<始2>
「おー、今年も大盛況だなぁ!」
「掘り出し物、いっぱいあるといいねー」
「はしゃぎすぎてあまり変なものばかり買うんじゃないわよ、きいろ」
日曜日。
僕たちは近所の公園で開催される、フリーマーケットにやってきていた。
いらなくなった古着や玩具、お手製の人形などがあちこちに並び、雑多で賑やかな雰囲気だ。
街の外からもお客さんが集まっているようで、人通りは多く6人固まって歩きづらい。
「あのブローチ、ちょっと可愛い……かも」
「あれなら、あっちのほうで30円安く売られていたぞ。そっちで買ったほうがいい」
天気は快晴。雲ひとつ無い晴天だ。
僕もみんなも、普段とは違う『お祭り』な空気に、浮かれている。
こっちの商品を見てきゃーきゃー、あっちの商品を見てわいわい。
いつも通りの仲の良さ。
内部で複雑な恋愛事情が絡んでいるとは思えない。
(ま……そうだよな)
僕たちには、今までに培ってきた信頼関係がある。
全員、分かってるんだ。
自分の恋愛感情を表に曝け出したら、この6人の関係が壊れてしまうって。
だがら、躊躇する。
遠慮する。
好きな人に自分の気持ちを伝えたい、そういう気持ちと並列して、この6人の関係もいつまでも続けたい。
みんな、そう想っている。
……難しい問題だ。
「よーし、一通り見て回ったところで、毎年恒例の『目利き王決定戦』を開始すんぞー!」
「ルールは簡単! 自分が「これは凄い、またはウケる!」と思ったものを、出来るだけ安い値段で購入してね!」
「……お前たち、毎年楽しそうだな、本当に」
橙真ときいろが高いテンションで、いつも僕たちがやっている遊びのスタートを宣言した。
この二人は、いつも変な珍品をどこからか調達してくるから面白い。
紅介も、売主が本来の価値を把握していない商品を選定して持ってくるから侮れない。
蒼依なんかは、商品の穴という穴を突きまくってガンガンに値引き交渉する恐ろしさがある。
まあ、僕と碧は優勝出来た試しはないんだけど。
「仕方ない、今年もよく分からないネタグッズを買って無難に終わらせるか……」
解散し、一人になった僕はゆっくりと歩き出した。
様々な商品が視界に入っては消えていく。
うーん、あんまりピンと来るものはないなぁ。
とりあえずの第1から第3候補までをリストアップするが、はっきり言ってどれも面白みの欠片もない。
「ん……?」
おや、あんな隅のほうにも店がぽつんと一つだけ。
どうやら、手作りの細工物を売っている店のようだ。
僕はそのお店に近づいた。
「いらっしゃい」
ファンタジー世界の魔法使いが着るようなローブを羽織った店主が、愛想の欠片もない声で挨拶の言葉を口にする。
客引きのためにコスプレをしている店員はあちこちにいるので、別段格好は気にしない。
雰囲気も出るしね。
「へえ、綺麗だな」
色取り取りの宝石(安物だろうけど)がちりばめられた指輪やネックレスなどが並べられている。
オーダーメイド故か、値段はちょっと高め。
でも、一つくらいは買ってもいいんじゃないか、そんな魅力が感じられた。
「ん……」
その中の一つに、僕は目を惹かれた。
ペンダント。
安価な硝子細工だろうけど、はめ込まれた宝石が虹色にきらきら輝いていて、とても綺麗だ。
「すみません、手にとってみても?」
「……どうぞ」
店主の許可を取り、ペンダントを自分の眼前に掲げてみる。
(意外と重いな)
紐は、なんだろう……黒くて細いチューブみたいだ。
素材はよく分からないが、ゴムのように柔らかく、程よくしなる。
首にかけても、気にならない感触だろう。
(そして、この宝石……)
金の外枠(メッキと思われる)に埋め込まれ、不思議な輝きを放つ宝石。
赤・橙・黄・緑・青・紫……
僕たち6人の名前に入った色の光たちが、美しく舞い踊る。
どれか一つでも欠けることなく。
その吸い込まれるような煌きは、まるで僕たちのこれからの関係も保障してくれているようで。
僕は一発で、そのペンダントが気に入ってしまった。
「あの、これ買いたいんですけど」
「…………」
店主さんは、僕の顔を胡乱げな目付きで、じろじろと眺めた後、
「いいよ、あんたになら売ってやる」
そう言って、値札の部分を指差した。
3000円。
ちょっと高めだが、惜しくはない。
「……あんた、名前は?」
「え? あ、影浦紫郎と申しますけど」
お金を払い終えると、店主は立ち上がって、店仕舞いの準備を始めてしまった。
「あ、あれ? まだ、時間ありますよ?」
「いいんだ、ここでの役目は終わった」
店主さんは首を横に振る。
「それをどう使うかはあんた次第だ。カゲウラシロウ、上手くやりな」
「…………?」
ワケが分からない。
いい年のおじさんに見えるけど、ちょっと痛い人だったんだろうか。
呆然とする僕に目もくれず、店主さんは商品を鞄に仕舞い込むと、すたすたと公園を去っていってしまった。
「……ま、いいや」
僕は早速、ペンダントを首にかけてみた。
まるであるべき場所に収まったかのような、フィット感がある。
手に持った時は重さを感じたけど、今は全然そんなものは気にならない。
「これなら、優勝狙えるかも」
いい買い物をした。
僕は満足して、待ち合わせ場所に歩き出した。
ペンダントは僕の胸で、きらりと怪しげな光を放った――
「催眠術は、人が心から嫌がることは出来ません……ふむ」
その日の夜。
僕はパソコンの前に座り、催眠術に関する情報を集めていた。
結局、僕のペンダントはみんなに気に入られはしたけど、値段が高すぎるということで優勝は取り逃がしてしまった。
でも、構わない。
このペンダントを入手出来た、それが一番の収穫だ。
「トランス状態と眠っている状態は違う……成程」
それはそれとして、催眠術だ。
最初は胡散臭いと思っていたが、調べてみるとこれが案外、本格的だ。
過去にも催眠術を悪用した犯罪などの事例が存在し、決して創作の世界のものではない、リアルさが感じられる。
「うーん、面白いなぁ」
例えば、身体が本人の意思とか無関係に動いたり。
例えば、空を飛んでいる感覚が得られたり。
例えば、性格が子供のころに戻ってみたり。
実際に出来るかどうかはともかく、そういう体験は楽しいだろうな、と思った。
多分、他のみんなもそう思うことだろう。
他にも、例えば自己催眠というもので、集中して勉強することが出来るようになり、成績アップなんて話もあった。
より深く催眠をかければ、他人が秘密にしていることもしゃべらせることも出来るそうだ。
「……………」
……僕には悩んでいることがある。
いつもいつも、不安に思っていることがある。
『僕は本当に、みんなから対等だと思われているんだろうか?』
未だに褒められるような優れた点が無い僕にとって、最大級の疑問。
人は、他人の心の中まで覗き込めない。
表では仲の良い親友を演じていても、裏では相手を貶めようと画策している。
……色々な漫画や小説で見かける話だ。
そして、僕には「そんなことはない」と一笑に付せるような自信は、どこにも無かった。
……みんなの恋愛事情を知って。
そして蒼依たちの中に、僕を好きだっていう人がいないと知って。
頭の中ではちゃんと理解出来ても。
僕の心は、痛かった。
完全に蚊帳の外。
僕一人だけが、置いてきぼりを喰らっている。
「でも、催眠術なら……」
彼らの本音を知ることが出来るかもしれない。
本当は、僕のことを嫌っているんじゃないか?
面倒臭い、いなくなってしまえ、そう思っているんじゃないか?
……違う。
彼らが、そんなことを考えるわけがない。
だから、これは確認行為なんだ。
彼らが真に僕のことを想ってくれていることを確かめ、自分に自信を付ける。
そうすることで、自分は駄目な奴なんかじゃない、あんなに凄いみんなから認められるような男なんだぞって。
そう、僕自身を信じられるようにしたいんだ。
「そのためには、催眠術を覚えなくちゃ」
催眠術自体は、先程の例のように、人を楽しませられる芸のような存在でもある。
みんなの本音を聞きだすことは別にしても、みんなを喜ばすことが出来れば、それは僕にとっても幸せなことだ。
……それに、催眠術を使えば、失恋のショックを和らげたり。
誰と誰が付き合うことになってもぎくしゃくせず、6人の輪を維持することも可能……かもしれない。
「えーと、命令を施せるトランス状態に持ち込むためには……」
集中させて、疲れさせて、その隙に……ふむふむ。
成程、5円玉を糸で吊り下げて、ぶんぶん横に振るアレはそういう効果だったのか。
色々な方法があるみたいだけど、僕は何を使ってみようか……
「あ……」
きらり、きらりと。
僕の胸で、買ったばかりのペンダントが七色の光を放った。
これ……5円玉の代わりに使えるんじゃないか?
「どれ」
ペンダントを右手に持ち、軽く横に振ってみる。
「お? ……おぉ?」
なんというか、不思議な揺れ方をした。
宝石や外枠の中に、いい感じに重石が埋め込まれていたりするのだろうか。
まるでメトロノームのように、ペンダントは前後にぐらつくことなく、一定の感覚で左右に軌道を描いている。
その間隔は衰えることも、増すこともない。
規則正しく正確に右に揺らめき、左に揺らめき、その度に鮮やかな光を放つ。
「どうなってるんだ、これ……」
気が付けば、呆けたように宝石をじっと見つめている自分に気付き、慌ててペンダントを顔から離した。
僕が催眠状態になってどうするんだ。
「どういう……うーん」
このペンダントを売っていた、あのおじさんを思い出す。
ローブを着て、本当の魔法使いのような雰囲気だった。
じゃあ、このペンダントも、まさか正真正銘、魔法のアイテムだったり……
「まっさかー」
僕は首を横に振った。
そんな馬鹿な、非科学的な。
理屈はよく分からないが、きっとペンダントの中に何かしらの仕掛けがあるのだろう。
元々の仕様なのだ、きっと。
どちらにせよ、使えるのならそれに越したことは無い。
「よし、しばらくは催眠術の練習かな!」
催眠導入をつっかえず流暢に言えるようにしておかなきゃ。
手順も忘れないよう、みっちり頭に叩き込んでおかないと。
みんなが催眠術をかけさせてくれるのか、という心配はあまりない。
きっと橙真やきいろ辺りが、ノリノリで被験者になってくれるに違いないからね。
僕は自分に気合を入れ直し、催眠術の習得を目標に掲げるのだった。
――結論から先に言えば、僕の催眠術は大成功だった。
毎週水曜日は、剣道部や野球部も部活が休みだ。
放課後、みんな揃ってどこかゲームセンターにでも行こうかと話していた時に、僕は催眠術を覚えたと切り出してみた。
早速、橙真ときいろがやってみろと騒ぎ立て、僕らは空き教室に移動した。
「では、影浦紫郎の華麗なる催眠術、どうぞごゆるりとお楽しみを」
「よっ、待ってましたー!」
「いいぞいいぞー、やれやれー!」
「紫郎がこういうことするなんて珍しいわねえ。本当に出来るの?」
「練習は積んだけど、人にかけるのは初めてだよ。出来なかったら許してね」
「催眠術、か。まあ、興味はあるし、お手並み拝見といったところかな」
「が、頑張ってね、紫郎」
みんなに囃し立てられながら、僕はまず催眠術が何でも出来るわけじゃないと説明し、それから部屋のカーテンを閉める。
薄暗い教室の中で、それっぽい雰囲気と期待感溢れる顔をしたみんなにプレッシャーを感じながら、僕は一つ大きく息を吐いた。
最初に催眠術をかけるのは、蒼依。
かかりたい、かかりたいと勢い込むのも催眠にかかりにくくなる要因になるとネットの情報に書いてあったからだ。
それに、橙真ときいろは演技で催眠にかかったふりをするかもしれない。
だから、あまり催眠術を信じている様子ではない蒼依に協力を願ったのだ。
「では、まず目を閉じて、深呼吸して……」
僕も誰かに催眠術をかけることは初めての体験。
緊張を表に出さないよう苦心しながら、椅子に座って待ち構えている蒼依へと導入を開始する。
僕の後ろでは、固唾を呑んで見守っている4人の姿。
集中出来なくなるから大声出したり音を立てないでねってお願いしてある。
僕は真剣だ。
真剣に、催眠術をかける。
「はい、吸って、吐いて……吸って、吐いて……」
「ゆっくり、数を数えて……い~ち、に~ぃ……」
「このペンダントを見て……虹色に光ってるね、僕たちと同じ色……きらきら、きらきらしてる…………」
「瞼が閉じる……でも僕の声は聞こえてる……他には何も聞こえない……」
思わず眠気を呼び起こすくらいのゆっくりと間延びした口調で、蒼依をトランス状態に持ち込んでいく。
いかに腕の良い催眠術師といえど、通常の状態の人間にいきなり命令を与えたりすることは出来ない。
トランス状態、即ち『つい命令を聞いちゃう状態』に持っていく必要があるのだ。
「気持ちいい……ふわふわしてる……何も考えられない……でも、僕の声は届いてる……」
段々と照れ笑い、苦笑いが張り付いていた蒼依の顔から表情が抜け落ちていき、次第に人形のように虚ろな面持ちとなる。
目を見開いているのに視界に何も入っていない、忘我の状態。
どうやら、うまくいってるみたいだ。
心臓がバクバク鳴っているけど、態度には出さず、僕は更に導入を進めていく。
「また起きて……はい、またペンダントを見て……さあ、また身体がすぅっと楽になるよ……また、目を閉じる……」
ずるり。
蒼依の体が前に傾き、手足がだらしなく伸びきった。
……蒼依が。
いつも真面目で気を張っている蒼依が、こんな脱力した姿を見せるなんて……!
僕の背中からも、「凄い」「マジで?」という驚きの混じった小声が聞こえる。
それが更に、僕の興奮を加速させた。
……落ち着け、僕。
催眠を完遂させることだけを考えろ。
「さあ、腕が上がっていきます……少しずつ、少しずつ……ゆっくりと……風船を付けられているみたいに、ふわぁ~っと……」
初めての催眠では、あまり難しいことは出来ない。
運動支配、知覚支配、記憶支配という段階があるそうだ。
人によっては運動支配はかかりにくく記憶支配はかかりやすい、なんて人もいるみたいだけど。
今は基本通り、こうして体を動かす催眠で、蒼依を操ってみる。
「…………」
蒼依は、眠っているかのように目を瞑ったまま。
両腕だけが、ゆっくりと持ち上がった。
そのまま、体は脱力して頭を垂れているのに、腕だけが天井を向いているという体勢に。
…………で、出来た。
僕は、催眠術を、使えた!
感動が胸の内を駆け巡る。
今、僕の後ろの4人は、どんな表情をしているのだろう。
見たい。
知りたい。
でも、我慢だ。
催眠術をかけるときは、必ず対象に集中すること。
そうしないと、僕みたいな初心者の催眠なんて、あっという間に解けてしまう。
「……では、腕を下ろして……体を起こして……ゆっくりと目が覚めますよ……」
僕は蒼依を元の状態に戻し、催眠を解除した。
蒼依はしばらく、目を細めて周囲をきょろきょろ眺め回していたが、やがて弾かれたように立ち上がった。
「あ、あれが催眠術!?」
「うん、どうだった?」
「凄い、凄い! ちゃんとあたしの意識があって、紫郎の声も聞こえてた! なのに、腕を動かすことが『当然』って感じで……!」
蒼依は興奮冷めやまぬといった様子で、まくしたてるように自分に起こった現象を説明する。
こんなにテンションの高い蒼依は珍しい。
目がきらきら輝いて、子供のようにはしゃいでいる。
そんな蒼依を見ていると、僕も段々と上機嫌になってきて、グッとガッツポーズをした。
その瞬間、背後のみんなは、割れるような拍手をしてくれた。
その後は橙真、きいろ、紅介、碧と順番に催眠をかけていった。
体を動かせなくしてみたり、自分の名前を忘れさせたり、お菓子の味を変えてみたり……
僕が慣れたおかげか、肉体支配だけでなく、知覚支配も成功した。
普段、大人しい碧が叫び声を上げる姿なんて、催眠術でもなければお目にかかれないだろう。
催眠術がかかるかどうかは個人差があって、かからない人には絶対にかからないという話だったけど……
僕の幼馴染たちは、みんな被暗示性が高かったみたいだ。
「不思議な感覚だな。明らかにおかしいのに、そのことに対する自覚が無いとは」
「わ、私、あんな声出せるんだ……吃驚……」
「すげえ特技手に入れたなあ、紫郎!」
みんなが、口々に僕を褒め称える。
僕を。
みんなが。
目頭が熱くなる。
ずっと聞きたかった賞賛の言葉。
今まで僕の中にあった鬱屈とした感情が、春先の雪のようにどろどろと溶け落ちていく。
運動も。
勉強も。
芸術も。
容姿も。
性格も。
何一つ優れていなかった僕が。
みんなから、その素晴らしい才能を見せつけられるだけだった僕が。
褒められている。
一目置かれている。
僕に出来ることは、誰かが必ず出来たのに。
催眠術。
この中で、誰が出来る?
練習すれば、誰か出来るようになるかもしれない。
でも、今ここで。
こんな凄い力を持っているのは。
僕、ただ一人だけなんだ!!!
生憎、まだ幻覚を見せたりとか、そこまでの深い催眠状態に持ち込むだけの力はないけど。
でも、もっと練習すれば、きっと可能に違いない。
ペンダントを握り締め、僕は笑顔を浮かべた。
本音を言えば、雄叫びの一つでも上げたい気分だった。
「これからも、もっと練習させてほしいんだ。今以上に、みんなを楽しませることが出来ると思うから」
僕の言葉に、みんな快諾してくれた。
嬉しかった。
この調子でどんどん催眠術を上手く出来るようになろう。
みんなのために。
――みんなのために。
僕は誓った。
その決意は、本物だった。
――その時は。
ワン。
ツー。
スリー。
僕がペンダントを揺らすと、蒼依が、碧が、きいろが、ぐったりとその場に倒れこんだ。
幼き頃から見知った彼女たちが、無防備な姿を露にする。
蒼依は睫毛が長かった。
男勝りで釣り目がち、そこら辺の軟弱な男よりも男らしい彼女も、こうして脱力している姿は女そのものだった。
整った鼻先、瑞々しい艶やかな唇、僅かに開いたそこから見える白い歯……
姫本葵依は美しかった。
碧は指が細かった。
腰まで届く長い黒髪は、前髪も目元を隠すほどに伸び、その容姿を覆い隠す。
だが、その白魚のような腕は、人を感動させる物語を生み出すその手は、思わず触れてしまいなほどの魅力を秘める。
鳴瀬碧は美しかった。
きいろは胸が大きかった。
平均よりも低い体躯と、後ろ髪を両脇に纏めたツインテールという髪型、ぱっちりとした大きな瞳。
実年齢よりも幼く見られがちな彼女は、しかし商売女顔負けの曲線美で、男の視線を釘付けにする。
藤咲きいろは美しかった。
美しい3人は、今、僕の足元に倒れている。
制服が乱れ、スカートから伸びる三者三様のふとももが眩しい。
催眠術で、彼女たちの意識はない。
だから、僕は彼女たちをいつでも、どこでも、好きに出来る。
ほら、だって、やってみせたじゃないか。
彼女たちの体を自由に動かし、その全てを支配してみせた。
凄い、と褒め称えたのは彼女たち自身だ。
そうさ。
催眠術には、何者も逆らえない。
だから。
だから、もう、我慢なんてする必要はない。
――ずっと見てきた。
ずっと、傍で彼女たちと過ごしてきた。
彼女たちの笑う顔、怒った顔、悲しんだ顔、全部知っている。
でも、彼女たちは僕を見ていない。
見ていたのは、僕にないものを持っている、二人の男。
僕が絶対に叶わない、僕の完全なる上位互換。
だけど。
今なら、僕も持っている。
並び立っている。
それなら。
僕にも権利があるはずだ。
もう、無力に涙する僕じゃない。
僕には力が出来た。
だから、手に入れたその力で。
手に入れる。
彼女たちを。
いや。
『彼女』を――
僕は3人の中の『彼女』に、手を伸ばした――
「!!!!!!」
その瞬間、僕は布団を蹴飛ばして眠りから覚めた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!!」
息が荒い。
全身汗だくだ。
喉はカラカラで、言いようのない倦怠感があった。
枕の近くに置いた携帯で時刻を確認すれば、深夜3時15分。
今だ太陽は昇らず、夜の闇が世界を覆っている時間帯。
「なんて、夢を」
パジャマの袖で汗を拭う。
……酷い悪夢だった。
僕が催眠で、『彼女』を好きにするって?
馬鹿馬鹿しい。
僕はみんなから、恋愛相談を受けているんだぞ。
6人の友情と結束は絶対のもの。
その絆を裏切るような真似なんて、出来るはずがない。
「……寝よう。忘れてしまえ」
布団を被り直す。
催眠術を使えるようになったから、きっと浮かれているんだ。
戒めないと。
僕は瞼を閉じ、再び睡魔が襲い掛かるのを待つことにした。
だけど、催眠にかかった『彼女』の無防備な姿は、ずっと僕の脳裏から離れてくれなかった――
< 続く >