サイの血族 15

36

 翌朝早く隼人は杏奈の家を出た。そうしないと長居してしまいそうだった。頭の中の声も「急げ」と告げていた。それに、もっと女を抱かなければ修行にならないらしい。隼人は島田というところを目指した。なぜなら梨花が渡したメモに島田市の住所があったからだ。岸本麻衣と書かれた名前には意味深に星のマークが付いている。行き当たりばったりの旅よりかは目標を定めた方がいいと思った。

 安倍川を渡ったら左に折れ海まで出た方がいいと杏奈に教えてもらった。

 茶畑を望むのどかな風景を眺めることもなく隼人は急いだ。そうしないと、これまで身体を交えた女たちのことを思い出してしまい甘い気分になってしまうからだ。

 右手に山、左に海を見ながら隼人は進む。

 昼に近くなった頃、前方に見える山が妙に気になった。お椀を伏せたようなこんもりとした山で不思議な力を感じた。

「あの山、なんていう名前ですか?」

 昼食を買おうと入ったパン屋で隼人は店員に聞いた。主婦のパートらしい店員がひとりで店番をしているのが見えたからだ。「サイ」をかければ食料はすぐに手に入る。

「ああ、虚空蔵さんね」

 店員が答える。

「こくぞうって・・・」

「頂上にお寺があるの。海が見渡せていい景色ですよ」

「ふ~ん・・・」

 外から見るより店員は若いようだった。20代後半だろうか、主婦らしい女盛りの色気を漂わせている。隼人は眼を見つめながら「サイ」を唱えた。

「僕は旅の途中でお腹が空いちゃったんです。なにかご馳走してもらえませんか?」

「どうぞ・・・お好きなものを・・・このチキンカツサンドは評判がいいんですよ」

 レジの横にあるパックを隼人に見せる。

「じゃあ、それを・・・それから飲み物も・・・その紅茶がいいな」

 隼人はペットボトルの紅茶を指さす。

「わかりました・・・」

 店員は袋にチキンカツサンドと紅茶を入れた。

「あの・・・」

「サイ」をかけられたのに店員は隼人に言葉をかける。

「なんですか?」

「虚空蔵さんに行かれるんですか?」

「ええ、どうしようかと思って。なんとなく気になるんです」

「だったら私が案内しましょう」

「えっ? いいんですか。お店は?」

「主人に頼みますから」

 どうやら店員は、このパン屋の奥さんらしかった。

 女は店の奥に声をかけ、隼人を外へと誘った。

 頼んだわけでもないのに虚空蔵という山に案内するというのだ。

 隼人は興味を抱いてついて行くことにした。

「あの・・・」

 隼人は女のことをなんて呼ぼうか迷った。奥さんと呼ぶのが、なんとなく恥ずかしかったし、おっさん臭くも感じる。

「麻里っていいます。私、あなたを見たときから虚空蔵さんに案内したくなったんです」

 まるで隼人の心を読んだように女が答えた。

「マリ・・・さんですか・・・」

「はい・・・」

 もしかしたら麻里も一族に関係しているのではないかと隼人は思った。

「麻里さんは僕の心が読めるの?」

「いいえ・・・ただ、そうしたくなっただけです・・・」

 なんだか、わからないうちに入り口に着いた。

「急な階段ですから気をつけてください」

 麻里は隼人の前を歩き出す。

 小さな山とはいえ勾配はかなりのものだ。息を切らせながら昇っていくと山門が見えた。

「あれがお寺?」

「いえ・・・もっと上です・・・」

 隼人は胸騒ぎを覚える。危険な類のものではない。なにか魂が揺さぶられるような気がするのだ。

 山門の脇を通って山頂に着くと本堂に着いた。

「見てください」

 麻里が指さす方向を見ると.隼人が今まで歩いてきた道が見え富士山までもが見渡せた。

「すごい景色ですね」

 隼人はそう言いながら違和感を覚えていた。ここではないと声が告げているのだ。

「食事にしましょう」

 麻里はベンチに座って持っていた袋を開けた。

「あ・・・はい・・・」

 断る理由もないので隼人もベンチに座る。

 麻里は自分の分も持ってきて一緒に食べている。

 評判がいいというチキンカツサンドはボリュームたっぷりでおいしかった。

「おいしかったです。それはそうと・・・麻里さん・・・」

 食べ終わった隼人は麻里に言った。

「なんでしょう?」

「この山には不思議な力を感じるんです。でもスポットはこの山頂じゃない。どこか他になにかありませんか?」

「ええと・・・反対側の麓に神社があります」

「そこへ連れて行ってもらえませんか」

「もちろんです」

 麻里は立ち上がった。

 麓の神社を見たとき隼人は鳥肌が立った。ものすごいパワーを感じるのだ。それに、神社の佇まいはどことなく実家の玉石神社に似ている。

 隼人は吸い込まれるように鳥居をくぐり拝殿の方へと急いだ。くぐるたびに胸がざわめいた。麻里もそれに続く。

 狛犬の代わりに恵比寿だか大黒の石像がある。

 そして拝殿の奥にある本殿からの方からなにかが聞こえた。山全体がご神体になっているらしい。

「こっちだ。麻里さん、来て」

 隼人は無意識に麻里を呼んでいた。

 本殿の奥は山だ。鬱蒼とした森になっている。しかし、隼人には入り口が見えた。それは洞窟だった。

 中へ入った瞬間、山の正体がわかった。そこは巨大な磐座だったのだ。力が膨れ上がっていくのを感じる。

「巫女よ。ここへ」

 隼人はそう言っていた。しかし、言わせたのは隼人の意思ではなく大きな力だった。

「はい・・・」

 麻里の口調も変わっていた。トランスではなく、なにか大きな力に憑かれた感じだった。

「脱ぐのだ。ホトを晒せ」

 ホトが女陰であることはすぐわかった。しかし隼人はそんな言葉を知らない。

「かしこまりました」

 麻里は着ている服を脱ぎはじめる。パン屋の制服らしいベージュの上っぱりの下は、白い清楚なブラウスとグレーのストレッチパンツという格好だった。

 淡いピンクのコンビの下着姿が見られたのはほんの束の間だった。麻里はあっという間に全裸になってしまう。

 薄暗い洞窟の中で白い裸身が輝いて見えた。

「褥へ」

 隼人の口から、また知らない言葉が出た。「しとね」ってなんだろうと考える閑もなく、それが寝床であることがわかった。麻里が表面が平らになった大きな岩の上に横たわったのだ。

「どうぞ、ご覧ください」

 麻里は大きく脚を開いた。

 暗いはずなのに秘部はよく見えた。もう、そこはビッショリと濡れていた。

「もっとだ」

「かしこまりました」

 麻里は自分の指で秘部をひろげる。

 ピンク色の肉が艶めかしく輝く。蜜壺の入り口に愛液が糸を引いていた。わずかに酸味を帯びた香りが隼人の鼻孔をくすぐる。

「参るぞ」

 隼人は服を脱ぎはじめた。自分のものではない言葉を聞きながら、何者かに支配されることを気持ちよく感じている自分がいた。

 屹立を見る麻里の眼が妖しく光る。

 全裸になった隼人はゆっくりと麻里に覆い被さる。

「あああっ!」

 前戯もなにもなしに隼人のものを受け入れた麻里は大きな声で喘いだ。甘い声が洞窟中に反響する。

 麻里の内部は恐ろしいほど熱く感じた。

「ああっ! ああっ!」

 隼人が力強い挿送を開始する。それは一気に根本まで挿入した後、先端が抜ける寸前まで引くというストロークの長いものだった。喘ぎの合間に、蜜と肉が奏でる淫猥な音が響く。

 隼人は今まで経験したことのない快感に身を委ねていた。表現のしようがないほど自分のものと麻里の内部が熱く、身体が溶けていくような錯覚さえ覚えた。

 やがて欲望は大きなかたまりとなっていく。

 隼人は奥深くまで屹立を挿入して臨界を迎えた。

「うおぉぉぉっ!」

 隼人が雄叫びを上げる。

「あぁぁぁぁっ!」

 麻里が応える。

 全身が痺れるような放出だった。

 不思議な声が頭の中で響いた。

「『サヒ』の者よ、ワキになってもらい礼を言うぞ。我らはシテとツレ。いにしえより、この地に住む精霊。現にて交わることができた礼に力を進ぜよう」

「うつつって・・・?」

 隼人は言葉にした。

 麻里は意識を失っている。

「我らは実体がない。交わるにはワキが必要なのだ」

 また声がした。

「ワキ?」

「うむ。現実の身体を持ち、我らを感ずる力を持った者だけがワキになれる」

「もしかして、僕は憑依されたの?」

「そうだ。我らが乗り移った者は祝福され幸運を得る」

「すごく気持ちよかった」

「ふむ。お前は、これから、女により強いよろこびを与えられるようになる。この巫女を見るがよい。惚けておる。人が経験できる快感を越えてしまったからだ。お前が感ずるよろこびも、幾層倍のものとなるであろう」

「じゃあ・・・」

「そうだ。お前の持っている力と合わせれば、どんなに御し難い女も思いのままだ」

「エッチな神様だね」

「我らは神ではない。精霊」

「違いはわからない。でも、僕からもお礼を言わせて」

「なぜ」

「あんなに気持ちいいのは初めてだった。それに、あなたたちにもよろこんでもらえてうれしいし」

「うむ。さすがは『サヒ』。お前の未来のため我らの力を使えばよい」

「ありがとう」

「うむ。我らも現の世界の者とこうやって話すのは楽しい。もう数百年ぶりのことだ」

「そんなに待ってたの?」

「時の流れなど関係ない。我らはここにいて、この場所と滅びるのみ」

「この山を見たとき震えたんだ。なにかあるって」

「そう感ずるものは少なくない。しかし、我らと交わることができる者は希。そして、お前にはわれらの力を己のものにできる能力がある」

「うん。さっきから感じていたんだ。あなたたちの力は蒼くて強い。虚空蔵ってそんな力があったんだね」

「虚空蔵などという名は後からつけられたもの。我らには関係ない。狭義では胎内を意味するらしいから若干の関わりはあるが・・・」

「そうなんだ」

「うむ。その女は子を妊っておる。ここで交合するには新しい生命が必要。そして生まれてくる子は祝福される」

「もしかして・・・」

「なんだ?」

「あなたたちが麻里さんを呼んだの?」

「そうとも言えるし、違うとも言う。絡み合う糸を見分けることは誰にもできない」

「大丈夫かなぁ・・・」

「なにがだ」

「僕は『気』を出しちゃったから・・・」

「うむ。能力がある子が生まれる」

「『サイ』の?」

「いや、中の子は男じゃ。きっと女が放っておくまい。お前の『気』のせいじゃ。成長すればお前の右腕となる。そういう意味ではお前が選び呼んだのだとも言える」

「そんな・・・そんなつもりじゃ・・・」

「言ったであろう。絡み合う糸をあれこれ言っても無意味じゃ。そろそろ女が目を覚ます。わしらは力を持った者としか話すことはできない。さらばじゃ。もう会うこともないであろう」

「あっ・・・待って・・・」

 隼人は引き止めようとしたが気配が消えた。もっと聞きたいことがあった。

「う・・・うう~ん・・・」

 麻里の声がした。

「あっ、麻里さん、起きたんだね」

 隼人が言うと麻里はあたりを見回した。

「きゃ・・・なに・・・いやっ!」

 裸の隼人を見てパニックに陥る麻里。どうやら「サイ」まで解けてしまったらしい。隼人と裸になっている自分を見比べて口をパクパクさせている。

 その姿を見て隼人は気分が萎えてしまった。

 手をかざして「サイ」を唱える。

「服を着て。ここであったことは全部忘れるんだ。しばらくすれば目が覚めて元どおりになる」

 隼人はそれだけ言って身支度を調えた。

 洞窟を出て振り向く。

 もう胸騒ぎは感じない。ただの森と神社がそこにあるだけだった。

< 続く >

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