<序>
「返して、ねえ、返してよ」
肘をぴんと伸ばして、僕は手を掲げる。
だけど、僕より背の高いリュウヤ君が、僕と同じように腕を上に伸ばしている。
だから僕の手は、彼の握っている僕の筆箱に届かない。
ジャンプをしても、手を後ろに反らされて、届かない。
「ほら、早く取ってみろよ」
リュウヤ君が、ニヤニヤと笑っている。
周りにいた男の子たちも、僕を囲んで、ニヤニヤしていた。
誰も僕を助けてくれない。
悔しさで、涙が滲んだ。
「あ、泣いたぞ!」
「泣き虫!」
「こんなことで泣くのかよ」
「よっえー!」
悪口の大合唱。
僕はムキになって筆箱を奪い返そうとするけど、どうしても手が届かない。
そして僕が失敗するたびに、リュウヤ君たちは僕を弱虫だと罵った。
だけど、それは事実なんだ。
僕は弱かった。
筆箱に手が届かず、すぐ泣いてしまう弱虫だった。
自分でこの状況を切り抜ける力なんて、持ち合わせていない。
だから、僕は助けを求めるしかなかった。
拳をぎゅっと握り締め、涙と鼻水を流しながら、奥歯を噛み締めて僕は願った。
僕を助けて。
助けて。
助けて――――
「ちょっと、あんたら何してんのよ!?」
女の子の、声がした。
振り向くと、キッと眉毛を吊り上げた女の子が立っていた。
「あ、お前ら、またこいつを泣かせてたな!」
「えー、そういうのって、良くないと思うなー」
その女の子の後ろから、更に男の子と女の子が駆けつけた。
「僕たちがいないときを狙うなんて、卑怯だぞ!」
「せ、先生に言いつけちゃうよ……!」
更に後ろから、男の子と女の子が現れた。
全部で、5人。
彼らを前にしたリュウヤくんたちは、あからさまにしまったというような顔をして、後ずさりをした。
「て、てめえら、なんでここにいるんだよ!?」
「シロウなら先に帰ったって、言っただろうが!」
「お前らの言うことなんか、信じるかよ!」
「ずっと探してたのよ。やっぱり、あんたたちが連れ去ってたのね!」
5人が、じりっと距離を詰める。
みんな、怒ったような顔をしていた。
いや。
怒ったような、じゃない。
怒ってるんだ。
僕の……
僕のために、怒ってくれているんだ。
「く、くそっ、覚えてやがれ!」
捨て台詞を吐くと、リュウヤ君たちは一目散に逃げ出した。
「あ、待て!」
みんな、それを追いかけていった。
後には、僕だけが残される。
………………
…………
……
しばらくして、みんなが帰ってきた。
「くそっ、逃げ足の速い奴だな!」
「明日になったら、覚えておきなさいよ!」
どうやら、逃げられてしまったらしい。
「ちょっとシロウ、大丈夫?」
「ほら……これで涙拭いて」
ハンカチを渡される。
僕はハンカチを受け取り、鼻をすすって涙を拭った。
「ごめん……」
「謝るなよ。悪いのはあいつらだろ?」
「いつもいつも……みんなに助けられてばかりで……」
「気にしないで。友達でしょ?」
友達……
そう、僕たちは友達だった。
家が近所で、物心つく前からずっと一緒に育ってきた。
……でも。
……ずっと一緒に育ってきたけど。
…………僕だけが、弱かった。
「ほら、行こうよ。帰りに公園寄ってこ?」
「おう、野球しようぜ、野球!」
みんな、いじめっ子に負けないくらい、強かった。
だから僕は、いつもみんなに助けられてばかりだ。
僕が誰かを助けたことなんて、何一つない気がする。
みんなはヒーローだ。
僕のヒーローだ。
僕もみんなのようになりたかった。
でも、僕がしていることは、みんなの足を引っ張ることだけ……
「怪我とかは……無いみたいだな、良かった」
「……あ、ほら、落としてった筆箱、拾っておいたよ」
……僕は、本当に彼らの友達でいいんだろうか。
みんな凄いのに、凄くない僕がこの輪の中にいて、いいんだろうか。
本当は、みんな迷惑に思ってるんじゃないの?
いつもいつも面倒臭い奴だって、思ってるんじゃないの?
……だけど、彼らに見放されたら、僕は本当に一人ぼっちだ。
だから。
だから、力が欲しい。
彼らに、追いつける力を。
彼らと肩を並べる、力を。
「ありがとう、みんな」
「もう、大丈夫?」
「うん……本当にありがとう」
僕はきっと強くなる。
今みたいに、守られてばかりじゃない。
僕が、みんなを守れるくらいの力を。
力を、手に入れなくちゃならないんだ――――
< 続く >