうか?」
「これから先のことを考えて、あの障壁をなんとかする方法を見つけておきたい。破る、打ち消す、すり抜ける、どんな方法でもいいから」
「……そうですね。先ほども言いましたが、あれの性質や構造を分析するのに少し時間がかかると思います」
「かまわん。イストリアに攻め込むまでにはまだ時間はある。とりあえず、明日はアナトとマハの力押しで行くから、分析に必要な情報は今のうちにとっておけ」
「かしこまりました」

 シトリーの指示で、クラウディアたちは魔導師部隊の方に向かう。

「そういうわけで、あれの分析はあいつらに任せるとして、僕の方でもいい手はないか考えてみますけどね」
「そうね。お願いするわ。じゃあ、とりあえず今日のところは野営を張りましょう。マハ、あなたは明日のためにゆっくり休んで力を回復させること。それが最優先の任務よ。で、全軍をいくつかの部隊に分けて、交代でアルドゥヌムの町を包囲しつつ周囲の警戒に当たるように。あなたたちはその指揮を手伝ってちょうだい」
「はっ!」
「かしこまりました」

 アナトの命令で、フレデガンドとエルフリーデが敬礼して展開している部隊の方へと馬を走らせていく。

「野営の準備ができ次第、明日の作戦に関して会議を行うわ。私は軍団の指揮に当たるから、会議の準備はシトリーに任せるわね」
「わかりました。任せてください」

 そうやってアナトが一通り指示を出し終えると、全軍が慌ただしく動き始めたのだった。

* * *

 作戦会議では、障壁を破ることができた場合を想定した攻城に関する指示と、後は町の包囲と周辺の警戒に関していくつか指示が出されただけで滞りなく終了した。

 そして、その夜。

「なんだ、アナトはいないのか?」

 本陣となっている天幕に入ってきたシトリーがキョロキョロと見回すが、そこにアナトの姿はなかった。

 その場にいたのはエミリア、メリッサ、ニーナの悪魔組と、フィオナをはじめとするエルフの娘たち、それにシンシアといった面々だった。
 その中から、中央の机でなにか調べ物をしていたシンシアが面を上げた。

「アナト様なら先ほど出て行かれましたから、就寝用の天幕ではありませんか?」
「む……それにしても、ずいぶんと人数が少ないな」
「ええ。マハはもう休んでいますし、エルフリーデは夜間の警戒の指揮、フレデガンドは仮眠中です。クラウディア様たちは今夜中にあの障壁の分析に必要なデータをとると仰られてましたから……」
「そうか……ん?」

 シンシアの説明を受けながら、いるはずのメンバーがひとり足りないことにシトリーは気づいた。

「そういえば、アンナはどうした?」
「あら、そういえば……。もしかしたら、アナト様のところかもしれませんね。シトリー様が留守の間、あの子はアナト様の身の回りのお世話をしていましたし、今でもあの子の淹れたお茶がおいしいといっては何かと呼び出しておられますから」
「なるほどな……」

 シンシアにそう言われた時点では、シトリーもさして不自然には思わなかった。
 たしかに今いるメンバーの中では、そういう役目はアンナにしかできないように思えたからだ。

 しかしその時、後ろからくいっくいっと腕を引かれる。
 振り向くと、エミリアが珍しく真剣な表情をしてシトリーの腕を掴んでいた。

「ん?なんだ?」
「あのね……。シトリーが戻ってくる少し前から、アンナちゃんったらなんか元気がないのよね。それも、アナトのところに呼ばれた後なんか特にね。……あたし思うんだけどさ、あの人ってアンナちゃんみたいな子好きでしょ?たぶんさ、そういう意味で気に入られちゃったんじゃないかな……」
「なっ!?……いや、十分あり得るよな、それは」

 エミリアにしては遠回しな言い方だったが、シトリーにはすぐにピンときた。
 いや、アナトの性格と好みを考えたら、そういう事態を警戒しておかなければいけなかったというのに。
 古いつきあいで彼女のことをよく知っているはずなのに、どうしてそこに思いが至らなかったのか。

「ねえ、このままでいいの、シトリー?」
「いや、いいはずないだろが!」
「だよね。アンナちゃんってば真面目だから、きっと全部ひとりで背負い込んじゃってると思うんだよね。自分が断ったら、シトリーや他のみんなに迷惑がかかるんじゃないかって」
「ああ」

 もちろん、たとえ遊びでも自分の下僕に勝手に手を出されるのは面白くなかった。
 しかし、そうは言っても力の上でも立場の上でもアナトの方が自分よりはかなり上だ。
 抗議したところでアナトの性格からすると開き直るだけだろう。
 それどころか、下手に機嫌を損ねると後が怖い。
 だからといって、上官に下僕を差し出して自分の身の安泰を図るというのは彼の矜持が許さなかった。

「あの人には一度、あんまり悪ふざけがすぎるとヤケドするってことを思い知らせてやりたいけど、どうするかな……」

 腕を組んで考え込んでも、なかなかいいアイデアは浮かんでこない。

 なにしろ、アナトには初対面の時に自分の力が通用しないことを思い知らされている。
 正面からぶつかったら、絶対に勝ち目はない。
 さりとて、このまま放っておくのも癪に障るし、なによりアンナのことを放っておくわけにもいかない。

 思案しながら天幕の中を見回していると、大きな声を上げたシトリーに驚いたのか、状況を飲み込めていないながらも不安そうにこっちを見ているフィオナとイリスの姿が飛び込んできた。

「……っ!そうだ、フィオナ!」
「は、はい?なんでしょうか?」
「たしか、愛の実の粒はまだ残っていたよな?」
「ええ、まだ少し残ってますけど……」
「いくつかそれをよこせ!」
「は、はい……」
「ちょ、ちょっと、シトリー!なにをするつもりなのよ!?」

 背中から投げかけられるエミリアの声に答えることなく、腰に下げた袋の中からフィオナが取りだした愛の実の粒を受け取るとシトリーは天幕を飛び出していった。

* * *

 その頃、ここ、アナトの天幕では……。

「ですからアナト様!もう、こんなことは……」
「もう、あなたこそ何度同じこと言わせるの?こういう時は素直に楽しんだ方がいいわよ」
「そんなっ!こんなの、楽しめるはずがありません!」

 それはもう、ふたりの間で何度となく交わされてきた会話。
 夜にアナトに呼び出されると、必ずと言っていいほどこうなってしまう。
 それなら呼び出しに応じなければいいのに、アンナにはそれができなかった。

「もう、そんなに嫌がらなくてもいいじゃない。あなたがそんなだと面白くないから、腹いせにシトリーをいじめちゃおうかしら?」
「アナト様っ!」
「だったら、素直に私の相手をした方がシトリーのためよ」
「そんなっ……!」

 ここまで来ると、完全にパワハラ(&セクハラ)である。
 もちろん、アナトはシトリーのことを買っているので、そんな程度で本当に何かするはずがない。
 だが、アンナにはそんなことはわからないし、自分の主人にまで迷惑がかかるとあってはアナトのいいなりになるしかなかった。
 完全にお遊びのつもりのアナトに対して、アンナはあまりにも真面目で、自分の主人に対して一途すぎた。

「じゃあ、今夜も楽しみましょうか」
「いやああっ!」

「アンナッ!アンナはいるか!?」

 いよいよアナトがアンナを押し倒したときに、天幕の中に勢いよくシトリーが入ってきた。

「あっ、シトリー様!」

 その顔を見た瞬間、安堵した表情を浮かべたものの、すぐに泣きそうな顔になって視線をシトリーから背ける。
 そのまま、自分の主の姿をまともに見ることができないでいた。

 なにしろ、その時のアンナはアナトに押し倒されて服をはだけさせられた格好だったのだから。

「あら、シトリーじゃないの?どうしたの?」

 一方アナトはといえば、いちおうアンナから手を離して立ち上がったものの、そんな現場を押さえられたにもかかわらず悪びれる素振りすら見せない。

 だが、シトリーはアナトよりもまずはアンナの方に歩み寄る。

「大丈夫か、アンナ?」
「シトリー様……。ううっ、申し訳ございません、シトリー様……うううっ、私、私……」

 優しい言葉をかけられて、アンナの目から涙がこぼれ落ちた。
 そのまま、シトリーに抱きついて泣きじゃくる。
 相手が女とはいえ、それも抗えない相手とはいえ、シトリー以外の相手に体を許してしまった罪悪感が涙を溢れさせ続けた。

「ああ、わかってる。おまえじゃあの人には逆らうことはできないからな。あの人のそういう趣味もわかってて放っておいた僕のミスだ。おまえはなにも悪くないさ」
「……シトリー様。ううっ、申し訳ありません……」
「わかったから、おまえは服を着てもう戻れ」
「……はい」

 優しい言葉をかけながら、とりあえずアンナに服を着せて天幕から送り出す。

 ……一粒で大丈夫か?
 いや、あの人の場合それじゃ不安だな……。
 よし、三粒くらいなら……。

 振り返る前に、握っていた愛の実の粒をアナトに気づかれないようにそっと口の中に放り込む。
 そして、それを唇の裏に隠すとアナトの正面に立った。

「まったく、何をしてくれるんですか?」
「あら、怒ってる?ごめんなさいね。でも、あの子をキミから奪ったりしようとか、そんな気はないから大丈夫よ」

 シトリーが問い詰めると、いちおう謝ってみせたものの全く反省の色は見られない。

「本当に、あなたの悪いクセですよ」
「でもね、体が寂しいのはしょうがないじゃないの」

 アナトの返答に、呆れたように肩をすくめてみせる。
 これから自分がやろうとしていることを、彼女に悟られてはならない。
 だから、そんな何気ない仕草にも細心の注意を払う。
 いつもアナトと接しているときの態度、振る舞いと同じように……。

「はぁ、まったくあなたという人は……それなら、僕でいいじゃないですか」
「ええ?」

 普段通りの軽口口調で、少しおどけた笑みを浮かべながらアナトの方に歩み寄る。

「体が寂しいんなら、いつでも好きなときに僕が相手をしてあげますよ」

 そう言うと、アナトの体を抱き寄せていきなりその唇を奪った。

「んんっ……!?ん……」

 一瞬、驚いた表情を浮かべたが、アナトはすぐに楽しそうに目を細めると自分から積極的に舌を絡めてくる。

 その口づけに、シトリーは自分の全神経を集中した。

 アナトの背後に腕を回すと、その頭を抱え込む。
 彼女がそうやって、キスをしながら耳の後ろを指先で愛撫されるのが好きなこともシトリーはよく知っていた。
 いや、それだけではない。
 これまでの長いつきあいで、どうしたらアナトが喜ぶか、どこをどういう風にすれば彼女が感じるのかも知っていた。
 それら、これまでの経験で培った全てを注ぎ込んでアナトをキスに集中させる。

「ん……んんっ」

 呼吸をするのも忘れるほどの、長く、濃密な口づけ。
 その果てにアナトが唾を飲み込もうとした、その瞬間をシトリーは見逃さなかった。
 口中に含み隠していた愛の実の粒を唾液と一緒に流し込み、舌で喉の奥まで押し込む。

 アナトの喉がコクッと鳴ってそれを飲み下したのを確かめてから、はじめてシトリーは唇を離した。

「……どうしたの?今日はいつになく情熱的じゃないの?キミがそんなに乗り気なのって久しぶりね……」

 キスをしている間に体の火照りを抑えきれなくなったのか、潤んだ視線をこちらに向け、微笑みながら首を傾げる。
 と、その時、アナトの体がゆらりとふらついた。

「え……?なに?キミ、今……私になにか……のませな……か……った……?」

 アナトの呂律が回らなくなり、瞳から急速に光が失せて靄がかかったようにぼんやりしてくる。
 世界樹の森で、エルフの娘たちに愛の実の粒を飲ませたときに何度も見たのと同じ反応だ。

「……おっと」

 そのままよろめいて倒れそうになったアナトを抱きかかえて支える。

「どうしたんです!?大丈夫ですか!?」

 万が一のために、驚いたふりをする。
 なにしろ、かつて彼女には完全にしてやられている。

 本当に効いたのか?

 あの時の苦い記憶があるから、どうしてもそう疑ってしまう。

 呼びかけながら、虚ろな目を開いたまま腕の中でぐったりとなっているアナトの様子をつぶさに観察してみる。

「アナト?どうしたんですか!?」

 その目の前で手を振ってみても、なんの反応もない。
 彼女の瞳孔や筋肉の微かな動きも見逃さないように目を凝らしても、ほんの僅かな動きすら見られない。

 これは……演技じゃないな……。

 時間を置いてじっくりと見ていたシトリーは、いくら彼女でもそんな演技はできないだろうと判断を下す。
 問題は、あの時にみたいにわざと堕ちてみせてから正気に戻ることだが、強靱な精神力を持っていたエルフの巫女たちでも1粒で十分だった愛の実を3粒も飲ませたのだから、さすがに大丈夫だろうとも思う。

 おそるおそる腕を伸ばして服の中に忍び込ませ、アナトのその、弾力のある胸を掴んでみる。

「ん、んん……」

 くぐもった鈍い呻き声が、アナトの喉から洩れる。
 だが、それ以上の反応はない。

「んんん……んんっ」

 胸を掴む手に力を込めると、アナトは鼻にかかった呻きと共に僅かに体をくねらせた。

「んっ……んむっ、ぴちゃっ」

 間近に顔を寄せると、くん、と鼻を鳴らせてアナトの方から舌を伸ばしてくる。
 そのまま、ぴちゃぴちゃと音を立てながら貪るように唇を舐め始めた。
 まるで、己の体内に宿らされた愛の実の主の体液を求めるかのように。

 それも、これまで愛の実を飲ませた娘たちが見せてきたのと同じ姿だった。

「んっ、んんんっ!」

 今度はその股間に手を伸ばすと、反応は鈍いながらも呻き声が跳ねるように僅かに甲高くなる。
 アナトのそこは、生地が冷たくなるほどにぐっしょりと濡れていた。

 布地の中に手を潜り込ませて、熱く滑った裂け目を探り当てる。
 そこに指を挿し込んでかき回す。

「んっ、んん……んんっ、ん……」

 アナトのくぐもった声が震えて、身悶えする。
 僅かにその腰が揺れはじめ、挿し込んだ指を締めつけてくる。
 早く本物を入れて、射精して欲しいとでも言うように。

 それを見て、シトリーは愛の実の効果を確信する。
 その、彼女の反応のひとつひとつが、愛の実を飲んだ女のそれと合致していた。
 いくらなんでも、演技でそこまでできるはずがなかった。

「んっ……」

 まだ食いついてくるそこから指を引き抜くと、アナトの夜着を剥ぎ取って仰向けに寝かせる。
 そして、両足首を掴んで大きく開かせ、秘裂を剥き出しにさせる。
 その、ぱっくりと開いた割れ目は赤く充血した襞が剥き出しになり、シトリーを誘うようにひくつきながら愛液がトロトロと溢れ出ていた。

 シトリーが己の屹立した肉棒を露わにしてそこに宛がうと、ぼんやりと上を見上げたままのアナトの口から、んん……と鈍い声が上がる。
 そのまま押し込んでいくと、肉棒はぬぷぬぷっと滑らかにその中に潜り込んでいく。

「んんっ。んんんんっ!」

 そのまま奥までねじ込むと、喉から絞り出すような呻き声を上げてアナトの腰が浮く。
 自分の中に入ってきたそれが求めていたものだとわかったのか、熱い襞が纏わりつくように締めつけてきた。
 そして、シトリーが腰を引くと、それが出て行くのを嫌がっているかのようにきゅうっと吸いついてくる。

「く……やっぱりすごいですね、あなたの体は……」

 アナトにその言葉が届かないのがわかっていても、ついつい感嘆の声が上がってしまう。
 初めて会ったときから何度も相手をしているが、アナトを抱いたときのこの心地よさ。
 しなやかな細身でありながらも胸や尻は十分に肉感的で、その肌からは熟れた女の官能をそそる色気が放たれているように感じる。
 今は表情を失っているが、切れ長の目に鼻筋の通った整った顔立ちで、ヌメっと光る少し分厚めの唇がまた淫靡だった。
 そしてなにより、男のモノをいったん迎え入れるや、熱く絡みついてきて咥え込んだものを離さないその秘裂。
 並の男なら入れただけで昇天しそうな、女として完璧な体だった。

「じゃあ、行きますよ……」
「んっ、んんっ、んっ、んっ、んっ、んっ……」

 シトリーが腰をピストンさせると、鼻にかかった呻きがリズミカルに洩れ始める。

「んっ、んっ、んっ、んっ、んっ、んっ……」

 シトリーが腰を打ちつけるままに体を揺らしながら、まるで無表情のままでくぐもった声を上げ続けるアナト。
 一見、人形のようになんの反応もしていないように見えるが、実際はそうではなかった。
 シトリーのそれを咥え込んだそこからは際限なく蜜の湧く壺のように愛液が溢れ、その中では襞の一枚一枚が生き物のように蠢きながら絡みついて肉棒を刺激してきていた。
 それはあたかも、純粋に精液を絞り取る本能だけに全身を支配されているかのようだった。

「んっ、んっ、んっ、んっ、はっ、はっ、はぁっ……」

 テンポ良く腰を打ちつけていると、アナトの呻きが喘ぎ声のようなものに変わった。
 まだ瞳は虚ろに霞んでいるものの、その目尻は僅かに緩み、熱っぽい潤みを帯びていた。
 それと同時に、シトリーの動きに合わせるようにアナトの腰が揺れはじめる。
 そして、肉棒を咥え込んだ膣全体が、精液を搾り取るための装置であるかのように締めつけてくる。

「はっ、はっ、はっ、はっ、はんんん……」
「くっ……!くううううううっ!」

 本能剥き出しの締めつけに、シトリーの方に限界が訪れた。
 そのまま精液をぶちまけられてやや甲高い喘ぎ声をあげたものの、アナトは僅かに体を震わせただけで全てを受け止める。

「ん、はぁ、はぁああ……」

 と、大きく息を吐いたアナトの瞳に少しずつ光が戻ってきた。

「……ん、んん?あら?……私?……え?ええっ!?」

 我に返ったように辺りを見回し、自分の置かれている状況に気づいて驚いたように目を丸くする。
 そして、その視線がシトリーを捉えた。

「あっ……」

 短い声を上げたまま、呆けた顔でシトリーを見つめるアナト。

 どのくらいそうしていただろうか。
 ふふっと、アナトが声を上げて笑った。 

「なるほどね。まさか、私に愛の実を使うなんてね……」

 アナトの口から洩れたその言葉に、シトリーはギクッとなる。

 自分のしたことが、完全にバレてしまっている。
 いや、それよりも彼が危惧しているのは……。 

「もしかして、効いていないとか……?」
「いいえ、効いてるわよ。だって、こんなに狂おしいほどにキミが欲しいんですもの」

 熱を帯びて潤んだ視線をシトリーに向けて微笑んだアナトの妖艶さに、思わずゾクリとしたものが走る。
 たしかに、そんなに愛欲を剥き出しにした彼女を見るのは初めてかもしれなかった。

「話には聞いたことがあったけど、その効果がここまでとは思っていなかったわ。もう、変になりそう。キミを見ているだけでこんなに体も心も熱くなって、もっと体を重ねていたいと思ってしまうじゃないの……」

 アナトがそう言った、次の瞬間。

「う、うわっ!?」

 体を起こしたアナトが、その勢いでシトリーを押し倒した。
 そのまま、マウントポジションをとって見下ろしてくる。

「シトリー、私がまだ魔界に堕ちる前に、人間たちから戦いの女神ともうひとつ、なんて呼ばれていたか知っているでしょ?」

 そう言うと、アナトはチロッと舌なめずりをした。
 その体から匂い立つ、強烈な牝の香りに噎せ返りそうになる。

「ええっと……愛の女神ですよね?」

 ある意味、ただならぬ雰囲気にたじたじになりながら答えると、アナトの顔に嬉しそうで、かついやらしい笑みが満面に浮かぶ。

「そうよ。今夜は、どうして私が愛の女神と呼ばれていたか、この体でたっぷりと教えてあげるわ」

 そう言った瞬間、黒いはずのアナトの瞳が淫魔のそれのように赤く光ったように見えた。
 そして、シトリーのモノを片手で掴むと腰を沈め、自ら秘裂の中へと導いていく。

「んっ!ああっ、いいっ、すごいわっ!」

 膣の中にすっぽりと根元まで肉棒を飲み込むと、顎を反らせて感に堪えないような喘ぎ声を上げる。
 そして、そのまま激しく腰をくねらせ始めた。

「ああっ!やっぱりいいわっ!シトリーのおちんちん、もう最高!んっ、もっといっぱいキミを感じさせて!ああんっ!」

 じゅぷっ、ぬぷっと湿った音を響かせて、愛液に濡れそぼった割れ目を肉棒が出入りしていく。
 すでに熱く蕩けきったその中は、ヒクヒクと痙攣しながら肉棒を締めつけていた。

「くううっ!これはっ!」

 自分の上で躍動するアナトのもたらす快感に、シトリーも思わず呻く。

「ああっ、シトリー!いいわっ、すごくいいのっ!はうっ、ああっ、大きいっ!」

 シトリーへの愛情と肉欲に完全に支配されたアナトは、両手をシトリーの胸について肉棒を貪り続けた。

 そして……。

「あんっ、はあっ!来てるっ!奥まで来てる!んっ、はぁああん!」

 歓喜の表情を浮かべて、アナトは激しく腰を振り続けていた。
 相変わらず物理法則を無視したように前に突き出た乳房が、その動きに合わせてプルプルと上下に揺れている。

 一方、シトリーはというと……。

「ア、アナト!ああっ、ぐわぁああっ!」

 アナトのような美人とのセックスには、およそ似つかわしくない苦悶の表情を浮かべている。

 それもそのはずで、馬乗りになったアナトにもう何回となく精液を搾り取られたというのに、彼女には満足する気配は微塵も見られないのだから。
 射精の回数が二桁に乗るまでは覚えていた。
 それ以降は意識が朦朧として、もう自分が何度達せられたのかもわからない。
 射精のたびにもう限界だと思われるのに、アナトの巧みなテクニックによって強制的に勃起させられて搾り取られていく。
 もう、全身が怠く、力が入らない。
 そればかりか、過度の疲労と快感で頭の芯も股間もズキズキと痛む。
 それでも、拷問にも似た快楽の無間地獄は終わることはなかった。

「アナトッ!もうっ、これ以上はっ!」
「ダメよ!もっと、もっと私を感じさせて、シトリー!ああっ、いいっ!んっ、愛してるわっ、シトリー!」
「ぐぁあああああ!」

 肉棒を咥え込んだアナトのそこがぎゅうっと締まると、目の前が真っ白に弾けて精液を搾り取られる。
 急速に視界が暗くなって、全てが霞んでいく。
 それなのに、肉棒を締めつける刺激は衰えることなく、苦痛に近い快感がズキッと体を駆け巡っていく。

「もっとよ、シトリー!もっとできるでしょ、ねえっ!」
「う、うう……」

 アナトの声に、シトリーはもう返事を返すこともできなかった。

 これは、本当にもうダメかもしれないな……。

 美人の悪魔に精液を全部搾り取られるなんて死に方など、聞けば羨む者もいるかもしれない。
 だが、そんなにいいものではなかった。
 快感も度を過ぎると苦しみの方が勝ってしまうなんて、経験した者じゃないとわからない。

 ああ……本当に僕は、もう……。

 全ての感覚が麻痺したように、ほとんどなにも感じない。
 肉棒を締めつける快感すらも次第に鈍くなっていく。

 そのまま、シトリーの意識は深く暗い闇の底へと堕ちていったのだった。

< 続く >

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