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旅支度と言ってもたいしたものではない。着替えと日用品をバッグに入れればお終いだった。
雄大に別れの挨拶をして隼人は家を出た。でも、どうしたらいいのかわからなかった。空腹に気づき駅前にあるマクドナルドに入った。ビックマックのセットを食べながら隼人は南川琴音のことを思い浮かべていた。
南川琴音、隼人が通う私立片桐学園1年A組のクラス委員。成績は学年で常にトップクラス。ぱっちりと大きめの目によく似合うショートボブの髪は染めてはいないが濃い栗色だ。生まれつき色素が薄いのか髪の毛と同じように肌も抜けるように白い。目の下にほんの少しだけ散らばるソバカスを本人は気にしているようだが、かえってかわいらしさを強調するようなチャームポイントだ。性格はかなりきつい。竹を割ったようなという比喩がぴったりするほど自分で決めたことに突き進むし不正は絶対に許さない。そんなクラスのリーダーだ。
隼人は「確かめることだ」という雄大の言葉を思い出した。
なにもイメージが湧かないのだったら言葉に従ってみるのもいいと思った。
隼人はポテトの油で汚れた指をナプキンでぬぐってメールを打った。
【これから僕は遠いところへ旅に出ます。その前に一回だけ会えませんか?】
最後に名前を入れて送信ボタンを押す。
文面をぼんやり見ていると、かなりマズイ文章を送ってしまったのではないかと焦った。これでは、まるで自殺者が送る最後のメールのようだ。
案の定というか、心配したとおりのメールがすぐに返ってきた。
【間違っていたらごめんなさい。とんでもないことを考えているようで気になります。会うのはいいよ。どこにいるの?】
やはり勘違いされているようだった。
【ゴメン。ヘンな文章送っちゃった。他意はなくて、これから東京を離れるっていうだけ。なんで南川が僕なんかにノートを作るって言ってくれたのか気になって、会って話が聞きたいと思ったんだ。いま目黒駅のマクドナルドにいる】
こんどは文面をよく確認して送った。
すぐに返信が来た。
【3時には学校を出られるからどこかで待ち合わせできる?】
時間を確かめると昼休みだった。どおりで返信が早いわけだ。できるだけ早く会いたいので学校のそばにあるカフェで待ち合わせすることにした。カフェと言ってもケーキを焼くのと雑貨が好きな女主人が趣味でやっている小さな店だ。コーヒーが好きな隼人はエスプレッソの香りに誘われて三度ほど入ったことがある。
【カメラ屋さんの向かいにあるリカっていう店知ってる? そこで3時っていうのはどう?】
【知ってる。じゃあ、そうしましょう。もうすぐ授業がはじまっちゃうからリカで会いましょう】
また、すぐに返信が来た。うまく行きすぎた感じだった。しかし、まだ時間がある。これからどうしようか隼人は考えた。
結局、早めにリカへ行くことにした。リカの女主人は30才くらいだろうか、気さくで華やかな女性で隼人にもよく話しかけてきたのを思い出したからだった。
1時半くらいに隼人はリカの扉を開けた。女主人が笑顔で迎える。
「いらっしゃい。あら、今日は私服なのね。学校じゃないの?」
女主人は隼人のことを覚えていた。
「あっ、ちょっと事情があって今日は休んでいるんです。エスプレッソをダブルでください」
隼人はそう言ってカウンターに座る。
客は隼人しかいなかった。昼休みにコーヒーを飲みに来る客は帰ってしまう時間帯だ。
エスプレッソマシンから独特の音が聞こえていい香りが漂ってくる。
「どうぞ、ごゆっくり」
北欧製だというカップの表面に褐色の細かい泡が層を作っている。
「ほんとうにおいしいですね、このエスプレッソ」
お世辞じゃなく隼人は言う。
「あら、うれしい。若いのに味をわかってもらえるなんて」
女主人は華やかな笑顔で答えた。ルノワールが描くような美人だと思った。衿にレースがあしらわれている白地に黒いドット柄のワンピースが女らしいというか、よく似合っていた。どちらかと言えばふくよかだが肥ってはいない。突き出したバストはグレープフルーツのようだった。
「前から聞こうと思っていたんですが、この店の名前、なんでリカっていうんですか?」
前は話しかけられても、うまく会話のキャッチボールができなかったが、今日は言葉がスラスラと出てくる。これも「サイ」のおかげかもしれないと隼人は思った。
「あ、それ、私の名前なの。梨の花って書いてリカって読むの。そのまんまで笑っちゃうでしょ」
「へぇ・・・梨花さんなんだ。きれいな名前だなぁ。梨花さん自身もきれいだけど」
隼人は自分でびっくりしていた。いままでは、こんな会話はしたくてもできなかったのだ。
「若い男の子にそんなふうに褒められるとうれしいわ。試作で焼いたクッキーがあるから味見してくれる? もちろんサービスよ」
梨花の言葉には溢れるばかりの好意が感じられた。
もしかしたら気が発散されているのかもしれないとソーサーに盛られたクッキーを見ながら隼人は思った。
「ひとりで、このお店をやっているんですよね?」
口が勝手に滑る。
「ええ、ここは実家を改装して作ったお店なの。おととしアラサーのバツイチ出戻り娘のために田舎へ帰った両親が、まあ、くれたのね。住まいもここ、ひとりぐらしなの。お菓子の教室もやっているのよ」
言いにくそうなことでも梨花の口から聞くとすんなりと受け入れられる。
それに必要のないことまでしゃべっている。名前も知らない客相手に話す内容じゃない。
やはり気が発散しているのだと隼人は思った。
そして、ある考えが閃く。
ひとりぐらしなら今夜の宿をキープしておくのもよさそうだと思った。幸い店内には誰もいない。旅の初日に遠くへ行かなくてはならない決まりはない。
隼人は梨花に向けて手をかざした。
「なあに、それ?」
梨花は疑う様子もなく笑顔のままだ。
「サイ」
隼人が唱えた。
梨花の顔から笑顔が消える。
「梨花さん」
「はい・・・」
抑揚のない答え方はトランス状態に陥った人間独特のものだ。
「僕の名前は隼人。覚えたら言ってみて」
「はやと・・・さん・・・」
「いま梨花さんは夢の中にいる。目が覚めたら僕と会話したことは忘れてしまうだろう。でも、僕の名前だけは忘れない。いいね」
「はい・・・わかりました・・・」
「夢の中にいても、お客さんが来たらいつものとおり接する。できるよね」
もし客が来てしまったらのことを考えて隼人は予防線を張っておく。
「はい・・・できます・・・」
虚ろな瞳をしたまま梨花が答える。
「僕はいま旅の途中なんだ。もし、今夜の宿が決まらなければ梨花さんのところに泊めてもらえればすごくうれしい」
「はやとさんが・・・よろこんでくれるなら・・・どうぞ・・・」
「それから3時になるとクラスメイトがここへ来る。待ち合わせなんだ。秘密の話があるから、僕が合図したらちょっとだけ席を外して欲しいんだ」
「わかりました・・・あいず・・・ですね・・・」
「うん。そうだなぁ。試作のクッキーくださいって言ったら席を外して。そして僕がいいって言うまで何があっても邪魔をしないこと」
「はい・・・わかりました・・・」
必要な指示を与えて時計を見る。まだ2時前だった。
梨花を元に戻すのも惜しい気がする。
「梨花さん、店の奥ってどうなってるの?」
「おかしきょうしつに使っているスペースです・・・」
「ちょっと見せてくれる?」
「どうぞ・・・」
梨花がカウンターの端にある跳ね上げ式の出入り口を開いた。奥なら誰にも見えないし、客が来たら扉についているベルが鳴るから対応できるはずだ。
計画にはなかったが梨花を抱くのも悪くないと思った。それに試してみたいことがあった。
教室に使っているスペースは8畳ほどの広さだった。部屋の隅には大型のオーブンが置かれ、作業台とテーブルがあった。
「梨花さんは離婚してからボーイフレンドはいるの?」
「いいえ・・・ずっとひとりです・・・」
「じゃあ、さみしいね?」
「もう・・・なれました・・・」
「セックスもごぶさた?」
「はい・・・」
「欲しくなるときはないの?」
「あります・・・」
「そういうときはどうするの?」
「ひとりで・・・道具をつかって・・・なぐさめます・・・」
「道具?」
「バイブレーターです・・・」
話を聞いているだけでゾクゾクした。
ネットとかでしか見たことがない。ぜひバイブレーターを使っているところを見たいと思った。
「ここへ持って来て。これは命令だ」
隼人の口調が強くなる。
「はい・・・わかりました・・・」
梨花はこのスペースの奥にある階段を上っていく。
1分ほどでピンク色をしたバイブレーターを手にした梨花が戻ってきた。
「見せて」
「はい・・・」
梨花がバイブレーターを手渡す。
先端は亀頭を模しているのだろうか大きく膨らんでいるが形はリアルではない。用途とは裏腹にかわいらしい印象だ。枝分かれした子機も同様だった。フェミニンな梨花には似合っているような気がした。スライド式のスイッチが二つある。そのひとつを入れるとブーンと音がして本体と子機が細かく振動した。
「これから梨花さんは僕の目の前でこれを使っているところを見せるんだ。見られると、いつもより感じてしまう。お客さんが来るかもしれないからパンツだけ脱いでするんだよ。それから、僕も手伝うかもしれない。僕が触るとそれだけでイッてしまうほど感じる。いいね」
隼人はバイブレーターを返しながら言った。
「わかりました・・・どこで・・・」
バイブレーターを受け取った梨花が答えた。
「そうだな、この作業台の上がいいな。ここへあがってパンツを脱いで、僕によく見えるようにするんだ」
「わかりました・・・」
梨花は言われたとおり作業台にあがって膝丈くらいのワンピースの裾をまくった。生足だった。柔らかそうなふとももとヘアーが透けて見えてしまいそうなレースのボクサーショーツが見える。その淡い紫のショーツをおろしはじめた。
「あ、サンダルはそのままの方がいい。お客さんが来たら困るから」
梨花は何本もの細いベルトで足首や甲を固定するヒールの高いサンダルを履いていた。脱ぐのも履くのも時間がかかりそうだ。
「はい・・・」
梨花は器用にサンダルにショーツをくぐらせて脱いだ。
「いつも横になってするの?」
「そうです・・・」
「じゃあ横になって、もっと見えるように服をまくって・・・そう、脚もひらいて・・・」
ふんわりとした生地が上半身にまとわりついたまま下半身を剥き出しにした梨花は生唾を飲み込むほど艶っぽい。
「はじめて」
「はい・・・」
返事をした梨花はバイブレーターのスイッチを入れた。さっきの振動音が響く。梨花はバイブレーターを両手で支えて先端を秘肉にあてがった。
「はぁぁん・・・」
それだけで梨花の口から甘い声が漏れる。
梨花はバイブレーターの先端でクリトリスの周辺を撫でていた。
茂みは濃い方だと思った。葉月と長谷川恭子しか比較する対象はないが、縮れたヘアーが燃え上がるように生えて大陰唇まで覆っている。そのせいで秘肉は見えにくい。しかし、それはそれで淫靡な感じがして欲望をそそる。
だんだんとバイブレーターを持つ手の動きが速くなってくる。
蜜の匂いが漂う。
「ああっ・・・ああっ・・・」
喘ぎ声も大きくなってきた。
「いつも、そうやってはじめるの?」
「そ・・・そうです・・・」
「やっぱりクリトリスが感じるんだ」
「はい・・・でも・・・なかも・・・」
「これ入れちゃったりするんだ」
「はい・・・ああっ・・・」
「だったら見せてよ」
「わかり・・・ました・・・ああんっ!」
甘い喘ぎが聞こえたときにはバイブレーターが半分ほど蜜壺に潜り込んでいた。
「わたし・・・見られて・・・る・・・あんっ・・・」
「そうだ。見られると感じるでしょ?」
「は・・・はい・・・ああんっ!」
梨花は答えながら左手を移動させ服の上からバストを揉みはじめた。それは揉むというよりかは持ち上げて強くつまむような動きだった。
「おっぱいも感じるんだ」
「はい・・・すごく・・・ああっ・・・ああっ・・・」
「じゃあ、僕も触ってあげる」
隼人は服の裾に手を入れ腹部から滑らすように手のひらをバストにあてがう。ブラジャーはしていない。下着代わりにブラトップのタンクトップを着ていたから直接バストに触ることができた。
「ああっ! いいっ!」
指の間に乳首を挟んで強めに揉むと梨花は腰を浮かせて悶えた。
梨花のバストは大きく年齢など感じさせないほど張りがあった。
股間の方を見るとバイブレーターが根本まで挿入され、梨花はさらに子機をクリトリスに押しつけていた。
「ああっ・・・もっと・・・もっと・・・」
「おっぱいを揉んで欲しいんだね」
「すごい・・・こんなの・・・ああっ!」
「僕が触るとすごく感じるでしょ。いいんだよ、イッても」
「いっ! いっ! くぅっ!!」
梨花は何度も身体をバウンドさせた。バイブレーターは挿入されたままだ。絶頂を貪っている感じがした。
そして隼人も胸の中にも例の熱気が大きくなって渦巻いていた。
このまま自分のものを入れて本番に移ってもよかったのだが隼人にはしてみたいことがあった。
「梨花さん。バイブレーターを入れたまま作業台から降りて」
梨花は言われたとおりにする。
「そしたら、僕のものをくわえて口でして欲しいんだ」
隼人はベルトを外しながら言う。
梨花の手がジッパーを下ろした。
片手は股間にある。ワンピースのせいで見えないが、隼人の命令どおりバイブレーターは刺さったままらしい。
ブリーフを下ろすと屹立が勢いよく飛び出して天を向いた。
すかさず梨花は屹立をくわえた。そして口をすぼめて頭を動かし舌で屹立を舐めまわした。それは訓練を感じさせる動作だった。
あまりの気持ちよさに隼人は吐息を漏らした。
「すごい。そのまま・・・続けて・・・出るまで」
梨花の口の中で出してしまいたかった。
隼人の願いに応えるように梨花はしごくような動きを早める。
「も、もう出る・・・出ちゃう・・・」
隼人がそう言っても梨花は動きをやめなかった。
「あっ! あああっ!」
隼人は梨花の口の中で思いきり放出した。
梨花の動きは止まったが、舌は動いていて、おまけに残った精液を吸い出そうとしている。それに呼応して隼人は肛門を閉めるように力を入れて絞り出した。
ゴクリと喉が鳴って梨花は隼人の精液を飲み込む。
「ああ・・・梨花さん。僕が出したものを飲んでくれたんだね。すごくうれしいよ」
そう言うと梨花は上目遣いで隼人を見て笑った。正確に言うと目が微笑んでいた。
そして胸の中にも変化が起こった。
渦の回転が複雑になった。
頭の中で声がした。言葉ではない。意味が直接理解できた。
どうやら手をかざさなくても、相手を見つめて「サイ」と唱えれば術がかけられるようになったらしい。
隼人は新しいアイテムを手に入れたのだと思った。
これを南川琴音に試してみようと思った。
時計を見ると3時10分前だった。
< 続く >