催眠術がかかっちゃった
悔しかった。
男子なら普通にしていることを、よりによってクラス委員の岸本彩に見つかってしまった。
「とにかく、これは没収。どうするかは後で決めるわ」
「待ってくれよ。それ、借りもんなんだから」
「誰から借りたの?」
「言えねぇよ・・・」
彩の手にはアダルトもののDVDが握られている。クラスメイトの沢村伸弘から借りたDVDだ。場所は定番の体育館裏。沢村から借りたDVDに入っている小冊子を読んでいるところを、なぜか岸本彩に見つかってしまったのだ。
「校内活動に関係ないものを持ってきてはいけないって校則にあるの知ってるでしょ」
岸本彩の口調はきつい。
「あ・・・それ、いちおう関係あるんだけど・・・」
「なにバカなこと言ってんの。こんなエッチなDVD、関係あるわけないでしょ」
カバーには「催眠奴隷・操られて絶頂」というタイトルの下に全裸の女優がエロい表情で横たわった写真が載っている。
「あのさ、部活の資料なんだよ」
「なにそれ?」
岸本彩が目を吊り上げる。
「こんどの文化祭でやる劇の台本書いてるの。催眠がテーマなんだよ。だから誘導とかのセリフの資料にしようと思って借りたんだ」
半分は本当だった。吉川充は演劇部に所属して脚本や照明などを担当している。最近凝っている催眠をテーマにした台本を書いているのも本当で、このDVDを借りたのはエッチな欲望も一緒に満たせれば一石二鳥だと思ったからだ。
「そんなこと言って誤魔化そうとしても無駄よ」
「本当だったらどうすんだよ?」
「証拠なんてないくせに」
「だったら部室来いよ。台本見せてやるから」
岸本彩は超がつくほど真面目な性格だ。そこまで言われて引っ込みがつかなくなった。演劇部の部室は体育館の横にある部室棟のいちばん端っこにある。下校時間が近いせいか誰もいない部室棟の前を歩く充のあとを岸本彩はついてきた。
「ほら」
充は書きかけの台本を突き出すようにして岸本彩に渡す。
それは精神を病んだ主人公が催眠誘導によって過去に遡り、自分の心の中で不思議な冒険をするストーリーだった。
「ほんとう・・・だけど・・・」
台本を半分ほど読んだ岸本彩は戸惑ったように言う。
「なんだよ?」
「なんか本格的だね」
「あったりまえだろ。これでも、ずいぶん研究したんだ」
「ふぅん・・・催眠術・・・できるの?」
「まあね。いくら芝居だってリアリティは必要だから」
なんだか風向きが変わってきたのを感じながら、充はそう答えていた。実際には知識だけで催眠術なんてかけたことはない。
「だったら、エッチなDVDなんて資料に使わなくても・・・」
「誘導の言葉とか、メソッド的にはそれが近いの。だから借りたんだよ。それとも、お前、DVD見て確かめるか?」
「そんな・・・」
岸本彩の困ったような顔を見て充は調べていた催眠術を試してみたいという衝動を覚えた。興味を示した時点で被験性が高くなったのではないかと思ったからだ。
「岸本、ちょっと試してみない?」
「なにを?」
「こうやって目の前で手のひらを組んでみて」
「うん・・・」
なにをされるのか、わからないまま彩は充の指示に従う。
「そう。ぎゅっと握って、そのまま人差し指を立てて」
充はよくわかるように実演してみせる。
「そうそう。それで指先を離してみて」
「こう?」
「うん。そうそう。他の指は組んだままだよ」
「うん・・・」
「その指先は岸本の意思とは関係なくくっついていく・・・ほら・・・どうしても、くっついてしまう・・・」
子供向けの手品だが真面目な彩はタネを知らないらしく真剣な顔をしている。
「ほら、くっついて離れない」
「や、やだ・・・どうして?」
「それは、僕の術にかかったから。そのまま指先を見つめてごらん」
「う・・・うん・・・」
彩が指先に集中したのがわかった。
「岸本はそのまま動けない!」
その表情を見て、充は断定的な口調で言う。
「えっ?」
「岸本は動けない。だけど、それは不快ではない。身体から力が抜けて暖かさに満たされていきます。どうですか? 暖かいですか?」
岸本彩の目を見ながら、厳かな口調で充は言う。
「・・・はい・・・」
しばらく間を置いてから抑揚のない口調で岸本彩が答えた。
本当にかかったかもしれない。そう思うと喉がカラカラになるほど興奮した。
「僕がみっつ数えると、あなたは深い眠りに落ちていきます。そこは、あなたの他には誰もいない夢の中です。そして僕の声は、あなたの心の声になります。僕の言葉はあなた自身。隠す必要も恥ずかしがる必要もありません。いいですね?」
「はい・・・」
素直すぎる。いつもの岸本彩とはまるで別人のような答え方だ。その変化に驚きながらも、充は台本に書いた台詞を思い出して慎重に暗示をかけることにした。
充は深呼吸をしてから数を数える。
「ひとつ・・・ふたつ・・・みっつ・・・」
そこまで言うと椅子に座った岸本彩はがっくりと力が抜け、しどけないとも言える姿を充に晒した。催眠状態なんだから、なんでも自分の言うことを聞くんだと思うと、見慣れたはずのプリーツスカートから覗いているひざ小僧さえもが艶めかしく見えるから不思議だ。
「聞こえますか?」
「・・・はい・・・」
まるで子供のような口調で彩が答える。
「僕は誰ですか?」
「心の・・・声・・・」
「そうです。僕はあなたの心の声です。心の声と会話することで、あなたの精神は解放されていきます。いいですね?」
「はい・・・」
「あなたは暖かさに満たされて宙を浮いているような気分です。気持ちいいでしょう?」
「はい」
「僕の質問に正直に答えることで気持ちよさはどんどん増していきます。いいですね?」
「はい」
「では、名前と年を教えてください」
「岸本彩。17才です」
「男性経験はありますか?」
「いえ。ありません」
ここまで聞いて、彩が催眠状態にあることを確信した。そうじゃなければ、怒って席を立つような質問に平然と答えているのだ。
「あなたはクラスメイトの吉川君が持っていたDVDを取り上げました。なんでですか?」
「校則に違反するからです」
「でも、それは文化祭で公開する劇の資料でしたね」
「は・・・はい・・・」
「だったら返してもいいですよね?」
「はい・・・でも・・・」
「でも?」
「これは、いやらしいDVDだから・・・やっぱり学校に持ってきてはいけないって・・・いう気持ちも・・・」
彩がそこまで答えたときに下校時間15分前を告げるチャイムが鳴った。特別な場合を除いて生徒が6時以降に校内に残ることは許されていない。充は、とりあえず後催眠を試してみることにした。うまくかかれば、この後、彩を自由にできる。
「それでは家に持って帰って確かめることにしましょう」
「で・・・でも・・・」
「あなただってエッチなDVDには興味があるでしょう?」
「はい・・・でも、これはいけないことだから・・・」
「いいえ。それは自然な人間の欲望です。本能を抑圧してはいけません。それを知るためにもDVDは見なくてはいけません」
「わか・・・りました・・・」
「そして、DVDを見るとあなたは性的に興奮します。吉川君にDVDの内容とおなじことをされるところを想像して、どうしても自分を慰めたくなる。いいですね。必ずですよ」
「わかりました・・・」
「男性経験はないと言っていましたが、ひとりエッチはしたことありますね?」
「はい」
その答えを聞いて、充は彩を押し倒したくなるほど興奮した。でも、そんなことをしたら催眠状態から覚めてしまうだろうし、なにより時間がない。
「吉川君のことを想像して、ひとりエッチをすると、いままでにはないほど感じて何度もイってしまいます。わかりましたね?」
「はい・・・」
「それでは僕が、またみっつ数えると、あなたは目を覚まします。そのときには、この夢や心の声のことなど忘れてしまいます。でも吉川君が『本当の気持ちを教えてくれよ』と言うと、また深い眠りの状態に戻って心の声が聞こえるようになります。わかりましたか?」
「はい。わかりました」
彩はしっかりした口調で答えた。
「それでは・・・ひとつ、ふたつ、みっつ」
これなら大丈夫だと思った充は催眠を解く。
「あ・・・あれ・・・」
彩はキョロキョロとあたりを見まわす。
「下校時間のチャイムが鳴ったから急ごうぜ」
「えっ・・・なに?」
「だから、そのDVDは岸本が持ってていいからカバンにしまえよ。早く帰ろうぜ」
「あっ・・・うん・・・」
わけもわからず彩は充の言うとおりにする。
「鍵かけるから先に出て」
「うん」
充にせかされて、彩は椅子から立ち上がった。
「わたし、予備校に行かなくっちゃならないから。また明日ね」
校門を出ると急ぎ足で彩は駅の方へ歩き出した。
ストレートのロングヘアーとプリーツスカートに包まれた丸いヒップが歩くたびに反対側へと揺れる。その後ろ姿を眺めながら、充は彩のことを獲物として、女として意識しはじめていた。
< つづく >