第1話 人形たちの店
~1~
「いらっしゃいませ!あ、こんにちは、津雲さん!」
「こんにちわ、ユイちゃん」
店に入ってきた男は、にこやかな笑顔を浮かべて結依に挨拶をすると、カウンターのいつもの席に腰掛ける。
「いつものでよろしいですか?」
「ああ、頼むよ」
彼は、1年近く前からここ、喫茶店”チャイム”によく通っている常連客のひとりだ。
年は40半ばくらいだろうか。日焼けした、精悍な顔立ちで、口髭と顎髭を伸ばしているが、きれいに切り揃えていて不潔な感じはしない。
ここに来るときは、いつも柔和そうな笑顔を浮かべており、話し上手で、彼がいるときの店内は、店員や他の客の笑い声が絶えなかった。
体つきも、がっしりした肩にすらっとした体つきで、いわゆるメタボというのとはほど遠い。
いつもスーツに身を固めてはいるのだが、なんの仕事をしているのかは結依も知らなかった。
というよりかは、結依の知っている限り、日中はたいていこの店に来ておしゃべりをしている。喫茶”チャイム”には定休日は無いし、週に5日はこの店にいる結依がいつも見るのだから、ひょっとしたら毎日来ているのかもしれない。
よく考えたら、彼のことは津雲雄司(つくも ゆうじ)という名前と、こうやっていつもこの店に来ておしゃべりしていること以外は何も知らなかった。
「はい、どうぞ、津雲さん」
結依が津雲の前にコーヒーカップを差し出す。
すると、それを持ち上げて津雲が微笑みかけてきた。
「ありがとう、ユイちゃん。今日のコーヒーはユイちゃんが淹れてくれたのかな?」
「いいえ、マスターですよ」
「うーん、それは残念」
「あら、でもマスターが淹れた方が美味しいですよ」
「でも、僕はユイちゃん派だからね」
そう言って、津雲はコーヒーをひとくち啜る。
「おいおい、そんなこと言ってるんじゃ津雲さんだけ料金は5割増しでもらうことにするかな」
コーヒーを淹れた後のサイフォンのフラスコを拭きながらマスターも会話に入ってきた。
もちろん、怒っている様子はなく、目は笑っている。
「うわ、それは勘弁勘弁。……うん、やっぱりマスターが淹れてくれたコーヒーは美味しいよ」
「なに言ってるんだい、もう遅いよ」
マスターのその言葉を合図に、店内に笑いが響く。
それが、もう、何度も繰り返されてきた、いつもの風景だった。
今年の誕生日で25才になる彼女、椙森結依(すぎもり ゆい)がこの喫茶”チャイム”で働きだしてから、もう6年が過ぎようとしていた。
大学生の時にここでバイトを始めて、卒業してからもそのまま働いている。
もちろん、社員とかそういうのではなかった。”チャイム”は、何人かバイトを雇っているものの、そんなに大きな店でもない。
しかし、学生の頃からマスターにはよくしてもらっていたし、なにより、結依はこの店が好きだった。だから、大学を出てからもマスターの好意で、パートタイムで働かせてもらっていたのだ。
今では、結依がマスターに代わってコーヒーを淹れることもよくあることだったし、マスターが休む日には結依が店を任されることすらあった。その割には給料こそ安いものの、それでも一人暮らししていくのに不自由はないだけの収入を得ることはできていた。
もちろん、結依だって、まだ学生の頃は就活をしようかどうか悩んだ時期もあった。
でも、今では、彼女はこの生活に満足していた。
それだけ、この店に愛着があったというのもある。だが、それだけではない。彼女には、つき合い始めて5年になる、結婚も考えている相手がいたのも大きかった。
結依の彼氏、山下宏平(やました こうへい)は、結依とは同い年で、結依とは大学のサークルの友達に紹介されたのがつき合い始めたきっかけだった。
少し生真面目すぎるところもあるが、優しい性格の宏平を結依は好きだった。おっとりしたところのある結依も基本的に真面目な性格だったし、宏平と一緒に過ごす時間は、結依にとって心の落ち着く、かけがえのないものに感じられた。
そんな宏平となら結婚してもいいと考えていたからこそ、結依はこうして、愛着のある喫茶店でのんびりとパートタイムをしながら生活ができていたのだ。
ただ、結依には今、ちょっとした悩みがあった。
もうすぐ宏ちゃんの誕生日だけど……プレゼント、何にしようかな……。
1週間後に、結依よりも1ヶ月早く宏平の誕生日がやってくる。
そのためのプレゼントを買わなければいけないのだが、結依は昔から人にプレゼントをあげるのが苦手だった。相手に喜んで欲しいのだけど、何を買ったら喜んでくれるのか、考えるといつもわけが分からなくなってくる。
中学、高校と女子校に通っていて、兄も弟もいない彼女にとって、男性へのプレゼントはなおさらだ。
やっぱり、マフラーが定番だろうと思ってプレゼントしたのは4年前だ。ただ、宏平の誕生日は7月なので、周囲にさんざん馬鹿にされた。真夏にマフラーを買うだけでも大変だったというのに……。
それでも、冬になるとそのマフラーをちゃんとしてくれていた宏平の優しさが結依には嬉しかった。
一昨年は、3ヶ月遅れの就職祝いを、と思って万年筆を贈って、宏平を紹介してくれた友達に、「あんたは母親か、それとも親戚のおばさんかなんかかっ!」と言って頭をはたかれた。
彼女曰く、たいていの人が親や親戚から就職祝いに万年筆や高級ボールペンをもらうらしい。しかも、今どきの若い子は万年筆なんて使わないから持て余すらしいのだ。これは後から聞いたことだけど、宏平も就職祝いの万年筆をすでに3本もらっていたらしい。もちろん彼は、プレゼントしたときはそんなことは顔にも出さなかったのだけれども。
そんなことが重なると、プレゼントを選ぶのが苦手だと自覚しているだけに、宏平の誕生日が近づくと楽しみな反面、気が重くなってくる。
本当に、今年は何にしたらいいんだろう?
宏平って、優しいから何をあげても喜んでくれるだろうけど、私だってちゃんとしたものをプレゼントしたいし……。
「どうしたの、ユイちゃん?」
「え?あ、いえ、なんでもないんです」
今年の誕生日に何を買うか、ついつい考え込んでしまっていた。
気が付くと、津雲が首を傾げながらこちらを見ていた。
「なんか悩みでもあるのかな?」
「いえっ、悩みっていうほどじゃないんですよ」
笑顔で結依はごまかす。
たしかに、悩みといえば悩みだけど、こんなのは幸せな悩みだった。
「ふうん。なにか困ってるっていう感じだったけど」
「いえ、本当にたいしたことじゃないんですよ。ちょっと迷ってるだけで」
「迷ってるねぇ……。そうだ!じゃあ、僕がちょっと占ってあげようか?」
不意に、津雲がそんなことを言いだした。
「占い?津雲さんって、占いなんかできるんですか?」
「ああ、昔から占いには凝っててね」
「へえ。やっぱりあれですか?氏名や誕生日とかで占うんですか?それとも、タロットとか使うんですか?」
「いいや、僕は道具とかそんなものは使わないよ。それに名前や誕生年月日も必要ないね」
「じゃあ、私の話を聞いてから判断するとか、そんな感じなんですか?」
「いや、それも必要ない。はっきり言って、僕の占いには相手の情報を聞く必要ないんだよ。例えば、今のユイちゃんが何を迷っているのか、てこともね」
「へええ。それで、どうやって占うんですか?」
「ふふ、試してみるかい?」
そういって、津雲は口許に笑みを浮かべる。
多くの女の子がそうであるように、結依も占いには割と興味があったり、雑誌に載っている星占いを気にしたりする方だった。
だから、津雲がどうやって自分のことを占うのかが気になってしかたがない。
結依は、津雲の目を見て、黙って頷く。
「よし、じゃあ始めるよ」
そう言って、津雲がいきなりぱっと手のひらを突き出してきたので、結依はびっくりして目を見開く。
しかし、津雲が目を閉じてなにか集中し始めた様子なので、そのまま黙って見守ることにした。
津雲さんって、こんなに指が細くて長いんだ。
なんか、器用そうな感じ……。
目の前の手のひらを眺めて、そんなことをぼんやりと考える結依。
5分くらいの間そうしていただろうか。
「よし、わかった」
津雲が目を開けて手を元に戻す。
「ええっ!今のでなにかわかったんですか?」
「ああ、きみの悩みを解決するきっかけがね」
「本当ですか?」
本当に?まさか、宏ちゃんへの誕生日プレゼントが決まらないことがわかったの?
何を買ったらいいなんて、はっきり言われたらどうしよう……ちょっと恥ずかしいな……。
結依が、驚いて目を丸くする。
そんな結依に向かって頷き、微笑みを浮かべると、津雲は口を開く。
「今日、帰りに、いつも通っている道よりも3つ右隣の通りを通ってごらん」
「え?どういうことですか、それ?」
予想と違う言葉に、結依はきょとんとして聞き返す。
「うーん、どういうことって言われても、今のだけじゃユイちゃんの悩みの内容まではわからないんだ。ただ、そこできみの悩みを解決するヒントが見つかるっていう占いが出ただけなんだよ」
「本当に?いつもの道から3つ右隣の通りを歩くだけでいいんですか?」
「うん。なにか、きっかけになるようなものを、きみはそこで見つけるはずなんだけど」
信じられないといった表情の結依に、津雲もいまいち自信なさげに答える。
「へええ、あんなので占いになるのかい、怪しいねぇ」
結依の隣で津雲の占いを見ていたマスターが、にやにやしながら口を挟んでくる。
どうやら、いつもの津雲の冗談だと思っているようだ。
「まあ、当たらぬも八卦っていうからね。騙されたと思って」
「ほらほら。これは、明日になって冗談だったって言うつもりだよ、きっと」
「でも、いつもの帰り道から通りを少し変えるだけですし、騙されたつもりでそうしてみます」
「ああっ、ひどいなぁ。ユイちゃんまで騙されたつもりだなんて」
「だって、騙されたと思って、て最初に言ったのは津雲さんですよ」
「あ、そうか。はははっ……」
津雲が、可笑しそうに笑い、それにつられて結依とマスターも声をあげて笑う。
と、その時。
「おはようございます!あっ、いらっしゃいませ、津雲さん」
元気よく店に入ってきたのは、この春からここでバイトを始めた真辺美穂(まなべ みほ)だった。
夏らしく、キャミソールにジーパンという格好をして、少しウェーブのかかった髪にぱっちりとした大きな瞳で、人懐っこい笑顔がチャーミングだ。
美穂は、すぐにカウンターに座っている津雲に気づいて、元気よく笑顔で挨拶する。
「ああ、こんにちは。ミホちゃん」
「おはよう、美穂ちゃん」
「はい!おはようございます、結依先輩!」
「おはよう、真辺くん」
「おはようございます、マスター!……それじゃ、私、制服に着替えてきますね」
結依とマスターに挨拶を済ませると、美穂は奥の控え室に入っていく。
「真辺くんも来たことだし、結依ちゃんも今日は上がっていいよ」
「まだ、少し時間がありますけど、いいんですか?」
「ああ。今日はお客さんはいないしね」
「ひどいなぁ、マスター。僕がいるじゃないの」
「ああ、そうそう。津雲さんのコーヒー代は5割増しにしておかないとね」
「まだ根に持ってるの、マスター?」
「ははは、冗談だよ。でも、本当に、今日はもう大丈夫だから。それに、結依ちゃんも津雲さんの占いが本当かどうか確かめないとね」
「そうですね。じゃあ、私はこれで。ちょっと騙されに行ってきますね」
「ああっ、ひどいなぁ、ふたりとも」
苦笑いを浮かべている津雲に軽く会釈をすると、結依も控え室へと入る。
「あ、今日はもう上がりですか、先輩」
「うん、マスターが今日は上がっていいって」
「そうですか」
制服に着替えている美穂の横で、結依はエプロンを外す。
ふと、美穂がまじまじとこっちを見ているのに結依は気づいた。
「なに?美穂ちゃん?」
「……先輩、なにかいいことあったんですか?」
「え、どうして?」
「なんだか嬉しそうですよ」
「そうね、いいことがあるかどうかはこれからのお楽しみ、てとこかな?」
「ええっ!なんですかぁ、それ?」
「ふふふっ、内緒」
煙に巻かれて、小首を傾げる美穂。
そして、制服に着替えた美穂と、私服に着替えた結依は続けて控え室を出ていく。
「じゃあ、バトンタッチね、美穂ちゃん。後はよろしくね」
「はいっ、お疲れさまです、先輩」
「それじゃ、私はこれで上がらせてもらいますね、マスター」
「ああ、お疲れさま」
「お疲れさまです。それでは、津雲さんも」
「ああ、また明日」
当然のように、また明日、と言って津雲は結依に手を振る。
そんな津雲とマスターにもう一度お辞儀をすると、結依は喫茶”チャイム”を後にした。
~2~
いつもより、3つ右隣の通りって、きっとここよね。
帰り道、結依はひとつひとつ通りを数えながら歩いていく。
”チャイム”から自分の部屋のあるマンションまでの帰り道で、通りを3つ違えて、そんなに遠回りにならない場所といったらここしかない。
いつも通る、店の建ち並ぶ大きなバス通りから外れているので人通りは少ないが、ここも商業地区の一角にはなるはずだ。ただし、少し外れの方にはなるので、結依はこの辺りを通ったことはない。
「あ、どうぞ!輸入ブランドの”ラ・プッペ”です!」
通に入る角を曲がったところで、結依はビラを手渡された。
それを配っていたのは、ワイシャツに黒のベスト、蝶ネクタイに黒いスラックスという、まるでバーテンダーのようないでたちの美人だった。
「は、はい」
相手の持つ不思議な雰囲気に気圧されて、ついつい受け取った紙片に目を落とす。
「あ……」
……え?これ……男もののブランド品ですって?
突っ立ったままで、ビラを見つめる結依。
それは、メンズの輸入ブランド品を扱う店のビラ。
いつもの彼女なら、そんなものを手渡されても気にすることなく立ち去っていただろう。
しかし、その日は宏平の誕生日プレゼントが決まっていなかったことが、そして、さっきの津雲の占いのこともあって、そのビラから目を離すことができなかった。
「どなたかへのプレゼントをお探しですか?」
じっとビラを見つめていると、その女性が結依に話しかけてきた。
「あ、いえ……ちょっと、友達の誕生日が近づいてて……」
そう、少し照れながら答える。
さすがに、彼氏とか、恋人と言うのは恥ずかしくて、友達、とごまかしてしまう。
「そうですか。店はすぐそこですから、少し覗いていきませんか?男性へのプレゼントにぴったりのものがきっと見つかりますよ」
まるで、結依の心を見透かしたように女がにっこりと微笑んだ。
男装をしているせいかどうかはわからないが、自分とそんなに変わらない年のように見えるのに、ものすごく大人びて見える。
「あ、は、はい……」
結依がそのまま頷いてしまったのも、やはり津雲の占いが気になっていたからだろうか。
「では、どうぞ、こちらです」
そう言って先に行く女の後から、結依もついて行く。
「さあ、ここです」
行きついたのは、ビラを配っていた場所から数軒先の、6階ほどの高さのビル。
その1階に、その店”ラ・プッペ”はあった。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ、ようこそ、”ラ・プッペ”へ」
中に入った結依を出迎える店員は、みな若い女性、それもすごい美人ばかり。
その服装も、ビラを配っていた彼女と同じ、ベストに蝶ネクタイという男装だ。
「あ、ど、どうも……」
スタイルの良い男装の美人が、ビシッと整列して頭を下げる。
その出迎えに、結依は少したじろいでしまう。
「こちらのお客様は、お友達の誕生日プレゼントをお探しだそうです」
結依をここまで連れてきた女性が、出迎えた店員のひとりに結依のことを説明している。
すると、その店員がにっこりと微笑んで結依の手を取った。
「そうですか……それではこちらにどうぞ」
「は、はい……」
まるで、男性にエスコートされるような錯覚に、結依は思わず赤面する。
そして、店員に案内されるまま、結依は店内を見て歩いていく。
……この人、すごい美人。
それに、なんか凛々しい感じがする……あれ?女の人に凛々しいとか言っていいのかしら?
女性だということはわかっているのに、男装をしているせいか結依は妙にドキドキしてしまう。
すでに、結依はその店の雰囲気に呑まれてしまっていた。
どうやら、今、店内には結依の他には客はいないようだった。
商品を並べたガラスケースが連なっている店の内装は思っていたよりもシンプルで、シャンデリア風の灯りが下がっている他には特に装飾はない。それも、それほど豪奢ではなくて、控えめな感じなのが好ましく思えた。
「へええ……」
こんなところに、こういう店があったんだ。
近くに住んでるのに、全然知らなかった。
ガラスケースの中には、見たことのないような男物の小物や装飾品などが並んでいて、結依は思わず目を見張る。
もちろん、見たことがないわけではなく、これまで結依がそういったものにあまり関心をもってなかっただけなのだが。
「こちらの時計などはいかがでしょう?このシリーズは今、男性にとても人気があるんですよ」
「そ、そうですか」
そう言って案内されたガラスケースの中には、男性用の腕時計が並んでいた。
「人気がありすぎて入手困難になっているものもあるので、このシリーズを全て揃えているのは当店くらいだと思いますよ」
「は、はぁ……」
そういわれても、結依は腕時計の事はあまり知らない。ましてや、輸入物の高級品のことなど、まったくわからない。
……て、うそっ!?
何気なく値段を見て、結依は思わず大声をあげそうになった。
とてもではないが、小さな喫茶店で働いた給料で買える値段ではない。
結依は、苦笑いを浮かべてごまかすと、隣のガラスケースを覗く。
「こちらのアクセサリーなども、最近人気があるんですよ」
そこに並んでいたのは、指輪やネックレス、ブレスレットなどの男性用アクセサリー。
「そうなんですか……でも、彼、アクセサリーを身につけているのを見たことないんですよね……」
そう、呟くように言う結依。
たしかに、それは事実だった。
根が生真面目な宏平はきっと、男がアクセサリーを付けるなんて、チャラチャラしてるとか言うだろう。
それに、そこに並んでいるアクセサリーも、時計と負けず劣らずいい値段が付いていた。
「それに、ちょっとお財布とも相談しないと……」
そういって、結依は苦笑する。
「そうですか。それでしたら、こちらなどはいかがでしょう」
店員が、さりげなく次のショーケースへと案内する。
そこには、ずらっとネクタイが並んでいた。
あ、これなら私でも手が出そうだわ。
まず、値段を見てしまう自分が少し情けなかった。
でも、たしかに中にはちょっと高いものもあったが、ほとんどは結依でも買える値段のものばかりだ。
ただ……。
こんな派手なネクタイ、宏ちゃんはするかしら?
そこに並んでいるネクタイは、たとえ柄がシンプルなものでも色使いが鮮やかで、どれも結依にはひどく派手に思えた。
結依は、宏平のスーツ姿を思い出してみるが、こんなカラフルなネクタイをしているところは想像できなかった。
「……彼、こういうネクタイをして、仕事には行かないでしょうね」
「あら、このネクタイはどれもプライベート用ですわ」
「え?そうなんですか?」
「ええ。こういうファッションネクタイ、結構人気あるんですよ。ビジネスやフォーマルな場で使うのではなくて、あくまでもカジュアルな場で使うんです。このネクタイなら、別にワイシャツじゃなくても、柄のあるシャツとかでも構いませんし、上着も別になくても大丈夫です。ボトムスも、デニムやカーゴパンツでもいいですし、それこそこの季節なら7分丈くらいの短パンに合わせる方もいらっしゃいますよ」
「ええっ、短パンでもいいんですか!?」
「ええ。最近はそういう合わせ方をよく見かけますよ。お友達の方がかっちりとした服装がお好みでしたら、そうですね……このケースのはどれも色が鮮やかですから、濃いめの色のシャツにこのネクタイをして、ジャケットを羽織るとなかなか素敵ですよ」
「へええ、そうだったんですか……」
店員の説明に、感心しながら頷く結依。
ただでさえ、これまで男性へのプレゼントには苦手意識があったから、そういうことを今まで考えたことは無かった。
うーん、そんな格好をしてる宏ちゃんって、想像できないけど、案外いけるかもしれない。
頭の中で、店員に言われたような宏平の姿を想像してみる。
「お友達はおいくつになられるんですか?」
「ええと、25才です」
「そうですか。20代の方なら、このくらい派手めのネクタイでも十分似合うと思いますよ」
いや、若くても人間はいたって地味なんですけど……。
でも、案外宏ちゃんのイメージ変わるかもね。
ジャケットは時々着てる色の濃いのがあったわね。
あと、シャツは……。
「あっ!」
「どうされましたか?」
「あ、いえ、彼、きっとシンプルな白のワイシャツしか持ってないと思います」
「そうでしたか。では、シャツも一緒にプレゼントするのはいかがでしょうか?」
「え?あ……」
店員が、向こうの棚のある方に結依を連れていく。
「ジャケットはどのような色のものをお持ちかわかりますか?」
「えーと、色の濃い、黒に近いダークグレーぽい感じ、かな……」
「でしたら、グレーのシャツよりもこちらの方がお似合いですかね」
そう言って店員が出してきたのは、濃い青のシャツと、これまた濃い臙脂色のシャツだった。
「うーん、どっちが合うのかな……?」
結依は、ふたつのシャツを交互に見比べてみる。
どちらの色も、宏平が着ているのを見たことがない色だった。
どっちが似合うのか、結依にはちょっと想像がつかない。
しかし、両方とも割と渋めの色合いになっていて、思っていたよりも派手な印象は受けない。たしかに、これなら宏平のジャケットとも色が合いそうだ。
「あ、でも、彼の首周りとかわからないんですけど……」
「その点なら気にしなくてけっこうですよ。大体のサイズさえわかれば、プライベートで着るものですから、必ずしも第1ボタンは留めなくてもいいですし」
「へぇ、そういうものなんですか?」
「ええ。ボタンを留めずにネクタイを締めるのも着崩した感じでおしゃれですよ」
「そ、そうかもしれませんね……」
頷きながらも、結依は自分の、あまりの知識の無さを改めて思い知らされていた。
「いかがなさいますか?」
「ええと、それでは、こちらの青い方を……」
「かしこまりました。では、ネクタイの方もお選びいたしますね」
結局、店員がセレクトした中から結依が選び出したのは、明るいレモン色を軸にしたストライプ柄のネクタイだった。
「お客様、当店のビラをお持ちですか?」
会計の時、店員が結依にそう訊ねてきた。
「え?あ、ああ、はい」
結依はさっきもらったばかりのビラを取り出す。
「それでは、お買いあげのお値段から20%値引きさせていただきますね」
「ええ!?そ、そうなんですか?」
「はい。そこにそう書いてありますよ」
たしかに、よく見てみると、そのビラを持っている人は20%オフと書いてあった。
「で、でも、たった今もらったばかりなんですけど……」
「ええ、構いませんよ。ビラを持ってこられた方はどなたでも値引きさせていただきます」
「あっ、ありがとうございます」
思わぬサプライズにペコリと頭を下げる結依。
実際、高い買い物だっただけに、20%引きは有り難かった。
「それでは、こちらはお品物です」
「はい、ありがとうございます」
プレゼント用に包装されたシャツとネクタイの入った紙袋を手渡され、結依はまた頭を下げる。
「本日はどうもありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
店員が、店の外まで見送りに出て結依に向かってお辞儀をする。
「いえ、こちらこそありがとうございます」
結依も、頭を下げると、店員に見送られながら家路につく。
入ったときは日も暮れかけだったのが、もうすっかり暗くなっていた。
途中、さっきビラを配っていた女性とすれ違った。
「お買いあげありがとうございます。またお越し下さいませ」
結依の手の紙袋を見ると、彼女はにっこり微笑んで頭を下げる。
それに笑顔で会釈を返す結依。
そのまま、とても充実した気持ちで自分の住むマンション向かう。
津雲さんの占いの通りだわ。
明日会ったらお礼を言わなくちゃ。
宏平へのいいプレゼントが見つかった嬉しさと、今日一日でちょっと大人になったような気持ち。
それと、津雲への感謝の気持ちに胸を弾ませて結依は家路を急いでいった。
~3~
同じ日。
夜の街を歩いていくひとりの男。
スーツに身を包み、髭を伸ばした、がっしりと筋肉質の肩にすらっとした長身。
津雲雄司だ。
津雲が着いた先は、”ラ・プッペ”の店先。
入り口のシャッターを閉めようとしていた店員が、津雲の姿を見ると深々と頭を下げた。
だが、津雲は店の中に入ることもなく、店の脇にあるビルの入り口に入り、エレベーターに乗る。
そして、2階で降りるとエレベーター正面の部屋に入っていく。
部屋の中は応接室風になっていた。
重厚な造りの机と、黒革を張った椅子。
その前には大きな長机と、それを挟むようにこれも大きなソファがふたつ。
そして、部屋の右側に、ずらりと居並んでいるのは、ベストに蝶ネクタイ姿の美女たち。
階下の”ラ・プッペ”の店員と同じ格好だ。
そして、左側には胸元を強調したブラウスにスカート、そしてフリルの付いたエプロンと黒のストッキング、頭にカチューシャを着けた、ウェイトレス風の女たちが並ぶ。
その一人一人が、いずれ劣らぬ美人揃いだ。
「お帰りなさいませ、社長」
津雲の姿を見ると、女たちは一斉に頭を下げる。
深々と頭を下げた女たちの前を通って部屋の奥に進むと、革椅子に深々と腰掛けた。
それに合わせるかのように、頭を下げていた女たちが姿勢を元に戻す。
そして、その中からひとりの女が進み出てくる。
腰まである真っ直ぐな黒髪に、すらりとした長身。
透き通るほどの白い肌、細く尖った顎のラインに高く整った鼻、長い睫毛と切れ長の目が印象的な美人。
まるで、氷でできたナイフのような雰囲気を周囲に漂わせているが、それがかえって、ぞくりとするほどに魅力的だ。
「なるほど、先週の売り上げ成績トップはおまえか、サヤカ」
「はい」
「よし、ご褒美だ。今日一番におまえの相手をしてやろう」
「ありがとうございます、社長」
サヤカ、と呼ばれた女がまた深々と頭を下げる。
そして、再び頭を上げた彼女は、期待に満ちた笑みを満面に浮かべていた。
鋭い印象を与えていた目尻は淫靡に緩み、その白い肌はほのかに紅潮して、胸を上下に揺らせて大きく息をしている、
そして、机を回り込んで、椅子に座った津雲の正面に立つ。
「それでは、ご奉仕させていただきます」
その言葉に津雲が黙ったまま頷くと、サヤカは跪いて、まず津雲のベルトを、そしてズボンのボタンを外すと、トランクスをずらして露わになったその肉棒を手にとる。
「くん……。ああ、社長の匂いがします……ん、あふ、んむ、くちゅ……」
肉棒に顔を近づけて一度匂いを嗅ぐと、サヤカはそれを口に含む。
「んふ、むちゅ、むふう、ん、あふ……しゃひょうのおひんひん、おいひいへす……んむ、くちゅ、んむ、あふう」
肉棒を口に咥えて、うっとりと津雲の顔を見上げるサヤカ。
おもむろにそれを口から出すと、今度は舌を伸ばして、アイスキャンデーでも舐めるかのようにしゃぶり始めた。
「ん、えろ、ぴちゃ、れろ、れるっ、じゅっ、んちゅ、ぴちゃ……ああ、この味、そしてこの匂い。これだけで、アソコが熱くなって、疼いてきます……じゅるるっ、んふ、ちゅっ、ぴちゃ、れろれろっ、ちゅるっ、じゅるる……」
肉棒を舐め回すサヤカが、モゾモゾとふとももを擦るように動かし始めていた。
すっかり大きくなった肉棒の根元を手で掴んで扱きながら、先から出てきたカウパーを音を立てて啜り取っていく。
「ああ、社長のおちんちん、こんなに大きくなって。こうして握っているだけで、私、感じてしまいます」
すっかり潤んだ瞳で肉棒を扱いていくサヤカ。
その言葉に、津雲が意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「そうか。だったら、その証を見せるんだ」
「はい」
返事をしてサヤカは立ち上がると、自分の穿いているスラックスのベルトに手をかける。
それを脱ぐと、今度は白のショーツを下に降ろしていく。
そして、自分の敏感な部分をさらけ出すと、恥ずかしげな素振りもなく津雲の前に立つ。
「どうぞ、お確かめ下さい、社長。……あっ、あふうんっ!」
剥き出しになったサヤカの裂け目に、津雲が無造作に指を突き挿す。
「あうっ、い、いかがですか、社長?」
「なるほど、こんなに濡らして……たしかに感じているみたいだな」
「ああっ、そんなっ、激しすぎますっ、社長!」
津雲が指を動かすと、クチュクチュという湿った音が響き、サヤカが喘ぎ声をあげた。
指先で掻き回されて溢れた蜜が、サヤカのふとももを伝い落ちていく。
「あんっ、しゃ、社長っ、私っ、もう我慢できませんっ、どうかっ、どうかご褒美をっ!」
「いいだろう。では、机に手をついてこっちに腰を突き出すんだ」
「はい、かしこまりました」
サヤカは、言われたとおりに机の方を向いて手をつき、津雲に向かって腰を突き出す。
その腰に手をかけると、津雲は肉棒をサヤカの裂け目に宛い、腰を押し込むようにして一気に突き挿れた。
「はっ、はうううっ、はあああああああーっ!」
サヤカの体が弓なりに固まって、ビクビクと震える。
「なんだ、挿れただけでもうイったのか?」
「は、はい……社長のご褒美が、気持ちよくて」
「しようのないやつだな」
「も、申し訳ございません。でも、もっと、もっとご褒美、下さい……あんっ、んんっ」
はぁはぁと切なそうに息をしながら、サヤカが自分から腰を動かし始めた。
にやりと笑みを浮かべて、津雲も腰を動かして、サヤカの中を犯し始める。
「ああああっ、イイッ、イイですっ、社長っ!」
津雲に腰を打ちつけられて、サヤカが堪らずに嬌声をあげる。
「はうんっ!ああっ、社長のおちんちんっ、大きくて逞しくてっ、ああっ、またっ、またイってしまいますううううっ!」
「何度でもイクがいいさ。これは週間の営業成績トップの褒美なんだからな」
「はいいいいっ!社長のご褒美がっ、アソコの中でっ!あああっ、イクイクッ、またイクううううううううっ!」
再び絶頂に達したサヤカの体がブルブルと震える。
しかし、津雲は腰の動きを緩めない。
「はあああああっ!来るっ、また来ますううううっ!」
「本当にいやらしい体をしているな、おまえは」
そういって、津雲はサヤカの服に手を伸ばした。
そして、まずベストの、次にワイシャツのボタンを外していくと、その細身の体からは想像できないような豊かな乳房が弾かれたように飛び出てくる。
その、両の乳房を掴むと、サヤカの体がまた、きゅっと反り返った。
「ひああああああああっ!胸っ、感じてしまいますっ!アソコも胸も気持ちよくてっ、ああっ、イクっ、またイクのっ!ひいいいいいいいっ!」
津雲に胸を揉まれ、肉棒を深々と突き挿れられるたびに何度もイカされるサヤカ。
だが、苦しそうな様子はない。むしろ、体をガクガクと揺らしながら、緩みきった笑みを浮かべていた。
「俺の褒美が欲しかったら、これからも仕事に励むんだぞ」
「はいいいいいっ、わたしっ、もっとたくさんご褒美がいただけるようにもっと頑張りますうううううっ!」
よがり狂っているサヤカの膣に、津雲も大きく腰を動かして、より激しく肉棒を打ちつけていく。
そんな、津雲とサヤカのセックスを、他の女たちは真っ直ぐにたったまま見つめている。
身じろぎこそしないが、彼女たちの瞳には、羨望と欲情、そして期待が渦巻いていた。
彼女たちはみな、津雲の”従業員”という名の人形。
津雲の経営する店で働き、そして、こうやって津雲のために体を捧げる、従順でいやらしい人形たち。
バックから津雲に犯され、髪を振り乱して喘いでいるサヤカの姿を、列を乱さずに並んだまま見つめている。
そして。
「じゃあ、いいか、サヤカっ?」
「はいいいいっ!下さいっ、社長のご褒美をっ、たっぷりと私の中に注いで下さいいいいいっ!」
「なら、出すぞっ!」
「はいいいっ!あっ、あああああっ!来てますっ、社長のご褒美がっ、いっぱいっ!ああっ、子宮までっ、熱いのでっ、満たされてっ!はあああああああああっ!」
津雲が腰を深々と打ちつけて射精すると、サヤカは絶叫とともに何度も何度も体を震わせる。
最後の一滴まで絞り出すと、津雲は肉棒を引き抜き、支えていた手を離す。
すると、サヤカの体はずるずると床に崩れ落ちた。
ぐったりとしたまま肩で大きく息をしていて、とてもではないが動けそうにない。
「さてと、次は誰の相手をしてやるかな」
サヤカを床に寝させたまま、津雲は品定めをするように居並ぶ女たちの前を歩いていく。
真っ直ぐに立ったまま、うっとりとした視線を津雲に向ける女たち。
と、その時。
「ただいま戻りました、社長」
戸を開けて、ひとりの女が部屋に入ってきた。
彼女だけは、他の女たちと違い、濃いピンクのキャミソールにジーパンという、ごくごくカジュアルな服装をしている。
「ああ、お疲れさま、ミホ」
「いいえ、とんでもございません、社長」
ミホと呼ばれた女は、津雲に向かって深々と頭を下げる。
そして、再び頭を上げて津雲を見つめた彼女の顔。
喫茶”チャイム”のバイトの真辺美穂だった。
だが、今の彼女は、この場にいる他の女たちと同じく、うっとりとした表情で津雲を見つめている。
「あ、ご褒美のお時間でしたか」
美穂の視線が、さらけ出されたままの肉棒を捉えた。
一瞬、物欲しそうな表情を浮かべたが、すぐに、自制した様子で冷静に訊ねてくる。
「ああ。ミホ、おまえにはターゲットを手に入れたときにたっぷりとご褒美をやるからな」
「楽しみにしております、社長」
美穂がにやりと笑みを浮かべる。
それは、”チャイム”で見せていたような人懐っこい笑顔ではなく、娼婦のような淫靡で妖しい笑みだった。
「明日は早いんだろう?今日はもう休んで明日に備えなさい」
「かしこまりました。それでは、失礼します」
もう一度深々と頭を下げると、美穂は部屋を出ていく。
再び、津雲は女たちをじっくりと見て回り始める。
そして、ウェイトレス風の衣装に身を包んだ側の列で立ち止まると、ひとりの顎を、くいと持ち上げる。
「そうだな、次はおまえの相手をしてやろう、クミ」
「ありがとうございます、社長」
クミと呼ばれた少女が丁寧に礼をする。
西洋人形のようにくりくりっと髪がカールした少女が頭を上げると、その、まだあどけなさを残す顔に満面の笑みが浮かんでいた。
< 続く >